サムライ・ドラ   作:重要大事

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幸「前回から始まった鬼灯の里編。写ノ神と茜の結婚式が絡んだこの章ではどんな理不尽な事件が待ち受けてやがるんだ・・・! ま、たとえ相手が妖怪だろうが幽霊だろうが、俺たち鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の幸せを妨げる奴は何人も容赦しねぇ。全力で叩き潰すぜ!!」
ド「ん~…なぁ幸吉郎、やっぱりこの文章だと少し回りくどいかな?」
幸「あっ、はいはい! えーと・・・そうですね、これなんか前の表現と重複しているのでカットしてもいいんじゃないですかね?」
駱「ほんとに大丈夫なのかよ?」



怪魔強襲

北海道札幌市南区にある標高531mの山―――藻岩山(もいわやま)。札幌の中心から南西、南南西にあり、20世紀後半になって高い建物が林立する以前は、市内中心部からもよく見えた。

展望台とスキー場によって、札幌市民と観光客の行楽地となっているこの場所に、異質な存在が迷い込んだ。

 

 

西暦5539年 6月22日

札幌市 藻岩山 北東

 

陰陽道では北東は艮(うしとら)の方位―――邪悪な鬼が出入りするとして万事に忌み嫌われた場所、俗に鬼門と呼ばれる。

その鬼門に位置する山の中腹から神々しい輝きを放つ陣が浮かび上がった。

陣から出現したのは満身創痍で疲労困憊の烏天狗。苦々しい表情で体を起こすと、斜面を滑走。力のある限り走り続ける。

時々後ろを気にしつつ、烏天狗の足取りはより早くなる。

「早く・・・・・・茜様にこの事を伝えねば・・・・・・」

だが運悪く、疲労困憊な上に足場も悪いため、烏天狗は地面から浮かび出た石に蹴躓き体勢を崩した。

「ぐああああ!!」

バランス制御を完全に奪われ、山の斜面を勢いよく転がり落ちる。

加速をつけて体は転がり、平地に着くと同時に全身を激しく地面へと叩きつけた。

「ぐっ・・・・・・・・・」

烏天狗ならば空を飛ぶことなど造作もないはず。しかし生憎と今の烏天狗には空を飛んで逃げるだけの気力がほとんど残っていない。

何をそんなに焦っているのか知らぬが、烏天狗は体を起こすや再び森の中を疾走する。

「・・・っ!」

 だがそのとき、烏天狗の視線に自分と同じ異形の存在が現れ立ち塞がった。

 赤黒の縞模様鉢巻と、かがり火を灯す松明のような形の鎧、そして炎を彷彿とする柄の陣羽織で全身を覆う人型の妖鳥―――その名は【大火(おうび)の松明丸(たいまつまる)】。

「朱雀王子宗家はどこだ?知ってるなら直ぐに答えろ。さすれば命は助かる」

本来は天狗自らが生み出す炎の妖怪、いわば天狗の手下と呼ぶべき存在。それがどうして烏天狗と敵対し、不敵な笑みで悪意を突き付けるのか。

烏天狗―――ヤクモは険しい表情を浮かべると、松明丸の左手甲に見えるスイレンの紋章を一瞥。

直後、天狗のうちわを装備しきっぱりと答える。

「たとえここで朽ち果てようとも、朱雀王子宗家の身は私が守る!!」

「ふん・・・いいだろう。そんなに死にたいなら望み通り殺してやる!!」

炎を放つ背中の翼を広げ中空高く跳び上がると、隠し持っていた算盤(そろばん)を取り出し、松明丸は複数の玉から黒い炎を生み出した。

玉から生まれた黒い炎はひとつの巨大な塊へと膨張、大火力となると地上のヤクモへ豪雨の如く降り注ぐ。

「ぐおおおおおおおお!!!」

 これまでに感じたことのない邪気と、それによって生まれる殺傷能力の高い攻撃。

 大火傷を負おいながら、ヤクモは驚異的な生命力でこの場を耐え忍ぶ。

「ははは、一思いに殺したりはしねぇぞ! その身体を甚振って甚振って甚振りつくしてやるのさ!!」

狂気染みた笑みで、松明丸は邪念の炎を算盤から排出―――ヤクモ目掛けて連射する。

爆弾の雨は容赦なく降り注ぎ、ヤクモに逃げる隙を与えない。

(このままでは・・・・・・くそっ、一か八かだ!)

肉を切らせて骨を断つ―――その覚悟のもと、ヤクモは背中の翼を広げると残っているすべての妖気を翼へ集約、空中へ飛び上がる。

敢えて炎の雨の中に突っ込んで行くヤクモに驚く松明丸。この瞬間、ヤクモはめいいっぱいに翼を広げた。

「喰らえ!! 黒羽手裏剣(くろばねしゅりけん)!!」

怒涛のようにヤクモの翼から飛んでくる無数の羽根、羽根、羽根。

手裏剣と名に持つ通り、貫通力と殺傷力を持ったそれは松明丸を斃すまでは至らなかったが、手傷を負わせ逃げる隙を作り出すには十分な威力だった。

手裏剣の脅威が去った瞬間、ヤクモの姿は何処にもなかった。

「ちっ。まぁいいさ・・・・・・どこへ逃げようと奴は朱雀王子宗家と必ず接触を図る。奴を葬るのはその後でも十分だ」

 

 

同時刻 TBT本部 100階・室内訓練スペース

 

「でやああああああああああ」

畳が敷き詰められた闘場。

低い天井と、畳だけの広い空間に響く写ノ神の雄々しい叫び。

それに相まって鳴り響く竹刀と竹刀が交差し、激しく撃ち合う摩擦音。写ノ神の相手を務めるのは鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の副隊長である山中幸吉郎だ。

ほぼ一直線に竹刀を打ちこむ写ノ神とは対照的に、その道のプロである幸吉郎は片手竹刀ですべて対応。冷静に写ノ神の動きを分析、指導する。

「そうじゃねぇ。剣の動きだけじゃなく、相手と周囲も見ろ。間合いを制する者だけが、戦局を制する!」

 言った瞬間、写ノ神が打ちこんだ一撃を躱し、背後へ回り込むとともに彼の脇腹あたりに竹刀を叩きこむ。

「ぐあああ!」

鋭く、そして重たい一撃だった。写ノ神はあっという間に体勢を崩してしまう。

「これが実戦なら、てめぇは死んでいた」

「さすがは幸吉郎・・・・・・だてに副隊長じゃねぇよな・・・!」

 武器を手放した完全な無防備状態となった写ノ神を幸吉郎は見逃さなかった。

「油断してんじゃねぇよ」

懐へ飛び込み、彼の頭に一刀を叩きこむ。

「ぐっほ!」

咄嗟に白刃取りで防ごうとしたが、写ノ神にはまだ難しい技量だった。

 

