サムライ・ドラ   作:重要大事

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隠「ヤッハロ~!良い子のみんなー、俺のこと覚えてるか?俺の名は隠弩羅っ!自称世界一かわいいネコ型ロボットだぜ!!Season1では星の智慧派教団編で大活躍した俺だが、なんと今回は初の単独スピンオフ!!嬉しい限りだぜ!!」
ド「ま、誰もお前の活躍なんて毛ほども期待していなし。やるなら勝手にやってくれって話だけど」
隠「ふん!言われなくてもそのつもりだ。てなわけで、早速おっ始(ぱじ)めるとしよう!物語の舞台はフランスだにゃー!!」



サムライ・ドラ外伝 隠弩羅サーガ(前編)

 15世紀―――中世のフランスとイギリスとの間で繰り広げられた百年にも及ぶ戦乱に一人の少女が参戦した。

 少女の名は、ジャンヌ・ダルク。彼女は滅亡に瀕するフランスの危機に際して齢(よわい)17歳の身でありながら、武器を手に立ちあがった。

 

 傷つきながらも勇猛果敢に立ち向かうジャンヌの姿に兵士たちは奮起し、フランスに勝利をもたらした。ジャンヌは一躍【奇跡の少女】として民衆の喝采を浴びた。

 

 しかし栄光に輝く彼女を待っていたのは、権力者たちの罠だった。

信じていた国王の裏切り・・・。神の名のもとに行われる弾圧・・・。

苦しむ民衆のために立ち上がった少女がなぜ異端者、そして魔女として処刑されなければならなかったのか・・・・・・。

 

 そして今、新たなる【ロレーヌの乙女】伝説が幕を開ける・・・・・・。

 

 

 

西暦5539年 5月29日

フランス南西部 ジロンド県

 

「あっぢ~~~・・・・・・」

炎天下に照らされる大地。水分は干上がり、灼熱地獄と化す中でアロハシャツにサングラスという出で立ちの奇妙な生き物、もといロボットは歩き続ける。

自称世界一かわいいネコ型ロボット、隠弩羅は世界中を流離い続けるうちこの地へと辿り着いた。だが、彼を待っていたのはカラカラに乾き切ったこの世の苦行。地平線の彼方を目指しても待っているのは白砂の海。

「のど渇いたにゃ~・・・」

体から噴き出す文字通りの脂汗。異常なまでの喉の渇きを訴える。それに便乗して腹もグウ~~~っ、という音を鳴らす。

「腹減った~~~・・・っで、始まる主人公・・・もうやめない・・・か」

誰に言っているのかと言わんばかり、隠弩羅はやがて力なく砂の上へと倒れ込む。

「チクショウ~・・・せめて草だけでも生えていればこんなひもじい思いすることもないってーのに・・・」

こんな事になるならもっと食料も水分も十分に用意しておけば良かった、などと今さら後悔しても遅い。この乾燥地獄では何ひとつ摂取できる物など無い。隠弩羅は太陽によって温められた砂に顔をうずめ己の死期を悟ったようにうつ伏せを決め込んだ。

「お客さん、お客さん」

「あい?」

不意に声をかけられた。おもむろに顔を上げれば、困った顔を浮かべながら隠弩羅を見つめる人間―――初老のバス運転手が立っていた。

「いつまでもそんなところで寝っころがってないでください。バスが出発できないですから」

「んだよ~、もっとノリよくいこうぜ。これだから最近の若い奴はつれなくていけねー」

「私今年で41歳ですがね」

すべては隠弩羅による演出、すなわち虚構であり嘘だった。

彼が今いるのは砂漠ではなく砂丘。フランスでも有名な観光地―――ピラ砂丘は、南北に約3000メートル、東西に約500メートル、標高100メートルを超える欧州最大の砂丘である。

隠弩羅以外にも周りにはたくさんの観光客がおり、決して彼ひとりだけという訳ではない。何しろ彼もフランスを観光している立派な旅人なのだから。

「ほんじゃま、行くとするか!」

さっきまで見せていたひもじそうな様相を一変。隠弩羅は気を取り直して移動を開始する。停留所までの道を辿るかたわら、サングラス越しに天高く眼下を照らす灼熱の光球を仰ぎ見、おもむろに口元を緩める。

「俺みたいな超絶イカす男には太陽が似合いすぎるぜよ」

 言うまでも無くこういうのを“自惚れ”というのである・・・・・・。

 

 

 邪教カルト集団『星の智慧派教団』ならびに邪神ナイアルラトホテップとの壮絶な死闘を制し、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)とともに世界を救った隠弩羅は義兄であるサムライ・ドラの元を離れ、世界中を流離っていた。

 今回、彼がフランスを訪れたのはある噂を聞きつけたからだった。

隠弩羅は秘かにある物を探していた。その探し物がフランスにあるという情報を掴んだのである。

 

 

5月30日

ロレーヌ地域圏 ヴォージュ県 ドンレミ=ラ=ピュセル

 

フランス東北部、ムーズ川谷に位置する小さなコミューン—――ドンレミ。かつての百年戦争でフランスを救ったジャンヌ・ダルク生誕の地であるとともに、今日は図らずも彼女が火計に処された日でもある。隠弩羅はジャンヌを神格化して『ロレーヌ教』と呼ばれる新興宗教が根付いたこの町を訪れていた。

グゥ~~~・・・。町に到着して早々に空腹を訴える体。やや頬扱けた隠弩羅の足取りは重く、腹の音は一行に鳴り止まない。

「あ~~~・・・冗談抜きでしんどいにゃー。せめて喉を潤す事が出きれば少しはましに・・・」

と、言いかけたときだった。

ザァァァ・・・という水が勢いよく噴き出す音が耳へと飛び込んだ。

「ん!!!」

微かな物音すらも感じ取る敏感な耳を欹て、慌てて音のする方を見つめる。そこには今の隠弩羅が最も欲する水を生み出すもの、噴水があった。

「水っ!!水だぁ!!!」

希(こいねが)っていた物が目の前にある。それが分かった途端、隠弩羅は我を忘れて噴水へと向かう。

「みず!みず!みず!みず!みず!みず!みず!みず!」

子どものように大はしゃぎするネコ型ロボット。人目を憚ること無く隠弩羅は噴水へとダイブする。

バシャーン・・・。豪快に弾き飛ぶ水分。町の人が何事かと目を向ける。

「ぷっはー!!」

隠弩羅は欲するがままに大量の水分を摂取した、はずだった。

だがどうしてだろう。さっきから妙に気分が浮ついている。何よりも鼻に付く臭いが気になる。

隠弩羅が飛び込んだのはただの噴水ではなかった。よく見れば水の色は紅色に染まっており、ブドウの搾り汁の様な臭いが込み上げていたのだ。

「こりゃ血・・・のように赤いワインだな」

「こら!」

「うおおお」

そのとき、外側から強く何かに体を引っ張り上げられた。吃驚する隠弩羅の首を抓む初老の男性はしかめっ面で言ってくる。

「ここは子どもは使用禁止だろ!」

「って!俺の何処が子供だよ!!つーか悪さしたネコかっ!!」

悪さしたネコ、という表現はあながち間違いではなかったと思う。

 

