サムライ・ドラ   作:重要大事

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鋼鉄の絆 其之七 最恐蟲師・螻蛄壌

時間軸1603年 3月16日

江戸 アコナイト研究所

 

 ドラたちにとって、正面出入り口で戦った敵はすべて雑魚だった。

 造作も無く敵を退けると、六人は地下へと続くエレベーターを発見。高速エレベーターで地下深くまで降り、研究所のどこかに身を潜めているアコナイトを捜索する。

 すると数分後。一際巨大な扉を発見。ドラたちは扉の前に立って固唾を飲む。

「ここから先はおそらく、オリハルコンのような実力を伴った幹部たちが守っているはずです」

 洗脳状態とは言えアコナイトの近くにいた茜は扉を開ける直前、想定できる事態を考慮してドラたちに伝える。

 それを聞き、男たちは顔を見合わせ首を縦に振る。

「よし。気を抜くんじゃねーぞ!いくぜ!!」

 意気込む駱太郎は拳を掌で叩く。

「おめーが仕切るな!」

「この単細胞が!」

 直後。駱太郎の言葉が気に入らなかった幸吉郎と写ノ神は、彼の頭を力一杯押さえ怒鳴りつけた。

 ギギギギ・・・。

 重厚な扉が開放され、徐々に中の光が差し込んでくる。

 ドラたちは目をやられない注意しながら、光明の向こう側へ目を向ける。

「―――!!」

 光が晴れた瞬間、その目に見たものは、あまりにシュールな光景。

 見渡す限り草木が生い茂り、中には南国でしか育たないような熱帯植物なども自生している幻想的な空間。

 六人は地下の中とは思えない空間を切り取ったかのような光景に目を奪われる。

「なんじゃこれは・・・?」

「建物の中に森があるぜ!」

「茜ちゃん、ここは?」

「多分ですけど、アコナイトが趣味で作った菜園ではないでしょうか・・・」

 ひとまず、森の中に入ってみることにした。

 ドラを先頭に幸吉郎から順に駱太郎、龍樹、写ノ神、茜が後ろに付く。

 どこかに設置されている監視カメラを探しながら、ドラはこの広大な森、もとい桁違いな規模を持つ家庭菜園内を歩き続ける。

 一方、茜を除く幸吉郎たちはこの時代の人間の手では決して作り得ない高い技術力で人工的に造られた広大な菜園が、未だに森であるかのごとく錯覚を起こしているのか表情が困惑している。

 写ノ神はそわそわした様子で、ドラにふと気になった事を尋ねる。

「なぁ・・・ここって本当に地下なのか?太陽も無いのに植物なんて作れるのか?」

「太陽がなくなって、人工的な光に適当な温度と水、それに空気が揃えば植物は育てられる。アコナイトはオイラと同じ未来から来たんだ。それぐらいの知識は小学生でも知ってるよ」

「本当にこの奥にいるんですかね?」

「いる!俺はそう断言する!」

 幸吉郎が怪訝そうに呟いた直後、駱太郎が強く断言する。

「R君、何か根拠でもあるのかい?」

「俺の野性的な勘がそう言っている!」

 何とも根も葉もない直感を信じる駱太郎にドラたちは溜息を漏らす。

 その上で、ドラと龍樹は醒めきった目で駱太郎に冷たく言い放つ。

「全く以て、非論理的だね。憶測で物を言うのはよくないよ」

「るっせー!だったら最初から聞くな!」

 

 一行はその後も、広い広いアコナイトの菜園を彷徨い続ける。

 彼等の様子は、ドラが危惧した通り監視カメラを通してモニタールームへと送られていた。

 モニタールームにはアコナイトの命を受けた幹部―――ミトラ兄弟がいた。

「へへ・・・ノコノコ入り込んできやがった。罠にかかったネズミが6匹」

「1匹はネズミじゃなくてネコだろ、兄者?」

「まぁな。さて、そんじゃ始めますか」

「とびっきり愉しい座興(ショー)をな―――」

 

 何かが起こり始めようとする中、ドラたちは六人は深い森の中を彷徨う様に移動し続ける。

「おっ?」

 すると、駱太郎の鼻が空気に漂う香しい匂いを嗅ぎ分ける。

「どうした駱太郎?」

「鼻孔なんて広げて、ついにどうかしちまったか単細胞?」

 龍樹と写ノ神が気になって声をかけると、駱太郎は菜園に自生している木の中から非情に瑞々しい果物を見つける。

 表面が緑色の皮に覆われ、ラグビーボールぐらいの大きさの球形の果物。我々が知る所のメロンを駱太郎は手に取る。(ちなみメロンは、日本では中世の考古遺跡から炭化種子が検出されており、古い時代に渡来して雑草化したものは「雑草メロン」と呼ばれ、西日本の島嶼部(とうしょぶ)などに自生している)

