サムライ・ドラ   作:重要大事

75 / 76
隠「じゃじゃ―――ん!!! 良い子のみんなー、突然だが隠弩羅さんのちょいトク小話の時間だぜよ! どうも今回の章は俺の活躍が期待できそうにないからな。前振りで出しゃばるくらい許してくれよな」
「さてと、お前らはあの超有名な昔話・・・桃太郎が実は陰陽道の話だったことは知ってるかにゃー? 桃太郎の世界ってのは、十二支の世界なんだ。鬼ヶ島は鬼門・・・丑寅の方角、北東の方向にあるとする。そして、桃太郎の住む村はその逆・・・未申の方角、南西にある。鬼門の対極に位置する事から南西を『裏鬼門』っつうんだぜ」
「おっといけねぇ! あんまり長居すると兄貴に殺されそうだ。続きはまた次回!! お楽しみに!!」


鬼門遁走

西暦5539年 6月22日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「う・・・うう・・・・・・」

目が覚めると、そこは見知らぬ天井の部屋。朱雀王子家に代々使える烏天狗一族の末裔―――伊弉諾(いざなぎ)ヤクモは重い瞼をゆっくりと開け辺りを見渡す。

「ここは・・・・・・」

「気が付きましたか?」

靄がかかった脳へと優しく語りかけるようなか細い声。傍らには留守を預かった栄井優奈がおり、献身的に看病をしていた。

「あなたは・・・?」

「私は栄井優奈。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のみなさんに頼まれて留守を預かっています」

「茜様は・・・どちらに?」

「確か、鬼灯の里・・・とかへ行くと仰っていた様な・・・」

うろ覚えな名前を口にするや、話を聞いたヤクモは治り切っていない事など歯牙にもかけず体を起こし無理矢理に立とうとする。

「な、何を為さる気ですか!?」

「一刻の猶予もありません・・・・・・茜様の身に何かあれば、私は切腹どころでは済みません!うぅ・・・!」

 体が思う通りに動かない。無理に力を入れようとすると痛みでまともに四肢を動かせない。優奈は心がせくヤクモに制止を求め本気で叱りつける。

「そんな体でどうしようって言うんです!? 足手まといになってしまいますよ!」

「分かっています! 今の私がお何の役にも立たない事など百も承知・・・・・・しかしこれは私の使命なのです。如何なる事があろうとも御身を懸けて茜様をお守りする・・・・・・先代の当主、茜様のお父上である雷火様との間で交わしたこの契りは何としても守らねば」

 意固地な性格は良い意味でも悪い意味でも厄介なものだった。どうして男の人はこんなにも意地を張りたがるのかと、女である優奈には到底理解の及ばない事だった。

 ガチャ―――。

「ほいじゃま、その我がままとやらに俺も付き合わせてくれよな」

不意に部屋の扉が開かれたと思えば、扉の向こうから誰かが声をかけて来た。

「あ、あなたは・・・・・・!!」

優奈は目を見開き、口角を釣り上げながらサングラスをしきりに輝かせるその人影を凝視した。

 

 

異世界 鬼灯の里

 

先んじて鬼灯の里へと潜入した鋼鉄の絆(アイアンハーツ)一行は、現実世界とこの世界を巻き込む諸悪の根源を突き止めるべく移動を続ける。

茜は持参した【八卦盤(はっけばん)】と呼ばれる羅針盤の原理に酷似した特別な道具を用いて、鬼門の方角を歩みつつも比較的安全な道を選びドラたちを誘導する。

歩き続けること十数分。八卦盤の指し示す道を辿るうち、鬱蒼とした熱帯雨林地帯へと突入。出口の見えない繁みと獣道を掻き分けながら前進する。

「はぁ・・・・・・なにかっつーとジャングルが出てくるのって厭(いや)になるぜ。そうは思わねぇかドラちゃんよぉ?」

「ぶつくさ文句言わないで下さいよ。長官だけじゃない。オイラだってこの暑さには参ってるんですからね」

 木々の間より照りつける熱波。歩いているだけでも体中から汗が噴き出し、今にも熱中症を引き起こしそうな気分に陥る。

「茜、ここは具体的にどの辺りなんだ?」写ノ神が額の汗を拭い率直な疑問をぶつける。

「えっと・・・私の記憶が定かであればここは確か・・・【大暑(たいしょ)】区域のはずです」

「タイショ? んだよそれ」

 うだる暑さに当てられた駱太郎が舌を出しながら問いかける。

「陰暦で使われる二十四節気(*1太陽年を日数(平気法)あるいは太陽の黄道上の視位4等分し、その分割点を含む日に季節を表す名称を付したもの)の一つです。太陽の黄経(*黄道座標における経度のこと)が120度に達した時を言い、一年で最も暑い時期。太陽暦で言えば7月23日頃を言うそうですよ」

「道理でむし暑いと思った・・・」

熱帯雨林が自生している時点でここが暑い区域であると予測はついていたが、予想以上に厳しい暑さがドラたちを襲う。

「グアアアアアアアアアアア」

その時、唐突に繁みの中から唸り声を上げて下級妖怪と思われる黒い影が飛び出してきた。

「うわあああああ!!!!」

得体の知れない相手に柄にもなく大声を上げる駱太郎だが、

「妖怪退散!」

咄嗟に茜は手持ちの護摩を付けた苦無を下級妖怪へと投擲。魔を跳ね除ける護摩の力で災厄を退治する。

凛々しく妖怪を退治した茜は、その場で腰を抜かし動けない駱太郎へ破顔一笑。そのまま声をかける。

「おケガはありませんか、ビビリさん(・・・・・)?」

「だ、誰がビビリさんだぁ!! 今のはちょっと・・・ビックリしただけだ!!」

(こいつマジで怯えてやがる・・・)

内心そう呟き、見かけよりもずっと臆病な一面を持つ駱太郎を写ノ神は秘かに見下した。

 

しばらく歩くと、道が開け森を抜ける事が出来た。

目映い光に照らされた先、眼前に広がって来た光景にドラたちは挙って言葉を失った。

「おぉ・・・」

「すげー・・・」

「もしかしてこれ天国?」

一面に広がる幻想的な絶景。ファンタジー小説の挿絵に登場するような新緑豊かな大自然と多種多様な動植物が共生する楽園がそこにはあった。

中でも特筆すべきは生物の大きさだった。普通では考えられない体長80センチにも達する大きさの蝶が当たり前の様に飛び交っている現状に、誰もが口をあんぐりと開けて見入ってしまう。

「鬼灯の里・・・マジで不思議な世界だぜ」

「あんなでっけーチョウ見たことねぇ! ひょっとして、俺たち縮んだ!?」

そう思った直後、パオーンという鳴き声が後ろから聞こえてきた。

案の定ゾウが現れた。だが、この世界のゾウは外の世界のゾウとは明らかに大きさが異なっていた。つい先ほど見たばかりの蝶とは正反対に非常に小さく子犬くらいの大きさしかない。

こんなかわいらしい愛玩動物など嘗て見た事が無い。歩み寄って来たゾウに微笑し、龍樹はおもむろに抱きかかる。

「どぅはははは。これは何という事じゃろうな」

「ゾウがこんなに小さくなってやがる!」

「おそらくこれがこの区域の生物の法則なんだ。動物の大きさが大小逆になる。ガリバー旅行記に出てくるリーパッド人もそうだ」

「こいつをペットにして鼻カバーを作ってやりたいぜ」

 などと言っていた折―――秘境の奥を見つめた向こうに幸吉郎がある重大な痕跡を発見した。

「あれ見ろよ!」

幸吉郎が指さす方を注意深く見つめると、一行は森の中から白い煙が立ち上っているのが確認出来た。

「煙が立ってる!」

「こんな場所に人がいるのか?」

「人じゃなくて式神かもな。ヤクモみたいな奴が残ってるのかもしれねぇ」

「いやいやひょっとしたら先住民が俺たちを食うために火を起こして待ってるだけかも」

「とにかく行ってみましょう。八卦盤もその方角に対して強く反応しています」

八卦盤の動力に使われている特殊な勾玉の光が煙の上がっている方角を真っ直ぐ指し示している事を受け、茜はすぐさまドラたちを誘導し移動を開始した。

 

