サムライ・ドラ   作:重要大事

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昇「俺、杯昇流。TBTの長官・・・のはずだけど。魔猫に振り回されるお陰で碌なことがない。この前だって、あいつに銃でケツ撃たれたし、その所為で神経がいかれてもっこりも出来ねぇんだぜ・・・・・・あ~~~、俺って不憫・・・。」
ド「何が不憫だよ、バカチンが。日ごろの行いが悪いからですよ、他人の所為にすんな」
昇「よく言うな! 人のケツ撃っといてその言い方!!」
ド「ふっ飛んだのは肉の部分でしょう? 肉ですよ、肉。さしたる心配はない!」



第5話「潜入調査・麻薬王の館」

西暦5538年 4月24日

TBT本部 第四分隊・科学捜査班

 

 家電量販店から戻った鋼鉄の絆(アイアンハーツ)一同。押収したビデオテープに記録されていたスパニッシュパーム葬儀社に関して詳しく調査を行うことにした。

 ドラはTBTの技術分野のエキスパートたちが結集された第四分隊―――そこの科学捜査班所員を務める元・ハッカーで身長200センチ近くの巨体を持つ黒人、ハールヴェイトに依頼を頼んだ。

「パーム葬儀社は外国の持ち株会社で、記録を色々辿っていくと―――」

 パソコンを操作しながら、ハールヴェイトは詳しいデータを引き出していく。

 すると、アメリカ人の老婆の写真がディスプレイに表示される。

「登録されている名義人はドナマリア・タピアって女性」

 指紋情報から国籍、その他詳しい経歴などが画面上に羅列されている。ハールヴェイトは、更にこの女性の息子に関するデータを引っ張り出す。

「その息子はヘクトール・ファン・カルロス・タピア。自称ジョニー」

「ジョニー・タピアか、くそ」

「こいつがキングの正体?」

 麻薬戦争にジョニー・タピアが深くかかわっていると分った瞬間―――ドラは悔しそうに舌を打ち、太田はタピアの写真を見、思わず溜飲する。

「どうやら逮捕されるたびに不法逮捕だと警察、TBTを告訴して、裁判で勝って去年は賠償金900万ドル獲ってる。君らみたいなドジな捜査官が何人もクビになった」

 と、周りに集まったドラ達を嘲笑したように言いながら、ハールヴェイトは手持ちのコーラを飲む。

「俺らはまだこいつに出会ってねぇよ」

「こいつの家ん中探りたいんだけど、どうすりゃいい」

「この電子頭脳使って盗聴しろっつーの!」

 駱太郎とドラの言葉の後、幸吉郎は飄々とするハールヴェイトの頭部に人差し指を突き立て、あからさまに脅迫する。

 幸吉郎の脅迫に対し、嘆息を吐くと、ハールヴェイトは残りのコーラを飲み干しながら言う。

「それは、令状がないと違法行為になるな」

「確かに・・・法を司る仕事に就く僕らが法を破る訳にはいかないですね」

 令状がなければ違法行為になる―――というハールヴェイトの正当な言葉に胸打たれた太田は意気消沈となる。

 これに対し、どこかバツの悪そうな表情のドラがハールヴェイトに食い下がる。

「あぁ・・・オイラ達が考えてるのは何ていうか・・・一種の訓練って奴で」

「ダメダメ! 俺にはできない!」

「セ・リーグのチケットやるから」

「最前列でなきゃ」

 交渉において重要なことは、双方におけるメリットが釣り合う所まで話し合うということであり、ドラ達の取引材料にハールヴェイトは自らのメリットを得るため、あからさまに利益の上乗せをする。

