サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「日本人って奴は『正義』って言葉が好きらしいね。特撮ヒーロー物で勧善懲悪をベースにしたスーパー戦隊が未だに続いているってことはそれだけ日本人が正義らしい『正義』って奴を無意識に彼らに求めているからなんだろうな」
「オイラは正義なんてクソも信じてないし、社会正義ってものがよくわからない。これ聞いて病気だと思った奴がどれだけいるだろうか。しょうがないだろう、こちとら魔猫。正義の味方じゃない事は確かなんだから」
写「じゃあ、なんで警察官もどきのTBTで仕事してんだよ?」
ド「前にも言ったろ。金がいいからだって、金が。寂しいと思ったか? どう思うかはそいつの勝手だけど、理想論だけでは食っていけないことははじめに言っておくよ」



第7話「エクスタシーでハイに!」

時間軸2004年―――

アメリカ合衆国 フロリダ州マイアミ スパニッシュパーム葬儀社

 

 真夜中。折からの集中豪雨が押し寄せた南マイアミに、いかなる辱めに遭おうとも決して折れる事の無い“鋼鉄の絆”という意地を備えた者達が集まった。

『いいか、みんな。ドジ踏んだからタピアを取り逃がす事になる。だから、ヘマせず潜入するんだ』

 葬儀場の周囲を覆う鉄ネットの側で、紺色の作業服に身を包んだ潜入役のドラが昇流を伴い、無線で仲間たちに連絡する

『幸吉郎。見張りは?』

「見張り準備よし」

 葬儀場手前の草むらの陰に隠れていた幸吉郎が答える。

「R君、屋上は?」

『屋上準備よしだぜ』

 双眼鏡を覗き込み、問題がない事を確認する駱太郎。

「龍樹さん、そっちはどうです?」

「任せろ」

 傘を差し、龍樹は葬儀場の周囲を歩きながら敵らしい敵がいないことを入念に確かめる。

「写ノ神、機械は?」

「セットした」

 別働車の中で待機していた写ノ神は、監視カメラの映像をモニターに映し出し、いつでも潜入が可能であることを伝える。

 まもなく、一台の救急車が葬儀場の前に到着。囮役の太田と茜が救急車から降り、大雨に打たれながら裏口へと回り、葬儀社を電撃訪問。

「誰かいませんか!」

「死体を持ってきました!」

 ドンドンと、扉を強く叩く二人。その隙に、ドラと昇流が動き出し―――鉄ネットを乗り越えて葬儀場の壁を上っていく。

「おいおいおい、なんだ一体!?」

 しばらくして、物音に気付いた葬儀場の警備員が扉を開けた。

「死体を運んできました」

「そんなの聞いてないぞ!?」

「車に乗ってるんです。たった今死んだばかりっす!」

「連絡は受けてない!」

 困惑する警備員。

 ドラと昇流はかなり慣れているらしく、雨のために滑りやすくなっていた壁を伝って屋上へと到着。そのまま煙突の中から建物の中へと侵入する。

「ここに運べって言われたんです。絶対ここで間違いない!」

「予定にない死体は引き受けない!」

「私達で中に運びます。迷惑はかけません」

「入れる訳にはいかない」

 ドラと昇流が屋根に上ったことを確認し、頃合いを見た龍樹が無線で『死体は安置所に届けたか?』と二人に連絡する。

「安置所? スパニッシュパーム葬儀社じゃなかったですか?」

『何を聞いてるんじゃこのバカが。変な物吸ってるんじゃないのか?』

「あんた人バカ呼ばわりしたっすね!」

 外で仲間たちが時間を稼いでいる間に―――ドラと昇流はロープを伝って煙突を下りる。

 なお、本来“TBT長官”というデスクワークが中心の重役ポストでありながら、ドラに振り回されることで昇流は自分の意思とは無関係に軍隊で訓練を受けたが如く、極端な生命力と身体能力、戦闘能力を手に入れた。

「クソッ! これ火葬釜だろ!?」

 煙突を下った直後、昇流は足元にある白い粉のような手に取り、露骨に顔を歪める。

「おいおいおい・・・人を焼いた灰だぞ!」

 正直言って気が進まなかったが、ここまで来たからには後戻りは許されない―――昇流は後ろから付いてくるドラに文句を言われる前に、火葬釜から室内へと移動する。

「うおおおお!」

 釜から出た直後、室内に無造作に転がっている上顎部分の歯。

「クソ! 誰かの歯だ!」

 入れ歯でも、ボウルに入っていたものが床に転がっていれば、見ている側としては気分が悪くなるのかもしれない。

 

「それじゃこの書類にサインしてください。伝染病で死んだ遺体ですから、あなた達にも病気が移るかもしれませんよ」

 茜から書類を貰った警備員は手短にサインを済ませる。

「ご苦労だったな、君たち! おやすみ!」

「あの~! ちょっと中で温かいココアでも飲ましてくれないっすか!?」

 おざなりな扱いを受けた二人は中に入れて貰えず、警備員はさっさと扉を閉めてしまった。

 一先ずの役目を終えると、太田と茜はドラ達の健闘を祈ることし―――救急車へと戻っていく。

 

