サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「龍樹さんと一緒に江戸をめざし驀進していたオイラ。道中、ひょんなことから知り合った万砕拳の駱太郎こと、R君とまたしても山中幸吉郎と再会を果たす事になった。誰かが裏で糸を引いているのではないかと疑いながら先を急いでいたら、谷底で深手を負っていた八百万写ノ神を見つけた」
「アコナイトの追っ手も辺りをうろついていたから、そりゃ冷や冷やしたもんだ。傷を負った写ノ神を担ぎ、オイラ達は浩司斎とか言う男が治める大たたらに到着する。一方でアコナイトの部下が秘かにこちらの出方を窺っているようだけど・・・何が起こるのやら・・・」



鋼鉄の絆 其之伍 もののけを総べる巫女

江戸を目指していたドラと龍樹だったが、道中彼等は三遊亭駱太郎、そして山中幸吉郎と鉢合わせ、ひょんなことから行動を共にすることに。

東海道山中を移動中の出来事。ドラ達は谷底の川で深手を負った少年・八百万写ノ神を発見、これを保護する。写ノ神を連れてドラ達がたどり着いたのは、写ノ神が仕える浩司斎が治める大たたらの居城だった。

束の間の休息を得るドラ達。だが、そんな彼らを付け狙うアコナイトの放った刺客たち。果たして、ドラ達に待ち受ける運命とは・・・・・・?

 

 

 

不穏な影が動きはじめようとしていた頃。写ノ神の勧めでドラはたたら場の下に作られた温泉に浸かり束の間の安息を手に入れていた。

「はぁ~~~星空の下の温泉~~~これで芋焼酎でも揃っていれば文句ないんだけど。いい湯だな~~~」

当たり前の事だが、衣服を全て脱いで文字通りドラえもんの姿そのものと化したドラは湯船につかりながら、雲一つない満天の星空を仰ぎ見ながら酒が無い事を物足りないと感じつつ、温泉の効能を体に染みこませていく。

俗にいうところのテカテカの頭の上に手拭いを乗せ、体の力を抜いた状態で温泉に少しだけ体を浮かせているドラ。どうやってロボットが力を抜くことができるのかと質問された場合、論理的かつ物理的な事は言えないが、一先ずこれが漫画に近い話だと思えば強引だが人を納得させることができる。不本意な話であるが・・・

それはさておき、ドラが使っている温泉の効能は硫酸塩泉。マグネシウム、カルシウム、ナトリウムなどを多く含み、大別すると、便秘や胆道疾患に効く芒硝泉(ぼうしょうせん)、鎮静効果に優れ高血圧や動脈硬化の予防になる石膏泉(せっこうせん)、苦い味に特徴がある正苦味泉(しょうくみせん)に分かれる、「中風の湯」「きずの湯」ともいわれる。たたら場は砂鉄を蒸かし、鉄を作る場所故にやけどを頻繁に起こす人も多い。ここはそんなたたら師が傷を癒し、リフレッシュするための場所でもある。事実、長距離や戦闘の多いドラはこの温泉に浸かっていると、ジワリとジワリと体の筋肉(それに類似するもの)が柔らかくなり、体にたまったガスも抜けていくことを実感している。

「はぁ~~~ほんと気持ちいいや~~~。ああ・・・なんだか重要な任務を任された身とは思えない口ぶりだ。・・・まぁいいか・・・・・・」

 ドラにとって、世界平和や歴史の修復など至極どうでもいいことの一つであり、好き好んで彼がそのような大義を果たすことはまずない。とはいえ、彼が所属する組織の目的は時間犯罪者を取り締まり、彼らによって狂ってしまった時間の修復を早急に行う事。ドラは仕事として割り切ってはいるのだが、元来正義感の欠片も無い彼にとっては酷く窮屈な話であった。

 ドラは社会正義を一切信じていない。そもそも、社会正義と言う言葉自体に語弊があるのではないかとさえ考えている。社会正義、あるいは社会的公正という概念は、騎士道にも登場するなど古くからある発想であり、社会的に公正な世界を目指す運動の概念としても使用される。具体的には、人権や平等主義(公平)、累進課税などを通した収入や財産の富の再分配などが挙げられる。

 しかし、ドラは知っての通りあの性格であり、元来が利己的な動物だった彼がこの概念に強い疑念を抱くようになったのは、人々の価値観がその時代やその時々の状況・選択において流動的に変化していることを悟ったからである。ときどき社会正義を守るために命を懸け、運悪く命を落とす者がテレビのニュースで報道されると、ドラは彼等の行為を蛮勇と捉え同時に悲観する。人のために何かをしたい、誰かが幸せになるために社会に貢献したい・・・そんな考えがドラに全く理解できなかった。ひねくれ者の魔猫と言われるサムライ・ドラは、実は思慮深く論理的で建設的であり、常に斜め下から世の中を見るように心がけている。感情論や相手の考えに振り回されずあくまでも論理的・合理的に物事をとらえ、その上で自分の意志を貫く・・・・・・それがドラにとって唯一信じられる「正義」のあり方であり、たとえ自分の正義が社会正義から見た場合の「犯罪行為」であったとしても、その鋼鉄の信念を曲げることは、即ちドラにとっての最大の「悪」なのである。

「・・・―――ふう~・・・・・・」

 話が長々と続いてしまったが、ここでドラがこの時代に来て現在に至るまでの経緯を振り返りながら、自分の中の何かが変わりはじめようとしている事に思考する。

「なんだって、あの三人と一緒に居るんだろう・・・・・・オイラにとっては至極面倒な物のはずなのに・・・―――任務を最優先にするなら、あんな手荷物どこかテキトウなところで降ろしちゃえば良かったんだ。なんでそれをしなかったのかな・・・―――」

 この時代に来てからと言うもの、ドラの心は酷くかき乱されることが続いた。山中幸吉郎との一戦に三遊亭駱太郎との共闘。龍樹常法、そして今朝助けた八百万写ノ神。どれも平時のドラの心を大きくかき乱す要素だった。

 ドラの心がこんなにもかき乱されることは、実に久しぶりの事だった。そう・・・ドラの心を最初にかき乱した人物と死別して、もう10年以上となる。魔猫の心を最初にかき乱したその男こそ、武志誠その人だった・・・・・・

 

