サムライ・ドラ   作:重要大事

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駱「つくづく思うが、俺と写ノ神とで茜の扱い方が天と地ほどにも隔たってやがる。なんで写ノ神には高級宇治茶と芋羊羹で、俺には茶を投げる!! 納得できねーよ!!」
龍「今に始まった事ではなかろう。まぁ茶を投げるのはさすがにやりすぎかもしれぬが」
駱「だろう!! 折角人が苦労して書いた書類全部ダメにしやがって・・・・・・あのアバズレ、いつか痛い目に遭わせてやるから覚悟しとけよ!!」
茜「私が、どうかしたんですか♪」
駱「え・・・・・・いや、茜さん。ちょっと、そっちの方向には腕は曲がら・・・あああああああああああああ!!!!!!!!!!」



鬼灯の里潜入

『異世界・鬼灯の里』

 

すべての元凶潜む伏魔殿(ふくまでん)。

元は数多の生き物たちが共生する現代文明から忘れ去られた永遠の時間に存在する桃源郷だった。

そう、あれが蘇るまでは―――。

 

 

「この秩序な自然。無秩序な人間」

 翁の能面をつけ舞をする人間。

その人間に恭しく頭を下げたまま、怪魔と呼ばれる妖怪たちは主の言葉に粛々と耳を傾ける。

「人は欲望の果て、勝手気ままにこの世を蝕みばみながら生きている」

 舞い踊る人間の足下には八卦の紋章―――そこから飛び出さないように気を配り、手持ちの扇子を前へ突き出す。

「我は秩序を与えなくてはならなん! この無秩序な時代に秩序を与えなくてはならんのだ・・・歴史の闇に屠(ほふ)られし我らが、今こそこの世を支配する力得(う)るとき! 鬼灯の里の奥底にありし秘めたる力を・・・」

 

 

西暦5539年 6月22日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

突如現れた怪魔・松明丸の襲撃により瀕死の重傷を負った烏天狗・伊弉諾(いざなぎ)ヤクモ。

ドラたちは彼を本部へと連れ帰り、疲弊し切った彼の傷を癒す。

「とりあえずはこれで大丈夫です」

 茜はあらゆるものを盗む力を秘めた畜生扇を使って、ヤクモの体に蓄積された傷の痛み、そして傷そのものを盗み取って彼の生命力を回復させる。

現代の医療顔負けの超高速治癒術を目の前で披露されたドラたちは揃って感嘆の声を漏らす。

「いや~、なんと便利な扇じゃろう!」

「シャックスの持つ盗みの力で、ヤクモさんの体の痛みをすべて盗みました」

「“盗む”ってそういう解釈もできるんだ」

「でもよ、そんな便利なものがあるなら前に俺が銃で撃たれたときに使かってくれれば良かったのに・・・」

「すみません写ノ神君、あのときは動揺しててすっかり忘れていたんです・・・」

 どこか胡散臭い感じがしてならなかったが、少なくともあれが星の智慧派教団編を盛り上げる演出だったと考える無粋な輩はこの中には居ないはずだ。

 ヤクモの治療を終えた、ちょうどそのとき。

「おう! 今帰ったぜおめぇら」

「ただいま・・・・・・」

 怪魔・松明丸を退け、駱太郎と顔面が無残にも腫れ上がった昇流が帰還する。

「松明丸は?」

「ちゃんと追っ払ったから心配ねぇ」

「長官は誰に殴られたんですか?」

「この鉄拳バカ以外に誰かいるのかな!?」

 これ見よがしに自分が受けた不幸をドラたちに強調する。

戦闘中、駱太郎はサポート役の昇流がピンチになってもなかなか自分を助けようとしなかった事を恨み、松明丸を退けた直後に彼の顔面へ渾身の一撃を加えたのだった。

「けっ。人のサポートしねぇでボーっと突っ立ってるからこうなるんだよ!」

「最後に至ってはおめぇの個人的な腹いせだろう!!」

「だぁあああ!! やめろやめろやめろ!! バカ二人で醜い争いしてんじゃねぇ、病人が目覚ますだろうが!! 静かにしろ!!」

「お前が一番うるさいよ!」

―――ゴン!

「あ痛っ~~~///」

折角空気を読んで注意を促したはずが、結局は幸吉郎自身の声が最もうるさかったことをドラに指摘され、文字通りの鉄拳で頭部を殴られてしまった。

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)に保護されたヤクモは、死んだように深い眠りに就いている。

全員で彼の顔を覗きこんで見守っていると、不意に駱太郎が口を開き言う。

「それにしてもこいつ・・・・・・どこから出て来たんだよ?」

話を何も聞いていなかったようだ。

あまりに素っ頓狂な言葉に全員は唖然とし、全身の力が抜けてしまった。

「あのな・・・この章は何についての話なんだよ? 鬼灯の里だって前提で話してるんだよ、アホみたいなツッコミを入れさせないでくれよ単細胞!!」

「いや・・・ひょっとしたら妖怪横丁かも知れないと思ってさ」

「鬼つながりですけど鬼太郎(・・・)さんは出てきません、絶対に!!」

 駱太郎の所為でシリアスな雰囲気が途端に瓦解してしまった。

 気を取り直して、再び真面目モードとなった茜がなぜヤクモが人間界に自分の許可なく現れたのかを考察する。

「鬼灯の里と現実世界を出入りする方法は二通りあります。ひとつは朱雀王子家当主である私の意志で畜生曼荼羅を出現させ呼び出す事。もうひとつは現世と通じる全国の鬼門(きもん)を通って来る事」

