サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「アコナイトに仕えるオリハルコンって奴が部下を連れて温泉で寛いでいたオイラを襲って来た。途中、幸吉郎たちが駆けつけてくれてから大事には至らずに済んだけど、幼気な少女を操ってまでオイラを排除しようとはね・・・正に下種の極み!」
「茜ちゃんも写ノ神の愛の力で呪縛から解放されたみたいだ。にしても愛なんてもんは実に非論理的で合理性の欠片も無い。ただ、そんな得体のしれない力でいっぱいの方が世の中はうまいこと成り立っている。まさかとは思うけど、みんなはオイラに愛があると思ってる?」




鋼鉄の絆 其之六 アコナイト研究所突入

時間軸1603年 3月16日

たたら場 宿場

 

 アコナイトの放った刺客との壮絶な争いにひとつの決着がつく。

 オリハルコンの部下として、精神を操られていた少女・朱雀王子茜を保護。

 一夜明け。長きに渡ってアコナイトによる支配で心と体が乖離していた茜は本来の穏やかな性格と元気を取り戻し、ドラたち全員に礼節を尽くす。

「みなさん。本当に何とお礼を言ったらよいか。写ノ神君には特にですが・・・見ず知らずの私の為に、身命を賭してくださったこと感謝します!」

「いや~、俺は本当に大したことはしてないんだぜ!はははは!」

 茜の笑顔を前に、照れ隠しをするように笑う写ノ神。

 そんな彼を見ながら、駱太郎は鼻で笑いながら写ノ神をからかう。

「おめぇ、鼻の下が延びてんぞ。ひょっとして、この嬢ちゃんに一目ぼれか?」

「な///な、何言ってんだよこの単細胞!んなんじゃねぇよ!」

「ああ!?誰が単細胞だと!!」

 写ノ神と駱太郎は口論となりそのまま殴り合いの喧嘩へと突入する。

 心底呆れるドラと幸吉郎を横目に、龍樹が茜に尋問する。

「さてと・・・一応確かめておくがお主は鳥取藩・・・“因幡(いなば)の朱雀王子家”の当主で間違いはないのか?」

「その通りです」

「朱雀王子家・・・?」

「一体なんの話をしてるんです?」

 朱雀王子家という単語を聞いても、ドラと幸吉郎には何もわからない。

 龍樹に詳しい説明を求めると、茜と共に朱雀王子家について語り始める。

「知っての通り・・・因幡や伯耆(ほうき)(現在の鳥取県西部)、出雲(いずも)(現在の鳥取県東部)を中心に強力な主導者が実権を握っていた。太古より人知を超えた者の住むところとして、因幡には現在の徳川幕府でさえ認知していない大名の一族があるという・・・そのうち、『朱雀王子家』と言えば、拙僧のような裏と表に顔の利く人間の間では割と有名な話じゃった」

 ここからは、茜本人が直接お家事情について説明する。

「私たち朱雀王子家は古来より畜生、すなわち獣と意思疎通を行うことのできる者が俗世間を離れ、自然と集まったのがその始まりです。今から三百年ほど前・・・私たちの一族は当初九州に住んでいたのですが、蒙古(もうこ)による文永の役(1274)が起こり、北部の大部分が戦地と化したことで因幡の方まで上がってきたんです」

 ドラたちは真摯に茜の話に耳を傾ける。

「獣と心を通わせる・・・聞こえは良さそうですが、当初から身分差別の激しい日本では実に肩身の狭いものでした。それでも私たちは誇り高く慎ましく生きて来ました。非人と蔑まれながらも自分の能力に誇りを持って、一生懸命生きて来たんです。そんな人間以下の存在として蔑まれていた我々が勢力を伸ばし始めたのは・・・戦国時代の到来と言われた応仁の乱以降の事です」

 応仁の乱―――室町時代の応仁元年(1467年)に発生し、文明9年(1477年)までの約11年間にわたって継続した日本における内乱。8代将軍足利義政の跡継ぎ争いに端を発し、細川勝元と山名持豊らの有力守護大名が争い、九州など一部の地方を除く全国に拡大。乱の影響で幕府や守護大名の衰退が加速化し、戦国時代に突入するきっかけとなった。

「あの時代・・・戦火によって住処を無くした人々を守る為、朱雀王子家は乱れた秩序と不毛な争いを止める為に戦に身を投じました。しかし我々は戦には不慣れで、数多くの同胞を失いました。そんな戦の最中、朱雀王子家の初代当主・朱雀王子火稲(すざくおうじかいな)は、大江山(京都府丹後半島の付け根に位置する連山のこと)へ修行に出かけた折、運命的な出会いを果しました」

「運命的な出会いって?」

 ドラが茜を見ながら、訝しげな表情で尋ねる。

「彼は偶然にも深手を負った小さな野鳥を見つけました。火稲は野鳥を拾い、献身的な看病を続けた結果、野鳥は回復しました。それから間もなくして、火稲の夢の中に神々しく光り輝く火の鳥が現れたのです。それこそ火稲が大江山で助けたあの野鳥でした。火の鳥は助けてくれたお礼にと、火稲に血で契約によってあらゆる畜生を使役する能力―――畜生祭典の力を授けました」

「茜ちゃんが使ったあれのこと?」

「本来は、人を苦しめる目的で使うものではないのですがね・・・・・・ともかく、火稲はこの力を使って人々を守り、乱れた世を平定しようとしました。やがて、畜生祭典の力を無秩序な抗争や内戦に利用されることを恐れた火稲は、この術を直系親族のみ一子相伝で伝えることにしました。やがてそれは、私に受け継がれたのです」