 遡ること二十数年前――――――。

 魔猫と恐れられ、世間からも疎まれていた凶悪な猫を唯一手懐ける事が出来た科学者・武志誠は、我が子の様にドラを大切にしていた。如何に凶暴なネコであろうとも、誠は真正面からドラを見続け、そして屈託の笑みで笑いかけて来た。ドラは三毛猫だった頃から、この笑顔が妙に気に入らなかった。

 

 

『そーら、ご飯だぞー。美味いかどうかはわからないけど、遠慮せずにじゃんじゃん食べてくれ!』

 昔から、あの妙に余裕のある笑顔が気に入らなかった・・・・・・オイラは魔猫だぞ。なんでそんなヘラヘラした顔で笑っていられるんだ?大体オイラはいつ、あんたに飯なんぞ頼んだんだよ。

『今日からお前の名前は、ドラ―――いい名前だと思わないか!』

 いい名前って言うか・・・そのまんまじゃんか。なんてネーミングセンスの欠片も無いと思ったよ。どうせならもっとこう格好いい名前に出来なかったのかな?スフィンクスとか、シーザーとか・・・。

『偶には外にでも出てみるか。お前も家の中に閉じこもってばかりじゃ体によくないぞ。勿論、この私も含めてな。はははは―――!!!』

 ははは、じゃねぇよ。こっちは寒いの苦手なんだよ・・・!わざわざ寒い外になんで連れ出すんだよ・・・自分の健康管理のためにオイラを連れだす理由はどこにある?あれか、一人で散歩するのは寂しいの?寂しいんだよな?!

『ははは。そう怖い顔をするな・・・ほら、こうすると温かいだろ?』

 厚手の手袋を履き、博士は首のマフラーをオイラの体に巻いてくれた。北風が肌に染みていた先ほどとは違い、凄く体が温かい。なんだかつまらないことで怒っていたのが馬鹿らしくなってきた・・・・・・そのまま博士の腕の中でオイラは何事も無く眠ってしまった・・・・・・思えば、その時からオイラの中で何かが変わってしまった。

 いつしか誰もオイラを怖がらなくなっていた。嘗ての魔猫の面影はすっかり影を潜め、オイラは何処にでもいるネコと同じように扱われた。これもあの人の力なのか?オイラには到底理解の出来ない力で、全てを包み込む。そんな博士の近くでずっといたオイラ・・・・・・いつしかこの人と一緒に居る時間が自分にとって効用の高い物であることを実感し始めた。

 勿論、この人にも欠点はたくさんあった。寧ろ、欠点ばかりが如実に浮き彫りになっている。だけどあの人が短所を矯正しようとする努力はほとんどなかった。代わりに、自分の長所を限界以上に発揮する事には力を注いだ。本人曰く、ある程度の限界までしか自分の短所を矯正することは出来ず、それ以上の努力は時間の無駄でありハッキリ言って疲れるから、短所の矯正は程よいところで諦めるのが最も合理的であるという。反面、自分の長所には限界と言うものがない。自分らしさを失わない為にここは我(が)を通すべきだと、生前言っていた。案外この論理は正しいと思った。実際、オイラもこのひねくれた性格をある程度のところまで直して、それ以上は頑張らない様にしている。自分らしさを失わずに短所を矯正することは至難の業。仮に自分の短所を無くすことが出来たとして、一体何がいいのか?どんな方法を使っても、人間が完璧になれる筈もないのだと、博士はよく言っていた。

 まぁ人間としては酷くズボラな博士は、お世辞にも褒められるような人じゃなかった。ただひとつだけ・・・オイラが認めるところのあの人の尊敬すべき点は、科学者として極めて誠実な姿勢を貫いたことだった。博士は科学者として、常に誠実であろうと心がけていた。そして何よりも、博士は責任を逃れようとする科学者を科学者として絶対に認めなかった。

科学者の日常は単調だ、人と出会う機会も少ない。しかし、博士は退屈な実験の繰り返しの中で見つかる世界があると信じ、味気なく狭い研究室で、人とのつながりを感じることがあると実感していた。科学者は決して人間嫌いではないということを、あの人を通じてオイラは知った。また、博士は金にこそ執着せずに未知なる知識への探求に執着した。それこそが科学者として真面な反応ではあるが、生活を支えているオイラの事も考えて欲しかった・・・だけど、あの人が子供みたいに新しい知識を見つけだした時のあの笑顔は・・・・・・今でも鮮明に頭に残っている。

 結局あの人は、オイラに特別何かを残してくれた訳も無く、これといって愛情を注いだという訳でもない。いや、ちょっと違うな・・・・・・兎に角言葉では上手く伝えられないものなんだ。あの人はオイラと一緒で不器用で、強情っ張りな性格だったから。でもまぁ・・・十数年に及んだあの人との生活で、オイラは随分と人間に感化されたのかもしれない・・・・・・。

 

「あれから何十年経っただろう・・・・・・博士が死んで以来・・・杯家を除いて誰にもかき乱されることも無かったのに・・・・・・どうして・・・・・・こんなにも調子が狂ってる・・・」

 誠の死後。ドラの心はすっかり冷え込んでいた。真冬の北海道宛らに冷え切っていた心に暖気が漏れ出ることは無かった。無かったはずなのに・・・今はこうして心の中がひどくかき乱されている。雪溶けの合図を待っているかのように、ドラの心は強く何かを欲している。春の温かさを――――――それに酷似した温かい何かを。

「・・・・・・ふう~」

 ドラはタオルを頭に乗せた状態で、お湯の中へと潜りこんだ。ブクブクと泡を立てながら、一度心のわだかまりを排して無心になろうと考えた。だが、そう思っていた矢先の事。

 ドガ―――ン!!!

