サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「壌との戦いを経て、研究所の中枢部へと潜りこむ込んだオイラ達。途中、お腹が空いたのでなんか適当に食べていたら・・・レダム司祭と名乗る黒い修道服を着たオッサンの攻撃を受けた」
「龍樹さんが囮となって、オイラ達を逃がしてくれた。さて、いよいよ戦いも大詰めだ。アコナイトの所まであと少し。龍樹の厚意を無駄にしない様に、この五人で乗り切るぞ!」



鋼鉄の絆 其之九 科学の功罪(サイエンス・デザート)

 ずっと昔の話だ。

 私はとある病院の機能訓練室で、汗だくになりながら歩行訓練をしている患者の様子を見ていた―――6歳ぐらいの頃だったと思う。

 訓練をしているのは私よりも5歳ぐらい年上の男の子。

 育ちざかり真っ只中の少年が、どうしてあんな訓練をしているのか?どうしてあんなに苦しそうに顔を歪め、発汗が止まらないのか?

 どうしたって尋常ではないことは確かだ。

 だが、一体何が原因なのかまではわからなかった。私は思い切って担当の医師に尋ねた。

「あの人、何をしているの?」

「彼は筋ジストロフィーという、病気なんだ」

「きんじす・・・?」

 舌を噛みそうな名前だった。

 そのとき。

 訓練室の中で、手すりに掴まりながら歩行練習をしていた男の子が足元を崩し、目の前に倒れた。

 私は目を見開き、男の子の様子をじっと窺う。

 どうしてこんなにも彼は苦しんでいるのか?一体、何が彼の体を蝕んでいるのか?そう思っていると、担当医はこの病魔について説明してくれた。

「筋力が、徐々に低下していく病気だよ。彼はそんな理不尽な病を背負って生まれて来た。その病を克服する為に、彼はああやって戦っているんだ」

 後で調べて分かったのだが、筋ジストロフィーは発症年齢や遺伝形式、臨床的経過等から様々な病型に分類され、その内、最も頻度の高いのはデュシェンヌ型と呼ばれるもの。

 進行性筋ジストロフィーの大部分を占め、重症な型で、おおよそ小学校5年生くらいの10歳代で車椅子生活となる人が多い。つまり、私の目の前にいる少年もこれに発症していたのだ―――

 ポタポタと全身から尋常ではない量の汗を流し、それでも少年は懸命に立ち上がり、手すりにしがみ付いて、再び歩行練習を続ける。

 思わず口元を釣り上げた私だったが、担当医の言葉が何とも冷淡だったのを覚えている。

「だが、どんなに努力しても彼の病気は治らない」

「え・・・」

「現在の医学に根本的な治療法はないんだ。彼の筋力は衰え続け、やがて立ち上がることも出来なくなる。そして最後は・・・呼吸や心臓の活動さえ」

 それは認めたくない現実だ。

 少年がどんなに努力をしても、その努力がいい結果ではなく、必然的に「死」という最悪の結果だけを運んでくる。病気を克服するどころか、死ぬまでの僅かな時間をただ無駄に抗うだけの人生なんて、あまりに辛すぎる。

 世界はなんて理不尽なものだ―――そう思ったとき、担当医が意外な言葉を紡いだのを、覚えている。

「しかし、それは飽く迄”いま現在の話”だ」

 一縷の望みを口にした瞬間。

 私は担当医の顔を凝視しながら、彼の話に食い入る。

「いつになるかはわからない。だが、いずれ科学の進歩が彼を・・・同じ病気の人々を助けることができるかもしれない」

 そう。科学が今よりもずっと進歩すれば、彼のような理不尽な運命の元にさらされた人の命を助けることができる―――あの時はそう思っていた。

「本当に・・・できるの?」

「君が、科学を信じてくれるのなら」

 科学の万能性を信じて疑わなかったあの時の、なんて浅はかな自分。

 今にして思えば、自分はなんて無知な人間だったのか。思慮分別のつかない子供だったとしても、到底今の私が許容できるものではない。

「僕、信じる!」

 簡単に科学を信じると口にするなんて・・・―――馬鹿げている。

 本質を見誤っている。信じる事から始まるのは宗教だけだ。科学の始まりは、疑うことにあることを、私は何も理解していなかった。

 だからこそ・・・・・・今、私は――――――

 

 

時間軸1603年 3月16日

アコナイト研究所 中心部

 

 龍樹の厚意でレダムの魔の手を切り抜けたドラたちは現在、研究所の中心部を移動中。

 ドラを筆頭に幸吉郎、駱太郎、写ノ神、茜の五人は壁伝いに物音を立てない様に移動する。

 途中、何度か見張りに見つかりそうになるなど危ない目にも遭ったが、辛うじて生き延びてきた。

「ふう~・・・ここまで来るのに苦労したよ。この先のどこかに、アコナイトが潜んでるはずだ。幸い、ここに来るまで監視モニターは目に見える範囲で壊した。よっぽどのことがない限り、見つからないはずだよ」

「たとえ見つかったとしても、俺たちがとる選択肢はひとつ」

「戦って、勝つ!」

 そうだ。

 どんな事態に直面しようと、彼らがとる選択肢はたったひとつ。

 全ての元凶たるアコナイトの危険な実験を中止させ、歪められた世界の歴史を元に戻し、自分たちの未来を取り戻す。

 その為には、覚悟を持って敵と戦わなければならない―――まさに命を懸けた戦となるだろう。

 敵の警備の隙を突き、ドラたちは移動を続ける。

 五人は監視カメラの目から逃れるため、明かりの灯っていない部屋へと入り、その場を凌ぐ。

「どうやら見つからなかったみたいだな」

「ふ~、よかったですね」

「ん?ここはモニタールームだ」

 幸か不幸か、ドラたちはモニタールームに潜入する事が出来た。

 部屋の中には誰もいない。一瞬罠かとも思ったが、そんな事を考える以前にドラは真っ先に制御端末の方へ近づく。

「アコナイトの部屋が分かるかもしれない。ともかくやってみる」

「なんだ・・・この鉄の棒は?」

 幸吉郎たちは部屋の片隅にポツンと置かれた不自然な形の鉄棒に目を見張る。

 鉄棒と言うより吊革のような形をしており、台を使わなければ決して手が届かない高さだ。これが何の為にあるのかは定かではないが、一先ず幸吉郎たちはドラの元へと歩み寄る。

