サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「いよいよアコナイト勢力との最後の戦いが始まった!龍樹さんはキリスト教の司祭と、R君はオリハルコンと、写ノ神と茜ちゃんでミトラ兄弟、そして幸吉郎は蟒蛇大吾との一騎打ち!」
「で、肝心のオイラは情けない事に・・・アコナイトの力にコテンコテン!どうするんだよ主人公がこんなんでいいのかよ!!おーい、本当にオイラは大丈夫なんだろうな!?」



鋼鉄の絆 其之拾 力戦奮戦

時間軸1603年 3月16日

アコナイト研究所 給仕室

 

 研究所各地で続く闘いも佳境を迎えていた。

 かのインドの高僧ナーガールジュナの末裔たる龍樹常法と、イエズス会初代総長イグナチオ・デ・ロヨラの末裔たるイグナチウス・デ・レダムの宗教上の対立は、そのまま二人の戦いの理由となり、互いの教義と誇りを懸けて激しくぶつかり合う。

「は、は、は、は、は」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 ここまで二人は、ほぼ互角の力でぶつかり合い拮抗状態が続いている。

 二人の平均年齢は71歳に達している。

 小一時間に渡っても早期に決着が付かないのは、両者にとってそれだけ傾倒する宗教の矜持と言うものが並々ならぬものではないという証だ。

 ピキッ・・・。

 そのとき、龍樹がかけていたマイクロ波対策のサングラスに亀裂が生じる。

 ここまで龍樹は送念と題した強いマイクロ波攻撃と、レダム自身が持つ魔術的力をどうにか凌いできた。

 しかし、いつまでも同じ状態を保っていることは出来ない。即ちそれは、形あるものはいずれ朽ちるという龍樹が信じるところの諸行無常の教えそのものである。

「ふふ・・・そろそろ道具も貴様自身も限界なのではないか?年寄りが無理をするではない。余生を楽しむだけの体力は残しておくべきだ」

「年寄りはお互いさまじゃ。どうにも拙僧には貴様の信ずる教義と言うものが理解出来ぬ・・・そんなに素晴らしいものかのう。キリストの導きのもと、罪を浄化し天国とやらに入ることが」

「愚問だな。十字架に掛けられた主が死なれたのは人類のすべての罪の罰を受けるため。罪は必ず罰せられなければならぬ。人間の社会、神の世界もそうだ。神は完全にして清き存在。その正義の基準ははるかに人間の基準より高い。そして、人間は現世において自分の罪を贖うことも、救うことも出来ぬ!だからこそ我等は来世において幸福であるべきであり、現世に執心することなど愚劣である!」

「それは違う!魂は常に有るべき世界(ところ)に有るもの。この世界は、六道(りくどう)から成っていて、命は終わり無き流れにして、始まりへ向かう旅人なのじゃ!」

「旅人?あてもなく六道をさまようのが命の真実だというのか?バカバカしい!神の国に行けぬなら、我等は何のために生まれて来たというのだ?!毎日をふと振り返る時、明日の為に今を、擦り減らしている自分が見える。それはまるで合わせ鏡の中を覗く様な・・・・・・目的地の無い旅の様な・・・・・・だけど時間は有限で、ふと顔を上げると真っ黒な終わりがこちらを見ている。だとしたら、何の為に人間は生まれたのだ?」

 それは命の在り方そのものを問う極めて難解な訴えだ。

 宗教に始まる価値観の違いが様々な見解を見出すが、明確にこれぞという正解がある訳でないし、人間がそのような問いかけをしたところ、現世で生きている限りは来世には行けないので、それを知ることもできない。

 ただ言えることがあるとすれば、龍樹はこんな答えがあると思った。

「拙僧とて、それは分らぬ。そもそも生に意味などないのかもしれぬし、時折出合う、哀しみや虚しさに潰されぬ様に、人生の意味を求めたがるだけなのかもしぬ・・・たとえそうだとしても、拙僧は自分が生きていることに意味を見付けたいと願い、それを善しとする!」

 龍樹は懐から棒状で、中央に柄があり、その上下に槍状の刃が付いた金剛杵(こんごうしょ)と呼ばれる法具を取り出す。

 レダムの顔を見ながら、彼の魂に救いの光を与えるように呟く。

「願わくばそなたにも、この現世で、自分の生きる理由を見付けられる様に―――」

「だ、黙れっ!!!仏教風情が何を語る―――!!!」

 レダムは激昂する。

 マイクロ波の質力を最大にして龍樹に放射、その上でX十字が意味するところの聖人アンデレが獄中で祈りを捧げ、雷と地震で街を壊したことを再現する。

 ―――ドカン!ドドドドン!

 龍樹の頭上から物理的効果を一切無視した雷を落とし乱発する。

「我が主を、そして神の国を否定する存在は私がこの場で破壊する!!くそ・・・だからこの世界は嫌になるのだ・・・!我々が救世のための努力しようとも、この世界の人間は自堕落で罪深い者ばかり!貴様はまだ賢い人間である。ならば!我々の存在理由を否定するな!!私を否定するな!!!」

 ―――ドカン!ドドドドン!

「確かに拙僧はお主の教義自体は否定した。じゃが、お主そのものを否定したわけではない。しかし、今のお主を庇う事の方が余程の侮辱ではないかのう?教義の否定?・・・努力してきたことの否定?・・・なぜそれが悉く同じ話で繋がってしまう!?この戯けが!!そんなことはどうでもよい!たとえここでお主の教義を否定したとして、お主そのものがここからいなくなるわけではないじゃろう!」

「ふざけるなっ!私は敬虔(けいけん)なるキリストの司祭だ!・・・・・・主の教えを否定する司祭が、こんな薄汚れた世に在っていいはずがない!何が残ると言うのだ!!」

「―――そうか。なら今からそれを教えてやろう。お主が考える幻想をすべて浄化する。それでもそなたの中から無くならぬものを、自分の目で確かめて来い!」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 ―――ドカン!ドドドドン!

 断罪の雷と、最大質力のマイクロ波が龍樹を四方八方から襲う。

 体の水分が一気に沸騰し、サングラスの亀裂が加速度的に大きくなる。

 立っていること自体も正直かなり辛い。だが龍樹は金剛杵を持ったまま真実の言葉―――マントラを唱え、法力を極限にまで高める。

「ノウマク・サマンダ・バサラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン(あまねき金剛尊に帰命したてまつる。恐ろしき大忿怒尊よ。打ち砕きたまえ。フーン。トラット。ハーン。マーン)・・・―――」

「わぁあぁああああああああああああああああ!!!」

「諸法無我印(しょほうむがいん)――――――“千手金剛杵(せんじゅこんごうしょう)”!」

 刹那、亜空間より金剛杵を手にした千本の腕が出現する。

 悉くがレダムの元へ向かって行き、彼の中にある煩悩を隅から隅まで徹底的に浄化する。

 レダムの中にある“現世に抱く空虚な思想。それ故に神の国に救いを求める執心”―――そうした煩悩すべてを綺麗に浄化された。

 龍樹はボロボロとなった身体を引きずりながら、今は眠っているレダムを気にしつつ、背中越しに呟く。

「生まれ、生まれ生まれ生まれ生の始めに暗く。死に、死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し。それでも、生命は生きるんじゃ」