「うまそうだぜこれ!ひとつもらってくか!珍しい西瓜(すいか)だぜこれ」

 これまで見たことも無い色と形、仄かに甘い匂いを発するメロンをスイカと勘違いするも、駱太郎は強い興味を抱く。

「止せ止せ。敵の作ったものだぜ。罠かもしれねーじゃんか!」

「写ノ神は正論を言っておる。食べれば碌なことにならんぞ」

「大丈夫だって、これくらい食ったところでどうにもならねぇさ!」

 十中八九罠だと主張する写ノ神と駱太郎だが、本人は聞く耳を持たない。

「へへへ。いただきま―――す・・・」

 大きく口を開け、メロンを丸かじりしようとした次の瞬間。

 メロンが表皮から長い舌が飛び出し、駱太郎の顔をペロペロペロと舐めて来た。

「わああああああああ!!!」

「「だあああああああ!!!」」

 三人の甲高い悲鳴は、先を急いでいたドラたち三人の元にも届く。

「今の声は?」

「駱太郎たちです、兄貴!」

「どうしたんですか!?」

 声が気になり戻ってみると、腰を抜かした駱太郎と龍樹、写ノ神がドラたちの元へ駆け寄り酷く狼狽した様子で助けを求める。

「ああああ///どどどどどどどど、ドラ~~~///」

「西瓜が・・・すいかが・・・///」

「これ西瓜ではなくてメロンというそうですよ、写ノ神君。一度ご馳走になったんですが、甘くて凄く瑞々しかってですね♪」

「そ、そのメロンがな・・・!ぺろんって!!」

「あ?」

「だからメロンが!!ぺろんぺろんって!!」

 真面な単語が何ひとつ出てこない駱太郎の意思疎通に、ドラは業を煮やす。

「擬音語だけで説明しないでよ!ちゃんと主語・述語と論理的に組み立てて貰わないと訳わかんない!で、メロンがどうだっていうんだ?」

 そのとき。

 駱太郎が食べようとしたメロンのひとつに口が現れ、ケラケラと嘲笑うが如く笑い始める。

「な・・・!」

 ひとつが笑い始めると、他のメロンも同様にケラケラと笑い始める。

 はあまりにシュールで不気味な光景に、ドラたちは冷や汗をかく。

「な、なんだこりゃ・・・気持ち悪いな!」

「ふん。こんな子供だましに腑抜けになりやがって」

 人を馬鹿にするようなメロンの笑いにご立腹の幸吉郎は、腰に差していた刀を手に取りメロンを切り倒そうと意気込む。

「俺が叩っ切ってやらあ!」

 威勢のいい声を上げて剣を振り上げた、直後。

 ―――ボオッ!

 幸吉郎の下半身が猛烈に熱くなり始める。

 違和感を覚え振り返ると、いつの間にか尻の部分に火がつけられ、勢いよく炎が燃え盛っている。

「きゃあああ!!幸吉郎さん、燃えてますよ―――!!」

「あちゃああああああああ~~~~~~~!!!!!!!!」

 熱さに耐えきれず、幸吉郎はその場から走り出す。

 ―――ボオッ!

「「「うわあああああ!!!」」」

 ドラたちは幸吉郎を襲った犯人を目撃する。

 巨大なサツマイモの体を持つミミズの如く触手を生やし、その上で口から火を吐く謎の生物が、ドラたちを襲ってくる。

「逃げろっ―――!!!」

 慌ててその場から失踪する五人。

 サツマイモの奇妙な改造生物は、逃げるドラたちを追って移動を始める。

「何なんだありゃ!?」

「ヤキイモムシ、とでも言えばいいのかな」

「口から火を吐くなんて冗談じゃねぇぞ!」

「幸吉郎さんは!?」

「いたぞ!」

 龍樹が声を上げると、前方に尻から引火した炎が徐々に全身へと伝わり、正しく火達磨になりかけパニックに陥る幸吉郎の姿が見て取れた。

「あちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!!!助けて!!!助けて!!!」

「待ってろ幸吉郎、今消してやるから!」

 幸吉郎の炎を消すための特殊道具を、ドラは銀色のケースから取り出す。

「『インプットカードガン』!」

 外見はローマ数字が刻まれた黒いデータカードで、ドラは懐に忍ばせたベレッタM92に対応するマガジンに選択したインプットカードを装填。

「カードナンバー07、インプット。トルネードシャワー」

 引き金に手を掛けた瞬間、銃口から勢いよく消火弾が放たれる。

 幸吉郎は間一髪のところで、ドラの放った消火弾によって命を救われる。

「ふう~~~助かりました~~~」

「でもないですよ!」

 喜んだのも束の間。

 茜は後方から追いかけてくるヤキイモムシの姿を捕える。

 ヤキイモムシは生き物ならざる見た目に違わらず、移動速度が妙に高かった。

 ドラたちが素早く移動を始めると、ヤキイモムシは火を噴きながら彼らを執拗に追いかける。

「あれ意外と早いぜ!」

「ヤキイモは食べるのが一番おいしいんだけどねぇ」

「言ってる場合か!何とかしろよ!!」

「おーし!俺に任せろ!」

 すると唐突に駱太郎が足を止め、ヤキイモムシの方へと振り返る。

 全員は駱太郎にその場を任せ一旦茂みの中へ隠れる。

 駱太郎は拳を鳴らすと、勇猛果敢にヤキイモムシへと立ち向かう。

「こい!!」

 ヤキイモムシは口から火を吐き駱太郎を燃やそうとする。

「しゃらくせえ!!」

 だが、次の瞬間。正面から突っ込むように駱太郎はヤキイモムシへの懐へ飛び込んでいった。

「おおおおお!!」

 向かってくる数百度という炎にも一切の躊躇も恐怖も抱かず、真っ向から勝負を挑む駱太郎の姿に多くの者は目を疑う。

「あの単細胞!突っ込んだぞ!」

「いやあれでいい。ヘタに避けるより、あの方が負傷(ケガ)も少なくて済む」

 ドラが推測するように駱太郎は持ち前の度胸から、一番怪我が少なく済む方法を直感的に悟り、行動に移したのだ。

 上手く敵の懐に潜り込んだ駱太郎は右拳に力を籠め、ヤキイモムシが噴き出す火炎にも負けない炎の塊を宿す。

「おらぁ!!万砕拳!炎砕(えんさい)・旋回弾(せんかいだん)!!!」

 火炎弾となって拳から放たれたそれはヤキイモムシの口内へと拡散。やがて体内で爆発し、文字通りヤキイモとなった身体が四方へと飛び散る。

「ふん。大したことなかったな。あん・・・うおおお!熱い!でもうめぇ!!」

 無残に散ったヤキイモムシの残骸を手に取り、ホカホカの身を食べる駱太郎。言っておくが、これは食用に作られたものではない。

「R君、大丈夫かい?」

「おうよ!うまい具合に出来上がってるぜこいつ!」

「一時はどうなるかと思いましたね」

 と、安堵したその時。

 茜の足首に蔓のようなものが巻きついた。

「へ?」

 呆気にとられた声を漏らした瞬間。茜は蔓に体を引っ張られ、何処かへと連れて行かれる。

「きゃあああああああああ!!!!!!」

「茜っ!」

「今度は何だ!?」

 血相を変えた写ノ神を始めドラたちが急いで追いかけると、茜の足に巻きついた蔓を操っていたのは、一言で表現すればハンバーガーのような外見の食虫植物(仮にハンバーガープラントと名付ける)。