「なかなか幻想的だが、戦の裏にはそんな事情があったとはな・・・」

 駱太郎が顎に手を添えながら関心を抱く中、写ノ神は険しい表情で茜の目を見る。

「それがなんだって、あんな風になっちまったんだ?」

「・・・・・・すべては私の力不足です」

 着物の袖を強く摘みながら、茜は止めどなく溢れ返る歯がゆさ・後悔の念を顕著に面に出す。

 ドラたちが口を閉ざして見守っていると、震える声で彼女はつぶやく。

「ひと月ぐらい前です・・・・・・あの男が私たちの前に現れたんです」

「アコナイト・・・かい?」

 低い声でドラが尋ねると、茜はコクッと頷く。

「当主といっても、私はまだまだ若輩の未熟者です。人を見る目と言うものがつくづくないことを痛感しました。アコナイトは私たちの力を買い、平和のために、安寧の世でも尚差別を受けている人々を守るために協力してほしいと言ってきました。その口車に乗って、私は畜生祭典の力や朱雀王子家に関することも安易に喋ってしまいました。しかしそれこそが、アコナイトの目的でした。最初からあの男は畜生祭典を操る私を上手いこと利用しようとしていたのです。真実を知った私は・・・あの男を退こうと奮戦しましたが、あの男の造った改造生物に負け、気が付いたら自分の意思を心の奥に封じ込められていたのです・・・・・・」

 双眸から零れ落ちる彼女の悔し涙。

 ドラたちは胸が締め付けられる思いで彼女の精神を追い詰めたアコナイトに激しい怒り感情が湧き上がる。

「人を守るために使ってきた力が、私の意思とは無関係に暴走し、人殺しの為に使われているのが悲しかった・・・・・・そんな現状をどうすることもできない無力な自分が嫌で嫌で仕方なかった・・・・・・だからいっそのこと自ら死を絶とうと思いました・・・///でもそれはできなかった・・・・・・このまま望まぬ戦いで無関係な人を殺していくだけの日々は・・・地獄でした///」

「けれど、あのとき。茜ちゃんは写ノ神の手を借りて自分の力で呪縛を打ち破ったんじゃないの?」

「え・・・・・・」

 不意に声をかけて来たドラの言葉に、茜は顔を見上げる。

 すると、ドラを始めこの場に居る全員が柔らかい表情で茜を見つめる。

 一瞬言葉を失う茜だが、唐突に写ノ神が彼女の頭に手を乗せる。

「ずっと苦しかったんだよな。望まぬものとはいえ、お前はその手に掛けた人の恨みや罪悪を放り出さずにずっと自分一人で背負いこんでいたんだよな。ひと月ものあいだ雁字搦めになって苦しんできたんだよな。なら、もうここいらで許されて自由になってもいい頃だろ?」

「写ノ神君・・・―――」

 その言葉で、茜の心に巣食っていた蟠(わだかま)りが一気に消えていく。

 写ノ神は清々しい笑みを浮かべながら彼女の頭を優しく撫でる。茜はそんな彼の優しさに直に触れることで、絶望から解放されたかのように嬉し涙を浮かべ、彼の胸元へと顔を伏せる。

「・・・・・・ありがとう・・・ございます・・・///」

 ようやく、彼女を縛り付けていた鎖が解き放たれた。

 見ている者の気持ちが心穏やかとなる中、ドラの表情が些か険しい。

「にしても・・・・・・」

「兄貴?」

 幸吉郎が振り返った直後。ドラは刀を手に取り立ち上がり、襖を開いて草鞋を履きはじめる。

「お、おいドラ?!」

「どうしたのじゃ急に?」

「なんだかこんな話聞いたら余計に腹が立ってきたよ。茜ちゃんを利用したこともそうだし・・・何よりアコナイトみたいな似非科学者をこれ以上蔓延らせていたら、未来でも過去でも不幸になる奴は増える一方だ」

 言うと、刀を帯に差してドラは外へと出る。

「オイラは行くよ。まだついて来るって言うなら止めるつもりはないけど・・・ここからは修羅の道だ。生きて帰れる保障はない事を伝えておくよ」

 念を押すようにドラが眼力を強くして、幸吉郎たちの視覚と聴覚に訴えかける。

 それを聞いた幸吉郎たちは不敵な笑みを浮かべ、各々の覚悟を示すように部屋の外へ飛び出し、ドラの横に立つ。

「俺はどこまでもあなたに付くって決めたんです、こんなところで引き下がれませんよ!」

「喧嘩は派手に越したことはねぇ。面白れーじぇねぇか!この喧嘩、買ったぜ!!」

「江戸においてやるべきことがあるのでな・・・あこないととやらの外道の極みをこのまま野放しにする事は、御仏の教えに背くことになるのでな」

「おめぇには命を救われたからな。この恩はきっちり返させてもらうぜ!」

 男四人の覚悟が確かなものであることを悟った。

 ドラは鼻で笑うと、たたら場を出発して真っ直ぐ江戸へ向かおうとする。

「お待ちください!!」

 そのとき、自分たちを呼び止める茜の声が聞こえてきた。

「茜ちゃん・・・・・・?」

「どうした?俺たちに言う事でもあるのか?」

 すると茜は一歩前に出て、ドラたちに意外な言葉をつぶやく。

「あの・・・私に提案があります。江戸までの道のり、私に案内させてください!」

「「「「「え?」」」」」

 

 

武蔵国 千代田城・地下数百メートル

 

