ド「って、そんな世間話するために前置き使ってるわけ?言っとくけど、お前んところが貧乏なのはお前の商才が乏しいからだろ」
時「ちょっと待ってくださいよドラさん!私の商才も一因かもしれませんが、ドラさんたちが暴れる度に物が壊れてその都度買い直さなきゃならないんですよ。というかむしろそっちのお陰でウチは商売あがったりなんですってば!」
ド「だーもーうるさいうるさいうるさい!!そんなこと言うならもうこの店来ないからな!金輪際店の暖簾をくぐらないから覚悟しろ!!」
西暦5523年 2月2日
サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
電気イスに座らされたレスターと面と向き合うドニー。まじまじと見つめるドニーに、レスターはただ一言「血塗られた金を追うな」と忠告する。
「刑務所で生まれ変わったのか?」
「ああ。神を見つけた」
このような言い分に、ドニーは鼻で笑ってから「神なんていない」とハッキリとその存在を否定した。
「先週ハッキリと断ったはずだ。殺したければ殺せ。俺はもう死んでる」
思いのほかレスターの口は堅かった。一筋縄ではいかないと思っていたドニーは、どうにかして目の前の男から金塊の隠し場所を聞き出したかった。
一先ず処刑室を見渡してみたところ、電気イスの側には所長のエスカルサガと神父が立っており、立会人室にはマクフィアソン判事を始めSPと、選ばれた新聞記者たちも同席している。
カチャ、という音を鳴らした瞬間―――椅子に手足を括り付けられ頭部にも電気を流す輪を嵌められたレスターの眉間に拳銃を突き付ける。
「金塊の隠し場所へ案内しろ」
側に居た神父、立会人室から見るマクフィアソンらが固唾を飲む。
「するのか?しないのか?」
死を覚悟したレスター。固く目を瞑った次の瞬間―――。
―――ドン。
処刑室に銃声が鳴り響いた。
だがレスター本人への痛みは無かった。慌てて目を開くと、ドニーが撃ったのは何の関係も無い神父であり、神父はその場に力なく倒れ息を引き取った。
「あんたを殺す訳にはいかない。必要だからな。だが罪もない連中には特に用はない」
淡白に言いながら、ドニーは神父が首からぶら下げていた十字架を手に取り、レスターの目の前から垂れ下げた。
「俺はサイコパス、いわゆる社会病質者ってヤツだ。つまりこの部屋の全員殺して平気でいられる。一方あんたは、罪の意識に苦しんで神に頼ってる」
レスターを嘲笑うかのように彼が信心した神と人を繋ぎ合わせる十字架をぶらぶらと振り続けた。
その挙句、「でも神は死んだ」と冷たく言い放ち、持っていた十字架を無造作に放り投げた。
「隠し場所を教えないと、この部屋にいる全員が死ぬんだぞ」
ドニーの冗談には聞こえない脅しが、レスターの精神を追い詰める。彼は堅く目を閉じ、自分はどうすればいいのかと心の中に住まう神に、ただ救いを求めるしかなかった。
*
スコットランド南西部 グラスゴー国際空港
現地時間午前2時。グラスゴー国際空港に降り立ったTBTというロゴが掘られた小型機。降りしきる雨に打たれながら空港に降り立ったの一人の男。
彼の名は、
「状況はどうなっている?」
「沿岸警備隊によると警備ヘリの墜落は午後7時半ごろです」
「サルコファガスとの連絡は?」
「電話が通じません」
「都合よすぎるな」
「監房のひとつが占拠されました」
「どこだ?」
「E棟。古い建物の改装が済むまでの臨時監房です」
右から左へと流れる情報を頭に入れながら、彦斎はコーヒーの入った紙コップを口に当てる。
その直後、彦斎の下へ別の捜査官が現れ報告する。
「杯長官。先ほど札幌第一時間刑務所の正随所長との連絡が取れました。囚人の護送は間違いなくドラ本人が仰せつかったとの事です」
「ほぉ。よくあいつがこんな面倒事を引き受けた物だな」
「出張経費をいつもより多めに上乗せするという条件で、承諾したみたいです」
「奴らしいな。まぁいい、とにかく何とかドラの連絡を図ってみよう」
*
サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
「血塗られた金塊だ」
「どこに?」
「回収する気はない」
「回収は俺だが。案内しろ」
頑なに金塊の在り処を求めようとする者と、それを拒む者。ドニーとレスターは互に一歩も引けない水掛け論をぶつけ合う。
「聖書にある。“金は諸悪の根源”」
「教えなきゃ人質を殺す―――早く言え」
どんなに高潔な言葉を語りかけようと、神を信じないドニーには馬の耳に念仏だ。困り果てるレスターに、ドニーは「無実の人間が死ぬんだぞ」と低い声で脅迫する。
「いいのか?」
「教えてやれ」
そう言って来たのはエスカルサガだった。
「いい助言だ」
するとエスカルサガの方へと銃口を突き付けながら、ドニーは電気イスのレスターを凝視する。
「まずはこいつ」
イスに括り付けられた状態のレスターは、横目で銃を突き付けられているエスカルサガを一瞥。
このような状況を幾度も経験しているエスカルサガは比較的落ち着いているが、社会病質者であるドニーは恐らく何の前触れも無く発砲して来ることを覚悟しておかなければならない。正に、この瞬間―――エスカルサガは生と死のギリギリのラインに立っているのだ。
「“殺すなかれ”は?」
「神の十戒の一つだ」
「破ってもいいのか?大人しく隠し場所へ案内しろ」
レスターは金塊の隠し場所を話そうとしない。この態度に業を煮やし、ドニーは拳銃の引き金を引いて再度エスカルサガへと突き付ける。
「するのか、しないのか」
これ以上拒み続ければドニーはエスカルサガを殺し、この場に居る他の者も同様に殺すだろう。
自分が死ぬのはともかく、罪もない健全な者がこれ以上理不尽に殺される姿だけは見たくなかった。
レスターは苦渋の選択を迫られ、最終的に出した答えは―――
「――――――する」
*
サルコファガス最高時間刑務所 診療室
午前2時30分。ドニーに撃たれた左肩から銃弾を摘出したドラは、移動中に息絶えたデーモンの死体を診察台の上に置き、成仏を祈願して白い布をかけてやった。
同じころ、6の部下三名がドラを追討するため近くに来ていた。彼らはどこからドラが出て来るか分からない状況で、一瞬でも影を捕えれば仕留められるよう銃にレーザーサイトを装着させている。
一人の男が今、診療室へと侵入。物音を立てないよう細心の注意を払ってから扉を開き、ドラが潜伏していないかどうかを確かめる。
診察台の上には、白い布がかけられており、慎重に中身を見ると全身に弾痕を残し動かぬ死体となったデーモンが寝転がっているだけ。
その時だった。診察台の直ぐ近くの扉から不審な影を捕えた。
男は恐る恐る銃を構え、レーザーポイントで前方を照らしながら扉へと歩み寄る。
一歩、また一歩と慎重に近づき、向こう側に敵がいると確信した次の瞬間―――引き金を引いた。
ダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダ。
攻撃を中止すると、男は一歩ずつ扉へと近づき、ガラス越しに向こう側にドラがいないかどうかおもむろに確かめる。
バリーン!
