「人間離れした脚力と突進力、そして技の破壊力。素直に強い相手だった。オイラはこれを退けて、任務遂行の為に森を抜けるのであった」
1603年(慶長8年)、徳川家康による執政が始まっておよそひと月。人々は戦乱の時代を乗り越え、待ちわびた泰平の世での生活を満喫している・・・はずだった。
しかしその実、平和を脅かす由々しき事態が起こっていた。
江戸と各地を結ぶ五街道―――五街道は、江戸と日本橋を起点とする五つの陸上交通路の総称。1601年(慶長6年)に徳川家康が全国支配のために江戸と各地を結ぶ以下の五つの街道を整備し始め、四代将軍家綱の代になって基幹街道に定められた。
整備として一里ごとに一里塚を設けたほか、一定間隔ごとに宿場を用意した。
そんな五街道の内に一つ、東海道に設けられた宿場のひとつから、これから起こる大破壊の幕が上がった。
西暦1603年 7月13日
東海道 箱根宿・宿場町
「そら、さっさ運べ!」
「もたもたするな!きりきり働け!」
罵声と怒号が飛び交う中、アリの姿を模した奇妙な生き物が宿場一帯を支配。そこで暮らす市民と役人たち、そして未来から調査のためにやってきたTBT一分隊捜査官が強制労働を強いられている。
逆らう者はみな、彼らを統括するアリのような生き物から容赦ない制裁を与えられる。少しのミスも決して許されない。
「ああああ・・・」
重い荷物を運んでいた女性が足下の段差に躓き、荷物を籠から落としてしまう。
「貴様っ!ただで済むと思うなよ!」
―――バチッ!!
監督係のアリは、悲鳴を上げる女性に激しく鞭を撃ち付ける。
―――バシッ!!
至る所で同じような光景が見られる。
この地獄のような宿場町の地下に作られた牢の中で、身の上の解放を必死で求める男がいた。
「おらあああ!!!ここから出せ!!!俺は無実だぞ!!!」
長身で細身の体格、逆毛だった髪型が特徴の白い胴着の様な格好の男。この時代の技術では決して作ることのできない超合金製の檻の中で、自らの潔白を切実に訴える。
「このアリ野郎!!!俺をこんなところに閉じ込めやがって!!あとでゼッテー後悔させてやるからな!」
「黙れ!」
あまりに喧しい声に痺れを切らした見張りは、男の顔を持っていた棒の先で強く突いた。
「このホウキ頭め!少しは静かに出来んのか!?」
「誰がホウキだ・・・!こいつは自慢の髪型なんだよ!てめぇらこそ、その触角は何だよ?は!似合ってねぇったらありゃしねぇ」
「・・・貴様ッ!!」
―――ゴキッ!ボコッ!!
男の挑発に堪忍袋の緒が切れると、見張りは徹底的に男の事を折檻する。
「ぐっは・・・・・・て、てめぇ・・・・・・!」
要らぬ制裁を受けてしまった男は、他の投獄者が心配を寄せる中、腫れ上がった顔で檻の外のアリを睨み付ける。
「人間風情が、我々に刃向うことは許されぬ。貴様は死ぬその時まで、檻の中で過ごすといい!二度とその目で陽の光を浴びる事はないその身の不幸を呪うがよい。ふふふはははははは!」
終始男や檻の中に捕われている人間を見下し、アリは高笑いを浮かべる。そして地上を目指し階段を上って行く。
悔しい気持ちを抱え、男は両拳に嵌められた枷を見る。
自力で外す事もままならないその枷を見ながら、非力な自分に歯がゆさを覚える。
「・・・・・・くそったれが!」
ゴンッと、拳を地面に打ち付けるその男の目が、周りの者には若干潤んでいるようにも見えた。
包帯でテーピングをしている拳から血が滲みだす中、男はどうにかしてこの状況を打開する術は無いかと思案する。
「どうすりゃいいんだ・・・・・・どうすりゃ・・・・・・なんだって万砕拳(ばんさいけん)が使えねェンだ・・・・・・あれさえ使えれば、こんな檻なんぞ軽く吹き飛ばすことなんて朝飯前だってのによ・・・・・・!」
*
同時刻 箱根山 矢倉沢峠付近
山中幸吉郎との戦いを経て、与えられた任務を遂行するため時空波の乱れが著しい場所―――箱根宿へとやってきたドラ。街を一望できる山の上からアリの軍団に支配された宿場町の様子を窺う。
「なんなんだありゃ?なんだかおかしなことになってきたな」
言いながら、懐から銀色のケースを取り出す。その中からこの状況で最も相応しい特殊道具を選択―――手のひらサイズに拡大する。
「タラリダッタラーン!『スパイ衛星』!!」
ドラえもんが嫌いと豪語する割に、意外と人の見ていないところで悪ふざけをしたりする。彼自身、自覚があるのか知らないが、本当は一番ドラえもんと言うものに愛着を抱いているのかもしれない。
「街の様子を調べて来て。頼むよー」
小型カメラを搭載した自律行動型のスパイ衛星を放ち、アリたちによって支配された街の様子を観察する。
衛星から送られてくる映像を事細かく確かめながら、ドラは人間たちを奴隷の如く使役するアリの正体を推理する。
「・・・ははーん・・・なるほどね。奴らはバイオテクノロジーを悪用して進化したサムライアリか」
サムライアリ(侍蟻)―――学名 Polyergus samurai は、ハチ目(膜翅目)・アリ科・ヤマアリ亜科に分類されるアリの一種で、クロヤマアリなどの巣を襲って働きアリやその蛹を攫い、「奴隷」として働かせる習性が知られている。全身が黒褐色をしており、他のアリに比べて、大顎が鎌状に長く発達する。
「誰だか知らないけど、アリなんか進化させて一体何をさせようって言うんだ?おまけに、消息を絶ったと思われた一分隊の捜査官も働かされてるなんて・・・・・・あ~あ。実に情けない!たかがアリごときに人間が支配されるなんて・・・」
進化した凶暴なサムライアリに屈して、彼らに支配される同僚を情けないと称した上で、ドラは一刻も早くこの由々しき事態を解決する必要があると判断する。
「奴等の出所を調べなくちゃ。でもその前に、捕われの身の穀潰し捜査官とこの時代の人達を救出しなきゃ。もう~~~なんだってオイラがこんな面倒なことを一人でやらないといけないんだ!」
面倒事が大嫌いなドラ。自然と言っても仕方のない事ばかりをぼやいてしまう。
「ま、事は重大だ。文句なんて言っても何にもはじまらない。と言う訳で・・・いくぞ―――!!!」
刹那。ドラは意を決して勢いよく斜面を下りはじめる。
サムライアリに支配された宿場町の人たちを解放するため、魔猫が戦いを挑む。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
全速力でドラが山を下りてくる様子は、サムライアリにもはっきりと伝わり、山から昇る土煙に視線が向けられる。
「でぇはははははははは!!!!!!死にたい奴はどいつだ!?」
山を下って来たドラは、愛刀片手に形相を浮かべながら急速に接近。
「な、なんだあれは!!」
「と、兎に角迎え撃て!」
サムライアリは何の前触れも無く、宿場へとやって来る悪魔の如き魔猫を手持ちの武器で迎え撃つ。
「喰らえ賊がっ!」
―――ドカン!バコン!
