サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「サムライアリに捕われた人々を救い出す際、オイラの前に現れたのは落語家みたいな名前の男、三遊亭駱太郎。なんでも砕いてしまうと豪語する拳・・・万砕拳とやらを武器とする」
「ともあれ、サムライアリの駆逐に成功したオイラは一度元の世界に戻って、アリたちを作り出した違法研究者を調べた結果、意外なことがわかった。だがそれ以前にオイラが驚いたことは・・・・・・なんで山中幸吉郎がこっちの時代に来てるのかな―――!!!」



鋼鉄の絆 其之参 歪められた歴史

 山中幸吉郎との劇的な再会を果たしたドラは、彼を元の時代に返すため今一度過去へと向かおうと思った折、ハリー・ブロックより報せられた今回の事件に関する重要事項。

 サムライアリの軍団を作りだした違法研究者は、かつてのドラの育ての親でありGMS理論の大成者としてその名を轟かせた武志誠が内部告発した違法研究者―――アコナイト・モンクスフードだった。

 

 

西暦5537年 7月13日

TBT本部 廊下

 

「アコナイト・モンクスフード―――マサチューセッツ工科大学生物工学科出身の研究者で、武志誠に師事してとある極秘プロジェクトに参加。専門は遺伝子組換えによる新薬・新治療法の開発。だがしかし、その一方で、人間の肉体そのものを兵器化しようとする改造実験が発覚し、武志誠による内部告発を経てアコナイトはプロジェクトを追われ、学会からも永久追放された・・・・・・」

 ドラはハリーから渡された資料片手にアコナイトの経歴、どんな経緯を経て内部告発に至ったのかを声に出して確かめる。

「じゃあ、こいつが事件の黒幕?」

「間違いねぇ。アコナイトは学会から追放されてからしばらくの間、行方を眩ませていたんだが・・・最近になって不穏な動きを見せ始め当局も奴の動きを監視するようになった。それから間もなくだ、アコナイトが忽然と姿を消した。するとどうだ・・・・・・時空波の乱れが二週間のうちに21回も報告。未確認生物も同じ時期に発見された。色々考えても、奴が黒である事は最早確定事項だ」

 ドラとハリーは考える。もしも本当に黒幕がアコナイト・モンクスフードだとして、彼が秘密裏に過去の世界でサムライアリを始め生物兵器を整え、地球の歴史に重大な影響を及ぼしかねない事態を引き起こそうとしているのならば―――これは紛れも無く人類史始まって以来の【歴史改竄事件】となるだろう。

「うううううう!!!・・・ふはっ!あ~苦しかった!」

 口に絆創膏を貼られ、喋る事が出来なかった幸吉郎は自力で絆創膏を外す。

 横でハリーと真剣な話をしているドラを気にしつつ、幸吉郎はこっそりとその場を抜け出そうと試みる。

「おっと待ちな」

 だが、幸吉郎の考えなどドラにはお見通しである。

 過去の人間が不用意に動き回って今や未来の時間に大きな影響を与える可能性がある。それ以前に、下手に動き回られて過去の人間が未来の情報を知り過ぎる事も良くない。

「オイラから逃げられると思うなよ。さぁ、山中幸吉郎君・・・・・・オイラと一緒に来てもらおうか?」

「あああ・・・・・・///は、はい・・・」

 魔猫の形相が幸吉郎の体を硬直させる。

 ドラに睨まれた瞬間―――幸吉郎の体から力が抜けていき、反抗する事もままならなくなった。

 戦意を喪失した幸吉郎を引きずり、ドラは彼を過去へ送り返すためタイムエレベーターへと向かった。

「しっかしなんでまた・・・ドラなんかに付いて来るのかね~。俺にはさっぱりわからねぇよ・・・」

 ハリーは頭を掻きながら、気が狂っているとしか思えない幸吉郎の行動をおかしく思いながら、一先ず仕事に戻ることにした。

「あれ?」

 廊下を歩いてる時だった。

 ハリーは窓ガラスから見える街の風景に違和感を覚えた。住み慣れた小樽の風景は脳内にしっかりと焼き付いている。

 だが、今目の前で見ている風景はいつも見ているものとは何かが違う―――そんな気がしてならなかった。

「・・・気のせいかな」

 言い知れない不安に駆られながら、ハリーは自分が神経質になっているだけと思い、特に気にしない事にした。

 しかし、このとき―――彼を始め多くの者はこの時間に起きている重大な変化に気付いていなかった。

 

 

