サムライ・ドラ   作:重要大事

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隠「ヤッハロー!という訳で隠弩羅さん初の単独スピンオフは前後編に跨る構成となったにゃー!ドンレミの町を牛耳るロレーヌ教の教主テレーズと、それを取り巻く周囲の環境・・・だがしかし、その背後にはやっぱり魔術が絡んでいやがった!というのが前回までの概要ってワケだ」
ド「無駄に話を引っ張り過ぎるのってよくないと思うな。いくら人気の漫画でもさ、あんまり展開スピードが遅いと正直ダレるのと同じなんだ。まして今回みたいな誰も読まないような話は・・・」
隠「誰も読んでないのは大きなお世話だ!だいたい兄貴たちの活躍だってな、ネットに上げたところで100人も読まないマイナー路線なクセによ!!」


サムライ・ドラ外伝 隠弩羅サーガ(後編)

西暦5539年 6月1日

日本 小樽市 サムライ・ドラ宅

 

 午前8時―――サマータイムを導入するフランスと日本との時差はおよそ7時間。ここ日本のサムライ・ドラの自宅ではドラを始め、幸吉郎と駱太郎が朝食を食べながら出勤前のひと時を過ごしていた。

「あぁぁ・・・。劇場版ゴジラの上映日は来週だったことすっかり忘れたー。できれば公開日初日に行きたいんだけどな・・・今の状況じゃちょっと厳しいかな」

 新聞を読みふけるドラは広告欄に載っていた今月公開の映画についてふと呟いた。

「なんだよドラ。お前って映画鑑賞とか好きだったのか?」

「数ある趣味のひとつだからね。映画はいいよ、手ごろな予算でパーッと楽しめて適度に時間も潰せるんだから」

「でも56世紀の今になってゴジラって正直どうなんだ?なんか俺にはすっげー今さら感しかねぇんだがよ・・・」

「わかってないねーR君、ゴジラは日本の誇りだよ。たかが怪獣映画と思って侮ることなかれ。ちなみにオイラ、歴代のゴジラシリーズは完全網羅してるからね!だからゴジラ系のクイズはほぼ100パーセント答えられる自信がある!」

「ああそうかいそうかい。まぁどっちにしろ、今抱えてるヤマを片付けねー分にはゆっくり映画を楽しんでる暇もねぇはな」

「だったらてめぇも少しは兄貴のために頑張ったらどうなんだ?」

「俺はいつだってがんばってるよ。がんばってねぇのは長官の方だろ?」

「確かに、あれは頑張ってない人の代表例と言ってもいい」

「でもあの人はいざってときにはがんばるから。どっかのバカな義理の弟もそんな感じだけどね」

 と、昇流の事を話していたと思えばドラは無意識に隠弩羅のことを引き合いに出した。幸吉郎と駱太郎は久しく顔を見ていない彼の事を考えながらふと思う。

「そう言えば隠弩羅だけどよ・・・あいつ今、どこで何してるんだ?」

「昨日メールもらったら今はフランスにいるそうだよ。何でも前々から探している魔道書の在り処を掴んだとかどうとか書いてたな」

「魔道書って、一体どんな?」

「『術士アブラメリンの聖なる魔術の書』―――通称『アブラメリンの書』。15世紀に記された史上もっとも有名な魔術書だよ。極限まで精神を清めることができれば、聖守護天使と対話をして、その加護を得られるとかどうとか・・・オイラもよくは知らない」

「そんなもの手に入れてどうするつもりなんだ?」

「あのチャラ男ネコのことだ。どうせロクなこと考えてないと思いますね俺は」

「オイラもそう思う」

 その噂の隠弩羅はというと・・・

 

 

同日 午前1時

フランス ロレーヌ地域圏 ドンレミ=ラ=ピュセル

 

シスターたちからの追っ手から辛くも逃げ延びた隠弩羅だが、体へと蓄積されたダメージは相当なものだった。

隠弩羅はロボットでありながら魔術を使用できるこの世で唯一無二の存在。だが、魔術とは本来この世の真理ではない別世界の真理。異世界の力を行使、その知識を借りることは非常に危険が伴う。ゆえに科学技術の産物である隠弩羅は魔術を使用すればするだけその毒素に犯され、体はボロボロに傷ついてしまう。

先の戦闘で隠弩羅は惜しげも無く魔術を行使した。普段、体への負担を考慮し極力魔術を使わないようにしている彼だが、あの場は背に腹は代えられず魔術を行使。その結果体は満身創痍となり、至るところから出血の如くオイル漏れが見受けられる。

「ふぃ~~~・・・結構派手にやっちまったもんだな」

疲労困憊とした隠弩羅は町のいたるところに設置されたジャンヌの銅像の前でぐったりと座り込んでいた。魔術の仕様は彼にとって諸刃の剣。それを使わざるを得ない状況に立たされた―――この事実だけでも由々しき事態なのだ。

「さーてと、どうしたもんかな・・・」

目的は飽く迄もテレーズが所持するアブラメリンの書の奪掠だ。だが状況は隠弩羅が思っている以上に悪い方へ傾いている。このまま穏便でいられるはずがないと思いつつ、どのように魔道書だけを奪おうか思案に暮れていたときだった。

ギュイーン・・・。町にあるスピーカーから音が漏れるとともに、ロレーヌ教の信徒でありシスターのロゼットらしき声が聞こえてきた。

『今宵、タヌキの姿に酷似した異教徒が教主様の命を狙われました。教主様は信仰深き人々が余計な怪我など負わぬよう外出を控えるようにと仰せです』

ロゼットの呼びかけは町中に反響、たちまち拡散する。

町の人々にとってテレーズは生活の基盤であるとともに希望であった。彼らにとってはテレーズこそが神と言っても過言ではなかった。その神の命が狙われたと聞いて黙っていられるほど市民はお人好しではない。

放送の直後、市民は外へと飛び出し隠弩羅の捜索に躍起になる。騒然と化すドンレミの町を様子をテレーズは監視カメラを通じて静かに見守っていた。

「ふふふ・・・。あの異教徒が見つかるのも時間の問題。自らの不遜な行いを大いに後悔することです」

 