未来の世界で開発された殺戮兵器を用いてドラの殲滅にかかるサムライアリ。
しかしドラの前では如何なる最新兵器も意味を持たない。すべて等しく刀で受け流されてしまうのだ。
「どらああああああ!」
―――ザン!ザザザザザ!
ドラの凶刃が懐に入る。
武器を破壊された上に、全身を真っ二つに切り裂かれたサムライアリ。青い血を吹き出すとともに絶命する。
「へ。歯ごたえの無いね」
「こ、こやつ!強いぞ!!」
「ええい!何をてこずっておる!数で圧倒するのだ!!」
アリたちは全ての勢力をドラひとりへと投入するつもりでいた。
笛を吹くと、宿場一帯に散らばっていた仲間が次々と集まり、総勢300体のサムライアリが一カ所に集められる。
「数が増えれば魔猫を倒せるつもりなのか?・・・笑わせるな!まとめてぶち殺してやるよ!!」
愛刀片手に、ドラは勢いよくその場から飛び出す。
アリたちの襲撃を退け一個師団以上の戦闘力を持つサムライアリを情け無用に斬り捨ててていく。
「人侍剣力流、土流浄閃(どりゅうじょうせん)!!!」
ドラは地面に刀を突き刺し、勢いをつけてから地面や周りの土砂をアリたちに飛ばす。
「「「ぐあああああああああああああ!!!」」」
いずれも飛んでくる土砂は角ばったものが多く、その直撃を受けたアリたちは一時的に視界を奪われ、痛いくせに気絶ができないという生き地獄を味わう。
「しばらく悶えてな!」
その隙に、ドラは捕われの人間を救出すべく地下牢を目指す。
ドラとサムライアリとの戦いが始まった頃。
地下牢に閉じ込められていた男と他の捕虜は、地下まで響く地上の激しい戦いの様子に困惑の表情を浮かべる。
―――ズドン。ズドン。
「な、何が起こってるんだいってー?!」
「誰かが連中と戦ってるんでねぇか?」
「莫迦な!奴らに勝てるとすればそれこそ神か仏化、もしくは化物ぐらいなものだっぺ!」
人々がざわつきはじめる。そのとき男はというと・・・・・・
グウ~~~~~~。
「あ~~~~腹減ったー・・・」
空腹の絶頂。先ほどからあからさまに腹の音を立てている。
「最近ちっともまともな飯にありついてねぇ気がする・・・・・・飯もそうだが、今日で何日団子食ってねェんだ?」
指折り数えるまでもなく、男は大好物の団子を今日を含め五日間口にしていない。それは同時にこの檻に入れられた日数をそのまま示している。
グウ~~~~~~。
「ダメだ・・・///本当に腹減って死にそうだ・・・・・・チクショー~~~!最後の最期で腹いっぱい団子が食いたかったな~~~!俺はこんなところで惨めに死んでいくのかよ~~~!」
切実に心の内を叫ぶ。
このまま自分を含め、牢に閉じ込められた人々はサムライアリの言いなりとなって一生を終えるしかないのか。
誰もがそう思った時だった。
―――ドガン!!!
突然、天井が崩れるような衝撃音が聞こえたかと思えば、牢の外に奇妙なもの影が映って来た。
土煙の向こう側に映る短足胴長のタヌキのような影は、人々の注目を一身に浴びる。
そしてそれはゆっくりと煙の中から姿を現す。
「な・・・!なんだこいつはぁ!?」
思わず男がそう呟くのも無理はない。
自分たちを助けにやってきた救世主は、まさかのネコ型ロボット。
タヌキと誤認する人々は呆気にとられた様子で、ドラの姿を凝視する。
「よ。助けに来てやったぞ」
「た、タヌキが口を聞いた!!」
「もののけじゃ!!祟りじゃあぁ!!」
この時代の人間の反応としては至極当然なものだろう。
ドラはとりわけ気にする様子も無く、牢の中から一分隊の局員が居ることを確かめる。
「やれやれ。こんなところで何やってるんだよ・・・エリート捜査官が揃いも揃って、なんてザマなんだ」
露骨に嘲笑されても誰一人反論できない。基本的にこの状況で、しかも相手がドラであるため口論は極めて自分たちにとって不利―――そう自然と悟る。あまつさえ極度の疲労で真面な口喧嘩をする気にはなれなかった。
「おい。そこの黄ばみダヌキ」
すると、檻の中からドラに声をかけたのは例の男。
黄ばみダヌキと言われて一瞬発憤しそうになったドラだが、この段階では怒りを抑えんでおり、爆発する心配はない。
「なぁ、おめぇが何者(なにもん)かは知らねぇけどよ・・・早いとここっから出してくれ!こちとら空腹で今にも死にそうなんだ!なぁ頼むよ、おい!!」
「・・・君に言われなくてもみんな助けるつもりだけどさ。随分な物言いだね」
「細かいことでキリキリすんなって!ほら、早くこっから出してくれ!!ついでにこの枷も外してくれねぇか?」
「ったく・・・注文の多い男だよ」
男のぶっきらぼうな性格に些か苛立ちを抱く。
ドラは言われた通りに牢を破壊し、捕虜となっていた人々を全員救助する。
「そら、さっさと逃げな。うちのスタッフはきっちり安全ルートを確保するんだよ」
ドラの言葉に促されたTBT一分隊局員は、解放された人々を安全な場所へと移動させる。それを見届けてから、ドラは男の腕に嵌められた未来の道具『アンチスキルケージ』という枷を破壊する。
―――バリンッ!