 茜を引きずり込んだハンバーガープラントは、彼女の体を容易に飲み込むほどの大口を開ける。

「いやぁ~~~~///」

 泣き叫ぶ茜をハンバーガープラントは丸呑み。自分の巣へと持ち帰ろうとする。

「ドチクショ―――!!!」

 写ノ神は怒涛の如く勢いで茜を救出する為ハンバーガープラントへと飛び乗り、重い石を使って頭を殴りつける。

「コノヤロウ!!茜を返せ!!茜を返せ!!」

 抵抗の末、ハンバーガープラントの口が開かれ、茜が手が見えた。

 写ノ神は即座にその手を引っ張り、茜をハンバーガープラントから解放する。

「写ノ神君!」

「逃げるぞ!」

 茜の手を引き、写ノ神は全力疾走で逃げる。

 大事な食事を奪われた怒りから、ハンバーガープラントは二人の元へ肉薄する。

「「だあああ!!うわあああ!!いやああ!!」」

 何度も何度も丸呑みされそうになる二人を、幸吉郎たちが安全な場所へと誘導する。

「早くこっちへ!」

 二人が戻ると、茂みの中からドラが姿を現し正面から飛んでくるハンバーガープラントを凝視する。

「ハンバーガーか・・・そう言えば最近食べてないな~」

 言った瞬間、懐に携えている鞘から刀を抜き放つ。

「瞬殺斬閃(しゅんさつざんせん)―――」

 ―――バシュ。

 技を受ける否や、大きな口を開けてドラを丸呑みしようとしたハンバーガープラントはその状態のまま真っ二つに体を斬り裂かれる。

 静かに鞘を納めたドラは、くたばったハンバーガープラントの死骸に唾を吐きかける。

「ま。元よりハンバーガーは好きじゃないけどね」

「おお!流石じゃのう」

 いつ見ても鮮やかであり、圧倒的な力を発揮するドラの強さに皆が安堵する。

 だが、彼らに襲い掛かる災難はヤキイモとハンバーガーだけに留まらなかった。

 ブ―――ン・・・・・・。

「ん?ブーンって聞こえなかったか・・・」

「まさか・・・///」

 空気中でかなり早い速度で振動しているのか、独特の羽音を立てて飛んでくる高速の飛翔体。

 恐る恐る振り返ると、ドラたちの視界に飛び込んできたのは蜂の羽根を生やした数百匹の蜘蛛だった。

「でたああああああああああああ!!!」

 一目散に走り出したドラたちを、蜂の羽根を持つ蜘蛛の大群が追いかけてくる。

「いやあああああああ~~~!!!私は虫は大嫌いなんです―――!!!」

「おいドラ!ありゃなんだ!」

「オイラが知るか!」

 こんな気味の悪い改造生物までもが森の中に潜んでいるとは夢にも思わなかった。

 今一度後ろを振り返ると、先述したとおり蜂の羽根を生やした蜘蛛が有象無象と飛んでくる。

「蜘蛛のような、蜂のような・・・!」

「じゃあクモバチだよ!」

 仮名を付けた直後。

 畜生と心を通わせることはできても虫が大嫌いな茜が木の根っこに躓き、それを皮切りに写ノ神・龍樹・ドラ・幸吉郎も前に倒れる。

「「「「痛~~~い!」」」」

 クモバチはドラたちを通り過ぎ、運がいいのか悪いのか―――この状況では後者の立場にある駱太郎の元へ一直線に飛んで行く。

「うおおおお!!!!な、なんでだ―――!!」

 こんな展開を想像していなかった駱太郎。

 急速に迫り来るクモバチから逃れる為に脚がつるまで力一杯地面を蹴って走り続ける。

 しかし、クモバチの速さは人間のそれを遥かに上回っており、彼らは尻を向けると同時に一斉に蜘蛛の糸を放射する。

「うああああああ!!!」

 放たれた蜘蛛の糸は駱太郎の全身に絡みつき、動けなくする。

 クモバチは目的を達成すると、自分の巣へと戻って行く。

 脅威が去った後、ドラたちは被害を受けた駱太郎の元へ駆け寄った。

「単細胞!」

「あ~あ、やられちゃったね」

 ミイラの如く全身が白い糸でぎゅうぎゅうに覆われた駱太郎を哀れに思いつつ、全員で体に巻きついた頑丈な糸を解していく。

「ぷっは~~~!チクショー・・・えらい目にあったぜ」

「ここにいる生き物は、みんな気味の悪いものばかりですね」

「早いところここを出よう」

 一刻も早く居心地の悪い場所を抜け出そうと考えたドラたち。

 その後どうにか脱出ルートを発見し、アコナイトの菜園から抜け出すことに成功する。

「と、その前に」

 部屋を出た直後。

 ドラは銀色のケースからある特殊道具を取り出す。

「『スーパー・ナック弾』!」

 表面に【Super nac】と印字され、側面からは石油のような液体が入っていることが窺える特殊な手榴弾がドラの手に握られる。

「原子炉の冷却材として使われているアルカリ金属の合金はナトリウムよりも遥かに爆発性が高い。そんなものを爆弾の材料に使用すれば一体どうなるか、実証してみよう」

 高校の化学の時間において、我々はアルカリ金属と言う水素を除く第1族元素の特性について履修している筈だ。この金属はイオン化エネルギーと呼ばれるイオンになるためのエネルギーが小さく、簡単に陽イオンとなる。それ故に性質が非常に似通っており、いずれも反応性が高く、周期表の周期が大きくなるほど、結晶エネルギーが低減するため、激しく反応する傾向が見られる。

 中でもナトリウムの単体は水と激しく反応することによって、爆発反応を起こす。

 今、ドラの手にあるのはアルカリ金属のナトリウムの合金を爆薬の材料として作られた爆弾だ。これを使い、ドラは菜園をまるまる焼き飛ばすつもりでいる。

「オイラが投げたと同時に全速力で離れるんだ。いいね?」

「え・・・あの・・・?」

「そらいくぞっ―――!」

 状況が読めていない幸吉郎たちを余所に、ドラは勢いよく広大な菜園の中へ爆弾を放り投げる。

「走れっ―――!!!」

 その言葉を合図に、幸吉郎たちは全速力で走り出す。

 やがて爆弾が中央付近へ投げ込まれ、地面に着弾した次の瞬間。

 ドカ――――――ン!!!!!!

