サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「アコナイトが作り出した最強最悪の生体兵器、螻蛄壌。無二族と呼ばれる戦いの為に生まれた生粋の戦闘種族が、牙を向けてきた」
「実際、全編通してオイラがここまで追い詰められるのは初めてだ。けどな、いくら氷の闘争心を向きだしにしようとオイラには勝てない。壌には決定的に欠けているものがあるからね」



鋼鉄の絆 其之八 真っ向勝負

時間軸1603年 3月16日

アコナイト研究所 地下数千メートル

 

生まれ持った無二族としての血。

さらにアコナイトの手が加えられ誕生した史上最強の生体兵器・螻蛄壌。

それが本名なのか偽名なのかは定かではないが、魔猫であるドラに深い傷を負わせるだけに留まらず、彼を追い詰めるだけの戦闘力は見る者の目を疑わせる。

「サムライ・ドラ。君に私怨(しえん)はないけど、最強の存在として・・・ここで死んでもらうよ」

冷たく言い放つその言葉からは、微塵も情けと言う憐みの感情は無く、ただ眼前の敵の命を奪い去ることに執念を抱いている―――少なくともドラたちはそう感じている。

ドラは人間と戦っているのか、それとも機械と戦っているのか一瞬分からなくなりつつ、重い体を起こす。

「―――・・・どうやら、本当にアコナイトの為に戦ってる訳ではないみたいだな。一体何の為に?」

ドラが気になって尋ねると、壌は無表情に語り出す。

「歴史の流れに“もしも”なんてものがないのは分かっている。だけどあの時関ヶ原の合戦がなければ―――僕達の戦いが終わることは無かったはず(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だよ」

「なに?」

「どういう意味ですか?」

意味が理解できず、幸吉郎たちは怪訝そうな顔を見せる。

壌は更に続けて話を掘り下げる。

「天下泰平とは、笑わせてくれるね。僕ら無二族にしても、ただの烏合の衆の集まりにしても、本能のうちに人が潜めている“闘い”を求める欲望はどうあっても消すことは出来ない。他人を犠牲にしてでも、幸福でありたい・・・幸福になるために戦わなければならない・・・世の中は所詮闘いから逃れることは出来ない。生存本能と密接に関わるその欲望を、理性で押さえつけるなんて間違ってる。僕らは闘うことが生きがい。そして、存在意義でもある」

「ふん!頭の中も実におめでたい奴だ。そんなに戦いが好きかよ?けどな、今はもう戦わなくてもいい時代なんだ!」

 手前勝手な壌の理屈に写ノ神は怒号を浴びせ、この世が最早戦いを求めていないことを強く主張する。

「でも実際は不平等な世の中ではあることは君は良く知っている筈だよ」

 壌は、戦いは無くなっても事実として世の中が男女差別の絶えない不平等な情勢であることを写ノ神に鋭く突きつける。

写ノ神は、それ以上何も言えなくなる。

「戦が終わり、僕らは存在する意味さえ奪われた。ならばこそせめて、己が生きた証を形に残して時代に刻み付けるまで。僕にとって意義のあるもの――――――それは、この世界における真の最強。それこそが、僕が僕であったことの『証』だよ」

 右手の鎌をドラに向けながらこの戦いが自分にとって最も意義のあるもの、そして自分が生きた証を形として時代に刻み付ける行為そのものであると壌は主張する。

 それを聞き、ドラは眉間に皺を寄せながらおもむろに言葉を紡ぐ。

「戦国の世・・・・・・群雄割拠で日本中がざわつき、侍かを問わず多くの人間が闘いに身を投じた。立場こそ違え、国の未来を憂い、世の安息と幸福のために命を懸けた・・・でもお前は違う。お前にあるのは、血みどろでいて氷の様に冷たい闘争心だけ」

 戦国時代において、戦う理由が日本という国の未来のため―――大義名分を果たす事にあったことを事実として持ち上げつつ、ドラは壌にはそうした感情は一切なく、ただ自分の純粋な欲望に則った子どもの我儘のようなものであると厳しく言及する。

「そして、それを今もって持ち続け、幸吉郎たち(・・・・・)を苦しめることに加担している」

 ドラは確かに「幸吉郎たち」と限定した。

彼はTBTスタッフとして歴史の修正を担っている立場である一方、過去でも未来でもない、厳然たる「いま」を最も尊重し、そのために努力する姿勢を貫いている。

一見すると先見性のない、あるいは自己中心的と揶揄されるかもしれないが、それは誤りだ。その時々の状況にもよるが、合理的かつ論理的、そして現実的な行動を選択することにおいて、「いま」という区切りを蔑ろにすることは、最も非効率なことであることをドラは知っていた。

 だからこそ彼は「いま」を守るため、そして「いま」という領域に存在する自分と繋がった幸吉郎たちの為に剣を取る。

「オイラの周りの世界が、誰かのエゴで壊わさせはしない。そのエゴも何もかも、世界の全てを敵に回してでもぶち壊す。この身の意地とたった一つの『優しさ』の名に懸けて・・・螻蛄壌。お前はここでぶちのめす!!」

 サムライ・ドラが唯一自覚しているところの【正義感】を顕著に表した言葉である。

「何とでも言いなよ。本気になったところで、君に勝ち目はないよ」

 冷たい闘争心の塊たる男の絶対的な自信から来る言葉を耳に、ドラは刀を両手で握りしめ、本気の力でぶつかる事を決意する。

「行くぞ」

「来なよ」

 次の瞬間。

ドラは縮地を最大に発揮し、壌の視界から姿を消す。

 幸吉郎たちが目を凝らすと、既にドラは壌の頭上に移動しており、両手で持った剣を振り下ろそうとしていた。

 ―――カキンッ!

 壌は冷静にドラの剣の動きを見極め、右手の鎌で受け止める。

 しかし今のドラは本気だ。

すぐさま刀を鞘に納め、鞘走りさせて殺傷能力を高めた剣の一撃を壌に浴びせる。

 ―――カキン!カキン!

 徐々に強さを増していくドラに対して、壌も強さを引き上げ、互いの超一級の戦闘技術が遺憾なく発揮される。

 ―――カキン!カキン!カキン!