「おおおお!!!全身に力が戻ってきた感じだ!やっほ―――!!!手足が軽い軽い!!!なははははははは!!!!」
四肢を自由に動かせるようになると、男は食う風で腹を空かしているとはとても思えないほど元気な態度を見せる。
「いやー助かったぜ!なぁ、あんたの名前教えてくれよ!」
バカに上機嫌な様子で男は屈託のない笑顔でドラを見、彼の丸い手を握りしめながらその名を尋ねる。
暑苦しい奴、そう思いつつもドラは男に名前を教える。
「・・・サムライ・ドラだけど」
「おおそうかそうか!ありがとよ、ドラ!おめぇのお陰で助かったぜ!」
男は助けてくれたドラに、自らの名を語り始める。
「俺は三遊亭駱太郎(さんゆうていらくたろう)!二つ名は“万砕拳の駱太郎”!!よろしく頼むぜ!」
「さ、さんゆうてい・・・らくたろう・・・・・・?!」
何かの冗談かと思ったが、どうやら本当の名前らしい。
大御所落語家のような名前を聞かされ、ドラの思考回路は一瞬フリーズしそうになる。同時に、ドラの脳裏にある光景が浮かぶ。
毎週日曜日の夕方に、ドラが欠かさず視聴しているテレビ番組「笑点」の大喜利のコーナーにおいて、三遊亭楽太郎という名前の落語家と司会者とのやり取りが自然と浮かぶ。
『はい、楽太郎さん!』
『あの~馬の耳に念仏ってどういう意味ですか?』
『んなことは自分で考えなさい!』
『あ、言っても無駄って事か』
アハハハハハ!!!!!!
『山田君、全部持ってきなさい』
「絶対ちがうだろう!!!!」
激昂したドラは、目の前の駱太郎の顔面を殴りつけた。
「何すんだテメー!」
突然のドラの凶行に、駱太郎はドラを殴り返し反撃する。
顔面が凹むほどの強力な拳がドラの鼻先から入り込み、勢い余って後ろへと飛ばされる。ドラは溜まっていた苛々が爆発したのか、今度は刀を手に取り鞘で駱太郎を殴りつける。
「鼻が凹んだらどうするんだよ!!!」
―――バチン!!ボコッ!!バチン!!
理不尽なやりとりが、意味も無く続いた。二人は自暴自棄になったかのように互いの顔を殴り続ける。
「ウラアッ!!」
「オラアッ!!」
人質を助けたはずのロボットと、そのロボットに助けられたはずの人間が何の因果で殴り合っているのかは分りかねるが、二人の戦いは更に熱を帯びていく。
「このタヌキ野郎!」
「一直線すぎるんだよトリ頭!!」
怒号を上げながら、ドラは突進による渾身の一撃を得意とする駱太郎の動きを読み、彼の腕をしっかりと掴み勢いよく投げ飛ばす。
「必殺、ドラさんの竜巻投げ!!」
一本背負いを喰らっても尚、駱太郎は空中で体勢を立て直す。
「ヤロウ!!なめるなァ!!!」
威勢のいい声を上げながら尚もドラに向かっていく。
「必殺ッ!!ドラさんの怒りの鉄拳!!!」
―――ボカン!!!
ストレートに、駱太郎の顔にドラのパンチが深くめり込む。
「ぬおおおおおおお!!!!!は、鼻があああああああああああ!!!」
一体この二人は何をしているのか?誰もがそう思いたくなった直後。
「見つけたぞ、賊め!」
喧嘩の真っ最中の二人の前に、サムライアリの大群が押しかけた。
「他の連中は逃がしてしまったが、すぐに捕まえて我々の奴隷にしてやる。だが貴様らはここで生かしておくわけにはいかぬ!!」
アリたちが一斉に武器を構えて、二人を殲滅しようする。
だが、彼等のことなど最早気にも留めていなかった二人は喧嘩の邪魔をするアリたちに怒りの矛先を向ける。
「ち・・・・・・胸糞悪い奴等だ。こちとらてめぇらに関わってる暇なんぞねぇんだよ・・・・・・」
「消えろ。オイラはものすごく機嫌が悪いんだ・・・・・・殺しなんぞ、屁とも思わないほどにな・・・」
アリたちは目の前に現れた理不尽の権化と言うべき存在に恐怖を覚える。
「コイツを喰らって、静かに寝てな」
「人侍剣力流――――――」
全体の徐々に士気が下がり始める中、駱太郎は拳につけていたナックルグローブに酷似したものを外し、ドラは刀を構える。
「万砕拳、玉砕(ぎょくさい)!!!」
「瞬殺斬閃(しゅんさつざんせん)!!!」
―――ドドドドドドドドド!!!!!ドガン!!!
