駱「いや失礼も何もよ、実際のところかなりあぶねーだろおめぇ。この前だって、KKKの集会で即断即決、ロケット砲をぶち込んだのはどこのどいつだ?」
茜「あら? どこのどなたなんですか、そんな野蛮なことをしたのは♪」
駱「これだよ・・・・・・やっぱりおめぇはアバズ・・・ふぎゃあああああああ!!!」
茜「おほほほ♪ それ以上言ったら、あなたの睾丸(こうがん)を握りつぶしますよ♪」
時間軸2004年―――
アメリカ合衆国 フロリダ州マイアミ 州刑務所
シドと別れた
彼はKKKのメンバーで、運び屋としてタピアの部下からエクスタシーを受け取る役割を持っていた。そして、タピアから支給された中型モーターボート「デキシー7」の所有者でもあり、事件を解決する重要参考人としてドラ達は保釈金を支払い、彼の身柄確保に乗り出した。
「手放さないとハっ倒すぞコノヤロウ!」
刑務官に引っ張られる女性の囚人が目の前を通り過ぎる。ポティートが保釈されるまでの間、他の囚人と一緒にドラ達は待合室の椅子に座って待機。
そんな折、幸吉郎が不意に呟いた。
「兄貴。シドをトラブルに巻き込みたくないんですよね。何であいつを呼んだりするんですか?」
ここに来る前、ドラはどういう訳か囮捜査官であるシドをエクスタシーの運び先の聞き出しの現場へと誘った。幸吉郎はその事に関し終始疑問を抱いていた。
「幸吉郎。オイラ達と一緒ならさぁ、それほどヤバいトラブルには巻き込まれないって。オイラ魔猫だよ。考えようによっちゃ、タピア以上の悪だから!」
「すいません。僕が思うに、それは何の自慢にもなっていませんね」
という太田のツッコミが、いつものように空しく聞こえた。
「それに、正直なこと言うとシドは一人前だと思うよ」
「俺も正直に言いますけど、兄貴はあの女を買いかぶり過ぎです」
「そうかな?」
「なにゆえ、幸吉郎はあのシドとやらに対抗意識を燃やす?」
「そんなんじゃありません。事実を言ったまでです」
龍樹の問いかけに、嘆息を吐いてから幸吉郎は答える。
「でも、仮にも麻薬局捜査官なんですよねその人?」
「少なくとも俺らよりはキャリア積んでると思うぜ」
茜と写ノ神が、客観的な事実を言って食い下がると―――それを聞いた幸吉郎は再び嘆息を吐く。
「それだよ、俺が心配してんのは。キャリア組は何かって言うとエリート思考を持ってて、直ぐに付け上がって、そして必ず痛い目に遭うんだ。俺が思うに、あいつはモノを見る目はねぇし、すぐにダマされる」
「すげー偏見だなそれ」
「見る目がないってそりゃなんだよ?」
率直に疑問に思った事をドラが尋ねる。
「例えば男です。あの女がホレる男ってのは、バカで、見かけだけハデな筋肉ムキムキのマヌケ、そうですよ兄貴。分かります?」
「ふ~ん・・・」
「ヴィン・ディーゼルみたいな、キン肉マン野郎っすよ。自分のケツも真面にふけねぇ様な奴です。わかりますか?」
「ヴィン・ディーゼルって誰だか知らないけどね」
「どいつも、中身も何もねぇアホな男ばっか!」
と、飽く迄もシドの酷評をしている幸吉郎だが、周りが聞く限りそれは酷評と題したシドを憂慮する肉親の発言に聞こえた。
「さっきから妙に熱くなってるけど、なんて言うか幸吉郎ってさ・・・まるでシドの兄貴って感じだよね」
「え!? い、いや・・・俺は別にそんなんじゃないですって!」
ドラが言うと、幸吉郎はあからさまに動揺し、必死で取り繕う。
「ほほ~・・・わかったぞ! ひょっとしてあの女子に興味があるんじゃろ! だからキツイことを平気で口にできる、そうじゃな!」
「ち、違いますって!! 断じて違います!!」
「ムキになる所が余計に怪しいぜ!」
ツンデレ属性を醸し出す幸吉郎に、龍樹と駱太郎が調子に乗ってからかった。
幸吉郎は赤面すると、堪忍袋の緒が切れ―――椅子から立ち上がるや甲高い声を張り上げる。
「ざけんな!! てめーらあんまりふざけたことヌカすようなら、今すぐ相手になってやんぞ!」
「おお上等だ!! 喧嘩は大好物だ!! やろうぜ、喧嘩!」
団子の次に喧嘩が好きと豪語する駱太郎が幸吉郎の言葉を真に受け、啖呵を飛ばした彼に面と向かって火花を散らす。
「ちょっと! 二人して止めてください!」
太田が喧嘩の仲裁に止めに入るも、聞き入れるはずも無かった。
二人の事を熟知するドラは不敵な笑みを浮かべると、周りにいる囚人たちを見渡してから、せせら笑う様に呟く。
「それで、お互いにボッコボコになるまでケンカして、こいつらの仲間になっちゃうのかい? ははは、お笑いだね!」
これには、幸吉郎と駱太郎もどこか苦い顔を浮かべる。
やがてドラの言葉がいい薬になったらしく、二人は大人しく椅子に座って待機することにした。
「・・・何見てんだよ!」
しかし、煮え切らない気持ちの幸吉郎は周りに座っていた何の関係も無い囚人を睨みつけ、あからさまに八つ当たりをした。
待機すること数十分。
刑務官に連れられ、牢の中からオレンジ色の囚人服に身を包んだフロイド・ポティートが現れる。
「ご親切にどうも。保釈金誰が?」
「へーい! フライド・ポテート君!」
紙袋を手に取った瞬間、ポティートの耳に悪魔の声が聞こえた。
格好こそは違っていたが、目の前に立っていたのはあの日―――KKKの集会で自分の左耳を撃ち抜いた忌わしき魔猫、サムライ・ドラ。
「あぁ・・・おまえ///」
「オイラの事、覚える?」
自分の名前を間違えたことなど最早どうでもいいくらい、ポティートは目の前の現実が悪い夢であって欲しいと本気で思った。
