サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「西暦5523年の2月に起きた武装集団49ers(フォーティーナイナーズ)によるサルコファガス占領事件。今日はそのクライマックスだ」
幸「そしてもうひとつ重大な報告だ。一応今日の話が『サムライ・ドラ』の第1シーズンの最終回となっている。次回からは『サムライ・ドラ』の第2シーズンが始まるってわけだ!!」
ド「第2シーズンも1期に負けず劣らずパワフルでツッコみどころ満載のハチャメチャな展開にしていこうと思っているから、数少ない読者の皆さん方。どうか末永くお付き合いください。じゃ、気を取り直して・・・『サムライ・ドラ』第1シーズン、サルコファガス編最終回をどうぞ!!」



リゲイン・ザ・サルコファガス

西暦5523年 2月2日

サルコファガス最高時間刑務所 処刑室

 

「なぜこんな事をするの?」

 電気イスに座らされたマクフィアソンから唐突に発せられた質問。ドニーは振り返り「今さらその質問か?さっき説明したろ」と、淡白に答える。

「金塊が欲しいのは分かったけど、執着心が普通じゃないわ。何が理由があるんじゃない、ね?何があったの?」

「カウンセラー気取りか、何が聞きたい――――――オヤジに虐待されたとか?お袋にレイプされたとか?」

「されたの?」

 ドニーはマクフィアソンの目をじっと見つめながら、一歩ずつゆっくりと彼女へと歩み寄ってくる。

「あんたの話も聞かせてもらおう。今年のバースデーケーキにはロウソク何本立てた?女性に年を聞くのは失礼だがな。あんたはそんな俗っぽいこと気にしないだろう。最年少の最高裁判事。しかも女では史上3人目。今に歴史の本に載る」

 イスの周りをぐるりと一周し、再びマクフィアソンを見ると―――どこか遣る瀬無く、切ない感情を孕んだかのようなそんな瞳を浮かべていた。

「・・・・・・私は53歳よ」

「53歳か・・・・・・・・・53にしちゃいい女だ。俺はもうちょい若いのが好みだけど、どうだろう」

 マクフィアソンの白い肌を愛でる様に、ドニーは黒ずんだ手で触り、恐怖に堪え強張っている彼女の匂いを直に嗅ぐ。

「ん~・・・・・・いいね、まだ色気が残ってる。頭もいいんだろうな。なのに、どうして結婚しないんだ?」

「・・・・・・プロポーズされないから」

「忙しすぎたのかな。女性の権利を主張したり、賃金の格差を訴えたり、中絶合法化の運動で戦ってきたわけだ。その間ずっと、男を忘れてた。年だけとり、そのうちタイムリミットが来て、もう子どもは作れない。華々しい人生も晩年に差し掛かった今――――――あんたに何がある?何もだろ。犬も飼ってない」

 まるで心臓を抉り出すかのような痛烈かつ棘のある皮肉の数々。マクフィアソンの心の中にある闇、弱さが次々と掘り起こされていくと、あまりに本当ゆえに彼女の瞳からは涙が零れる。

 ドニーの言う通り、マクフィアソンは仕事に悩殺されることで男と言う存在を忘れていた。もっと女性にとって住みよい社会を実現させるため、男女が今よりも諍いの無い世界で平和に暮らせるよう―――自らを犠牲に改革を推し進めてきた。

 結果、一定以上の成果は確かに得られたかもしれない。だがジェーン・マクフィアソンという一人の女性の人生がそのための礎となった。

 気が付けば50代・・・半世紀が過ぎ、婚期を逃した彼女に残ったものは何もない。年老いた家族とは離れて暮らしているから家に帰っても彼女を迎え入れてくれるものは、誰一人いない。

 絶対的な孤独―――その事を今になって嫌というほど突き付けられた。

「仕事があるわ・・・・・・///私の事はいいから、あなたの話をして」

 震えながらも必死に声を出し、目の前のドニーに呼びかける。

「悪いな。折角正直に話してくれたのに。涙まで流してさ。でも俺の方は心の傷なんて関係ない。単純明快、一生に一度のチャンスに飛びついただけだ」

 そう答えた直後。処刑室の天井からバンッ、という物音が聞こえたと思えば―――ドラに斃された6の部下が宙づりになって降ってきた。

 全員が驚き身構える。宙づりになった男の胸部に『BYE BYE』と書かれた紙が貼られていた。

 次の瞬間。男の手に握られた催涙ガスが一気に噴き出し、部屋中へと拡散する。

 予想外のサプライズに対応ができなかったドニーたちは目を閉じ床に伏せる。瞬く間に部屋全体が白い煙で満たされると、天井裏に忍び込んでいたドラがサングラスとガスマスクを装備した姿で降ってきた。

 マクフィアソンの前に降り立ったドラは、イスに座ったまま噎せ返る彼女に酸素ボンベを提供。側に居たレスターにも同様の処置を施した。

 これと同時進行で、ドラと行動を共にしていたニックが電気イスを上げ下げするためのハッチの開閉スイッチを起動。ドラはレスターとマクフィアソンの二人をドニーから取り返し脱出を試みる。

「は、判事が・・・///」

「早く、降りて!こっち!」

 ハッチの下に控えていたニックの手によってレスターが解放された。この瞬間、処刑室と繋がるハッチの扉が完全に閉ざされる。

「誰かこのドア開けろ!」

「レスターと逃げろ!」

「おめぇを置いてけねぇ!」

「いいから行け!早く!!」

 ドラに強く言われたため、止む無くニックはレスターとともに現場を離れる。

「早く助けて!イスから降ろして!お願い!!」

「さっさと開けろ!」

 電気イスからマクフィアソンを解放しようとした矢先、ハッチの扉が開放され銃器を持ったドニーたちが鬼のような形相でドラを見る。

「また来る!」

 ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。

 逃走するドラ目掛けてドニーはすかさず発砲。辛うじて銃弾から逃れたドラだが、ドニーはかつて味わった事のない屈辱に怒り心頭だった。

「ライフルを貸せ!俺に付いてこい!」

 数名の部下たちを率いてドニーは自動小銃片手にハッチの下へ潜り込み、逃げるドラの行方を追った。

 ドン。ドン。ドン。

 刑務所内を疾走するドラは、背後から近づくドニーたちに発砲。

 ダダダダダダダダ。ダダダダダダダダ。

 武器が拳銃であるドラに対し、相手は自動小銃。圧倒的な機銃掃射が狭い通路を逃げるドラを追い詰める。

 ドン。ドン。ドン。ダダダダダダダダ。

 入り組んだ通路という通路を駆け抜けるうち、ドラは巨大なボイラーが設置された部屋にやってきた。

 場所が少々厄介だった。こんなところで銃器など使えば、大惨事にもなりかねない。

 念のため手持ちの銃の弾倉を調べてみると、弾倉の中に弾は残っていない。これで自分から発砲できる機会は失われた―――途方に暮れるドラは深い溜息を漏らした。

 だが完全に諦めたという訳ではない。むしろピンチだからこそ、この状況を上手い具合に利用しようと考えた。

 周りにある可燃性の高い物質が入ったドラム缶や天井からぶら下がったチェーンなど、使えるものはそれなりに多かった。

 

