サムライ・ドラ   作:重要大事

69 / 76
昇「ようお前ら。今日は俺がこの身で味わった地獄を話してやるよ。かつて俺は借金の保証人ということで多額の負債を抱え、地下強制労働施設へと送られた。あそこでの日々は思い出すだけでも腹が立つ!!」
「中でも俺が一番許せないのは、人の弱みに付け込んで人の金を吸おうとする班長のやり口だった。もしもまたあの地獄に堕ちるようなことあるなら、必ず奴の化けの皮を剥がして復讐してやる!!」


デット・トラップ

西暦5537年 1月某日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 遡ること2年前―――。

それは、いつもと変わり映えの無い平凡な一日だった。

 だがしかし、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーが職場に出勤した直後。彼らはこの世のものとは思えない男の変わり果てた姿に目を疑った。

「ちょ、長官・・・?!」

「どうしたんっすか、そんな死んだ魚以上に死んだ目して・・・!」

「あ~~~~~~~~~・・・・・・・・・///」

TBT長官・杯昇流は今まさに人生のどん底にいた。

悪い憑き物に支配されているのか、すべての光明を失った彼の瞳は絶望と言う名の闇しか映っていない。生気を完全に吸い取られ、生きる屍と化している。

 正直、この男の人生に毛ほども興味がなかったドラだが、ここまで何かに追い詰められている彼の姿を見ていると、逆に同情と言う言葉が湧いてくる。

「はぁ~~~」

 深い溜め息を突き、ドラはほぼ死人と化しているの昇流へと歩み寄る。

「で、何があったんですか?」

「実はね・・・・・・・・・昨日のことなんだけどさ・・・・・・」

 

 日々、怠惰で自堕落な生活を送っていた平凡な男・昇流。そんな彼の前に昨日、前触れも無く借金取りが踏みかけた。

安易にも、高校時代の後輩の保証人になったことが原因だった。その額30万円。だが、借りていたのは暴利の闇金融。月20パーセントの福利により、14カ月の利子を含めるとその額、何と・・・・・・

「385万円!?」

「そんな金利違法じゃないっすか?!」

「甘いんだな~それが。“違法”もまた“法”だよ。奴等はプロだからね、どんなことをしてでも取り立てる」

 写ノ神の言葉をあっさりと切り捨て、現実として起きている闇金融の実態をドラは鋭く突いてくる。だが、昇流の不幸話はここから更に掘り下げられる。

「385万程度ならいいさ・・・///でもなそいつ・・・さらに借金に借金を重ねて、気づいた時には膨れ上がって970万・・・///」

「970万!!」

「俺の貯金じゃ絶対払えね~~~よ!!!///」

「長官に貯金なんてないでしょう」

 絶望の淵に立たされた昇流。辛うじて借金取りから逃れることができたとして、連帯保証人と言うものに安易になってしまったことは確か。自業自得である。

 借金を返済できない場合、某ファイナンス会社がスポンサーとなって秘かに建てられた強制労働施設へと有無を言わさず負債者は送れる。連帯保証人である昇流も、これに該当する。

「ドラ~~~!!!助けてくれ!俺このままじゃ強制労働施設に送られちまうよ―――!」

「いいじゃないですか。長い間借金縛られて暮らすより、1・2年ぐらい規律ある暮らしをして、集中的に返済をして借金から解放された方が、どれだけマシか」

 ドラは笑顔を浮かべながら、強制労働施設での暮らしを勧める。彼としては、日々怠惰で自堕落な上に、無能な上司が少しでも真面な人間になってくれさえすれば、要らない労働力を費やす必要も無くなる。

むしろ一石二鳥。好都合なのである。

「そんな~~~///俺はイヤだからな!!!直接借金を作ったわけでもないのに、勝手に借金背負わされて、当人の代わりに強制労働施設送りなんて理不尽なことたぁ~~~///」

「連帯保証人になるからこんなことになったんでしょ?オイラは知りませんからね」

 と、ドラは冷たく突き放す。一縷の望みもない厳しい現実。これこそ、杯昇流にとっての生き地獄である。

「くそ~~~~~~!」

 実も蓋もない現状。理不尽な運命。そうしたことすべてから逃げ出したくなった昇流は、堪らず職場を飛び出した。

「長官!!」

「いいんすか、追いかけなくて?」

「もしかしたら借金取りに捕まるかもしれんぞ!」

「いいのいいの。あの人の人生がどうなろうとオイラの知ったことじゃないね」

 正しく他人事であるように、ドラの返事は一貫して冷たかった。だが、彼は何も悲観している訳ではない。長い付き合いだからこそわかる、昇流の本能的に凄いところを熟知していた。

「たとえ強制労働施設に送られたとしてもだ・・・・・・ここぞってときの、あの人の生きようとする貪欲さは、魔猫のオイラ以上だから」

 

 

 ガガガガガガガ・・・・・・。

昇流が職場を飛び出して数日。気が付けば、借金取りに捕まり「地の獄」―――どこか分からぬ、地中の底の底。

ガガガガガガガ・・・・・・。

異様な熱気と騒音。

粉塵。悪臭。不衛生。亡者巣食う強制労働の施設にいた。

「く・・・!くそ・・・」

 慣れない土木作業に悪戦苦闘。多量の汗を流しながら、劣悪債務者と交じって過酷な重労働を強いられる。

 この工事は、世界中のあらゆる処に拠点を持つ巨大コンツェル・財団Xの核シェルターを兼ねた超豪勢な地下王国作り。この劣悪な環境下で働かされている者は皆昇流と同じ、多額な負債を背負い確保された者たちである。

 ピッ―――!

「作業終了!各班ごとに整列!さっさと並べ!A班B班行進!」

 作業が終わると、脱衣。そして、シャワー。

(くそ・・・ふざけやがって・・・なんだって俺がこんなことに・・・!くそー・・・くそ!!)

 シャワーを浴び終えると、食事。

不味いご飯を主食に、不味い味噌汁。おかずは、めざしとたくあんだけ。貧しい食事。

これが終わると、部屋に戻る。そこは、昇流がいるE班23人の相部屋。あるのは、古雑誌と古新聞。将棋・囲碁・トランプの類。四六時中仲間と一緒。朝も昼も夜も。

(ふざけろ・・・!)

 

 ウゥゥ・・・・・・。

 朝5時。サイレンの音に叩き起こされ、部屋の掃除。

朝食の後、作業開始。昼食を挟み、夕方まで働かされる。毎日がその繰り返し。

 昇流は、地上と完全に隔離されたこの地下社会で借金を返済するまで働き続けなければならない。なお、およそ1000万の借金を背負った昇流の場合、定められた地下労働規則に基づき15年間働き続ける計算だ。

(ふざけるんじゃねぇぞコラぁぁぁ!!!)

