「と言っても、作者の知識不足やら何やらいろいろ問題は山積みだから今更感はあるんだけども・・・敢えて言おう。今回とうとう何気ない疑問が明らかになるのだと!!そんなわけで、早速始めたいと思う。その名も『超時空崩壊編』・・・始まり始まり!!」
世界の破滅―――そんな言葉を本気で信じた人間がどれだけいるのだろうか。
確かに今の世界の状態は酷く不安定だ。人口問題、食糧危機、テロの脅威、宗教戦争、そして政治とカネ・・・探そうと思えば破滅の要因なんてものはごまんとある。
だけど、未だかつて人類が経験していないことがひとつだけある。
想像みてして欲しい。例えば、今生きているこの瞬間の「時」が突如として停まってしまったら・・・・・・
21世紀の初頭―――世にいう“ギャラクシーフリーズ”という奴が起こった。以来、太陽系に属するすべての惑星の時間が静止した。この地球も例外ではなく。
そう・・・あの日、人類の時間は完全に停止した。人間だけではない。動物も、虫けらも、あらゆる物の時間が完全に止まったのである。
それから3000年の時が流れ、ギャラクシーフリーズの影響はようやく収まり、地球は3000年ぶりに時間を取り戻したのだった。
どうして長きに渡って止まっていた時間が突如として元に戻ったのか。
理由は定かではないが、時間を取り戻した人類が数百年としないうちにタイムトラベルシステムを実用化させたのはちょうどこの頃だった。
宇宙から飛来した未知なる物質・クロノスサファイアが人類に新たな道を指し示したのである――――――・・・・・・
時間軸2011年 8月19日
アメリカ合衆国 ニューヨーク
現地時刻13時15分。
TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”隊長、サムライ・ドラは単独任務の真っ最中だ。現在、高い建物の上から双眼鏡などを使いとある監視対象を経過観察中。
ピピピ・・・。ピピピ・・・。
任務途中で通信が入った。右耳につけたインカムのスイッチを入れると、今回の任務の依頼者である男の声が届く。
『サムライ・ドラ捜査官。こちらエフェメラル・ニールセン、現状を報告せよ』
ドラは声を聞くと、嗜好品のチョコをひと口齧ってから双眼鏡で監視対象を覗きながら具に報告する。
「監視対象を確認。時間犯罪者呼称“チックタック”は時間通りに現れました」
『了解。援護の捜査官は全員突入態勢』
三度双眼鏡を覗くと、天然パーマに無骨なゴーグル眼鏡をかけた時間犯罪者―――通称チックタックと呼ばれる男は、周りの目をずいぶんと気にしながら午後1時15分ちょうどに取引場所である喫茶店へと現れた。そして多額の金と引き換えにある約束の物とを交換しようとする。
チックタックが厳重なアタッシュケースから取り出したのは、超ミニサイズのディスクだった。ドラはそれを確認し、無線で応援部隊へ報告する。
「監視対象チックタックは、我々TBTの極秘ミニディスクを盗んだ。一分隊アルファチームおよびブラボー、突入しターゲット捕捉」
ドラの指示に基づき、控えていた別働隊がチックタックの捕捉にとりかかろうと一斉に動き出した。
それに逸早く気づいたチックタックは、咄嗟に取引を中止して盗み出した極秘ディスクを持って逃走を図る。
応援部隊はチックタックの取引対象は速やかに取り押さえたが、チックタック当人はなぜか余裕の笑みを浮かべている。
「止まれっ!」
拳銃を見せて投降を促す捜査官。するとチックタックは、懐からカチカチと音の鳴る時計型の爆弾を取り出した。
「緊急事態!“時間爆弾”です!」
道具の正体を知っていたドラは焦りの表情を浮かべニールセンへと連絡する。
「願い事には気を付けな!」
その間にチックタックはTBTの応援部隊目掛けて時間爆弾を投下。
次の瞬間、時間爆弾が作動。時の衝撃波でその場にいた捜査員全員を吹き飛ばすと、彼ら及びその周囲に居た人間の時間を一定時間の間完全に停止させた。
「そう浮かれてはいられないんだ」
人も物も、あらゆる時が等しく凍結。チックタックは止まってしまった時の中でただ一人自由に動き回りミニディスクを持って移動する。
「チックタックはミニディスクを盗んで逃走っ!」
遠目から現場の様子を実況するドラ。チックタックは通行人が飲もうとしていた止まったコーラを歩きながら飲み、さらに別の通行人とハイタッチを交わすだけの余裕ぶりを見せつける。
『今すぐ援護に向かう。現場到着は4分後だ』
「冗談でしょう、4分も待ってられません!」
ここで犯人を逃がすのは負けを意味する。ドラにとって負けは最も屈辱的であり、何よりも嫌悪する事だった。
内輪の時間が止まった以上、動けるのは自分だけ。ならば―――やることはひとつ。ドラは溜息を突いてからひとつの決断を下す。
「わかりました、オイラが追跡すりゃいいんでしょ!」
ある種の諦めを孕んだような口調でそう言うと、ドラは持っていた特殊道具の中から携帯式のワイヤーフックを選択。チックタックを追いかけるため、適当な電柱に向かってフックを発射―――しっかりと固定させる。
『待て早まるな!』
「今捕まえなきゃ、あと何人フリーズされるか。それに犯罪者如きに勝ち逃げされるっていうのが嫌いな性分なもので」
チックタックの動きを捕捉すると、既に逃走用の車へと乗車し現場から逃げようとしているのが視えた。
『独断での行動は慎め!これは命令だ!』
「オイラが一度でも上司の命令を聞き入れた事がありましたか!?」