「オラオラオラオラオラオラオラ!!!!!」

剣術の修行が終われば、すぐさま場所を移し駱太郎との格闘に臨む。

「ぐああああああああああああああ」

人工の岩が敷き詰められた特設フィールドで、写ノ神は体躯でも膂力でも遥かに上の駱太郎に圧倒される。

ハッキリ言って話にならない。それだけ力の差は歴然である。

「歯応えねぇな。やっぱし、ひょろいガキには俺の相手はつとまらねぇか?」

 首をゴキゴキと鳴らし、食い足りなさそうとする駱太郎とは対照的―――写ノ神は息きれきれな上に体中痣だらけ。

「うるせーよ・・・・・・ひょろくても何でも構わねぇ。おらもう一丁だ単細胞ッ!! そのトリ頭をぐしゃぐちゃにしてやる!!」

声を張り上げ、写ノ神は駱太郎へと突進する。

「うらあああああああああああ」

威勢よく突っ込んでくる少年を見ながら駱太郎は口角をつり上げる。

一旦屈んでから懐に潜りこんだ写ノ神の後頭部へ蹴りを入れ、そこから背中へ回り両脚を首へひっかける。瞬間、一気に体を後ろへ逸らし写ノ神の身動きを封じ込める。

「うぎゃあああああああ!!! 首がしまる!!!!」

「ガンガン行くんならこれから俺の言う事だけはしっかり覚えろ! 打撃は中心線を狙って、的確かつ抉り込むように打つんだよ!!」

「ああああああああああああ!!!」

普段は単細胞と言って見下しているが、戦いになると妙に頭が冴える駱太郎の実力を、写ノ神は今の今まで低く見過ぎていたことを反省する。

 

剣術、徒手空拳ときて―――次に行うのは精神の修行だ。

特別な来賓を出迎えるために本部内に作られた立派な茶室。躙口(にじりぐち)と呼ばれる狭い入口から入って、しじまな床の間で茶をもてなそうとするは亭主・龍樹常法。

慣れた手つきで茶筅で茶をたてる彼を見ながら、写ノ神は正座をし、茶の完成をじっと待つ。

茶が煎じられると、写ノ神は茶道の作法にしたがい茶碗を膝の前に置き、亭主・龍樹に「お点前頂戴いたします」と真のお辞儀をして挨拶。

茶碗には景色と呼ばれる茶碗の最も良い位置と思われる向き・柄があるから、お客としての心は、出された茶碗の景色(正面という)を壊さぬよう茶碗を回し、亭主へ向けてやること。写ノ神は茜から聞かされた茶道をしっかり頭に叩きこんだ上、茶碗を2回半回して正面を整え、茶を口へ運ぶ。

普段飲み慣れたお茶よりも断然に苦味が強く、心から美味いものとは思えない。それでも写ノ神は茶室でのマナーを重んじ、飲んだ後は「結構なお点前で」と言ってお辞儀をした。

 亭主・龍樹は写ノ神の正面に座ると閉じていた口を開き、語り聞かせる。

「和敬清寂(わけいせいじゃく)―――千利休が茶道の心得を示す標語として定めたものじゃ。和を尊び、互いを敬い、茶室、茶器のみならず、心をも清潔にし寂静を保つ・・・・・・闘いの場という最も穏やかなでない状況において、常に心和らげ相手を敬い、清らかで落ち着いた心を持つことが大切じゃ」

「はい!」

すると龍樹は左の袖を捲り、力を込める。

写ノ神が注視する中、徐々に力が入る龍樹の拳が淡く光り始め、手首にぶら下げていた数珠もまたそれに伴い上へと浮かぶ。

目を見開き写ノ神は唖然。龍樹は法力、もとい気力を高めること常人では無しえない超秘術を身に着けたのだ。

「気力とは即ち、体全体から流れるオーラである。心を落ち着かせ精神を研ぎ澄まし、意識を集中―――気力の波動を感じるのじゃ。さぁ、やってみるのじゃ」

「はい! うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

龍樹の助言を受けた写ノ神は早速、利き手を突き出して気力を高める。

この修行は精神集中と同時に、魂札(ソウルカード)をより自在に意のままに操ることを目的としたものである。

「よいか写ノ神。気力の源流は己の強い信念じゃ―――その想いが強ければ強いほど気力は上がり、必ずやお主の力となって具現化する」

「俺は・・・俺は強くなる・・・・・・絶対強くなってやる!!!」

全身から汗が噴き出すほどに写ノ神は気力の引出しに没頭する。

このとき、茶室の外からドラと茜が見守っていた。

「いつも仕事でも修行でも真剣な写ノ神君ですが、今日は一段と熱が入っているみたいですね。急にどうしたんでしょうか?」

「あれでしょ、茜ちゃんと結婚するからより旦那としての自覚が芽生えたとかそんなところだよ」

写ノ神と茜の結婚式は今週末の日曜日―――杯邸で大々的に行われる。

ドラの指摘した通り、茜と正式な所帯を持つ事を決めた写ノ神は彼女と、のちのち生まれるかもしれない子供を守るため、より強い覚悟と決意を抱いたのだ。

「男って奴は単純なんだよね・・・だけどその単純さゆえに純度が高い。物理的なエネルギーに変換したときのパワーは計り知れない」

龍樹の叱咤激励のもと、気力を集中させる修行に打ちこむ写ノ神の姿をドラは見守り、口角をつり上げる。

「あいつは、写ノ神はネジが外れてちょっと狂ってる奴が多いこの部隊の精神的支柱だからね・・・・・・大事にしていかないと」

「写ノ神君・・・・・・・・・」

茜の知らないところで、写ノ神は日々変わり続けている。

出会ったころは背丈も対して変わらなかったはずが、いつの間にか頭ひとつ分を追い越すまでに成長し、顔つきも子供から大人へと近づいている。

だけど彼自身の本質―――人を慈しみ大切に思うその姿勢は変わっていない。茜は何度も何度も彼に惚れ直し、今もまた胸の辺りが思わず熱くなるのだ。

 

 

同時刻 道央自動車道 国道5号

 

札幌方面から小樽方面へと道を走らせる自動車の一団。

そんな折、突然空を高速で飛翔する何かが目の前から飛んでき、車の上を飛び去った。

「な、なんだありゃ!?」

UFOでも飛んできたのかと思った者が多かったが、それはUFOなどとは程遠い存在。飛翔物体の正体である烏天狗ヤクモは全身に走る痛みを堪え必死で逃げていた。

「・・・っ!」

後ろを気にして振り返った直後、追跡者―――松明丸が凄まじい速さで近づいてくる。

「ははははは! どこまで逃げるのかな、烏天狗さーん! もっと俺と遊ぼうじゃねぇか!!」

「くっ!」

「だーかーら、そんな顔をして逃げないでくれよ!!」

飛行しながら算盤を持って邪悪な炎を放つ。

上、下、左、右と―――懸命に躱し続けるヤクモ。

が、辛くもすべての炎を回避することは叶わず、左脚に炎の一撃を受けてしまった。

「ぐあああああ!!」

左脚への一撃によって一気に対空制御を失った。

ヤクモは道路へ真っ逆さまへ墜落。走行中の車は急ブレーキを踏み緊急停車。直後、相次いで玉突き事故が発生する。

「痛いでしょう? 朱雀王子宗家の居場所を吐いてくれれば、安らかにその痛みから解放しやるのだが」

 空の上の松明丸からの悪魔の囁き。どんなに深手を負っていようと、ヤクモの答えはただひとつ。

「この身が果てようと・・・・・・茜様は私が守る!!」

「ふん、主人思いなその心意気・・・何と誠実で潔白な事だろう。こんなに美しい愛を踏みにじるのは、俺としても心が痛むよ!」

要求を撥ねつけたヤクモへ、黒い炎の雨が降りかかる。

左脚を怪我していながらもヤクモは何とか軌道を読んで躱すが、敵の攻撃はそのまま停車中の車へ文字通り飛び火、次々と爆発が起こる。

人々が逃げ惑う間を掻き分け、ヤクモは自由の利かない左脚を引きずりながら両翼を羽ばたかせ上昇―――小樽方面へ飛んで行った。

(早く茜様に伝えなければ・・・・・・!!)

