サムライ・ドラ   作:重要大事

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写「みんなでキャンプに行ったときにドラと単細胞、それにルーキーがたまたま釣り上げちまった恐竜が発端となって、今回の事件は起こった」
茜「自称ナーガと語る謎の時間犯罪者は恐竜時代を支配するばかりか、恐竜を改造して兵器化したウェポナイザーという危険な物を作り出し、歴史はおろか地球そのものを支配しようとしています」
龍「そして、白亜紀の恐竜時代にタイムムーブし調査に当たる事となった鋼鉄の絆(アイアンハーツ)じゃったが・・・・・・果たして過酷な生存争いが繰り広げられる時代で生き残る事ができるんじゃろうか」


生存率ほぼ0%

時間軸1億4500万年前

白亜紀 北アメリカ大陸

 

光陰矢の如し。時刻は午後11時半を迎えた。

刻一刻と地球滅亡のタイムリミットが迫る中でのキャンプ。周りには常に何かしらの凶暴な恐竜が潜んでいるという可能性を考慮し、敵の奇襲に備えつつ体を休ませないといけない。

緊張感を持ってメンバーの多くがテントの中やその近くで休んでいる一方、ドラは片時も焚火を絶やさず番を取る。

理由は生物が元来火を恐れている事を知っているとともに、人間よりもスタミナに優れたロボットであるからだ。さらに言うならばドラは鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の隊長―――何が遭っても家族を守るという重責を負っている。

(タイムリミットは残り14時間あまり・・・皆の疲労を考えると、あと1時間くらいは寝かせてあげないとな)

 ナーガが人類に通達したタイムリミットは24時間きっかり。それまでにナーガの拠点まで辿り着き身柄を押さえなければ自分たちの明日はない。焦る気持ちもありつつ、メンバーの事も考慮しなければならないというジレンマ。ドラはつくづく損な役目を負っている自分自身にいい加減嫌気が差していた。

すると空から唐突に冷たい滴が降って来た。鼻先に落ちたと思えば、雫は忽ち勢いを増して激しい音を立てながら周りに降り注ぐ。

スコールによって燃え滾る焚火が一気に鎮火、だが直ぐに雨は止んでしまった。ドラは気まぐれに降った雨のせいですっかり体が冷えてしまった。

「新手の嫌がらせかよもう・・・」

焚火は消えるし、体は濡れるし、ツイテいないと思った・・・まさにそのとき。

 

ドン・・・ドン・・・と、ドラの耳に遠くから伝わる恐怖の物音が入り込んできた。

「・・・っ!」

音を聞き取った直後にドラは目を見開き、ゆっくりとその場から立ち上がる。

遥か遠くの音まで聞きとることが可能な優れた聴覚は、重量感のある生物が大地を闊歩する足音を確かに聞き分けた。

ドン・・・ドン・・・と、音は段々と近づいてくる。

ふと先ほど降った雨によって出来た水たまりに目を向ければ、水面が波源を中心に円形の波紋が広がる。

振動が大きくなる度に近づく恐怖の時間。

テントの中で寝ていた茜もパッと目を覚ますとともに最強にして最悪の恐竜が近くに来たことを感じ取る。

この非常事態にドラはすぐさま外で寝ていた男たちを叩き起こす。

「みんな起きろ・・・。ガブティラが来る」

「んだよ・・・誰が来るって?」

「腹を空かしたレックス君がオイラたちを食べに来るんだよ!」

「マジでか!」

突然の報せに真っ青になる男たち。メンバーの中でただ一人テントで寝ていた茜は急いで身支度を始め、食べかけのお菓子袋などをビニール袋へ詰めると、慌てて寝袋の下に身を隠す。

枕元のライトの灯りを消そうとしたとき・・・巨大なティラノサウルスの頭部の陰影がくっきりハッキリと映った。

茜は恐怖と息を必死に押し殺し、ゆっくりと灯りを消す。

ドラたちは遠く離れた箇所より茜のテントに迫るTレックスを見つめながら硬直。茜は寝袋の中に潜ると息を潜める。

空腹のティラノサウルスの長い鼻先がゆっくりとテントの中へと入ってきた。そして中の臭いを嗅ぎ始める。

かつて経験した事のない想像を絶する死の恐怖。大型の畜生でさえ手懐ける茜だが、相手は太古の地球を支配した恐竜。人間の意思など一切通じない相手にはどうすることもできない。ただ泣きべそをかきながら必死に声を押し殺すばかりだった。

「茜・・・茜・・・」

最愛の妻の身に危機が迫ろうとしている。写ノ神はその光景を見つめるうち次第に感情が高まる。

「茜っ―――!!!」

そしてついに、抑えていたものが一気に爆発。矢も盾もたまらず写ノ神は大声を上げながらその場から駆け出した。

「バカやめろ!!」

「行っちゃダメだ!!」

次の瞬間、ティラノサウルスは写ノ神の声に驚き鼻先にかぶっていたテントを大きく無造作に放り投げた。

「みんな逃げろっ―――!!!」

「「「わああああああ」」」

必死の体で逃げる男たち。茜はテントから自力で脱出を果し、写ノ神に手を引かれる形で疾駆する。

「写ノ神君!!」

「全力疾走だ!!息が続く限り走りつづけろ!!!」

獰猛な大型肉食恐竜の脅威に晒される鋼鉄の絆(アイアンハーツ)。皆我が身を守ることで頭がいっぱいという状況において、ドラはただひとりベースキャンプから持ち出したマシンガンでティラノサウルスの注意を引きつつ、メンバーを遠ざける。

 

一行は先ほど降った雨で酷くぬかるんだ大地を疾走。真っ暗闇な森の中を脇目も振らず必死で逃げていく。そんな彼らをティラノサウルスは執拗に追いかける。

「ジュラシック・パークって、こんなに危険な映画だったんですね!!」

「これは映画ではない!!現実の事じゃ!!」

「ひええええ!!!俺食われたくねぇ―――!!!」

と、誰よりも女々しく喚きながら誰よりも早く森を駆け抜ける男こそ杯昇流。誰もが目を見張る驚異の身体能力に一同は走りながら唖然とする。

「寝起きだって言うのにどうしてあんなに早く走れるんだ!?」

「つーか部下を捨てて真っ先に生き延びようなんてとんだ器の小さい上司だぜ!」

などと文句を言いながらも、今は逃げる事に集中しなければならない。

ティラノサウルスは推定で時速29キロメートル。すなわち100メートルを12秒半ばで走れるほどの速力を持っているのだ。うっかり気を抜いて速度を落とせばあっという間にティラノの巨大な口に呑み込まれかねない。