その後、事情を話した隠弩羅は男性が経営しているという近くの酒場で一息つく事にした。

「いやぁーははは!!旅人じゃわからないよなー、ワインが湧いて出てるなんてよ!」

「ずいぶんと景気のいいとこなんだな、ドンレミの町はよ。ワインで噴水たぁー贅沢の極みぜよ」

「ああ。それもこれも・・・おっと、いけねぇ」

すると思い出したように店主はラジオのスイッチを入れる。

何をするのかと思い見守る隠弩羅。しばらくして、ラジオから流れて来たのは宗教染みたBGMだった。しかも音が聞こえてくるのはこの店だけではない。街中から一様に同じ音が聞こえてきた。

ラジオの放送に町の人々は熱心に耳を傾ける。彼らは皆ロレーヌ教の敬虔な信者であり、信仰の対象であるジャンヌ・ダルクを神格化していた。よく見れば町や店の至るところにジャンヌの肖像や彫像があり、呆気にとられる隠弩羅を余所に放送は始まった。

『この地上に生きる神の子らよ。祈り信ぜよ。さらば救われん。聖なるロレーヌの乙女は汝(なんじ)らの足下を照らす』

「なんだこりゃ?宗教放送か?」

「俺にとっちゃあんたの方が何だこりゃなんだがね」

素朴な疑問をぶつける店主。隠弩羅は放送も店主の言葉にも気にせず、注文したビールを黙々と飲み続ける。

『私は聖女ジャンヌの代理人にして汝らの母―――』

スピーカーから響く美しい女性の声色。そんな折、店主が隠弩羅の身なりを見てふと呟いた。

「あんた大道芸人かなんかかい?」

「ぶ―――っ!」

盛大にビールを噴いてしまった。お陰で店主の顔はビール塗れとなる。

「あのなーオッサン!俺の格好を見てどこが!!」

「芸人じゃないんなら、なんでこんなところまで?」

顔を拭きながら店主が疑問をぶつけると、隠弩羅は「ちょいと野暮用でな」とあっさりとした口調で答え逆に質問する。

「んで?何なんだこの放送?」

「テレーズ様だ!」

「いや、だから誰?」

「ロレーヌの乙女の代理人を知らんのか!?」

「だから・・・誰だって?」

生憎隠弩羅はこの町の事情を知らない。見かねた酒場の常連客がビールジョッキ片手に困惑する彼へと陽気に話しかけて来た。

「テレーズ様さ!奇跡の業(わざ)をお持ちなんだ!」

「過疎化で見棄てられたこの町が、こんなに豊かになったのもあの方のお陰さ!」

「ほんとに凄いお方だよ!」

「ああ!本当に奇跡だよ!」

「あの方の御業(みわざ)は!」

「はいはい分かったからもういいだろう!」

 皆一様にテレーズと呼ばれる人物に対して過大とも取れる評価をする。人々の声色から伝わってくるのは尊敬というより、崇拝に近い感情だった。隠弩羅も思わず耳を押さえる。

妄信的なまでにテレーズの御業を信じる彼らに正直呆れながら、おもむろに席を立ち勘定を済ませ店を出ようとした、そのとき。

「ちょ・・・離してよ!!」

店の奥から女性の声がした。何事かと思えば、酒に酔った浅黒い肌の男三人組が女性につっかかりセクハラ行為を働いていた。

「おい姉ちゃん!オレと一発やんねーか!!」

「困ります!!」

「困りますだってよ!!」

「おいもうやっちまおうぜ!!」

「パンパカパーン!!ただいまから、皆さまに目の保養をお見せいたします!」

相当に出来あがっているらしく、男たちは理性を失っている。

二人掛かりで女性の体を押さえ、残りひとりがズボンのファスナーを緩め無理矢理脱がし始める。

「いやああああああああああ!!」

「ま、マリーを離せ!!」

ここで恋人らしき男性が勇気を持って悪漢から彼女を取り戻そうとするが、

「てめぇはすっこんでろ!!」

「ぐああああ」

容易に一蹴され敗北した。

「はははははは!!よえーくせに出しゃばってんじぇねぇよ!」

上から目線な発言に見る者全てが途方もない苛立ちを抱くが、下手に逆らえば男性の二の舞を受けてしまう。ただならぬ雰囲気に包まれる店内で誰一人手も足も出せずにいた・・・かに思えたが。

「おい」

唐突に声を上げた者がいた。隠弩羅だった。

「てい!」

隠弩羅は男の一人に顔面目掛け強烈な拳を一発叩き込んだ。

「ぐああああ」

強い力で殴打された男は盛大に後ろへと倒れる。

「おい大丈夫か!?」

「てめぇ、何しやがる!!」

思わず激怒する男たち。隠弩羅は拳を鳴らしながら不敵に笑う。

「へっ。ずいぶんとおめでたい奴らだな。酒は飲んでも飲まれるなって諺、日本にはあるんだがよ・・・・・・おめぇらはどっちの口だ?」

「コノヤロー!!」

激昂し男の一人が隠弩羅へと殴りかかる。隠弩羅は相手の拳を呼吸をするかのごとく余裕で受け流すと、近くのテーブルに乗っていたマスタードを手に取り、男の目へと噴きかけてやった。

「うわああああああああ!!!目がアアアアアア!!!」

強烈な痛みに悶え苦しむ。隠弩羅は痛みに声を上げる男の腕を掴みかかると、柔道の一本背負いを決め込む。

「おらああああ」

見事な一本背負いが決まった。男はテーブルごと背中を強く叩きつけられた。

「ヤロウ!!」

仲間の一人が懐からナイフを取り出した。すかさず、隠弩羅は空の皿をフリスビーの要領で投擲。二人目を難なく撃破する。

もう一人の男は隠し持っていた拳銃を取り出すが、

パン・・・。隠弩羅は愛用のトカレフによる早撃ちで男の拳銃を弾き飛ばした。

桁違いに強い隠弩羅に圧倒され男は勝ち目は無しと諦め脱力。店に居合わせた客たちが吃驚する中、隠弩羅は低い声で言う。

「女に手を挙げる男はクズ—――こいつは万国共通だ。酒でどんちゃんする分には構わねェがな、ちったー配慮ある行動を心がけるべきだったな」

 