サングラスを外したドラの笑みに、尋常ではない冷や汗を浮かべ、同時に鳥肌が立つ。失った左耳の上部を撃ち抜かれたあの日の痛みが鮮明に蘇る。
「チーズ!」
保釈されたポティートは自由の身にされることはなく、保釈金を払ったドラ達に連れられ、駐車場へ。そこで彼は龍樹に抱き着かれた状態で無理矢理記念写真を撮らされた。
「おお、仲良く撮れたぞ!」
デジタルカメラで撮った写真を確認すると、龍樹は清々しい笑みを浮かべるのに対し、ポティートは対照的なまでのポーカーフェイスだった。
「なんだよこれ!?」
ポティートが率直な事を尋ねると、「ああ、保険ってところさ」と言って―――ドラは写真の確認を終える。
「“デキシー7”がどこにあるのかと、あのボートとタピアの関係を教えろ」
目の前の犯罪者に対して、太田はいつもよりも強気な口調で要求する。
「密告はしねぇ」
相手がタピアを捕まえるつもりでいる事を理解するや、ポティートは不敵な笑みを浮かべ、要求を突っぱねる。
「あら、しゃべらないんですか」
「そりゃ残念だぜ~、辛いとこだ」
「じゃあこうしよう。さっきの写真引き延ばして、ムショにいるこいつのKKKの仲間に送ってやろう」
幸吉郎が打ち出した提案に誰もが賛同する。直後、ドラはその提案に便乗したいいアイディアを思いつく。
「そうだ、これデジタル写真だからさぁ。好きなように加工できんだよな」
「この写真使って黄色人種ラップのプロモビデオに出演させてやるよ」
話を聞いたポティートが露骨に歪み、先ほどの余裕が失われる。
「トランクに入れ」
仮にも警察官もどきを自称するTBT捜査官とは思えないマフィアの様な脅迫。
挙句、車のトランクを開けられ―――保釈されたばかりのポティートは半ば強引に車のトランクの中へと入れられる。
「人権侵害だ!」
「義務も碌に果たせないクセして、権利ばかり主張すんな!」
何かと人権を主張する小心者のポティートに、ドラは持論を展開し一喝―――トランクの中へと押し込め、鍵を閉めた。
*
同時刻―――
ジョニー・タピアの屋敷
シドと別れたタピアは、母親の自宅兼アジトへと戻り、事務所のソファーに腰かけながらカルロスにつぶやく。
「気になるな。TBTの動きがおかしい。何かあるぞ、俺にはわかる」
ここ数日において、金とエクスタシーの流れがいつもとは違うように思えてならなかった。タピアが懸念するように、ドラ達が積極的な動きを見せている。
嘆息を吐くと、タピアは一刻も早く自分の金の安全を確保しようと考える。
「早く棺に金を詰めて、56世紀に送らなきゃな。葬儀社に急ぐよう連絡しろ、いいな」
*
午前2時過ぎ―――
フロリダ州 某波止場
ポティートを伴いドラ達七人と麻薬局の囮捜査官シドは、エクスタシーの受け渡しがある現場を監視するため―――近くの波止場で待機する。
「この先に浮いてるブイが目印だ。そこでブツを受け渡す。大抵は夜明けでね、今日もあるはずだ」
船から降りると、波止場に到着した一行は取引時間を見計らってそれぞれ適当に寛ぐ。
早くもドラは、元来がネコゆえに極端なマイペースぶりを発揮し、アイマスクをして仮眠をとっている。
心の余裕が否応でもうかがえる泰然自若なドラの姿を、内心羨ましいと思いながら太田は隣に座るシドにおもむろに尋ねる。
「シドさんは、麻薬局で働いているんですよね?」
「ええ。そうよ」
「あの・・・つかぬ事お聞きしますが、ドラさんとはどちらで知り合ったんですか?」
皆が秘かに気になっていた、魔猫と黒人美女との出会い。敢えてその質問を新人捜査官である太田が尋ねたところ-――アイマスクをつけ仮眠をとるドラを一瞥し、シドはメンバーに破顔一笑する。
「前に、本部と合同捜査本部を立てたときにね、あれがいたのよ。見た目が可愛かったものだからね、声かけたの。『こんにちは~、私シドですー。子どもの頃、リビングでドラえもんを見ながらおやつを食べたのー』って。そしたら・・・」
「そしたら・・・どうしたんです?」
思わず息を飲み、太田がシドに食い下がる。彼女は朗らかに笑いながら、当時のことをありのままに答える。
「顔面を思いっきり殴られたわ。それに往復ビンタもされたし」
「ええええええぇぇぇええええええ!!!」
二人の間に隠された驚愕の出遭いを聞かされた瞬間―――太田は戦慄する。
「あとで何がいけなかったのかわかったけど。ドラって、元ネタで馬鹿にされるのが一番嫌いなんですってね」
「そうなんですか?」
ドラは男女の垣根を越え、“ドラえもん”という単語を口にした相手に対して容赦ない鉄拳を喰らわせる。そう―――たとえ幼児であることが分かっていたとしても、ドラはなりふり構わず暴力を振るう狂気を孕んでいた。
「ルーキーはここに来てから、本人の前で“ドラえもん”と言ってはいないな」
「何があっても言うんじゃねェぞ。その言葉を言い放ったが最後、お前の未来は血塗れだ」
念を押して言ってくるメンバーの心遣い。自分の中で最悪のイメージを思い浮かべた太田は、一瞬にして目の前が血の色で染まる未来に震えが止まらなくなる。
「ぜ・・・絶対に言わないです/// どんなことがあっても、口が裂けても///」
滑舌が極端に悪くなる。それだけ、ドラに対する恐怖が増幅されている事がひしひしと伝わってくる。
そんな折、ハンモックによし掛かり、人目を憚らず楽しく語り合う写ノ神と茜の二人を見―――シドは周りに尋ねる。