 

 

1か月後―――

地下強制労働施設(地下帝国) E班相部屋

 

 強制施設に送られて、まる1カ月。

日も当たらない地下社会での暮らしに慣れ始めるかたわら、部屋の片隅で昇流はあまりに落差のあり過ぎるここでの生活と、地上での生活を比較していた。

(くそ・・・地上でドラから逃げ回ってる生活の方がよっぽどマシだ・・・!だが、脱走しようにも、監視カメラが常に見張っている。仮にあのカメラを誤魔化して、分厚いドアの向こうに出たとしても、その先は複雑に入り組んだ巨大な迷路。脱出不可能な地下要塞。あるいは、監視あたりを人質にとって、脱出しようにも・・・各班長はもちろん、工事長に至るまで皆借金を肩に連れて来られた、言うなら囚人。人質の意味を成さない。全員で反乱する手もあるが、それはどうもありそうにない。これほどひどい環境にありながら、一種のヒエラルキーの元、妙に秩序立っている。となれば・・・唯一の希望は・・・・・・)

 昇流は、部屋の壁に掲示されている「勤労奨励オプション」に目をやり、その中で最も待遇の良い項目・・・―――「1日外出券」を凝視。

 囚人たちの勤労意欲を高揚のために設けられた、超特例措置。それが1日外出券。

(金さえ出せば、あれが手に入る。兎に角一日でも外に出れば、何とかなる。外にさえ行けば、競馬や競輪、裏カジノ。なんでもいい!なんでもいい!!何でもいいから一発当てさえすれば、1000万ぽっちの借金、屁でもねぇ。叩き返せる!しかし・・・)

 問題は、外出券と引き換えに支払う金額にあった。その額実に、50万ペリカ。

ちなみにペリカとは、この地下世界だけで通用する貨幣単位のこと。その価値、日本円の10分の1以下だ。

「くそ・・・とてもじゃないが・・・・・・」

 今の昇流には厳しい条件だった。

と、そのとき。昇流たちE班の班長・大槻太郎(おおつきたろう)と、彼の子分である石和(いさわ)と沼川(ぬまかわ)が部屋に入って来た。石和たちは部屋に入る際、ビールやポテチなどと言った地下世界にはない嗜好品をぎっしり詰めたキャリーを運び入れて来た。

「注目っー。今日も作業ご苦労様でした。労働手帳に今日の分の判子を押しておきました、お返しします。それと、今日はお待ちかね給料日で~す!名前を呼ばれたら順番に取りに来てくださ~い!」

 手渡しで渡される1か月分の給料。

昇流にとっては初となる、地下世界での給料。その額―――9万1千ペリカ。地下紙幣の表紙には、鉄仮面で素顔を覆い隠した老人の肖像が描かれていた。

日本円で換算した場合、今回の給料9万1千ペリカは9千100円ということになる。

 一か月、筆舌に尽くしがたい重労働に耐え、僅か9千100円。昇流の借金は、970万。利息だけで月14万ちょっと。貯金の無い昇流には、利息からして支払不可能。

 しかし、この地下で働くならばこの重い金利はチャラ。僅かずつだが、借金の元金970万も減らしていける。

 だが、一日働いて支払われる日当は、日本円で3500円。このうち2000円が、借金の返済にあてられ、更に1150円が食費や施設利用費などの名目で消える。手にするのは、3500円の10分の1・・・1日働いてたったの350円。

(くそ・・・ふざけやがって・・・!とは言え、これに全てが懸ってるんだ・・・俺の未来、行く末が・・・!)

 しかし、そんな昇流を嘲笑うかのように、すぐ目の前で嗜好品の販売が行われ始めた。

「俺にもビール!」

「はい、5000ペリカ!」

「俺はロングカン!ああ!ポテトチップも!」

「はいはい!合計9000ペリカ!」

 高額な嗜好品を買いあさり、貯蓄もできない自堕落な囚人たちの姿に、昇流は秘かに蔑んだ。

(バカが!欲に流れて夢も負えないのか・・・自堕落な連中め!ビール350mmが5000ペリカ、500円だぞ!?外の倍以上の値段だ・・・!あんな調子で使ったら、あっという間にこんな金消し飛ぶ!なのに、こいつらときたら・・・救えねぇ、クズが)

 つい1か月前まで、同類だった人間の言葉とは思えないが・・・昇流は何があっても、この地下世界を脱出するつもりでいた。

(俺は違う。俺は貯める。この一月9万のペリカを、6カ月貯めれば54万ペリカ。あの外出券に届く。となれば、誰が使うか!使うか!誰が使ってなるもんか、くそ!)

だが、頑なになればなるほど、その反動は大きい。

(でも良く考えてみたら・・・買える!買えるぞ!入って一月はどうにもならなかったが、今の俺ならビールも缶コーヒーも、ポテチだって買える!!)

 揺れ動く昇流の意志。そこへ、悪魔の誘いの如く、足音が聞こえる。

 

「ふふふ・・・わかるよ、昇流くん」

 声をかけて来たのは、E班の班長・大槻だった。

「は、班長・・・?」

「外出券だろう?考えることは一緒だ」

「え?」

「儂も最初そうだった。となりゃあ、こんなところで使っちゃいらねぇよな?けど、ムリはいけねぇ・・・ムリは続かない。自分を適度に許すことが、長続きのコツさ」

 そう言うと、大槻は一番サイズの小さいビール缶・135mmを昇流の前に置く。

「あの・・・これは?」

「儂のおごりだ。昇流くんの初給料のお祝いさ。金はとらねぇよ」

 人の良さそうな笑みを浮かべながら、大槻は去って行く。

彼の行動に不信感を募らせる昇流だったが、それ以上に今目の前にあるのはこの1カ月口にしていなかった嗜好品・・・ビール!これを目の前にして、昇流の押さえつけられていたものが一気に解放されようとしていた。

「あ・・・ああ・・・!」

 眼孔を大きく見開き、恐る恐る水滴の付着したビール缶を手にとる。

(ふあああああ!ああああ・・・キンキンに冷えてやがる・・・!あ、ありがてぇ~~!)

 刹那、欲望を解き放つ。

蓋を開けると、昇流は極限まで冷えたビールを体の中に流し溶け込ませる。

 ゴクゴクゴク・・・。

(くう~~~~~~涙がでる~~~~~~///)

ゴクゴクゴク・・・。

(くっは!!犯罪的だ―――!うますぎる!!!労働のほてりと、部屋の熱気で息苦しい体に1カ月ぶりのビール!!しみこんできやがる!!・・・体に!)

チャポン・・・。残り僅かとなったビール。昇流は余すことなく自身の喉へと流し込んでいく。

(と、溶けそうだ~~~!!)

 そうしてあっという間にビールを飲み終えた。昇流は空となった缶の中を覗き込み、僅かに出て来た水滴を癒しく手で舐める。

(ま、マジでビール一本のためなら強盗だって!!)

ここまで来ると病的だった。

そんな中、ふと隣に目を配れば、焼き鳥をつまみにビールを飲む班員の姿が目に焼き付く。これを見てしまうと、昇流の目に涙が浮かぶ。

(くう~~~あんなものでビール飲めたら・・・あ~~~くそ~~~!!)