 不条理に思えるこの世界を強く生きることは、口で言うよりもずっと難しい。

 しかしそれでも人は死ぬまで生き続ける。だからこそ、龍樹はレダムにはこれから強く本気で今を生きて欲しいと願う。

 自らもまた、この世界に生きる価値を見出している仲間の元を目指して、先を急ぐ。

 

 

アコナイト研究所・中心部 格納庫

 

 オリハルコンとミトラ兄弟と対峙する駱太郎と写ノ神、茜の三人。

 不意を突かれて手傷を負ってしまった駱太郎はその雪辱を果たすため、オリハルコンと。

 写ノ神と茜はミトラ兄弟を相手に戦いを繰り広げる。

「ツラァ!!玉砕!!」

 駱太郎はオリハルコン目掛けて突進し、その勢いを殺さずに大ぶりの拳を叩きつけようとする。

 懐に飛び込んできた駱太郎の拳を容易く回避しながら、オリハルコンは呆れたように溜息を漏らす。

「突進からの渾身の一撃・・・まさにバカの一つ覚えだな」

 言うと、左腕に忍ばせている暗器から金属を鋭く加工した矢を複数発、駱太郎の無防備な体へ撃ち込む。

「メタルの魔術師を甘く見るなよ」

 金属の矢の先には神経の伝達速度を鈍らせる毒が塗られている。

 それを一度に5発も受ければ、自然と駱太郎の拳の威力も速度も落ちる。

 オリハルコンは動きが緩慢となった駱太郎の体に、金属のグローブで力強く殴りつける。

 ―――カキンッ!

「ぐ・・・!」

 そのまま駱太郎の体を持ち上げ、後方へと投げ飛ばすと同時に、持っていたレールガンの銃口を向ける。

「!!」

「死ね」

 ―――ドガン!

 凄まじい轟音が響き渡る。直撃を免れなかっただろう。

 オリハルコンは立ち込める土煙の中を凝視すると、辛うじて駱太郎は人の姿を保っている。

 しかし、全身は満身創痍な上に利き腕の方の肩を痛めてしまっている。

 敢えて手加減をし、相手に攻撃の手段を奪わせ嬲り殺す―――オリハルコンが最も得意とする戦法である。

「・・・・・・・・・痛かねェ」

「な!」

 だがしかし、駱太郎は強じんな精神力でもって痛みを無理に堪えて、重い体を起こし立ち上がる。

「全っ然痛かねェんだよ。こんなもの・・・こんなものじゃ、俺は・・・!倒れネェ!」

 人間離れした駱太郎の体力と精神力を本気で疑うオリハルコン。

 駱太郎は痛めた肩を何事も無かったようにぐるりと回してから、今一度オリハルコンの懐へと突っ込む。

「ツラァアア!!」

「馬鹿が!そんな傷で何ができる!?その程度の力で、我等にはむかうというのか!?あのネコがそれほどに大事か!?だとしたら傑作だな!貴様の力など、あのネコにとっては脅威でもなんでもない!その程度の力ですら、あのネコのお荷物にすぎん!」

 その一言が、駱太郎の中のリミッターを解放する。

 ―――バコン!

 オリハルコンに拳を叩きこむその力は、今までとは比べ物にならぬほど力強く、そして重かった。

「ぬうう!!!」

 守りに徹したオリハルコンの腕の骨に亀裂が走る。

「その程度の痛みで顔つき変えてんじゃねぇよ!俺はな・・・!おめぇが言うように、ドラに弱点扱いされる事の方が、万倍痛えんだよ!!」

「ち・・・!」

 オリハルコンは一旦駱太郎から距離を取ろうとする。

 しかし駱太郎はその後も間髪入れずに懐へ飛び込み、オリハルコンが攻撃に転ずる隙を与えないよう、怒涛の勢いで攻撃を加える。

「オラオラオラ!!!万砕拳、乱万砕(らんばんさい)!!」

 ダダダダダダダダダダダダダダダ!!!

 目にも止まらぬ高速の乱打がオリハルコンを襲撃する。

 乱万砕は玉砕の威力を維持した状態で乱打を打ち込む。体力を著しく消耗する反面、その威力は玉砕を遥かに上回る。

「てめぇの攻撃は先の先をとる攻撃的な剣術とは裏腹に、必ず相手が仕掛けた攻撃を受け流してから始まる!要するに後の先をとる返し技!返す隙さえ与えなけりゃこっちのモンだ!!」

 ―――ドゴォン!

「がっは・・・・・・」

 極めつけに、渾身の力を込めてオリハルコンの無防備な腹部を叩きつける。

 これを受けるや、オリハルコンは途端に吐血し、よろよろと後ろにたじろいでいく。

「どーよ?『ヘタな鉄砲も数うちゃあたる』みてーで、ちとカッコ悪いけどな」

「・・・私の攻撃が後の先の返しだと?笑わせるな!」

 途方もない怒気を孕んだ表情で駱太郎を見つめると、オリハルコンはロングコートをあからさまに広げる。

「・・・!」

 ダダダダダダダダダダダダ!!!ダダダダダダダダダダダダ!!!

 駱太郎の体に無数の金属片が撃ち込まれた。

 それらは全て金属の爆発発着によって先端が鋭く尖ったものであり、オリハルコンだからこそ可能な計算された攻撃法である。

「が・・・・・ぶっはー!!」

 全身を射抜かれ、止めどない血を噴き出すと、駱太郎はそのまま目の前に倒れ伏す。

「“メタルスラッグ”・・・―――金属の滓(かす)をこれだけ受けても尚、強気なことが言えるか?確かに貴様は天性の打たれ強さに加えて、人の領域を超えた破壊の拳がある。しかし防御のいろはをお前はあまりに知らなさすぎ、どれもこれもが努力というものから生まれる力には遠く及ばない。私がメタルの魔術師と呼ばれるようになるまで、どれだけの時間を費やしてきたか、貴様には一生わかるまい。自惚れも甚だしい!お前など、口うるさいだけのヒヨッコに過ぎん」

 徹底してオリハルコンは駱太郎と言う存在を否定する。

 それは能力であり、強さであり、彼が持つ何もかもを否定することによって、自分と言う存在を強く肯定し、同時に保守的となるのだ。

「うるせェ」

 それを聞き、メタルスラッグの直撃を受けたにもかかわらず、駱太郎は未だに息を保ち、闘う姿勢を貫こうとゆっくりと起き上がる。

「・・・だからなんでェ!誰がなんと言おうと、俺は・・・・・・!」

 話の途中で、駱太郎の体がガクッとよろめく。

「無理はするな。先ほどの一撃で貴様は息をすることもままならないはずなのだ。そうして立っていること自体が奇跡と思え。諦めろ・・・どんなにいきがろうとあがこうと、お前はただの、ヒヨッコに過ぎん!」

 ダダダダダダダダダダダダ!!!ダダダダダダダダダダダダ!!!

 再びメタルスラッグを発射して、今度こそは駱太郎の息の根を止めてやろうと思い立つ・・・ところが。

「だからなんだってんだッ!!!!

 駱太郎は立っていること自体がやっとの体を無理矢理気力で補い、メタルスラッグを恐れずオリハルコンへと突進する。

「な・・・!」

「ヒヨッコにだってヒヨッコなりの意地ってもんがあるんだ!」

 言いながら、両方の拳を交互に使い分け、オリハルコンの体に拳を叩きこむ。

「さっきから人のことヒヨッコヒヨッコと言いやがって!そういうてめーはどうだったんでえ?!メタルの魔術師だかなんだか知らねぇが、てめぇも最初から今の強さだったわけじぇねェだろ!闘い続けて、やっとのことでここまで上って来れたんだろう!俺だって同じだ!!!確かに生まれながらに決まるものはあるかもしれねぇ。だがな!!!それと俺が努力してないかは話が違う!俺だってこの力を手に入れるために死に物狂いで努力して来たんだ!!!それをてめぇみてーな男が、分かったように言うんじゃねぇぞ!!」

 ―――ボカン!

