サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「ようみんな!『サムライ・ドラ』もいよいよSeason2に突入だ。5538年編では春先から色々あったけど、何と言っても隠弩羅が絡んだ星の智慧派教団編は無駄に長くて疲れたよ!」
「それはそうと、みんなにはオイラたち“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”がどのような経緯の元出会い、仲間となったのかをきちんと話していなかったね。そこで今回から10回に渡って魔猫こと、サムライ・ドラと幸吉郎たちの出会いについてたっぷり余すことなく語ってやろう!!」
「というわけで、新章と言いながら過去を物語る『鋼鉄の絆誕生編』の始まりだ!!!」



鋼鉄の絆誕生編
鋼鉄の絆 其之壱 魔猫と孤狼


 遠く広がる世界の中―――

 これは、小さな惑星(ほし)の、小さな世界で起きた事件と絆の物語。

 

 俺は、あの日。あの時間・・・・・・奴等と一緒に事件に関わり、自分たちの未来を守るために命を賭けて戦ったんだ。

 

 血の繋がりのない家族、大切な者たちが多くの事を俺に教えてくれた。

 そして―――あの時間。あの出会いが、魔猫と言われた俺たちのリーダーの、長い長い孤独を解き放った。

 

 はじまりは、西暦5537年・・・・・・今より2年前の7月の事だ。

 

 

西暦5537年 7月8日

北海道小樽市 午前10時02分

 

 時空間の乱れが比較的安定している今日この頃―――魔猫こと、ネコ型ロボット『サムライ・ドラ』は、燦々と降り注ぐ太陽に項垂れながら、市内を歩いていた。

「あ~~~・・・・・・熱(ア)ちぃ・・・・・・そしてだるい。ダメだ・・・・・・どこかで水分補給でもしないとやってらんないや・・・・・・」

 基本的に寒がりではあり、同時に極端に熱いのも嫌いと言う我儘な性格のドラは、全身から多量の汗を流している。北海道という亜寒帯、それがもたらす亜寒帯湿潤気候はドラにとってかなり手厳しい環境だった。

 かつて、この世に多くの功績をもたらした天才科学者―――武志誠博士が作りだしたネコ型ロボットは、人間に近い体質に近づけることによりロボットの精度自体を比較的に向上させた。そしてその結果として生まれたのがドラである。もっとも、本人は好き好んでこの体になることを選んだ訳ではなく、有難迷惑だと常々思いながら人間社会に完全に溶け込み、ちゃっかり日常生活を送っているのだ。

 それはそうと、既に脱水症状を訴えているドラの表情は、如何にも漫画のようなデフォルメだった。この顔を元に戻すには、今すぐにでも水分を補給しなければいけない―――ドラは近くのコンビニに立ち寄り、迷うことなくアイスを購入した。

「あん・・・・・・く~~~~~~これだな!」

 ドラが購入したのはブラックチョコバー。ドラ曰く「チョコ系のアイスで唯一食べられるもの」らしく、実際に甘いものが嫌いな彼がカカオ豆の苦み成分だけを100パーセント抽出した板チョコを食べている時と同じぐらい、美味しそうに食べている。

「それにしても長官の奴、このクソ熱い中どこをほっつき歩いてるんだ?ま、あの人の行くとこなんて大概分かってるんだけどね」

 ドラが炎天下の中、外を歩いていたのは他でもない。上司でありながら威厳と言うものが微塵も感じられないTBT長官・杯昇流を探し出す事。幼少の頃から昇流の保護者兼養育係として付き合いのあるドラは、彼の性格から概ねの行動パターンを理解していた。

「あん!・・・・・・」

 アイスの棒先に着いた僅かなチョコも綺麗に舐めてから、ドラはゴミを処分し再び昇流の捜索へと駆り出す。

「さてと。そんじゃまぁ行ってみるとするか。今日あたりはあそこだろう」

 

 

小樽市某所 レンタルショップ“玄”

 

 その頃、もうじき悪魔よりも恐ろしい魔猫がやって来ることなど微塵も想定しないダメ男―――杯昇流は現在、いきつけのレンタルDVDショップへと足を運んでいた。

 元・公安調査庁第二課の課長という経歴を持つ店長・生天目玄太郎(なばためげんたろう)が切り盛りするその店は、映画・ドラマなど幅広い世代に指示されるように豊富なラインナップを取りそろえ、店主の気分次第で棚に置かれる映画がその都度入れ替わる。

 またこの店は比較的女性の利用客が少ない。それに反比例するかのように、男性の新規及びリピーターは異常に多い事で有名だった。理由はひとえに、性欲に飢えた男達(けだもの)が極上の餌を求めることにあった。

 実際に今、性欲に飢えた一人の男がクーラーのよく効いた視聴コーナーでアダルトビデオに食いついている。それこそが、TBT長官・杯昇流(さかずきのぼる)(20)である。

 食い入るように画面に食らいつく昇流は、モザイクのかかっている女性の全裸体に目を輝かせながら、鼻の下を伸ばす。

「うわぁ~~~~~~!!!天真爛漫モッコリ!!!自然の姿はええな~~~♡」

 何を言っているんだこいつは?と、ツッコミを入れたくなる中、店主の玄太郎がスケベで変態なモッコリ男に歩み寄って来る。その手には、昇流の好きそうなアダルトDVDがうずたかく積まれている。

「昇流ちゃん!いいのが大量に入荷したよ!」

「わぁーお!ナイス玄さん!これって全部モザイクなっし!」

 まだ朝の10時だというのに、この男は仕事もしないで何をしているのだ・・・そんな風に思っていた矢先、悪魔が現れた。

 

 ―――バタン!

 勢いよく店の扉が開かれたと思えば、AV観賞に夢中になっている昇流と玄太郎の前に形相のネコ型ロボットが現れた。全身から汗を流し、より一層彼の陰影が恐怖を助長させるTBT最強最悪の魔猫・・・・・・サムライ・ドラ。

「み~~~つ~~~け~~~た~~~~~~!!!」

「「ひいい!!!」」

 全身が凍え上がるような寒気を感じる昇流と玄太郎。

 ドラは標的を見据えると、腰の帯から刀を鞘ごと外しバッドを振る要領で昇流目掛け、思い切り強く殴りつける。

「己のスケベ心にモザイクを掛けんかーい!!」

 

 ―――ドガンッッ!!!