 しかし買おうと思えば買えなくもない。真面目に6カ月の勤労で得られる収入は54万ペリカ。一日外出券を手に入れても、4万ペリカが純益として残る。

(いいやダメだ!1カ月でたったの4万だぞ!使うのはよっぽどのとき、特別な日・・・耐えろ!耐えるんだ!)

 だが、基本的に自堕落な彼にそんな優秀な真似が出来る筈も無く・・・

「すみません・・・・・・1本だけ・・・ください」

 折れた!簡単に折れた!杯昇流、救いようのない男・・・!

「はい、どうぞ!冷えてるよ~。で、つまみは?」

「え?」

「せっかく飲むんだよ。ビールだけじゃ味気ないって。つまもうよ、何でもいいからさ」

 沼川の言葉を聞き、昇流は7000ペリカもする焼き鳥と、500ペリカの柿ピーを見比べ、悩んだ末に選択。

「じゃあ・・・そこの柿ピー「ふふふ・・・ヘタだな、昇流くん」

 すると、そんな昇流を見ていた班長・大槻が横槍を入れてきた。

「ヘタっぴさ。欲望の解法のさせ方がヘタ。昇流くんが本当に欲しいのは・・・これ!」

 大槻は、昇流の考えを見透かし、焼き鳥を手に取った。

「これをチンしてほっかほかにしてさ、冷えたビールでやりたい、だろ?」

「・・・っ!」

「ふふふ。だけどそれは余りに値が張るから、こっちのしょぼい柿ピーで誤魔化そうって言うんだ。昇流くん、ダメなんだよそれじゃ。せっかく冷えたビールでスカーッとしようと言うのに、そんなんじゃ却ってストレスが溜まる。食えなかった焼き鳥がちらついてさ・・・全然スッキリしない。心の毒は残ったままだ。贅沢って奴はさ~小出しじゃダメなんだ。やる時はキッチリとやった方がいい。それでこそ次の節制の励みになるってもんさ。自分へのご褒美さ!」

(言われてみれば・・・たしかにそうかも)

言葉巧みに昇流を堕落させる方向へ誘導する大槻。こんな言われ方をされれば、昇流の考えも変わらないはずはなく。

「よっしゃ!焼き鳥ひとつ!」

「はい、焼き鳥お買い上げ!一分お待ちください」

「実はポテチも・・・!」

「はい、ポテチもお買い上げ!となると、ビール一本じゃ全然足りないよ~」

「うん・・・///」

 結局。昇流は初給料のほとんどを、無駄遣いしてしまった。

「あん!・・・ん~~~うめぇ~~~く~~~最高~~~!!」

(いつも貧しい食事ばっかだから、こんなコンビニの焼き鳥や肉じゃがが染みる・・・染みる!く~~~っで、ビールが~~~かぁ~~~!)

 そんな自堕落な昇流の様子を見ながら、大槻たちは鼻で笑っていた。

「マジでバカ丸出しですね」

「ふふふ・・・バカだからね。あんなもんよ、今の若いモンなんて。食べ終わったら、満足して奴はこう考えるだろう・・・―――“明日から頑張ろう。明日から節約だと”。まぁ、その考え方がダメ。明日から頑張るんじゃない。今日、今日だけ頑張るんだ。今日を頑張った者―――今日を頑張り始めた者にのみ、明日が来るんだよ~」

「また一人確保って事ですね!」

「そういうことになるな~・・・。ここにはこの食以外に快楽がない。ゆえに、その誘惑は強烈。一度知ったらもう抗えない。結局のところ“ちょっと一杯”ってのが大甘なのよ。その一杯がこの底辺のさらに底辺、底の底に転がり落ちる最初の一歩・・・それが入口」

 そして、杯昇流―――豪遊!!4万1000ペリカの散財!!

そう、結局のところ・・・世の中は利用する側とされる側。その2種類しかいないのだ。問題は、その当たり前にいつ気付くかだ。

このあと昇流は、猛省しつつもチビチビと使ってしまい、僅か5日目にして残金僅か400ペリカ。一体何をやっているのだ、この男は!

「はぁ~~~~~~///」

 ついにきたトホホな状況。そして、班長大槻は頃合いを見て、次の段階へと移行する。

「え!?借りるって・・・!?」

「給料の前借りさ。わしが請け負う」

「しかし、そんなことしたら・・・」

「借りて、今度こそ無理なく使っていけばいいんだよ。もし借りなきゃ、昇流くんが次の給料日まで禁欲生活ってことになる。その禁欲ってのがよくないんだ。昇流くん・・・心はゴムマリだよ。押さえつけようとしたら、必ず跳ね返そうとする。つまり、いくら頑張ってもその禁欲はその反動でまた豪遊してしまうんだ。そう言うもんなんだよ」

「くっ・・・。」

「それより今、6万もらってだな・・・」

「ろ、6万!?」

「前借りだからね。9万全部ってわけにはいかない。それ相応の手数料を貰わないとね。突然の配置換えがあったり、貸す相手に寝込まれたりと、結構こっちにはとりっぱぐれのリスクがあるんだ。」

「しかし6万っていうのは・・・」

「まぁまぁ。足りないのは自分で補えばいいじゃないか・・・どうだい・・・今夜あたりこいつで復活っていうのは―――」

 そう言うって悪魔の笑みとともに取り出したのは、3つのサイコロ。

「こ、これは・・・!」

 地の底の底。悪魔が誘う、サイコロ賭博――――――チンチロリン。

 

 

午後10時過ぎ

地下帝国 E班相部屋・賭博会場

 

地下帝国での規則では、通常9時半には消灯。基本的には賭博はご法度。

だが、就労者のガス抜きの意味もあり、各般の班長が責任を持つことを条件に、月に2・3回の開帳が認められる。

今回これが認められた。場を開く部屋では特別に11時半まで消灯延長が許される。参加者は両替え後、参加費300ペリカを支払い、各々好きな席に着く。月に2回、第一・第三土曜日に開かれる場では、他の班からも大人数が参加する。今夜の集まりは、急遽決まったものだから、集まりは小規模。

「さぁて・・・初参加は昇流くんだけか。昇流くん、チンチロの経験は?」

「一応、何回か・・・」

ここで簡単に説明しよう。チンチロリンとは、サイコロ3つを丼に投げ込み、出た目で勝ち負けが決まる。サイコロを振るのはひとり3回まで。一番最初に親が振り、それから左回りで順番に子が振る。親と子、どちらの目が強いかで金が行き来する。

また、チンチロの出目とは、3つのサイコロのうち、2つの同じ目を出して初めて目として成立する。2つの目が2、そして残りが1ならば、出目は1となる。出目の順位は、6が最も強く1が弱い目。当然、強い目を出した者が勝者。張った分の金額を得る。3つの目がバラバラの状態、これを目無しと呼ぶ。この場合は3回までサイコロを振ることができるが、3回振って目無しなら、負けが確定。張った金を失うことになる。