刹那、ガラスを突き破って飛んできたドラの鉄拳。扉を蹴り飛ばすと、ドラは顔を殴られ怯んだ男の体をタコ殴り。
これに気付いた男の仲間がどこからともなくレーザーポイントを向けて来、機銃掃射をお見舞いした。
ダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダ。
飛んでくる銃弾に臆するどころか、ドラはタコ殴りにした男を豪快に敵が潜伏している部屋へと投げ入れた。
「ぐっは!」
放り投げられた男と激しくぶつかり、後ろに倒れる。ドラは起き上がろうとした男の首筋を右脚で強く蹴りつける。首の骨を折って即死させた後、男から銃を奪おうとする。
だがそこへ、騒ぎを聞きつけたもう一人の男がやってきた。
ダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダ。
ドラは身を低くし、機銃掃射から逃れるため部屋の向こう側へと隠れた。
攻撃を止めた男がゆっくりと近づいてきた瞬間、ドラは短くとも強じんなパワーを秘めた両脚蹴りで、男の体を吹き飛ばす。
「ぐっほ!」
体を吹き飛ばされた男は隠し持っていた拳銃を取出し、ドラへ発砲。近くの窓ガラスを突き破ってドラは銃撃を回避。
ドン。ドン。ドン。
「ぐぼ!」
隙を窺うや強烈なパンチを炸裂。足元がふらつく男の前に出てくると、積極的な肉弾戦を披露し、激しく揉み合う。
男は軍隊経験があるのか、格闘のスキルも確かだった。ドラの攻撃を的確な部位で受け止め捌く。
殴る、蹴るの応酬を繰り返す一進一退の攻防が永遠に続く方と思われたが、僅かな隙を見逃さなかったドラが男の足に桁繰りを仕掛け、体勢を崩した。そこからはドラの独壇場だ。徹底的に顔面を殴り、男の顔を原型が留めないほどに殴り続けた。
気が付くと、白くて真ん丸としたドラの手が男の血で染め上がっていた。最早男の顔は血に染まって何が何だか分からない。殴る事に執心するあまりドラは男が死んでいるという事実に気が付かなかったのだ。
「あ~らら・・・・・・どうもご愁傷様でした」
現場に到着すると、暇を持て余した囚人たちが檻の外に出てバスケットボールを楽しんでいた。
やがて、囚人たちが6の存在に気付きその手を止める。彼らは一様にいやらしさ全開の視線で性的な意味でフェロモンを爆発させる6を見つめる。
「おい姉ちゃん。ブルーのアイシャドー似合ってんぜ」
「俺の股と合体してみねぇか!はははははは!!!」
セクハラまがいの言葉も飛び交っているが、6の耳にはどれもこれも耳障りな雑音でしかない。というか、今彼女は彼らの相手をしているほど暇じゃなかった。
天井を突き破って絶妙の位置で静止してある無残なヘリコプターの姿を凝視し、脱出は不可能である事を再確認する。
「
『ヘリは?』
「大破した」
『こっちに戻れ』
踵を返し処刑室へと戻ろうとした直後、バスケットボールを手にしたニックが悪戯っぽく声をかけた。
「最高に色っぽいぜ。セクシーじゃんあんた」
思わず振り返った6に、ニックは彼女の神経を逆撫でするように口の動きだけで投げキッスをする。囚人たちも挙ってセクハラ染みた嘲笑で彼女の戦士としての誇りを無意識のうちに傷つける。
金塊の在り処を聞き出した暁にこの監房に居る全員を殺してやる―――そう心に誓った彼女は処刑室へと戻って行った。
「TBT対策だ」
「了解」
帰りのヘリコプターが大破した今、ドニーは次なる行動に打って出る。
*
スコットランド湾岸 TBT移動指令所
午前2時45分。サルコファガス島から最も近い湾岸に移動基地を設けた彦斎は、傘で雨をしのぎながら前方から見えるサルコファガス最高時間刑務所を凝視する。
島の周りにだけここよりも厚い雨雲が覆っており、雷もひっきりなしに鳴り響いている。おまけに島には亡き親友の忘れ形見とも言うべきネコ型ロボットがいるのだ。彦斎はドラの無事を祈り、彼との連絡があるまでこうして待ち続けていた。
「すいませんちょっと」
そのとき、一人の捜査官が指令所から顔を出し、外に居る彦斎へ声をかけた。踵を返し傘を畳んだ彦斎は移動基地へと戻る。
「どうした?連絡があったか?」
「携帯電話からです」
「私が話をする。逆探知してスピーカーに出してくれ」
わずか数秒と言う速さで逆探知が終了。捜査官のどうぞという言葉を合図に、彦斎はネゴシエーテーとして携帯電話の主、ドニーとの会話に臨む。
「私はTBT長官の杯だ。そちらは?」
「堅苦しいのはよそうぜ杯さん。ファースト・ネームで呼びたいな」
「では彦斎でいい。人質はいるのか?」
「10人」
「女性は?」
「3人」
「女性だけでも解放してくれ」
「まぁ落ち着け。そのときが来たらな」
難しい顔を浮かべると、彦斎はマイクに顔を近づける。
「手の内を見せくれ。狙いは何だ?貴様は母親の愛に飢えてぐれてしまったマザコンか?注目されたいか?世の中に不満なのか?」
「とんでもない。祖国アメリカは大好きさ」
「では何のためだ?目的は?」
「俺自身―――欲望の達成」
「貴様何様のつもりだ?」
「俺の事なんかより、ここに誰がいて、いくらになるかが問題だろ。彼女のために甘んじて条件をのむべきだと思うがな」
彦斎にそう言いながら、レスターの代わりに電気イスに座らされた女性―――連邦最高裁判所女性判事ジェーン・マクフィアソンへと近づく。電気イスに座る彼女の白い肌を愛でるように、ドニーは彼女の頬に手を当てた。
*
同時刻 サルコファガス最高時間刑務所
中央官房を後にし、処刑室へと戻るかたわら部下たちを捜していた6が階段を上っていたときだった。
唐突に扉が開かれると、斃した男たちから使えそうな武器と言う武器を略奪し、その手にベクター SP1を持ったドラが現れた。
