サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「ようみんな! この間の不肖の義理の弟のつまんない活躍を見てくれてありがとう! 今日から始まる新章ではいよいよ鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーの写ノ神と茜ちゃんの結婚がテーマになってくる!」
「あの相思相愛な二人の仲を引き裂こうとする残酷で強大な力の正体とは? そのとき、オイラたち鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の運命は? そして今暴かれる畜生界・鬼灯の里の秘密とは? 盛りだくさんの内容でお送りする『鬼灯の里編』はこのあとすぐ!!」




鬼灯の里編
鬼灯の咲くころに


その昔―――今は亡き父母とともに、私はかの地へと足を踏み入れた。

見渡す限りのホオズキは、赤や黄と色鮮やかで、そのホウズキとともに生きる生き物たちは本当に素晴らしかった。

私は彼ら一緒に生きて来た。時に彼らの力を借り、時に彼らのために命を懸ける・・・それが私にとっての日常だった。

 

 

「茜―――」

ホオズキ畑で戯れる少女を呼びかける声。

少女、朱雀王子茜(すざくおうじあかね)(5)が振り返って見たものは大好きな両親の姿。

高身長で茶髪の引き締まった顔の男性は茜の父で朱雀王子宗家9代目当主、朱雀王子礼火(すざくおうじらいか)。

その隣に立つ桜色の長髪を緑の紐で結った撫子の如く、美しくも内側に力を秘めていそうな女性は母・朱雀王子薺(すざくおうじなずな)だ。

「お父さま! お母さま!」

茜は大好きな二人の下へ駆け寄った。

駆け寄って来た愛娘に抱きつかれた礼火は、穏やかな表情を浮かべ、幼い彼女の頭に手を乗せ優しく撫でた。

「“鬼灯の里”は気に入ってくれたかい?」

「はい! とても素晴らしいところですここは! たくさんの動物さんたちと豊かな自然、それに一面に繁茂するホオズキが咲き誇る場所は他にありません」

幼いながらも流暢な言葉遣いでこの場所の感想を述べる茜に、薺も「そうですね」と同意の相槌をした。

「ここは私たち朱雀王子宗家が代々守り継いできた秘境の地。何人たりともこの地を穢す事はまかり通ってはならないのです」

そう言うと、礼火は薺と顔を見合わせた。

茜が怪訝そうな顔で二人の事を見ていると、不意に礼火は真剣な表情で足元の茜に語りかけた。

「茜。おまえに是非とも見せたいものがあるんだ」

「わたしにですか?」

「これは、将来おまえが朱雀王子宗家の当主となったとき、忘れないで欲しいことなんだ」

 

幼い茜を連れ、両親が案内したのは―――里の中心部に聳える巨大な山の奥深く。

森の奥に進んだその先、現れたのは巨大なしめ縄に覆われ、かつその幹自体も周りの木々とは比べ物にならないほど太く逞しい銘木だった。

「わぁ・・・大きいな木ですね!」

「万年樹(まんねんじゅ)と呼ばれるこの里で最も古い樹で、神依木(かみよりぎ)だよ。この場所が誕生したのと同時に生まれた最初の生命とも呼ばれていて、悠久の時を隔てこの樹は里に生きるすべての動物たちに命をもたらしてきた。だから動物たちはこの樹から命をもらっていると言っても過言ではないんだ」

「この木が無くなってしまえば、この地は枯れ果て命を失ってしまうことでしょう。そうなればこの里に生きるすべての動物、植物とは二度と会う事はできなくなります」

 まじまじと語る礼火と薺の言葉に耳を傾けつつ、茜は雲を突き、遥か上空へと伸びる眼前の巨木にただただ圧巻される。

そんなときだった。茜は神木のすぐ近くに建てられた祠を見つけ、駆け寄った。

「この祠は何でしょうか?」

問われた瞬間、両親はやや難しい顔を浮かべた。

やがて暫しの沈黙ののち、茜の方へと歩み寄った薺が娘からの問いかけに答える。

「その祠にはかつて、鬼灯の里の力を悪用しようとした邪悪な者の魂が封じ込められているのです」

「邪悪・・・ですか?」

「その者はこの世界の奥底に封じられた力を解放する事によって、我々の暮らす現世と鬼灯の里―――隔たれた二つの世界を繋ぎ、そして共に蹂躙しようとしたのです」

「だが、私の祖父たちがこの計画を未然に防ぎ、悪しき魂をこの祠の中に封じ込めた」

すると礼火は、茜の肩におもむろに肩を置いた。

「茜。これは朱雀王子宗家始まって以来最大の汚点であり、決して過去の出来事として忘れてはならなぬ事だ」

 イマイチ話がピンとこないでいる彼女の気持ちとは裏腹、礼火は固く閉じていた瞳をあけると、おもむろに口を動かした。

「よく訊いておきなさい。その悪魔の名は――――――・・・・・・」

 

 

 このとき、私はもっとお父様の話を注意深く聞いておくべきだったのです。

 しかし、当時の私がこの話の意味を理解するのは些か無理な事だったのかもしれません。

 ですが・・・・・・もしもあのとき、私が父の話を真摯に聞き入れていたのならば、あんな悲しい事にはならなかったのかもしれません。

 

 

 

                 サムライ・ドラ

                  鬼灯の里編

 

 

 

時間軸1810年 6月8日

東シベリア ヤクーツク 

 

 1年の気温差が激しい亜寒帯気候に属するヤクーツク。

 夏と冬とで寒暖の差が激しいこの地域では今、タイガと呼ばれる針葉樹林が広がり、短い夏の間に大量の酸素を生み出している。その量は地球の大気に変化をもたらすほどであり、その広さはオーストラリアの面積に匹敵するとも言われる。

 タイガが一面に広がるこの地に身を隠して、この瞬間―――未来からやってきた時間犯罪者が秘かに計画を進めていた。

 

 地下深くに建造された秘密基地。

 TBT―――時空調整者団体から大量破壊兵器密造と売買で指名手配されている時間犯罪者、コラップス・バーンはこの地で新たな破壊兵器の製造に取り掛かっていた。

 湯水のごとく大量の出資金を提供する謎の財団を味方につけた彼は、戦争で効率よく相手を殺せる死の人間殺戮兵器を大量生産できるラインにまで作り出す事に成功した。

そうして生み出された大量の人間兵器を今―――この基地から全世界のあらゆる時間に売り出そうと画策。次々と生み出されていく兵器を見ながら、コラップスは口角をつり上げる。

「ふふふ・・・・・・全世界の歴史が今、ここから塗り替わる」

 

ブーッ! ブーッ! ブーッ!