命令違反も承知のうえで一人追跡を断行しようと、フックに体重をかけた―――次の瞬間。
ゴキ・・・という音がし、ドラの背中に激痛が走った。
「ああ!!うっそー!」
『どうした!?』
ニールセンが尋ねると、腰を押さえながらドラは険しい顔で答える。
「ぎ、ぎっくり腰です・・・!!」
『ロボットがどうしてぎっくり腰になるんだ!?定期メンテナンスは受けていないのか?』
「今日の予定だったんですよ!どっかの誰かさんが休暇返上で仕事してくれなんて言わなかったら、こんな事にはならなかったんだ!!」
『す、すまなかった・・・』
元々の予定をキャンセルして今回の任務に参加することとなったドラを襲った悲劇。ニールセンは自身が招いた種だと反省する。
「アタタ。チクショ~こんな時に限って・・・」
『それでは追跡はムリだな。諦めろ』
「ヤダね・・・今逆に捕まえないと!」
腰の痛みに襲われるドラだが、彼にも勤続17年に渡る捜査官としての意地がある。腰の痛みに耐えながらおもむろに立ち上がると、改めてフックに手に掛け移動を試みる。
「こちとらインセンティブ得るために命懸けとるんじゃ。絶対に逃がす訳にはいかないんだぁ!」
ある種の強迫観念とも取れる発言だった。
ドラはワイヤーによって大空を宙吊りに移動すると、あらかじめ用意していたオープンカーへとそのまま飛び乗りエンジン始動。チックタックの追跡を開始した。
発進と同時にサンルーフが閉ざされ、車は猛スピードでニューヨーク市内を爆走。ドラが追跡に向った直後、時間爆弾の効果が切れ時の支配下に置かれた者すべてが自らの時間を取り戻した。
「はい吸って~~~・・・」
じりじりと来る腰の痛みを堪えながらドラはギアをチャンジ。加速しながらも先を行く車や対向車を巧みな運転技術で追い越していく。
「はいバスにもぶつけないで~~~」
真横から走ってくる観光バスもギリギリで回避し、チックタックの乗った車を追いかける。
「ノイズ遮断」
『ノイズ遮断します』
ドラの一声でスーパーコンピューターが搭載されたナビゲーションシステムは、運転の妨げになる雑音をすべて遮断。
「落ち着いて落ち着いて・・・」
そう自分に言い聞かせながら、集中力を増したドラは瞬く間にチックタックが乗った車の真後ろまで追いついた。
プルルルルル・・・。
そのとき、スーパーコンピューターが外部からの電話連絡を報告する。
『幸吉郎様からの着信です』
「このくそ忙しいときになんだよ!!」
仕方なく運転しながらドラは未来からのテレビ電話に出ることに。モニター画面に幸吉郎の顔が映し出されると、どこか罰の悪そうな顔で彼は語りかける。
『兄貴、いまちょっと時間イイですか?』
「手短にしてくれるか!?何かあったの!?」
『それがその・・・大変申し上げにくい事なんですけど・・・・・・駱太郎の奴が兄貴の大切にしていたクリスタルな仁君人形をその・・・壊してしまいまして』
「え、ええぇぇぇ―――!!!」
悲鳴を上げながら、ドラは車に搭載されたボタンを押してフックを放つ。高速移動からの方向転換に成功。狭い路地裏へと逃げたチックタックを執拗に追跡する。
しかし、それとこれとは別に幸吉郎からの報せには大きなショックを受けた。
『俺がちょっと目を離した隙に・・・本当に申し訳ございません!!』
「冗談キツイわ!!あれ当てるのにハガキ何枚出したと思ってるの!?あれが普通じゃ手に入らない代物だって知りながらどうして簡単に壊す事が出来るのかな!?』
怒鳴り散らしながら車を歩道へと乗り上げる。前方にあるゴミステーションをぶっ壊しながら車は前へ前へと進み続ける。
『今、なんとか修復を試みているんですが・・・何分派手にやってしまったものですから』
という幸吉郎の話の途中で、前方を走るチックタックが撒菱をばら撒いた。
ドラはそれに驚きながらもハンドルを切り、別のスイッチを押す。すると車の四輪が横にスライド。ハンドルをこまごまと操りながら器用に撒菱を避ける。
心臓が止まりそうな状況が幾度となく続いたが、ドラはどうにか目の前から振りかかる災難をすべて振り切った。しかしそれでもクリスタルな仁君人形が壊れたことを素直に受け入れる事は出来なかった。
「下手に修復しようとして余計な経費をかけるのはやめてくれない!?いいよ、壊れちゃったものは仕方ないから!形ある物いつかは壊れるんだよ!」
と、潔く諦める事にした次の瞬間。
バリン—――と、モニター画面の後ろから聞こえてきたガラスが割れるような音と悲鳴に耳を疑った。
『あ~~~やってしまいました!!』
悲鳴を上げたのは茜だった。慌てて振り返る幸吉郎の顔が、たちまち青ざめる。気になったドラはまさかとは思いつつ恐る恐る聞いてみた。
「ちょ、ちょっと待ってね!今キャーって、茜ちゃんの悲鳴みたいな声が聞こえたんだけど・・・・今度はどうしたの!?」
『な・・・なんでもないですからね!!あはははは!!』
明らかに不自然な笑いだった。ドラを乗せた車は猛スピードで坂道を駆け抜ける。道路の段差もなんのその、ドラはチックタックの追跡を諦めない。
「幸吉郎!!嘘つきは泥棒の始まりって言葉知ってるか!?オイラに誤魔化しがきくとは思ってないだろうな!?」
『も、もちろんですよ!!えーっと・・・・・・』
必死の体で状況を誤魔化そうとする幸吉郎の表情が明らかに引きつっていた。そんな折、後ろから茜へと話しかける龍樹と写ノ神の声が聞こえてきた。
『のあああ~~~!茜、お主という奴はなんてことをしてくれたんじゃ!?』