 

「なっぱ~~~~~~!!!///」

 顔にしっかりと痕が残るくらいの強さで殴りつけられると、昇流は店の棚をドミノ倒ししながら意識を失った。

「さぁ、仕事に行くぞぞっこん変態男!」

「あ・・・・・・//////」

 ドラの一振りで商品棚が倒され営業が困難に思える中、玄太郎は毎度のことと思いつつ昇流を引きずっていくドラを微笑ましく見送った。

「いや~~~好きだな~~~元気のいいドラちゃんって!店さえ破壊しなければ」

 元気と言うよりも、パワフルすぎるのが本当だろうけど。

 それにしても玄さん、毎回仕事中に昇流とドラのこんなやり取りがあったら、店の経営はどうなるの?早いうちに営業妨害で訴える準備をした方がいいですよ、あなたがいくらいい人でも!

 

 

TBT本部 特殊先行部隊オフィス

 

 午後1時39分。強制的に本部へと連れ戻された昇流は、昼休憩を返上してのデスクワークを余儀なくされていた。

 当然だ。碌に仕事もしないで昼間からAVに執心するような男にはこれぐらいの仕打ちが妥当だろう。

「うう~~~~~~///全然おわらないよ~~~///」

「日頃から毎日コツコツやってれば、溜まるような仕事でもなくなるんですってば。それなのに性懲りも無く、ボトルシップ作りに美少女・萌えアニメ漬け、おまけにAV鑑賞と・・・・・・!本当にどうしようもないアホですね、長官は。いっそのことこの窓から飛び降りてこれまでの体たらく振りを神に懺悔してらいたいものですね」

 冷ややかな目線で近くのデスクで書類整理をしているドラから飛んでくる正論、罵詈雑言が昇流の胸に鋭く突き刺さる。

 悔しい気持ちでいっぱいの昇流だが、これもまた事実なのだから反論のしようがない。

「ああ~~~~~~どうして俺はいつもこうなんだ。この十年間、お前がいたが為に俺は毎回死ぬ思いをしてきた。と言うより、お前は俺を殺したいのか?そうでないのかが全く分からない!」

「死ぬ死なないは、長官の運次第でしょう。オイラは、そんな軟弱になんぞ端から興味ありませんから。それとも、このオイラに止めを刺されるのがお望みなら、そうしてあげてもいいんですよ~。棺桶と葬儀費用は全額負担してあげますから!」

 癇に障るような笑みを浮かべながら、冗談のようで冗談とも聞こえる台詞を吐くドラに、昇流の怒りは頂点に達する。

 ボキッ―――!

「うがああああああああああああああ!!!!!!!あったまきた―――!!!このドラえもん”もどき”!!!今日と言う今日こそ我慢の限界だあああああああああああ!!!!!!!!!!」

 ボールペンが真ん中から折り、昇流は溜めこんでいた怒りを爆発させる。怒りに任せ、野獣と化した昇流が魔猫へ襲い掛かった。

 ボフッ!・・・ゴウ!・・・バキッ!

 1秒後。昇流はドラの返り討ちを喰らい、戦闘不能となった。

「ああ・・・・・・///いだぁ・・・///」

「ったく。どこまでも根性の曲がった人だ。つまらない手間を取らせてないで下さいよ」

 言うとドラは何を考えたのか、返り討ちにしたばかりの昇流を担いでオフィスから出る。

 そして展望室にやってくると、強固なロープで昇流の両足をしっかりと固定し、四肢を拘束した状態の彼を高所から勢いよく投げ下ろす。

「そーら行ってこーい!」

「いやだあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 腹の底から声を上げ、声が嗄れるほどの悲鳴が小樽市内に響き渡る。

 昇流は100階展望室から身を投げ、地上590メートルの高さで宙づりと化す。あまりの恐怖に失禁するのは勿論―――涙と涎、鼻水が止めどなく零れ落ちるのだ。

「そこでしばらく頭を冷やしてください。1時間経ったら戻してあげますから」

「1時間もこの状態でいるのか俺は―――!!!///鬼!!悪魔!人でなしの魔猫―――!!!///」

「じゃあかしい!鬼でも悪までも勝手に言ってなさい。これに懲りて、仕事は仕事と割り切るって事を為すのを覚える事ですね!」

 ドラは冷淡に突き放すと昇流の額に唾を吐き捨て、仕事に戻って行った。吐き捨てられたドラの唾が昇流の額を通じて頬へと伝わる。

「く~~~~~~絶対に俺は我を貫いてやるぞ~~~!俺は世の中のすべてを敵にしてでも、あいつだけは抗ってみせ―――る!!!」

 声高に宣言する昇流だが、世間を敵に回すことよりドラを敵に回す事の方が遥かにリスクが高いとは思わなかったのか?

 結論から言わせてもらう・・・・・・彼は度し難いほどに救いようのない馬鹿な男なのである。

 

 

 今から16年前―――5521年3月9日。オイラは、ロボットとして命を与えられた。

『成功だ!!やったぞ、ついに私の長年の夢が叶ったんだ!!』

 目が覚めると、そこにいたのはオイラの飼い主で科学者の武志誠博士。オイラが無事に起動したことを確認するや、博士は満面の笑みを浮かべてそう言った。

 博士の長年の夢―――それは、昔から好きだったというアニメのキャラクター「ドラえもん」を自分の手で作り上げる事。

 認めたくはないのだが、博士は世界でも五指に入る天才の一人だった。飛び級して18歳で近畿大学の遺伝子工学部を首席卒業。在学中にアメリカに留学し、ノーベル生理学賞を受賞。研究の最中に遺伝子細胞の中から偶然に発見した未知のゲノムを解析し、「GMS理論」という全く新しい理論を生み出した。

 この理論は掻い摘んで説明すると、記憶媒体としての生物の遺伝子細胞から抽出した第三のゲノムをロボットの電子頭脳に移植することで、より精巧且つ緻密な思考を持つ人間に近いものを作り上げる事ができると言う。ただ、当時はまだそれを作り出せるだけの技術者が少なくしばらくは机上の空論同然だったんけど、それを始めて具体的に形にしたのが博士だった。