 数分後。隠弩羅は見事に追い詰められていた。

町中の人々から向けられる強烈な敵意。しかし当人はどこか呆れ切った表情であり、今にもやれやれと口に出しそうな感じだった。

「間違いないこいつだ!」

「タヌキの異教徒め!!」

 物騒な物を携え隠弩羅を睨み付ける市民だが、隠弩羅は耳の穴をほじくりながらふうと嘆息を突く。

「やれやれ・・・人気者は辛いにゃー。悪いが今日は疲れてるからサインはまた今度にしてくれるか?」

「誰もお前のサインなどいらん!!」

「ふざけてるのか!!」

冗談さえ真に受けようとしない市民。当然と言えば当然である。何しろ目の前に立つロボットはテレーズの命を狙った極悪人なのだから。

「とにかく、おとなしくしてもらおうか」

「教主様のお命を狙うなんて、なんてことを!」

「ほんと!こんなかわいい顔しているのが恐ろしい!」

「間違いなく悪魔の手先だ!!」

 皆隠弩羅を指して、極悪人だの悪魔の手先だのと恐怖感情からそのように口走る。隠弩羅はどこまでも無知蒙昧かつテレーズの教えに妄信的で何の疑いも持とうとしない彼らを内心かわいそうだと思った。

「いいかお前ら!あいつの御業は神の奇跡でも何でもねぇ!ただの魔術だ!その証拠に・・・「ウソよ!」

語気強くテレーズの教えを否定しようとしたときだった。隠弩羅の前にスピッツが現れ話に割って入ってきた。

「さっき・・・私の恋人・・・キッカーが還ってきたわ」

聞いた途端、隠弩羅は吃驚し言葉を失う。一方の町の人々は驚きとともに我が事のようにスピッツの喜びを共有する。

「よかったなスピッツ!事故で死んだキッカーが蘇ったのかい?」

「ほーらご覧!スピッツだけじゃない。他にもたくさんいるんだ!」

「そうだ!これが奇跡じゃなくなんだっていうんだ!?」

「そいつらに実際に遭った奴はいるのか!?みんなその後町を出て行ったことにされて・・・「お黙りなさい!」

猛反発を受けながら食い下がろうとしたとき、隠弩羅は何処からともなく聞こえてきた声に恫喝された。

ドン・・・。ドン・・・。不意に耳へと入り込む衝撃音。大地を揺らしながら隠弩羅の元へと歩み寄ってくるジェンヌの銅像たち。町の人々は意思を持たない銅像が生きているかの如く歩いているという奇怪な現象を目の当たりにする。

「ロレーヌの乙女の像が!」

「奇跡だ!」

人々にとってはやはり奇跡に違いなかった。どんなに隠弩羅が理屈をつけた説明をしたところで、とどのつまり彼らが信じるのはテレーズの御業であった。

複数のジャンヌの銅像は逃げ場のないよう隠弩羅の周りを隙間なく取り囲む。傍で見ていたロゼットは銅像と銅像の隙間から隠弩羅を見据え口角を釣り上げる。

「ちっ・・・。」

 舌打ちし、何とか逃げようと試みる隠弩羅。だがその途端、銅像の一体が隠弩羅の後頭部目掛けて強烈な一撃を叩き込んだ。

 ゴン・・・・・・。

「ぐぇ!」

意識を吹っ飛ばす凄まじい力が伝わった。前方へと倒れ込んだ隠弩羅の意識は徐々に薄れて、やがて完全に気を失った。

 

 

午前6時過ぎ

ロレーヌ教会堂 地下納骨堂(カタコンベ)

 

数時間後。意識を取り戻した時、隠弩羅はひんやりとした場所に一人いた。そこは教会の地下に建設されたカタコンベと呼ばれる地下納骨堂であり、多くの死者の魂がこの場所で静謐(せいひつ)に眠りに就いている。

ガシャガシャ・・・。状況を確認すると、両の手首は一本の鎖に繋がれて身動きがとれないでいた。これには思わず、

「・・・クソッタレが」

と、現状を嘆く。

するとそのとき、固く閉ざされていた鉄製の扉がおもむろに開かれた。前を見ると、スピッツがどこか浮かない顔を浮かべながらトレイに朝食のパンと水を乗せていた。

「食べさせて!今の俺こんなだから!あ~ん!!」

おとぼけた感じに食べ物を要求する隠弩羅。しかしスピッツはそんなおとぼけにすら受け止めず、ただ黙って隠弩羅の足下に食事を乗せたトレイを静かに置く。そして足早に踵を返し部屋を出て行こうとする。

「本当に―――お前の恋人だったのか?」

低い声で問いかける隠弩羅。スピッツは問いには答えず、沈黙を保ち駆け足で部屋を後にした

「はぁ・・・」

深く溜息を漏らすとともに、隠弩羅は短い脚で食事が乗ったトレイを自身のもとへ引き寄せようとする。が、脚が短いためにうまくいかない。

「あ~~~もう~~~!!」

隠弩羅のフラストレーションはここにきて一気に高まりつつあった。

 

地下墓所を出たスピッツはその足で恋人がいる部屋へと向かった。本来であればテレーズかロゼットたちへの許しを得たうえでの入室が必要だったが、このとき彼女は恋人に会いたい一心で鍵を無断拝借した。

おもむろに部屋の戸を開き中へと入りる。カーテンで覆われたベッドの向こう側の恋人・キッカーに恐る恐る声をかける。

「キッカー・・・ごめんなさい。あの、どうしても・・・少しでけ話をしたくて」

 心細そうに問いかけるスピッツ。そんな彼女の声に呼応し、キッカーはゆっくりと体を起こし返事をする。

「すぴ・・・っつ・・・」

まだ少し片言ではあるものの、スピッツは再び恋人の声を聞けることに歓喜の涙を流す。感極まった挙句、キッカーの元へ近づこうとした直後。

バタン・・・。と、部屋の扉が開いた。慌てて振り返ると、スピッツの目に映ったのは朗らかに微笑むテレーズの姿だった。

「教主様っ!あの、申し訳ありません!無断で鍵を・・・」

罰の悪そうに謝るスピッツを、テレーズは咎めるどころか笑みを保ち続ける。何かがおかしい、そう思い始めたとき。

ビューっ・・・と、部屋の窓から強めの風が吹いた。その際ベッドのカーテンがめくれ上がり、スピッツが目にしたのは衝撃的な光景。

「!!」

寝具にポツンと座り込む白い毛に覆われた人ならざる存在。どちらかというと鳥の姿に酷似していた。その証拠に周りからは多量の羽根が舞っており、ベッドの下には魂の無い抜け殻と化した無数の小鳥たちが横たわっていた。

スピッツは目の前の事実を直ぐに受け入れられないでいた。ずっと信じていたはずの恋人の声は本物ではなく、テレーズによって人工的に造り出された鳥型のキメラが発した偽物であったのだから。白目を剥く鳥型のキメラを凝視しながら、スピッツはただただ口元を押さえ絶句する。

「申し訳ないですねスピッツ。神の御業を以ってしても鳥たちの命を神に捧げ、別のものにその命を移し替えるのが精一杯でして。キッカーの声で囀(さえず)るキメラはお気に召しませんでしたかしら?」