銃を突き付けてくるドラに対し、6も手持ちの銃を突き付けレーザーポイントで照らし牽制しながら後退する。
「落ち着いて。部下を捜してるだけ」
「みんな死んだよ。オイラが殺したもん」
そんなときだった。6を追って監房を抜け出したニックが階段で睨み合いになっているドラと6の姿を目撃した。
「よっしゃ!ドラ、その女捕まえて投げ落とせ!」
「あんた誰?というか、ドラえもん?」
「オイラが持っている物は何だ?これがフワフワ銃に見えるか?」
ちなみにフワフワ銃とは、ドラえもんに登場するひみつ道具のひとつ。殺傷能力はなく、撃たれた人間はアドバルーンのように体が膨れ上がって宙に浮かび上がり、身動きが取れなくなってしまう。
「ぶん殴っちまえよ!」
下の方でニックから声を掛けられた次の瞬間、6はドラの手元に狙いを定めキックを炸裂。拳銃を蹴り飛ばすと同時に、天井から垂れ下がっているワイヤーに手を掛け、その状態から6はドラへ機銃掃射を行う。
ダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダ。
機銃掃射によってガラス片が天井から降り注ぐ。ニックはドラが落としたベクター SP1を拾いに走った。
そして6が降下するのを見計らい、ニックは拾った銃を彼女へ突き付けた。
思わず息を飲んで立ち尽くす6と自らにアドバンテージを確立したニック。周りから「いいぞいいぞやれやれ!」「ぶっ殺しちまえよ!!」という声が飛び交う。
互に銃を向けて牽制する二人。檻から出て来たリトル・ジョーとトゥイッチはおもむろにニックへ歩み寄る。
「おいニック。お前一人で大丈夫か?」
「任せとけ」
「俺たちもついてるからよ」
何だかんだと言っても同じ穴の貉―――6と言う共通の敵と戦う意思は持っている様だ。ニックは6に銃を向けながら挑発に投げキッスをする。
その途端、6が攻撃するを見計らってリトル・ジョーとトゥイッチは身を低くし、機銃掃射に備えた。
ダダダダダダダダダダ。
6の機銃掃射を回避しながら、ニックもまた手持ちの銃で応戦する。
ドン。ドン。ドン。
一瞬にして監房が銃撃戦会場へと早変わり。空いている檻の中に身を隠しながら、二人は激しい攻防を繰り広げる。
ドン。ドン。ドン。ダダダダダダダダダダ。
「ははは。何だいカワイ子ちゃん、俺が嫌いか?」
ダダダダダダダダダダ。ドン。ドン。ドン。
「ほれてんじゃねぇのかよ。だったら勝負だ」
言うと、開放された床下へと飛び込みニックは6を誘い込む。
床下は粗末なロッカーやハシゴなどが置いてあるだけの狭くて湿気の多い空間だった。この狭い空間のどこかに身を潜めるニックを誘い出そうと6は口笛を吹き、前方をレーザーポイントで照らし続ける。
ダダダダダダダダダダ。
棚に置かれた空の鉛缶などが転がり落ち、天井からは破裂した水道管から水が漏れる。
ニックは正に天井付近で彼女の動きを見ていた。6が自分の居場所に気付かぬまま前進を続けてるのを好機と判断。ニックは飛び降りると彼女の背後を取って銃を突き付ける事に成功した。
「良い腕してんな。缶からは穴だらけだ」
「―――お互い銃なんか使わないで、正々堂々とやらない?」
「―――わかった。先に置け」
隙を見せれば相手の思う壺だ。ニックは微笑しながらも慎重な行動をとるべきだと判断し、6に対し武器の放棄を求めた。
これを聞き、6は持っていた機関銃を両手で持ち上げ今にも床に捨てようとした―――次の瞬間。倒立した彼女は背後に立つニックに向けて蹴りを一発叩きこむ。
不意を突かれ動揺する彼の方へ振り返り、6はキレのある動きでニックに強烈な格闘技を繰り出してきた。
「ぐおおお」
予想外の展開だった。ニックは彼女の激しすぎる動きについて行けず、狭い空間で防戦一方の状態に陥る。
「チクショーめ!」
だが男としてのプライドなのか、女にいいようにやれる続ける訳にはいかなかった。何としても一発お見舞いしたいと思い、その場に置いてあったドラム缶を持ち上げ豪快に叩きつけようとした。
だがしかし、戦闘のプロフェッショナルである彼女には意味のない事だった。攻撃を躱されると―――ニックの腹部目掛けて強烈な蹴撃が入り込む。
「がっ・・・!」
力の差は歴然。だがニックもしぶとい男であったから、打ち身だらけになりながらも彼は戦いを継続する。
お得意の喧嘩殺法で殴りかかるニックに対し、戦闘経験豊富な6は単純にして一直線すぎるニックの動きを容易に見切り、一撃一撃が強烈な技を繰り出していく。
だが予想に反してニックは根強い抵抗を見せた。そのお陰もあってか、ようやく敵に追いついたドラが代わりの銃を持って駆けつけて来た。
ドン。ドン。ドン。
部下三人の命を奪ったドラの戦闘力の高さを考慮し、ここでの戦いは得策ではないと判断。6は強制的にニックとの戦闘を終わらせ、処刑室へと逃げ帰った。
「ニコラス!」
6を退けたドラは、彼女と凄まじいやり合いを終え何とか生きているニックへと駆け寄る。
「は、は、は、スゲえ女!」
「大丈夫か?」
「大丈夫だけど、ありゃヤベーな」
*
スコットランド湾岸 TBT移動指令所
『人質を解放して欲しければ、これから言う物を用意しろ』
移動指令所にて現在、彦斎を始めTBT捜査官を対象に
『まずサルコファガスからの脱出用ヘリ。それからグラスゴー国際空港には燃料満載のジェット機を用意しとけ』
「ダメだ。そんな要求私の独断では飲めん」
「あんたがTBTのトップじゃないのか?」
「トップは大長官だ」
「じゃその人に許可を取れ」
「時間がかかるんだ」
「下手な時間稼ぎはやめといた方がいいぞ。お得意のマニュアルは置いて、今すぐ大長官か司法長官にモーニングコールしろ」