「こちら彦斎。先ほど銃声が聞こえたのだが、何かあったのか?」

『無いよ。何もかも順調』

 彦斎の呼びかけに応じたのはドニーではなく、6だった。女性の構成員がいた事をドラから聞かされていなかった彦斎は少々困惑しながらも再度尋ねる。

「なんで知らない奴が答えるんだ?誰だ貴様?」

「私はナンバー2、女王様だよ。ヘリはまだなの?」

「まだ36分あるはずだがな」

「あんた奥さんいるんでしょ。知ってる、女は待つのが嫌いなの。だから早くヘリをよこしなさい!」

 強い語気で言う彼女は唯一取り戻したマクフィアソンへ近づき、「さもないとこの色白女を黒こげにする」と殺気に満ちた目で彼女を見ながら脅迫する。

 この直後に通信が途絶えた。最早悠長な事を言っていられる状況ではなくなった。痺れを切らした犯人がいつマクフィアソンの命を奪うかもしれない緊迫した状況―――人命を重んじていた彦斎は、彼らの要求を呑まざるを得なかった。

「ヘリを送ってくれ」

 

 その頃、ドニーたちは逃走したドラを追討するため彼の足跡を辿ってボイラー室へと到着した。

 迂闊に銃器が使えないこの室内では誰もが慎重な行動を求められる。この部屋に隠れた魔猫を仕留めようと躍起になるドニーと、彼を守るように四方を囲む部下たちがレーザーサイトでドラの居所を突き止めんとしていた―――次の瞬間。

 ダダダダダダダダ。ダダダダダダダダ。

 兵士の一人が怪しげな物音を感じとり、発砲した。多くの銃痕が残った鉄製の扉が前に倒れ、部屋の中の様子が露わになる。

 おもむろに中に入ると、火の点いたタバコが可燃物質が入ったドラム缶の上に無造作に置かれている。しかもよく見ると、タバコは蓋の開いた口元に置かれていた。

 男が危機感を覚えた直後、燃え尽きたタバコがドラム缶の中へと落下―――赤々とした強い光が熱を伴い急速に広がった。

 ド―――ン!!!

 爆音に気付いたドニーと残り部下たちは額に汗を浮かばせる。魔猫はこの部屋のどこかに隠れている事は間違いない。だが一歩間違えれば先ほどのような報復を味わう事になるだと、十分に理解し―――彼らはドラの捜索を続ける。

 二人の兵士は足音で気付かれないよう、細心の注意のもと広いボイラー室を歩き回る。だがそんな努力の甲斐も無く、隠れていたドラが姿を現し容赦ない攻撃を加えて来た。

「「ぐああ」」

 格闘能力に優れた相手だろうとドラは怯まない。自分がこの世で最も恐ろしい魔猫であるという自負がある限り、どんな人間にも屈すること無い。

「「うわああああああ」」

 まんまと罠にかかった二人組の男を高所から突き落とし、再起不能とする。

 残るはドニーのみだが、これまでの雑魚と違って簡単に制圧できる相手でない事を重々理解しなければならない―――ドラは弾の入っていない拳銃を装備しどこかに身を潜めているドニーの捜索を開始する。

 ドラがドニーの捜索をしているのと同じように、ドニーもまたドラを探していた。だが運の良い事にドニーの方が先にドラを見つけた。

 好機を窺ったドニーは天井から吊るされたチェーンに飛び乗り、ドラに向かいながら自動小銃による機銃掃射を炸裂する。

 ダダダダダダダダ。ダダダダダダダダ。

 凶弾を躱すと、ドラもまたチェーンに飛び乗り、すれ違いざまにドニーの手からライフルを弾き飛ばす。さらにそこから反動をつけ、ドニーの顔面を蹴りつけそのまま地面の下へ叩きつけようとする。

 しかしドニーはこれに耐え、何とかチェーンにしがみ付く。そして先ほどの仕返しとばかりに向かって来たドラの顔面に蹴りを喰らわせる。

 ドニーから反撃を受けたドラと、反撃を入れることに成功したドニーは互に反動をつけ、二人同時に蹴りを炸裂する。互に撃った攻撃が相殺され二人はほぼ同時に地面に足を下ろした。

「抵抗は無駄だ!」

 僅差だが、先に地に足を付けたドラが拳銃を突き付けドニーの降伏を求める。

「でも弾切れだろ海坊主」

「あまり聞かない悪口だけど、わかるのか?」

「わかるんだよ。もう全部撃ち尽くしたはずだ」

「確かなのか?」

「ああ確かだ」

 額に多量の汗を浮かべるドニーから突き付けられた言葉。ドラは口角をつり上げると、空になった弾倉を取り出した。

「正解。弾倉は空っぽだが、銃身に一発あるかもな」

「ねぇっつってんだろ」

「だったら抜けよ」

 ボイラー室の異様な熱気に加え、いつどちらが斃されてもおかしくはない逼迫した空気。一瞬たりとも気が抜けない中、ドラの誘いに乗ってドニーが右脚のホルスターから拳銃を取り出した次の瞬間―――ドラは引き金を引いた。

 カチャ・・・・・・。

 銃身に弾は残っていなかった。ドニーは口元をつり上げ「ハッタリかよ?」と嘲笑。

「ハッタリじゃない。不発って奴だ」

「レスターは?」

「自分で捜せ」

 このとき、ドラの直ぐ足元に倒れていた部下が最後の力を振り絞って自動小銃を手に取ろうとしていた。

「くたばりやがれ!」

 ダダダダダダダダ。

「ぐっは!」

 ドニーがほぼ同じタイミングでドラに攻撃を加えようとした瞬間、応援に駆け付けたニックが死にかけている男を斃した。慌ててドニーはドラへの攻撃をやめ、ニックに向けて拳銃を発砲する。

 部下たちを全員殺され自分に味方する者が誰もいなくなってしまった事もあり、ドニーは早々にこの場からの撤退を決め込んだ。

 彼を追うとしたニックだったが、ドニーの逃げ足も相当に早かった。ドラが合流をした時には、ニックは完全にドニーの姿を見失っていた。

「チクショー!」

 