「そのぶ厚いメガネならどっからでも見えるだろ!?」

「幸吉郎さん、どうか落ち着いてください!」

「駐車場でも見える! それとも何か、てめぇがまたこそこそ隠れてウィルス作ってることバラしてやってもいいんだぜ!」

「そんなこと言うなら嫌だね!」

 茜の言葉も空しく、幸吉郎の高圧的な言葉を聞いたハールヴェイトは一瞬にして機嫌を損ねる。

「わかった! 読売ジャイアンツの最前列でどうじゃ!」

「タイガース戦で!」

「た、タイガース戦の試合でじゃ!!」

 状況を見た龍樹はハールヴェイトの要求を受け入れ、読売ジャイアンツと阪神タイガースとの最前列チケットで手打ちし、彼との交渉を成立させる。

「いいだろ! じゃあ見てろ」

「そんなんでやっちゃうんですか!? 違法行為だと知っててやるなんて!?」

「結局のところ、人間ビジネスライクってこと」

 動揺する太田を余所に、腕まくりをして作業に取り掛かるハールヴェイト。猛烈な速さでキーボードを打ちまくり、詳しい方法は分らないが、過去の時間にアジトを構えるジョニー・タピアを盗聴するため電話回線を複数経由する。

 彼が不正アクセスに専念する様子を、固唾を飲んで見守るドラ達。メンバーの中でとりわけ外国語―――英語に強い写ノ神がヘッドフォンをつけ、タピアや部下たちの声を拾っていく。

 重要な話と思われる箇所はキューバ・スペイン語であり、容易に翻訳することはできなかった。

 しかし、盗聴をしているうちに英語で話すカルロスの会話を拾った。

『ああ、害虫駆除会社か? ああ、またひどく困っててね。住所分かるな? ああ、南マイアミだ』

 頭の中で日本語に変換した写ノ神は、メモ用紙に聞き取ったタピアの住所を殴り書き、ヘッドフォンを外し「やったぞ」と親指を立てる。

「やりましたね! 流石は写ノ神君!!」

「でかした。こいつで侵入できる」

「でも、不法ですよ?」

 歓喜する茜と幸吉郎の会話に割り込む太田―――途端に周りの空気がどんよりとなり、六人の表情が険しくなる。太田の正義感もたいがいにしろという雰囲気だ。

「ルーキー、別の言い方をせぬか。そう・・・()()()にとか」

「でも不法は不法です」

 取って付けた言い訳のように龍樹が言う中、太田は彼の言葉に食い下がる。

「家に入って盗聴器を仕掛けてタピアの動きを探るだけだよ」

「ルーキー。正義を無駄にふりかざすなよ! あの時のヘマ、取り返したくないのか」

 写ノ神と駱太郎が呼びかけると、一瞬太田の心が揺れ動く。

 しかし、それでも彼の正常な精神―――もとい正義感が“欲望の成就”という自らの願いにセーブを掛ける。

「でもだからって、そのためにルールを破るなんてどうかしてます! 僕達が目先の利益に絡んだら、この国の正義はおしまいです!」

「うぬぼれるな。人間は神じゃない。創造主たる神が自らをまねて作った人形。そしてオイラはその人形が作った機械人形」

「だ、だから何だって言うんですか?!」

「お前は言ったな、オイラ達が犯人逮捕のためにルールを破るとこの国の正義とやらが死ぬんだって」

「ええ、言いましたよ・・・」

 すると、要所要所で太田が口にする正義という言葉に対し―――ドラは口元をつり上げ、「でーっははははははは」という癇に障るような笑い方で太田に圧力を与える。

「いいか若造、耳の穴をかっぽじってよく聞いておけよ! 正義はスーパー戦隊と仮面ライダー、それと少年ジャンプの中にしかないものと思え。自らの利益のためだけに全力を尽くして働く。被創造主に出来るのはそれだけでありそれ以上のことをするべきではない、分かったか!」

「そ、そんな・・・では、何の為に社会正義はあるんですか!? 僕らは、その社会正義を守るための組織なんじゃないんですか?!」

 激しく困惑する太田の言い分を前に、ドラは「補足として言ってやろう」といい、自らの持論を展開する。

 

「社会正義を貫こうとするあまり、自分が信じるものを見失ったら本末転倒だよ」

 

           *

 

時間軸2003年―――

アメリカ合衆国 ジョニー・タピアの屋敷

 