「長官がNOと言ったら?」
「射撃練習を始める。包囲攻撃や特殊部隊の投入なんてしようもんなら、判事を処刑する」
「“処刑”だと?」
「想像してみろ。今この瞬間、ミス・マクフィアソンは電気イスに座ってる。俺がスイッチが入れたらこの女は死ぬ。自分の商売道具でな」
電話越しに彦斎と、目の前に座るマクフィアソン自身にも言葉を投げかける。マクフィアソンはいつ本当に起こるかもしれない死の恐怖に必死に耐えながら、ドニーの事を哀れな者として捕える。
『死体袋が転がる前にヘリを寄越せ。2時間やる』
この言葉を最後に、ドニーからの通信が途絶えた。
「特殊部隊を待機させろ。それから携帯電話の名義を調べろ。相手が誰なのか知りたい」
「今プリントアウトしてます」
*
サルコファガス最高時間刑務所 E棟 中央監獄
ニックたちと合流したドラは、監房の天井に突き刺さった無残なヘリコプターを仰ぎ見る。
「やれやれ。苦労続きだな」
「厄日なんだろ」
「ロープ押えてて」
するとドラはニックの補助を受けながら、ロープにしがみ付き、猿になったつもりで昇り始めた。
「いけいけニセダヌキ!」
「かっこいいぞ!」
「大丈夫か!落っこちんじゃねーぞ」
一度誰かが失敗して悲惨な目に遭った事をもう忘れたのか・・・ここの囚人たちは堅気の人間にあるはずの思いやりと言う気持ちが欠如した欲望の塊のような連中だ。ある種、仕方のない事かもしれない。
「そーらをじゆうにとびたいなー!」
だが、それでもこれだけは言ってはいけなかった。ドラは警備服からレンガを取り出すと、コンプレックスを刺激する言葉を口にした囚人目掛けて投げ落とす。
「いっで―――!」
堅いレンガが鼻を強打した。悶絶し倒れ伏す囚人を他の囚人たちが嘲笑う中、リトル・ジョーがニックに近づき問いかける。
「おいお前。あの女仕留めたんだろうな」
「・・・聞くなよ」
*
サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
辛うじて6はドラに殺されずに処刑室へと戻ってきた。
「3人殺された」
「誰に?」
「ドラえもんよ」
一瞬何のことか分からなかった。が、少なくともドニーが知るところのそれは、子どもにも大人にも大きな夢を与えてくれる希望の象徴のはずだった。
「・・・夢と希望をポケットに詰めたネコ型ロボットが人を殺すのか?」
するとドニーの疑問に、近くにいたエスカルサガが鼻で笑って来た。ドニーと6はエスカルサガへと近づき彼を睨み付ける。
「強敵だぞ。そいつはお前らの疫病神だ」
嬉々とした顔で言うエスカルサガだったが、6は彼の下顎に手を添え「随分嬉しそうね」と問いかける。
「ま、覚悟しとくんだな。このイカレ女」
最後の一言に6は腹を立てた。
堪らず、目の前のエスカルサガの額に頭突きを一発叩きこみ、二度と彼が減らず口を叩けないよう彼の口元に銃を突き付け黙らせる。
赤くなった額を手で押さえながら、エスカルサガはいつかやってくる反撃の機会をじっと待つことにした。
*
同時刻 スコットランド湾岸 TBT移動指令所
「ドラなのか?!」
待ちに待ったドラからの連絡が入って来た。彦斎が呼びかけを行う中、ヘリコプターの通信機を使って応答を試みたドラは次のように問いかける。
「杯長官に質問です。日本にいるケチで利己主義なババァ長が果たしてオイラとの約束を守ってくれると思いますか?」
「そんなこと私に聞かれても分らんし今この状況で質問するような事でもない。それより今は最高裁判事の命が危ないんだ。簡潔に状況を教えろ。敵は何人だ?」
「10人から15人ほどですが、とりあえず3人は仕留めました」
「判事は人質か?」
「わかりませんが、確かなのは奴らが自動小銃を持って完全武装してるってことです」
*
サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
「おい・・・どうなっているだ?」
気絶させられた連邦刑務所局のハーバードが目を覚ますと、彼の目の前には有り得ない光景が広がっていた。
レスターの代わりにマクフィアソンが電気イスに座らされ、その傍らには自動小銃を持った兵士たちがおり、自分の部下であるはずのドニーが武装集団の中心にいたのだ。
「・・・・・・なんだこれは?」
「パーティーが始まるぜ。間に合ってよかったな」
「何をするつもりだ?」
ハーバードが問いかけた直後。立会人室にいたマクフィアソンのSPたちが近くにいた武装兵から銃を奪うとともに、兵士二人を人質にとった。
「武器を捨てろ!」
「大人しく言う事を聞くんだ!」
「坊やたちやっと勇気出したか。で、どうする?」
「武器を捨てさせろ!」
要求に対しドニーは素直に応じた。身構える部下たちから武器を捨てさせた。
だが思いのほか要求がすんなり通った事にSP二人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔を浮かべ、却って困惑する。
「何だやめるなよ。折角あれだけかっこよく始めたんだから続けないと」
「では言う通りにしろ。判事を電気イスから解放し、我々をここから出せ」
「どうしようかジェーン」
問いかけられた彼女の目には薄ら涙が浮かんでおり、今にも恐怖で泣き崩れそうだった。
「早くしろ!」
引き金を引き、武装兵を射殺する事も厭わないとSPは強い態度を示した。
対するドニーは拳銃をマクフィアソンへと突き付ける。恐怖に泣き崩れる彼女の顔をじっと見つめた末―――ドニーは引き金を引いた。
ドン。ドン。