 

サルコファガス最高時間刑務所 処刑室

 

 生と死のギリギリの状況を脱し、ドニーは処刑室へと戻った。

「ヘリは着いたか?」

「来た。レスターは?」

『ここだ』

 すると聞こえて来たのはドラの声。忌々しいと思いつつ、ドニーは壁に付けられたテレビモニターに映し出された腫れぼったい魔猫の顔を見つめる。

「俺のものを盗んだな。返してもらおう」

「交換しよう。レスターと判事を」

 交渉を持ち掛けてくるドラの意図を考える。TBTの刑務官の格好をしているが、ドラの胸中を探る事はなかなかに難しい。だったらいっそのこと、彼を自分たちの仲間に引き入れてこの場を上手く乗り切った方が得策かもしれない―――ドニーは咳払いをすると、ドラの提案に意見を提示する。

「俺の見た所、お前も俺と同じくらい相当イカれてる方だ。どうだ、レスターを返して俺たちのヘリで一緒に来ないか?安月給な刑務官なんて辞めちまえって」

「おいおい。ヒッチハイカーは危ないからやめとけってママに言われたろ?」

あっさりと拒絶されてしまった。難しい顔を浮かべ一瞬口籠った末、ドニーは重い口を開きドラの提案を受け入れる。

『交換の場所と時間は?』

「15分後に中央監房で」

『15分後だな』

 交渉は成立した。モニターの電源を切ると、ドニーは電気イスに座っているマクフィアソンを一瞥―――側に控えた6に命令する。

「イスから下ろせ」

 

 

同時刻 サルコファガス最高時間刑務所 武器庫

 

「準備を急げ。敵が喰いついたぞ!」

 人質交換まで10分足らず。その短い時間の間にドラは武器庫にいるE棟の囚人全員の準備を急がせる。

「おい、どうだ俺カッコいいだろ?」

 生まれて初めて軽機関銃を持ったリトル・ジョーは、おもちゃを与えられた子どものように喜んでおり、側に居たトゥイッチに外見の評価を求めたところ―――

「ヘビーなパーティークイーンな感じ」

 評価を求める相手を間違えってしまった事を、リトル・ジョーは今になって後悔した。

 囚人たちに準備を急がせる一方、ドラはドニーたちから奪還したレスターの下へとやってきた。立派なスーツの下に何か細工を施している彼の後姿を複雑な思いで見つめ、嘆息ついてから声をかけた。

「ホントにいいのか?」

「運命は神にゆだねたよ。穏やかなもんだよ」

 彼の表情に少しの後悔も悲壮も無かった。ほんの少しだけだが、ドラの気持ちもレスターに便乗して穏やかになった。

「それより、昔よく言った場所の話を聞いてくれ。シャスタの西の山奥にトリニティーと言う湖がある。その北側の岸に隠れた入り江があるんだが、これが終わったら一度行ってみるといい。シャスタの西のトリティー湖だ」

 耳を立ててまじまじとした顔で話を聞くドラに、レスターはウィンクをしてから「ぜひ行ってみろ」と念を押す。

 

 

スコットランド湾岸 TBT移動指令所

 

 午前4時を迎えると、降り続いていた雨も止み、仄かな日の光が水平線上から顔を出し始める。

 移動基地で待機していた彦斎の元に、ドラからの連絡が入った。

「ドラからです!」

「一体どうなってるんだ!?」

『大丈夫ですよ。順調に運んでます』

「つまり、うまくいきそうか?」

「これからレスターと交換にマクフィアソンを返してもらうことになりました。嬉しいですか?」

「当たり前だろ。いよいよだな」

「空からのサポートとヘリを頼みます」

「とっくに手配してる!!・・・怒鳴って済まん・・・イライラしてるんだ、酷い寝不足なんだ」

「もう心配ありません。大船に乗ったつもりでオイラに任せてくださいよ」

 少し怖いが、彦斎は一縷の望みをドラに懸けてみることにした。

『・・・どうも胃の調子が悪い。胃薬を飲むから切るぞ』

 ヘリコプターからの通信を終えた直後、どういう訳かニックがロープを通じてドラの元まで上がって来たのが見えた。

「おい、もうひとり乗れるか?」

 ドラは目をパチクリと動かすと、操縦席に座る操縦士の死体を突き落としてから「席が空いた」と答える。

 ロープを通じてニックは操縦席へと飛び乗った。助手席のドラは何も言わず彼を迎え入れたが、しばし二人は会話も無くただただ黙る。だがそのうちにニックの方から歯切れの悪い感じではあるが、おもむろに口を開いた。

「あのさ・・・・・・その。俺さ、お前のこと誤解してたのかもしれねぇ。なんつーかさ、お前ってさただのイカれたデブネコじゃねぇって感じがしてさ」

「それはオイラを褒めてるのか?貶してるのか?」

「前者のつもりで言ったんだ。にしてもこの状況だ。おめぇの上司も無茶な事を言ってきやがるぜ」

「―――仕事である以上割り切るつもりさ」

「割り切れるもんなのかよ?俺なら耐えられねぇな」

「一旦引き受けた責務はどんな事があってもやり抜くのがプロたる者。もたらされる結果が吉か凶かわからないのなら、自らの手で吉を導き出すまで。凶なら、無理矢理にでも吉に塗り替えるくらいの気概を持つべし」

 ドラの口から語られた含蓄のありそうな言葉。ニックが思わず聞き入ると、ドラは首にある緑の鈴をチリチリと鳴らす。

「昔な、オイラを育ててくれた穀潰し博士からの受け寄りだ」

「・・・・・・死んだのか?」

 その言葉にドラは眉間に皺を寄せ、瞳を固く閉ざした。

「・・・・・・何も言わずに勝手に逝きやがったよ。朝家を出るときまではいつも通りの姿だった。でも仕事が終わって家に帰ると、左胸を貫通して血を流して倒れてた――――――即死だったよ。遺書が見つかってないから殺人事件として取り扱われたけど・・・・・・犯人は未だに見付かってない」

 あまり聞くことのないドラの身の上話。思いのほか大きな闇をドラは抱えていたものだから、ニックは相槌を打つ事を躊躇った。

「だから知りたいんだよ。なんであの人が死ななきゃいけなかったのか。あの人をオイラから奪った犯人の顔を。あの人が――――――最後まで科学者として果たそうとした責任と貫こうとした意地を、守りたいんだよ」

 その言葉に嘘偽りは無かった。当初こそ、ドニーのような道徳感情の欠落した暴力と破壊衝動の塊のようなロボットとして認識していたが、その裏に隠された切実な思いがある事を知った。