 タイムエレベーターで過去へと遡った駱太郎と写ノ神、そして太田の三人はタピアの屋敷に潜入するためカルロスが頼んだ害虫駆除業者の格好に変装―――実際に会社から車を借りた。

 屋敷の人間は彼らが潜入捜査官であることなど毛ほども疑わず、あっさりと車を中へと通す。

「で、結局ルーキーだって付いて来たんじゃねぇか」

「あなた方に任せると何をするか分りませんからね」

「いっちょ前に監視役かよ。俺らを監視する前に敵の監視をする方に専念してくれよ」 

「ってか、今更ですけどぉ、なんでわざわざ潜入するんですかね? 屋敷の人間が僕らを見つめた時、めっちゃビビりましたけど! なんでこんなリスクを負わないといけないんです? 何百年か前のスパイ映画ですかコレ?」と、太田が駱太郎と写ノ神に向かってからかうように言った。

 しかし二人は太田の嘲笑など戯れ言にしか捉えていない。

「ププッ。駱太郎さん、写ノ神さんも黙ってらっしゃるところを見ると、図星だったんですか?」

 太田は執拗に、まるで鼠を捉えた猫のように持論に食らいついて離さない。アナログな潜入よりも最先端の技術を使った潜入方法があるだろうと、太田は考えているのだった。例えば小型ロボットを使った潜入である。これはTBTでもスタンダードな潜入ツールだったはず。それなのにアナログな潜入をするとは…。だから彼は初めて彼らをやり込めたと誤解し、図に乗ってヘラヘラ笑っている。けれども駱太郎と写ノ神は相変わらずすました顔を崩さない。そして遂に駱太郎が口を開く。

「ルーキーよぉ…お前マジでそろそろ落ち着けよな?」

「なにがです?」

 太田はまだ自分に分があると思うが、駱太郎の冷静さが気にかかっている。まさかここで形勢逆転なのだろうか?

「お前どうせ、最先端の技術―――例えば虫みたいに小さなロボットを使った潜入ができるんじゃね? とか思ってるんだろうが、そいつは浅はかな考えだぜ」

 写ノ神も同意して「ってか、そもそも俺たちがロボットを検討しなかったとでも思ってるのか?」と言う。

「なっ、なんでですか? 確かにロボットを使った潜入が良いんじゃないかとは思ってましたけど!」

「やっぱりそうか…。ドラや俺らの周りにいて何か学んだかと思えばどうやらまだまだのようだな? 写ノ神が言うように、そもそも、俺たちがロボットのことを考慮に入れていなかったと思うのがそもそもの間違いだ。そんなもんはとっくに検討済みなんだ。―――いいか、潜入ロボットってのは確かに目立たない。けどな、こいつらは目に見えない極超短波を出している。人間が操作するためのな。TBTが使っている小型ロボットは、そこらへんの量販店で売ってるものとは出来が違う。だが、極超短波を出してることには変わりない。そこに時間犯罪者どもは目を付けた。俺の言いたいことは分かるな?」と、写ノ神は念押しをする。

「つまり…その極超短波を特定するテクノロジーを、時間犯罪者たちは既に持っている、と?」

「ご名答。少しは頭を使うっていう発想が出てきたみたいだな。でも俺たち人間はどうだ? そんな電波を発信することなんかできやしない。生身の人間ってのはなぁ…太田よ。テクノロジーなんかじゃだませないんだよ」

