サムライ・ドラ   作:重要大事

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茜「時空を司る力を秘めた石―――クロノスサファイア。かつて太陽系全土がフリーズしたというギャラクシーフリーズ。3000年もの長き時を止めるだけの力が、そんな小さな石に宿っているのだとしたら・・・・・・恐ろしい話です」
「そんなことより!!カイ君がちょっと目を離した隙に抜け出してしまったなんて!!こうなったからには、ハリーさんには責任を取ってもらわないといけませんね」
ハ「おいおい待ってくれよ!俺はちゃんと見張ってたんだぜ!!悪いのはぜんぶアイツが・・・!!」
茜「問答無用です!!さぁ、お逝きなさい!!」
ハ「明らかに字が違っ―――う!!あああああああああああああああ!!!」



世界の時間が止まるとき

世界の時間が止まるとき

 

 

 

西暦5539年 5月25日

小樽市 市街地

 

自転速度の変化に伴う時間短縮現象が続く地球。世の中は将来を悲観し、人々の経済活動は活気を失いつつあった。そんな中、カイ少年だけは一際活気に満ちていた。

チャリンチャリン・・・。

「へへーん!あんなところで缶詰めになってたまるかってんだ!」

TBT本部を飛び出し束の間の自由を得たことで上機嫌な様子。痛い思いをした末に覚えた自転車をかっ飛ばす。

その一方、彼の知らないところでは秘かに魔の手が忍び寄ろうとしていた。

「こちらシーカー17―――クロノスサファイアを感知。繰り返す、クロノスサファイアを感知」

 

「カイー!!カイーどこだー!!」

 いなくなったカイを躍起になって探す鋼鉄の絆(アイアンハーツ)。子どもが大人の言うことに反発するという事はよくあるもの。しかしカイに至っては元々が身元不明なうえに、カイロスらが狙っているとされる時空を操る石“クロノスサファイア”を所持している可能性がある。早く見つけなければ取り返しのつかない事態になり得る可能性が高いのだ。

「あの野郎どこ行きやがったんだ・・・!」

「クッソ!だから言わんこっちゃねぇ」

「悲観するのはまだ早いよ。これをよく見るんだ」

 逼迫する状況下、焦りを募らせるメンバー。するとドラが冷静な振る舞いで道に出来た濃いめのタイヤ痕を指摘した。

「こいつは・・・自転車のタイヤ痕!」

「カイ君のですね!!」

「まんまと抜け出したと有頂天になってる子どもの思考なんて手に取るようにわかる。そう遠くへは行っていない。この後を辿れば確実に・・・」

と、言おうとした矢先。

ドドーン・・・。唐突に街の方で大きめの爆発らしき物音が聞こえたのだ。

「なんだイマの音!?」

「事件ですか!」

「行ってみようぜ!」

嫌な予感がした。もしかしたらカイの身に何かが起きているかもしれない。ドラたちは本能から察した危機感を募らせ、急いで移動を開始する。

 

「うわああああああああ!!!」

同時刻、カイは半泣き状態で自転車をとにかく全力で漕いでいた。その訳は―――後方から迫り来るものにあった。ゴーグルを付けた一様に骨格の似通った男たちが空中を滑空する小型機械を操り、カイを執拗に追跡する。

「なんなんだよこいつら!!」

「そのネックレスを渡せ!」

追跡者、シーカーズとの距離は徐々に縮まっていく。

「や、やられてたまるかー!」

何とか生き延びようと必死の体で覚えたての自転車を爆走させ狭い裏路地へと入り込む。シーカーズも執念深く逃げ回るカイを追跡する。

「しつけーなもう!!こうなったら・・・」

 ストーカー並みのしつこさに嫌気が差した。カイはシーカーズに一瞥くれると、TBT本部から持ち出した【サプライズ攻撃キット】を取り出す。その中から『電気ショックガム』と書かれたものを選択、2・3個を一遍に口へと含みよく咬む。

 クチャクチャクチャ・・・・・・。ほどよく咬んだところで、後ろから迫るシーカーズの顔面目掛け豪快にガムを吐き捨てる。

 ベチャッ・・・と、ガムが敵の顔へと付着した次の瞬間。

「ふぎゃあああああああああああ!!!」

ゾウをも気絶させる電流が発生。悲鳴を上げながら先頭の男は機械から身を乗り出し気絶する。

「おっしゃー!!!ザマーミロ!!」

 敵を倒したというこの上もない達成感に一喜する。

 しかしそう喜んでいられる状況でもない。たとえ一人が倒れても、シーカーズの数はまだまだ余裕が見受けられるため状況が改善したとは言い難い。それどころかカイの取った行動が却って彼らの怒りに火をつけた。追っ手の数を更に増やして一気に追い詰めようとする。

「ああもう!!勘弁してよー!!」

思わず漏れる弱音。どこまで逃げればいいのやらと思いかけていた直後、意図せず行き止まりへと差し掛かった。

「うわあああああ」

慌てて自転車を急停止させる。心臓が若干高鳴りつつ右へと進路を変えようとした際、シーカーズの数名が通せん坊。ならば左へと思い振り向けば、右と同じような状況。気が付くと元来た道にもシーカーズが控え完全な八方塞りに陥った。

「ど、どうしよう・・・・・・」

 行き場を失くしたカイの顔色がたちまち青ざめる。

「大人しくするんだ」

逃げ場をなくし子犬の如く震えるカイをシーカーズは悪意に満ちた顔を向けながらゆっくり、ゆっくりと迫る。

万事休す―――そう思って目を瞑りかけたその時。

 

「カイー!!!」

地獄で仏と言わんばかりに自分を呼びかける声。振り返れば、ドラたちが挙って駆けつけてくれた。

「みんなっ!!」

頼りになる者たちがやってきたことでカイは心から安堵する。逆にシーカーズは苦虫を踏み潰したが如く険しい表情を浮かべる。

「な、なんだよこいつら!?」

「少なくとも良い人間ではないじゃろうな」

「どうしてだよ?」

「決まってます。子供を大の大人が複数人で取り囲んでいるんですよ」

「つまり、こいつらは悪党で決まりってわけだ」

「悪党相手にこっちも手加減する必要はねぇな。兄貴、ご指示を!」

「いちいちオイラが指示しなくてもやること察してくれない。とりあえず、うちで預かっている庇護者の身柄を守るのが最優先事項。そのためにはどんなえげつない手段を講じたっていい」