ゆえに彼らは必死に、それこそ命懸けで走り続ける。この時代の最強の捕食者に捕食されないために。

「ああもう!!おい茜、おめぇんところの畜生とあいつ戦わせろよ!」

「はぁ!?私の畜生をあんな人食いイグアナと戦わせるなんて死んでも御免ですよ!!」

「おい見ろ、あれ!!」

 すると先頭を走っていた幸吉郎は眼前に飛び込んで来た滝壺を見つけ指を差す。

「あそこに飛び込むぞ!」

全員は躊躇うことなく滝壺の中へと飛び込んだ。

中はお誂え向きに洞窟となっていた。なお執拗に迫るティラノサウルスからメンバー5人は間一髪のところで生き延びる。

だがティラノサウルスも執念深かった。長い鼻先を無理矢理にねじ込み彼らを捕食しようと躍起になる。

「いやあああああああ!!!」

「茜に寄るんじゃねぇ!!殺すぞバケモノがっ!!」

露骨に恐怖を植え付ける存在に理性を失い欠ける者が続出。

「大丈夫だ!!ここまでは届かない!!」

「兄貴はどうしたんだ!?」

ある種恐竜よりも恐ろしい魔猫が未だに姿を現さない事に一抹の危惧を抱くメンバー。ティラノサウルスはなお執念深く彼らを捕食せんと長い舌を伸ばし、一番近くにいる龍樹の顔を舐め回す。

「やめろ~~~!拙僧は見ての通り皮と骨だけじゃぞ・・・うまくないぞ~~~!!」

人間は命の危機に瀕するとあらゆる理性をかなぐり捨てて醜い本性を暴露すると言うが、彼らの場合も常人と何ら変わらない。違っているのは常人よりもそう言った経験を多く踏んでいるということだ。

やがて、ティラノサウルスは捕食を断念し長い鼻を引っ込めた。

メンバーはほっと胸を撫で下ろす。写ノ神は恐竜の恐ろしさに触れ弱々しく怯える茜を強く抱きしめる。

「大丈夫だ。もう襲ってこない。戻ってこないよ」

「ううう////こわかったです・・・///」

あれほど怖いと感じたことは無かった。同時にリアルな死のイメージをあれだけ間近に感じたのも初めてだった。

そう思った時である。滝壺に向かって何かが勢いよく飛び込んでくる姿が目に映った。

「戻ってきた―――!!」

「「「「あああああああ!!!!」」」」

先程のティラノサウルスが再び戻って来たとばかりに恐怖するメンバー。だが、戻って来たのは恐竜ではなく魔猫の方だった。

「ただいま・・・!」

「「「「兄貴(ドラ)(ドラさん)っ!!」」」」

全員でドラの生還を喜び彼を抱きしめる。ドラもまた皆の安全を確認し顔を綻ばせる。

「あれ?長官は?」

「それが一人でどっかに行っちゃって・・・」

「まさか食べられちゃったんですか!?」

「いや。あの人のいざっていう時の生存能力の高さは折り紙つきだ。肉食恐竜に襲われない為にはどこへ逃げればいいのか、弁えているはずだよ」

 冷静にそう言うと、ドラは辺りにティラノサウルスが完全にいなくなった事を確認してからメンバーを連れて昇流を探しに出かける。

 

先程の出来事が嘘のように森の中は静まり返っていた。

ドラたちは昇流の手帳から発信される極超短波から居場所を特定。彼がいたのは天まで届くかとさえ錯覚を覚える大木の上だった。

「こりゃ高いなー」

「長官ー、生きてたら返事してくださーい!!」

「生きてるよー!」

 ドラが呼びかけると昇流の上擦った声が聞こえてきた。間違いなく彼は生きていた。

「こんな高い木に登って難を逃れていたとはのう・・・」

「マジで色んな意味で規格外な上司だぜ」

「ティラノ君は何とか追っ払いましたよ!今からそっちに行きますからー!」

全員で昇流のいる木の頂きまで上り始める。

先ほど降った雨で枝先が濡れているうえに、ティラノサウルスに追いかけ回されたお陰で疲労困憊。時刻は夜中の0時を過ぎた頃。疲労のピークに達している中での過酷な運動の連続にメンバーは消耗寸前だ。

「くそ~、この忌々しい大木め!」

「チックショー・・・ここに来てから碌な目に遭ってねぇ」

ぶつぶつと不満を言いながらも幸吉郎たちは自力で木の頂きまで上り詰め、昇流との合流を果した。

ここへ来るのに相当な体力を消費した事で疲労が如実に顔に出る。

と、そのとき。ふと靄のかかった前方に巨大な恐竜の姿が飛び込んだ。体長はおよそ16メートルから25メートル相当。もっとも代表的な首長竜の一種・ブラキオサウルスの群れがドラたちの瞳に焼き付いた。

「まぁなんて大きな恐竜でしょう」

「ブラキオサウルスだよ」

「歌ってやがる」

ブラキオサウルスの親子が奏でる歌に疲れた心が自然と癒される。

すると昇流が好奇心からブラキオサウルスの親子に倣って手笛で声を真似はじめた。これに対してブラキオサウルスの一体が反応した。

「やめろよ長官!余計な真似すんじゃねぇ!」

「怪物がこっちに来たらどうするんだよ!?」

「バカだな。ブラキオサウルスはTレックスと違って草食系の大人しい恐竜だ。理由も無く嫌うなんてやめろよな」

「あんたに言われるとものすげー悔しいんですけど」

「いの一番にティラノサウルスから逃げたのはどこのどいつだよ」

「あれは命の危険を感じたからだよ!!誰だってあの状況じゃ生き残る事に必死になるだろうが!!」

「もういいよ・・・・・今日は疲れた。ふぁ~~~・・・とにかく今は少し寝ましょう。全員で固まって寝るよ・・・・」

自然とメンバー全員がドラの側へと集まり寄り添うような体勢を作る。

全員でくっ付いて一夜を過ごすなんて経験は今回が最初で最後になるだろう・・・ドラは少々暑苦しいと思いつつもたまにはこういうのも悪くないと内心自分に言い聞かせてながら目を瞑る。

「寝ている間に恐竜が襲ってきませんかね・・・」

「そのときは、みんなで食べられて死にましょうでいいじゃない」

「俺はまだやりたいことが山ほどあるんだよ」

「心配しなくても誰も長官の頭の悪い脳みそを食べたがる恐竜がいませんよ」

「だったらおめぇは全身鉄の塊だろうが」

 

 

どこか暗い空間。

ここは恐竜時代を支配し、地球全土の支配を目論む時間犯罪者“ナーガ”が潜伏している秘密の拠点。

暗がりの中から、コトコト・・・と、物音を立てて誰かが歩いてくる。

それは白衣を身に纏った細身の男性だった。眼鏡の位置を直した直後、眼前に視える絶対の存在への敬意を全身で表す。

「偉大なる全能の神ナーガよ!」

男の声に対するナーガの返事はない。男はその後も腰を低くして報告を続ける。

「愚かなる地上人類が、我々の聖域に土足で足を踏み入れたばかりか、我らの崇高な理想の実現を阻まんとしています」

暗がりの中で男は危惧を持って話し、その方針をナーガに依存する。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)というイレギュラーへどう対処すべきか。

するとナーガは男の問いかけに答えた。それは決して常人が聞き取る事が難しい意味不明な単語の羅列だった。

男はナーガの言葉を即座に理解する。

「わかりました。どんな手を使ってでも、必ずやこの計画を遂行させてみせます。我ら“恐竜族”が永遠の支配者となるために―――」

 