天地に轟く衝撃音と震動が宿場一帯に伝播。まるで山鳴りが起こったが如く。
突然の事態に近隣に住む人々や森の動物たち、そしてドラの足跡を辿って移動していた幸吉郎の耳にもしっかりと届いた。
「なんだ今のは・・・!?もしかしてあいつが・・・・・・くそ!」
怪我の癒えていない体を引きずりながら、彼は前へ前へ疾走する。
「もう一度・・・会ってやるんだ!あいつと・・・サムライ・ドラと戦うんだ!!」
幸吉郎の今の願い・・・・・・ひとえに、ドラに会って戦うというものだった。
サムライアリの大群に剣と拳に即席合体技を披露したドラと駱太郎。大方の敵が桁違いな力の前に為すすべなく倒された。
「「・・・ん?」」
殴り合いの果てに打ち身だらけとなった互いの体を見やり、ドラと駱太郎は沈黙の末に腹の底から笑い合う。
「「ぎゃ―――っはっはっはっはっはっ!!」」
実にシュールな光景だった。
辺り一帯彼らによって斃されたアリの死体が数百と転がっているのに、当人たちはバカみたいに笑い合っている。
「おまえ、強いな。気に入ったぜ」
「そいつはどうも。さっきの技・・・万砕拳って言ってたけど、あれって人間技じゃないだろう?」
「おうよ!昔、日本橋で出遭ったアレスって奴からこの力を授かった。この世の万物全てを打ち砕く拳・・・ゆえに万砕拳よ」
「万物全てを打ち砕くね・・・・・・大層な名前じゃないの」
カサカサ・・・カサカサ・・・
不意に奇妙な物音が聞こえてくると、辺りに転がっていたサムライアリの死体が挙って一か所に集まり始める。
「・・・なに!?」
「おいなんだよ!一体どうなってやがる!?」
ドラと駱太郎の目の前で起こる不可解な現象。
刀で全身を切り刻まれた死体から、拳の一撃で体を粉々に砕かれたものまで―――そのすべてが寄り集まり、やがて一つの体を形成していく。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
寄り集まった数百のサムライアリの大群が生み出したもの。
太陽を遮る程の大きさに、より殺傷能力の高い武器を装備した凶悪な生体兵器。一言で表現するならば、ジャイアントサムライアリである。
「またなんだってこんなにデカくなりやがった?・・・成長期じゃねぇよな?」
駱太郎がそう呟いた瞬間、途端にドラは肩の力が抜けてしまう。
「はぁ~・・・あのさ、何処をどう見たらそう思うんだよ君は・・・・・・ほら、危ないから下がってな」
「ば、バカ言うなよ!あんなデカブツ相手に一人で戦うつもりか?!俺にも暴れさせろよ!」
グウ~~~~~~!!!
そのとき。空腹の絶頂の中に会ったことをすっかり忘れていた駱太郎の腹が盛大に鳴り響く。音が鳴るとともに、全身の力が一気に抜け、駱太郎はその場に跪く。
「かぁ~~~~~~しまった~~~///腹減ってるのに一気に力使ったせいで、もう一歩も動けねぇよ」
「バカはどっちだよ、ったく・・・」
大ざっぱでいい加減、そして天然の馬鹿さ加減にドラは呆れ返る。
おもむろに懐に手を入れると、直ぐに満腹感を満たす事が出来る特性のソーセージを取り出し、何も言わず駱太郎へ渡す。
「これあげるから、さっさと下がって」
「い、いいのか!?本当にもらっていいのか!!」
「あ~めんどくさいな~!兎に角さっさとどっか行ってくれないかな!これ以上オイラのフラストレーションを上げたくなければ・・・・・・早々に立ち去ってくれないかな?」
魔猫の形相で、駱太郎を睨み付ける。
既にドラの怒りはマックスに達しようとしていた。これ以上彼の機嫌を損ねる様な事をすれば、駱太郎自身もただでは済まないだろう。それを容易に悟る事が出来た彼は、顔を引きつりながらソーセージを受け取り、ゆっくりとドラから離れていく。
「あ、ありがとな・・・///じゃ、俺いくわ・・・///」
「いいからさっさと消えろよ!殺すぞ!」
人には決して見せたくない形相に怯えながら、駱太郎は逃げるようにその場を離れる。
駱太郎が居なくなった後、ようやく戦いに専念できるようになったドラへジャイアントサムライアリが攻撃を仕掛ける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
あらゆる物理攻撃から身を守る頑丈な黒い外骨格。背中に付けられた巨大な砲塔―――メガロキャノンにエネルギーを蓄積させていく。
ドドドドドドドドドドドド!!!!!!
溜まったエネルギーを目の前の標的へ豪快に放射。
地面を削り取る圧倒的な破壊力。生体兵器として何者かの手によって進化させられたサムライアリ、その集合体が持つ戦闘力は全くの未知数だ。
ドラはメガロキャノンによる一撃を回避。しかし宿場街ひとつを容易に吹き飛ばすだけの威力を持つ技を前に、些か苦悶の表情を浮かべる。
「宿場を守りながら戦うにはちょっとばっかし面倒な相手だな・・・・・・くそ。誰だよ、こんな面倒なもの作ったのは?!」
ぶつぶつと文句を垂れる間にも、ジャイアントサムライアリの攻撃はとどまることを知らず、超合金で構築された前足でドラを叩き潰そうとする。
「よっ!ほっ!」
ドラは軽い身のこなしでジャイアントサムライアリの攻撃を躱していく。
ジャイアントサムライアリは徐々に怒りのエネルギーを蓄積させ、全身が紅いベールに包まれる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
空間を劈くほどの咆哮を上げると、再びジャイアントサムライアリはメガロキャノンを使用するため、砲門をドラへと向ける。
背中に背負ったメガロキャノンは、Gブースターと呼ばれる内燃回路によってエネルギーを暴走させる事無く蓄積させていく。
「二度も同じ技を撃たせると思うのか?」
ドラはとりわけ頑丈な外殻で守られているブースターの位置を長年の勘に基づき特定、破壊を試みる。
「お前のような相手は、尋問するまでも無く即刻処刑するのが一番だ」
言うと、ドラは愛刀を握りしめ精神集中―――力を高めていく。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――」
集中力が高まるにつれ、刀身が神々しい輝きを放つ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
間もなく、二発目のメガロキャノンが発射されようとしている。
と、次の瞬間。ドラは前へ飛び出し、ジャイアントサムライアリの懐目掛け飛び込んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!人侍剣力流!!!」
刹那。ドラの剣技がジャイアントサムライアリの内部に埋め込まれている内燃回路を斬り裂いた。それを成し遂げた技の名は・・・
「神速衝閃(しんそくしょうせん)!!」
地脈を縮めるほどの速さ―――縮地から繰り出される超高速の斬技。その衝撃の規模は凄まじく、基礎構造のもろい建物一つを容易に打ち砕く。
ギギギギギギギギギ!!!!!!