「おーし・・・んじゃまぁ、いっちょやるか!」

俄然やる気が出たらしく、駱太郎は目の前の獲物を前に腕を鳴らすと、一気に飛びかかってシーカーズの一人を殴打。

「おらあああああ」

ヘビー級のパンチが炸裂。食らった瞬間、顔が酷い形に変形し何本かの歯が折れた。

この状況に彼らは慌てて奇妙な機械を用いて反撃しようとするも、その瞬間飛んできた札付きの苦無。投擲者は茜だ。

「あなたたち、うちの子になんて事してくれるんですか?」

と、投げかけるや苦無の端に付いた札が導火線の如く燃え始め瞬く間に爆発。その爆発の威力は想像以上に大きくシーカーズの殆どが気絶した。

気が付けば残ったのはたった一人。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)との実力差を痛感し、最後の一人は尻尾を巻いて逃げようとする・・・が。

 ギュ・・・と、背中に絡みつく妙な感触。振り返れば、巨大な包帯が自身と搭乗している機械を拘束していた。

「逃がしはせぬ」

龍樹が発動させた秘技・三法印の効果だ。完全に逃げ場を無くし最後の一人は呆気なく御用となったのである。

「カイ!だいじょうぶか!?」

「べ、べつに・・・助けて欲しいだなんて思ってねェし!」

 本当は助けに来てくれたことが嬉しくてたまらなかった。だけど、それを素直に表せない性格ゆえに写ノ神らに対して無愛想な態度を取ってしまう。

「こいつ、変なゴーグルなんざかけやがって!」

「ひいいいいいい//////」

 捕縛したシーカーズの一人に鬼の睨みを利かせる幸吉郎。恐怖に戦き失禁しそうになる相手を哀れに感じながら、ドラは身に付けている装備からある事に気が付く。

「このゴーグル・・・間違いなくチックタックと同じだ」

「例の脱走した時間犯罪か?」

「これではっきりとわかった。カイ、狙いはお前だ」

「はぁ!?なんでオレが?」

「正確にはお前の持ってるネックネスだけど」

指摘を受け、カイは首からぶら下げている紅色に輝く石が埋め込まれたネックレスを手に取る。

「それはクロノスサファイアだ。時を司る力を秘めていて、アルマゲドン装置を止められる唯一の無二の物質。今回のキーアイテムだよ」

「ま、マジで!?これってそんなすげーもんだったのか」

「どこで手に入れたんだよそれ?」

「オレにもわかんねぇよ。気が付いたら持ってたんだ」

 どのように手に入れたのか、その詳細な入手ルートまでは不明だった。だがこれで少なくとも確実に敵の狙いがクロノスサファイアであることがはっきりした。

 ピピピ・・・・・・。ちょうど、本部から統括官エフェメラル・ニールセンからの通信が届いた。

『鋼鉄の絆(アイアンハーツ)諸君、別働隊がチックタックの居場所を突き止めた。今から地図を送るのでそちらへ向かって欲しい』

3D画面に詳しい地図が表示された。ドラは地図が指し示す場所にどこか違和感を抱き眉を顰めるも、一応メンバーには指示を出す。

「念のためだ。ここは二つに班を分ける。オイラとR君、写ノ神と茜ちゃんで現地へ向かう。幸吉郎と龍樹さんはカイを本部まで連れっててくれ」

「「「うす(ああ)(はい)」」」

「「了解です(心得た)」」

「つーわけで、子どもの時間はお終いだ。大人しく大人の言うことに従ってもらうよ」

「ちぇ。もう少しで出しぬけたと思ったのに」

少し悔しい思いのカイだが、ここは言うことを素直に従うことが最も火傷をしないで済む最善の道だと理解するのはそう難しくはなかった。

 

 

 アルマゲドン装置の起動によって自転速度はかつてないほど速度を増していた。改めて、自転速度の変化がこの地球にどんな影響を与えるのかを思案する。

46億年前、誕生まもない地球の一日は今よりもずっと短かった。その原因は今よりも自転周期が短かったことに起因する。地球の自転は、潮汐力と呼ばれる月との間の重力相互作用によって、100万年以上にわたって徐々に遅くなってきた。誕生当時の地球と月は今よりもずっと近く、一説によると24000キロ程度しか離れていなかったという。当時の月は僅か10時間ほどで地球を周回し、地球の自転周期も8時間程度だったという見積もりもある。

地球自転の速度が変化する要因は様々ある。身近な例のひとつが、大規模な地震の発生である。マグニチュード9前後の巨大地震が起こると、自転速度が速くなり、一日の長さに若干の影響をもたらす。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では一日の長さが1.8マイクロ秒短くなった。ただし、この巨大地震の影響は潮汐の影響の100分の1以下の微少なものに過ぎない。他に地球温暖化による極地の氷河が解け、水が移動することによる変化によっても1日当たり1ミリ秒ほど遅くなる影響を及ぼすが、一日の変動のうち最も大きな影響を及ぼすのは、潮汐である。

しかし今、地球自身がその回転力を増している。これが何を意味するのか・・・

地球の自転の速度は、地球の形、気候、海洋の深さや海流、地殻変動の力等に対して、長い間に様々な効果を与える。それが一気に速まると微妙なバランスの均衡がたちまち崩壊する。

 

さらに問題は浮上する。地球上を取り巻く磁場である。地球は磁気圏と言う目に見えない彗星型の空洞磁場によって宇宙からの有害な放射線から守られている。この磁場は地球内部にある鉄を主体とした核が自転によって急速に回転してできるもので、太陽からの危険な放射線を逸らす役目を果たしている。

地球の極致ではしばしばオーロラが目撃される。オーロラは宇宙からやってきたプラズマと呼ばれる電子や陽子が空気にぶつかることで発生する放電現象だ。地磁気上の北極と南極のまわりの「オーロラ・オーバル」と呼ばれる楕円形の帯の中に現れ、空が暗く晴れ渡っており、また、オーロラ・オーバルの近くにいなければ、オーロラを見ることはできない。

オーロラは様々な電子機器の故障や障害の原因になることがある。例えば、オーロラのせいで無線通信が困難になったり、人工衛星が故障してしまったり、発電所や高圧線に混乱が起き、そのため停電になったりすることがる。オーロラの高エネルギー電子は人間の体に危害を加える恐れがあるため、スペース・シャトルがオーロラを通り抜けて飛ぶ時は、宇宙飛行士はシャトルの外に出ることはできない。しかし、我々の生活する地球の表面ではその危険性はない。人間が生活したり飛行機で飛んだりするのは、大気の一番下層の14キロメートルの部分である。それは、オーロラより約100キロメートルも離れている。大気は、オーロラと地球表面の間にあって、オーロラとオーロラを生み出す高エネルギー電子の悪影響から、人体を守る役割を果たしており、そのおかげで、放射線や感電による危害のような、人体に及ぼす悪影響はないと言われている。

しかし、自転が速まるとどうなるのか・・・。木星では、木星自身の高速自転によって衛星イオ由来のプラズマや太陽風と木星磁気圏との激しい相互作用で、オーロラが常時発生している。それと同じことが地球でも起こり得るのである。少なからず人体に与える影響は大きくなるだろう。

 

 

5月26日

北海道中央西部 石狩市

 