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「だあぁぁぁ―――!!!」

ハードな訓練をすべてやり終えた写ノ神は体力を使い切り、グロッキー状態で背もたれに腰かけ撃沈。

「ちょっと力入れすぎたな・・・・・・さすがにくたくたで動きたくねぇぜ」

そう言いながらも、写ノ神の胸中には一途な思いがあった。

(だけど俺は強くならなきゃ・・・・・・茜にもしもの事があったら、夫である俺が守んないと)

生涯愛した女性、茜を何が何でも守るという愚直なまでの強い決意。少年にとってこの誓いは何があっても揺るがない確固たるものである。

(あいつに悲しい思いをさせるわけにはいかねぇ・・・・・・あいつは笑顔が一番似合う女なんだ!)

 茜の笑顔を守りたい―――小さいようで大きな願いである。

「写ノ神君、どうぞ♪」

すると、茜が写ノ神の最も好きな笑顔でお茶と芋羊羹の差し入れをしてきた。

「こちらのお茶はかの有名な上喜撰(じょうきせん)なんですよ」

「上喜撰?」

「嘉永6年、西暦1853年に浦賀へと来航したマシュー・ペリー提督率いる黒船の船団は江戸のみなさんに大きな衝撃を与え、こんな狂歌を残しています。“泰平の眠りを覚ます上喜撰。たつた四杯で夜も寝られず”―――って。とっても美味ですからこちらの羊羹と一緒にぜひともご賞味ください♪」

「ありがとう茜。いただきます」

「おいアバズレ。俺にもそのジョウキセンくれ」

言い方がまずかったのか。頼んだ瞬間、熱々のお茶が入った湯呑が駱太郎の顔面目掛け飛んできた。

「あっちゃー!!! あちゃあちゃあちゃ!!!」

投げられた湯呑からお茶が顔へかかり、残りが机の上の書類を濡らし台無しにする。

「てめぇ!! 湯呑ごと熱湯のお茶投げるなんてどうかしてるぞ!!」

「駱太郎さんにはそれがお似合いですよ」

「俺なんか悪い事したか!?」

「写ノ神君の体にこんなに打ち身を作っておいて、シラを切るつもりですか?」

「修行に傷はつきものだろうが!! ああ~~~・・・どうすんだよこの書類、せっかく真面目に書いたのに!!」

「書類なんていくらでも書いてくださいよ」

「これ書くだけでも2、3時間はかかったんだぞチクショー!!」

「うるせーぞバカ!! 茜も止めろ。こっちは神経集中させてんだ・・・雑音が入ると買い時を見過ごしちまう!」

てっきり仕事をしているかと思いきや、幸吉郎はパソコン画面をじっと睨み付け株取引に没頭している。

「おいコラ!! てめぇこそ職務放棄して株なんかやってんじゃねぇよ!!」

強く駱太郎が抗議するも、幸吉郎はまるで聞く耳を持たない。

「駱太郎よ・・・幸吉郎はお主と違って仕事が早いんじゃ。自由時間ぐらい好きにさせてやらんか」

「そうそう、たまには息抜きも必要だぜ」

 龍樹が弁護すると昇流もボトルシップ作りに没頭しながら便乗した。

「あんたは年柄年中抜きっぱなしだろうが! ドラが居ないからって、船ばかり作ってんじゃねェぞ!!」

 バンと机を叩きつけて昇流を非難する駱太郎。これに対して昇流も強く言おうと、机をバンと叩き身を乗り出した。

「ボトルシップばっかりじゃねぇよ! エロ本も見ながらやってんだ!」

「なおの事悪いわっ!!」

このオフィスではこのような喧騒など日常茶飯事だ。

職場で家族の団らんをしていると思えばかわいいものだが、さすがに熱湯が入った湯呑を投げるような女性がいるのは少々・・・いや、凄く危険な事だろう。

そんなとき、ドラがオフィスに戻ってくるなり全員に報告する。

「みんなすまない、急なんだけどこれから市内の幼稚園でよい子の交通安全体操をしに出かけるよ」

「よい子の交通安全体操・・・じゃと?」

「って。なんで俺たちが・・・・・・そんなの交通課の連中に任せりゃいいだろうが」

「それがさっき国道5号線で大規模な交通事故が遭ったらしくさて、そっちの方に駆り出されて人手が足りないんだ。だから、オイラたちに白羽の矢が立ったんだ」

「ったく、しょうがねぇな」

「行きましょうか、写ノ神君」

「ちょっと体きついけど幼稚園児がっかりさせたくねぇもんな」

 写ノ神は重い身体を起こして、支度の準備に取り掛かる。

「ほら長官もどうせ暇なんですから、一緒に来て下さい」

「えー、マジでか!? 俺知ってんだぞ、最近の子どもはみんなクソ生意気でかわいげのないモンスターチルドレンだって話だ!」

「それは小学生以上の話じゃろう。幸吉郎、いつまでパソコンと睨めっこしておるんじゃ、ゆくぞ!」

「待ってください龍樹さん!! 今速報値が流れて・・・ああああ!!! マイナス1.7パーセントだって!!! なんだよ急に下がり出してんじゃねぇよ!! ウソだって言ってくれよ、上がるんじゃなかったのか!!」

幸吉郎は速報で流れた4月から6月までのGDP成長率が大幅に下がった事にショックを隠し切れなかった。

時の政府の経済政策で株価はもっと上がると見込んでいた。だが現実は甘くは無かったらしく、あまりに酷い結果に幸吉郎は落胆する。

「俺のマーケティングのどこが間違いだったんだ!!! これじゃ今まで何の為にやってきたのかわからねぇ!!」

「ハイリスクハイリターン・・・株なんてそんもんだろ。やってしまった事を後悔するより、これからやろうとする事を先憂する方が大事だよ」

「ぬああああああああああああああ!!!! 俺はなんて馬鹿な男なんだああああああああ!!!!」

絶望する幸吉郎を引きずり、ドラは皆とともに外へ向かった。

 

 

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の仕事は多岐にわたっている。

元々、全部署の雑用を押し付けられる窓際部署として扱われている彼らは、特別仕事がないときは自分たちの足で仕事を探してくる。

そして時には警察の応援として駆り出されることもあり、今日は交通課の手伝いとして幼稚園児のための交通安全教室へと赴いた。

 

 