『2つあるクリスタルな仁君人形の最後のひとつを・・・!』
『どうしましょう~~~!!!』
聞いた瞬間、ドラは青ざめた顔となり最悪の状況を理解する。
「おい!!まさか、もう1個も割っちゃったなんて言わないよね!!!」
『申し訳ございません!!!今からどうにかしますんで!!!』
ただただ申し訳なく思い、幸吉郎はモニター画面の向こう側で土下座する。
ドラは腹いせにミサイルを一発追跡中のチックタックの車へと発射。その途端、道路が勢いよく炎上し黒煙を上げる。
「どうにかできるわけないだろう!!チクショ~~~!!!やっぱりあれを職場に飾っておくべきじゃなかったんだ!!オイラのバカバカバカっ!!」
自分で自分の頭を殴るドラ。するとそんな砌、テレビ画面の向こうで茜に話しかける駱太郎の声が聞こえてきた。
『アバズレ、気にすんな。形ある物はいずれは壊れる運命なんだよ。ドラだってきっと許してくれるさ』
『駱太郎さん・・・・・・そうですね、ここはいっそのこと開き直りましょう!』
『おうよ!どうせこのクリスタルな仁君人形だってヤフオフで2、3万もすれば買えるだろうかな!』
『そもそも、このクリスタルな人形が欲しい人の気が知れません。だって正直言ってブサイクじゃないですか?』
ブチ・・・・・・。
他人の物を壊しておきながら堂々と開き直り、なおかつ悪びれる素振りさえ見せない身内の態度にドラの怒りは頂点に達した。
額にケーブルがまざまざと浮かび上がると、ハンドルを強く握りしめながらドラはモニター画面の幸吉郎に凄んだ声で言ってやった。
「おい・・・今すぐそこの腐れ外道二人に伝えてくれるか?人の物を壊しておいて謝るどころか開き直ろうとするとどういう報いを受けるのかを、帰ったら生きながらにして八大地獄全部を体験させてやるから覚悟しとけってな!!」
『りょ、了解しました・・・///』
余りにも恐ろしい今後の展開に幸吉郎も委縮。テレビ電話を終えたドラは、ハンドルを思い切り叩いた。
「まったく今日はとんだ厄日だな!腰は痛くなるわ、宝物は壊されるわ、ほんとクソみたいな時間だよ!!」
こうなったからにはとっとと仕事を終わらせ、駱太郎たちをずたずたにしてストレスを発散しようと思った。
ドラは今一度搭載されたミサイルを発射。今度は的を外すことはなく、チックタックの乗った車を撃ち抜いた。
ドカーン・・・という衝撃音。爆発に乗じて逃走車は大きく跳び上がった。
「うわああああああああ」
中空で一回転をした車は着地と同時にチックタックを車内から弾き出した。チックタックは物を持ったまま逃げ延びようと必死だった。
しかもドラも執念深い性格だった。適当な場所に車を停めると、腰が痛いのを我慢しながらゆっくりと歩き出す。
『ドラ君、もう無理だ。援護を待て』
彼の体調を気遣ったニールセンが無線越しに制止を呼びかける。
「痛みの感覚はまだ3分!時間はあります!」
と、明らかなやせ我慢で追跡を半ば強行。苦労の末に、ドラはチックタックを追いこむことに成功した。
「ほらチックタック。ミニディスクを渡せ」
余裕のないドラと違って、チックタックは余裕のある笑みを浮かべながら腕時計を確認。しばらくするとチックタックの援軍が到着した。
「残念だな」
周りを取り囲まれたドラもあ~と溜息を突く。サングラスをかけた者たちがボキボキと腕を鳴らしドラを包囲する。
「魔猫を甘く見るなよ」
「ホントにもう・・・何かに呪われてるんじゃないかってぐらい最悪の一日なんですけど」
と言いながら、ドラは真後ろから襲ってきた敵を直視しないで睾丸目掛け強烈な蹴りを放り込んだ。
「あおおおおおお!!」
想像を絶する激痛に悶え男は即時ノックダウン。魔猫は魔猫で人間とは異なる余裕を秘めているのだとチックタックは理解する。
「手加減するな」
生き残るためには手加減は一切不要。相手は容赦なく向かってくるが、所詮魔猫の敵ではない。ドラは正面から向かって来た敵の拳を避けて脇腹に蹴り。さらに真横から来た相手の拳を受け止め、額に強烈な頭突きを叩き込む。
最後にドラは、女の刺客と格闘戦を繰り広げる。その際、腰を狙われた事で酷く痛い思いをした。
「ああもう!!ちょっと考えろよ!!今腰痛来てるんだから!!」
「ご、ごめんなさい!」
鋭い剣幕で睨まれ思わず謝った女だが、この間隙を見逃さない。ドラは怯んだ相手の顔面に鉄拳を食らわした。
「ぐああ」
敵を全滅するのにかかった時間はおよそ1分弱。チックタックはやっぱりこうなったかと思いながら、最後は笑って降参した。
やがて時間を止められてしまった応援部隊の車が到着。一分隊の捜査官によってチックタックは取り押さえられ手錠を掛けられる。
「次回を楽しみにしてるよ」
捕まった直後にそう言ったチックタックの言葉がどこか意味深長だった。
事件解決後、今回ドラをこの任務へと駆り出した男―――TBT本部統括官エフェメラル・ニールセンが車から降りドラの労をねぎらった。
「よくやったなドラ君。流石だ。私は信じてたよ」
「休日、しかも定期メンテナンスを返上してまで付き合ってやったんですからね・・・たんまり危険手当出さないとマジ殺しますからね!」
「すまなかった、その件に関しては大長官に話を通しておこう。だがこれが犯罪者共の手に渡れば、今頃世界の時は止まっていただろう」
言うとニールセンは、チックタックが盗み出した極秘ミニディスクを腕時計型の再生機にセット。ドラと一緒に中身を確認する。
空間ディスプレイに表示されたのは、とある事故の記録映像だった。映像は今の物よりもやや粗く鮮明さに欠けていた。