ただし、この3つのバラバラの目にも2つ特例がある。

『四五六(しごろ)』―――この目が出た時は二倍付け。すなわち、張った金額の倍を得る。

『一二三(ひふみ)』―――この目が出た時は逆に倍払い。すなわち、張った金額の2倍を払うことになる。

そして、最も強い出目―――それが、『ゾロ目』である。この地下チンチロでは2から6までのゾロ目が3倍付。更に、1のピンゾロは5倍付となっている。

もう一つ、『ション便』と言って、サイコロが丼の外に零れてしまった場合、ここでは目無しと見なす。

つまり、たとえ目無しでも、親がション便をすれば子の勝ちとなる。そして、ション便を出した時点でサイコロは振れない。一度零せば最後、後の2回は振れることを許されない。

「さて・・・ここからが肝心なんだが・・・うちのチンチロには3つの特殊ルールがある」

「特殊ルール?」

「まぁ、それほど大げさなものじゃないが、ルールの付け足しってとこだ」

 大槻は地下チンチロ初参戦となる昇流に、3つの特殊ルールを説明する。

「特殊ルールその1:親の総取りなし」

「え?」

 通常、親が振って出目6や、四五六、ゾロ目を出せばその時点で親の勝ち。金は親の総取りとなる。しかし地下チンチロでは、親がどの強い目を出しても、子はサイコロを振ることができる。仮に、親が出目6を出しても、子が同じ6を出せば引き分け。四五六やゾロ目を出せば、逆に子の勝ちと言うことになる。

「みんな苦しい中ギリギリの金で遊んでるわけだから、親の総取りは呆気ないし、あんまりだ~ってことでな。逆に親が倍払いの一二三を出しても、子がション便なら引き分け。親の総払いも無しってわけだ」

「なるほど・・・わかったよ」

「それじゃ次に、特殊ルールその2:親はスルーできる」

「スルーできる?」

 スルー・・・すなわち、金に余裕がなかったり自分の目が下がっていると思ったら、親をパスすることができる。

「もちろん、一度パスしても、次に順番が回った時に受けるかどうかそれも自由だ。OKかな?」

「ああ・・・。」

「最後に、特殊ルールその3:親を続けられるのは2回まで」

 親の馬鹿勝ちを避けるため、親は2回まで次の隣の者に親が移るというシステムだ。

「但し、親が一発目に目無しや1の目を出したら即交代。1回交代もありうる」

「ああ」

「それと、懸けの上限は2万まで。それ以上ドカドカ張られたら、親が持たねぇんだよ。だが、親が受けると言うなら別。上限なしだ。大きく張りたくなったら、わしが親のときにくるがいい。わしは受けてやるぞ・・・いくらでも」

 その目から溢れる絶対的な自信。闘争心。昇流は言い知れぬ不安を抱いた。

「・・・いや。チビチビいきますよ・・・しばらくは」

「ふふふ。そりゃ当然、最初っからバカ張りはできんよな。さて・・・そろそろ参ろうか」

 丼を手元に運んだ大槻は、サイコロ片手に子たちに呼びかける。

「さぁ、張った張った!」

 地下チンチロ・・・通例として、班長・大槻の親から始まる。昇流、張りは100ペリカ。

(最初は様子見だ・・・ゆるゆる行って待つ。強く張れるその時を―――)

 全員が張ったところで、大槻の一投目。

 チンチロリン!

出目は「5」―――

「しょっぱなから悪いな、皆の衆。そら、次はお前だ沼川」

「はい」

 続いて、子の一番手沼川。

 チンチロリン!

 一二三、倍払い―――

「あちゃ~~~!」

「ついてないのう~」

 そして来る、昇流の初振り。その一投目―――

 チンチロリン!

「お!」

 なんと、しょっぱなで四五六―――二倍付!

「すごいな、昇流くん!参ったな~~~・・・でも助かったよ。張りが100で」

 大槻は、倍付となる200ペリカを支払う。だが、昇流は思わず眉をひそめる。

「あれ?四五六は倍付で200だから、1枚多いですけど・・・」

「ふふふ。せっかくの四五六なのに、張りが100じゃ味気ないだろ?1枚はわしからの残念賞。とっときな」

「どうも・・・」

(残念賞か。確かにそうだ・・・せっかくの倍付も張りが100じゃな。いや、まだ流れも見えない一投目だ、仕方ない。それに、子の振りは勝負の肝じゃない。このチンチロは、親対子の勝負―――親でいかに勝つか。逆に言えば、親のときにいかに負けないでいるか、そこか肝。このチンチロを制する鍵、急所だ)

 しかし、一進一退。昇流には流れが感じられない。意識がぼやけている。

当然、張りが100では意識が希薄。流れなど感じられるはずもない。この少額の張りでは、勝った時に嬉しさより、むしろガッカリ。

落胆。惜しいという気持ちが大きい。逆に負けると、どこかホッとする。

通常のギャンブルとは思考が逆。言い換えれば、ギャンブルにおける正常な感覚―――生理から離れてしまっている。そんなことで熱を、勢いを、あるいは幸運の兆し、気配兆候を感じられるはずがないのだ。

 

 開始から40分。昇流はようやく己の愚に気付く。

(バカか俺は・・・賢明ぶりやがって・・・!ムダな張りはしねぇとか、これじゃダメなんだ!ギャンブルとは、もっと泥仕合・・・愚かなもの!ひりつかなきゃダメなんだ!)

三度勝てば、顔は紅潮し、体温は上がる。逆に三度負けたら、血は逆流。それが、ギャンブルの張りの基本。そんな張りを続けてこそ、仄かに見える分岐点。流れが変わる時、強運の波動、熱く張れる場所を感じられるのだ。

(もうやめだ・・・!チマチマ張るのは、もうやめだ!!)

 そして、ここで親番。昇流、決断の時。

(来た!ここだ・・・ここで受けるしていつ受ける!?)

 昇流は親を受けることを選択する。

「この親を受ける!さぁ、張ってくれ!さぁ!」

 だが、意外にも好成績を叩き出す昇流の好調ぶりに皆の張りは揃って小ぶり。

「ちっ・・・。」

勝負にはいかない、小張りの連続。そんな状況の中、大槻は違った。

「ふふふ・・・そりゃないよな、昇流くん。せっかく盛り上がって受けた親なのに。とはいえ、ここはいきたくないという皆の衆の気持ちもわかる。困ったな~・・・ま、仕方ない。わしがやるか。昇流くん初親の景気づけ、祝儀代わりに大張りを」

そう言って取り出したのは、なんと2万ペリカ!

「な・・・!2万も?!」

「じゃあ、俺も」

大槻に続けて、左隣に座っていた石和も2万ペリカを張る。

この異様な光景に驚き返る参加者たち。額に汗を浮かべながら、昇流は以前から感じていた彼らへの言い知れぬ不安を覚える。

(こいつら・・・待ってやがったのか、俺が親を受けるのを!一発で俺を潰しに来た!)

二人が2万、計4万張り。ここで昇流は大槻の人の良さそうな顔つきに隠れた、彼の本性を暴き出した。

(くそ・・・今にして思えば、あのチンケなビールの差し入れからしてそうだ。狙った獲物の欲望を刺激し、金を使わせ、最終的にはこのギャンブルに巻き込む・・・いるんだよな、そんな人間。こんな地下で共に働く同じように追い詰められた仲間、そんな仲間の細い金に取り憑く、生き血を啜るヒルみたいな人間がよ!)