「鬼門っていうと、妖怪とかが出入りする方角のことだっけ?」

「はい。艮(うしとら)の方位・・・今でいう北東に当たるんですが、ここから死者や鬼が出入りするといわれ古来より良くない方角とされてきました」

「特に家を建てる時なんかは、玄関や床の間を鬼門のほうに作ると災いを招く原因になるって言われてるみたいだぜ」

「あれ? 長官詳しいんですね」

「親父が風水好きものだからよ、家を建てるときもその辺をやたら気にしてたらしいぜ」

「それはそうと・・・もっと俺たちが知らなきゃならねぇことがあるはずだが」

 ドラに殴られた箇所をちょくちょく気にしながら、幸吉郎は茜の方へ顔を向け真剣な表情で尋ねる。

「なぁ茜、前々から気になってたんだがよ・・・鬼灯の里ってのはどんなところなんだ?」

「そう言えば今までオイラたちもあまり触れて来なかったけどさ、茜ちゃんが呼び出してる畜生はみんなそこに住んでるんでしょ?」

「茜、詳しく話してもらえないか?」

 この機会にも全員は知るべきだと思った。

 周りからの強い要求に、茜はとりたてて積極的に話す事も無かった自身の能力の秘密―――畜生たちの世界・鬼灯の里についてを話す決意をする。

「わかりました、ではお話いたします。時代(とき)は室町時代末期にまで遡ります――――――因幡(いなば)の国の守護大名だった朱雀王子宗家初代当主、朱雀王子火稲(すざくおうじかいな)が手にした畜生祭典の力。その力の源こそ鬼灯の里と呼ばれるこの現世とは別位相に存在する世界にあるのです。名前の通り、ホオズキが一面に繁茂しており、また場所によって四季折々の景観が広がり、妖怪から式神に至るまで多種多様な動植物が共生を図っているのです」

 一旦話をそこで止め、茜はソファーの上で横たわり熟睡しているヤクモの事を一瞥する。

「ヤクモさんは鬼灯の里の治安を守る烏天狗警備隊の隊長です。それがどうしてこんな・・・」

「鬼灯の里で何かが起こっているのは間違いなさそうだな」

「おまけに怪魔なる変な妖怪も出て来るしな」

「茜ちゃん。こっちから鬼灯の里へは行けないのかい? あんまりお家問題には首を突っ込みたくないんだけどさ、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の家長としてはそのあれだ・・・放っておくわけにもいかないし」

「ドラさん・・・・・・」

 照れて素直になれないのが欠点なものの、ドラは鋼鉄の絆(アイアンハーツ)と言う名の家族を束ねる家長としてその自覚をしっかりと持っている。

ドラの言葉に胸打たれる茜に、周りもまた便乗して言ってくる。

「いつも通りだ。家族みんなで行こうぜ、鬼灯の里へ!」

「すべての謎を突きとめようぞ」

「みなさん―――はい!!」

「あれ~・・・・・・変だな・・・・・・」

 すると、駱太郎がそんな声を上げながらしきりにヤクモの周囲で何かを探している。

 怪訝そうにドラたちが見守る中、駱太郎は寝ているヤクモの懐に手を突っ込み、目当ての物がない事を真剣に不思議がる。

「どうなってやがる・・・」

「何がだい? 君はさっきから何をしているの?」

「いやな・・・妖怪メダルとか落ちてないかなーって思ってさ」

―――ブチッ。

あまりに度を過ぎたおふざけを目の当たりにした瞬間、茜の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。

刹那、怒りで髪の毛を逆立たせた茜は駱太郎へ近づくなり、容赦ないプロレス技を刊行し折檻する。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! やめろおおおおおおお!!!!!」

逆エビ固めから始まり、ドロップキック、ジャーマンスープレックス。そして極めつけは掟破りのジャイアントスイング。

「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

回るは回る。

華奢な体からは想像もつかない怪力を茜は遺憾なく発揮し、駱太郎の体を徹底的に回し続ける。

今回は決定的に・・・いや、いつもの事かもしれない。間違いなく駱太郎に非があった。

手酷い罰ゲームを受け続ける駱太郎を前に、ドラは淡白な顔で問いかける

「何か言う事はあるかい?」

「悪ふざけが過ぎましたっ―――!!!」

 

「きゃああああああ!!」

唐突なる悲鳴。

ドラたちは瞬時に部屋の外へと飛び出した。

「なんだ!?」

「今の優奈の声だったぞ!」

昇流は悲鳴を発したのが恋人である栄井優奈であると認識し、彼女の元へ一目散に急行する。

廊下を走ること数分。

他の局員と混じって、栄井優奈が窓ガラスの前で怯えた様子で尻餅をついているのを発見する。

「優奈!!」

「昇流君・・・あれ!」

 戦慄を覚えた彼女が、ドラたちに窓の外を見るよう自分の指を外へと向ける。

「な、なんだこりゃ!?」

「おいおい・・・これを冗談だと誰が信じられる!?」

一瞬悪い夢でも見ているのではないかという錯覚さえ感じたほど、外は非日常のもので溢れていた。

大小様々、日本古来より伝わる魑魅魍魎の類。さらには西洋に伝わる幻想獣が街中で跋扈(ばっこ)しているという光景に、皆開いた口が塞がらない。

百鬼夜行の妖怪行列。

ドラたちは念のため外に出て夢でない事を確かめる。

妖怪たちは人々の恐怖を露骨に助長し、普段住み慣れない場所だというのに我が物顔でのさばっている。

「妖怪たちが街中に・・・!」

「おいアバズレ、あれって全部おめぇんのところの里から出てきた奴じゃねぇのか?!」

「そんな・・・! ですが確かにあの妖怪たちは!」

駱太郎に言われてよく見ると、茜にはどれもこれも見覚えのある妖怪ばかりだ。

しかしわからない。ヤクモといい松明丸といい、なぜ自分の意志とは無関係に人間界に出現したのか。なぜ目の前の彼らは狂気に支配されたように暴れているのか。

他の誰でもない、茜自身が最も戸惑い狼狽する中―――編み笠を被った山彦を起こす妖怪・呼子(よぶこ)が突然大声を発する。

「ヤッホ――――――!!!」

 凄まじい声量に空気はたちまち震え上がる。

 木霊する呼子の声は辺り一帯へ反響し、建物窓ガラスは軋み、そして破裂する。

―――バリン!! バリン!!