 そしてニックは気付いたのだ。ドラは実は育ての親である武志誠を誰よりも尊敬し、愛していた。だがそれを理不尽にも奪われた事で嘆き悲しみ、周りに悟られまいと必死でやせ我慢をしていた事を。

「・・・―――そうか知らなかった」

「とにかく、たった一人の家族だった」

 ここで再び会話が途切れた。時間を気にしてみると、間もなく人質交換の時間が迫っていた。

「このヘルメットかぶれ」

 ドラに言われ、ニックは頭のニット帽を取り、渡されたヘルメットを被った。

「何だこれ?」

「見た物を何でも撃てる。照準器付だ」

 ヘルメット横にあるスイッチを押すと、右側に付けられたレンズにLEDが灯り音声が聞こえてきた。

『照準用アイピース、起動』

 試しに操縦席にあるレバーを動かしてみた。するとそれに合わせてアイピースには事細かな情報が映し出され、ニックは思わず嬉々とした顔になる。

「はは。ゲームやってるみてぇだ!」

 

 15分が経過―――約束の時間がやってきた。

 処刑室からやってきたドニーや6を始め、武装兵たちに囲まれて人質のマクフィアソンと所長のエスカルサガがドラたちの視線の先に立っている。

 中央監房には武器庫から調達した銃器を持った囚人たちがいつでも戦えるよう控えており、ドニーたちもそれに応じる様に身構える。

 ブーッというブザーの音が響き渡った。ハッチが開かれ、軽機関銃を装備したリトル・ジョーがレスターを伴いゆっくりと床下から上がって来た。

『シンプルに交換しよう。判事を出せ。こっちはレスターを出す』

 ヘリコプターの助手席からドラは呼びかける。ドニーはゆっくりと振り返り、人質のマクフィアソンを差し出した。

「いいぞ行け」

「神様が付いてるぜ」

 リトル・ジョーの言葉に、レスターは穏やかな表情で「いつもな」と返し―――ゆっくりとドニーたちの方へと歩いて行った。

 床に散らばった空の弾薬がマクフィアソンの靴と接触する。

 レスターとマクフィアソンの両者がすれ違う様子をこの場に居る全員が凝視。一瞬、二人の事を監房の灯りが照らしたが、問題なく二人はあるべき方向へ歩き続けた。

 ドニーの下へレスターが、リトル・ジョーの下へマクフィアソンが到着。目の前のレスターが本人であることを確証した瞬間、ドニーはレスターの身柄を部下たちに預けた。

「こいつを連れてけ!」

「取り返しました!」

「出動だ。急ぐぞ」

 無線で連絡を受けると、彦斎は移動基地から飛び出し、特殊部隊を率いてサルコファガスまでヘリコプターで移動する。

「ほら行って」

 人質交換が済み、6はエスカルサガを解放した。

 中央監房にいるすべての囚人たちを見据えたエスカルサガは、嘆息をした後―――彼ら全員に呼びかける。

「囚人諸君よくやった。えらいぞ。さぁ銃を捨てろ。でないと二つに一つだ。殺されるか、捕まるか――――――Comprende?」

『所長の言う通り。相手は約束を守ったんだ。行かせろ』

 すべての武器を捨てるようにドラも囚人たちへ呼びかけた。

 争う事に越したことはないのだが、折角武器を手に入れたのに戦わずしてこの場を引き下がることなど、彼らに出来るはずも無かった。

「“理解したか(コンプレンデ)”じゃねぇよ!」

 トゥイッチのその言葉を切っ掛けに、監房内に集まった囚人たち全員が49ers(フォーティーナイナーズ)への攻撃を開始した。

 ダダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダダ。

「バカども撃つな!」

 言ったところで銃声でドラの声はもみ消される。こうなった以上、腹をくくってドラも戦う事を選択した。

 ダダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダダ。

 中央監房での壮絶な銃撃戦が勃発。凶悪犯と凶悪犯―――どちらも死ぬる覚悟の下に銃を手に取り、戦っている。

「うおおおお!!」

 ドンドンドン。ドンドンドン。

「これでも喰らえ!!おりゃああああああああ」

 自分の見せ場を作ろうと、リトル・ジョーが肩にずっと担いでいた軽機関銃を乱射し始めた。

 ダダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダダ。

「ジョー何してんだあぶねーだろ!」

「だぁああああああああああああああ!!」

 ダダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダダ。

「ジョー!」

「おらどうした!手も足もでねぇか!」

 軽機関銃は威力こそ強大だが命中精度はそこまで高くない。ドニーたちは破壊力抜群の攻撃から身を隠しつつ反撃の機会を窺った。

「おおおおおおおおおおお!!」

 そしてそのときがやってきた。檻の中で身を潜めていた6は横から飛び出すと、二挺拳銃でもって前方のリトル・ジョーを狙い撃つ。

「ジョー!伏せろ!」

 ドン。ドン。ドン。

「ぐおお」

 ドン。ドン。

「くっそ!」

 トゥイッチの制止も虚しく、リトル・ジョーの体を凶弾が貫いた。彼はその体格に恥じない太く短い人生を全うし―――開かれた床下へと沈んでいった。

「いええい!」

 ダダダダダダダダダダダ。ドンドン。ドンドン。

「援護しろ!」

 若干苦戦気味のドニーたちを援護しようと、ロケットランチャーを装備した二人組の男が現れた。

「問題発生だ」

 すると横で話を聞いていたニックはヘルメットの照準器から見えるロケットランチャーを持った二人組の男に狙いを定める。

『目標を確認』

 ほぼ同時に二発のランチャーがヘリコプター目掛けて放たれた。瞬時にヘリコプターに搭載された機関銃で応戦―――ニックはギリギリのところで弾薬を破壊した。

「はは、やったぜ!問題解決」

「さすが」

 当初あれだけ反目し合っていたドラとニックだが、ここに来てその息の合ったコンビネーションを披露する。

 ドンドン。ドンドン。

「いええい!イェイェイ!」

 ダダダダダダダダダダダ。

 囚人たちの粘り強さに加え、ドラとニックの即席ペアが織りなすコンビネーションの良さもあり、49ers(フォーティーナイナーズ)側の勢力は徐々に削がれていった。

 ダダダダダダダダダダダ。

 だがここで問題が発生した。ドニーたちからの機銃掃射の影響で、ヘリの機体を辛うじて支えていた天井の窓ガラスが大きく破損―――それに伴って絶妙な加減で停止していたヘリコプターもバランスを崩し始めた。