「ぬおおおおおお!!??」

 お湯の中で突如前触れもなく何かが激しく爆発した。ドラはお湯の中から勢いよく吹き飛び、慌てて刀を手に取り周りを確かめる。すると、黙々と上がる白い煙の中から一人の物陰を視認した。

「世界の歴史と運命を担っているというのに―――こんなところでのんびり温泉にくつろいでいるとは、随分と悠長なものだな」

 徐々に煙が晴れていく中、ドラにそう話しかけるのは昼間にドラが見かけた銀色を基調とする服を身にまとった長身の男で、その右手には通常のものよりも大分形の大きい銃が、もう片方の手にはパチンコ玉と思われる鉄球がそれぞれ握られている。

「お前・・・昼間の?」

「私はオリハルコン・アダマント。アコナイト様の命を受け、お前たちを始末しに参った」

「たち(・・)・・・?」

 “たち”という複数形に疑問を抱くドラ。その直後。背後から自分を狙ってくるもう一人の人間の気配に気づいた。

「おらああああああああああ!!!」

 ドラは刀を抜き、威勢よく金棒を振り下ろす巨漢の攻撃を受け止める。凄まじい力が伝わるのを全身で感じながら、ドラは顔色を変えずに男の不敵な笑みを見つめる。

「はっ!とぼけても無駄だ。ムサイ男どもを三人連れていたことはわかってる!」

 それと聞き、ドラもまた男同様の不敵な笑みを浮かべ、こう返す。

「ふう。だったらオイラも一つ言わせてもらおうか。幸吉郎たちは多分、お前のような外見も中身もムサ苦しい奴には絶対に言われたくないって思うけど?」

「なんだと!!」

 その一言に巨漢の堪忍袋の緒が切れそうになった、まさにその時。

「畜生祭典(ちくしょうさいてん)―――」

「!」

「猛(もう)の陣(じん)」

 近くに身を潜めていたアダマントのもう一人の部下が姿を現し、離れたところから覇気の籠っていない機械的な口調で何かを呟く。巨漢の攻撃を受けながらドラが後ろへと振り返ると、桜色の長い髪に茜色の和服の美少女の足元に曼荼羅のようなものが浮かび上がっている。しかもよく見れば、少女の指からは僅かだが血が噴き出している。

 ドドドドドドドド・・・・・・。

「なんだ・・・?」

 しばらくして、ドラが立っている周りの地面が大きく揺れ始め、これを合図に巨漢は一度ドラから距離を置く。ドラはこのような状況下でも決して慌てず自分の服を着始める。そして、一分ほどの時間が経過した次の瞬間。

 ドドド―――ン!!ドド―――ン!!

 地面を割って姿を現したのは、この世の生き物とは言い難い、魑魅魍魎の化け物。実に夥(おびただ)しい数の畜生が、ドラの周りを囲み始める。

「こいつら・・・どっから湧いて出やがった?」

「なりふりかまっている余裕はないのでな」

 オリハルコンは部下である巨漢のアロガンス・ベルセルク(33)と、畜生を操る少女・朱雀王子茜(すざくおうじあかね)(14)を自分のそばに置きながら、左手に持っていたパチンコ玉を銃に装填し、ドラのほうへと向けるとともに、非情な言葉を呟く。

「消えろ。人類の災厄」

 次の瞬間。オリハルコンの指は、一切の躊躇いもなく引き金を引いた。

ドガ―――ン!!!

 

 

「ん・・・」

ドラが温泉で襲撃を受けていたころ。たたら場の宿で眠りこけていた幸吉郎は、絹を裂くような物音に目をさまし、不穏な何かを感じ取って酔い潰れて当分目を覚ます気配すら感じられない駱太郎と龍樹の二人を無理やり起こす。

「おい、起きろ。駱太郎!龍樹さん!」

「ああ・・・?」

「なんじゃ・・・もう朝飯の時間か?」

「寝ぼけてる場合じゃねぇんだ。あの音、聞こえないのか?」

幸吉郎がそう呟くと、うまい具合に先ほどと同様の絹を切り裂くような轟音が聞こえてき、酔いの覚め切っていなかった二人もすぐに覚醒した。

「あの音はなんだ?」

「お!?これはどうしたことじゃ・・・!」

 駱太郎が音の正体を疑問に思っていたとき。龍樹は一緒に行動を共にしていたはずのドラが一人だけ部屋に戻っていないことに気づく。幸吉郎と駱太郎は慌てて部屋中を捜索するが、ドラの姿は見つからない。

「兄貴がいない・・・・・・まさか!」

 幸吉郎はドラの身に何かがあったと直感し、先ほどから聞こえる轟音がその証拠になると思い、二人を連れて部屋を飛び出した。

「っと!」

「わああ!」

 部屋を飛び出してドラのもとへと向かおうとした三人だが、ちょうどその時。意外な人物とぶつかりそうになった。写ノ神だった。

「写ノ神。下のほうで轟音が!」

「ああ、俺にもしっかり聞こえたよ!なんだか嫌な予感がしてならねぇ」

「急ぐぜ!」

 写ノ神に案内され、幸吉郎たちはドラが戦っている城塞下の温泉へと向かって走り出した。彼らは間に合うことができるのか?

 

 

 幸吉郎たちが向かった頃。城塞下に建設された温泉を貸し切る形で、ドラは茜が召喚した凶悪な畜生たちを蹴散らしながら、現在アロガンスと交戦していた。

「はははははは!!!食われろ!」

アロガンスの体は、人間の姿をもしながらその実人間にはないものを持っていた。サイのように固い皮膚を持ち合わせ、破壊力抜群の突進力で畜生もろともドラを一突きにしようとする。

ドラは一枚岩を粉々に砕くアロガンスの突進力を厄介に思いながら、自慢の縮地を生かして相手をほんろうしようと前に出る。だが、それをさせまいと茜が呼び出した畜生たちが数に物を言わせてドラの動きを著しく鈍らせる。

「この!いちいち鬱陶しい・・・奴らだ!」

ザクッツ!バシュ!!

障害となる畜生たちを情け無用に切り捨て、ドラは一旦縮地でアロガンスと距離をとると、懐に忍ばせていた煙幕でアロガンスの視界を封じる。

「うおおお・・・!?何にも見えない・・・!」

「ふん!」

アロガンスの視界を封じている間に、ドラは近くの一枚岩を持ち上げ、煙幕の中のアロガンスめがけて思いきり投げつける。

「どりゃあああああああああああ!」

アロガンス顔負けの怪力を見せつけ、ドラは雄叫びをあげながら身の丈を超える巨大な一枚岩を投げつける。アロガンスは一枚岩がどこからともなく飛んでくると、右腕に装備してあるワニの頭部を模したガントレットを使って、岩を噛み砕く。

「はっ。この程度の岩、砕けぬと思うたか?」

「茜。奴を囲め」

「はい」

 オリハルコンはアロガンスにドラの注意が向いている隙に、茜を使い、ドラに対して絶対的な包囲網を作り出す。茜の言霊に従い、畜生たちは四方八方と逃げ場のないようにドラを完全に覆い尽くす。

「お行きなさい」

 無機質な茜のその一言を合図に、獰猛な畜生たちは凶悪な牙を突き立てドラの命を刈り取ろうとする。

「甘いね。そうやって簡単に間合いに入り込むと―――」

 ドラはこの状況下で、逆に畜生を憐れんでいる。刀を静かに鞘に納め、そして目にも止まらぬほどの速さで間合いに入り込んだ畜生を切り捨てる。これぞ、古の剣豪・林崎甚助重信が考案した鞘の内の剣技こと、居合。

「ならば間合いに入り込まなければいいだけのこと」

一筋縄ではいかないドラの実力を鑑み、オリハルコンは温泉を足に浴びながら前に出ると、ドラの間合いに入らずに攻撃を加えられる唯一の方法として、その手に持った銃弾から凄まじい威力を持つ銃弾を空中から発射する。

「もらった!」

ドガ―――ン!!!

