サムライ・ドラ   作:重要大事

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幸「写ノ神と茜が保護した身元不明で記憶喪失の子供・カイ。クソ生意気な上に口の利き方がまるでなってねぇ。気乗りしないものの、俺たちは身寄りのないあいつをみんなで面倒見る事にした」
「時同じく、兄貴が逮捕した時間犯罪者チックタックが留置所から脱走した。奴の狙いは時空を操る力を秘めた曰くつきの兵器・アルマゲドン装置を再起動とさせることだとか。さて・・・この後どんな展開を迎えるんだ?」


世界が時間を失うとき

世界が時間を失うとき

 

 

 

西暦5539年 5月19日

小樽市 千葉神太郎(八百万写ノ神)宅

 

その夜、ドラとの地獄の遊戯から解放されたカイは実に悲惨だった。

「あぁ・・・・・・」

虚ろな目をして、全身の生気がほぼ抜け落ちている。心身ともにやつれ切りこうして間近で見ていることが痛々しい。写ノ神と龍樹は気の毒だと思いつつカイに語りかける。

「カイ、あれで懲りただろ。二度と魔猫には逆らうんじゃねぇ」

「あのとき拙僧たちが止めに入らなければ、お主はあのまま西方浄土(さいほうじょうど)(*阿弥陀如来を教主とする西方の浄土。極楽浄土のこと)へ旅立っていたからのう」

ふと二人の脳裏に過るそのときの一部始終。小部屋に監禁されたカイを救い出そうと部屋のカギをこじ開けたとき、彼らが見たのは真っ暗な部屋で首を吊るされあと一歩のところで魔猫に殺されそうになっていたという凄惨な光景だった。

「オレ・・・マジで怖くてちょっと漏らしちゃった///しかも大のほう・・・///」

「漏らしたっていい。誰も笑ったりなんかしねーよ」

 決して笑えるような状況ではなかった。危うく魔猫のイジメに耐えうる特異体質を獲得した杯昇流以外の人間で犠牲者が出るところだったのだから。

「さぁ、イヤな事はぜんぶ忘れて食事にしよう」

「茜っ、今日の献立は何じゃ?」

気持ちを切り替え夕食にしようと思い、龍樹が台所に立つ茜へと呼びかける。

すると、大量の皿に料理を乗せて茜が笑みを浮かべながらやってきた。

「おほほほ。今日はカイ君と家族になった記念と題して腕によりを掛けました♪」

テーブルの上に所狭しと並べられる豪勢な料理の数々。カイは年甲斐に目移りするような色とりどりの品々に興奮する。

「うわぁぁぁ・・・すっげー!」

「じゃあ、早速いただきましょうか」

「「「いただきます!」」」

和洋中と子どもも大人も好きなメニュー。カイは覚束ない箸使いで茜の作った料理をひとくちいただく。

「あ~ん・・・・・・ん!!!」

食べた瞬間、あまりの美味に言葉を失った。しかし素直に喜べないのか、その気持ちを誤魔化すようにご飯を掻き込み食べる事に集中する。

そんなカイを見て、茜はクスッと微笑する。

「カイ君、私の料理お味はいかがです?」

「まぁまぁだな」

「こいつ素直じゃねぇの。ウマいならウマいって言えばいいのに」

「まるでかわい気がない童(わっぱ)じゃ」

「お二人とも、そこがカイ君の良いところじゃないですか」

「良いところなのかそれ?」

確かに、素直じゃない性格の人間を褒める者はそう多くない。むしろ、世間ではあまり好印象を抱かれないものと見なされている。

しかし茜はカイのそうした素直になれない性格をむしろ長所だと前向きに捕えた。聞いた当初こそ戸惑った写ノ神と龍樹だが、言われてみれば素直じゃないからこそかわいいと思える要素がカイにはあるのだと何となく推察する。そんな三人の気持ちを知ってか知らずか、カイは食べる事に夢中だった。

ピンポーン・・・。

そのとき、不意に家のインターフォンが鳴った。

「はーい!」

茜が玄関へと向かい扉を開けると、意外な人物が目の前に立っていた。ドラである。

「あらドラさん。どうかなさいましたか?」

「さっき夕食食べながら考えたんだけどさ・・・明日の休みにカイを連れてみんなで遊びに行くっていうのはどうだい?」

「そりゃナイスなアイディアだぜ!」

「ドラにしては気が利くではないか」

居間の方でドラの声を聞いていた写ノ神と龍樹も思わず身を乗り出し大いにその案に賛同する。

「ところであいつ今何してる?」

「あ、ちょっと待ってください。カイ君っー、ドラさんが見えていますよー」

と、茜が呼びかけた直後。カイは食事を放棄して足早にトイレへと駆けこみ扉をバタンと閉めてしまった。

これには写ノ神たちも苦笑するしかなかった。

「あいつ、ドラにこってり絞られてよっぽど懲りたみたいだ」

「じゃが子供に恐怖政治を強いるのは感心できん事じゃぞ」

「あれは教育ですよ。現代で失われつつある『冷暖自知(れいだんじち)』の何たるかを教えてあげたんです」

「勘違いしてはおらんかドラ。『冷暖自知』とは禅特有の指導法を文字に現したもので、師から弟子へ言葉が教え諭すのではなく、自分の五感すべてを使って体得しろというものじゃぞ」

「だから体得させてやったんですよ。カイの五感すべてに恐怖と絶望を嫌って言うほど・・・にしししし」

聞いた瞬間、三人はぞっとした。

カイは骨身にまで刻まれたドラへの恐怖から、しばらくの間トイレの中から出ることができず就寝時までびくびくとしていた。

 

 

5月20日

札幌市 中央区

 

メンバー全員の休日が重なったこの日、ドラは鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーとカイを連れて北海道の首都にして政治と商業の中心地・札幌へと繰り出した。