 何度も何度も、剣と鎌がぶつかり合い、その都度鋭い金属音が鳴り響く。

攻撃の速度も既に目では捕えられない域に達している。だがそれでも、ドラは壌に決定打を与えることが出来ないでいた。

 この衝撃的な光景に、幸吉郎たちは絶句しまばたきを忘れる。

「なんて強さだ・・・!あのドラが一太刀も浴びせられないなんて・・・!」

 写ノ神は何度も目を擦ったが変化は見られず、ドラの方が若干劣勢に立たされる光景が広がるだけ。

「卍落(まんじお)とし!」

「無駄だよ」

相手の視覚を惑わすと同時に、高速で移動し残像を作り相手がそれに気を取られている隙に魂魄でコーティングした刃で背中に『卍』の文字の傷を与えるこの技も、壌の前では意味を成さず不発に終わる。

「神斬撃(しんきげき)!」

 だがドラは決して攻撃の手を休めない。

着地と同時に怒涛の如く繰り出される、体の部位に対して一撃必殺の九つの斬撃を叩きこむ。

 壌は元来備わった無二族の能力【自然淘汰(ナチュラルセレクト)】によって、周囲の風に呼びかけ、ドラの斬撃の軌道を微妙にずらし、その威力を半減させた上で両手の鎌で完全に防ぐ。

「着地待たずの九撃同時攻撃・・・なかなかの芸当だよ。でも、僕の鎌はその程度で破れる代物じゃない」

 ドラの顔が若干歪む。

実際、彼はここまで8割近くの力で戦っている。彼が本気で闘う事は滅多にないのだが、壌の前ではその力が無力に近い形で打ち消される。

「兄貴・・・」

「ドラ・・・」

 幸吉郎たちは、遠目からこれほどまでにドラが追い詰められる姿が見るに堪えられず、戦えない苦しさで胸が締め付けられる。

 そのとき。

壌の繰り出す攻撃に劇的な変化が見られる。

「!!!」

 無二族の力で、壌が生み出した漆黒の焔(ほのお)。

黒い炎に触れれば如何なるものも即座に灰と化し、実体を失う。

邪悪な黒い炎を纏った壌の両鎌がドラの懐へ飛び込み、ドラの体は黒い炎に焼かれる。

「兄貴!」

「「「「ドラ(さん)!」」」」

辛うじてドラは灰となることを免れる。

だが、既に立っていることも厳しい状態まで追い詰められている。おまけに、先に喰らった蟷螂真空斬の影響で、体の機能を維持している電子部品もスッカリいかれてしまった。精密機械である彼がここまで持ち答えられているのは、愛刀【ドラ佐ェ門】が持つ特別な力か、ないしは物理法則を度外視した彼の強い精神力だ。

「何度斬り込んでも無駄だよ。防御に徹した僕の鎌は、オリハルコンのレールガンとて防ぎ切れる。立ちなよ、サムライ・ドラ。倒れてる虫にとどめを刺すのは僕の好みじゃない」

 ドラの身を心配しながら、駱太郎と写ノ神は徹底して戦いに対してシビアな態度を貫く螻蛄壌という男に途方もない恐怖を抱く。

(どんなに優位に立っても、薄笑(うすわら)い一つ浮かべやしねぇ・・・まさに“氷の闘争心”だ・・・)

(ちくしょう・・・足がすくんじまってやがる・・・!)

「兄貴!!大丈夫ですか!?」

 幸吉郎が強く呼びかけると、ドラは刀を杖代わりにしながら傷ついた体をゆっくり起こす。

「大丈夫だよ。これしきでぶっ倒れてたら、バカ長官に大笑いされること間違いないだろうからね。それに・・・やっとあの鎌を防ぐ手段(て)が見えて来た所だ・・・」

 それを聞き、壌の眉(まゆ)が僅かに動く。

「ハッタリ・・・と言いたい所だけど、君はそんな事をいう性格ではないね・・・」

 ドラの強さを戦いの中で理解していった壌は、氷の眼差しを向けながらドラの方へ歩み始める。

「ならば見せてもらえるかい・・・その手段(て)とやらをね」

 40センチ近くの身長差がある二人が互いの顔を見ながら闘気を剥き出しにする。

 両者の勝負の行方を、幸吉郎たちは固唾を飲んで見守る。

 そして今―――ドラの刀が壌の懐へ叩きこまれる。

「はっ」

「遅いよ」

 ―――カキン!

 今までと同じように壌はドラの一撃を右手の鎌で防いだつもりでいた。

しかしよく見ると、ドラは刀の鍔元を握っており、その上で壌の間合いを制していた。

(何!刃の鍔元(つばもと)を・・・!)

 想定外の事態だった。

まさかドラがこんな方法で自分の鉄壁の防御を崩すとは夢にも思っていなかった。

 鎌崩しに対して驚きを隠せないでいる壌を見ながら、ドラは鎌を押さえつけた状態から柄頭で彼の無防備な場所―――喉仏を強く刺激する。

―――ゴツッ!

「うぐ・・・!!」

 いくら超人的な能力を身に付けているとはいえ、喉を傷つけられれば流石の壌も顔色を歪める。

「くっ・・・ぐ・・・は・・・」

 壌は吐血する。

あまりの痛みに彼の喉が悲鳴を上げたのだ。

 ドラの捨身と思える、合理的な戦法が勝った事がこうして実証されたのだ。

「やったぞ!」

「いいぞドラ!!」

勝機を見出したドラを見て、幸吉郎たちが笑顔を浮かべる。

ドラはダメージを与えることに成功した壌を見ながら、言葉を紡ぐ。

「お前の強さの秘訣は無二族の能力とアコナイトが付け足した蟲融術(インセクトフュージョン)・・・それに“間合い”を完全に制すること。単純に考えると、刀を持つオイラの方が有利に見えるけど、長い間合いにはどうしても懐に死角が生じる。その死角をついて小太刀程の長さの二本の鎌を使い分ける。片方でオイラの刀を封じると同時に、もう片方で攻撃してくる。だったらこっちも同じ間合いに切り替えればいい。そうすれば、死角は自然と消滅する」