「「「「「うわあああああああああ!!!」」」」」

 今まで経験したことの無い巨大な爆発が発生し、その余波が凄まじい突風となってドラたちの背後より襲い掛かる。

 アコナイトの菜園は、無残にもナトリウム爆発によって全焼失。

 爆風が収まった後に部屋の様子を覗くと、すべてが焦土と化し全体的に黒一色に染まった部屋がドラたちの目の前に広がる。

 この世のものとは思えない光景に言葉を失う幸吉郎たち。

 ドラは額にたまった汗を拭い去り、深い溜息をつく。

「ふう~~~。今までで一番スリリングだった」

「物騒なもの持ってるんだな、お前・・・///」

「何はともあれ、アコナイトのしょうもない研究はひとつ潰した。監視カメラもまるごと吹き飛ばした。いい目くらましにはなっただろう―――先に進もう」

 

 ドラの放った爆弾の威力は凄まじく、菜園にあるものすべてを焼き尽くした。

 すべての草木と改造生物は勿論、取り付けられていたすべての監視カメラもお陀仏に。当然、ドラたちを監視をしていたミトラ兄弟は砂嵐となって何も分からなくなったモニター画面を睨みながら、悔しい思いに駆られる。

「く~~~あのドラ猫めっ!やってくれるじゃねぇか!」

「次はもっと恐ろしい目に合わせてやる!」

 

 

アコナイト秘密研究所 地下数百メートル

 

 ドラたちは研究所の地下を徘徊する。

 奥へ進み、また別の場所に作られた巨大な扉を発見。先ほどのような脅威が潜伏しているという可能性を考慮し、慎重に扉を開ける。

 ギギギギギギ・・・。

「んが?!」

 扉を開けると、先ほどと同じような熱帯樹林で覆われた景色がドラたちの前に広がる。唯一異なる点として、人工的に作られた滝壺が存在している。

「また森か?」

「ジャングルだよ。滝まで作って・・・アコナイトは相当に暇な奴なんだろうな」

 ドラはこれだけのものを作れる人間にしては、あまりにやることが子供染みていると思った。

 科学者は自分の研究が社会に還元されると信じ、より良いものの開発に励むべきだという考えがドラにはあった。

 この景色を見る限り、アコナイトの作り出した自然は単に彼が自己満足の結果として現れているものであり、これが社会に役立つものかどうかは一切考慮していない。ドラはそのような科学者を【似非科学者】か【ヲタク】と蔑み、嫌悪する。

 ジャングルの奥へ進み、ドラたちは滝壺の裏にある洞窟を目指して断崖絶壁にある道を歩く。

「足元には気を付けるんだよ」

「滑ったら一巻の終わりじゃ」

 今にも足場が崩れそうな道を、六人は慎重に進んでいく。

 そんな中、駱太郎がやや疲れた表情を浮かべ、思わずつぶやく。

「なんで建物の中に崖があるのか、もう訳がわかんねぇんだけど・・・」

「先に進まなければ何もわからないのは確かだな」

 と、写ノ神が相槌を打った次の瞬間―――。

「ぬおおお!」

 写ノ神の足元が突然崩れ、バランスを失い崖から滑り落ちそうになる。

「写ノ神君!」

「大丈夫か!?」

 辛うじて、茜と幸吉郎の二人が素早く反応し、写ノ神は九死に一生を得る。

「あ、危うく死ぬところだったぜ・・・!」

 命辛々の経験をした写ノ神が無事であるのを確認し、ドラは洞窟の入口へ顔を覗かせる。

 洞窟の中は暗く、火を灯さなければ何も見えない。

「なんか出そうっすね」

「行くぞ」

 適当な木の棒先に油を染み込ませ火を起こすと、ドラを先頭に六人は洞窟の中へと入って行く。

「あれ・・・?」

 暗く狭い洞窟内を歩き続けるうち、不意に幸吉郎の耳に奇妙な物音が入り込む。

「どうした幸吉郎?」

「なんか・・・変な声が頭に・・・」

 頭に入り込んでくる声を段々と不快に感じ始め、幸吉郎は両耳を塞ぐ。

 しかし、耳を塞いでも声は頭の中で反響し、幸吉郎の精神は段々とおかしくなっていく。

「あああ・・・なんだ・・・やめろ!!やめろっ!!!」

「幸吉郎さん!?」

「何がどうなって・・・」

 と、駱太郎たちが彼を心配した直後。

「「「「・・・!」」」」

 ドラを除く四人の頭にも幸吉郎が聞いているものと全く同じ音が入り込んでくる。

 四人は両耳を塞いで声を遮断しようとするが、どんな方法を使っても声は彼らの頭の中で響き続ける。

「うわああああああ!!!」

「なんだこりゃ!!」

「の、呪いじゃああ!」

「やめてくださいよ!!」

「ちょ、ちょっと。みんなしてどうしたの?!落ち着くんだ!」

 目には見えない恐怖に狼狽え、精神的に追い詰められる五人にドラは困惑しながら宥めようとする。

『ゆるさない・・・』

「―――!」

 そのとき。

 ドラの頭の中にも彼らが聞いている声と全く同じものが聞こえてきた。

『あなたを絶対に許さない。呪ってやる・・・呪ってやる!地獄に突き落としやる!』

 女性の恨み辛みを表現したような、そんな声だった。

 ドラは耳を塞いだところで変わることなく聞こえ続ける声に惑わされそうになったが、同時にこれがアコナイトの仕掛けた科学的なトリックではないかと言う疑心を抱く。

「ちっ」

 呪いの声に苦しみ続ける幸吉郎たちを救うため、煩わしく反響する声を取り除きたいという欲望から、ドラは注意深く辺りを見渡す。

 そして、暗い洞窟内から発せられる目には見えないパルス波形をキャッチすることに成功。ドラは足元に転がっていた石を天井目掛けて投げつける。

「どらああ!」

 ―――バリン!