 

壮絶な一夜を乗り越え、朝を迎える。

早朝5時。大木の上で束の間の安らぎを得ていたドラたちは、現地生物の日常のアクションによって覚醒を促される。

ボリボリ・・・という雑音が耳に入る。この音で真っ先に目が覚めたドラは重い瞼をゆっくりと開ける。

「ん・・・」

ぼやけていた視界が徐々にはっきり見えるようになる。すると、昨晩のブラキオサウルスの群れが活動を始め、ちょうど朝食として自分たちが居る大木の草を食べていた。

これを見たドラは穏やかに口元を緩めた。昨日が散々だったために、自分たちへ決して危害を加えようとしない彼らの存在に心癒されたのだ。

ブラキオサウルスの一体が鳴き声を上げると、その声に反応して他のメンバーも順々に目を覚ます。

「なんですか・・・・・・はっ!!」

目を擦りながら視界にブラキオサウルスを捕えた途端、茜は一気に目が覚めるとともにブラキオサウルスに恐怖する。

昨夜ティラノサウルに襲われたことがトラウマになったらしく、恐竜への恐怖心が誰よりも強くなっていた。ブラキオサウルスはそんな彼女や周りのことに構わず、ただ摂食行動を続ける。

「あっち行ってください!」

「怖がらなくていいよ。ブラキオ君は草しか食べない恐竜だから大丈夫」

「ほ、本当ですか?」

「おしこいブラキー!何もしねぇよ、来い!」

好奇心から駱太郎がブラキオサウルスを呼び寄せる。それに合わせて龍樹は、枝の付いた手ごろな草木を手に取り、ブラキオサウルスの口元へ運ぶ。

「ほれ。たんと食べるがよい」

嬉々とした顔で呼びかける。皆が期待と不安を抱く中、ブラキサウルスは迫力あるくしゃみをした後に、龍樹が差し出した草を食べ始める。

「よーしいいぞ!よーし、ほれ!はははは!!」

恐竜との触れ合いで心身の疲弊も軽く吹っ飛ぶようだった。

ティラノサウルスとは違って温厚な恐竜であることを理解し始めた茜は、少し考えを改め笑みを浮かべる。

男たちは攻撃性の低いブラキサウルスはの頭を撫でながら鼻声気味な彼を憂慮する。

「こいつ風邪引いてるんでしょうか?」

「そうらしいね」

ここでようやく、茜も意を決して尋ねる。

「何もしませんか?」

「うん。君のかわいがってる畜生と同じだと思えばいい」

「この子が畜生たちと同じ?」

半信半疑に捕え、茜は腫れものに触れるように食事中のブラキオサウルスに手を伸ばそうとする。

が、どういうわけかブラキサウルスの方から離れていった。

ちょっと悔しい思いをした茜は、身を乗り出し積極的なアプローチを試みる。

「いい子ですね。さぁ来てください!」

と、呼びかけた瞬間。

バクション―――、という破裂音に似たものとともに、勢いよく飛沫が飛んできた。ブラキサウルスによる豪快なくしゃみだった。

飛沫はものの見事に茜の顔面に吹きかかった。結果彼女は鼻水まみれとなった。

「・・・・・・・・・」

茜も言葉を失い呆然とする。傍ら駱太郎や昇流が必死に笑いを堪える。

「お大事にね」

ドラは、気の毒な茜を横目に風邪気味のブラキオサウルスに言ってやった。

 

その後、移動を始めたドラたち。茜は昨日と先ほどの経験もあってか、すっかり恐竜に対し嫌悪感を抱くようになっていた。

茜の気持ちを知ってか知らずか、普段彼女から手酷い仕打ちを受けている駱太郎は腹を抱えて笑っていた。

「だははははははは!!!さっきの見たかよ!!笑ったね!!」

「もうサイテーですっ!!」

「いいや最高だったぜ!!ブラキオサウルスの鼻水ブシャーだぜ!!」

「そんなフナッシーみたいにかわいいものじゃありません!!ばい菌を多く含んだ恐竜の鼻水を受けて、あとで取り返しのつかない事になったらどうするんですか!?」

「まぁそうかっかするなって・・・」

「写ノ神君、私はかっかなんてしていません!!」

「どうでもいいけど腹減ったな・・・何か食い物ねぇのかよ」

「チョコがあるけど食べます?」

「そのチョコレートだけは死んでも食わねェ」

これまでほとんど飲まず食わずでやってきた。

彼らの疲労も軒並み限界へと近づこうとしていた。だがそれでも、彼らはその歩みを止める事はしない。何しろ自分たちの行動に地球の運命がかかっているのだから。

辛いとか、しんどいとか、況してや帰りたいなんて言葉は言ってられない。ここまで来た以上は腹をくくるしかないのだ。

そう思いながら歩き続けること数十分。いつの間にか森を抜けた。

現在の時刻は午前7時32分。広大な草原をこれでもかとばかり視界いっぱいに捕える。ここを更に歩いてナーガの拠点を目指す。

「俺もう足が疲れたんだけど~」

「お腹がすき過ぎて眩暈がしてきました・・・」

「文句言ったって何もはじまらねーだろうが。黙って歩け!」

「そうは言ってものう幸吉郎、拙僧だっていい年じゃぞ。もう少し労わってもらいたいものじゃな」

「俺だって団子もなしにここまで頑張ってるんだから褒めてくれよ!」

「とにかく今は一生懸命歩くんだ。オイラの目測だと、ナーガが拠点としている岩山はこの丘を越えた向こうにある」

 メンバー全員の疲労と苛々がピークに達しようとしていた、まさにそのとき。

ドドドド・・・と、何かが凄まじい勢いで動くような音がした。

「何の音だ?」

「何かが高速で近付いてきやがる・・・」

全員は足を止め音のする方をじっと見る。

すると、前方から恐竜の大群と思われるものが勢いよく大地を疾駆する様子を視界に捕えた。

三本指の脚、細長い腕、長い首、鳥のような頭で特徴付けられる。ダチョウに似た姿で同様に走りも速い。

「ありゃ・・・なんだ?」

「長官、なんて恐竜かわかりますか?」

目を細め、昇流は猛烈な速さで走ってくる恐竜を見ながら推測を立てる。

「えーっと・・・・・・ありゃ多分・・・ああ・・・・・・オルニトミムス!間違いねぇ!」

「もしかして肉食だったりするのか?違うよなっ!」

不安が尽きない写ノ神を余所に、オルニトミムスの群れはぴったりな動きで見事な方向転換を決めた。

「あの一糸乱れぬ方向転換は、敵から逃げる鳥の動きと同じじゃ!」

「なぁおい・・・これ、逃げた方がよくねぇか?」

どう見てもオルニトビムスの群れは自分たちへと近づいている。

高速で接近してくる恐竜から遠ざかるため、ドラたちも全力疾走。近くにたまたま倒れていた倒木の間に身を隠し、勢いよく飛び越えるオルニトミムスの群れを見送る。

何がどうなっているのかと思っていた矢先、鼓膜を劈く龍のような嘶きが聞こてきた。

「今度はなんだ!?」

次から次へと目まぐるしく変化する事態に当惑しながら、倒木の間からおずおずと顔を出す。

森の中から現れたのはティラノサウルスを遥かに上回る巨体を持つ肉食の恐竜だった。オルニトミムスの大群はそれから逃げようと必死だったのだ。

頭部の容姿はティラノサウルスよりも、むしろ同じ肉食であるギガノトサウルスのそれを彷彿とさせる厚みの比較的薄いものとなっている。腕部は著しく肥大化しており、凶暴性を発揮してオルニトミムスに食らいつく。