 達人同士の剣の打ち合いにおいて、間合い(一動作で相手に攻撃を仕掛けられる距離のこと)を制するかが勝敗のカギを握る。

個人の技量や得意とする武器によって間合いは変わるが、達人の域での勝負になる程相手の間合いを如何に封じ自分の間合いで闘うかが焦点となる。

 ドラは一個人が食い切れるような相手ではない。

間合いを制する事もまた、彼が自然と身に着けた高等技術だ。

「・・・日本刀は引くか押すかして斬る事によって初めて真の切れ味を見せる。ただ握るだけでは、まして斬れ味の悪い鍔元なら・・・か」

強く刺激された喉仏を押さえ、険しい顔を浮かべながら壌はドラの取った戦術が効果的であることを認識する。

「正に肉を切らせて骨を断つ・・・見事だよ、サムライ・ドラ。君の神髄しかと見せてもらった・・・返礼として、無二族の神髄で葬り去ってあげるよ」

 言うと、壌は最上級の返礼として無二族の真髄を披露する。

それは壌が生まれてから一度たりとも使用したことの無い、殺戮能力(さつりくのうりょく)の極みにして、自分が持ちうる最強の奥義。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・。

 壌の足元から例の黒い炎が出現する。

しかし、先ほどよりも燃焼力が増しており、炎は徐々に巨大化し、壌は黒い炎を纏った巨人の姿へと変わる。

「「「「「な!」」」」」

「まさか・・・!」

 ドラたちの目の前に現れる黒い炎と一体化を果たした、炎の巨人。螻蛄壌が持つ最強の攻撃力を誇る戦いの権化だ。

「無二族奥義(むにぞくおうぎ)――――――『黒火ノ迦具士神(くろひのかぐづち)』。僕が創り出した、すべてを灰にする業火の化身。魔猫と言えど、この技を喰らえばひとたまりも無いだろうね」

「マズイぞ!」

「兄貴、逃げてください!」

「その必要はない!こっちもあいつと同じなんだよ。そっちがそう言う手を使うなら、こっちだって隠し玉見せてあげるよ。ドラ佐ェ門!」

 逃げも隠れもせず、ドラは真っ向から壌の奥義を叩き潰すつもりでいた。

 愛刀であるドラ佐ェ門を握りしめると、刀に封じられた秘密の力を顕現する。

「魂魄兵装(こんぱくへいそう)―――」

 唱えた瞬間、ドラの顔を模した装飾が光り出し、刀身に吸い寄せられる様に周りの岩や地面、至る所から淡い光が集まり始める。

「なんだ、こりゃ?!」

「ドラさんの刀に・・・何かが集まってきています・・・!」

 幸吉郎たちは幻想的な現象に戸惑いを抱く。

ドラが持つ刀【ドラ佐ェ門】が持つ特殊能力のひとつ、魂魄兵装―――周囲に散在する魂魄を強制的に吸い寄せてドラ自身の力へと変換する。

「わぁお。どこまでも面白いね、君・・・最後まで僕を楽しませてくれてありがとう。安心して、この一撃で君を虫の息にしてあげる」

 この期に及んで壌は戦いに陶酔し、自分を本気にさせたドラにそれまで決して崩す事の無かった表情を綻ばせ薄ら笑みを浮かべる。

 一方で、ドラは真剣な眼差しを黒い炎の塊と化した壌を凝視し、神々しい輝きを放つ刀を振り上げる。

 全てを灰と化す黒い炎と、すべてを浄化する光の斬撃。

 対極する二つの力が今、雌雄を決する為にぶつかり合う。

「終りだよ!」

 先に動いたのは壌の方だった。

黒い炎の塊が拳となって、ドラへと振り下ろされる。

「兄貴!!!!」

 幸吉郎が甲高い声を張り上げる。

このままではドラは確実にあの炎の一撃を受けて、影も形も残らないまでに燃やし尽くされる。そんなことは自分も、他の四人も決して許さないし認めたくない。

 ドラは目の前から迫ってくる壌の拳を見つめながら、刀を振り下ろす直前―――つぶやく。

「幸吉郎たちを傷つけた代償はデカいぞ」

次の瞬間。

全身全霊の力を刃に乗せて、ドラは灼熱の業火に包まれた氷の如く冷え切った心の持ち主を一刀両断。

「魂魄弾改・・・・・・天之尾羽張(アメノオハバリ)!!!」

それは、火の神カグツチが、実母のイザナミを殺した事で、それが実父イザナギの怒りを買い、彼が持つ十拳剣【天之尾羽張】によって殺されたことを再現しているかの如く技だった。

「が・・・は・・・」

炎の拳を斬り裂き、本体である黒火ノ迦具士神ごと、壌の冷たい飽くなき闘争心、そして彼の歪な魂を真っ二つにする。

(負ける・・・この僕が?)