「えーと・・・見取り図があるはずだ」

 早速、ドラはコンソールをいじり、研究所全体の見取り図を出そうとする。

 慣れた手つきでコンソールを叩くドラを横目に、幸吉郎はどうにも先ほど誰かに見られているような嫌な視線を感じていた。

 冷や汗をかきながら何気なく上を見上げたときだった。

 壁の模様の一部がキョロキョロと、生きているように動く光景に目を見開く。

「あ、兄貴・・・なんか動いてるっすよ!」

「え?」

 ドラが壁の方に注目すると、キョロキョロと動き回っていた黒い模様が下の方へ移動し、次の瞬間―――唐突にカメレオンコウモリが姿を現した。

「「「「「「うわあああ!」」」」」」

 カメレオンコウモリが出現した途端、ドラたちは慌てて避難する。

「駱太郎さん!」

 しかし運の悪い事に、駱太郎がカメレオンコウモリの標的となってしまった。

「また俺かよチクショーめ!」

「R君!」

「のおおお!!やめろ―――!!」

 駱太郎へと迫り寄るカメレオンコウモリ。

 そして、長い舌を伸ばし、鉄棒にしがみ付いた駱太郎の体を強い力で吸い寄せる。

「このバカヤローが!」

 幸吉郎は駱太郎を助ける為に前へ出る。

 愛刀の狼雲を握りしめると、強靭な脚力を用いて、浮遊するカメレオンコウモリ目掛けて狼猛進撃を叩きこむ。

「参式(さんしき)・跳牙(ちょうが)!」

 対空迎撃用に編み出された幸吉郎の刺突がカメレオンコウモリを襲来。

 カメレオンコウモリは斜め下から繰り出された幸吉郎の突きに体を貫かれ、緑の血を吹き出しながら力なくその場に倒れ絶命。

 その瞬間、駱太郎を解放する。

「ナイスだ、幸吉郎!」

 ドラを始め、全員が幸吉郎の行動を高く評価する。

「は、は、は、は・・・あ~~~心臓に悪い捕り物だぜ~。助かったぜ、幸吉郎!」

「ったく。迷惑ばっかりかけやがって」

 辛うじて窮地から逃れた駱太郎。

 カメレオンコウモリを退けると、全員は改めて巨大モニターの方へ注目する。

 ドラがモニターのメインスイッチを入れると、研究所全体の見取り図が克明に映し出される。

「映りました!」

「これで、この研究所の全ての様子が分かる・・・ん!」

 そのとき。

 ドラは研究所の見取り図を見るかたわら、ある驚愕の事実を知ってしまう。

「これは・・・!」

「どうした!?」

「アコナイトの野郎・・・この研究所全体にバリアループを張ってやがる!これじゃあ、通信はおろか通常時空ルートじゃ入り込めない」

 アコナイトは万が一の時を想定して、研究所一体にバリアループを展開し、TBTの捜査妨害を行っていた。

 研究所からバリアループが半永久的に展開され続ける限り、ドラは仲間の救援を呼ぶことは勿論、通常時空ルートを使った時空間の移動が不可能となってしまった。

「解除するにはどうしたらいいんだ?」

「メインコントロール室を探して、解除コードを打ち込むか、妨害バリアを発生させている装置自体をぶっ壊すしかないね」

 研究所の見取り図を見ながら、ドラはコンソールを操作し、研究所内に設けられたメインコントロール室を探し出す。

「ここだ!」

 メインコントロール室は、ここよりも先にある研究所の最深部に位置する。

 すなわちここが、アコナイトが潜伏している可能性が最も高い場所である―――ドラはそう解釈する。

 モニターを切った後、ドラは今いる五人にこれからの作戦を伝える。

「ここからが正念場だ。オイラと幸吉郎で、バリアループを解除して来る。恐らくそこに、アコナイトの奴もいるはずだ。R君たちは、残ってる改造生物たちを全部駆逐してほしい」

「分かりました」

「任せてくれ!」

「さっきの借りはキッチリ返すぜ!」

「朱雀王子家の当主の真の力、お見せします!」

「全員の健闘を祈る。よし・・・行動開始だ!」

「「「「おおお!」」」」

 ドラは幸吉郎だけを連れて、メインコントロール室を目指して移動を開始する。

 残りの駱太郎、写ノ神、茜の三人は基地に残っている改造生物と幹部たちを倒すために、基地内で派手に暴れはじめる。

 

 ―――ドカン!ドドドドド!!!

「オラオラオラ!!!全員まとめてかかってこいや―――!」

「俺たちが全部ぶっ壊してやるぜ!」

「行きますよ、みなさん!」

 ―――ドカン!ドドドドド!!!

「始まりましたね・・・」

「派手にやり過ぎて、研究所壊れないと良いけど。取り敢えず、オイラたちはメインコントロール室だ!急ぐぞ、幸吉郎!」

「了解っ!」

 この世界に来てからというもの、ドラと幸吉郎は不思議な縁で結びついていた。

 ドラ自身、当初こそは幸吉郎を煙たがっていたが、今となってはそんな素振りはおろか、彼を完全に仲間として認めたかのように扱っている。その上で、幸吉郎を誰よりも信頼し、彼を基準にして他の五人にも分け隔てなく接してきた。

 幸吉郎は自分を頼ってくれるドラの心遣いが、とても人間らしく思えて仕方なかった。自らを魔猫と言い、自分には愛がない、或いは利己的な生き物であると強く主張するドラがこうして人に背中を預けるということは、実は既に彼が冷徹無比な魔猫から人間に生まれ変わろうとしているのではないか―――幸吉郎はそう考える。