「今日はありがとうございました」

「さぁみんな、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のみなさんにあいさつしましょうね」

「「「とりあたまはもうにどとくるなー!!!」」」

「ざけやがって!! ブチのめすぞクソガキどもっ!!!」

 昇流の予期した通り、年端もいかない子どもからあらぬ罵倒が飛んできた。

 短気な駱太郎はそれが気に入らず激昂し恫喝―――園児たちは挙って泣きわめき、結果として最悪の展開となってしまった。

「このうつけ者っ!!」

交通安全教室終了後、龍樹からの拳骨を駱太郎は受けることとなった。

「いって~~~!! 俺のせいだっていうかよ!!」

「オメー以外に誰がいるんだよ!」

「園児相手にあの言葉はゃねぇだろう!!」

「だ、だってよあれが歳上に対する言葉づかいとは思えねぇだろうが!」

「ガキどももそうだけど君も大人気なかった。でもまさか長官の言っていた事が本当だったなんてな・・・」

「私は少しショックです」

「なぁ、かわい気のある子どもなんて一人もいなかっただろ。みんなささくれちまってよ。これが現代の教育水準の低さだよ」

「たまたまこの幼稚園が特別だっただけではないないか? のう・・・」

「しかしこんな調子じゃ、あいつらろくな大人になりませんね」

「いいんじゃない。その辺も含めて自己責任で片付ければ」

などと雑談しながら車に動物の着ぐるみやら小道具などをしまい、いざ帰ろうとした―――そのときだった。

「!?」

突如、茜は不穏な気配を感じ取って表情を歪めた。

「茜?」

「どうしたんだ?」

「あの・・・・・・何か変な感じして」

「変な感じ?」

「どうせおめぇの思い過ごしだろう」

「いや、どうやら思い過ごしではなさそうだ。何か近づいてくる・・・・・・」

龍樹もまた茜同様気配を敏感に感じ取ったらしい。

皆はもしもの時に備えて円陣を組み、武器をとって身構える。

次の瞬間―――突如空から白い煙を発する何かが降って来、そのまま近くの山へ落下した。

「なんだありゃ!?」

「隕石みたいだったな!」

「行ってみよう!」

 一行は車を走らせ、未確認物体が墜落した山を目指した。

 現場付近に到着すると、ドラたちは雑木林を掻き分け山の中を散策―――慎重に慎重を重ね山中を歩いていた、そのとき。

「うわああああああ!!!」

「どうした!!」

 突然駱太郎が大声を上げた。幸吉郎たちが尋ねると、彼は見つけた物を指さし。

「シカのウンコだ! すげぇ・・・」

一気に体の力が抜け落ち、緊迫した雰囲気も壊れた。

昇流は有無を言わさず彼の頭をゴーンと殴りつけた。

「真面目にやりやがれ!!!」

「わ、わるかった・・・///」

「おーい、ここに何かいるぞ!!」

 すると今度はドラが何か見つけ呼びかけた。

 彼に限ってシカの糞を見つけるとは想像したくないが、幸吉郎たちは念のためそのような場合も考えられることを念頭に彼に近づいた。

「なんだこりゃ?」

 ドラが発見したのはシカの糞などではなかった。

 正真正銘の未確認物体―――もとい、満身創痍で虫の息に等しい烏天狗ヤクモだった。

「カラスの化け物だ!!」

「ヤクモさん!!」

 茜は傷つき衰弱したヤクモに驚愕。意識のない彼の安否を気遣った。

「おい・・・ひょっとしてこいつ、茜のところの烏天狗じゃ?」

「はい。鬼灯の里を守護する烏天狗警備隊の隊長、伊弉諾(いざなぎ)ヤクモさん・・・彼に間違いありません!」

「こいつそんな名前だったんだ」

「怪我をしているようじゃのう」

「酷い怪我ですね。おまけに妖気も消耗しきっています。直ぐに手当てをして上げませんと・・・」

「急いで車へ運ぼう」

 発見したヤクモを背負い、車へ戻ろうとした―――その直後。

「見つけたぞ、朱雀王子宗家」

空の上から声が聞こえた。

ドラたちが上を見ると、ヤクモを執拗に追いかけてきた松明丸が浮かんでいた。

「なんだてめぇは!?」

「あれも妖怪みたいだけど、茜ちゃんの知り合い?」

「恐らく松明丸だと思います。ですが、あんな目つきの悪い方は里にはいなかったと思いますが・・・・・・」

 茜は鬼灯の里に生息するすべての妖怪、畜生、式神を把握していた。

 一体一体を家族同然の存在として大切にしている彼女。だが、頭上に浮かんでいる松明丸はこれまで見たことがない雰囲気を醸し出している。

 茜が怪訝に、かつ不穏な気を放つ松明丸を見る中―――松明丸もまた彼女を見る。

「なるほど、貴様が噂の朱雀王子宗家の者か・・・・・・女という話はあの方より聞いていたが、こんなひ弱そうな当主では畜生たちも力を持て余すのも頷ける」

「なんだと? おいてめぇ、誰がか知らねぇがな・・・・・・俺の前で茜の悪口を言ったな!! ふざけんじゃねぇぞ!!」

「写ノ神君・・・」

 露骨に茜を侮蔑する松明丸に、写ノ神は激怒する。

「怪魔(かいま)に人間が盾つこうと? フハハハハ、身の程知らずも大概にしろよ!!!」

「茜様・・・・・・お逃げ・・・・・・ください」

 すると、意識を失っていたヤクモがドラの背中からか細い声を発した。

「ヤクモさん!! しっかりしてください!!」

「奴らは・・・鬼灯の里を・・・・・・」

「え!?」

「何かわけありみたいなようだな。おい、そこの怪魔とかいう奴・・・ちょっと面倒な所悪いんだけどさ、任意で事情聴取させてくんない」

任意同行を求めたドラの言葉に耳を傾けると、松明丸は不敵に笑う。

刹那、算盤を取り出して黒い炎を飛ばしてきた。

「危ない!!」

 咄嗟に全員は飛んできた火球を避ける。

「いきなりなにしやがる!!」

「ハハハハハ!!! 俺の使命は朱雀王子宗家を見つけ出し、これを確保する事! さぁ大人しく俺と一緒に来い!! さもなければここにいる連中すべてを焼き尽くすぞ!」

―――ドン。

「ぐおお!!」

茜の拉致を目的とした松明丸だったが、突如左肩を貫通する鋭い痛み。

いつの間にか杯昇流は拳銃を手にしており、銃口からは消炎が発生している。

だが、松明丸は肩に直撃した銃弾を驚異的な力で内側から外へと強制的に排除―――見る者に畏怖を与える。

「はっ。豆鉄砲なんざ屁でもねぇぜ!」

「ただの豆鉄砲だと思って買い被ってるなら、そいつがお前の命取りだぜ。次はお前の心臓をぶち抜く。そろばんから火が出るぐらいじゃな、俺は驚かねぇんだよ!」

「おやめください・・・・・・怪魔に逆らってはならない・・・・・・ぐ」

「ヤクモさん!! 喋ってはいけません!!」

「たーくも・・・・・・しゃねぇな」

頭を掻きむしり、駱太郎は松明丸と闘う気まんまんの昇流の隣に立った。

「ドラ、俺と長官でこいつどうにかするから先にその烏天狗連れて戻れ!」

「やれるのかい、ツートップバカ二人で?」

「「ツートップバカは余計だよ!!」」

 露骨に馬鹿と言われれば、この二人だって黙ってはいない。馬鹿だという事実を一番よく理解しているのは他ならぬ自分たちなのだ。

「心配いらねぇよ! 俺たちゃこう見ても戦闘時には頭が冴える方だから!!」

「だから一概にバカでもねぇよ!! ・・・・・・多分」

 昇流は駱太郎よりもやや自信が無かった。

「おもしろい。この松明丸に挑みかかった事をその身を持って後悔させてやろう・・・」

「いくぜ!!」

「うおおおおおおお!!!」

力強く地を蹴り怪魔・松明丸へと向かっていく駱太郎と昇流。ドラたちはその間にヤクモを連れ車へ戻る。

「あの二人だけで大丈夫なんですか!?」

「頑丈さだけが取り柄みたいな連中だ。多分心配ねぇって!」

「それにしても、あの妖怪・・・怪魔って何なんですかね?」

「茜ちゃんも身元を知らない妖怪か。それに奴は茜ちゃんを指して朱雀王子宗家と言っていた・・・鬼灯の里も云々って言ってたし、こりゃお家柄の深い事情が絡んでいそうだね」

ドラが推測した通り、茜もまた自分の家柄に関する深い何かが関わっていると判断。眉間に皺を寄せ考察する。

(朱雀王子宗家・・・私を狙っている? でも何の為に・・・・・・・・・まさか、鬼灯の里で何かが暗躍している!?)