自分の持つ最強の奥義を打ち破り、致命傷を与えられる。

黒い炎からはじき出されると、壌は無造作に地面へと叩きつけられる。

壌の本体は酷く焼け焦げ、無数の切り傷が生じている。

ドラは辛うじて強敵を退けると、満身創痍の体でありながら何時になく無理な力を使った影響で立っていることもままならなくなり、両膝を突くと同時に刀を手から手放す。

「兄貴っ!」

「ドラ!!」

 戦いが終わると、幸吉郎たちがドラの元へ駆け寄ってきた。

 不安に思いながら幸吉郎がドラの体に手を触れようとしたところ、ドラは顔を上げて口元を緩める。

「大丈夫だよ・・・死んじゃない」

 それを聞き、六人は心から安堵し表情を和らげる。

「良かった・・・」

「大した奴だぜおめぇ」

「魔猫をここまで追い込んだあいつも、大したもんだけどね」

 ドラは天之尾羽張を受けてぐったりとしている壌の方を一瞥。

「死んだ・・・のか?」

写ノ神はおもむろに壌の安否を尋ねる。

「いや、落ちているだけだよ。手応えこそはあったが、あの黒い炎を打ち消すのがやっとで、致命傷は与えられなかった。しばらくは起き上がる事も出来ない。先を急ごう」

 幸吉郎と龍樹の手を借りて、ドラは重い体を起こす。

その去り際、幸吉郎は壌が敗北した理由について呟く。

「結局・・・決して退こうとしない奴の闘争心が・・・却って自分自身の敗北を巻き込んだようですね」

 すると、ドラの左側を担いでいた龍樹が不意に尋ねる。

「・・・・・・ドラよ。ひとつ聞いてよいか?」

「なんです?」

「あの男が、自分が生きた証を残すために戦ったのなら・・・・・・お主は何のために戦ったのじゃ?」

 ドラは一瞬言葉を詰まらせる。幸吉郎たちは口を閉ざして彼の答えを待つ。

 やがて、ドラは自分が戦った理由についてこう答える。

「他人のエゴで壊されそうになったオイラ自身の大事なものを、意地になって守っただけだよ。ホント――――――ただ、それだけです」

 一同は、そんな答えがいかにもドラらしいと解釈する。

 しかし一方で、幸吉郎は決してそれだけが理由ではないとも感じていた。

戦いの最中、ドラが壌に対して強く主張した言葉を思い出し、頭の中で反復する。

 

『オイラの周りの世界が、誰かのエゴで壊わさせはしない。そのエゴも何もかも、世界の全てを敵に回してでもぶち壊す。この身の意地とたった一つの『優しさ』の名に懸けて』

 

(意地になって守ったか・・・・・・兄貴、あなたはあの時確かに優しさ(・・・)って言いましたよね)

 ドラにとっての『優しさ』・・・―――それこそがドラが意地と並行して持ち続ける、彼らしく強くいられる、強くあり続ける最大の要素であると考える。

具体的にその優しさがどう言うものなのかは当人であるドラ自身もよくわかっていないだろう。

しかしこれまで彼の後ろについてきた幸吉郎、駱太郎、龍樹、写ノ神、茜の五人ならばその答えを知っているかもしれない。

 何気ない言葉が彼らの胸の中に溶けていく。

それが涙となり、笑いとなり、さまざまな形となって胸の中に溶けていく。

だから、側にいたいと思ってしまう。

言葉だけでは決して伝わらない、ぶっきら棒な愛を振りまく彼の優しさに―――

 

 

アコナイト研究所 中央モニター室

 

モニター室において、ドラと壌の激闘の様子を見ていたミトラ兄弟。

彼らはアコナイトが作り出した最強の生物兵器・螻蛄壌が僅差とはいえ、人ならざる存在であるロボットの放った非科学的な力によって倒されるとは夢にも思わず、唖然としていた。

「無二族切手の殺しのエキスパート・・・螻蛄壌が倒されるとはな」

「だが、これで心置きなく・・・」

「ああ。俺たちの出番って訳だ!」

彼らにとって壌が倒された事は寧ろ好都合な事実でもあった。

壌が倒されたことで、余計な邪魔をする者が減ったことが彼らの行動条件を結果的に良くしてくれた。

 兄のミラーと弟のトミーは顔を見合わせ、右の掌で握手を交わすと互いに士気を高め合う。

「俺たち兄弟の力で!」

「連中を屠り去ってやる!」

 と、そのとき―――。

「なかなかしぶとい連中だな、私も参戦したいものだ」

 ミトラ兄弟のもとに、若干けばけばしい黒い修道服に身を包んだ初老の男―――レダム司祭が現れる。

レダムは首からXの十字架をぶら下げ、藍色に染まった瞳からは途方もない悪意が満ちているようだ。

「やぁ、あんたか・・・レダム司祭」

「ちょうどいい。あんたも俺たちと一緒に連中に見せつけてやろうぜ。真に選ばれた人間に下等なサルが楯突くと、どんな報いを受けるのか」

トミーが呼びかけると、レダム司祭は口角をつり上げる。

「いいだろう・・・私の送念(そうねん)と主の威光によって、彼奴等の汚れた心を浄化してやろう」

 三人はモニター室を後にし、ドラたちを迎え撃つため独自の行動を開始する。

 

 

同時刻 アコナイト研究所 某所

 

ドラたち一行は、敵の目を掻い潜りながら現在、研究所の中央ブロックへと向かう。

 流石に中心部へ近づけば近づくほど、見張りの数も今までとは比べ物にならない。

これまで一撃の下で倒してきたドラたちも、幹部やアコナイトの決戦に備えて成る丈体力を消耗しない様にしていたが、そうも言っていられない状況だ。

「くそ、思ったように進ませてくれないな。これじゃあ、いつまで経ってもアコナイトの所にたどり着けねぇ!」

「兄貴、どうしましょう?」

「ここまで来て引き下がれると思う?間違ってもそんな選択肢は持ち合わせてないよ。ともかく、人目に付かない様に息を潜めているんだ」

 茜の持っていた畜生扇の力で傷を癒したドラだが、壌との死闘は思いのほか深手となり、現在の彼は本来持ちうる力の7割程度を出すのが限界だった。

あまつさえ、精密機械でもあるドラの体には無数の電子部品が組み込まれており、壌との死闘でそのいくつかが完全に壊れてしまった。

 それでもドラは立ち止まらず、幸吉郎たちを連れてアコナイトの元へ目指すつもりでいた。

揺るぎない決意と己の意地に懸けて、ドラはこの戦いを乗り越えるつもりだ。

 幸吉郎たちもそんなドラの思いを自然と汲み取り、自分たちとこの世界の未来、そしてドラを守るために最後の最後まで彼に随伴する。

「なぁ」

「ん?」

 移動の最中。

不意に駱太郎がこんな事をつぶやく。

「こんな時に言うのも無神経だとは思うがよ・・・いい加減腹空いてきたぜ」

「は、はぁ?!」

「あ、あなたと言う人はこの状況でなんて緊張感の無い事を言っているんですか?」

「これだから単細胞はな!」

 空気を読まない駱太郎の無神経ぶりに、いつものことながら幸吉郎と写ノ神はもちろん、茜までもが厳しく叱咤する。

「けどよ・・・・・・正直しんどいんだって~~~」

 これまで数時間歩き続け、数々の罠や刺客を退けて来た彼らだが、駱太郎が言う通り体力の消耗は如実に空腹を助長し、やせ我慢をしている彼らもいい加減に摂食行動に及びたいという願望が胸中にある。