「わっ、分かりました」

 調子に乗り過ぎた太田はしゅんとなってしまった。ドラには社会正義を振りかざし過ぎだと言われるし、年下の写ノ神には経験と知識不足を暴かれてしまったのだから。

 車を止め、白を基調とする作業服に身を包んだ三人は荷台からゴキブリ駆除に用いる殺虫剤入りの噴射器を取出し、玄関前で待ち構えるロベルトの元へ向かう。

「おい。そのスプレーなんだ?」

「ゴキブリ用っす」

「ゴキブリ? ネズミだぞ」

「何だって?!」

 ネズミと言う単語を聞いた太田の顔が、露骨に引き攣った。

 三人は害虫駆除の代名詞をゴキブリだと勝手に決めつけてしまった結果、重大なミスを犯してしまった。駱太郎と写ノ神は動揺を見せない様に、何とか誤魔化す。

「ああ・・・問題ありません攻め方を多少変えるだけですから」

「そうそう!! ネズミもゴキブリも斃す分には問題ありません!!」

 慌てて車に噴射器を戻しに行く三人。その際、太田はあからさまに狼狽え、酷く歪んだ顔を二人に見せる。

「どうしたんだよ?」

「イヤですよ僕! ダメ、ダメ、ダメ! 僕この世界でネズミが一番ヤダ!」

 ネズミが苦手と豪語する太田の言葉を聞いた瞬間、二人は「はぁ~!?」という言葉を漏らし―――直後、駱太郎がネズミに対し過剰な弱みを見せる太田を叱咤する。

「おいこのアホタレ! そういうのはドラえもんが言うセリフだ!」

「よく言いますよ! 僕らの知ってる黄色いドラえもんは怖い物なんてひとつもないじゃないですか! ていうかあのロボットの方がみんな怖いと思ってますよ!」

「イチイチウルセーな! ネズミがなんだ、わがまま言ってねーで大人になれ!」

「写ノ神さん! 僕はれっきとした大人ですよ!」

「大人だっていうならちゃんと大人らしくしてくれよ!」

 口論の末、嫌がる太田を半ば無理矢理連れて、駱太郎と写ノ神はロベルトと一緒に屋敷の中へ潜入する。

「美しいお住まいですね」

「おお、すげー高そうなブロンズ像!!」

「じろじろ見るんじゃない」

 広大な敷地に物を言わせ、白を基調とする清楚な雰囲気を醸し出す屋敷の中を見渡しながら、各所に設置された監視カメラの位置を確認―――三人は階段を上っていく。

「そこら中にいる」

 ネズミが特に多く繁殖している三階の金庫室へと続く廊下を歩く三人。道を進んでいると、太田は目の前に飛び込んできた巨大なネズミの姿に吃驚する。

「うおおおお!」

「な、なんだ!?」思わず声をひっくり返す太田に対し驚くロベルト。

「おいルーキー!」

「バカヤロー! なにやってんだ!?」

 駱太郎と写ノ神が咄嗟に叱咤すると、足元を激しく揺らす太田は口を開く。

「おお・・・あ・・・あいや・・・ふ、普通のネズミじゃない!」

「つ、つまり特別な種類のネズミってことです!」駱太郎が苦笑いを浮かべながらそう付け加える。

「なんて種類なんだこれ?」

「“ビッグマザーファッカー”!」

「意味はそのまんまで“くそデカ”です!」

「駆除だけなら簡単な作業ですが、その前にどこで繁殖してるか調べなければなりません」

 恐怖に慄き動揺しながら咄嗟にそれっぽいホラを吹く太田と、彼の言葉に必死に合わせようとする写ノ神と駱太郎は作り笑いを浮かべホラの意味を補足する。

「当社のやり方は・・・ま、まず家の外から調べます! だからここを出て・・・ひい! すいません!」

 大嫌いなネズミに動揺するあまり、太田はそこら中に置かれた古い家具やインテリアに足をぶつける。

「ああ、ああ・・・ここは後から来る特別チームに任せます!」

「この家の他の部分から調べた方がいい」

「ここ以外に立ち入るな」ロベルトは険しい表情で言い切った。

「それでは完全に駆除できません」

 写ノ神がロベルトに食い下がると、太田は前を進みながら頭の中で瞬時に思いついた大きなホラを吹く。