 ドラとの戦いに敗れたオリハルコンは、主君であるアコナイトが待つ江戸城から見て南方にある森の中に立てられた秘密のアジトへと戻った。

「・・・そうか。アロガンスと茜がな」

「申し訳ありません」

 オリハルコンはいついかなる時でも鉄仮面を外すことなく相手と意思疎通を行うアコナイトの前に跪き、惨めな敗戦報告とともに謝罪する。

 アコナイトは鉄仮面を被っているため、表面上感情を読み取ることは難しい。

 だが少なくとも快くは思っていないはず。どんな罰でも受ける覚悟で望んでいたオリハルコンは地面を見つめその時を待つ。

 すると、アコナイトはおもむろに椅子から立ち上がり、オリハルコンの方へと近づき、声をかける。

「それでオリハルコン、お前の怪我は大丈夫か?」

「・・・!はい、かろうじて・・・・・・」

 てっきり叱咤し、その責任を追及するかのように思えわれたが、意外にもアコナイトは寛大な対応をとってきた。

 オリハルコンも面を喰らってしまったが、見た目に違わず情のある主君の心に救われたことを幸運と感じる。

「それはそうと・・・アコナイト様の仰る通りあのネコ、只者ではありません。まさか私のレールガンを三発で見抜いただけでなく、脱出しようとした私目掛けて咄嗟に人体急所の肝臓を突いてくるとは・・・」

 オリハルコンは脱出の折、ドラが投げつけた石礫(いしつぶて)が肝臓を直撃。肝臓は鳩尾や心臓と並ぶ人体急所の一つして知られており、打たれると激痛をもたらし、刺されると大量出血を起こす。

 一瞬の出来事とは言え、ドラはオリハルコンの奇襲に乗じて彼に有効なダメージを与えていた。

「あのネコは、武志誠によって作られたこの世で最も喰えないネコだ。下手をすれば、我々人間が奴に食われる方が早いかもしれない・・・それほどまでに凶悪な存在だ」

「そのようですね・・・」

 オリハルコンは鬱血した肝臓付近を手で押さえながら苦悶の表情を浮かべる。

「その怪我で動けるか?」

「戦闘は半日ほど無理ですが、日常生活には差し支えはないです」

「よし。急いで挙兵の準備を整えろ。亜空間破壊装置(あくうかんはかいそうち)の完成も急がねばならなくなってきた」

 

 

同時刻 たたら場近郊・河原

 

 江戸を目指し出発しようとしていたドラたち一行。

 怪訝そうにドラたちが茜を見つめる中、彼女は何も言わずただ微笑む。

 直後、右手の親指を噛り漏れ出た血で腕に文字を書きはじめる。

 この瞬間、朱雀王子家当主だけが使うことを許された秘術―――「畜生祭典」の力を、正しく行使する。

「畜生祭典・巨(きょ)の陣(じん)、出てきて下さい!」

 術式を開始すると、茜の正面に畜生祭典固有の曼陀羅―――畜生曼荼羅(ちくしょうまんだら)が広がる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・。

 そして、唐突に地面が激しく揺れ始める。

「「「「「おおお!!!!」」」」」

 予想以上の揺れにドラを含む男たちが驚愕の声を上げる。

 しばらくすると地面が割れ、地中からとりわけ巨大な畜生が姿を現す。

 現れたのは、体長およそ5mにも及ぶ鮮やかな赤い鱗を持つ巨大な龍だった。

「「「「ぎょ・・・ぎょえええええ―――!!!」」」」

 開いた口が塞がらないとはこの事だ。

 四人は茜が召喚した龍の大きさ、雄々しく威厳に満ちた姿、そして太陽を覆い尽くす巨大な翼に目を奪われる。

「ご紹介しますね。この子は地龍の『向日葵(ひまわり)』ちゃんです。向日葵ちゃん、皆さんに挨拶してくださいね」

「ガールガガガガガアーガフガフ」

 茜が呼びかけると、向日葵と言う名の龍は笑顔で楽しそうに挨拶をする。

 四人は途端に肩を重くする。ツッコミどころは多々あるが、一番はやはり茜の畜生に対するズレた名前の付け方だ。

「なぁ、茜さ・・・こんなこと言うのもなんだが・・・なんで向日葵なんだ?」

「どうせならカッコイイ名前にしてよ。スカーレッドノヴァ・ドラゴンとかさ!」

「すかー・・・なんだって?」

 長い横文字に駱太郎の口はうまく回らない。

「言っときますけど、この子見た目こそ雄みたいですけどれっきとした雌なんですよ・・・ほらこれを見てください!」

 向日葵と名付けた龍が雌であることを強調し、龍が持っている澄んだ黄色の瞳を指さす。

「こんなに澄み渡った瞳は見たことがありません。この鮮やかな黄色から連想できるもの・・・それはひまわりです!!だから、向日葵ちゃんなんですよ♪」

「あっ、そうかい・・・」

 やや面倒くさいと感じた写ノ神は、力の抜けた声で答える。

「私は不本意ながらアコナイトに操れ、彼の隠れ家にも足を運んでいます。時間短縮の為に皆さんはこれから向日葵ちゃんの背中に乗ってもらいます。皆さんには今回かなりの御迷惑をお掛けてしてしまいました。せめて・・・・・・私の出来る範囲の事でよろしければ、お力になりたいです!」

「茜ちゃん・・・・・・おしわかった!」

 茜の厚い心に胸打たれたドラは、屈託のない笑みを浮かべる。

 そして、向日葵の背中へと飛び乗る。

「それじゃ遠慮なく連れてってもらおうか!」

「よし、そうと決まれば早く乗り込もうぜ。もう時間がねぇーんだからな」

「お前が仕切るなよ、単細胞!」

「んだとー!」

「バカやってんじゃねぇよ!ほら、さっさと乗るんだよ!」

 幸吉郎の一喝を受け、駱太郎と写ノ神は不承不承に茜の龍の背中へと乗り込む。その後に続いて龍樹、幸吉郎、茜が搭乗する。

 全員の搭乗が完了すると、茜は向日葵の頭部へと移動する。

「皆さん、しっかり掴まってくださいね。でないと振り落されてしまいますよ!」

「「「「「おう!」」」」」

「それでは向日葵ちゃん、江戸までお願いしますね」

「ガールガウガウ!!」

 返事をするとともに向日葵は地面を強く蹴り、勢いよく空高く舞い上がる。

 一体のロボットと五人の人間を乗せた龍は雲を突き抜け、江戸を目指して飛んでいく。

 