 車で2時間あまり移動しただけなのに、日付けはあっという間に1日更新される。ドラと駱太郎、写ノ神、茜の4人はエフェメラルから送られた地図に従ってチックタックの潜伏先と思われる倉庫群へとやってきた。

『目的地に到着しました。健闘を祈ります』

車に搭載されたナビゲーションから激励の言葉を送られる。ドラたちは直ぐには降りず建物の外を窺い突入の機会を見計らう。

「チックタックは部下たちにカイを襲撃させ、クロノスサファイアごとカイを拉致しようとした・・・大方そんなところかな」

「どうすりゃ一番ばいいと思う?」

「ぶちのめす!」

「うん、それがいい」

「たまには駱太郎さんも良いことを言いますね」

「たまには余計だ!」

『全員やる気になってくれたな。準備しろ。情報ではチックタックはこの近くにいる。見つけたら尾行しアルマゲドン装置の在り処を確認。報告してから応援を待て』

 というエフェメラルからの激励と指示が出ているにも関わらず、ドラから返ってきた言葉は実に淡白だった。

「応援ならいいですよ。たくさん来られても前みたくフリーズさせられたら元も子もありませんので」

車から降り、トランクから必要なツールをひと通り用意する。準備が整った時点で4人はチックタックの潜伏先へと乗り込んだ。

建物内は妙に静まり返っていた。物音を立てぬよう慎重に慎重に奥へと歩を進めると、奥の方からチックタックらしきが変声機でわざとに声色を高くしたような話し声が聞こえてきた。

「よしお前、6時の方向に立ってろ」

部下を伴い何やら準備を進めている。ドラたちは柱などの陰に隠れながら少しずつ距離を縮めていく。

「ほら、早くしろ。アルマゲドン装置が運ばれてくるんだ。到着までに準備を整えないと。お前、出口を見張れ。そうだいいぞ。みんな集中しろよ、集中!俺の計画が実現するんだ。あとは例のガキからクロノスサファイアを奪うだけ」

やけに切羽詰った感じではあるが、やはりチックタックの狙いがカイが持つクロノスサファイアである事は間違いなかった。ドラたちは物陰から状況を窺いつつ証拠のために動画をばっちりと記録する。

「どうやってカイの奴がクロノスサファイを持ってるって突き止めたんだ?」

「さぁね」

「突入はいつ?」

「もう少し様子を窺ってから」

一刻も早くチックタックを捕え、黒幕であるカイロスの居場所を吐かせたいとは思うもののドラたちは自制心を保ち突入の機会を待つ。

 

ブ~~~~・・・。

そのとき、予想外の出来事が起こった。駱太郎がこの状況下で重大なマナー違反を起こしてしまったのだ。

彼の放った中便は想像を絶する臭いを周囲へ撒き散らす。近くにいたドラたちは元より、腸内で作り出された硫化水素やメタンガスと言った有害な気体はチックタックらの鼻にも鋭い爪痕を残す。

「あ~~~、ふざけんなよ!お前か?ガスぶっ放したか!?ひでーな・・・勘弁しろよ!レンズ豆と絶望の臭いがする!なんだこの刺激臭!!追いかけて来るぞ!!位置に付け集中!!うわぁあ・・・目に染みるぞ!!ああ!!」

譬えや表現が実に生々しかった。ドラたちはチックタックらに勘付かれぬよう刺激臭を生み出した元凶を厳しく懲らしめる。

「きたぞ!ついに来た!みんな位置に付け、これこそ我々が待ちに待った瞬間だ!」

駱太郎への制裁を加えたのち、ドラたちは突入を試みる。だが不思議な事にチックタックたちの姿がどこにも見当たらない。

「時間通りだな」

不意に入り込むチックタックの声。4人が声のした方へ目を転じれば、飄々とした笑みのチックタックがおもむろに歩み寄って来た。

「ヒッコリ~、ヒッコリ~、ドッグ!プレイヤーは時計を駆けあがる。1時の鐘が鳴り、君たちの時間はお終い!ゲームセット!勝者チックタック!!」

「みんな・・・うまい具合に嵌められたようだね」

「ったく情けねぇー話だぜ」

「屁ぶっこいて作戦台無しにした奴が何言いやがる!」

「しばらくは私に近寄らないで下さいね」

最初から何かがおかしいと思っていたのはドラだけではなかった。この状況を前に全員が敵の仕掛けた罠に陥ったと気付くのはそう時間のかかる話ではなかった。

「始末しろ」

合図とともに、倉庫の中に置かれていた大きめの木箱から隠れていたチックタックの手下が一斉に飛び出した。

ドラは眉をひそめてから、隣に立つ駱太郎へと有無を言わさず桁繰りを仕掛けた。

「ぐお!?」

何をするのかと思えば、駱太郎が履いている靴を奪いとり、左側の敵目掛けてそれを投げつける。

「R君の激臭シューズ攻撃!!」

靴の内側に蓄積された駱太郎の足の臭いが一気に解放された。敵は先ほどの放屁とは比べ物にならない強烈な刺激臭を受け瞬時に涙。手に持つ電気ネットの照準をドラたちから仲間の方へと誤射。

「「ぐああああ」」

電気ネットがものの見事に仲間を捕え電気ショックを与える。

「さらに!!」

攻撃の手を休めず、ドラは駱太郎の体を持ち上げるとジャイアントスイングの要領で駱太郎の足の臭いと雑菌を直接お見舞いする。

「R君の水虫キックだぁ!!」

「「「ぐあああああ」」」

キックを受けた側もする側(ここでは駱太郎本人を指す)もダメージを伴う。敵は先ほどと同様に電気ネットを誤射して仲間を一網打尽に。チックタックだけは上手いこと難を逃れ、ひとり空飛ぶバイクに乗って逃走を図る。

「また今度がんばれよ!」

嘲笑いエンジンを始動させる。エアバイクは空中を颯爽と駆け上がり、倉庫の窓を突き破って勢いよく飛び出した。

「犯罪はデカければデカいほどおもしろいなー!」

 去り際に放った愉快犯的な言葉。ドラはどうしようもない苛立ちを覚える。

「あいつってホントにムカつくんだけど・・・」

「ムカつくのはてめぇだ!!俺を何だと思ってやがる!!」

「ただのトリ頭だけど、なにか不満でも?」

「大有りだ!!」

 

 

TBT本部 第四分隊・科学捜査班オフィス

 

カイを連れて本部へと戻った幸吉郎と龍樹、昇流の3人はハールヴェイトの仕事場を訪れていた。

「ハールヴェイト、カイロスのこと何かわかるか?」

「TBTが傍受したカイロスのメッセージだが・・・誰も暗号を解くことが出来ない。この俺にもさっぱりわかんねぇ」

お手上げだとハールヴェイトは笑いながら匙を投げる。彼のパソコンには複雑なアルファベットと数式が混在したカイロスが発信したとされる難解なメッセージが表記されており、彼以外のどの捜査官も解読には至っていない。