崖を下りて煙の立つ方角を邁進する。険しい道を進むかたわら、一行は奇妙な岩場へと辿り着いた。

妙に足下がボコボコとしており、普通の岩と違って所どころで固さや質感もやや異なり全体的に丸っこい。

しかしこのときは誰一人それが岩であると信じて疑わなかった。

移動をしながら辺りを見渡し、その傍ら昇流は持参した日焼け止めを腕に塗る。それを見た駱太郎は興味津々と覗き込む。

「日焼け止めっすか・・・ずいぶん強力そうだ」

「バカにするならしろよ。紫外線舐めてると痛い目に遭うんだ」

「心配ご無用! この通り俺は日焼けとは無縁の・・・!」

バキッ―――。

意気込んだ矢先、駱太郎の足元が突如として崩れた。

違和感を抱いた駱太郎が恐る恐る足元を見ると、何故か靴底が粘々としており、透明な糸が立っていた。

「なんだこりゃ・・・この岩粘ついてやがる?」

「みんな動くな」

ドラの一声で全員が静止する。皆の視線を一身に受けて端的に答える。

「岩じゃない。卵だよ」

聞いた途端、全員はあまりにも鈍感になっていた事を後悔する。ただの岩だと思って通っていたものすべてが、実は巨大な生物の卵の殻であったなどとは毛程も気付く事が出来なかったのだ。

「はは・・・いいねドラ。2、3個割ってオムレツつくろうぜ!」

「そんなの危険すぎるぞ!」

「だって俺らぁまだ昼飯食ってねぇんだぞ」

「ちょっと待ってください。卵が巨大なら母親も巨大である可能性が高いです」

「あんな感じか?」

すると写ノ神が卵の近くで眠っていた母親と思われる巨大なトカゲを発見した。

「まさかあれはシン・ゴジラ第二形態か・・・もしくはジュラシック・クライシス編の続編じゃないよね?」

冗談っぽく言うドラだが、誰もそれが冗談だと認識し聞き流すだけの心の余裕は持っていなかった。

「と・・・とにかく、急いでここを離れようぞ。トカゲは音にも臭いにもすごく敏感なんじゃ。慎重に頼むぞ」

「お、おう」

母親に感づかれる前にここを脱する必要があった。足早にドラたちが移動を開始する一方、汗に塗れた自分の服の臭いを駱太郎は恐る恐る嗅ぐ。

「おぉぉ・・・ヤバい・・・俺くせぇよ・・・///」

「バカヤロウ何してるんだ! いいから行くぞ!」

気に病んだところで仕方の無い事を気にする駱太郎に幸吉郎は喝を入れ、語気強く即時移動を促した。

「まさに割れ物注意って感じだ」

足音を立てないよう、重心のバランスを崩さないよう慎重に、おっかなびっくりになって卵の上を渡る七人。

しかし、昇流が卵の上に乗った途端―――バリッという音とともに亀裂が入る。その瞬間全員が彼の方を注視する。

「長官・・・今脚を踏み出すなのよ」

「なんで体重の重いはずのドラが平気で俺はダメなんだよ///」

「長官さんお願いです! 気を付けて!」

「し、心配ねぇよ・・・うまくやるさ」

 バキバキ・・・。という音を立て今にも割れてしまうと誰もが思う。だがしばらくすると罅割れは収まり何事も無くなった。

「ほーらうまくいった」

 安易に安堵した、次の瞬間。

 バリンッ―――。罅割れた足下が唐突に崩れ落ち、真上に立っていた昇流の体は卵の中へと落下する。

「だあああああ」

 落下した先には粘着質の液体のプールがあった。

「うええええ! な、なんてこったぁ!?」

全身粘液塗れとなりながら卵の中でもがいていると、目の前に世にも恐ろしい物が映って来た。

「ああああああああ!!!!」

もう直ぐ外に出ようとしている巨大トカゲの雛に驚き、そのショックでひっくり返り勢い余って殻を突き破った。ドラたちが殻の中から出て来た昇流を救出した直後、事態は最悪の展開を迎える。

居眠りをしていた巨大トカゲが物音に気付きとうとう目を覚ましてしまった。巨大トカゲは右眼はうんと見開くと、縦長の瞳孔はドラたちを確りと捕捉する。

即座にドラたちが卵を狙っている敵であると認識し、巨体を起こすとドラたちに睨みを利かせながら貫禄ある動きで迫り始めた。

「はーいみんな逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!!」

昇流が卵を割った時からこうなる事は何となく予想は出来ていた。怒り心頭な巨大トカゲから全員は一目散に脱兎を決め込んだ。

「ジャングルへ向かうんだ!」

「急げ! 走れ! もっと早く!!」

巨体の割にトカゲは俊敏な身のこなしでドラたちを追ってくる。災難から逃れる為に一時ジャングルへと分け入り追いすがる怪物から必死で逃げる。

「すぐ後ろに迫ってるぞ!」

「早く逃げろー!」

森の中に逃げ込んだからといって安全であるとは限らない。写ノ神は遅れている茜が悲鳴を上げているのを聞きとった。

巨大トカゲに狙われているのを見るや、彼女を救う為、命の危険を顧みず巨大トカゲの元へと走っていく。

「きゃあああああああ!!!」

 血走った目つきで茜に食らいつこうとした瞬間、巨大トカゲの頭部目掛けてどこからともなく石が飛んで来た。

「おいシン・ゴジラっ!」

 石を投げつけ、食われそうになった茜を紙一重で救った直後―――巨大トカゲの注意が写ノ神へと向けられる。

「やべぇ・・・こっち向いたよ!」

茜を守った代わりに今度は自分が狙われる身となった。写ノ神は些か行動が浅はかであったと自省しながら一心不乱に巨大トカゲから逃げる。

 何度も追いつかれては食われ欠けるが、ドラたちはその度に奇跡的とも言える瞬間を体験し、命の危機を脱し続けた。

 だがそれもいよいよ危うくなり始めた。ジャングルの中では自分たち以上に動物の方に地の利がある。まして相手は臭いや音に敏感なトカゲであるから、すぐに逃げ場を失い追い詰められてしまった。