「こっちだカイ!」

「離れないでくださいねー」

「だから子ども扱いすんな!」

年頃ゆえか子ども扱いされる事を極端に嫌がるカイだが、メンバーはそんな彼の手を引いて様々な所へと連れ回す。

まずは、札幌市民の憩いの場となっている札幌中央区の大通公園。ここでは雪まつりをはじめ様々なイベントが開催されている。

たくさんの観光客と市民とが混在する中、当初カイを煙たく思っていた駱太郎が屋台で売っていたトウキビをご馳走してくれた。

「このトウキビ、ちょううめーぜ!」

「いらねぇよ!!」

 やはりどこか素直じゃない。喜ぶどころか意地になってそっぽを向く始末だ。

見かねた幸吉郎は、購入したトウキビのひとつを周りに集まっていたハトの群れへと差し出しカイに言ってきた。

「ほら、お前もこうしてハトに餌やったらどうだ」

「ぜってーやらねぇし!つーかトウキビなんか大嫌いだ!」

「食わず嫌いはいけないねー」

 言うと、ドラは熱々のトウキビを半ば強引にカイの口の中へと詰め始めた。

「よく咬んで味わいなさい」

「うごごごごご・・・がばべて・・・///」

 カイの意思とは無関係に魔猫は自らのエゴを強引に押し付ける。その凄まじいゴリ押し力にカイは決して逆らうこと出来なかった。

 

 大通公園で束の間過ごした一行が次に向かったのは、徒歩10分ほどのところに位置する人気のボウリング・アミューズメント施設だった。

「本日の目玉スポット!ラウンドワンで汗を流すぞ!」

「「「「「「おー!!」」」」」」

「おー・・・」

 盛り上がっているのは鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーだけ。カイは自分と周りとの温度差に終始困惑していた。

 ドラたちが訪れたこの施設では、ボウリングを始め、ビリヤードや卓球などのスポーツアミューズメント、カラオケボックス、アミューズメントパークも併設されている。また、多数のアトラクションを一定時間自由に遊べる「スポッチャ」を備えたスタジアム店舗も展開されている。

 遊ぶものはたくさん取り揃えられている。彼らは時間の許す限り日頃のストレス発散も含めて遊び尽くすことにした。

「バ~リバ~リさいきょう~~~!」

「ひっこめ音痴ジジイ!!」

 カラオケボックスでは龍樹の音痴振りが目立ったが、このときになってようやく不貞腐れてがちだったカイが笑顔を見せ始めた。

「いっで!!」

「単細胞ヘタクソだなー!」

「「「「「「ははははは」」」」」」

「るっせー!!笑ってんじゃネェよ!!」

インラインスケート場では、駱太郎が何度も尻餅をついて笑われるという事が多発。カイも皆につられて満面の笑みを浮かべていた。

さらにゲームセンターへと場所を変えたとき、シューティングゲームで思いのほか手こずるカイを見ていた昇流が強引に割り込んだ。

「でええいヘタクソ!貸してみろ!」

昇流からすればもどかしかったのだ。カイから銃を取り上げると、天才的とも言える見事なシューティングスキルで敵を瞬く間に殲滅した。

「すげぇー!」

このとき初めてカイは昇流のことを凄い人だと思えた。

「おっしゃ!!次いくぞ次!」

ドラは思惑通りの展開となりつつある事を内心ほくそ笑み、その後もカイに様々なことを体験させてやった。

当初でこそ素直じゃなかったカイだが、彼らとの交流の中で、少しずつ着実に子供らしい笑顔を取り戻していき、旅の終わりには自然と笑うようになっていった。

 

光陰の矢の如し―――時刻はいつしか夕方を迎えていた。小樽へと戻った一行は暮れなずむ夕日を背に小樽運河をしみじみと眺める。

そんなとき、チャリンチャリンという音が聞こえてきた。

カイが真っ先に音に反応し振り返ると、目の前を自分と同じ年頃の男の子が自転車に乗って移動する姿が目に映った。

このとき、ドラは自転車を羨望の眼差しで見つめるカイの見て瞬時に悟った。

「自転車が欲しいのか?」

「え!?ほ、欲しくなんかねぇよ!第一オレ、自転車乗れねーもん!」

「なんだお前、自転車にも乗れないのか!」

「お、大きなお世話だいっ!!」

9歳にもなって自転車に乗れない事がカイにはとても悔しかった。

「よし。オイラが乗れるようにしてやろう」

「え?本当!!」

「ただし、魔猫の教え方は無慈悲だぞ」

 最後の言葉、無慈悲という単語を聞いた全員の背筋が思わず凍りついた。

 

 

5月21日

小樽市 杯邸

 

カイの自転車特訓のために、昇流は廃品業者からもらってきた鉄クズを溶接、塗装しながら自作で自転車の作成に臨んでいた。

「ったく。なんで俺がこんな事・・・」

「長官!カイのためにいい自転車を作ってくださいね」

「こんな面倒なことしなくても、リサイクルショップで自転車買って来た方が早くねぇか!?」

「バカ言わないで下さいよ。そんな事に裂くような時間も金もないんです。長官だってカイにバカにされっぱなしも嫌でしょう。うんとスゴイの作って見返してやりたいとは思いませんか?」

「わかったわかった!!そこまで言われたんならやってやろうじゃねぇか!!とびきりすげー自転車作ってやるからな見とけ!!」

意地になって凄い自転車を作る事に全神経を注ぎ込む。カイが不安と期待を胸に見守る中、昇流は作業に没頭する。

小一時間後。泥まみれになりながら昇流はついに最高の自転車を作り上げた。

「おーし、こんなもんでいいだろう!」

ピカピカに施された塗装。最早それは市販で売られている物と何ら遜色がない出来栄え。何度転んでもいいように頑丈に作られたボディ、ガタガタの道でも走れるクロスカントリー仕様。カイも、そしてドラたちもあまりの完成度の高さに感嘆の声を漏らす。

「すっげーや!!新品みたいだ!!」

「本当に長官は手先が器用といいますか、工作が得意と言いますか」

「才能の無駄遣いもいいところだぜ」

「たとえクソの役にも立たない事だとしても、何かをとことん突き詰めて極めるってーのはそうそう出来る事じゃねぇんだ。それを才能の無駄遣いと酷評する奴に限って、ぜんぶやる事が中途半端だったなんて話はよく聞くけどな」