妖艶な笑みで問いかけ、テレーズは魔道書「アブラメリンの書」の力を引き出す。

途端、鳥型のキメラは不気味な鳴き声を発してからベッドから勢いよく飛び降り、スピッツの前へ這いずるように寄って来た。

「キッカーによろしく―――」

朗らかな笑みを浮かべながらテレーズはそう言い残し、静かに部屋を後に。部屋はスピッツとキッカー、とは似ても似つかぬキメラの二人っきりとなった。

「すぴ・・・っつ・・・すぴ・・・っつ・・・」

あまりに惨すぎる現実にスピッツの希望は儚くも打ち砕かれた。眼前から迫る恋人の声色を真似るキメラに恐怖し、後ずさりそして・・・。

「いやああああああああああああああああああああああああ」

彼女の甲高い悲鳴が部屋の外まで響き渡った。テレーズは長い廊下を歩くかたわら、口角を釣り上げる。

「神の御業の秘密を知る者はあと一人」

「教主様っ!!」

するとそのとき、血相を変えたロゼットらが走って来た。息を整えると、ロゼットは切羽詰った様子で報告する。

「地下墓所に閉じ込めていた異教徒が脱走しました!!」

 

 

同時刻 ドンレミ=ラ=ピュセル市街地

 

身柄を拘束されていた隠弩羅はあのあと自力で逃げ出した。その際、彼は魔術を使用した。ただでさえ疲弊した体に鞭を打つ行為は自らの死期を早めかねない。だがそれでも彼は無茶を押し通し現在に至る。

「は、は、は、は、は、は」

普段よりもずっと足取りが重い。息も絶え絶えに走っている状態。一心不乱に逃げ続けどうにか夜まで機会を窺おうと思っていたのだが、

その考えは淡くも打ち砕かれる。脱走したという報せは瞬く間に町中へと広がり、報せを聞いた住民たちが隠弩羅の前に挙って立ちはだかったのだ。

「な・・・。」

しかしここで隠弩羅は人々の異変に気が付いた。よく見れば彼らは何かに憑りつかれた様に皆白目を剥いており、生気を奪われたが如く反応がない。ただ誰かの意のままに思考を操られる人形と化している感じだった。

隠弩羅は顔をしかめるとともにこれがテレーズの仕業であると瞬時に悟った。彼女が魔術を使って市民の思考を手中に収め、洗脳していることは明白。

気が付くと、前も後ろも洗脳された町の人でいっぱいだった。

「へへ・・・生憎また地下室にぶちこまれるのだけは」

言いながら、隠弩羅は左腕を大きく振り上げる。

「死んでもごめんだ!!」

語気強く言い放つとともに魔力を込めた拳を地面へと接触させる。接地面に八卦の陣が展開されると魔術的エネルギーが勢いよく噴出。波導は四方へと拡散―――人々は魔術が生み出す波導に当てられる。その間隙を突き隠弩羅は逃走を試みる。

「ぐっは・・・くっそ」

度重なる魔術の使用で体への負荷が相当にかかる。あちこちのケーブルがズタズタにショートし、その度に活動エネルギーたるウルトラクリーン油が噴き出す。

どうにか市民の手からは逃れる事が出来た。だがその矢先のこと。今の隠弩羅にとって最大にして最悪の障壁が立ちはだかった。

妖艶な笑みを浮かべながら魔道書「アブラメリンの書」を携える修道服に身を包んだ女性。その名はテレーズ・マクドネル。

隠弩羅はテレーズを見据えながら深く眉間に皺を寄せる。

「あなたも直ぐに楽になれるわ」

「はっ。どうせお前のペテンは直ぐに知れる」

「信者たちに魔術も神の御業も区別はつかない。いや、彼らを幸せにしてやっているということであれば同じことです」

「俺の見てたじゃおめぇは・・・自分のやり方が絶対に正しいと確信している口だろう。ただ、そのゴールはあまりに無味乾燥としている。俺はお前が目指す理想の世界で暮らすのだけは死んでもお断りだ」

「私は人々に幸せを与えてやっているんですよ。そのことが一体何の罪に当たるというのですか?」

「人から与えられた幸せなんざ願い下げだ。人間は自分で自分の幸せを手に入れる、そう言う生き物だ」

「でも全ての人間が自力で幸せになれるわけではありません。それはごく一部の限られた人だけ。大抵の人間は自力で幸せにはなれず、それゆえに縋るのです。私は誰もが幸福になれるよう手助けをしてやっているだけ・・・たとえば彼女のように」

 そう言ったテレーズの視線が自身の後ろへと向けられた。隠弩羅が視線を辿ると、その先にいたのは屈託ない笑みを浮かべるスピッツだった。

「スピッツ・・・!」

些か彼女が様子がおかしと思った。彼女の瞳もまた町の人々と同じく白い目をしていた。

「まさか・・・!貴様、スピッツの心まで掌握したのか!?」

 語気強く尋ねれば、テレーズは不敵に笑みを浮かべるだけ。そんな折、スピッツの方から隠弩羅へと言葉を投げかけて来た。

「邪魔しないで下さい、隠弩羅さん。いま、最高に幸せなんですわたし!ふふふふはははははは」

「スピッツ・・・」

「もう、わたしは大丈夫ですよ。キッカーも還って来てくれた・・・・・・・・・・・・だから、私たちの幸せを奪わないで下さい」

思わず絶句する。言葉も出ないほど呆然自失と化す隠弩羅を見つめつつ、テレーズは不敵に笑い提案する。

「すべてが究極の平和を手に入れる。私という神の代理人の導きで―――だからもう、争うのは止めましょう」

「なんつー恐ろしいことを!」

「何を言うのです?みんな最高に満足しているじゃないですか?あなたもすべてを忘れて究極の平和の一部となってください。私のために―――」

刹那、テレーズが持つアブラメリンの書が怪しげな光を放つ。やがて隠弩羅の足下から不気味な蔦が伸びたと思えば、彼の全身へと巻き付いた。

「しまった!!」

蔓は複雑に絡み合いながら隠弩羅の体を中空へと持ち上げる。

「ぐああああ・・・・・・」

蔓を通じてアブラメリンの書の力が働きかけ、隠弩羅の精神はその力によって侵食され始める。テレーズは悲鳴を上げ苦しむ隠弩羅を見ながら口角を釣り上げじっと見守っていた。まるで悪魔のように―――

(ダメだ・・・・・・意識が、遠のいて・・・・・・)

このままではマズイ。そう思いながらも今の隠弩羅ではテレーズの魔術を打ち破るだけの力も気力も残されていない。

邪悪な魔術は次第に隠弩羅の精神を支配し、その心をテレーズが言うところの「幸福」へと満たし始める。

(ああ・・・なんて良い心地なんだ。こんなに心が満たされるのは初めてだにゃー・・・誰もが幸せになれる世界・・・・・・それはそれで悪くないのかもしれない。スピッツも町の連中も同じ気持ちなんだ・・・だったら・・・・・・)

 

―――貴様は本当にそれで満足なのか?