西暦5537年 7月14日

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

 山中幸吉郎を過去の世界に送り届けた翌日。

 出勤前の僅かな時間、何時ものようにドラがテレビを見ていたとき。

「・・・・・・なんかおかしいな」

 ドラは奇妙な違和感を覚えた。

 いつも見ているはずのニュースだが、何かがいつもと違う気がしてならない。

 ニュースキャスターたちもどこか異様でしっくりこない。その奇妙な違和感に戸惑いながら、ドラはあることに気付く。

「そういやこいつら・・・・・・さっきからまばたきしてないや」

 画面向こう側で今日一日のニュースを伝えているキャスターたち全員、何かに取り憑かれたようにまばたきをしていない。それがドラの感じた違和感の正体だった。

「うぇ・・・なんか気持ち悪っ」

 人間の姿をしていながら、まるで人間ではない気がしてならなかった。

 ドラはテレビの電源を消して、いつもよりも早く家を出発―――仕事へ向かう。

 車で通勤中、ドラはテレビと見たのと全く同じ光景に出くわした。

 道行く人のほとんどがまばたきをしていないばかりか、生気そのものが感じられない。

 ドラは身の回りで起きている異様な雰囲気に困惑する。

「どうなってんだ・・・・・・どいつもこいつもヒトじゃないみたいだ」

 いつも過ごしている時間、世界とは違う“異質な世界”にでも紛れ込んでしまった、そんな感覚を抱く。

 ドラは心配になり、一目散にある場所へと車を飛ばした。

 

 

午前7時51分

小樽市 杯邸

 

 職場へ向かう直前ドラが足を運んだのは、杯昇流とその家族が暮らす邸宅。

 ドラは適当な場所に車を止めると、「まさかな・・・」と呟き中庭の方へ歩いて行く。

「長官!」

「ぶっ・・・!ぶっは!!ど、ドラ・・・!?」

 中庭ではちょうど昇流を始め、TBT大長官・杯彦斎とその妻・真夜の三人が朝食を食べている最中。

 昇流はドラの突然の訪問に、口の中の食べ物を誤飲し噎せ返る。

「あらドラじゃない。なーに、そんな血相変えて」

「こんな朝早くにどうしたんだ?」

 ドラの訪問にそれほど驚いていない真夜と若干心配そうな表情の彦斎。いつもとは雰囲気の異なるドラを不思議そうに見ていると、ドラは安堵の表情を浮かべる。

「よかった・・・。あなたたちは無事なようだ」

「「「え?」」」

 三人には意味が分からなかった。

 訝しむ杯家をドラは凝視し、彼らの目の動きを確認。どうやら三人に関してはしっかりとまばたきができており、少なくともテレビや街で見た人のように生気を失っている様子はない。

「大長官。真夜さん。それに長官。なんか街の様子が変じゃありませんか?」

「お前もやっぱりそう思うか?いや、俺も昨日あたりから変な違和感があったんだよ・・・」

「変な違和感とはなんだ?」

「上手く説明できねぇんだけど・・・なんつーかさ・・・街も人も、俺たちが知ってるものとは”ズレてる”気がするんだ」

「そういえば今朝のニュース・・・言われてみれば何か変じゃなかったかしら?出演者みんな淡々としてたっていうか」

 昇流の言葉を聞いて、真夜にも思い当たる節が見つかり口にする。

「多分まばたきをしてなかったからだと思いますよ。テレビのニュースだけじゃない・・・オイラがここに来るまで、ほとんどの人間がまばたきをしてなかったんです」

「どういうことなんだ?」

「確かに妙と言えば妙だな・・・・・・よし、直ぐに調査してみよう」

「じゃあ長官、一緒に来てください!」

「な・・・俺が?!」

 食事の途中にも関わらず、昇流は例の如く強引にドラに連れ出されおかしな雰囲気漂う小樽の街中へと繰り出した。

 

 全体的にどんよりとした天気。だが街の様子はさほどおかしいと思えるところは見受けられない。

 ドラと昇流は入念に調査をしていくが、やはりいつもと変わらない。

 分かっているのは人々の多くがまばたきをしていないこと。そして自分たちだけが感じる直観的な違和感―――この二つだけだ。

「見たところは変わってる様子はありませんね。ただ何となく異質なものが入り込んだような・・・そんな感じです」

「ひょっとして俺ら、パラレルワールドにでも迷い込んじまったのか?」

 と、昇流が安易に呟いたそのとき。ドラが突然大声を上げて驚愕する。

「だああああ!長官、あれを見てください!」

「え・・・・・・あああ!!!」

 不意に奇妙な風切音が聞こえて来る。

 ドラと昇流が空を仰ぎ見ると、彼方より飛んできたのはコウモリとカメレオンを組み合わせたような合成動物―――カメレオンコウモリと呼称させてもらう。その数はざっと数えて数十匹に上る。