「ああ、いいですか! この種類のネズミはエッチ好きで、やたらめったらやりまくります!群れを見つけないと子どもがいつまでも増えます!」

「ネズミは群れなんか作らねぇ」

「こ、これは群れネズミって奴で!働きネズミを送り出す学名は・・・・・・」

 ロベルトの正論を浴びせられた太田は、聞き苦しい言い訳をしながら説得力を持たせようととってつけたネズミの学名を考え、見かねた写ノ神が「有袋類」と補足する。

「そう、有袋類! “袋のネズミ”ってことっすかね!!」

 駱太郎は話に合わせると、ロベルトの前で苦笑する。

「オスネズミは、あはは・・・ネズミの世界をウロチョロ嗅ぎまわってる。ネズミのプッシーを追いかけてね。だよな?」

 下ネタばかりが飛び出す卑近なトークをし、その上で笑い始める三人に、ロベルトは眉間に皺を寄せる。

「からかってんのか?」

 明確に伝わる殺気。一瞬の沈黙が流れると―――笑いをやめ、写ノ神は真面目な顔で説明する。

「呼ばれたのは僕達です。帰りましょうか? 言っときますけど、このネズミの交尾は一日に二回です!」

「・・・分かった調べろ。全部殺すんだぞ」

 どうにも納得していない様子だが、辛うじてロベルトを言いくるめることに成功。ロベルトは三人に駆除を任せ、踵を返した。

 何とかこの場を乗り切った三人は安堵し、深いため息を漏らす。

「よし・・・何とか誤魔化したぞ」

「大したもんだ。ルーキーもえらいデタラメ並べたな」

「だってネズミが・・・」

「とりあえず、ルーキーは単細胞と一緒に盗聴器頼む」

「まさか、僕を置いてく気じゃないでしょうね!?」

「盗聴器仕掛けろ。頼むぞ!」

「おう!」

「ひいいいいぃぃ」

 写ノ神は駱太郎と太田に盗聴器の設置を一任すると、元来た道を辿って踵を返し―――残された太田は駱太郎とは異なり、周りに群がるネズミ達にいつまでも恐怖する。

 

 三人が潜入捜査の為に屋敷に侵入した頃、ロシアンマフィアのナンバーワンのアレクセイとナンバーツーのジョセフが、タピアとの再交渉のために屋敷を訪問する。

「いやー、紳士諸君! アレクセイ! ジョセフ!」

 再交渉の為にアジトへと足を運んだアレクセイとジョセフを、タピアは熱く歓迎する。

「ああ、その言葉嬉しいねジョニー。()()()()か」

 不敵な笑みを浮かべながら、アレクセイとジョニーと握手を交わす。

「当然の礼儀だよ。リラックスしてビジネスに臨もう。アレクセイ。葉巻でもどうかな?」

「もらおう」

「よし君は、ああ・・・ジョセフ。聞いたところ、君は大変なワイン通だとか?」

「まぁね」

「カルロス。ジョセフをワインセラーに案内し我々には葉巻を頼む」

 タピアはアレクセイを連れて屋敷の中へと向かう。一方のジョセフはカルロスら複数の部下に連れられワインセラーへ招かれる。

 

「どこに行くんだ?」

 写ノ神が外に出ようとすると、出入り口付近で待機していたロベルトが制止を求める。

「ああ・・・ネズミの数が多すぎるんで、車から追加の駆除剤とか持ってきます」

「寄り道せずにすぐ戻れ」

 許可を得た写ノ神が外に向かった直後、後ろからガシャン、という音が聞こえる。

 ロベルトが音のした方を見ると、案の定ネズミに動揺し続ける太田が周りにある物に蹴躓いていた。

「ああ! そこらじゅうにいて! ほんとすんません!!」

 

「結構な住まいじゃないか」

 屋敷の中へと通されたアレクセイ。社交辞令が半分、本音半分で褒め言葉を呟く。

「ママの家だ。ひどいボロ家でね、大昔に建てられたものだ」

「高価なボロ家だな」

「とんでもない。俺の新居―――キューバに建ててる屋敷は・・・ああ、すばらしい豪邸だぞ。もうじき完成するが何もかもピカピカに輝いてる」

 言いながら交渉のために必要な書類を手に取り、それにキスをしたタピアは「上に行こう」と言って、アレクセイを二階へ招く。

 