「こっちだ!」

「後ろへ下がるんだ! 何してるんだよ、さっさと下がれ!」

メンバーを後ろを下がらせ、幸吉郎は身の安全を確保しようと手持ちの荷物から発煙筒を取り出し着火する。

「下がれ! 下がれ!」

 火の点いた発煙筒を巨大トカゲの顔の前まで持っていき威嚇をするが、ドラは彼のこうした行動に危惧の念を抱く。

「幸吉郎! ねぇ幸吉郎ってば!」

「兄貴、安心して下さい! 威嚇作戦です!」

「いや安心できないから! 変温動物は熱エネルギーが大好きなんだっ!」

「え・・・」

間の抜けた声を上げた直後、幸吉郎が持っていた発煙筒の先端部分を巨大トカゲは丸ごと齧り取ってしまった。

「ちょん切られた!」

唖然とするメンバーを余所に、巨大トカゲは食い千切った火の点いた発煙筒を丸ごと呑み込み、鼻から煙を噴き出す。

「ここは俺に任せろ!!」

幸吉郎と立ち位置を交代し駱太郎が意気揚々と前に出る。

巨大トカゲはジト目で獲物を見据え一歩ずつ近づき、鼻息を立てる。

「どうする気じゃ?」

「こうなったらあの技を使うしかねぇ・・・」

「あの技って?」

皆が注目する中、駱太郎は渾身の一撃を繰り出す。

「サンダーパンチ!」

ガンッ―――。

全身全霊の力を右の拳に乗せて叩き込んだつもりだった。しかし打ち所が悪かったのか、巨大トカゲの反応は鈍くあまり効いていない様に思えた。

「もしかして・・・・・・火に油か!?」

「つーか普通に万砕拳で戦えよ!! サンダーパンチってどこのアメコミだよ!!」

ふざけた行動をとった駱太郎に嚇怒する写ノ神。

すると次の瞬間、巨大トカゲは激昂し、首の下に隠していた襟状の皮膚を大きく広げて威嚇。全員はその迫力に震い戦いた。

「私は腹黒い女ですから美味しくありません///」

「俺のパンツにはウンコがついてるよ///」

最早逃げる事もかなわず、潔く巨大トカゲの栄養になる覚悟を決める。望みは全て潰え巨大トカゲの胃袋に収まろうとした―――そのとき。

 

「コーココココココ!!!」

ジャングルに響き渡る奇妙な鳴き声に巨大トカゲが強く反応した。

直後、数枚の赤い札らしきものが飛んできた。札の表面に八卦の印と中央に「木」の文字が書かれ、込められた魔力によって札の中から巨大な木の丸太が出現する。

丸太は巨大トカゲの頭部を狙い撃ち、敵は予期せぬ攻撃を受け苦痛に顔を歪める。

その後も同様の攻撃は繰り返された。丸太は数に物を言わせて徹底的に巨大トカゲを甚振り続けた。

「今のうちに逃げるんだ!」

事態を呑み込めないドラたちだったが、地獄で仏と呼ばれる状況を努々見逃す事は無く何とか巨大トカゲの猛威から逃れる事に成功する。

しばらくすると攻撃は止み巨大トカゲはこてんこてんにされた挙句に沈黙した。幸運な事にドラたちは何者かの干渉によって命を救われた事を自覚する。

「みんな無事か?」

「はい・・・」

「死ぬかと思ったぜ」

「怪魔なんかよりずっと冷や冷やしたぜ」

「一体誰が・・・」

 と、率直な疑問を呟いた直後。

「にゃーはははは。だらしねーな鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の諸君! やっぱこの俺がいないとにゃー」

聞き覚えのある山形のにゃーにゃー弁に酷似した口調。独特のイントネーションで話すその人物の正体はドラたちは知っていた。

声がする方を注視すれば、案の定頭の中で予想していた通りの人物―――もといネコ型ロボット・隠弩羅が太陽を背にドラたちを見下ろしていた。

「おめぇは!」

「やっぱり隠弩羅だぜっ!!」

「はっはー。ぼーっと突っ立って無ぇで拍手っ!」

得意の話術で周りを扇動し、大抵の者が拍手喝采を隠弩羅へと向ける。一行は窮地を救った魔猫の元へ駆け足で近づく。

「隠弩羅さん! カッコ良かったですよ!」

「にゃっはははは! そうだろうそうだろう!」

「まさかお前に助けられる日が来るとは思わなかったよ」

義弟の登場もさる事、咄嗟の機転で危機を脱したこの状況を今になって不服に感じつい嫌味っぽく言うドラを見て、隠弩羅は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「へへへ。奴らのプロポーズの時の鳴き声を真似てみたんだ。あのシン・ゴジラ、簡単に引っ掛かりやがったぜ」

「どうやってここまで来た?」

「なーに。優秀なツアーガイドを雇ったのさ」

そう言った後、森の上から黒い翼を羽ばたかせる烏天狗・伊弉諾ヤクモがおもむろにドラたちの元へ降りて来た。

「ヤクモさん!」

「茜様! ご無事で!」

負傷して動けない筈のヤクモが居る事に驚愕しつつ、茜は彼の容体をなおも案じる。

「どうして来たんですか? 怪我も癒えていないその体で・・・」

「私の使命は茜様の身を守る事。これしきの傷で寝ている暇はございません」

「すっげー忠誠心の高さだ。どっかのドラネコとは大違いだぜ」

「ネコにはもともと忠誠心なんてありませんよ。ネコは人じゃなくて家につく生き物ですから」

昇流からの嫌味に不貞腐れた顔で答えるドラ。

するとそのとき、隠弩羅によって倒されたはずの巨大トカゲは再び意識を取り戻そうと僅かに体を上下に動かした。再び動き出そうとする怪物を前に全員は身が縮む。

「ここを離れた方がいい。さっきどっかのチャラ男が熱烈なプロポーズをしたから、メストカゲの夫にされるぞ」

「私が安全な場所を誘導致します。こちらへ」

里の事情に詳しいヤクモが案内役を買って出ると、一行を引き連れて安全と称する場所へ移動を開始する。

このとき、写ノ神は道中隠弩羅と親しげに話をする茜を遠目から見つめ、その場にじっと立ち尽くす。

「どしたの写ノ神?」

気になってドラが尋ねると、写ノ神は不服そうに呟いた。

「俺だって助けたのに・・・茜が俺より隠弩羅をカッコいいって言ったのがなんかムカつく」

明らかな嫉妬だった。確かに写ノ神からすれば命懸けで嫁を救ったつもりだった。にもかかわらず、茜が高く評価したのは自分ではなくよりにもよって隠弩羅だった。

これを聞き、こいつかわいいなぁ・・・と内心思いながら、ドラは口元を緩めて写ノ神の肩に手を乗せ共感を示す。

「わかるよ。お前の気持ちはよーく分かるよ!」

「ドラ、俺あいつにだけは負けたくない」

「よっし! 次は絶対に負けるな。あんなチャラチャラした奴にイイ格好させんな」

「おうっ!」

次こそは男としての矜持と夫である事の自信を取り戻してみせる。隠弩羅への秘かな対抗心を燃やし、写ノ神とドラはともに歩き始める。

 

 

途中合流した隠弩羅とヤクモを加えた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバー。

ヤクモに案内されること数分、一行が辿り着いたのは二十四節気で区切られた区域のひとつにして、陽暦四月二十日ごろを指すとされる場所だった。

 

 

鬼灯の里・南西 『穀雨』区域

 

淀んだ空から降りしきる煤(すす)けた色の雨に打たれ、ドラたちは周囲に密集し広がる廃墟と化した古い木造建築物の銀座を見渡した。

「ここは・・・」

「鬼灯の里、二十四節気『穀雨』区域。ここは我々烏天狗警備隊が緊急時の集合場所として指定した場所です」

「へぇ~。いろんな場所があるんだなー」

「ついさっきまではジャングルの筈だったのに、この辺りは比較的建物が多いな・・・ほとんど廃墟みたいだけど」

「ここは昔、現実世界で迫害を受けた朱雀王子家の先祖達が作った集落跡。最盛期にはおよそ2000もの人がこの地で暮らした聞いています」

「幸いな事にここは敵の攻撃を受けていない。今ならば奴らを迎え撃つのに十分な対策を講じられます」

「奴ら?」

 ヤクモの言葉に反応し怪訝する幸吉郎。しばらくして、ヤクモはおもむろに口を開き語り出した。

「この世界を侵略し、外の世界へも侵攻を開始しつつある凶悪分子。中でも厄介なのが“五凶怪魔(ごきょうかいま)”と呼ばれる外法者たち。怪魔の中でも屈指の実力を持ち、その力は通常の式紙や妖怪では手も足も出ない」

 現状、最も警戒すべきは五凶怪魔であった。ドラたちは彼らに関する情報自体を持っていない。ゆえに相手がどんな攻撃手段を有しているのか、どれほどの力を有しているのかさえ未知数。真面に正面を切って戦う事はある種自殺行為と想定される。

 この場で何よりも優先すべき事はひとつ。彼らと接触をしない事。その為には一刻も早く安全圏を確保する事が急務であった。

「兎にも角にもここはお前の言う隠れ家とやらに急ごう。敵戦力の打倒にもこちらは持っている情報が少なすぎる」

ドラは冷静に物事を客観視し案内役のヤクモを急かせる。

 歩き続ける事数分。ようやく目的の場所が視線の先に見えてきた。ヤクモは小高い丘の上に佇む建物を見ながら指を差す。

「見えますか皆さん。あそこにある廃寺院・・・」

 

ドカァ―――ン!!!