着弾と同時に温泉水が間欠泉のごとく勢いよく宙に舞う。ドラはそんな吹き上がった温泉のお湯を浴びながら、オリハルコンの銃弾を回避する。

「―――仕留め損ねたか」

 オリハルコンは舌打ちをしながら鉄球を銃に詰めていく。

すると、ふいにドラがオリハルコンの銃について次のように考察する。

「・・・電磁投射砲(レールガン)」

「?」

「その銃はガウス加速器の理論を元にして作った、手持ち可能な超伝導加速器だ・・・レールの上に並んだ鉄球に、同じ大きさの鉄球をぶつけると一番反対側の鉄球だけがぶつけた球と同じ速度で転がる。いわゆる、運動量とエネルギーの保存則って奴だ。だが、ネオジム磁石のような強力な永久磁石を鉄球の列に加えると、鉄球はインパクトの直前。磁石に強くひきつけられて、瞬間的に速度を増す。その分だけ、弾き出される鉄球の速度も速くなる。もし仮に、この磁石の力を極限まで高めることができたならどうだろう・・・弾き出される球の速度もそれに比例して超高速になる。つまり、その小さな鉄球がライフルの弾丸となるんだ」

 素人のそれとは思えない筋の通った科学的な理屈を聞かされると、オリハルコンは洞察力と造詣の深いドラに関心を抱く。

「ほう・・・すごいな。たった三回でそこまで見抜かれるとは思わなかった」

「電磁ノイズだよ。銃を撃つと必ずオイラのひげがクタっとなった・・・オイラのひげは周囲の電磁波に対して機微に反応するんだ」

「成程。伊達に武志誠に作られたわけではないか。君の実力を侮っていたことを心からお詫びしよう」

ドラは刀を握りしめると、オリハルコンに視線を向けながら刀身に映った顔を一瞥し、集中力を高める。

「そりゃどうも。でも良かったよ。お前の能力がレールガンだってわかれば、それに基づく対策法なんていくらでもある。どっちにしろ、弾がなくなるまで当たらなければいいんだし・・・」

 と、呟いた次の瞬間。アロガンスがドラの死角より、驚異的な突進速度で走って来た。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 ドラはアロガンスの突進を躱し、その直後に襲い掛かるガントレット型のワニの頭部を模した噛み付き攻撃を辛うじて受け止める。

「そうそう・・・現実は都合よくいかないものだってこと、すっかり忘れてたよ」

「ならば、その現実に屈して潔く俺に食われろ!」

アロガンスの右腕と一体化しているワニの頭部が徐々にドラを圧し始め、ドラは険しい顔を浮かべながら噛み付かれるか否かの瀬戸際でこれを耐えている。

絶体絶命の危機に陥ろうとしていたドラ。だが、ドラが言うところの現実は時として、都合のいい要素をもたらすことがある。

「兄貴―――!!!」

「「「ドラ―――!!!」」」

何処からともなくドラを呼びかける声。一瞬耳を疑ったドラだが、振り返ると視界に飛び込んできたのは、幸吉郎を始めとする旅先で知り合った三人の若者と一人の老人。

「幸吉郎・・・!R君に龍樹さん、それに写ノ神まで?!」

「兄貴!今助けますからね!」

「ここは俺に任せろ!万砕拳っ!!」

前に走りながら駱太郎が右拳を掲げると、熱を帯びた彼の腕は徐々に赤くなり、蒸気を発すると共に、煌々と輝く炎を纏ったものへと変わる。

「ドラ、上手く避けろよ・・・・・・いくぜ!万砕拳っ!炎砕(えんさい)!!」

次の瞬間。炎を纏った拳を前方に突きだすや否や、それは最早拳の概念を超えて、砲撃さながらの速度で撃ち出される。ドラとこれに驚愕しながら、アロガンスが呆気にとられて反応が鈍っている隙に、上手い事脱出を果たす。

「のおおおおお!!!!!!あつうう~~~~~~~!!!」

射程圏内に入っていたアロガンスは駱太郎の炎の拳の直撃を受けると、身を焼かれるその熱さに悶絶する。

「くそ・・・なんだあの力は・・・?!」

未知なる力を操る駱太郎に脅威を抱くオリハルコンは、茜と共にこれを迎え撃つ。

ところが、攻撃の直前。二人の体が光輪のような物に縛られる。

「これは・・・!?」

「・・・・・・」

動揺を見せるオリハルコンと無表情の茜。そんな二人にゆっくりと近づくのは、錫杖を手にした高僧・龍樹常法。

「男だけなら多少手荒なやり方でもよかったのじゃが・・・・・・その娘は古(いにしえ)の書に伝わる畜生を総べる事に長けた一族の末裔。それが何故お主らと共に行動し、その心を縛り付けられているのか・・・」

龍樹はオリハルコンに視線を向けると、不敵な笑みを浮かべる。

「是非とも教えてもらいたいものじゃ」

「貴様・・・・・・」

一触即発もままならない状況。そして、既に一触即発を迎えた駱太郎とアロガンスの二人は激しい死闘を繰り広げている。

「よくも俺のキューティクルを台無しにしやがったなトリ頭!」

「きゅうなんだって・・・!?訳の分かんない言葉使ってんじゃねぇ!大体どいつもトリトリトリって・・・うっせんだよ!!」

 駱太郎とアロガンスは激昂しながら真っ向からぶつかり合って行く。

「骨の髄まで砕いてやる!」

 ワニの頭部を模したガントレットを突きだし駱太郎の顔を砕こうとするアロガンスに、駱太郎は鼻で笑いながら拳に力を込める。

「オラッ!」

 次の瞬間。駱太郎の拳から風の塊のようなものが生じ、大きく振りかぶってから風を纏った拳をワニの口腔内目掛けて放つ。

「万砕拳!風圧砕(ふうあつさい)!!」

 すると、ワニの口腔内目掛けて飛び込んだ風の塊が、ワニの口の中で激しく暴れ回りながら、アロガンス自慢のガントレットを内側から暴発させる。

「がっ・・・!俺の・・・俺の武器が?!この三下が!!」

「誰が三下だ!誰が!言っとくが、三下で我慢してんのは俺の方だぜ!!」

 この二人の壮絶な争いはまだまだ続くと思われる。

 