頑丈な外殻に守られていたジャイアントサムライアリの体が、ドラの技を受けたことで貫通。内燃回路が破壊されたことにより、制御不可能となったメガロキャノンは不発に終わる。
同時に体へと逆流し、程なくして爆発を伴いジャイアントサムライアリは消滅する。
―――ドガン!!!
大規模な爆炎が舞い上がる様子を、離れた場所で見ていた駱太郎は目を丸くする。
「す・・・すげねぇな・・・・・・まさか本当に野郎ひとりであれをやっちまうなんざ・・・」
と、呟いた直後。
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!」
息を切らしながら、駱太郎の後ろから走って来たのは、ドラを追いかけて来た山中幸吉郎。
幸吉郎は駱太郎などには目もくれず、一心不乱に宿場へと走って行く。
「んだあいつ・・・・・・馬鹿に急いでるみたいだったが・・・・・・」
幸吉郎の行動を不審に思いつつ、ドラから貰ったソーセージを駱太郎は食べ始める。
「あん・・・・・・うおおお!なんだこりゃ!バカみたいにうめぇぜ!!」
17世紀の人間にとって、ソーセージは珍味であると共に、大変なごちそうでもあったことだろう。
駱太郎は心置きなくソーセージの味を満喫した。
午後12時23分。
東海道のとある宿場街で起こったひとつの事件は、TBT特殊先行部隊所属のサムライ・ドラの手により解決した。
ドラに手により救われたTBT一分隊捜査官は、改めてドラの常識を逸脱した力に恐れを抱く。かたわら、破壊されたジャイアントサムライアリの残骸を証拠品として回収していく。
「ふう~~~疲れた」
ほぼ一人で今回の事態を収束し、巨大な敵にも打ち勝ったドラ。
主に駱太郎との殴り合いで傷ついた体を休めるため、一分隊捜査官が働く姿を見ながら適当な岩場に腰かける。そして有無を言わさず懐からチョコレートを取り出し、ひと口齧る。
「あん・・・・・・」
武志誠より与えられたチョコレートは、ドラにとって欠かす事の出来ない嗜好品。人間で言う酒やタバコと同じであり、一日でもチョコレートを絶つと禁断症状に見舞われ、形振り構わず暴れ出すという。
「はぁ~。今日は一日でなんか色々あったな・・・・・・ていうかこの時代に、あんな人間離れした力を持つ強者がいたとはね」
この時代でドラが出会った二人の若者。
一人は狼猛進撃の使い手である山中幸吉郎。もう一人は、全てを打ち砕く拳を持つ粗野でぶっきらぼうな三遊亭駱太郎。
「山中幸吉郎と、もう一人は三遊亭ら・・・・・・ら・・・・・・」
ここでドラの頭に再び、笑点の落語家たちのやり取りが浮かんできた。
「だあああああああああああああ!!!!ちがうちがうちがう!断じてちが――――――う!!!」
笑点をこよなく愛するドラにとって、たとえそれが本名であっても好きな落語家と同じ名前を持つ彼の存在がどうしても納得できなかった。
だから、ドラは駱太郎という風には呼ばず敢えてこう呼ぶことにした。
「R君・・・でいいか」
理由は単純明快。【らくたろう】という言葉をローマ字で「RAKUTAROU」と表し、その頭文字を取っただけのこと。
実に安直且つ陳腐な呼び方であると思うが、それをドラの前で言うと、激情した彼から酷い仕打ちを受けるかもしれないから、深く言及しない方がいいのかもしれない。
「すみません、ちょっと」
そのとき。残骸の回収に当たっていたTBTスタッフが恐る恐る、ドラに話しかけてくる。
「こちらをご覧ください。ここに名前のようなものが掘っています」
「名前?」
話を聞き、ドラは破壊されたジャイアントサムライアリの残骸を見る。
「ほら。ここです」
凝視すると、残骸には確かに名前らしきイニシャルが掘られている。
技術者がよくやる行動の一つだ。制作したものの裏に自分の名前を掘る―――ドラの体にも全く同じものがあり、彼の場合は耳の裏に個体番号「MS-309」と刻まれている。
ジャイアントサムライアリの残骸の裏に掘られていたイニシャルは「A.M」。
「・・・・・・・・・」
ドラは沈黙し考える。
この時代にサムライアリの軍団を送り込んだ時間犯罪者は誰か?これを制作した科学者は誰か?