その後、男たちは地元自警団によって捕縛され連行された。店主は騒ぎを丸く収めた隠弩羅への評価を改め、褒め称える。

「いやー驚いたよ!あんたスゴイんだな!」

「今頃気付いた!それにしても、さっきの男ども・・・ありゃ観光客じゃねぇな」

「あぁ。ここ最近やたらと中東だのアフリカだのから不法移民が大量にやってきてな。お陰で経済は潤ったが、あの手の犯罪が後を絶たねぇのさ」

「さながらヨーロッパ全土のグローバル主義に付け入るヒルってところか」

 イギリスによる欧州連合(EU)離脱の引き金ともなった難民問題。紛争や貧困に苦しむ中東・アフリカ地域から欧州への難民の流入が数十万人規模に膨らんでいた。死者も数千人に達し、ヨーロッパ全土で難民受け入れ反対派による暴力行為が発生するなど不穏な空気が広がっていた。

 このドンレミでも難民、不法移民による犯罪は深刻な社会問題と化していた。節度のない彼らによって元々の住民が被害を被ることは日増しに増えており、時には凄惨な殺人事件にさえ発展する始末に地元住民は頭を悩ませていた。

「なんだか今日は賑やかですね」

そのとき、彼らに話しかける優しい声がした。現れたのは両手いっぱいに紙袋を抱えた修道服に身を包む美少女。

「おお。スピッツ」

店主の呼びかけにスピッツと呼ばれる少女は屈託ない笑顔を振りまく。その輝かしい笑顔に隠弩羅も思わず魅了される。

「あら、見慣れない方ね?」

(へぇ~結構かわいいじゃんか。よっしゃ!)

下心が見え隠れする。隠弩羅はサングラスの位置を微調整し、いつものように軽薄な口調で言い寄った。

「あー姉ちん!俺は隠弩羅、世界でも有名なネコ型ロボットのひとりだ。よろしくな」

「は、はぁ・・・」

唖然としながらもスピッツは隠弩羅のアプローチを受け止める。傍で見ていた店主は苦笑いを浮かべるから彼女に尋ねる。

「スピッツ。もうお供えの買い物は終わったのかい?」

「はい」

「だったら、このよくわかんないのをロレーヌの教会に連れっててあげなよ。こんななりでも神の御加護があるようにさ」

「こんななりは余計だ!」

「いいですよ。宿坊もありますから、どうぞお泊りになってください」

「そっかそっか!だったらありがたく世話になってやろうか!」

ちょうど宿を探そうと思っていた隠弩羅にとっては渡りに船だった。性根のいい彼女に導かれるがまま隠弩羅は町の中心に位置する教会の方へと歩いて行く。

「スピッツもすっかり明るくなったな」

「ああ。これも教主様のお陰だ。あんなことが遭ったのに・・・」

言いながら店主は安堵した様子で常連客とともにスピッツの後姿を見守った。

 

 

ドンレミ=ラ=ピュセル中心部 ロレーヌ教会堂

 

 ドンレミ住人が神、生活の希望と崇めるジャンヌ・ダルク。それを信仰の対象とした宗教・ロレーヌ教は、一人の女性によって興った。

『祈り信ぜよ。さすれば汝が願い成就せん。今日も明日もすべての子らに光の恩寵を賜らんことを―――』

ロレーヌ教の教主を務める女性―――テレーズ・マクドネルは毎日の定時放送を終える。放送を終えた彼女のもとへ、彼女を慕う敬虔な司祭・シスターたちが集い労いの言葉をかけてきた。

「お疲れ様です。教主様」

「今日も有り難いお言葉をありがとうございました」

 周りからの呼びかけにテレーズは朗らかに微笑んだ。

すると教主室の扉が開き、中へと入って来たのはシスター見習いのスピッツだった。

「教主様っ!」

「おやスピッツ。どうしましたか?」

「あの・・・旅のお方を宿坊に止めても良いでしょうか?」

彼女の願いに、テレーズは朗らかな笑みを崩さず迷わず首肯する。

「日々我らが神のために尽くしているようですね」

「はい!私いつもジャンヌ様のために。ですから・・・」

何かを切願する眼差しで訴えかける。テレーズはスピッツの願いを知っていた。ゆえに肩に優しく手を乗せ言い聞かせる。

「ジャンヌ様はあなたの善行を見ておられます。奇跡が起きないのはまだ少し時間が足りないからです」

「はい・・・」

 できるなら今すぐにでもその奇跡は起きて欲しい。スピッツにとってテレーズの奇跡は、自らが生きる糧と同じだった。

 

夕方。宿坊で休んでいた隠弩羅はスピッツの姿を窓の外から眺めていた。

誰かの墓前で沈痛そうな顔を浮かべる彼女を凝視。気になって、部屋でベッドメイキングをしてくれている同僚のシスターに聞いてみた。

「ありゃなんだ?」

「あれは、スピッツの恋人のお墓なんです。不法移民によって住む場所を奪われ、他に身寄りもなくて恋人も事故で失って、深い絶望にいたスピッツはテレーズ様の教えに入信したんです」

「死んだ者が蘇る訳でもあるまいに」

「生き返るのです」

耳を疑うような一言だった。驚愕する隠弩羅にシスターは語り続ける。

「生きる者には不滅の魂を。死せる者には復活を。その証が奇跡の御業。それができるのはテレーズ様だけなのです」

「はっ。うさんくせーの・・・」

何かあると、眉に唾をつけながら隠弩羅はスピッツと周りに集まるテレーズらを凝視しその日を終えた。

 

 

5月31日

ロレーヌ教会堂 教会前広場

 

神の御業は常に人々の心を魅了し虜(とりこ)にする。

今、広場に集まる大勢の人々はまさにテレーズの奇跡の御業に釘づけだった。ひとたびコップに入った水に手を翳せば、その瞬間水はワインへと早変わり。さらに木の切り株に触れれば信仰の対象となっているロレーヌの乙女こと、ジャンヌ・ダルクのブロンズ像へと姿を変えてしまう。