 もっとも、今のドラはロボットと言う人間でも生き物でもないどっちつかずな存在―――第三の生命であるから、結論から言えば人間になることも魔猫に戻ることもできない。

 ただ、限りなく前者の方に傾倒しつつあることは間違いない。

「・・・!」

「どうしま・・・・・・あ!」

 メインコントロール室を目前に迫ったそのとき。

 全身を皺の無い純白の制服に身を包んだ、アコナイトの忠臣―――蟒蛇大吾がドラと幸吉郎の前に立ち塞がる。

「先をお急ぎの所、申し訳ないが・・・―――君たち二人をアコナイト様の元へ行かせるわけにはいかない」

「誰だてめぇ!?」

「始めまして、私は蟒蛇大吾と申します。ある財団から出向して参りましたアコナイト様のスポンサーです」

 一触即発もままならない緊迫した状況。

 蟒蛇は白い手袋を脱ぎ捨てると同時に右手を伸ばして、ドラと幸吉郎を攻撃する。

「「!!」」

 二人は蟒蛇の攻撃から逃れると、彼の右腕に注目し、言葉を失う。

「な・・・・・・」

「おめぇ・・・・・・・・・なんだよそれ・・・」

 蟒蛇大吾の右腕は人の形を成していなかった。

 特有の鱗があり、右腕から末端の五本指に至るまで全てがアオダイショウとなっている。彼もまた、アコナイトの手によって体の一部を生物と融合させた人間兵器だった。

「何人たりとも、ここから先は通す訳にはいかぬ。蛇たちが君ら二人を絡め取り、そしてこの毒で無意味な人生にピリオドを打つ」

「言ってくれるじゃねぇか・・・舐めやがって!」

 蟒蛇に形相を浮かべながら、幸吉郎は腰の狼雲に手を伸ばして、臨戦態勢となる。

「てめぇの御託は聞きたくもねぇ・・・兄貴、こいつは俺が相手をします!」

「・・・幸吉郎」

「行ってください。兄貴には兄貴でしか倒さないといけない敵がいるでしょう?こんなところで時間を食うのは、それこそ割に合わねぇってもんじゃないですか?」

 その言葉が決め手となり、ドラは幸吉郎に任せてメインコントロール室へと向かう事を決意する。

「―――必ずオイラの所に戻って来いよ」

 去り際、そんな言葉を残してドラは幸吉郎を信じ立ち去って行く。

 幸吉郎は自分に対するドラの信頼を勝ち得るとほくそ笑み、腰の狼雲をゆっくりと引き抜き始める。

「君があのネコにどういう理由で肩入れしているかはわからない。だが、甘い性格であることは確かか」

「お前こそ、ここで兄貴を逃がしたのは甘い判断だったようだな。先に言っておくが、兄貴は俺を見殺しにするためにここに残したんじゃない」

 鞘から剣を引き抜き、幸吉郎は刀の波紋になぞるように自分の顔を見ながら、不敵な笑みを浮かべる。

「俺に・・・―――お前を倒すようにと、言ってくれたんだ」

「倒す?この私を、剣だけしか使えない君がか?」

 悪い冗談を言っているのではないかと、蟒蛇は思う。

 だが幸吉郎の目を見る限り、彼は大層自信に満ちた瞳で自分を見ている。

 どこか血に飢えた獣の如く、今にも飛びかかって来そうな凶暴な目つきを向け続ける。

「ふふ・・・いいだろう。そんなに死に急ぎたいのなら、望み通り叶えてやろう」

「死に急いでるのはてめぇだろ」

 両者は互に殺気を放ちながら、ある程度の距離を置く。

 その上で、幸吉郎は狼猛進撃の構えを取り、蟒蛇は蛇の腕を向ける。

 緊迫した雰囲気が二人の周りを支配する中。

 次の瞬間、両者は一斉に前へ飛び出す。

「つらあああああああああああああ!!!」

「ふん!」

 ―――キンっ!ドドドドド!!!

 

 

アコナイト研究所・最深部 メインコントロール室

 

 ついに目的の場所―――メインコントロール室へと到着。

 何の躊躇も無く、ドラは前方の扉を刀で斬り倒し中へと入る。

「お邪魔しま―――す!」

 律儀な言葉とは裏腹に、ドアを堂々と壊すというシュールかつ理不尽な光景が目の前に広がる。

 メインコントロール室には、研究所の機能を一手に担う精密機器が所狭しと並べられている。

 ドラはこの内のどれかがバリアループを解除するための装置であると確信した上で、研究所の主であるアコナイトを探す。

「ん?」

 捜索をしていた砌、とりわけ奇妙な形をした機械が目の前に写って来た。

「なんだこれ?」

 一言でいえば、トーテムポールをイメージしたような巨大制御装置。

 ドラ自身、これまで多くの精密機械を見て来たが、このようなタイプのマシーンを目にするのは今回が初めてだ。

「また訳の分からないもん作って・・・・・・アコナイトは犯罪者以前に超がつく暇人なんだな~」

 まだ会ってもいない相手を、そんな風にドラは自己解釈する。

 そのとき―――微かに物音が聞こえきた。

 コンコン・・・・・・歩幅の揃った小さな足音が耳に入る。

 ドラはその足音から容易にお目当ての相手であることを推測―――おもむろに足音が聞こえる方へ振り返る。

 待つこと数十秒。

 暗い廊下より姿を現したのは、人類史上稀に見る時間犯罪者―――アコナイト・モンクスフードだ。

 ついに現れたアコナイト。ドラは鉄仮面に姿を隠す彼を見ながら、不敵な笑みを浮かべる。

「・・・よう。お前が似非科学者のアコナイトか?」

「そう言う君の方こそ、武志誠の作った中古ロボットか?」

「厨二病患者にそんなこと言われる筋合いはないな。なんだその鉄仮面は?そんなに自分の素顔を見られるのが嫌か?」

「かわいげのないロボットだ。ここまで辿り着けたということは、旅先で出会った仲間は全員見殺しにしたという事か?」

「なんだって?」

 鉄仮面をしているため、表情の機微が分からないアコナイトの口から出た言葉に、ドラは無性に腹が立った。

「私を逮捕しにきたのか?それとも、私に倒されて良い実験材料として体を提供しに来たのか?サムライ・ドラ・・・・・・」

「逮捕?体の提供?・・・―――そんな甘っちょろいものを期待しているなら大間違いだ」

 ドラは刀を引き抜き、ドラ佐ェ門の力を解放すると共に、魔猫の形相を浮かべながらアコナイトに宣言する。

「オイラがここに来たのは――――――お前の・・・身も心もズタズタに引き裂くためだっ―――!!!」

 

 

同時刻 アコナイト研究所・中心部 格納庫

 

「オラオラオラオラ!!」

「ぶっ潰してやるぜ!!」

「私を良いように弄んだ事を後悔させてあげますよ!!」

 駱太郎、写ノ神、茜の三人は、研究所内に残っているすべての改造生物を一掃するべく手当たり次第に暴れ回る。

「単細胞!茜!こいつを投げ込むから、少し離れてろ!」

「「おう(はい)!」」

 写ノ神の指示で、駱太郎と茜は一旦彼の側から離れる。

 写ノ神の手には前もってドラが渡していた炸裂弾が握られており、スイッチを起動すると共に改造生物たち目掛け、勢いよく投げつける。

「おらああああああ!」

 コン・・・ドガ―――ン!!!

