サムライ・ドラ   作:重要大事

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昇「キャンプ場でドラの奴がたまたま恐竜を釣り上げちまったもんだから、今回の事件が起こっちまった。こんなこと言うと身も蓋も無くなるんだが・・・・・・事件の発端となるのはやっぱりドラなんだよ」
「コナンだって毎回毎回凄惨な殺人事件に出くわしているけどよ、あれはあいつが事件に絡まないと話が展開しないから仕方なくああいう役を担ってるだけなんだ。だがドラは違う!!アイツこそ、真の疫病神!!恐竜なんてかわいいもんだ!!アイツに比べればな!!」
ド「オイラを疫病神扱いするのは結構ですけど、恐竜は人の言葉を理解できないぶん余計に性質が悪いと思いますけどね個人的に。それに恐竜を釣り上げたのはオイラじゃなくて太田なの!」


ジュラシック・プラネット

時間軸1億4500万年前

白亜紀 北アメリカ ナーガの砦・内部

 

数々の苦難を乗り越えた末、ドラたちはナーガの砦へ辿り着くことができた。

ここより先何があっても後戻りはできない。更なる緊張感を持って慎重に慎重に奥へと進み始める。

砦の中は人の気配を感じさせないほど静かで、しきりに周りを窺うが、どういう訳か誰もいない。あれだけ自分たちを苦しめた恐竜一匹さえ出て来ない。ドラたちは拍子抜けした感じがしてどうにも腑に落ちなかった。

「嫌に静かっすね」

「ひょっとして俺たちを罠に嵌めようとしてるんじゃ・・・」

「そりゃおもしろい。だったら乗らない手は無い」

「わざわざ危険を冒す事はねぇだろう。ここはもっと安全策を考えようぜ」

「なに寝ぼけたこと言ってるのさ。周りを見て気づかないの?恐竜が闊歩するこの世界に安全な場所なんてどこにもないじゃないか」

「そりゃそうだけどよ・・・」

するとドラは端末を起動させ、現時点での56世紀の映像を公開する。

ナーガが放った巨大な恐竜型兵器《ウォポナイザー》の周囲を取り囲む戦闘機と戦車部隊。中性子爆弾を埋め込まれた死の兵器を無暗に傷つければ自滅は免れない。一方でナーガが指定した刻限まで残り僅かという状況に差し迫っていた。

「ウェポナイザーがリブートするまで残り3時間09分。我が身かわいさで事を仕損じる訳にはいかないんだ。それでも自分の身が安全だと言うなら、写ノ神の好きにしてもらって構わない。オイラは止めないよ」

「わかった、やるよ!やりゃいいんだろ!」

 写ノ神とて自分の帰る場所を失うわけにはいかなかった。何が何でもナーガの野望を打ち砕くのだと決意を強く固める。

「この先何が待ち受けているかわかりません。気を引き締めていきましょう」

「窮事の時こそ冷静さを見失ってはならぬ。肝に銘じるのじゃぞ、駱太郎(お主限定)」

「おいちょっと待て!何だその(俺限定)ってのは!!」

言葉通りの意味だと皆心の中で呟いたことを駱太郎は知る由も無かった。

 

そうして何事もなく奥へ進むこと数十分が経ったころだ。何らかの研究施設と思しき場所を発見した。

施設自体はもぬけの殻だが、設備はどれもこれもTBTと遜色劣らない最新のものばかり。

その中に孵卵器と思われるインキュベーター型の装置があった。透明なケースを覗けば、恐竜の卵、あるいは既に孵化したものが多く見受けられる。

「こうして恐竜を作るんですか?」

「違う。神の真似事だよ」

茜の純粋な疑問を横で聞いていたドラはナーガの行為を痛烈に酷評する。

その他培養器には恐竜のミイラがホルマリン漬けにされていた。幸吉郎が証拠として写真を撮り、かたわら駱太郎と龍樹は慎重に辺りを散策する。

「おい、これなんだろう?」

施設のコンピューターをいじっていた写ノ神が、あるデータを発見した。

ドラたちが寄って来ると、画面に書かれた文字はすべて英語によく似た地球上に存在しない文字の羅列だった。

「なんだこりゃ?」

「見たことが無いな」

手帳の機能を用いて翻訳を試みたがコンピューターがそれを受け付けなかった。エラーメッセージが表示されてはどうする事も出来ない、そう思った直後。

写ノ神がふとディスプレイに表示された不可思議な文字の羅列を見めながらその解読を始めたのだ。

「『恐竜族による地球浄化計画』・・・だってよ」

「写ノ神君、この文字が読めるんですか!?」

「さぁ。自分でも不思議だが、きっとこれがナーガの目的ってことだよ」

「兄貴、もっと詳しく分かりますか」

「やってみよう」

ドラは写ノ神から得たヒントを元にコンピューターを適当にいじり始めた。

出鱈目にいじっていると、様々なデータが明るみになってきた。中でもドラたちを驚かせたのは、恐竜をベースとした強力な生物兵器に関する極秘資料だった。

「これ、ウェポナイザーの設計図じゃ?」

「それにこれはなんだ?」

現代に出現したウェポナイザーの設計資料と一緒に見つけたのは、ハイブリッド恐竜に関する遺伝子情報。映像データにはドラたちにとって見覚えのある凶悪な恐竜が大地を闊歩する様が克明に記録されていた。

「こいつは確かオルニトミムスを襲ってた!」

「写ノ神、字読んで」

「名称はインドミナス・レックス・・・ティラノサウルスのDNAをベースに、ディノニクスに、アベリサウルス、カルノタウルス、マジュンガサウルス、ルゴプス、ギガノトサウルス、テリジノサウルスのDNAを加え遺伝子組み換えによって誕生させたキメラ恐竜、だって・・・!」

身の毛もぞっとするような話だった。ナーガはこの時代で秘かに研究を行い、支配した恐竜を兵器化する事で全地上の完全支配を目論んでいた。

「とにかく、このデータは後で証拠になる」

「みんなも証拠になるようなものは一つは持っていってね」

ラボラトリーにある証拠になるうるものは全て物色する。これがのちのち自分たちのインセンティブ(誘因の意。意欲向上や目標達成のための刺激策。広義では企業が販売目標を達成した代理店や、営業ノルマを達成した社員などに支給する報奨金を指す)として危険手当に含まれてくるのだ。