「ああ、クソ!」

「大丈夫かおめぇ?」

 盗聴器の設置を任された太田と駱太郎。周りにいるネズミをまるで魑魅魍魎(ちみもうりょう)か、牛頭馬頭(ごずめず)の類とでも見ているかのように、太田の恐怖心は異常だった。

「ああっ!!! クソッ!! でっかいータマぶら下げやがって!!」

 駱太郎が彼を心配する中、足元を移動する子ネズミの姿に太田は狼狽え、自分のキャラの維持を困難とする。

「おめぇほんとネズミ嫌いなんだな」

「僕、今日からドラえもんになります!」

「意味わかんねぇよ」

 淡白に答え、駱太郎は太田の服を引っ張り、盗聴器を仕掛けるため更に奥へと進む。

 

 ロベルトを欺き、屋敷の中庭に出た写ノ神は、監視カメラや屋敷の各所に配置された警備員の動きを警戒しながら、家の奥へと入っていく。

「よし、いいぞ」

 駱太郎と太田もどうにか盗聴器を設置できる場所まで到着―――ドリルで穴を空け、細いケーブルを通そうとする。

「あああ!!」

 目と鼻の先には巨大なネズミが三匹。理性で必死に恐怖を抑えつけ、太田は露骨に顔を引きつる。

「さっさとコード通しちまえよ」

「ううぅ・・・こんなことになるなら来るんじゃなかった」

 と、後悔先に立たず―――開けた穴に盗聴器のコードを通していく。

 盗聴器が仕掛けられる一方、屋敷内を移動していた写ノ神は、屋敷の奥にあるタピアのオフィスを発見。

 グランドピアノが置かれた部屋の側にあるドア付近に監視カメラが仕掛けられていた。写ノ神はカメラの死角へ潜りこみ、誰にも気づかれない様にカメラのコードを切った。

 監視室ですべての部屋のカメラからの映像をチェックしていたカルロスは、オフィスのカメラが突然切れ、異変に気付く。

 一旦モニターを手で叩き、それでも直らなかったので、無線でロベルトに連絡を取る。

「ロベルト。オフィスの監視カメラが切れた」

「そこらじゅうボロボロだな」

 さり気無く屋敷の設備を蔑み、ロベルトは持ち場を離れ、オフィスへと向かう。

 ロベルトが移動を始めた際、写ノ神はオフィスの机の陰に小型マイクを設置し、無線で駱太郎と太田に報告する。

『こっちはマイクを付けた。そっちは?』

「三つ目仕掛けるところだ」

「直ぐに終わらせます」

 と言って、最後の盗聴器を仕掛けようとした矢先―――駱太郎と太田は奇妙な物音を耳に入れる。

 そのとき、物音がする方に視線を向け、あんぐりと口を開ける太田を余所に、若干興奮した様子の駱太郎が写ノ神に報告する。

「写ノ神! 写ノ神!」

『どうした? なんかトラブったのか!?』

「すげーんだ。パパネズミが、ママネズミと激しくハメてるぜ~! もろにバコバコ突き上げてやがる!」

 二人が目撃したのは目の前で交尾をする二匹のネズミ。凄まじく情熱的な野生動物の生殖行為を、二人はまじまじと見つめ―――そして息を飲む。

『その情報が仕事を進める上でどんな役に立つってんだ?!』

「人間と同じ体位なんだよ!! 正常位ってことだぜおい!!」

『交尾がん見してる暇があんならさっさと盗聴器仕掛けろよ!!』

 あまりに下らない報告に腹を立てた写ノ神は、二人を叱咤し無線を切った。

 

「ネズミ駆除の男は?」

 オフィスに向かう途中、いなくなった写ノ神をロベルトは様子がおかしい事に気づき、慌てて探そうとしていた。

 写ノ神はオフィスの中を物色していた。

 すると、クズカゴに入っていた紙クズに目を付けた。紙クズは隣に設置されたシュレッターにかけられ、原形をとどめていない。

 何かの情報がつかめるかもしれないと思い、誰にも見られていないことを確認し、写ノ神は手早く紙クズを拾い上げ、鞄の中へと仕舞う。物音がすると、噴射器を持ってオフィスを退散。