「あの二人を見てて思ったんだけど・・・甘い物嫌いなドラがよく許したわね」
「ドラさんって、甘い物が嫌いなんですか? あれ、でもこの前チョコレート食べた気が・・・」
杯家で開かれたバーベキューで、ドラは太田の前でチョコレートをひと口含んでいた。
すると、駱太郎は仮眠しているドラの懐に手を伸ばし、彼の嗜好品であるブラックチョコレートを取り出した。
「これのことか」
「ああ、そうですね」
外見は至って普通のブラックチョコレートで、何処にでも売っていそうな感じだった。
「ルーキー、食べてみるか?」
「でも一応本人に許可をとらないと・・・」
という太田の懸念を聞くと、一時的に目を覚ましたドラは、大きく寝返りを打ってから、寝言に近い声で「食べたきゃ食べれば・・・」と呟く。
(ネコがチョコレート好きだなんて・・・普通は毒だから食べちゃダメなんだけど)
そう思いながら、本人の許しを得たチョコレートのひとかけらを砕き、太田はおもむろに口の中へと運ぶ。
「う・・・!!」
口に含んだ瞬間に広がる強烈な拒絶反応。顔を青ざめるや、太田は立ち上がり、海に向かって嘔吐する。
「うえええええええ!!!! な、なんですかこれ・・・///」
「それさ、カカオ豆あるだろ。あれの苦みだけを抽出して形にしたものなんだってよ」
「ハッキリ言いますけど、美味しい物ではありませんね」
独身で彼女も作った事の無い太田の気持ちを知ってか知らずか、わざとらしく写ノ神と茜が自分たちの仲をアピールしながら説明する。
太田は、口内に広がった苦み成分を取り除くため、海水を吸い込み口の中を漱ぐ。
「おいおい。海水で漱いで塩辛くないのか」
「あんなマズいチョコ食べた後は、むしろ強い塩分で消毒しないと口の中がとんでもないことになりますよ!!」
涙ながらに語りかける。やがて、消毒を終えた太田がシドの元へと戻ってくる。
「御気の毒だったわね」
と、黒人美女から労いの言葉を受けた。
「普通のチョコレートじゃないってことはよくわかりました・・・///ドラさん、なんでこんなものが好きなんですか?!」
「詳しい経緯は知らねぇが、昔からずっと食ってる嗜好品なんだと」
「逆に言うと、あいつ甘い物全然食えねぇんだぜ。ケーキにシュークリーム、アイスもダメだったな!」
「食べ物の好き嫌いが多い人は人の好き嫌いも多いって言うわよ、ドラ」
シドがドラに投げかけたところ、仮眠から目を覚ましたドラはアイマスクを外し、大きく欠伸をしてから返答。
「オイラ、ロボットだし。それに、嫌いって事を顔や口に出さなければいいだけだろ?」
「おい、“デキシー7”が来たぞ!」
待機すること二時間。デキシー7の元・所有者、ポティートがドラ達に呼びかける。
「もうじき、ブツ積んだボートが来る」
波止場の端に腰かけ、双眼鏡で監視をしていると―――左端から中型のモーターボート“デキシー7”が通り過ぎる。
「あれだ」
ドラは見ていた双眼鏡を隣のシドに手渡す。
シドが双眼鏡を覗き込むと、うっすらと夜が明けようとする頃合い―――デキシー7が積んでいた棺桶が小舟へと運ばれる様子が明朗に映る。
「あの棺桶どこの葬儀社に運ぶんだろうな?」
と言いながらも、シド以外のメンバーは既に答えを知っていた。棺桶は九分九厘、タピアが経営しているスパニッシュパーム葬儀社へ運ばれるだろう。
日の出とともに、棺桶を積んだ小舟は港に向けて発進。ドラ達もその後を追って移動を開始。
「そのまま真っ直ぐ行け」
マイアミ港に漂着した小舟の動きに注意しながら、ドラは操縦士のポティートに指示を出す。
「あれ見てみろ」
港に到着した小舟から棺桶が降ろされ、待機していたカルロスたちによって、複数の死体が乗せられた冷凍車へと運ばれる。
「葬儀社に届けろ。ヘマするなよ」
懐から報酬が入ったブ厚い茶封筒を取出し、カルロスは運び屋へと手渡す。
「任せとけ」
「出発だ!」
移動を始める冷凍車とカルロスたちの車。船から降りたドラ達は、周りの動きに合わせて移動を開始。
「出てったぞ!」
彼らの車が移動を始めたのを確かめてから、メンバーも随時次の行動に移る。
「止まれ止まれ!」
通りかかった小型の中古車に目を突け、太田は手帳を見せながら前方から走って来た車を停車させる。
「TBTです、捜査のために車を借りますよ!」
「ほら、降りろ!」
困惑する運転手を半ば強引に降ろそうとする幸吉郎。
「そんなボロ車で!? もっとマシな車あったろ! んなのほっとけよ!」
しかし、追跡能力を重んじるドラは、小型車―――あまつさえ中古車では何の役にも立たないと一喝。
「さっさと行きやがれ!」
幸吉郎が運転手にきつく言うと、はた迷惑な目に遭った運転手は「ボケ!」と、ドラ達を罵り―――そそくさと立ち去った。
「ドラさん! 小型車はオゾン層に優しんですよ!」
という太田の意見も無視して、その次に通りかかったシルバーに輝くレクサスLSに目を付ける。
「見ろ! ああいう車にしろ」
「車止めろ!」
「そうそう! いいぞ!」
幸吉郎はドラの考えを重んじ、通りかかったレクサスを停車させる。
「トランク開けろ! 降りろ! 入れ!」
「降りろ! 降りろ!」
車のトランクを開け、幸吉郎は躊躇なくポティートを中へと押し込む。
「さっさと入れ!」
「わかったよ!」
不承不承にポティートも、言われた通りにトランクの中へと入る。
「お客が試乗中だ!」
「銃出そうか!?」
運転席から降りた自動車ディーラーがドラ達に文句をつけると、得意の恐喝を一言浴びせ、幸吉郎は自動車ディーラーを黙らせた。