「がっ・・・!」

 オリハルコンの下顎を強く殴りつける。

 駱太郎の放った一撃がかなり堪え、オリハルコンは後方へと飛ばされる。

「ヒヨッコだからって甘く見てんじゃねーぞ」

「きさま・・・・・・!」

「俺が今まで見てきた極めた奴等は、こんなもんじゃねェんだよ。好い奴も好かねェ奴でも、強さを極めた奴は皆・・・命懸けの人生の歩み手だった。てめえは極める以前に命を懸けたコトは勿論、自分より強い奴と闘ったコトもねェ・・・それどころか自分より弱い奴しか相手にしたコトがねェだろ・・・」

「何ィ」

「そのくせ口実があるのをいいコトに他人の闘いに土足であがって、下卑た優越感を満喫しようとしやがる・・・井の中の蛙がこれ以上ゲロゲロうるせェのは我慢がならねェ!!」

 駱太郎はオリハルコンがこれまで歩んできた道、もとい薄汚れた覚悟の無い人生を真っ向から否定する。

 そして、その人生の歩み方を正すため―――オリハルコンに命を懸けることから生まれる覚悟を証明しようとする。

「・・・・・・・・・見せてやるぜ、メタルの魔術師さんよ。極めるとは――――――こういうコトだ!!!」

 そのとき、駱太郎の拳に漆黒の布がテーピングされ、拳からは果てしない闘気が漂い始める。

 オリハルコンが言い知れぬ力の増大を警戒する一方、駱太郎は口元を釣り上げると、拳から噴き出す黒い闘気を見せつけるように、オリハルコンの元へ突撃する。

「これが俺が歩んできた道――――――黒御簾万砕拳(くろみすばんさいけん)!!!終わりだぁあああああああ!!!!!」

 ―――ドガン!!!

 咄嗟に硬度の高い金属を盾として、オリハルコンは駱太郎の破壊の拳を防ごうとする。

「!!!」

 しかし、駱太郎の拳の威力は想像を絶しており、金属の盾が容易に砕け散ったのは勿論―――テーピングをした駱太郎の拳自身からも血が吹き出す。

「ちいいいッ!!」

 形相のオリハルコンは両腕を掲げ、駱太郎に拳で止めを差そうと思い立つ。

 バリィ・・・バリィ・・・。

 その直後、両腕の血管が次々と破裂して、オリハルコンの皮膚から勢いよく血吹雪が飛ぶ。

「が・・・はぁ!!」

 駱太郎の黒御簾万砕拳は彼がこの世界の不条理と闘い、守るべきものを守るため命を懸けて会得した正真正銘の破壊の奥義。

 右の拳一つに対して、鉄の盾と両腕。そうでもしなければ決して釣り合わない力なのである。

「おらああっ!!!」

 ―――ゴンッ!

 猛烈な痛みで悶絶するオリハルコンに、駱太郎が止めの頭突きを叩きこむ。

 これが決め手となり、オリハルコンは倒れ、この勝負は駱太郎が手に入れたのである。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・どうでえ。自分より強い奴と初めて闘ってよ」

「く・・・そ・・・」

「おめぇもまた、自分の力に自惚れていたんだよ。今度闘うときは、自分そのものを本当に極めてから出直して来な――――――命をかけて。限界を超えてこそ、その果てにあるのが本当に極めことだ!」

 その男、名は三遊亭駱太郎。通り名は万砕拳の駱太郎――――――彼もまた、己の信じる道を歩み続け、命を懸けた果てに道を極めた者である。

 

 道を極めた者、駱太郎に勝利の女神がほほ笑んだ。

 では、ミトラ兄弟と写ノ神&茜ペア―――勝利の女神がほほ笑むのは果たしてどちらなのか。

 写ノ神と茜は外観上は武器も何も持たないミトラ兄弟に先手を入れるか否か、非常に迷っている。

 ここで先手を取ることが、果たしてこの二人には最良の選択となりうるのか、それが非常に迷いどこだ。

「どうした?そんなに考えてたら、頭がこんがらがるんじゃねぇか?」

「俺らは逃げも隠れもしねぇ。真っ向からお前たちの力を捻り潰す。単純でこれほど分りやすいものはない。さぁ、来な!」

 ミトラ兄弟は逃げも隠れもしない様子だ。

 それが本当に信用できるかどうかは写ノ神と茜の度量次第だ。

 確かに考えていても埒が明かないのは明白。ならば騙されたと思って、敵の口車に乗るのも悪くはない―――二人はそう結論付ける。

「よし・・・茜、遠慮も何も必要ネェ!男の急所を確実について行け!」

「いいんですか・・・そんなえげつないことを私が堂々しても?」

「戦場には男も女も関係ねぇ。確実に仕留める・・・―――どんな汚い方法でもな」

「ふふふ・・・わかりました。では、確実に仕留めましょう!」

 二人の間で交わされる実に恐ろしい会話。

 短時間で急速に絆を結んで行った二人は、兄弟と言う名の絆で結ばれた相手を前に、信愛と言う名の絆で立ち向かう。

「「さあ、かかってこい!!」

「言われなくとも!」

「金的お見舞いします!」

 ミトラ兄弟の誘いに乗って写ノ神と茜は前に出る。

 先導するのは写ノ神で、茜はその後ろから付いてくる。

「ミラーの兄貴!コンビネーションいくぜ!」

「おうよ!」

 弟のトミーが言うと、兄のミラーは弟の呼吸に合わせて拳法の構えを取る。

「「ハイヤー!」」

「兄弟だか知らねぇがな・・・おいそこの弟!女の着替えとか風呂を覗いたからには、ただじゃおかねぇ!」

 なんだかんだでその辺に関して写ノ神は結構根に持っているようだ。

 カードホルダーから二枚の魂札(ソウルカード)を取り出し、詠唱を破棄して即座に効力を発揮する。

「『土(ランド)』、『水(ウォーター)』!出でよ、濁流!!」

 四大元素と呼ばれるカテゴリーに属する二枚のカードの力を組み合わせ、ミトラ兄弟目掛けて濁流を叩き込む。

 視界を封じると共に、敵の攻撃の機会を奪う。

「茜!」

 その隙に、死角に回り込んだ茜が両手の指の間に挟んでいた苦無を勢いよく投げつける。

「ていっ!」

 声を合図に茜は苦無を投げつける。

 ところが直後、濁流の中からミトラ兄弟が同時に飛び出し、写ノ神と茜の方へと向かって強烈な蹴りを叩きこむ。

 ―――ドンッ!