直後、唐突に工場内に鳴り響く警報。工場のラインが一時的にストップすると、コラップスは何があったのかを管制室に確認する。

「どうした?!」

『セクション第2ブロックに侵入者です!』

「速やかに対処せよ。生死は問わない」

『了解』

 コラップスからの要請を受けると、管制室の人間は基地内を巡回中の警備員全員へ侵入者の排除を呼びかけた。

「セクション第2ブロックに侵入者! 付近の警備員は侵入者を制圧せよ! 繰り返す、付近の警備員は侵入者を制圧―――」

 

―――ドカン!

瞬間、アナウンスを遮る轟音が管制室へと響き渡った。

管制官が驚愕する中、大きな穴が空けられた壁の向こうから白い土ぼこりに隠れた物影を窺った。

「――――――メインコントロールルームはここで間違いないな?」

「な、何者だ!!」

侵入者を威嚇するため、室内の管制官全員は短機関銃【H&K MP5KA2】を装備―――土煙に姿を隠す相手へ強い語気で問いかけた。

彼らが機関銃の銃口を突き付けたその瞬間、煙の向こう側にいた物影は忽然と姿を消した。

―――バシュ。バシュ。

「「「だあああああ」」」

短機関銃の銃身は真っ二つに切られ、それを使おうとした者も気が付かぬうちに鋭い刃物に斬り裂かれ、絶命する。

辺りの様子がハッキリと見えるようになると、斬り捨てた人間の血がべっとりと付いた刀を持った黒装束に白い羽織をまとったネコ型ロボットが立っていた。

周りから恐怖に怯える声が聞こえると、そのロボット―――サムライ・ドラは乾いた表情を浮かべ言う。

「どーも悪魔です。冥界よりおどれらのお命頂戴しに参上仕り候(そうろう)。ヨロシク・・・・・・」

 丁寧だが確実に相手を見下した言葉と態度を見せつけた。

 

ダダダダダダダダダダダ。

「撃てー! 撃てー!」

ダダダダダダダダダダダ。

【FAMASF1】アサルトライフルからの苛烈な発砲攻撃を、ものともしない鉄壁の防御―――“守護の法典”と呼ばれる高めた法力を梵字に宿らせこの技を使用する僧侶、龍樹常法(たつきつねのり)(69)は自信に満ちた顔を浮かべる。

「どぅはははは!! どれだけ鉛の弾を撃ってこようとも、この守護の法典に死角は皆無! 貫けるものなら貫いてみよ!!」

と、言った直後だった。物流戦で制圧しようと躍起になる敵の流れ弾が、偶然にも法典の隙間を縫って龍樹の左脚を貫通した。

「うぎゃあああああ!!! いたぁぁぁ―――い!!!」

この世に『絶対』と言った無条件に断定できる事実がないことをもっと早くに気付くべきだった。

鉛の弾が薄い肉を割き、骨を砕く凄まじい衝撃は老いた龍樹の体に戦慄を走らせた。激痛のあまり、彼は防御そっちのけで床にのた打ち回る始末だった。

「貴様らっ!! よくも拙僧の脚を狙ったな!!」

「隙だらけじゃねぇか! もういいよ爺さん! あとは俺がやるから!!」

そう言って、龍樹の法典の影に隠れていた血気盛んな若者がおもむろに前に出た。

ニワトリの如く逆立った頭に赤い鉢巻をつけた白い胴着状の衣装を着た男―――三遊亭駱太郎(さんゆうていらくたろう)(18)は気合を十分に漲らせる。

そんな彼を見た警備員の一人が「防御も無しに突っ込むつもりか!? わざわざ死を選ぶかトリ頭!」と挑発した。

―――ブチッ。

「トリ頭(・・・)だぁ?」

駱太郎の神経を逆なでする禁句が飛び出したその瞬間、彼は露骨に怒りを爆発させた。

「俺さまの自慢のサラサラヘアーを馬鹿にしたな? 上等じゃねぇかコノヤロウ!!! 全員八つ裂きじゃボケがぁあああああ!!!」

ダダダダダダダダダダダ。

憤怒した駱太郎へと向けられる機銃掃射。

しかし、前方から飛んでくる鉛の銃弾は駱太郎の両腕で弾かれ、瞑れた薬きょうが廊下中に散らばった。

「こいつバケモンだ!!」

「逃げろ!!!」

生身の人間が銃弾をまともに受けて平気でいられるはずがない。

駱太郎の常軌を逸した力に戦き、警備員が一斉に逃げ始める中―――駱太郎はパンチングローブ状のものを両手から外すと、自分が持つ人間離れした力の一端を披露する。

「うおおおおおおおおおおおおお!!! 万砕拳(ばんさいけん)、鋼金砕(ごうきんさい)!!!」

「「「ぐあああああああ!!!」」」

 

命懸けで侵入者との戦いを続ける部下たちを、コラップスは何とも思っていなかった。

基地の制圧は免れないと判断するや、コラップス自身は部下たちを囮に秘かに用意してあったタイムマシンで逃亡を図った。

ガレージに仕舞われたタイムマシンへ乗り込もうとした次の瞬間―――マシンから火花が上がり、爆発した。

跡形も無く吹き飛んだタイムマシンに唖然とする中、背後から足音が聞こえた。

「もう逃げられねぇぞ」

慌てて振り返ると、鋭い目つきで自分を睨み付ける和服にマフラー状の布を首に巻きつけた男・山中幸吉郎(やまなかこうきちろう)(20)。隣には詰襟紺(つめえりこん)ラシャに白胴帯、ズボンといった明治時代の警察官の服装をオマージュした格好の少年・八百万写ノ神(やおよろずうつのかみ)(16)。そして茜色の和服に蘇芳色の袴、藍色の帯、セミロングほどの桜色の髪を緑の紐で結った美少女・朱雀王子茜(16)の三人が控える。