「「「「「はっ!」」」」」

 何かが壊れる音が洞窟内で反響する。

 途端、幸吉郎たちを苦しめていた謎の声がパタッと聞こえなくなり、ドラを除く全員が不思議に思う。

「聞こえなくなったぞ・・・」

「どうなっとるんじゃ?」

 音が聞こえなくなってから、ドラは周りを見渡し、天井から降ってきた装置を発見する。

「・・・趣味の悪いもの作りやがって。人をノイローゼにしようってか?」

 壊れた装置を手に取り、ドラは幸吉郎たちの元へ戻る。

「なんだったんだ今のは?」

「嫌な声でしたね~」

「幻聴・・・それとも、本当に死者の呪い!?」

「ガチガチの似非科学者がそんな非論理的な力を使えるはずがないって。こいつは、フレイ効果を使ったトリックだ」

「ふれいこうか?」

 またしても、聞き慣れない科学用語に幸吉郎たちはチンプンカンプンな表情となる。

 ドラは破壊した装置を見つめ、フレイ効果と謎の声の正体に関して端的に説明する。

「マイクロ波聴覚効果とも呼ばれる、電磁波を音に合わせたパルス波形にして照射すれば、頭部との相互作用で照射された人間にだけ音が聞こえるんだ。通常、音というのは、空気中を波となって人間の鼓膜に伝わって行く。しかし、フレイ効果を利用すれば鼓膜じゃなくて、直接頭の中に音を響かせることができる。だから、いくら耳を塞いでも音が聞こえたというわけ」

「・・・・・・悪(わり)ぃドラ。ぜんぜん理解できねぇぞ」

 まるで呪文のようにしか聞こえないドラの説明に、おつむの最も軽い男・駱太郎はつぶやく。(もっとも、彼でなくても誰も今のままではドラの話について行けるはずがない)

「別に理解しなくてもいいんだ。先を急ごう」

 軽く一蹴し、ドラは幸吉郎たちを引き連れてその場を後にする。

 

 奥へと進み続ける一行。

 だが、先ほどのような仕掛けがあるやもしれない―――行動もより慎重とならざるを得ない。

「まだまだ何かありそうっすね」

「この妙な静けさが却って不気味だぜ・・・」

「あ!なんでしょう、あれは!」

 すると、茜が奥の方で光る淡い光に目を奪われる。

「な、なんじゃ・・・!?」

 ドラたちが目撃したのは、人の顔を模した不気味な岩壁。

 驚くべきことに空洞となっているところは目となって炎が灯り、大きく刳り抜かれたような空洞は口として、生きているかのように動く。

 極め付けは、野太い男の声がドラたちに呼びかける。

『ようこそ、人間諸君。しかしこれより先に踏み込む者は、地獄に落ちるであろう・・・ふははははは』

 不気味なまでに高笑いを浮かべる顔の形をした岩壁。

 ドラたちが警戒心を抱く中、何の前触れも無く口の空洞から三つの岩の球体が飛び出してきた。

 岩塊は勢いよくドラたちの方へと転がってくる。

「「「「「「うわああああ!!!」」」」」」

 岩球を避け、ドラたちはその場を離れる。

「この洞窟、変だぜ!」

「ど、ど、どうなってるんだ!?」

「つくづくアコナイトって奴は、暇な仕掛けを作るものだ」

「おい見ろ!」

 すると、駱太郎が今にも崩れ落ちそうな石橋を見つける。

「―――渡るぞ!」

 駱太郎を先頭に、幸吉郎たちは石橋の上を渡り始める。

 最後尾を歩くドラは、いかにもあからさまな仕掛けがありそうな石橋を警戒し、幸吉郎たちを呼び戻そうとする。

「ねぇみんな、その手の石橋は大概崩れやすくなっててさ・・・!」

 ―――ドカン!

「「「「「だあああああ!!」」」」」

 その矢先。

 案の定、石橋は崩落し幸吉郎は真っ逆さまに落ちて行く。

「あぁもう~~~!言わんこっちゃない!」

 呆れるかたわら、ドラもまた幸吉郎たちと一緒に石橋の下へと落ちていく。

「おいドラ!俺たちこれからどうなるんだ!?」

「多分、川に落ちるだろうね」

「ええっ―――!」

 ドラの読みは鋭かった。

 六人は足元に見えてきた真っ逆さまに川の中へバチャンと叩きつけられる。

 川の流れは大変急であり、流されれば二度と助かることも出来ないと予想される。

 激流に必死に逆らい、各々は何とか近くの岩に捕まり岸へと這い上がる。

「そら茜っ!写ノ神も!」

 龍樹は年長者として溺れそうになっていた茜と写ノ神を救出する。

「単細胞!大丈夫・・・って、どうでもいいか!」

「どういう意味だチクショー!!」

 一度は駱太郎の心配をした写ノ神だが、今までのやり取りから彼が如何に多夫な人間であるかを理解したため、心配をかけること自体がバカバカしいと感じた。

 その事に本人は大変不満を抱きつつ、持ち前の多夫さから何とか岩場にしがみ付いている。

「ドラ!幸吉郎!」

 その上で、龍樹はドラと幸吉郎の方を心配する。

「大丈夫です!幸吉郎、手を離すなよ!」

「あ、兄貴っ!」

 びしょ濡れになりながら、ドラは川の流れに飲み込まれようとしている幸吉郎の手を強く力一杯握りしめる。

 岩場に手を据え、幸吉郎の体を必死で岸まで上げようとする。

「離すもんか・・・!”今度は、絶対に離すもんか”!」

 無意識のうちにその様な言葉がドラの口から飛び出す。

 幸吉郎は何の事かと思ったが、それこそがサムライ・ドラの深層心理に潜んでいる重大な感情であることを悟る。だからこそこんなところで彼を悲しませるわけにはいかないという気持ちが沸々と湧き上がる。

「ドラさん頑張ってください!」

「幸吉郎も踏ん張れ!」

 皆の気持ちが一つとなり、ドラは最後の力を振り絞って幸吉郎を見事救い上げることに成功。

「兄貴、ありがとうございます!」

 息を乱しながら、幸吉郎は命を救ってくれたドラに感謝の意を述べる。

「全員無事だよ!」

「よくやったぜ!」

 全員の無事を確かめ、ドラたちは川の流れに沿って洞窟の奥へ進む。

 

 これまで様々な仕掛けやトラップがドラたちの行く手を阻んだが、それでも彼等は一朝一夕では成し得ないような強い結束力を発揮し、難関と言う難関を切り抜ける。

 モニター室で監視していたミトラ兄弟は、正直なところドラたちがこれだけ強い結束を持っているとは夢にも思っていなかった。

「まさかここまで粘るとはな・・・」

「あのドラネコに、無能なサル連中が付いて来ている・・・・・・」

 コンピューターの予測を遥かに上回る不思議な力に、危機感を募らせる。

 これは遅かれ早かれ、自分たちにとって最大の障壁となることは明白だ。だからこそ、今のうちにドラたちをアコナイトの元に辿り着かせる前に、完膚なきまでに叩き潰す必要がある。