「「が・・・!」」

「合図を出さないと何もできないんだな、お前らは」

「俺たち兄弟はイチイチそんなことをしなくても、通じ合えるものでな!」

 兄弟と言う不思議なシンクロニシティによって、互いの考えていることが分かるミトラ兄弟とは対照的に、元々が赤の他人同士である写ノ神と茜がいくら絆を深めようとも、兄弟と言う生まれながらに深く繋がった相手を上回ることは容易ではない。

 返り討ちを喰らった二人は地面に強く叩きつけられる。

 写ノ神は悔しそうに顔を歪め、一方の茜は負傷した箇所に手を当てながら、ミトラ兄弟の強さが何にあるのかを思い出す。

「ヤロウ・・・・・・!」

「そうでしたね・・・・・・あなた方の強さは兄弟の絆と言うものが掛け合わされた絶妙な呼吸によって為せる同時戦法・・・そして、カンガルーという生き物の遺伝子で強化したその脚力・・・!」

 アコナイトの手による改造手術を受けてカンガルーの力強い脚力を手に入れ、かつ兄弟の絆が織りなす無敵のコンビネーションを発揮するミトラ兄弟。

 写ノ神と茜にとって、絆と言う意味では最も強敵となりうる相手である。

「まだまだ食い足りないな、ミラーの兄貴」

「ああ、もっと楽しませてくれよ。じゃなきゃ、折角アコナイト様から貰ったこの脚が無駄になっちまうだろう」

 次の瞬間。

 呼吸を揃えると、ミトラ兄弟は倒立前転をしながら写ノ神と茜の元へと接近し、強化されたその脚で二人の体に容赦のない蹴撃を叩きこむ。

「いだっ・・・!」

「うっ・・・!!」

「「必殺!!」」

 ドドドドドドドドドドド!!!

 呼吸のあったミトラ兄弟の回し蹴りが、怒涛の如く叩きこまれる。

「「喧嘩独楽(けんかごま)!!」」

 二人の呼吸が合って初めて成される、正しく兄弟の絆が生み出した必殺技。

 直撃を避けられなかった写ノ神と茜はたちまち満身創痍となり、その場に倒れ伏せる。

「う・・・・・・」

「つ・・・強いです・・・・・・」

「ははは。俺たちの金的を潰しと言っていたな・・・笑わせんじゃねぇよ!」

 そう言ったのはトミーだった。

 動けない二人の元へゆっくりと近づいて行き、トミーは仰向けに倒れる写ノ神の股間を狙って、強烈な一撃をお見舞いする。

「そら!」

 ―――ムギュ!

「ヌアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 カンガルーの強靭な脚力で直に股間を潰された写ノ神の甲高い悲鳴が、トミーの好奇心を刺激し、猟奇的な笑みを浮かばせる。

「へはははははははは!!!いいね、その顔!いてーもんな、男の大事なところを潰されるのは」

「写ノ神君!おいテメー!よくもやってくれたな!!」

 大事な人の惨い仕打ちを前に、茜は黙っていられなくなった。

 粗暴な喋り方でトミーへの敵意を露わに、写ノ神の仇を討とうとする。

「このスッカカ―――ン!!!」

 ムニュ・・・。

 形相を浮かべながら殴りかかろうとした直後。茜の体に違和感が生じる。

「へ・・・・・・///」

 目が点となり、違和感の正体を確かめようと胸部に目を向けると、トミーが確かに自分の発育途中だがかなりのところまで育っている胸を鷲掴みにしていた。

「ん~~~この感触、いいね~~~!!」

「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 好きでもない、むしろ嫌いな部類の男にいきなり胸を鷲掴みにされたとあっては、茜とて羞恥心を抑え切れるはずもない。

「うへへへへへへ!!!これだから捨てられんねェだよ!あははははは!!!!」

 こんなあからさまにセクハラをする男がいたであろうか。

 トミーは既に、この世界の女性という女性を完全に敵に回した。

 だがそれ以上に茜が受けた悲しみは深く、あまりのショックに泣き崩れる始末だ。

「ううう・・・///ひどいですよ・・・///どうしてそんな破廉恥な事が普通に出来るんですか///」

 茜の涙がポタポタと流れ落ちる。

 そんな理不尽な光景を目の当たりし、股間を潰され悶絶していた写ノ神は、辛うじて意識を回復させると、二度と涙を見せないと誓った女性を悲しませたミトラ兄弟(弟)に愚直なまでの怒りを露わにする。

「てめぇら・・・・・・それが女に対してすることかよ・・・・・・ふざけんのも大概にしやがれ!特に弟!!!もう勘弁ならねぇ!!」

 股間を潰され、更には茜までも悲しみのどん底に突き落とすトミーの卑劣なやり方に業を煮やす。

 写ノ神は、この状況を打破するためのとっておきの秘策を用意する。

 カードホルダーから普段の赤い無地の魂札(ソウルカード)とは異なる、黄色の無地の魂札(ソウルカード)を一枚取り出す。

「てめぇらの兄弟の絆がどれだけ深く、強いかは知らねぇ・・・お前らの言う通り、俺と茜の繋がりは全然薄いものかもしれねぇ・・・・・・だがそんなものはこれから幾らでも強くしていけばいいだけの話なんだ!俺たちの未来は俺たちで決める!」

 写ノ神は黄色の無地が特徴的な魂札(ソウルカード)を手にすると、おもむろに天へ掲げ、封じられた力を解放する。

「“本地垂迹(ほんじすいじゃく)の元に、我らにその力を貸し給え”・・・・・・特殊魂札(スペシャルソウルカード)『光(ディバイン)』!!」

 神々しく光を発する魂札(ソウルカード)。

 光は写ノ神と茜を包みこみ、彼らの潜在意識に働きかけ、眠れる力を解放する。

 その結果―――二人は神々しい輝きを全身に身に纏うと共に、かつて経験したことの無い漲る力が溢れるほどに湧き上がる。

 茜は、今自分の体に起こっていることがさっぱりわからず、慌てて写ノ神に尋ねる。

「あの・・・これは一体・・・?!」

「『光(ディバイン)』の効果で、人の潜在意識に働きかけて生命力を爆発的に高めた。この特殊魂札(スペシャルソウルカード)は、滅多なことじゃ使わないんだが・・・・・・今はその使い時だ」

「写ノ神君――――――」

 茜は思わず見とれてしまう。

 普段は気さくで心優しい彼も十分に整った顔をしているが、今の彼はこれまでにないぐらい男らしい目つきとなり、自分を引っ張ってくれている。

 自然と茜の中で彼に尽くしたいという気持ちが芽生えたが、今はそれよりも彼と共にこの状況を打破することが急務であると理解し、ミトラ兄弟に対して構えを取る。

「行くぞ、茜!」

「はい、写ノ神君!」

「何を使ったかは知らないが」

「俺たちの動きにはついて来れねぇよ」

 両者は出方を窺いながら構えを取り、そして頃合いを見て前に出る。

「「はあああああああああああああ」」

「「やあああああああああああああ」」

 先ほどとは打って変わって、写ノ神と茜の動きに切れがある。

 合図を出さずとも二人の呼吸は自然と合っていて、僅かの差でミトラ兄弟のコンビネーションを上回っている。

(こいつら・・・!動きがまるで違う!)

(やべーぞ、マジで!)

「「はいやあああああああ!」」

 中国拳法を知っている訳ではない二人が、それらしい動きを見せる。

 ミトラ兄弟の頭上から鋭い蹴りを叩きこみ、二人の両肩を踏みつけ負荷をかけていく。

「「ううう・・・!!降りろ!!降りろ!!」」

 身動きの取れない二人の罵声に対して、写ノ神と茜は耳を貸さず、互いの絆をより強く結びつけ、同時に波長を合わせる。

「調子に・・・!」

「乗るなっ―――!」

 ここで、ミトラ兄弟が二人の攻撃から逃れ、反撃を繰り出す。

「「喧嘩独楽!!」」

 対して、写ノ神と茜は二人の喧嘩独楽を同様の技で相殺させる。

「「はあああああ!!」」

 ドドドドドドドドドドド!!!ドドドドドドドドドドド!!!