 

千代田城 地下数百メートル アコナイトのアジト

 

 ドラたちを迎え撃つため、現在アコナイトのもとに主要幹部が集められ、作戦会議が行われている。

 アコナイトを中心に、側近の蟒蛇大吾(うわばみだいご)(25)がオリハルコンと三人の幹部を招集。

 ややけばけばしい装飾品が施された黒い修道衣に身を包んだ初老の男性、イグナチオ・デ・レダム(54)と、アコナイトの技術によって肉体強化されたミラー(兄)とトミー(弟)でなる双子のコンビ、ミトラ兄弟を中央に集める。

「連中は直ぐにでもここを嗅ぎつけるだろう。あのネコが茜の力を借りたとすれば、おそらくは空を飛んでここを目指すはず。良いか、我らの力を奴等に篤と思い知らせてやるのだ!」

「「「了解した(わかりました)(招致しました)」」」」

 アコナイトの命を受けたレダム司祭、並びにミトラ兄弟は会議室を飛び出しドラたちを迎え撃つための準備に向かう。

 アコナイトの元に残ったのは、蟒蛇とオリハルコンの二人だけ。

「―――少し時間があるな。今のうちにあれを動かせるようにしておこう」

「最終テストは完了しています。いつでも動かせるかと」

「まさかあの男を使うときがくるとは、思いも寄りませんでしたね」

 それぞれ言いながら、三人は基地の最深部にある研究室を目指す。

 様々な改造生物や肉体強化に努めてきたアコナイトにとって、こんなにも早く自分が手掛けた生体兵器の中でも最高峰とも言うべき作品を投入するとは夢にも思っていなかった。

 研究室へと入った三人は、透明な培養器の中で静かな眠りを続ける軍服のような衣装に身を包んだ男を見ながら、手元のコンソールを操作する。

「何分これは扱いが難しい。だが、力は絶大だ」

「サムライ・ドラとて、この男を倒すことは容易ではありません」

「上手くいけば、我々の崇高なる計画のための良き礎となってくれるはず。そしてこれの量産化に成功すれば・・・・・・世界は容易く我ら手の中に」

「是非ともそうなって欲しいものだ・・・・・・」

 鉄仮面を被っているので相変わらず表情から心情を窺い知ることは難しい。

 だが、声色からある程度の事は推測できる。どうもアコナイトは自信が持てずにいるようだ。

 自分が心血を注いだ研究の末に辿り着いた答えが間もなく実証されようとしている。にも関わらず、言い知れぬ不安と言うものが頭から離れず悩みの種になっていた。

『スリープモード、解除。培養器よりシリアルナンバー0089・・・認識コード名“螻蛄壌(けらじょう)”を解放します』

 コンピューターが解除コードを認識・確認を行うと、培養器の中の液体がホースから吸い出され、徐々にポットの中から軍服の男が姿を現す。

 アコナイトたちが見守る中、全ての溶液が抜かれ最強の生物兵器は重い瞼を開け、覚醒を果たす。

 

 数時間後。

 50里の道のりを龍を使って一気に短縮し、ドラたち六人は目的地江戸へ到着する。

 茜の案内を受け、ドラたちは江戸城から目と鼻の先にある森の中にあからさまに造られた巨大な建造物を発見する。

「みなさん、あれがそうです」

 茜が指さすものにドラたちの視線が集中する。

 森を切り開き、そして造られたのは明らかに時代錯誤な西洋風の建物。敷地面積が異常に大きく、外観はホワイトハウスを意識したものとなっている。

 ドラたちは草陰から建物の外観を見つつ、守衛のサムライアリを一掃。閉ざされた門の前へと立つ。

「ここがあこなんとかの秘密の隠れ家か・・・」

「アコナイトね、R君」

「しかし森の中にこんなものが堂々と立ってるのに、なんで誰も気づかなかったんでしょうか?」

「確かに、奇妙な話ではあるのう」

 幸吉郎と龍樹が至極当然の疑問を浮かべる。

 ドラは周りを見渡し、あからさまに建てられたこの隠れ家が誰にも気づかれずにいるのか、その理由を突き止める。

「タネならここにあるよ。ほら」

 するとドラは特殊なライトを使って、周りの風景に光を当てた。

 光を当てた直後、空間がぼんやりと歪み、それまで同化していた周りの景色とは違った本来の景色が見えてくる。

「光学迷彩だよ。カメレオンの保護色、ハナカマキリの擬態のように、周りの景色に溶け込ませてあたかもそこになにもないように演出するんだ」

「小難しい話はよくわかんねーけど・・・でか過ぎて嫌な感じだな」

 写ノ神は、権威を着飾ったように周りの景観にそぐわないほど巨大に造られた建物の外観や広い庭などを見渡し、アコナイトの趣味に関して疑問を抱く。

「で。こいつをどうやって攻める?」

 ボキボキと拳を鳴らしながら、駱太郎がドラに建物への突入法を聞き出す。

「少数での奇襲は迅速さが物を言う。正面突破と同時に、全力で駆け抜ける」

「それはわかりやすいですね!!」

 端的かつ状況を読んだ合理的な作戦を伝えられると、幸吉郎は自分の頭でも簡単に理解できる内容に胸躍らせる。

 すると、写ノ神は茜の方へと顔を向ける。

「茜。走れるか?」

「はい!こう見えても、それなりの修羅場は潜って来ていますので♪」

「それよか、写ノ神は茜の蹴りをその身に喰らったのではないか?」

 龍樹からの鋭い言葉が、写ノ神の胸に突き刺さる。

「ご、ごめんなさい!痛かったですよね!」

「いや・・・いいよ、別に・・・///」

 意気消沈気味な彼を見た茜は、咄嗟にあの時の戦いでの無礼を謝罪する。

 たとえ相手が同い年の少女と言えど、女性に顔を蹴られるということが余程沽券にかかわることだったのか、写ノ神の心は割り切れていない様子だ。

 さぁ、役者はそろった―――間もなく六人による突入作戦が始まる。

 幸吉郎が静かに鞘から刀を引き抜く。

 すると、唐突に駱太郎が隣から声をかけてきた。

「幸吉郎」

「なんだ?」

 真剣な顔で幸吉郎を見る駱太郎。

 怪訝そうに幸吉郎が見つめると、駱太郎は幸吉郎の肩に手を乗せ、カッコを付けたようにつぶやく。

「遅れを取るんじゃねーぞ。いいな」

 ―――ピキッ!ピキッ!