「そんな話聞いた事ありませんけど」

「まぁとにかく、早速特訓といこうか!」

 

自転車が出来あがったので、一行はカイの自転車特訓に最も相応しい場所として近場の河川敷へと移動する。

ドラは坂道を下る形で自転車を置き、カイをサドルに座らせてからハンドルをしっかりと握らせる。

「いいか。ペダルは漕がなくていいから、ハンドルでバランスを取りながら倒れない様にして下まで走るんだ」

「そ、そんなっー!普通は公園とかで後ろを押さえてだんだん乗れるようにしていくんじゃないの!?」

「甘えるなっ!自転車に乗れるようになるのに必要なもの・・・それはバランス感覚と勇気だ!」

言うと、ドラは強引に自転車を後ろから強く蹴ってカイごと前に押し出した。

「だあああああ」

初めて乗る自転車の速さを体験する。カイは全くバランス感覚が掴めず、坂道を下る過程で容易に転倒。肘を擦り剥き痛い目に遭う。

「いって~~~やっぱムリだよ~!」

と、半べそをかいて弱音を口にするが・・・

「やりなおーし!」

坂の上から見下ろすドラはどこかの頑固おやじの様な厳つい表情で竹刀を構え、やり直しを通告する。

ドラの怖さを身を以って知るカイは結局逆らう事が出来ず、その後もドラの無慈悲で鬼のような指導を味わい続ける。

バタン―――。

「だあああああ!」

「やりなおし!」

バタン―――。

「いってええ!!」

「やりなおし!」

バタン―――。

「どぅああああ」

「やりなおーし!」

バタン―――。バタン―――。バタン―――。

何度も何度も痛い思いを味わう厳しい練習が繰り返された。

全身打ち身だらけになりながら、カイは持ち前の気丈さから耐え続けた。ドラもカイの内に眠る勇気を信じて心を鬼にして練習に付き合った。

そして時刻はあっという間に夕方。周りに見守られながら、苦労の末にカイはとうとうバランス感覚を掴み坂道を下ることが出来た。

「やったー!」

「よし今だ!ペダルを漕げ!」

「は、はい!」

絶妙のタイミングでドラが呼びかける。カイは言う通りにしてペダルを一生懸命に漕いだ。するとどうだろう、自転車はカイの意のままにすいすいと前に進んだ。

「やった!乗れた!オレ乗れたよー」

痛い思いの末にようやく自転車に乗れたことが嬉しくて仕方なかった。有頂天のカイは無我夢中でペダルを漕ぎ続けた。

「ぐっは!」

しかしその結果、前方に川がある事に気が付かなかった。カイは自転車ごと、水の中へと飛び込んだ。

「カイっ!」

「大変だ!」

慌てて全員でカイの元まで駆け寄った。幸いにも川は浅瀬だったから溺れる心配はなかった。全身ずぶ濡れのカイは、満面の笑みで皆に言ってきた。

「みんな見ただろ!オレやったよ!!」

「ああ」

「よくがんばりましたね!」

努力を積み重ね自転車に乗れるようになったカイを皆が称賛する。ドラは厳しい練習に耐え奮闘したカイを誇らしく思うとともに、その手をそっと差し伸べる。

「ほら」

ドラのとった行動を意外そうに見つめるカイだが、直ぐに破顔一笑し差し出された手をしっかりと掴んで岸へと上がる。

「さぁ、そろそろ帰りましょう」

「そうだな」

「オレ腹減ったー」

ドラたちはみんなで仲良く家路へと向かって歩き始めた。

 

千葉家に戻ったカイは食事と風呂を済ませると、気絶したように眠りに就いた。写ノ神と茜は龍樹と同じ布団で健やかに眠るカイの事を屈託ない笑みを浮かべ見守った。

「よっぽど疲れてたんでしょうね」

「そうだな」

「うふふ。写ノ神君、いつか私たちにもあんな子供が欲しいですね♪」

「じゃあ・・・今夜作ってみるか?」

「え?きゃ!!」

すると唐突に、写ノ神は茜をやや強引に抱きかかえた。いわゆるお姫さま抱っこスタイルの形でだ。

「ちょ、ちょっと待ってください写ノ神君///まだ私心の準備が///」

「自分からその気にさせてなんだよ。最初に言っておくけど、今夜は寝かせるつもりはねぇからな」

「うう・・・///」

この後、二人が壮絶な情事を行った事は言うまでもない。

 

 

5月22日

小樽市 千葉神太郎(八百万写ノ神)宅

 