「「何?!」」

「調子に乗ってるのは・・・!」

「あなた方の方ですよ・・・!」

 写ノ神と茜は掌に気を圧縮させた一撃を、二人同時にミトラ兄弟へ叩き込む。

「「だああああ!!!」」」

 ―――ダンっ!

「「が・・・!」」

 人体の急所を的確に付いた強い一撃を受け、ミトラ兄弟は床に叩きつけられる。

「よし!やったぜ「まだですよ」

「え?」

 今の一撃で確実に勝負がついたと確信している写ノ神だが、茜は彼の言葉を遮るとおもむろにミトラ兄弟の方へと近づく。

「これで・・・・・・終わりです」

 冷たい眼差しを向けながら右足を上げ・・・そして。

 ―――ムギュ!!

「「ヌアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」」

 踏んだ・・・確かに二人の股間を踏み潰した。

 世にも恐ろしい光景に写ノ神は全身に身の毛がよだつ。

 茜は股間を踏みつけられたショックで魂の抜けた状態と化したミトラ兄弟を見て、本当の意味で勝利を確信する。

「写ノ神君の仇―――討たせてもらいました」

「あ・・・茜・・・///おまえはなにを・・・・・・///」

 最早涙目となり、声を震わせるばかりの写ノ神に、茜はとびきりの笑顔を向ける。

「てへっ♪」

 

 

アコナイト研究所・中心部 廊下

 

 それぞれの場所で勝利者が決定し始める。

 今の所軍配はドラたちの方に上がっているが、果てして残り二人が順当に勝ちを手に入れられるかどうかは正直難しい。

 と言うのも、謎の財団から出向して来たというアコナイトのスポンサーで忠臣である、蟒蛇大吾と交戦中の山中幸吉郎は、駱太郎たちとは違って、これと言って特別な力は持ち合わせていない普通の人間だ。

 あるのは、数多の死地を切り抜けてきた度胸と鍛え抜かれた剣術、そして常人離れした脚力のみ。

 一方、敵対している蟒蛇はアコナイトの技術を使って右腕をアオダイショウと化している。しかも、純粋な戦闘能力も幸吉郎と比肩を取らないものだから、僅かにだが軍配は生物兵器としての蟒蛇の方に傾いている。

 ―――カキン!カキン!

「ち・・・!」

「ふん」

 狼猛進撃を駆使して戦う幸吉郎と、生き物の力を右腕に宿した蟒蛇の能力。

 純粋な実力から言えば幸吉郎の方が上なのだが、どうも蟒蛇の力はそれだけにはとどまらないように思える。

 現に幸吉郎は、蟒蛇の蛇に咬まれた傷が既に三つほど出来ている。左肩と右太もも、そして左頬に一つずつ。

 対する蟒蛇はこれと言ったダメージも無く、平然と足しつくしている。

 幸吉郎は目を細めると、訝しげな眼差しで蟒蛇を見つめる。

「・・・フフフ。狐につままれたという顔だな。しかしまぁよかったじゃないか。この私の能力を前に、傷三つで済んでいるのだからな」

「何だと?」

「ああ、気に留めることはない。君は何もわからないまま、私の餌となる。君が信頼を置くあのネコももうじきアコナイトの手にかかる・・・”すべては私が思う通りにな”」

「・・・・・・どういう意味だ?アコナイトはおめぇの上司じゃねぇのか?」

 確かに幸吉郎は蟒蛇がアコナイトを明確に呼び捨てした事を聞き逃さなかった。

 蟒蛇は不敵な笑みを浮かべ、幸吉郎にのみ―――これまで他の部下や仲間たちにさえ隠していた真実を公表する。

「アコナイト・モンクスフード・・・―――あれは既に命を失いし者の名前。本物のアコナイトなど、最早この世に存在しない」

「な・・・なに?!」

「今、あのドラネコと戦っているアコナイト言う名の存在は、GMS理論に基づき生み出された人造生命体。サムライ・ドラとは同種の存在よ」

 それを聞き、幸吉郎は絶句する。

 自分たちが追い求めていた敵の大将―――アコナイトという存在自体が既に擬似生命であり、その事を知っていたのは目の前の蟒蛇大吾だけ。

「2年前のことだ・・・アコナイトは重い病にかかってしまった。私は彼の出資パートナーとして近づき、彼の死に際を見計らってアコナイトという存在を自分の手で生み出した。我々の存在は表沙汰には公表できぬのでな。最後までアコナイトにはすべての責任を果たして貰わねば・・・」

「まさか・・・おめぇは・・・!」

「そうさ!アコナイトは確かに過ちを犯し、糾弾された。だが、歴史や人の運命を弄んでまで現代の問題を打破しようという度胸など無かった。しかし我々は違う!世界の全てを金の力で手に入れ、莫大な金によって世界を、歴史を、命を手中に収める!初めからこの戦いに善も悪もないのだよ。お前たちは始めから戦いの主旨を履き違えている。本当に倒すべき相手は、最早この世にはいないのだよ―――ふははははは!!!」

 刀を持つ幸吉郎の手が小刻みに震える。

 ドラや自分たちをも欺き、アコナイトと言う名の操り人形を裏で糸を引いていた本当に倒すべき者の正体を知ったことからくる、途方もない憎しみと悲しみ、そして怒りの念が沸々と湧き上がる。

「・・・・・・そうかよ・・・・・・それが本当の話なんだな。それを聞いて安心したぜ。つまりてめーさえぶっ倒せば、もうこんな理不尽なことは起きないって事だな?」

「私を倒しても、あのアコナイトを倒すことは無理だ。君たちはあのドラネコとともに滅びの運命を迎える」

「違うな。お前は自分の手を汚さず、全て筋書きどおりに事を運んできたつもりのようだが・・・結局はてめーは頭でっかちな上に、闘いもせずに尻尾を巻いた負け犬だ。そんな風に偉そうに咆えること自体が愚かしいぜ」

 幸吉郎の教唆が蟒蛇の心を揺さぶる。

 蟒蛇はピクッと僅かだが表情金の動きを見せる。どうやら幾ばくかは動揺していることが窺える。

 幸吉郎はそれを見逃さず、更にゆさぶりを掛け続ける。

「はっ。人間ならば知性で『引き際』ってのを悟る。犬畜生でも本能で察する。だが、金に心奪われ引き際どころか理性すら見失った奴なんてな、それ以下だ。てめぇは犬畜生にも劣る化物同前だ」

「・・・化物だと?私のどこが化物だというのだ?この腕か?だとしたら実にくだらぬ!」

「そんな腕、一本だろうが二本だろうが関係ねぇ。お前は一度も闘わずして全てを手に入れようとした。それが如何に愚かな事かもしれずにな。ったく・・・なんだってこの俺が負け犬にすらならねぇ化物の相手をしなくちゃならねぇんだか」

 それを聞いた瞬間。

 蟒蛇は業を煮やして高く飛び上がり、アオダイショウの右腕を勢いよく振り下ろす。

 ―――ズシャァアアアアン!