未来には日常的な道徳倫理から外れたマッドサイエンティストも多いが、そのすべてが優秀と言う訳ではない。特に、バイオテクノロジーを応用したロボットの製作や生体兵器改造は容易な事ではなく、またその為の開発資金も馬鹿にはならない。
そう考えると、この事件には必ず裏がある。とりわけ巨大な後ろ盾が付いていて、その上で歴史を歪めようとしているのだ。
「・・・残骸はひとつ残らず四分隊の研究室に運ぶんだ。なんだか嫌な予感がする・・・万が一今回の事件にあいつらが絡んでいたとしたら・・・」
「”あいつら”?」
「なんでもない。こっちの独り言だから」
そう言うと、ドラは残骸の回収を徹底するように指示し、先にタイムエレベーターへと戻った。
*
武蔵国豊嶋郡江戸 千代田城・地下数百メートル
ドラが未来へと帰還を果たし、少し時間が経った頃。
徳川家康による執政の中心地であり江戸幕府の象徴―――江戸城の地底深く秘密裏に造られた生体研究所がある。
夥しい数の生体ポットが存在。その中には、進化させた改造生物のサンプルや素体となった生物が等しく液体に漬けられている。
その最深部にあるメインコントロールルームで、とある男とそれに随行する者たちの会話が聞こえてくる。
「サムライアリたちを駆逐したのは、やはりTBTの・・・」
「ち。折角連中も捕えていいようにこき使ってやろうと思ったものを・・・」
「何者でしょうね、あのロボットは?」
「奴の名はサムライ・ドラ。かつて私が加わっていたプロジェクトメンバーだった武志誠が造り出した【人類の災厄】―――・・・今でも腹立たしく思う。あの男が告発さえしなければ、今頃私は世界を席巻する偉大な科学者として名をはせていた・・・」
広大な空間。その真ん中で跪く三人の男。
彼らを従える甲冑と鉄仮面という出で立ちの人間。声色は男のものだ。
鉄仮面はコートを翻し、メインスクリーンにサムライ・ドラの戦闘記録を映し出す。
「・・・忌々しい。実に下らぬものを作ってくれたな・・・・・・武志誠」
理由は不明だが、鉄仮面はドラの育ての親である武志誠の存在を認知し、恨みを持っているようだ。
そのとき。厚手の自動扉が開かれた。
純白の白い制服に身を包み、左頬には蛇の刺青が掘られている20台前後の男は入室すると直ぐ、鉄仮面にお辞儀をする。
「アコナイト様。すべての用意が整いました。いつでも進軍致せます」
それを聞くと、アコナイトと呼ばれる鉄仮面の男は一歩、また一歩と前に歩き出す。
彼が歩きはじめると、それまで跪いていた部下たちも立ち上がり、彼の後ろに付いて歩き出す。
「予測の出来ないこともまた、研究には憑き物と思う。いずれにせよ、奴等はまだ我々の存在に気付いていない。もうじき地球の歴史は我らの手により塗り替えられる。そして、あれが完成した暁には・・・最早我々を止めることのできる者はいなくなる」
アコナイトは鉄仮面の下から不敵な笑みを浮かべる。
直後、その場に立ち止まりアコナイトは振り返り随行する部下たちへ高らかに宣言。
「時は満ちた!さぁ、今こそ我らがすべてを塗り替えるのだ!この矛盾だらけの誤った歴史を、我々の手で取り戻そう!!」
*
西暦5537年 7月13日
TBT本部 特殊先行部隊オフィス
本部へ帰還したドラは持ち帰ったサムライアリの残骸を四分隊スタッフに調べさせている間、別の仕事をし時間を潰す。
「ん~~~~~~なんか気になるよな~」
「何がだよ?」
昇流は相変わらず仕事そっちのけで、ボトルシップ作りに精を出している。
シャープペンシルを鼻の先に乗せて深く考え込んでいる様子のドラを見かね尋ねてみると。
「あのサムライアリが誰の手で作られたか、です。よく考えてみてください・・・・・・生物の遺伝子を組み替える技術はそう珍しい事じゃありません。でも、奴らは単なる生体兵器としてのレベルを遥かに超えていた。あれだけの数のサムライアリを作りだせるとすれば・・・恐らくは、うちの穀潰し博士と同じか、あるいは・・・」
「おい。それってまさか・・・!?」
ドラの言葉に促され、昇流の脳裏に過った考え。
天才科学者として、遺伝子を用いた生体ロボット工学の核心的発展に大きく貢献したドラの育ての親・武志誠と今回の事件に関わっていると思われる技術者が、誠に師事していた可能性があるということ。
「博士が弟子を取っていたという話はオイラ自身聞いたこともありませんけど、万が一って事もありうるわけです。例えば、博士がアメリカに留学していた頃に関わっていた胡散臭いプロジェクトと関係があるかも・・・」
「けど確か、その詳細は良くわかってねぇーんじゃ・・・」
ピピピ・・・。
『ドラ、頼まれてたやつ終わったぞ』
生物科学捜査班ハリー・ブロック(30)からの一報が届いた。二人は一度、彼の研究室へと向かい調査結果を聞くことにした。
*
第四分隊・生物科学捜査班オフィス
「「ええ!GMS理論が使われている・・・!?」」
ハリーから伝えられた衝撃の事実に二人は口を揃える。
「まぁ正確に言うとだな・・・武志博士のGMS理論を元にして改良を加えたものなんだけどな・・・99.9パーセントほぼ間違いない」
解析の結果、サムライアリにはドラの体にも使われている武志誠が開発した技術・・・GMS理論の一部が使われていることが判明。これは現在のロボットテクノロジーの最先端技術である。同時にその基礎的理論を元に科学者たちは今もなお新しいロボットの開発、遺伝子組み換え技術の改良に務めている。
武志誠は自らが提唱し実証したGMS理論を更に発展させ、完璧に近い状態でドラの遺伝子情報から生前の記憶すべてを抽出。現在のサムライ・ドラの電子頭脳に記憶として定着させることに成功したただ一人の男である。
ドラたちが危惧していた事が現実のものとして起こってしまった。やはり今回の事件に関わっているのは、誠と密接な関係にあった人間。あるいはその縁者。
憶測にすぎないが、ドラの脳裏にアルバート・ウェスカーという男の顔がよぎった。世界最大の製薬会社「アンブレラ社」の社長であり、誠がドラに残した手紙に書かれていた内容と深い関わりがある様に思えてならなかった。
(・・・まさか、あの男が絡んでるんじゃないよな・・・・・・いや、でもあのイニシャルは――――――)
ドラは、サムライアリの残骸の裏に掘られてあったイニシャルの事を思い出す。
【A.M】と掘られてある事から、実行犯がアルバート・ウェスカーであるという線は極めて薄い。アルバート・ウェスカーのイニシャルは【A.W】。だからと言って、警戒に予断を欠くこともできない。
ドラは万が一を備え、ハリーに頼みごとをする。
「あのさハリー。ひとつ頼まれてほしいことがあるんだけど・・・いい?」
「なんだ?」
「うちの穀潰し博士と関わった研究者を出来るだけたくさん調べて欲しいんだ。年齢・性別、ありとあらゆることまで徹底して・・・その中に、今回の黒幕が居る可能性が高い!」
「報酬は?」
「・・・これで勘弁してくれる?」
見返りを求めるハリーに、ドラは1万円札を手渡した。
「おしわかった!んじゃ、大至急調べてみるとするか」
快く了承したハリー。
概ねを伝えると、ドラと昇流は共に研究室を後にする。
「けどまさか・・・GMS理論が使われていたとはな・・・星の特定はこれからだけど、少なからずお前とは因縁のある相手だろうな」
「・・・・・・」
昇流の問いかけに、ドラは応じず複雑な表情を浮かべる。
何となく気が引けてしまいがちな昇流。出来の悪い頭で考え、おもむろに話題を逸らす。
「そういや、なんか腹減らねぇか?そろそろ昼飯にすっか!!