ほどなくして、助手席から男性が降りると―――ドラは自分の目を疑った。
「うっそー! ドルフィンズのダン・マリーノ! どうも、下がって。あんた最高だよ!」
「どうぞ、使ってくれ」
「幸吉郎! それに太田も見ろよ! 21世紀のアメフト界を牽引したスーパースター、ダン・マリーノだ!」
「へーい!! スーパースター、下がってろ」
言いながら、幸吉郎は運転席へと乗車する。
「乗り心地良いぞ!」
「これから思い切り試乗して来ます・・・」
捜査に協力的な姿勢を見せるダン・マリーノに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいの太田は助手席に乗車し、控えめな態度で答える。
「行って。私は行けない」
後部座席に乗車したドラに、シドが歯がゆそうに言う。それを聞いたドラは、外で待機していた他の四人に伝える。
「みんなも車テキトーに捕まえて、追いかけてきて!」
「「「「ああ(わかった)(はい)!」」」」
ドラと幸吉郎、太田の三人を乗せたレクサスLSは、おもむろに発進。
国道に出ると、直ぐに太田が橋の上から冷凍車の姿を確認―――二人に報告する。
「いました、ほらあそこです」
アクセルを強く踏み、幸吉郎はスピードを上げ追いかける。
太った死体と棺桶を積み込んだ冷凍車は、カルロスたちが乗る車を先導する。
やや荒っぽい運転操作ではあるが、幸吉郎は周りの車を次々と追い抜き、あっという間にカルロスの車の横につく。
「そばに寄りすぎじゃないですか?」
「逃がすわけにはいかねぇからな」
「でもあいつらに囲まれてますよ!」
太田の懸念を余所に、幸吉郎は血気盛んな様子でカルロスたちとの衝突も辞さない態度を貫く。
助手席のカルロスは、サングラスを少し上げ、前回のカーチェイスで見覚えのある幸吉郎とドラ、駱太郎たちと一緒に屋敷に忍び込んだ太田の姿を確認する。
「ちっ。あの三人組ギャングだ!」
カルロスの表情が一変し、太田が露骨に顔を歪める。
「落ち着けってルーキー。俺らのことは知らねぇって」
しかし、幸吉郎の余裕を打ち砕く様に、隣を走るカルロスは携帯で連絡を取る。
「ああ、ボス。ギャングたちが追ってきます!」
『そいつは大きな問題だぞ、カルロス』
「すいません、片付けます!」
『殺すんだぞ! その小うるさい三人組を・・・いいな!』
「しまった、気づかれた! 応援を呼ぶんだ!」
状況が変わったことを機敏に感じ取ったドラが焦燥を抱く。
「ここで分かれるぞ! 全員ボクサーストリートに向かうんだ!」
カルロスからの指示を受け、部下たちと冷凍車を運転する運び屋の男は、スピードを出しながら急な進路変更を行う。
「行くぞ!」
相手の行動を見た幸吉郎もスピードを上げ、冷凍車の後を追いかける。
ドリフト走行をしながら、冷凍車は一般道を外れ、線路沿いの砂利道を走る。レクサスがその後を追跡するが、その衝撃はトランクの中のポティートに直に伝わる。
「カーチェイスやるなんて聞いてねぇぞ、俺は!」
アクセルを全開にして、目の前の塀を突き破る冷凍車を―――後ろのレクサスが追いかける。
「「だああああ!」」
人を跳ね除け暴走する冷凍車。ブロック塀を突き破ると、そのまま線路へ向かう。
肝っ玉の据わった幸吉郎は、スピードを落とさずそのまま車を走らせる。車は、車体を大きく宙に浮かせ―――そして大きな衝撃を伴って着地。
「ふおおおおお!! サイコウだぜ!!」
「正気っすか幸吉郎さん!?」
「正気と狂気が混じったような奴だからなこいつは」
助手席で気が滅入りそうになる太田と、後部座席で淡白な言葉を吐くドラ。
冷凍車とレクサスは、正面から走行する貨物列車の隣を並走する。
「ドラさん、僕が見る限り幸吉郎さんの精神状態どうかしてます! お願いですから、降ろしてください!」
「降りるのは勝手だけど、今下りると確実に死ぬよ」
前回のカーチェイスでのトラウマが蘇ったらしく、太田は早くも涙目を浮かべ車から降りたがっている。
しかし、猛スピードの車はスピードを落とすどころか更に速度を上げ、幸吉郎は麻薬を服用したドラッガーの如くスピードの魅力に取り憑かれる。
「どおおおおぉおお」
時速100キロを超える冷凍車とレクサス。
ひかれそうになった現場の作業員を通り過ぎ、周囲にある遮蔽物をことごとく破壊しながら、冷凍車は走行中の列車の前を横切った。
「こういう場面映画で見たけど、人が死にましたよ!」
激しい揺れに見舞われながら助手席の太田が言うと、幸吉郎はハンドルを思いきり右方向へと切り、冷凍車と同じように線路を飛び越えた。
「イテッ!」
狭いトランクに押し込まれたポティートは、頭部を強打し、この身の不幸を呪った。
無理に線路を飛び越えたショックで、冷凍車の荷台の扉が壊れ―――運搬中の死体と棺桶が見えるようになった。
運び屋の男は数多くの車が行き交う一般道に戻ってくると、後ろのレクサスを気にしながら速度を落とさず無理な進路変更を繰り返す。
「トラックだ! 任せろ任せろ!」
複雑に入り組んだ車の流れ。前方から迫るトラックに恐怖する太田と、幸吉郎は最高潮のテンションでそれを躱し、巧みな運転テクニックで車と言う車を追い越していく。
「幸吉郎さ~ん!」
「おう、ラクショーラクショー!」
気の狂ったような幸吉郎に怯える太田。ドラはその間携帯で連絡を取り、駱太郎たちと現在地の確認を取る。
「うおおお!! 幸吉郎さん、危ない! 危ないから!」