 

ヤクモが指を指して間もなく、寺院は跡形も無く爆発・焼失した。

思いも懸けない光景に呆然と立ち尽くすドラたち。茜はヤクモの背中を見つめながら恐る恐る問いかける。

「ヤクモさん・・・なんだか爆発しましたけど、あ・・・あれじゃないですよね・・・?」

「申し訳ありません茜様。あれではなかったかもしれません」

何かの間違いだと心中強く言い聞かせる。気を取り直し、ヤクモは炎を上げる建物の隣に佇む建物を指差した。

「そうだ。あの隣の廃屋・・・」

ドカァ―――ン!!!

刹那、再び爆発し跡形も無く吹き飛んだ。

「違いますね。もう一つ隣・・・」

ドカァ―――ン!!!

「いやもう二つ隣の・・・」

ドカァ―――ン!!!

「いやもう三つ隣・・・」

ドカァ―――ン!!! その悉くが全て爆発し木端微塵に吹き飛んだ。

「全部爆発してんだろうがぁ!」

「そんな! 怪魔の連中にバレてたっていうのか!?」

「怪魔の仕業っつーか、あれアイツの仕業だろ。指からレーザービーム出てただろあれ」

冗談半分で隠弩羅が言う。

途端、それを真に受けてヤクモは手持ちの刀で自分の指を斬り落とそうとする。

「いや出てない出てない! ちょっとこの人冗談通じないからやめて!」

「ヤクモさん、落ち着いてください!」

 気が触れたヤクモの行動を制止しようと慌てて写ノ神と茜が二人掛かりで押さえかかる。そんなヤクモを見て隠弩羅は「あーワリーワリー。指からじゃなくて脳みそからなんか出てやがんな」と、更に追い打ちをかける。

「だから余計なこと言うなって!!」

「ヤクモさん、本当に何も出ていませんからね!」

 

「ヤクモ様! 生きておられたんですか!」

すると、突然ヤクモの名を周りから呼びかけられた。振り向くと、ヤクモと同じ格好の烏天狗がニ羽控えていた。

「お前たちは烏天狗警備隊の・・・一体何があった? あの爆発は?」

生き延びた仲間が居た事に歓喜するよりも先に、先ほどの爆発について詰問する。問われた二羽は俯き顔で意気の籠っていない言葉を口にする。

「もう、我々は終わりです・・・」

「五凶怪魔です。奴らがこの場所を嗅ぎつけました・・・」

聞いた瞬間、全員の表情が凍りついた。

「急いでください!」

急を要する事態に烏天狗たちは一行を誘導し走り出す。

しかし道中、ドラはこの状況と烏天狗たちの行動に違和感を抱きはじめる。

(妙だな。この感じ・・・・・・どうにもおかしい)

爆発のタイミングに合わせたかの様に唐突に現れた彼らの言動ひとつひとつがどこか胡散臭い。呼び起こされた猜疑心を払拭し彼らが白である事を確かめる為に、ドラは大胆な質問をした。

「おいお前ら、ひょっとしてだけど・・・怪魔とやらに籠絡されてないか?」

「「「「「「「「え!?」」」」」」」」

思わぬドラの言葉に皆が一様に吃驚する。質問を浴びせられた烏天狗たちはだんまりを決め込んだ。

「おいお前たち、なんとか言え!」

恐ろしくなったヤクモが語気強く問い詰める。

すると、烏天狗たちはおもむろに後ろへ振り向いてから「・・・申し訳ありませんヤクモ様・・・」とだけ呟く。

言った直後、烏たちの脳天を撃ち抜く凶弾が炸裂。

ドラは咄嗟にヤクモを凶弾から守って難を逃れる。他のメンバーも慌てて敵の攻撃から逃れ建物の陰に隠れる。

「ドラさん! ヤクモさん!」

「大丈夫か!?」

物影に隠れ辺りを窺うと、既に辺りには殺気が漂い張りつめた空気が充満していた。

「思った通り罠だったよ。あいつら敵に抱き込まれてたのさ。大方命を救う代わりにオイラたちを連れて来いと言われてたんだろ。もっとも捨て石にされたみたいだけど」

「そんな・・・」

「どうやらもうこの世界はとっくに怪魔の手の中らしい」

ドラは唖然とするヤクモとは対照的に至って冷静に、こちらの様子を窺う有象無象の妖怪や怪魔たちの動きを警戒する。

「くそ! 早く気づきべきであった・・・逃げ延びた仲間の内に、敵の息に掛かった者があったとは」

 今になって認識の甘さを激しく悔やむ。茜たちを守る筈が、却って自分の行動が彼女やその仲間を危険に晒してしまった。ヤクモにとってこれほど腹の立つ話は無い。

「遅かれ早かれこうなってたさ。それにこうでなきゃオイラたちの来た意味がない。そうだろう隠弩羅、長官」

ヤクモの失態を責める事はせず、ドラは近くの物影に身を潜めている隠弩羅と昇流へと呼びかける。二人は各々武器を取り出し臨戦態勢に入った。

「ボヤボヤするなよ。戦じゃ後悔なんて重りつけてる奴から真っ先に死ぬ」

低い声で言いながら物影から飛び出し、ドラは眼前に控えた有象無象の敵を見据え、愛刀を構える。

「侍の背負う重りは、この一刀だけで足りる・・・って、どっかの漫画にも書いてあったよ」

「ドラ殿っ!」

ヤクモが呼びかけた直後、前方から攻撃が飛んできた。それに臆する事なくドラは高く跳び上がり特攻を決め込んだ。

「敵の攻撃に当たらない方法を教えてやろうか! 簡単だ!」

「走れ! 敵の弾よりも早く!」

特攻を決め込むドラに便乗し隠弩羅と昇流も全力で疾駆し、彼と並走しながら飛来する敵の攻撃を回避する。

パンパンパン・・・。

頭上に控えた怪魔目掛けて昇流が拳銃で応戦。目に映る標的と言う標的を撃って、撃って、撃ちまくる。

「しゃらくせぇぇぇ!!!」

ドカーン!!

隠弩羅が隠し持っていた手榴弾を放り投げ大規模な爆発で敵戦陣を崩す。

「走れ! 背中に追いすがる死神より速く!」

そして均衡が崩れた頃合いを見計らうと、ドラが真正面から飛び込み、力づくでねじ伏せる。

 ドドーン!! ドォーン!!