「おおやべぇ!落ちそうだ、どうすりゃいいんだ!?」

「ここに残るか、ロープに飛びつくか?」

「どっちでも死ぬだろ!」

 などと言っている間にもバランスは大きく崩れ、ヘリは急速に降下を始める。

「ロープしかないか」

 二人は大きく傾くヘリのフロントガラスを蹴破る。

「早く出ろニコラス!」

 先にドラが飛び出し、ぶら下がったロープに飛びついた。ニックもその後に続いて飛び出そうとした次の瞬間―――彼を乗せたヘリコプターが天井から墜落した。

「うわあああああ」

「ニコラス!!」

「あああああああ」

 ドラが残りの敵を一掃した直後、ニックを乗せたヘリは監房の床下へと激突した。

「くそ!」

 激しく火花を散らし炎を上げる機体。出方を窺い身を潜めていたエスカルサガは死んでいったリトル・ジョーを偲び、ニックの安否を気遣った。

 壮絶な戦いの末に、生き残ったのは僅かだった。囚人たちの活躍もあり49ers(フォーティーナイナーズ)側の勢力はほぼ全滅―――この場に立っていたのはドニーと副官の6だけだった。

「やるなネコ地蔵」

「でも結局はこっちの勝ち」

 監房の中央付近に立つ二人は、二階のドラへ銃口を向けた―――正にその時だった。

「銃を捨てろ!」

 後ろから聞こえてきた声に振り返る。ほぼ状況が終了したと言っても過言ではない中、彦斎が特殊部隊を投入し現場に現れた。

「聞こえなかったか?銃を捨てろと言ったのだ」

 特殊部隊が現れた以上、二人は逃げるしかなかった。慌てて踵を返し建物の外へ逃げようとする二人だったが、この機を窺っていたエスカルサガは逃げる6の足を崩し、反撃に乗り出した。

「おお、いいぞいいぞ!」

 ドンドン。ドンドン。

 逃げるドニーに向けて彦斎らは銃を発砲。辛うじてドニーは銃弾から逃れ、中央監房から脱出した。

 そして6はエスカルサガの反撃によって倒され、持っていた銃を奪われた。

「やいざまぁみろ、バカ!」

「Conmigo pero su ce ven conmigo!立つんだ、この人殺し女め」

 久しぶりにエスカルサガは腹が立っていた。サルコファガスという自分の家でこれだけ派手に暴れた上、リトル・ジョーを始めたくさんの死人を出した6を許す事などできなかった。

 彼女自慢の黒髪を掴み無理矢理立たせると、奪った拳銃を左頬に突き付けた。するとこの状況において、6はエスカルサガを嘲笑する。

「・・・・・・あんた私のこと撃つ度胸ないでしょ?」

 この挑発を受け、エスカルサガは笑みを浮かべながらハンマーを下ろし、いつでも撃てる事を再度主張する。

「やめとくんだ」

 そう言って来たのは彦斎だった。TBT長官からの命令に逆らう訳にはいかず、エスカルサガは仕方なく6から銃を放した。

 おもむろにエスカルサガは後ろへと振り返る。これを見て、隠し持っていたアーミーナイフを手に持った6が彼を殺しにかかろうとした直後―――

 ドン。ドン。

 反射的に彦斎は引き金を引いた。6は彦斎の手により斃され、エスカルサガは九死に一生を得た。

「だから言って・・・「銃を捨てろ。今すぐ」

「もう大丈夫。平和が戻ったから・・・・・・」

 特殊部隊員から銃を突き付けられ、言われた通りトゥイッチは持っていた銃をその場に捨てた。他の囚人たちも大人しく持っていた武器を捨てようやく辺りが静かになり始める。

「マクフィアソンは右の独房です!」

 ドラの言葉を聞き、彦斎らは直ちに彼女の元へと向かう。

 二階から飛び降りると、ドラはヘリコプターの中に取り残されたニックへと駆け寄った。

 酷い怪我をしていたが、幸いにも脈はまだあった。ドラが彼の手を握りしめると、それに反応してニックが噎せ返り答える。

「やったのか・・・」

「ああやった、撃退だ」

「これでお別れだな・・・」

「そんなこと言うなよ」

「死ぬにはいい夜だ・・・」

「助けてやるからがんばれ」

「助けられるものなら助けてみろ・・・・・・」

「とにかく死ぬんじゃないぞ、いいな」

 そのとき、彦斎が側にやってきた。人質であったマクフィアソンを連れていたのだが、ここでドラは重大な事実に気が付いた。

 ドニーは本物のマクフィアソンを交換に出していなかった。出されたのは、あのとき処刑室に居合わせた女性記者であり、髪型と衣装を彼女そっくりに似せていただけだった。

「・・・マクフィアソンじゃないです」

「交換したのは他の人質で、判事はまだ奴らと一緒だ」

 

 

ブリテン諸島海上 高度2000フィート

 

 午前5時。朝日が昇り始め、空が茜色に染め上がる。

 ドラに一杯食わせたドニーはレスターとマクフィアソンらを脱出用ヘリに乗せ、サルコファガスからの逃走を図った。

『こちらTBTディアユニットCB4804。今すぐ旋回し、我々の後についてグラスゴーに戻れ』

「お客さんだ」

飛んでいるヘリの横にはドラと彦斎を乗せたヘリコプターが付いており、扉を開けるとドラは大きな声で呼びかける。

「彼女を殺して悪かったな!」

「名誉の戦死だ!ドラえもんの癖にやるじゃねぇか!」

「誰がドラえもんだ!オイラはその言い方が一番嫌いなんだよ!そこで待ってろ、直ぐに嬲り殺しの刑にしてやるからな」

「えらく強気だな。そんな態度でいいのか?」

「あああああ!」

 ドニーは刑務所から連れ出した本物のマクフィアソンをドラたちに見せつける。

「こいつがどうなっても?」

「もう悪あがきは止せ」

「俺たちのヘリから離れないとこいつに海水浴させるぞ。泳ぎに行きたいか?泳ぎたいってよ!」

 この時、ドニーのヘリに同乗していたレスターはドラの方にウィンクをした。ドラはその意味を重く受け取り、おもむろに首肯する。

「さよならいいな!」

「ああああああああ!!」

 マクフィアソンはドニーの手によってヘリコプターから突き落とされた。

 ドラは彼女を救出するため、ゴーグルを着用してからヘリから飛び降り、ロボットになって初となるスカイダイビングを体験する。

 彦斎はドラが無事にマクフィアソンを救出する事を信じ、ヘリをドニーたちから遠ざける。これに違和感を覚えたドニーだったが、その直後―――びりびりっと服を破る音が聞こえてきた。

 横を見ると、レスターはワイシャツの下に刑務所から持ってきた手榴弾を装備していた。

 ピンを引き抜いた彼は、真っ青な顔のドニーにちゃめっけに満ちたウィンクをした。

 

 ―――ドカンっ!!!