「あ~あ」

 建物の中へと潜入したドラと昇流は、夜遅くまで働く葬儀場の職員と警備員に見付からないよう物陰に隠れる。

 作業服のポケットから、ドラは小型カメラを取り出し、人が居なくなったのを見計らうと、解剖室前に設置されたライトにカメラを取りつける。

「カメラ1、感度良好。カメラ2も感度良好」

 別働車のモニターでカメラから届く映像を確認していた写ノ神は、無線で連絡。

 協力し合い、二人はすべてのカメラを取り付け―――それが済むと、いよいよ解剖室の中へと潜入する。

 ドラが懐中電灯で中を照らすと、室内には西洋風の棺が一つに、部屋のあちこちに死体が横たわり像を絶する異臭を漂わせている。

「おお・・・おお・・・///」

「ちょっと、ちょっとちょっと」

「ダメだ! ひでえ」

「やめてください、そういうの止してくださいって」

 死臭という―――嗅ぎ慣れない、鼻を刺すような凄まじい臭いに昇流は険しい顔を浮かべながら鼻をつまみ、その行動にドラは叱咤する。

「ドラ、クサくねぇか!?」

「ええ臭いですよ」

「クサすぎだ!」

「文句言うのやめなさい!」

「うぅ・・・胃薬飲まなきゃ」

 生ごみ以上のそれとは比べ物にならない強烈な人間の死体から漂う腐臭。昇流は、薄ら涙を目の縁に溜めながら持参した胃薬を一錠飲む。

 一方のドラは、どんなに臭くても仕事だと割り切った様子で、嫌がる昇流を余所に解剖室の中を見渡し冷凍庫に入っていた死体を取出し調べる。

 透明な遺体袋に入れられた死体を調べると、ドラは眉間に皺を寄せる。

「これ防腐処理(エンバーミング)されてませんねぇ」

「なんだよそれ?」

「死体のノドからチューブ突っ込んで、体の中の血とかその他もろもろの液体を全部吸い出すんです。そうしないと自己融解酵素や体の内外に棲息する微生物とかの働きで、細胞レベルで急速に分解が始まって死体にガスが溜まる。で、腐敗し始める。そんなの愛する家族に見せられないでしょう?」

「何で今そんな話すんだよ?!」

「口もきっちり縫い合わせる。しっかり防腐処理しないと、死体が豪快に屁こくことがあって、みんな葬儀場から逃げ出しちゃう」

「よく知ってんな、おまえ・・・」

「教育チャンネルで見て覚えました」

「どんな教育チャンネルだ!?」

 知ったところで自分には何の役にも立たない教養を教えられた昇流。

 二人は作業に取り掛かるため、ゴム製の手袋を見に付ける。

「くっそ~~~まいったぜ」

 視線の先に映る死体という死体。

 右を向いても、左を向いても、解剖室には否が応でも死体が横たえている。そうしてあからさまに飛び込む死体を見れば見るほど、昇流は気分を害する。

 そんな中―――手袋をはめたドラは、目を見開いた太った白人男性の死体に目をつけ、開かれた胴体の中に躊躇なく手を突っ込んだ。

「おおお・・・!! おいおい! ウォームアップなしでやんのかよ!」

 人間の尊厳を無視しているようにも思える魔猫のえげつない行動に、昇流は目を疑い―――そして露骨に顔を歪める。

「長官! 黙って仕事して」

「相手は人間だぞ!」

「棺桶調べなさい!」

「そっちは脊髄でも調べてやれ」

 生きている人間以上に、死人相手にも容赦のないドラ。

 一方で死人とはいえ、同じ人間相手に魔猫のようなグロテスクなことができない昇流は、終始この部屋から漂う強烈な臭いと死体の山に頭がおかしくなりそうだった。

「きもちわりぃ・・・///」

 胃薬を飲んだのに吐き気が止まらない。不承不承に、昇流は棺桶を調べる。

 太った白人の死体を調べたドラは、手早く次の死体を調べる。

 覆われていた白い布を外すと、現れたのは全裸の白人女性。抜群のプロポーションとふくよかな巨乳が特徴で、ドラは妙にその死体をじろじろ見る。

「ドラ!」

 棺桶を調べようとしていた昇流はドラに向かって声を荒げる。

「なんですか?」

「おい、恥を知らねぇのかよ!」

「何にもしてないでしょう!」

「オッパイ隠せよ!」

「オイラがこのデカパイの死体をどうかするとでも思います!?」

「じっと眺めてた」

「長官の脳ミソどうかしてんじゃないの!?」

「オッパイ隠せ!」

「ったく! ざけんな!」

 やましい気持ちはないと豪語し、昇流に注意を受けたドラは女性の死体に布を覆い被せる。

「見ろ。(ウチ)よりリッパじゃんか」

 棺の中を開けると、内装が非常に作りの良いものであったことから、ふとそんな感想を漏らす。

「行先はキューバです!」

 女性の体に布を被せた後、彼女の脚に付いていたタグを懐中電灯で照らしたドラは、英語で書かれた死体の行先を読み上げる。

 話を聞きながら、昇流は棺のマットをめくりあげる。

「ははは! 俺って腕利きデカ!」

 マットの下にはエクスタシーの代金がぎっしりと詰められており、笑いが止まらない昇流は透明な袋で包装された100万ドル単位の札束を両手に取った。

「オイラが言った通りだ。分かったでしょう? 動かぬ証拠です」

「へへへ!!」

 両手に持っている総額200万ドルの札束を、高揚感でいっぱいの昇流はぶつけて遊ぶ。

「金の写真撮って死体調べてください」

「いや・・・俺この金数えるよ」

 死体を調べることに消極的ゆえに、昇流はあからさまに態度を一変させる。

「死体調べなさい!」

「死体も調べっけど。ただ、慌てること無いと思ってさ」

 結局、ドラに甘えは通用しなかった。昇流は証拠の写真を撮影し、ドラと一緒に残りの死体を調べることとなった。

「この死体の行先は鋼鉄のLA(ロス)

 ロサンゼルス行きの死体であることを確かめ、ドラはその死体の胴体に手を突っ込む。

「俺は・・・これ調べる」

 浮かない顔の昇流。隣のドラが躊躇なく開かれた胴体に丸い手を突っ込む姿を一瞥し、自分は太った男の死体の顔に恐る恐る手を伸ばす。

 魂の抜けた眼前の死体は安らかな眠りについており、それをこれから調べることは死者に対する冒涜ではないのか―――何度も自問自答を繰り返し、昇流は固唾を飲んでおもむろに下顎を引っ張る。