 年下であり、おつむがそれほどよくないため写ノ神から単細胞呼ばわりされる駱太郎からの屈辱的な台詞に、幸吉郎は堪えきれなかった。

「おめぇが言うんじゃねぇよ!!まずはそのふざけた幻想をぶち・・・!」

「それ以上は言わせないからね言っとくけど!!とにかく落ち着け!!」

 怒りに任せて駱太郎の頭部を愛刀で斬りつけようとしたが、ドラが何とか止めて自体を丸く収める。

 気を取り直して、全員の気持ちと覚悟がひとつとなる。

 ドラは刀の力を解放させドラ佐ェ門となったのを確認し、空気を勢いよく吸い込み―――腹から声を上げ呼びかける。

「いくぞみんな!!」

「「「「「おお(はい)!!」」」」」

 ドラの掛け声を合図に、全員は門をつき破ってアコナイトの隠れ家へと突入を開始。

 キキィン・・・!

「なんだぁ?」

 玄関の警備するサムライアリを中心に構成された改造生物と肉体強化術を施された武士の混成義勇軍は、不自然な物音に聞くなり言い知れぬ不安を覚える。

 ―――ドカン!!!

 次の瞬間。正面玄関の扉が粉々に砕かれ、建物の中へと雪崩のように入り込んできたのはドラを筆頭とする奇妙な縁で結ばれた六人の戦士たち。

「で、出たぞ!!」

「敵襲だ!!」

 ドラ達の襲撃に狼狽しながら、アコナイトの義勇軍はこれを迎え撃とうとする。

 邪魔なサムライアリ達を切りつけながら、ドラは幸吉郎たちの士気を高める。

「おーし!みんなも暴れたいだろ!好きなように殴る蹴る、斬り倒すなんでもいいや!とにかく全員で畳み掛けろー!」

「「「「「お―――!!(はい!)」」」」」

 その言葉を聞くなり、幸吉郎たちは四方八方へと散らばり、各々の技を見せつけるように屋敷の中で暴れ始める。

「貫け、狼猛進撃!!!」

 床を強く蹴ると同時に、幸吉郎は磨きに磨き上げた刺突として繰り出し、サムライアリを串カツの要領で貫く。

「オラオラオラオラァ!余所見してっと怪我するぞ!!」

 その近くで、駱太郎は徒手空拳により数に物を言わせる改造生物を圧倒。彼に殴られた改造生物は、皆見るも無残な姿へと変えられる。

「諸行無常印・壱之型(いちのかた)『止包(しほう)』!」

 龍樹が錫杖を床に叩きつけた途端、巨大な包帯が出現―――うねるヘビの如く改造生物の動きを捕える。

「殺生は禁忌。じゃが、お主らはこの世の理にあってはならぬもの。潔くその命を天に返せ」

 無常を嘆きながら、自分がこれからしようとする行為を悪と明確に位置づけた上で、龍樹は包帯で縛り付けた敵を一人残らず殲滅する。

「諸行無常印・弐之型(にのかた)『桐棺(きりのひつぎ)』―――」

 動きを封じられていた敵は、まとめて龍樹の力によって生まれた桐のようなものに閉じ込められる。

 やがて、棺の中から出て来たのは彼らが所持していた武器だけだった。

「“雷牙(らいが)は我が力、激しきその雷電を今ここに宿せ”『雷(サンダー)』!」

 写ノ神は稲妻エネルギーを宿した魂札(ソウルカード)を使い、敵対するものすべてに激しい雷撃を浴びせる。

「よっしゃ!どんどん行くぜ」

 調子が出て来ると、カードホルダーからもう一枚別の魂札(ソウルカード)を取り出し、先ほど使用した『電(サンダー)』の力と組み合わせる。

「“奔れ稲妻!刃に乗りて、我にあだなす者を灰焼きにせよ”。『電(スパーク)』『刃(ブレイド)』、融合!!『雷鳴斬(らいめいざん)』!!」

 ひとたび触れれば皮膚が焼け焦げるほど強力な電気を帯びた剣を携え、写ノ神は向かってくる改造生物たちを左右に袈裟切りにする。

「横一閃(よこいっせん)!」

 ―――ズバッ!バシュッ!

 電気を帯びた剣戟を前に敵は感電―――黒焦げとなって倒れる。

「このガキが!!」

 斧を携えた武士崩れの男が写ノ神に突進してくる。

 写ノ神は手持ちの剣で斧の一撃を受け止めると、溜めた電気を斬撃に乗せて一気に斬り捨てる。

「秘儀(ひぎ)・雷鳴(らいめい)の舞(まい)だぁ!」

 ―――ドドドド!!!

 特殊な力を操る写ノ神に全く歯が立たない改造生物と肉体強化を施された人間たち。

 怖気づく彼らを見ながら不敵な笑みを浮かべる写ノ神は、剣を回し始める。大気中の静電気と相まって刀身に溜まっていた電流を、一気に斬撃として放出する。

「奥義(おうぎ)・雷電残光(らいでんざんこう)!!」

 ―――ダダダダダダダダダ!!!