カイが鋼鉄の絆(アイアンハーツ)に保護されて3日が経った日の朝。写ノ神と茜、龍樹、カイの4人は同じ食卓を囲んで朝食をいただいていた。

この日の朝食は、食パンとスクランブルエッグ、ベーコン、オレンジジュースと言ったもので茜が作るメニューの中では比較的珍しい献立だった。

「今日は珍しく欧米スタイルの朝ごはんにしてみました」

「拙僧は食パンよりも味噌汁とご飯の方がいいがのう」

「って、文句言う割には一番ガツガツ食ってるのは龍樹さんじゃないですか?」

「あ。ベーコン最後だ」

気付いたカイが最後のベーコンをフォークで突き刺そうとした瞬間、龍樹のフォークと重なり合った。

「「オレ(拙僧)の!」」

二人はたった一枚のベーコンを巡り激しく火花を散らし合う。

「龍樹さんは年寄りなんだから、若いオレに譲ったらどうなんだよ!」

「居候の分際で生意気なことをぬかすでないわ!」

「朝は味噌汁とご飯が好きな人がベーコンばっかり食いやがって!!」

「ばっかりではない!スクランブルエッグもしっかり食べておるわい!!」

「なんでもいいからそれはオレんだ!!」

「いいや何が何でもそのベーコンは渡さん!!」

と、至極つまらぬ意地の張り合いを見せる食い意地の張った子どもと老人。写ノ神は茜と顔を見合わせ深い溜息をもらす。

「たかだかベーコンぐらいで朝からケンカなんて、みっともないったらありゃしねぇ」

「お二人ともやめてください、朝食ぐらい穏やかに食べれないんですか?」

「そうそう。ブレックファーストってのはもっとゆっくり余裕を持ってだな・・・」

そう言いながら写ノ神は腕時計を確認する。すると腕時計の針が思った以上に早く進んでいた事に気が付き、時刻は午前7時45分を過ぎていた。

「あれ?無いな。あと5分あると思ったのに・・・それもついさっき」

最後に時計を確認したのは1分前。そのときはまだ写ノ神の認識ではどの時計も7時40分を指していた。

しかし今確認したところ、時刻は予想よりも5分早まっていた。しかもその後も時計の針は進み続け瞬く間に46分、47分を刻んでいく。

「時間はどこへいった?」

「たいへん!!もうこんな時間ですか!?龍樹さん、カイ君も喧嘩してる暇なんかありません!もうすぐ8時になっちゃいますよ!!」

「ええい!!しぶといヤツじゃ!!」

「しぶといのはどっちだよ!!」

時間が差し迫っているにも関わらず、龍樹とカイはたった一枚のベーコンを巡って未だ不毛な争いを繰り返す。

どちらも一歩も妥協しないことには仕事に行くこともできない。業を煮やした茜は止むを得ず最終手段を行使する。

ガン―――。という鋭く突き刺さる音がした。茜は争いの種となっているベーコンに対して包丁を垂直に突き刺したのだ。

龍樹とカイが恐る恐る茜の方を見ると、彼女はこの世の物とは思えない形相を浮かべ髪の毛を逆立たせていた。

「時間がねぇっつってんだろグズ共・・・・・・」

「「あ、はい・・・すいませんでした///」」

 

 

午後2時→3時

TBT本部 統括官執務室

 

その日の午後。TBT本部統括官エフェメラル・ニールセンの元へ第四分隊のハールヴェイト・ヘルナンデスらを始めとすると調査チームが報告にやって来た。

「分析の結果、時間の速度が上がっています」

「冗談じゃないのか?本気で言ってるのか?」

「本気も本気っすよ。俺、こう見えてウソつくのは苦手なんっすから」

などと言いながら、ハールヴェイトは調査資料をニールセンへと提出する。そこには調査チームが明らかにしたある異常事態についての詳細な情報がすべて纏まっており、ニールセンはその内容に驚愕した。

「地球の自転速度が上がっているだと?」

「これがどういう意味かわかります?自転速度が速まるってことは、今とは比べ物にならないほど時間の経過が早まる。そして世界は破滅します」

 宇宙の真理のひとつ―――それは、惑星は自転するということ。我々の太陽系は45億年前に回転するガスと塵の雲から生まれた。

惑星はその回転力を受け継いだ。そして、今日に至ってもまだ回り続けている。

地球の場合、赤道では時速1700キロのスピードが出ている。そのスピードは、これまでのところ10万年で約2秒ずつ遅くなってきた。

しかし今、何らかの原因によって急激なスピードアップが始まった。このままでは地球はかつて経験した事のない危機に直面する。ハールヴェイトたちはその事を最も危惧していた。

 ピピピ・・・。すると、ニールセンの元へ音声通信が入った。

『こんばんは』

 明らかにおかしな挨拶だった。

「こんばんはって・・・さっきランチから帰ったばかりだろ?」

『ですがもう5時です』

「5時だって!?」

聞き捨てならない言葉だった。もしもそれが本当なら大きな時間のズレが生じていることは明白だ。慌てて腕時計や部屋にある全ての時計を確認すると、時計は寸分の狂いもなく17時ジャストを指していた。しかも、その間にも秒針は急速に時を刻み続けている。

「アルマゲドン装置か・・・」

この異常事態を引き起こしている可能性を示唆するニールセンに、ハールヴェイトら調査チームは挙って首肯する。

「時間切れが近いぞ」

 

 

午後5時→6時→7時

小樽市 千葉神太郎(八百万写ノ神)宅

 

瞬く間に時間が過ぎ去り夕方から夜へと変わりつつある中、カイは家で大がかりなイタズラの準備を進めていた。

「性懲りも無く今度は何のイタズラじゃ?」

イタズラに気付いた龍樹が呆れた様子でカイに声をかける。

「今までで最高の仕掛け!」

嬉々とした笑みを浮かべ言い、カイは玄関口に何かを仕掛ける。

「いくらなんでもブルーチーズドレッシングはマズイじゃろう?」

「龍樹さん、オレのイタズラはセンスがいいって褒めてくれてたじゃねぇか」

「確かにお主のイタズラは良い筋言っていると言った。一昨日、写ノ神の歯磨き粉をブルーベリーに変えていたもの、あれはさすがの笑ったのう~。あれで写ノ神の歯がしばらくの間ずーっと青かった」

「あと龍樹さんの鼻毛切りでビリッと来るようにしたとき!あれも自信作!それからドライヤーに小麦粉仕込んだとき」

そのとき、たまたまイタズラの被害に遭ったのが茜だった。意図せずそのドライヤーを使った茜は言うまでも無く顔中真っ白に。風呂上りに使用したという経緯もあり、激怒した茜はイタズラをした人間をカイだと突き止めるや、魔猫顔負けに半殺しの刑に処したのだった。