「まぁ言われてみれば、ここまで飲まず食わずで来たもんな・・・しょうがない、ここいらで何か食べるか」

 空腹を満たすため、ドラは常人の20倍の嗅覚を持つ「強力ハナ」で空気中に含まれる食べ物の匂いを嗅ぎ分け、ある場所へと移動する。

 匂いを辿ってやってきたのは、アコナイトたちが豊富に食料を備蓄している給仕室。

「うひょ~~~うまそう!」

「美味しそうですね!」

地獄で仏と言わんばかりに幸吉郎たちは目の前の食べ物に瞳を輝かせ、今までの人生で食べたことの無いような食材を引っ張り出す。

「ちゃっかり敵の食べ物失敬するたぁ、俺たちもなかなかの悪党だな!」

「ささ。今のうちに食べて戦いに備えよう」

「「「「「いただきまーす!」」」」」

 生き急ぐかのように食べることに貪欲となる。

幸吉郎と駱太郎は勿論、老人である龍樹や華奢な茜でさえ、汚い面構えになることも厭わず食い散らかす。

「なんか飲み物は無いかな・・・R君、その辺にあるものとってくんない」

「これでいいか?」

 喉が詰まりそうになったので、ドラは駱太郎に頼んで適当な飲み物を要求する。

駱太郎は丸焼きの七面鳥を齧りながら、碌に確認もせず黒い一升瓶を手に取り、ドラへと渡す。

 ドラもまた、そこに書かれている文字を確かめもせず躊躇いも無く口をつけ、ゴクゴクと音を立てて飲み始める。

 次の瞬間。

ドラは口に含んでいた食べ物を含めて、駱太郎へと吐き出した。

「だああああああああ!何すんだ、てめぇ!!!」

「何すんだはこっちの台詞だよ!なんで醤油の瓶なんか渡すんだよ!!!」

 ドラが飲んだのは濃口醤油であり、間違ってもコーラなどではない。

「あ~あ~あ、見ろよこれ!俺の一張羅が醤油臭くなっちまったじぇねぇか!白だから落ちねーじゃんか!どうしてくれるんだよ!」

「君が醤油なんてくれなきゃね!こんなことにはならなかったんだよ!」

「んだとー!」

 ドラと駱太郎は互いの罪を擦り付け合い、至極つまらない争いを勃発させる。

 顔を引っ張り合い、敵の本拠地のど真ん中であることなどそっちのけで、男とロボットがぶつかり合う。

「あ、兄貴!やめましょうよ!おら駱太郎!おめぇが謝れ!」

「んで俺がこいつなんかのために、謝らねぇとならねぇんだよ!」

「こいつとは何だ、こいつとは!あ~腹立たしい!!アコナイトの前に君から先に血祭りにあげてやらぁ!」

「止さぬか!敵に見付かったらどうする!?」

「いい加減にしろよ、ドラも単細胞も!」

「お願いですから喧嘩は余所でやってもらえませんと・・・!」

 幸吉郎が二人の喧嘩の仲裁を必死でしていた、まさにそのとき。

 ボコボコボコ・・・パン!

喧嘩の発端となった醤油が突如沸騰したと思えば、一升瓶に亀裂が入り、途端に爆発・砕け散った。

「「うわあ!」」

「な、何だ!?」

 破裂する兆候など無かった。

にもかかわらず一升瓶が砕け散るという不可思議な現象に、六人は大いに動揺する。

―――パン!パン!

「離れろ!」

「きゃああ!」

醤油の瓶が割れたのを皮切りに、その他の食べ物にも同様の現象が起き、一様に急激な沸騰の末に爆発。

危険を感じた六人は被害が及ばないところへ避難する。

―――パン!パン!パン!

「なんだよこれ!?」

―――パン!パン!パン!

「敵の攻撃じゃ!」

攻撃が一度収まり、ドラたちは敵がどこから攻撃を仕掛けているのかを考える。

すると、写ノ神が人の気配を感じとり、目を見開く。

「この感じ・・・そこだっ!」

 カードホルダーから『炎(フレイム)』の魂札(ソウルカード)を取り出し、敵の居る方角へと火球を飛ばす。

 ―――ドカンッ!!!

 爆発が起こった後。

黒煙の中より人の影が見えて来、人影はドラたちを哀れんだ様子で言葉を投げかける。

「・・・―――悲しき者たちよ」

「誰だ?」

「このような連中に、オリハルコンや壌は何を手こずったのか?」

 レダム司祭こと―――イグナチウス・デ・レダムは不敵な笑みをドラたちへと向ける。

「黒い修道服・・・?」

「耶蘇教(やそきょう)の吉利支丹(キリシタン)か?」

レダムの出で立ちから、龍樹は直ぐにレダムが耶蘇教(1549年に、カトリックの司祭、イエズス会のフランシスコ・ザビエルらにより広まったキリスト教の呼ばれ方)の信者であると判断する。

レダムは時代錯誤な埃を被ったキリスト教と、その信者の呼び名を鼻で笑う。

「そんな古臭い言い方は止さぬか。私は遥々イエズス会より布教活動のため参った、イグナチウス・デ・レダムだ。ふむふむ・・・見た目もさることながら、精神もかなり淀んでいるな。特にそこの逆髪の男」

「あっ?」

 レダムは駱太郎を指さすと、不機嫌そうな彼を凝視しながら彼を小馬鹿にしたような表情でつぶやく。

「ふむふむ・・・悪しき欲に塗れている。直に人間性を失い、心身ともに黒一色のケダモノと成り果てることは必至か」

「な!・・・お、俺の心の中が見えるってのかてめぇ?はっ、何を言い出すかと思えば・・・言っとくがな、俺はイカサマ宗教にはひっかからねぇぜ。俺が信じてんのは、この万砕拳だけなんでな~!」

「なんとも・・・相当に心が汚れ切っておるな。仕方ない・・・・・・ここはやはり私の送念を以てして、お主の淀みきった心を浄化してやろう」

 言うと、レダムはおもむろに両手を前に翳して、駱太郎の方へと向ける。

「・・・!避けろ、R君!」

 ドラは即座に退避を求める。

 ―――パン!パン!