「昔のTBTファイルですか?」
映像に表示された「PROJECT ARMAGEDDON」という単語にドラは訝しむ。
「アルマゲドン装置―――究極の兵器だ。敵だけでなく時空そのものを破壊してしまう」
「もう時間切れだと気付くのは、一体いつかな?」
護送車へと乗り込む間際、チックタックがドラたちに言ってきた。
「はははははは」
どこか嘲笑ったような態度だった。チックタックは終始その笑みを絶やさず、護送車によって運ばれていった。
チックタックが何を持ってあのような態度を取ったのか、真意を考えるドラだったが、今は腰が痛いため思考を一時中断。早々に引き上げる事にした。
「じゃ、オイラは帰ります・・・あたたた」
「ドラ君。自分を大切にな」
「いつだってオイラは自分第一で生きてますよ・・・」
腰を押さえながら、ドラはタイムエレベーターのある場所を目指してゆっくりと歩を進める。
「それじゃ我々も急いで本部へ戻ろう。チックタックの狙いを分析するんだ―――・・・」
◇
時間軸5539年 5月18日
小樽市 商店街
その日、八百万写ノ神と朱雀王子茜は商店街にある文房具店に足を運んだ。
「すみませーん、このお店にあるハガキ全部ください」
「全部?!」
「はい、全部です」
茜からの要求に戸惑いながら、店主は店にある通常ハガキを全部持ってきた。一体どれだけの数があるかはわかりかねるが、ずっしりと重い事は確か。
「はい、これで全部ね。そんなにハガキを買ってどうするんだい?」
「クリスタルな仁君人形を当てるんです」
そう言うと、茜は清算をカードで済ませ紙袋いっぱいに詰めたそれを持って写ノ神とともに店を出る。店主は茜が口にした言葉の意味がよくわからず、終始首を傾げるばかりだった。
店を出た茜はずっしりと重いハガキの山を見ながら深く溜息を漏らす。
「はぁ・・・どうしてこうなってしまったのでしょうか」
「そりゃお前がクリスタルな仁君人形を壊しちまったからだろう」
「ああ・・・どうしてあのとき素直に罪を認めて謝るという選択肢を取らなかったのでしょう。駱太郎さんの悪魔の囁きにさえ耳を貸さなければ、あの後八大地獄ツアーに参加する事も無ければ、今もこうして当たるハズの無いクリスタルな仁君人形を当てるために大量のハガキを買わずに済んでいたというのものを!!」
「まぁ自業自得って言えばそれまでだけどさ」
普段茜を擁護する立場をとる事が多い写ノ神も今回に限っては反応が淡白だ。当然だ、人形を壊して謝らなかったことの責任は茜にあって直接的に写ノ神が何かをしたわけではないのだから。
しかし、茜はいい加減この身に降りかかる不幸から逃れたかった。ゆえに何とか写ノ神に救済策を求める。
「写ノ神君教えてください!!どうしたら無間地獄のような出口のない苦痛から逃れられるんですか!?どうすればクリスタルな仁君人形を当てる事が出きるんですか!?」
「どうすればって言われても・・・こればっかりは運ゲーみたいなもんだからな」
「あ~~~もう嫌ですこんな生活っ!!」
「やめろってこんな人前で大声出すのは・・・」
と、人目を憚らず大声を上げる彼女を写ノ神が諌めようとしたそのとき。道路を挟んだ道の路地裏で奇妙な光を放つものが視えた。
写ノ神は目を細め路地裏で光を発するものを凝視する。
「写ノ神君どうしましたか?」
「いや、あの路地裏で何か光ったような・・・」
「100円玉ですか?」
「ちょっと行ってみよう」
言うと写ノ神は、道路の向こう側へと一直線に走って行った。
「あ、待ってください!」
慌てて茜は重たい紙袋を持って写ノ神を追いかける。
道路を挟んだ路地裏へと辿り着いたとき、二人が見つけたのは実に意外なものだった。
「こいつぁ!」
「まぁ!」
思わず目を見開き驚愕する。目の前に全身ボロボロの状態で酷く衰弱した様子の外国人風の男の子が倒れていた。首からは写ノ神が捕えた光るもの、サファイアに酷似した石が埋め込まれたネックレスがぶらさがっている。
二人は昏睡し弱々しく息をするその男の子へと駆けより容体を確認する。
幸いにも脈はあったが、早く処置をとらないと手遅れになりかねない危険な状態に変わりはない。
「・・・・・・ひどく弱ってやがるな」
「今、救急車を手配しました」
「救急隊が着くまで応急措置ぐらいはしとかないとな。茜、どっかで熱いお湯をもらってきてくれ。俺はこの子の傷の手当てをする」
「わかりました」
*
数分後 小樽市立総合病院
写ノ神と茜に発見・保護された謎の少年は、市内の病院へと運び込まれ適切な手当てを受けた。
施術後、二人は医師からの説明を受けていた。
「今のところバイタルは安定しています。軽い栄養失調でしたが、きちんと食事を与えてあげれば一日で退院ができます。直に目を覚ますと思います」
「そうですか・・・」
「良かったな」
命に別条がないと分かっただけでも一安心。
「ただ、厄介な事に・・・身元を保証できるものを何ひとつ持っていないんです」
困った風に医師は頭を掻いた。病院側としてもタダで医療を施す訳にはいかない。きちんとした身元が分からないうえでは治療費と入院代を請求することもできないからだ。
「と言う事は、本人に直接話を聞かない分には何もわからないってことですか」
「すいませんが、あの子はいまどちらに?」
二人は看護師に少年がいる病室へと案内された。
「こちらです」
扉を開けてもらうと、ちょうど例の少年が目を覚ましベッドから起き上がっていた。