「おお! おお、今の見たか?」
「見てられませんよ!」
いつ対向車とぶつかるかもしれない中、幸吉郎の荒っぽい運転に太田は終始動揺し、今にもゲロを吐き出しそうになる。
周りの迷惑などそっちのけで逃げる冷凍車と、それを全速力で追いかけるレクサス。周囲の人間はそうした彼らの迷惑行為に平穏な日常をかき乱される。
「ダン・マリーノはこれを買うべきだね! どうだい、幸吉郎?」
こんな荒っぽい運転でも動揺はおろか、泰然自若を決め込むドラが運転中の幸吉郎に尋ねる。
「こいつは俺がブッ壊しますけど、この車最高ですぜ兄貴!」
対向車とぶつかりそうになりながら、最高の乗り心地に幸吉郎は歓喜する。
「おおお!」
「おーっと、何も見えなかった!」
対向車と言う対向車がひっきりなしに目の前に飛び込んでくる。その度に心臓の鼓動が止まりそうになる太田と、ハイテンションな幸吉郎が躱していく。
「だあああ!!」
「おお、今のヤバかった! ヤバかったねー!」
「くそ!」
ドリフト走行を繰り返す冷凍車とレクサス。二台の車が繰り広げるカーチェイスは、熱を帯び激しさを増していく。
「こりゃヤリ過ぎだって!」
と、思ったときだった。
前方を走る冷凍車の荷台から見えていた透明な遺体袋の中に納められた太った死体が、走行速度に耐えきれずに冷凍車から落ち、道路に放り出される。
グチャ・・・グッチュア・・・
幸吉郎が運転するレクサスは、落ちて来たに死体を猛スピードで走行しながら、車の下敷きにする。
「あああ!! ひでぇー!!」
「こんな罰当たり、オイラもしたこと無いよ」
死者への冒涜も過ぎる行為に驚愕する中、その後も冷凍車の荷台から立て続けに遺体袋に収まった太った死体が落ちて来、そのうちの一体が車のフロントガラスに乗っかった。
「あああああああああああぁぁぁ」
色白の死体が視界に飛び込み、太田は悲鳴を上げて恐怖する。
「死体が乗ってる! 死体が乗ってるんですって!」
「ああ、オトすよ! 今オトすって!」
死体を落とそうと速度を上げる幸吉郎。死体は走行速度によって、徐々に車体の上へと移動する。
「気持ちワリーな!」
「早く落としてって!!」
「これ最低だな、ホンと最低!」
率直な感想を述べると、幸吉郎は胸元を縫い合わせたような痕が窺える太った死体は車から落とし、無造作に道端へと放り出した。
一方、カルロスの指示を受けボクサーストリートへと向った部下達は、幸吉郎達を待ち受けるためルート上に設置されたマイアミ銀行事務所へと乗り込む。
「警察だ! 全員ここを出ろ!」
「警察だ、早く出るんだ!」
偽造した警察手帳と嘘の言葉で事務所内にいた職員を外へと追い出す。
ドォ―――ン!!!
冷凍車の暴走は更にひどくなる。
遮蔽物とぶつかった衝撃で、荷台に積まれたもう一体の死体が遠心力で引っ張られ、道路へと落ちる。
それを幸吉郎が運転するレクサスが角を曲がったと同時に引き潰し、死体の首が吹っ飛んだ。
「おおおお!!! ・・・アーメン!!」
これほどの冒涜があっていいのか。未だかつて見たことがないグロテスクな光景が、太田の脳裏に鮮明に焼き付く。彼は死体をひいた幸吉郎に代わって、罪の意識を感じ歪んだ顔で十字を組む。
「これから角を曲がる!」
「全員用意しろ! トラックが角を曲がるぞ!」
運び屋からの無線を受けたタピアの部下は、マイアミ銀行事務所角を曲がった冷凍車を確認。その後から付いてくる猛スピードのレクサスを見るなり、二階の事務所から机という机を落とす。
バリン! バリリン!
窓ガラスを突き破って一遍に落とされる机と言う机。周りの人間たちが慌てて避難をする。
机が土砂崩れの様に落ちた後は、タピアの部下達が一斉にマシンガンを構え、レクサス目掛けて一斉射撃。
ダダダダダ!!! ダダダダダ!!!
「上からだ!」
「クソッ!」
無慈悲に跳んでくる銃弾の雨が、レクサスの車体に浴びせられる。
ブレーキが利かない車は事務所一階のカフェテラスへと突っ込み、ガラスを破って激突。人々が逃げ回る中、車は衝突の勢いで停車する。
「クソ! 俺の車だったらタダじゃおかねぇ!」
「また修理代高くつきそう!」
「だから心配するところが違うでしょう!!」
やはり、ドラと幸吉郎に対する太田のツッコミが空しく聞こえた。
ダダダダダ!!! ダダダダダ!!!
車から降りた三人は、敵の銃撃を避けながら物陰へ隠れる。
「伏せろ! 伏せろ!」
ダダダダダ!!! ダダダダダ!!!
カフェで寛いでいた人間に避難を呼びかける。敵も味方も関係なく、目の前の存在する人間に銃弾の雨が降り注ぐ。
ダダダダダ!!! ダダダダダ!!!
「銃撃戦の世界記録でも作るつもりですか!?」
「人の事批判してる場合じゃねぇーだろ! そう文句バッカ言われちゃ一緒に仕事できねぇよ!」
「幸吉郎さんの所為じゃないんですか!? 幸吉郎さんの所為でしょう!」
「俺の所為じゃねぇ!! 違う!!」
「ざけんな腰巾着! 全部あんたの所為だよ!」
「太田、言葉が乱れてる! キャラ変わり過ぎだぞ!」
前回にも増して酷い仕打ちに堪忍袋の緒が切れた。太田は幸吉郎をドラの腰巾着と罵倒し、柄にもなく粗暴な口調を向ける。
これにはドラも思わずツッコミを入れるが、キャラ崩壊を起こした太田と激しい銃撃戦の真っただ中では、そのツッコミが空しくなる。
ドン! ドン! ドン!
撃ってくる敵に向かって、車の陰に隠れながらドラ達も発砲する。
ダダダダダ!!! ダダダダダ!!!