絶対的強者。何者も寄せ付けない畏怖を植え付ける迫力。ドラたちは無残にも彼の餌食となったオルニトミムスの一体を見ながら所感を述べる。

「あの食いっぷり見たか?」

「これぞ自然の摂理じゃな」

「にしてもあんな恐竜、図鑑でも見た事がねぇな・・・」

「突然変異ですか?」

「いや。おそらくナーガが遺伝子操作をして改造したんだ。それにしても、ウェポナイザーといい、目の前のデカブツと言い、ナーガは一体何を考えているんだ?」

「それよりも早くここから逃げましょう。私たちまであんな風にされるのだけは死んでも嫌ですから」

「よし、屈んで付いてくるんだ。オイラから離れるなよ」

恐竜を意図的に進化させ、地上世界を蹂躙せんとするナーガという存在に疑問を抱えながら、ドラたちは敵の砦を目指し再出発を図る。

 

砦を目指して歩き続けてもう何時間が経過しただろう。ドラたちは、なおも邁進していた。

だが、そこまで辿り着くまでの道は思った以上に険しい。思えばこの時代に来てからというもの碌な事が無かった。主にティラノサウルスに追いかけ回されたというトラウマが体に刻み込まれている。きっとこの任務を無事にやり終えたとき、彼はもう二度とジュラシック・パークを見る事が出来ないだろう。

しかし足取りが重いのはそうしたトラウマを植え付けられた事が原因ではない。道なき道を歩き走ったりした結果、疲労がぐんと蓄積しているのだ。

水分補給もままならない。きちんとした食事だって摂っていない。エネルギーとなるブドウ糖の欠如は如実にメンバーの体力を消耗する。あの幸吉郎でさえ露骨に顔を歪め、軽く息切れを起こしていた。それだけ彼らは草臥れていた。

「なぁ・・・ドラ・・・ドラちゃんってば・・・!ちょっと・・・休もうぜっ!」

 これ以上歩くなんてできない、そう言わんばかりに昇流は真っ先に根を上げ一人その場に腰を下ろした。

「もう疲れたんですか長官?ほんとだらしないんだから」

「あのな、昨日から不運続きで朝から晩までもう何時間もぶっ通しで歩いてるんだぜ俺たち・・・!体力の限界ってヤツをちったー考えろよ・・・!俺だって堅気の人間に違いねぇんだ!」

「長官って堅気の人間でしたっけ?」

「バカ言わないで欲しいぜ。あんたは間違いなく俺たちと同じ超人だよ」

「ちげーよ!!つーかおめぇらが超人なわけねーどろうが!!」

「ごちゃごちゃるっせー人だぜ。ここは敵地のど真ん中ですよ。誰かに襲われたりでもしたらどうす・・・・・・」

と、幸吉郎が言いかけたそのとき。ドラが妙な違和感を覚え顔色を変えた。

「兄貴?どうかし・・・」

「静かに!音を立てるな」

言われて息を潜めるメンバー。ドラが全神経を耳に集中させると、周りから微かにゴソゴソと物音を聞きとった。

ドラほど聴覚が優れていない幸吉郎たちも本能的な危機感を持ったらしく、額から汗を流しつつ刀や杖を構え、昇流は懐に忍ばせていた銃を取り出す。

「これってものすごくいや~な予感しかしないんだけど・・・」

「どうやら俺たちはもう奴らに狙われているようだな」

「や、奴らって?」

「決まってる。世界一番可愛げのない恐竜だよ」

「ディノニクスか!」

「ああ。目の前の繁みの中だ」

ドラが指摘すると、ガサゴソと言う音が今度ははっきりと聞こえてきた。

最も自分たちが危惧していた事態のひとつ。グループ行動を主体とする白亜紀の狩人・ディノニクスによる襲撃。今こうして音を立てているのは明らかな敵の挑発だ。

不安のピークが一気に達するメンバー。そんな中で、昇流の口から思わぬ言葉が飛び出した。

「大丈夫だ・・・」

「何が大丈夫なんだよ長官!?」

「走るんだ・・・・・・全速力で」

「まさか長官、あんた!」

「奴らは俺がやる」

「カッコつけてる場合かよ!!言っとくけどな、奴らは時間犯罪者以上にタチが悪い相手なんだぜ!!」

「ここで誰かが犠牲になる覚悟でやらねぇと、ナーガの謀略から地球を守る事なんかできるわけねぇだろう!」

いつになく真剣な目で語気強く訴えかける昇流の言葉と気迫にメンバーは挙って口籠った。同時にこんなにも上司らしい姿を見せた昇流を見たのも初めてだった。

呆然とする周りに昇流はやがて不敵な笑みを浮かべ言ってきた。

「言っとくがな、俺は伊達や酔狂で言ってるんじぇねぇ。必ず生き残ってみせる。彼女が俺の帰りの待ってるからな」

「長官・・・・・・」

どうやら本気の覚悟で臨むつもりだということをドラは理解する。彼の厚意を無碍にしてはいけないと思うと、ドラは昇流に背を向け、そして言う。

「誰もあんたの帰りなんて待ってませんよ」

「るっせーな!!折角のハードボイルドな雰囲気が台無しじゃねぇか!!」

これにはメンバーも思わず苦笑した。しかし、昇流に生き残って欲しいという気持ちは全員同じだった。

「長官、死ぬんじゃねぇぞ」

「帰ったら一緒に美味い酒を酌み交わそうではないか」

「走るぞみんなー!!」

ドラの言葉を合図に、昇流を一人残しメンバーは森の奥へ一斉に走り出す。

鬱蒼とした森を疾駆する。その際、家族を置き去りにしてきた罪悪感に捕われながら、メンバーは脇目も振らずただひたすらに前を走り続ける。

「こういう場合・・・映画だと確実に食われて死ぬんだよなー」

「不吉なこと言わないでくださいよ!本当のこと言いますが、長官さんひとりを残して行くのは気がかりだったんですから」

「おいおめぇら!長官は恐竜如きにやれる魂(たま)じゃねぇ!俺たちがあの人の家族だっていうなら、生還を信じろ!」

「幸吉郎の言う通りだ。長官の死にたくない精神を信じよう」

一重に昇流の生還を信じ走り続ける。

このとき、秘かに彼らの動向を監視している存在が潜んでいることに彼らは気付く由も無かった。

 