 しばらくして、監視カメラの状態を確かめに来たロベルトは、オフィスの様子を見まわしてから、監視カメラのコードが抜き取られている事に気付く。そして、足元には周りに写ノ神が置いて行った道具が散らばっている。

「こっちの様子がおかしい」

 直ちに無線で連絡を取り、ロベルトは消えた写ノ神の捜索へ向かう。

 

           *

 

同時刻―――

屋敷2F 会議室

 

 盗聴器を仕掛けるために穴を掘り進める駱太郎と太田。その際、天上から細かい粉が落ちていく。

 二階の会議室でアレクセイと向き合い、一対一で話し合いをしていたタピアは、葉巻を吸いながら天井から振ってくる粉に気付く。

 落ちて来た粉を手に取ると、タピアは天井を仰ぎ見―――自然とそれがネズミの仕業であると考え、舌打ちをする。

「ネズミ共め・・・」

「ああ、そこらじゅうにいる。ゴキブリと同じだ」

アレクセイの言葉に、タピアは鼻で笑い―――腹立ちまぎれに葉巻を吸う。

「悪く思わないで欲しいが・・・ビジネスの話は、パートナーが戻ってからにしてくれ」

「君たち二人で勝手に支払い金額を減らしておいて、悪く思うなだって?」

「ジョセフが来てからだ。私は数字に弱くて・・・あははは!」

飄々とした態度でタピアとの一対一での交渉を避けようとするアレクセイ。そんなビジネス相手の考えを見透かし、タピアは不敵な笑みを浮かべる。

「カルロス。ジョセフを連れて来てくれ」

 キューバ語で呼びかけると、カルロスに呼ばれた巨漢の部下が木の椅子を運んで来、それをアレクセイの隣に置く。

 怪訝そうにするアレクセイ。タピアはワイングラスの中のワインをひと口啜り、口元をつり上げる。

 間もなく、巨漢の部下はギチギチに詰められたバラバラの人間の四肢が飛び出すキューバ製の樽を持ってきた。

 開いた口が塞がらなくなるアレクセイ。そして同時に悟った。樽に詰められたのはワインセラーに案内されるフリをして、タピアの怒りを買って報復されたジョセフの成れの果てだと―――

「どうだ」

 変わり果てたジョセフが、樽の状態で椅子に置かれる。

「君のパートナーが来たぞ」

 切断された太い二の腕。骨や神経が生々しく見え、樽の中からジョセフの血が滴り落ちる。

「話を始めようか?」

 そう切り出し、樽を凝視するばかりのアレクセイを見ながら、「カルロス、もう一つ」とタピアは指を鳴らす。

 別の部下がキューバ製の樽をもう一缶持ってくる。最初からタピアは、再交渉にやってきたアレクセイ諸共二人を殺害するつもりであった。嫌が応でも抵抗を見せればただちに報復をするという強い意思を見せつけ、タピアはアレクセイに言う。

「サインしてくれ。56世紀にある君のフロリダのクラブを全部俺に譲ると。今後は俺が仕切る。仕入れから小売りまですべてを。いいな? 中に入る売人はいらない。特に、ロシア人!」