 炸裂弾とは思えないほど強力な爆発力。

 サムライアリの体が爆風の威力に耐えられずに木っ端微塵に果てる様は、何とも凄まじく、グロテスクだ。

 ドカ―――ン!ドドドド!!!

 爆発は立て続けに起こり、一つの炸裂弾で三度の爆発が生じる。

 ドカ―――ン!ドドドド!!!

「爆発時間を調節して、時間差をつけてるんだな!」

「なかなか技巧のある道具です!」

「このまま一気に叩くぜ!」

 しかし直後、思わぬ事態が三人を襲う。

 ドシン・・・!ドシン・・・!

 地面が強く揺れる。

 これは地震ではない―――何か巨大な生き物が闊歩している音だ。

「おい・・・」

「ああ。嫌な予感する・・・」

「そっと振り返って見ましょうか・・・」

 恐る恐る後ろへ振り返ると、改造生物たちを踏み潰し形振り構わず大暴れをする巨大生物の姿を三人は目の当たりにする。

 ゾウの鼻と二本の牙を持つ体長5メートルにも及ぶ巨大なトラが雄叫びを上げる。

「で、でたああああああああああ!!!!」

「トラゾウですっ―――!!!」

 アコナイトの手によって生み出された改造生物のひとつ、トラゾウ。見た目もさることながらトラの鼻がゾウであることは非常に強いインパクトを与える。

「く・・・そ・・・「ふふ」?」

 あまりに巨大な生き物の姿に後ずさる写ノ神だが、その側で駱太郎は前に出て、拳を鳴らしながらこのトラゾウと戦おうとする。

「なるほど。こいつは倒し甲斐のありそうな奴だな!」

「単細胞っ!?」

「まさか駱太郎さん!あれをそんな小さな拳でどうにかするおつもりで?!お馬鹿なことはやめてくださいよ!」

「そうだぜ!お前、ただでさえバカのくせにとことんバカなこと考えるんだから、バカのくせに!」

「言いすぎですよ、写ノ神君。馬鹿な人は馬鹿なりに、馬鹿な悩みと言うものがあるんですから」

「だああああああああああ!!!!お前らっ、人が聞こえる声で馬鹿って何遍言えば気が済むんだよ!!!」

 あからさまに馬鹿と言う言葉を連呼する写ノ神と茜に駱太郎は激昂する。

 彼としては、写ノ神よりも茜の口からぐさりと刺さるような言葉をストレートに言われることが精神的に痛かった。

「ったく・・・どいつもこいつも見下しやがって・・・てめぇもそうだと言うんじゃねぇだろうな!トラゾウ!!!」

「バオオオオオオオオ――――――ン!!!」

 トラゾウは、強さを誇示するように鼓膜が破れるほどの咆哮を上げ威嚇。

 駱太郎は拳に力を込めると、トラゾウの懐に向かって全速力で走り出す。

「行くぜ!万砕拳!!!」

「バオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 トラゾウの巨大な足が駱太郎の体を踏みつぶそうとする。

 思わず目を瞑ってしまう茜だが、その攻撃を皮一枚のところで回避し、駱太郎が足を伝ってトラゾウの顔面に拳を突き立てる様子を写ノ神は目を見開きながら窺う。

「いけー!単細胞!!」

「おっしゃ―――!」

 右拳を掲げる駱太郎。

 すると、神々しい輝きを放つ拳に金属の光沢が見え始め、右腕はたちまち鋼鉄のガントレットを纏ったような状態へと変化する。

 トラゾウが呆気にとられる中、駱太郎は全身全霊の力で鋼の拳を打ちこむ。

「喰らえ!!!鋼金砕(ごうきんさい)!!!」

 ―――ガチャン!!!

「バアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 より硬い物質を砕く為に強化された駱太郎の拳がトラゾウの顔面に炸裂。

 凄まじい一撃がトラゾウの鼻骨を砕き、トラゾウは巨体を後ろへひっくり返らせ昏倒する。

「へっ!どんなもんだ!」

「喜ぶのはまだ早いぜ!奥からも出て来た!」

 写ノ神がそう呟くと、格納庫の鉄檻を突き破ってトラゾウとほぼ同じぐらいの大きさの改造生物が飛び出してきた。

 ライオンの体を素体に、鷲の翼を生やした二本の首を持つ合成成物―――西洋の言葉ではキメラとも呼ばれる。

「またすげえのが来たな!」

「気を付けてください。かなり血走っています!」

 キメラの眼は充血し、今にも飛びかかって来そうだ。

 固唾を飲む三人。

 そして次の瞬間、キメラは翼を広げて宙を舞い、三人の元へ飛びかかってきた。

「伏せろ!」

 飛んでくるキメラの攻撃を辛うじて回避することができた。

 しかしキメラは中空を旋回して、再び三人に向かって飛んでくる。

「畜生祭典・猛の陣“十戒封餌(じっかいふうじ)”! 出て来てください、私のかわいい子たち!」

 咄嗟に畜生祭典を発動させ、茜はキメラに対抗できる力を持った獰猛な畜生を複数召喚する。

 曼荼羅に手を添えた瞬間。

 次から次へと湯水の如く、獰猛な畜生たちが召喚され、主である茜と彼女の守りたい者たちの為に体を張ってキメラへと飛びつく。

 キメラは畜生の毒に体を蝕まれ、徐々に動きが鈍り始める。

「いいぞ茜!そのまま押さえつけてろよ!」

 今のうちに、写ノ神はカードホルダーから二枚の魂札(ソウルカード)を取り出し、その力を融合させる。

「『小槌(ハンマー)』、『鋼(アイアン)』、魂札融合(カードフュージョン)!!」

 地属性と火属性に分類される二枚のカードを天に掲げた瞬間。

 二つの力が合さりあい、写ノ神の手に鋼鉄製の武器『金槌(かなづち)』が握られる。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 金槌を背中に乗せるように体全体で振り回しながら、徐々に大きさを変えていく。