「これって暗号なの?なんかパッと見、オレには文字をイタズラに並べただけのように思えるけど・・・」

「そうだアナグラムか!」

何の気なくカイが率直な意見を口にした直後、昇流は直感的に一つの可能性を閃いた。

「数字を消して残った文字を並べ替えると意味の在る言葉になる」

己の推理が正しいと自分に言い聞かせながらキーボードを操作する。案の定、残った文字が並び代わって意味のある英単語が自然と浮かび上がった。

「やっべー!!長官マジ天才っすよ!!」

「でかしたぞカイ!して、何と書いてある?」

浮かび上がった英単語を早速読み解く。ハールヴェイトは表記された『BIG TIME WATCH REPAIR SHOP』という言葉の意味を日本語に翻訳する。

「“ビッグタイム時計修理店”?」

「世界を脅す悪者が時計屋さんにいんの?」

「それとカイロスって名前とどう関係してるんだ?」

「カイロスってのはギリシア神話に登場する『時刻』を司る男性神のことだ」

「確かに、時計屋にいるのは筋が通ってるかもしれん」

「この時計屋の住所割り出せるか?」

「お安い御用だ!」

元・国際ハッカーという異色の経歴を持つハールヴェイトが最も得意とするのが、コンピューター上からある特定の情報を瞬時に引き出すこと。ブラインドタッチによる超高速作業によって問題の店の住所を割り出すのにかかった時間は僅か10秒。

「出たぞ!」

「どこだ!?」

「秘密のアジトがあるのはアメリカのマンハッタンだ」

「何千キロも離れてんじゃねぇか!?今からどうやって移動すりゃいいんだよ!」

「飛行機はGPSシステムの破たんで使い物にならねぇ。第一、残りどれくらい時間があるかもわからねぇ」

 場所が分かっても行くための手段が絶たれていてはまるで意味を成さない。

このまま見す見す諦めるしかないのかと思われたとき、ハールヴェイトが不敵な笑みを浮かべて来た。

「ふふふ・・・こうなりゃとっておきの秘密兵器を使うしかなさそうだな」

「秘密兵器?」

 

ハールヴェイトに導かれて4人が足を運んだのは、危険な臭いを醸し出す怪しげな実験室。中に入ると部屋の中央には某アメリカのSFドラマシリーズに登場しそうな巨大な転送装置らしき物が置かれていた。

「すっげー!なんかよくわかんねぇーけどカッコいい!!」

 年相応の男の子らしくカイは目の前の機械に強い興味と好奇心を抱いた。

「これは『テレマテック有機生命体粒子転送機』。またの名を人呼んで“TOTO(トート)”!!」

「便器メーカーみたいな名前だなおい・・・まさかこれで敵のアジトまで行けるって腹なのか?」

「Exactly!今日の長官キレキレっすねー。これさえあれば飛行機なんざなくっても直接好きな場所にに行けるって寸法だ!!」

「こんな便利なものどうやって作ったんじゃ?」

「前に碧陽のキャットウーマンが使った瞬間転送ポート、あれの構造を何とかマネできねーかと思って試行錯誤した結果、試作段階だか俺たちはついに本物を作り出した!」

「にしては随分とデカイな」

「小型化には当分時間がかかるもんでな」

「ねーねー!!何でもいいから早く使ってみようよ!!」

「よーし、そこの台の上に乗るんだ」

あまり乗り気ではなかったが、幸吉郎たちは不承不承に台の上へと登壇。嬉々とするカイとは裏腹に幸吉郎たちの顔には不安の文字が。ハールヴェイトは意気揚々と機械を作動させ、物質転送装置の要とも言える粒子変換ビームの位置を調整する。

「準備OK!!」

「間違っても俺らを粒子に分解すんなよ」

カイを除く3人はもしもと言う事態を想定し思わず生唾を飲む。

「んじゃまぁ、いってらっしゃい!!」

装置が起動した。

次の瞬間、4人の体は瞬く間に粒子へと分解され台の上から姿を消失させるとともに転送が開始された。

「「「「うわああああああああ」」」」

 想像するよりもずっと転送の衝撃は凄まじかった。微粒子状に分解された4人の体は移動を行いながら再構築されていく。

 が、TOTOは完全なシステムと言う訳ではなく不完全な箇所が多い。そのため移動中にあらぬ事故が起こった。再構築された昇流の体のうち、顔と右手部分だけがどこかへと消えてしまったのだ。

「俺の顔と手がないんだけど・・・」

 するとカイが尻の部分に違和感を覚える。構築の際に何らかの手違いがあったらしく、昇流の顔が浮かび上がっていた。

「ここなんか臭いんだけど!!」

「座ったらおもしろくなりそう」

「おいカイ!てめぇ俺の手が見つかったらブッ飛ばしてやるからな!!」

と、そうこうしている内に転送工程は終わって4人は目的地へと到着した。

「「「「うわああああああああ!!!」」」」

 悲鳴を上げながら4人が立っていたのは紛れも無く日本とは異なる国の地面。辺りを見渡せばアメリカらしい高層ビルが立ち並ぶ風景が焼きつくとともに、背後には目的の時計屋も立地していた。

 だが、転送時にかかった負荷は予想を遥かに超えていたらしく、4人は挙って腹部を押さえるとともに強い吐き気を催す。

「うええええ・・・胃袋がひっくり返った気がする///」

「拙僧は腎臓を失くした感じじゃ」

 

 

数時間後 小樽市 TBT本部

 

「TOTOを使っただって!?」

「じゃあカイ君は幸吉郎さんたちと一緒に!?」

帰還したドラたちは、ハールヴェイトから受けた報告に仰天した。

「おいこの黒色人!!なんで止めてくれなかったんだよ!!」

「だって、その方が面白そうだったし!はははははは」

完全な愉快犯だった。ハールヴェイトのとった態度にドラは業を煮やすと、彼の顔面にめり込みくらいの強烈な拳を叩き込む。

「ぐっほ!」

 なぜ殴られたのかがわからなかった。だが今ので確実に鼻骨が陥没、あるいは皹が入ったと確信を持つことが出来た。

「呆れた黒人め!お前の軽はずみな行動が組織にどんな被害を生むのかを少しは考えなかったのか?」

「な、何急にマジなこと言ってんだよ・・・らしくねぇぞ」

「自分の給料に関わる話でマジにならない奴の方がおかしい!オイラたちも追いかけるよ!」

 

 

ニューヨーク市 マンハッタン区 ビックタイム時計修理店

 

カイロスの秘密のアジトとされる時計屋を訪れた幸吉郎たちは早速店内へと進入。中からは人の気配が一切感じられず、あるのはカチカチやチックタックなどと鳴る世界各地から集められた様々な種類の時計だけ。