「コラップス・バーン・・・大人しく観念するんだな」

「大量破壊兵器密造と売買、それから人体実験の首魁としてあなたを逮捕します」

「はっ・・・威勢がいいな。だが、私はこんなところで捕まる訳にはいかぬ。折角無尽蔵に金を生み出す都合のいいパトロンができたというのに!」

意地でもTBTに捕まる訳にはいかなかった彼は、とっておきの切り札を使う事に一切の躊躇を見せなかった。

手元のスイッチを押した瞬間、ガレージの隠し扉からサングラスをかけた体格のいい無骨な男たち複数人現れた。

彼らは皆コラップスが製造を手掛けた人間殺戮兵器【MUSOU】。強化された肉体と感情を排し命令に忠実なロボットとも言うべき存在だ。

サングラス越しに映る幸吉郎たちを敵だと認識した途端、右腕と左腕を鋭利な刃物やドリル、機関銃などに変形させた。

三人が身構えた次の瞬間、一体のMUSOUが肘から先を包み込むように装着された銃を発射。飛来する銃撃を避けると、幸吉郎の元へ若干横に長い刀身を装備したMUSOUが接近、攻撃を繰り出した。

カキン―――という鋭い金属音を鳴らし合い、幸吉郎は敵の斬撃を愛刀【狼雲(ろううん)】で受け止めた。

が、その圧しの強さには驚愕。敵が無表情に力いっぱい剣を振るえば、壁が一瞬で粉々に砕け散った。

幸吉郎は瞬時に人間兵器が持つ並々ならぬ力を理解する。

「その力・・・最早人間業じゃねぇな」

問いかけたところで敵は口角をピクリとも動かさない。

「だったら、こっちも手加減なんてする必要はねぇよな」

そう言って、幸吉郎は刀を水平に下ろすと同時に腰を低くした。

「狼猛進撃(ろうもうしんげき)・漆式(しちしき)―――」

刹那、MUSOUが再び幸吉郎へ突進を仕掛けた。

この頃合いを窺っていた幸吉郎は敵の斬撃を紙一重で躱したその瞬間、空中へと高く舞い上がりそして。

「狼爪(ろうそう)!!」

中空より狙いを定め、刺突を衝撃波のように連続で繰り出した。

鋭さを秘めた【飛ぶ突き】がMUSOUの無骨な体を貫通。敵は胸部にいくつかの孔を開けると火花を散らし、鈍重な体を後ろへと倒した。

「おめぇの技も十分人間業じゃねぇ気がするけどな、幸吉郎」

「写ノ神。無駄なおしゃべりはそれくらいにして仕事に集中しろ」

「何言ってんだよ。俺はいつだって真面目に仕事してるだろう」

などと喋っていると、一体のMUSOUが写ノ神に狙いを定め急速接近。その体に刃を突き立てた。

MUSOUの突き立てた刃が写ノ神の上半身を貫いた。だがそこに手ごたえは感じなかった。

すると、刃が突き刺さった写ノ神の体が霧のようにあとかたも無く消え去った。

感情を持たないゆえに驚くことのできないMUSOUが気配を感じ振り返ると、自然の能力が秘められた不思議なカード、【魂札(ソウルカード)】を持った写ノ神が立っていた。

「悪いな。そいつは俺そっくりな幻影だよ」

刹那、MUSOUがうすら笑う写ノ神へ反撃に乗り出した。

彼は華麗にバクチュウしながら敵の攻撃を避けた。MUSOUは絶え間ない攻撃によって写ノ神に攻撃の隙をまるで与えなかった。

「ったく詠唱する時間もくれねぇか。でもいいさ、今から使うのは詠唱無しでも使える術式だからよ」

距離を取って「風」と書かれたの魂札(ソウルカード)を掲げた写ノ神は、カードの効果によって作り出した圧縮した空気の塊を、MUSOU目掛け一気に飛ばす。

圧縮された空気そのものの威力は言うほど高くはないから、MUSOUに決定打を与えることはできず、容易に接近を許してしまう。

だがこれこそ、写ノ神の真の狙いであった。MUSOUが懐に飛び込んできたその瞬間、右掌を軽く添え、大柄な敵の巨体を後方へと弾き飛ばす。

まるで魔法でも使ったかのごとく、MUSOUの体が勢いよく弾け飛んだ。

これは写ノ神が考案した『反返(そりかえ)し』と呼ばれる術式で、相手の運動方向と力の向き―――即ちベクトルを先読みし、体術と魂札(ソウルカード)の連動によってそれを誘導、増幅させて相手を後ろへ弾いたり、反転させる。

 思わぬ力によって不覚を取られたMUSOUが重い身体を起こそうとした瞬間、複数の苦無が体へと突き刺さり、それと同時に全身が痺れ思うように力が入らなくなった。

 敵が完全に身動きを封じたのを確認すると、茜は安堵の溜息を突いてから写ノ神の方へ歩み寄った。

「写ノ神君の使う技にしてはかなり地味でしたね」

「昔な、浩司斎様から教えを乞うた“まろばし”に魂札(ソウルカード)でアレンジを加えてみた。見た目は地味だが、エネルギーが増幅されてるから食らったら結構痛いんだぜ」

「その上、茜のえげつない攻撃だ」

 言いながら幸吉郎が冷ややかな視線を茜へと向けた。

「あら幸吉郎さん、そんな人を蔑むような瞳(め)で私を見ないでください。私はいつだって犯罪者には毅然とした態度で臨んでるだけですから」

予想外な事にコラップスが多額の金と時間を費やした人間兵器は、この三人の若者の手によりすべて倒された。

余計な感情を排した軍事行動に特化した人間兵器を容易に倒された事に、コラップスは唖然―――大きく口を開いたまま目の前の幸吉郎たちを見る。

「何なんだ、何なんだ貴様らは・・・・・・! なぜこうも平然と!? 本当に人間か!?」

「人を化け物みたいに見てんじゃねぇよ」

「おめぇの自慢の化け物とやらも存外大したことなかったな」

「というより、我々が強すぎたんでしょうね」

 

―――ドカン!