思考が蕩け欠けていたとき、隠弩羅の潜在意識に潜む何かが強く働きかけてきた。

刹那、不意に辺りが暗くなり空間が著しく歪む。そして隠弩羅の前に体に宿る巨大な魔力の持ち主が久方ぶりに姿を現した。

白い虎の様な躰(からだ)に体格に見合った数珠を巻きつけ、足枷が付いた四脚のサーベルタイガーの姿をした巨大な式神。

名をヒュウガ―――“白虎のヒュウガ”。隠弩羅自身の体に宿る魔力の源である。

『ヒュウガ・・・か』

『我は納得のいかない相手に支配されるのだけは死んでもお断りだ』

『・・・!!』

『貴様は支配などというつまらぬものに屈するほど弱い者ではないと思っていたが・・・・・・それは我の思い違いであったか?』

ヒュウガは静かに隠弩羅へと投げかける。

このとき、一度はテレーズの支配を甘んじて受け入れ身も心もすべて差し出そうとしていた隠弩羅は自らの愚かさに気が付いた。

やがて本当の自分自身を取り戻した彼は口元をにやりと釣り上がる。

『・・・はっ。おめぇにんなこと言われるとは俺も焼きが回ったな。だがお陰で目が覚めたぜ。その事だけは礼を言ってやるぜ』

 一時の迷いも、躊躇いも、すべてを断ち切った末に隠弩羅の精神は現実世界へと引き戻されていった。

 

「答えは決まりましたか?」

再び現実世界に戻ったとき、テレーズがおもむろに問いかける。

隠弩羅は中空に体を浮かした状態のままゆっくりと顔をゆっくりと上げ、テレーズの問いに答える。

「ああ・・・・・・俺の中の答えは・・・・・・これだ!」

カッと目を見開いた途端、隠弩羅は体に宿るヒュウガの力を最大限にまで引き出すとともに自身を蝕もうとするテレーズの力を弾き返した。

「うわああああああああああああ」

圧倒的な力の波導に思わずたじろぐテレーズ。

隠弩羅は強固な拘束をうち破り地面へと着地。驚愕の表情でこちらを凝視する彼女に言ってやった。

「ありがとうなテレーズ。俺にも束の間の夢ってヤツを見させてくれて。だがもういらない!!」

「あなたは・・・・・・自ら幸せを放棄するというのですか!?」

「違う!俺は幸せを棄てたつもりはない」

「だったらどうして!!」

「確かに誰もが幸せを手に入れられるわけじゃない。お前の言う通りだよ。誰も傷付けることなく幸せを手にするのは並大抵の努力じゃ無理だ・・・しかしだ!自分の幸せってのは自分以外の方法で手に入れることなんざできやしねぇのさ。この世には俺にしか・・・魔術師でありロボットである俺にしか手にできない『幸せ』の形があるってことがわかったんだよ!それが・・・・・・俺の答えだ!!」

「な・・・なんて愚かな・・・・・・・・・究極の平和を棄てるなんてっ!!」

「お前が求めているのは『平和』じゃない。『支配』だ」

低い声で指摘された。聞いた途端、テレーズの中で燻っていたどす黒い感情が一気に爆発する。

「ああああああああああああああああああああああ」

激昂するとともにアブラメリンの書が彼女の心に呼応し、秘められた力を暴走させる。

怪しげな煙に包まれたテレーズの姿はたちまち異形のものへと変わっていった。それまで美しい人の姿を保っていた彼女が、ゴツゴツとした肌を持つ体長10メートルを超える愚鈍で醜悪なトカゲのような怪物へと変貌する。

「Tristis028―――絶望に闇討ちを」

魔法名と呼ばれるものを唱え、秘められた意味を伝えるとともに隠弩羅は魔術師として戦い抜くことを改めて表明。身も心も呑まれ理性をかなぐり捨てたテレーズの毒液攻撃を躱しつつ反撃の機会を窺う。

「今日は出血大サービスだ!隠弩羅さんの妙技、篤とご覧あれ!!」

エンターテイメントを披露するかの口ぶり。隠弩羅はこの状況をどこか楽しんでいた。

変わり果て暴走するテレーズに対し、隠弩羅はヒュウガから授かった陰陽系魔術のひとつを発動する。

「必殺!!邪鬼滅殺砲(じゃきめっさつほう)!!」

右手から無数の光弾を放ち攻撃する。光弾はテレーズの体表へと直撃。怪物と化したテレーズは咆哮を上げると怒り狂い、悪戯に暴れ回る。

巨大な尻尾による攻撃が飛んでくると、隠弩羅はタイミングよく飛んで躱し、すかさず逆鱗牙を召喚し装備する。

「必殺!!竜鱗爆雷(りゅうりんばくらい)!!」

上空へと高く飛び上った隠弩羅は、脇から鱗に似た魔力爆撃を散布し攻撃する。

ドドドーン・・・。ドカーン・・・。

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

テレーズの獣じみた悲鳴。隠弩羅は醜悪な怪物と成り果てた彼女に対し止めの一撃を仕掛ける。

「最後にひとつだけ言っておく。俺は、根っからのプリキュア信者だ!!」

言うと、逆鱗牙の切っ先を燦々と照りつける太陽を狙い撃つつもりで天高く打ち上げる。

「必殺!!金輪際撲滅戟(こんりんざいぼくめつげき)!!」

高く打ち上げられた逆鱗牙は魔術的な力が加わることで巨大化。大きく放物線を描いた矛はテレーズの元へ速度を増しながら落下する。

刹那、矛の直撃とともに辺りは大炎上。炎に包まれながらテレーズは自らの生の終焉を悲嘆する。

「そ、そんな・・・・・・世界を平和にできるのは、この・・・わたしだけなのにいいいいいいいいいい!!!!!ぐああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

断末魔の悲鳴も虚しくテレーズ・マクドネルはその生涯を閉じた。

彼女の死によって操られていたドンレミの町の人々の心が解き放たれ正気を取り戻す。スピッツもまた正気に戻ってそのまま気絶した。

彼女を斃した隠弩羅は本来の目的であるアブラメリンの書を手に入れようと思ったが、その直後彼はある事に気が付いた。先ほどの爆発の影響でアブラメリンの書が火を噴いていたのだ。

魔道書には大きく『原典』と『写本』と呼ばれる二種類が存在する。原典とはすなわち、魔道書本来の力を宿したものであり強力な力を宿す為に操ることは勿論のこと、それを破壊すること自体も難しい。対する写本は原典の複製ゆえに毒性も弱く魔力がある者であればある程度は使いこなせる代物。だがそれゆえに破壊するも可能だ。