 元を正せば、オイラは普通の三毛猫だった。普通という言葉がオイラの場合は不適切であることは重々分かっている。雄猫として生まれることも稀なことながら、オイラは生まれた直後に両親に捨てられた。なぜ奴らは捨てることが前提にあってオイラを生んだのか?生殖行動の源流は種の保存であるはずだ。オイラが思うに、それは魔猫としてのオイラが生まれ落ちた瞬間に奴らが悟ってしまったのだ。これを手元に置いておけばいずれ我が子に命を喰らわれるのだ、と。

 まぁ、本当に昔の事だからあんまりよく覚えてはいないけど、魔猫として生を受けたオイラは実際にえげつないことをしてきた。野良猫の世界ではこのオイラを知らぬ奴は誰一人としていない。それぐらい、オイラは周囲に強い影響を与えた(主に悪い意味で)。

 屍(かばね)を喰らい、闇を住処とし、何者をも畏れない・・・・・・魔性の猫、それがオイラだった。当然、このオイラに近づこうとする者は誰もいなかった。

そう・・・・・・―――武志博士を除いて。

 

『・・・屍(かばね)を喰らう化猫が出ると聞いて来てみれば・・・お前がそうか?また随分と・・・・・・可愛い化猫がいたものだな・・・』

 不適な笑みを浮かべながら、博士はそう話しかけて来た。

 どうして博士はこのオイラを怖がらなかったのか?

 どうしてあの時、笑っていられたのか?

 そしてどうして・・・・・・あの苦味だけの甘くないチョコレートを渡してくれたのか・・・・・・。

 いつの間にか、オイラは博士の家でペットとして飼われていた。ペットなんて陳腐な言葉は使いたくはないのだが、傍から見ればペットそのものだった。

 博士は時折外に出て、オイラを連れ出した。よくわからないけど、博士の腕の中で抱かれていると、自然と闘争本能が抑えられて、何だか妙に心地よかった気がする。あの人の腕の中で抱かれている時だけが、オイラが唯一“普通の猫”でいることが出来た。

 それからしばらく時間が経過した。12歳、人間で言えばよぼよぼの爺さんになったオイラはある時、一人で散歩に出かけたがそれが結果として三毛猫ドラの最期だった。判断能力が低下していたオイラは、運悪く車に撥ねられ、そのまま息を引き取った。

 だけど気がつくと、オイラは何故かベッドの上で横になっていた。おまけに、生前の記憶を保ったままオイラは頭でっかちの上、サイドピカピカ、ずんぐりむっくりで短足のタヌキのような姿になっていた。

 原因は一瞬で分った。博士が何かしたのだと―――。

 オイラはこの体が嫌いだった。当初は今よりもそんなに機敏に動けなかったし、何より買い出しのために外に出れば、決まって街の連中が『ドラえもん』と連呼し、無駄に写真を撮ったりしてきた。それがオイラのストレスの一因となったことは明らかだ。

 だがストレスの原因の多くは、博士の生活態度が占めていた。研究者としては極めて優秀な人間であるが、研究以外の事は全てオイラに押し付けた。炊事・洗濯・料理に至るまでをオイラにたかった。オイラは決してお手伝い用ロボットとして生まれ変わったわけでもないし、好き好んでこんな姿になったわけでもない。そして何より、穀潰し博士の世話をする毎日を送るために生まれた訳じゃない!オイラにだって、人権ならぬロボット権があるはずだ。だけどあの人は都合のいい耳触りの良い詭弁を並べては、オイラの要求を全て撥ね付けた。要求が覆るたび、オイラは激昂し博士を半殺しにした。だけどあの人は、長官と一緒で人の言うことを聞き入れる人間じゃなかった。

 

 その一年後・・・・・・・・・博士が死んだ。

 仕事から帰ってきたオイラが目にしたのは、血塗れとなって倒れている博士だった。

 たちの悪い冗談かと一瞬思ったが、すぐに冗談ではないと気付いた。あの時は人生(語弊がある言い方だが)の中で一番酷く狼狽していた。

オイラは出来る限りの救命処置を博士に施した。だけど・・・あの人が目を覚ますことは、無かった。

 どうして博士が死ななければいけなかったのか?一体誰が博士を死に至らしめたのか?分かっていることは僅かだ。

 死因は銃弾を受けたことによる大量出血によるショック症状と酸素欠乏。使われた銃弾はベレッタM92。偶然にもオイラが所持しているものと全く同じ型番だ。凶器の銃は見つからなかったが、葬儀の後博士の遺品を整理していたら、遺言と思われる博士が死の間際に残した手紙が見つかった。中身はこう書かれていた。

〈アンブレラには気をつけろ。だが真実を知れば、お前はきっと私を許さないだろう〉

 アンブレラと言うのが恐らく、博士の死と密接に関係しているということは直ぐに分かった。そして、博士が死んでから直ぐオイラはその名を冠する会社の名前を知った。

 

 『アンブレラ社』・・・―――世界各地で事業を展開しているガリバー企業で、世界一の製薬会社を謳っている。

 社長の名前は、アルバート・ウェスカー。金髪オールバックのグラサンが特徴で、年中厚手の黒いコートを羽織っている。

 写真でそいつの顔を見たとき、オイラは途方もない悪意を感じた。できれば考えたくはないが、もしかしたら博士はこの男に命を狙われていたのか?世界一の製薬会社の社長だ。天才武志誠が持つ英知と技術を欲しがらないはずがない。

 その後もオイラはアンブレラ社と、アルバート・ウェスカーに関する情報を集めながら博士が残してくれた家のローンを返済するため、人並みに真っ当に働いた。

 そして現在――――――三毛猫だった頃から数えて、27歳となったオイラ。この世界の時間はゆっくりと流れ、日本と言う国は世界的も安穏とし、代わり映えの無いようであるような喧騒とした日常をくり返している。

 元々世の中に悲観的なオイラだが、人類の歴史を紐解けば、人間はある一定程度の豊かさを手に入れると、長い低成長の時代を経て、そこから生まれる新たな欲望から新しい何かを生みだしてきた。

 タイムトラベルシステムもその一つだ。宇宙からもたらされた神秘の秘石・クロノスサファイアがもたらした恩恵によって、人類はとうとう時を操る力を手に入れることに成功した。