一方、ドラたちを先に行かせて一人残った昇流はというと・・・。

繁みの中でこちらの出方を窺うディノニクスの動きを警戒しながら、愛銃コルト・パイソン357の銃創に弾を補充。腰に携えた電気警棒にも手を掛ける。

正直いって勝てる自信など無いし、むしろ生存率はほぼ0パーセントに近い。自分でもなんて無謀な事をしてしまったのだと内心後悔する。

だがドラの言う通り死にたくないという気持ちは誰よりも強かった。たとえ勝ち目のない戦いと分かっていても、おいそれと逃げたくは無かった。

緊張の一瞬。銃創に弾がしっかり入った事を確認すると、安全装置を解除。ガサガサという音を立てながら忍び寄る恐竜との対決に備える。

刹那、ディノニクスの一匹が勢いよく草陰から飛び出し鋭い鉤爪を突き立て襲い掛かって来た。

「くそっ!」

パン・・・。

昇流はディノニクスの脳天を正確に撃ち抜き即死させた。

しかし襲撃は一度ではない。四方八方から一気に数に物を言わせてディノニクスの大軍が一挙に襲い掛かってくる。

「うおおおおおお!!!」

死にたくない―――ただその一心で、昇流は銃と警棒を交互に使い分け白亜紀の狩人に果敢に立ち向かう。

常人では戦いた直後にあっという間に餌食となっているところ、昇流は常軌を逸した力と度胸で彼らと互角に戦っていた。

しかし、どれだけ凄くたって彼も人の子であることは間違いない。襲ってくる敵の数が多すぎた。彼ひとりだけでは捌き切れない。

凶暴な瞳で自身を睨み付け強かに命を狙う敵を前に、昇流は脱兎の如く駆け出し逃走。ディノニクスに負けず劣らずの逃げ足で疾走する。

「チクショ~~~!!!やっぱり恐竜と一人で戦うなんて無謀だった~~~!!!」

逃げたくないと思った当初の気持ちはどこへいったのか。結局彼は目の前の現実から目を背け逃げ出した。

と、そのとき。

「グッホ!」

何かに勢いよく蹴躓き顔面を強打した。おもむろに顔を上げると、そこにはフードを目深に被った人間のような存在が立っていた。

「お・・・・・・おまえは・・・・・・」

 そこで、昇流の意識は徐々に遠のき彼の視界は真っ暗となった。

 

昇流が何者かに身柄を拘束された頃、ドラたちは背の高い草むらを掻き分け必死に前に向かって進み続けていた。

「止まるなー!走れ!息の続く限り走り抜け!」

「みんなー!!背の高い草むらには入るなっ!!」

ドラが危惧しているのは、背の高い草むらに隠れたディノニクスの奇襲だった。ここは既に彼らのテリトリー。自分たちは今まさに彼らの領分に足を踏み入れているという事を認識しなければならない。

集団で狩りをする敵の術中に嵌っては一巻の終わり。余計な事は考えず走ることだけに全神経を研ぎ澄ます。それこそ一心不乱にだ。

そうして走っている内にどうにか草むらを抜け、再び森の中へと入った。

「うわああああ!!」

「「「「「だああああ!」」」」」

だが運悪く抜けた先は急な坂道だった。バランスを崩した拍子にドラたちは勢いよく転がり落ちた。

「ててて・・・ここは?」

滑落の際に打ち付けた箇所を押さえながら辺りを見渡す。嫌に静まり返っており、空気もひんやりとして全体的に湿度が高い。

何よりも特筆すべきは巨大な恐竜の骨が当時の骨格をほぼ保持した状態で無造作に放置されていた。

「なんなんだここは?気味がわりぃ」

「差し詰め“恐竜墓場”ってところかな」

「おい見ろ!ナーガの砦が見えるぞ!」

不運続きとまでは行かなかった。ちょうど目の前に、目指していたナーガの拠点である岩山が見えた。残りのメンバーはまだ希望が潰えていない事を悟る。

「間違いない。あれが敵の本拠地だ」

「時間が無い。死んじゃった長官のためにも、この任務だけはやり遂げるんだ!」

「まだ長官さんは死んでいませんよ・・・多分」

昇流の死を前提にものを考える非情なドラに茜は苦言を呈するが、彼女自身も死んでいないという確証を得ていない以上、この時代での生存の可能性を疑った。

ドラたちはここまでの道のりで既に所労していた。しかしようやく目指すべきゴールが見えたこと、自分たちを生かしてディノニクスとの戦いを選んだ昇流の思いを無駄にしまいと体に鞭打ち、ナーガの拠点へと急ぐ。

そんなドラたちを影ながら監視をしていた一人の女性がいた。鋭い眼光で彼らの進路を見つめつつ、無線を取出し連絡を交わし合う。

「アダム。人間が近づいてる」

『よし、奴らに我らの恐ろしさを骨身に刻んでやろう。手筈通りにやるんだぞ、イブ』

「了解」

 

ナーガの砦を目前に迫り森を突っ走るドラたち。

残り時間は5時間43分。時間があるようでないのは、ここが時間を忘れさせるほどの恐怖とスリルをもたらす天然のテーマパークだからだ。いや・・・テーマパークなんて最早目じゃない。

差し迫った時間を少しでも節約しようと走ることに集中するが・・・。

「「「「「「うわああああ!!!」」」」」」

挙って大声を上げるドラたち。運悪く白亜紀が誇る史上最大の肉食恐竜と出くわしてしまった。

ティラノサウルスに匹敵する全長15から17メートル前後の巨体、高さ1.8メートルにもなる胴堆の棘突起の背びれが存在する。外見はどちらかというとワニに近い。

名をスピノサウルス。絶句し呆然と立ち尽くすドラたちを見るや、スピノサウルスはけたたましい咆哮を上げる。

「出たぁぁぁ―――!!!」

「全速力で退避っ!!」

ドラの合図で一斉に全力疾走。スピノサウルスは明確にドラたちを餌だと認識し、凄まじい足音を立てながら木々をなぎ倒し猛烈な勢いで追いかける。

「そっちだ!」

狭い蔦が生い茂る森の中へ咄嗟に逃げ込む。スピノサウルスは顔が挟まってしまいドラたちを見す見す逃す事となった。

こうして命からがら逃げのびたドラたちは、流石に疲労困憊の様子でくたくただった。

「は、は、は、は、は・・・・・・ここはサイトBか、それともCか?」

「いやそれ以上さ・・・。にしても、同じ白亜紀でも時代や生息域も全く異なるスピノサウルス・エジプティアクスまでこの地にいるとは考え付かなかった」

「これも十中八九ナーガの仕業と見て間違いありませんね」

「ちょっと待ってください。スピノサウルスがこの辺に居るって事はもしかしなくても他の大型肉食恐竜も・・・」

と、茜が懸念した直後。

グオオオオオオ、という恐怖の咆哮が耳にこびり付いた。

鳥肌を立てながら恐る恐る振り返るドラたち。圧倒的な威圧感を醸し出すティラノサウルスに匹敵する史上最大級の獣脚類―――ギガノトサウルスがゆっくりと歩み寄って来た。

「みんな動くな。身動きした途端に食われるからね」

真顔のままドラは沈着に注意喚起する。

しかしギガノトサウルスがひとたび咆哮を上げるや、全員ドラを置いて一目散に逃げ出した。これにはドラも我が目を疑った。

「おい、みんなヒドいよー!」

逃げ場を求めて元来た道を引き返す。しかしこの直後に状況は更に悪化した。

「「「「「あああああああああ!!!」」」」」

先ほど振り切ったはずのスピノサウルスと再び対面を果たしてしまった。これにはドラたちも悲鳴を上げずにはいられなかった。

二体の恐竜が出くわしたとき、咄嗟に幸吉郎たちは散開したがドラは運悪く腐った木と木の間に挟まれる形で転倒。直後にスピノサウルスとギガノトサウルスは取っ組み合いの喧嘩を勃発させる。