「あのときはマジで・・・・・・ウンコ漏らしちゃった///」

 一度ならず二度までも、恐怖の余り脱糞をした事をカイは今でも羞恥し、恐怖を思い出すたびに涙が止まらなくなる。

「過ぎたイタズラは我が身を滅ぼす事になる。さぁ、二人が買い物から帰ってくる前にあれを・・・「でもそれとこれとは話が別だから」

と、言ってカイは内側から湧き上がる好奇心を自制しようとはせず、玄関の扉の上に特性のブルーチーズドレッシングを詰めた袋を設置する。

「お、おい!!やめんというのが聞こえんのか!?今度は半殺しじゃ済まないかもしれんのだぞ!?」

「イタズラっていうのはそれ自体にスリルがあるもんだぜ。誰が何と言おうと今回のイタズラは絶対に成し遂げてみせる!あとは野となれ山となれだ!」

「まったく・・・これじゃ冷暖自知がまるで意味を為しておらん」

頭を抱えるばかりの龍樹。と、そのとき。

ピンポーン・・・。インターフォンが鳴った直後、二人の耳に予想外の者の声が聞こえてきた。

「カイ、いるかー」

玄関の外からドラの呼び声がした。

思わず心臓が飛び出しそうになったカイと龍樹だが、不意に扉が開き始め、何も知らないドラが家の中へ入ろうとする。

「ドラさんダメ!!」

「いかん、入ってくるな!」

カイと龍樹は目を見開き作動した仕掛けを目で追いながらドラに制止を求めるが。

次の瞬間、玄関の上からドバっーと、袋詰めにされた大量のブルーチーズドレッシングがドラの頭に雪崩れ落ちて来た。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

頭へと勢いよくかかったブルーチーズドレッシングの強烈な異臭。

絶望的表情を浮かべるカイと龍樹。一方のドラは目の前の現実に対しただ無言となりその場に立ち尽くすばかりだった。

「ご、ごめんなさい!!わざとじゃないんです!!」

弁解を必死に求めようとカイは躍起になって土下座をする。

対するドラは白けた目でカイをじーっと見つめると、その手に鈍く光りを放つ何かを手に携える。

腰元に帯びた刀を鞘から抜き放つとともに、刀身には涙目で座り込むカイの表情を反映させる。カイは自らが招いた過ちのために二度目の死刑宣告を通達された。

「わし・・・知~らない」

 

人間の感覚的に10分も経たぬうちに時刻は午後8時から9時へ変わりつつあった。その間に写ノ神と茜が用事を済ませ帰宅した。

夕食を済ませ、4人はデザートに茜特製のイチゴタルトを食べていたが、その席でのカイの様子は明らかに普通じゃなかった。つい先ほど自身のイタズラによってドラの逆鱗触れたことで身も心もズタズタにされ8割方生気を失っていた。

「あぁ・・・・・・・・・・・・・・・」

イタズラの被害者がドラであったことを気の毒に感じながら、写ノ神は何とか気を紛らわせようと適当に話題を振った。

「そういやカイ。首から下げてるそのネックレスだけど・・・」

写ノ神が目を付けたのは、出会った当初からカイが首からぶら下げている高価そうなネックレスだった。

「え?ああこれ・・・」

正気を取り戻しつつあるカイは首からぶら下がっているネックレスを手に取り、それをじっと見つめる。

「ん~・・・オレもよくわかんないんだけど、気が付いたら持ってたんだ。別にあっても無くてもどっちでもいいんだけど、何となく手放す気にもなれなくてさ」

「拝見させてもらっても良いか?」

龍樹がネックレスに興味を抱くと、カイは首から外し龍樹の手の中に収めた。ネックレスには透き通るような紅い宝石のような見たこともない石が埋め込まれており、その石を龍樹は照明に照らしながら目を細める。

「ん~・・・紅玉(*ルビーのこと)のようにも見えなくもないが」

「まさか。子供がそんな高価なものをぶら下げていると本気でお思いですか?」

「龍樹さんの目はアテにならないからな」

「失敬じゃな。前に一度10億円の青磁と見抜いた拙僧の鑑定眼を疑っておるのか?」

「精子をヌイた?うわぁ~・・・なんかキモっ!」

「違うっ!!お主は何と勘違いしとるんじゃ!!」

甚だしい勘違いを起こすカイに思わず激怒する龍樹だったが、その直後。

『緊急ニュースです』

テレビから流れてくる緊急速報に全員の目が行った。そしてこの報せがこの世界で起こりつつある異変を人々へと発信する。

『最悪の事態になりました。地球の自転が急速に速まりつつあることが確認されました。これにより、一日がどんどん短くなっています。世界の時間が無くなります―――』

将来を悲観したアナウンサーの言葉がお茶の間に届けられる。映像が切り替わると、TBTの研究部門と責任者であるハールヴェイトが映し出された。このとき壁にかかっていた電子時計の速度は恐ろしいまでに早まっていた。

『時間の加速により、最初は10億分の数秒。今は数時間を失い、さらには数日、数年と無くなる計算です。このままで行くと、直ぐに世界は時間切れ。地球上のどの国も壊滅的な被害を受けるだろうと警告しています』

切羽詰った様子で記者団に説明をするハールヴェイトの姿が印象的だった。写ノ神たちが注視していると、再び映像が替わりキャスターの顔が映った。

『原因について専門家の意見は別れていますが、一人が犯行声明を発表。先ほど届いた最新の映像です』

そうして三度映像が切り変わる。

全世界が注目する中、現れたのは置時計を模したマスクで顔をすっぽり覆い隠した怪しい人物だった。

『世界の諸君よ!君らは時間を無駄にした罪で、全員有罪だ。君らは毎日を愛する者と時を過ごさず、どうでもいい無駄な事に費やしている。いつまでも時間があると思うな。私が世界中の時間を君らから盗んでやる』

などと雄弁に語る謎の人物。周りには巨大な歯車と時計の針が常に回転していた。

『アルマゲドン装置を作動させ、地球の自転のスピードを速めたのだ。やがて時間は無くなる・・・・・・世界は終わるのだ』

このとき、犯行声明を発表した謎の人物の後ろで留置所から脱走したチックタックの姿が映ったのをドラは努々見逃さなかった。

『私はカイロス。時を支配する者。残りの時間は私の物だ』

一斉配信された犯行声明は世界中を震撼させた。ここでまた映像が切り替わり、今度はTBT本部からの中継映像となった。

『今では1時間に1分が失われております。今回の犯行声明に対し、先ほどTBT本部統括官のエフェメラル・ニールセン氏が声明を発表しました』

キャスターが話し終えると、マスコミ関係者に対するニールセンの会見模様が音声とともに伝わって来た。

『TBTがカイロスなる不届き者を探し当てて、奴の計画を止めてみせます。そして必ずアルマゲドン装置を停止させ、速まった自転速度を元に戻し失われた時間を取り戻してみせる!』