「「「「「「「ぐうう!!!」」」」」」」

 ドラたちは危うく鼓膜が破れるかと思った。

 さらに彼らへと追い打ちをかけるのは、妖怪・かわうそだ。

地面から湧き出ている邪悪な妖気に当てられると、理性を失ったかわうそは体から水を噴き出す―――しかしその量が半端ではなかった。

「「「「「「「だああああああ」」」」」」」

 正に怒涛の勢い。

 かわうその吐き出す水は手当たり人から自動車、周囲のあらゆるものを見境なく呑みこみ洗い流してしまう。

 前触れも無く起こった洪水に流されたドラたちは、あまりに酷い状況に気が可笑しくなってしまいそうだった。

 洪水が収まった後も、街のありさまは益々酷くなるばかりだった。

 妖怪釣瓶火(つるべび)などの日に関連した妖怪、モンスターよって火災が起きたと思えば、消防署は雪女やイエティなどの氷を操る事に長けた魔物の妨害を受けて氷漬けにされる始末。

人間界を突如として蹂躙し始めた鬼灯の里の畜生たちと、最早収拾が付けられないほど酷い現実にドラたちは呆然と立ち尽くすばかりだ。

「信じらんねぇ・・・これが現実だっていうのかよ!?」

「茜ちゃんさ、君はこの現状をどう見る?」

「何か凄まじい妖力を持った存在がこの世界に干渉してきている事は間違いありません。この辺り一帯から溢れる邪悪な妖気は恐らく、各地の鬼門から溢れ出たものです・・・!」

 堅気には分からない邪悪な妖気が、街中に蔓延っている。

 赤み帯びた薄い紫色の妖気は鬼門から出現した妖怪たちを覚醒状態とする。平たく言えば、妖怪たちは妖気という名の強い酒に酔っぱらって理性を見失っているのである。

「しかしなぁ、本当にそんな奴がいるのかよ?」

「間違いありません! でなければ、こんな・・・こんなひどい事にはならなかったはずです!」

 

「ひやあああああああ!!!」

そのとき、聞き覚えのある声が耳に入った。

ドラたちは普段から贔屓にしている居酒屋ときのやの店主―――時野谷久遠(ときのやくおん)(37)が愛車の日産ラシーンを爆走させ、背後から迫る凶悪妖怪から必死で逃げる様子を目撃する。

「時野谷だぜあれ!」

「見りゃわかるわい! 待ってろ直ぐに助けてやるからのう・・・・・・きえええええええ!!!」

 手持ちの錫杖に力を籠め、龍樹は時野谷の背後から迫る妖怪たちを塞き止めるため法力を発動させる。

 龍樹の法力によって妖怪たちは金縛りを受けたように動きをぴたりと止める。

 直後、急に妖怪が追いかけて来なくなった事で緊張の糸が切れたらしく、時野谷はハンドル操作を誤り電柱へ激突。車はそこで緊急停車する。

「あてててて・・・・・・た、助かった~~~」

 バンパーこそは破損したもののそれ以外は無傷だ。衝突の際に頭はぶつけたが、エアバッグのお陰で時野谷の体は傷ひとつない。

 ドラたちは時野谷を救出すべく、彼の車へ駆け寄った。

「おい、しっかりしろ!」

「怪我してねぇのか?」

「やぁみなさん・・・/// これは私の悪い夢とかじゃないですよね///」

「誰も夢だなんて思ってねぇから安心しろ!」

誰もが今見ている光景を夢だと思いたくなる。

しかし悲しきかな、今起きている不可解かつおぞましい現象は紛れもない現の事象である。

時野谷を救い出したドラたちは、一旦本部へ戻ることにした。

「おい見ろよ!」

道中、彼らは意外な者と遭遇する。

「隠弩羅だ!」

偶然にもドラの義理の弟である隠弩羅と鉢合わせる。

だがよく見ると、彼の様子がどこかおかしい。魂が抜けたかのような虚ろな瞳を浮かべ、口を阿呆のように僅かに開けたまま呆然と立ち尽くしている。

「お前いつフランスから戻ったんだ」

「つーか、こんなところで何してんだよ?」

「へへへへへ・・・予兆が始まったよ。もうすぐこの世界は滅びるぜよ・・・」

「予兆だって?」

「世界が滅びるってどういう事だよ?」

問いに対する隠弩羅の反応は、気の抜けたように笑うだけだった。

「なんだよこいつ、気味悪いな・・・」

「こんな奴に構ってる暇なんてねぇ! 行こうぜ!」

どうしてこうも立て続けに妙な事件が続くのか。

自分たちの知らないところで、この世界の存亡がかかった重大な何かが動き出そうとしていた。

 

『日本古来からの妖怪や西洋の怪物と思われる正体不明の生き物たちは、世界各地に出現しており、パニックに陥った人たちが溢れ交通が遮断されるなど被害が拡大しています』

本部に戻ったドラたちは、リアルタイムで放映されるテレビのニュースに釘付けだ。

「世界中で起こってんのか、この事件!?」

「小樽だけじゃなかったみたいだな」

妖怪騒ぎが起こったのは小樽市内だけに留まらず、アメリカや中国、インド、エジプトなど世界のあらゆるところで同様の現象が起こり大混乱に陥っていた。

「なぁドラ、やっぱりこの事件・・・あの松明丸とかいう怪魔が出てきたことと何か関係あるのか?」

写ノ神の問いかけにドラはああと即答する。

「それと、隠弩羅が言っていたあの言葉が引っ掛かる・・・」

 

 

『へへへへへ・・・予兆が始まったよ。もうすぐこの世界は滅びるぜよ・・・』

 

 

「そういやあのオタクネコ、なんか様子がおかしかったよな」

「世界の滅ぶ予兆って・・・・・・?」

「ドラ、あんまり悠長にしてられねぇ! 今すぐ乗り込もう、鬼灯の里へ!」

 駱太郎が強く呼びかけると、それに呼応して全員は席を立つ。

「よっしゃ、直ぐに出発しよう! 茜ちゃん、畜生曼荼羅を呼び出してくれるかい?」

「わかりました!」

 事件の全貌を突き止めるべく、妖怪たちが元々いた世界―――鬼灯の里へと行くためのゲートを開く。

 茜は自らの血を媒介に人間界と鬼灯の里を繋ぐ禁断の扉、畜生曼荼羅を出現させると自分とドラたちが及ぶ範囲に曼荼羅を拡大する。

(この世界と鬼灯の里で起きている秩序と均衡の崩壊・・・・・・早急に原因を突き止めないとなりませんね)