 タイムトラベルシステムが完成し時間旅行が出来るようになってしばらくして、軽率な時間移動が横行したことで時空間が消滅の危機に陥るという大事件が勃発。以後不法な時間移動を禁止し、時間犯罪を摘発する事を目的に発足した対時間犯罪国際取締機関の発足が促され、TBT(時空調整者団体)という組織が立ち上がった。

 このオイラも、何を隠そうTBT捜査官の一員で、特別な部署に配置されている。

 〈特殊先行部隊(とくしゅせんこうぶたい)〉―――元々は横行する凶悪時間犯罪の早期解決のため現在のTBT大長官杯彦斎によって、独立性の高い少数精鋭部隊の実験のために立ち上げた組織【時間犯罪特殊先行部隊(じかんはんざいとくしゅせんこうぶたい)】の名残。当時の一分隊の優秀な捜査官を参謀に、選りすぐりのメンバーを選抜した隊員と、サルコファガス刑務所での一件で実力を評価されたオイラを含めた5人とで構成された。

もっとも、今となっては当時の面影はまるでゼロ。残った隊員はこのオイラひとり・・・TBTのお荷物。窓際部署だ。タマにまともな任務も回ってくるけど、主な仕事と言えば全ての部署の雑用。それに、ダメ長官のお世話・・・・・・ああ~憂鬱。

 だけど今度オイラに回ってきた任務は、この世界の存亡にかかわる重大事件へと発展するとともに、長年「独り」だったオイラにささやかながらではあるが、神様からのお恵みでもあったと言ってもいいだろう・・・。

 

 

7月13日 午前11時31分

TBT本部 特殊先行部隊オフィス

 

「時空波の乱れ?」

 サムライ・ドラは上司である杯昇流より、久方ぶりのまともな任務を申し付けられた。

「本日午前0時48分頃・・・座標軸0098・・・1603年、北緯35度41分。東経139度45分。日本の江戸時代で異質な時空波の乱れが観測された。現地には既に一分隊の捜査官が向かったが・・・6時間前に消息を絶った」

「だからオイラが調査に行けと?」

「親父がな、是非ともそうして欲しいと。お前なら軽いだろう、この手の依頼は?久しぶりの時空捜査だ。気合い入れて行けよ」

「あんたに上から目線で言われるとすっごく腹が立つんですけど・・・・・・しょうがないな。仕事だから行ってきますよ」

 そう言うと、ドラは仕事と割り切り、腰に愛刀「ドラ佐ェ門」を携えタイムエレベーターを管理する四分隊の格納庫へと向かった。

 ドラが部屋を出た後、昇流は隠していた作りかけのボトルシップを取出し、長いピンセットで瓶の中にパーツを入れていく。

「このまま帰って来なければ、俺的には一番幸せなんだけどな」

 ドラが万が一過去の世界から戻れなくなった場合、杯昇流にとっての人生最大の天敵が意図せざる事で完全に排除されることになる。とはいえ、長年家族同然の存在としてドラと共に時を過ごしてきた昇流は、どんなに口が悪くても、心の中ではきっとドラと繋がっていたいという想いがある筈だ・・・・・・ある筈だ。

 

 

TBT本部 第四分隊・タイムエレベーター格納庫

 

 数分後。格納庫へと到着したドラは、過去の世界における捜査申請書を提出した後、タイムエレベーターの中へと乗り込んだ。

「座標軸固定。エネルギー稼働率、100パーセント!」

「それではタイムエレベーターを起動します。衝撃に備えてください」

 四分隊スタッフはエレベーターの起動スイッチを入れ、時間軸と座標を設定し、ドラを指定された目的地・・・1603年の日本・江戸へと送り込んだ。

 

 タイムエレベーターは縦横無尽に動き回りながら、超空間の中を移動する。

 ドラ自身、たタイムマシンの形にこだわっている節はないが、少なくとも時空移動手段がどうして車のような形にならなかったという率直な疑問くらいはあった。

「ふう・・・なんでこのエレベーター・・・・・・全部ガラス張りなんだろう・・・」

 実はこのエレベーターは、周りがガラス張り(ガラスによく似た特殊素材)であるために中の様子が外から丸見えであった。長年、このタイムエレベーターを使って時間移動を行って来たが、この疑問だけは未だに解決できない謎であった。

 ピピピピピピピピピ!

「おや?」

 そのとき。エレベーターのセンサーが危険信号を感知した。何事かと思い、ドラが辺りを気にし始めた、次の瞬間。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

「どおおお!!?」

 突然エレベーターが大きく揺れ動き、中にいたドラは足元を崩し、尻餅をついてしまう。よく見ると、超空間の中で一時的な乱れが生じている様だった。

「ててて・・・・・・なんだよ時空乱流(じくうらんりゅう)か?」

 時空乱流は、一言で説明すれば時の流れの中に起きる落とし穴のことである。時折超空間の中で観測されるこの現象によって、行方不明となったタイムトラベラーはTBTの観測によれば、およそ348件という数の被害が出ている。

 巻き込まれれば二度と脱出不可能とされる時空の乱れに振り落とされない様に、ドラはエレベーターのスイッチを押し、自動操縦から手動操縦へと切り替える。

「ったく・・・人が真面目に仕事しようと思えばこれだよ。あ~胸糞ワリー!」

 ゴゴゴゴゴゴ・・・ゴゴゴゴゴ・・・

 巧みな操縦テクニックで、激しい時空乱流をどうにか乗り越えることに成功したドラは、目的地である1603年の日本、江戸幕府成立期の時間へと到着する。

 

 

 西暦1603年―――その頃、世界では何が起こっていたのか。

 この時代のヨーロッパでは小氷河期(しょうひょうがき)による世界レベルでの寒冷化が原因で17世紀の危機と呼ばれる混乱が生じ各国で飢饉、戦争、内乱が相次いだ。この結果、イギリスでは清教徒(ピューリタン)革命と名誉革命が起きて議会政治が、フランスではルイ13世によって、絶対王政が確立された。この混乱を免れたオランダは自由貿易により大いに栄えた。ロシア帝国は本格的にシベリアで世界最大の版図を築いた。東欧は西欧とロシアの従属的な地位に転落していった。