 大槻の企みに勘付き、体よく食い物にされている自分を恥ずかしく思った。拳を強く握りしめ、昇流は大槻のふてぶてしい笑みに怒りを抱く。

(俺を落とす為の賭場だとしても・・・ここの連中は皆消極的にも、あのクズヤローに協力していた。本当は、班長の不平・不満を抱いてるくせして、そのくせ睨まれるのが怖くて仕方なく協力する・・・班長自身も許せねーが、そういうどっちつかずのヌラヌラした奴らも許せねぇ・・・・・・!だれが負けるか・・・俺は勝つ!)

 負け犬のような生活を送る昇流だが、彼の牙はまだ、この地下に落ちても抜け落ちてはいない。それどころか、このタイミングで新しく生え変わろうとしていた。魔猫とともに嵐のような生活をしてきた彼だからこそ、この状況下でのモチベーションの上昇は著しい。

(ここで・・・・・・ここで勝つ!)

 チンチロリン!

(負けるわけにはいかない!天地・・・勝つと負けるじゃ天地・・・!負ければ、この地下の底の底でさらに搾り取られる!給料もピンハネされて、正に奴隷!!沈む・・・このまま沈んじまう!)

 チン・・・チロリン!

(しかし勝てば、勝てば4万!手持ちの合計は7万8千になる!となれば、借りた6万を班長に叩き返しても、まだ1万8千残る!やり直せる・・・目指せる!あの1日外出券を、サイの目ひとつで・・・!)

 チロリン・・・チンチロリン!

(くそ・・・どうしていつも俺は損な役回りなんだ!?元はと言えば、保証人を断りきれなかったことにあるが、落ちたら落ちたで、こんな穴倉の中で食い物にされる・・・!俺を食い物にしていいのは・・・ただ一匹!魔猫以外にいねぇんだよ!クソヤローが!!)

 そして、運命の瞬間。昇流の出目は――――――

「は!」

 出目は――――――「6」!

「や、やった―――!!!」

 歓喜する昇流。

通常のチンチロの場合、この時点で親の総取り。だが、地下チンチロではそれは許されないため、子にサイコロが回る。

 大槻は不敵な笑みを浮かべながら、自分の番が回って来ると、サイコロを手に取る。

「ふふふ。そうはしゃがないんだよ、昇流くん。もしわしらが四五六やゾロ目を出せば、逆にこっちの勝ちってわけだ。まだ望みは残っているさ」

「は!そんなに都合よくいくわけねーじゃんかよ!だったら念じてもいいから出してみろよ!絶対にそんなことはあり得ない!」

「ふふふ・・・その言葉・・・・・・確かに聞いたぞ」

 大槻、半笑いの中、サイコロを振るう。

 チンチロリン!

 丼の中を覗き込む昇流。ここで大槻がゾロ目や四五六を出せば、大逆転。昇流の強運は呆気なく覆される。

「な・・・!」

 大槻の目は――――――

「まさか・・・まさか・・・!!」

「ふふふふふふ・・・はははははは!!!昇流くん、博打は恐ろしいな。本当に博打は恐ろしい・・・―――」

 丼の中にあるのは、5ゾロ――――――三倍付け、圧勝!

「そ、そんな馬鹿な・・・!なんでこんな目が・・・!?こんな馬鹿な事が・・・!」

 事実として受け入れ難い状況。戦く昇流に、班長大槻の笑みが悪魔染みている。

「ふふふ・・・昇流くん、悪いがこれであんたは破産だ・・・5ゾロは三倍付けだから2万円の三倍付けは6万払い。昇流くんの手持ちは4万だからこの6万は補えない。あんた・・・マイナス2ま―――ん!!!」

「だああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

(どうして・・・!!なんで・・・!!こ、こんな・・・こんな理不尽なことが、俺にばかり~~~!!)

 昇流、たまらず卒倒!地の底の底の底でも、借金地獄を味わう!!!

「うわああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

 

「う・・・・・・はっ!」

 悪夢に魘されながら、昇流は目を覚ました。だが、目を覚ますと、そこはいつものタコ部屋とは違っていた。

「え・・・」

 太陽が燦々と照りつける。地下世界では決して味わえない光景。

新鮮な空気。人ごみと雑踏。木陰で寝ていた昇流は体を起こし、自分の肌でそれらすべてを感じとる。

「ここは・・・・・・地上だ!なんで!?俺、ついさっきまで地下に居たんじゃ・・・「やっと目が覚めたんですね、長官」

 そのとき。昇流の耳に一カ月ぶりに聞く魔猫の声が飛び込んだ。

「ど、ドラ!?なんで・・・俺はどうしてここに?」

「ったく・・・オイラとしてはもうちょっと地下に閉じ込めておきたかったんですけどね・・・流石にそれはダメだって、大長官と真夜さんに言われましてね」

「親父とおふくろが・・・!?」

「970万、オイラたち全員でお金出し合って払ってあげましたんで。まったく・・・折角地道にコツコツ貯めて貯金を、あんたの所為で一気に減っちゃいましたよ」

「ど、ドラ・・・お前・・・///」

「はぁ~。借金はこちらで返済させてもらいましたよ。だから、もう地下に戻る必要はありません」

「あああ・・・・・・///あああ・・・・・・///」

 地獄で仏。悪魔の化身と蔑んできた魔猫が、まさかの救済措置。

一か月にも及ぶ地獄の生活から解放され、昇流は晴れて自由の身となる。二つの借金生活から脱した瞬間、安堵感のあまりその場に泣き崩れる。

「くうう~~~~~~//////もう・・・・・・あんな目にはあいたくねぇ~~~///」

 ずっと堪えて来た。温室育ちの彼にとっては、耐えがたい一か月だった。だがそれでも彼は牙を落とさず、懸命に食らいついた。

 そして、魔猫はそんな彼の戦いを労うかのように、泣き崩れる昇流の肩に手をかけると、おもむろに立ち上がらせる。

「さ、帰りましょう。今日はときのやでおかえりなさいパーティーしましょう。幸吉郎たちもみんな待ってますから」

「・・・ああ・・・・・・ああ・・・///」

 借金の連帯保証人になってしまったことは、昇流の自業自得だが、この一月で昇流が肌で教訓として得たこと・・・―――

世の中には必ず利用する者とされる者が確立されていること。

そして―――どんなに日の届かない地下に落とされても、必ず助けてくれるかけがえのない仲間がいるということを。

 

 

 

 

 

 

短篇:鋼鉄の絆・宿坊体験

 

西暦5539年

和歌山県 伊都郡(いとぐん)高野町高野山・標高800メートル

 

「さぁ皆の衆!!ここが、真言宗の本山じゃ」

 龍樹常法に連れられ鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーがやって来たのは、弘法大師の諡号(しごう)を持つ平安時代の僧・空海が修行場として開いた場所として知られる、かの有名な高野山金剛峯寺だ。