 

「必殺! 不動火演算(ふどうかえんざん)!!」

算盤の玉を高速で弾いて黒い火球を無数に生み出し飛ばす。

駱太郎は飛んでくる火球を身の軽さで回避。口角をつり上げ、他愛ねぇと呟く。

「おい長官!! うまくアシストしてくれよな!」

「お前に言われるまでもねぇ!」

後方支援に徹する昇流と、駱太郎は突1としての自分の役割―――最前線での戦闘を優先。地を蹴ると空中に浮かぶ松明丸へ拳を突き立てる。

「うおおおおおおおおお!!!!!」

殴りかかった瞬間、松明丸の体は瞬く間に消失。

「何!?」

駱太郎の視界からいなくなったその瞬間、背中に炎による一撃が加えられる。

「ぐあああああ!!」

「目に見えるものがすべてとは限らないぞ!」

 悠々と算盤片手に宙を浮遊する松明丸はそう言葉を投げかける。

「このやろう・・・」

奇襲によりバランスを失いかけた駱太郎だが、体を捻って木の上に着地。反動をつけると、もう一度松明丸の元へジャンプする。

「うりゃあああああああああああ!!!」

再度殴りかかる駱太郎。だが今度また、全く同じシチュエーションで躱され。

「ぐあああああああ」

全く同じ攻撃を食らう。駱太郎は地面に激しく叩きつけられた。

「おい大丈夫か!?」

 昇流が駱太郎の安否を気遣う。

「どうって事ねぇさ・・・・・・あの妖怪、思った以上にやりやがる」

「お前の攻撃は一直線すぎるんだよ。あれじゃバカの一つ覚えだなって笑われてもおかしくねぇ」

「うっせーな! あんたは俺のサポートに徹してりゃいいんだよ!! あいつは俺がこの手で殴り落としてやる」

言うと、駱太郎は三度の正直と信じ松明丸へとジャンプ。

「つらああああああああああああああ!!!」

僅かな滞空時間の間に怒涛の連続パンチを繰り出す。だがそのどれもが松明丸の体に当たる事は無く、駱太郎は唖然とした。

「どういう事なんだ!?」

不思議に思った瞬間、後ろから松明丸が放った火球が背中を直撃した。

「だああああああ!!!」

火球の一撃によって駱太郎は姿勢制御を失い、顔から地面目掛けて叩きつけられた。

「にゃ・・・ろう・・・・・・あああ!!」

 地面に落下した際、駱太郎は鼻を強く打ち付けた。その痛みは股間を蹴られる衝撃・・・ほどではないが地味に痛かった。

「鼻はいてーよな。思いっきり擦れたか?」

昇流が呑気にそんな事を言って来ると、駱太郎は立ち上がり悪鬼の如く剣幕を浮かべ胸ぐらを掴む。

「てめぇ!!! さっきからサポートどころか黙って突っ立ってばかりじゃねぇか!! 俺を助ける気ゼロか!!?」

「そう言う訳じゃねぇんだって。今日は替え弾がねぇから無駄遣いしたくないんだ」

「ちっ! いざって時にも使えねぇ上司だ・・・もういいよ、俺ひとりでやるから!!」

一度でも昇流に期待を抱いた事を後悔。駱太郎は昇流を見限り、たったひとりで松明丸へと向かっていく。

「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

が、勢いづき過ぎたために何でもないところで足を躓き、地面に倒れた。

「ぐおおおおお!!!」

「だはははははは!!! 何やってんだよこのバカ!! ははははははは!!!」

 またしても打ち所が鼻だったから、昇流はあまりのバカバカしさに笑い狂った。

「チクショウ・・・・・・朝の占い最下位だったけど、マジで今日は調子悪りぃな」

「運も実力も貴様では俺に遠く及ばない。時間を無駄にした、そろそろ終わらせやろう!」

 不毛な戦いに決着をつけるため、松明丸は手持ちの算盤を両手で持ち。

「必殺! 借火鳴響音波(しゃっかめいきょうおんぱ)!!」

超高速で算盤の玉が弾かれる。それによって音波が鳴り響く。

「な・・・!」

音波が発生すると駱太郎の体を薄い赤色の膜が半円状に覆う。中に閉じ込められた駱太郎は発せられる高熱に体力を奪われ、体を地に着けた。

「ううううぁあああ・・・・・・なんだこりゃ、熱い!! 熱いぞ!!」

「どうだ? 怪魔の力を思い知ったか、下等種め。手も足も出ないだろう?」

「こんなもの・・・・・・ちょっと熱めのサウナだと思えば・・・・・・ううううう!!!」

 駱太郎が体感している温度はサウナとは比べ物にならないほど熱く、炎天下の砂漠の上に放り出された状況よりも厳しいものだった。

「無理するな! 本当に死んじまうぞ!」

「だったら俺が死なない様にどうにかしろよ!!」

「そんなこと言われてもな・・・避けらちゃ意味が」

と、そのときだった。今の今まで何もしてこなかった昇流がある事実に気が付いた。

松明丸の攻撃で身動きが取れない駱太郎の前方。よく見ると黒い影が不自然な動きをしている。

「何だあの影・・・・・・妙だな敵は空にいるはじゃ」

上を見上げれば算盤を構え駱太郎を攻撃する松明丸がいる。

昇流は目を細め、頭上の敵と前方の影の動きに注目―――思考を張り巡らせる。

そして彼は気付いた。上空の松明丸が前方の影とは逆方向に動いている事を。

「そうか・・・・・・そう言う事か。だとすれば、あの上にいる奴に攻撃したら躱されちまうってことは・・・・・・敵の本体は!」

「うおおおおおおおおおおお!!!!」

灼熱地獄に耐え忍ぶ駱太郎。

昇流は弾倉の残りを確認し、駱太郎の前方にある影に狙いを定め、銃口を影の上へ向けた。

「耐えろよ駱太郎。俺が今すぐ敵さんにとっておきをお見舞いしてやる!!」

―――ドン! ドン! ドン!