朝早くから行われる銃撃戦。始業時間に出社してきたサラリーマン達は、どうしてこんな状況になったのかと思いながら、凶弾に倒れないよう建物の陰に隠れる。
「ズラかるぞ!」
「いけいけ!!」
適当なところで発砲を止めると、タピアの部下たちは一斉にオフィスを出る。
銃撃が止むのを見計らい、ドラ達が二階の事務所に上がると、既に事務所は人も机も何一つないもぬけの殻となっていた。
「誰もいない!」
「オッケー!」
人がいないことを確認し、事務所の裏口へと続く扉を開ける。
下を見ると、乗り捨てられた冷凍車が放置されていた。
「オイラが下りる!」
言うと、ドラは冷凍車の上へと飛び乗る。
荷台の中を覗き込むが、遺体袋に入れられた死体は既に道路に放り捨てられ、船から積み込まれた棺桶も持ち去られていた。
「兄貴! いました!」
「棺桶は持ち去られてます!」
幸吉郎と太田は逃げた運び屋を追っていく。
運び屋の男は、鉄ネットを飛び越える。太田と幸吉郎も鉄ネットを乗り越え、逃げた男を執念深く追いかける。
「どいて!」
男を追いかけることに没頭する太田と幸吉郎は、拳銃片手に道行く人をかき分ける。
「どけどけどけ! 警察もどきのTBTだ、退け!」
逃げた運び屋は逃げることに必死になっている。二人の動きを気にしながら、モノレールでの逃走を図り、駅へと入る。
「どけ! どけ!」
「TBTです、どいてください!」
逃げた男と幸吉郎は発車間近のモノレールへと乗り込み、人目を憚ること無く二人は車内で激しくもみ合った。
「ドア開けて! TBTです!」
太田が到着したとき、モノレールは扉を閉めて発車しようとしていた。
ドアを叩いて呼びかける太田。直後、モノレールが動き出す。
「うおおお! クソ!」
辛うじてモノレールの連結器部分に乗り込んだ。太田は振り落とされないモノレールに必死でしがみつく。
「幸吉郎さん! 幸吉郎さん!」
「うらああああ!!」
外から呼びかけるも、幸吉郎と運び屋の男は依然もみあいを続けており、何も知らない乗客が悲鳴を上げてパニックとなっている。
「いててててて!!!」
幸吉郎に抵抗する男が彼の腕に噛み付く。
「このっ!!」
憤怒した幸吉郎は客のいる前で男の顔面を手すりに叩きつけ、メガネを割り、男が怯んだ瞬間―――容赦なく殴りつける。
「あいつ咬みやがった!」
動揺する乗客にそう訴えかけ、幸吉郎は再度男の顔を殴りつける。
「幸吉郎さん!」
車内が騒然とする中、太田は外から呼びかけ続ける。
そのとき、運び屋の男が低い体勢で幸吉郎の体を掴むと―――そのまま勢いよく外に向かって走り出す。
バリーン!!!
自動操縦で走るモノレールの窓を突き破って、外に放り出された幸吉郎。連結器の上に乗り上げられた状態、運び屋の男は幸吉郎の顔面を殴り返す。
殴られる幸吉郎の頭と線路の距離は目と鼻の先に迫っている。いつ頭が引っかかってもおかしくない緊迫した状態が展開される。
「どいて! どいて!」
バリン!!!
幸吉郎の危機を悟ると、太田は持っていた銃で窓ガラスを割って、幸吉郎の元へと急ぐ。
「TBTです、どいて!」
命懸けのもみ合いを繰り広げる幸吉郎と運び屋の男。両者は互いの顔を殴りつけ、首を絞めあう。
「うらああああぁあ」
一瞬の隙を突き、幸吉郎は殴りかかった男の体を横に受け流す形で形勢を逆転させ―――男は勢い余って線路へと落下する。
「ああああああああぁぁああ!」
線路上に落下した男は感電した直後に走っていたモノレールの下敷きとなり、肉と骨が砕かれる生々しい音を立てながら死亡する。
「はっ、はっ、はっ、はっ、ふう~」
「TBTです、どいて!」
間一髪のところで助かった幸吉郎。モノレールが停車し、太田が現場に駆けつけた時には何もかもが遅く―――状況は終了していた。
「あいつは!?」
太田が問いかけると、息を乱しながら幸吉郎は仰向けの状態で線路下を指さす。
「棺桶は消えるし、証人はまるコゲになった。精神的にこんな最悪の週は捜査官になって初めてですよ」
「ああ・・・確かにきつかった」
現場に戻った二人はドラと遅れて来た仲間たちと合流。
午前中に繰り広げられた過激なカーチェイスと銃撃戦の被害者が続出する現場は、パトカーと救急車でごった返している。
「死体の行先は?」
駆けつけた現地の警官隊や調査員らと話し合う一方、ドラはTBTの検視官に冷凍車で運ばれていた死体について言及する。
「わからない。不思議な事に、どの死体も中身がカラッポ」
道路で回収した死体を見ながら、検視官の女性は怪訝そうにする。
「カラッポの死体。どれも、太った死体」
「胴体を開き、内臓を抜いて縫い合わせてある」
死体にある縫い合わせた痕を指さす。離れた場所から、カルロスはドラ達の姿を見、彼らがギャングではなく警察の関係者であると分かり、絶句する。
「見事だった!」
そのとき、ドラ達の元に現れたのはTBT第一分隊組織犯罪対策課に在籍する捜査官達。彼らはプライド高く、エリート志向であるゆえにドラ達の事を蔑んでいる。
「お前らがヘマをするほど、俺達が引き立つよ!」
「よう基明。お前しばらく見ないうちに痩せたんじゃねぇの?」
「コタツ! お前は黙ってろよ!」
同期で入庁した捜査官・小松田にあからさまにバカにされると、今しがた気が立っていた太田は嚇怒し、声を荒げる。
「あのバンは市の死体置き場の移送車で、この死体は大学の研究所に運ばれる途中だった」
「お手柄ですね、ドラえもん隊長」
―――バン!