 次の瞬間。

駱太郎に向かって目に見えない何かが飛んで行き、ドラの忠告を聞き入れた駱太郎が横にずれるや、またしても食べ物と飲み物が蒸発し爆発する。

「またっ!」

「なんなんだこの攻撃は!?」

「これが送念と言うものの力ですか!?」

 物陰に隠れながら、六人はレダムが仕掛ける非科学的な攻撃―――送念の力に困惑する。

 レダムが繰り出す送念の力は凄まじく、周囲のある食べ物から飲み物をあからさまに蒸発させ、そして爆発させる。

 ドラはこの送念を何らかの物理的な力が作用しているのではないかと考えつつ、物陰に隠れて分析を行う。

 すると、ドラの体に僅かにレダムの送念の一部が触れる。

「・・・!はは~ん、そう言う事か」

「何か分かったのか?「危ないってば!」

 駱太郎が物陰から顔を出した瞬間。

浅はかな彼の顔を引っ込めさせ、ドラは軽薄な行動が目立つ駱太郎を厳しく叱咤する。

「無暗に顔を出すなっ!目ん玉が温泉卵になってもいいのか!」

「お、温泉卵だぁ・・・!?」

何を言っているのかさっぱりわからない駱太郎。

すると、意を決して龍樹が錫杖片手に机の下から飛び出した。

「拙僧が参ろう」

「龍樹さん?!」

龍樹の行動に驚く中、レダムを前にしながら龍樹はこんな風につぶやく。

「お主は間違っておるな」

「なに?」

「すべての事象は移ろい行く性質の物であり、すべての存在は寄りかかり寄りかかられて存在しているのであり、すべての苦しみから解放される。三法印とは即ち、これらの言葉を言いまとめた・・・諸行無常(しょぎょうむじょう)・諸法無我(しょほうむが)・涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)を指す」

「一体何を言いたいのだ、貴様?」

「我々の世界に初めから、始まりも終わりも無い。世界も人間も縁によって成り立ち、主らが信じる創造者たるは存在せぬ。人は死後も、輪廻を繰り返す。原罪の赦しを神に請うことを救済というのならば、拙僧は断じて認めぬ。煩悩も我執も己の努力次第では、減らすことができる。そして最後には涅槃の境地に至れる。それが真の救済の道なり!」

キリスト教と仏教とでは、世界観がかなり異なるため、救済の考え方も大いに異なる。キリスト教は、一言でいえば「世界も人間も神の創造物」でありから、これがかなり徹底して思考していかなければ、誤解を生んでしまう。

それに対して、仏教は人間が死んだ後も、輪廻を繰り返すものと考えられている。これは、煩悩の火を消し涅槃の境地に至らなければ繰り返される。

何れにせよ、世界観の違いから双方の死生観や救済の条件、状態に違いが生まれる。

しかし、ともにあるのは、自分以外のものの存在や働きによって生かされているということである。

「貴様・・・この私を侮辱するか?」

「侮辱ではない。ただお主の言う送念とやらの救済が気にくわぬというだけのこと。真の救済が何たるかを、その送念を打ち破った上で拙僧が教えてしんぜよう」

 レダムと闘い、龍樹なりの方法で彼の魂を救済しようとする。

 ドラは戦う気でいる龍樹に意外な言葉で呼びかける。

「心配しなくても龍樹さん、奴の送念なんてウソッパチですから」

「ウソッパチ・・・?敵の攻撃にはカラクリがあるんですか兄貴!?」

「送念(あれ)は恐らく・・・強いマイクロ波を放射しているんだ。あの男の手元におおよそ300メガヘルツ以上の電磁波を浴びせることのできる超小型の放射装置があると仮定しよう。万が一マイクロ波を体に当てれば、人の体内に含まれる水分が刺激されて、体が熱くなるはずだ」

「それで、食べ物がみんな沸騰しちまったのか?」

送念の正体を、ドラはそれが電子レンジに見られるマイクロ波を使った物理現象であると結論付ける。

「どの道、当たらなければよいのじゃな?」

「そう簡単にいけばいいですけどね」

 ドラは懐に手を伸ばすと、銀色のケースからサングラスに酷似した特殊道具を取出し、龍樹に手渡す。

「それはマイクロ波を遮断する、シールドクロスを張った特注のサングラスです。昔これと似たようなものを碌でもない義弟に送ったことがあります。それを付けて戦ってください」

「うむ。助かる」

 龍樹はドラから託されたサングラス―――『超電磁遮断グラス』を着用。

目の前が暗い事に一瞬戸惑うも直ぐに慣れ、ちょい悪いオヤジ風の相貌となった龍樹はレダムと向き合う。

「拙僧の三法印で、お主の魂を救済する」

「来るがいい。私の送念で逆に貴様を浄化してやろう」

仏教の僧侶とキリスト教の司祭。

相反する二つの宗教が誇りと真の救済を賭けて今、激突する。

「送念を受け給え!」

「そうはいかん!」

送念と言う名のマイクロ波を武器とし、龍樹の体を蒸発させようとするレダム。

対するはマイクロ波を遮断するサングラスを身に着け、正面から突撃する龍樹。

「ぬおおおおお!」

「なんの!」

錫杖を振りかざし、龍樹は力一杯振り下ろす。

レダムは隠し持っていた短剣で錫杖の一撃を受け止める。

「「「「龍樹さん!」」」」

「爺さん!」

「お主たちは先に行け!拙僧もすぐに追いつく!」

自らが囮となって龍樹はレダムを引きつけ、その間にドラたちを先に進ませようとする。「必ず生き延びてくださいよ!」

「幸運を祈ります!」

 ドラたちは龍樹の厚意を無駄にせず、彼が生きて帰って来ることを信じ先を急ぐ。

レダムは錫杖を短剣で受け止めながら、険しい顔の龍樹に不敵な笑みを浮かべる。

「いいのか?あんなこと言って・・・」

「老兵は死して去るのみ・・・と言いたいところじゃが、拙僧とてまだまだ若い者には負けはせぬ。こう見えても出家したのは5歳の頃でな・・・!場数なら誰よりも踏んでおるわい!」

 龍樹は錫杖を持つ手に力を籠め、レダムを力一杯後ろに突き放すと、懐から護符を数枚取り出し投げつける。

 ―――ドン!ドン!