 

 一方、ドラを助ける為に戦いへと乱入した幸吉郎と写ノ神の二人は、ドラと共に茜が召喚し、その後数を増やし続ける魑魅魍魎の畜生たちを相手にしていた。

「牙狼撃!!!」

 幸吉郎は自慢の脚力から生み出される強力な刺突によって、有象無象の畜生たちを一突きにしていく。

「へぇ、やるじゃんかあいつ。だったら俺も・・・」

 写ノ神は幸吉郎の強さを評価しながら、戦いの士気を高める。そして、腰元に携えているカードホルダーから自身の武器である札を二枚取出し、術式を展開。

「“水よ、大気と混ざり合い、凍てつく氷河を顕現せよ”!『水(ウォーター)』!!『風(ウィンド)』!!融合!!・・・」

 すると、取り出した二枚の札が光り出すや否や、写ノ神の足元から冷気が吹き出す。

「うおおお!?冷たっ・・・!」

 前触れもなく現れる猛烈な冷気にドラは困惑しながら考える。この少年が使っているあのカードは何なのか?もしもあれがこの不可解な現象を引き起こしているのだとしたら、彼もまた駱太郎と同じ存在なのではないか?

「魂札融合(カードフュージョン)発動!『大寒波(だいかんぱ)』!!」

 そんな疑問を孕むドラとは対照的に、写ノ神は片っ端から畜生たちを氷漬けにしていき、数に勝る畜生たちを一瞬にして仕留める。

「やったぜ!「でもねーよ!」え」

 敵を一網打尽にしたと喜ぶ写ノ神だったが、誤って攻撃圏内に入っていた幸吉郎までも氷漬けにしてしまった。藪蛇を喰らった幸吉郎は、氷漬けとなりながらも、辛うじて意識を保ち、写ノ神に訴えかける。

「コノヤロウ・・・!俺まで氷にしやがって・・・!さっさとこいつを溶かしやがれ!!」

「あ・・・わ、悪かったよ・・・///待ってろ、直ぐに溶かすから」

「はぁ~・・・助けに来たはずの人間がこの様じゃな・・・「ぬおおおお!」

 深いため息をついてしまうドラだったが、その直後。龍樹の悲鳴にも似た声が聞こえて来、振り返って見ると、龍樹は手傷を負いながら拘束から逃れたオリハルコンと茜のダブルパンチを受けている。

「ふん!」

「殲滅します」

 オリハルコンは鉄球を弾丸にしたレールガンを撃ちだし、茜は別に召喚したごつごつとした体を持つ巨大な龍を操り、龍樹を追い詰める。

「なんの!!これしきのことで!!」

 龍樹はそう言いながら、錫杖を媒介に全身の力を法力という力に変換させ、長い修行と解脱の末にたどり着いた境地を具現化させる。

「見るがいい・・・三宝印(さんぼういん)が一つ、諸行無常印(しょぎょうむじょういん)!!」

 チャリン―――。

 錫杖の鈴が鳴らされる。すると、龍樹の前方に法力で形作られた膜が出来上がり、オリハルコンの放った電磁砲と茜が召喚した地龍の攻撃を辛うじて防いだ。

「ぬおおおおおおおおお!」

 龍樹は攻撃を凌ぐと、オリハルコンと茜の方へと突進する。老人離れした脚力で水を切り走るその姿はさながら、忍者を彷彿とさせる。

「茜。構わぬ、攻撃しろ」

「畏まりました・・・お行きなさい」

 オリハルコンの命ずるままに従い、茜は精気の籠っていない表情で地龍を操る。地龍は口腔内から衝撃波を発し、周囲の岩を砕き、飛礫を龍樹に飛ばしていく。

 しかし龍樹は飛礫の軌道を正確に見極め臆することなく進軍を続ける。

「天土(あまつち)の間にあるもの全てを欲するは人の業(ごう)というもの・・・じゃからといって、主らの欲深さには到底共感できるものでは無い!」

 龍樹はそう言うと、空高く飛び上がると同時に、オリハルコン目掛けて飛び蹴りをする。

「その娘を解き放て!!!」

「ち」

 オリハルコンは龍樹の蹴りを躱すが、その後肉弾戦に持ち込まれてしまい、龍樹の戦闘力に防戦一方となる。

「ドラ!手を貸せ!心縛られしこの娘を闇から解き放つ!」

 呼びかけに応え、畜生たちを倒したドラは幸吉郎(若干氷が溶け切っていない)と写ノ神を引き連れ、茜の元へと走る。

 茜は依然として精気の籠っていない表情で、敵対するドラ達を見据えている。その姿は人形そのもの。人間味のない茜の姿に若干ながら恐怖する幸吉郎と写ノ神。

「この女・・・まるで生きてる気がしねぇ・・・操られてるのか?」

「劇物でも投与されたかな・・・かわいそうに。幼気な少女が見ていて嘆かわしいよ」

「女を傷つける男は下種の極みだ。ここは俺に任せてくれ、二人共。お前らは龍樹さんの援護に回ってくれ」

「R君はいいのかい?」

「あの単細胞なら心配いらねぇだろ?」

 その話を聞き、ドラと幸吉郎は一度駱太郎とアロガンスの方へと目を向けた。

「オラァ!!!」

「むうん!!!」

 どちらが優れているかを競い合い、周りを気にすることもままならなくなっている似た者同士の熾烈な争い。これを見て、二人は援護に向かうまでも無いと判断し、写ノ神に茜を任せて龍樹の元へと急いだ。