「ああ!良かったです、気が付いたんですね」
状況が理解できていないらしく少年は困惑した顔を浮かべている。茜は不安気な少年に近づき、屈託ない笑顔で自己紹介をする。
「初めまして。私は朱雀王子茜と申します。こちらが、八百万写ノ神君です」
「たまたま休暇中に君が路地裏で倒れているところを見つけたんだ」
「・・・・・・」
「ケガをしていたんですけど、ここの病院の先生方が治して下さったんですよ」
「君、名前は?」
「な・・・まえ・・・」
「あなたのお名前は?」
「・・・カイ・・・・・・」
「カイ君か。家の人に連絡しないと。電話番号や住所わかるかな?」
優しく尋ねる写ノ神。すると、カイという名の少年は戸惑いながら正直なことを暴露する。
「わからない・・・オレ、自分の名前以外に・・・何も思い出せない」
「「え?」」
聞いた二人は挙って驚きを隠せなかった。カイは名前以外のすべての記憶を喪失していた。これでは身元の特定が極めて難しい。
一旦病室を出た二人は、困った様子でこの件について話し合う。
「名前以外は記憶喪失か・・・こいつは厄介だな」
「しかし名前といっても相手は子どもですからね。ひょっとすると本名を省略している可能性があります。どちらにしても身元が分からないんじゃ、あの子は誰が面倒を見るんでしょう?ここの入院費や治療代だってありますし」
「参ったな・・・でも放っておけないしなー」
カイの事が気にかかる二人は、病室の扉をそっと開け中を覗く。そこには物寂しげに外の景色を眺めるカイの姿が垣間見れた。
*
午後7時40分
小樽市 居酒屋ときのや
その夜、写ノ神と茜はドラたちをときのやへと呼び集めた。理由はひとつ―――身元不明な少年・カイの身辺保護を認めてもらうことだった。
「で、俺たちにどうしてほしいって?」
「どこかにあの子のご家族の方がいるはずなんです。ですから、ご家族の方が見つかるまでの間、私たちで面倒見てあげたいんです」
「なんで俺たちがガキの子守りしねーとならねぇんだよ。こっちは仕事で忙しいんだぜ」
「お主は自分で言うほど仕事をしておらんではないか」
「やっかましい!とにかく、俺は絶対反対だね!」
ビールをジョッキで一気飲みする駱太郎。彼はカイの身元を保護したいという写ノ神と茜の意向を頑なに拒んだ。
だが、ここで食い下がるわけにはいかず何とか分かってもらおうと写ノ神たちも必死だった。
「単細胞!親もわからない、友だちもわからない、まして自分の事すらよくわからない子供が目の前にいたらおめぇは放っておけるのかよ!!俺なら答えはNOだぜ!!」
「TBTは託児所じゃねぇんだぜ。それに俺たちの仕事がどれだけ危険かわかってるのかよ?万が一そのカイとかいうガキが俺たちの所為で怪我したり、最悪過去の世界で何かあってみろ・・・誰が責任を取るんだよ?」
「そう言うネガティブな発想はしないでください!間違ってもそんな事にはなりません!」
互いに一歩も引こうとしない。両者の主張は平行線に突入し激しくいがみ合う。
時野谷は食い違う両者を見ると、まぁまぁと声を出しながら仲裁に入ろうとする。
「御三方ともどうか少し落ち着いてください。駱太郎さん、写ノ神君、茜ちゃんもあまり熱くならないほうがいいですよ・・・」
「「「俺(私)は熱くなってなんかいねぇ(いません)!!」」」
鬼気迫るような三人の迫力に時野谷は一瞬で口籠ってしまった。
カイを引き取るべきか引き取らないべきか、意見が二分し対立する両者の様子を幸吉郎と龍樹、昇流が苦い顔で見守っていたとき―――
「別にオイラはいいけど」
「「「え!?」」」」
不意に凍結酒を飲んでいたドラが意外な言葉を発してきた。聞いた途端、三人はもとより、周りにいた全員が耳を疑った。
「ドラ・・・お前今なんつった・・・?」
「本当にいいのかよドラ!」
「カイ君を私たちで面倒見てもいいんですね!!」
信じられないでいる駱太郎と、嬉々とした顔でドラを見つめる千葉夫妻。ドラはコップに注いだ凍結酒を口に含みつつ更に言葉を紡ぐ。
「たかが子供一人増えた所で日常生活に大した影響はないよ。先に言っとくけど、途中で嫌になって別の人に任せようなんて無責任なマネだけは絶対に許さないからね。どんな事があっても最後の最後までやると決めたからには覚悟を持ってする!それが社会人である事の最低限の自覚だと思いな」
若干言葉は厳しいものに思えるが、ドラの言うことは筋が通っていた。
「やったぜ茜っ!」
「さすがは私たちの家長!話のわかる方で良かったです!」
何はともあれ家長であるドラからの許しを得られた。写ノ神と茜は感極まって抱き合い喜んだ。
「ちょっと待った待った!!俺は認めねぇぞドラ!!職場にガキを連れ込むだなんて勝手は俺はゼッテーに!!」
と、納得のいかない駱太郎が語気強く口を挟もうとした・・・次の瞬間。
バシュン―――。目の前からフォークが勢いよく飛んできた。駱太郎の耳を掠る形で店の柱へと深く突き刺さる。投擲者はドラである。
掠れた耳から血が滴り落ちる様を見て冷や汗をかく駱太郎。すると目の前のドラが凄ん声で言ってきた。
「何か文句あるのかな・・・・・・・・・R君?」
「い、いえ・・・・・・ありません///」
何者をも畏れさせる魔猫の形相。あまりに桁違いな恐怖感情を抱かさせられた駱太郎は、ドラの決定に素直に従う事にした。
◇
翌日―――
小樽市立総合病院 カイの病室
ドラからの許しを得、写ノ神と茜はカイの見舞いと彼を引き取りに入院先の病院へ足を運んだ。
「よう、カイ!」