 カパっ―――

 刹那、切れ目の入っていた頭部が外れ床に転がり落ちる。

 一瞬の出来事に目を疑った。

 昇流が調べようとしていた死体の頭が外れ、中に詰まっていた脳や血管、細かい神経が生々しく瞳に飛び込む。

 ドラが隣を気にした直後、とうとう我慢できず―――昇流は口元を押え、近くにあった洗面所で嘔吐する。

「うえええええええ~~~!!!」

「それをやるなって言ったでしょうが」

「あの野郎・・・頭がはずれたんだぞ///」

「こっちに、来なさい!」

 思った以上に死体に弱い昇流。見かねたドラは自分の所へ呼び寄せる。

「もう・・・平気だから」

 胃のあたりを押えながら、昇流は無理に笑顔を作ってドラの方へと歩く。いずれにしても彼の精神状態は限界寸前までに追いつめられていた。

「お、何かある」

 そのとき、死体の中を弄っていたドラが違和感を覚える。

「袋みたいです」

 死体の中を手探りしていると、ドラは違和感の正体を取り出す。

「腎臓か」

 麻薬の袋と思って取り出してみたら、右側部分の腎臓が生々しく姿を現す。

 胴体から飛び出した腎臓を見るなり、昇流は人差し指を立て―――今一度洗面器へ直行し嘔吐。

「うえええええええええ~~~!!!」

 完全に人の死体で気が滅入ってしまった上司と、嫌な顔ひとつしないばかりか平然と死体の中を探り続けるロボットの部下。

 腎臓を取り出した直後、ドラは本命である錠剤型のMDMA―――エクスタシーがぎっしりとパック詰めされた袋を発見する。

「げっほ! げっほ! ・・・・・・死人の臭いがする///」

「ヤクと金。これで上げられます」

 勝ち誇った笑みを浮かべると、ドラは取り出したエクスタシーの袋を洗面器の前の昇流に向かって放り投げる。

 彼が袋を受け取った瞬間、袋の先からエクスタシーが何錠か外に漏れ、そのうちの二錠が洗面器近くのコップの中に入る。

 慣れない死体とのご対面にすっかり気分を悪くした昇流は、エクスタシーが入ったコップを手に取り、それに気づくことなく水を入れ、中身を気にすることなく一気に飲み干した。

「どっさり詰まってやがる。死体でヤク運ぶとは天才だと思ってんだろうな」

 ドラもまた、この時点では昇流がエクスタシーを飲んだことに気付いておらず―――死体の中から大量に詰められた麻薬を取り出す。

 

「死体運ぼう」

 監視カメラで葬儀場の中を見ていた写ノ神は、解剖室へと向かって歩いてくる職員の姿を確認―――焦燥を抱き、無線でドラ達に警告する。

「ドラ! 人が来るぞ!」

「誰か来ます、隠れて! そのヤクよこして!」

 昇流からエクスタシーの袋をもらい、二人は慌てて隠れようとする。

「何とか引き止めて!」

 ドラからの連絡を受けると、土砂降りの雨の中、葬儀場の外に待機していた龍樹は道端の石を放り投げ、窓ガラスを割る。

 ジリリリリリリリリリ!!!

「隠れて! 隠れて、隠れて!」

「クッソー!」

「ガキのいたずらか。調べろ」

 窓が割れる音と、警報機の音に気付いた警備員の注意が一旦外へと向かう。

「隠れて!」

「あああ!」

 痕跡を残さない様に細心の注意を払いながら、ドラはひとまず裏口へと通ずる扉の向こうへと隠れる。

 一方、錯乱状態に陥っていた昇流はどこに隠れていいのか分からず、咄嗟にドラが調べようとした女性死体が覆われた布の中へと隠れる。

「長官! な、なんであんた、そんなとこ隠れてんの!」

 切羽詰った状況の中、隠れるにしてはあまりにお粗末な場所に身を隠す昇流に呆れ果てる。時間がないためドラは仕方なく、扉の中へ隠れる。

 そして、昇流は隠れてからようやく自分の状況に気付き―――隣で横たわる全裸死体を見て吃驚した。

「誰かに言ったら殺す!」

 言って、昇流は職員が来るのを見計らって息を潜める。

 二名の職員が解剖室に入ってきた。

 扉に設けられたガラスを通して室内を覗いていたドラは、昇流が隠れている女性死体の元へ近づく職員の姿を確認。

「その女だ」

 布の下に隠れていた昇流は耳を疑い、目を見開いた。

「よしてよ。その女、ダメ・・・///」

 弱り目に祟り目―――扉の向こうのドラも焦りを抱く。

「急いで運べ」

 昇流が隠れていることを知らない職員は、女性死体をストレッチャーへと乗せ、別室へと運び出す。

 昇流が解剖室の外へ運び出され、ドラは慌ててその後を追い、別室へと運ばれようとしている昇流を影から窺う。

「クソッ!」

 このままでは折角掴んだ重要な証拠の数々も押収され、計画がご破算となるばかりが、今度こそ本当に解雇を免れない。

 ドラは昇流を救出するため、救急車で待機している太田と茜へ連絡する。

『問題発生。とんでもない問題。今すぐ救急車で建物に突っ込んで! 救急車で建物ぶっ壊して!』

 連絡を受けた太田と茜は目を見開き、互いを見合う。

「いやですわね。恐らく長官さんが何かしでかしたんだと思いますけど、あの方のために無免許の私が事故を起こす訳にもいきませんし・・・太田さんやってくれません?」

「じょ、冗談よしてくださいよー。僕だってバカ長官のために事故起こして損害金払わせて上に睨まれるなんて死んでも勘弁です。給料にもろに響くだろうし」

 普段が普段だけに、二人は阿呆な昇流を助けるために危険を顧みない行動を取ることができず、終始困惑する。

 嘆息を吐き、茜は無線越しに歯切れの悪い言葉をドラに吐く。

「ドラさんあのですね。あはは・・・協力したいところなんですけど、私達にも意地と言いますか、矜持というものがありましたね。ですからどうでしょうか代わりに・・・サイレン鳴らしたりライトを光らせたりして・・・騒ぎを起こしますよ!」

 遠慮がちな彼女の言葉を聞くと、ドラは頭を掻き毟って真っ向から否定する。

 

【挿絵表示】

 

「ダメだよ! 今すぐ救急車で建物に突っ込めってんだ、わかったね!」

「杯長官を救いたいって気持ちは山々ですけどね。停職にされたら困ります」

 太田も必死に食い下がるが、ドラは怒り心頭に殺し文句を言い放つ。

「おーしわかった! そういうならここを出たら二人のケツに蹴り入れてやるぞ! ケツバットもサービスしてやる! いいから早く! 救急車で建物に突っ込め!」

 恐らく冗談ではない脅迫だった。深い溜息を吐くと、太田は覚悟を決める。

「しょうがない。僕達も因果な商売だな。茜さん、シートベルトしっかりつけてて下さい」

 運転席の太田はハンドルを握ると、自らの心を縛り付ける理性と言う金具をかなぐりすて、一時の狂気に身を任せ―――アクセルを目一杯踏んだ。

「テーブルに乗せろ」

 別室に運ばれた女性死体がテーブルの上に乗せられそうになった瞬間、サイレンを鳴らす救急車がアクセル全開で葬儀社のエントランスへと勢いよく突っ込んだ。

 ガチャ―――ンッ!