「ほげえええええええええ!!!!」

普段滅多な事で声を荒らげないドラでさえ、思わず絶叫してしまうような光景が目の前に広がっていた。木と木の間に挟まれドラはギガノトサウルスの下敷きになる。

10メートルを優に超える巨大肉食恐竜同士による壮絶な戦い。

こんな規格外な野戦に巻き込まれてはひとたまりもない。幸吉郎の導きでメンバーはさっさと回避する。ドラもまた匍匐前進でこの場を逃げのびる。

結局、この戦いはギガノトサウルスが敗北。勝者であるスピノサウルスが捕食者となったのだった。

 

「こんな生活もうイヤだ~~~!!」

「もう二度とジュラシック・パークなんか見たくねぇーぞ俺はぁ!!」

踏んだり蹴ったりな状況に殆どの者が不満を口にする始末。

「まぁ落ち着けって。考えようによっちゃこれは奇跡だぜ。あんなバケモノ二匹に襲われたっていうのに俺たちはこの通り生きてる。ラッキーなことなんだ」

「幸吉郎の言う通り。まだ希望は潰えておらぬ。ほれ」

龍樹が指差す方角に目線を合わせた途端、駱太郎も写ノ神も、茜も我が目を疑った。

気が付くと、ナーガの拠点である岩山に辿り着いていた。辺り一帯は深い霧が立ち込め雲の海ならぬ雲の世界を形成していた。

「あの滝壺の裏を通っていこう」

霧に紛れる滝壺の裏側を抜け、道なき道を進む。と、そのとき―――

「なんだこれ?」

写ノ神がある奇妙な物を見つけた。ドラたちも同じものを見て目を見開いた。

「おお!橋だ!」

偶然にも舗装された橋を見つた。

「順番に一人ずつ行ってみようか。オイラが良いと言ったら来るんだ」

ドラは作りが甘くないかを確かめると、率先して自分から渡ろうと足を一歩前に踏み出し、おもむろに渡り出した。

濃い霧に向かって一歩、また一歩と歩を進めるドラを幸吉郎たちが不安気な顔で見守る。

緊張感を持って歩き続けるドラ。渡る度に橋がギシギシと、嫌な音を立てる。そうやって歩き続けること数十秒。ドラは橋を渡り切ることに成功。

無事渡り終えたことに一先ず安堵。やがて霧の向こうのメンバーに呼びかける。

「次の人渡っていいぞー!いいかい、一人ずつだよ!」

「それじゃ・・・私が行きます。先に行って待ってますから」

「気を付けろ茜」

「幸運を祈る」

渡る前に深呼吸をし心の準備を整える。腹をくくり、茜は両手を広げ橋を渡り始める。軽い体重の彼女が渡るだけでも橋は先ほどと同じくギシギシと嫌な物音を立てる。

これまで幾度となく怖い思いをしてきた茜の心臓は今にも破裂しそうだった。だがその恐怖に打ち勝ったとき、彼女は橋を渡り切ることができた。

「いいですよー!来て下さい写ノ神君!」

「行け写ノ神。慎重にだぞ」

「ああ・・・」

幸吉郎に背中を押され、茜に倣って写ノ神は霧の中へ潜るように橋を渡り始めた。

最愛の夫が無事に橋を渡り切れるようにと切に願う茜。そのかたわら、ドラは渡り切った先の天上を仰ぎ見た。

頭上は巨大な半円形のドームとなっており、鉄の格子にはところどころに白く固まったものがこびり付いている。手で触ると容易く砕けてしまうほどに脆い物だった。

「なんてこった・・・」

ドラは自分たちが置かれた状況を逸早く気付き言葉を失った。

そんなドラの心情など知る由もなく、写ノ神は視界を妨げる霧を掻き分けるように橋を渡っていた。

すると、霧の中を渡り続ける写ノ神の正面から微かに物音を立てて誰かがゆっくりと歩み寄ってきた。

「茜?」

一瞬そう思った写ノ神が呼びかけるが、返事はない。

「どうしたんですかそんなに慌てて?」

ドラが血相を変えて戻って来ると、茜は怪訝そうに尋ねる。

「ここは“鳥籠”だよっ!」

「鳥籠?」

何を指して鳥籠なのかが茜にはわからなかった。

「ああああああああ!!!」

この直後である。写ノ神の悲鳴が茜の耳に飛び込んだ。

絶叫する写ノ神の前方から迫る脅威。慌てて背を向け逃げ出す彼を、迫り寄っていた対象―――プテラノドンは翼を羽ばたかせると同時に浮遊する。

「写ノ神っ!!」

「写ノ神君っ!!」

「助けてー!!」

逃げる写ノ神。しかしプテラノドンは鋭い前脚でがっしりと彼の体を捕えその場から飛び立った。

「写ノ神っ!!写ノ神っー!!」

仲間たちの必死の呼びかけも実に虚しい。プテラノドンへ必死に抵抗する写ノ神だが、敵の掴む力は想像を絶する。そのまま巣へと持っていかれた。

「写ノ神君っ!!どうしたんですか!?どこにいるんですか!?」

橋を渡り終えた先に設置された人工の階段を掛け上がり茜は写ノ神へと呼びかける。

その間にプテラノドンは写ノ神を巣へと持ち帰り無造作に縦岩のてっぺんへと放置する。

ふと写ノ神が辺りを気にすると、隣の岩には腹を空かせたプテラノドンの雛がうじゃうじゃと集っている。

写ノ神は我が身を守ろうと咄嗟に魂札(ソウルカード)を装備。雛たちが切り立った岩を飛び越える度にカードから火を放つ。

「く、来るな!!」

一瞬火に驚いた雛だが、空腹には逆らえず写ノ神を強く求め迫ってくる。

このままでは捕食されるだけだと悟った写ノ神もまた岩場を飛び越え何とか逃げようとする。

「こっちだ!」

どうにかして彼を助けたいと願うドラたち。しかし辺り一帯が視界が見渡せないほど濃い霧に覆われているうえに、相手は翼竜の王者たるプテラノドンだ。簡単にはこの状況を打破できない。