「ねぇ・・・本当にここなの?」

「犯人は自称“時を支配する者”―――カイロス。ここは部屋中時計だらけ。こんなベタにわかりやすいアジトないだろ」

アジトの中を見渡し奥へと進む。

そんなとき、昇流が目を付けたホールクロック。文字盤には「ALE TROVE」と意味不明な単語が書かれていた。

「これもアナグラムだ。文字を入れ替えたら何て言葉になる?」

「えーっと・・・“ティーラバー”?」

「お茶かよ!」

「正解は“エレベーター”です」

「これが操作パネルだな」

操作パネルとなっている部分を開放する。12個の腕時計が隠し扉を開ける鍵となっているらしく、幸吉郎が適当に装置を動かすがエラー音が鳴るだけでなかなか開かない。

「ああもう!貸してみて!」

見かねたカイが幸吉郎と交代し直感で装置を弄る。

『鍵が開きました』

 すると今度はあっさりと鍵が開いた。秘密の扉が開き、アジトへと繋がる分銅型のエレベーターが出現する。

「あまり丈夫そうな設計してねーなこのエレベーター」

「重みで鎖が切れたりして」

などと言いながらエレベーターへと乗り込む。扉が閉まった直後、4人が乗った分銅型の台が猛スピードで下降し始める。

「「「「うわああああああああああああああああ」」」」

TOTOに続いて重力を無視したような感覚が4人を襲う。

しばらくするとエレベーターは停止。またしても胃袋がふわっと浮かび上がった気がしてならない4人は青ざめた顔でエレベーターを降りる。

扉が開いたとき、目の前に一際シュールな光景が広がって来た。

幾重という歯車と針が目まぐるしく作動する様が眼前にまざまざと広がる。さながら時計の内部構造を見学しているようだった。いや、最早それ自体が巨大な時計のムーブメントであり、ゼンマイの動力で歯車たちが回り、その歯車に取り付けられている針が回転している。

「なにこれ・・・巨大な時計?」

「違うな。巨大な自殺装置だ」

「あれが時間の針で、あっちが分の針、でもってあっちが秒針」

「それじゃ・・・・・・・・・あれは?」

カイが指を差したのは猛スピードで動き回る赤い針。時針と分針、秒針いずれにも該当することなく針はただただ速く回り続ける。

「身体を真っ二つにする針かのう」

試しにコインを取り出し足音へと投げてみた。コインは底の底にある輪列と呼ばれる時計のゼンマイの動力で連動する歯車の列へと落下。歯車の間に挟まって間もなく、粉々に砕け散った。

「・・・・・・・・・じゃあ、俺帰るわ」

一人逃げようと踵を返す昇流だが、幸吉郎と龍樹が両腕を掴んで咄嗟に止めた。

「あそこが入口っ!」

するとカイが歯車の中に見えた入口らしき場所を発見した。

「ねぇ、先に死なないであそこに着いたほうが勝ちってのはどう?」

「どうって・・・」

「遊びじゃねぇんだぞこれは!」

 と、幸吉郎が叱咤した直後。カイは巨大な時計装置の時針に向かって飛び込むんだ。

「カイ!!」

「このウツケめが!」

「ったく子どもって怖いもの知らずだから迷惑なんだ!!」

カイを追いかけるため3人もやむなく歯車の中へと身を投じる。

不安定な針の足場を進んでいく。するとそのうち例の赤い針が勢いよく向かってきた。

「真っ二つの針が来た!」

「飛べ!!」

「俺は伏せてるけどね!」

幸吉郎と龍樹、カイのは向かってきた針を飛び超えて回避。昇流は身を低くする事で辛うじて難を逃れる。

再び針を伝って奥へと続く入口を目指す。しかしその行く手を例の赤い針が執拗に阻まんと迫ってくる。

「また針がきたよ!なんか動きが早くなってるけど!」

「時間が早くなってるからだろ!」

 これが新手のアスレチックだったら実に平和な光景だったに違いない。だが生憎とこれは遊びでやっているのではない。命懸けなのだ。

「あそこだっ!!」

 ようやく入口まで到達する事が出来た。4人は命からがこの急場を凌ぎきった。

「ふう~。きつかったー」

「でもこれ、おもしろいや!もう一回やろうか?」

「やんないよ!!」

「俺たちは遊びに来てんじゃねぇんだよ。さぁ、いくぞ」

 関門を突破した4人はアジトの深奥を目指し歩を進める。その先で彼らを待ち受けるものとは・・・・・・。

 

 

『人類は時間切れ寸前。世界の終りは炎に包まれるのか。大洪水か。古代マヤ文明は人類の終わりを明確に予言しておりました。そのときが近づきます。誰が人類を滅亡から救えるのでしょうか。黙示録に描かれたこの世界を―――』

 世界の終りは確実に近づいていた。

 止まる事のない時間短縮現象。悲鳴を上げる地球。人類はこんなにも早い終末を迎えようとしている世界に何を思い耽るのか。

 それは、誰にもわからない――――――・・・・・・。

 

 

5月27日

北海道 小樽市 TBT本部

 

「まったく悪ガキには手を焼かされるよ」

「そういう悪ガキの面倒得意じゃなかったのか?」

 TOTOでカイロスのアジトへと乗り込んだ幸吉郎たちを追おうとドラたちも行動を起こそうとしていた。

 ドン―――。しかし不意に何かと廊下で勢いよく衝突した。

「いててて・・・って?」

 頭を押さえながらドラが顔を上げると、ぶつかった相手は意外すぎる人物。TBT本部統括官のエフェメラルだった。

「すまなかった。だいじょうぶか?」

「「「「エフェメラル統括官!」」」」

「そんなに慌ててどうしたというんだ?」

「うちで預かってる悪ガキがTOTOで逃げちゃったんですよ」

「それは大変だ。直ぐに追いかけねば」

「だからそのつもりなんですってば・・・」

「あら?」

 ふと、話の最中に茜がエフェメラルの左腕に嵌められた年代物の時計に注目する。

「良い時計ですね」

「そうか?父上からもらった。古い時計でな」

「でも他に4つしてるぜ」

 駱太郎がさらに突っ込んだ質問をする。エフェメラルは腕に合計4つもの時計をしていた。普通ならば余分に3つの時計をする必要はないように思われるからだ。

「時間は無限にある訳ではない。一秒でも無駄にはできんよ」

「自分が“時の支配者”だからですか?」

 鋭い眼光でドラがエフェメラルを睨み付ける。このとき、既にドラはエフェメラルの正体に気付いていた。

「あんたがカイロスだったのか」

「そう・・・―――カイロスとはこの私だ。もっとおしゃべりしていたいが時間がもうないんだ」

 本性を露わにしたエフェメラルは、左腕に付けていた4つあるうちの時計から父から貰ったと言う時計の針を動かし始める。

「何をしようとしている?」

「この時計はTBTに所属する捜査官全員をフリーズさせるスイッチだ。君らがいると邪魔だから」

「よせぇ―――!!!」

慌てて止めようと飛びかかろうとした次の瞬間。エフェメラルが時間停止のスイッチを起動。これによりTBT職員が所持する社員証に組み込まれた時間爆弾が作動し、バッチを持つ者は自身の意思とは無関係に強制フリーズさせられた。