 ヨーロッパから現在における北アメリカ大陸への永久移民が入植した。また、西インド諸島でのプランテーション経営に多くの労働力を必要としたことから、北アフリカ諸地域から黒人奴隷が盛んに連れて来られるようになった(奴隷貿易、三角貿易)。さらに、イギリス・オランダなどが東インド会社を設立するなど、ヨーロッパ諸国はアジア、新大陸である現南北米地域との間で交易を活発にした。

 アジアでは西アジアのオスマン帝国、インドのムガル帝国と大帝国が繁栄、中国では明から清へ王朝が交代し17世紀後半には康熙帝の登場により最盛期を迎えた。

 我が国日本では16世紀末の関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康が1603年の3月24日(慶長8年2月12日)、天皇家より征夷大将軍としての将軍宣下が与えられ、これが一般的な江戸幕府の始まりである。

 

 

西暦1603年 3月14日

日本某所 森林地帯

 

 今回、ドラが調査へ赴いたのは江戸幕府発足からおよそひと月後となる慶長8年3月14日の午前10時03分の時間。

「よっと!」

 タイムエレベーターが超空間を抜け出し、座標軸へと降り立った。

 ドラはエンジンを切り、人目に見られない様エレベーターに隠匿マントと言う名の特殊道具を施し、辺りの様子を見渡した。

 史実に基づけば、江戸時代初期は空前の土木建設ラッシュの時代だった。長く続いた戦国の世が終わりを告げ、幕府や大名は都市建設に重点を置くようになった。木材需要が加速度的に高まっていったのだ。しかしその一方で、急速な伐採による山の貯水力は低下し、禿山(はげやま)となったことで大雨が降ればたちまち土砂崩れが発生するという弊害も生じた。百年後となる1664年、尾張藩が調査を始め、1665年には林政が施行され、百姓の山林の利用を限定するようになったという。

 急激な森林伐採が進んでいると言っても、17世紀初頭の日本は現代と違い、シダやソテツと言った樹木が所狭しと生えている。見渡す限りの自然がドラの視界に映し出される。

「す―――・・・は―――」

 ここで、ドラは排気ガスなどで汚れきった空気が充満する現代とは全く異なる、自然そのものの味を堪能しようと、空気を思い切り吸い込んだ。そして改めて、この時代の空気が非常に澄んでいるということを実感した。

「さすがに空気が旨いな。これがあと何百年もしないうちに汚れきったものとなると・・・人間の営みって言うのはつくづく利己的だよな~」

 人間行動がもたらす文明の進歩は著しく、我々に多くのものをもたらしてきた。だがその影で、我々が失って来たものも大きい。イギリスで起こった産業革命以降、資本主義の発達とグローバル化の進展は、我々の価値観を一変させた。

 かの哲学者フリードリヒ・ニーチェの有名な一言「神は死んだ」という発言から、人々はあたかも自然を物質としてとらえ、生命を持たないが故に人間が自由に管理できるものと言う誤った認識を与えるようになった。

 事実、その認識は“農作物”という言葉からも見ることができる。我々は農作物という言葉をついつい“のうさくぶつ”と言ってしまいがちだ。これは“のうさくもつ”という表現が正確である。“のうさくぶつ”と使われるようになったのは、ちょうど近代に入ってからだ。“もつ”は自然とともにあるもの、つくるものを言い、“ぶつ”とは人工的な工業製品を言う。この事からも、人間は徐々に自然との触れ合いを失い、利己的な社会を形成していったのかが分かるだろう。

「さてと。時空波の乱れが確認されたのは・・・ちょうどこの辺りか」

 森を抜ける前に、ドラはこの時間で起こった時空波の乱れが最も著しい箇所を端末で確認し、現在の場所から5キロほど離れた場所でそれが起こっていることを理解する。

「こっちに来る前にも、時空乱流が起こっていたからな。多分、誰かが不用意に時間に干渉したからなんだろう。にしたって、なんで一分隊の尻拭いをオイラがしないとならないんだ・・・」

 色々と言いたい事や不満を募らせるドラだが、これも仕事だと割り切って、森を抜けるために再び歩き始めようとした。

「・・・ん?」

 その時。微かだが、森の中からカサカサと何かが動く音が聞こえた。

 ドラの聴覚機能は電子頭脳に組み込まれており、外部からは見えないものの、聴覚を感受する「高感度音波測定イヤー」と呼ばれる装置が、頭部両側に内蔵されている。それと同時に耳は集音機であり、この装置と併用して遠くの音や人間の耳で聞き取れない音波を感知でき、町中の音を聞きわけることができる。ドラはその能力によって、人間と思われる動物が辺りを動き回っていることを確認する。

「・・・・・・ふん」

 先を急いでいるドラにとって、それがたとえ害意を持つ者であっても、正直な話関わるだけ面倒くさいと思っていた。ドラは、特に警戒する様子も無く森を抜けることにした。

「待ちな」

 だがその直後。先を急ぐドラを塞き止める声が、森の中から聞こえてきた。

「とう!」

 森の茂みから物陰が飛び出してくると、ドラの視界に映って来たのは、首元にマフラーのような布を巻きつけ、左腰には剣客らしく刀を携えた後ろ髪を縛った男。

(のぶせりか山賊か・・・・・・そのどちらとも似つかわしくない強い目をしている)

 ドラは男の瞳から伝わってくる覇気が確かなものであることを理解し、目の前の男が武士崩れののぶせりや山賊であるとは、安易に思えなかった。

「へへ。この山に足を踏み入れたのが運のつきだったな。俺は山中幸吉郎(やまなかこうきちろう)・・・―――巷じゃ泣く子も黙る凶悪山賊って言われてる」

 しかし、ドラが心中思っている事とは裏腹に、幸吉郎は自らを山賊と自称し、おもむろに腰に差した愛刀「狼雲(ろううん)」を抜き放つ。よく見ると、鎺(はばき)の部分が若干長方形状に突出しており、そこに「狼雲」の銘が彫られている。

「自分の運の悪さを呪うんだな。てめぇの腰の刀を、俺に寄越せ!」

「・・・・・・嫌だって断ったら?」

「はっ。わざわざ尋ねるまでもねぇだろ・・・・・・そんときは」

 次の瞬間。幸吉郎は地面を強く蹴ると同時に勢いよく前に飛び出し、ドラに向かって斬り掛かって来た。

「つらあああああああああああ!」

 ―――カキン!