「このご時世にバケモノかよ!!」

「兎に角逃げましょう!」

 飛んでくるカメレオンコウモリから逃れるため、二人は全力疾走で駆け出す。

 カメレオンコウモリは執拗に二人を付け狙い、発達した舌を伸ばして動き回るドラたちを捕まえようとする。

「にゃろう!」

 昇流は懐から愛銃コルトバイソン357マグナム、【バッター】をホルスターから抜き取り、カメレオンコウモリの舌を撃ち抜いた。

 昇流のフォローをしながら、ドラは近くの公園にある茂みに身を隠す。

「おいドラ!何かいいもの持ってねーのか?!コウモリほいほい銃とかさ!?」

「元ネタでからかったら殺すぞって何べん言わせるんですか!!・・・待ってくださいこういうとき・・・・・・これだっ!」

 特殊道具がコンパクトサイズになって収納されている銀色のケースより、ドラはこの状況に適切な道具をチョイスする。

「『ブライトポインター』!!」

 テントウムシを思わせるデザインの特殊パラライザー。

 茂みから顔を出した瞬間、向かってくるカメレオンコウモリ目掛けドラはブライトポインターのレンズから光を照射。

「それっ!」

 コウモリの性質を半分持ち合わせているカメレオンコウモリは光に滅法弱く、レンズから照射された強い光を受けると、空中で制止し襲うのを止めた。

「今のうちに!」

「おし!」

 カメレオンコウモリが活動を休止している隙に、二人は急いでその場を離れ真っ直ぐTBT本部へと向かう。

「それにしても連中、どうして俺たちを狙ったんだ?」

「さぁ何ででしょう。これはオイラの憶測ですけど、オイラたちが周りと違って正気を保っている事が分かったからじゃないですかね」

「てことは・・・・・・親父とおふくろは!?」

「いけない!!」

 正気を保っている人間が昇流以外にも少なくとも二人いる。

 彦斎と真夜―――二人の身にも危険が迫りつつあることを知り、ドラと昇流は大慌てで本部へと向かう。

 

 

午前9時07分

TBT本部 大長官室

 

「親父っ!おくふろっ!」

「昇流!ドラ!」

「ふたりとも、無事で良かった」

 どうやら二人に外傷はなく無事な様子だ。

 胸をなでおろし安堵するドラと昇流。しかし二人とは裏腹に、彦斎は深刻そうに眉間の皺を寄せる。

「大長官・・・顔が怖いですけどどうしたんですか?」

「お前たちが調査に出ている間に分かった事がある・・・・・・どうやら我々の知らないところで歴史が大きく歪曲したようだ」

「なんだって!?」

「じゃあやっぱりここは・・・パラレルワールドなのか!!」

 歴史が改竄したという事実もさること、自分たちが本来の時間軸には存在しない分岐した世界―――パラレルワールドに居ることにドラと昇流は喫驚する。

「これを見てくれるかしら?」

 彦斎は机の横に立っていた真夜が手持ちのあるものをドラへと渡す。

 受け取ったのは日本全国の高校でスタンダードに使われている日本史の教科書。『詳説日本史』と題した桜色の本を手に取り、恐る恐るページをめくり読み進めていくと。

「あああ!!!」

「どうした!?」

 魔の抜けた声を発したドラに昇流が尋ねると、ドラは江戸時代の始まりに関しての記述をおもむろに読み上げる。

「【関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が、執政を始めた僅かひと月後。アコナイト・モンクスフード率いる義勇軍の手により、家康はその地位を奪われた挙句、江戸天守閣で首を刎ねら死亡】・・・・・・!」

 鉄仮面の男こと、アコナイトが家康の首を刎ねられ惨殺されるという情景を描写した挿絵が、記述内容を裏付けるように掲載されている。

「そんなバカな・・・。家康が殺されるなんて・・・あり得ねぇよ!!おい、他にはなんて書いてあるんだ!?」

「【慶長8年3月20日、家康を討ち破ったアコナイトは徳川政権を打倒し、『穢土(えど)』と改名した新政権を樹立すると、急速に勢力を拡大し、世界各地に義勇軍を出兵させた。僅かひと月という極めて短い時間で、ヨーロッパのスペイン・ポルトガル、イタリア、神聖ローマ帝国を属国化することに成功。こうして、17世紀から現代まで続くパクス・アコナイト(アコナイトの平和)の到来を告げる事となった】・・・・・・って、なんじゃこりゃ!!」

 読み上げた内容は、明らかに歴史認識から逸脱した歪なものだった。

 だが現実として教科書に詳細に歴史が記載されていること、街の人々の異変、そして合成動物などがはびこっていることから、過去の時間でアコナイトが大きな歴史改竄をしたことは明白だった。

「おそらく・・・オイラが現代に戻った後に事件は起こったんです。何処かに身を隠していたアコナイトが秘密裏に組織した義勇軍、それに未来から持ち込んだ技術を使って生み出した生物兵器を使って、家康を滅ぼし政権を奪った」

「ということは、サムライアリの一件はいわば性能をテストするためのものであって、最初からあの宿場は切り捨てるつもりだった・・・・・・」

「でも、それとまばたきしない人の理由はなんなの?」

「日本史の教科書にも書いてあったと思いますが・・・アコナイトは日本の政治の実権を掌握し、それを切っ掛けに生物兵器を積極的に投入して他国への侵略を始めたんです。未来の最先端技術から生み出された生物兵器を主力武器に、世界を・・・地球全体の支配にまで手を伸ばして・・・・・・ついにはこの地球という歴史を完全に我が物としたんです!!」

 聞かされた瞬間。

 杯一家は沈黙。ドラもまた険しい顔を浮かべ事態の深刻さを痛感する。

「・・・・・・・・・・・・・・・なんということだ」

「でもなんだかおかしくないかしら?もしもアコナイトの支配が及んでいるのなら、私たちはどうして正気を保っていられるの?少なくとも、ここのスタッフはみんな正気を保っているわ」