僅か数秒の間の生じた出来事。劇的とも言える場景と絶えず起こる爆発にヤクモは思わず目を奪われる。

「下だ!」

「急げ!」

出鼻を砕かれた怪魔たちはドラたちの元へと急ぐ。

しかし道中、真横から飛んでくる苦無の嵐によって足を止められた。

「いくぞてめぇら!!」

「「「「おう!!」」」」

すると、幸吉郎率いる別働隊五人が怪魔の元へ奇襲を仕掛ける-――という姿がヤクモの眼にもはっきりと映った。

(特攻に見せた陽動!? 敵の注意を引きつけている間に別働隊を敵の周りに配していたのか!?)

いつの間にか行動を起こしていた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の見事な連係プレー。ドラたちによる特攻が行われるまでの間に何か特別なやり取りがあったり、合図を送ったりしたという形跡は見受けられない。彼らは阿吽の呼吸で互いの感情を読み取り、それを以て自分たちの役割を果たしている。

何よりもヤクモが驚愕したのは茜の立ち振る舞いだった。

戦いの中で嘗てないほど活き活きとする彼女とそれと並び立つ家族の姿を見るうち、ヤクモは心中思いを馳せる。

(茜様・・・これがあなたの仰っていた鋼鉄の絆で結ばれた家族ですか。道理で頼もしいはずです!)

後れを取るまいと、ヤクモまたた彼らの後を追って走り出す。

(家族・・・それは人の絆が紡がれし原初の地点。だが時代が流れるにつれ人間の心は荒み、血で繋がった家族でさえもその絆はかつてないほどに脆く成り果てた。だが彼らは・・・たとえ血の繋がりなどなくとも、ここに残った絆は宇宙のいかなる災厄をも乗り越える強さがある。彼らこそ、この世界を救う最後の希望なのかもしれん)

そうあるべきと・・・いや、そうであると強く確信し、雨に打たれながら彼ら家族の救援へと急いだ。

 

同じ頃、怪魔と交戦するドラたちの戦況を遠目から見守る者たちがいた。

一人は柴犬に似た獣人的な外見を持つ怪魔。その隣にはゴリラに似た獣人的な外見を持つ怪魔。二体の後ろにはミヤマクワガタに似た機械人的な外見を持つ怪物。彼らこそ、鬼灯の里を恐怖で支配する諸悪の根源・五経怪魔―――【霜花(そうか)のリンドウ】、【榎のガマズミ】、【黒鉄のメハジキ】である。

そのうちの一人、霜花のリンドウは双眼鏡を覗き込み、戦いの渦中で鬼神の如き強さで敵を根こそぎ殲滅するドラと、その周りで戦う者たちを興味深そうに観察。若干興奮した様子で頻りに鼻をピクピクと動かす。

「こいつは驚いた。俺の部下共をああも軽くあしらうとは。あの朱雀王子宗家といい地球人ってのはただのエテ公の集まりじゃなさそうだ・・・なぁ、ガマズミの爺さんよぉ」

「何を悠長な事を言うとるか貴様は。あれほど独断で兵を送り動かすなと再三忠告したはずじゃ。儂の指揮に従っていればこうはならなかったものを」

「小言はばぁさんにでも聞いてもらいな猿ジジィ。戦は頭の中でやるもんじゃねぇ。パチキでやるもんだ。つーか・・・パチキってどういう意味なんだ?」

「貴様は敵の情報はおろか語彙も知らなすぎる。奴等は・・・」

「侍―――」

すると、二人の会話に割り込み、後ろで控えていたクワガタムシの怪魔・メハジキが言葉を紡ぐ。

「の、生き残りと言った方がいいか」

「そういやメハジキ、お前怪魔に転生する前は地上の関ヶ原の戦いとやらに参加してたんだったか。五凶怪魔にして随一の剣士と言われるお前だ。さぞ地上の武士(もののふ)とやらも斬りまくってきたんだろう」

「いや、一人だけ斬れなかった男がいる」

そう言いながら、脳裏に前世の忌まわしき記憶を投影させる。

戦場では敵無しとまで言われた自分を唯一敗北へと導き、死の間際命よりも大切だった愛刀を奪い取った男の姿が今でも忘れられない。

血塗れとなって動けない自分の目の前でその男―――山賊として孤狼の道を歩んでいた山中幸吉郎は狼雲を奪って立ち去って行く―――当時の光景が怪魔となった今でも瞼の裏に深く焼き付いている。

「だがそれも昔の話さ」

数千年振りとなる怨敵の出現に内心奮い立つメハジキは、今の刀を握りしめながらリンドウとガマズミの元へ歩み寄る。

「侍は『兵法』と呼ばれる集団戦術を操る。奴等の分断を謀り各個撃破するぞ。侍の・・・いや地上世界の歴史は俺達怪魔の手によって今日ここで終わる」

 

「なんだこいつらは!?」

「敵はただの人間じゃなかったのか!?」

「なんでこんな化物共が混ざってやがる!」

かつてない力の差を見せつけられ追い詰められていく怪魔たち。

人間を越えた存在であるはずの彼らに化物と言わしめられた事を受け、幸吉郎がすかさず食ってかかる。

「化物だぁ? てめぇらにだけは死んでも言われたくねぇ科白だ。確かに俺らは堅気と呼ぶには些か乱暴な血が流れてる」

「だがそれがどうした」

続けざまに写ノ神が言うと、この場に集まった五人の人間は互いの背を向けた状態で円陣を組む。

「俺たちは流れる血が違えど同じ戦場、同じ志の為血を流そうと誓った家族だぁ!」

再び散開し戦おうとした矢先、頭上から強力な一撃が放たれる。見上げれば上空には火炎を放つ怪鳥とそれを操る怪魔がいた。

「正面から飛び込むな! 奴らは白兵戦の経験に富む! 地上人共を一匹残らず焼き払え!!」

凄まじい火力で攻撃を仕掛ける怪魔の軍勢。爆発の勢いで体勢を崩した写ノ神の背後から、敵が容赦なく襲い掛かって来る。

「「「ぐああああ・・・」」」

そのとき、背中から突き刺さる烏の羽根が敵の息の根を仕留める。

「無粋なことをするでない。そんな悪童は揃いも揃って」

ようやく鋼鉄の家族の元へと辿り着いたヤクモが警告を発した矢先、ドラと隠弩羅が何処からともなく飛び出し、上空にいる敵に向かって特攻。

「愛と正義の名の元、月に代わって・・・!」

「鬼畜な魔猫の餌食となるのがオチだぁ!」

狂気を孕んだ表情で標的を見据え、魔猫兄弟は上空の巨大な怪物を一本の刀と矛を以て撃破する。

怪魔の体から噴き出す青い血の雨が黒ずんだ雨に混じって地上へと降り注ぐ。幸吉郎たちは加勢に駆け付けた昇流らの援護で事無きを得る。

「兄貴!」

「ヤクモさん! 長官さんに隠弩羅さんも!」

 何も心配をしていなかったと言えば嘘になる。

 しかし、彼らが強い事もまた周知の事実。ドラも昇流も、隠弩羅も大した傷を負った様子も見られずピンピンとしていた。

「よう烏天狗君。どうやら死神からは逃げ切れたらしいな」

冗談半分でドラが言う。

「私は逃げなどいません。追って来たんです。あなた方死神の背中を」

「俺は死神じゃねぇだろう!」

「人聞きの悪い事いうぜよ。俺らのどこが・・・」

 

ドカァ―――ン!!!