 心の中で呟くと、茜はドラたちとともに曼荼羅を通じて鬼灯の里へと向け出発する。

 

 

鬼灯の里 最深部

 

鬼灯の里は四季折々の自然が存在し、畜生たちは春夏秋冬―――それぞれの節気に合わせた環境に適用し、生活している。

だがしかし、今正に節気は大きく乱れ始めている。

その元凶たる天高く浮かぶ巨大な黒い太陽。出現して以来、里の節気は大きく狂い畜生たちは次々と住処を追われていった。

この黒い太陽の真下に築城された風雲の居城。

城の中枢には城の主、そして四体の怪魔が控えている。

刀と女人(にょにん)を侍らせるクワガタムシのような姿をした怪魔、座して沈黙を保つ老齢のゴリラの怪魔、その隣に座り居眠りを決め込む竜の姿を模した怪魔、そして全身が赤々と燃える炎のような色を持つ鳥の怪魔。

鳥の怪魔こと、【朱雀のスイレン】は御簾(みす)の向こう側に座る主に報告をする―――人間界に送り込んだ松明丸の消息が絶ったという重要な事実を。

「・・・・・・松明丸が?」

「はい。おそらく、人間界で何者かの妨害に遭ったと思われます」

「・・・・・・そんなつまらん話をするためにここに来たのか?」

「いえ・・・朱雀王子宗家が動き出した可能性があります」

「・・・・・・何?」

 スイレンの口から飛び出たその一言に主は目の色を変え、傍らで聞いていた怪魔たちも目を細める。

「まだ詳しい事はわかりません。しかし、確かめる価値はあると思います。その者たちの始末わたくしにやらせてください」

「いや。オレが斬る」

 スイレンが声に反応して振り返ると、今の今まで酒を飲み女を侍らせていたクワガタムシ、【黒鉄(くろがね)のメハジキ】が愛刀を握りしめ冷淡な口調で言って来た。

「わたしの獲物だ邪魔するな!!」

 激昂するスイレンを前に、メハジキは侍らせていた女を退かしつつ「酒と女の香(か)には飽いた・・・・・・そろそろ血の臭いが嗅ぎたい」と申し出る。

 対立する二体の怪魔は邪悪な妖気をぶつけ合い、激しく対立する。

 きな臭い雰囲気と一触即発もあり得る現場の張りつめた空気に恐怖を感じた女人たちは、慌ててその場を離れる何処へと消える。

「・・・・・・よかろうメハジキ。お前に任せるとしよう」

「はっ。有り難うございます」

耳を疑う言葉にスイレンは絶句する。

主からの命を受けたメハジキは御簾の向こうの主に一礼し、愛刀を携え城の外へと向かう。

「阿須間(あすま)様、なぜわたくしに御命じ下さらぬのですか?」

堪らず阿須間と言う名の主に理由を尋ねるスイレン。

すると、四人の怪魔の中で最年長に位置する【榎(えのき)のガマズミ】が口を挟む。

「スイレンよ。お前に御側に居て欲しい阿須間様のお気持ち、分からぬか?」

訊くや否や、スイレンは目を見開くと同時に不安一色だった表情が一変。嬉しさでいっぱいとなる。

阿須間の慈愛に感謝し深々と首を垂れるスイレンと、阿須間は御簾の向こう側から小さく溜息を突く。

「・・・ガマズミ、要らぬことを言いおって」

「平にご容赦ください」

 

 居城から数十キロ離れた場所に出現した畜生曼荼羅。

 この曼荼羅を使って、人間界からサムライ・ドラを筆頭に山中幸吉郎、三遊亭駱太郎、龍樹常法、八百万写ノ神、朱雀王子茜、杯昇流で構成されたTBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”が参上した。

「着いたのか?」

「はい。ここが畜生界―――鬼灯の里です」

茜にとっては日頃から行き慣れた場所であり、言うなればここは朱雀王子茜の第二の故郷と呼べる悠久の桃源郷である。

そしてドラたちはここに来るのが初めてだ。

初めて見る鬼灯の里と呼ばれる異世界の全貌―――事前に聞かされていた通り、辺りには鬼灯が生い茂っており、現代文明という何もかもが物質で埋もれた世界で失われつつある豊かな自然と清浄な空気が満ち満ちている。

「これが異世界・・・」

「本当にあったのか・・・俺たちの知らない世界が」

「異世界と聞くとお伽話みたいに聞こえるけどな、俺たちが住んでいる世界だけがすべてだと思うなよ。時間、空間、次元を隔てていくつもの世界・・・宇宙が存在するって学説もあるんだ。事実、この俺だってそこのドラネコと一緒にここではない異世界に行った事がある!」

 語気強く力説する昇流の話を耳にし、駱太郎は「それっていつの話っすか長官?」と問いかける。

「かれこそ2、3年くらい前かな・・・」

「えー! まっさかー!」

「本当だって!! ドラ、俺たち間違いなく異世界に行ったよな!」

「ええ行きましたよ。行きましたから少し静かにしてもらえませんか」

「なんでそんなに淡白なんだよ!? バカにされて悔しくないのか!?」

「それ長官だけですよ」

「んだと―――!!」

 だが確かに昇流とドラは鋼鉄の絆(アイアンハーツ)が結成される以前、自分たちが暮らす世界とは異なる過去でも未来でもない全く別次元にある世界へ迷い込んだ事がある。

 その話をすると少々長くなってしまうため、機会があればいずれ話をする事にしよう。

さて、茜とは違いここへ来るのが初めてのドラたちにとって鬼灯の里は神秘に満ち溢れた場所―――興味をそそられる事が尽きない。

だがドラは先ほどから奇妙な違和感を覚え口を閉ざしている。

人間界にあれだけ多くの畜生、妖怪が出現していたにも関わらず、里は異様に静まり返っている。まるで、最初からこの地に畜生など存在していなかったように。

(どうにも様子がおかしい。外の世界があれだけ妖怪で溢れていたというのに、この世界の静まり様は一体・・・)