家族を救うためには身を削るような決死の覚悟が試される―――そう思ったとき、写ノ神の危機を前に一人の少女は決断する。

朱雀王子茜は自分の指を齧って血を出し、畜生曼荼羅を起動する。

「待っててください写ノ神君・・・直ぐに助けますから!」

術式が組まれると、曼荼羅という異界へと続くゲートを通じ一匹の畜生が召喚された。

一般的にはドラゴンの頭とコウモリの翼、一対のワシの脚、ヘビの尾に、尾の先端には矢尻のようなトゲを供えた空を飛ぶ竜―――ワイバーンが出現。茜はその背中に乗った。

そのとき、茜の思惑に気付いた龍樹がハッとした表情を浮かべた制止を求める。

「茜・・・茜やめぬか!」

次の瞬間、茜は龍樹の制止を振り切りワイバーンとともに写ノ神の救出へと向かった。

「無茶をするなー!」

龍樹の悲鳴も虚しく、茜とワイバーンの影は霧の中へ消失した。

 

「このやろう!!!」

何十匹という群れで襲い掛かるプテラノドンの雛たちに写ノ神は悪戦苦闘。必死の抵抗を見せる彼だが心は今にもへし折れそうだった。

そんな彼を助けようとワイバーンの背に乗っていた茜は、今にも餌食になりかけている写ノ神の姿を発見する。

「写ノ神君!!今行きます!!」

一度大きく旋回すると、茜は写ノ神を捕食しようとするプテラノドンの雛への怒りを露わにしながらワイバーンに攻撃命令を出す。

「智広さん(・・・・)!あの忌々しい恐竜を蹴散らしなさい!」

主の意向を聞き入れ、智広と言う名のワイバーンは口から豪炎を吐き雛たちを攻撃する。

炎の直撃を免れなかったプテラノドンの雛たちの何匹かは炎に体を焼かれながら岩場から次々と滑落し、残りは早々に退散した。

茜の機転で命拾いをした写ノ神は機を見計らって岩場を駆け抜け、彼女がやってくるタイミングに合わせて高く跳躍。

「おらあああ!」

ワイバーンは飛んできた写ノ神をうまく受け止めた。写ノ神は命を救ってくれた最愛の妻と固く抱き合い涙を流す。

「良かった~!」

「茜、ありがとうっ!助かったぜ!」

「大丈夫か二人とも!」

「今助けに行くからなー」

無事な二人の姿を確認した残りの4人で救出へ向おうとした、まさにそのとき。

子供を殺された事に腹を立てたプテラノドンの親が目の前に立ちはだかってきた。思わず硬直するドラたち。凄みのあるプテラノドンの気迫に後ずさりを余儀なくされる。

「く、くんじぇねぇ!」

「てめぇの相手をしてる暇はねぇんだよ!」

「プテラノドンに言っても意味なんかわからないって!」

ドラの言う通り、恐竜に人の言葉は通じない。本能に基づき捕食行動を取る為、獲物を威嚇するばかりだ。

じりじりと、追い詰めらていくことにドラたちは焦りを抱く。茜たちは彼らを助けに向かおうと方向転換をするが・・・

「茜っ!」

「ひいい!」

いつの間にかプテラノドンの群れが後ろに付いていた。彼らは群れで子育てをしていたから、子供を殺した茜たちを決して許さなかった。

振り出しに戻った感覚に苛まれながら、二人はワイバーンの背に捕まりプテラノドンの群れから懸命に逃れる。

「こんにゃろう!」

駱太郎がプテラノドンの顎に蹴りを一発叩き込んで攻撃する。

しかしこの安易な行動が相手を逆上させる結果を招いたのは言うまでもない。咆哮を上げたプテラノドンが更に距離を詰める。

そしていよいよ後退できる場所も無くなりドラたちは追い詰められた。

しかしそのとき、一カ所に重量が集まった事で橋が重みに耐えかねギシギシと激しく音を立てる。

直後、ついには鉄の格子が壊れドラたちは一斉に落下する。

「「「「うわああああああ」」」」

彼らと一緒にプテラノドンは図らずも真下にある川の中へとダイブする。

ところが落ちてもなお、彼は執拗にドラたちを狙い続けた。その執念深さはある意味ではティラノサウルス以上だった。

もうダメだ・・・ドラたちが挙って諦めた欠けたときだった。

幸運にも崩壊した橋がプテラの頭上から勢いよく落ち、凄まじい衝撃と水しぶきを上げて敵は水没。完全に沈黙した。

「助かったー!」

「早く岸に上がるんじゃ!」

どうにか危機を脱する事ができた。ドラたちは岸に上がって安堵の溜息をもらす。

同じ頃、プテラノドンの群れに襲われていた茜たちもまた頃合いを見計らい、川へと飛び込もうとしていた。

「茜、手放すなよ!」

「死んでも放しません!」

互いに手をギュっと強く握りしめると、写ノ神と茜はワイバーンの背から勢いよく飛び降り真下の川へと逃れた。

全身水浸しになりながらも懸命に泳ぎ、ドラたちが待つ岸へ這い上がる。

「二人ともー、こっちだ!」

「早く!!」

 

 

 

 地球上に君臨した最強生物の脅威に晒されながらも、ナーガの拠点へと辿り着いた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)―――タイムリミットまで残り僅か。

 勝利の女神は人間に微笑むのか?それとも、恐竜に微笑むのか?

 

 

 

 

 

 

短篇:ワクワク&ドキドキ登山!!

 

西暦5539年 7月

北海道 倶知安町 羊蹄山

 

山岳登山―――険しい山々を前に人はより高い頂きを目指し登り詰める。彼の地にどのような危険が待ち受けているかも承知の上で。

TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”メンバーを含む彼らと親交の深い数名の職員、そして居酒屋ときのやの店主・時野谷久遠を伴って、ドラたちは「蝦夷富士(えぞふじ)」とも称される北海道を代表する山・羊蹄山(ようていざん)へとやってきた。

「全員注目っ―――!!!」

本格的な山岳登山は今回が初めてだ。

リーダーを務めるドラは山に登る前の最終確認を行う為、全員の視線を自分へ向けさせる。

「そんじゃまぁこれから羊蹄山に登っていくわけだけど・・・いくつか注意事項があるからね。この忠告をよく聞いておかないと山で死ぬ事になる。山はみんなが思ってよりもずっと怖いんだぞ。いいかい、きちんと注意事項が守れることを約束して聞いて欲しい」

入山直前、および登山中における注意事項は下記の通りだ。

 

・準備体操、ストレッチを足首やヒザ、股関節を重点に行うこと

・装備の再点検(靴紐の締め直しや上着を脱ぎ着で体温調節など)

・ 登山口、登山道の確認

・歩く速さは鼻歌を歌えるくらいの速さで

・歩幅は小股、すり足気味で

・こまめな水分補給

・休憩(歩き始めは30分に5分、体が慣れてきたら1時間に10分が目安)等

 