「「うわおおおおお!!!」」

 物音に気付いた警備員や職員が外へと向かうと、無残に破壊されたエントランスの残骸が目の前に転がっており―――救急車を運転していた太田と茜が目の前の現実に唖然としている。

「おお! なんてこったあ!」

 演技半分、本気半分の太田のリアクションが実に現実味溢れている。

 ドドドドド・・・ガーン!

 崩壊したエントランスの上部の屋根が崩れ落ち、職員や警備員、加害者である太田と茜も驚愕する。

「大変だ! そんなどうしよう、エライことだー!」

「急げ急げ! 裏口から逃げろ!」

 屋上を監視していた駱太郎がドラと昇流に脱出を促す。

「起きなさいバカ長官!」

 人が外に出払ったのを見計らい、ドラは死体の隣に隠れていた昇流を救出する。

「アクセルの故障ですよ! ワザとじゃありません!」

「おい!」

 二人が脱出したのと同時に、葬儀場の周囲を監視していた龍樹が現れ―――警備員と職員の顔に護符を張り付け、意識を混濁させる。

「今のうちに逃げるぞ!!」

 龍樹の手助けを受け、茜と太田も一目散に逃げ出した。

 

           *

 

西暦5538年 4月26日

北海道 小樽市

 

 午前2時、スパニッシュパーム葬儀社から現代へと戻ったドラ達。

 押収した重要証拠を携え、昇流の父でTBT大長官の杯彦斎が待つ自宅を目指し車を飛ばす。

「ああ・・・すげぇ」

 しかし、現代に戻ってからエクスタシーを誤飲した昇流の様子がおかしくなり始めた。

 エクスタシーという俗称通り、快感が最高潮に達した昇流の精神は無我、あるいは脱魂状態。いやらしい声を出し、自分が座っているシートの質感に堪能する。

「やわらけぇ皮だよな、これ」

「長官さん?」

「おい気持ち悪りぃぞ」

 いつもとは異なる不可解な言動にメンバー全員が不信感を抱く。

「撫でてみたことある? こうやって撫でっと、良い気持ち~」

「何かあったのではないか?」

「何もないですよ。元からクルクルパーですから」

 と、さほど心配していない口ぶりだが、運転中のドラも内心変だと思っている。

 間もなく、車は昇流と彦斎の住まいである小樽市内随一の豪邸の前で停車。

「お前にとって愛って何よ?」

 唐突に話しかける昇流。サイドブレーキを掛けたドラはその言葉に耳を疑い、そして深い溜息を吐く。

「オイラの愛についちゃ心配しなくていいです。オイラの人生は愛っていうより、恐怖と絶望っていう不条理で溢れてますよ」

「それもある意味悲しいですけどね・・・」

 いつもながら的確なツッコミを入れる太田の存在が、すっかり鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の間で浸透していた。

 全員が車から降り、昇流は車のバンパー表面を手で撫でる。

「ひひ~~~! 女の尻みてーだった!」

「止して下さい」

「死んでくださいませんか?」

 言ったのは茜だった。見た目の美しさとは対照的に、棘のある薔薇。彼女の痛烈な毒舌を右から左へ聞き流し、昇流は依然高揚状態を維持する。

「令状貰うんだから少し黙ってくれねぇと」

 すると、おもむろに昇流がドラの隣を歩きながら言う。

「なぁ言っておきたいんだ。これが長官としての務めっていうか何つーか。いいな?」

「何ですか・・・」

「ドラ。お前には感謝してる、いいな」

「え?」

 目をパチクリと動かし、ドラは昇流の言葉に耳を疑った。

「ゲイと勘違いするな。男としてさ、分かってんな? お前って美しいドラえもんだ。ホント、お前がその美しさを見せる時・・・」

 刹那、話の途中でドラは持っていた懐中電灯で昇流の瞳を照らす。

「何?」

 ネコの様にぱっくりと開かれた瞳孔を向け、昇流はドラの行動に疑問を抱く。

「長官の瞳孔」

「瞳孔がどうしたっての? 自分じゃ見えなくってさ!」

「まさか―――エクスタシー飲んだんですか?」

「「「「「「ええええええ!!」」」」」」

 ドラの推測にメンバー全員が驚愕、声を上げた。

「なぁドラ、ハグして!」

 エクスタシーの効能で、高揚感に満ち溢れている昇流は普段では絶対に考えられない行動でドラ達を困惑させる。

 いきなり抱きつこうとする昇流を、ドラは気持ち悪いと思いながら突っぱねる。

「やめんかい、放せよ! おい聞きなさい! こちとら令状とるんです。ヘマしないようにシャキッとしときなさいよ!」

「ふふふふ・・・」

 ドラの気持ちを知ってか知らずか、昇流は不敵な笑みを浮かべる。

 ピンポーン!