撃ったのはマクフィアソンではなく、SPに人質に取られた部下の方だった。何が起こったのか分からず動揺するSPと、マクフィアソンは無下に命を奪うドニーの姿に「やめて・・・///」と声を震わせる。
「ふん。よく頑張った。心意気は認める―――だが指図は受けん」
彼がそう言った直後―――撃たれて倒れた二人の部下が隠し持っていた銃を取り出し、足元から二人のSPに発砲する。
ドン。ドン。
凶弾に倒れたSP二人。側に待機していた部下たちが、留めの攻撃を行い確実に動けなくした。
「防弾服役に立ったろ」
ドニーは賢い男だった。こうなる事も想定した上で部下たち全員に防弾服を装備させていた。
「何をするつもりかって質問だったな」
ハーバードの問いかけに答えるため、彼の方に歩み寄りながらドニーは自らの目的、欲望を暴露する。
「俺は2億ドル相当の金塊を手に入れる。その後は南米で悠々自適だ。肌でも焼いて。乗るか?」
「断る」
「俺はやるぞ」
「なぜだ?待遇もいいのに」
「6万5000ドルぽっちの年収と退職記念の金時計じゃやってけねぇんだよ。俺は夢を叶えたいんだ―――アメリカン・ドリームを」
*
スコットランド湾岸 TBT移動指令所
「ドナルド・ロバート・ジョンソン、33歳」
武装集団「
「第五次パレスチナ紛争とベール国境紛争で従軍。勲章を2度受賞。負傷は4回。ベール紛争での生物・化学兵器被曝による身体障害、いわゆるベール紛争症候群を患って、その所為で除隊になったらしい。この一年半は連邦刑務所局に勤務。倒せそうか?」
『まぁやってみますよ』
「判事の命を危険にさらすことなく?」
「手加減しながらやります」
「お前は手加減などできないだろ」
『じゃあオイラ以外にどういう手を使います?』
「特殊部隊を送る」
「すぐ見つかりますって。ババァ判事は電気イスに座ってるんでしょ?真っ黒こげになりまって」
『では、要求を呑むか』
「それでも判事が死んだら?」
「私は辞職勧告を突き付けられ、真夜からも見捨てられる事になる」
ヘリコプターの中でこの話を聞かされたドラは少し考えてから、「それはそれでおもしろそうですね」と思わず冗談交じりの言葉を零す。
『おいふざけるな!貴様状況が分かっているのか!?』
「はいはい、わかってますとも。要はオイラが頑張るしかないって事ですよね」
「大変な仕事だぞ」
「また連絡します」
*
同時刻 サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
「ドニー」
TBTに突き付けた要求が呑まれるのをじっと待っていた時だった。ハーバードが低い声で呼びかけてきた。
振り返ったドニーは眉間に皺を寄せるハーバードに「計画に乗る気になったか?」と口元をつり上げ、問い返す。
「実行すれば必ずお前を捕えるぞ。電気イスへ送ってやる。私がスイッチを押す」
甘んじて計画に乗るどころか、彼は最後の最後まで犯罪者に屈する事無く戦う姿勢を貫いたのだ。
勇気か、無謀か・・・捉え方は人それぞれだが、ドニーは少なくとも彼の取った行動を評価しようと思った。
「いい度胸だ」
ハーバードに近づき不敵な笑みを浮かべると、「言い忘れたが、今日限りで解雇する」という言葉が返ってきた。
―――ドン。
無慈悲にハーバードを貫く弾丸。最後まで悪に屈しなかった彼の生涯が処刑室と言う悪人を罰する場所で終焉を迎えたのは、あまりに皮肉なものだった。
「じゃあ俺も今日限りで転職するよ」
*
サルコファガス最高時間刑務所 E棟 中央監獄
「なぁなぁ見ろよすげぇぞこれ。ちょっと来てみー」
トゥイッチが何かを手に持って叫んでいる。ニックとリトル・ジョーが振り返ると、彼の手にあったのは
「見ろあれ」
「トゥイッチ。そんなもんいじくってん危ねえだろ」
「うるせえよケチつけんな」
「いいから下ろせチンチン吹き飛ぶぞ」
「こいつ吹き飛んでも平気なんだ。ちっちぇーからこんな!」
そんな風に馬鹿にされてトゥイッチも黙っていられない。先端部にランチャーの弾頭を取り付けると、ニックの股間の方へと突き付ける。
「てめぇのよりはデケーよ。飛ばされたいかこいつ」
「お前イカれてんだよ」
「どうした?誰がイカれてるって」
そのときだった。ちょうど通信を終えたドラが天井から降りて来た。
「トゥイッチが何か吹き飛ばしてぇーてさ、ドカンと派手に」
「ぶっ放なさないと気が済まねぇらしい」
「それ撃ちたいのか?」
「ああ悪いか?」
この状況を見たドラは何故か悪い笑みを浮かべた。そしてあろうことが、邪な考えを持ってトゥイッチに武器の使い方について手解きする。
「肩に担いでみな。ほらしっかりささえて」
ニックに弄ばれながら、トゥイッチはドラの補助の下右肩にロケットランチャーを担ぎ、狙いを定める。
「しっかり狙いをつけるんだ。そうそんな感じ」
「チクチョーみんな死んじまえ!」
「よし撃て!」
瞬間、トゥイッチはロケットランチャーの引き金を迷うことなく引いた。
「うわああああああ!!!」
凄まじい衝撃が襲った。肩が脱臼するくらいの反動で後ろに吹き飛ばされたトゥイッチと、放たれたロケットランチャーが前方にある檻へと直撃―――大爆発が起きた。
ドカーン・・・。バリバリーン。
「何やってんだお前!ホントにバカだな!」
「大丈夫か。だから危ないっつっただろ」
「快感!!」
これまで味わった事のない感覚だった。終始トゥイッチはご満悦の様子であり、ニックやリトル・ジョーら囚人たちも思わず笑みを浮かべた。
と、そのとき―――先ほどの攻撃で武器庫へと通じる檻が壊れ前に倒れて来た。ドラの狙いはそこであり、中央監房の囚人たちを引き連れ武器庫へと向かった。
*
サルコファガス最高時間刑務所 武器庫