「さぁ・・・世界を止めよう」

言うと、エフェメラルは為すすべなく強制フリーズさせられたドラたちの前から悠然と立ち去った。

「・・・・・・あれ?」

 職員全員がフリーズさせられたと思われた中で、駱太郎と写ノ神、茜は未だ時が止まらず平然としていた。

「動いてるよな・・・俺ら?」

「ドラさんは完全に固まっていますが」

「これがほんとの鉄くずって奴だな」

 フリーズして動けないドラをこの機会を良い事に弄ぶ駱太郎。どれだけヒゲを弄ったり頭を叩いても彼が激昂する事はない。

「でも、どうして私たちは動けるんでしょうか?」

「“特異点”だよ!!俺たちは時間の影響を受けないそういう体質なんだ!!」

「だとしたら好都合だ。このまま奴の思い通りになんかさせてたまるか!!」

 

 

ビックタイム時計修理店 地下アジト・最深部

 

「命懸けで来たのにコンピューターだけか?」

アジトの最深部へと辿り着いた4人が部屋の中で発見した一台のコンピューター。黒幕がいるとばかり踏んでいただけはあってか、とんだ肩透かしを食らった。

癪だからと、パソコンを起動させ中身を見てみた。そこにはある重大な記録が保管されていた。

「フォルダの名前は・・・『時に捕われた少年』?」

「カイロスを止めないと俺たちもそうなるぞ」

ディスプレイには4つに別れた画面で、時間が停止した一人の子どもの姿が映し出されていた。

「これってなんなの?」

「どうやら時空移動の実験中の事故みたいじゃな」

画像を拡大する。その際、古い映像に残されていた子どもの姿にどこか違和感を覚える。

「なぁ・・・このクソ生意気そうな顔、どっかで見たことねぇか?」

 眉を顰めながら幸吉郎が時に捕われた少年と、なぜか隣にいるカイを見比べる。

「これオレじゃねぇか!!」

「確かに、カイだ!」

「ドッペルゲンガーというやつか?」

「ただの他人の空似だろ?」

不思議な事に少年の姿は今のカイと酷似していた。これが何を意味するものなのかと思案に暮れていたとき―――。

 

「子供にはいつまでも時間があると思ったら大間違いだ」

 周りから聞こえてきた低い声。気が付くと、自称“時の支配者”を名乗る犯罪者―――カイロスとチックタックらを始めとする手下たちが4人を取り囲んでいた。

「ネックレスを渡せ」

「だったらもっと分かりにくい隠れ家探したらどうだ」

 そう言ったのは幸吉郎たちではなかった。現れたのはフリーズから解除し自由の身となったドラと彼をフリーズ解除した駱太郎たちだった。

「「「「兄貴(ドラ)(ドラさん)!」」」」

「なに!?」

「うちの子に何てことするんですか!」

「いや、まだ家族になったわけじゃないけど・・・」

「バカっ!助けてもらいたいんだろ!?」

「そういう時間の使い方はうんざりだ。家族になるつもりがないなら、ともに時間を過ごす資格は無い!!」

「そこは統括官殿の言う通り。帰りたければ、家族が団結しないと」

「統括官!?じゃあ・・・!!」

「黒幕はエフェメラル・ニールセン。全く、どうしてこうTBTってのは内部から犯罪者を生み出しちゃうのかな」

 呆れたように言葉を吐き捨てるドラ。最早素顔を隠す必要はないと悟ったカイロスこと、エフェメラルは置時計型のマスクを取り外す。

「やれやれ・・・あのとき確かに時間を止めたと思ったのだがな」

「うちのメンバーが特異点だったってことが救いだったよ。それに社員証をたまたま持っていない人間にも意味を成さないだろうから」

 言いながらドラが視線を向けるのは昇流だった。このとき、彼は幸か不幸か社員証を紛失しており現在申請中だった。

「なんでこんなことするんですか?」

「てめぇはこの世界を終わらせようとしていやがる。そんなこと断じて許されることじゃねぇ!」

「誤解しないでくれ。アルマゲドン装置は世界を止めたり終わらせる道具じゃない。過去へ戻る為の道具(・・・・・・・・・)だ」

 そう言って、エフェメラルは部屋の中央に巨大な3Dモニターを表示。映し出されたのはカイによく似た少年と、白衣を着た今のエフェメラルによく似た男。

「私はあの時代へ戻る。あれが父だ」

「カイ君にそっくりです!」

「そうか・・・時に捕われた少年はあんただったのか」

「時空移動実験の初期段階だった。子供は事故前の私だ。父は試作品を製作していて、装置を起動した時―――事故は起こった。装置の側で遊ぶなと言われていたのに、私は聞かなかった」

 映像が切り替わり、少年だったエフェメラルは父親に手を差し出したまま己の時を静かに止めた。

「私の時はそのまま何年も、何十年も止まってしまった。父はその生涯を懸けて、私を救おうとした」

たった一人の息子を救うために奮闘する父の姿をエフェメラルはずっと見続けていた。しかし成果がなかなか実らず誰もが匙を投げ、ただ徒に時間だけが過ぎて行った。

「目の前で父は年を取り、そしてやがて・・・・・・・・・死んだ。計画が中止されたのは、宇宙からの隕石で問題が解決したからだ。クロノスサファイア—――そのときの私は子どもの体をした大人だった。友だちは全員、父親も、死んでいた。私の大事な物は全て失われた」

「じゃあ、これは全部またおやじさんに会う為?」

「私はもっと時間が欲しいんだ!!父との時間が!!」

 思わず声を荒らげる。エフェメラルの目には浮かぶ銀色の雫。何十年と時に捕われ続けた末に大人へと成長した彼の心は家族の愛にひどく飢えていた。

「父は私を愛してくれてた。なのにあのときの私は冷たくした。知らなかったんだ・・・父との時間がそんなに短いとは。だから昔に戻って、過去を変えるんだ!!」

「んな回りくどいことしなくたって、普通にタイムマシン使えばいいだろうが!」

「普通のやり方じゃ無理なんだよきっと。おそらく、長きに渡って時が止まっていたという事で時間軸が本来の時とズレて断絶してしまったんだ。そんな状態で時を遡っても過去は変えられない。それどころか何度試しても時間上の色んな場所に違う自分が現れるだけ。こんな風にね―――」

 するとドラはチックタックからゴーグルを奪い取った。その素顔はエフェメラルそのものであり、他の配下たちもマスクを外せば一様に同じ顔をしていた。この光景に幸吉郎たちを始め、エフェメラル自身も吃驚し言葉を失った。