「・・・本当は俺たち自身の手で奴らを葬り去りたかったが、仕方ねぇ」

「あの人間兵器の力を借りることにするか、癪だけど」

 

 

アコナイト研究所 地下数千メートル

 

 洞窟を抜け、ドラたちはようやく真面な設備の整った場所へと戻って来る。

 アコナイトを探すかたわら、全員は卑劣な敵の罠に引っかからないため細心の注意を払う。

 しかし不思議な事に、洞窟を抜けてから小細工に近いトラップは何ひとつなく、思った以上にスムーズに進めていた。

「・・・なんか・・・妙ですね・・・」

「明らかにおかしい。あまりにあからさますぎる・・・・・・これも連中の罠か?」

 そう思いながら次の扉を見つけ、ドラたちはおもむろにに中へと入る。

 扉の向こう側は、これまでの様なジャングルや滝がある訳でもない―――何もない酷く殺風景な景色が眼前に映るばかりだ。

 言い知れぬ不安を抱きながら、一歩前に踏み出したその直後。

「待って!誰かいる」

 ドラは周囲から、僅かだが殺気を感じ取った。

「隠れてないで出てきたら?そこに居るのはわかってる。来ないならこっちから行くぞ」

 殺風景な部屋の中で誰かが潜んでいるとは到底思えない幸吉郎たちとは違い、ドラは確かに敵がいると判断、隠れている敵に対して挑発的な口調で呼びかける。

 刹那。

 何処からともなく月を模った斬撃が左右同時に飛んでくる。

「危ない!」

 幸吉郎たちは飛んでくる斬撃を上手いこと回避し、ドラが言っていたことが本当だったことを理解する。

「なんだ・・・・・・今の攻撃は!?」

「どっから来たんだ?」

 正体不明の敵の力に一同は警戒する。

 そこへ、周りの大気を利用して自らの姿を隠していたこの部屋の番人のような役割を果たしている男が、唐突に姿を現した。

「へぇ~。ネコはてっきり独りで来るのかと思ってたけど・・・いつの間に群れを成していたとはね」

 ドラたちの前に現れた軍服のような黒い制服に身を包んだ男。

「僕は群れるものが嫌いだ。視界に入ると、虫の息にしたくなる―――・・・」

 精気というものが一切感じられない機械のような眼差しで見つめる男から、ドラは途方もなく嫌な気配を感じ、無意識のうちに額から汗を流す。

「あ、あれは・・・///」

「茜?」

 すると茜が怯えるような眼差しで目の前の男を指さし、震える声で全員に注意を促す。

「気を付けてください。あれは・・・螻蛄壌(けらじょう)・・・!」

「螻蛄?」

「他の改造生物とは別の・・・アコナイトが研究に研究を重ねて作り出した裏世界最強の戦闘種族【無二族(むにぞく)】の血を引く生まれ持っての人間兵器・・・!」

「む、無二族じゃと!?」

 無二族と言う単語を耳にした途端。

 龍樹は信じられないと言わんばかりの顔となり、幸吉郎もまたその存在を疑うように目の前の螻蛄壌を見ながらつぶやく。

「俺も噂で聞いたことがある・・・有史以来、大きな争いが起こる兆しとして人々の前に現れ、然るべき歴史の勝者を選定し、場合によっては自分たちが勝利者として君臨する影の支配者。出鱈目に強いだけに留まらない冷徹無比な戦いの鬼・・・それが無二族!」

「そして、あの男が無二族の・・・アコナイトの手を加えられた最凶の人間兵器・・・螻蛄壌です!」

 そう突き付けられても尚、壌は氷の様に冷たい眼差しを向け続ける。

 駱太郎と写ノ神は彼に根源的な恐怖を抱き、無意識のうちに拳を握る。

「・・・なんでそんなのがアコナイトの配下に入ってるんでぇ?」

 駱太郎が不意に尋ねると、当人である壌が口を開き答える。

「僕は誰の下にも付かないよ。彼とは互いに利害が一致したに過ぎない。僕がこれから先、どんな戦いをしようと双方の不可侵を守ってさえいれば関係ない。それが僕たちの交わした契約だからね」

 それを聞くと、ドラは深い溜息を突く。

 未知なる力を秘めているであろう壌を凝視し、重い口を開き語りかける。

「・・・オイラさ。面倒な戦いは成る丈避けたいところだけど、そこを退いてアコナイトの居場所を教えてくれるわけもないか」

「彼の居場所を知りたければ、その刀に問うべきだよ。サムライ・ドラ・・・僕は全身全霊の力で受け答えてあげるよ」

 機械よりも冷たい眼差しをドラに向けると、壌は黒い外套の下に隠していた手のひらサイズの小さな匣(はこ)を取り出す。

(なんだ・・・あれは?)

「てんめぇ・・・そんな小さな匣(はこ)でドラの相手をしようっていうのか?」

「随分笑わせてくれるじゃねぇかよ・・・ざけんじゃねぇぞ!」

 駱太郎と幸吉郎は、とても武器になるとは思えないもので戦おうとしている壌の態度が非常に腹立たしかった。

 しかし壌は何の感情も籠っていない瞳を二人に向け、「僕の獲物は飽く迄もサムライ・ドラだよ・・・君たちは引っ込んでいなよ」と冷たく返す。

「なんだと!」

「てめぇなんざ、この俺がぶっ倒してやる!」

「待て幸吉郎!R君も早まるな!」

 ドラの制止を無視して、頭に血の上った直情的な二人は壌に向かって突撃する。

「「つらあああああああああああ!!」」

 殺気立った二人が向かってくるも、壌は冷たい眼差しを向けたまま一歩も動かない。

「串刺しだ、牙狼撃!」

 幸吉郎の狼猛進撃が繰り出された瞬間。

 壌は刺突(つき)の軌道を瞬時に見極め一歩右横に移動。その上で、幸吉郎の技に対してそれなりの関心を見せる。

「成程ね・・・」

「おらあああ!玉砕!」

 続けざまに駱太郎の玉砕が繰り出されると、先ほどと全く同じ動作で攻撃を躱し、壌は二人の首筋に強烈な打撃を与える。

「「がはっ・・・」」

 赤子を捻るよりも簡単に、壌に一蹴された二人の姿に遠くから見ていたドラたちは唖然とする。

 壌は意識を混濁させた二人を、元いた場所へと蹴り飛ばす。

「幸吉郎さん!」

「単細胞!」

「二人共、しっかりしろ!」

(幸吉郎とR君をたった一撃で・・・)