今、アブラメリンの書は炎によって灰と化そうとしている。これが何を意味するかを理解できない隠弩羅ではない。彼女が持っていたのは最初から「偽物」だったのだ。

「はっ・・・これだけの騒ぎを起こして、散々手間かけさせてニセモノでしたか・・・・・・ふふふふははははははは」

徒労に終わるとは正にこの事だと、隠弩羅はあまりの甚だしさに笑いが止まらなかったのだが、しばらくしてから笑うのを止め―――

「ふっざけんじゃねぇぞ神さまぁぁぁ―――――――――!!!」

 骨折り損の草臥れ儲けに終わったことが大いに納得できず、天上にいるであろう視えない神に対して隠弩羅は怒りの籠った声を荒らげた。

 

事件後、町は本来の平和を取り戻した。

だがその代償が全くないわけではなかった。テレーズという希望を失った人々は等しく意気消沈とし町は活気が失っていた。

図らずも隠弩羅はこの町をテレーズと言う名の支配から解き放った訳だが、彼が周りから称賛されるという事は無かった。むしろその希望を奪った者と見なされ強制退去を命じられてしまった。

隠弩羅自身目的が飽く迄アブラメリンの書であり、それが偽物だと分かった時点でこの町に長居するつもりはなかった。引き上げる直前、酷く疲れ切った彼は目的を果たせなかった事を悲嘆しながら深く溜息を漏らす。

「はぁ・・・とんだ無駄足だったにゃー。やっと本物のプリキュアを召喚できると思ったのによー」

彼が魔道書を求めていた理由は実に私的なものだった。プリキュアと称する某幼児向けアニメに登場する美少女をこの世に呼び出す手段として彼はアブラメリンの書の力を欲していた。その方法が正しいかどうか別として、彼が求める幸せの形は到底他人には理解できないものである事は間違いなかった。

「しょうがねぇ、また次探すか」

 懲りずにまだ本物を探そうとする彼の努力のベクトルが凄まじく間違っているように思える中、そんな隠弩羅へと呼びかける声が。

「なんて事してくれたんですか?」

振り返ると、そこには正気を取り戻したスピッツがいた。彼女は苦い顔で隠弩羅を見つめていた。

「私たちにとって、教主様の奇跡は希望だった。信じていれば死んだ人も蘇ることができる・・・それだけが私たちの希望だった!」

 彼女は自分と町の希望だったテレーズを奪った隠弩羅を許すことができなかった。ゆえにその怒りの矛先を彼へと向けて来た。

 これに対し隠弩羅は低い声で「・・・あのままにしておけば良かったって言うのか?」と逆に問いかける。

「私は・・・明日から何に縋って生きていけばいいんですか!?教えてくださいっ!!」

生きる活路を見失った少女の切実な訴え。隠弩羅はサングラス越しに彼女を見つめると、おもむろに背を向け冷たく突っぱねる。

「何に縋ればいいかだって?そんなことは自分で考えろ。いや・・・俺に言わせればそうやって何かに縋ってばかり生きているお前は自分の生を既に放棄した死人と同じだよ。だったらいっそのこと死んじまった方がいいんじゃないのか?そうすりゃもう苦しむこもないし、大好きな恋人と同じになれるんだからよ」

「・・・・・・・・・」

隠弩羅の言う事も一理あった。恋人を失って以来、生きる気力を失っていた彼女はテレーズの教えに恭順することで今日まで自己を保っていた。それが絶たれ今、再び活路を見失った彼女は生きる意味を失い欠けている。ならば隠弩羅が言うように命を棄てて恋人の元へ逝くことの方がずっと楽な気がした。

だがそう思うには彼女はあまりに若く、そして勇気が無かった。何よりも彼女は死を恐れていた。キメラと遭遇した間際、彼女の体は無意識に死から遠ざかろうとした。死から遠ざかろうと抗った。その事実を認められないほどスピッツは無知蒙昧ではなかった。

「・・・死ぬのはいやだ・・・・・・死ぬのは怖い・・・・・・///」

それが彼女の本音だった。たとえ希望を絶たれ死にたいと思っても、それを素直に受け入れることができないジレンマを抱えていた。

矛盾していると思いながら、隠弩羅は彼女の口から出たその言葉に内心安堵。聞いた直後、彼女のこれからを思ってひとつの助言をした。

「何かに縋って生きることが悪いとは言わねェ。だがそんなことばかりやってても、一生自分が主人公になることはできない。立って歩け。前に進め。お前には立派な足がついてんじゃねぇか」

「・・・っ!」

「それからこれは俺の経験だがよ・・・一番大事なことは幸せってつう目標を達成する事じゃねぇんだ。たとえ目標を達成できなくても、その過程を楽しむことができれば人生は明るく開けてくるぜ」

 隠弩羅なりの彼女への気遣いであり、優しさだった。

聞いた途端、スピッツは膝を落とすとともに涙腺を崩壊させた。彼女がこれからの人生で本当の意味での幸せが訪れる事を切に祈るとともに、隠弩羅はドンレミを出発した。

 

町を離れてからしばらく経ったとき。

プルルル・・・・・・。

携帯に着信が入った。誰からなのかと思い端末を取り出して見れば、画面に表示されていたのはこの世で最も怖い義理の兄の名前だった。

「げっ!なんでまたよりによって・・・」

露骨に顔を歪め、嫌そうにする隠弩羅。だがここで無視をすると後で顔を合わせたときにもっと悪い事態を招くことは必死。仕方なく隠弩羅は着信に出る事にした。

「こちらはお留守番サービスセンターです。御用の方は発信音の後に・・・」

通話ボタンを押すや、鼻を抓み声色を変え居留守を決め込もうと思ったものの、ドラにはそのような小細工は一切通じなかった。

「わかったわかった!!俺が悪かったよ!!」

スピーカー越しに響いてくる魔猫の怒声。鼓膜を突き破る勢いに圧倒されつつ、隠弩羅は自らの過ちを謝り、義兄の声に答える。

「ああ、はいはい。分かってますよ。あいつらの結婚式には間に合うようにはするから。・・・大丈夫だって、心配いらねーよ!ああそうだ!!披露宴には皆がブッ魂消る様なサプライズ用意してやるにゃー。楽しみにして・・・・・・え・・・・・・全身素っ裸のサプライズやプリキュア衣裳を着たダンスをするなら八つ裂き!?・・・・・・・・・・・・・・・申し訳ありませんそんな馬鹿な事はいたしません///」