 護符は爆発を伴い、レダムの視覚を惑わす。

そうして生じた一瞬の隙を突き、龍樹は法力を高め―――神秘的な事象を発動させる。

「諸行無常印・参之型(さんのかた)『釈迦腕(しゃかのかいな)』!」

次の瞬間。

亜空間より釈迦の腕が出現し、レダムの体を貫くとばかりに切迫する。

「く・・・舐めるな!」

レダムは首にぶら下げているX十字―――聖アンデレ十字を強く握りしめ、創造主より与えられた神秘的な力を顕現し、龍樹の力に対抗する。

―――ドカン!!!

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 4巻』 (集英社・1995年)

 

 

 

 

 

 

短篇:祝!八百万写ノ神16歳 in USJ(後編)

 

 八百万写ノ神の生誕16年目を記念しユニバーサル・スタジオ・ジャパンへとやってきた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)一行。

 そこで彼らが用意した写ノ神を主役としたパレード企画。

 当人の意思など完全に無視して、史上空前の誕生パレードが始まろうとしていた。

 

 

西暦5538年 10月1日

大阪 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン

 

 午後3時30分。

 当初の予定よりも10分遅れで、本日のメインパレードの案内が始まった。

『ご来場のお客様にご案内申し上げます。本日予定しております【ハッピー写ノ神セレブレーション!!】は、午後3時40分から開催致します。どうぞ、お楽しみに!』

 このパレードが始まる2時間前から席を確保する人々の目的はあくまで非現実的なかわいいキャラクターたちの登場であり、写ノ神の登場は毛ほども期待していない。

 ドラたちは写ノ神の様子を窺うためモニタールームへ移動し、パレードの様子を見守っていた。

「いよいよですね」

「それにしてまぁ客のリアクションがまったくない!」

「全然待たれてませんね!完全に何のこっちゃですよ」

 キャーと言う声も無ければ、もっと早く!と言ったりアクションすらない。

 世間一般の写ノ神の認知度は限りなくゼロに近い状態だ。

「おかしいな・・・写ノ神も何度か一緒にテレビ出演したことあるのに」

「そりゃドラーズの存在感に比べれば屁みたいなもんだろう」

「なんかすごいハードル上がっちまったな!『それがどうしたん』感が半端ねェぞ!」

 

 パレード開始まで、あと5分。

 顔面蒼白の写ノ神を乗せ、「写ノ神号」がパレードの出発地点への移動を始める。

 そして、スタート3分前。

 これから楽しいパレードが始まるというのに、会場にはなぜか異様な緊張感が。

 そんな中、いよいよパレード1分前となった。

「ス○○ピーですよ!これは人気者ですよ~!」

 USJの人気キャラクターが総動員されるこのパレード。

 その主役、写ノ神もスタンバイを開始する。

「それではまもなく動き出します!」

「俺どこにいたらいいの?上?」

 階段を上る表情に余裕は1ミリも無い・・・

「うわっ寒ぃ!なんだよ~」

 この日の気温は5度。

 全身タイツ姿でこれから人前で曝け出さなければならないのか―――写ノ神は段々と怖くってきた。

 会場を包み込む重苦しい雰囲気。このパレード、一体どうなってしまうのか?

「まもなくショースタートです!」

 妖精たちもポジションにつき、いよいよ「写ノ神号」スタンバイ完了!

 