熱狂と歓声が響き渡る。最早テレーズ自身が神と崇め奉られているような光景を、隠弩羅は衆人環視の中遠目から見守った。

「奇跡の御業、か。だが・・・「あら隠弩羅さん!」

何か種があるに違いないと勘ぐっていたとき、ちょうどスピッツが近づいてきた。

「どうですか、テレーズ様の奇跡の御業は?」

「そうだな。確かにすげーとは思う」

言いながら隠弩羅の視線は常に衆人環視へと朗らかに手を振るテレーズ・・・ではなくて、彼女が所持する一冊の本へと向けられる。

「・・・・・・」

「あの、どうかしましたか?」

「スピッツよぉ。教主様が持ってるあの本・・・」

「本?」

「奇跡の御業とやらを行うとき、片時も離さず抱えているもんだ」

「ああ。なんでも教主様にとっては命よりも大事な代物だそうで。詳しい事は私にも分かりかねますが」

聞くと、隠弩羅は難しい表情を浮かべながら改めてテレーズを見る。

ちょうど今見ているのは、少女が魂の抜け落ち死した小鳥を抱えそれを復活させようとしているところ。テレーズが片手で鳥の体に触れると、彼女が持つ本が一瞬目映い光を放ち間もなく奇跡は起こった。死した小鳥が再び命を取り戻し元気よく空へと羽ばたいたのだ。

少女も町の聴衆も仰天とともに歓喜。死せるものが目の前で蘇ったという光景だけで彼女が常人ではなく、神の代理人であることと確信させる。ゆえに彼らは絶対的な信頼をテレーズへと抱き、彼女を希望と称して拍手喝采。

「すごい!やっぱりテレーズ様の力は奇跡だわ!これならキッカーだってもうすぐ・・・」

改めてテレーズの奇跡を信じスピッツは心に大いなる期待を寄せる。

しかし彼女の期待とは裏腹に、隠弩羅だけはテレーズが使う御業への不信感を秘かに募らせ眉間の皺をずっと深く寄せていた。

 

その日の夕方のことだった。テレーズからの呼び出しを受けた側近のシスターロゼットが教主室で話を受けていた。

「東洋の異教徒、ですか?」

「我が神であるジャンヌ様からのお告げを受けました。奇怪な出で立ちをした異教徒がこの町に厄災をもたらすと」

「もしや、あのタヌキ型ロボットが!?」

「異教徒は豊かなこの町に目を突けすべてを搾取するつもりなのです。民を・・・私の子らを救わねばなりません。シスターロゼット」

「神の御心のままに!」

 ここでは誰もテレーズに疑いを持つ者はいない。ゆえに、それが嘘や事実無根の話であろうと一部の疑念さえ抱かないのである。

 

 

同時刻 ロレーヌ教会堂 大聖堂

 

ジャンヌ・ダルクを祀った教会本堂にある大聖堂でスピッツは熱心に掃除をしていた。日々神に尽くすことが最愛の恋人・キッカーを取り戻す唯一の方法であると、彼女は信じていた。テレーズの奇跡に縋ることが今の彼女にとっての生きる希望だった。

「そうやって真っ正直に神さまに仕えていれば、いつか死んだ者も生き返るのか?」

すると隠弩羅が現れ不意に話しかけて来た。話しかけられた彼女は、掃除の手を止め少し間を開けてから隠弩羅の元へ振り返る。

「ええ。必ず」

屈託ない笑顔で答えるスピッツ。これを聞き、隠弩羅は哀れみを含んだような表情を見せ、諭すように答える。

「悪いが死んだ人間は生き返られねーよ。どうあってもな」

「・・・・・・・・・」

実に淡白な言葉だった。聞いた途端、スピッツは声を詰まらせ渋い顔となる。

「気の毒かもしれんが、死者が蘇らないのはこの世の絶対的な真理なんだ。俺に言わせりゃテレーズのやってることはその自然界の不変の真理を覆す行為・・・天に唾することに等しい」

「教主様を!神を冒涜するつもりですか!?」

 普段温和なスピッツも、テレーズや神を否定されれば声を荒らげてしまう。隠弩羅は飽く迄も自分の考えを曲げようとはしなかった。

「冷静に考えてもみろ。他人のエゴとやらで死んだ者がしょっちゅう生き返っていたら、あっという間にこの世は人で溢れ返っちまう。そうなりゃ今よりも不幸になる人間は確実に増える。この世界は俺らが思うほど簡単にはできてねぇんだ。神さまはいつだって平等なんだよ。もっとも、俺は神さまなんて曖昧なものこれっぽっちも信じちゃいねぇけど」

「あなたは・・・テレーズ様の奇跡を否定するのですか?」

「あんなの奇跡でもなんでもねぇ。テレーズってのはとんだ三流ペテン野郎だにゃ」

「違います!!テレーズ様は、テレーズ様はそんな方ではありません!!身寄りもなかった私を拾ってくれた!私に生きる意味と居場所を与えてくれた!だから・・・・・・」

震える声で必死でテレーズを弁護しようとするスピッツに隠弩羅が一瞥をくれた直後だった。

バタン・・・・・・。正面にある聖堂へと続く扉が開かれ、ロゼットを始め複数のシスターたちが挙って集まった。

「シスターロゼット!何を!?」

「シスタースピッツ、その者は我らが安息の地を蹂躙せんと企てる異教徒。神の御意志に従い、今ここで断罪するのです!」

ロゼットの一言によって集まったシスターたちが一斉に重火器を装備する。

隠弩羅は薄々こうなると思っていた。だからそれほど驚きはしなかった。むしろ好都合だと思い、不敵に口元を釣り上げると懐から予め用意していた折り紙を床へと投擲。術式を発動する。

直後、折り紙が目映い光を放ち敵の目を眩ませる。シスターたちが強烈な光に目をやられている間隙を突き、隠弩羅は逃走を試みる。

「神の敵を逃がしてはなりません!!」

ロゼットたちは逃げた隠弩羅を追跡する。聖堂に一人残されたスピッツは状況が飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。

 

敵の目を欺き裏口から逃亡を図った隠弩羅。夜の森を疾走していると、不意に目の前に現れた人物に目を見開き立ち止まる。

立ち塞がるはこの町を実質牛耳る存在であり、自称ロレーヌの乙女こと、ジャンヌ・ダルクの代理人だと豪語する女性―――テレーズ・マクドネル。その手には一冊の隠が握られていた。

「東洋の異教徒。ジャンヌ様からの神託に間違いはありませんでした」

信者たちへと見せるいつもの朗らかな笑みとは違う。害意を孕んだような妖艶な笑みを隠弩羅へと向ける。それを見せられる側の隠弩羅は額に一筋の汗を浮かべるとともに、強がったように口角を釣り上げる。