 幸吉郎は自分の横を一瞥する。

 地面が堀の様に抉られ、蟒蛇は先ほどとは違い、強い殺意を抱いた瞳を幸吉郎に向けている。

「この私を!体を!!!蟒蛇大吾を!!化物呼ばわりするコトは許さん!!!私は化物ではなく、人間を超えた者なのだ!!」

 蟒蛇は不気味な笑みを浮かべながら、アオダイショウの腕を普通の人間の舌の長さを遥かに超えたもので嘗め回す。

 それを見て、幸吉郎は再度尋ねる。

「その舌もジーエムなんとかで手に入れたのか?」

「ふん。これは自前だ」

「成程。十分化物じゃねぇか」

「!小僧!!殺ス!!」

「そうだ、怒れ怒れ。怒りはやがて焦りとなる。焦りは余計な緊張を生んで実力を半減させる。お前が俺を殺す?この身の程知らずか」

 いつの間にか幸吉郎は自分のペースへ蟒蛇を追いこんでいき、不敵な笑みを浮かべながら、再び狼猛進撃の構えを取って狙いを定める。

「こんな奴が黒幕だって知ったら、兄貴はさぞかしがっかりしただろうぜ」

「殺す!!」

「聞き飽きた。とっとかかってこいよ。望みどおりに、殺してやる」

 幸吉郎に憤慨しながら殺意を剥き出しにする蟒蛇と、冷めた表情を浮かべながら殺す事に何の躊躇いも見せず標的と向き合う幸吉郎。

 蛇と狼―――自然界でも恐ろしい存在として疎まれがちな両者。

 果たして、どちらの本能がこの勝負を制し、身を食い尽くすか・・・・・・。

 次の瞬間。

 両者が一斉に動きを見せた。

「牙狼撃!!」

「土砂の壁!!!」

 牙狼撃を仕掛ける幸吉郎に対して、蟒蛇は咄嗟に地面を捲り上げるようにアオダイショウの右腕で土砂の壁を作り、突きの威力を半減させる。

 しかし幸吉郎はその状態から、弐式の風花を繰り出して蟒蛇の攻撃など物ともしていないかの如く、破竹の勢いを見せる。

「懲りずに同じ技ばかり使うとは!!何遍やっても同じことの繰り返しだ!!!」

 蟒蛇は一辺倒な技ばかりに頼る幸吉郎に苛立ちを覚えながら、再び土砂の壁を作りだして床を盛り上げる。

 すると幸吉郎の口元が吊り上り、そして。

「つらぁあああ!!!」

 キンッ―――!

 蟒蛇の右腕目掛け、幸吉郎の狼雲の切っ先が入り込む。

 そう、幸吉郎は土砂の防壁より先に出ている唯一の狙いどころ、つまりは蟒蛇の右腕そのものを狙っていたのだ。

「ハッ。それがどうしたァ。僅か一回の攻防で右腕の先端に着眼し狙うとは大した技量だが、残念だったな。私の右腕は機械より速く精密に動けるのだよ」

 と、蟒蛇がつぶやくと、聞いていた幸吉郎はおもむろに溜息をもらす。

 そして、哀れむかのような眼差しで蟒蛇に言う。

「残念だったのはお前の方だろ。生憎俺の狙いはここから」

「な!」

 途端。

 全く助走の付けられない密着状態から、幸吉郎は上半身の発条(バネ)の力だけを使って、前代未聞の刺突(つき)を繰り出す。

「絶技(ぜつぎ)・穿牙(せんが)!!」

 ―――ドスッ!!!

 右腕に対して全身全霊の力で突き刺さった幸吉郎の愛刀。

 その痛みは尋常ではなく、長く伸びたアオダイショウの口から右肩に掛けて、幸吉郎の刀が深く食い込んだ。

「アギャアアアアアァァアァ!!!」

 実に惨い光景ではあるが、幸吉郎は非常に冷めた眼差しで蟒蛇の方へ近づき、彼の顔を踏みつけた上で、自分の刀を強引に引き抜く。

 ―――ブシュ!!!

「ピヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

「大声出して喚くんじゃねぇよ、見苦しい!肩から先が吹き飛ばなかっただけでも有難く思え」

「アアアアアアア・・・・!!!・・・アアアアアアア!!!」

「化物の血で錆び付かせるには惜しい刀なんでな」

 幸吉郎は先ほどからずっと痛みのあまり、理性を失い悶え苦しんでいる蟒蛇のダメになった右腕を握りしめると、切っ先を突き付けながら言葉を紡ぐ。

「後先を見失い、私欲の為にしか生きられねぇ奴は見ていて実に嘆かわしいぜ。お前は兄貴にも俺にも及ばない化物だ。望み通り、死んで楽にさせてやる」

「ま、待ってくれ・・・!金ならいくらでも払う・・・!だから命だけは//////」

「この期に及んで金で懐柔(かいじゅう)しようっていうのか?胸糞わり―――!!!」

 グッサ・・・・・・グサ・・・

 白い制服がひとたび紅く染め上がる。

 蟒蛇の心臓を貫いた幸吉郎は刀にべっとりとついたヘビの血を懐紙で拭うと、鞘に納めながら冷たく言い放つ。

「男はな、戦わなければ負け犬にすらならねぇんだよ――――――バカが」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 22、23巻』 (集英社・1998年)

 

 

 

 

 

 

短篇:バカと天才、紙一重

 

西暦5539年 4月某日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「おはようございまーす」

「「「「おはよう(おいーす)(ございます)」」」」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーが次々と出社。

 赤字が印字された名札を黒字が印字された方へと裏返し、幸吉郎たちが各々の仕事机に移動しようとすると・・・。

「のおおお!?」

「な、なんだよそりゃ長官!」

「どうしたんですか、その・・・」

「たくさんのご飯は・・・!」

 一同は机の上に山積みとなっている豪華な食事、それも大人10人分は下らない量を黙々と食べ続けている長官・杯昇流の姿に目を奪われる。

「おお、おめーらも食うか?」

「いや食うかと言われても・・・・・・のう」

 龍樹は返答に困惑してしまう。

 一体どうしたらこんな状況になるのかと、つい考えてしまう。

「あ」

 そのとき、幸吉郎があることを思い出す。

「そういや長官、3日前から財布の中おけらだったんじゃ・・・」

「おお!!そうじゃったそうじゃった!!」

 杯昇流は、計画性が無く、計算の出来ない男である。

 給料日を1週間後に控えている中で財布の中身を全て使い切ってしまい、3日間絶食状態となっていた。

 頼みの綱としての、昇流の両親と恋人の栄井優奈はそれぞれの仕事で忙しく彼に構っている暇がない。

 ゆえに、家事も碌にこなせない男がこんな豪勢な食事を食べていること自体が不思議で仕方ないのだ。

 となると行き着く答えは自ずと一つ。

「まさか長官・・・どっからか泥棒して来たんじゃ!」

「最低ですね長官さん!前々から駱太郎さん並みに馬鹿でどうしようもない甘ったれな上に、しょうもないお人だとは思っていましたが、飢えのあまり犯罪行為にまで及ぶとは・・・このミジンコ!!あ、そんな事言ったらミジンコさんに失礼ですかね」