「ぐっほおおおおお」
ドラえもんと言う言葉を聞くなり、ドラは無表情で太田の同期を殴り倒した。
「どうなってるんだこれは?」
そこへ、連絡を受けたTBT大長官―――杯彦斎が現場に到着。
最悪のタイミングでやってきた彦斎に罰の悪い顔を浮かべる太田と、ドラは舌打ちをして顔を逸らす。
「なぁお前たち。今朝起きて電話でこんな話でもしたのか?」
彦斎はドラ達を見ながら、彼らの言いそうな事を自分なりに表現する。
「“おはよう、
激しい剣幕で睨み付ける彦斎。太田は胃痛に見舞われる一方、ドラは淡白な表情で言う。
「こいつらひく前に死んでました」
「関係ない! 死んでいようが、死んでいまいが、そんなのどうだっていい! お前らが死体を道端に転がすたびに、この私が! あの検視官達を現場まで呼んで調べさせなきゃならんのだ! それだけじゃなく、捜査官を呼んで事件の取り調べ! それから、検視官達に頼んで死体を遺体袋の中に戻してもらう! 神様も、ホトケ様もびっくりだ! お前らはまるで―――
極度のストレスで精神状態がおかしくなりそうだった。彦斎は耳裏のツボを押さえ、例の言葉を唱える。
「ウ~サァ~! はいいですけど、僕までダニって呼びました?」
「ああ、すまない。それはこいつのことだ」
と言って、彦斎は迷うことなくドラの事を指さした。太田は内心「やっぱりね・・・」と納得する。
「大長官、これは普通の死体じゃありません」
「私がお前を冷凍トラックから落として、頭を車でひいたらお前も普通じゃなくなる」
「聞いてくださいよ。死体は全部中身を抜かれてる。それは葬儀社を経営してるヤクの売人の仕業なんです。これだけ太った死体がたくさんありゃ麻薬を山ほど密輸できるはずです。すべてジョニー・タピアの企みです」
「おいおいおい! ジョニー・・・タピアだと?!」
「そうです。葬儀社を捜索する令状を――」
「よせよせよせ!」
「今すぐ取りたいんです!」
ジョニー・タピアが捜査線上に上がった瞬間、彦斎は耳をふさぎ、ドラの懇願を真っ向から撥ね付けた。
「令状だ!? ダメだダメだダメ、何を調べる!? 研究所に送るための死体を調べるのか? ダメだ! あいつを逮捕するため、動くたびに告訴されて負けてるんだ! それをまた繰り返したら我々はクビ! 特殊先行部隊“
「だけど何でもやれって!」
「あれは死体をひき潰す前に言ったことだ。しかもタピアが関わっていては・・・」
ガタガタ・・・ガタガタ・・・
「おい、なんだあの音!?」
そのとき、事務所に突っ込んだレクサスのトランクから物音が聞こえ、彦斎が懸念を抱く。
「あー、チクショー!」
彦斎が気付くと、舌打ちをしたドラは車へと向かい、トランクの中を開ける。
「静かにしろ! 黙ってろ!」
トランクから出て来た重要参考人のフロイト・ポティートは啜り泣きながら、撃ちつけた後頭部から血を流し周りに激しく訴える。
「こいつは俺の人権を侵害した!」
「やかましい!叫ぶな!」
「あれはなんだ!?」
「いや、これはですね・・・」
言い訳を考えようとする幸吉郎だが、その前に彦斎が言及する。
「おい、お前ら死体をひくだけじゃなく誘拐までしたって言うのか?!」
「ああ、ですからこれは・・・!」
太田もどう言ったらいいかわからない。
「あいつは犯罪者です。だから逮捕したわけで―――」
ドラが戻ってきて説明を加えるが、彦斎はほとほと彼らのやり方に呆れ、これ以上の言い訳を聞きたくなかった。
「いいか。私は上から散々文句を言われ耳鳴りがして何も聞こえん!」
そう言って、彦際は去り際に言い放つ。
「しばらく謹慎していろ!」
その一言が重く突き刺さった。一分隊の捜査官がドラ達を鼻で笑い、現場から立ち去って行く。
「僕ももう限界です・・・」
「よしてくれ今そんな話したくねぇ」
「何が大事か考え直しました」
「どういう意味だ? TBT辞めるの?」
太田は、質問には答えず無言でドラ達の元から去っていく。
「おい、ルーキー!」
「太田さん!」
太田が立ち去っていく様子を見て、一分隊の組織犯罪対策課課長を務める太田の元・上司―――立花宗彦がドラに言う。
「幻滅しただろうな。ミスして飛ばされた場所で、こんなおざなりな扱いを受けたんだ」
立花の言葉を聞きながらドラはじっと堪える。
「ドラ。大長官の言う通り、大人しくデスクにかじりついてる事だな」
不敵な笑みを浮かべる立花を、ドラは殺すような瞳で睨み付け、終始拳に力を込めていた。
◇
西暦5538年 4月25日
TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス
謹慎処分を申し付けられた
夕方、オフィスに戻った七人は始末書と格闘をしていたが、全員は今回の事が腑に落ちない様子で黙り込んでいた。
昇流は、彼らの様子を離れた場所から見守っている。
すると、駱太郎を切っ掛けに―――龍樹、写ノ神、茜、幸吉郎と順に立ち上がり、何の言葉もなくオフィスから出て行った。
残された太田は、うつむいた顔で背もたれに背を掛けるドラを一瞥。
そして、おもむろに立ち上がりドラの元へ歩み寄る。
「どしたの?」
ドラの問いかけに、太田は懐から退職届を取り出す。
「おい、それ・・・!」
昇流が目を見開き驚く。ドラは受け取った退職届を手に取り、乾いた声で尋ねる。
「これ、何?」
「つくづく思ったんです。僕はみなさんの足を引っ張ってばっかりだって」
「で、これで責任取るって事?」
「僕はハッキリ言って無能なんです! ドラさん達みたいな度胸も無ければ、特別な取り柄もない! 熱意だけじゃ何も解決できない・・・いや、そもそも僕が志した正義を守っていける自信がありません!」
何もできない自分を激しく卑下し、自虐する太田。
それを聞いた瞬間―――ドラは机をドンッ、と叩きつけ大喝。
「いつまでも正義のヒーロー気取ってんじゃねぇ! 責任なら上司のオイラが取る!」