 

隠弩羅が苦言を呈した直後、空からの爆撃を受ける。

爆煙が晴れたとき、茜らとともに辛うじて難を逃れたヤクモは「この通りですよ。一緒にいたら命がいくつあっても足りません」と皮肉を呟く。

「そうでもないさ。この通り救いの手もあるもんだ」

ドラは片足を突き立て逆さで宙ぶらりんになりながら、咄嗟にヤクモが出してくれた鎖分銅で事無きを得た後、茜の事について言及する。

「本来はか弱い女の子の茜ちゃんがなんで今まで生き残ってこれたかわかる気がしたよ。あの子を守っていたお前のお陰さ」

「いいえ・・・私は先代との約束を果しただけです。そして今や、茜様の側を守っているのは私ではありません」

言うと、写ノ神から心配を寄せられる茜を一瞥。ヤクモはそれをどこか安堵と寂寥にも似た感情で見つめる。

ドカーン!! ドドーン!!

こうしている間にも絶えず続く敵の攻撃。

すると、ヤクモは上空の敵に向かって飛んで行くと茜たちへと襲い掛かる怪魔目掛けて手持ちの剣で斬りかかる。

「茜様っ!! 上の蠅は私がなんとかします。この隙に皆さん方とともにこの場所へ!」

自らが囮となって時間を稼ぐ間、ヤクモは行先を記した勾玉を懐から取り出し、茜たちへと投擲した。

「ヤクモさん、ここは!?」

「全ての元凶はそこです。私も直ぐに追いかけます」

「ヤクモとやら! 敵の狙いは我らを別個で叩くことじゃ! この圧倒的兵力の上に離散すれば勝ち目はないぞ!」

「このまま一つ所に集まっとっても兵力差は覆りません。ならば一人一人が自分のできることをやるまでです」

傷も癒えていない体でありながら一途にも茜とその家族に尽くす事を身命とする烏天狗。襲い掛かる敵を刀で次々と斬り落とすと、「それに・・・」と言って、口元を緩める。

「私は信じています。敵何千の力より僅少でも共に戦ったあなた方家族の力を」

短い時間の中で確信した彼らの強さ。世界の命運をたった八人の家族に全てを駆ける事にヤクモは些少の躊躇いすら抱かない。

「次会う時は九人です」

ヤクモは彼らとの合流を信じ、自らの役目を果す為に淀んだ空を縦横無尽に舞い、上空の敵を殲滅する。

新たな家族―――伊弉諾ヤクモとの約束を果たす為、想いというバトンを託された鋼鉄の絆(アイアンハーツ)は各班に分かれ、行動を開始する。

ドラは隠弩羅と昇流を引き連れ、幸吉郎は写ノ神と茜を、駱太郎は龍樹とともに敵の注意を引き離す。

 

 

鬼灯の里 最深部

 

里を覆い尽くす黒い太陽の真下に築かれた風雲の居城。

 そこを根城とし二つの世界の崩壊を企てる巨悪。怪魔たちを操り、節気を狂わせる黒幕は簾越しに報告を受ける。

「・・・・・・朱雀王子宗家の者がここへ向かっている?」

「リンドウが確認した模様です」

報告を行う五凶怪魔がひとり、【朱雀のスイレン】は目の前に控える主へと恭しく膝を突き、首を垂れる。

「阿須間様、いかがなされますか?」

「・・・・・・もしも本当に宗家がここへ訪れるのならば、私は歓迎する」

「阿須間様、ですが!」

「スイレンよ」

 呼びかけられた直後、スイレンは首元を見えない力で縛り上げられる。これにより息が出来ず窒息し欠ける。

「ぐぅぅ・・・・・・がぁぁ・・・・・・あすま・・・さま・・・・・・!!」

「いつから私に楯突く様になった? お前は私のなんだ? たかが一介の怪魔風情である事を自覚せよ」

 簾越しに顔は決して見せる事無く目の前の怪魔を黙らせる確かな実力。主からの仕置きから解放されると、スイレンは咽こみながら自らの非礼を謝罪する。

「げっほ、げっほ・・・・・・も、申し訳ありませんでした」

(ここまで来るのだ。朱雀王子宗家の者よ・・・・・・私は逃げも隠れもしない)

 

 

鬼灯の里・東北東 『雨水』区域

 

 空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ―――それを如実に表す節気こそが『雨水』区域。

敵の注意を三点に分散しつつ、鬼灯の里を奔走する駱太郎と龍樹。この間にも里のあちこちでは爆発と地響きは起こり続けている。

「ドラたちの野郎、上手くやってるといいが・・・」

 と、自分のこと以上に家族の身を案じる駱太郎。

「待てっ!」

 そのとき、龍樹が唐突に制止を求めた。

 すると直後、周りから巨大な一枚岩が二人の元へと飛んで来た。咄嗟にこれを回避した二人は飛んで来た岩の上に佇む敵へ視線を向ける。

「・・・やれやれ。儂のような老い耄れが表に出る事になるとはのう」

 岩の上にしゃがみ込む老齢の猩々。身の丈ほどの巨大な長槍【無双機(むそうじゅ)】を手にし、眼下の二人を見下ろす。

「それにしても、怪魔共を屠り去った者がどんな人間かと思えば・・・まさかこのようなホウキ頭と爺さんとはのぉ」

「誰だホウキだって・・・おいこらエテ公!! 今すぐそっから降りて来いや!!」

「よさぬか駱太郎! 敵の挑発に乗る出ない! えぇいそこを退くのじゃエテ公。貴様にきび団子を振る舞う時間も天竺に付き合う時間も毛頭ないわ」

「悪いが儂はエテ公ではない。御身、朱雀王子阿須間(すざくおうじあすま)様に仕えし五凶怪魔の一人にして怪魔一の頭脳・・・・・・“榎のガマズミ”っ!」

「長い」

「え」

 名乗り直後、龍樹の口から飛び出した思わぬ言葉。反射的に声を漏らしたガマズミを前に、龍樹は次のように語り出す。

「いかんのう・・・長いぞ肩書が。長すぎて覚えづらいぞ! もう少しコンパクトにまとめられんのか」

「そんなこと言われてものう・・・そういう肩書なんじゃから仕方ないじゃろうて・・・」

「全部言いたいのはわかるぞ? じゃがそれだけ多くの情報並べられると結局どれ一つ頭に入らんぞ」

「いや別に全部覚えてって言ってるわけじゃ・・・」

「あーそう。じゃあ貴様がそういう感じでいくのなら拙僧だって」

 すると、シュールにも龍樹はガマズミを見ながら自らの肩書を踏まえて語気強く名乗り上げる。

「爺さんではない。高野山真言宗伝法御阿闍梨にしてかの高僧ナーガールジュナの子孫。TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”第四席及び不良坊主と恐れられる、龍樹常法B型Rh+! の今日の運勢は忠吉。あまり細かい事を気にすると痛い目を見るぞ。と呼んでもらおう!」

「待て待て、途中から肩書でもなんでもなくなってるじゃろう!」

「拙僧から言わせてもらえば貴様の五凶怪魔なんたらもB型Rh+と同じくらいどうでもいい、覚えられるか戯けっ!」

「確かにそれは無理じゃな・・・そんなにどうでもよかったのか!? 儂の五凶怪魔のくだりって」

「要は自分の一番言いたいことは何なのか明確にして簡潔に述べるのが大事なんじゃ!」

「わかったわかった! もう言わなくたってわかったわい! しつこい爺さんじゃのう・・・」

「本当に分かったんじゃろうなエテ公!」

(どうでもいいから早くしろよ爺共っ・・・俺の気が変わらないうちに!)

 些細な事に熱くなり、不毛な口論を繰り広げる老人と老猿の存在に駱太郎は今にも爆発しそうになる。

 ドカァーン!!