「前にも過去に戻って失敗した。過去に戻るのは初めてじゃないし、毎回戻るたびに事態は悪くなってる。毎回失敗して、新しい自分が増えるだけ。カイはそんな実験の過程で生まれた幼少期の自分の姿を模ったもの・・・・・・・・・どうしてありのままに事実を受け入れようとしないんだ?」

 哀れみを含んだ目でエフェメラルを見る。

これを聞いたチックタックはドラからゴーグルを奪い返すと、慌てた口調で言ってきた。

「そうじゃないぞ!この計画はうまくいく!」

「無理だね。でも何度試したって過去は変えられない。世界を終わらせるのを早めるだけだ」

「こんなの相手にするな!今度こそうまくいくんだ!父親と過ごせる!」

 葛藤すること数十秒。エフェメラルが選んだのは―――

「クロノスサファイアを奪え!!」

 聞いた直後、チックタックら配下たちが一斉にカイの持つクロノスサファイアを狙って一遍に襲い掛かった。

「うわああああああああああああああ」

 悲鳴を上げずにはいられなかった。もうダメだと諦め欠けたとき、駱太郎が身を挺してカイを護った。

「こいつに手出しはさせねぇ!!万砕拳―――震砕(しんさい)っ!!」

 足下目掛けて右の拳を叩き込む。

刹那、衝撃力を増した拳打が波紋を広げるように拡散。周りにいた敵を一網打尽に吹っ飛ばした。

 

『アルマゲドンまで残り20分です』

「時空の渦が口を開けるぞ!!」

 エフェメラルが待ち望んだときがも訪れようとしていた。断絶した自分自身が唯一過去へと戻るための希望の道が満を持して現れるまで残り僅か。

 ドラたちは過去への渡航と全世界の時間停止を食い止めようと躍起だった。カイの身と彼が持つクロノスサファイアの両方を守るのは骨が折れることだった。

「何が何でもカイには指一本触れさせねぇ!!」

「私たちの大切な子供を・・・家族は絶対に守り抜きます!!」

「写ノ神・・・茜・・・」

 血の繋がりなど全くない赤の他人でありながら、自分を守ろうと必死な姿の二人の姿がカイの瞳にまざまざと焼きつく。

 ドクン・・・ドクン・・・。

このときカイが感じた心臓の高鳴り。胸がきつく締め付けられるような感覚。それが何なのかと分かりかけそうになったとき。

「もらった!!」

 チックタックが首からぶら下げていたクロノスサファイアを強引に剥ぎ取り、そのままエフェメラルへと投擲する。

「しまった!!」

「遅かったな」

 エフェメラルの手にサファイアが渡った直後。巨大な時計仕掛けの空間に現れる紫色の時空の渦。またその副産物として、エフェメラル以外のすべての時間が一様にフリーズする。

「やったぞ!成功だ!我々以外の世界中がフリーズした!」

(チクショー・・・うごけねー!!)

(これでは手も足も出ない!!)

 人工的な時間停止とは訳が違う。特異点であるはずの幸吉郎たちも意識を保ったまま体の自由を完全に封じられてしまった。

「渦の中に飛び込め!」

チックタックからの後押しを受け、エフェメルは時空の渦に向かって伸びる階段を一段一段上がり始める。

「やめるんだエフェメラル!過去は変えられないよ!」

「時間は若さの敵だ。まずは若さを取り戻す」

「何にも変わらないってば!」

 エフェメラルの過去であるカイは未来の自分に苦言を呈し制止を求める。だが当人は子どもの言葉に耳を貸そうとはしない。

 階段をすべて登り切った先に視える時空の渦。その先に待つのは自分が求めたあの頃の時間。一歩、また一歩と踏みだしエフェメルの体は渦へと吸い込まれていった。

「エフェメラル・・・・・・」

 消える事なくその場に保ち続ける時空の渦を凝視しながら、カイは未来の自分が戻ってくるを待つ。

 しばらくして、時空の渦の消滅に伴いエフェメラルらしき人物が現れた。

面影は残しつつも容姿はすっかり年老いた老人の姿。杖を突かないと歩く事も出来ないくらい足腰は弱り切っていた。

(あれ誰だよ?)

(あれがエフェメラルなのか・・・)

 そう・・・こそこそが断絶した時間を取り戻すために時空移動を繰り返し行った末の成れの果だった。階段を一歩ずつ降りながら、年老いたエフェメラルは自分に諭しかけようと必死だったカイやドラたちを見つめゆっくりと口を開いた。

「君たちの言う通り・・・過去には戻れない・・どうやっても・・・父は生き返らない。何度私が救おうとしてもな」

 気が遠くなるような時間の中で味わった苦い経験の数々。そのひとつひとつが鮮明に彼の脳裏を過る。

「だがひとつ大事な事を教えてくれた・・・人生は一度。いつでも前を向いて生きろ。振り向くなと・・・今度こそ・・・父の言う事を聞くよ」

 反発ばかりしていた自分自身を顧み家族の思いを尊重することをようやく受け入れることにした。エフェメラルはポケットからクロノスサファイを取り出し、アルマゲドン装置の上へと置く。

サファイアが置かれた直後、装置は何事もなかったように停止。これにより地球全土へと及んだ時間停止現象、並びに時間短縮現象に終止符が打たれた。

 同時にフリーズしていたドラたちの時間も悉く元へと戻った。

「元に戻った!!」

「時間は・・・全部元に戻ったのか!?」

 と、問いかけた直後。

 バタン・・・・・・。エフェメラルが力なくその場に倒れ込んだ。

「おい!!」

 慌てて駆け寄って安否を確かめるドラたち。だが既に彼の意識はなく、心臓の鼓動は完全に停止していた。その死に顔はこの上もない笑顔だった。

「死んじまったのかよ」

「ん?てことは・・・・・・」

 彼の死が意味するもの。それが分かったとき、ドラたちが目の当たりにしたのはチックタックを始めとするエフェメラルの分身たちが次々と砂と化して消失していくという光景だった。時の流れが正常に戻ったことと、本体であるエフェメラルの死により、彼らの存在もまた消えゆく定めとなっていた。

当然、その影響が及ぶのはチックタックたちだけではなかった。カイもまた同じ現象に見舞われ消失しようとしていた。

「カイ!!」

「まってください!!」

 この世から消えそうになるカイ。写ノ神と茜が焦燥を露わにカイへと近づく。すると、カイはどこか安堵した笑みを浮かべながら二人に語りかけた。

「オレさ・・・・・・何となくだけど、わかった気がするよ。大事なのは時間の長さじゃない。何をして何を感じたかじゃないかって」

「カイ・・・」

「そのことに気付かせてくれたのは他でもない。みんなだよ」

 エフェメラルが欲しかったもの―――大切な家族との時間、それは奇しくもカイがこの時間で手に入れたものだった。たとえ過ごした時間は短くても彼の心に刻まれた思い出の数々はかけがえのない記憶そのもの。