数分後、どうにか話を終えることが出来た。

隠弩羅は久しぶりに聞いた兄の声色に終始緊張したものの、深呼吸をするとともに顔を上げサングラス越しに太陽を見つめる。

「さてと、ほんじゃま!魔道書探しはまた今度にするとして、とりあえず日本に帰るか」

 

 

 

人は生きている中で、最高の幸せを望んでいながらも、いつも手に入らない。そんな状況にぶち当たったりする。

そんな時は、最高の幸せを手に入れたいと思いながら、手に入れないように、諦めたり、どこかに罠を仕掛けて、手に入らないようにしているのかもしれない。現実とのギャップにこれ以上苦しまないように無意識に自分自身にブレーキをかけているのかもしれない。

人生にはいろいろなことが起きる。もちろん、望まないことも。

 

しかしそこで大切なのは起きて欲しかったことではなく、起きてしまったことを見つめることだ。

最高の幸せを手に入れるのも手に入れないも、すべてはあなた次第なのである。

 

 

 

 

 

 

参照サイト

本当の幸せを手にいれるために、受け入れるべき「10のコト」

http://tabi-labo.com/94967/10-things-to-be-happy/

 

 

 

 

 

 

短篇:隙あり=殺す・殺される!?

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

何気ないドラの一言からすべては始まった。

「長官、オイラ思うんですが・・・最近たるんでませんか?」

 上司であり家族ぐるみの付き合いのある杯昇流を前にドラはさらっと口にする。これに対し当人からの反応はというと、

「何を言い出すかと思えば・・・俺がいつたるんだって?こう見えても俺は後ろから襲い掛かってくる悪漢にも即座に反応できる反射神経を備えて・・・「隙あり!」

弁明中、昇流の右頬に魔猫の鉄拳が放り込まれた。

昇流はドラの拳をもろに受けながら、酷く歪んだ頬を維持し無表情で立ち尽くす。

「十分たるんでますよ。隙があるから殴られるんです」

そう言うとまた、ドラは何の躊躇も兆候も見せず昇流の左頬へ鉄拳を加える。昇流は一連の出来事に思考が追い付かずただただ呆然とする。

「ほらね。パッと避けないと。普段からそういう訓練をしてないと」

「いや・・・日頃お前で十分訓練してるつもりだけど。大体いきなりグーパンチってなんだよ?」

「敵はいきなり襲い掛かって来るんじゃないですか?!敵が行儀よく、ピンポーン!すいませーん!ってくるわけないでしょうが」

厳しい諫言。ドラは呆けた昇流に喝を入れるつもりでさらに一発拳を加える。

「何やってんですか避けないとダメでしょ」

「もうやめてくれよジーンと痛むから///」

「だから日ごろから訓練を怠っちゃたダメなんですってば」

「わかったわかった!これからはちゃんとやるよ!」

「あれ?誰でしょう?」

「え?」

昇流が余所見をした一瞬の隙を突き、ドラは用意していたスリッパで頭部を殴りつける。

「痛(い)って!」

「どうしようもないくらい隙があり過ぎます。隙ばっかし!」

「反省してるよ///」

この一連のやり取りを幸吉郎たちは傍で見ながら、クスクスと笑っていたのを昇流は見逃さなかった。本来ならば部下を叱るべき立場の自分が部下に叱られるというあまりに情けない光景。そしてこのことが昇流の復讐心に火を付けた。

 

あのあと、昇流はドラにこっ酷く言われたことを実行せんとしていた。

「チクショー・・・あの野郎、よくもやりやがったなー。わかったよドラちゃん、いつ敵が襲って来るかわかんないだもんなー。自分で言ったこと後悔させてやる!」

 手に持つは竹刀。廊下で待ち伏せを決め込み、ドラが曲がり角に差し掛かったところを奇襲するという算段。

 静かに息を潜める昇流。やがて、待望の標的がおもむろに歩いて来た。

「ふんふんふんふん・・・」

 呑気に鼻歌を唱える余裕っぷりが何とも憎らしい。昇流は竹刀を握る力を強めると物影から一気に飛び出し、そして・・・

「あったー!!」

バキっ!!と、ドラの後頭部を横薙ぎに叩きつけた。あまりの威力に竹刀は粉々に砕け散るとともに、受け身のドラは言葉もなく呆然と立ち尽くす。

「いつ敵が襲って来るかわかんないもんねーっだ!!あははははは!あははははは!!あははははは!!!」

 明確にドラを嘲笑い、壊れた竹刀とともに何処へなりとも立ち去って行く。ドラは殴られた箇所を押さえながら半泣き状態だった。

「限度ってもんがあるでしょうがバカチンが・・・///頭(あったま)きたコノヤロウ!!ぶっ殺してやるー!!」

こうして、魔猫とバカによる始末に負えないほど愚にも付かない、そして洒落にならないような喧嘩が勃発した。

 

昇流に奇襲を仕掛けられたドラは同じく奇襲をしかようと画策。用意した竹刀を携え廊下へ差し掛かるであろう彼を待ち伏せる。

「何処に隠れてやがるんだ・・・」

 ドラによる奇襲を見込んで昇流は必要以上に警戒をしていた。決して隙を見せぬよう前に後ろ、左右、上下ともにドラの襲撃に備える。と、次の瞬間・・・

「ありゃああああああ」

廊下の曲がり角に差し掛かったところでドラが奇声を放ちながら竹刀を振り下ろしてきた。昇流は咄嗟に振り下ろされた竹刀を両手で受け止める。

「ザマーミロ!!」

 言った矢先。竹刀の先端が突如として折れ曲がった。

「ふぇ!?」

どういう事かと目を疑う昇流。直後、折れた竹刀から飛び出したのはチョークの粉だった。あっという間に顔面白いチョーク塗れとなった。

「へへへへへへへ。あんたとはオツムのできが違うんですよ、えへへへ!へへへへへへへ!!」

 見事に仕返しを果し、ドラは昇流の前から悠々と立ち去って行った。

「チキッショー・・・覚えてやがれチクショー!」

 