だがそのとき、突如茶色のローブに身を包んだ襲撃者が現れた。

「うわぁ!」

常人離れした身体能力に鋭い鉤爪のような武器で攻撃を仕掛ける。吃驚するドラたちが襲撃者を凝視すると、そこには目を疑うような光景が。

フードが脱げたとき、後ろで髪をまとめた見目麗しい少女が眼前に立っていた。

「人間!?」

白亜紀に来てから自分たち以外の人間を見たことが無かったので、他にも人間がいたという事実に驚愕する。

そんなドラたちを余所に、少女は眼光鋭く標的を見据えると再び高い跳躍力を駆使してドラたちに襲い掛かろうとする。

「ちっ」

常軌を逸した身体能力を発揮する少女。三度襲い掛かろうとすると、ドラは手持ちの銃口から白いガスを噴射し少女へと吹きかける。

ガスを浴びた途端、少女は意識が朦朧とし瞬ち気を失った。

「みんな、怪我は無い?」

「はい!」

「彼女は?」

「心配ご無用。眠らせただけです」

「いやしかし、今の動きは人間離れしてたな」

そう思いながら気絶した少女を気に掛け茜がおもむろに観察をしていた、次の瞬間。

「きゃ!」

「どうした!?」

「これは・・・・・・!!」

顔を引きつらせながら茜はドラたちに信じがたいものを見せた。

少女の左腕―――それは明らかに人間のものではなかった。皮膚は自然に紛れやすいよう緑色に染まり、硬い鱗と骨の板で覆われ、爪は丸み帯びていながらも鋭く尖っている。

爬虫類の特徴に酷似した少女の腕を見つめるドラたちは挙って口を開けるとともに、暫しの間言葉を発するのを忘れた。

 

ドラたちが謎の少女による襲撃を受けた頃―――杯昇流はディノニクスとの格闘を経たのち、謎の人物によって身柄を捕えられた。

「う・・・・・・」

前方から強い光が照らされる。意識を失っていた昇流はその刺激で目を覚ました。

重い瞼を開けて状況を確かめれば、自身は鉄格子の中で囚われの身。しかも目の前には怪しげな紅い光を放ち自分の素顔を隠すとともに自らを凝視する人影の姿が。

昇流は眉間に皺を寄せながら眼前の人物に言葉を投げかける。

「眩しいじゃねぇか。俺のディナーショーが見たいのなら、もっと優しく迎えに来てほしいもんだぜ」

「せっかくだが人間、君ら下等な生き物のショーを見ながら食事をするつもりは無い」

 声を聞く限りでは男のものだった。昇流は男の声に対し鼻で笑ってから返事を返す。

「確かに俺は人より頭の出来が悪いがな・・・同じ人間が下等だとはよく言えたものだな。それに人を呼んでおいて顔を見せないのは失礼だって、ママンに教わらなかったのか?」

「それは失礼した」

すると昇流の目の前に巨大なモニター画面が表示された。映し出されたのは56世紀の地球の様子。ちょうど活動を停止したウェポナイザーがアップで映っていた。

「こいつは・・・ウェポナイザーじゃねぇか!」

「その通りだ。我らが偉大なる神・ナーガによって作り出された地球の汚れを一掃するマシーンだ。貴様たち人間さえいなければ地球は今頃我ら恐竜族の支配に置かれていた」

「恐竜族だぁ?」

その言葉の意味が昇流にはわかりかねた。

「だがその堪えがたい時間も間もなく終わる。愚かな人類は我らの力の前に為す術もなく滅ぼされ、その汚れた歴史に終止符を打つ事だろう」

目の前の人物は拳をぎゅっと握りしめてから、徐々に昇流のもとへ歩み寄ってくる。

「お・・・おめぇは・・・・・・」

このとき、昇流が見た人物の正体は自らの想像を絶する存在だった。

 

謎の少女に襲われたドラたちは気絶した少女の手当てをしつつ、ラボにある機械を使って少女の体を遺伝子レベルで分析していた。

「見た感じ普通の女の子みたいだけどな・・・」

「分析結果はどうじゃ?」

龍樹が問いかけると、ドラは客観的なデータが裏付ける一つの事実を伝える。

「この少女・・・やっぱり白亜紀に生きてたトロオドンと呼ばれる恐竜と共通のDNAを持ってることがわかったよ」

「トロオドンって?」

「身体の大きさに比して恐竜の中でも飛びぬけて大きな脳を持っていて、“中生代で一番頭が良かった動物”なんて形容されたりもする」

 こんな話を知っているだろうか。1982年、カナダの古生物学者デール・ラッセルが提唱した《ディノサウロイド》という仮説がある。もしも恐竜が絶滅せずに進化し続けた場合、人間に似た形態を採り得るというものだ。端的にそれは《恐竜人間》という新たな生物の可能性を示唆していた。

 中でもラッセルが恐竜人間のモデルとしたのが、トロオドンだった。ラッセルは思考実験により、もしも6500万年前に恐竜が絶滅していなければ、トロオドンのような二足歩行する獣脚類は、ヒトによく似た形質をもつ知的な生物に進化したかもしれないと推測した。

「恐竜が人間に進化したって事か・・・」

「だけど、そんな短期間で?」

「進化させられたんだよ・・・・・ナーガにね」

「何のためにだよ?」

「恐竜を支配するような連中だ。てっとり早く地球を手に入れるために、一番頭がいい彼らを進化させて何でも言うことを聞く便利な手駒にしたかった―――大方そんなところだよ」