「みなさん、あれを見てください!」

するとそのとき、茜が何かを発見し周りへ呼びかける。

天を指さし驚愕する彼女。ドラたちが茜の指さす方向へ視線を向けると、天空には巨大な黒い目玉のような形をした太陽が浮かび、強烈な存在感を醸し出している。

「あれは・・・!」

「おおお俺知ってるぞ!! バックベアードだぜ!!」

「ちょくちょく鬼太郎ネタを放り込むな単細胞!」

「よく似てるけど根本的に違うよ。眼球の中心を見るんだ!」

 ドラに言われ太陽の中心―――すなわち、眼球を注視する。

 目を細めて見て驚いた。里に生きる畜生という畜生が悉く彼方に浮かぶ黒い太陽に吸い込まれているのだ。これでようやく不自然なまでに辺りが静謐としていたのか、その理由が分かった。

「ああやって畜生たちを吸いこんで、外の世界に出しているのか?」

「にしてもありゃなんなんだろうな・・・・・・」

「あんなもの、以前来た時には無かったのですが・・・・・・」

 

―――けて・・・

「え?」

―――助けて・・・

不意にドラの耳へと入ってきた謎の声。

慌てて周りを満たすも、自分たちを除いて人らしい人、あるいは人の言葉を話す畜生の姿は見当たらない。

「どうしましたか兄貴?」

「今図々しく助けてって声が聞こえたんだけど・・・」

「図々しいって、どういう事だよ?」

―――助けて・・・助けて・・・

またしても誰かが助けを求め呼びかける。

今一度声を聞いたドラ。だが今回は彼だけでなく全員の耳にも同じ声が聞こえたのだ。

「今の声は!?」

「拙僧たちの耳にも聞こえたぞ!」

「こっちだ!」

誰が何の目的で助けを求めているのかはわからない。

だが不思議とそれを無視しようとする気になれず、ドラたちは自分たちをどこからか呼びかける声に誘導され、里の中を移動する。

―――助けて・・・助けて・・・

移動し続けるたびに脳内へ響くその声はよりはっきりと聞こえるようになる。

だが声の持ち主は依然として見当たらない。七人は手分けをして辺りを捜索するも、目ぼしい人物ひとり探し出せない。

「見つかったか!?」

「ダメだ!」

「まったく、人に助けを求めていながら姿を見せないってどんだけ人見知りなんだよ?」

すると、草むらの方からモゾモゾと動く物影を取られる。

全員が見守る中、尻尾が二つに分かれた赤い毛並の猫の妖怪が飛び出してきた。

「ニャー!」

「出た、ジバニャンだ!」

「どう見ても猫又ですよ!」

ここに来て別の妖怪ネタを引っ張る駱太郎に周りはほとほと呆れ顔。

別の妖怪と勘違いされるも、猫又は全く気にしていない様子でドラたちを案内するように森の奥へと入っていく。

「俺たちを案内しようとしてるのか?」

「兄貴、ひょっとしたら敵の罠かもしれません。ここは慎重に・・・」

「いや。同じネコ科の血がさあいつは敵じゃないって言ってる。まぁ仮に罠だとしても、正体の掴めない敵を相手にするよりはある程度のリスクを覚悟して攻めてみるのもひとつの手段(て)だよ」

「よし、追うぜ!」

たとえ敵の策略によるものだとしても、恐れるあまり前に踏み出す事を止めればそれこそ終わりだ。意を決し、ドラたちは罠を覚悟の上で猫又の後について行く。

猫又は脇目も振らず一心不乱に前方を進み続ける。ドラたちも見失わないようその後を追いかける。

どこまで猫又を追えばいいのだろう・・・そう考えていたときだった。

気が付くと、ドラたちは先ほどとは明らかに異なる空気を醸し出す異空間へと入り込んでいた。

 

「これは・・・!」

森の中にいたはずが、いつしかそれまでの景色には見えてこなかったものが自然と存在する場所へ来ていた。

春夏秋冬―――四つの節気に大別された空間が織りなす春の桜、夏のヒマワリ、秋の紅葉、冬の雪。鮮烈なる季節の色を一度に堪能できる。

「ここはどこだ?」

「さっきいた場所とは全然違うぜ!」

「この場所は・・・・・・」

どことなく懐かしさを感じていると、茜の脳裏に幼少の記憶が蘇る。

年端もいかない子供だった頃の彼女が薄ら記憶している父母との思い出。無邪気な自分といつも優しく見守ってくれた父母とともに訪れたこの地で見た風景。

忘れかけていた記憶の断片―――茜はようやく思い出した。

「・・・・・・私、一度だけですがお父様とお母様と一緒にここへ来たことがあります!」

「本当か?」

〈ようこそ―――〉

そのとき、ドラたちの耳に自分たちをこの地へ呼んだ者と思われる声が聞こえ振り返る。

光と共に姿を現した人の姿を模った幻。女性の声色で、それは嬉々としながら静かに語り始める。

〈来てくれたんですね、茜様。そして、そのお仲間の方々〉

「誰だてめぇは!?」

「お前が俺たちを呼んだのか?」

 警戒心を剥き出しにする幸吉郎は語気強く素姓を尋ねる。

一方で、昇流が冷静な物言いで問い質すと目の前の幻影は「はい!」と言って肯定し、自らの存在についてを語り出す。

〈私はこの鬼灯の里に住まうものの代弁者・・・鬼灯の里の意志とでも言うべき存在。今この世界で起こっている危機と茜様とみなさんが暮らす世界が滅びようとしている事を伝えにやってきました〉

「なんじゃと!?」

「教えてください! 一体何が起きているのですか!?」

 どうして二つの世界が滅びようとしているのか―――理由を問えば、鬼灯の里の意志はおもむろに話し始める。

〈私たちの世界は茜様やみなさん方、外の世界で生きる人々の願いによって生み出された世界・・・いわば、思念エネルギーの集合体なんです。ですが、外の世界も私たちの世界によって支えられている。二つの世界は表裏一体の関係なのです〉

 にわかには信じがたい話ではあったが、それが厳然たる事実だとこのとき―――全員は理解し、里の意志の話を聞き続ける。

〈それがある日突然・・・・・・何者かによって二つの世界の均衡が崩されようとしている。この世界に突然現れた闇の太陽・・・・・・私たちの仲間はあの中にほとんど飲み込まれてしまったのです。残ったのは・・・〉