ガレージの壁が唐突に粉々に吹き飛んだ。

コラップスが息を飲む中、土煙の向こうから駱太郎と龍樹、そしてドラの三人が挙って集まってきた。

「おう。こっちはもう片付いてるみたいだな」

「応援に来たつもりじゃったが、どうやら杞憂に終わったようじゃの」

「幸吉郎。クサレ科学者はまだやってないだろうね?」

「俺が一度でも兄貴の獲物に手を出した事がありましたか? 副官として、兄貴の右腕として、そのような無粋な真似は致しません」

恭しくドラに接する幸吉郎の横を通り過ぎると、ドラ本人がおもむろにコラップスの元へ歩み寄ってきた。

「ひいいいい!! く、来るな!! 来るな!!」

ドラは目の前の犯罪者を確実に逮捕する、のではなく殺害するつもりで殺気の籠った目でコラップスを睨み付けている。

「最後に言い残したことはあるかな、ゴミクズ?」

怯えるコラップスの喉に刃を突き付け、ドラが悪魔染みた怖い笑顔で尋問すると―――コラップスは震える声で、

「どうか・・・ご慈愛のほどを///」

聞いた瞬間、この世のものとは思えない形相を浮かべたドラは激怒。コラップスへ言い放った。

「そんな都合のいい願いは神や仏にでも祈ってろチンカス野郎!!!」

「あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

刀で脅したのち、ドラは時間犯罪者コラップス・バーンを気の晴れるまで徹底的に嬲り殺し、これを捕縛した。

 

 

西暦5539年 6月10日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

この世には特殊部隊というものが多数存在しており、そのうちの一つ【TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”】は、TBT内にある特殊部隊だ。

この部隊の指揮を執るのは世間からは魔猫(まびょう)と畏怖されるサムライ・ドラで、彼を筆頭に現在は幸吉郎、駱太郎、龍樹、写ノ神、茜らを中心メンバーに活動している。

「こんにちはー」

「昇流くん、お昼食べよう!」

 昼時を見計らって、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーが集まるオフィスへ来客がやってきた。

一人は眼鏡をかけた青年で、TBT本部第一分隊組織犯罪対策課・麻薬取締部の太田基明(おおたもとあき)(21)。もう一人は小柄ながらEカップの巨乳を持つ癒し系美女、TBT本部精神開発センター所員の栄井優奈(さかいゆうな)(22)だった。

「おうルーキー。優奈ちゃんも一緒か」

「昇流君にお弁当を持ってきたんですけど?」

「ん・・・おおお!?」

直後、太田は前方から伝わる異様な光景に目を奪われた。

「はい、写ノ神君♡あ~んしてください♡」

「あ~ん♡」

そこだけ周りの空気が、というか濃度が違っており―――踏み込んだ瞬間にあまりにの甘ったるさで気絶してしまうかもしれない生と死の境界線。

今日に限って、という訳ではないのだが・・・いつも以上に夫婦仲の良い写ノ神と茜がこれ見よがしに食べ合う姿を周りに見せつけ、お昼の時間を満喫していた。

一件微笑ましいはずの光景だが、現在交際する彼女もいなければ出会いのきっかけすら掴めない太田からすれば、目に余る毒だった。

辛いのを必死で我慢し、苦々しい顔で駱太郎の隣に立ち尽くす。

「ほんと・・・相変わらずあのお二人のラブシーンを見ていると胃がムカムカしてきますよ、そうですよね駱太郎さん!」

「今月に入ってからずっとこの甘甘ムードだよ。お陰でこっちは食欲減退で3キロもやせちまった。大好物の団子も喉を通らねぇんだ!!」

「でも羨ましいですね。でもだからこそ負けていられない・・・昇流君! 私たちもあの二人みたいに!!」

と、優奈が強く呼びかけるも、普段この場にいるはずの相手がいなかった。

「あ、あれ・・・?! いない・・・?」

優奈の恋人で鋼鉄の絆(アイアンハーツ)直属の上司―――TBT長官・杯昇流(さかずきのぼる)(22)の姿がどこにも見当たらない。

「昇流くーん! どこー!? 隠れてないで出て来てよー」

 かくれんぼでもして自分を驚かせようとしているんじゃないか、そう思い部屋中を隈なく探す優奈だったが、そんな彼女を見かねて幸吉郎と龍樹が一つの事実を話した。

「生憎長官なら最初からいねぇよ」

「月に一度の定例会議があってのう、朝から出ておるぞ。というかお主、長官から何も聞かされておらんのか?」

「え! そ、そんなはずは・・・! だって、昇流君私に一言も教えてくれなかった・・・」

慌てて自分の携帯を取出しメールを確認してみたところ、昨日の夜に届けられた昇流からのメールがあり、先ほど幸吉郎たちが伝えた旨が簡潔に書かれていた。

「メール、来てました・・・・・・」

「またいつものドジやらかしたな」

優奈は超ド級のドジだった。その事も含め、昇流がいない事実を突き付けられた彼女は床に力なく膝を落とし、涙を流した。

「うううう・・・わたし、心底自分が嫌いになりそう///」

「明らかに嫌ってるよね。でも安心しなよ、自己嫌悪なんてものは誰もが持ってるものなんだから」

「それって、ドラさんにもですか?」

太田が恐る恐るドラに訊いてみると、本人は否定することなく「当たり前さね」と返事をし、話を掘り下げた。

「大体よく考えてみろよ。オイラが誰よりもこの見た目に自己嫌悪している事は明白だろうが! チクショウ、あの穀潰し博士め・・・・・・思い出すだけでもムシャクシャする!!」

 世間から【ドラえもん】と言われる事が何事にも耐えがたい苦痛であり、ドラの最大のストレスだった。

 なぜこんな体になってしまったのかと言えば、今は亡きドラの育ての親で遺伝子工学の天才科学者―――武志誠(たけしまこと)が大の【ドラえもん】好きだったことに起因する。

「でもその割にはよ、おめぇの目覚まし時計ドラえもんじゃねぇかよ。あれうるせんだよ、“朝ですー朝ですー”って耳に響いて来てさ!」

「だったら耳栓でも何でもして寝ればいいじゃねぇか」

 ドラと同じ家で暮らす駱太郎が不満を露わにすると、横で聞いていた幸吉郎が厳しい言葉で諌めた。

「えっと、ドラさんの目覚まし事情に僕はあまり興味はないんですけど・・・写ノ神さんと茜さんって夫婦なんですよね? 結婚式とかは挙げてないんですか?」

「だからさ、今月その結婚式を挙げる事になってるのさ」

「あ、そうだったんですか!」

「今月は茜ちゃんの誕生日もあってさ、どうせなら17歳の誕生日に挙式しようって事になったんだ」

 我々の世界では男子は18歳、女子は16歳が法律で認められた結婚可能な年齢であるが、56世紀では事情が異なり、男女ともに16歳での結婚が許されている。

 一生涯に女性が生む子供の数【合計特殊出生率】において、日本は数値が1.4と極めて低い上、急速に広がる高齢問題に拍車がかかる中、外国移民による経済安定化政策では不十分と判断した日本政府は、婚姻可能年齢そのものを引き下げることで日本の国力の回復を図ったのである。(現実に著しいほどの効果が出ているかというと、難しい話ではある)