午前3時15分。武器庫へと案内された囚人たちは久し振りに手に取る銃器に興奮が収まらないでいた。
「よしみんな、好きな武器選べ!」
「あぶねぇ連中に銃持たせんのか?」
「人手が足りないからな」
ニックの危惧もなんのその。ドラは利する物は何でも利する覚悟で、囚人たちを味方に判事奪還を画策する。
「ヘリん中で何してた?」
「無線で応援を呼んだ」
これを聞いて納得し、ニックも自分の武器を選ぶことにした。
「おいドラ」
「なんだ?」
すると今度はリトル・ジョーが声をかけて来た。彼は他の銃とは一線を画すフォルムを持つ軽機関銃M240に目を輝かせている。
「おおおお・・・!スゲェ!」
「気に入ったか?」
「これ結構パワーあんのかな?」
「あるさ」
「使っていい?」
「ああ持ってけ」
「おお、流石はボスだ!」
「トゥイッチ様はこれか?」
そう言いながらトゥイッチが手に取ったのは、短機関銃のIMI マイクロウージー。
「お前にピッタリの銃だぞ。小型で軽くて威力は強烈」
などと囚人たちに銃のアドバイスやレクチャーを施しているドラの姿を見ながら、ニックは射撃場で何度も使い慣れたベレッタ M92FSを二挺選択する。
「やり方が異常だよドラ」
「超異常だろ!」
「そんなもんじゃねぇ」
サルコファガスに収容された凶悪犯を味方に付け、判事奪還に乗り出す無頼猫。
短篇:昇流じいさんの宝探し
もしも、こんな童話があったら・・・・・・
昔々・・・あるところに、写ノ神おじいさんと茜おばあさんが住んでいました。
写ノ神おじいさんと茜おばあさんはとても仲良しで、ともに働き者でした。
あるとき、二人の元に腹を空かせた犬がやってきました。
かわいそうに思った写ノ神おじいさんと茜おばあさんは、犬に餌を与え、そのまま家族として迎え入れました。
それからしばらくしてから、二人はたちまち大金持ちになりました。
あの犬が、二人の優しさに感動し、恩返しのために様々な宝物を与えたからです。
この話を聞いていた、隣に住む昇流じいさんは・・・・・・
「いいな~~~。いいよな~~~。隣の家はいいよな~~~。俺も金銀財宝が欲しいな~~~」
出来る事なら働かずして大金を手に入れたいと思っている、無気力で自堕落な性格の昇流じいさんは、隣の家の犬にあやかってこっちも動物を使うことを思いつく。
「おーい、ドラー!ドラドラやーい」
「へーい・・・」
昇流じいさんに呼び出され、気だるい声で返事を返すもの。不承不承と言わんばかりの表情を浮かべながら、昇流じいさんの元へとやって来たのは猫だけど、猫らしからぬ言動が目立つこの家の飼い猫―――ドラ(二本足で歩いています)。
「なんですか・・・昼寝の途中だっていうのに?」
「ちょっと聞いてくれよ、ドラ。隣の家でさ」
「隣の写ノ神じいちゃんと茜ばあちゃんが、なんかあったんですか?」
「それがよ、腹を空かせた犬を飼い始めてからは正に奇跡の連続!」
「奇跡?」
「犬がさ、庭を掘れって言ったんだよ。ここ掘れワンワンって!で、写ノ神じいさん掘ったんだよ、言われた通り!」
「そしたら?」
「そしたらおめぇ、大判小判(おおばんこばん)が入った壺がざっくざっくだってよ!」
「凄いんじゃないの!凄いんじゃないの!」
あまり興味がないのか、単に眠気が残っているせいなのか、ドラはわりとテキトーな拍手をした。
昇流じいさんは一連の話をした後で、ドラに対して願い出る。
「だからさ、俺も大判小判が欲しいのよ。なぁ、ウチの庭にもそう言うものが埋まっていないか探してくれないか?」
「え~~~オイラがですか・・・」
「頼むよ!目刺のおかわりならいくらでも出すから!」
「目刺だけかよ!・・・・・・はぁ~~~めんどくさいな・・・」
ドラは目刺の謝礼を条件に、渋々言われた通りに、自分の庭の周りを嗅ぎ始めた。
「どうだ?臭うか?!」
「じいさんの加齢臭がね」
「ほっとけ!」
時折飛んでくる毒のある言葉もさることながら、ドラは嫌いな犬に倣って、庭の周りを徹底的に嗅ぎ続けた。
すると、それらしい臭いを発見したのか、ドラの尻尾がピクっと動いた。
「お、見つけたか!」
「ニャー!」
ドラは嗅ぎ当てた場所を指さすと、猫らしくニャー、と言って昇流じいさんに掘るのを促す。
「ここか!ここで間違いないんだな!?」
「ニャー!」
「なにがニャーだよ。普段はあんなに猫らしくないくせして」
何はともあれ、昇流じいさんは早速ドラが指さした場所を掘ろうと、慌てて木鏝(きごて)を持ってくる。
「よっしゃー!これで俺も大金持ちだ!」
浅はかな期待を胸に、せっせと地面を掘り返す昇流じいさん。その一方で、一仕事を終えたドラは主人の働く姿を見ながら、縁側でダラダラと茶を飲みながら煎餅を齧っている。
「お前も手伝えよ!何主人一人だけ働かせて、自分だけ寛いでんだよ!?」
「だって疲れたんですよ~」
「何分も働いてねーだろ!」
ドラへの期待は持つだけ無駄だという事を悟った昇流じいさんは、止む無く一人で地面を掘り続けることにした。
しばらくすると、地面の中からそれらしい古びた壺が現れた。
「お!あったあった!あったぜ、よっこせ・・・!」
ドラはまさか本当に地面に物が埋まっているとは夢にも思わず、正直かなり驚いていた。
「あったんですね・・・テキトーに言っただけだったんですけど」
「この際テキトーでもなんでもいいって!」
慎重に地面の下から、重量感のある壺を引き上げる。
「おお・・・これは!!」
土の中から姿を現した壺の姿を凝視する二人は、宝物を見つけだした喜びを分かち合う。
「アッター!」
「イェーイ!」
ハイタッチをするぐらい、胸が高鳴っている二人。昇流じいさんはおもむろに、壺に掛けられた布を外し始める。
「ジャンジャジャジャーン・・・!」