 凶刃を向ける幸吉郎だったが、その凶刃がドラに当たることは無かった。ドラは直撃を受ける寸前に、幸吉郎の刃を受け流す。

「ちっ」

 幸吉郎はその事が気に入らなかったのか、踵を返すとともに間髪入れずに二撃目を加える。だが、それでもドラに当たることは無かった。

 徐々に苛々が募っていく中、幸吉郎は一旦ドラから離れ、距離を保ちながら戦意の感じられないドラに尋ねる。

「どういうつもりだ?てめぇ・・・なんで刀を抜かねぇ?俺はてめぇを殺してでもそれを頂戴するつもりだ。それとも、俺じゃ刀を抜くまでとでも言いてぇのか?」

「別にそう言うつもりじゃないけど・・・・・・オイラ、こういうガツガツしたやり取りが嫌いなんだ。それにさ、悪いけど運がないのはお前の方だよ。だって、オイラ・・・ただの人間じゃ殺せないどころか、逆に殺されちゃうからさ―――」

 そう言うと、ドラは真顔を浮かべながら禍々しい覇気を放出し、目の前の幸吉郎にぶつける。幸吉郎はこれまで味わった事の無いその覇気の大きさに、全身から汗が吹き出す。

(な・・・なんだこいつは・・・・・・こいつは本当に・・・・・・奴の・・・?!)

 狼雲を握る幸吉郎の手が小刻みに震え、喉仏に掛けて額から多量の汗が流れ落ちる。

「・・・はっ!おもしれー!俺はこんな愉しいときが来るのをずっと待ってたんだ!」

「オイラは微塵も楽しくないけどね。まぁ、そんなに戦いが御望みなら――――――」

 そう言いながら、面倒だと思いつつ、ドラは幸吉郎と戦うために愛刀を鞘から抜き放つ。

 刀を抜いたドラに対して、幸吉郎もそれに全力で答えるため刀を構えると、ドラは無味乾燥とした言葉を呟く。

「行くか?」

「おう。どっからでもかかってこいや!」

「・・・・・・そう」

 ドドドドドドドドドド!!!

 刹那。幸吉郎の視界からドラの姿が消えてしまったと思えば、ドラは目にも止まらぬ高速移動術―――縮地(しゅくち)を駆使し超高速で移動をしながら幸吉郎の目を惑わせる。

(速いっ!なんだこいつ・・・一体どこから・・・!)

 あまりの速さに目が追いつかない幸吉郎。

 と、その直後。ドラが目の前に現れ、太刀筋のほとんど見えない剣を振るって来た。

「く・・・!」

 幸吉郎は辛うじてそれを受け止めることが出来たが、その衝撃は凄まじく、足元が陥没する程の圧力が刀を通じて全身に伝わってくる。

 森が二人の戦いに呼応するように鳴き始める。幸吉郎はドラの太刀筋を受け止めながら、この防戦一方状態に険しい顔を浮かべる。

(お、重いっ・・・!)

「苦しんでるようだな。じゃあ・・・もっと苦しませてやるよ」

 ドラは幸吉郎をさらに追い詰めるため、剣の乱れ打ちとばかりに、刀を高速で振るい、幸吉郎を後退させていく。

 カキン!カキン!カキン!

(ぐ・・・な、なんだこいつ・・・!!重いだけじゃなくて、ムチャクチャ速い!)

「ふん!」

 ドラの最後の一撃をどうにか受け流し、直撃を避けた幸吉郎。

 しかし先ほどのやり取りの最中に、額から擦り切れ、一筋の血が流れ落ちてくる。

「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ・・・・・・」

 圧倒的な力。そして、圧倒的な存在感。山中幸吉郎は生まれて18年・・・これほどまでに強い相手と戦ったことは無かった。常識では考えられない速さで動き回り、一太刀一太刀がとても重い。何より、そんな一撃を仕掛ける敵の姿はタヌキに近いもの。

 だがそれでも、幸吉郎は嘗てない強い敵との戦いに胸の高鳴りが収まらない様子で、寧ろこの戦いをもっと味わい尽くしたいと思い始める。

「・・・・・・初めてだぜ」

「何が?」

「産まれてこの方、こんなに愉しい時はよ!!」

 幸吉郎は自慢の脚力で地面を強く蹴って、空中へと舞い上がりながら、ドラに向けて刀を振り下ろす。

「だらああああああああああああ!」

 カキンッ!!

 ドラは高揚感でワクワクしている幸吉郎とは裏腹に、非常に冷めた表情を浮かべながら、幸吉郎の凶刃を受け止める。

「そりゃよかったね。オイラは全然愉しくないけど」

「なら、俺が愉しませてやるよ!」

 幸吉郎はその後も剣を振るい続け、ドラは幸吉郎の剣を受け流しながら戦いの頃合いを見測ろうとしていた。

「ち。これじゃ埒がねぇな・・・・・・仕方ねぇ。あんたにならこいつを見せてやってもいいだろう」

「あっ?」

 言葉の意味が分かりかねるドラと、何らかの策を用意している様子の幸吉郎。

 すると、幸吉郎はドラと大きく距離を置くと、手に持っている刀を垂直に構えてから、腰を下ろした比較的低い体勢から、剣を水平に倒していく。

「すっ――――――」

 呼吸を整えながら、幸吉郎はドラに狙いを定めて勢いよく地面を蹴り、加速に乗せて剣を前方へと突き出した。

「つらあああああ!」

「!」

 ドラは本能的に、この一撃を危険と判断し、刀で受け流すことはせずに幸吉郎の呼吸に合わせてこれを回避する。

 

 ドカ―――ン!!!