「俺たちを襲ってきたのは、ナーガの命令ってわけか」

「だとしても、なんだか気の毒な話ですね」

自分の意思とは無関係に進化させられた目の前の少女、かつてのトロオドンを見つめるうち茜は同情を買いつつ気絶した少女の手当てをしていた・・・その時。

唐突に少女が覚醒、茜の手首を強い力で掴みかかった。

「きゃああ!!」

悲鳴を上げた茜の首筋に少女は剥き出しの鋭い爪を突き付けた。

「茜っ!「来るな!動けばこの女の喉を引き裂く!」

明確な脅迫。ドラたちは動くに動けない状況に陥る。

「どうしてこんな事を?」

人質となった茜が恐る恐る問いかけると、少女は語気強く答える。

「ナーガは言われた!私たち恐竜人類に地球をくださると!」

「恐竜人類?」

「姉ちゃんよ。ナーガは地球を滅ぼすつもりなんだぜ」

「ウソっ!恐竜兵器ウェポナイザーは、地球をキレイにするためのもので壊すためのものではないと!キレイな地球に我らは棲みつづけるのだ!」

「呆れた。どうやら知能は人間ほど高くはないようですね」

「完全にナーガに騙されてるよ。奴らはこれっぽちも地球を救うつもりなんてない。最初から壊すつもりなんだ」

「黙れ!!ナーガは全能の神、私に知恵を授けてくれたわ!」

「ならなんでナーガは、お前たちまで殺してしまう中性子爆弾をウェポナイザーに仕掛けたんだよ?」

「それは・・・お前たちの作り事だろ!」

「残念ながら事実だよ。同じ恐竜人類のお前にはわからないのか?あんな大量殺戮兵器を埋め込まれた同胞を、かわいそうだとは思わないのか?」

「・・・っ!」

淡々とした口調だがドラの言葉は的を射ていた。少女の心は揺れ動く。

「籠絡されるなイブ!」

するとそのとき、イブに呼びかける声が研究室の外から聞こえてきた。振り向けば、研究者と思われる眼鏡に白衣姿の男が入口近くに立っていた。

「アダム・・・!」

「人間は口が上手い。心を許すな!」

「誰だあんた?」

「私はアダム。ナーガによって進化した最初の恐竜人類だ」

簡単な自己紹介を済ませた直後、アダムと名乗る恐竜人類は人工皮膚の下に隠した鋭い二本の鉤爪を見せたのち、ドラたちへと襲い掛かった。

「おっと!」

「危ねぇ!」

ディノニクス顔負けの俊敏な動きで迫る。ドラたちは人間への強い憎悪と敵意を一切隠す事のないアダムの猛攻に当惑する。

「俺たちが何をしたんだよ!?」

「お前たち人間は地球を汚す害虫だ!害虫は早めに排除しなければらない!」

「そうかよ・・・おめぇらがその気なら、俺たちも容赦しねぇよ!」

敵意を表す相手には毅然として振る舞う、それが幸吉郎なりの礼儀だった。愛刀を鞘から抜き放ってアダムとの距離を取る。

鋭い鉤爪を構えるアダムをじっと見据えたのち、幸吉郎は刀を水平に突き出してから静かに呼吸を練り、頃合いを見計らって刺突を仕掛ける。

「つらああああああ!!」

助走をつけた幸吉郎の刺突とアダムの攻撃が交差。

一瞬の攻防で、アダムは幸吉郎に右頬の皮膚を傷付けられ人工皮膚の下にある本来の皮膚を露わにする。

「おのれ・・・・・・」

悔しそうに露出した皮膚を手で押さえ、アダムは人間への憎しみを増大させる。

「イブ、私と来るんだ!イブっー!」

同じくナーガによって進化した唯一無二のパートナーへと呼びかける。

だが、肝心のイブは困惑した様子で素直に従おうとしない。これはアダムにとって想定外の出来事だった。

「くそ!」

仕方なくこの場は戦略的撤退を決め込んだ。イブを残し、アダムはラボラトリーから逃走を図る。

「逃がすか!!」

「おい幸吉郎っ!!」

逃げるアダムを追いかける幸吉郎。その彼を残りのメンバーが追いかける。

ただ一人ラボに残されたイブは、これから先自分はどうすべきかと自問自答する。

 

「待ちやがれっー!」

逃走したアダムを追っていた幸吉郎。しかし広い基地の中でいつしかアダムの姿を見失ってしまった。

「チクショウ。逃げ足の速い奴だ・・・・・・だてに恐竜人間ってわけじゃなさそうだな」

と、冷静に感心している場合ではない。幸吉郎自身は気付いていないが、彼は道が分からくなっていた。つい頭に血が上ったことで後先を考えられなくなった。時おり幸吉郎も駱太郎の事を馬鹿に出来ないような失敗をする。しかもここは敵の本拠地。いつ何が起こってもおかしくない状況で単独行動は危険極まりない。

そんな中、幸吉郎は偶然にもあるものを発見した。

「これは?」

目の前に現れた扉は今いる世界と別の世界とを繋ぐ入口―――そう捕えた幸吉郎は恐る恐る近づき、扉のノブにおもむろに手をかける。

ガチャ・・・と、扉が開く。中に入った時、幸吉郎の目に映し出されたのは。

「なっ・・・・・・」

広々とした空間には大掛かりな機械がいたる所に配備されている。何よりも幸吉郎を驚かせたのは、56世紀の地球に現れたウェポナイザーと全く同種のサイボーグ恐竜が今まさに製造されようとしている光景だった。

「間違いない。奴らは本気で人間を滅ぼすつもりらしい。それにしても、奴らの背後にいるナーガってのは何者なんだ?とにかく、兄貴たちへ直ぐに連絡を!」

「そうはさせんぞ」

背後に敵の気配を感じた幸吉郎。振り返るや、アダムに不意を突かれ首筋へと手刀の一撃を食らった。

「ぐああ」

不覚にも気絶させられた。アダムは幸吉郎の持っていた通信機を奪うと、掌の上でそれを握りつぶした。

「何人たりとも、我々の計画の邪魔立てはさせない」

 

「おーい!!幸吉郎!!」

「どこ行ったんだよー!」

「いるのかいないか、いないならいないって返事しろー!」

アダムを追い掛けたまま居なくなった幸吉郎を探し回りドラたちは施設内を奔走。しかし、姿形はおろか幸吉郎の声すら聞こえて来ない。

「どこに行ってしまわれたんでしょう?」

「ったく・・・軽はずみな行動なんかするからだ。副隊長としての自覚が足りないんだよあいつは」

と、そのとき。

グルルル・・・という不気味な声が辺りから反響する。声を聞いたドラたちは、冷を汗をかき、一カ所に固まり辺りを窺う。

「この状況・・・」

「ちょっとまずいんじゃないのか?」

固唾を飲んで緊張の糸を張る。

しばらくすると、建物の奥から腹を空かせた凶暴かつ獰猛な肉食恐竜・・・ディノニクスが群れを成して現れた。

「こいつらは・・・!!」

「ディノニクス!長官を食い殺した肉食恐竜だ!」

「まだ死んだと決まったわけじゃないだろ!!」

「うぅぅぅ・・・本当にここに来てからというもの、ずっとこんな事ばかりじゃないですか///」

「泣いてる暇などないぞ!この状況をどう乗り切る!?」

腹を空かせたディノニクスがドラたちを包囲する。

逃げ場のない状況で残された選択肢は二択。戦って生き残るか、負けて死ぬか。無論後者を選ぶつもりは彼らにはない。

だが状況は極めて不利と理解できないほど無知ではない。白亜紀の狩人の巧みな集団戦術は鋼鉄の絆(アイアンハーツ)に匹敵する。下手に動けばそれこそ死期を徒に早めるだけ。