 雷の斬撃となって地面を走る写ノ神の大技が、周りの敵を悉く感電させ、再起不能とする。

「くそ!やりやがったな!!」

「あのガキの始末はこの女(アマ)をぶっ殺してからだ!」

 次々と返り討ちとなる仲間の事を思いながら、敵は六人の中では一番ひ弱そうな茜に狙いを定め、殺気を孕んだ瞳で彼女を睨み付ける。

 対する茜は少しも臆する様子を見せず、寧ろ自分の事をいやらしい目で見てくる数人の男の視線の方に目がいき、深い溜息を漏らす。

「まったく・・・男の人はどうしていつもこうなのでしょう。写ノ神君みたいな人はそんなにいないということが良くわかりました」

 言うと、懐から鋼鉄製の手甲を仕込んだ皮手袋を取り出し、おもむろに取り付ける。

「こんな狭いところで、私の畜生(子供)たちを召喚する訳にはいきません。ですから、当主である私が直々にお相手させてもらいます」

「何調子に乗ってるんだよ、クソ女(アマ)ァア!!」

 痺れを切らした男が薙刀片手に茜に向かって来た。

 茜は男の動きを見極め、鋼鉄製の手甲を仕込んだ皮手袋で男の顎下を狙い、アッパーパンチを繰り出す。

「えい!」

「いでっ!」

 一見すると、華奢で肉弾戦には向いていない様に思える茜。

 だが、幼少の頃より畜生と戯れる中で自然と鍛え上げられた柔軟性のある筋肉を持っている。彼女の場合、肉弾戦の基本は全て柔をもって剛を制することにある。

「てい!」

「が!」

「そりゃ!」

「あ!」

 少ない力で、的確に相手の急所を中心に一撃のもとに倒す。

 華麗な動きに加えて、茜は高い身体能力を発揮する。写ノ神が一度は喰らったあの飛び蹴りが、正気を保った状態で巨漢の顔面にクリーンヒットすれば、誰もが目を疑うだろう。

「な、なんだこの女(アマ)・・・!滅茶苦茶つえーぞ!!」

「化け物かあいつは!」

「化け物はあなた方じゃないんですか?人の身を捨ててまで、力を求めるなんてよくない事ですよ」

 力に固執した余り、人間の身を捨ててしまった彼らを哀れみながら、茜は懐へと飛び込む。

 ―――キンッ!!!

 次の瞬間。鋼鉄の体を持つ彼らが唯一鍛錬では鍛えることの無いできない場所、すなわち股間を直に蹴られてしまい、全員が泡を吹いて倒れる。

「「「ああああ//////」」」

「なんだか変な感触ですね・・・男の人はどうあってもここは鍛えることは出来ません。悪く思わないで下さいね――――――勝つためには、私は手段を選びませんので♪」

 満面の笑みを浮かべながら彼女は何とも恐ろしい事を口にする。

「でへはははははは!!!」

 しかしながら、茜以上に理不尽で恐ろしい存在を忘れてはいけない。

 サムライ・ドラは、魔猫の形相を浮かべながら眼前に立ちはだかる命を等しく刈り取る。改造生物、人間、見境なく・・・。

「あああ///こりゃ・・・勝ち目なんざねぇ///」

「こんなところで死ねるか!早いとこつらかろう!!」

 次から次へとドラの凶刃の前に倒れていく仲間たちの無残な姿が増えるにつれ、義勇軍は武器を放棄、命欲しさに逃亡を企てる。

 だがその直後。

 縮地で先回りしたドラに捕まり、敵はドラの形相に怯えてしまい、足が硬直する。

「「ひいい///」」」

「逃げられると思ったのか三下ァ、瀧上(たきのぼり)!」

 剣撃の威力を上げるとともに、ドラは人間の目では捉えられない速さで上向きの一閃を繰り出す。

「「がっ・・・・・・」」

 この技で斬られた相手はまるで竜が瀧を上るかの如く血が勢いよく上向きに吹き出す。

 悲惨な断末魔を迎える敵の亡骸をドラは無表情に一瞥する。その後、すぐさま別の敵を見据えて刀を構える。

「こ・・・この野郎・・・!よくも俺の仲間(ダチ)を殺(や)りやがったな!!!」

 肉体強化によって全身の筋肉が鎧と化していると言ってもあのがち間違いではない男が、仲間を屠り去ったドラに強い憎しみと怒りを露わにする。

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 男は自慢の怪力で床を叩き割り、巨大な岩塊を持ち上げドラへと投げつけようとする。

 その直後。ドラは唐突に刀を突き刺して男の懐へと潜りこむ。

「ハアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

 いつになくドラは高い声を上げる。

 そして、岩を持ったまま必然的に動けないでいる男の体にドラの丸手が超高速で打ち出される。

「アタ!アタ!!アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!!!!!!」

 某世紀末バトル漫画を彷彿とさせる。

 ドラは命懸けの戦いの中でも、時折奇妙な悪ふざけをすることがあり、今回はそんな気分だったらしい。

「オワッタ―――!!!」

「のおおおおお!!!」

 身の丈を超える巨漢をも圧倒するこの技の名は―――

「“弩羅惨百裂拳(どらさんひゃくれつけん)”」

 説明しよう。弩羅惨百裂拳とは、その名の通り数多の拳で相手を突きまくる技である。拳の速さは3秒間に50発。屈強な相手に対しては、技が終わった後しばらくは全くノーダメージに見え、相手自身にとっては軽い拳でたくさん殴られた程度の認識しかない・・・。

「貴様の拳など、蚊ほどにも効かんわ!」

 案の定。軽く叩かれたと認識している巨漢は起き上がり、ドラに反撃を加えようとする。

 すると、ドラは背中越しにつぶやく。

「お前は、もう―――」

 ―――バシュ!!!