 不安になりながらインターホンを押すドラの隣で、昇流は自分の右手を舐めはじめ、すかさずドラが止めに入る。

「みんなも長官の行動に目を光らせる様に」

 ドラが全員に注意を促す。

 やがて、家の中から白のポロシャツに身を包んだラフな格好の彦斎がドラ達の前に現れる。

「どうも大長官」

「「「「「「こ、こんばんは!」」」」」」

「ハロ~! お父ちゅあ~~~ん!」

「今夜はどうやって私を怒らせる気だ?」

 人を小馬鹿にするような昇流の言動を見るなり、彦斎はいつもの性質の悪いいやがらせだと勘違い。鋭い剣幕でドラ達を睨み付ける。

 全員は、苦笑しながら彦斎からは見えない様に昇流の尻をつねり、必死で取り繕う。

「あの・・・大長官。本当に大事で緊急な事じゃなければ、家まで来たりはしません」

「―――・・・中に入れ」

 許可を貰ったドラ達。家に入る前、ドラはエクスタシー誤飲者である昇流を思い切り殴り倒す。

「いってええ!!!」

 これで正気を取り戻せば良かったのだが、そう簡単にはいかず、昇流は家の中に入ってからもラップシンガー的なノリで手をぐるぐる回し、支離滅裂、意味不明な言動を繰り返す。

 ドラは頭を掻きながら、成る丈気にしない様にし、彦斎に話を振る。

「真夜さんは?」

「東京の方で仕事があってな」

「ハウ! ハウハオー!」

 前触れもなく奇声を放つ昇流。

 彦斎が振り返るや、全員が慌てて昇流の口を押える。

 リビングは彦斎の趣味を尊重して、東洋美術と風水関連グッズでコーディネートされており、全体的に温かい雰囲気を醸し出している。

「ふはははは、ヤー、オヤジ! こいつはキレイだな~~~! このあったかい感じがもう~~~あれだね! “方位(ポンシュワー)”だっけドラ? 良く言うじゃん、あれだよほら・・・」

「それはいいから、とにかく座ったらどうです?」

「“水水(ピューウィー)”とか!」

「“風水”?」

 不可解な言動を繰り返す息子に、彦斎が答える。

「“プー水”! 俺んち、プー水の家!」

「ゆっくりしろ。お前の家だぞ」

 目の前の息子がエクスタシーを服用したとは知らず、彦斎は怪訝そうな顔を浮かべる。

 メンバーが昇流の言動を警戒する中、ドラは改めて彦斎と面と向き合い、話を切り出す。

「それで大長官・・・ああ、タピアのことなんですが」

「ああ、ダメだ! ダメだ!」

 名前が出た途端、彦斎は険しい顔となって話を遮ろうとする。

「それが大長官。証拠を掴んだんです。今夜騒ぎの末手に入れた。とにかく見てください」

 言って、ドラは証拠写真が記録されたデジカメを手渡す。

「どう見るんだ?」

「ここを押せば次の写真になります」

 と、説明をしながら目の前を気にすると、昇流が石膏で作られたブッダの胸部をイヤらしく触る姿が飛び込む。

「画面を変えたいときはそれを押せば・・・」

「死体、か」

 眼鏡をかけ、彦斎はデジカメに保存された写真一枚一枚に目を通す。

「ドラちゃん!」

 胸元を大きく広げ、昇流は満面の笑みでドラにアピールする。

「写真撮って♡」

 声に気付いた彦斎が振り返ろうとすると、慌ててドラが水を差す。

「よく見てください大長官! タピア上げるための証拠が写ってるんですから!」

「おぉーひどい!」

 写真の中に映ったグロテスクな写真を見るなり、彦斎は露骨に顔を歪め、反吐が出そうになる。

「死体の内臓を抜いてある。大長官、これを・・・そう! そう! そこを押すんです。それで次の」

「ああ、これもか・・・ああ///」

 必死な様子で重要証拠を上司に見せるドラと、悪気はなくてもエクスタシーの所為で不可解な言動を繰り返す昇流。焦った幸吉郎たちが彼を殴り倒す。

 殴り倒された直後、昇流は彦斎の元へ近づく。

「これが。なるほど」

 そして、写真を見るのに真剣な様子の父の頭部に鼻を近づけ、その匂いを犬の様に嗅ぎ出す。

「これ見ろ」

 状況に気付いていない彦斎。ドラは昇流の行動を見ていられず、あからさまに視線を逸らす。

「ぷっはぁ~~~!」

 肉親の頭部の臭いを嗅いだ直後、昇流は大いに満足した様子で声を漏らす。その病的で性的なまでの行動が、見る者すべてに嫌悪感を抱かせる。

「みんなリラックスしないといけないねー、ウーサァ~! ウーサァ~! ウーサァ~!」

「何してる? 午前2時だぞ。手どけてくれ」

 父や周りに奇妙なアピールをする息子。昇流の言動を不審に思いながら、何も知らない彼は正論を呟く。

「ちょ、長官さん覚えてますか? 電話しませんと。時野谷さんとハールヴェイトさんに!」

 機転を利かせ、茜が咄嗟に思いついた嘘を昇流に言う。それを聞き、虚ろな目で昇流は「覚えてない・・・」と即答する。

「時野谷に電話しろ! あいつに、例の話をしてくれ」

 とぼける昇流に駱太郎が強く言う。

「何をだ?」

「あれだよ。きのう話したことっす。ちゃんと伝えてくださいよ」

 写ノ神が助け舟を出す。昇流はピンと来たらしく、その場を離れ―――全員はひとまずのところ安堵する。

「で、大長官。その他にビデオテープもあるんです。昨日は飛んだヘマをしましたが、今度は間違いなく・・・」

 と、話していると―――昇流が突如二階へと上がって行く。

「ああ・・・くそ!」

「何だ?」

「滅多にないチャンス・・・ああ、クソォ!」

「何だ!? 消えたか?」

「いや、ビデオはあります! これに、ばっちり」

「ああ、見せろ」

「これに・・・はいこれ」

 予測がつかない昇流の行動を気にしながら、ドラは持っていたビデオカメラを彦斎に手渡す。

 ドラから受け取ったビデオの中身を見、彦斎は「ああ、くそ!」と顔を歪める。

「大長官。タピアは死体に麻薬を詰めて運んでるんです。現金はキューバ行の棺桶に入ってます」

「その金でまたアイツの勢力が増すと?」

「ええそうです」

 真剣な様子でドラが説明をしていると、二階から降りて来る昇流の姿に茜は赤面する。

「ひゃっ///」

「どうした・・・うぎぇ!!」

「ボクちゃんのことバニーって呼んでくれる♪」

 携帯電話片手に、胸元を全開にし、パンツ一丁の昇流は奇妙奇天烈な行動を見せる。

「なんじゃそれは!」

「ああ、そうだよ! ボクのセクシードレス見てほしい~~~」

「一体だれと話してるんだ、お前?」

 率直に思った事を彦斎が尋ねる。昇流は、電話越しに父と母が使っている寝室へと入り、そこに置かれた金魚鉢を見つめる。

「誰って、時野谷だぜ。それと・・・は、ハールヴェイト・・・この二人、何でもしれくれるって♡ これかわいい魚だな親父! ちょっと、目んたまでっかいけど・・・めっちゃかわいい魚!」