 ドラは壌の素における戦闘力が、明らかに幸吉郎と駱太郎のそれを軽く上回っていることを理解する。

「忠告は素直に聞くものだよ・・・蟲融術(インセクトフュージョン)」

 そう唱えた瞬間。

 壌の掌に乗っていた匣(はこ)が開き、中から深緑色の発光体が飛び出す。

 ドラたちの不安を余所に、発光体は二つに分断―――壌の両腕に装着される。

 やがて光が収まると、およそ60センチ前後のカマキリの鎌が壌の両腕に装備―――もとい融合されていた。

「次は君の番だよ・・・サムライ・ドラ」

 ドラが固唾を飲んで眉間に皺を寄せる一方、写ノ神は壌の腕に装備された武器の形に目を見開く。

「なんだあの鎌は・・・?!蟷螂・・・!」

「そうです。螻蛄壌は、無二族の力に加えアコナイトの改造手術によって得た虫の力を体の各部位に融合させることができるのです。今まで相手にしてきた量産型の改造生物とは似て非なる力です!」

「人間の力に虫の力を融合させるとはね・・・これで三回目だ。アコナイトは本当に呆れるぐらいの暇人だ。その点じゃうちの穀潰し博士となんら変わらないけど・・・・・・所詮は似非科学者には違いない」

 言いながら、ドラは冷静に壌の腕に装備されたカマキリの鎌の大きさ・形・そこから導き出せる特徴についてを分析する。

(目測だけど、刃渡りは小太刀(こだち)と同じぐらいか・・・厄介だな。攻守共々使えるだけならまだしも、あれにはきっと何か別な力が作用しているはずだ・・・・・・慎重に行きたいところだけど、あんまり慎重になり過ぎるとアコナイトのところへいつまで経ってもたどり着けない)

 と、いつにも増して用心深くなっていると。

「僕から行かせてもらうけど、いい?」

 痺れを切らしたのか、壌が攻撃を仕掛けるために前に出る。

 彼が一歩前に出た瞬間。

 ドラの視界から壌の姿が見えなくなり、気がつけばドラの懐へ飛び込んでいた。

(・・・!!速い!)

 即座に鞘から刀を抜き放ち、解号を唱えずドラ佐ェ門の力を解放させると、ドラは壌の鋭い一撃を辛うじて受け止める。

 壌は相も変わらず冷徹な眼差しでドラを見つめながら、両手の鎌を超高速で操りドラを攻撃。

 ドラもそれに対応する為いつになく本気で戦う。

「は、早すぎてよく見えんぞ・・・!」

「ドラの奴、あの野郎と対等に打ち合ってるぜ!」

「凄いです・・・ですが・・・!」

 壌と互角に渡り合うだけの戦闘力は確かにあるかもしれない。

 だが、茜が危惧しているのは単純な戦闘力の高さに留まらない螻蛄壌の闘争心そのもの。

 無二族と呼ばれる戦いのために生まれ出でた存在である壌は、生来戦いを強く欲する性分。果てなき戦いへの渇望を抱く彼と、戦いに対して辟易気味なドラが戦えば、その差が必ずどこかで生じる。

「ぶっ!」

 そんな危惧の念を抱いていた矢先。

 一瞬の隙を見せたドラの左頬に、壌の蹴りが直撃する。

「ドラ!!」

(この男・・・なんて蹴りだ・・・!こいつがアコナイトが作り出した最強の生体兵器か!!!)

 人間がひとたび先ほどの蹴りを受ければ、確実に骨のどこかに亀裂が入る、あるいは砕け散っていたことだろう。

 顔の電子部品の一部が破損した感覚を覚えながら、ドラは地面に刀を突き立て、無数の石礫を飛ばす。

「人侍剣力流、土流浄閃(どりゅうじょうせん)!」

 壌は飛んでくる無数の石礫を両手の鎌で弾き落とす。

 しかしそれこそがドラの作戦。

 一瞬の隙を見計らい、ドラは空中から全身全霊の力を込めて刀を振り下ろす。

「人侍剣力流、圧振閃(あっしんせん)!」

 闘気を孕んだドラの一撃が空中より仕掛けられる。

 両手の鎌で壌は攻撃を辛うじて受け止めると距離を置き、反撃の一撃を繰り出す。

「『蟷螂真空斬(とうろうしんくうざん)』」

 体を回転させながら、両手に装備した蟷螂の鎌を振り回す。

 瞬間的に真空の渦が発生し、ドラの体を捕える。

 渦の中に閉じ込められたドラの体は、見る見る切り刻まれていく。

「ドラの体が・・・!?」

「“鎌鼬(かまいたち)”じゃ!あの突風が、真空の渦となってドラの体を切り裂いている!」

「ドラさん!」

 鎌鼬の影響でドラの全身には無数の切り傷が出来、着ている服もその体を成さないほどボロボロになる。

「く・・・・・・」

 辛うじて立っていることがやっとのドラは、刀を杖の代わりにし、険しい表情を浮かべる。

(この鎌鼬・・・普通の鎌鼬じゃない・・・オイラの中の電子部品に重大なダメージを・・・!)

「声も出ないようだね。まぁ、つまらない人間が品の無い悲鳴を上げるよりはましだけど」

 優勢になっても決して表情を崩さない氷の闘争心を持つ壌の力に、魔猫は苦戦を強いられる。

(これほどの男がなんで・・・・・・何のために・・・?)