「ありがとう―――オレ、みんなと家族になれてよかった」

 別れ際に見せた一筋の涙。カイは感謝の意を示すとともにドラたちの前から消失―――時の砂と化した。

 茜は完全な砂と化したカイを掌で掬い上げる。

「カイ君・・・・・・ぅぅぅぅ」

「チクッショウ・・・・・・・・・」

 胸が張り裂けそうな思いだった。若い二人にはこの現実を受け入れるのは荷が重かったかもしれない。嗚咽を押し殺し泣き崩れる写ノ神と茜を遠くから見守るドラたちはかける言葉も無かった。

 

 

 

 この世界を取り巻く時間――― 絶対的であれ、相対的であれ、時間は流れている。

 始まりと終わりがあろうとも、伸び縮みしようとも、我々は間違いなく時間の流れを感じている。そして、「今」を感じている。

「今」の存在は、実は我々の意識に深く関わっている。意識のないところに「今」は無い。「今」という瞬間は、客観的には存在しえない。ゆえに「今」は主観そのものと言える。脳細胞の活動が「今」という瞬間を生み出し、「今」を感じている主体を私たちは「意識」と呼ぶ。

 もし、この世界に、意識と呼ばれる現象が存在しなければ、「今」を認識する主体が存在しないということになる。

 世界から「今」が消えてなくなる。

「今」が無い状態を想像できるだろうか?「今」のない時間の流れを、あなたは想像できるだろうか?

 決して想像できないはずだ。「今」が無ければ時間は流れない。

 時間の流れは観察者がいてこそ感じられるのであり、観察者がいなければそこに流れは無い。

 つまり、「今」が主観であるように、実は「時間の流れ」そのものも主観なのだ。

 客観的な「時間の流れ」は、原理上、その存在を証明することは絶対に出来ないのである・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

参照サイト

「時間」とは何か? 「今」とは何か? http://ai-revolution.net/time/

 

 

 

 

 

 

登場人物

カイ

声:山崎みちる

9歳。一人称は「オレ」。写ノ神と茜が偶然発見した身寄りのない少年。名前以外の記憶を失っており、その出自に関しては一切不明。

子ども扱いされる事が嫌いな上に口が悪い。とんでもないイタズラ好きで、鋼鉄の絆が保護するようになってからはたびたび性質の悪いイタズラを引き起こして、ドラ達にこっ酷く叱られている。首からはクロノスサファイアをネックレスとしてぶら下げており、当初はその価値を全く知らなかった。

その正体は後述のエフェメラルの幼少期の姿であり、彼が時空移動実験による過去改変を何度も試みた結果、その副産物としてこの世に誕生した。姿こそエフェメラルの幼少期だが、当時の記憶を一切持たないことからエフェメラルとの直接的な繋がりを持たない独立した存在である。

アルマゲドン装置が停止しエフェメラルが死亡したことで時の流れの変更に失敗したことが決定的になると、チックタックや他の時間からやって来た自分共々砂と化して消滅した。消滅する間際、それまでのイタズラ好きの性格から一変、ドラ達と共に過ごした時間が自分にとって尊い思い出だった事を振り返りつつ、感謝の意を示すなど精神的に発達した大人の一面を垣間見せた。

エフェメラル・ニールセン

声:山路和弘

TBT本部統括官

40歳(プロフィール上)。一人称は「私」。TBT本部および本部の所掌に属さない事務の能率的な遂行のためにこれを所掌する役職に付いている。盗まれたTBTの極秘ディスク奪還のためにドラを単独任務に参加させた。

超時空崩壊編の黒幕で、かつて時空移動実験の責任者だったマーティン・ネブラスカの息子。時空移動実験中の被害者「時に捕われた少年」その人である。

真の目的はタイムマシンであるアルマゲドン装置と時空を操るクロノスサファイアを用いて、断絶した自身の時間を取り戻し、過去へと遡り父との再会を果たし過去を変えることである。彼の場合は長く時が止まっていた影響で、正常な人間には見られない問題が生じてしまうようになった。タイムマシンで何度も過去へ遡り続け、その度に時間上の違う点に存在する自分自身が現代に生み出されてしまい、過去へ戻れば戻るだけ事態が悪化してしまい、普通の方法では過去は取り戻すことは不可能であるという結論に達し、アルマゲドン装置とクロノスサファイアに最後の望みを託した。しかし、ドラやカイに過去は何があっても取り戻せないことを指摘され、反発して過去に戻ったがその後老人の姿となって現代へと戻り、ドラ達の言っていた事が正しかったことを身をもって理解すると、最後はクロノスサファイアをアルマゲドン装置へと戻し、満足の笑みを浮かべながら息絶えた。

名前の由来は、「儚い」を意味する英語「ephemeral」から。

カイロス

声:山路和弘

一人称は「私」。アルマゲドン装置を使って時空崩壊を目論む時間犯罪者。置時計型のマスクを常に被って素顔を隠している。

時間を無駄にする現代人に激昂し、時空崩壊を企む一方で、愛する者=家族と過ごす時間を大切にするようにと周りを諌める言動が節々で見受けられる。手下にはチックタック達、時間移動の際に生まれた違う時間上の自分がいる。

正体はエフェメラルが変装したもので、TBT本部にてドラに正体を見抜かれてしまった。

名前の由来は、ギリシア語で「機会(チャンス)」を意味する言葉を神格化した男性神「カイロス(Caerus)」から。

チックタック

声:山路和弘

一人称は「俺」。エフェメラルの部下で、その正体は彼が時間移動によって過去改変を行おうとした際に違う時間上に存在するエフェメラルが現代に生み出された結果で、彼のコピーである。エフェメラルよりも初老の姿をしており、素顔はゴーグルで隠し常に飄々とした笑みを浮かべている。

TBTからアルマゲドン計画に関する極秘ディスクを盗み出そうとして、一度はドラに逮捕される。しかしその後留置所を脱走し、今度はクロノスサファイアを手に入れるためにカイを付け狙う。

最終的にアルマゲドン装置が止まり時の流れが正常に戻ったと同時に、本体であるエフェメラルの死により、カイや他の自分と一緒にこの世から消滅した。

名前の由来は、秒を刻む時計の音を表す擬音語から。




次回予告

昇「カネ―――人間社会を取り巻く欲望の根源。人はそのカネのために平気で我が身を焦がしてしまう」
「借金の連帯保証人なんて安易に引き受けるもんじゃねぇ。これは、俺が実際に経験した地獄での物語。自由も幸福もない場所で生き残るには、ただひたすらに勝利を得続けるしかなかった・・・!」
「次回、『デット・トラップ』。大人になってからデカい借金抱え込んだりするんじゃねぇぞ!!」

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