先ほどまで口籠っていたドラだが、唐突に昇流から話を振られると、呆気にとられた顔を浮かべ立ち尽くす。
曲がりなりにもドラと昇流は数十年来の付き合い。家族みたいなものだった。
ドラは自分と同じで素直に相手を気遣えない不器用な上司兼家族の存在が若干照れく、だけどどこか心がぬくぬくする。
「・・・・・・ヘタクソな気遣いですね」
ドラは昇流に微笑し、その足で食堂へ向かう。
*
TBT本部 食堂
午後12時過ぎ。
食堂へと向かったドラと昇流だったが、何やら食堂内が馬鹿に騒がしい。
「きゃあああ!何なのこの人!?」
「こら!そこは乗ってはいけないんだ・・・ううわああああああああ!」
ただ事ではないことは容易に想像がつく。
ドラは何処かで聞いた覚えのある声に耳を疑いながら、恐る恐る食堂の方へと足を運び、そこで彼が見た衝撃の光景は・・・
「うおおおおおおおおおおお!!!!ここはどこなんだああああああ!」
つい先刻まで調査に出ていた1603年の世界。森の中でドラが戦った山賊―――山中幸吉郎が何の因果か現代にその姿を現したのだ。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!一体どこに行っちまったんだよ、サムライ・ドラの兄貴はぁ!!!!!!」
「でえええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
ドラはあまりの衝撃に、目玉が外れそうになった。
「お前の知り合い・・・みたいだな?」
「な・・・・・・なんで・・・あいつが・・・ここに・・・//////」
状況が飲み込めず呆然と立ち尽くすドラと、彼を気遣う昇流。
そのとき。テーブルの上で唸っていた幸吉郎が、困惑するTBT職員の中から一際姿形が異なるドラの存在に気付き、目を光らせる。
「おお!やっと見つけた!!言われた通り来てやったぜ!」
幸吉郎は威勢のいい声を上げ、テーブルを飛び越えて、真っ直ぐドラの方へと飛んで来た。
「捜したんですよ!!サムライ・ドラの兄貴!」
「捜したって・・・えええ!!!なんで・・・!?なんでお前がこっちの世界に来てるの!」
「いや~~~あんたの跡を追っかけてここまで来たんですけど・・・なんか訳の分からねェ箱の中に忍び込んで、気が付いたらなんかよくわかんねェ場所に来ちゃいましてね~♪」
「かぁ~~~~~~嘘でしょ・・・///」
幸吉郎の行動、と言うより自分に対する執着心から招いた結果にドラは返す言葉も出てこない。
盛大な溜息をつくと共に、悲壮感漂う表情を浮かべる。
一方、顔色の悪いドラを気掛かりに思った幸吉郎は呑気に顔を覗きこむ。
「あ、あの・・・大丈夫っすか?」
「あのな・・・これが大丈夫に見えるかい///もう~~~なんでこんな面倒なことがこうも一遍に起こるんだよもう~~~~~~!」
今日一日で、ドラは様々な苦労と不運に見舞われた。
中でも今この瞬間、目の前で起こっている事はドラのストレスゲージを一気に上昇させる。
直後、不意にドラは幸吉郎の腕を引っ張り食堂から連れ出す。
「ちょっと来い!今すぐ元の時代に送り返してやる!」
「ま、待ってください!俺はもう一度と兄貴と勝負を・・・!」
「誰が兄貴だ、誰が!その呼び方は妙にムカつくんだよ!プリキュアオタクみたいで!」
「その単語の意味は分りませんが、折角遠路はるばるここまで来たんですから・・・もうちょっとだけでも!「じゃかしい!」
昇流および他のTBTスタッフは、困惑しながらも意外に仲の良さそうなドラと幸吉郎のやり取りを珍妙なものとして見つめる。
「お―――い、ドラドラドラ!!」
ドラが幸吉郎を連れて廊下を歩いていたときだった。
かなり慌てた様子のハリーが資料片手にドラの方へと駆け寄ってきた。
「ようハリー」
「あの・・・誰っすかこいつ?」
「いいんだよお前には!関係ないことに口を挟むな!」
駆け寄った際、ハリーはドラが連れている男・・・幸吉郎の事が気になった。
「なんだなんだ?お前も物好きだね。いつからそっちの趣味になったんだ?」
「そっちの趣味ってなんだよ!!オイラはゲイじゃない!!つーか、何かオイラに言いたいことがあるんじゃないのか?」
「おお、そうだったそうだった!いやなお前が言った通り・・・世界中のビッグデータから武志博士に関わった研究者のリストを洗い出してみたんだ。そしたら・・・」
ハリーは手持ちの資料をドラへ手渡し、そこに書かれている誠と密接な関わりのある研究者の名前に目を光らせた。
「なんすかこの色黒男?兄貴の知り合いですか?」
「少し黙ってろ」
―――ピシッ!