「結婚式が近づけば近づくほど、奴らのはた迷惑な甘甘オーラは強くなる・・・俺たちにはいい迷惑だよな」

部隊公認の仲とは言え、こう毎日バカの一つ覚えのように同じ光景を見続けるのはさすがにキツイし、辟易する。

そんな二人の甘々モードに当てられ、ドラはついに顔色を悪くした。

「うっ・・・ヤバい! 龍樹さん、例の薬を」

「まだ吐くなよ。絶対吐くでないぞ!」

嘔吐寸前のドラに強く言いながら、龍樹は印籠から粉薬を取り出した。

ドラは一目散に薬を受け取り、口内へかき込んだ。

「何飲んだんですかドラさん?」

「拙僧が特別に調合した吐き気止めじゃ。あまりに苦くて常人では呑めたものではないが、ドラにはこれくらいが良くてな」

「ふう~」

太田のすぐ目の前で、ドラは粉薬をお茶で流し込み、もよおした強い吐き気を懸命に堪える。

「本当にドラさんって、甘いものが苦手なんですね」

苦笑気味に優奈が声をかけると、ドラは湯呑を置いて深い溜息をついた。

「確かに、あれはムカつくレベルを超えているかもしれませんが・・・でも人の幸福を見て吐かれるのはさすがに失礼ですよ」

「これでも一生懸命抑えてる方なんだぞ・・・あ、ダメだ! ここに居ると理性が保てなくなりそうだ!!」

これ以上二人の雰囲気に当てられると発狂してしまうかもしれない―――そう思ったドラは直ちにオフィスから緊急避難した。

「写ノ神君~♡私たちの結婚式、一生に残る素敵なものにしましょうね♡」

「そうだな。茜はウェディングドレスと着物どっちでやりたいんだ♡」

「私、この時代に来てからずっとウェディングドレスに憧れていたんですよ♡」

「よっしゃー! 俺がお前に似合うドレスを探し出してやるからな!!」

「素敵です!! 期待してますよ、写ノ神君!!」

写ノ神と茜はドラがいなくなった事でより一層強い甘々オーラを発しながら言葉を交わし合あった。

「おーどーれーらー・・・・・・」

この直後、ずっと側で二人の事を見ていた太田の野太い声が聞こえてきた。

「あら太田さん、いらしてたんですね」

「今取り込み中だから、後にしてくれ」

太田に気付いた二人は乾いた声を発し足蹴にする様に彼の存在を否定した。

割に合わないリアクションと素っ気なさすぎる態度に、太田の怒りは頂点に達し―――大爆発した。

「おんどらあああああああああ!!!! いつまでも独身男の前でのろけてんじゃねぇよこのバカップルが!!!」

 

 

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

仕事が終わったその日の夜。自宅に戻ってからも、ドラは珍しく仕事をしていた。

「ん~~~・・・・・・」

茶の間で唸り声を上げては机の上で書き物をし、何か気に入らないと書いたものをくしゃくしゃに丸め、無造作に床へ放り投げる。

売れない小説家のような真似を永遠と繰り返す中、ちょうど風呂上がりの駱太郎が脱衣所から出てきた。

「ふぅ! さっぱりしたぜ」

「何か違うな・・・・・・」

頭の水分を丹念にタオルで拭き取りながら、駱太郎は一人悶々としながら書き物をするドラの様子が気になった。

「おいドラ、さっきから何一人で唸ってやがる?便秘ならいい薬があるぜ」

「オイラはロボットだから便秘にはならないよ。これ、何だと思う?」

おもむろに書きかけの原稿用紙を駱太郎へ見せた。

大量に言葉が書き綴られたドラの字をじーっと見つめたのち、駱太郎は率直な感想として「お世辞にもキレイとは言えねぇ字だぜ」と言った。

―――ゴンッ!

 貶されたドラに代わって、幸吉郎が駱太郎の頭部に拳骨を叩きこんだ。

「てめぇの目は節穴なのか、あぁ!? 今兄貴はなぁ、結婚式の御言葉を考えるのに必死なんだぞ!」

「結婚式って・・・? 誰の?」

「寝ぼけてんのかおめぇは!? 隣に住んでる若夫婦はどこのどいつだよ!?」

「じょ、冗談だよ冗談! って事はひょっとして、写ノ神と茜に頼まれたってことか?」

尋ねられた途端、ドラは深い溜息を突きながら鉛筆を転がした。

「最初は嫌だって言ったんだよ。オイラこういうのほとんど書いたことないし、年食っててこう言うのが得意そうな龍樹さんに頼んでくれって。だけどそれを聞いた龍樹さんが」

 

『一生に一度の家族の祝い日。それも写ノ神と茜の結婚式ともなれば、やはり家族の長たる者が祝辞を述べるのがいいのではないか?大丈夫じゃ、お主なら一生に一度の祝辞を書けると信じとる!』

 