苦虫を踏み潰した顔を浮かべるメンバー。やがて、鋭い眼光で睨み付ける一匹が襲い掛かろうとした次の瞬間―――

「やめろっ!!」

声高に叫ぶとともにイブが乱入し襲い掛かろうと助走をつけて飛んできたディノニクスの一匹を蹴り飛ばした。

これに怒った仲間のディノニクスがイブに襲いかかるが、イブは超人的な力でディノニクスを圧倒。そればかりか興奮するディノニクスたちを宥めようとする。

「ブルー、下がれ。下がるんだ」

なおも興奮するディノニクス。イブは沈着に恐竜との対話に臨む。

「やめろ!私の言葉が理解できないのか?」

名前があるらしく、イブはディノニクスたち一匹一匹に呼びかける。同じくディノニクスもイブを注視する。

「デルタ、お前は下がるんだ」

飽く迄も戦いではなく恐竜との対話という理性的な対応を取る彼女。この光景にドラたちは呆気にとられる。

すると、彼女の懸命な呼びかけが通じたらしくディノニクスたちは落ち着きを取り戻し、静かにその場を下がり始めた。

「よし・・・それでいい」

ディノニクスは何事も無かったように捕食行動を潔く諦め、建物の奥へと消えた。

「助けてくれたのか・・・」

「どうして?」

ドラたちは自分たちを助けてくれたイブの意外な行動に心底驚かされた。

「私にもわからない。だが、一概に人間を敵であると考えるのは些か拙速だったかもしれない―――そう思ったのだ」

何とも理性的な答えだった。彼女のその言葉にドラは些か嬉しくなり、僅かばかり口元を緩める。

「どうやらお前はあのアダムとか言う奴よりは、柔軟な脳みそを持ってるようだな」

「・・・・・・」

 珍しくドラが人を素直に褒めているにも関わらず、当人の顔はなぜか浮かない。恐らく彼女自身まだ自分がどうしたいのか明確な答えを導き出せていないのだ。

「あんた、ナーガの居場所を知ってるんだろ。案内してくれないか?」

周りからの懇願と期待の眼差しを向けられる。イブはしばらく考えてから、彼らを敵ではないと判断し、基地の奥へ案内する。

「こっちだ!」

「そうこなくっちゃな!」

イブの後に続いて、ドラたちは基地の奥へと進み始めた。

 

「う・・・・・・」

気を失っていた幸吉郎の意識が戻ったとき、彼は目の前の光景に目を疑った。何故か自分は檻の中に閉じ込められ、身動きができなくなっていたのだ。

「どうなってやがる・・・・・・「よう元気かい?」

「声の声は!」

普段聞き慣れた声がしたと思い中を見渡すと、檻の中にはディノニクスとの戦いで自分たちを逃がし、その後消息を絶った昇流が一緒に捕まっていた。

「長官っ!!生きてたんっすね!!」

「ああ奇跡的にな」

「でもどうやって?」

「恐竜人類の姉ちゃんに見つけてもらってここに運ばれたようだ」

「あの女に?」

「だが状況が最悪な事には変わりねぇ。この通り身動きひとつとりゃしねぇ」

檻に入れられているだけならまだしも、二人の手足には確りと拘束具が嵌められていた。おまけに武器は取り上げられている始末。これでは打つ手なしだ。

「チクショウ。一体どうすりゃいい・・・「目が覚めたか?」

そのとき、檻の外から声をかけたのはアダムだった。冷たい眼差しで檻の中を見つめるアダムに、幸吉郎は鋭い剣幕で睨み付ける。

「てめぇ・・・・・・何のつもりだよ?」

「お前たちは我々の秘密を知りすぎた。このまま生かして帰すわけにはいかない」

「はっ!どの道中性子爆弾とかとやらで地上の生き物全部始末する奴が何をぬかしやがる!お前も薄々気づいてんじゃねぇのか。ナーガは地球さえ手に入れれば、お前たち恐竜人類のことなんかどうでもいいんだよ」

「うるさいっ!ナーガは決して我々を見捨てたりはしない・・・ナーガこそ全生命の、博愛を解かれる唯一無二の神だ!」

「アダム!!」

そのとき、ドラたちを伴って現れたイブの声がした。

「幸吉郎!!大丈夫か!?」

「兄貴っ!!」

「長官さんも生きてます!」

「よく死に損なったな長官!」

「それは褒め言葉として使うんじゃねぇよ!!」

 相変わらず昇流へと向けられる周りの反応は刺々しいものばかりだった。しかしそれでも家族との再会は何よりも嬉しいことだった。

イブはアダムの元へ一歩一歩近付く。アダムはイブと向き合いて、真摯に自らの望みを訴える。

「イブ・・・私と共に戦え!」

「アダム・・・人間を信じて!一度話し合ってみましょう」

「まだそんなこと言ってるのか?!ナーガは言われた・・・恐竜は間もなく絶滅し、脆弱な哺乳類がこの地球上にのさばるのだと。この星の支配者である我々が、こんな・・・こんなか弱き者に取って代わられることなど絶対にあってはならないんだ!!」

「随分勝手なことを言ってくれるな」

アダムの言い分に文句を付けたのはドラだった。アダムの前に立つと、哺乳類を見下し恐竜こそ至上の存在と慢心するアダムに言ってやった。

「勘違いするな。この世の支配者を決めるのはお前らでもナーガでもない。歴史の気まぐれなんだよ。そして、その歴史の気まぐれがたまたま選んだのが人間だった。それだけのことだ。元来、人間にも恐竜人類にも支配者になる権利は与えられていない」