 すると、里の意志の元へ続々と隠れていた畜生たちが集まり始める。

 生き残った大半の畜生が先ほど道案内をしてくれた猫又に始まる、戦う力を持たないかよわいものばかり。皆、疲れ切った様子で本来持っているはずの覇気がまるで感じられない。

「みんな・・・・・・」

小さい頃からこの里の畜生たちとは半ば家族同然に接してきた茜。生きる気力を失いかける彼らの姿に彼女の心が痛む。

写ノ神は意気消沈とする茜と眼前の畜生たちを交互に見、その不幸を自分の不幸として悲しんだ。

「教えてください・・・外の世界とこの世界を救う方法はないのですか?」

 茜は核心を突いた事を里の意志へ尋ねる。

 やがて、沈黙を守っていた里の意志は二つの世界を救う唯一の方法を提示する。

〈この世界と外の世界・・・二つの世界に無秩序をもたらす存在はこの世界のどこかに潜伏しています。茜様、みなさん、お願いです! どうか邪悪なる存在を倒してください! でないと、いずれ二つの世界は破滅の道を・・・・・・・・・〉

と、大事な事を言おうとしていた次の瞬間。

―――パリン!!

光が弾ける音と共に、里の意志は唐突に消滅してしまった。

「お、おい!!」

「ちょっと―――! 一番大事なところ言おうとしてたよね!? 最後言い損ねちゃったよね!! 大丈夫かよ!?」

「一体どうなってるんだよ!?」

「どうやら邪悪なる力とやらに妨害されたようじゃのう・・・・・・」

「邪悪なる存在・・・それが二つの世界を壊そうとしている?」

「ですが、そんな・・・・・・そのような力は何千年も前に先代の朱雀王子宗家の手によって封印されたと聞いています」

「という事は、今になって封印が弱まって蘇ったんじゃ?」

 邪悪なる敵の正体、それが何なのか―――肝心な事は何ひとつ分からないもののドラたちの為すべきことは自ずと一つだと思われる。

 自分たちのこれから果たすべき使命を理解できた途端、昇流は深い溜息を漏らし憂鬱そうな顔を浮かべる。

「なぁこのパターンさ・・・前の智慧派教団編の流れと一緒じゃねぇか?」

「確かにそうっすけど・・・」

「前回に比べてマシなのはあれですよ。馬鹿な義弟がこの場に居ないって事ですね」

「兎に角俺たちがしなくちゃならないのは、この世界のどこかに潜んでるっつう邪悪なる存在を見つけだしてこの騒ぎを止めさせること」

「しかし右も左も分からない場所で、どこを探せばいい?」

「それならば私がいますからご安心を」

そう言って茜が取り出したのは、三つの段階に別れた半円ドーム型の盤のようなもので、盤の四方には東西南北の方位が刻まれている。

「何のボードゲームだそれ?」

「【八卦盤(はっけばん)】といいます。鬼灯の里での移動では欠かす事が出来ません」

「どうやって使うんだ?」

「盤の中心に埋め込まれた勾玉が、里の周囲に散らばる同じ勾玉の磁気を感じ取って方角を指し示すんです」

試しに八卦盤を使ってみることにした。

八卦盤の要となる中心部に埋め込まれた勾玉は、微弱な磁気を感じ取るとドーム型の方位磁針を回転させる。

そして方位が定まると、黒い線で方角を指し示す。八卦盤が指示したのは北東・・・つまりは鬼門である。

「鬼門を指しましたね」

「鬼が出るか蛇が出るか・・・あ、化け猫が一匹もういたっけ」

「ほっとけダメ上司! 何でもいいや、行くよ」

八卦盤に導かれるまま、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)は邪悪なる者が潜む場所を目指し移動を開始する。

そんなドラたちの様子を、近くの崖から見守る怪魔の影がひとり・・・

「ふふふ。お前たちを阿須間様のところへ行かせるわけにはいかん。すべてこの俺が滅ぼす・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

短篇:奥さん、お絵かきですよ!

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「はぁ・・・・・・」

朱雀王子茜は溜息をついていた。

気分はどんより、少しの幸せも感じられない。心はブルー一色である。

「どうしたアバズレ。溜息なんかついてらしくねぇな」

「今話しかけないでくれませんか。ま、どうせ駱太郎さんに話したところで解決することでもないんですけど」

「腹立つなその言い方、ケンカ売ってんのかおめぇ!?」

 癇癪起こす駱太郎だったが、直後横から「また抽選にハズレたんだよ。『奥さん、お絵かきですよ!』の」と、ドラが説明してくれた。

「それって、『どさんこワイド』の人気コーナーですよね?」

 幸吉郎がドラに確認を取る一方、茜は溜息をつく回数を増やし、意気消沈としながらぼそっと呟く。

「私、一度でいいですからあのコーナーに出て賞金1万円を獲得するのが夢なんです」

「随分ケチくさい夢だな・・・」

「そんなことありませんよ! だって考えてみて下さい、1万円があればその日の食事がどれだけ豪勢になるか・・・しかも最近は結構な確率で高額繰り越しになっていますし、上手くいけば賞金5万円だって手に入れられるんですから」

 北海道全域で放送されている夕方のワイドショー『どさんこワイド』では毎日夕方の5時台に人気コーナー“奥さん、お絵かきですよ!”があり、課題となる絵を上手く描いてそれを当ててもらう事で賞金を時価で獲得できる。1万円をスタートとしており、その日に誰かが失敗すると賞金が次の日の金額1万円に繰り越される仕組みとなっていた。