「ちょっと待てお前ら!!なんで人の話を聞かずにそこまで人を非難できるんだ!?茜は毎度のことだけど、言い方が蓋も無さすぎるんだよ!!」

 たびたび幸吉郎たちから罵声を浴びせられる昇流だが、ことドラと茜に関しては程度が悪く、唯一の女性である茜から微生物以下だと言われのは、かなりショックだった。

「とにかく、俺は泥棒なんて真似は絶対していない!」

「じゃあ、こいつはなんだっていうんだよ?」

 駱太郎が訝しげな顔で尋ねる。

 昇流はかつ丼を頬張りながら、赤裸々に話す。

「昨日の夜、俺は飢えのあまり理性が吹っ飛んでいた・・・あん!夜通し徘徊しながら食べれそうなものがないかどうか、ゴミ袋を漁っていたんだ」

「あんた・・・野良犬やカラスじゃないんですから・・・」

「カラスよりも汚いんじゃないですかね」

 周りの空の冷ややかな視線と罵声が胸に突き刺さるが、昇流は話し続ける。

「そしたらさ・・・あん!小汚ねー人形がたまたま出てきて、それを譲ってくださいっていう変な奴が現れたんだよ。いい値で買うからって言うから、500円で買い取ってもらおうとしたんだ。幕の内弁当が買えるからな。そしたら、どういう訳か5万円で買い取るって言い出して・・・」

「「「「「5、5万円!?」」」」」

「いわゆる人形マニアみたいでさ・・・まぁ俺としてはどっちでもよかったんだけどな」

 それがこの豪勢な食事の真実だった。

 事情を聞かされると、幸吉郎たちは人形一体に5万と言う大金を払う人間の気持ちが知れないと率直に思う。

「しかし長官。あんたいくらお腹が空いてるからって、成人男性の食欲の域を明らかに超えてるじゃないっすか?」

「ゴリラや駱太郎さんでも、ここまでは食べれませんね」

「俺とゴリラを比較するな!アバズレ!」

「ごちゃごちゃウルセーぞ!!上司がピンチの時に、一銭も貸してくれなかった薄情者どもが!!」

 上寿司一皿を平らげた昇流は積もりに積もっていた鬱憤を思い切りぶつける。

「そ、それは・・・長官にはびた一文貸すなって、兄貴から命令されたからで・・・」

「お前たちはドラに命令されれば何でもやるのか!お前らの上司はどいつなんだよ!!」

「「「「「兄貴(ドラ)(ドラさん)です(だな)(じゃ)」」」」」

「即答すんな!!」

 

「おはようー」

 そこへ、この部署の実質的全実権を握った存在―――サムライ・ドラがオフィスに到着する。

「長官おはようございます」

「ああ、おはよう」

 と、普通の挨拶を交わした瞬間。

「って・・・うぇ!?」

 ドラは昇流が食べている豪勢な食事に目を疑い、幸吉郎たちが当初抱いたような事を脳裏に浮かべながら昇流に激しく問い詰める。

「長官!!あんたって人は・・・どこまでも見下げた野郎だな!!」

「うぇ!?」

「3日前からおけらのはずなのに、その豪華な食事は何だ!!!ああ!!!」

 血管のように見えるケーブルを十字に浮かべながら、ドラは竦んだ彼の首根っこを鷲掴みにする。

「強盗したのか!?カツアゲか!?どっちでもいい!今から徹底的に叩きのめしてやる!」

 言うと、ドラは窒息死寸前の昇流を解放し、床に倒すと動けない彼の顔面に理不尽な暴力―――もとい制裁措置を加える。

「こーの!ワールドナンバーワン馬鹿上司が!」

 ビシバシ!ビシバシ!

「あんたは一度、死んでしまった方がこの世の為だ!!!」

 ビシバシ!ビシバシ!ビシバシ!

「その前に人から着服した給料返せー!この5年間でいくらすったと思ってるんだ!?100万円だぞ!!!てことは1年間に毎月1万6700円も失敬してたって事だな!!ちゃんと毎月計算してたんぞ!スゲーだろ!・・・―――じゃねぇよ!何をどうやったらそんなことができるんだ!?ああ!あんたに口座番号を教えたつもりはないんだぞ!どこでスキミングしたんだ―――!!!」

「お、落ち着きましょうよ兄貴!抑えてください!」

「それぐらいにしろよ、ドラ!長官の奴本当に死んじまうぞ!?」

 写ノ神は既に半死人と化している長官を指さしながらドラに制止を求めるが、極限状態まで興奮している魔猫の怒りは収まるところを知らない。

「こんな奴は生かしておく価値も無い!ミジンコみたいに目に見えないほど切りきざんでやるよ!」

「待ってくださいドラさん!それだけはいけません!大体、長官さんはミジンコさん以下なんですよ!」

「てめーらマジでいいかげんにしろよ!鬼!悪魔!人でなし―――///」

 アンマンパンさながらに、昇流は真っ赤に腫れあがった顔でドラたちを猛抗議したが、結局のところあまり意味のない事に終わった。

 

「ではははははは!!!なんだ、そうだったんですか!!いやー失敬失敬!いつものように血迷ったのかと!」

 ドラは昇流本人から事情を聞かされ、とんだ早とちりであった事を笑って誤魔化す。

「血迷ってるのはおめーだろうが!善良な市民が盗みやカツアゲなんてするわけないだろうが!まったく!」

 収まりきらない怒りを覚えながら、昇流は残りの食事を全て胃袋に収めようとする。

「お前・・・あの後、俺の体をバラバラにして、ビルの屋上から無造作に突き落とすつもりだったんだろう!」

「ははは。そんなことはしませんよ。バラバラにして、細かくしたものを焼却炉で焼くんです。そうすれば、遺体は残らず完全犯罪!」

「お前やっぱり猟奇的な殺人鬼じゃねぇか!なんで誠さんがお前を保健所に連れて行かなかったのか、その神経がわからないよ!」

「それはそれですよ!はははは・・・とはいえ、オンボロ人形に5万円も出す人間の気がしれないな~・・・いや人形を手に入れるためとはいえ、長官に金を渡すこと自体が愚かしいんだ。小学校の時からお小遣いの使い方も知らないで大人になったような人に、5万円なんて大金渡せば、すぐになくなるんだから。現にこうして、無計画に豪勢な食事を注文すること自体、馬鹿の極みとしか言いようが・・・」

「やかましい―――!!!人が貰った金で何をしようが人の勝手だろうが!!!」

 次々から次へと、罵倒するばかりのドラの発言に昇流の堪忍袋が切れる。

 間違っても、ドラは昇流のことを上司だからと言う理由で褒めちぎるということはせず、むしろ欠点を的確に突いてくるから余計に性質が悪い。

 悔しい気持ちを抱きながら、昇流はすべての料理を胃袋に収め、お茶を啜りながら呟く。

「お前らにはわからねぇだろうな。その手のマニア・オタクの考えていることなんて・・・―――俺にもそんなコレクションがあるから、気持ちは分からなくもないがな」

「長官にそんな高度な趣味ありましたっけ?」

「どうせキン肉マン消しゴムとかそんなんでしょ?」

「か~~~どいつもこいつもわかってねぇ~な~!ボトルシップ!俺の生きがい、趣味!」

 昇流は仕事こそしない(大問題だろう)が、その仕事の時間にも作っているものとして、ボトルシップと言う趣味がある。

 20代でボトルシップと言う趣味を持つこと自体かなり渋いというか、目の付け所が違うというのか。

 いずれにせよ、昇流は趣味に関しては誰もが想像できないような恐るべき力を発揮する。

「ほら!さっき食べながら作ってたんだ」

「え!?食べながら・・・!こ、これを・・・」

 ドラたちは食事と並行して、昇流が作成していたボトルシップを見て目を疑う。

 その完成度はとても片手間で出来るようなものではなく、細部のパーツに至るまでを完璧に仕上げている。

「うへ~~~。よくこんな細かいところまで・・・」

「でも、これどうやって瓶の中に入れるんですか?」

「一回外で作ったものを、専用の長いピンセットを使って、もう一度中で組み立てるんだ」

 分解・組み立てタイプと呼ばれるこの手法は、マスト以外の船体を瓶の外で組み立てておき、それを細かく分解し、瓶の中で再び組み立てるやり方だ。部品が細かいため小さな口の瓶でも大きな船を作り上げられるが、高度な技術を要求される上、非常に手間がかかる。