「人間でも恐竜でもない貴様が何を言うか!これ以上貴様と愚論を交わすつもりはない」

そう言うとアダムは、懐から小型装置を取り出しスイッチを押した。

直後、円形闘技場に仕掛けられたシステムが起動し巨大なハッチのような扉が開かれる。闘技場に入って来たのはウォポナイザーとは違う意味で最強の恐竜兵器―――ハイブリッド恐竜の頂点に君臨する《インドミナス・レックス》だった。

「こいつは・・・!!」

「ナーガより授かりし偉大なる知恵を使い、私が遺伝子操作で作り出したキメラ恐竜だ。見ての通り相当に腹を空かせている。奴は私の制御下にある。このままでは奴に食われておしまいだ」

インドミナス・レックスの巨大な咆哮が闘技場に木霊する。

「みんな逃げろー!!!」

「「「「「わああああああ」」」」」

荒ぶる魂と見る者に畏怖を植え付ける最強の暴君が動き出した瞬間、ドラたちは一目散に逃げ出した。

「って、兄貴!!俺たちどうするんですか俺たち!?」

「俺たちは無視かよっ!!何しにここへ来たんだ!?」

 堂々と家族を放置して逃げだした彼らの神経を二人は疑いたくなった。だがそのとき、暴君インドミナス・レックスが目の前まで迫ってきた。

間近で見る迫力と一瞬で希望を打ち砕くかのような絶望を与える相手に睨まれた瞬間、幸吉郎と昇流は互いに抱き合い絶叫する。

「「だああああああああ!!!」」

もうダメだ、食われる―――と、諦めたかけたそのとき。

ガチャン、という檻が壊される音が聞こえたと思えば、イブが幸吉郎と昇流を拘束する鎖を解き放ち自由の身としてくれた。

「早く!!」

「すまねぇ!!!」

「ありがとう、恩に着るよ!!」

 急いで檻の外へと出、イブと一緒に逃げ出した。

 

「「だあああああああ」」

最恐のキメラ恐竜は王者の咆哮を上げながら、狭い基地内を縦横無尽に闊歩する。運悪くインドミナス・レックスに追われる羽目となったドラと駱太郎は、二人仲良く並走していた。

「くそっおおおおお!!!なんで寄りにもよって俺たちのところに来るんだ!!!」

「普段の行いが悪いからでしょう!!!」

「人のこと言えた口かよ!!!」

「うるさいなイチイチ!!悪口なら生きて帰ってからなんぼでも言えー!」

「ああそうだな!!生きて帰ったらたっぷりてめぇの悪口を肴にときのやで下痢すりまで飲み倒してやる―――!!!」

 

凶悪な恐竜はインドミナス・レックスだけを指すのではない。

写ノ神と茜、幸吉郎と龍樹、昇流、イブは腹を空かせたディノニクスから懸命に逃げ回っていた。

「あいつら言うこと聞かせられねぇのかよ!」

「ダメだ!どういう訳か私の言葉も通じていない!」

「きっとアダムとか言う奴の仕業だ!チクショー、もう奴らに食われそうになるのはこりごりだって言うのによ!」

「恐竜さんたちを大人しくする方法は無いんですか?」

望み薄とは思いつつ茜が尋ねる。

するとイブはハッとした顔となりある事を思い出した。

「そうだ、ここの恐竜たちは耳に埋め込まれたマイクロチップによって統制が保たれているんだ。だからそれをアダムのコントロールから解除すれば・・・!」

「おし、なら手っ取り早いのは制御室だな!どっちに行くんだ!?」

「こっちだ!」

イブに案内され一行は制御室へと向かう。その間にもディノニクスたちは執拗に彼らのことを追い回す。

 

逃げ回りながら問題の制御室へと到着した。イブは早速アダムが作ったコンピューターを起動させ、ディノニクスたちの統制を計ろうと試みる。

「連中は大人しくなるのか!?」

「多分!他の恐竜たちも、それにウェポナイザーも!」

「なら全部のリモートコントールシステムを解除しろ!ついでにここのドアをロックしろ!ロックシステムを起動しろ!」

と、扉に向いながら指示を出す幸吉郎。

しかしそのとき、ふとガラス窓の先に映ったのは荒い鼻息を立てるディノニクス。幸吉郎は思わず言葉を失った。

恐る恐る視線をドアノブへと転じると、案の定ディノニクスは自分でドアノブを捻り、中へ入ろうとする。咄嗟にノブをきつく握りしめる幸吉郎だが、ディノニクスは力づくで入ろうとする。

扉に向かって直接体当たりするディノニクス。幸吉郎は敵の侵入を許しまいと力いっぱい扉を押さえる。

「「「「「幸吉郎(さん)!」」」」」

「大丈夫か!?」

「いいから早くロックを!」

しかし一人で押さえるのは無理がある。すぐに龍樹と写ノ神、イブの3人が加わり4人がかりで扉を押さえる。

「こっちはいい!ドアをロックしろ!」

「お主一人では無理じゃ!」

「こんな時の為の家族じゃねぇか!!」

「その言葉の意味は良く分からんが、私も放ってはおけぬ!」

「ああ・・・どうしましょうどうしましょう・・・!」

危機的状況に茜は冷静な判断ができず慌てふためくばかりだった。

しかしそんな中で、昇流は制御コンピューターの中身を見ると、ある事に気付いた。

「これは・・・そうか、基地のシステムをこれ一台で管理してたのか!」

「何してるんですか長官さん!?」

「俺、これならイジレルかもしれねぇ!ファイルを探さなきゃ!」

手の筋肉をほぐしてから、昇流はタッチパネルを操作し急いで目的のファイルを捜索し始める。そんな彼を茜が心配そうに見守る。

「俺の剣を取ってくれ!」

扉のところで奮闘し続ける幸吉郎たち。全身でドアを押さえながら、イブが必死に足を伸ばして幸吉郎の刀を取ろうとするが、あと一歩と言うところで距離が足りない。

「ダメだ!取れそうにない!」

「チクショー、こんなところで!」

「諦めてたまるかぁ!!」

逼迫する状況下、茜は制御コンピューターの操作を行う昇流に発破をかける。

「長官さん、早く早く!」

「今やってるよ!!急かすんじゃねぇ!!」

人の力で押さえつける事にも限界が生じ始めた。ディノニクスの鋭い鉤爪が扉の隙間からゆっくりと伸びる。それを必死で押し出そうとする幸吉郎たちだが、いい加減疲労が露見する。