「来ちゃいましたね、高野山っ!」

「でもってこれがあの有名な金剛峯寺!比叡山延暦寺と並ぶ立つ日本仏教の聖地ってだけはあるな!スケールも趣も写真で見るのと全然違う!!」

「当然じゃぞ写ノ神。これぞ真言宗が誇る寺院!キング・オブ・テンプルとはここの事を指すのじゃ!どぅはははははは!!!」

復習がてら説明しよう。龍樹常法は元々真言宗を宗派とする僧侶である。遠い昔の話になるが、彼もまたこの寺で厳しい修行を行い39歳の時に伝法阿闍梨(でんぽうあじゃり)と呼ばれる灌頂(かんじょう)―――すなわち正統な資格者として認められたのである。

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)がこの寺にやって来たのは他でもない。龍樹の発案のもと、この寺で簡単な仏道修行を行い心を清めるためだった。

「この寺にはTwitter上で知り合った拙僧の友人がおる。今日はここで日頃の雑念を晴らすとともに、真なる覚者(*仏教用語で真理を体得した人を指す)となるべく修行をする!」

「おいおい勘弁してくれって龍樹さん・・・俺はこの前の滝行でうんとしんどい目に遭ったばかりなんだぜ!!俺の精神が異世界に飛んじまってどうにかなってる間、どっかの腐れネコ型ロボットはひとりで温泉に浸かってたって話じゃねぇか!?」

「へぇ・・・誰ですか、その腐れネコ型ロボットって?隠弩羅ですか?」

「オメェ以外に誰がいるんだよ!!!」

 このように過去の話、無論都合の悪い話は直ぐに忘れるのがドラの得意技。昇流が怒るのも無理はないのだがそれを気にしていたら終わりだ。

「まぁこの際過去の事は水に流しましょうぜ長官。どうせ今日の修行で嫌な事も良い事も粗方忘れちまうんですから」

「良い事は忘れたくないんだけどな、できれば!!」

「ていうか良い事なんてあるのかよ?」

「何を言っておるのだ駱太郎。美味い飯が食える!それが良い事じゃ!」

 と、龍樹は胸を張って言うが、正直なところ半信半疑な気持ちで駱太郎は眉を顰める。

「ようこそ皆さん」

ちょうどそこへ、住職らしき者とその側についている初老の僧侶が鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーの元ヘ歩み寄って来た。

「龍樹殿、遠路はるばるよくお出でなさった」

「これはこれは正念殿!」

龍樹曰くTwitter上で知り合ったという友人こと、高野山金剛峯寺分家宗派【山海寺(さんかいじ)】の住職―――仏道院正念(ぶつどういんしょうねん)は龍樹に朗らかにほほ笑むと固く握手を交わす。

「今日は拙僧と鋼鉄の絆(アイアンハーツ)一同世話になるからのう!」

「はい。みなさんも今日はよろしくお願いします」

「「「「「「お世話になります!」」」」」」

「では、早速山海寺の方へ参りましょう。わたくしに付いて来てください」

 正念の側近を務める高僧・黒木は懇切丁寧に鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーを今回の修行場所へと案内する。

果たして彼らに待ち受けている修行とは何か・・・・・・

 

 

高野山標高600メートル・東南東 山海寺本堂

 

 今回の修行場は金剛峯寺ではなく、少し下の標高に建立された山海寺にて執り行う。

 先に言っておくが、ここは架空の寺であり実在の宗派とは一切関係のないフィクションだ。しかしリアリティーを追及するに当たり、この寺が細分化された真言宗の寺院であるという事をお伝えしておこう。

「これから皆さんには座禅を組んでいただきます。煩悩を払い、雑念に捕われない事。心が緩んでいる人はこの警策(きょうさく)で打ちます―――容赦なく」

 本堂に集まったメンバーを前に、黒木は手に持つ警覚策励(けいかくさくれい)(*警策の正式名称)を見せる。ちなみに座禅修行は本来禅宗と言われる臨済宗と曹洞宗が主流だが、真言宗でも座禅によく似た修行法が存在し「阿字観(あじかん)」と言われている。

 もっとも、阿字観では警策を用いることはないが、今回は龍樹たっての希望もあり特別に用意してもらった。

「打たれたら礼をするんじゃぞ。それが座禅の礼儀作法じゃ」

「叩かれた上にお礼ですか?」

茜は頭の中で座禅修行に対するイメージを浮かべる。その際に、彼女がイメージしたものは・・・・・・

―――ビシ!バシ!

『ああ~~~!!』

―――ビシ!バシ!

『ありがとうございます!!女王様!!』

 目隠しをされ、ロープで縛られ、さらに手錠を嵌められた挙句に首輪を付けられたマゾヒスト男が超過激なサディスティック女に鞭で滅多打ちにされる事に至上の喜びを見出しているというものだった。

「えっと・・・実は座禅って結構エッチなものだったりしますか///」

「アバズレは何と勘違いしてんだよ?」

 

こうして座禅修行、もとい阿字観が始まった。心を研ぎ澄ませ、メンバーは横一列となりて静かに目を瞑り禅を組む。

黒木は警策を持って彼らの背後を徘徊し、龍樹と正念は様子を見守りながらメンバーへと呼びかける。

「皆さん、人の煩悩は108つあると言います。それらをすべて捨て去る事で、己が求める真の道が見えてくるのです」

(己の真に求める道・・・・・・俺にとってそれは――――――)

 それは何かを真剣に見出そうと写ノ神は全神経を研ぎ澄ませ瞑想に入ろうとした、次の瞬間。

「あぁ~~~座禅組むよりいい女とエッチしてーなぁー!」

 唐突なまでに隣に座る駱太郎が羞恥な言葉を吐き捨てた。これにより写ノ神の瞑想はあらぬ方へ逸脱し、挙句の果てに彼は語気強く宣言する。

「俺もしたい!!茜と情熱的なエッチがしたいんだぁああああああああ!!!」

「ふぇ///」

「あっ///」

 大声でいきなり何を言い出すのかと、周りは思った事だろう。茜も思わず赤面する始末。

「喝っ!!」

 ―――バチン!!

「いてぇぇぇ~~~!!」

当然、そんな煩悩丸出しの写ノ神には手厳しい罰が下った。

(もう~~~、写ノ神君は積極的なんですから♡)

 叩かれた写ノ神をかわいそうだと思う一方、彼の煩悩の中身を聞けたことにこの上も無い喜びを覚える茜なのであった。

 

座禅を組み始めて30分。

今回も引率と称して半ば強引に宿坊体験ツアーに参加する羽目になった杯昇流。今この瞬間、彼の心は気落ちしていた。

(はぁ・・・・・・なんで俺ばっかりこんな貧乏くじを引かなきゃいけねぇんだろうな。考えてもみれば、俺はガキの頃からあの人畜非道な魔猫の餌食にされてきたんだ!!チクショウ~~~どうして俺ばっかりこんな目に!!)

「でい!」

 ―――バチン!!