「女の子には優しくするんだよ!」

「龍樹さんは俺と兄貴に任せろ!」

「頼むぜ!」

 二人の健闘を祈る写ノ神。そして、改めて現在自分が対峙している相手が見た目麗しい少女であることを再確認し、カードホルダーから武器「魂札(ソウルカード)」を数枚取りだす。

「八百万写ノ神だ。浩司斎様から与えられたこの名の意味は“生きとし生けるものに神の威光を代表者として写し取る”こと・・・―――魂札とその名に誓って、お前は俺が助け出す。お前の中の闇を葬ってやるよ!」

「―――朱雀王子家十代目当主・・・朱雀王子茜」

 写ノ神が名乗ると、無機質ながらも自分の素性を簡潔に語った茜。そうして、二人の男女は今、魂と魂をぶつけ合う。

 

 

「「うおおおおおおおお!!!!」」

 激化する戦い。その中でもとりわけ苛烈な戦闘を繰り広げていたのは、駱太郎とアロガンスの二人。似た者同士と言うこともあるのか、お互いの誇りを賭けた拳と拳のぶつけ合いは見る者を魅了とすると同時に、呆れさせるものでもある。

「ぐっ!!」

 ここで、駱太郎の動きがアロガンスに捕えられた。アロガンスは肉体改造によって、人間の力に動物の力を掛け合せている。そのため、そこから生み出される力は計り知れず、元来が人間である駱太郎の動きをいとも容易く受け止める。

(ちっ。このウロコ野郎、なんて筋力でェ・・・人間の力じゃねぇぞ!!)

 アロガンスの皮膚の色や模様からウロコと言う風に勝手に渾名を付ける駱太郎。

 その時。アロガンスが押さえつけた駱太郎の額目掛けて強烈な頭突きをする。

「ふんが!」

 ゴオンッ!!

 頭突きの威力は計り知れず、駱太郎を押さえつけていた岩は砕け散り、駱太郎の額からは多量の血が吹き出す。

「おおっとワルイワルイ。つい(・・)頭突きが出ちまったなんせこの全身のウロコを見ての通り俺の人生、是(コレ)戦いなんでねェ。考えるより先に勝手に体が動いちまうんだ」

「・・・て・・・めえ!」

ボタボタと額から血を流す駱太郎。足元もおぼつかない様子で、それでも彼は意地を見せつけるように立ち上がる意志を見せる。

「止せ止せ。俺の頭突きを喰っても頭蓋骨ひとつ砕けねェのは大したモンだが、中身まではそーはいかねェ。脳みそに伝わった衝撃でしばらく指一本まともに動かせねェはずだ」

「は、は、は、は、は」

「―――にしても」

すると、アロガンスは徐に真っ赤に腫れるまで痺れた自分の手を見つめながら、しみじみと思う。

「俺様の手を痺れさせるたぁ―――気に入ったぞ小僧。どうだお前・・・あんなドラ猫なんざとは手を切って、俺様達の仲間にならねェか?」

「あぁ?」

意味不明な提案を持ちかけられ、駱太郎は率直にそんな言葉を漏らす。

「俺達には氏素姓(うじすじょう)は関係ねェ。強ければそれで合格。この俺様だって、元を正せば土佐藩の隠密。つまり外様の大名に仕えていたんだ。関ヶ原での合戦以来、徳川は全国の藩を譜代と外様と言う風に区別し、俺達のことを監視するようになった。俺は徳川の懐に忍び込み、反旗のための隙を窺うために派遣されそして!アコナイト様によって倒された・・・!」

「あこないと・・・?」

駱太郎は息を乱しながら、当時の事を語り出したアロガンスの話に耳を傾ける。

「常人離れした筋力を買ってくれたアコナイト様は、自ら作りだした秘薬の力を俺に与えてくれた。そして俺は、動物の力を掛け合わせたこの無敵の筋力と肉体を手に入れた!!お前もそうだ。まだまだいくらでも強くなれる資質がある。アコナイト様の秘薬を使えば、俺を凌ぐかもしれねェぞ!」

「・・・てめぇの話にフカシがなけりゃ、そのアコなんとかとやらは相当の強者だな」

「おお!もしアコナイト様がこのまま江戸に入れば、徳川なんぞ目じゃねぇ!日本の歴史はもうじきアコナイト様のものとなるだろうぜ!」

「悔しいがてめぇは強え・・・闘い方によっちゃ俺の万砕拳を上回るかもしれぇ」

そう言った後。駱太郎は清々しい表情を浮かべながらキッパリと言う。

「だが、それだけ(・・・・)だ」

「何が・・・言いたい?」

「あこなんとかの周りには何かと強者が集まるみてーだが、ほんとそれだけだ。どいつもこいつも強いだけ(・・・・)なんだよ。だから強者同士だけで寄り集まって闘う事が全てになっちまう。けど・・・」

「けどなんだ!何が言いたいってんだ小僧!!」

 業を煮やしたアロガンスは、立つことも難しい駱太郎目掛けて拳を振り下ろす。駱太郎はこれを受け止めると、アロガンスの拳を握りしめながらこう呟く。

「けどよ・・・サムライ・ドラは違うぜ」

「!!」

「得体の知れねぇ奴だ。だが不思議と奴の周りに俺達が集まった。幸吉郎も、爺さんも、写ノ神も、それにこの俺も。俺らにもよくわかんねーけど・・・ひとつだけ言えることがあるとすりゃ、アイツ(・・・)はてめーらに侵されたこの時代を救おうとしている事だ。口ではああだこうだと言っても、その実は誰かを救っているんだ」

「この!!」

駱太郎の口を塞ごうともう片方の拳で殴りつけようとするアロガンス。だが、これもまた駱太郎の手により封じ込まれる。アロガンスの両拳をしっかりと握りしめると、駱太郎は声を張り上げる。

「強さに溺れて、訳の分からねぇ力に飲み込まれて、挙句にしょうもねぇ奴の走狗(そうく)に成り下がったおめぇらなんざと、サムライ・ドラは器が違うでェ!!」

「このカスが!誰が強さに溺れているだとォ!!ああっ!?大口叩くのはこのアロガンス様を倒してからにしな!!」

「そーゆーところが・・・・・・強さに溺れているっててんだこのボケ!!」

と、駱太郎が思いのたけを赤裸々に叫んだ次の瞬間。アロガンスの手を握りしめていた駱太郎の拳に光が宿る。

「なっ・・・!!」

すると、アロガンスの腕が変色を始め、やがて腕は有機物から絶縁体と変わり果てる。

「なぁ・・・にぃ~~~!!?」

理解できないことが目の前で起こった。駱太郎の手が触れた直後に自分の腕が絶縁体となったことに狼狽するアロガンス。駱太郎は勝機を見出すと、重い体を起こしてアロガンスを殴りつける。

「つらぁ!!」

ゴン!!