 流石に変だと思い始める彦斎。ドラは事情を説明する前に、上司に懇願する。

「令状が必要なんです」

 それを聞き、眼鏡を外した彦斎はタピアの逮捕を決め込む。

「あのクズをしょっぴいてやろう」

 直後、寝室から出て来た昇流はリビングに置かれた花瓶を手に取り、花が入っていることを気に留めず―――その水を勢いよく飲む。

「どうしたんだあいつ?!」

 唖然としながら彦斎はドラに尋ねる。彼は頭を抱えると、悲しそうに呟く。

「間違ってエクスタシー飲み込んで・・・」

「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」

 彦斎とドラ達は昇流へと駆け寄り彼の身を案じる。

 直ぐに彦斎は科学捜査班の解毒医に電話をかけ、エクスタシーを誤飲した昇流の対処法を教えてもらう。

「ああ、ありがとう」

 電話を切ると、浴室で服の上から冷たいシャワーを浴びている昇流を一瞥し、目の前のドラ達へ説明する。

「解毒のため体を冷やせと。でないと熱が出て、脳を損傷する」

「誰も気づきませんよ」

「長官はそうでなくてもクルクルパーじゃからな」

 誰もがそう思いながら、今一度昇流を見る。

 冷たい水を浴びた昇流は辛うじて命の危機を回避し、タオルを体に巻いた直後―――股間を一瞥。そして、歓喜する。

「おお! ドラ、俺立ったぞ! フォー!!」

 それを聞いた瞬間、茜は赤面。ドラに尻の肉を射抜かれて以来、勃起不全に陥っていた昇流は凄まじく感動している。

「今すぐSMクラブに行く!」

「おい!」

「綺麗なお姉ちゃんに電話して、即行やるって言ってくれ!」

 完全ではないものの、おおよその正気が戻ったことを確認した。

 ドラは乾いた表情を昇流へと見せ、待機していた全員に合図を出す。

「処刑執行」

 合図と同時に、幸吉郎たち六人は昇流の元へと向かい―――上司と言う垣根を超え、杯昇流という一人の人間に制裁を与える。

「あああああああああああああああああぁああああ」

 

           ◇

 

時間軸2004年 4月26日

アメリカ合衆国 ジョニー・タピアの屋敷

 

 ドラ達がタピアを逮捕するための材料を揃えた翌日。

 アメリカ支部麻薬局に勤める囮捜査官のシド・レーガンはタピアに雇われ、彼の自宅へ招かれる。

 黒を基調とした胸元を大胆に強調するドレスを身に纏い、その下に盗聴器を取り付ける。

「声聞こえる?」

 屋敷の前に停車してあるトラック。シドをサポートする麻薬局の捜査官たちはシドの声を確認する。

「声が入った。ハッキリ聞こえる」

「開始だ」

「ショータイム!」

 シドもまた、タピアを逮捕するために覚悟を決めて勝負に挑もうとしていた。

 

           *

 

TBT本部 大会議室

 

 ジョニー・タピアの逮捕に踏み切ったTBT本部。

 ドラ達を始め、彦斎の呼びかけに応えた一分隊捜査官が100名近く集められる。

「パーム葬儀社はアルファチーム。タピアの屋敷はデルタ。波止場のデキシー7はブラボーだ。海上警備は武装ヘリで厳重に固めろ」

 防弾チョッキを身に纏い、チーム単位で固まった捜査官が彦斎の言葉に耳を傾け―――その後、ドラが集まった者全員に呼びかける。

「三カ所を同時に叩く作戦だ。08:45(マルヤーヨンゴ)に配置。09:00(マルキュウマルマル)に突入だ、いいな。気合い入れてけ」

 一斉に動き出したTBT捜査官。

 次々とタイムエレベーターへと乗り込み、時間犯罪者ジョニー・タピアが支配する時間軸2004年、南マイアミを目指して出動する。

 

           *

 

同時刻―――

アメリカ合衆国 ジョニー・タピアの屋敷

 

 屋敷の中にいたシドは、タピアと母・ドナマリアが持つ部屋へと招かれる。

「あら、なんてきれいな子なの」

「どうも」

 率直な感想を抱くドナマリアにシドは営業スマイルを振りまく。母の隣に立つタピアにも笑みを浮かべ、彼と握手を交わす。

「ジョニー」

「ああ、何だいママ」

「この子黒人?」

「止せよ、ママ!」

「ただ聞いてるだけよ? で、この子黒人?」

「黙れ! 出てってくれ!」

「ああん、なんだって!? いいさ、勝手にすればいいんだ!」

 肌の色のことを聞いただけで癇癪を起した息子の態度が気に入らず、ドナマリアは憤怒―――二人の元から立ち去った。

 

           *

 

09:00

南マイアミ スパニッシュパーム葬儀

 

 TBT捜査官が現地に到着。マシンガンを携え武装した捜査官が三カ所を同時に叩く。

 ドラと幸吉郎を始め、組織犯罪対策課課長・立花宗彦らが率いるアルファチームがパーム葬儀社へ突入。

 

 ―――ドンッ!!