やがて人の手では抱えるのもままならないぐらいの大きさとなったそれを、写ノ神は軽々と持ち上げる。

 地面を強く蹴って高く飛び上がり、キメラ目掛けて豪快に振り下ろす。

「“鉄槌重撃(アイアンヘビーショット)”!!」

 鋼鉄で出来た巨大なハンマーが勢いよく振り下ろされる。

 ゴーンと言う気持ちのいい音が鳴り響くと同時に、キメラは断末魔に相応しい声を上げながら体を爆散させる。

「やりましたね、写ノ神君!」

「なんだよなんだよ。こんな歯ごたえの無い奴らじゃ、俺たち飛んだ拍子抜けだな」

 と、駱太郎が安易に呟いた直後。

 

 ―――ドカン!

「がっ・・・」

 唐突に、駱太郎の体を金属の破片のようなものが貫いた。

「「あ!」」

 驚いた写ノ神と茜が後ろを振り返る。

 駱太郎を狙って撃ったのは、タタラ場でドラを襲撃したオリハルコンで、傍らにはミトラ兄弟も控えている。

「単細胞!」

「しっかりしてください!」

 オリハルコンの金属片で体を貫かれた駱太郎。

 止めどなく血が吹き出すも、彼は驚異的な多夫さを見せつけ多量の汗に塗れた険しい顔を浮かべながら、辛うじて意識を保ち、その上で襲撃者たちを睨み付ける。

「てめぇは・・・あんときの・・・!」

「凡人風情がここまで我らの計画を阻むとは思いもよらなかった」

「だけど!こっからは俺たちが容赦しねぇ!」

「全員まとめてあの世に送ってやるさ!はははは!」

「オリハルコン・・・!それにミトラ兄弟までも・・・!」

「ちっ!」

 舌打ちをしながら、写ノ神はカードホルダーから駱太郎の怪我の治療に必要な魂札(ソウルカード)―――『水(ウォーター)』を取り出す。このカードを患部に直接貼り付けることで、駱太郎が持つ自然治癒力を高めながら、細胞の再構築を促すのだ。

「とりあえずそれでなんとか持ち堪えろよ」

「ああ・・・」

 駱太郎は傷口を手で押さえながら重い身体をゆっくりと起こし、オリハルコンらを前にふてぶてしくも笑う。

「・・・やっとこさ、骨のある奴らが出てきたんだ。ここで全員ぶちのめしてやる!」

「くれぐれも深入りは避けるようにしてくださいよ、駱太郎さん。写ノ神君も、どうか・・・ご自愛ください」

「大丈夫。相手はドラが言うところの“似非科学者の集まり”なんだ・・・俺たち全員、まがいもんの力に頼るあいつらの敵じゃねぇ!」

 その言葉を聞き、駱太郎と茜はほくそ笑み、勝利に満ちた瞳をオリハルコンたちへ向ける。

 真っ直ぐな眼で自分たちを見つめる三人に、オリハルコンは眉間の皺を寄せる。

「・・・やれやれ。人が下手に出てればいいように付け上がる。子どもと言うのはつくづく始末に悪い」

「何でもいいさ!こうなったらとことん暴れてやる!」

「男は殺してもいいが、茜はまだまだ使い道があるぜミラーの兄貴。いっそのこと、衣を剥してここで辱めるのもいいお仕置きだぜ・・・ウシシシ・・・」

「ひいい///き、気持ち悪い目で見なさい下さいよ変態さん!ああ、わかりました!あなたですね、いつも私の着替えとか入浴をコソコソと見ていたのは///」

「はああ!?茜の着替えに入浴を・・・!!あの野郎・・・個人的にムカついてきた!」

 何だか変な風に話がこじれて来ているようだが、要は写ノ神は茜のことをいやらしい目で見るミトラ兄弟、弟のトミーに激しい嫉妬と羨望と憎悪の炎を燃やす。

「おめぇ・・・闘う理由間違わねぇでくれよ・・・」

 単細胞と罵(ののし)られる駱太郎も、この時ばかりは写ノ神の壊れた方は尋常でないと悟り、彼が変な具合に暴走しないかどうかを危惧する。

 オリハルコンはガウス加速器を応用して作成した特注の超電電磁加速器に鉄球を装填。銃口を三人の方へと向け、無情な一言を呟く。

「束の間の雑談が終わったのなら、悔いの残らない様に先ずはその頭蓋骨から砕いてやろう」

 刹那、引き金に手をかけ、オリハルコンはレールガンを乱射する。

 ―――ドドドドドドドド!!!

 威力を弱め、連続攻撃に特化した超電磁砲攻撃が始まった。

「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 三人は四方に飛び散り、オリハルコンとミトラ兄弟のいずれかと戦うため、前に出る。

 

 

 加速度的に激しさを増す戦いの連鎖。

 給仕室では仏教に通じる高僧とキリスト教を信じる司祭が衝突し、格納庫では三人の異能使いが科学者の集まりと激突する。

 さらに、剣術の中でも刺突(つき)を極めた青年がアコナイトのスポンサーと称する蛇使いと対峙している。

 そんな戦いの中でも、この勝負が決着することにより、すべての戦いに終止符が打たれることは言うまでもない。

 

 

アコナイト研究所・最深部 メインコントロール室

 

 サムライ・ドラと言う名の魔猫は、鉄の仮面を被った時間犯罪者兼科学者アコナイトを追い詰め、刀を突きつける。

「・・・一応仕事でもあるから、罪状ぐらい言わせてもらうよ。時間法第2条及び第31条・・・『過去への時間干渉及びその破壊による時空間への影響による多大な被害の誘発』と『時空間での不法目的における、営利的な生物兵器の私的な製造の禁止』、その他諸々とオイラが見ていてムカつくから、取り敢えず逮捕するために暴力を振るいます!!」