だがそのとき、駱太郎が爆発するよりも先にガマズミが立っていた場所が爆発した。

「エテ公ではない」

 二人の背後へと回ったガマズミは、無双樹を手にしながら体勢を低くし、自らが伝えたい事を名前とともに語気強く名乗り上げる。

「儂はガマズミ! お花が大好きなA型じゃあぁぁ!」

「いや知らねぇよ!!」

 どうでもいい事を強調して特攻を仕掛けるガマズミ。

「かかってくるがいい。ガマ・・・? ガマン・・・・・・?」

迎え撃つは龍樹常法。しかし肝心の名前が口に出せない。思い出そうとすると却って思い出す事が出来ない。

「でえぇぇい、このクソザルがぁ!!」

「あれだけ言っといてクソ猿かよ!! 今までのくだりの意味は何だったよ!!」

 投げやり感を醸し出しつつ、粗暴なその一言で片づけた龍樹に駱太郎はツッコミを入れずにはいられなかった。

カキンッ―――!!

「「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」

正面からぶつかり合う錫杖と長槍。

 大地を震わす老人と老猿の咆哮。

 互いの肩書と矜持を懸けた戦いが、今―――始まる。

 

 

 

 

 

 

短篇:幻の巨鯉を釣り上げろ!

 

小樽市 某釣堀りセンター

 

 とある休日。

 サムライドラーズで近場の釣り堀へとやって来た。

「こんちわー」

「らっしゃい・・・」

 店に入るなり、駱太郎はカウンターの前に座り、親指を咥え頬を赤らめながら店主に甘い声で呼びかける。

「バブバブ♪赤ちゃん3人で料金ゼロ♪」

「うそつけー!!」

「ちっ。やっぱダメか・・・」

「セコい真似はするな」

 どう考えたって無理だと分かっていたはずだ。というか、真面目に働いているならそこまでお金に困っているとは思えないのだが。

「さてと、どのコースにするかな」

 壁に張られた釣りのコースを見渡すと、上から順に【3分お急ぎコース】【ノーマルコース】【時間無制限のんびりコース】と書かれており、中でもドラが気になったのは一番下に張られたコース・・・それは。

「おじさん、なんなのこの・・・【幻の巨鯉チャレンジコース】って?」

「この釣堀りには信じらんねェほど巨大な鯉の主が棲んでるのさ。幻の巨鯉チャレンジコースってのは、そいつに挑戦することだ」

「へー、おもしろそうだな」

「よっしゃ! 俺、そいつに挑戦してやるぜ!! オヤジ、いくらだ?」

「竿とエサ代込み制限時間30分で1人5000円ね!」

「「「5000円だぁ!?」」」

 あまりに根が張るチャレンジに3人はぶったま消た。

「おいてめぇ、舐めてんじゃねェぞ!」

「誰がそんな値出してまで鯉釣るかよ!」

 ぼったくりもいいところだと幸吉郎とドラが抗議する。店主は不敵な笑みを浮かべ「嫌ならいいんだよ」と呟く。

「しっかし残念だな・・・今釣り上げたら賞金10万円が出るんだけどなー」

「「「賞金10万円だぁ!?」」」

 5000円のリスクと引き換えに賞金10万円が手に入る・・・3人は店主に背中を向けると、小声で話し合う。

「兄貴、10万ですよどうします?」

「そりゃ欲しいよ! だって10万円だよ、1カ月働いてやっと30万ちょっとの手取りなんだ・・・30分で釣れればエライ儲けだ!」

「10万円か・・・それだけあればすすきの夜の街で美女どもを侍らせてウハウハできるな///」

 何と言っても金の魔力は大きい物だ。

さっきまで嫌そうな顔をしていた3人の表情筋が忽ち緩み、金に眩んだ瞳となる。

「へへへ・・・さぁ、どうする?」

 店主がもう一度問う。

 3人は決心した様子で、各々の財布から5千円札を取り出しカウンターの前に叩きつける。

「出血大サービスだコノヤロウ!!」

「1人5千円!! 3人分で1万5千円!」

「もってけ泥棒ネコ!!」

 いや、ネコはあんたの方だろう・・・・・・。

「へへ、毎度あり!」

 料金を手に取り顔をニタニタさせる店主。3枚の札束を数え終えると、ドラが持っている釣竿とクーラーボックスを見る。

「んじゃ、あんたの持ってる竿とクーラーボックスはこっちで預からせてもらうよ」

「なんでだよ?」

「巨鯉チャレンジコースは竿も餌の持ち込みは禁止だ。使っていいのはうちで貸し出す奴だけ」

「てめぇ・・・舐めた真似しやがって!」

 幸吉郎が突っかかろうとすると、ドラは直ちに制止させ、ふふふふと笑い返す。

「いいよ別に。オイラは餌も釣竿も選ばないから」

「んじゃこれを」

 カウンターの下から取り出したいかにも年期が入った釣竿をドラは受け取った。

その後、鯉の餌となる練り餌とバケツを受け取り、3人は釣り堀へと向かう。

「おっしゃ! 巨鯉釣って10万ゲットだ!」

「兄貴、絶対10万釣ってやりましょうね!」

「綺麗な姉ちゃん侍らせて・・・ひひひひ!!」

 それぞれの思惑を抱く3人を見送ると、店主は彼らが居ない事を良い事に意地の悪い事を呟いた。

「へっ。うちの巨鯉金ちゃんは未だかつて誰にも釣られて事の無い幻の巨鯉なのだ。それにあのドラネコに渡した釣竿はもう捨てようと思っていたボロ竿・・・あれじゃメダカも釣れねぇ。奴らには絶対釣れるはずがないのだ、へへへ」

 

 賞金10万円を賭けた30分の巨鯉チャレンジコースを選択したドラ、幸吉郎、駱太郎の3人・・・果たして見事巨鯉を釣り上げることが出来るのか。

「さてと・・・お?」

「何をなさってるんですか兄貴?」

 釣り場所を選びにかかろうとした矢先。ドラは釣り堀の中を細い目で見つめ、じっと立ち尽くしている。

「釣り歴20年のオイラにはわかる。巨鯉が潜んでいるところは水のうねりを見れば大方予想がつく」

 おもむろに釣り堀りに近付き、縁に足を乗せるドラ。

 水のうねりや濁り具合などからどこにどんな鯉が潜んでいるかを見極めるその眼力は鋭く、鯉も思わず畏怖を抱いてしまう。

「・・・ふん。この辺りには雑魚しかいないな」

 訊いた途端、幸吉郎と駱太郎はおおと感嘆する。

「なんか期待できそうだぜ!!」

「10万円も満更夢じゃねぇな!!」

「あそこだ・・・あのあたりに居る!」

 目ぼしい場所を見つけると、3人は早速移動し椅子に腰を下ろす。

「おっしゃー! 釣るぞー!」

「へへ腕が鳴るぜ・・・・・・巨鯉は俺たちで釣り上げてやるぜ!」

「よし、モチベーションを上げるためにルールを作ろう。巨鯉を釣り上げた奴が10万円を独占できる!」

「いいじゃーんいいじゃん最高じゃん!!」

「なら、この瞬間から俺たちはライバルっすね」

「おうとも! だけど釣り歴20年のオイラに君たちが勝てるかな」

「上等だぜ。素人でも夢を掴めるってことを証明してやる!!」

「勝負です、兄貴!!」

 賞金10万円を賭けた真剣勝負。

 プライドと意地、淫らな欲望が交錯する釣り堀りで勝利の女神がほほ笑むのは魔猫か、狼か、それともトリ頭か・・・・・・!!