「痛(いで)っ!!」

 心乱れるとき即ち、警策が振りかかる。今彼に打ったのは龍樹である。

「心が乱れておるぞ長官。心を鎮めねば覚者にはなれん」

「なりたくもねぇよ!!むしろ煩悩で生きてぇーんだ!!」

心頭滅却すれば火もまた涼し―――なんて言葉はこの男には一生通じないかもしれない。

そんな昇流とは対照的に、幸吉郎は不動明王の如く眉ひとつ動かすこと無く禅を体得していた。正念や黒木らも思わず感心し脱帽する。

「うむ・・・思念に一矢の乱れも無い。この男、既に禅の道を体得している!?」

「さすがは龍樹殿が見込んだだけのことはありますな」

「いや、幸吉郎は元々ポテンシャルが高いからのう。それに引き替え・・・」

ポテンシャルが高い幸吉郎の右隣―――ドラは早くも座禅という作法に飽きてしまい、清々しく大いびきをかきながら夢心地。大方予想はしていたが、ここまで堂々と眠れるドラの肝っ玉には龍樹も呆れを通り越して驚愕するばかり。

「はぁ・・・・・・やはり拙僧の見立てに狂いは無かった。黒木殿、この魔猫にも喝を入れてやってくれ!」

「はい!」

これもまたドラの為と思いつつ、龍樹に言われた通りに黒木は眠る魔猫の背後に立つと警策を構え、頭目掛けて振り降ろす。

「喝っ!!」

だがしかし、その一撃がドラに当たる事は無かった。器用にもドラは眠りながら警策が当たる寸前に頭をズラし回避したのだ。

「こ、小癪な・・・・・・もう一度!」

 二度目の喝を入れてやろうと黒木は思い切り警策を振った。しかしその一撃もまたドラに当たる事は無かった。

「おのれえええええええ!!!」

 修行を愚弄するだけに留まらず、黒木すらも愚弄するドラ。黒木の怒りに火がついた。

「でえええい!!えええい!!やあああ!!」

 何が何でもドラに一撃を食らわそうと黒木は半ば自暴自棄になって警策を振るった。ドラは警策が向けられる度に寝ながらそれを避ける。一寸の乱れも無いくらい的確に場所を読み、紙一重という難易度の高い回避を実行する。

 全員がドラの妙技に目を奪われる中、そのドラがついに反撃を見せた。

「どらあああああ!!」

「ぐああああ!!!」

 飽く迄も彼は眠るという行動をとり続け、執拗に警策で叩こうとしてきた黒木の下顎に強烈な拳打を喰らわせノックアウトする。

「な、なんという事じゃ・・・・・・寝ながらにして黒木君の警策の動きをすべて察知し的確に避けるばかりか、反撃し制するとは!!無我の境地でなければ決して為せぬ御業!!彼は既に悟りを開いておられますぞ龍樹殿!!」

「いや違うじゃろう!!」

 

 

山海寺宿坊 芳野園

 

 座禅修行を終え、一行は山海寺に併設された宿坊で昼食をいただくことに。

「あ~~~足が痺れた!」

「こっちは叩かれ過ぎて肩がいてぇ~~~」

「いやぁ~~~オイラは良く寝たわ!」

(結局こいつ一発も警策喰らわなかったな・・・・・・)

 昇流はドラが痛い目を見る事無くこの修行を終えたことが気に食わなかった。むしろ痛い目に遭ったのはあの黒木という僧だった。

「さぁ皆さん。昼食の用意が出来ております」

「おう飯だ飯だ!」

「こちとらこれだけが楽しみだったんだ!」

 運ばれてくる本日の昼食。期待に胸ふくらませる駱太郎と昇流だったが、盆の上に乗っていたのは彼らが想像するような豪勢な料理ではなかった。

「仏道修行の一環じゃ。今日の昼食は山海寺特性の精進料理じゃ!」

「「ずこー!!!」」

 肉や魚は一切含まれていない。野菜と豆類を使った仏教世界独特の食事―――現代の日本人、特に若者が食すにはかなり抵抗の感じられるものだろう。

「予想はしていましたが、本当に食べるんですねこれ・・・」

「爺さん!!こんなんじゃ腹の足しにもならねぇぜ!」

「何を申すか!よいか、今の時代があまりに恵まれ過ぎておるのじゃ。大して味もわからぬ癖に高い物ばかり食べ、毎日毎日飽きる程に食べられる物を捨ておって・・・・・・これでは自然のありがたみを忘れるのも無理はない。そう思わんか正念殿!?」

「そうですね。私も修行僧なりたての頃はこの料理を口にする事さえ躊躇したものです。しかし、土の行や水の行に入れば食事は元より摂る事が出来ないのですから・・・そう思えば、食べ物を口に含める事がどれだけ幸せかを実感します」

「なんですか、土とか水の行って?」

「この寺の宗派には独特の修行法と言うのがあるんです。中でも、ここにおられる正念様が行ったものこそ最も過酷と呼ばれる土と水の行なのです」

「具体的にどんなことするわけ?」

 既にいただきますを済ませ料理を口に運ぶドラが正念に修行の中身について聞いてみると・・・

「土の行であれば、まず地面2メートルほどの穴に人が入る程の桶を入れる。そのうえで今度は修行者が白装束となりて、飲まず食わずのまま座禅を組みまる一日を土の中で過ごすのじゃ」