「調子はどうですか?」
「写ノ神・・・茜・・・」
意識を取り戻して以来、カイは二人を呼び捨てで呼ぶようになった。写ノ神は苦笑しながらベッドの端に腰かけこの件について諫言する。
「だからさ、何度も言ってるだろう。写ノ神さん(・・・・・)と茜さん(・・・)だって」
「いろいろ必要かと思いまして。適当に見繕ってきましたからね」
茜はカイのために替えの着替えから生活必需品などひと通りのものを揃え紙袋に詰めて持ってきた。
「何か思い出せましたか?」
「うんうん・・・何にも思い出せない」
「そうですか・・・でも大丈夫ですよ。そのうちきっと思い出せますから」
「でな、昨日色々考えたんだけど・・・カイの記憶が戻るまで俺たちがお前の面倒ぜーんぶ見るよ!」
「え?」
聞いた瞬間、カイは面食らったように当惑する。
「だから心配すんな!俺たちに任せとけって!」
「あ、そうだ。リンゴなんて食べますか?私が剥いてあげますよ」
「子ども扱いすんな!」
ゴツン!―――、タメ口を利くうえに粗暴な口調を続けるカイに対し、写ノ神は躊躇いなく拳骨を振るった。
「コラ!それが目上の人を前にした時の話し方かよ!!あんまり調子に乗るとこうなるんだからな!」
「いって~~~!」
「ダメですよ写ノ神君、相手はまだ子供なんですから。暴力はいけません」
「けどよ、いくら子供たって口の利き方悪すぎるだろ?」
「年端もいかない男の子なんてみんな口が悪いんですよ。そうですよね、カイ君」
と、ややカイへの接し方が甘い茜が微笑みかけた次の瞬間。カイは無防備な茜の胸を着物の上から鷲塚んだ。
「きゃ!」
「な!!」
我が目を疑う光景に写ノ神は目を見開き仰天。胸を掴まれた茜本人は忽ち赤面し自分の胸元を手で覆い隠す。
カイは特に謝ろうともせず真顔のまま病室の外へ飛び出して行った。
「あのクソガキ・・・おい待てコラー!!」
写ノ神は妄りに妻の胸を勝手に触られた事に怒りを爆発。病室を飛び出したカイを追いかけるため病院内を疾走する。
「・・・・・・何なんですかあの子///」
病室に取り残された茜は、未だ掴みどころのないカイという少年に戸惑いを隠しきれなかった。
*
TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス
写ノ神たちがカイの引き取りに出向いている間、時野谷がドラたちの下へ旬なイチゴを持って訪ねて来た。
「みなさん、知り合いの農家さんから分けてもらった新鮮なイチゴ持ってきましたよ!」
「おおすまんのう」
「おっしゃ。練乳たっぷりかけて食うぞ!」
「兄貴、ここらで一休みしましょうか?」
「今話しかけないでくれるか!ちょっとでもズレたら台無しになるんだから」
ドラは全神経を集中してあることに時間を費やしていた。
駱太郎たちによって破壊された某長寿番組が視聴者プレゼントとして提供しているクリスタルな仁君人形の応募ハガキを書く作業にすべての気力と体力を注ぎ込む。鉢巻まで巻いて意地でも失った物を取り戻そうと躍起になる魔猫の姿はどこか違和感があり、昇流たちはイチゴを食べながらドラの様子を見守った。
「ったく。仕事そっちのけであいつは何をやってんだか」
「あんたが言えた口かよ」
「時野谷、拙僧にも練乳をくれんかのう」
「そんなにかけて大丈夫なんですか龍樹さん。糖尿病になりますよ。ついでにγ-GTPや中性脂肪も気になさった方がいいですよ」
「でぅはははは!!心配せんでも拙僧はまだまだ大丈夫じゃよ」
完全に高を括った様子で、龍樹は年頃を考えることも微塵も感じさせない練乳がたっぷりとかかったイチゴに食らいつく。
「つーか駱太郎、おめぇは呑気にイチゴ食ってていい身分だったのか?誰の所為の兄貴が苦労してると思ってるんだよ!」
「あれはわざとじゃねぇ!不可抗力だったんだ!」
この期に及んで自分の非を決して認めず飽く迄周りの所為にして罪を逃れようとする駱太郎の発言が飛び出た直後。
ブチ・・・、という破裂音が聞こえた。周りが恐る恐るドラの方を見てみると、案の定ドラは額に浮かび上がったケーブルのひとつを断絶させていた。誰の目から見てもはっきりと分かる怒りのオーラを全身から漂わせて―――。
「何が・・・不可抗力じゃあああ!!!」
「うおおおおおおお!!!」
ついに、怒りのちゃぶ台返しならぬデスク返し。驚愕し畏怖する駱太郎の胸ぐらを強く掴みかかったドラは怒りの形相で恫喝。
「三遊亭駱太郎っ!!オイラが嫌いな人間の特徴3つ全部言ってみようか!!1つッ!!」
「じじじ、自分の物差しで測った幸せを他人に押し付けてくる奴ッ!!!」
「2つッ!!」
「社会人としての節度ある行動が出来ない奴ッ!!!」
「3つッ!!」
「他人の物を壊しても謝ろうとしない奴ッ!!!」
「その通り!!おどれはこの3つの該当項目に見事に当てはまる!よって―――」
有無を言わさずドラは駱太郎の耳を強く引っ張り強引に引きずり回す。
「耳ひっぱりデストロイヤーの刑に処する!!!」
「いてててててててて!!!」
地味に痛いことをさせられる駱太郎。ドラは日頃の彼への恨み辛みも全部含めて駱太郎の耳が千切れるくらいまで強く耳を引っ張り回し苦しみを与え続ける。
「相当ご立腹ですねドラさん」
「もとはと言えば兄貴の物を壊したあいつが悪いんだ」
「ちなみにあのクリスタルな仁君人形な、この前ヤフオクで見たら一体で5万円だったぞ」
「と言う事は2体分で10万円・・・!!」