「ヤッホー!イェーイ!ヤッホー!」
便乗して盛り上がるドラだったが、その直後、壺の中から信じられないものが現れた。
「が・・・・・・///」
中から出て来たのは小判どころか、人骨。そう・・・二人が掘り当てたのは亡くなった(と言う設定)昇流じいさんの奥さん・優奈ばあさんの遺骨だった。
「バカヤロー!これ死んだばあさんの骨じゃねぇか!!」
思わず激怒する昇流じいさんに、ドラは呆気にとられた様子で呟く。
「庭に埋めてたんですか・・・・・・もっとちゃんと墓に埋めないと」
「金が無かったんだよ!」
「そりゃ真面目に働かないあんたが悪いんでしょう」
「だからって、宝物と期待して掘り出したのがばあさんの骨なんて・・・・・・俺だって思ってもいなかったよ///」
「自分で埋めた場所ぐらい、覚えておくべきですよ」
全く以てその通りだと思う。
ドラがこの家に来たのは、優奈おばあさんが死んだ後の事であり、ドラには悪意はない・・・はずだが。
いずれにせよ、責任を問われるのはこの庭に骨を埋めた昇流じいさんの方にあると思われる。
「はぁ~あ・・・期待して損した」
ドラはため息をつくと、縁側の方へと歩いてく。
昇流じいさんは同じく嘆息を漏らすと、誤って骨を掘りだしてしまった事を羞恥に思いながら、遺骨を再び元あった場所へと埋め直す。
「ばあさんごめんな・・・こんなつもりじゃなかったんだぜ・・・成仏してくれよ」
「そうそう。こないだ着物来たばあさんの姿見ましたけど・・・あれ奥さんだったんですかね。家の周りうろうろしてましたよ」
「ばあさん成仏してねーのかよ!困ったな・・・・・・今度龍樹のじいさんに頼んで成仏させてもらおう」
いろんな問題を孕む中、遺骨を埋め直した昇流じいさんは、どうしても諦めきれない様子でもう一度ドラに頼んだ。
「なぁ、やっぱり俺は欲しいんだよ?」
「新しい妾が?」
「ちげーよ!大判小判が欲しいんだよ!」
「無理言わないで下さいよ。真面目に堅実に働けないの?」
「働けない!」
「このダメ人間が!」
とかなんとか言いつつも、手持無沙汰だったドラは先ほど同様にテキトーに庭の周りを嗅ぎ始める。
一縷の望みを託して祈りを捧げる昇流じいさん。
と、その時―――
「ニャー!ニャー!」
再びドラが地面を指さし、昇流じいさんに訴える。
「見つけたか!おお!やっぱりお前はすげー猫だと思ってたよ!」
木鏝片手に昇流じいさんが勢いよく地面を掘り返す中、ドラはやはり縁側の方でダラダラと寝転びながら、お茶と煎餅を喰らって寛いでいる。
ドラに構わず、ひたすら昇流じいさんは地面を掘り続けた。
すると、今度は先ほどの壺とは異なるものが顔を出す。
「お!出てきたぞー!」
「今度はなんでしょうね・・・」
期待などしてはいけない、どうせ碌なものに違いないのだから―――そう思いながら、昇流じいさんが掘り出した物を見つめると、現れたのは黒い葛籠だった。
「なんすかこれ?」
「この中だよ!この中に大判小判がざっくざくなんだよ!」
「またまた。そんな夢物語みたいなこと、あるわけないでしょー。どうせ死んだゴキブリとかが気持ち悪いぐらい詰められているとかですよ」
「譬えるにしても、もっと考えろよ!気持ち悪いを通り越してホラーじゃねぇか!」
突拍子もない譬えにも昇流じいさんはツッコミを忘れない。
先ほどのようなことはあって欲しくないと切に祈りながら、昇流じいさんはゆっくりと蓋を開ける。
「ズンズンズンズンズン・・・・・・」
次の瞬間、勢いよく飛び出してきたのはぎゅうぎゅう詰めの状態で押し込まれていた巨大な蒲の穂だった。
「「うわあああああああ!!!」」
驚かずにはいられなかった二人は、一瞬だけ心臓が止まりそうになった。
「びっくりしたな・・・もう~!」
「もう~、じゃねぇよ!なんでこんなもんが家の庭に埋まってるんだよ!?」
「自分で埋めたんじゃないんですか?」
「そんなことはしてねーよ!」
「じゃあ、前の家の持ち主が埋めたんじゃないんですか?」
「だとしたら何がしたかったんだよ・・・・・・しょうもない物埋めやがってもう~」
「あんたの脳みそも結構しょうもないと思いますけどね」
財宝を探しているはずが、次から次へと奇妙なものを掘り当てる始末。
庭先に散らばった蒲の穂を掴み、昇流じいさんはそれでドラをからかいながら、深いため息を漏らす。
「どうしたらいいかな~~~・・・庭に何か埋まってることは間違いないんだ・・・もっと探せばちゃんとあるはずなんだけどな・・・」
「ニャー!ニャーニャー!」
ドラは猫の習性から、猫じゃらしとよく似た蒲の穂に夢中で飛びつく。
昇流が軽くあしらう中、ドラは内心こう思っていた。
(チクショー~~~猫の習性には逆らえないよ~~~///)
と、そんな時、二人の前に思わぬ来客が現れた。
「あれれ~~~!?何やってんだよ、こんなところで?つーか兄貴、なにそれ?!ぷぷぷ・・・俺ってひょっとして、運のいい奴!」
「お前は・・・」
現れたのは、ドラの義理の弟で、隠弩羅(こいつも二足歩行、その上サングラスを付けている)。
「チョリーっす!会いに来てやったぞ、兄貴!」
「隠弩羅・・・・・・お前いつもどうして突然連絡もなしに来るんだよ!このオイラの醜態を写真に撮って、週刊誌に売りつけるつもりだろ!」
「いやいや!それはねーから!第一、写真持ってねーし!」
「じゃあ携帯を出せ!いまここで真っ二つに折る!」
「落ち着けよ!設定と世界観を考えたらどうなんだ!」
現実と昔話の設定が混在している、所謂メタ発言が目立つ中、昇流じいさんは隠弩羅を見ながらある妙案を思いつく。
「そうだ!隠弩羅さ、お前も宝探し手伝えよ!」
「宝探し?」