 真夜が鋭いことを指摘した。実を言うと、歴史改竄が行われた昨日までにこのTBT本部ビルで働いていたTBT職員全員が正気であり、彼らもまた異質な世界の様相に困惑していた。

「それは多分、ここが時空の歪みの影響を受けない場所だからですよ。TBTは、あらゆる時間犯罪に対処すると共に過去で起きる時間的影響を受けないよう、北海道小樽市にあるこの場所に本部を設置しました。この場所はかなり特異な場所でしてね・・・時空波のバランスが常に一定に保たれているため、外からの歴史干渉から守られているんです」

「でも私はあのとき、ここにはいな分かったわ」

「ここに入るためのIDカード・・・持ってますよね?」

 真夜は財布からTBT関係者以外は持つ事の出来ないIDカードを取り出した。

「あまり知られてない事実なんですけど、カードにはクロノスサファイアがごく微量使われています。クロノスサファイアは時間移動に必要な貴重なエネルギー源であると同時に、時間的影響を受けない特別な鉱物。つまり真夜さんはそれを身につけていたことで歴史の改変から守られたんです」

 成程。真夜は納得の表情を浮かべる。

 その直後、昇流が「この世界を元に戻すにはどうすりゃいいんだ?」と、核心的な事をドラに尋ねる。

 ドラは腕組みをしながら逡巡―――たった一つだけ残された解決策を提示する。

 3Dモニターを表示させたドラは、枝分かれしてしまった歴史の流れを示す図を見ながら話を切り出す。

「歴史が改竄されたのは1603年の3月20日以降の時間・・・だからそれより前の時間に戻って、徳川家康が殺されるよりも先にアコナイトの身柄を取り押さます」

「やはりそれしか手はないか・・・・・・」

 苦渋の選択を迫られる。

 元の歴史と自分たちの時間を取り戻すためには過去の時間へと戻り、蜂起を起こす直前のアコナイトの身柄を確保する必要があった。

 しかし、アコナイトがTBTの行動を予期せず安易に歴史を改竄するとは思えなかった。相手は犯罪者と言えど高尚な頭脳を持つ科学者―――墓穴を掘るような行動を積極的に起こすとは考えにくかった。

 

 ビービービービービー!

 その瞬間、事態は一遍。本部全体に警報音が鳴り響く。

「この警報はまさか・・・!」

 ピピピ・・・。

 すると机上のパソコン画面に、第四分隊科学捜査班所員であるハールヴェイト・ヘルナンデス(31)の顔がドアップで表示された。

『大長官!緊急連絡です!』

「どうした?何があった!?」

『未確認の生物兵器が多数、本部への侵入を開始しました!』

 予定調和とも言うべき事態。

 ドラたちが懸念した通り、アコナイトの手により造り出された殺傷能力の高い生物兵器が一遍にここへ押しかけて来たという。

「始まりやがった・・・・・・チクショウ!ドラ!お前はこのまま過去へ向え!俺たちでどうにかこの場を食い止める!」

「わかりました!」

 昇流の言葉を聞き、自分のすべきことを認識したドラは直ぐに部屋を飛び出しタイムエレベーター格納庫へと向かう。

「長官!オイラが帰って来るまでにくたばってたら承知しませんからね!」

「心配すんなよ!今までお前に殺されてこなかったんだ!あんな奴らにやられるかよ!」

 どこか説得力のある言い分だった。

 昇流はドラに自分たちの未来を託し、バッター片手に迎撃へと向かう。

 ドラは上司の思いを無下にしないため、地球の歴史を取り戻すという重大任務を全うする義務があった。

 

 幸いにも格納庫への侵食は免れていた。

 ドラはただちにタイムエレベーターへ乗り込み、アコナイト挙兵の直前の時間―――1603年3月18日へと出発。

 ドラを乗せたタイムエレベーターは超空間を縦横無尽に動き回りながら、目標の時間を目指して移動する。

『新しい歴史は、入力されておりません。手動で願いします』

 タイムエレベーターに備わっている自動モニタリングシステムがドラに話しかける。

「それほど変わってないんだ。なんとかしてくれよ」

『時間移動に関する規定第1条第1項・・・歴史的変革が故意、または過失によって生じた・・・「分かった!この役立たず!」

 機械的に淡々と意味の無い事ばかりをまくし立てるシステムに苛立ち、ドラはシステムを強制解除。手動で目的の時間軸への微調整しようとした―――そのとき。

 ―――ドドドドドゴン!

「どおお!?」

 突如、タイムエレベーター全体に激しい震動が起こった。

 いつしか超空間の乱れも激しくなっていき、普段なら起こりえない時空の雷が襲い掛かった。

 ドラは瞬時にこれがアコナイトによる妨害であることを悟り、どうにかこれを切り抜けようと努力する。

「このおおおおおおおおお!!!!」

 超空間を激しく動き回りながら、エレベーターは目的地を目指し邁進。

 しかし運悪く、時空の雷による衝撃が機会を直撃。その影響でメインシステムに異常を来し、機体は激しく回転しながら制御不能と化した。

「うわあああああああああああああああああああ!!!!」

 制御の利かなくなったエレベーターの中でドラは転げ回り、やがて機体は唐突に超空間の流れから脱した。

 

 

 超空間での事故に見せかけたアコナイトの妨害工作。

 ドラは目的の時間よりも少しズレた時間へと放り出された。

 その時間は幸か不幸か、アコナイトによる徳川家康への一斉蜂起が行われる6日前―――すなわち、ドラが幸吉郎を送り届けた時間と重なった。

 

 

西暦1603年 3月14日

日本某所 森林地帯

 

 ―――ドゴン!!!