「ずいぶんと信心深いな。よもやお前自身がジャンヌ・ダルクの生まれ変わりだとでも言わんばかりに聞こえるぜ」

「そのとおりです。私こそがジャンヌ様の後継者として認められた者なのです。かつてフランスの危機を救ったロレーヌの乙女は、人々にとっての希望だった。なのに国王と教会は何の罪もない彼女を魔女と蔑み陥れた。私にはあの方の無念が・・・痛みが・・・沸々と伝わってくる。だからこそ、私はもう一度この国に、この世界にあの方の偉大さを知らしめてやるんです。この本の力を使って」

そう言って彼女が掲げ見せたのはぶ厚い冊子だった。

拍子に色濃くデザインされた六芒星のマーク。隠弩羅は見覚えある装丁にハッとした表情を浮かべたのち、嬉々としてにやりと口元を緩め確信を抱いた。

「水をワインに変えたり、死んだ小鳥を生き返らせたり・・・キリストの御業を彷彿とさせるそれは決してただの人間が為し得るものじゃない。ならば答えはひとつだ。この世の物理法則を無視して異世界の知識を借りる行為・・・『魔術』しかねぇとは思ったよ。そしてお前が持ってるそれは『術士アブラメリンの聖なる魔術の書』・・・!!」

「御名答。史上最も有名でありながら伝説の中だけの代物と言われる幻の魔道書―――“アブラメリンの書”!」

「探したぜっ!」

ハイエナの如く隠弩羅の顔が豹変する。直後、テレーズが持つ魔道書を見据えながらおもむろに言ってきた。

「単刀直入に言う。そいつを俺によこしな!そうすりゃ町の連中には何も言わないでおいてやる」

「私からこれを奪おうと言うのですか?私の奇跡の御業が無くなれば、この町はどうなるのですか?そうですよね―――スピッツ」

テレーズが呼びかけると、隠弩羅の背後にスピッツが現れる。沈痛な面持ちの彼女に隠弩羅は語気強く訴える。

「スピッツ!そいつはただの三流ペテン師だ!!目を覚ませ!!」

「私は過疎化で滅びかけていたこの町を蘇らせたのです。水を産み、ワインに変え、建物を造り、人々に金銭さえも与えた。私は神の代理人!私だけがこの国を、この世界を真に満たされる平和な世界を作ることができる。そう―――・・・私が目指すのは『究極の平和』です」

「究極の平和だぁ?」

「そうよ!私や、町の人はみんなテレーズ様に共感してくれている!今こそ、平和への道を歩むべきなんです!」

「スピッツの言う通り。私が、ロレーヌの乙女が為し得たかった争いの無い世界を実現するのです。あなたも、私が必ず幸せにしてみせます。だから、おとなしく私の言う通りに従ってくれませんか?」

そう言ってテレーズは隠弩羅には常に妖艶な笑みで問いかける。

一時の沈黙が場を静まり返らせる。テレーズもスピッツも、隠弩羅が自分たちの思想に共感してくれると思い彼の返答を待つ。

やがて、隠弩羅の口が開いた。だが返って来た答えは全く正反対なものだった。

「お断りだ」

聞いた途端、テレーズもスピッツも言葉を失った。

「何が神の代理人だ?何が究極の平和だ?俺は、自分の心を揺さぶられない者を信じない!お前の言葉からは上っ面な甘い匂いしかしない!」

「・・・・・・・・・」

押し黙るテレーズ。隠弩羅は鋭い視線を向け続ける。

「この町の人間の希望を奪うとかほざいていたが、俺に言わせりゃ借り物の力を使って上辺だけの希望を植え付け自分の支配下に置こうとするお前は悪魔にしか見えねぇ!さっさとそいつをよこしな!」

直後、これまで堪えていたスピッツの感情が一気に爆発した。

「どうして!!」

悲嘆に満ちた表情を隠弩羅へと向け声を荒らげる。

「私たちから希望を奪うと知って、それでも!!」

哀しみを堪え切れず落胆しその場に膝を突く。その一方で、テレーズは婀娜(あだ)っぽく仕草を含んだ笑みをする。

「ふふふ・・・ふふふふふふ・・・あははは・・・・・・・・・“悪魔”?ひどいですわ・・・私はジャンヌ様の代理人・・・ジャンヌ様は生前、何度も何度も考えていましたわ・・・・・・究極の平和というものを・・・結論はひとつ。すべての生物が心満たされ、活動を停止した世界。それが平和です。そして私は感謝される。皆を導いた神として」

「バカな!それは『死』と同じだ!」

「わからないなら教えてあげますわ!神を冒涜したあなたに篤と見て頂くとしましょう」

瞳孔を開き切った彼女がアブラメリンの書を天高く掲げるや、本は怪しく目映い光を放つ。途端、隠弩羅の足下が突如として盛り上がってどこからともなく多量の砂が怒涛のように押し寄せる。

「うわあああああああ」

唐突な出来事に隠弩羅は対応し切れず砂に体を飲み込まれる。

「ぷっはー!!ヤロウ・・・!!」

砂の海から飛び出し、勢いよく空へと飛び上がる。狙いは魔道書を持つテレーズ一点のみ。隠弩羅は渾身の一撃を叩き込む。

「クソッタレが!!」

しかし、殴りかかった直後。

「ぐあああああ」

視えない障壁が発動し攻撃から身を守るとともに隠弩羅を容易に弾き飛ばした。

「ふふふ・・・神を冒涜した罪は重いのです」

言った直後、テレーズが持つアブラメリンの書がまたも怪しく発光する。やがて闇に包まれた森の奥から不気味な足音が近づいてきた。

隠弩羅は姿を露わにしたものを見て絶句する。ライオンの姿を模りながら、尻尾はヘビという西洋に古くから伝わる合成生物の代表格―――キメラが現れた。

「はっ。なるほどな。確かにこいつは・・・素手でやり合うのはきつそうだなっと!」

即座に判断した隠弩羅は、懐から陰陽魔術発動用球体型端末機「闘神機(とうじんき)」を取り出し、「闘神符(とうじんふ)」と呼ばれる赤札を側面に出来たカードリーダーへと通す。

刹那、現世と亜空間とを繋ぐ襖型のゲートを通じて隠弩羅が呼び寄せたのは鍔元が龍の頭部を模した矛―――『陰陽矛逆鱗牙(おんみょうほこげきりんが)』。持ち手部分をしっかりと掴み、咆哮を上げ突進してくるキメラへと強烈な一撃を加える。