と、ここでようやく昇流が目当てのプログラムと思われるファイルを発見した。

「あったぞ!多分これだと思う!」

固唾を飲む中、エンターキーを押す。だがそれはお目手の物とは全く異なるプログラムで、画面にはエラーが表示される。

「チクショー、これじゃねぇ!!」

「早く見つけてくださいよ!」

幸吉郎たちの体力もいよいよ消耗し切ろうとしていた。ディノニクスの餌食になる猶予はそう長くはない。

茜が後ろから急かし脅迫とばかりに昇流の首筋に苦無を突き立てたそのとき、ついに本命のプログラムファイルを見つけ出した。

「これだ!」

確信を持って昇流は再度エンターキーを強く押す。

次の瞬間、システムが起動しアダムの統制下に置かれた恐竜たちが大人しくなるとともに、基地から発信されていた時空妨害電波及びセキュリティシステム、さらにはウェポナイザーのリモートコントロールが解除。これにより中性子爆弾の起動もリセットされた。

奮闘する幸吉郎だったが、間一髪のところでドアの電子ロックが起動。ディノニクスは完全に外へと締め出された。

「やりました!」

「おっしゃーっ!助かったぜ!」

命からがら危機を脱した幸吉郎たちは安堵の息を漏らす。そしてすぐにも自分たちを救ってくれた昇流の功績を称える。

「すごいです長官さん!」

「長官、あんたやればできる男だって信じてたぜ!」

「基地からの妨害電波もウェポナイザーのコントロールも全部解除された。これで向こうと連絡が取れる!」

 

―――ガシャン!

大きな音が鳴ったので全員で振り返ると、先ほどのディノニクスが執念深く自分たちを求めてガラスを突き破って中へ入ろうそしていた。

「ガラスを破ろうとしてる!」

「チクショー!!」

このままではマズイと、昇流はホルスターから拳銃を取り出し窓の外へと発砲。

幸吉郎はここで戦うのは得策ではないと判断、全員で天井裏を通って脱出を図る。その間にディノニクスはガラスを突き破って部屋へと侵入する。

「なんでまだ俺たちを襲うんだよ!?」

「統制が利かなくなっても野生の本能がそうさせてるんですよきっと!」

どれだけ人が制御しようと試みても、太古に生きた恐竜が元来持つ闘争本能のすべてを抑制することは事実上不可能だった。

本能の赴くままに獲物を求めるディノニクスたちから逃れるため、幸吉郎たちは天井裏へと逃げ込み匍匐前進をしながら移動を開始。

「待て!」

しかし先頭の幸吉郎が咄嗟に制止を求める。ディノニクスは幸吉郎たちの臭いをかぎ分けると長い鼻先を突き立て、空気口を突き破ろうとしていた。

次の瞬間、標的の位置を割り出したディノニクスの一匹が天井を突き破って思い切り頭突きを仕掛けた。

「ああああああああ」

突然天井が突きあがったと思えば、茜はすぐ真下にディノニクスがいることに恐怖し絶叫する。

イブは茜を救おうとディノニクスの顔を蹴り飛ばす。しかしその際に天井が壊れ、茜は宙ぶらりんの状態に陥った。

「ああああああああ!!!」

今にも落ちそうになりながら、茜は天井の手すりに必死にしがみ付く。写ノ神と龍樹が二人掛かりで茜の腕をしっかりと握りしめ救出を試みる。

「今助けるからな!」

「がんばれ!」

ディノニクスは最後まで茜に食らいつこうとジャンプをするが、間一髪のところで茜は救出され事なきを得た。

「そっちだ!急げ、ほら早く!」

幸吉郎によって避難路を誘導される面々。ダクトを通って降りられそうな場所を探すと、眼下はティラノサウルスなどの恐竜の骨が展示された博物館のような場所だった。

たまたま近くに足場があったので、そこを伝って下へ降りる事にした。

しかし直後、甲高い咆哮が背後から聞こえた。先ほど自分たちを苦しめたディノニクスがすぐそこまで迫っていたのだ。

「しつこい奴!」

「とにかく逃げるんだ!」

ストーカーの如く獲物に対して執念深い性格のディノニクスが本当に嫌いだった。幸吉郎たちはティラノサウルスの骨を伝ってフロア下まで降りようとする。

だが次の瞬間、ディノニクスが勢いよくジャンプして幸吉郎たちへと襲い掛かった。

「「「「「うわああああ」」」」」

ディノニクスの体重が加わった事で、化石はバラバラになって崩壊。各々は骨の先に捕まったまま身動きができなくなった。

「写ノ神、飛び降りろ!さぁ行け!」

龍樹に促され写ノ神が地面に飛び降りると、重みに耐えかねた模型を吊るすワイヤーが切れ、天井から勢いよく降ってきた。

「ああああああああ」

ドドーン・・・!!

紙一重で模型に押しつぶされる事は免れた。

だが安心も束の間、ディノニクスは群れを成してすぐそこまで迫ってきた。

「ああああああああああああ」

堪らず悲鳴を上げたのは昇流だった。

幸吉郎たちは一カ所に固まるが、どこにも逃げ場はない。完全に四方をディノニクスによって囲まれた。

「もうおしまいだ・・・」

「ここまでかよ!」

悔しそうな顔を浮かべ己の死期を悟る。

そして、ディノニクスの一匹が飛びかかろうとした・・・正にそのとき。

突如現れた巨大な口がディノニクスの体を丸ごと齧りついた。目を見開き前を見れば、幸吉郎たちの危機を救ったのは腹を空かせたインドミナス・レックスで、ディノニクスを猛烈な勢いで捕食し始める。

呆然自失と化す幸吉郎たち。するとインドミナス・レックスに追い回されていたドラと駱太郎が合流した。

「みんな!!」

「早く!!こっちだ!!」

どうにかインドミナス・レックスから逃れた二人は、幸吉郎たちを連れてその場を離れるよう指示を出す。

我に返った幸吉郎たちは急いで安全な場所へと避難。その間にインドミナス・レックスはディノニクスを図らずも幸吉郎たちから退け、自らの糧とした。

そうして本来の自由を取り戻した事への歓喜と、憎き人間たちに二度とこの地に近づくなという警告を込め施設中に轟く雄叫びを上げた。

 