 運動会の選手宣誓のように建前上は罪状を突きつけ、本音では自分本位に腹が立つからと言う手前勝手な理由でドラはアコナイトと戦うと言う。

 聞いていたアコナイトは鉄仮面で顔を隠しているため笑っているのか、呆れているかも分からない。

 少なくとも、これを聞いて笑っていられるような気の狂った人間ではないはずだ。

「暴力を振るうか・・・確かにそれでは逮捕と言う言葉を期待するのはおかしいな」

「だろう?似非科学者には研究室という狭い空間では決して見ることのできない身の毛も凍りつくようなえげつない事をしてあげるよ。具体的にはそうだな・・・お前のその鉄仮面をぶっ壊して、油ギッシュか頬骨が出てるかも分らないその顔を、原型を留めなくなるほど殴りつける!いや~~~想像しただけで愉しくなってきた・・・!」

 ここまではっきりと口に出されると、聞いている側も引いてしまう。

 このドエスなネコは上司だろうと犯罪者だろうと、気に入らない相手にはとことん嫌がらせの様に暴力を振るうのだ。

「・・・実に面白い。現象には必ず理由がある。君をそこまでのサディストに変えた理由がどこにあるのかは現時点では分らないが、どうやら君に興味が湧いてきたよ」

「ガリレオにでもなったつもりか?こちとらお前の暇な趣味に付き合う暇はないんだよ。大体、いい年したオッサンが地球の歴史を手に入れて、何がしたいワケ?ひょっとしてあれか、僕が新世界の神になる!・・・とか言うんじゃないだろうな?」

 飽く迄もドラの憶測にすぎないが、この手の事件にはそうした思想を抱く犯罪者が多く、多くは自己顕示欲と支配欲が強く、そうした欲望が歴史を改竄させる理由となる。

「心配はいらん。私はどこぞのデスノートとは違う」

 アコナイトは仮面の下で薄ら笑う。

「ひとつだけ問題を出そう。これが何だかわかるか?」

 言うと、アコナイトは先ほどドラが見つけたトーテムポールを模した大型機械を改めて見せつける。

 ドラはあまり関心の無い目で機械を見つめ、やがて自分の答えを口にする。

「お前の暇な研究・・・だろ?」

「どこまでも暇と言う言葉を付けないと気が済まないようだな・・・」

 内心非常に腹立たしいと思ってしまうドラの物の言い方。

 何かにつけてドラはアコナイトの造り出すものを暇な研究と罵って来た。

 何をもって暇な研究なのかは分からないが、ドラの価値観からすると全てが暇な研究になるのだろう。

「これは『亜空間破壊装置』だ・・・もうじき完成する。そうならば、一時凌ぎのバリアループを解除して、この機械を作動させる。誰もこの時代に近づけなくなる・・・」

「“そして私が王になる!”・・・だな?」

「だからそれは無いと言っているだろう」

「じゃあなんだよ?歴史を手に入れてまで、お前がしたい事って何だよ?人並みに聞いてやる」

 するとアコナイトはドラに背中を向け、完成間近の亜空間破壊装置を凝視しながらしみじみと語り出す。

「―――私がこの世界にやって来たのは、3年前のことだ。現代文明から離れ、人間本来の生活をしようと考えた。食べ物は自分の手で作り、自然と共に季節を感じて生きていく。だが未開人のような生活をするわけではない。冷蔵庫や蛍光灯は使っている。そのために、風力や太陽光のような自然エネルギーを使い、必要最低限の生活をして、それで慣れてしまえば事足りる。贅沢は必要ない・・・テレビも見ない。コンピューターも使わない。ストレスがないから、私は飲酒も煙草も吸わない。とても穏やかな生活だった」

「じゃあこの施設の有り様はなんだよ?」

 鋭く現代文明に通暁した研究所の有り様をドラは痛烈に非難する。

 アコナイトは振り返り、弁明の言葉を紡ぐ。

「勿論、こんな機械を持ち込むつもりは無かったのだが・・・・・・ある時。私の中で何かが変わった」

「見た目もよっぽど変わってるけどね」

 所々相槌の代わりにアコナイトを避難するドラ。

 アコナイトはそんな彼に、ひとつの質問を投げかける。

「サムライ・ドラ。“君は誰かを殺してやりたい”と思ったことはあるか?」

「お前を殺したい気分だよ」

 魔猫ときたら、包み隠さず思った事を即答する口にする。

 聞いているアコナイトも、思わずぞっとするような一言だった。

「そうか・・・君は実に正直だ。君からは【偽善】と言うものが感じられない」

「偽善で生きてたら窮屈で仕方ないよ」

 と、何気なくドラが呟くと、アコナイトはドラが口にしたことに言及し、話を掘り下げる。

「そう。偽善で生きている限り、現代社会は我々にとっては生きづらい・・・当然、多くの人間は誰かを殺したいと思っても、本当に殺人をするわけではない。ではなぜ殺さないのか、君は分るか?」

 まるでドラの中にある理性を試しているような物言いだった。

 アコナイトの問いかけに対して、ドラは頭を掻きながら不貞腐れたように一般論から来る答えを口にする。

「“法を犯してはいけないという論理的な理性が働くから”・・・これを経済学の父と呼ばれるアダム・スミスは『一般的道徳規則(胸中に宿る公平中立な観察者の立場)』と言った」

 補足的に説明すると、これは我々がよく知るところの道徳感情そのものを示し、自分自身の事を客観的に見ることによって人々は一般的道徳規則を遵守し、それをする限り社会は存続可能であることを如実に示した。

 そしてスミスは、利己心としての自己利益の追求は、他人の是認の対象となるやり方、即ちフェアプレイの精神が重要であると説いた(ただし、その利己心は自己規制されたものでなければ決して実現しないことを前提とする)。

「わざわざありがとう。確かにアダム・スミスはそう言った・・・だが実際は違う。本当は、人殺しなどというそんな恐ろしい事は出来ないという感情がストップをかけるからだ。・・・・・・残虐な犯罪を犯した人間はよくこう言われる・・・“理性の欠片も無い”と。でもそれは逆だ。本当に危険なのは理性を失った人間ではない。“理性以外の感情すべてを失った人間”だ」