引き金を引き弾丸を3発発射。放った弾丸は影の上に向けられると、奇妙な音を発した。

途端、姿を隠していた松明丸が持っていた算盤に銃弾が直撃。算盤は木っ端微塵に破壊された。

「しまった・・・!」

「やっぱりそうだったか。俺って頭いい!!」

「でかした長官!!! よーし、ここから反撃だっ!!!」

術の効果が切れ、灼熱地獄から解放された駱太郎。

武器を破壊され動揺する松明丸を見上げ、拳を鳴らす。

勢いよく地面を蹴って飛び上がると、松明の顔面を炎を纏った拳で殴りつける。

「万砕拳、炎砕(えんさい)!!」

「ぐおおおお」

今度は松明丸が地面へ激しく叩きつけられた。

駱太郎は地面に降りると、不敵な笑みを浮かべる。

「今まで苦しめてくれたお礼をしてやる」

「こ、この・・・!!」

バキバキと拳を鳴らし近づく駱太郎。

松明丸は壊れた算盤に代わって自分の手から黒い炎を放つ。

が、駱太郎には全く当たらない。やがて駱太郎は唸り声を上げながら走ってきた。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「く、来るな―――!!!」

「万砕拳っ!!!」

右拳からバチバチと音が鳴る。

瞬間的に放電現象を発生させ、拳に乗せた電気の塊を相手に放つ三遊亭駱太郎こと、二つ名を“万砕拳の駱太郎”が放つその技の名は。

「雷神砕(らいじんさい)!!!」

「うぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」

豪快な右ストレートからの雷パンチ。

それを顔面から食らった松明丸は凄まじい衝撃を体に受けて彼方へと飛び上がり、星の王子となった。

「へっ! ザマー見やがれ」

「何とかなったな。さてと、帰るか」

「おいちょと待てよ」

帰る直前、駱太郎は昇流の肩を掴み彼を振り向かせると。

「歯食いしばれ!!」

松明丸を吹っ飛ばしたぐらいの力で、昇流の顔に鉄拳を浴びせた。

「あースッキリした!!」

ようやくこれで蟠りが解消された。

駱太郎は改め、踵を返しTBT本部へと戻ることにした。

そして、今回自らの機転によって駱太郎の命を救ったはずの昇流はというと。

「俺の整った顔が・・・・・・台無しだぜ・・・・・・///」

 最も割に合わない結果に大いに不満足だった。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 17巻』 (小学館・2015)

 

 

 

 

 

 

短篇:いも煮戦争 in 小樽

 

小樽市 居酒屋ときのや

 

「みなさん、これ知ってますか!」

 いつものようにときのやで呑み明かしていると、店主の時野谷があるものを見せてくれた。

 彼が手に持ったノートパソコンの画面を見ると、インターネットサイトに載せられた『いも煮会』という文字、その風景写真に目が入った。

「あっ、これテレビのニュースで見たことありますね!」

「直径6メートル、深さ1.7メートルの巨大な鍋で、里芋5000キロ、牛肉2000キロ、長ねぎ5000本、こんにゃく5000枚をショベルカーでかき混ぜ、4時間かけて豪快に煮込む。その量は―――なんと3万食分! これぞ、我が故郷山形県名物『いも煮会』です」

「へぇー、時野谷って山県出身だったんだ」

「しかしまたどうした突然?」

「実は、山形県の知り合いのお味噌屋さんからおいしい味噌をもらったものでして。せっかくだからその味噌で、何か面白いことをやろうかなぁって思いまして♪」

「それでいも煮会やろうってか?」

「一般的に『いも煮会』は仲間内で集まって、お花見感覚で楽しむものなんですよ。どうですかみなさんもご一緒に?」

「おもしろそうじゃな! 美味い話だというなら乗ってやろう!!」

「私も興味あります!!」

「優奈が出るって言うなら俺が出ないわけにはいかないからな」

「どうせなら、オイラたち以外にも誘ってみるか。太田にハールヴェイト、ハリーもおもしろがって食いつくんじゃないのかな?」

「じゃ、明日にでも話を通してみましょうか」

「なら私もアリソンさんにお話してみますね♪」

 いも煮会への参加の意思を固めた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバー。

 このとき、店の外で話をこっそりと話を伺っていたTBT大長官―――杯彦斎は無意識に拳を強く握りしめていた。

「いも煮会・・・・・・・・・」

 

 

いも煮会当日―――

 

 日曜日の午前11時。

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)を始め、太田基明にハールヴェイト、ハリー、アリソン、そして隠弩羅といった面々を中心に口コミで広がり、当初の見立てを超えて20人以上の大所帯となって集合場所の河川敷へ集まった。

「にゃー! 着いたぜよ」

「え―――と、この辺が集合場所だな」

「ベストポジションはどこだぁ?」

 と、河川敷の見渡したとき―――見覚えのある人物を発見した。おもむろに近づいて行くと、時野谷がひとり黙々と作業をしていた。

太い木の枝を三脚状に組み合わせて、石を敷き詰めて中央に大きな鍋がフック棒によって吊るされていた。

「やぁみなさん、お揃いで♪」

「時野谷さん!」

「一体何なんだよこの大がかりなセット?」

「いや~、久しぶりに『いも煮会』という事もあって気合いが入りましてね!」

「どぅははははは! 山形出身のお主の腕に期待できそうじゃな!!」

「ま、形はどうあれ美味いもの食えればオイラは文句言わないけど」

 というわけで、集まったメンバーで持参したブルーシートを河原の上に敷いていも煮会の準備を進める。

 主催者の時野谷は用意した人数分の里芋の入ったボウルを、火にかけた鍋の前に持ってくる。

「それではまずは里芋を煮込みましょうか。いも煮は、里芋のうまさで決まりますから。あ、味付けも任せてください!! 私は絶対にみなさんを後悔させたりはしません」

 

 

 

いも煮汁(庄内風)レシピ

 

材料(5人分)

・豚肉(スライス)―――500g

・里芋―――500g

・しめじ―――50g

・笹がきごぼう―――1/2本

・ちぎりこんにゃく―――1枚

・厚揚げ(大)—――1枚

・長ねぎ―――1本

・味噌―――125g

・だし―――適量

・しょう油—――適量

作り方

①まず、里芋を煮ます(大きい物は、2~3つに切る)。アクが出るので一度下ゆでし、お湯を捨てます。

②肉、厚揚げは、一口大に切ります。

③長ねぎは3㎝くらいの大きさに切ります。

④里芋に、こんにゃく、しめじ、笹がきごぼうなど好みの野菜を入れ、ひたひたに水を入れて煮ます。

⑤里芋が煮える頃に肉、厚揚げを入れます。

⑥アクを取りながら、しばらく煮込みます。

⑦肉が煮える頃にだし、味噌を入れ、しょう油を足してお好みの味付けをします。

⑧最後に長ねぎを入れてでき上がりです。(*いも煮に酒を少々入れると、さらにおいしくなります)

 

 

 

「さあ、できましたよ―――!!」

「うっひょー! うまそ―――!!」

「いただきま~~~す!!」

 発泡スチロールの容器に盛ったいも煮の蒸気が目に直接来ることなんてお構いなし。ドラたちは食欲をそそるいも煮で冷えた体を温め、かつ空腹を満たすためにいざ―――口の中へと運ぶ。

「Excellent!! おいし~~~!!」

「里芋が美味ですね!」

「これなら何杯でもいけそうだ!」

 今まで食べたどの料理よりも美味しく感じた。

一度食べればもう箸が止まらない―――集まった者たちは無我夢中でいも煮を貪った。

「時野谷、あんたの味付けサイコー!」

「ああ! アメリカ人の舌も唸らせるんだから大したもんだぜ!」

「一応お婆ちゃんゆずりなもので。それに、このお味噌も山形一うまいと評判ですしね・・・」

「味噌ねぇ・・・・・・」

 すると、時野谷の言葉にどこか批判的なコメントが寄せられた。

 この声を聞いて全員がありえない、という表情を浮かべる。恐る恐る声のした方へ振り向くと、臙脂色のジャージ姿で手拭いを頭に巻いた杯彦斎とその妻・真夜の二人が立っていた。