「って言う感じにあしらわれてさ、仕方なく・・・」

「それで、わざわざ本まで買ってきて書いてるのか。律儀だねー」

ロボットになってから出席した祝い事の席はあまり多いとも言えず、その祝辞ともなるとドラは全くの手つかずだ。

困った末、市内の書店から何冊か購入したスピーチ集を見ながら悪戦苦闘しているのが現状である。

頭を悩ませペンを走らせるドラを横目に、幸吉郎と駱太郎は『よくわかるあいさつ実例集』と書かれた本を手に取った。

「えーとなになに・・・『接待ゴルフコンペでの挨拶』に『町内ゲートボール大会の挨拶』・・・へぇ、最近は色んな奴があるんですね」

「ううう・・・///」

すると、幸吉郎と同じく実例集を手に取った駱太郎が唐突に涙腺を崩壊させた。

「お、おいどうした!?」

「だってよ・・・この子3歳で死んじまったんだぞ!! 『ともこちゃん、あなたはどうしてそんなに早く天国に行ってしまうのですか?』・・・うううう///」

 実例集にここまで感情移入できる人間がいるとは予想外だった。本当にあったようでない弔辞に号泣する駱太郎に、幸吉郎は呆れ返った。

「あのな駱太郎。ただの挨拶集で何マジに泣いてんだよ」

「こっちは46歳でガンだぞ!! まだ働き盛りだっていうのに悲しいな///」

「だから何で弔辞のところばかり読んでんだよ・・・」

「おおおおおおお!!! 俺は猛烈に悲しいぞ!!! 何で29歳の若さで脳腫瘍で死んじまったんだ―――!!!」

心の底から声を張り上げる駱太郎。

だがこの瞬間、ドラは鉛筆の芯を砕くと同時に堪忍袋の緒が切れた。

「だーもーうるさいなっ!!! 少し黙ってろよゴミクズ共、原稿が全然書けないわ!!」

「「す、すいませんでした!!!」」

「ええい仕事の邪魔だ! ガキ共はとっととクソして寝ろっ!!」

「「は、はい・・・!!」」

理不尽極まりない言葉の暴力だった。

だが逆らったら最後、二人はどんな悲惨な運命を辿るのかを知っていたから、大人しく一家の主の言われた通り自室へと戻って行った。

茶の間から二人を追い出したドラは、その後も原稿を書き続けたがうまくいかず―――気が付くと時刻は夜中の3時を回っていた。

「チクショウ・・・前に隠弩羅が書いてきた馬鹿げたスピーチの間違い指摘するのは簡単だったけど、自分で書くのがこんなに面倒だとは思わなかったな」

書いても書いても文章がまとまらない。

どれだけの原稿用紙がボツとなり、くしゃくしゃにされて床に放り出された事だろう。

もういっそのことすべて投げ出してしまいたい―――そんな気持ちにも駆られたが、直後ドラの胸中に写ノ神と茜の笑顔が思い浮かんだ。

ここで自分が頼まれた仕事を投げ出すのは果たしてどうなのか、なぜ二人がわざわざ自分にスピーチを頼んだのか-――あの二人が心の底から笑い幸せになる日を今一度考えてみた。

「でもまぁ写ノ神と茜ちゃんの為だ・・・・・・やるしかないかな」

考えた末、ドラは再び止まっていたペンを動かし始めた。

 

そして迎えた朝。

「ふぁ~~~・・・///」

昨夜怒鳴られた末に自室で寝付いた幸吉郎と駱太郎が起きて茶の間に入った、その瞬間・・・

「な、なんじゃこりゃ―――!!!」

真っ先に駱太郎は驚愕に満ちた声を張り上げた。

部屋中いたる所に散乱した没となった原稿用紙のかずかず。

その中央のテーブルには一睡もせずにスピーチを書き続けていたドラの姿があり、すっかりとやつれ疲弊した彼の目は充血し、濃い隈が出来ていた。

「あ、兄貴! どうか気をしっかりもってください!」

「オイお前、大丈夫か!?」

「・・・・・・いやぁ・・・なんとかできたわ」

疲れきった声で言うと、一日を費やし書き上げたスピーチを二人に見せた。

「・・・読め」

「いやしかしですね」

「あ、後で見るよ」

「今すぐ読め・・・!!」

疲れ切っていても脅迫感情だけは明確に伝わった。

「ど、どうする・・・」

「読まなきゃ俺たちの魂(タマ)獲られるのがオチだろうが」

小さな声で話し合った末、二人はドラが書いた原稿を読むことにした。

「あ、ありがとうございます。では拝見させてもらいます・・・!」

「・・・うむ」

ドラの魂の籠った渾身の力作。二人は、スピーチの内容に恐る恐る目を通す。

「・・・どうだ?」

早速評価を尋ねるドラに、読み終えた二人は苦笑した。

「い、いいんじゃねぇかな!」

「さ、さすがは兄貴です! 内容もとても秀逸なものになっております!!」

聞いた瞬間、ドラは鼻息をもらした。そして今度は自分で書いたスピーチを音読することにした。

「よし読むぞ!」

「え、いやちょっと!?」

「時間を計ってくれ」

「わ、わかりました」

一度深呼吸をして調子を整え、ドラは重たい目蓋を全開にし、手に持ったスピーチを声に出して読み始めた。

「『本日は皆様ご多用中の所、千葉・朱雀王子ご両家のご婚儀にご臨席たまわり誠にありがとうございます』・・・」

堅苦しい言葉ばかりのスピーチを読むのに集中するドラを、幸吉郎と駱太郎は時間を計りつつ、黙ったまま見守った。

「『写ノ神君は出会った頃からしっかりしてて・・・ご参列の皆様にも若い二人へのご指導、ご鞭撻をお願い申し上げて、わたくしの挨拶とさせていただきます。ありがとうございました』・・・・・・」

「よっ! なかなか様になってたぜ!」

「流暢でしたよ兄貴! これなら大丈夫です!」

「そんな事より時間は?」

「ああ・・・そうだな、5分50秒ってとこか?」

「ん~~~やっぱり5分以内にまとめないとな・・・聞いてる方も飽きるよな」

「そうですね・・・あれ?」

注意深く時計を気に掛けると、既に時刻は8時35分―――始業時間まで30分を切っていた。

「だああああ!!! もうこんな時間じゃねぇか!!」

「おおおマジでか!! 早くしねぇと遅刻しちまうじゃねぇか!!」

「兄貴も早く朝飯食べますよ!!」

慌てふためく二人は急いで朝食と出勤の準備に追われる。

「まったく何やってんのさ二人とも・・・」

対して、一日中スピーチにエネルギーを費やしたドラは極度の疲労の余り、慌てる彼らに呆れの態度をとった。

「え? ちょっと待ってくださいね・・・」

「これって俺たちの所為なのか?」

 

 

西暦5539年 6月21日

札幌市中央区 ブライダルハウス

 

この日、写ノ神と茜は昇流の母・杯真夜(さかずきまや)(46)と一緒に結婚式用のドレスとタキシードを新調するため、札幌市内にあるブライダル専門店へ足を運んだ。

試着室で茜がウェディングドレスに着替えている間、写ノ神と真夜は外で待つ。

その間、写ノ神は落ち着きなく貧乏ゆすりをしてそわそわしており、真夜はそんな彼を横目にクスッと笑う。

「緊張してるの?」

「え! そ、そりゃ・・・生涯を共にすると誓った嫁のウェディングドレス姿ですからね。大いに期待する半面、怖くもありますよ」

「ふふふ。私のときもそうだわったわね。あの人も今の写ノ神君みたいにそわそわしてばっかりだった」

「大長官が、ですか?」

 真夜の旦那こと―――TBT本部大長官の職に就く杯彦斎(さかずきげんさい)(49)の昔話に、写ノ神は興味を持った。

「今でこそ落ち着いてるけど、若い頃なんかタバコと競馬が大好きで仕事はサボってばかりの典型的なダメ捜査官だったそうよ。おまけに血気盛んのプレイボーイだったとか♪」

「それじゃまるで今の長官じゃないですか! ・・・・・・へぇ~、全然そんな感じには見えないっすけどね」

すると、ここで真夜は辺りを気にしてから、写ノ神の耳元でおもむろに囁いた。

「ここだけの話なんだけど、婚姻前に二人で苗穂のスキー場に行ったときなんだけどね・・・昼間疲れてたけど夜にめいいっぱいはしゃいじゃったものだから、それで昇流を私の中に仕込んだんだから大したものだと思わない?」