「そう言えば長官って・・・・・・誇れることがあるとすれば、ボトルシップ作りみたいな手先の器用さと射撃の腕前ぐらいですもんね。それ以外はまるでダメだけど」

「ふふ・・・やっぱ俺には理論よりも芸術の方が向いてるんだよ。そうだ!今日仕事終わったら俺の家に来いよ!俺の自慢のコレクションを見せてやる!」

「コレクション・・・?」

 

 

小樽市 杯邸

 

 仕事を終え、自宅へと招かれたドラたちは昇流が秘かに溜め込んでいる秘蔵コレクションが飾られた部屋へと連れられる。

「まぁ、こいつを見てくれよ」

「「「「「「わああああああああああ!!!」」」」」」

 広さ10畳はある広大な部屋には所狭しと、これまでに昇流が作成したボトルシップコレクションが展示されており、その数推定1300個。

 普段の昇流からは想像もつかないような真っ当な趣味をこれでもかと見せつけられたドラたちは、その場に立ち尽くし言葉を失う。

「うそ~~~・・・!」

「これ、全部長官が作ったんですか!?」

「勿論だ!俺は5歳の時にボトルシップの魅力に取り憑かれ、以来骨の髄までどっぷりよ!よし、ここで杯昇流のイチオシを紹介してやる!」

 昇流は棚に飾られている数千のボトルシップの中から数個選ぶと、ドラたちの前に持ってきた船を一つずつ紹介する。

「まずはこれだ。小学校2年生の時の工作で作ったメイフラワー号だ。ピルグリム・ファーザーズが1620年イギリス南西部プリマスから、新天地アメリカ、現在のマサチューセッツ州プリマスに渡ったときの船だぞ」

「どうしようもなく頭の悪い長官が歴史を知ってるなんて・・・こりゃ事件だ!」

「ドラ、本気で殴るぞ!」

 まぁ普段が普段だから、ドラの気持ちもわからなくもないのだが・・・。

「次は高校1年の時の夏休みに作った大作だ」

「「「わぁ~すご~~~い!」」」

 思わず感嘆の声を漏らしてしまう一同。

 今見ているのは、氷山に激突して沈むタイタニック号を見事なまでに精緻に再現したボトルシップ。その大きさもさること、これだけの大作を昇流はたったひとりで作り上げたのだ。

「こいつは完成するのに1週間はかかったんだぞ!」

「なぬ!?拙僧にはとても1週間でできるものには思えんがのう~」

「ホントはこれ、どっかから買って来たんじゃないっすか?」

「正真正銘自分で作ったんだよ!それからこんなものも」

 そう言って取り出したのは、手のひらに納まるくらいの小さな瓶の中に、直径3ミリ程度の船が詰められたボトルシップ。

「どうだ。こいつはタバコよりも小さいんだぞ」

「お見事です!長官さんって、ミジンコさんよりも高度なことができたんですね!」

「茜さ・・・お前ちょくちょく俺のこと微生物以下だって言うけどさ、比較の仕方明らかに間違ってるよね!?」

 と、そのとき―――

「長官。この人形って?」

 写ノ神が、杯昇流に酷似したどこか可愛らしい6分の1サイズの人形を手に取り尋ねる。

「あ、結構可愛いですね♪」

「これも長官の自作で?」

「これはボトルシップ作りのあと、手遊びで作ったアクションフィギィアだ。題して、“TBT長官昇流くん”だ!」

「まんまじゃないですか・・・これのどこかすごいんですか?」

 幸吉郎が疑問に思っていると、昇流は誇らしげな表情で人形を手に取り、ドラたちにデモンストレーションを行う。

「俺の作った人形は画期的だぞ!なんせ可動部分が従来のアクションフィギュアとはわけが違うんだ!例えば、こんな風にすると・・・」

 次の瞬間。

「せ、正座が出来るんですか!?」

 ドラは昇流の人形が人間と同じように綺麗な正座をしている光景に度胆を抜く。

「正座だけじゃないよ。あぐらだって・・・・・・この通り」

「す、すげ―――!!!」

 正座に加えて、見事な胡坐をする人形の姿にドラは衝撃を受ける。

「今までフィギュア界の王者に君臨し続けているGIジョーでも、こんなアクションは出来ないのに!」

「そりゃそうだ!GIジョーは21カ所しか可動部分がないが、このTBT長官昇流くんは、人間に限りなく近づけた結果、なんと40カ所も稼働できるんだ!」

「40カ所も!!!」

 その数の多さは、従来のアクションフィギュアには全くない発想だった。

 昇流は、趣味が高じて作った人形の細かい説明をする。

「膝ヒンジに、ジョイントを付けたんで、90度近くまで曲げることができた。更に、可動部分を3カ所増やして、全方向に対応可能にしたからあぐらも余裕でかけるんだ」

「「「「「「すげー(すごいです)!すげー(すごいです)!」」」」」」

「さらに、180度開脚も可能だ!」

「おお!これは画期的だ!!」

「まだまだあるぞ!」

 プレゼンテーション感覚で、昇流は自らが生み出した世界初の試みを実演する。

「手に同じヒンジを使ったから、今まで不可能とされていた目頭を押さえる事や、人差し指を独立可動にしたから、鼻の穴に入れることも可能だ!」

「「「「「「おおー!」」」」」」

「漫談でよくみる、どうもどうもの手の形も見事に再現できる!」

「す、すごすぎる!まさかダメ長官にこんな高度な事が出来たなんて・・・!いや~バカと天才は紙一重とはよく言った物ですね!長官!これは是非とも売るべきですよ!大ヒット間違いなし!お金がガッポガッポですよ!」

「え・・・」

 昇流はそれほどまでに付加価値の高い商品を作っていた意識していなかったが、ドラの一言がきかっけでようやくその事に気が付く。

「ドラ・・・これ、売れるのか・・・?」

「売れますよ!世界初の可動部分が40カ所のアクションフィギュアなんて、間違いなくセールスポイントですからね!特許取れますよ!」

「そう・・・なんだ・・・・・・」

「なんかパッとしない様子だけどよ、どうかしたのか長官?」

 すると、昇流は真顔を浮かべら自分が開発した人形片手につぶやく。

「・・・・・・俺としたことが・・・・・・もっと早くに気付いておけばよかった~~~!」

「「「「「「え~~~~~~」」」」」」

 

 

 

 

 

 

おわり




次回予告

ド「なにがナノマシンだ・・・あんなもの使っていいと思ってるのかこの厨二病!」
「ここでオイラが倒されちゃ、幸吉郎たちはどうなるんだよ・・・?嫌だ・・・そんなの絶対に嫌なんだ・・・もう二度と・・・・・・あんな情けない思いをするのは・・・嫌なんだよ―――!!!」
「次回、『鋼鉄の絆 其之拾壱 抒情詩(リリック)』。いつの間にか忘れていたな・・・・・・あの人を失って以来、オイラはずっと・・・」

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