「さ・・・杯大長官!? と、真夜さんまで!」

「お取込み中ごめんなさい。私たちも混ぜてくれる?」

そう言うと、真夜は持っていた段ボール箱を地面に置き、彦斎はその隣でひとり準備に取り掛かる。

「な、なんで親父たちがここに?」

「ひどいじゃないか昇流。なぜ私に一声かけてくれなかったんだ?」

 確かにあのとき彦斎はいも煮会の話を外で聞いていた。

だが息子はおろか、ドラたちからも呼び声はかからなかった。それは恐らくどうせ興味が無いに違い! とか、忙しくて来られないに決まってる! とか、理由をつけようと思えばいくらでも理由がつけられるからであった。

しかし今回に限り彦斎は今までとは随分と印象が違っていた。参加者たちが戸惑う中、大きくて年季の入ったかまどを持参し、台の上へと置いた。

「おおっ! これっていわゆるマイかまど(・・・・・)って奴じゃねぇか?」

「見るからに年季が入った鍋ですね」

「これは私が山形に住んでいた頃、父から譲り受けた年代物だ」

「お義父さんは、山形のご出身でしたか」

 意外な事実に驚く優奈。実を言えば息子の昇流でさえ、この事実を聞かされたのは今日が初めてだったのだ。

「長く生きていればいろいろな土地に住むこともある・・・山形では、いも煮会に何度呼ばれたかで男が決まるとよく言われたものだ」

 ひとり周りに喋りながら、彦斎は時野谷が作ったいも煮とは違ういも煮を作り始めた。

 

 

 

いも煮汁(内陸風)レシピ

 

材料(5人分)

・牛肉(スライス)―――500g

・里芋―――800g

・しめじ―――150g

・ちぎりこんにゃく―――2枚

・長ねぎ―――2本

・大根―――1/3本

・しょう油—――250cc

・だし―――適量

・酒、砂糖―――適量

作り方

①庄内風と同様に、里芋を煮ます。

②うす切りの肉は、一口大に切ります。

③長ねぎは3cmくらいの大きさに切ります。

④里芋に、こんにゃく、しめじなど、好みの野菜を入れ、かぶるくらいの水としょう油を入れて、里芋が柔らかくなるまで中火で煮ます。

⑤薄く油をしいたフライパンで牛肉を炒めてから、鍋に入れます。

⑥だし、砂糖、酒で味を調えます。

⑦最後に長ねぎを入れてでき上がりです。

 

 

 

「一般的には、味噌に豚肉が幅をきかせてるようだがな・・・・・・いも煮と言えばしょう油に牛肉! これが山形の常識である!!」

「山形の・・・・・・常識?」

 この発言を聞いた途端、時野谷の顔色が変わった。

「彦斎さん、誰がそんなこと決めたんですか? いも煮は、味噌に豚肉が常識ですよ」

 時野谷のドスの利いた発言に、彦斎は手を止め彼に睨みを利かす。

「と・・・時野谷さん?」

「大長官もどうしたんだよ急に怖い顔して? 元から怖い方だけど」

 険悪は雰囲気を醸し出す二人に周りが困惑していると、時野谷と彦斎はお互いに向き合い、ある事実を確かめ合う。

「時野谷・・・ひょっとしてキミは庄内の人間なのか?」

「彦斎さんは内陸の?」

「ショーナイ? ナイリク?」

アメリカ人が聞いたところでピンとくる話ではなかった。

疑問符を浮かべるアリソンのために、ドラが簡潔に説明した。

「山形はね、海に近い平野部の庄内地方と山側の内陸地方でなにかと文化が違うんだ。前に何かの漫画で読んだことがある」

「「「「「「へぇ~」」」」」」

「味噌に豚肉などと・・・そんなもの、ただの豚汁ではないか」

「しょう油に牛肉・・・それだばただのすき焼きだろや!」

 同じ県出身でも土地柄が少し違うだけで水掛け論へ発展する。

いつもは気の知れた居酒屋の客と店主が、いも煮へのこだわりが強いゆえに互いを最大の敵とみなし、あからさまに火花を散らし合う。

「時野谷さん・・・なんだか人が変わりましたね。ナマリも出てきましたし・・・」

「たかがいも煮じゃねぇのか」

「「違う! いも煮会は山形の大切な文化だ!!」」

 うっかり口を滑らせた隠弩羅を二人は本気で恫喝。あまりの迫力に恐れおののいた隠弩羅はただただ「ス・・・・・・スミマセン・・・」と謝った。

「真夜。牛肉は持ってきたか?」

ええと答えると、真夜はヒノキの経木(きょうぎ)に包まれた高級肉を取り出した。

「最高級の米沢牛よ」

「うまそう!」

「さすが、佐村河内財閥の御令嬢!」

 日本有数の財閥・佐村河内財閥出身の真夜にかかれば米沢牛など簡単に手に入る。滅多に見られない本場の米沢牛(500g)を前に、庶民たちが歓喜する中―――彦斎は肉を持ってきたはずの真夜に苦言を呈した。

「真夜。私はスーパーで売っている普通の安いバラ肉を頼んだつもりだったんだがな・・・野趣(やしゅ)を重んじてこそのいも煮会。高級肉は、鍋の中でバラけてしまうんだ」

「あらそうだったの・・・・・・ごめんなさい」

「いらないならオイラがもらいますよ」

「あ、この泥棒ネコ!!」

 不要となった米沢牛を、ドラはちゃっかりと自分のものとした。(その日の夜に、美味しくいただいたのは言うまでもない)

 

 数分後。彦斎特性の内陸風いも煮が完成。

「ほう、これが内陸風という奴か・・・」

「こっちもうまそうですね!」

「そろそろ食べ頃だな」

 すると彦斎は頃合いを見計らい、ある物を用意した。

「よいっしょっと!」

 達筆で『元祖いも煮会』と書かれた御旗をおもむろに掲げると、ドラたちも釣られてその旗を凝視する。

「元祖・・・いも煮会・・・・・・って」

「このノボリこそが、伝統の証! しょう油の香りがしみ込んだ、本物のいも煮の御旗だ!」

 これを見た時野谷は拳をぐっと握りしめると、かなり焦った様子で何も言わず河原から疾走した。

「時野谷さん!?」

「ふふ。私の作ったいも煮に恐れをなして逃げたか」

勝負あったなと、内心勝手に決めつけた彦斎は早速自分が作ったいも煮を参加者全員にふるまった。

「さぁ、皆どんどん食べてくれ!」

「うまっ!!」

「おいし~~~!!」

味噌味をベースとしたいも煮も確かに美味かったが、しょう味ベースのいも煮にはまた違った美味しさがあり、先ほどのように箸が止まらなくなる。

「おかわりも、たくさんあるからな」

 と、そのとき―――いなくなったはずの時野谷が大きな荷物を抱え戻ってきた。

「時野谷さん・・・?」

「何持ってきたんだ?」

「フン!」

 彦斎に対抗して、時野谷は即席でブルーシートに『本家いも煮会』と書き込み、それを木の枝に括り付けて立てかけた。

「木の枝にブルーシートで・・・」

「何もそこまでしなくてもいいんじゃ・・・」

「こ・・・こしゃくな・・・・・・」

 同じ山形を愛する者同士―――譲れないプライドがあった。

 時野谷と彦斎はいつになく闘気を剥き出しにして、睨み合いを続ける。

そんな見ていて息がつまりそうな光景に、いも煮を純粋に楽しみに来た参加者は置いてけぼりを食らう。

「あ、あの・・・え~~~と・・・・・・」

「おい兄貴、何とかしてくれにゃー」

「何とかね・・・・・・」

 この息苦しい状況を打破するにはどうすべきか。考えた末、ドラはいも煮に関する話を掘り下げてみることにした。

「そういえばこれも漫画の受け寄りなんだけど、諸説あるいも煮の発祥の中の一説によるとね、最上川のほとりの中川町で始まったものだと言われているみたいだ。ですよね、大長官!」