 鍵のかかった扉を叩き開け、中にいた職員全員を取り押さえる。

「床に腹ばいになれ!」

 

           *

 

同時刻―――

ジョニー・タピアの屋敷

 

 二階のベランダで、タピアは囮捜査官のシドと向き合い、不敵な笑みを浮かべる。

「危険は承知か。気に入った。それとも―――・・・」

 彼女の髪に手を触れ、タピアは彼女の服に仕掛けられたマイク付近へと手を伸ばす。

「危険を冒してるのは俺かな?」

「さぁ・・・」

 シドは気付かれそうになるや、色気で誘惑しキスをして誤魔化す。

「すいませんボス! 急ぎの話が」

 そこへ、タピアに緊急の報告にやってきたカルロスが顔を出す。

 

「何かが来たみたいだぞ」

 トラックのモニターで外の様子を監視していた麻薬局捜査官。

 カメラを覗き込むと、TBT捜査官を乗せた大量の警察車両が屋敷に向かって走ってくる。

「警察だ!」

「なんで警察が来る!?」

「ぶち壊しだ!」

 予定調和にはなかったことに困惑する中、トラックの側に停車した大量のパトカー。

車の中から、武装した捜査官とドラと幸吉郎を除く鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーが降車する。

「俺達はアメリカ支部の麻薬局だ! まさか踏み込む気か!?」

「落ち着けよ、カウボーイ。令状がある」

 フランクな口調で駱太郎が事情を説明する。

「囮捜査官がいる。まず逃がさなきゃ」

「じゃあ二分待ってやる」

 写ノ神が言うと、麻薬局捜査官はトラックの中へと戻り、シドを逃がすための準備に取り掛かる。

「携帯に電話しろ! 屋敷の電源を落とせ!」

 合図と同時に、屋敷の電力供給がストップし、監視カメラから届く映像も強制的に遮断される。

「出たか?」

「出ません」

「急ぐんだ!」

 シドを逃がそうと躍起になる捜査官。携帯に出ないシドに何度も通話を試みる。

 と、そのとき―――荒っぽい運転で角を曲がった銀色の高級車がタピアの屋敷へ突っ込む様子を太田は捕える。

「不審な車が来ました!」

「誰じゃあいつ!?」

 訝しげに見つめる中、屋敷に突っ込んだ車から降りて来たのは―――タピアによってジョセフを殺され、経営していたクラブも奪われ、組織が崩壊したことで酒浸りとなってしまったロシアンマフィアのナンバーワン、アレクセイ。

「ジョセフ、仇を討つぞ。祖国ロシアのために!」

 車から降りたアレクセイは、打倒タピアを掲げ、飲みかけのウォッカが入った瓶を柱に投げつけ、トカレフ片手に敷地に入る。

「私見て来ます!」

「おい、茜!」

 写ノ神の制止を無視し、茜は様子を見に敷地の中へ向かった。

 

 中庭に出たタピアは、カルロスから重大な報告を受ける。

「あの東洋人はギャングではなくTBTです!」

「TBTだと!?」

 カルロスは屋敷の監視カメラに記録された害虫駆除業者に化けて潜入してきた駱太郎と写ノ神、太田が写った写真―――その翌日のカーチェイスで撮影したドラと幸吉郎の写真を見せる。

「金を狙ったんじゃありません。あの女を守ってた」

 話を聞いたタピアは、何も知らないシドの方へ振り返る。

 それから直ぐに彼女の元へ戻り、紳士的な眼差しで見てきたと思えば、彼女の首に銃を突き付け脅迫する。

「なっ!」

「教えて貰おう。盗聴器はどこだ!?」

「バレたぞ! バレた!」

 インカム越しにタピアの怒号を聞いた捜査官は、ドンと机を叩く。

「助けるんだ! 助けにいくぞ急げ!」

 状況が一変。麻薬局捜査官も一斉に動き出す。

 

「おーい、タピア! このクソ外道!」

 バン! バン!

「ぐああああァ」

 正面玄関から堂々と入ったアレクセイ。呂律の回らない様子で銃を撃ち、見張りを殺害、タピアへの復讐のために動き出す。

「ロシアの死神のお出ましだ!」

 

           *

 

10:00

南マイアミ スパニッシュパーム葬儀社

 

「全部ここにある」

 葬儀社に踏み込んだアルファチーム。

 ドラは解剖室へと捜査官を誘導するが、中に入ると既に死体も棺も外へと持ち出され、もぬけの殻と化していた。

「ああ、クソッ! チキショー!」

 まんまと逃げられたことに腹を立てつつ、ドラは無線で連絡をつける。

「この二時間で葬儀場から出たものはいないか?」

『霊柩車が四台。マイアミ港に向かった』

『近くに超空間の入口を確認しました!』

「タイムマシンに積み込む前に、取り押さえないと!」

 幸吉郎が助言をし、ドラは首肯する。

「タピアの金がキューバに送られちゃう! ヘリを用意してくれ!」

 要請を受けると、マイアミ市警から借用したヘリが到着。ドラと幸吉郎はヘリコプターへと乗り込み、海上方面を目指した。

 

           *

 

同時刻―――

ジョニー・タピアの屋敷 中庭付近

 

「おーい、タピア!」

 バン! バン!

「俺が怖いのか、このウジ虫!」

 各地で動き出すメンバー。タピアの屋敷では、予定調和には無かったアレクセイが屋敷内で銃を撃ちまくる。

 その後ろから、武装したTBTの捜査官が侵入を開始する。

「TBTが来ました」

「車を裏に!」

 危機を感じ、タピアは逃亡のために動き出す。

「てめぇぶっ殺してやる」

 自分から地位も名誉も、金も仕事も奪ったタピアを何としても殺してやる―――そう誓いを立ててアレクセイがタピアを探していると、TBT捜査官が目の前に現れる。

「おい、お前ら誰だ!?」

「銃を捨てろ!」

「その銃を捨てろ!」

「俺は味方だ!」

 武装した捜査官は、二丁拳銃を持ったまま両手を上げるアレクセイに銃口を向ける。

 その一方、タピアは囮捜査官として自分に近付いてきたシドを人質に逃亡の準備に追われる。

「こっちよ!」

「黙れ!」

 助けを求めて声を上げるシド。

「ぐっは!」

 そこへ、いち早く屋敷に潜りこんだ茜がシドの救出にやってくる。

 柔術でタピアとその部下たちを気絶させると、茜はシドへ退路を導く。

「さぁ、逃げてください!」

「ありがとう!」

 しかし、直後に誰よりも早く意識を取り戻したタピアがシドと一緒に逃げようとする茜の脚を掴んできた。

「きゃ!」

「茜ちゃん!!」

 茜がシドの代わりに捕まり、タピアの人質とされてしまった。

「あなたは構わず逃げてください!!」

 取り押さえられた茜は毅然とした態度で言う。

「威勢の良いこと言ってんじゃねぇぞ!」と、茜を人質にしたタピアは、シドに向かって銃を撃ってくる。彼女はどうすることもできず、やむなく屋敷の外へと逃げるのがやっと。

「銃を捨てろ!」

「あの野郎ぶっ殺してやる!」

 痺れを切らしたアレクセイが銃を撃とうとすると、TBT捜査官が容赦なく発砲。

 ダダダダダダダダダ!!!