「ギルバート・ケイス・チェスタートン(イギリスの作家・批評家)がそんな事を言っていたっけ。“ヒトラーの犯罪は無感情に、そして、論理的に行われた”・・・って、昔博士に興味もないのに聞かされたことがある」

「科学者が科学を否定するのは些か滑稽なのだが・・・論理的科学的なるものが本当に正しいのかどうか、私にはよく分からなくなってしまった」

 自問自答の中で、アコナイトは科学者でありながら科学を信じることが出来なくなっている自分がいることに気付いた。

 そして彼は、科学がもたらす恩恵と言うものが必ずしも人間にとって良い結果を残すものではない事を明確に悟った。

「何年か前までは、科学は誰もが素晴らしいものと思っていた。でも今は違う。“科学の進化こそが、人類を破滅させるかもしれない”・・・そう考えてる人はたくさんいるだろう?コインに裏表がある様に、科学には功罪両面があることは、知っている筈だ」

「でもその考えは19世紀の人文系の連中の科学に対する反感から一歩も外に出ていないよ。お前の言う通り、科学には功罪両面がある。今更言われなくてもみんな知ってるよ。でもそれはコインの裏と表のように、50(フィフティー)/50(フィフティー)じゃないだろ?実際の功績は、50(フィフティー)どころか、最早人間生活自体が科学と言っても過言じゃない。乱暴な言葉で言えば、今すぐ科学を捨ててこの時代・・・それこそ江戸時代ぐらいの科学技術水準に戻すならば、世界人口の9割は死ななくちゃいけないんだよ?そんでもって、生き残った1割の人間の平均寿命は40歳ほどだ」

 ドラは極めて論理的に、そして矛盾や綻び、言葉の取りこぼしが無いよう科学を頭ごなしに否定する事の愚かさを、またその上で科学の功罪が必ずしも50パーセントずつではなく、既に科学が人間生活と同化していることをアコナイトに説く。

 それを聞いたアコナイトは、ドラから視線を離してから反論する。

「人生そのものが科学の贈り物であると言いたいのか・・・・・・しかしそんな人間生活そのものが科学となってしまった現代の世界の総人口は既に70億を超えてしまった。そして日本の平均寿命は延びすぎて、今では5人に1人の割合で、老人を介護しなくてはいけない超高齢社会という理不尽な世の中となった。この大問題を引き起こしたのは、紛れも無く―――我々が恩寵するところの『科学』だ」

「・・・・・・何が言いたい?」

 眉間に深く皺を寄せながら、ドラは不快な気持ちとなる。

 ドラの方へと振り返ると、アコナイトは嘗ての自分―――科学を素晴らしいものと信じて疑わなかった自分がどういう目的で科学を学び何をしようとしたのか、その経緯を話す。

「かつて私は、筋ジストロフィーという難病に苦しむ人を見た。小学校2年生のときだ。私はそんな人たちを救いたいと思い科学を学び、病に打ち勝つ方法を模索していた・・・・・・改造生物を作るきっかけとなったのも、元来は病気に打ち勝つための抗体を作り出す事にあった。それを嘗ての師・・・貴様の言うところの博士に咎められ、私は学会を追われる身となった」

「自業自得だ、似非科学者」

 容赦なく自分を非難する言葉が飛び交う。

 アコナイトは仮面の下で顔を歪めながら、ドラが口々に自分の事をある特定の呼び方をする事に疑問を抱く。

「・・・君は何故、私の事を”似非科学者”と言うのかな?さっきからずっと耳に痛かった」

 するとドラは一旦刀を地面に突き刺し、アコナイトの目を見ながら真摯に語る。

「お前が言う通り・・・―――科学が世界を滅ぼすこともあり得る。そうならないためには、科学者自身が“善”であること、そして、科学を暴走させないモラルを持つこと。つまり、科学者自身の心が汚れていてはいけない――――――武志誠に師事を受けたのなら、それを知らない訳じゃないだろ?」

「・・・・・・」

「自分の研究が一人でも多くの人間を救えればいいと、当初お前は思っていた。だが実際は逆で、科学の力で病気が克服され、人間の寿命が延びれば延びるほど、世の中が不幸になるという現実世界における、極めて困難で遣る瀬無いパラドックスに直面した。だからこそ、科学技術水準がそれほど高くないこの時代を支配し、人の寿命をある程度のところでコントロールする・・・それがお前の考えた【人類救済のプラン】・・・―――だろ?」

「そこまで見透かしていたか。顔に似合わず実に食えない。だが、それと私が似非科学者であることとは話が違う」

「分かってない奴だ。つくづく悲しくなるよ・・・・・・」

 不敵な笑みを浮かべながら、ドラは大別するようにアコナイトを似非科学者と呼称する理由を明確に伝える。

「アコナイト・モンクスフード・・・―――お前は本物の科学者には到底及ばない似非科学者だよ。お前は自分の研究に何ひとつ責任を果しちゃいない。そんな無責任な人間をオイラは科学者としては絶対に認めない!そこに居るだけで虫酸が走る!ただし、根本から狂ってる奴は除くけど。だってそれは最早科学者じゃなくてただの変人だからね」

 ドラ曰く、本物の科学者とは常に自分のとる行動に責任を果たす事が出来る誠実な人間だと言う。

 ドラの育ての親―――武志誠はドラが見て来た数少ない“本物の科学者”の一人であり、彼を基準にドラは科学者という存在を見極めている。

 アコナイトは確かに科学的に高い知識と技術を持っているかもしれない。

 だがそれには大いなる責任が伴う。大いなる責任の果たせない人間をドラは科学者として断じて認めないのである。

「なるほど。君からすれば、私は無責任な人間だと?」

「無責任な科学者は甘いもの以上に嫌いなんだ。だからこそさ、お前の鉄仮面ごとお前の全てをズタズタにしてやりたいと思うのさ」

「ふん・・・武志誠の作ったロボットはとんだ不良品もいいところだ。こんな粗悪品しか作れない男が、私よりも劣っているとは思えないが」

 

 ―――ドンッ!