 ヘリは木っ端微塵に吹き飛んだ。死刑囚レスター・マッケンナはドニーを道連れにこの世界から神の居る世界へと旅立った。だが神の存在を信じないドニーが行くのは神の居ない冥府であるに違いない。

「ああああああああああああああああああ」

 一方、絶賛空中を下降していたマクフィアソンとそれを助けようとするドラ。空中と言う不慣れで自由に身動きの取れない場所でパニック状態に陥るマクフィアソンに辛うじて追いつくと、ドラはテレビでやっていたスカイダインビショーをやりながらパラシュートを展開する。

 数十秒のスカイダイビングを堪能したドラとマクフィアソンは重力に従って海に落ち、その後待機していたTBTの船によって回収された。

 

 

西暦5523年 2月8日

カリフォルニア州北部 シャスタ山・トリニティー湖

 

 サルコファガス占拠事件から数日後、ドラはレスターから聞かされた場所へやってきた―――無論、彦斎に加え救出されたマクフィアソンらも同行している。

 ここにやってきたのは観光目的ではない。レスターがなぜあのとき、ドラにこの場所を教えたのか。その答えをこれから確かめるためである。

 湖の周りを中心に、重機を持ちこんだ大掛かりな捜索活動が行われた。その結果、北側の岸に隠れた入り江から鍵のかかったコンテナが発見された。

 固唾を飲んでドラや彦斎、マクフィアソンらが見守っていると―――およそ18年という長きに渡ってレスターの手により隠された2億ドル相当の金塊が発見された。

「これがそうか」

 奪われた金が当時の姿のまま残っている。彦斎とマクフィアソンは、湖の畔でひとり背中を向けたドラの姿を見つめる。

 何を考えているのかは定かではないが、ドラはかつて自分を育ててくれた科学者が好んで食べたブラックチョコレートを齧り、物思いに耽ってみた。

 

 

西暦5523年 3月5日

サルコファガス最高時間刑務所 特殊監房棟

 

 1か月後―――サルコファガスに再び平和が戻った。

 所長のエスカルサガは看守を伴い、あの事件で最も貢献したと思われる一人の囚人が入れられた檻の前にやってきた。

「おい、生きてるか?面会だぞ―――¡Vámonos!」

 檻が開かれると、右脚と左腕にギブスを嵌めていながらもしぶとく生き延びたアフリカ系アメリカ人―――ニコラス・フレイジャーが外に出る。

 面会室に通されると、窓の外で待機していたのはかつてこの刑務所を守るために戦った友であり、ネコ型ロボット―――ドラの前に座ると、ニックはニット帽を外してから受話器を手に取りドラとの会話に臨んだ。

「話せよ」

「元気か?」

「肋骨8本とさ、右脚と、左腕が折れたんだ。元気なわけねぇだろ」

「元気だせよ。お前には感謝してるんだから」

 素直に褒められると、ニックも少々鼻の辺りがかゆくなる。

「昇進したんだってな」

「どうかな。一応は本部勤務だけど、“特殊先行部隊”っていう新設されたばかりの部署だからな」

「金塊は?分け前くれんの?」

「もっといいもの」

「なんだよ?」

「杯長官に掛け合って、お前のファイルを見直してもらった」

「で?」

「減刑処分。早めに出られるぞ。あと出所後のお前の仕事を決まってあるからな・・・嬉しいだろ?」

「え、いつだよ?」

「その囚人服着替えたらすぐに」

 こんな都合のいい話が合って良いものなのかと、ニックは内心思った。エスカルサガの方へ振り返ってみると、彼は何も言わず不敵な笑みを浮かべている。

「からかってんじゃねぇだろうな?」

「からかうなんてとんでもない」

「じゃマジ!」

 問いかけに対し、ドラは口元をつり上げた。

「だよな!そう来なくっちゃ!こいつは最高だぜ!ははははははは!!!」

「あ、そうだ。話は変わるんだけどさ、オイラ改名したんだよ。もうドラって名前じゃないぞ。これからは“サムライ・ドラ”と呼んでくれよな」

「どこがサムライなんだよ?せめて着物くらい着てから来いってば」

「今作ってるところなんだ」

「何があったんだ?改名するなんて、めったな事じゃないだろ」

 確かに名を変えるという事は滅多な事ではない。ニックからの問いかけに、周りを気にしながらもドラは答えた。

「・・・・・・いやな。なんつーかさ、名前が二文字ってのは書類書くのには便利だけださ、何となく物寂しい気がしてさ」

「それでなのか?」

「それだけじゃないよ。物置を整理してたらさ、いい感じの刀が出て来てたんだよ。なんかウチの穀潰し博士が取っといたらしいんだけど、昇進した記念に折角だから使ってやろうと思って」

「はっ。大した理由だな」

「ニコラス。とりあえず、友だちってことだオーライだろ?」

「オーライじゃねぇよ」

 そう言った後、疑問符を浮かべるドラを見ながらニコラスは屈託のない笑みを浮かべ、訂正する。

「“アーアイ”だよ!」

「でぇはははははははははははは!!!」

 

 

西暦5539年 4月11日

小樽市 居酒屋ときのや

 

「とまぁそんな感じなのかな・・・」

「なるほど」

「すっげー話だな」

「でもさすがに囚人を味方につけるなんて真似は・・・ドラさんにしかできませんよね」

「まったくだ」

 店の外から呆れ声が聞こえて来たと思えば、現れたのはサルコファガス事件の関係者でもある大長官の杯彦斎と、妻の真夜だった。

「あのとき私の肝がどれだけ冷やされたか、お前は知る由もないだろう」

「みんな、こんばんはー」

「「「さ、杯大長官!!」」」

「って、お袋まで!」

「えっ!!昇流君のお父さんにお母さん!?」

「盛り上がってるところ悪いんだけど、私たちも仲間に加えてくれないかしら?」

「真夜。やっぱりやめよう、こいつらと一緒にいると蕁麻疹が出そうだ」

「は、実の息子とその彼女の前でよくそんな口が利けるよな。いいんだぜ、親父がそんな事言うなら優奈の父ちゃんにチクっちまうぜ、親父の人間性の低さを」

「やめてくれ昇流!お願いだからそれだけは勘弁してくれ!!」

 店に入って直ぐに土下座をする彦斎に店内に居合わせた全員が笑みを零す。

「でぇははははは!!さぁみんな。今日はとことん呑み明かそうか!」

 

 

 

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)―――鋼鉄のように固く結ばれた家族の絆が織りなす物語は、まだまだつづく。