「でも実際のところ、抽選に当たらないと挑戦権すら得られない・・・でしょ?」

 ドラからの厳しくも現実的な指摘。嫌というほど分かっているからこそ、余計にショックが重くのしかかってくる。

「どういう訳か・・・・・・私って女はくじ運というものに見放されているらしくですね・・・・・・ああ、どうすれば当たるのでしょうか!!」

「そう気を落とすな茜。なーに、気長に抽選に参加してればいつか当たるじゃろうて」

「いや待ってください龍樹さん。仮に抽選に当たったとしても、きちんとした絵を描いてそれを俺たちに分からせないといけないんですよね?」

「何か言いたげですけど、写ノ神君?」

 写ノ神はやや眉間に皺を寄せ、茜を危惧の眼差しで見る。

夫からの眼差しに怪訝そうな顔を浮かべる茜。すると写ノ眼はスケッチブックとマジックペンを用意した。

「茜さ・・・これに何でもいいから得意な絵を描いてくれるか?」

 言われると、茜はドラたちが見守る中で絵を描き始めた。

 描きはじめること1分―――彼女は自信に満ちた笑みを浮かべ、「はい、できましたよ!」と言って絵を見せてきた。

 彼女が描いた絵を見るなり、男たちは硬直した。

 はっきりいって、下手だった。ただ下手なら笑い飛ばすことも出来たのだが、画用紙一面に描かれた人間の姿はそれすらもできないほど醜い姿だった。

「ど、どうでしょうか?」

 不安げに絵の評価を求める茜を前に、男たちははっきりと言っていいのか躊躇ったが、実直に指摘する方が本人の為と思い、心を鬼にし言ってやる。

「結論から言うとだね茜ちゃん―――絶句するヘタさだね」

「いやヘタなんて度合いじゃありません。ある種芸術の域に達してますよ」

「おいアバズレ、こんなヘタクソな絵で俺たちに分かってもらおうなんて本気で思ってるんじゃねぇだろうな!」

「失礼ですね! この絵のどこが下手だって言うんですか!? どこからどう見ても写ノ神君じゃないですか!」

「これ俺だったの!! やだよ、こんなのが俺の顔だって言うのか!?」

まかさの絵のモデルが写ノ神だとは本人も思わなかった。

どうして本人が目の前にいていながら悪意があるかのように極端に下手に描けるのか―――写ノ神にはまるで理解できなかった。

「大体なんだこの胴体のこれ!? キャミソールみたいになってるぞ!」

 胴体部分を構成する線が細いために、服と肌が繋がった歪なタッチに仕上がっている。

「おまけになんだこのまつ毛!? これじゃ妖怪だよ、妖怪!! 細かく書き過ぎ!」

 マジックで軽くタッチしただけの瞳と、それを覆う目元部分―――まつ毛が実際よりたくさん描かれているから、非常にアンバランスだ。

 極めつけ、髪の毛は三角形状に左右に流したスタイルとなっており、脚部は折り紙のやっこを折った時の形に良く似ていた。

「これでも写ノ神君のカッコよさを120パーセント発揮したつもりなんですけど・・・」

「カッコいい云々の話じゃねぇよ! 明らかに俺への悪意があるとしか思えねぇ!! まつ毛細かいくせして、髪の毛雑すぎだろ! 本物の俺りゃ一度だって合掌造りヘアーにした覚えはねぇぞ!! それから俺の胴体どう捉えたんだ!?」

「茜ちゃんさ。悪いけどこんなドヘタな絵を見せられちゃ、写ノ神は今晩のお夕飯喉を通らないと思うな・・・・・・」

「どうしてですか!? 人が一生懸命描いた絵を頭ごなしに否定するなんて・・・///人間誰しも取り柄があれば苦手な事があるのは当然じゃないですか!」

「壊滅的に絵が苦手な奴が『奥さん、お絵かきですよ!』に出ようとするなんておこがましいんだよ!!」

 そう言ったのはいつもメンバーから見下され、非難されがちな昇流だった。

「長官さん!」

「まったく見ちゃいられねぇぜ。しゃーねぇ、ここは俺が一肌脱いでやる!」

「おおそうか! 長官はドラと共同で漫画を描いてるから画は上手いんじゃったな!」

 何を隠そう、杯昇流は『月刊少女趣味』で連載漫画(隔週)をかかえる売れっ子漫画家であり、その画力は編集部も太鼓判を押すほどだった。

「お願いします長官さん!! 私のドヘタな絵をあなたのお力で向上させてください!!」

 自分の画力に危機感を抱いた茜は、恥や外聞も捨て去り昇流の膝元で土下座し、嘆願する。

「良かろう。俺の技術の全てを貴様に伝授してやる!」

(ふふふ・・・普段俺を見下す女が俺に頭を下げる。実にいい気分だぜ!!)

 

 

それから1か月後・・・・・・

 

「もうそろそろ時間かな?」

「テレビかけてみますね」

午後5時過ぎ、ドラたちは職場のテレビをつけた。

今日茜は札幌への出張の帰りに駅前で行われる『奥さん、お絵かきですよ!』の抽選会に参加している。

その確認と彼女が挑戦権を獲得できるかを見届けるため、ドラたちはテレビ画面を注視する。

『さぁこちら札幌駅前です! 間もなく『奥さん、お絵かきですよ!』のコーナーです。今日は賞金5万円です!! たくさんの奥様方が集まってくださいました!!」

 この日はいつにも増して大勢の女性が集まっている。

通常賞金1万円から始まり、4日連続失敗が続いたことで繰り越された金額は4万円―――そして今日、繰越金額4万円が加わって5万円となった。この賞金目当てに、道内中のマダムが集まって来た。

「茜の奴どこにいる?」

「お、いたいた!!」

 20代から60代と集まる中、写ノ神は最前列の方で抽選券を抱えた茜の姿を見つけ出す。

「ざっと数えて50人ちょっと・・・確率は50分の1か」

「この一か月間、暇を見ては絵の練習してたもんな。だけど日を追ってもあいつが上達したという形跡は微塵も感じさせなかったけどな・・・」

「長官。朱雀王子画伯、進歩と言うものは見られたんですか?」

「結論から言うと――――――俺の指導をもってしても手の施しようがねぇよ!!」

「アバズレは人を不幸にする絵を描かせたら日本一だからな・・・」

「あ~あ・・・これじゃ抽選に当たってもダメだな」

 昇流も完全に匙を投げてしまうほど、茜は全くと言っていいほど上達しなかった。ドラたちは諦めに満ちた表情を浮かべる。

『さぁそれでは時間になりましたので、抽選と参りましょう。たくさんの奥様方の中から賞金5万円を懸けた挑戦権を得られるのは・・・・・・こちら!! 『23番』の奥さま!!」