「まる一日だって!?」

「地中に居る間は空気はどうするんですか?」

「心配はいらぬ。ちゃんと桶に竹筒を通してそこから空気を出し入れするからのう」

「全然心配なんですけど!!むしろヤバいんですけど!!」

「ていうかそれ即身成仏になるときの修行じゃん!!現代になってもそんなカルトチックな修行してんのかあんたの宗派は!?」

 皆は少しばかり胡散臭さカルトチックな雰囲気を感じとり焦燥を露わにする。

非難の的となっていた正念はただ朗らかに笑い続ける。その行為が却って彼らに恐怖を与える。

「ちなみに聞くけど、土の行がそんなんだったら水の行はどうするの?」

「水の行は、土の行同様に白装束となって水の中へと潜りまる一日を過ごす!無論、空気の出し入れは竹筒を使って行う」

「やっぱ頭おかしいんじゃねぇのか!?」

「一日中水に浸かってたら体がふやけちゃいます!」

「というか低体温症になるわ!」

「さすがに無茶苦茶だろう・・・」

「無茶なものか!そもそも我が宗派には土・火・風・水という四つの『行』が存在する。そしてそれら四つの『行』全てを制覇したのが正念様だけなのだ!しかも2回!」

「2回も・・・ですか!!」

「すげぇなそりゃ・・・」

 凄いのか凄くないのかで言えば凄い部類に入るだろう。

しかし、修行者という存在が常人とは感覚の逸脱した存在であるという事実は忘れてはならない。

「ところで、黒木和尚は何かやったのかのう?」

「え?」

 龍樹から何気ない質問を受けた黒木。少しだけ言うのを躊躇ったが、やがて赤裸々に告白する。

「私は・・・火の行に挑戦しました。しかしその・・・途中でリタイアしてしまいまして」

「うわぁ、ダサっ!」

 言ったのはドラだった。よりにもよってドラに言われるのだけは黒木にとっても心外だった。

「だ、ダサいとか言うな貴様!!あれがどれほど辛いものか貴様にはわからないのだ!!」

「じゃあどんなことするんだよ?」

「どんなことって・・・焼けた石の上を般若心経を唱えながらハダシで歩き、それを108回往復するのだ!」

「なんだよくある奴じゃん・・・」

「よくあるやつとか言うな!やった事も無いくぜに生意気な事を・・・!!」

「わざわざ裸足になって歩く必要があるの?靴履いて渡れば済む話じゃない?でしょう、正念様?」

「うむ・・・・・・確かに」

「いや確かにって言わないでください正念様!ダメですよ、このような下法の者に籠絡されては・・・!!」

黒木とて、ドラの危険性は身を持って分かっていた。ゆえに正念がドラに絆されないよう必死だった。

「風は?風の修行はなにをするんですか?」

 土、水、火と来て最後は風の中身は何なのか。茜がおもむろに黒木へと尋ねた。

「風は・・・もっと大変です。大風―――言わば台風の日に大凧に乗って般若心経を唱えるんです。しかし自然というのは気まぐれですから、ふ・・・と風がやむことがあります。すると凧はたちまちバランスを失い地面に落ちます!」

「お、落ちるんだ!」

「大丈夫なのかよ!?」

「もちろん下にはマットを敷いてあります。ですがすべてをカバーする事はできません。だから日ごろの行いが悪いとマットの無いところに落ちて、ドン!!大骨折です!!」

「何だよその・・・無謀な鳥人間コンテストみたいな修行!?」

 聞いた瞬間にドラが真っ先に浮かべたのはそれだった。空へと憧れる者たちが年に一度、大海原に向かって鳥の如く空を駆け抜けるあのイベントで、言うならば手製の翼のみを使って空へと飛ぼうとしたが、失敗して海に落下するようなもの。

「かぁ~~~~~~。そんなバカな修行を2回もするだなんて・・・・・・」

 無謀な修行、というかギャグのように思えて来た。ドラは正念をまじまじと見ながら敢えてこう言った。

「正念様・・・・・・あんたひょっとして・・・・・・折り紙つきのバカ?」

「こらああ!!!何を申すか貴様!!」

 正念を前にバカ呼ばわりするドラを当然の如く激昂する黒木だが、ドラはこれを無視。意識は正念のみに向けられる。

「じゃあ聞くけど、それで何か悟ったの?」

「え?」

「そんな並の人間の精神力がやりおおせない修行をやり遂げたとき、正念様はこの世の真理とかを悟る事が出来たんですかって聞いてるの」

言われてみれば何を悟る事が出来たのだろう。並みの者ではやり遂げられない修行を二度制覇した事で何を得て、何を悟ったのかと正念は熟考する。

しかし何故だろう。辛い修行を乗り越えた先に待っていたのは一時の満足感、達成感だけでそれ以上を得た記憶は皆無に等しかった。

「実を言うと・・・・・・・・・まったく!」

「だろ?」

「こらああああ!!!正念様を籠絡するな!!」

「あんたさ、修行の話してたとき何か活き活きしてたよ。ひょっとして正念様って実はさ、それをオイラたちに自慢してるだけなんじゃないの?」

 聞いた瞬間、正念の脳裏に鋭い電流が流れ思わず表情がハッとなった。

「自慢とか言うな!!正念様だな・・・「良いのじゃ、黒木君」

 必死な黒木を前に正念は穏やかな表情で宥め、改めて述懐する。

「言われてみればそうかもしれない。わしはただ自慢していただけなのかもしれない。行の達成は、わしにとっての自慢だったのだ!」

「しかし正念様!!良いではありませんか、並の人間ではやり遂げる事の出来ない凄い事をやったのですから・・・それも2回も!!」

「わしを庇ってくれるのか黒木君。その気持ちはありがたいが、本当にもう良いのじゃ。むしろ忌憚のない意見ありがたいことではないか」

 そして彼は悟った。真に覚者たる者が自分ではない事を。この中で最も相応しい者が誰であるのかを。

「龍樹殿。ドラ殿こそ真なる覚者かもしれませんぞ!」

「な、なんじゃって!?」

「「「「「マジかよ(本当ですか)!?」」」」」

「ドラ殿の方がよっぽど仏道に・・・いや、釈迦の道に即していると言える。その点、わしらは生臭じゃ!ははははははは!!!」

「ウソだ―――!!!こんなロボットが覚者な訳がない!!!私は絶対に認めないぞ!!!」

 正念曰く覚者―――すなわち、真理を体得した者はサムライ・ドラであるという。黒木はドラを覚者とは決して認めようとせず、終始声を荒らげた。

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

登場人物

大槻 太郎(おおつき たろう)

声:チョー

地下王国送りとされた昇流が配属されたE班の班長。

財団X側と結託して地上で得た嗜好品(食品、各種つまみ、酒、タバコなど)の高額販売も行っている。大槻の班には石和、沼川など直属の子分がいる他、他の班にも息のかかった者達が存在する。地下に落ちた昇流に甘言を用いて堕落・浪費させるなど人心掌握に長けており、笑顔の裏に凶悪な裏の顔と狡猾な本性を持つ。

その巧みな人心掌握術を利用し、本来は博打厳禁の地下において上層部と掛け合い、囚人達のガス抜きと称してオリジナルルールのチンチロリン「地下チンチロリン」を開帳している。だがその裏では456しか目がないシゴロ賽を使ったイカサマと、それを露見させない為に班長権限で改訂したルールにより、囚人達から大量のペリカ(地下王国の通貨)を搾取していた。最終的には嗜好品の高額販売や、賃金前借り組からのピンハネによる利益と併せ、一日外出券を大量購入して長期のバカンスなどを楽しむことを目論み大金を貯め続けていた。

石和(いさわ)

声:西嶋陽一

大槻の直属の子分その1。髪型は角刈り。大槻の忠実な部下して、彼のたくらみに加担している。

沼川(ぬまかわ)

声:逢坂力

大槻の直属の子分その2。長髪のオールバックで、口ひげを生やしている。疑り深い性格。地下チンチロリンでは大槻の使ったシゴロ賽の回収役を務めている。




次回予告

隠「おいーっす!!久しぶりだなお前ら!!俺のこと覚えてる?そう!!サムライ・ドラの義理の弟・隠弩羅さんだ!!次回はこの俺が大活躍する話をお送りするぜよ!!」
ド「えー、皆さん。大変恐縮なのですが次回は都合によりお休みいたします。楽しみにしている方には大変申し訳ございません」
隠「って!!勝手にスキップしようとしてんじゃネェ!!次回は何が何でも隠弩羅さんが主役の番外編をやるからな!!」
「次回、『サムライ・ドラ外伝 隠弩羅サーガ(前編)』。見逃さないでくれにゃー!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。