今になって駱太郎と茜は結構な高価な物を壊してしまったのだと、こ幸吉郎たちはようやく理解する。そんな気の毒な駱太郎の悲鳴を聞きつつ、彼らは薄情にも旬なイチゴを食べ続ける。
ガチャ・・・。
すると、ちょうどそこへ写ノ神と茜が退院したばかりのカイを連れてオフィスへと戻ってきた。
「ほらここだ」
「お家にいるつもりで寛いでくださいね」
写ノ神と茜はカイに普段の職場を案内する。するとカイは、部屋の中をしばし見渡してから辛辣なコメントを吐いた。
「きったねーとこだな!」
ブチ・・・。聞いた瞬間、メンバーのほとんどがその発言にカチンときた。
昇流は今にも怒鳴り付けたい気分だったが、ここは冷静に心を落ち着かせるとおもむろにカイの元まで歩み寄り、作り笑いを浮かべ挨拶する。
「ようこそ、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)オフィスへ。ここには俺たち以外にも色んな奴が出入りするんだがよ・・・お前みたいなクソ生意気な子供が来るのはこれがはじめてだ」
「誰だよこいつ?」
年上を前にしてもカイの口の悪さは変わらない。いずれ直していこうと心に決め写ノ神はカイの問いに答える。
「この人はTBT長官の杯昇流。平たく言えば俺たちの上司だ」
「ふ~ん・・・」
聞いたカイは、昇流の顔をまじまじと見つめる。昇流が気難しく眉間に皺を寄せる中、やがて彼の琴線に触れる痛烈な一言を浴びせた。
「はは。チョーバカ面っ!」
「が・・・・・・」
初対面で年端もいかない子どもにバカ面と酷評された昇流のショックは計り知れなかった。返す言葉も無くその場に呆然と立ち尽くす。
一方、カイの発言を聞いた残りメンバーは笑いを押さえるのに必死だった。
*
同本部 大長官室
ドラはその後、今回の件に関して事情を説明する為上司である彦斎の元へ足を運んだ。
「というわけで鋼鉄の絆(アイアンハーツ)が責任をもってその子供、カイを保護する事になったので」
「なったのでって・・・また私に断わりも無くお前はぁ」
「いいじゃないですか。大長官にも職場にも迷惑かけませんよ。それに悪ガキの面倒なら長官の件もありますし、オイラ得意ですよ」
ドラの性格を知ってか知らずか、彦斎は深い溜息を漏らし諦める事にした。
「日中はここにいるとして、夜はどうするんだ?」
「保護責任者を買って出た写ノ神と茜ちゃんが自宅に置いてあげるそうです。龍樹さんも了承していました」
「まぁ、この際私もとやかくは言わん。保護すると決めたからにはしっかりと責任を果たすようにな」
「大長官に言われなくたってイヤって言うほどわかってますから大丈夫」
またも彦斎は深い溜息を突く。その後、彼は話題を切り替えるのに伴って表情を若干渋いものへと変えた。
「話は変わるんだが・・・例のチックタックを覚えているか?」
「TBTから極秘ディスクを盗み出そうとしたあの?」
「逮捕されてたから48時間後、時間犯罪留置所からまんまと脱走したそうだ」
「はぁ!?」
脱走と言う信じがたい事態にドラは思わず耳を疑った。すると彦斎は机からある資料を取り出した。
「奴の狙いはアルマゲドン装置を再起動させる事だ。もしもあれが起動すれば、世界の時間は失われやがては・・・・・・」
ドラは彦斎から手渡された資料の中身をパラパラと捲り大体の中身を要約すると、ぼんと机の上へ無造作に放り投げる。
「装置は今どこなんです?」
*
同時刻 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス
ドラが彦斎と話をしている間、他のメンバーは被保護者であるカイの面倒を見ていた。
「おまえよぉ、子どものクセに長官によく言ってやったな」
「子ども扱いすんなチビ!」
「ははははは・・・っておめぇよりデケーじゃねぇかよ!!」
「幸吉郎さん、相手は子どもなんですから」
「人の話聞いてんのかハゲ!」
「どこが禿げてるのか言ってみなさいっ!!」
「時野谷さん、もう~・・・はいカイ君、ココア。どうぞ」
「甘いの嫌いなんだよおばさん!」
「誰がおばさんじゃい!!」
「まぁまぁ茜もよさ・・・」
「将来糖尿ジジイになったらサイアクだし!」
「誰が糖尿病ジジイじゃとぉ!!」
「ジジイ!相手は子どもなんだからよ、押さえて押さえて」
皆がカイの口の悪さに激しく取り乱す様子を見かね、駱太郎が冷静に宥めようとする。直後、不意に駱太郎の額へサッカーボールが飛んできた。
「ナイスヘッド!」
言わずもがなカイが笑みを浮かべわざとにやった。サッカーボールが飛んできた際に、駱太郎が毎朝入念にセットした髪型が著しく区乱れた。
「テメェこのクソガキ!!」
駱太郎はこの上もない怒りを露わし、文字通り怒髪天を突く。身を乗り出し今にも殴り殺そうとする駱太郎を、メンバーが慌てて止めにかかる。
「駱太郎さん!!」
「押さえて押さえて!!」
「てめぇが一番大人気ねぇだろうが単細胞!」
「るっせー!俺の神聖なヘアスタイルに傷を作りやがって!!!」
「ただのホウキ頭が何を申すか!!」
「ホウキじゃねぇ!!これは俺のトレードマークなんだぁ!!」
誰かが収拾しない分にはどうにも収まらない。カイは子どもゆえに歯に衣着せぬ残酷な言葉を浴びせ周りの心を掻き乱し、それを笑いの種とする。
ちょうどそのとき、彦斎との話を終えたドラがオフィスへと戻ってきた。
「なーに騒いでんだ?」
やけに中が騒々しいことに怪訝な顔を浮かべる。おもむろに扉を開けると、嚇怒した様子の駱太郎が皆に押さえられカイに迫っているという光景が瞳に映った。