『当たりましたー!!! やりましたー!!!』

 抽選の結果、確率50分の1の確率で茜は念願のお絵かき挑戦権を獲得―――有り余る喜びをテレビ画面のドラたちへと伝える。

「おめでとうございます。お名前おうかがいします」

「朱雀王子茜です! 小樽からやって参りました」

「随分とお若いですね。まだ女子高生って感じがしますけど・・・」

「ちゃんと結婚してますよ。ほら、こちらに結婚指輪が♪」

 このコーナーの参加資格があるのは既婚女性のみ。茜は疑いを持たれないよう、左手の薬指にはめた結婚指輪を司会者へ提示した。

「では早速お電話と参ります。今日はどちらの方まで?」

「同じ職場で働く旦那様と家族のみなさんに」

 わかりましたと言うと、司会者は番組が用意してあった携帯を茜へ渡した。

 緊張する茜は恐る恐る特殊先行部隊オフィスへと通じる番号を押し、ヘッドフォン越しに耳へと当てる。

「それでは、コールいきます。3回までコールができますが、それを過ぎると挑戦権が自動的に他の方へ移りますのでご注意ください。それでは・・・行きます!」

プルル・・・プルル・・・ガチャ。

『もしもし?』

「あ、もしもし? 当たりましたよ写ノ神君!!」

『ああ、とりあえずおめでとう』

「はいおめでとうございます。奥さんの旦那さんとそのご家族のみなさん、聞こえてますかー!」

『『『『『『へーい・・・』』』』』』

「どうしたんですかみなさん? 折角当たったのにあんまり乗り気じゃない気がするのは気のせいですか?」

 当たったところで結果は見えている。

楽観的な茜とは裏腹に、男たちは哀れみの気持ちで満ちていた。

「では早速ゲームと参ります! 制限時間1分以内にこちらの奥さんがボードに絵を描きます。テレビ画面を見て、わかった時点でお答えください! 解答は何回でもオーケーです。それでは張り切って参りましょう! 賞金5万円を懸けたお題はこちらです!!」

司会者はテレビの視聴者に見えぬよう、茜の元に絵のお題を発表した。

「・・・・・・わかりました! 頑張ります!!」

「ではゲーム、スタートです!!」

 ゲーム開始が宣言されると、用意されたボードに豪快に絵を描き始めた。

「おいはじまったぞ!」

「頼むから分かりやすいもの描いてくれよな!!」

『さぁご家族のみなさん。分かったらどんどん答えを言っていきましょう』

テレビ画面から司会者から回答を促されるも、ドラたちは茜が何を描いているのか皆目見当がつかない―――というか、想像さえ難しかった。

((((((おかしい・・・・・・問題がわからない!!))))))

『残り10秒! みなさん、黙ってちゃダメですよ! どんどん答えてください!!』

「いや答えたいのは山々なんじゃがのう!」

「あいつが何を描きたいのかのがまるでわからねぇ!!」

「茜!! 俺たちに分かる画を描いてくれ頼むから!!」

『これでも一生懸命描いているんですよ!! えーと・・・えーと・・・』

 焦る茜の手元が著しく狂う(いや、元々狂っているようなものであるが)。

「5秒前・・・4、3、2、1・・・しゅーりょう!!!」

 1分間のお絵かきタイムが終了。白いボードに描かれた絵心というものが欠片もない恥ずかしい絵が白日の下にさらされる。

「えーと・・・これはなかなか・・・芸術的ですね!!」

 司会者も最大限の気遣いを見せてくれたが、顔が引き攣っているのは間違いない。

 ドラたちは世間にこんな恥ずかしい絵を見せていいものなのかと思い、描いた本人以上に恥ずかしかった。

「さ、さぁ電話のご家族のみなさん方・・・最後にもう一度回答のチャンスがありますので。それでは3、2、1・・・どうぞ! お答えください!!」

「お願いです写ノ神君!! どうか答えて!!」

切に祈る茜だったが、写ノ神から返ってきた答えは彼女の祈りを打ち砕く言葉だった。

『・・・・・・ごめんなさい! わかりません!!』

「ざん―――ね―――ん!!!」

賞金5万円をかけたチャレンジは失敗。茜は頭を抱え、激しく項垂れた。

「えー・・・ちなみに、絵の答えは何だったかというと?」

「ライダーキックです・・・///」

「「「「「「なに―――!?」」」」」」

 衝撃的な言葉が返ってきた。

 ドラたちはまさか茜が描いているものがライダーキックだとは一度たりとも思えなかった。

 複眼部分がドラの目元にみたいになっている間抜け顔の宇宙人が関節の入っていない歪な姿を指して、茜はライダーキックを表現していると豪語する(しかもその側にはバイクらしきものが描かれてあった)。

「茜ちゃんさぁ!! それがライダーキックだって!? 顔見てみなよそいつの!!! 中国のドラえもんみたいじゃんか!?」

『時間がなくてヘルメットが描けなかったんですよ!』

「何も描けてねぇだろ!! 体だってグニョグニョだ!!」

「なんでそんなヘタクソなくせしてバイク描く余裕はあったんだよ!?」

「ライダーキックがお題ならそれに集中せんか!!」

「しかもバイクもそんな上手くねぇしよ!!」

まさに言われたい放題・・・いやドラたちはこれを見ている全道民に申し訳ないという気持ちから彼女をこの場で厳しく叱らないといけないと思ったのだ。

「えー・・・今回は残念でしたけど、また機会があったら是非チャレンジして欲しいものですね」

「「「「「「もう二度とやらせねぇよ!!」」」」」」

「うわぁぁぁ―――ん!!! それはあんまりですよ―――!!!」

 

 

 

 

 

 

おわり




次回予告

ド「鬼灯の里の空に浮かぶ巨大な目のような太陽。バックベアードと思っちゃったR君には悪いけど、世界観が全然違うからね」
駱「分かってるようるせーな! それはそうと、里の連中から託されたあの意味深な言葉・・・なんか引っ掛かるんだよな」
幸「邪悪な存在を求めて里を移動していた俺たちの前に現れた第二の怪魔。誰だろうと関係ねェ・・・ブッ倒してやるぜ!!」
ド「次回、『鬼門遁走』。またまた凄い事になっちゃうかも!!」

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