 タイムエレベーターから放り出されたドラは巨木の上から落下、尻餅をつく。

 そして、制御の利かなくなったタイムエレベーターもまた豪快に落下。修理不可能と言える状態にまで大破する。

「ててててて・・・・・・あ~あ・・・・・・帰る手だてがなくなっちゃったよ」

 ドラは強く打ちつけた箇所を押さえながら、無残な姿へと変貌したタイムマシンを見つめる。

「・・・・・・しょうがいない。長官たちが無事な事を信じて、今は仕事に専念しよう」

 仕事・・・ドラが今為すべきことはたったひとつ。

 アコナイトが蜂起をする前に潜伏場所を見つけ、主犯格のアコナイトを逮捕する―――さすれば歪んだ歴史も修復され、世界は再び正しい歴史を歩み始めるはずだ。

 もっとも、人類の営みの積み重ねによって生まれる歴史と言うものに何が正しくてそうでないのかと言われても、明確な答えはない。たとえ戦争と言う悲惨な出来事があったとしても、人々は頭ごなしにそれが間違った歴史と言う風には捕えない。なぜなら人間の営みに善と悪という二つの考えが存在する中、歴史は常に善も悪も超越した上に成り立っているのだ。すなわち、行動が善であれ悪であれ結果として生じる厳粛なまでの事実、それ自体が【歴史】なのである。

 閑話休題。

 ドラは森を抜けて江戸へと続く街道を行こうとしていた。

 この時代の地図で場所を確認すると、ドラがいたのは東海道の陸奥国周辺―――今でいう滋賀県辺りだった。

「うえ~~~!随分江戸から離れてるじゃん。江戸までは大体445キロメートルってところか?」

 補足として、当時の距離の単位である「里」というものに換算すると、日本での一里がおよそ3.9キロメートルであることから、陸奥国から江戸までの距離はおおよその計算で111里ということになる。

「あんまりのんびりもしてられないな。よし・・・走るか!」

 草鞋を結び直すと、ドラは自慢の縮地を最大限に発揮―――猛烈な勢いで東海道を疾走する。

 総距離にして445.8 キロの道のりを車を使って走った場合、所要時間はおよそ4時間 33分という結果が出ている。

 ドラは普通の人間が10日から15日前後は有する道のりを4日ほどいう極めて短い期間で終わらせようとしている。もっとも、体が過熱しない程度に適度に休憩をはさまなければならない事は必然的に求められている。

 刻一刻と迫る期限の中で、ドラは東海道を爆走する。

 

 道のりは決して楽な物ではなかった。

 足場の悪い場所、川のある場所、断崖絶壁と危険な所はいくつもある。

 道中、激しい雨に打たれることもあったが、ドラはどんなに道が悪くても、どれほど荒ぶる天候の中でもその足を止めることは無かった。

 すべては時間犯罪者によって改竄された歴史を元に戻し、自分と大切な人たちが未来を目指して再び歩むことができるようにするため―――そのために、彼はこの運命と戦うことを決意した。

 理不尽の極みたる魔猫でも、歴史を歪める理不尽な犯罪者には絶対に負けられないという強い思いが胸中にあった。

 そうして、江戸を目指して驀進すること4時間。

 山を下ろうとしていたドラの視界に、麓から悶々と上がる黒い煙が見えてきた。

「あれは・・・」

 田舎侍の小競り合いでも起こっているのかと思い、ドラが麓を目指して山を下りていくと、どうやら事情が大分違っていた。

 火の手の上がる村の方から聞こえてくる女の悲鳴。

 視界機能を最大に発揮したとき、ドラの瞳に映って来たのはアコナイトが放ったと思われるサムライアリの軍勢だった。

「ち。またこのパターンかよ・・・」

 サムライアリに堅気の人間が敵うはずがない。

 否が応でもドラがサムライアリを駆逐することが求められた。

 刀を鞘から抜き放った瞬間―――ドラは麓を目指して走り出す。

 

「あああああああああああ!」

「きゃあああああ!!!」

「逃げるな!」

「回り込めー!」

 サムライアリの軍勢は逃げ惑う人々を捕まえ、彼らを服従させる。万が一逆らう者がいれば容赦なく殺される。

 そんな理不尽な状況を目撃したドラは、縮地を使ってサムライアリへ近づき、この殺伐とした光景を終わらせるため奮戦。

 スパッ!ズババ!