訊いた途端、写ノ神は恥ずかしさのあまり顔を赤く染め上げた。

「ま、真夜さん///そう言う話を男の俺にされても・・・というかよく恥ずかしくないですね///」

「ふふふ、私にとっては過去の出来事すべてが宝物だからね!」

詰まる話、真夜という女性は細かい事は気にしないざっくばらんな人柄だった。

「あ、あの・・・写ノ神君・・・真夜さん」

するとそのとき、カーテンの向こう側から茜のか細い声が聞こえてきた。

「準備が整いましたので・・・いいですか?」

「あらそう。じゃ、見せて貰いましょうかしらね」

遂にこの瞬間がやってきた。

緊張する写ノ神の前で、視界を遮っていたカーテンがゆっくりと開かれた。

カーテンの向こう側から現れたのは、今まで見たこともなような清廉潔白を表した真っ白なドレスに身を包んだ、美しい茜の姿―――彼女は自分を見るなり硬直してしまった写ノ神を気恥ずかしそうに見ながら前に出る。

「あの・・・・・・どうでしょうか///」

 と、茜に問いかけられた瞬間―――意識が明後日の方へ飛んでいた写ノ神は我に返り、首をぶんぶんと横に振ってから、紅潮した顔で率直な感想を言う。

「ああ、えっと・・・・・・すごく綺麗だよ///」

「ええ本当! どこかの国のお姫様みたいだわ!!」

真夜もご満悦の様子で褒めてくれた。

二人の嘘偽りのない言葉に、茜はほっとすると同時にこの上も無い嬉しさでいっぱいになった。

「お二人共、ありがとうございます!!」

「お式が楽しみですね。では、続いてそちらのお方。こちらのタキシードに袖を通して貰えます」

「わ、わかりました!!」

 スタッフからの呼びかけに写ノ神は力み過ぎているのか、声が若干裏返った。

「ほら、そんなに緊張しなくて大丈夫よ」

「写ノ神君の格好いいタキシード姿、早く見たいです!」

 

 

同時刻 TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

写ノ神と茜が留守にしている間、ドラは幸吉郎たちを相手に結婚式に備えスピーチの練習に励んでいた。

「えー・・・本日は皆様ご多用中の所、千葉・朱雀王子ご両家のご婚儀にご臨席たまわり・・・」

「誠にありがとうございます・・・・・・俺覚えちまったぜ」

「なぁ幸吉郎よ。いい加減適当なところで切り上げて仕事に戻らんか?」

「そうしたいのは山々ですがね、兄貴の気の済むまではやめられないと思うんですよ」

「結婚式は確か来週の日曜だったか。でもだからって俺んちで結婚式やるこたぁねぇだろうよ」

 千葉夫妻たっての希望により、結婚式は上司である杯昇流の実家の邸宅で開かれる事となったのだが、昇流だけは半ば無理矢理決められた話に異を唱え続けていた。

「無駄に家が広いんだし、それくらいいいじゃないですか?」

「ひとんちを馬鹿にする発言は控えろ!! 結婚式できなくしてやってもいいんだぞ!!」

スピーチを読みながらでも悪口を言える器用さを持つドラに昇流は激怒―――結婚式まで残り9日を切った。

 

 

札幌市中央区 ブライダルハウス

 

「今日はわざわざありがとうございました!」

「真夜さんがいてくれて少し安心しました」

 無事に衣裳試着を終え、写ノ神と茜は付き添い人である真夜に感謝をする。

「いいのよ全然。二人の一生に一度の結婚式、最高のものにしましょう! それじゃ、私はこの後用事があるから」

 無事に結婚式が開かれる事を祈り、真夜は仕事のためタクシーに乗って二人と別れた。

 真夜を見送った後、写ノ神と茜は互に顔を見合い、屈託ない顔で笑い合った。

「ちょっと天然なところもあるけど、いい女性(ひと)だよな真夜さんって」

「私もできればあんな素敵な人になりたいです」

「お前は今でも十分すぎるくらい素敵な女性だろう」

「もう~写ノ神君ってっば♡そんな風に言われると恥ずかしいですよ♡」

周囲が呆れるくらいに惚気あうのはこの際、大目に見るとしよう。

大きな用事を済ませた二人は、手を繋ぎ合ってドラたちが待つ本部に帰路を取っておもむろに歩き出そうとした。

だがその直後、茜は何か妙な気配を感じとり、不意に足を止めてしまった。

「おい、どうした?」

「この気配は・・・」

「気配?」

不安になって周囲を見渡して見るが、とりたてて変わったものは何もない。

感じた悪寒に不安な顔を浮かべる茜だったが、そんな彼女を怪訝に見つめながら写ノ神は「行くぞ」と帰りを促す。

 

 

 

 気のせいだと、このとき彼女は思ってしまった。

 だがそんな安易な考えが、自分と愛する者とを引き離す切っ掛けを作ってしまうとはこのとき―――夢にも思っていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

短篇:絶対に受からない就職の面接

 

 人生を左右する就職の面接。新卒大学生でも内定が直ぐに決まる人とそうでない人がはっきりと別れる今日この頃―――自分と言う存在を企業側に売りつける面接と言う一度きりの勝負舞台では、滅多な事は言えない。

今回は絶対に受からない就職の面接がどのようなものなのかを見て行こう。

 

 

株式会社山中フード 一次面接会場

 