合流したドラたちはこの任務の要であるナーガの逮捕を急ぐため、イブの案内のもと黒幕の元へと急ぐ。

「この先の奥にナーガがいる!」

と、イブが誘導していたそのとき、不意に立ち止まらざるを得ない状況となった。アダムが目の前に立ちはだかったのだ。

「アダム・・・!」

「ナーガの元へは行かせない」

ナーガを神と崇め絶対の忠誠を誓うアダムは戦う気満々だ。口での説得は不可能だと一瞬で悟ったドラは嘆息を突いてからおもむろに前へ出る。

「いい加減恐竜に襲われるのには飽きたところだ。今度はこっちが襲わせてもらう」

言うと腰に帯びた鞘から自慢の剣を抜き放つ。

「きええええええええええええええええ」

途端、アダムが奇声を発してドラに飛びかかった。ドラは剣でアダムの鉤爪による攻撃を防ぎながら肉薄。

鍔迫り合いの中、ドラは率直に思った事を口にする。

「オイラが言うと場違いなセリフになるけど敢えて言おう。同じ星に生まれた者同士、なぜ戦う必要がある!?」

「弱肉強食が地球の掟だろ!」

「だとしても、お前たちにも知恵があるだろう。本当に地球をキレイにしたいと望むのなら、ナーガみたいに全てを滅ぼす事を許容していいはずがない。『自分たちさえよければそれでいい』なんて言う人間的エゴイズムを乗り越え何らかの努力をし続けない限り、いつまで経っても同じことの繰り返しだ!!いずれお前たちも人間を馬鹿にできなくなるときが来るんだ!!」

「黙れっ!!黙れ黙れ黙れっ―――!!」

ドラの言葉に終始翻弄されるアダム。

知恵と心を持つがゆえに苦悩する様は正しく人間と同じ。ゆえに自尊心を保つため、徹底的に目の前の存在を排除しようとする。

ドラとの距離を測ってからもう一度ドラ目掛けて飛びかかった、そのとき。

不意にイブが目の前から飛び出し、ドラを庇うように立ち塞がった。

 

バシュン―――。

「ぐあああ」

アダムの鋭い鉤爪がイブの体を引き裂いた。

「イブっ!」

「イブさん!」

衝撃的な光景に一同唖然。

アダムは焦燥に満ちた顔を浮かべながら自らの攻撃を受けぐったりと倒れるイブを抱きかかえる。

「イブ!イブ!」

強く体を揺すると、イブはおもむろに目を覚ます。どうやら致命傷ではないらしく、アダムも安堵する。だがそれ以上に彼女の取った行動が理解し難かった。

「イブ・・・・・・なぜだ!?」

「私、信じたい・・・人間もアダムも」

「イブ・・・・・・」

どちらも信じたいというイブの純粋な心に、とうとうアダムも折れた。

最早戦う必要はないと判断したドラは、刀を元の鞘へと納めた。

 