以上でこの件に関する緊急速報は概ねその内容を伝え終えた。

幸吉郎たちと居間でテレビを見ていたドラは会見が終わると、椅子に深く腰掛けるとともに渋い顔を浮かべる。

「チックタックが映ってた・・・・・・よくない兆候だな」

「どういう事だよ?」

「このままアルマゲドン装置が止まらず時間が失われ続けたら・・・」

「失われ続けたら?」

「そのときは・・・・・・・・・」

 

 

巨大な時計の針と歯車が支配する空間。そこに集まった時計のマスクを被った複数の人間と時間犯罪者チックタック。彼らを随伴する者こそ、自称“時の支配者”を豪語する謎の存在―――カイロス。今、彼らはこの秘密のアジトである計画を練っていた。

「お前が持ってくるはずのクロノスサファイアは?」

「時は何人をも待たない、俺以外は」

「全ての時間を司るとともに、アルマゲドン装置を止める事が出きるのはあの小さな石ひとつだけだ」

飄々とした笑みを浮かべとぼけた態度をとるチックタックに、カイロスは些か苛立ちを募らせていた。

「信用しろ。直ぐに手に入れる」

「時間と俺の気は短いんだ。待っても無駄なら―――」

刹那、カイロスは右腕の袖下から鋭利な時計の長針を伸ばしチックタックの首元へと突き付けた。チックタックは反射的に身を反らし息を飲んだ。

「命を貰うぞ」

「へへ・・・」

なおも飄々とした態度を取るとともに、チックタックはカイロスに背を向ける。

「クロノスサファイアは見つける。見つければ、俺たちはもう誰にも止められない。へへへへへ・・・。誰にも―――」

 

 

自転速度の変化は如実にだが人々の生活に影響を及ぼし始めていた。その顕著な例が空港での航空機のトラブルである。

ほとんどの民間航空機は今、GPSを使って飛行している。GPS(*英語:Global Positioning System、全地球測位システムの意)とは、いくつかの静止衛星が連携して位置情報を伝えるシステムで、その計算には「時間」という要素が欠かせない。そのため、衛星に搭載された時計は常に地上と交信していて、ほとんどの場合は原子時計(*原子や分子のスペクトル線の高精度な周波数標準に基づき正確な時間を刻む時計)とシンクロさせている。地球の自転が速くなっても、この時計のシンクロには何の影響も出ない。しかし衛星は、本来あるべき位置から徐々にずれていく。それはGPSシステムが地球の自転速度が劇的に変化しない事を前提としているからだ。そのため、自転が速くなれば精密に仕組まれたシステムが破たんして大参事を引き起こしてしまうのだ。

 

『世界中で民間機の墜落事故が相次いでいます。各国政府は事故防止のために空港側に運行を必要最小限に制限するよう勧告しました』

何百もの航空機が墜落の危機に直面、あるいは既にそうなってしまったものが多数。GPSから位置情報を受け取ったナビゲーションシステムが機体を滑走路から外れた場所に誘導し始めたからである。航空機の年間乗客数は世界中で23億人に達している。それが今、安全上の理由から運航休止となったのだ。

一方、アメリカだけでもバスや列車の乗客数は年に100億人を超えている。空路を諦めた旅行客はそこになだれ込む事だろう。自転が速くなる事で起こる最初の問題は、この時間の問題である。

しかしこのとき、まだ多くの人は気付いていなかった。自転速度の著しい変化によって止める事の出来ない連鎖反応のスイッチが入ったことを。

 

GPSと同じく私たち人間もまた自然の移り変わりにシンクロしている。夏に向かって日が長くなればサマータイムで時計を進め自然に適用する。

しかし、午前9時が真っ暗だったり、午前1時に日が昇っていたりするとどうだろう。時間の感覚が狂うに違いない。

そして今、世界中のあらゆる都市でトラブルが続発していた。

一日ははっきりと、そして着実に短くなっている。すぐに、一時間は一分に。一日の長さ一時間になるだろう。

一日が24時間より短くなれば、どんな悲観的な将来が待っているのだろうか。

 

 

5月25日―――アルマゲドン装置が作動して2日が経過した。

このときになると、地球はもっと深刻な問題に直面していた。それは海である。

地球は完全な球体をしているわけではない。厳密には赤道付近が膨らんだやや扁平な球体になっている。その理由の一つは自転の力が海水を赤道付近に引きつけているからだ。ところが、その力が強まると水が動き始める。赤道の近くでは地球の重力よりも遠心力のほうが強くなっている。このため盛り上がった赤道に向かって低い極の方から海水が落ちていくのである。その量は何億立方キロを超える。

エクアドルの西海岸など赤道に近い地域の命運は風前の灯だ。自転速度が速まることで、バスタブからお湯が溢れるように大洪水が始まるのである。

 

さらに、別の危険も高まる。海の水位が変わるにつれ呼吸に必要な大気にも異変が起きるのです。

地球が自転すると、北半球では常に東向きの風が。南半球では常に西向きの風が発生する。これを『コリオリ効果』という。

大気は地球を均等に取り巻いている。そして、自転とともに回転している。ところが、回転が早くなった結果、一定だった風向きはとても不安定になってしまった。同時に空気も赤道に向かう海水に引きずられる。

 

そしてさらに、それまで全く地震に縁の無かった地域でも大地震が発生するようになるだろう。

地球は金属が主体の核と、岩石のマントル、そして同じく岩石の地殻で出来ている。これらは一緒になって回転しているが、自転が速くなればそれぞれの層は異なる速度で速くなり、巨大な摩擦が起こる。そして地球は、文字通り内部からひび割れる。

地質災害は自転速度の変化がもたらす典型的な災害だ。海水の移動はますます激しくなる。遠心力が強くなれば、海は盛り上がった赤道へ極の方からどんどん流れ出る。

世界は急速にしかし着実に悪化していた。今のところ人々は致命的な打撃を受けていないにしろ、時間速度の悪化を悲観的に捕え、将来に絶望する者が大勢出始めたのも事実である。