「「「ぐあああああああああああ」」」

 ドラは襲われていた村の人々を守るようにサムライアリの前に立ち、幸吉郎曰く太刀筋の殆ど見えない凶刃をサムライアリに浴びせる。

 それを喰らったアリたちは、青い血を吹き出して絶命する。

「さっさと逃げろ!」

「は、はい!」

 襲われていた村人を逃がしたドラは、次々と群れを成して集まってくるアリたちを前に、刀を天に向かって掲げそして。

「―――敵(かたき)を斬れ『ドラ佐ェ門(ざえもん)』!」

 声高に唱えた瞬間。

 天より降り注ぐ稲妻が掲げた愛刀を直撃。

 その瞬間、刀の形が変わり鍔の部分がドラの顔を模したデザインへと変わった。

 サムライアリが警戒を強める中、ドラは狂気を孕んだ笑みを浮かべながら「ぶち・・・殺す!!」と宣言。そして・・・・・・

 ズバッ!ズバババ!ザクッ!

 普通の人間が束になってい敵わない敵を、魔猫は圧倒的な強さで駆逐する。

「ではははははははははは!!!!!!!!!!!」

 青い血が雨のように降り注ぎ、その返り血を浴びながらドラは目の前に立ちふさがるアリと言うアリを一人残らず斬り伏せる。

 

 行きずりに村を救ったドラ。

 だが戦闘によって生じた疲労は思いのほか大きく、ここまでの道のりで蓄積された脚の疲れに加算された。

「あ~・・・・・・しんどい・・・・・・今日はもう動くのやめようかな・・・・・・」

 ロボットと言え、休みなしに長距離を移動する事ははっきり言って無謀である。

 機械というデリケートな体であるため、万が一熱暴走を起こせば一巻の終わり。人間と同じくロボットにもそうしたリスクとコストが伴っているから、どこかで体を休ませて溜まった熱を放出する必要がある。

 重い体を引きずるように、ドラは比較的平たんな道を歩き続けた。

 グウ~~~~~~

 ちょうど、空腹を訴える音が耳に入ってきた。

 懐にある携帯食を確認すると、現時点でドラが持っているのは固形の健康補助食品と板チョコが一枚。

 いくらなんでもこれだけでは空腹は満たせない。

「・・・・・・はぁ~。近くに市でもあると良いけど・・・」

 溜息をつきながら、ドラは近場に市が出ていることを祈って歩き続ける。

 

 午後3時過ぎ。

 陸奥国からおよそ10里ほどの場所に、武家屋敷が立ち並ぶ。

 その近くでは運の良い事に市が開かれていた。多くの村人が商品を買い求めている中、ここにドラによって運よく命を救われた男がいた。

 福田衣と呼ばれる萌黄色の袈裟に茶人帽に似た抹茶色の頭巾を被り、その手には三つの輪が着いた錫杖を携えた見た目60代後半から70代の老人が、飯屋で食事をしている。

 老人の名は、龍樹常法(たつきつねのり)(67)・・・―――日本各地を行脚しながら腐敗した寺院などに代わって、無辜(むこ)の人々に仏教を通じて自己啓発を促している。

「・・・へっ。なんとも、白湯(さゆ)みたいな雑炊(めし)だな」

 龍樹は空腹を満たすため炊き出しの雑炊を食べているのだが、味があまりに薄味ゆえそう皮肉った。(ちなみに日本での炊き出しの歴史は古く、平安末期から戦国時代初期において、飢饉には寺や領主が庶民に炊き出しで救済した事が【高野聖絵巻(こうやひじりえまき)】というものにも見られている)

 ぶつぶつと文句を言いながら食べいたときだった。

 何やら辺りが騒がしい。気になって振り返って見ると、いつの間にやら人だかりが出来ており、その人だかりの中にはドラの姿が見受けられた。

「おう、いたいた!・・・」

 ドラの姿を見つけると、龍樹は御椀に残っていた飯を飲み物の如く掻き込み、使い終わった御腕と箸を懐に入れ、錫杖片手に歩き出す。

 ドラという物珍しい沈着に人々の注目が集まる中、ドラは行商の女から米を買っているところだった。

 注文分の米を袋に詰め終ると、ドラは金の代わりとなるものを差し出す。

「これでいいか?」

「なんだいこりゃ、御足(おあし)じゃないじゃないか。御足がなきゃ米を返しな!」

 御足―――所謂お金のことで、特に小銭の事を意味している。その語源は、お金があたかも足が生えているかのように行ったり来たりすることから、お金を「足」にたとえたから。

 この時代、地域によって通貨単位が異なっていることから、その地域ごとの御足があったのだが、生憎とドラは昔のお金の持ち合わせがなかったため、こうした事態に備え豆粒ほどの大きさの金色に輝くあるものを差し出したのが、売り子にはまるで価値が分からず受け取りを拒否。