 

 幸吉郎の一撃は、これまでの剣の勢いとは比べ物にならぬほどに破壊力に特化しており、射程範囲内に入っていた岩が砕け散るほどのものだった。

「なっ・・・!!!」

 流石のドラもこれには目を疑いたくなった。ただの人間、それも大戦が終焉を迎え泰平の世となった江戸時代で、人間離れした力の持ち主に出会ったのだから。未来の世界では肉体強化のためにドーピング技術が進歩しているが、この時代には勿論そんな便利なものがある筈がない。

「どうだ、驚いたか?こいつは刺突(つき)を昇華させた狼猛進撃(ろうもうしんげき)ってもんだ。今のはあんたの力を図るために手を抜いたが、次からは容赦はしねぇ」

「・・・・・・」

「あんた、本当に強いな。だからこそ、俺の力の全てをぶつけてあんたに打ち勝つ!」

 幸吉郎は持ちうる技術の全てを用いて、ドラに打ち勝つという旨を伝えると、再びドラに一撃を加えるため、狼猛進撃の構えを取り初速からいきなり最高速度に達した凄まじい刺突を繰り出す。

「狼猛進撃、壱式・牙狼撃(がろうげき)!!!」

 ドラは幸吉郎自慢の刺突を、直撃を受けない様に彼の呼吸に合わせて回避する。

「まだまだ!弐式・風花(かざばな)!!」

 幸吉郎の猛攻はとどまることを知らない。だがドラはいつまでも彼とかかずらっている暇はない。早くにこの戦いを切り上げて、任務に戻らなければならないのだ。

「ふん!」

 ドラは幸吉郎の攻撃を受け止め、それから距離を取ると、幸吉郎に対してつぶやく。

「・・・・・・やれやれ。ただの人間だと思って甘く見てたけど、お前・・・強いよ」

「そいつはありがてぇな」

「だけどオイラも暇じゃないんだ。気の毒だが、そろそろ終わらせるよ」

 ドラは両手で刀の柄を握り閉めた。そして精神集中をしながらおもむろに目を瞑る。

「人侍剣力流――――――」

「・・・!!」

「刹那乱閃(せつならんせん)」

 それは一瞬の出来事だった。幸吉郎の視界からドラが消えたと思えば、幸吉郎の体にいつの間にか激しいうち身の痕が生じていた。

「がっ・・・・・・・・・」

 頭で理解するまでも無く、幸吉郎の体は悲鳴を上げると同時に、力尽きてその場に倒れ伏した。

 

 

 焦燥・・・歯がゆさ・・・苛立ち・・・。俺の心は、そんなもんでいっぱいだった。

 戦乱の世が終わりを告げ、世界は泰平の時代を歩むようになっていった。俺は泰平の世が訪れる18年前に、この世に生を受けた。実家は貧しい大根農家。まともに飯を食うこともままならない、そんな毎日を送りながら俺は生き続けた。

 両親は、俺が十歳(とお)の頃。流行病にかかって死んじまった。特に身寄りの無かった俺は、一つ覚えの剣術と死体から剥ぎ取った狼雲だけを武器に、各地を流浪する日々を送っていた。

 山賊となった俺の前に、これまで何人もの強者が現れたが、俺を打ち負かした奴は一人もいなかった。

 戦いに明け暮れる日々・・・・・・だが、俺の心はちっとも満たされなかった。

 この世界は俺のいるべき場所じゃねぇ。俺の居場所はどこにもねぇ。

 戦いと痛み・・・・・・それだけが、俺にとっての真実だった。

 あの人と、出会うまで――――――。

 

 

「待ち・・・・・・やが・・・・・・れ・・・っ」

 幸吉郎はドラと戦い、ほぼ一方的な形で敗北し、体中打ち身だらけとなった。しかし、そんな打ち身だらけの幸吉郎は去り際のドラに話しかけてきた。

 ドラも少々驚いたものの、落ち着いた表情で幸吉郎に話しかけた。

「・・・驚いたね。まだ動けるんかい」

「どういうつもりだお前・・・!何で刃で斬りかかって来ねぇんだ!!お前の勝ちだ!斬り殺して行け!!」

「悪いね。先を急いでるし、無益な殺生はしない主義なの。大体、わざわざ止めを差してやる義理も無いだろう?」

「ふざけんな・・・バカにしてんのか!?殺せ!!!」

 剣士として生き恥をさらす事を、自分の矜持を汚す事と同義と考えていた幸吉郎は止めを差すよう頑としてドラに訴え続けた。

 その言葉を聞くと、ドラが呆れながら幸吉郎の方へ近づき、沈んでいた彼の胸ぐらを掴み上げる、彼と目線を合わせ―――

「ふざけんな。お前も戦いが好きなら、殺せだ何だと喚くんじゃない。負けを認めて死にたがるな!死んで初めて負けを認めな!」

「・・・・・・!」

 それまでの自分の価値観を180度覆すドラの力強い言葉に、幸吉郎は呆然とし、その後もドラは自分の言い分をぶつける。

「負けて死に損ねたら、それはお前がツイてただけのことだよ。その時は生き延びることだけ考えな!」

 幸吉郎は何も言わず、ただただ言葉を失っている。

「・・・ったく。武士道だか男気だか知らんが、そんな下らないことにイチイチこだわるなんて、どうかしてるよね。でも、そう言う風潮がこの時代では罷り通っているなら、それは別に悪くないんじゃない。オイラは流れに任せて生きているにすぎないけど・・・・・・兎に角だ。生き延びるだけの運があるなら、悔いなくその運を使い切りなね」

 ドラは話しを終えると、幸吉郎を掴んでいた手を放し、放心状態に近い幸吉郎の前から再び立ち去ろうとする。

「じゃあね」

 解放された幸吉郎は、数秒間放心状態を保っていたが、我に返ると居なくなろうとするドラに顔を向け、慌てた様子で尋ねる。

「・・・ま・・・待ってくれ・・・!!あんた・・・あんたの名を教えてくれ・・・!!」

 それを聞き、ドラは立ち止まってから幸吉郎へと振り返り、自分の名前を力強く名乗った。

「―――オイラは魔猫。“サムライ・ドラ”だ!!」

「サムライ・・・・・・ドラ・・・・・・」

 おもむろにドラの名を復唱する幸吉郎。ドラは戦いを終えると、自分の任務を遂行するため深い森の中を抜けて行った。

 傷を負った幸吉郎は地面に突き刺さった愛刀を抜くと、全身に奔る痛みを気にする間もも無く、ドラを探しに森を抜けた。

 彼が森を抜けると、辺りには開拓された広大な農地が広がっていた。

 足元を見ると、幸吉郎は人間の足の形よりも楕円形に近い丸の足跡が残っていた。

「これは・・・・・・」

 おそらく、これがドラの足跡であることは間違いない。

 幸吉郎は自分の怪我など無視して、もう一度ドラと会いたい。もう一度戦いたい。そんな気持ちを募らせながら、体を引きずり、ドラの足跡を辿って行った。

 