「ん? あ、ああ・・・」

 話を振られた彦斎は、折角なので集まった者たちにいも煮に関する薀蓄を傾けてやろうと思い、咳払いをしてからおもむろに語り出す。

「そもそも“いも煮”の起源は、京都の郷土料理“芋棒(いもぼう)”といってだな・・・・・・京都方面から「最上川上流さ荷物を運んでいた船頭達が、河原で地元の里芋と運んできた棒鱈とを、煮で食べたなが最初だぁんど」

 話の途中で時野谷の妨害を受けた。

彦斎は悔しそうな顔を浮かべながら、より詳細な話をする事で対抗する。

「ゴホン! それが各地に広まり、今じゃ青森県を除く東北各地で、秋の風物詩として定着している。青森に関しては、里芋の北限より北なので定着してないようだがな」

「宮城県や福島県の浜通り、中通りでは、味噌に豚肉が一般的。三陸海岸では、魚を入れて寄せ鍋風にしたりするんだぁ。呼び方にも地方色があってん、秋田県では“なべっこ”、岩手県では“芋の子”なんて呼ばれて親しまれてるだあが」

 彦斎には負けられまいと、時野谷も自分の知り得る限りのいも煮知識を披露し、必死でせめぎ合った。

「お二人とも造詣が深いですねー」

感心した優奈が率直な感想を漏らすと、二人は胸を張って「こんなの山形県民の常識だ!!」と答えた。

「それにしても、味噌としょう油、二種類のいも煮を食べ比べれるなんて、今日はラッキーじゃなあ」

「で、どっちがうまいんだね!?」

「え? い、いや・・・どっちも・・・・・・ねぇ?」

 どちらも美味だから優劣をつけるのが正直言って難しい。

 だが彦斎と時野谷にとっては重要な事だ。龍樹は右手に庄内風、左手に内陸風のいも煮を掲げながら困惑―――目線でドラたちに助けを求めた。

「そ、それより大長官。味噌の方をぜひっ!」

「きっとうまいですって!」

太田と幸吉郎は時野谷の鍋から庄内風を盛りつけ、難しい顔を浮かべる彦斎へと渡した。

受け取った際、彦斎は喉をゴクッと鳴らした。彼としても一度はこの味を食べたいとは思っている。

だが自分一人だけが食べるのは時野谷に負けている様で嫌だったから、時野谷の方を一瞥し「そ、そっちの庄内のがしょう油を食べるなら・・・考えてもいいがな」とさり気無くアピールした。

「なるほど。じゃ時野谷さん、あなたもぜひ!」

「そうですか・・・」

 太田から内陸風のいも煮を受け取り、時野谷は躊躇しつつも彦斎とほぼ同じタイミングで自分が食べ慣れないいも煮をひと口食べた。

 ズズっと汁を啜った二人はしばし沈黙。皆が見守っていると、彦斎は強面の顔つきから「ふむ確かに・・・」と呟き、参加者が安堵の表情を浮かべた次の瞬間―――

「豚汁としてはうまいかもな」

 聞いた瞬間に参加者は一気に体の力が抜けてしまった。そしてさらに時野谷も―――

「すき焼きだばんめがも」

 山形なまり全開に目の前のいも煮を決していも煮だとは認めなかった。

「まったくお互いに強情だなあ」

「親父も時野谷も大人気ねぇし・・・」

「いいじゃないの。こっちも本場、あっちも本場、土地柄が出るからこそ食文化は面白い!みんな違ってみんないい! これで決まり!!」

「金子みすず(・・・・・)の引用ですか、お義母さん?」

「でも鍋っていいわよね、みんなで同じものを囲んで食べると、なんだか気持ちまでひとつになるみたいで」

「そうだな、国も人種も越えられるし!」

「ま、一部例外はいるけどな」

 庄内風と内陸風のいも煮を食べ比べながら、この二つのいも煮を作った時野谷と彦斎の様子を見る。

 二人は目も合わせず、口を閉ざして自分のいも煮の方にかかりっきりだ。

「ふふ。あんな風にお国自慢できるのも、みんなで鍋を囲む醍醐味よ」

「確かに、このいも煮会がなければ、大長官や時野谷さんのあんな一面、見られなかったですしね」

「それだけでも、やった価値があったかな」

 普段の生活では分からないことが分かった事で、ドラたちは新たな刺激を吸収する。

「んだば、第二弾行ぐがの!」

「お―――、第二弾があるんだ」

 周りからの期待が寄せられると、時野谷はスーパーで買って来たうどんの麺を豪快に鍋の中へと放り込む。

「おお、うどん入れるのか!!!」

「庄内ではあんましうどん入れて食わねあんだ、おら家(い)では昔がら入れんなが定番だったなやの。みそ煮込みうどんみだいになっさげ、んめなやのぉ~~~」

「こ・・・こっちだって・・・・・・」

 焦りを感じた彦斎はうどんの麺と一緒にカレールウを細かく刻み、それをしょう油ベースのいも煮へ投入した。

「いも煮カレーうどんだ!!」

「「「「「「おお~~~!!」」」」」」

「カレーの味さ頼るなだば、邪道だろや!!」

「どんな味でも受け入れるのが、内陸のいも煮の懐の深さだ!!」

 

 

 

 子どものように張り合う二人を、周りは大爆笑。

 笑いに包まれながら今回のいも煮会は無事に終了―――時野谷と彦斎の作った二つのいも煮は参加者の胃袋へ収まり、鍋は空っぽとなったさ。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

参照・参考文献

魚戸おさむ 脚本:北原雅紀『玄米せんせいの弁当箱 4巻』 (小学館・2009)

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その57:やってしまった事を後悔するより、これからやろうとする事を先憂する方が大事だよ

 

先憂後楽という四字熟語の先憂とは、読んで字の如く先の事を心配すること。普段豪快そうに見えるドラだが、ああ見えて結構用心深かったりする。(第72話)




次回予告

ド「オイラたちの前に現れた烏天狗こと、伊弉諾ヤクモは怪魔によって鬼灯の里が襲撃受けたことを告げた」
龍「茜の畜生祭典を使って拙僧たちも里への潜入を試みた。果たして現地で待ち受けている邪悪な力とは・・・!?」
写「次回、『鬼灯の里潜入』。結婚式まで、穏やかには過ごさせてくれねぇみたいだ」

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