「うらあああああああああ」

戟の一撃は凄まじく隠弩羅は体重100キロは優に超えるキメラを難なく退ける。

「まだですよ!」

そう言うと、テレーズは肩に止まっていた1羽の小鳥を放ち、アブラメリンの書の力を用いて怪鳥へと作り変える。迫り来る怪鳥に対し隠弩羅は逆鱗牙を携え身構える。

巨大で鋭い爪が隠弩羅へと襲い掛かる。しかし怪鳥が持つ爪は逆鱗牙の先端を軽々とへし折ってしまった。

「げっ!!」

予想だにしなかった事態に焦燥を滲み出す隠弩羅。怪鳥は怯んだ隠弩羅の脚を強烈な力で掴みかかった。

「ぐうううう!!」

「きゃ!」

「ふふふ・・・」

 苦しげな顔の隠弩羅を目の当たりにしたスピッツの表情が青ざめる。隣ではテレーズが不気味な笑みを振りまき見つめる。

「ひひ・・・なんつってな!」

しかし、苦悶の表情から一変。隠弩羅は何でもなかったような笑みを見せた。

その直後、怪鳥の鋭い爪が隠弩羅の脚の強度に耐えきれず虚しく砕け散った。同時に隠弩羅はを怯んだ敵の顔面に強烈な拳を食い込ませる。

怪鳥は渾身の一撃によって彼方へ吹っ飛ばされた。すると今度はそれと入れ替わるように先ほど倒したと思っていたキメラが復活、再び隠弩羅へと襲い掛かって来た。

「ったくしつけーネコ野郎だぜよ」

自分自身もネコである事を自覚しながら、隠弩羅は猪突猛進に飛びかかって来たキメラに対し技を仕掛ける。

「必殺!!爆砕牙点穴(ばくさいがてんけつ)!!つらああああああああ!!!」

 ダダダダダダダダダダダ・・・・・・。

秒間35発もの打撃を繰り出す隠弩羅の得意技。凄まじい連撃にキメラの顔は次第に変形、圧倒される。

息を付く暇も与えられぬままキメラは隠弩羅の魔術の前に敗北した。テレーズは予想外の展開に少々焦りを募らせる。

「ば、バカな・・・・・・あれだけの猛攻をたったひとりで・・・!」

「こちとらよ、キメラや怪鳥よりもずーっと恐ろしい魔猫の兄貴がいるもんでな。こんなんじゃ食い足りねぇよ!」

 確かに隠弩羅にしてみれば、義理の兄を敵に回す方が余程恐ろしい話なのかもしれない。

「教主様っ!」

 憂慮の念を抱き始めるスピッツ。彼女を心配させまいと、テレーズは朗らかな笑みを浮かべ勇気づける。

「案ずることはありません。私にはジャンヌ様から授かった力があります。不信心な異教徒に神の怒りが下ります」

「ふざけんな!おめぇは神の名を語ったど三流のペタン師だ!」

「まだ言いますか。哀れですね」

言うと、悪意を孕んだかのような怪しげな笑みを浮かべテレーズは魔道書の力を発動させる。

途端、空から紅に染まった落雷が隠弩羅へと降り注いだ。

ドカーンという轟音が辺り一帯に拡散。スピッツは即死は免れない事態を前に口元を押さえ、一方のテレーズは己の勝利を確信し口角を釣り上げるも・・・

「ん?!」

爆煙が晴れた先、視えたのは青白い光を放つ魔術の幕とそれによって難を逃れた隠弩羅の姿だった。彼は息も絶え絶えに頭から多量のオイルを流しつつ生き延びられたことに安堵していた。

「ひゅー・・・あっぶねー・・・」

しぶとく生き残る隠弩羅を前にテレーズは悔しさを募らせる。

「教主様!!」

そのとき、ちょうど頃合いよくロゼットを始めとする敬虔な信者たちが一様に集まって来た。

「おのれ異教徒め!!」

怒りに燃え、ロゼットたちはテレーズへと敵意を向けた隠弩羅を対象に一斉攻撃を繰り出す。

「チックショウ!!」

魔術を維持できなくなり、隠弩羅は危険な重火器を惜しげも無く使用するシスターたちの猛攻を辛うじて潜り抜け森の奥へと姿を眩ませる。

「絶対に逃がしてはなりません!!」

再び逃げる隠弩羅を捕まえようと躍起になるシスターたち。彼女らが立ち去った後、スピッツは不安気な思いを抱えながら尋ねる。

「教主様!その本は・・・神の御業は魔術なのですか?」

彼女にとって神の御業と魔術は似て非なるものだった。そもそも魔術とは、古来より魔女と呼ばれる悪魔との契約を結んだ人間が使う人を惑わす力であり、邪悪なものであるという認識が強かった。

ゆえに彼女は心配だった。テレーズが悪魔の手先ではないことを。その力が御業とはほど遠いものでないことを。

憂慮の念を持って尋ねるスピッツに顔を向けたテレーズは、いつものように朗らかな笑みを向けて言ってきた。

「魔術と呼ぶかどうかは人それぞれでしょうね。ですが、あの異教徒にはできないことが私にはできます。待たせましたね」

 

この後、テレーズはスピッツをある場所へと連れて行った。そこは教会にある宿坊だった。テレーズはスピッツにカーテンで覆われたベッドを注視させる。不安気な顔を浮かべる彼女だったが、やがてベッドの奥で何かの物影がゆっくりと動き、おもむろに声を発してきた。

「すぴ・・・っつ・・・」

「キッカー!」

「すぴ・・・っつ・・・」

スピッツは口元を押さえ感激に浸る。紛れも無く聞いた声はこの世を去ったはずの恋人キッカーの声色だった。やや呂律が回っていないようだが、そんな些細なことさえどうでもよくなるくらいスピッツの感動は大きかった。

何もかも忘れて最愛の恋人の元へと近づこうとする。直後、テレーズが肩を押さえ止めに入った。

「キッカーはジャンヌ様の御業によってまず魂が蘇りました。肉体もあと数日のうちには完全になります」

「教主様・・・これが、神の御業なのですね?」

これを神の御業と信じないで何とする、そう思いかけた直後。ふとスピッツの目に飛び込んだのはベッドの周りに乱雑に散らばる大量の鳥の羽毛だった。なぜそんなものが散らばっているのかはわからない。だがどうしてだろう。スピッツは言葉では言い表せぬ何か言い知れぬ不安を抱いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

短篇:魔猫がペット預かります!