 

 

 全ての物語が、この時間より始まり―――やがて未来へと繋がって行く。

 

 

 

 

 

 

短篇:もしもシリーズ~教師~

 

 迷走する教育現場。

 最近ではモンスターペアレントに加えてモンスターチルドレン、なんて言葉も出てきました。

 教師と生徒とのコミュニケーション不足、信頼関係の希薄化・・・問題は山積み。

 今日は、もしもドラが腰の低い教師役で不良生徒ばかりが集められた教室に入ったら・・・・・・そんな場面を想定していきます。

 

 

TBT学園 3年B組

 

 ガラガラ・・・と、扉を開ける。

 高校教師ドラは学園一腰が低い教諭。そんな彼が学園一問題児が多い教室に入る。

「はいはい、おはようさん・・・」

 教室は札付きの悪共が集まった魔の巣窟。

 授業態度は最悪。校則は完全に無視され、高校生の癖にタバコを吸ってる奴もいる。

 どんよりとした空気。この重たすぎる空気を払しょくするのは一筋縄じゃいかない。

 ドラは生徒たちの顔色を窺いつつ、勇気を持って声を出す。

「あの・・・起立、礼!・・・ってのはないのかな?」

「ねぇんだよ」

「あるわけねぇだろバカヤロウ」

 クラスの頭目・山中幸吉郎と相方・三遊亭駱太郎が鬼のような目つきで睨み付け罵倒。

「あ・・・はいはい。結構結構」

 ちょっとした威圧でもドラは簡単に腰が低くなる。

 引き攣った笑みで態度の悪い生徒たちと向き合い、おもむろに語り出す。

「えーっとね・・・今日はね授業に入る前にひとつ、ちょっとお話があるんだ先生から、ね。あの・・・最近ね高校生の非行化というのが非常に問題になってるんだ。まぁひとつには生徒と教師のコミュニケーションの不足、この辺に原因があると思うんだ。まぁ2、3・・・ほんの2、3注意しておくよ」

 一応は耳を傾けてくれているが、すべての生徒に共通して言えること。教師を―――ドラを完全に舐め腐っている様子だ。

 ドラはそんな彼らに益々腰が抜ける。

「あはは・・・・・・まぁなにやっても構わないんだけどさ、これだけはひとつ守ってもらいたいな。えーっと・・・まぁあの高校生なんだからあるからして、羽目をはずして盛り場だけはうろちょろしないように」

「なんだおめぇ!!」

「ふざけんじゃねぇぞ!」

「私たち馬鹿にしてるんですか!!」

 一斉に物が教壇目掛け投げつけられる。

 ボールから三角定規、その他凶器になりそうなものが挙ってドラへ向けられる。

 自分の身を守るためドラは咄嗟に、教壇の下へ隠れる。

「おい先公、ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞバカヤロウ!!!」

「盛り場のどこが悪いんじゃコノヤロウ!!ああ!!言うてみろ!!」

「なめんじゃねぇぞドラ猫!!」

 高圧的な態度。ドラは膝をガクガクさせ、教壇の下から頭を出す。

「・・・・・・盛り場結構!!あんないいとこございません!もうね社会勉強に盛り場結構!!大いにいらっしゃい!!もう~大変結構でございます!」

 あっさりと降伏。注意する側が注意、もとい脅迫されるようでは意味がない。

「ただね、これだけはやめましょう、ね。髪の毛染めたり剃り込みしたり。これだけはやめましょう!!」

「髪の毛ピンクに染めて何が悪いんですか!!」

「剃り込み万歳じゃボケ!!」

 またしても暴動。

 ドラは前方より飛んでくる様々な凶器を躱し、教壇下へ潜る。

「こりゃクセっ毛なんだよ!文句あんのか俺にコノヤロウ!!」

「俺たちにいたっては剥げてんだぞバカヤロウ!!」

「なめんじゃねぇぞコノヤロウ!!」

 黒板へ突き刺さった多種多様な凶器。すいません、すいませんと生徒たちに平謝り。

「・・・何にでも染めちゃってください!!大いに結構です!!剃り込みも大いに結構!剃り込みすばらしいよね、青々清々しい!!あれぞ正に青春のシンボル!!・・・ただしね、これだけはやめましょう・・・暴走族、ね?」

「いちいち難癖付けやがって!!」

「暴走族のどこが悪いんだ莫迦たれが!!」

「こちとら免許もってねぇんだぞアホタレ!!」

 三度目のデジャブ。

 とうとう躱しきれなくなって、ドラの体に凶器と言う凶器が当てられる。

 もうひっちゃかめっちゃか。収拾のつかない状況にドラは思わず涙する。

「・・・・・・暴走族結構!!すばらしい、あのスピード!私は見ての通り短足!ペダルに足が届かない!!だからみんなが本当にうらやましい!!・・・・・・ただ最後にひとつ、これだけはやめてもらいたいの。是非一つ///」

 泣きながら、ドラは上着を脱ぎ始める。

「どんなことがあってもね・・・・・・刺青だけはやめてもらいたい///」

 言いながら、背中に掘られた魔猫の刺青を生徒たちへ公開。

 そのあまりの恐ろしさ、おどろおどろしさ、そしてドラの素性を知った瞬間---生徒たちは挙って震え上がり、それまでの態度を改める。

「大変御見それしました!!」

「ご無礼をお許しください!!」

 畏まった生徒たちを見ながら、ドラは隠しもっていた刀を取出し、刀身に自らの顔を映しながら「わかりました?」と問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その49:負けを認めて死にたがるな!死んで初めて負けを認めな!

 

ドラにとって敗北とは死ぬことである。生きてる限り抗い続ける精神のドラにとって、当時の武士道はまるで理解できなかった事だろう。(第52話)




次回予告

ド「時空波の乱れの原因を突き止めたオイラの前に現れたのは、進化したサムライアリと、奴らによって働かされている一分隊の連中だった」
「誰かがバイオテクノロジーを悪用したのだろう。進化したサムライアリの脅威が襲いかかる中、オイラの前に現れたのは・・・・・・」
「次回、『鋼鉄の絆 其之弐 万砕拳の駱太郎』。次はR君との出会いだ!」

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