 

 

TBT本部 第一会議室

 

この日、TBT本部に設置された合同捜査本部では世界中から各国の代表が集まり今回の件に関し話し合いが行われていた。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)も会議に参加していた。

集まった者たちはTBT本部統括官であるエフェメラル・ニールセンより時間犯罪者カイロスと、彼と手を組み世界を時間切れにしようと企てるチックタックの野望、およびアルマゲドン装置なるものについて具体的な説明を受けていた。

「アルマゲドン―――またの名を『時空移動実験』。120年前、とある科学者が始めた極秘プロジェクトの名称だ。これは今日の時間航行技術の発展と密接に関わっている」

巨大スクリーンに投影される映像が切り替わる。捜査官の目には当時実験を始めたひとりの科学者とその研究チームによる集合写真が映った。

「元NASAジョンソン宇宙センター所長、マーティン・ネブラスカ。ネブラスカは天文学、数学の博士号を持ち大学で教鞭を執るかたわら、時空を超えた移動を可能にする方法・・・いわゆる【ワープ・ドライブ】の実験を行っていた。そのとき実験に使われたのがアルマゲドン装置だった」

映像がちょくちょくと切り替わる。ドラは欠伸を掻きつつも説明を聞き続ける。

「実験当時、この装置は世界の終わりを引き起こし欠けた。理由は皆も知っての通りこの装置が時空間ならびに地球の自転速度に著しい影響を及ぼしたからだ。だから軍は実験を急遽中止して、アルマゲドン装置を押収した。その後軍からTBTへと権限が移行し、アルマゲドン装置はフィラデルフィアにある『アルマゲドンポイント』と呼ばれる僻地に封印された」

そこまで説明を終えると、ニールセンは深刻そうな表情で深い溜息を突いた。

「ところが4日前、アルマゲドンポイントが何者かによる襲撃を受け、装置が持ち出されてしまった。それもチックタックが脱走した日と同じ日にだ」

この直後、話を聞いていた捜査官全員がざわつき始めた。

「盗まれたってことですか?」

「TBTの警備体制はどうなってやがるんだ」

「ああ全くだ。ここのセキュリティの笊さ加減には頭が痛いよ」

と、皆には聞こえないようドラたちは小さい声で呆れ返る。

会議に出席していたTBT大長官・杯彦斎は騒然と化す場を一旦沈めてから、集まった捜査官たちをひと通り見渡し引き締まった顔で通達する。

「我々の手に世界の命運がかかってる。それでは諸君、明日がまた来るように―――世界を救おう!」

 誰もがその激励に心動かされた。多くの捜査官たちが勢いずく中で、ドラだけが冷めた表情を浮かべていた。

 

 

同本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

会議を終えたドラたちは、オフィスで今後の方針についてを話し合うことに。と言っても、何か妙案があわるけでもなかった。そして何より肝心なのは、まず何から手を付けていいのか―――それすらも曖昧なままだった。

「時間は確実に無くなりつつあるっていうのに、なーんもアイディアが浮かびやしねーな!」

「ああ・・・こうしている間にもう1時間が失われています。まだ私の中では5分も経っていないにもかかわらず」

「なんでもいいから、アルマゲドン装置を止める方法はねーのかよ!?」

すると、この駱太郎の問いにドラが端的な答えを口にした。

「ひとつだけあるよ・・・・・・クロノスサファイアさ」

「クロノスサファイア?」

「別名“時空を司る石”-――停まっている時を動かし、動いている時を停止させる力を持つとされる曰くつきの代物さ。この物質の存在なくして現代の時間航行システムの確立は語れない」

「つまりタイムマシンが作れたのは、その石があったからってことですか?」

問いかける幸吉郎。ドラはうんと言って首肯する。

「つまるところ、アルマゲドン装置を停止させる事が出きるのはクロノスサファイアだけだ。ただし使い方を間違えれば、かつてのギャラクシーフリーズの再来をも引き起こすかもしれない」

 懸念を抱き腕組みをするドラ。しかしこのとき、周りの様子を見てみるとそのほとんどが目を点にし呆然としているの気付いた。

 やがて、激しく戸惑いながら龍樹が皆の気持ちを代弁し問いかける。

「おっほん!のうドラ、生憎と話が飛躍しすぎて儂らはまるで頭が追いついておらんのじゃ!一体何なのだその・・・ギャラクシーフリーズとは?」

 横文字はどちらかというと苦手だが、全く意味が分からない訳ではない。直訳すれば“宇宙が凍りつく”という意味。しかし俄かには信じ難い話だというのが幸吉郎たちの本音であった。

 ドラは嘆息を突きそろそろ話す良い機会かもしれないと、今だからこそ彼らに、この惑星で起こった嘘のような本当の出来事を知ってもらう必要がある―――そう思い立った。

「みんなはこれまで過去へ遡る際、ふと疑問に感じた事は無かった?どうして21世紀よりも前の時間に行くことはあるのに、43世紀とか30世紀とかに行くことはないんだろうって」

「そう言えば・・・・・・」

「確かに」

「行きたくても行けないんだよ。何しろ21世紀初頭から3000年の長きに渡る時間・・・地球の、いや太陽系の時はすべて停まってしまっていたからね」

「「「「「時が停まっていた!?」」」」」

 信じがたい話に誰もが耳を疑った。

 

 

同本部 第四分隊 特殊道具格納庫

 

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の庇護下にある身元不明の少年・カイは手持無沙汰な時を潰すためTBT内を見学していた。