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「ネコを預かってくれないかって・・・・・なんでオイラが!?」

「おねがいドラ、友だちと1週間旅行に行くからお世話してくれる人を探してて。色々考えた結果、あなたしか頼めるのがいないのよー」

 寝耳に水とばかりに杯真夜から持ち出された話。彼女の横には友人から預かったという生後10か月を迎える雄のネコが籠の中に収められていた。

「ネコ型ロボットが本物のネコの世話をしてどうするんですか?第一、動物のことならそこにいる動物好きの爺さんか畜生使いの女の子に頼むのが筋ってもんでしょ?」

 もっともなドラの言葉。真夜も思わず苦笑する。

「本当ならそうしたいんだけど・・・この子はちょっと気難しいから」

「どんなネコなんですか?」

「太河っていうんだけど・・・とにかく暴れん坊で。誰かさんにそっくりで」

「その誰かさんってオイラしかいないでしょ」

明らかに自分を指して言っていることは直ぐに察しがついた。少なくとも、ドラもロボットになる前は太河と同じ野生のネコだったのだから。

「まぁ、自分で言うのも何ですが・・・三毛猫時代のオイラはそれはそれはお札付きの悪ネコでしたからね。よくイラつくと博士のキンタマに齧りついていましたから」

「何て恐ろしいハナシ・・・///」

 男にとって想像することさえ躊躇する。太河は籠の中で爪を研ぎ澄ませ、ニャーと言いながら暴れ回る。

「かわいらしいですねーこの子!」

「よーしよし太河、いい子じゃからな・・・」

動物大好きな龍樹が好感を持って太河に手を近づけた・・・次の瞬間。ガブっと、太河は鋭く生えそろった歯で龍樹の手を深く噛み付けた。

「ふぎゃあああああああああああああ!!!」

骨まで砕くような力強さ。龍樹の絶叫はリアルな痛みを周りに訴える。太河は真夜の言う通り、周りに愛想を振りまくどころか目に映るものすべてに敵意を抱くかのような態度を取り続けた。

「人間不信じゃねぇのかこいつ?」

「そうじゃないわ。ただ人間が嫌いなだけよ」

「そこら辺からしておかしい!そんなネコ、なぜペットにしようと思ったんですか!?」

写ノ神の真っ当なツッコミ。真夜は自分なりの推測を立ててみる。

「ほら、ネコってイヌと違って気分屋だし毎日ベタベタ構ったりすると怒るけど、何にもしないと自分から構って~ってすり寄って来るじゃない?ああいうツンデレ具合がまたかわいいって思う子は多いみたい」

「ツンデレもいきすぎると命取りになると俺は思う」

「誰がツンデレですって誰が?」

ネコのツンデラがいかなるものか・・・昇流はドラと過ごしてきた云十年の記憶を辿りながら、ドラと太河を交互に一瞥。間近で聞いていたドラの方はと言うと、断じて自身がツンデレであるという自覚はないらしく終始不満気だった。

「とにかく、旅行から帰ってくるまでのほんの1週間だけでいいのよ。お願いこの子の面倒見てくれたらお小遣いあげるから」

「おふくろよ。ドラは子どもじゃないんだぜ。そんな手に引っ掛かるわけが・・・」

「10万円で引き受けましょう」

「ありがとう!」

「って!あっさり引き受けちゃったよ!!」

 どんなに嫌で気乗りしない仕事でも、ドラを突き動かすことができるのはただひとつ・・・切実に金の力だった。

 

 

その日の夜

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

「ニャー!!」

真夜から10万円を貰うという約束で太河を預かることになったドラであったが、相も変わらず太河は周りへの敵意を向け続けていた。唯一の同類であるドラに対しても同じであった。

三人は毛を逆立てたまま身構え続ける太河を凝視しながら思わず溜息を漏らす。

「で、どうすんだよこいつ」

「俺たちでペットの世話なんて・・・正直言って自信ないっすよ兄貴」

「心配はいらない。ネコは構ってちゃんなワン公とは違う。基本放置でいいんだ」

「同じネコがいうんだ。間違いねぇな」

「しっかしこいつ、なんでまた人間嫌いなんっすかねー」

と言いながら、身構える太河へ幸吉郎が安易に手を伸ばした・・・次の瞬間。

「ニャー!!」

ブスっと、激昂しながら鋭い爪を突き立て、幸吉郎の手の甲に一撃を食らわした。

「いてえええええええええええええ!!!」

龍樹のときと同様、甲高い悲鳴が響き渡る。

「てえぇ何しやがる!!」

自分へと害を加える相手に幸吉郎は女子供はもとより、ネコとて容赦はしない。愛刀を抜き放ち殺すつもりで振り上げた・・・その瞬間。

「おらああああああ」

横からドラの放った鉄拳が飛んできた。凄まじい勢いで吹っ飛ばされた挙句、幸吉郎は壁に叩きつけられ後頭部を強打。そのまま気絶した。

「こ、幸吉郎!?」

「ネコに乱暴するんじゃない!殺すぞ!!」

「も・・・もうしわけあひましゃ・・・ん・・・・・・///」

同族愛護か、ドラは太河に危害を加えようとした幸吉郎を許さなかった。この光景を目の当たりにした駱太郎は下手な事は出来ないと瞬時に悟る。

「ニャー!!ニャー!!」

そんな折、今まで毛を逆立てていた太河が何かを訴えるように鳴き始めた。

「なんだ?どうしたよ?」

「ニャー!!ニャー!!」

「ふむふむ・・・そういうことか」

「なんて言ってんだよ?」

「腹が減ったからなんか食わせろトリ頭って言ってるよ」

「誰がトリ頭だぁ!このクソネコが!!」

と、感情的になって安易に太河へ手出ししようとした途端。腕を押さえつけられるとともにドラに羽交い絞めにされる。

「誰がクソネコだって!!もう一遍言ってみろ!!」

「お、おめぇには言ってねぇだろうが・・・///」

 

「ほら、ソーセージだぞ」

空腹を訴える太河にエサとして魚肉ソーセージを与えてみるものの、太河はそっぽを向いて食べようとしない。

「食べないのか」

「普段何を食わせてるんですか?」

「事前情報が何もない。真夜さんは何でも食べるとは言ってたんだけど・・・」

「なんでもって、全然食べねぇじぇねぇかよ」

「ひょっとすると与えられるエサはお気に召さないのかも」

「さすがはネコ。イヌと違ってめんどくせー」

「いちいちイヌと引き合いにださないでもらえる?ちょっと悔しいから」

だが幸吉郎や駱太郎の言うことも一理ある。今まで気が付かなかったが、ドラはネコと言う生き物がいかに気難しいうえに、他人からの指図が嫌いなのかということを客観的に知ることが出来た。自分がそうであるにもかかわらず、今までは気が付かないフリをしていただけだった。