 そして・・・・・・パレードが始まった。

「お、始まったぞ!!」

「いよいよですね!!」

 モニタールームから会場の様子を窺うドラたち。

 パレードの開始と同時に華やかな音楽と観客からの拍手が起こり、進行役のアンバサダー2名が現れ人々に語りかける。

「さぁみなさんようこそ!私達はユニバーサル・スタジオ・ジャパンの『写ノ神』のバースデーをお祝いするアンバサダーです」

 と、なぜか呼び捨てにするアンバサダー。

 モニタールームのドラたちも思わず失笑する。

「そしてここにいる『写ノ神』は今日だけは私達ユニバーサルファミリーの一員です。今日は彼のためにパーク中の人気者達が駆けつけてくれています!」

「ここの一員なんだって今日は!すごいねー!」

 正直USJがここまでやってくれるとは、ドラたちも思っていなかった。

「さぁみなさん、準備は良いですか!それじゃ、はじめましょう!!」

 そしてパレードが始まった。

 人気キャラクターを乗せたパレードカーが現れると同時に、奇妙な歌が聞こえてきた。

〈Celebrate♪Celebrate♪写ノ神16♪Celebrate♪Celebrate♪写ノ神16♪〉

「今の聞いたか、写ノ神16って言ってたぞ!」

「こんなにやってくれんの!?」

「それより写ノ神は・・・?」

「あ、来ましたあれですよ!!」

 モニター画面を注視すると、画面右奥からスペシャルカーに搭乗した写ノ神の姿が見えてきた。

 ただでさえアウェイな雰囲気の中、写ノ神は圧倒的な観客数と大仰なパレードにすっかり我を見失い、ただただ茫然自失と化す。

「皆『16』ってやっているのに何だよあいつは!」

「もっと楽しそうにリアクションを取るべきだろ!金かかってんだぞ!」

「無理はないじゃろうとて。こんなアウェイな空間に一人放り出されたら、誰だってどうしたらよいかわからん」

 龍樹の言う通り、写ノ神はリアクションを取る余裕すらない。ただ肌身に感じる寒さを如実に実感するのが精いっぱい。

 その間にもUSJ側は奇妙なお祝い曲を歌を歌い続け、パレードを大いに盛り上げる。

「ていうかこれって完全にさらし者じゃねぇか?」

 全くもってその通りである。

 4万5千人と言う観客の視線を一身に受ける写ノ神は、まさにそんな気持ち出会った事だろう。

〈かっこいいぜ!写ノ神16♪Celebrate♪Celebrate♪Celebrate with me♪Celebrate♪Celebrate♪写ノ神16♪〉

「何この歌?歌まで作ってくれてるの!うわめんどくさぁ~!」

 自分の誕生祝でこんな歌まで作ってくれたUSJ側に、写ノ神は罪悪感でいっぱいだ。

 やがて、歌の終わりと共に妖精に連れられパレードカーから降りた写ノ神は、観客からの温かい拍手に包まれる。

「・・・・・・これなんなの一体?」

 臨機応変な対処をしろと言われたものの、あまりにハードルが高すぎた。

 そんな折、アンバサダーの口からこんな言葉が聞こえてきた。

「みんな!写ノ神の16年間を祝って『16ジャイブ』をやろうよ!」

 写ノ神にはまったく理解の及ばない意味不明な単語。

 困惑する彼を余所に、周りの妖精たちがバカみたくノリノリの様子―――それが余計に腹立たしかった。

「このお祝いはパーティーだよ!みんなで歌って踊って盛り上がろうよ!そうだよね『写ノ神』!」

「今さらだけど呼び捨てかよ・・・」

「もっともっと盛り上げようよ!ねぇ、写ノ神~~~!」

 モニタールームで見ているドラたちはあまりのバカバカしさに腹が捩れそうだった。

 と、そうこうするうちに先ほどとはまた違う歌が始まり、妖精たちが一斉に踊り始めた。

〈写ノ神の誕生日はみんなのもの♪さあお祝いしようよ♪〉

 周りがノリノリで踊る一方、写ノ神は踊る事はおろか、手拍子すらせず棒立ちを決め込む。

「こら写ノ神!!臨機応変に言ったじゃんか踊れよ!!」

「これはひどいな!」

「何かやるでしょう普通!」

「せめて手拍子ぐらいはしましょうよ!」

 モニター画面からドラたちが文句を言うが、それでもやはり写ノ神は踊ることができなかった。

〈写ノ神16♪さあゆこう!写ノ神16♪最高だよ!写ノ神がいるから♪さあお祝いしようよ♪U・T・S・U・N・O・K・A・M・I写ノ神♪〉

 とは言え、当初こそ緊張していた写ノ神もよ観衆の祝福を一身に浴びてようやく笑顔が戻った。

 だがここで、写ノ神を追い込む最後の仕掛けが―――。

「ふははははははは!!!!」

 突如パレードに現れたのは、ウォーターワールドの悪役「ディーコーン」で、写ノ神と妖精たちはディーコーンの出現に動揺する。

「おいおい何だよこれ・・・」

「俺様の居る前で勝手な事は許さん!!うおおおおおおおお!!!」

 ディーコーンが邪悪な波動を放った瞬間、写ノ神の周りをとりまく妖精たちがことごとく倒れ、全員が死んでしまった。

「え・・・死んじゃったの?」

 この状況にどうすればいいのか写ノ神が困っていると、アンバサダーから声をかけられる。

「写ノ神、今だから言うけど・・・実はあなたは16年前、光の国の王子として生まれてきたんだ!信じられないんだね」

「はい・・・」

「今あなたの腰に魔法がステッキがさしてあるだろ?」

「これか?」

 おもむろに左腰に差してあった完成度の低い魔法のステッキを手に取る。

「そのステッキを妖精たちに向けて振ってみて、早く!」

 言われるがまま、妖精たちへステッキを振ったところ―――ディーコーンにやられた妖精たちが生き返り会場は歓声に包まれる。

「ほうら!妖精たちが蘇った!」

 モニタールームのドラたちも笑いが止まらなかった。

 内心、何なんだこの茶番と思ってしまったのは秘密である。

「ほら、あなたは王子なのよ!写ノ神!」

「あっそうなの?」

 生き返った妖精に言われても、どこか釈然としなかった。

 その後、光の王子写ノ神は真の勇者にしか抜く事が出来ないという伝説の杖を抜いて、悪の「ディーコン」に勝利―――USJの英雄となった。

 そしてパレードは、ここからグランドフィナーレを迎える。

 16歳を迎えた写ノ神に、4万5千人の大観衆から大きな声援が飛ぶ。

〈Celebrate♪Celebrate♪写ノ神16♪Celebrate♪Celebrate♪写ノ神16♪〉

 会場を去る写ノ神を観客たちが名残惜しそうに手を振ると、写ノ神は彼ら一人一人を頭を下げ、「どうか勘弁してください」と言った。

 こうして、写ノ神のバースデーパレードは幕を閉じた。

 

「はいおかりなさーい!」

「「「「「おつかれさーん!」」」」」

 パレードを終えた写ノ神をドラたちは温かく迎え入れた。

 多くの人々から祝福してもらった写ノ神。今回のパレードをどう感じているのか?

「でどうだった、今回の誕生日パレードは?」

「『どうだった』って・・・もうどうしていいかわからなかったよ!!だって関係ないからね皆に!ただただ申し訳なかったわ!!」

 八百万写ノ神、16歳―――彼にとって一生忘れられない年になった事は間違いない。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その50:オイラの周りの世界が、誰かのエゴで壊わさせはしない。そのエゴも何もかも、世界の全てを敵に回してでもぶち壊す。この身の意地とたった一つの『優しさ』の名に懸けて

 

エゴと聞くとあまり良い意味を持たない。ドラはある種テロリストの性質を孕んでいるが、譲れないもののためには全力で戦う覚悟があるのは確か。それにしても、ここで言う【優しさ】って何だろう・・・。(第59話)




次回予告

ド「龍樹さんがレダムと戦っている間に、オイラ達はモニタールームで基地の詳しい情報を得る事に成功。アコナイトの元へと向かって一直線!かと思ったら、オリハルコンや双子の兄弟に待ち伏せを喰らう」
「幸吉郎達はオイラをアコナイトの元へと行かせるために、それぞれの敵と戦う。オイラは、たった一人でアコナイトと決着をつけることに。さぁ・・・待たせたな似非科学者!この落とし前はきっちりつけてもらうからな!」
「次回、『鋼鉄の絆 其之九 科学の功罪(サイエンス・デザート)』。アコナイト・・・オイラが甘いもの以上に、根本から嫌いなものってなんだか知ってる?それはだな・・・!」

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