 メインコントロール室に響き渡る薬莢の音。

 アコナイトの仮面の額に、ドラが放った銃弾が食い込み、反動によってアコナイトは地面に叩きつけられる。

「――――――それ以上あの人の事を罵ってみろ」

 ドラは低い声で呟くと、魔猫の形相とは異なる殺気を帯びた表情でアコナイトに冷たく言い放つ。

「死体になって帰ることになっても知らないぞ」

 それを聞き、文字通りの鉄の仮面で顔面への直撃を免れたアコナイトはゆっくりと体を起こす。

「ふふふ・・・まさか君が感情的になるとはね。そんなに気に入らないのか?育ての親を侮辱されることが。魔猫らしくもない。実に非論理的な思考だ」

「勘違いするな。あの人の悪口を言っていいのはオイラだけだ。いやそれ以前にな・・・似非科学者の分際で、本物の科学者を侮蔑する権利はない。あの人は、武志誠はオイラが考える科学者ヒエラルキーの頂点なんだよ」

「口の悪さに加えて、極度の照れ屋とは・・・・・・実に面白い」

 コキカキと両肩を鳴らしながら、アコナイトは今にも斬り掛かって来そうなドラを挑発するように、指先を手前に引いてくる。

「ならば存分にズタズタにしてくれたまえ。魔猫らしく、一切の遠慮も無いやり方で」

「ああ・・・そうさせてもらう!」

 本人からの許諾を得ると、ドラは地面に刺していたドラ佐ェ門を引き抜き、縮地で一気に懐へ飛び込み、アコナイトに斬り掛かる。

「魂魄弾(こんぱくだん)!」

 魂魄を伴った光の斬撃をお見舞いする。

 アコナイトは皮一枚のところで、これを回避するが。

「人侍剣力流、刹那乱閃!」

 ドラはアコナイトを決して逃がしはしない。

 十八番の技で、アコナイトの体を刹那の間に厚手の黒いコートと一緒に右腕を切り刻む。

「ぐ・・・・・・」

 一瞬の内に尋常ではないダメージを受けたと思われるアコナイト。

 だが、次の瞬間―――ドラはアコナイトの恐るべき能力を目撃する。

「・・・!」

 切り刻んだ右腕は、骨ごと断たれた筈だった。

 だがアコナイトの右腕は瞬時に再生を始め、そればかりか先端を鋭利な刃物やハンマーに変えた赤銅色の蔓(つる)のような武器へと変化する。

「ち!」

 どんな理屈かは知らないが、ドラは襲い掛かる金属の蔓を全て切り伏せる。

 しかし切った矢先からまた自己修復し、変幻自在に形を変化させる能力を前に、言葉を失う。

 ―――グサッ!

「ぎ・・・!」

 反射速度の追いつかないほどの動きを見せる鋭利な蔓が、死角に回り込みドラの体を貫通する。

 アコナイトは鋭利な蔓を一度分離させると、分離させた直後に腕を自己修復させるという人間の常識を逸脱した行為をドラに見せつける。

 蔓に体を貫かれたドラは険しい顔を浮かべら、刺された場所の蔓を強引に引き抜き、よれよれとなりながらもアコナイトの方へ視線を向ける。

「・・・なんだよ・・・それ・・・?お前、自分の体に何をしたんだ?」

「ナノマシン―――私の研究成果の一つにして、人類究極のマシーンだ。ナノメートル・・・つまり10億分の1メートルという極微の精密機械で、それを人間の体内に送り込み、細菌を殺す医療法や超極小集積回路の製造などに期待されたものだ。もっとも、完成したのはほんの最近になったからなんだが・・・」

 アコナイトは惜しげもなく、自分の体に注入したナノマシンの効果を発揮し、指先を鋭利な刃物に変え、極めて機動力の高い蔓を使って満身創痍のドラの体を掴みとる。

「ぐあああああ・・・!」

 空中に浮かんだ状態で、ドラの体は蔓に絡め取られ、身動きの取れない状況で徐々に圧力を掛けられる。

「いくら君が斬っても、私の身体は半永久的に自己修復をし、鋭利な武器となって君の体を貫き、そして切り刻む。その基本素材として原子レベルで変化させた金を用いたことで、ナノマシンの強度は抜群に向上した」

「ぐううう・・・ああ・・・!」

「資源は有限だ。それ故に人々は資源を奪い合い、やがてそれが戦争へと発展させる。君という存在もそんな貴重な有限資源だ。量産されたサムライアリはいくらでも替えが利く。しかし君と言う存在を造り出すことは二度とできない」

「て・・・てめぇ・・・・・・!」

「本当に、武志誠は素晴らしい技術を生み出したと思う。だが生み出した技術の結果がこれでは・・・天国の彼も浮かばれないだろう。だから、彼の為にも君はここでスクラップになるべきだ」

 鉄仮面の下から非情なる言葉を紡ぎ、アコナイトはナノマシンの力を遺憾なく発揮して、ドラの体を圧潰させる。

 ギギギギギギギギギギ・・・。

「があああああああああああああああ!!!!!」

 ドラの体が徐々に潰されていく。

 ただでさえドラは先の壌との戦闘で疲弊しているのに、こんな馬鹿げた能力を持つ敵を前に、その力の全てを発揮できるわけがない。

 断末魔にも似たドラの悲鳴が部屋中に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その51:偽善で生きてたら窮屈で仕方ないよ

 

魔猫らしい一言である。「やらない善よりやる偽善」という言葉があるが、あれは言葉の曖昧さにつけ込んだ詭弁術だと思う。

(第60話)

 

その52:似非科学者の分際で、本物の科学者を侮蔑する権利はない

 

何をもって本物か似非かを決めつけるかは別として、少なくともドラが言いたいのは自分の研究に誠実で、すべての責任を背負う覚悟がある人を本物の科学者と言うのだろう。

(第60話)




次回予告

ド「オイラがアコナイトにケチョンケチョンされている・・・自分でいいのも悔しいけど、その間に各所での戦いはいよいよ大詰めを迎える!」
「僧侶対司祭!・・・万砕拳の駱太郎対メタルの魔術師!・・・ヒーローボーイ&畜生巫女対ミトラ兄弟!・・・狼対蛇!・・・この勝負の行方は!?」
「次回、『鋼鉄の絆 其之拾 力戦奮戦』。って、オイラの出番次はなしかよ―――!!!」

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