「ぐおおおお!!!」

 目の前から放たれたマシンガンの嵐。至近距離からの銃弾を全身に食らったアレクセイは、プールへ転落―――ジョセフが待つ冥土へと旅立った。

 

           *

 

10:25

南マイアミ 海上方面

 

 ヘリに乗り込んだドラと幸吉郎は、マイアミ港へと逃げたボートを追跡する。

「こちらアルファ。沿岸警備シャークスとブラボーチームへ。港を閉鎖し、移動中のボートをすべて止めろ!」

 ヘッドフォン越しにドラは沿岸警備隊と波止場のデキシー7を押えていたブラボーチームに協力を仰ぐ。

『こちらブラボー。マイアミ港に高速で移動中のボートあり』

「そいつを止めろ!」

 ドラの指示に従い、海上を警備する武装ヘリはマイアミ港を走る中型のモーターボートを止めにかかる。

 武装ヘリ二機が高速で接近して来ると、ボートはスピードを上げ始める。

『逃げようとしてる』

『橋を潜るぞ』

 橋を潜って、武装ヘリはボートへと近づこうとし、それを巻こうとボートは船体を大きく旋回する。

「ボートに接近しろ!」

 ドラが呼びかけると、操縦士は逃走するボートへと急速に接近する。

『誰だと思う? TBTだ、停止しろ! TBTだ、ボート止めろクソッタレ!』

 しかし、ボートはドラの呼びかけに応じようとしない。そればかりか、接近してきた彼らのヘリに向けて、マシンガンを持った男が身を乗り出す。

「気をつけください、武器を持ってます!」

「離れろ! 離れろ!」

 一旦ボートから離れる。ドラは周りを飛んでいる二機の武装ヘリに呼びかける。

「沿岸警備隊。ボートを銃撃しろ!」

 二機のヘリがボートへ近づき、扉を開けると同時にサブマシンガンを持った人間がエンジン部分を攻撃。ボートは強制的にエンジンを停止する。

『船は停止した! 船は停止した!』

 

 タピアに雇われた運び屋が取り押さえられ、マイアミ港に戻ったドラと幸吉郎は屋敷から駆けつけたメンバーを呼び集める。

 複数のパトカーが停車し、捜査官が配置される中、ボートから三つの棺を引揚げ、彦斎に見せつける。

「俺らの腕見ました?」

 棺を開けると、中には昨夜ドラと昇流が調べた太った死体が礼服姿で横たわっており、案の定―――マットの下には現金がぎっしりと詰められている。

「ああ、こんなに詰まってる! ぎっしりだ!」

「大長官!」

「完ぺき、正当な逮捕だ!」

「よっしゃ―――!!!」

「「「「いえ―――い!!!」」」」

 彦斎も大満足の結果だった。ついに、特異な条件の元で集まった七人の雑種は、エリートたちを出し抜き大金星を勝ち獲った。

 

「どこへ逃げたんだ?」

 だが、事件はこれだけでは終わっていない。

 麻薬局の囮捜査官としてタピアの屋敷に忍び込んでいたシドは、仲間の捜査官と合流を果たし、事情を説明。

「本部に電話を繋いでちょうだい。茜ちゃんの姿が見えない。探さないと!」

 

 その頃、タピアに身柄を押えられた茜は、人質として彼が時間移動に用いているタイムマシンの椅子の上で、手足を拘束されていた。

「君を助けたいと、思う奴はいるかな?」

 不覚にも人質とされた茜。

 悪意ある眼差しでタピアが見つめてくると、険しい表情を浮かべつつ―――内心夫である写ノ神やドラ達の事を考え、強い不安に駆られる。

 

 プルルル・・・。プルルルッ・・・。

 

 写ノ神の携帯に着信が入る。かけて来たのは茜だった。

「茜?」

 不思議に思いながら、写ノ神は携帯に出る。

「写ノ神君!」

 彼女が声を発した瞬間、タピアが電話を取り上げ、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の全員に呼びかける。

『お前らは俺の1億ドルを奪ってる』

 写ノ神を始め、ドラ達全員が耳を疑い―――表情が凍りつく。

『返して貰おう。72時間以内に』

 ブツッ・・・。ツー・・・。ツー・・・。

 要求を一方的に突き付け、タピアは電話を切った。

「うそ・・・・・・・・・だろ」

 写ノ神は愛する人が敵の手に堕ちたという現実に衝撃を隠しきれず、持っていた携帯を落とした。

「茜が・・・・・・!」

「なんということか・・・」

「あの野郎!」

「ふざけたマネしやがって!!」

「ドラさん!!」

 太田が強い口調で呼びかける。ドラはおもむろに目を見開き、怒りの眼差しを浮かべる。

 

「させないよ。あいつの思う通りになんか―――絶対にな!!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

写「何てことだよ、茜がタピアの野郎に捕まっちまうなんて・・・!!」
太「何としても助け出さないといけませんけど、敵は地元に戻って完全武装してるし・・・こりゃ手強そうですよ!」
駱「はっ。大暴れは俺達の専売特許だ。仲間を救うんだ、俺達に怖い物なんかねー!!」
ド「返してもらうよクソタピア。オイラ達の家族を・・・・・・」
太「次回、『家族を取り戻すために』。え、そんな・・・まさか、そんなことが!?」

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