 この会社に勤めるベテランの面接官・山中幸吉郎は、今まで数多くの就活生と向き合って来た。さて、今回はどんな就活生が現れるのやら。

「次の方どうぞ」

「シュ、シュ、失礼します!!!」

 明らかに緊張しているであろう裏がった声が幸吉郎に耳に届いた。

扉が開かれると、手と足の動きが不ぞろいな逆立った髪の男・三遊亭駱太郎が入室。幸吉郎を見てぎこちない動きでお辞儀をする。

その後、右手と右足が一緒に出る軍隊のような歩き方で用意されたパイプ椅子まで近づき、勢いよく腰を下ろした。

「あっ、まだだ!!」

 が、直ぐに自分の間違いに気づき椅子から離れる。

「大丈夫ですか?」

「はい!」

「では大学名とお名前を言ってください」

「はい! 大学名とお名前!」

「いやそう言う事じゃなくて」

 まさかのオウム返しだった。面接と言う場面で緊張する就活生などたくさんいるが、これほどひどいケースは初めてだった。

「落ち着いてくださいね。君の大学名とお名前を教えてください」

「あ、すいません! しゅ、就職大学から来た面接太郎です!」

「・・・・・・それは面接の対策本に書いてある名前じゃないかな?」

「あ、すいません! ちょっと緊張しちゃって!」

「大丈夫ですか? 落ち着いてください」

「ありがとうございます!」

 と言った瞬間、駱太郎は椅子に腰を下ろした。

「あ、まだ座んないようにしてください」

「あそっか!」

 幸吉郎に言われ、慌てて椅子から離れ駱太郎はその場に立つ。

「君の大学名とお名前聞いたら座ってもらうからね」

「はい・・・。小樽商科大学の三遊亭駱太郎です」

「三遊亭君、じゃ座ってください」

「はい」

 面接の会場では相手が座っていいという許諾をしない限り、原則座ってはならない。就活生に限らず社会一般の常識と言ってもいいのだが、駱太郎は極度の緊張でそのような事すら真面にできないでいた。

「じゃあねいろいろ聞いていこうと思うんだけどね」

「緊張すんな!」

「言っちゃうんですね・・・・・・まぁいいや。君はどうしてうちの会社の面接を受けようと思ったんですか?」

 面接の場面では必ずと言っていいほど聞かれる志望動機。自己PR、学生時代に頑張った事―――これらは三大質問と呼ばれ、スラスラと相手に伝わるように答えられるのが望ましい。

駱太郎は心臓の鼓動で息が苦しくなりながらも、おもむろに口を開け答える。

「はい! お、お・・・御社の・・・企業り・・・・・えっと、お、御社の企業理念・・・・・・あっそか見ればいいのか? えっと御社の」

「あ見ない方がいいよ! 見ない方がいいよ! 見ずにいこう見ずにいこう!」

 間違ってもカンニングペーパーを使ってはいけないし、そんな事をすれば落とされるのは必至。にも関わらず堂々と手に書き留めてある事を見ながら志望動機を口にする駱太郎の姿に、幸吉郎は度肝を抜いた。

「頼むから見ないで言ってくれるかな!?」

「ああすいません!! えっと、御社の企業理念に共感しまして、あと昔からマスメディア関係の仕事に就きたいと考えていたからです!」

 幸吉郎はふうと嘆息を突き、緊張で肩に力が入っている眼前の駱太郎に呼びかける。

「・・・・・・まずうちの会社食品関係の会社なんだけど?」

「ええっ!!」

「その辺に関してはどう思いますか?」

「あ、はい! あの、前に受けた会社がマスメディア関係の会社だったので、ちょっとそれとごっちゃになってしまってこれはマイナスポイントだなぁと考えています!」

「・・・・・・冷静な分析で良いと思います」

「ありがとうございます!」

「ちなみに今まで何社くらい受けてるんですか?」

「はい! この会社が初めてです!」

「ウソはやめましょう」

「だぁー! すいません!!」

「少なくともマスメディア関係受けてるって言いましたから」

「・・・ホントは50社ぐらいです」

「あー結構受けてますね」

 すると駱太郎は恐る恐る幸吉郎に尋ねた。

「あのー、やっぱりいっぱい受けてるっていうとイメージ悪いですか?」

「まぁ今就職難ですから、それくらいはしょうがないかなぁと思います」

「本当ですか? イメージ悪くないですか!?」

「それに関しては大丈夫です」

「よっしゃー!」

「そう言うのはイメージ悪いです」

 堂々と面接官の前でガッツポーズをとった駱太郎に、幸吉郎は真顔のまま言い返した。

「だぁー!! すいやせーん!!」

「うるさいな君。ちょっとうるさいな」

「でもあの・・・山中フードさんで働きたいという気持ちは誰にも負けません!!」

 このように追い詰められた就活生、あるいは志望動機を碌に考えずに受けに来た就活生の多くは何の根拠もない根性論で押し通そうとする傾向がある。

 何百人と言う就活生を相手にしてきた幸吉郎はよくある根性論にほとほと呆れ返り、つい無言となってしまう。

「・・・・・・あれ山中フードさんですよね?」

「大丈夫ですよ、合ってますよ。自信持ってください」

 受けた会社が本当に山中フードであるか、駱太郎は疑いを持っていたらしい。幸吉郎もさすがに面を食らってしまった。

「で先程、うちの企業理念に共感したなんて言ってくれましたけど?」

「はい! 本当に素晴らしいと思います!!」

「じゃうちの企業理念言ってもらってもいいですか?」

「はい! 『バカみたいに頑張る』です!!」

「全然違うな!」

「だぁー!! すいやせーん!」

「なんだバカみたいに頑張るって!?」

「すいやせーん!! すいやせーん!!!」

「うるさいな君ちょっと。うるさいんだよさっきから」

「もうこんなにいっぱいミスしたら絶対受かんない、もう嫌だ! わぁ~~~!!」

 完全なる敗北―――それを悟った駱太郎は席を立ち、幸吉郎に背を向けると子どものように声を上げながら部屋を飛び出して行った。

「・・・・・・まぁ息抜きにはなったな」

 

 

 

 

 

 

おわり




次回予告

ド「本日は皆様ご多用中の所誠にありがとう・・・」
駱「もういいってば! 聞き飽きたんだよその堅苦しい挨拶!! そんな事より次回からこの章が本格的に始まるみたいだぜ」
写「突然俺たちの前に現れた鬼灯の里の畜生、カラス天狗のヤクモ。そしてヤクモを追って現世へと現れる妖怪たち。奴らの目的は一体・・・!?」
茜「次回、『怪魔強襲』。どうしてこんな事に・・・ヤクモさん、鬼灯の里で何があったというのですか!?」

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