アロガンスの額へと叩きこまれた駱太郎の拳と、意識が徐々に遠のいて行くアロガンス。

「てめーの腕が使い物にならなくなったのも、俺の万砕拳の力・・・触れたもの全てを使い物にならなくする“崩壊(くずだき)”・・・終わりだ。いくら頭が固くても中身はそーはいかねェ・・・だったよな」

「あ・・・ぐう」

 アロガンスは一度自分が言った言葉をそっくりそのまま皮肉として返してきた駱太郎に敗北したことを、心底後悔しながら、その巨体を倒して気を失った。辛うじてアロガンスを退けた駱太郎は息を乱しながら片膝をつき、徐に呟く。

「アロガンス。てめーもつくづく救えない奴だよ。もしもてめーを倒したのが、あこなんとかじゃなくて、ドラの方だったら・・・大事なモンを失わずに済んだかもな」

 

 

 駱太郎とアロガンスの死闘が終わりを告げた頃。心を闇に縛られた少女・茜を救うために奮闘していた写ノ神はというと・・・―――。

「ぐああああ!」

 茜が呼び出す獰猛な畜生たちの攻撃が激しくなるにつれて、写ノ神も体力も加速度的に削り取られていく。

「は!」

 しかも、追い詰められたところを茜本人が攻撃をしてくる。傷だらけの写ノ神の顔面を、茜は無情にも蹴り倒す。

「ぶっ・・・!」

 ドカ――ン!!

 一枚岩にぶつかり、後頭部から血を流す写ノ神。心身ともに限界に達しようとしていた彼は思い瞼を開けると、情の欠片も見られない殺戮機械と化している茜を見ながら、その冷徹な表情に隠れて訴えかけてくる本来の茜の心の声を聞いた。

〈・・・たすけて・・・おねがいです・・・たすけてください・・・///〉

「・・・・・・泣いて・・・やがんのか・・・・・・」

〈この手で誰かを傷つけることも、あの子たちを人殺しの道具にもしたくありません・・・///どうか・・・わたしをいっそ・・・殺して・・・///〉

 これ以上の戦いも望まず、畜生たちにも汚れて欲しくないと強く思っている内なる茜の魂の悲鳴。茜は涙ながらに写ノ神に向けて「殺せ」と訴えかけてくる。

「・・・ざけんじゃねぇぞ・・・・・・」

 それを聞き、歯を食いしばりながら写ノ神はその場から立ち上がり、魂札を持ちながら茜の本心に向けてこう叫ぶ。

「それじゃ・・・誰も救われねぇじゃねぇか!!お前を殺したところで、結局は悲しみと憎しみが生まれる!俺はお前を殺さないし、見殺しにもしねぇ。だから待ってろ!!今すぐお前を縛り付けてる鎖を引きちぎってやる!!」

〈・・・あなた・・・・・・どうして・・・わたしなんかのために・・・///〉

 檻に縛られた茜の本心は、決して殺さずに自分を助けると言ってくれた写ノ神の言葉を嬉しく思う反面、何故見ず知らずの自分の為にそこまで尽くしてくれるのかと疑問を抱く。

 そんな茜の疑問に対して、写ノ神は清々しい表情で答える。

「―――女は笑ってるときが一番輝いてる。俺がこうして立っている間は・・・誰の瞳にも涙は浮かばせネェ・・・・・・!お前を助ける茜!!絶対に、自分を殺そうとするな!」

〈・・・・・・写ノ神・・・・・・さん・・・・・・///〉

 その一言が嬉しかった。鬱屈していた茜の心に、一筋の光が差し込んだ。絶望から自分を救い出してくれる希望が、こんな近くにあったのだ。茜は写ノ神の言葉で勇気をもらった。そして、アコナイトの手に堕ちて操り人形と化していた自分を責め立てる事しかできなかった自分を恥じ、今一度立ち上がろうという気持ちを持つ。

 捕われの茜の本心が徐々に勇気を取り戻すと、外側の方でも異変が起きる。操り人形と化していた外の茜の動きがぎこちない動きとなり、緩慢になっていく。この機会を写ノ神は見逃さなかった。

「茜・・・俺がこの手で、お前の笑顔を取り戻す!!」

 そう言うと、写ノ神は地面を強く蹴って前に飛び出す。茜は内側から必死に抵抗するが、その支配は依然強力で、外側の茜は畜生たちを新たに呼び出し、写ノ神を手に掛けようとする。

〈ダメです!やはり逃げてください、写ノ神さん!!〉

「諦めるな!約束は守る!!それに、さんなんてつけるなよ。俺とお前も年はそう変わらねぇ筈だぜ・・・」

〈・・・そうですね。わかりました!私、まだ希望を捨てませんし諦めもしません!・・・だから・・・あなたも死なないで下さい!!写ノ神君(・・・・)!!〉

「おうよ!」

 心の裡から呼びかける茜の声に応え、写ノ神は両手の魂札を投げつける。投げられた四枚の札にはそれぞれ四大元素の力が宿っており、今よりその力を術者である写ノ神が解放する。

「“世界を構築する四大元素。炎・水・風・土の聖霊たちよ、手を貸せ。身の裡に捕われし者の魂を救済し、邪悪な意志を解き放つ”!!」

 詠唱を唱えると、写ノ神が投げつけた四枚の魂札が赤・青・緑・黄と言う風に光を発すると、それぞれの光は糸となって寄り集まり、茜の体を聖なる力で縛り付ける。

「魂式呪縛術(ソウルしきじゅばくじゅつ)・・・『魔性浄化(ましょうじょうか)の鎖』―――茜!お前の心を縛り付けている邪な力を、こいつで浄化する!!!」

 声高に宣言すると、魔性浄化の鎖に縛られた茜の体から、浅黒い煙が漏れ始め、外側の茜は悲鳴を上げながら本来の茜に戻ろうとしている。

「あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

「がんばれ茜!!!負けるな!!!大丈夫、お前なら勝てる!俺が側についてる!だから、戦うんだ!!」

〈はい!!私、こんなところで負けたりしません!!写ノ神君の見てるところで・・・絶対に負けません!!〉

 写ノ神の技と言葉を切っ掛けに、芯のある強い心を取り戻していく茜。彼女の心の力が強くなればなるほど、アコナイトが仕掛けた邪悪な力が解き放たれ、畜生たちもそれに合わせて闇の支配から解き放たれていく。