「ううう!!!・・・ううう!!!!」
幸吉郎を黙らせるため、ドラは特大の絆創膏で口を塞ぐ。
その間に資料の中身を読み漁り、ハリーに尋ねる。
「ハリー。やっぱりあのサムライアリは・・・―――」
「ああ、多分コイツが作ったものだ――――――」
言いながら、ハリーは資料の右端に張られた顔写真を指さした。
「アコナイト・モンクスフード・・・マサチューセッツ工科大学生物工学科の出身で、武志博士の内部告発で学会から追放処分を喰らってる、違法研究者だ」
短篇:義弟が何を言っているかわからない件
オイラには腹違いな母親から生まれた義理の弟・隠弩羅(おんどら)がいる。
どちらも昔は三毛猫だった。そして何かの拍子に死んでしまい、何の因果かネコ型ロボットに生まれ変わった。
ただ、義兄弟と言うのは何かと大変だ。特に相手が自分とはまるで正反対のベクトルに生きる者なら特に・・・・・・
魔猫の義弟は便宜上、オイラの二つ下。
いわゆるオタクと言う奴で、アニメを見ないと死ぬ生き物らしい。
「にゃ~~~。やっぱりいつ見てもしびれるくらいかわいにゃ~~~♪」
美少女アニメキャラクターにどっぷりハマり込むネコ型ロボット言うのも珍しいっちゃ珍しい。
ただ、わざわざオイラの家に来てそのDVDを見るのはさすがに勘弁して欲しい。
「オイラ、そういうの全くわかんないんだけどさ・・・おもしろいのか?」
「・・・おもしろいかだと?」
急に声色が低くなったと思えば、義弟は振り返り熱く語った。
「キュアピースは俺の嫁っ!!」
「知らんがな!!」
義弟はブロガーと言うのを細々とやっている。
インターネットサイトを通じてたくさん友達を作って、その友達と情報交換をしながらサブカルチャーの話題で盛り上がり、ときに金になる情報を提供して数十万という収入を得ているのだ。
「趣味程度でも稼ぐとなりゃ大したもんだよ」
「俺は兄貴みたいに死ぬほど働くのはごめんだからな」
別に死ぬほど働いてるわけじゃないが、職業柄危険な任務も多いからどうしてもな・・・。
「その割にはお前だって結構ヤバい案件に首ツッコんでるみたいじゃんか・・・」
義弟も義弟でいろいろ面倒な事に巻き込まれたり、巻き込んだりしてる。
こう見ても義弟は世界でも珍しい魔術が使えるロボットだ。ゆえにそれを狙って暗黒界の組織に狙われることもしばしば。
「とにかくだ。俺がいいたいことはただひとつ・・・」
そう言って、義弟がオイラに投げかけたことは。
「働きたくないでござる!!絶対働きたくないでござる!!」
ただの永久ニート願望だった。
「そのネタ分かるやつどんだけいるのさ・・・・・・」
義弟のオタク趣味は堅気のオイラには毒でしかない。
「こういうのリビングに置くなよ!!」
奴が持ちこんだオタク本の数々。それもすべて成人指定の際どいものばかり・・・言っとくが、オイラにそんな趣味は無い。
「人んち上がり込んでエロ本持ち込むなんていい度胸じゃねぇか!!」
「いやだな~。使ってから片すの忘れてた♪」
「読むんじゃなくて使った・・・///」
その言葉の意味がどれだけ恐ろしいものだろうか。
「つーかこれ、全部おっぱいじゃねかぁ---!!!」
東京都の青少年健全育成条例でひっかかりそうな内容。それに対する義弟の返事は・・・
「そうだ・・・俺が、俺たちがおっぱいだ!!」
「“たち”ってなんだよ~~~気持ち悪っ!!!」
義弟の生活習慣にさして興味はないのだが、最近は割とオイラの家に遊びに来る。
「ひとんち上がり込んでいつまで寝腐ってんだよ。とっとと出てけ」
「朝まで祭りだったから眠いんだよ~~~」
「祭り?」
インターネット用語のすべてを把握している訳ではない。この“祭り”という言葉が“特定の話題について書き込みまくる”ことだと気付いたのは大分あとの事だ。
「どうしてもというなら・・・俺を萌えさせてみろ!!」
そう言ったから、遠慮なく。
「あちゃちゃちゃ!!!!」
燃やしてやった(チャッカマン持ってたので)。
とある休日。
気乗りしないけど、二人で映画を見ることになった・・・かなり不本意な事だったけど。
「当然アニメが見たいんだろうな?」
「まぁブログにレビュー載せてーし」
そして上映後・・・。
「結構おもしろかったな!」
オイラはそれなりに楽しめた。
その一方、義弟はというと・・・
「どこかで見たようなありきたりの設定で斬新さが欠如してるし主人公が突然いなくなって長々とサブキャラの話が続くし、派手なエフェクトと構図で子どもが喜びそうな演出はいいとしても、それでも大人も楽しめるってフレコミに矛盾してるし、そもそもご都合主義すぎて萎えるんだよにゃー」
「何も考えずに見てすんませんでした・・・」
却って罪悪感が湧いてしまったのは何故だろう・・・・・・
総括すると、隠弩羅と一緒に居ると疲れるけど暇になる事は無い。
おわり
次回予告
ド「サムライアリを作ったのは、武志博士が内部告発をして学会から追放した違法研究者。その男がこの事件に関与していることは間違いなさそうだ」
「幸吉郎を元の時代に送り返してから丸一日。朝起きたらなんだか街の様子がおかしい・・・わぁあ!なんだってサムライアリが国会議事堂にいるんだ!?」
「次回、『鋼鉄の絆 其之参 歪められた歴史』。元の世界を取り戻すため、オイラは再び、1603年へ!」