「以上の事をよーく守って楽しい登山にしよう!もっとも、オイラはそれほど楽しみではないのだが・・・」

 実のところドラは山登り自体にはあまり乗り気ではなかった。今回皆で山登りをしようと発案してきたのは龍樹だった。

「どぅははははは!!!山はいいぞ!!!気分がすかーっとする。足腰と精神の両方を鍛えられる上、皆の団結力も高まる。日頃のストレスも発散できる・・・正にいいこと尽くしじゃ!!」

 こんなにも生き生きとした龍樹の姿を見るのは、キャバクラで飲みに行ったとき以来だと、昇流は秘かに思いながらこの登山が何事も無く終わる事を山の神に祈った。

「ほいじゃまぁ・・・出発だ!!」

「「「「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」」」」

 

 午前9時30分―――鋼鉄の絆(アイアンハーツ)一行計12名は、羊蹄山の頂を目指し登山を開始した。

 今回ドラたちが登山に挑戦している羊蹄山とは・・・北海道後志地方南部(胆振国北西部)にある、標高1,898mの成層火山。後方羊蹄山(しりべしやま)として、日本百名山に選定されている。

羊蹄山に登るには、倶知安コース(半月湖から登るコース)、京極コース、真狩コース、喜茂別コースの4種類がある。どのコースも登山には4時間から6時間程度がかかる。

9合目付近には40名収容の羊蹄山避難小屋がある。有料の避難小屋であり、毎年6月中旬から10月中旬には管理人が常駐しているが、水や食料の販売は行っていない。ちなみに今回ドラたちが登山コースとして選んだのは真狩コースである。

「いいか皆の衆。ペースを崩さずに上るじゃぞ」

「「「「うーす(はい!)」」」」

少しでも士気を高めるべく、ドラとともに先頭を歩く龍樹が激励する。

険しい道のりを一歩ずつ力強く踏みしめ、各々は山の頂というひとつの目的・ゴールを目指す。

山登りの果てに待っている本当の爽快感、達成感を味わうために―――

 

 ゴロゴロ・・・。ゴロゴロ・・・。

山の天気は変わりやすいと言う。登山開始から2時間余りで、ゴロゴロ・・・と、音が聞こえ出した。

しかし、駱太郎は気付いた。ゴロゴロとなっているのは山の天気じゃない・・・・・・俺の腹の方だったのだと。

「うううう・・・・・・こんな時に・・・・・・///」

間違いない。いつものあいつがやってくる。

駱太郎の便意は時間と場所を選んではくれなかった。そこで駱太郎は決断した。俺は・・・・・・この山道でする!!

「よーし、ここらでちょっと休憩しよう。水分補給を忘れるなよ」

ドラは5合目付近で一旦休憩を挟む事にした。

各々は重い荷物を置いて、水分補給を行いながら他愛ない話をして盛り上がる。

一方、仲間が休んでいる隙に駱太郎は隊列を離れ先回り。そして山道で彼は事を済ませる事に。

「あああ・・・もうガマンできねぇ!!うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

襲い掛かる強烈な便意に従い、駱太郎は用を足す。

我ながらよく出した方だと思いつつ、暫時自分の排せつ物を眺める。

「このままにしておくのはマズいよな・・・・・・」

何か適当に隠せるものは無いか、辺りを探す。

すると、上手い具合に笹の葉が近くにあった。駱太郎は笹の葉を自らの体から出したものの上へとそっとかぶせ、両手を合わせる。

「誰にも見つかるなよ!!」

山の神に祈りを捧げ、何事も無かったように駱太郎は隊列へと戻った。

「おお、待たせたな!」

「何やってたんだよ単細胞」

「わりーわりー。ちょっと食用のキノコ探してて」

「単独行動は厳禁ですよ。ただでさえ山道では何があるか分からないんですから。まして馬鹿な駱太郎さんが迷ったりでもしたら洒落になりません。あ、いっそのこと白骨化してみますか♪」

「それ以上言うとお前を先に白骨化してやるぞアバズレ!!」

 いつもながら駱太郎と茜の間に摩擦が生じる。

それにしても、茜はどうして毎度のことながら洒落にもならないような毒舌をさらっと口にする事が出来るのだろうか。

 

それからしばらく経ったときの事だった。

隊列最後尾を歩いていた駱太郎は妙な違和感を覚えた。というのも、先頭の集団がなかなか進まないのだ。

「何やってんでよ・・・・・・早くしねーと日が暮れちまうぞ」

「何だか様子が変ですよね」

 太田も駱太郎の言葉に同調した、まさにそのとき。リーダーであるドラが声高に叫んだ。

「全員集合っ!!」

どこか焦燥が感じられる声色とも思った。

一体何事かと思いドラの元へと集まる面々。そして、そこで彼らが見たものは・・・

「おいみんな、これを見ろ!!」

駱太郎は衝撃を覚え絶句する。

ドラの目の前には笹の葉をかぶったウンコ(あいつ)が・・・・・・!!

「こりゃすげぇ・・・・・・!!」

「よくもまぁこんなに」

 なかなかの量だったから、皆も度胆を抜かれている。

 幸吉郎は恐る恐る覆いかぶさっていた笹の葉をどかし、排せつ物の上からおもむろに手を翳す。

「この温かさ・・・・・・そしてこの量・・・・・・間違いない。近くにクマがいるぞ!!」

明らかなる誤認。

だが、駱太郎以外のメンバーは完全にクマだと信じ切っており戦慄を覚える。

そして、断腸の思いでドラは決断する。

「残念だが、安全第一だ。ここで下山しよう!」

そのとき駱太郎ば胸の内から叫びたかった。「クマなんていないんだよ!!それは全部俺のなんだっ!!」―――と。

しかし、駱太郎の口から出たのは全く別の言葉だった。

「そうか・・・・・・じゃあ仕方ねぇよな・・・・・・クマがいるんじゃ!!」

 正直に答える事が必ずしも正しい判断という訳ではない。この場で脱糞したという事実を公表すれば、間違いなく明日から駱太郎はTBT全職員の笑い者。到底耐え難い羞恥を一生背負い続ける羽目になるのである。

 陳腐なまでの自尊心とプライドを守る為、駱太郎は事実を隠蔽し何も知らないと言わんばかりの表情を浮かべながら、ドラの提案を受け入れた。

 こうしてドラたちは、駱太郎の排泄物をクマのものと誤認したまま、登頂を断念。元来た道を辿って下山した。

 

 

 のちに、駱太郎は自身の日記の中で今日の事をこう綴っている。

 

『あのとき、事前にトイレポイントをしっかり把握しておくべきだった。もしくは、緊急用にスーパーのレジ袋を持ってくるべきだった。みんな、俺のクソのために頂上まで行くことができなくてごめんな―――!!!』

 

 

 

 

 

 

おわり




次回予告

龍「紆余曲折を経て、とうとうナーガの砦へと辿り着いた儂たち」
幸「だがそこで待ち受けたいたのは、ナーガによって進化させられた恐竜人間だった」
駱「次回、『ジュラシック・プラネット』。ちなみに俺が一番好きな恐竜はスピノサウルス、だって激強じぇねぇか!!」
ド「真っ先にスピノサウルスから逃げてたのは君でしょうが」

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