するとそのとき。不意に床を這いずり回る黒い影が見えた。黒い影を最初に捕えたのは駱太郎だった。

「あああ・・・あああああああああああああ!!!」

「どうした駱太郎!?」

「げげげげげげげ・・・ゲジゲジゲジゲジ!!!!」

誰もが戦くその強烈にグロテスクな見た目。偶然にも家の中にゲジの姿を捕えた。

「うぇ!気持ち悪っ!」

「久しぶりに見たなゲジゲジ」

「さっさと殺しちまえよ!!」

「いやどうせ殺すならこのまま食べてしまおう」

「今なんつった!!」

ドラの言葉に耳を疑った。

「ゲジゲジはね、グロ旨グルメに認定されているんだよ。さっさく調理だ!」

そう言うとドラは幸吉郎と駱太郎が見守る中でゲジを何の躊躇も無く手掴みで捕まえ、台所へと向かった。そしてお湯を張った鍋の中へ生きたまま投入。さっと湯通ししたものを塩で和えて皿に乗せる。

「できた!ゲジゲジの塩茹で!」

「これはゆでちゃダメですから絶対に!!」

「勘弁してくれよ~」

「ニャー!!ニャー!!」

謎の調理が終わった直後。太河が近くまで寄って来るなり、ドラが作ったゲジを見ながら欲しがるような目で訴える。

「なんだ、お前食べたいのか?」

「ニャー!!」

「そうかそうか、お前もわかってるねー。よーし、食っていいぞ」

「どういう神経してんだよこいつ!?」

目を疑うような光景だった。太河は魚肉ソーセージには目もくれなかったのに、塩茹でにしたゲジを上手そうに食べている。バリバリという音が何とも生々しい。幸吉郎と駱太郎は思わず鳥肌が立った。

「虫を喰うネコって・・・・・・最早立派な魔猫じゃねぇかよ!」

「俺には理解できねぇよ・・・」

 

 時間は瞬く間に過ぎて深夜1時。

「ふぁ~~~・・・そろそろ寝るか」

 就寝準備を整えたドラが眠りに就こうとすると・・・

「ニャー」

 太河が愛想のいい声でドラへと呼びかける。どうやらさっきのゲジを食べたこともあってか、太河はドラに心を許したようだった。ゆえに彼に遊んでもらいたいと思っているのだが・・・。

「なんだいたのか?オイラもう寝るから、寝ている間におイタしちゃダメだからな」

 ドラは自分の睡魔に抗おうとはしなかった。太河の懇願も無下にし、さっさとベッドで眠りに就く。

 ドラが眠りに就くと、太河がそっと枕元へ。ナイトキャップにアイマスクという完全防備のドラをじっーと見据える。

やがて、布団の隙間を見つけるや体を忍ばせて・・・ダイブ。

「あぁぁぁぁ」

そのままドラのお腹目掛けて体当たりを仕掛けた。

「痛いっ」

うとうとしかけていたドラは忽ち目を覚ます。太河を布団の中から引っ張り出し、今一度眠りに就こうとする。

しかし太河はそれだけでは飽き足らず、お尻をフリフリと動かす攻撃態勢に。これは野生の頃の狩猟本能の名残で、獲物に飛びかかるタイミングと距離を測っている。この時の獲物は微かに動くドラの鼻だった。

狙いをじっと見定め、十分に気持ちも高まった次の瞬間・・・

「痛いっ」

ベチン—――と、太河はぴくぴくと動くドラの鼻目掛けて的確なネコパンチを食らわした。

「このドアホ!」

これではおちおち眠ることもできない。ドラは何としても寝たい一心で布団に包まるものの、太河の狩猟本能はこのとき完全覚醒を迎えていた。

またも攻撃態勢となり、執拗にドラの鼻に向かって飛びかかる。

ドン・・・。

「うおおお!!びっくりした!!」

ドン・・・。ドン・・・。

「あああ!!もうやめてよ―――!!!」

太河の興奮は2・3時間近く収まることは無く、ドラはその間に一睡も眠ることを許されなかった。

 

そして迎えた朝5時。

壮絶な一夜を過ごした末に太河は疲れ切った様子でドラの枕元で体を丸め眠りに就いた。

確かにネコはツンデレだ。人から積極的に構われることが嫌いな反面、自分から甘えて欲しいときはとことん甘えてもらおうとする。太河もその根幹は同じだった。心を許したドラに対してはありのままの自分を曝け出すことができた。

(やれやれやっと眠ったか・・・ほんと、こいつを見てるとまるで昔の自分を思い出させる)

太河はかつての自分を彷彿とさせる。若かりし頃のドラは太河以上に人間不信なうえに誰にも心を開こうとはしなかった。唯一自分が心を開いた飼い主・武志誠にさえも究極のツンデレ振りを披露していた。

だからこそ、太河が自分にツンデレな態度を取っても嫌な気持ちになることはなかった。今になってようやく当時の飼い主の気持ちがわかったからだ。

(ま・・・たまにはいいか)

そう思うことができたので、ドラもまた眠りにつく事にした。

 

朝7時。

先に起きたのは太河の方だった。目の前には微かに動くドラの鼻があった。

ドラは昨晩の件ですっかり疲労困憊な様子。起きる気配は微塵もない。ゆえに太河はドラを好き放題にできるチャンスを与えられた。

体を起き上がらせ、興味をそそられるドラの鼻に狙いを定め、ガブ・・・っと齧りつく。

「あ~いたたたた!!」

夢心地だったところ、現実からの襲撃を受けドラの意識は一気に覚醒。その間にも太河はドラの鼻をオモチャであるかのように弄び、一生懸命に齧り続ける。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!いててててててて!!!」

何十年も前に飼い主に同じような事をしてきた自分が、まさかロボットになった事で同じ目に遭うとは思ってもいなかった。

結局のところ、ドラはこの1週間―――太河からこうした仕打ちを受け続け酷い寝不足と鼻の痛みに襲われるのであった。

 

 

 

 

 

 

おわり




次回予告

ド「ちょっとちょっと、これまさかと思うけど後半戦に持ち込もうって言うんじゃないだろうね!?」
隠「しゃーねーだろ。ちょうどいい区切りって奴があるんだよ。つーわけで次回の見どころだが・・・!」
ド「そんなものはありません!!何でもいいからさっさと終わってくれ!!」
隠「次回、『サムライ・ドラ外伝 隠弩羅サーガ(後編)』。言っとくけどな、俺は兄貴が思ってるほど魅力がないわけじゃないからな!!」

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