こうして難を逃れたドラたちはアダムとイブに連れられ、この事件の黒幕たるナーガが待つ基地の中枢へと辿り着いた。

「ここだ!ナーガはここいる」

「よし・・・」

息を整えると、ドラは固く閉ざされた扉を突き破り内部へと進入する。

「神妙にしろ!!!」

「TBTだ!!時間法第1条に抵触する重大な犯罪行為を現認!!よってこの場でてめぇを逮捕だ!!」

と、声高に叫んで見たものの辺りは一面真っ暗で人の気配すら感じさせない。

奇妙な違和感を抱くドラたち。だがそのとき、地震のような強い震動が起こったと思え目の前から強烈な光が差し込んだ。

光の先を見つめると、ドラたちの目に一際異彩を放つ存在が映し出された。

真下より浮かび上がって来たのは超巨大な容器と培養液に浸された特大の脳髄だった。予想だにしなかった光景を前にドラたちは挙って目を擦った。

「なんだ・・・・・・こりゃ」

「あれがナーガだ」

「この脳みそがだって!?」

アダムの口から出た一言に半信半疑のドラたち。

すると、目の前の巨大な脳髄こと―――全能の神ナーガはテレパシーを通じて彼らとの対話を計る。

『我ガ名ハ“ナーガ”。我コソガ地球ノ神ダ』

 TBT本部をジャックした時と同じ変声機を用いたような奇怪な声。どうやら紛う事なき本物のようだった。

「へへ・・・へへ・・・でぇへへへへへへへへ!!!」

真実を知った直後、ドラはあまりの可笑しさに笑いが止まらなくなった。その笑いさえ周りにはどこか虚しく思えてならなかった。

「世迷事を言いやがる。神様どころか薄汚い化け物じゃないか!!」

こんなものの掌で今まで踊らされていた事が異常に悔し思えてならなかった。ドラはナーガという存在を酷評するとともに接近しようとするが・・・

「う・・・うげええええ!!」

近づこうとした途端、強力な念力によって接近を阻まれ弾かれてしまう。

「ドラ!!」

「くそっ!!」

 簡単には引き下がれない。ドラは何度も何度も同じことを繰り返すが、その度にナーガの念力はドラの努力を無碍にする。

「うおおおおおお!!!」

まともに近付くことさえままならない。ナーガは身の程を弁えないドラとその仲間たちを等しく見下した。

『地球ハ我ガ手ニ。“ナーガ”コソ地球ニ君臨スル絶対ノ超越者デアル。下等生物タチヨ、地球ガ滅ビル瞬間ヲシカト見届ケヨ』

「誰がそんな勝手許すかよ!!」

どこまでもおごり高ぶるナーガにドラは我慢ならなかった。

最後の力を振り絞って容器に近付くと、そこにあるものを仕掛けた。その直後念力がドラの体を弾き飛ばした。

やがて、ナーガは前持って用意していた宇宙ロケットを使って基地からの脱出を図ろうと岩山に似せて作られた巨大発射口を展開する。

ドラたちが今いる足場もロケットの発射に伴い徐々になくなり始める。おどおどとするメンバーに一瞥くれると、ドラは脱出の糸口を見つけだす。

「あれだ!!」

目に飛び込んだのは天上まで続く一本の梯子。足場が無くなりかける中、ドラは迷うことなく梯子へと飛び移った。

「みんなも早く飛べ!急いで脱出するんだ!!」

 勇気を振り絞って、幸吉郎たちも意を決して梯子へと飛び移る。

そしてついに、ロケットのエンジンが起動。轟音を響かせナーガは宇宙へと飛び立とうとする。ドラたちは懸命に梯子を伝って遥か天にある出口へと邁進する。

「みんな出口だぞー!!」

 迫るロケット。ドラたちは外に出るとすぐに身を低くし、ロケットがもたらす衝撃に備えた。

「「「「「うわああああああああ」」」」」」」

想像を絶する衝撃でドラたち全員が吹っ飛ばされる。

ナーガを乗せたロケットは大気圏を超えて地球の外へと飛び出した。

その直後、ドラが仕掛けたものが作動した。それは超小型のスーパーナック爆弾で、威力は中性子爆弾ほどではないものの小樽市を半壊させるだけの威力を秘めていた。

タイマーがセットされており、時間が来ると同時に爆発。ナーガを乗せた容器は破裂―――ロケットは木端微塵に吹き飛んだ。

剥き出しとなったナーガの脳髄はしばし宇宙を彷徨っていたが、のちに地球に向かっていた隕石群と激突―――敢え無く消滅した。

 

辛くも生き残ったドラたちは、宇宙で爆炎となって消滅するナーガを見つめ、ふと思った事を口にする。

「結局、ナーガって何だったんだろうな」

「地球外からやってきた知的生命体の成れの果て、でしょうか」

「まぁどっちにしろ、奴は神の名を語ったペテン師だった事に違いはないさ。オイラを、いや世界中の生き物みーんなを騙そうとしたんだからね」

そう言うとドラは、ナーガが自らの野望のために生み出した恐竜人類の生き残り―――アダムとイブを気に掛ける。

二人は宙(そら)で燃え尽きるナーガを見ながらしみじみとした思いで呟く。

「我々は騙されていたのかもしれない・・・」

「アダム・・・・・・」

如何とし難い空虚感。アダムもイブもナーガによる一番の被害者であるという事実に代わりは無い。

茜は彼ら二人を気に掛けると、ひとつの提案をした。

「もう一度人間と話し合ってみませんか?きっと共存できる可能性だってあるかもしれません」

それを聞いたアダムは、右手の爬虫類の手を構える。

一瞬身構えるドラたちだが、アダムは敵意ではなく友好の証としてその手を差し出した。

ドラは一瞬驚きはしたものの、すぐに差し出された手を取り握手を交わす。

「ありがとう、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)諸君」

と、そのとき―――アダムとイブを迎えに一隻の円盤が現れた。

「だが、地球を焼き払おうとした我々にその資格は無い」

「私たちは新しい故郷を探します」

ドラたちに見守られながら、二人は迎えの円盤で地球を去ろうとする。

「「さようなら―――優しい地球の生き物たち。ありがとう」」

大切な事に気づかせてくれた彼らへの感謝の言葉を述べてから、彼らは本来の姿へと戻り、円盤に乗って故郷である地球を旅発った。

「さようならー!!」

「元気でなー!」

「もう来るんじゃねぇーぞ!!」

空に消える恐竜人類が新たな故郷を作れることを秘かに祈りつつ、ドラは新天地を目指し旅発つ彼らへの激励を込めて―――

「産めよ、増えよ、地に満ちよ。そしてそれを征服せよ!!!」

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その55:『自分たちさえよければそれでいい』なんて言う人間的エゴイズムを乗り越え何らかの努力をし続けない限り、いつまで経っても同じことの繰り返しだ!!

 

最近街中を歩いていても、仕事をしていても、如実に感じるのが利己主義。みんなが自分さえ良ければいいなんて思えば思うほど、世界は淀み腐っていく。我々が備えた英知はそれを乗り越えることができる術をいつの日か作り出して欲しい。(第65話)

 

 

 

 

 

 

登場人物

ナーガ

声:多岐川まり子

恐竜を高値で売り付ける謎の売人で、地球侵略を目論む者。「宇宙の神」を自称する(但し、イヴは「全能の神」と呼称している)。物語終盤まで姿は見せない。戦力としては現れただけで機械類の機能をシステムダウンさせたり、念力を用いて相手に触れることなく弾き飛ばす能力を持つ。古代にも地球に出現しており、恐竜を恐竜人類やウェポナイザーに改造した。ウェポナイザーに内蔵された中性子爆弾を使って地球上の全ての生物を滅ぼそうとする。

砦の奥深くに隠れていた本体、すなわち巨大な脳をロケットに乗せ、地球の全生命を滅ぼし、神となって降臨することを図るが、ドラが仕掛けた超小型のスーパーナック弾を改造した時限爆弾でロケットごと爆破された。爆破されたロケットから飛び出した脳はそのまま宇宙を彷徨い、地球の引力に引かれた隕石群と衝突して消滅。ナーガの正体を知ったドラは「神どころか薄汚ない化け物」と酷評した。

恐竜人類アダムとイブ

声:金本涼輔(アダム)、中島愛(イブ)

ナーガがトロオドンを人工的に進化させた知的生命体。外見は地球人と同じだが、外見上の皮膚は人工皮膚で、その下は爬虫類状の姿になっている。どちらも強靭な耐久力と回復力を持ち、本来の皮膚は幸吉郎の狼猛進撃を真正面から食らってもまったく傷を負わず、その際剥がれた人工皮膚も短時間で治癒する。また、人間離れした身体能力を持ち合わせており、両手の鋭く尖った爪を使った攻撃を得意とする。決して争いを好む者たちではないが、ナーガを神の如く信じている。ドラの「大量殺戮兵器を埋め込まれてサイボーグに改造されたウェポナイザーを可哀想だと思わないのか」という指摘に信念が揺らぎはじめる。ナーガが倒された後、ドラ達から地球人との共存を提案されるが、地球を破壊しようとした自分たちの行動を理由に辞退。本来の姿に戻って、二人とも新たな故郷を探すため宇宙へと旅立った。




次回予告

ド「あの日―――太陽系のすべての時間は静止し、すべての生命が活動を停止した」
「オイラたちを支配する時間の力。その時間の力を悪用した犯罪が後を絶たない。TBTはそんな犯罪を抑止するために生まれたわけだが、果たして人間はどのような方法で時間渡航を可能としたのか・・・」
「次回、『世界が静止するとき』。いよいよこの物語の根幹を担う話ができそうじゃないか!」

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