「待て待て。拙僧が見てやろう」

 するとこの様子を見ていた龍樹が近づき、ドラが売り子に差し出した物を手に取り備わった慧眼により鑑定。

「おっ、こりゃ!・・・・女、これは砂金の大粒だぞ!」

 砂金と言う言葉に周りがざわつきはじめる中、その意味を知りかねる売り子は首をかしげる。

「そうか銭がいいなら代金は儂が払おう。これを譲ってくれ」

 龍樹はドラを一瞥し、集まった大勢の人の前で呼びかける。

「皆の衆、この近くに両替屋はおらんかのう?あぁ、おらんか?拙僧の見るところ、米一俵(いっぴょう)か、いや・・・三俵か・・・!」

 砂金の大粒ひとつで米俵が3つも購入できるとなれば、その稀少性が高いことが誰でもわかる。

 ますますざわつきはじめる人々。ドラは面倒な事になる前にそっとその場を離れ、それに気づいた龍樹が慌ててドラを塞き止めようとする。

「ああ、ちょっと待ちなさい!・・・「返してくれ、あたしんだから!!!」

 ドラを追いかけようとした直後。先ほどまで砂金に見向きもしなかった売り子の態度が一変し、龍樹から砂金を取り上げた。

 

 逢魔が時。

 米の袋を持って野宿が出来そうな場所を目指しドラが歩いていると。

「お―――い!」

 背後からドラを呼びかけてくる声。

 後ろから走って来たのはあのとき、機転を利かせドラを助けてくれた龍樹。

「あの爺さんはさっきの・・・」

 不思議な老人だと思いながら足を止めると、67歳という老齢とは思えない軽い足取りで、龍樹はドラの元へ駆け寄ってきた。

「いや~~~そう急がれるな」

 サムライアリから命を救われた龍樹はドラに追いつくと、横一列になって同じ歩幅で歩く。

「いやぁ~、礼など灯す気はない。礼を言いたいのは拙僧の方でな――――――魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類に襲われた折、そなたのお陰で助かったのだ。いやぁ~、鬼神の如きは正にあれだな」

「はぁ、そうですかね・・・」

 何とも温度差のある二人。

 龍樹はドラに命を救われた事を心から感謝しているが、ドラは単なる行きずりという感覚であったから非常に困惑した様子だ。

 元々あまり褒められる事のない人から感謝されること事態稀なのだ。

 正直どう受け答えをしたらよいかが分からない。素直に受け止めることが出来ない。

「・・・ん」

 そんな砌、ドラは数メートル離れた場所から自分たちの後を付けている人の気配に気づいた。

 龍樹もまた人の気配に気付くと、不敵な笑みを浮かべながら錫杖を軽く振る。

「ほっほー、気づいたか。人前で砂金など見せるとな。誠に人の心の荒む事、麻のごとしだ。寝込みを襲われてもつまらぬ、走るか、えぇ?」

「・・・名案ですね。じゃあ、そうしましょう」

 言うと、ドラは龍樹と一緒に駆け足で道をゆく。

 二人の足取りがあまりに早いために、後をつけていた者たちも潔く諦める。

 

 成り行きで行動を共にした二人はその後、野宿が出来そうな場所を見つけると、食事の用意をする。

 龍樹は持参した道具でドラが購入した米で雑炊を作り始める。調理の最中、ドラは自分が江戸を目指しているという旨を伝えた。

「ほう・・・・・・江戸に暗躍する不穏な影か。それがあの魑魅魍魎と関係していると?」

「サムライアリの足跡をたどって来たんですけど・・・この里に入ってから訳がわからなくなりました」

「そりゃそうだろう。そこらを見なさい」

 龍樹は茶釜で雑炊を作る傍ら、ドラに辺りを観察することを勧める。

 周りを見渡すと、崖崩れにも見舞われたのか岩に埋め尽くされた卒塔婆が数本顔を出している。この近くに人が住んでいたという痕跡だ。

「この前来たときには、此処にもそれなりの村があったんじゃがな・・・・・・洪水か地滑りか・・・さぞ、沢山死んだろうに」

 言うと、龍樹は手持ちの籠の中から経木に包まれた味噌を取り出し、適量をおたまで掬って雑炊の中へと混ぜていく。

「戦・行き倒れ・病に飢え・・・・・・人界(じんかい)は恨みを呑んで死んだ亡者で犇(ひし)めえとる・・・祟りと言うなら、この世は祟りそのもの・・・・・・ふーふー・・・うん、うまい!」

 米、どんこ、昆布、大根、なめこ、舞茸、しめじ、えのき、にらを一緒に煮込み、みそで味を調えた雑炊を味見しその出来栄えに龍樹は満足気な様子。

 食材の香しい匂いが湯気とともに伝わる中、不意にドラがつぶやく。

「・・・・・・まったくもって理不尽だよねこの世は。誰だって生きる権利は持ってるくせに、神様のいたずらとやらで人生半ばで死ななきゃいけないこともある。今日だってそうだ・・・・・・まさかアリに殺されるとは思ってもいなかっただろうな」

 ドラにも人並みの良心というものが存在する。一見エゴイズムのような塊に思える魔猫だが、人間社会に順応していく中で少しずつ人間という存在とその心に感化されていった。

 獣と人の間で複雑に揺れ動く得体の知れない複雑な心境―――そんなドラを気にかけて龍樹は、柔らかい笑みを浮かべ主張する。

「いやだが間違いなく、お主のお陰で拙僧は助かった。椀を出しなさい。先ずは食わねば・・・・・・人はいずれ死ぬ。遅いか早いかだけだ」

 少しだけ気が楽になったように感じた。

 ドラは懐から自分の御椀を取り出し、龍樹の手へと渡した。

「ほう~。珍しい材質じゃな」

 未来から持ち込まれた御椀の材質は、この時代の御椀とは大分異なっているようだった。そのことに興味を抱きながら、龍樹は出来上がった熱々の雑炊を器に盛っていく。

「・・・そなたを見てると古い書に伝わる妖魔の話を思い出す。“嵯峨(さが)の山荘における飼いならされた唐猫(とうねこ)が、秘蔵の守り刀を咥えて山を下りて来た”・・・とな」