ドラは瞬時にカイの仕業と判断。溜息を突いてからカイの元へと歩み寄る。
「おいお前なにやったんだよ!」
カイの下へ歩み寄るやドラは甲高い声で怒鳴り付ける。
「オレ何にもしてない!」
「ウソこきやがれ!!俺の髪がこんなにハネ上がっちまったじゃねぇか!!」
「元からハネ上がってんだろうがてめぇは!」
「カイ、オイラはたとえ子供だろうが女だろうが禁句言ったり悪い事した奴には情け容赦なくフルボッコにするからな!それだけは覚えておけよ!」
「うっせードラえもんもどき!」
ブチ・・・。
とうとう言ってしまった。その言葉はドラにとっての禁句。この場に居合わせたカイを除く全員が歯を震わせ血の気の引いた顔を浮かべる。
案の定、ドラは見る者に恐怖を与えかねない不気味な笑みを浮かべつつどす黒いオーラを漂わせる。
「ひひひ・・・・・・カイ君、お前って奴はとことん怖い物を知らないらしいな。その怖いもの知らずな態度気に入ったよ」
ドラはカイの腕を無理矢理引っ張ると、嫌がる彼を引きずりながら小部屋の方へと向かって歩き出した。
「さぁカイ君、一生に一度の機会だ。ドラえもんと遊ぼう!」
「はーなーせー!!いーやーだー!何か悪い予感しかしない!!」
「だいじょうぶだいじょうぶ!!こう見えても子どもと遊ぶのは嫌いじゃないんだ!疲れきるまで遊ぼう!!」
「やだぁ―――!!!だれか助けて―――!!!」
満面の笑顔で嫌がるカイを魔猫は小部屋へと誘い込むと、誰にも邪魔されないよう頑丈に鍵をかけた。
幸吉郎たちはドラが何をするか概ね理解していていた。ゆえに冷や汗が止まらなかった。
「ど、どうなってしまうんでしょう///」
「少なくとも無事ではすまねぇな」
「頼むドラ!!早まった事だけはしないでくれー!」
切に祈る写ノ神。だがその直後。
「うぎゃあああああああああああああああああああああああ」
「でぇははははははははははは!!!」
この世の物とは思えぬ断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
あまりにもむごたらしいカイの絶叫とは裏腹に、ドラは終始猟奇的な笑い声を発し続ける。
一体小部屋の中でどんな恐ろしい事が行われているのか、それを想像することさえも恐ろしく、メンバーは一秒でも早くこの生き地獄が終わる事を神に祈るばかりだった。
短篇:食べるな危険!
小樽市 サムライ・ドラ宅
「おやつねーかなおやつー」
腹を空かせた駱太郎。冷蔵庫の中を漁るが、生憎と空腹を満たしてくれそうなものは何ひとつない。
「んだよなにもねーじゃねぇかよ」
そう思って、諦めかけたとき。彼の目に意外なものが飛び込んだ。
「お?」
ふとテーブルの上には蓋をされた何かが。気になって蓋をとってみると、薄い黄土色に染まった透明な固形物が。駱太郎は見た瞬間にこのものの正体を悟った。
「うっしゃ!!ちょうどいいところに芋羊羹が!!」
駱太郎はそれが芋羊羹だと確証。何の疑いも無くそれを切り分け、早速いただくことにした。
「いただきまーす!」
口に含んだ瞬間、プニュプニュとした食感とともに駱太郎の舌に衝撃が走った。
「ぶぇええええええええええええ!!!」
羊羹とは思えない壮絶な不味さ。口に含む事さえままならないほどの口触りの悪さ。駱太郎は即座に口を漱いで舌にこびり付いたものを洗い流す。
「な、何がどうなってやがるんだ・・・・・・コイツは羊羹なんかじゃない!!いったい、なんなんだコイツは!?」
羊羹の姿をした目の前の不可思議な食べ物に疑問を抱く駱太郎。
すると、そんな駱太郎に風呂上がりのドラが言ってやった。
「それ羊羹じゃないから食べじゃダメだよ」
「どういうことだ!?」
「それ使い終わった油を捨てるために固めたものだよ。ほらこれ」
ドラは、食用の天ぷら油等をゼリー状にして固めて捨てる為に重宝される「固めてテンプル」という名の商品を取り出した。
この瞬間、駱太郎はようやく理解した。自分が羊羹だと思って食べたものが実は羊羹とは全く似て非なる使い終えた油の固形物だった事を。
「チックショウ!!!どうしていつも俺はこうなんだ~~~!!!」
おわり
ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~
その56:どんな事があっても最後の最後までやると決めたからには覚悟を持ってする!それが社会人である事の最低限の自覚だと思いな
社会人にとって一番大切なことは何だろうと思った時、責任感という言葉を真っ先に思い付いた。とりわけドラは責任という言葉にうるさい。でも、だからこそ周りはそんな彼を信頼することができるのだ。(第66話)
次回予告
幸「突如として起こった時間短縮現象。時の支配者を名乗る謎の存在・カイロスとチックタックが手を組み、アルマゲドン装置を起動させてしまった」
駱「装置を止める唯一の方法は時を司る力を持つとされる石・クロノスサファイアの力だけ。そんな中、ドラの口から語られるギャラクシーフリーズの真相とは・・・」
ド「次回、『世界が時間を失うとき』。いよいよこの物語の根幹に関わる設定の謎が明らかとなる!!」
登場した特殊道具
時間爆弾(じかんばくだん)
歯車の形を模した爆弾。作動させると一定時間だけ全世界・全宇宙の時間を停止し、自分以外の生物や物体、物質が停止した状態となる。作動時点で使用者と一定以上の距離が離れている場所にいる、あるいは特異点であれば、その者は時間停止の影響を受けずに済む。