そんな彼が訪れたのは、様々な特殊道具が保管されている格納庫だった。このときカイを案内していたのが四分隊所属の科学者ハリー・ブロックである。

「こん中見たい?」

「見たい!」

基本面倒見のいいハリーは好奇心に満ち満ちたカイを喜ばせようと、普段関係者以外は立ち入り禁止となっている格納庫の中を特別に見せてやることにした。

施錠した扉を指紋で解除し、固く閉ざされた扉を開く。その中には埃をかぶった過去実際に使われた特殊道具の数々が目白押しだった。

「すっげー!」

「ここには歴代の優秀な捜査官が使った様々な特殊道具が全部そろってる、言わば特殊道具博物館ってとこだ」

早速気になるものがあった。興味津々にカイが木箱の中から発見したのは、スキーシューズのような外見の靴と、対となっている無骨なグローブだった。

「それはパワーシューズと、ハンマーハンド。電子フィールドを使って衝撃力を増すんだ」

「使ってみたいな・・・」

「壁も粉々だぜ!」

子どもにとっては興味をそそられる物ばかりが置いてあり、中でも個人的にカイが最も興味を引かれたのが―――。

「“サプライズ攻撃キット”?」

 小さな鞄にコンパクトに収められた様々なツールの数々。時計やフックなど、使い方を思考させられる物がぎっしり。

「色んな罠が仕掛けられる小物が一式揃ってる。敵を待ち伏せて攻撃したり、イタズラを仕掛けたり」

「イタズラ!」

カイにとってそれは、心が湧き立って仕方がない言葉。どのような有り難い説法よりも心に響くものだった。

「よしじゃ、お土産に何かひとつ持って帰っていいぞ!」

「本当にいいの!?」

「ああもちろん。もっとも、持って帰ったところで使えるかどうかは別だぜ。何しろ何十年もほこりを被った骨董品だからな」

 

見学を終えたカイはハリーに連れられラウンジへ移動。

「以上で、TBT見学はおしまい!ドラたちが戻るまで、ここで大人しく待ってろよ」

「こんなところに子供を軟禁するのか?」

「おいおい人聞きの悪い言い方は止せよ。知ってるんだぜ、おめぇがとんだイタズラ小僧で目を離したら何しでかすかわからないって事ぐらい」

事前にドラたちからカイの性格を言い聞かされていたハリーは、カイを誤って施設から逃げ出す事を恐れていた。万が一カイが逃げた場合その責任は真っ先にハリーへと向けられ、ドラたちから笑えないような仕置きが待っているの目に見えていた。

「それじゃ俺はもう行かなきゃ。TBTは忙しいんだよ。カイロスを止めなきゃ。奴が時を完全に停める前に―――」

そう言うとハリーはカイが部屋から逃げ出さぬよう堅牢に施錠をかけ、自分の持ち場へと戻って行った。

しかしこのまま黙っていられるほどカイは良い子ではなかった。

 

 

同時刻 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「すべては、2016年9月11日のあの日から始まった―――」

おもむろに語り始めるドラの話に、幸吉郎たちは耳を欹てる。

ドラはギャラクシーフリーズと呼ばれる宇宙規模で起こった出来事についてその詳細を語り出す。

「その日、太陽に直径10キロは超える巨大隕石が衝突した事が世界中の天文台で確認されたんだ。その後突如として起こった太陽のスーパーフレアによって、太陽とそれに属する惑星すべての時が一斉に停まってしまったんだ。時が停まった事で、星々は自転も公転もしなくなった。人間はおろか動物も、虫も、魚も活動ができなくなった。時が停まっている間は動くことはおろか、思考すらも停止する。そうして人類は途方もない長い時間を過ごす事になったんだ。そして時が停まること3000年・・・太陽が時を取り戻し活動を再開し始めたのを機に地球の生命は己の時を取り戻したんだ。この現象がのちにギャラクシーフリーズと呼ばれるようになった。その後宇宙から謎の隕石が飛来し、その後の研究でそれが太陽に突っ込んだ隕石の破片の一部で、時空間を操るクロノスサファイアであることが判明したんだ」

 ドラは事の詳細を簡潔にまとめて話をした。

 聞いていた周りのほとんどはあまりに頓狂な内容ゆえに頭の整理がつかないでいた。だがそれも決して無理もない話だとドラは内心思っていた。

「えーと・・・いろいろとツッコミを入れたい話ではあるが、ひとつだけ確認しておきたい事がある。クロノスサファイアは今どこにあるんだ?」

「わからない」

 きっぱりとドラは乾いた声で断言する。思わず幸吉郎たちは体勢を崩し欠けその場に倒れそうになった。

「わからないって・・・!?」

「んな無責任な話あるか!」

「オイラのせいじゃないもん。ある日を境に、クロノスサファイアは忽然と姿を消してしまったんだ。以来誰も行方を知らない」

「ちなみによ、クロノスサファイアってのはどんなものなんだ?」

 想像だけでは具体的な形や色までもは分かりかねてしまう。そこでドラは過去の資料からクロノスサファイアに関する映像を適当に見繕った。

「これがクロノスサファイアだよ」

ノートパソコンに表示された映像を凝視する。サファイアという名前が付けられているが、見かけはほぼルビーに近いものだった。

このとき、龍樹と写ノ神、茜の三人は何かが頭に引っ掛かった様子でクロノスサファイアへと目を凝らす。

「この輝き・・・・・・どこかで」

「あ!これって、カイがしているネックレスと良く似てる!」

「本当です!」

「おいおいそれどういうことだよ?」

「まさかカイの奴がクロノスサファイアを持ってるっていうのか?」

信憑性は定かでないものの、幸吉郎と駱太郎はともに猜疑心を抱いた。これまでの経験上、彼らの周りには常に事件や事故の根幹に関わる人や物がいた。だから今回も同じような事があるかもしれない、という疑問を抱いても何ら不思議じゃなかった。

そのときだった。バタン―――と、扉を勢いよく開く音がし出入口付近へと目を向ければ、いつの間にか血相を変えたハリーが立っていた。

ハリーはやや乱れた息を整えつつ、切羽詰った様子でドラたちへと言ってきた。

「やられたぜ!カイがツールを持ち出して逃げ出しやがった!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

写「イタズラ小僧・カイは特殊道具を持ち出し本部を脱走。しかしその時すでにチックタックたちの魔の手がカイへと迫りつつあった!」
昇「ついに始まった時空と地球の崩壊現象。全世界がフリーズする中、止まった時の中で語られる事件の真相とは・・・」
ド「次回、『世界の時間が止まるとき』。オイラたちにとって時間とは、家族とは一体何なのだろうか?」

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