 ドラを見ながら龍樹はそんなことを話すと、ドラはムスッとした顔となる。

「おじいさん・・・・・・オイラを猫又(ねこまた)と混同するの、やめてもらえません?」

「おお!これは失敬失敬。どぅはははは!!」

 この時代の人間から見れば、ドラの姿はある意味では妖怪に近いのかもしれない。だからと言って、ドラが快く妖怪であることを受け入れるはずもないのだが・・・。

「あっ・・・!あっ・・・・・・ああ!」

 食事が進むにつれ、龍樹の食欲が徐々に増し始める。

 あっという間に一杯目を平らげると、ドラの米で作ったそれを自分のもののように図々しく大目に盛る。

「肝心なことは死に食われぬことだ・・・いや、これは師匠の受けよりだがな!さぁ、その他の米だ。どんどん食え」

「どんどん食えって・・・・・・おじいさんがどんどん食べてどうするの!?」

「どぅはははは!いやーすまんすまん!」

 奇特な老人の言動に振り回されながらも、ドラはなんとなくこんな時間も悪くはないと思い始めた。

 

 食事を終えた二人は早いうちに眠りに就く事にした。

 夜が更ける中、これからについてを考えつつ、ドラは何となく夜空に輝く満天の星々を見ていると。

「――――――このまま一人で江戸を目指すのか?」

 隣で寝ていた龍樹が、小さな声で話しかけてきた。

「実を言うと拙僧も江戸には用があってのう。最短距離で行ける方法があるのじゃが・・・お主が良ければ同行させてもらってもよいか?」

 最短距離で江戸に行く方法があるとする龍樹の言葉にドラは耳を立てる。

 半信半疑の気持ちがあり、どちらかと言えばこの老人の口車に乗せられて江戸とは関係ないところに行ってしまうのではないかという不安のほうが強かった。

 だけどそんな気持ちも直ぐに消え、別段根拠は伴わないがこの老人の言うことを信じてあげてもいいような気に思えてきた。

「・・・言っときますけど、オイラに関わると碌なことがないですよ。それこそいつどこで敵が狙って来るのかわからない」

 そんなドラの話を聞いた瞬間、龍樹は屈託のない笑みを浮かべる。

「言うたじゃろ?人の死は遅いか早いか・・・・・・そのときが来たらそれが拙僧の天命と言う事じゃ。それに拙僧はお主に大変興味がある。せめて少しだけの間でもそなたの旅路に御仏の加護があらんことを・・・・・・年寄りの我儘、聞いてもらえぬか?」

 とても不思議な気持ちだった。

 過去の世界でドラは任務の過程でこれまで多くの人間と関わってきたが、昨日の幸吉郎といい駱太郎といい、目の前の龍樹常法といい、どこか暖かい何かを自分に向けているようでならない。

 博愛の精神からくるものなのか、単に自分のことを物珍しく思っているのか。ドラはそのどちらとも違うという結論に達した。

 龍樹とは反対方向に寝返りを打ち、背中越しにつぶやく。

「――――――お好きにしてください」

 

 

 

 魔猫と行脚僧との奇妙な言葉のやり取り。

 アコナイトによる歴史の歪みを正すことができる唯一の存在。

 ドラがこの先彼に待ち受ける運命とは?

 そして、過去の世界で出会った彼らが魔猫にどんな働きかけをするのか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

登場した特殊道具

スパイ衛星(Spy Satellite)

羽虫ほど小さいスパイ衛星。宇宙に打ち上げるのではなく、使用したい対象者に投げてその人物を軸に軌道にのせるとモニターする機器でその人物の周囲の映像や音声を視聴できる。衛星の軌道修正をすることもできる。衛星は1ダースがモニター装置の引き出しに収納され、各々にはカメラが6つ付いている。

ブライトポインター(Bright Pointer)

TBT四分隊研究スタッフの手により開発された、テントウムシを思わせるデザインの特殊パラライザー。先端の超光粒子集約レンズから、敵の目をくらます閃光「ブライトフラッシュ」や、細胞活性光線「メンテナンスレイ」を放つことができ、麻酔銃としても使える。




次回予告

ド「龍樹さんの案内で、最短距離で江戸を目指すオイラ。その道中、偶然にも幸吉郎と駱太・・・じゃなくてR君とばったり出くわし、成行きでオイラたち四人で江戸を目指すことになった」
「一方、江戸城の地下に潜伏していたアコナイトはオイラが生きていることを知り、刺客を送り込んできた」
「次回、『鋼鉄の絆 其之四 写ノ神とタタラの民』。そうそう、龍樹さんと来たら次はあいつが登場するよね?」

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