 かつて魔猫と呼ばれ人々から恐れられた、絶対的な孤独の中に生きていた野良猫が手に入れた温かい家族の時間。

 さてさて、これから彼ら家族の時間はどのようにして紡がれていくのだろうか・・・。

 

 

 

 

 

 

               サルコファガス編

                  完

 

 

 

短篇:王様ゲーム in ときのや

 

「王様ゲームっ!!」

「「「「「「「「「「「「「「「いえ―――いっ!!!」」」」」」」」」」」」」」」

 ときのやに集まった総勢15名(厳密には13人と2体のロボット)が盛り上がる理由。それは、飲み会の定番とも言うべゲーム・・・王様ゲームをこの場でやろうとしていたからだ。

「ほいさ。んじゃルールはこの俺、隠弩羅さんが説明してやるぜよ。ここに1番から15番の数字と、『王』と書かれたくじがあります。この王様のくじを引いた人は他の番号を引いた人に命令ができます。例えば、『1番が王の肩を揉む』とか。『2番が3番にしっぺをする』とか。そして、王様の命令は―――」

「「「「「「「「「「「「「「「絶対!!」」」」」」」」」」」」」」」

 そう、このゲームでは王の命令には決して逆らうことができない。ある種、これほど理不尽なルールを適用したゲームが他にあっただろうか。

 気合十分の者たち。彼らは笊の中に無造作に入れられた1から15のいずれかの数字が書かれたくじを引き、その手の中に収める。

「よし。おまえら覚悟はいいか?」

 隠弩羅が呼びかけると、全員は唾をごくりと飲み黙ったまま頷いた。

「いくぞ・・・・・・せーのっ!!」

「「「「「「「「「「「「「「「王様だーれだっ!!」」」」」」」」」」」」」」」

 運命の一回戦。引手によっては相当に醜悪でえげつない命令を出す者もいるのだが、果たして天が定めた最初の王は―――。

「おおおっ感謝っ!!!」

「「「「ちっくしょー!!!」」」」

 王は、隠弩羅に決まった。男たちが発狂寸前に悲鳴に近い声を漏らす中、王のくじを引き当てた隠弩羅が出す配下たちへの命令が今、下される。

「それじゃ命令だ!そうだな・・・5番と6番、9番、11番、12番、13番が14番に“好きです付き合って下さい♡”と今この場で告りやがれ!」

 命令が下された直後、ドラが14番と書かれた自らのくじを提示した。

「「「「「「な―――にっ!!」」」」」」

 この理不尽の度を過ぎた拷問に近い命令の対象となったのは、駱太郎(5番)と昇流(6番)、龍樹(9番)、太田(11番)、ニック(12番)、ハールヴェイト(13番)だった。

「きさまぁっ―――!!!」

「何て命令出してんですかアンタぁ!!」

「そんなこと死んでもできるか―――!!!」

「俺に彼女がいることがそんなに悔しいのか!?」

「仮にこの場で告白などしてみろ!拙僧たちの未来は残酷極まりないものとなる!」

「不名誉だ!今すぐ撤回してくれ!!」

 一斉に隠弩羅への抗議の声を上げる男たちだったが、参加していた女性陣からの諫言が横から聞こえてきた。

「もう、ダメよあなたたち」

「そうですよ。さっきのルール聞いていませんでしたか?」

「ではもう一度復唱しようか。王様の命令は?」

「「「「「「絶対っ・・・・・・!!!」」」」」」

 これが、王様ゲームである。王の命令に配下たちは絶対に逆らえない。どんなに理不尽な命令にも従う義務が発生してくる。ゆえにパーティーで最も盛り上がる企画として現在も重宝されているのだ。

「「「「「「チックショー!!!!」」」」」」

 破れかぶれになった六人の眼から血の涙が零れ落ちた。

不承不承に命令を実行した結果、言うまでも無くドラからの手酷い報復(という名の粛清)を受けた。先ほどまで何とも無かった体にいくつもの痣とコブ、鼻血が見られ、首からは『私は魔猫をからかった事を冥府に落ちても反省し続けます!』というプラカードを下げている。

「に、二回戦・・・いくぞー!!」

「「「「「おおおお!!!!」」」」」

 一気に隠弩羅への復讐心が湧き上がってきた。悲惨な運命を辿った男たち六人の異常な熱気に命令の対象外だったドラたちはかなり引き顔。

 そして運命の二回戦。それぞれくじを手に取ると、せーのの言葉を合図にくじを掲げた。

「「「「「「「「「「「「「「「王様だーれだっ!!」」」」」」」」」」」」」」」

「あ、私ね!」

 引き当てたのは杯真夜だった。

 王となった真夜の考えがイマイチわからないドラたちが一抹の不安を掲げる中、真夜が下した配下への命令は―――

「それじゃ、2番が4番に、15番が1番に、そして3番が4番へディープキスで♪」

「ほ、ほんとですか―――!!!」

 命令が下された直後、かなり興奮した声が上がった。4番を引き当てた栄井優奈は顔を赤く染めると、もじもじとしながら目の前の彼氏―――杯昇流へ問いかける。

「の・・・昇流君・・・・・・昇流君のくじの番号は・・・・・・2番だよね///」

「優奈・・・・・・」

 昇流の顔が若干赤い。これはもしかすると・・・・・・優奈の期待が大きく膨れ上がる中、昇流は持っていたくじをゆっくりと開ける。

 数字の形は一見すると2と書かれているように見えた。優奈も目を見開き喜びを顔に出していたが、実際に書かれていたのは3だった。

「・・・へ?」

 魔の抜けた声を出してしまった。昇流が2でないという事は誰が・・・そう思っていた時、ツンツンと肩を小指で叩かれる。おもむろに振り返ると、2と書かれたくじを持つ相手・アリソンがいた。