「ふふふふ・・・はははははは」

ドラの復讐はこれだけでは終わらない。今度はより過激な方法で襲撃しようと企み、用意したのは五指の爪が鋭く尖った危険な凶器。

「ぶっしゅ!ぶしょー!!へへへへ・・・ぶっしゅ!ぶっしょー!!」

 みかんを容易に貫くその威力を確かめ、狂気に満ちた笑みを浮かべる。

「長官め・・・刺し殺してやろうかな~」

最早喧嘩という程度を超えた『殺(や)る』か『殺(や)られるか』のマーダーゲーム。ドラは昇流を待ち伏せ男性用トイレの中に身を潜める。

同じ頃、次なるドラの襲撃に備え警戒をしていた昇流。やがてドラが潜んでいる男性用トイレの前を差しかかったると・・・

「ありゃああああああ」

文字通りの魔猫と化したドラが鋭い爪を突き立て襲い掛かって来た。

「あああああ!!!あああああ!!」

 洒落にもならないような武器を備えたドラを前に昇流は悲鳴を上げ、恐怖の余りしゃがみこんだ。

 ブスっ・・・。

「あ・・・!」

だがこれが功を奏した。ドラの鋭すぎる爪は確実に標的を捕えるゆえに、不可抗力で壁を捕えて身動きが出来なくなった。

慌てて手を引き抜こうと躍起になるドラ。一方の昇流は隙だらけの彼を見ながらスリッパで彼の額をペシペシと殴る。

「ぬけねーのか?ぬけねーのかおい」

「あたたたた!」

「ぬけねーのかおい!ぬけねーのかおい!何とか言えよこらぁ!」

立場が逆転し昇流のやりたい放題にされるドラだったが、ここでようやく壁に突き刺さった爪すべてが抜けた。

これを見た昇流は殴るを止め、笑いながら「いった~い!いった~い!」というドラを凝視する。

「抜けちゃったの?」

「うん」

「ぬけちゃったの?」

「うん!」

刹那、昇流は一目散にドラの前から逃走。再び力を取り戻した悪魔が昇流を追い詰める番となったのだ。

「あああああああ!!!」

「あああ!!シャキン!!シャキン!!あああ~~~!!」

 

終わりの見えない二人の殺し合い、もとい喧嘩はさらにエスカレートする一方だった。

「タララ~~~タタタタッタ!ジャジャーン!ジャガジャガジャガジャン!!」

 次なる手としてドラが用意したのは吹き矢。昇流に見立てた人形で吹き矢の威力を十分に確かめる。

「ひゃっひゃっひゃひゃっや!」

やることなすことすべてがえげつない中、ドラがおもむろに呼び寄せたのは・・・自身と同じ格好の着ぐるみを着た茜だった。

「わかってるね?」

「本当にこんなことしていいんですか?」

「いいのいいの」

昇流を確実に嵌めるために、ドラは茜を囮に使うつもりだった。不承不承だが茜はドラの命令を聞き入れ作戦に協力する。

準備が整い、早速昇流を嵌める罠を仕掛ける。まずドラに扮した茜が廊下を歩き昇流の注意を惹きつける。案の定、何も知らない昇流が茜の後ろへ付き竹刀片手に静かに忍び寄る。そして本物のドラが昇流の後ろから静かに近寄りそして・・・

ブスッ—――。

唐突に背中に走る鋭い痛み。おもむろに振り返る昇流の目に映る吹き矢を持ったドラ。

「あ~~~///」

「でぇはははははは!!!でぇーははははは!!!」

 策を弄するのはドラの方が一枚も二枚も上手であることを昇流はうっかり忘れていた。

「ああ・・・ドラふたり!ドラ!ドラ!血がドロドロ!」

 痛みに涙しながら昇流は重い足取りで元来た道を戻っていく。

「覚えてらっしゃい、いてててて・・・・・・・・・あれ?肩楽になってる」

しかし途中からなぜか体が楽になったらしく、何事もなかったように廊下を歩くことが出来た。

 

いつまでもやられっぱなしという訳にはいかなかった。昇流は反撃のためにドラ以上に過激な仕返し方法を用意した。

ドラを廊下で見つけるや、昇流は持参した秘密兵器を使用。それはあろうことかアーチェリーの弓矢だった。

「いやあああああ!!!」

 眼前の標的を見据え矢を射抜く。廊下を歩いていた他の職員は咄嗟に真横に避けるが、射線上に佇むドラはそれが間に合わなかった。

「あああああ!!!ああああああああああ!!!」

凄まじい速度で飛来するアーチェリーの矢。ドラは紙一重と言うところで矢の一撃を回避。矢は勢いよく壁へと突き刺さった。

「いくらなんでも危なすぎるでしょうコノヤロウ!」

 

 これに触発されたドラもまた、昇流以上に過激な手法を用いてきた。

「長官ーっ」

「あ!」

廊下でばったり遭った際、ドラが持っていた物に目を疑った。ドラは釣竿を携え、釣り針には爆竹を括り付け今まさに火を付けようとしていた。

「ダメダメダメ!!それは危ないから!!」

昇流はパニックに陥り冷静な思考がとれなくなる。右往左往とする彼に狙いを定め、ドラは火をつけた爆竹を標的へとうんと近づける。

「やめて!!やめてっ!!」

次の瞬間・・・バチバチバチ!!!と、爆竹は激しい勢いで火を噴き爆発。至近距離から飛んでくる激しい火花に昇流は悶え苦しむ。

「あっち!!あっち!!」

「でぇははははははははは!!!」

 気が狂ったように笑い、ドラは早々に標的の前から走り去っていった。

「あっち~~~・・・ゆるさないからねもう~・・・///」

 

常に緊張感を持って敵の攻撃に備えるということは、想像以上に神経をすり減らす。ドラは段々とこの状況を続ける事が嫌になって来た。早い話疲れて来たのだ。

「長官、もうほんとやめませんか?」

 どこかに身を潜めている昇流に休戦協定を持ち出すも返事はない。

「長官、もうやめましょう」

とは言うものの未だ緊迫感を持っていないと落ち着かない。ある種の病に陥ってしまっている。一体どこから現れるのか・・・気を張り巡らせていた次の瞬間。

「おりゃ!!」

 グサッと、袴を貫通して尾っぽ部分に何かが鋭く突き刺さった。

「いった~~~い!!」

唐突な出来事だった。振り返ると昇流がおり、用意していた大筒花火をドラへと仕掛け、たった今導火線に火をつけた。

「ひひひひ」

「なになになになに!?」

状況が全く飲み込めないでいると、ドラの尻に刺さった花火が勢いよく火を噴き始めた。

「あああああああああああああああああああああ」

途端にドラはパニックとなり悲鳴を上げながら全速力で廊下を走り出す。

「あっち~~~!!!尻が!!!尻が燃えてる~~!!!」

こんなに動揺するドラを見るのは初めてだった。道行く人を押しのける暴走機関車、もとい暴走ネコ。尻の火を鎮火させるべく水を必死に探すも、そう都合よくは現れない。

「たたたたたたた!!!助けてくれ~~~!!!」

結局、花火の火が自然鎮火するまでの間・・・ドラは柄にもなく大声を上げながら本部内を疾走し続けた。

 

 