「こんなんで死ねるか―――!!!」

「アビベッ!!」

 刹那。ドラ佐ェ門を手に取り、激高しながら巨漢の体を斬り裂く。

 ちなみに某漫画の設定では、無数のパンチひとつひとつが秘孔を正確に突いているため、技が終わった時点で既に肉体の爆裂が確定しているのが、現実には到底不可能な事であり、誰よりも非常識なドラでもさすがに真似のできるものではなかった。

「さてと・・・悪ふざけはこれぐらいにして先に進もうっと」

 結局。いつものように無情にも斬り倒し、呆気なく敵を倒した上で幸吉郎たちを連れアジトの奥を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 3巻』 (集英社・1995年)

 

 

 

 

 

 

短篇:祝!八百万写ノ神16歳 in USJ(前編)

 

西暦5538年 10月1日

大阪 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン

 

「写ノ神君!16歳のお誕生日おめでとうございます!!」

「「「「「「おめでとうっ!!」」」」」」

 10月1日―――八百万写ノ神が生誕して16回目となる記念すべき日を祝うため、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーは大阪はユニバーサル・スタジオ・ジャパンへと来ていた。

「よかったな、写ノ神!ユニバーサルなんて早々来れないからな!」

「今日はお主のために珠玉を尽くした誕生祝を用意したからな。存分に楽しめ!」

「ああ・・・ありがとう」

 折角の誕生日なのに、写ノ神はどこか不安げな表情で答える。

「どうしたんですか?ひょっとしてお気に召さなかったですか?」

「いやそう言う訳じゃないんだ。ただ・・・なんか、妙なんだよな」

 仲間たちが誕生日を祝ってくれる事は素直に喜べる。

 が、それとは別に写ノ神はただならぬ不安を抱いていた。

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の誕生日がただただ楽しいはずがない。わざわざこんなところにまで自分を連れて来たからにはきっと何かあるに違いない―――写ノ神は疑心暗鬼に駆られる。

「まぁそう疑うな。大丈夫、今日に限って何もねぇ」

「”今日に限って”!?ちょっと待ってよ幸吉郎、その言い方ものすっげーヤなんだけど!本当に大丈夫なんだろうな!」

「疑い深いヤツだな。しょうがねぇ、じゃ駱太郎さんからおめぇにピッタリのものをくれてやるか」

 今日という特別な日を純粋に楽しんでもらいたい―――駱太郎から写ノ神へ超スペシャルな逸品が渡された。

「ハッピーバースデー!写ノ神だけだからな!」

「・・・・・・なんだよこれ?」

 写ノ神の左胸に張られた一枚のシール。

 USJの人気キャラクター「キ○○ちゃん」がデザインされている。

「そのシール付けとけば中入って行ったらキャラクターが全部寄ってくる!」

「まぁなんて素敵なんでしょう!!写ノ神君は幸せものですね!!」

 写ノ神に贈呈されたのは誕生の人だけがもらえるという超特別な魔法のシール。これを張っていれば、その日一日はUSJのありとあらゆるキャラクターから誕生日を祝ってもらえるのだ。

「どうだ写ノ神、気に入ったか!」

「いや、なんつーかどうしていいかわからねぇよ・・・」

 かえって写ノ神は疑心暗鬼に陥った。

 そんな疑心を解きほぐそうと、茜が写ノ神の手を引っ張った。

「とにかく今日は存分に楽しみましょうよ!!主役は写ノ神君なんですから♪」

「そうそう、茜ちゃんの言う通り。単純に誕生日だからさ!」

「人気のアトラクション乗って、うまいもん食ってパーッと盛り上がろうぜ!!」

 何処か不安の拭えない写ノ神を引き連れ、一行はパーク内へと入場を開始。

 だが写ノ神が疑心を抱くように、これがただの誕生日企画であるはずがなかった。

 実は2週間前からプロジェクトは動いていた。杯真夜の実家・佐村河内財団をスポンサーに据え、USJと完全コラボした膨大な製作費が投じられた史上空前のプロジェクト。

 一体この後、写ノ神の身に何が起こるのか―――。

 

 バースデー当日。

 この日のUSJはハロウィンイベントもあり、なんと4万5千人もの人々が来場していた。

「さぁみんな、いまだかつて誕生日にこれだけの人が!これ全部写ノ神を祝ってるんだぞ!」

「「「「「すっげーな(すごいですね)(たいしたもんじゃ)!」」」」」

「いや関係ねぇから!全然関係ないから!!」

「これ皆あれだろ、全部写ノ神の世話になった連中ばっかぜ!」

「こんな誕生日は他にねぇな写ノ神!」

「俺は関係ないと思うけど!全部ただの観光客だと思うけど!!」

「今日何人ここに来てると思う?4万5千人だぞ、すごいだろ!!」

「写ノ神君のお誕生日じゃなかったら人っ子一人いませんでしたよ!」

「ウソつけー!第一俺はドラーズと違って認知度はゼロにも等しいだろうが!!」

「とりあえず写ノ神、今の気持ちはこのビデオカメラに向かって!」

「いやないよ別に!」

 絶対何かある―――大袈裟に自分の誕生日を祝う彼らを写ノ神は異常なほどに警戒する。

 未来で暮らし始めて早1年。何もかもが初めてなUSJで、写ノ神を待ち受ける誕生日イベントとは果たして―――

 