「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 そうして、悲鳴の末に茜の体から邪悪な力が全て解き放たれると、本来の意志が体に宿り、茜は緊張の糸が切れたようにその場に倒れ込む。

「茜!!」

 写ノ神は意識の途切れた茜の元へと駆け寄り、安否を確かめる。

「しっかりしろ!茜!茜!!」

 強く耳元でそう呼びかけると、茜が徐に瞼を開け、生気を取り戻した瞳を写ノ神に向けて、弱々しく声を発する。

「・・・写ノ・・・神・・・くん・・・?」

「茜。大丈夫か?」

「はい・・・・・・あなたの優しい心に、私もあの子たちも救われました・・・・・・本当に、ありがとうございます♪」

 若干頬を赤くしながら、屈託のない笑みを浮かべる茜。写ノ神はその笑みに心をくすぐられそうになったが、何よりも茜が無事であったことが嬉しく、同じように屈託のない笑みを茜に見せる。

「へへ!もうこれで誰も傷つけないし、誰も悲しまない。もう・・・泣く必要はなくなっただろ?」

「はい!」

 

 

邪悪な力によって心を支配されていた少女が、一人の少年の優しい心によって呪縛を解き放ち、元の優しい心を取り戻した頃。

ドラ・幸吉郎・龍樹の三人はアコナイトの直接の部下であり、メタルの魔術師の異名を持つオリハルコンを追い詰めていた。

オリハルコンは三人の攻撃を一遍に喰らい、満身創痍の状態で辛うじて体制を保っているが、最早闘う事もままならない状態だ。

「は・・・は・・・は・・・お・・・のれ・・・!」

「これだけやっても、まだ戦うつもりか?」

「哀れ。それではお主の魂は救われぬぞ?」

「幸吉郎。龍樹さん。こいつには言葉なんて意味ないんだ。幾ら言葉で呼びかけても、こいつは絶対に自分の意志を曲げない・・・そうだろ?」

ドラはオリハルコンが口で説得できるほど、素直な人間ではないと確信していた。案の定、オリハルコンはどんな説得にも応じず、最後まで闘い続ける覚悟でいた。

「ふふふ・・・・・・ここでくたばる訳にはいかぬのでな。決着をつけるのはまた別の機会にしよう。次に会う時は、改めてその首貰うぞ・・・サムライ・ドラ」

 そう口にした、次の瞬間。

「「「!」」」

 オリハルコンの銀の衣服より、何かが爆発したかと思えば、複数の先端のとがった何かが高速で撃ち出され、ドラ達に向かって飛んでくる。

「「「く!」」」

 辛うじて、撃ち出されたものの軌道を見極め、直撃を免れた三人。そして、気がつくとオリハルコンの姿は無く、ドラは舌打ちをしながら剣を納める。

「逃がしたか・・・・・・幸吉郎。龍樹さんも大丈夫?」

「はい。俺はなんとか」

「拙僧もじゃ」

 二人が無事であることにほっと胸をなでおろすドラ。その後で、ドラはオリハルコンが撃ち出したものを回収する。熱を帯びていた先端部の尖った金属片を拾い上げ、ドラはこれを見ながらあることに気付いた。

「・・・・・・そう言う事か」

「何がそう言う事なんですか?」

 幸吉郎が怪訝そうに尋ねる。

「あのオリハルコンとか言う男・・・以前に何処かで聞いたことがある名前だと思っていたんだけど・・・・・・どうやら敵の正体は、オイラが元いた世界でメタルの魔術師と呼ばれた科学者の端くれだ」

「メタルの魔術師じゃと?」

「十年くらい前に・・・そいつは『爆発圧着における金属の流体的挙動の解析』っていう学術論文を出しているんだ。爆発によって、金属がどのように変形するのかを膨大な実験によって明らかにし、爆薬の種類・量・金属の材質・形状・サイズ・・・無数と言っていい組み合わせをひとつひとつ試して行ったんだ。奴にかかれば、どんな金属も望み通りの形状に変化させることができる。故に・・・メタルの魔術師」

「けど・・・それがどうしてこんな形に?」

 幸吉郎は先端部が尖ったか形となった金属片を見ながらドラに理屈を聞いて見た。ドラは金属片を握りしめると、二人が科学的理屈を理解できるか否かを気に留めず、自分なりに立てた仮説を言って来た。

「・・・通常、爆薬を爆発させた場合、その力は球状に広がるんだ。四方八方と言った具合にね。だけど、伝播速度が異なる爆薬を装填する事で、爆発によるエネルギーは一点に集中して、金属板は溶けて流体となって、高速の飛翔体が形成される。つまり、爆発の瞬間。金属板はこんな具合に先の尖った状態に変形して飛び出してくる」

「ああ・・・えっと・・・俺にはなにがなんだかさっぱりで・・・」

「それは拙僧の知らない未知の経か何かか?」

「誰も理解しろとは言ってないよ。ただ・・・・・・」

「?ただ・・・?」

 ドラはただと言う言葉を口にすると、手に持っていた金属片を握りしめながら、低い声でこう呟く。

「気に食わないんだよ・・・・・・責任逃れをするあの手の似非科学者(・・・・・)って奴がね・・・」

「「・・・・・・」」

 幸吉郎と龍樹の二人は、ドラのその言葉には何か深い意味が籠っているのだと直感した。

 この言葉の真意は、アコナイトとの戦いで判明することになるのだが・・・果たして、どんな想いが秘められているのか?

 




次回予告

ド「どうにかアコナイトの部下を追っ払う事で来た。茜ちゃんも呪縛から解放されたみたいだし。オイラ達は茜ちゃんの畜生の力を借りて、一気に江戸まで目指す」
「一方で、アジトに潜伏していたアコナイトはついに、オイラ達を屠り去るための最強最悪の刺客を目覚めさせようとしている。いよいよ・・・決戦のとき!!」
「次回、『鋼鉄の絆 其之六 アコナイト研究所突入』。北斗の掟は、オイラが守る・・・なんのことか知りたければ、次回を見逃すな!」

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