数時間後 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

本部内で繰り広げられた大人気ない人間とロボットによる死闘は幕を閉じた。ドラはこれ以上自分が傷つかぬよう自分から敗北を受け入れ和解を求める。

「長官、オイラが謝ります!あんたは強い!」

「もう俺のことたるんでるとか言わないって約束するか?」

「言いません言いません、仲直りしましょう!握手しましょう」

仲直りのために昇流が右手を差し出した。

次の瞬間、ドラは左手に持っていたチャッカマンで昇流の無防備な右手に火をつけた。傍で見ていた幸吉郎たちはあまりに衝撃的な光景に我が目を疑った。

「ははははは!燃えちゃってるよ・・・これぞ手に負えないって訳だ。あはははははははは・・・あっち~~~!!!熱いよ~~~!!」

 猛烈な熱さに絶叫する昇流。しかし直後、

「なんてな!」

その絶叫は忽ちおさまった。昇流はこうなる事を予測していたかのように火を噴くダミーの手を取り外した。

「ははははは!!どうだこれが杯昇流の・・・「隙あり!!」

ゴン―――。隙を見せたが最後、ドラの鉄拳が昇流の顔面を直撃。

最後の最後、見事にノックアウトされた。

「でぇはははははは!!!バカめ、だから隙だらけだっていってんの!!」

「ぢ・・・ぢくじょう~~~・・・///」

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

登場人物

テレーズ・マクドネル(Therese McDonnell)

声:斎賀みつき

ロレーヌ教の教主。ドンレミの町に新興宗教ローレヌ教を興し、自身を聖女ジャンヌ・ダルクの代理人と名乗る。旅の途中で手に入れた魔道書「術士アブラメリンの聖なる魔術の書」(写本)を使って「奇跡の業」を起こし、信者を騙していた。

目的は究極の平和の創造であったが、隠弩羅によってそれを否定され、激昂した際に魔道書の力に精神を飲まれ怪物に変身してしまう。最終的に隠弩羅によって魔道書ともども斃され消滅を迎える。

初期設定では、テレーズは元々は農家の出で人並み外れて信仰心豊かな少女であり、幼い頃からジャンヌ・ダルクを神の如く崇拝していた。しかし、ある日自らの村を北アフリカ出身の難民によって占領され、目の前で姉を虐殺されるという悲劇に見舞われる。この経験で心に傷を負った彼女は、何かに憑りつかれたように「世界の浄化」を使命として掲げるようになり、その旅の途中でアブラメリンの書を偶然手に入れ、その力に魅入られる。

名前の由来は、カトリック教会の聖人にして33人の教会博士の一人「リジューのテレーズ」から。

スピッツ・バリエール(Spitsu Barriere)

声:遠藤綾

17歳。ドンレミの少女でロレーヌ教のシスター見習い。

身寄りも無く不法移民によって住む場所を奪われ、事故で最愛の恋人・キッカーを亡くして落胆していたが、彼を復活させてくれるというロレーヌ教を信じ、自分を取り戻していた。しかし、隠弩羅によって教主・テレーズの教えが嘘であることを知らされ、失望して自暴自棄になりかけたところを隠弩羅に諭される。

ロゼット・コルベ(Rosette Kolbe)

声:榊原良子

ロレーヌ教の宣教者でテレーズの側近。テレーズの命を受けて武装したシスター達を従え隠弩羅を襲撃する。

名前の由来は、「アウシュビッツの聖者」と呼ばれるカトリック教会の聖人「マキシミリアノ・マリア・コルベ」から。

キッカー・ボンヘッファー(Kicker Bonhoeffer)

声:緑川光

スピッツの恋人であった故人。テレーズによって「蘇った」その正体は、小鳥をベースに造られたキッカーそっくりの声で話す鳥型キメラであった。

名前の由来は、20世紀を代表するキリスト教神学者の一人「ディートリヒ・ボンヘッファー」から。

登場用語

術士アブラメリンの聖なる魔術の書

天使や悪魔を呼出しさまざまな願いを叶える方法を記した魔術書グリモワールのひとつ。『アブラメリンの書』、或いは単に『アブラメリン』とも略称される。

著者は14世紀から15世紀のドイツに住んでいたユダヤ人、ヴォルムスのアブラハム(独:Abraham von Worms)という魔術師。彼は、神の真理に至る道を求めて世界各地を放浪し、エジプトでアブラメリン(Abramelin)と名乗る老賢者とめぐり合う。アブラハムは、アブラメリンから一般には伝えられていない秘術を学んだという。

『アブラメリンの書』は、アブラハムがアブラメリンから学んだ秘術を伝えるために、息子のラメク(Lamech)に宛てた書簡という体裁で書かれている。まず、心身を清めた上で聖守護天使と対話してその加護を得、その後悪魔に自分の為に働くことを誓わせる方法について詳しく説明する。そして悪魔たちを使役するための護符の例も多数収録されている。

これによると、アブラメリンの秘術を会得しようとする魔術師は、まず一定の手順に従い6カ月間集中して隠棲生活を行う。この間は懺悔や祈りなどの課題をこなし、世俗の事を忘れて心身を極限まで清めねばならない。

その後祭壇を整え、霊媒となる子供を通じて聖守護天使(Holy Guardian Angel)と対話しその加護を得る。この聖守護天使とは、その魔術師の魂の中の最も神聖な部分のことで、決してどこか別の場所からやってきた他者ではないとされている。この聖守護天使と対話する事により、魔術師はその本来の聖性に目覚めて、悪魔をも使役できるようになるのだという。




特報

『サムライ・ドラ』―――第2シーズン、本格始動。



サムライ・ドラ
鬼灯の里編



鬼灯が繁茂し、数多の畜生たちが共生する異世界「鬼灯の里」。
その里を、悪魔が襲った―――。

阿須間「我が名は朱雀王子阿須間。この世の新たな統治者たる存在だ」
ヤクモ「奴は先代朱雀王子家当主によって、奈落の底に突き落とされ封印されていたのです」

迫り来る強敵!

幸「こいつの力・・・半端ねぇ・・・・・・!」
龍「ここまでか・・・」

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)、危うし!?

阿須間「さぁ。大進撃の開始としよう」

鬼灯の里より、畜生達が地球全土へ解き放たれた!!

阿須間「茜よ。あの小僧どもがどうなっても構わないというのだな?」


引き裂かれる、写ノ神と茜の愛?!

茜「写ノ神君と一緒にいると、明るくなれるんです!」
駱「ざけんじゃねぇぞアバズレ!!んな結末、俺たちはゼッテーゆるさねぇ!!」

二人の未来は!?

茜「来ないで―――!!!」
写「約束したのに・・・。茜の夫はこの俺だぁ!!!」



サムライ・ドラ
鬼灯の里編



ド「純愛爆発だぁぁあああああ!!!!」
隠「あんたの口から出ると気持ち悪いんだよ!!」















乞うご期待!!

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