「さぁまずはこれだ!みんな大好きE.T.アドベンチャー!」

「「「「「おおお!!!」」」」」

 写ノ神へのバースデープレゼント―――E.T.アドベンチャー。

 映画「E.T.」の有名な1シーンを体験することが出来るUSJ屈指の人気アトラクション。

 パトカーが迫りくる中、自転車に乗ったE.T.とともに遥か大空へ・・・写ノ神もかなり喜んでくれるはずと期待して、一行は自転車へと乗り込む。

「写ノ神君、信じれないかもしれませんけど・・・」

「なんだよ?」

「この自転車飛びますよ!」

 写ノ神を真ん中に右をドラ、左を茜がサンドイッチ。残りの男たちが後部座席に乗り込む。

「これでなんかやんのか?おい、大丈夫なんだろうな本当に・・・」

 怯える写ノ神を余所に、一行を乗せた自転車はいよいよ出発。

「写ノ神楽しめよ!お前の誕生日だろ?」

「いやそうだけど・・・マジで大丈夫なのか?!」

「だから疑い過ぎだって!何にもないから心配すんなって」

 人気アトラクションを楽しむ余裕すら湧いてこないほどに、写ノ神は周りを強く警戒する。

 そして、ついにあの感動の名シーンへ・・・・・・

「「「「「「「おおおお!!!」」」」」」」

 7人を乗せた自転車は宙高くへと舞い上がった。

 暗い空間ではあたかも本当に空を飛んでいるような錯覚を覚える。

「うおおお、めっちゃ高っ!」

「あ~すげぇ!」

「これはなんとめでたい誕生日じゃろうな写ノ神!!」

「そ、そうですね!」

 月明かりに照らされる人影。確かに写ノ神は飛んだのだ―――遥か大空へ。

 その後自転車は、E.T.の星に到着。

 いよいよ迎えたアトラクションのクライマックス―――するとここでサプライズが。

「ほら見ろ、E.T.がいた!!」

「写ノ神君見てください、かわいいですよ!」

「へぇ~どれどれ?」

 星に住むE.T.の方へ写ノ神が顔を向けた次の瞬間―――

『ハッピーハロウィンアンドハッピーバースデー写ノ神』

 あのE.T.が写ノ神へ向けて誕生日メッセージを送ってきた。

「えっ!?おい今、『写ノ神』って言ったぞ!!」

「おめでとう写ノ神!!E.T.も祝福してくれたぞ!!」

「さすがは写ノ神!!」

 もちろんこれもあらかじめ用意していたサプライズ企画。

 佐村河内財団の金の力に飽かせた力技。

 だがこれに気を許した写ノ神は、先ほどまでの疑心暗鬼モードを徐々に解いて、その顔に笑顔が戻り始めた。

 

「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」

 午前中めいいっぱい人気アトラクションを楽しんだ一行は、パーク内にある人気レストランを貸切、写ノ神の誕生日を超豪華ランチで盛大に祝う。

「今日のために奮発したんだぞ!俺たちの貸し切りだ!他のお客さん俺たちのせいで兵糧攻めだぜきっと!!」

「マジっすか!?いや・・・なんか俺ばっかり悪いな!逆に居心地が悪い気がしてきた・・・」

「何言ってんのさ。今日は写ノ神生誕16回目の記念すべき日だよ!」

「そうですよ。あなたは主役なんですから、もっと堂々としていてください!」

「みんな・・・・・・ありがとう///」

 変な疑念を抱いていた写ノ神だったが、どうやらそれは自分の思い過ごしだったらしい。

 こうしてUSJでドラたちからの祝福を受け続けた結果、写ノ神の涙腺はいつのまにか崩壊―――感嘆の涙が零れ落ちる。

 と、ここで写ノ神のバースデーを記念して作られた特性のケーキが到着する。

「ささ、スペシャルなケーキも用意した事だし・・・ここはみんなで歌ってどんどん盛り上げるぞ!!」

「それではみなさん歌いますよね。3、2、1・・・はい!」

 茜の合図とともに手拍子が起こり、写ノ神へと祝いの言葉が向けられる。

「「「「「「ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデーディア写ノ神(君)♪ハッピーバースデートゥーユー♪」」」」」」

 歌の終了と同時に、写ノ神は照れくさそうに頭を掻き誕生ケーキに灯された16本のろうそくの火をひと吹き。

「写ノ神君に大きな拍手を送りましょう!」

「「「「「「おめでとう!!」」」」」」

「どうもありがとう!みんな・・・ホントありがとうな///」

 人生でこんなに幸せな誕生日を迎えられるとは思いもしなかった。

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)という家族の一員であることを、写ノ神は今日ほど誇りに思った日はないだろう。

「まさかこんな事だとは思わなかったぜ。いいのかな、こんなんで?」

あまりに楽し過ぎるときを過ごしていく中で、写ノ神はいつしか警戒心を解いていた。

 ドラはこの瞬間を狙っていた。

 そして、ついに動いた―――

「あ、そうだ。もうそろそろ時間なんだけどさ・・・これショーアトラクションのスケジュール見て分かる?」

 ドラが見せてくれた今日一日のUSJにおけるスケジュール表。

 中身を見ると、写ノ神を驚かせる衝撃の内容が書かれていた。

「え・・・どういうことこれ!?3時半・・・『ハッピー・写ノ神・セレブレーション!!』って書いてるぞ!?」

「そうなんだよ。USJのスケジュールの中に入ってるんだよ!今日のショープログラムなんだ」

「ウソだろおい!?えっ、てことはパレードするんの?」

 “Happy UTSUNOKAMI Cellbration!!”―――この日、なんとUSJが人気キャラクターたちを総動員し、写ノ神様にアレンジしたバースデーパレードを開催してくれるという。

 まさに、有り得ないくらい嬉しい誕生日プレゼント。これには写ノ神も大喜び。

 しかし写ノ神はそれを“見ているだけでいい”と大変な勘違いをしていた。

 

 

 

 

 

 

つづく




次回予告

ド「突入したオイラたちの前に次々と現れるアコナイトの改造生物。カメレオンコウモリにヤキイモムシ!おまけにハンバーガーのオバケまで現れる始末」
「そしてとうとうあの男が現れた。氷の様に冷たい闘争心の塊みたいな相手に、オイラは嘗てないほどの苦戦を強いられる・・・」
「次回、『鋼鉄の絆 其之七 最恐蟲師・螻蛄壌』。あいつは元々敵キャラだったんだよね・・・」

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