「庭に埋まってる大判小判を探し出してくれればいいんだ!そしたら1割お前にやるからよ!」
「マジでか!よっしゃー!やってやるぜ!」
ノリの良い隠弩羅は、本当にあるのかもわからない、むしろない可能性が高いお宝を探すために昇流じいさんに協力をする。
「よーく嗅いでくれよ!」
「大船に乗ったつもりで任せてくれちゃー!クンカクンカ・・・」
大真面目に臭いをかぎ始める義弟の姿に、ドラは本気で呆れかえる。
「あ~あ・・・見ちゃいらんないよ~・・・」
ドラは家の中に入ると、テレビの電源をつけ、日曜日の夕方5時30分から放送中のお笑い番組『笑点』を見始める。
「でぇははははは!!!サイコー!!!」
最早突っ込みどころが多すぎて、何からツッコんで良いのか、作者にもわからない。
ただ一つ言えることは、完全にドラが江戸時代ぐらいの話、という設定を平気で無視しているということ。あるいは、この小話自体がある種の含蓄を踏んだ物語なのかもしれない・・・・・・
「んなわけないでしょう!」
ですよね・・・・・・///
「お!見つけたぞ兄貴!」
「ドラ!こいつやりやがったぞ!当たりだ!」
そのとき、隠弩羅がお目当てのポイントを見つけることに成功した。ドラはテレビ画面の方を気にしながら、二人の元へと歩み寄る。
「今度こそ本当に間違いないんですか?」
「俺の勘にくるいはねぇ!ザーッとお宝が出てくるに違いねぇ!」
「さてさて、どうでしょうか・・・!」
三度目の正直を願って、昇流じいさんは木鏝で地面を掘り進める。
直後。ガチャン、という音が聞こえてきた。
「あれ?」
「なんだこれ・・・」
二人が木鏝の先に当たった不自然なものに目を向けた次の瞬間―――勢いよく地面から吹き出してきたのは水だった。
「わああああ!なんだよ一体!?」
「バカヤロー!水道管掘り当ててどうすんだよ!」
隠弩羅は誤って、水道管が埋まっている場所を掘り当ててしまい、破裂した水道管から多量の水が溢れ出る。
「にゃは~~~!なんでこうなるんだよ!?」
「俺のセリフだー!」
「よかったじゃないの二人とも。ザーッと湧いてきて」
「そう言う意味じゃねぇよ!」
びしょ濡れになる昇流じいさんと隠弩羅とは対照的に、ドラは一人だけ傘を差しているから濡れていない。
「もう何とかしてくれよ!」
「兄貴、これ止めてくれよ!」
「ったく・・・世話のかかる連中だな・・・・・・おい、止まれ!止まれ!」
ドラが水道管に手を向け、強く念を送ったところ・・・ピタリと、漏れ出ていた水が止んでしまい、昇流じいさんと隠弩羅は目を丸くして驚く。
「うそ~~~、マジで!?」
「ドラ・・・お前にどんな力があるんだよ!?」
つくづく、災難な目にあっている今日この頃。水道代が高くつくことが確定している昇流じいさんは、何としてもお宝を掘り当てたいと思っている。
「もうなんでもいいよ!なんでもいいから、金になるようなもの掘りあててちょうだいよ!」
しかし、あれだけ変なものしか埋まっていないのに、この期に及んでお宝が埋まっているとは考えもしない魔猫たち。
「どうする?」
「どうするって言われてもな・・・・・・」
「頼むよ!目刺いっぱいサービスするからさ!」
「「結局目刺しかやるもんねーのかよ!」」
目刺だけの謝礼と言うのはどうにも腑に落ちないが、それでも謝礼がもらえるだけましだと思った二人は、兄弟で協力して探す事にした。
「ないなーないなー」
「もっとよく探せよー」
「目刺だけじゃやる気がね・・・・・・」
と、ドラが呟いたそのとき―――二匹の魔猫は共通に同じ場所を嗅ぎ始め、そこにこれまでとは異なるものが埋まっていることを直感し、昇流じいさんの方へと振り返る。
「「ニャー!」」
「見つけたか!よーし、目刺いっぱい食わせてやるからな!」
四度目の正直、なんてことわざはないのだが、昇流じいさんには捨てられない男の浪漫があった。
木鏝で一生懸命土を掘り返し、その浪漫を掘り当てようとするところは実に健気な事だが、その姿勢をもう少し別なところ―――仕事にも発揮してほしいとドラと隠弩羅は内心思っていた。
数分後。ついに、お目当てのものを発見した。
「あった―――!」
掘り起こされたのは、これまでにないぐらい巨大な葛籠だった。
「見ろ見ろ!こう言うのを待ってたんだよ俺は!よくやったぞ、二人共!」
「早く開けましょうよ!」
「約束だからな!俺に1割くれよな!」
大きな期待感を膨らますドラと隠弩羅は、葛籠の中へと目を向ける。
昇流じいさんが蓋を開けて中を覗き込むと、彼は中の様子がまるで見えないことに目を疑った。
「え・・・・・・なんだこれ・・・・・・」
すると、次の瞬間・・・―――蓋が開かれたと同時に、導火線に引火した花火が勢いよく吹き出した。
「「「うわあああああああああああ!!!」」」
まさか、まさかの展開に驚愕する三人。
昇流じいさんは花火が吹き出す葛籠を持ったまま、ドラと隠弩羅を追いかけまわす。
「バカヤロー!お前らは本当碌なもの掘りあてねぇーよな!」
「オイラたちは何も悪くなーい!」
「妙なものが埋まってるこの家が悪いんだよー!」
結論から言うと・・・この物語の教訓はと言うと―――
“バカな事に時間を割く暇があったら、真面目に働け”―――という事だろう。
おわり
次回予告
ド「いよいよサルコファガス編もクライマックス!!危ない連中を味方に付けたオイラと49ers(フォーティーナイナーズ)との戦いの決着は!?そして、金塊の在り処はわかるのかな?」
ニ「そして明かされるサムライ・ドラ改名の真実・・・・・・これを知ったらみんな何て思うだろうな」
ド「次回、『リゲイン・ザ・サルコファガス』。一応オイラもドニーと同じく無神論者なんだけどね・・・」