 予想外の結果だった。まさかアリソンにディープキスをされる事になるとは夢にも思っていなかった優奈はショックの余り、言葉を失った。

「いらっしゃい、優奈・・・」

 呼びかけた時の声色が些か妖艶だった。王の命令である以上優奈は拒否する事はできず、涙ながらにアリソンからのディープキスを受け入れた。

 女性同士のディープキスというのはどういうものなのだろう。生憎、優奈はレズではなかったから、男同士が罰ゲームでやる感覚と同じくらい精神的に参っていた。

ちなみに残りの二組・・・15番と1番はハリーと幸吉郎が、3番と4番は写ノ神と茜だったのだが、誰が見てもこの命令で幸せになれたのは千葉夫妻だけであった。

 優奈は非常に悔しかった。できることなら、自分も千葉夫妻のような甘い一時を過ごしたかったのだ。だからこそ自分の運の無さをこれ以上ないくらい強く呪った。

「わかりました・・・・・・そういうちょっとエッチなのもOKなんですね・・・・・・それならもう私だって、容赦しませんっ!!」

「普通は女の子がイヤラシイ罰ゲームを嫌がるはずなんだけどな」

「やはりお主という子はとことん物好きじゃな」

 波乱に満ちた王様ゲームも折り返し、三回戦へと突入した。

 何としても次で王になる。そして、昇流とあんなことやこんなことを・・・・・・頭の中の淫らな妄想を現実にするために優奈は全身全霊を込めてくじを引く。

「いきますよ―――!!!せーの!!」

「「「「「「「「「「「「「「「王様だーれだっ!!」」」」」」」」」」」」」」」

 一瞬の静けさが店内を支配する。

 周りを見ても、王と書かれたくじを引き当てた者が見つからない。が、それは単なる見方の問題であり隠弩羅がある重大な事実に気付いてしまった。

「にししししし・・・・・・」

 よく見ると、悪魔の笑みを浮かべるドラの手に王と書かれたくじがあり―――瞬間、隠弩羅は容易に想像できる最悪の運命に途方もない恐怖を感じとった。瞳孔を開き、全身から多量の汗を流し露骨に震えを起こすと、ときのやからの逃亡を図った。

「す、すまんが急用を思い出した!」

「「「逃がすか!!」」」

 逃げるなどとは言語道断。先ほど隠弩羅から酷い目にあった駱太郎と龍樹、太田が隠弩羅を取り押さえドラに差し出した。

「「「さぁ王様!!ご命令を!!」」」

「放しやがれ―――!!まだ死にたくねぇ―――!!」

 やだやだやだと、激しく抵抗の意思を見せる隠弩羅を凝視するドラが出した恐ろしい命令とは―――

「じゃあ・・・隠弩羅はこれからオイラに何をされても抵抗しちゃダメだよ」

「待て!アンタは俺に何の恨みがあるんだ!?つーか、何をするつもりなんだ!?」

「そんなの・・・・・・愉しいコミュニケーションに決まってるじゃないか」

「だから目が笑ってねーよ!!」

「ですがドラさん。その命令は残念ですけど無効ですね。ちゃんと番号で宣言しないとルール違反になってしまいます」

 諦めかけた隠弩羅に助け舟を出したのは時野谷だった。彼もまたゲームに参加しているプレイヤーの一人であり、公平を期した立場で臨むべきだと主張した。

「そ、そうだ!時野谷の大将の言う通りだ!!」

 駱太郎たちから解放された隠弩羅は安堵の笑みを浮かべ主張した。

「大丈夫。隠弩羅の引いた番号は『4番』だって知ってるから!」

 隠弩羅の希望は容易に打ち砕かれた。ドラの言う通り、隠弩羅が引き当てた番号は4番―――図らずも彼の死を彷彿とさせる番号だった。

「やっぱり急用!!」

 ボキ・・・バキ・・・・・・ボコボコ。

 一瞬、『しばらくお待ちください』というテロップが流れた。

 そして気が付くと、隠弩羅は猿轡をさせられ、両手両足をロープで縛り上げられた悲惨な姿となっていた。

「一体何があったんだろう?」

「まるで拷問の後みたいだな」

 皆が気が付かぬうちにドラがどんなイジメをしたのか知らないが、幼児には決して見せられないような残酷で非情な物だったに違いない。

「それじゃラスト!いくぞ―――!」

 最終戦。泣いても笑ってもこれが最後・・・・・・果たして、最後の最後で栄冠の王の座に着く者は誰なのか?

 運命の瞬間、全員は持っていたくじを天井に掲げ宣言する。

「「「「「「「「「「「「「「「王様だーれだっ!!」」」」」」」」」」」」」」」

 時計の長針が夜の9時を告げたことを報せた瞬間、最後の王に選ばれた者が嬉々とした声を張り上げる。

「よし!私が勝ちました―――!!!」

 最終戦で王の座を勝ち取ったのはときのやの主人、時野谷久遠だった。

「それでは王の命令です。8番の方が、これまでドラさんたちが壊してきた店の修理費用からや一切のツケ代をすべて肩代わりして私に支払ってください!」

「そ、そんな―――!!!」

 時野谷から告げられた命令に衝撃を覚えたのは、今まで目立った被害も受けずに空気でいたはずの杯彦斎だった。

「あれ?その反応・・・・・・もしかして、当たっちゃったの?」

 真夜が憐れむような目で彦斎を見ると、悔し涙を流す彦斎の手の中に8と書かれたくじが握られていた。

「うわぁ~、最後の最後で気の毒すぎるわこの人」

「親父ってさ、いっつもこの手の事で手酷い貧乏くじ引くもんな」

「く~~~・・・・・・だが仕方ないことか。私も男だ、くれてやるさそんな端金のひとつやふたつ!!」

「おお、かっこいい!」

「ではこちらが請求書になります」

 時野谷から彦斎に渡された請求書。その中身を見た瞬間、彦斎は目を疑った。

「え・・・・・・」

 事細かく刻まれた支払額の数々。それらが合計したものは決して端金と呼べる額を遥かに超えており、少なくとも新橋のサラリーマンの平均年収よりも多かった。

「あの・・・・・・笑えない額が書かれているのだが。私の眼が節穴でない限り、数字のケタが7つもあるんだが・・・・・・///」

「はい。間違いありませんよ♪」

 満面の笑みで答える時野谷。彦斎からすれば何よりも恐ろしいものだった。

「すまんが急用を思い出し―――「いわせねぇよ!!」

 全員が逃走を図った彦斎の身柄を全力で確保。彦斎は床に這いつくばる形で身動きを封じられた。

「やだやだやだ!!!助けて真夜!!昇流!!優奈ちゃん!!」

「見苦しいぞ大長官!!」

「そうですよお義父さん(・・・・・)。最初に言ったじゃないですか。王様の命令は―――」

「「「「「「「「「「「「「「絶対!!」」」」」」」」」」」」」」

「だああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 その日、杯彦斎の預金通帳から一気に500万以上の大金が消化された。

 

 

 

                おわり

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その48:一旦引き受けた責務はどんな事があってもやり抜くのがプロたる者。もたらされる結果が吉か凶かわからないのなら、自らの手で吉を導き出すまで。凶なら、無理矢理にでも吉に塗り替えるくらいの気概を持つべし

 

第1シーズン最後となるドラさん語録。これはドラ本人が最初に語った言葉ではないが、魔猫は一途に育ての親の教えを守ろうとしている。それは今までの彼の行動を見てくれた方なら理解できるはずだ。(第51話)


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