それは魔猫と揶揄されるドラの、滅多に見せない人間らしい言葉だった。
人間らしい雰囲気を醸し出すドラの一喝に、太田は別の意味で驚かされる。
「なんてな♪ どうだい今の隊長ぽかったろ、な?」
怒ったと思えば、ドラは瞬時に柔らかい顔となってとぼける。
「・・・・・・失礼します!」
一言だけ言って、オフィスを出ようとする太田を―――昇流が「待ってくれ!」と、制止を求めた。
「辛いのは、ルーキーだけじゃない。あいつら全員、責任を感じてるんだぞ!」
「杯長官・・・・・・」
すると、イスから立ち上がり―――ドラが自嘲した笑みで語りかける。
「まぁ・・・無理もないか。確かにオイラ達は、お前が言う正義の味方からはほど遠い、下手なマフィアのチンピラみたいな集まりなのかもしれない。クールでスマートじゃない、粗野でぶっきらぼうな気遣いも碌にできない雑種。だけどオイラ達はそのことを一度も恥じたことはないし、寧ろそれを誇りに思って生きてる。お前だってそうじゃないのか? つまらないことで直ぐに熱くなりやがって。それがお前の中の誇りだっていうことに気付いてないんだ」
「僕の・・・誇り・・・・・・」
「でもな、お前のそんなところオイラは嫌いじゃない。昔、お前によく似た捜査官がいたからな」
「時野谷さんですか?」
「二年前―――時野谷は、逃走中の容疑者を追っていた」
ドラは、居酒屋の店主兼密告屋に転職した時野谷から聞かされた―――捜査官時代の事件について振り返る。
「もっと慎重を期すべきだった。だけど、時野谷は逮捕を焦ってしまった。その容疑者、銃を隠し持ってたんだ」
時野谷が逮捕を焦った結果、彼の存在に気付いた犯人は隠し持っていた銃を誤射。近くの通行人の女性の肩を射抜いた。
女性は、時野谷の目の前で倒れ―――意識を失った。
『大丈夫ですか!? 大丈夫っすか!? しっかりしてください! しっかりして!』
意識を失った女性に呼びかける時野谷。女性は、左肩から血を流し―――時野谷の問いかけに答えなかった。
「幸いにしてその通行人は一命を取り留めたが―――」
「その責任をとって時野谷さんは捜査官を辞めたんですか・・・」
「あいつは言ってたよ。“辞めたぐらいで取れる責任じゃない。辞めるのは、正義を守っていく自信が無くなったからだ”って。とはいっても、今でも心の中じゃ捜査官を辞めたことを後悔してるんだろうな。あいつは、誰よりも熱い正義の心を持ってる男だから」
ドラから語られる時野谷への思いやりのある言葉に、太田は思わずジーンとなる。
「って、自分で何言ってんだろう。オイラ、こんな綺麗ごというキャラじゃないのに・・・・・・」
綺麗ごとを何よりも嫌うドラだったが、どういう訳か自然と綺麗ごとを口にする自分を嘲笑う。
話を終えると、ドラは太田から貰った退職届にライターで火をつける。
「ドラさん・・・!」
突然の行動に太田は驚く。退職届は炎に燃え尽くされ、跡形もなくなった。
「いずれにせよ、お前は自分で言うほど足手まといじゃないよ。周りが特異すぎるから目立って見えないだけで。でもね、そういう影の傑物っていうのはただのカリスマよりもずっと少ないんだ」
太田を指して、ドラは言う。怪訝そうな表情を浮かべる太田を、ドラは不敵な笑みを浮かべ見つめる。
そのとき、バタンと勢いよく扉が開かれ―――オフィスを飛び出した幸吉郎たちが一変に戻ってきた。
「兄貴! 許可が取れました! 今夜、葬儀社に潜入できるって許可です!」
「どこにも触っちゃいけねぇが、何か見つかったら正式な令状が取れる!」
幸吉郎たちの言葉を聞き、昇流は内心呆れながらもつぶやく。
「つくづく親爺怒らせるのが好きだなお前ら」
「長官。儂らは捜査官じゃよ」
「今度こそ事件片付けようぜ」
「太田さん。やりましょう!」
全員がこの場にいる太田に励ましの声を向け、共に事件解決の為に協力を申し出た。
「みなさん・・・・・・・・・はい!!」
無能だ、足手まといになると卑下していた太田は―――メンバーの温かい心遣いで持ち前の元気を取り戻し、彼らと心を一つにする。
全員の心が一つになったことを見計らい、ドラが呼びかける。
「よーし、やってやろう! エリートがなんだ! 雑種の意地を否が応でも見せつけてやる!」
「「「「「「おぉ―――!!」」」」」」
「というわけで長官、いつもみたいに手伝ってくださいよ♪」
「え・・・えええええええええええええぇぇぇえええ!!!」
屈託のない笑みでドラが問いかけてくると、昇流は一瞬の間を置いてから―――甲高い声をオフィス一帯に響かせた。
ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~
その8:義務も碌に果たせないクセして、権利ばかり主張すんな!
よく、そんな言葉を職場で聞くかもしれない。誰もが義務を果たさず権利を主張すれば命の保障さえ難しくなる。しかし、すべての人間が平等な立場にいる訳ではない。出来る限りの努力をする事も人としての義務ではないか。(第6話)
その9:影の傑物っていうのはただのカリスマよりもずっと少ないんだ
カリスマ的な魅力で人を惹きつけ、人を先導する一方、それを裏で支える縁の下の力持ちが居ることによってカリスマはカリスマらしく振る舞える。それを忘れカリスマが暴走を始めると、たちまち周囲は不満を爆発させるだろう。(第6話)
次回予告
ド「スパニッシュパーム葬儀社に潜入することになったけど、みんなは死体がどうやって防腐処理されてるか知ってるかい?」
昇「なんでそんなことわざわざ聞く必要があんだよ?!」
ド「だって死体調べに行くんですよ。念の為の予備知識が必要かな~って!」
昇「いらねぇそんな知識! こちとら死人の臭いで頭がおかしくなりそうなんだよ!!」
太「次回『エクスタシーでハイに!』。あれ、杯長官・・・なんか色々おかしくなってるっすよ!?」