 そんな疑問を抱えるドラとは対照的に、壌は薄ら笑みさえない何処までも冷めきった瞳で、獲物であるドラを見続ける。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 4巻』 (集英社・1995年)

 

 

 

短篇:祝!八百万写ノ神16歳 in USJ(中編)

 

 TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の第五席、八百万写ノ神の16歳の誕生祝に大阪はユニバーサル・スタジオ・ジャパンへとやってきた一行。

 当初、この誕生祝に不信感を募らせていた写ノ神だが様々な嬉しいサプライズを前に徐々に緊張の糸を緩めて行ったのだが・・・。

 

 

西暦5538年 10月1日

大阪 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン

 

「・・・・・・どういう事か説明してくれるか?」

 気が付くと、写ノ神は完成度が極めて低いパツンパツンの衣裳(王子様をイメージした)を着せられ、腰には安っぽい魔法のステッキを携えたままパーク裏にいた。

「普段でれねぇぞ写ノ神!」

「良かったな。今日だけ特別だぞ!」

「いや出ないから!!何だよこれ、なんの冗談だよ!?」

「ですから写ノ神君はその衣裳を着てパレードに参加するんですよ♪」

「4万5千人が集まった会場のメインパレードだぞ!?沿道も人で埋め尽くされるんだぞ!俺やだよ~、誰も期待してないから!!」

「そんな事はない。写ノ神は何を恐れているというのじゃ?」

「全部ですよ!!この格好は人前に出る格好じゃねってば!!」

 恐れていた事態がついに起こってしまった。

 散々楽しませておいてまさかの展開。

 油断は怪我の基という言葉があるように、もっと警戒しておくべきだったと後悔したところで時すでに遅し。

「さてと、それじゃ今日のメインパレードのために特別に作ったパレードカーを見せもらおうかな」

「パレードカー?」

 嫌な予感しかしない。

 不安げな表情を浮かべる写ノ神の前に、奥の方から驚愕のパレードカーが現れた。

「見たまえ!あれが写ノ神を乗せてパレードを盛り上げるその名も『写ノ神号』だ!!」

「「「「「かっこいい(です)!!」」」」」

「どこがだよ!!とんだ罰ゲームじゃんか!!」

 写ノ神が気に入らないのも無理はない。

 用意されたスペシャルパレードカー『写ノ神号』は、全体的に英語が得意な写ノ神を意識してカラーリングはアメリカンテイスト。フロント部分にはちょっと引くくらいリアルな写ノ神の「顔」オブジェ。

 総製作費は800万円―――まさにこの日のために用意された夢のパレードカーである。

「今からこれに乗ってね、16歳の君の誕生日を大観衆に祝ってもらおうじゃないの!」

「バカ言ってんじゃぇよ!はっきり言って気持ち悪ぃよこれ!しかも心なしか、周りのダンサーたちのテンションも低いしさ!」

 この日のために連日連夜閉演後も練習を重ねてきたUSJのダンサーたちの顔色がどことなく沈んでいるように見える。

 写ノ神の不安はより一層大きくなる。

「俺やりたくねぇよこんなの!誰も待ってない奴きちゃったじゃんか!!」

「そう言うなよ、折角巨額の費用を投じたんだからさ元は取ってもらわらないと」

「誰も頼んでねぇだろう!!普通にUSJで遊んでる分には良かったんだ!!」

 段々と不満が苛立ちへと変わり始める写ノ神。

 ドラたちは苦笑しながら、頃合いを見て引き上げることにした。

「写ノ神君ごめんなさい!実は私たちはここまでなんです!」

「えっ!?一緒に行かないのかよ!?」

「そうしたいのは山々なんだけど、飛行機の時間がそろそろ迫ってて・・・」

「どんなセッティングなんだよ!!じゃあどうすんだよ俺は?!何やればいいんだよ?」

「そうだな・・・とりあえず走ってる間に何か起こるから、そのときは臨機応変に対応する事!細かい事は言わないけど臨機応変に対処すれば大丈夫!」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)がただのパレードを用意するはずがない。

 写ノ神にはパレードの最中に起きる様々な“仕掛け”にその都度臨機応変に対応してもらう。

「じゃオイラたちはこの辺で引き上げるから」

「もう行くのかよ!!せめてもうちょっとさ・・・」

「飛行機に間に合わなくなるんだよ」

「写ノ神、男を見せるときだぜ!!」

「案ずるより産むがやすしじゃ」

「写ノ神君はカッコいいんです!きっとできますよ」

「ま、万が一にも事故なんて起きねぇから安心しろ」

「いやこれ事態が酷い事故なんですよ!!!お前らっ―――!!!」

 写ノ神の叫びも虚しく、ドラたちはそそくさと退散―――残された写ノ神はただならぬ不安を抱え一人、完全アウェイなままパレードに臨む事となった。

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

登場した特殊道具

インプットカードガン(Input card gun)

TBT四分隊研究スタッフの手により開発された、多機能銃。劇中ではマガジンとして使用された。インプットカードを装填することで様々な弾を打つことができる。設定上、以下のものが開発されている。

・アタックビーム (IC-01) (一般的な光線)

・ファイヤービーム (IC-02) (高熱の火炎弾)

・ジャミングビーム (IC-03) (超音波弾。主に離脱時に使用)

・ニードルレーザー (IC-04) (針状の光線を連発する)

・セメントビーム (IC-05) (敵を固めるセメント弾)

・コールドレーザー (IC-06) (冷凍ガス)

・トルネードシャワー (IC-07) (消火弾)

スーパー・ナック弾(-だん)

TBT四分隊研究スタッフの手により開発された、アルカリ金属の合金を爆弾の材料に使用したもの。ナトリウムを元にして、少量でも非常に爆発力に優れている。元々は原子炉の冷却材として使用されるものを国際法スレスレの範囲で独自に作り出したのが切っ掛けである。爆薬としてのスーパー・ナックは空気に直接触れない様に、アルカリ金属と同様石油中で保存されている。爆発燃焼性は時と場合によって異なるが、劇中ではアコナイトの菜園を一瞬で焼失させたことから、相当に危険なものであり、取り扱いには細心の注意が必要と思われる。




次回予告

ド「壌の死闘が始まった。壌の繰り出す蟲融術(インセクトフュージョン)と無二族の技に、苦戦を強いられるオイラ」
「そして、オイラたちの戦いについに決着の時が来た」
「次回、『鋼鉄の絆 其之八 真っ向勝負』。壌!この身の意地とたった一つの『優しさ』の名に懸けて・・・お前をぶちのめす!!」

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