 

「まずは餌を付けなくっちゃな・・・」

鯉釣りで最も重要なのが餌である。

駱太郎は店から借りた練り餌を適当な大きさで丸め、それを釣り針に取りつける。

「あれ? そういやこう言う練り餌って、原料なに使かってんだ?」

「それは魚粉だよ」

 何の気ない疑問を抱いた直後、一番左の席に座ったドラの口からぼそっと答えが返ってくる。

「つまり、干した魚をミキサーで粉末にして水で練ってるんだ」

「ああなるほど・・・詳しいんだな」

「釣り歴20年を甘く見ないで欲しいね。ちなみに鯉の餌には魚粉のほかに、ふかし芋やキジなんかもオイラは使ってるけどね」

「キジって?」

「ミミズの事」

 ちなみに、鯉は雑食なので基本何でも食べる。

「よし、こんなもんだろ」

 幸吉郎が釣り針に餌を付けた。その餌は無駄な角がない綺麗な球体で、見るからに輝いている。

「ほへ~、大したもんだな。よくもそんな綺麗に丸められるな」

「これなら巨鯉だってあまりの美しさに直ぐに食いつくだろうよ」

 自信をもって竿を釣り池に放り投げる。

 すると、直ぐに浮きが沈み魚がヒットする。

「おお!! 早速来たぜ!!」

 勢いよく竿を振り上げた。

 だが肝心の鯉は付いておらず、あるのは餌を綺麗に食べられた釣り針のみ。

 この結果に幸吉郎は唖然。駱太郎は笑い転げ、ドラも鼻で笑う始末だ。

「でははははは!!! あまりの美しさに餌だけ持ってかれたな!!」

「鯉釣りは一日一寸って言ってさ。10日通ってやっと30センチの鯉が釣れるくらい根気がいるんだよ。ま、短気なお前には巨鯉どころか雑魚すらかからないかもね」

「く~~~~~~」

 一番鯉に舐められているのが自分だと分かった途端、幸吉郎は悔しさで言葉も出なくなった。

 巨鯉チャレンジを始めて早速その実力を表したのがドラだった。

 他の二人と違い、ドラは日頃から釣りを趣味としているだけありその慣れた手つきと長年の間に培った勘で魚の大小を判別する。

 例えば、浮きの沈み方ひとつでも彼には分かってしまうのだ・・・巨鯉か雑魚か。

「ふん。雑魚だな・・・」

 試しに当たりを引き上げると、ドラの言った通り巨鯉とは程遠い普通の鯉。幸吉郎と駱太郎が見守る中、ドラは釣り上げたそれを網に入れる。

「やっぱりだ」

「さ、流石は兄貴・・・浮きの動きだけで大きさを見ぬいてしまった!」

「こりゃおちおちしてたらあいつに美味しいところ全部持ってかれちまうぜ!」

 身内に最強の敵有り。

 焦燥感に満ちる中、駱太郎が浮きをを引き上げると幸吉郎と同様に見事餌だけを持っていかれてしまっていた。

「だぁ~~~! 餌だけ持っていかれたー!!」

「はははは! 巨鯉もおめぇにだけは釣られたくねぇってよ!」

「チキショウ・・・こうなりゃ自棄だ! 餌全部つけてやるぜ!」

 あろうことか、すべての練り餌を丸めた一際巨大な餌を池の中へと放り込む。

「おいおいそんなもったいない事するなよ・・・」

 幸吉郎が呟いた、その時だった。駱太郎の浮きが深く沈み、大きな当たりがやってきた。

「これは!」

「まさか!?」

 ドラと幸吉郎、さらにこっそり様子を覗いていた店主が目を見張る。

 駱太郎の竿に大きな動きが見られた。それまでとは明らかに異なる強い力が竿全体にかかり、駱太郎の体を左右に引っ張る。

「どおおおおお!!!」

「こ、こりゃ巨鯉だ!!」

「どおおおお!!! こいつ暴れるな!!」

「落ち着け駱太郎!! 俺が今・・・」

 幸吉郎が親切心のつもりで手伝おうとすると、それを止めたのはドラだった。

「手助けしちゃいけない! それがルールなんだ!」

「え、ルール?」

「他の人間が手助けすると、賞金10万円は出ないんだ!」

「そ、そんな・・・!」

 店主は何があっても客に自慢の巨鯉を釣らせないつもりだった。

 どれだけ卑怯で汚い手を使おうと、巨鯉に食い付いた客たちから金を巻き上げる狡猾さ・・・その狡猾さを打ち破る方法はただひとつ。自力で巨鯉を釣り上げる事だけ。

「だああああああ!!! こいつ―――!!!」

「耐えろR君!!」

「しっかりしやがれ!! 俺たちは手伝えないんだ!!」

「賞金10万円は君の手にかかってるんだよ!!」

「コラ金ちゃん! 絶対釣られるなよ!!」

 何としても駱太郎に釣り上げて欲しい者の声と、それと相反する者の声。

 二つの声を左右の耳から入れる暇すらない駱太郎は、ひたすら池の中の巨鯉と格闘し、根競べをする。

「このおおおおおおおおお!!! どおおおおおおおおお!!!」

 馬鹿力が売りの駱太郎をも圧倒する巨鯉の力。

 段々と腕の力が抜け始める。このまま巨鯉に敗れてしまうのか・・・幸吉郎が思った時。

「イメージするんだR君!!」

 孤軍奮闘する駱太郎に向ってドラが彼の士気を上げる言葉を吹きかける。

「10万円を手に入れて君は何をしたい!? どうせキャバクラで女侍らせるのが落ちだろうけど・・・それ以上の事を考えるんだ!! 例えば、その金でキャバクラ嬢の乳を揉ませてもらうとか!!」

「女の・・・乳を・・・揉む!!!」

 貧相な駱太郎のイメージ力でも明確に湧き上がる。

 女の乳を揉む・・・その一言が駱太郎のエロ根性に火を点けた。

「揉みてぇええええええええええええ!!! 揉ませろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 刹那、凄まじい力が湧き上がって来た。

 巨鯉に振り回されていたのが一変。駱太郎は両手で釣竿を握りしめ、大きくしなる竿を持ち上げる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 次の瞬間、振り上げた竿に付いた金色色に輝く巨鯉がその姿を現した。

「ば・・・バカな!!」

 終始唖然とする。駱太郎が釣り上げたのは鯉と呼ぶにはあまりに大きすぎる魚・・・・・・全長は120センチを上回る超ヘビー級の獲物である。

「おおやりやがった!!」

「これが幻の巨鯉・・・! デカいな!!」

 巨鯉が釣り上がった直後、店主が慌てて飛び出してきた。

「こ、このバカ鯉!! 鯉こくにでもなっちまえ!!」

―――バチン!

「ぐああああ」

 悪口を言われるや、床の上で暴れる巨鯉は尾を振り店主を池の中へと叩き落とした。

「おっしゃー!! やったぜー!」

「10万円~~~!! 10万円~~~!!」

(へっ。うまく言いくるめて9万くらいもらっちゃおう・・・)

(ドラには絶対渡さねぇよ!)

 喜びながら互にそんな心の声を漏らすドラと駱太郎。その横で、幸吉郎は呟く。

「まさか女の乳を揉みたいなどという欲望だけで釣り上げちまうとは・・・・・・恐るべし単細胞!」

「チクショウ!! あんなド素人に釣られるなんて、もうおしまいだ~~~!!!」

 

 

 

 

 

 

おわり




次回予告

駱「激しく火花を散らす老齢の生物。密教に身を捧げた僧侶と、主君への忠誠に身を捧げた怪魔」
「若き日、爺さんが如何にして解脱の境地に達し悟りを開くことが出来たのか。その秘密が今、明かされる―――」
龍「次回、『如実知自心』。すべては己が心のままに生きることじゃぞ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。