 自分の中でロシア人を毛虫のように嫌っているタピアが強い口調で言い放つ。アレクセイは葉巻を灰皿に置き、おもむろに口を開く。

「こういうのもなんだがね・・・ミスタータピア。私の国ではこういう話はしょっちゅうある」

「気の毒な国だな、はっ」

「死体をこんな安っぽい箱に詰めるのはキューバの伝統かね?」

 と、圧倒的に不利な状況の中―――悔し紛れに負け惜しみを口にする。

「おいよく聞けよ、ロシアのチンピラ野郎。俺が、このジョニー・タピアがお前の首を切ってやる」

「私を殺してみろ。とんでもないことになるぞ」

 仮にもロシアンマフィアのナンバーワン。殺してただで済まない事をタピアに言い放つ。険悪な雰囲気の中、タピアは切り札としてとっておいた最強の交渉材料を取り出す。

カルロスが頃合いを見て誓約書を机の上に放り投げペンを置くと、タピアは木の机の箱から取り出した二枚の写真を、アレクセイに見せつける。

「君の奥さんを寝取ろうか? サッカー好きの息子と遊んでやろうか?」

 アレクセイの妻が写った写真と、サッカーに夢中な幼い一人息子が写った写真を見るなり、アレクセイは露骨に動揺。

「俺の娘はこの子を知ってる」

 最強の切り札を行使したタピア。たちまち立場が逆転し―――アレクセイは否応なく屈服、机の上の誓約書に手を伸ばす。

「必ず後悔するぞ」

 言いながら、タピアを睨み付け、アレクセイは誓約書にサインをする。

「これからも是非友だちでいたいものだな。友情と信頼と尊敬がなくなったらどうなる?」

 サインし終わった誓約書を前につき出すアレクセイ。彼からフロリダのクラブを手に入れたタピアは、不敵な笑みで呟く。

「それがなければ、我々はケダモノ以下だ」

 

           *

 

同時刻―――

屋敷1F 調理場

 

 キッチンに潜りこんだ写ノ神。足跡を残さないよう元来た道にスプレーを吹きかけながら、見つけた監視カメラのモニターにも吹きかける。

 監視室のカルロスは、オフィスに続いて映像が途切れたキッチンの監視カメラを見るなり、無線でロベルトに連絡。

「キッチンのモニターが消えた。おかしいぞ、どうなってる?」

 

「う・・・ひでえ」

 キッチンの中を物色した写ノ神の目の前に、想像を絶する光景が映った。

 調理台の周りは報復を受けたジョセフの返り血が、床や壁にべっとりとこびりついており―――彼の体を切り刻んだ調理台の上で、写ノ神は重大な証拠を見つける。

「見つけたものがある」

 駱太郎と太田に連絡を取り、写ノ神は切断されたジョセフの指輪付の中指を拾い上げる。

 

【挿絵表示】

 

『男の指だ』

「なんだって?」

「指って! あとはネズミが喰ったんですか!?」

 報告を受けるや、二人は目を見開き仰天。自らの耳から入って来た情報を疑った。

「何やってる?」

 キッチンを出ようとした直後、ロベルトが鋭い剣幕を浮かべ、写ノ神の前に現れる。

「ああ、どうも。あんたを探してたんすよ。何がいけないか分かった」

 ジョセフの返り血で血塗れとなった調理台を一瞥し、写ノ神は鋭い表情となり、躊躇いなくロベルトに言い放つ。

「おまえらが薄汚ねぇドブネズミだからだ!」

「デューク! ホセ!」

 無線で連絡を取ろうとしたロベルト。咄嗟に写ノ神は持っていたスプレー缶で頭部を殴り、その隙に逃走を図る。

「逃げろ! 逃げろ!」

 

「どうしたんだよ!?」

『急いでここを出ろ! 逃げろ!』

「くそ! 行くぜ、ルーキー!」

「あ、はい!!」

 連絡を受けた二人は、作業を止め―――慌てて三階からの脱出を図る。

 窓を突き破り、屋敷の外へと出た二人はベランダを飛び越え、移動する。

「急げ、早くしろ!!」

「こんなのもうイヤだ!」

 身軽な動きでベランダを飛び越え、先導する駱太郎の後を―――太田は愚痴をこぼしながら必死で付いて行く。

 ガシャン―――。

 やがて、一階の窓ガラスを突き破って写ノ神が豪快に転がり込んできた。三人が合流を果たした直後、ロベルトと彼が呼んだ仲間たちが銃を撃ってくる。

「ヤッベー!」

「急げぇ!」

 銃撃から逃れようと、一目散に車へと走り出す三人をロベルトたちが追いかけてくる。

「行くぞ!」

 車に乗り込むや、駱太郎はアクセルを全開にし、屋敷から逃げ出そうとする。

「ほーら見てください! 薄々こうなると思ってましたよ!」

「文句なら帰ってからたっぷり聞いてやるよ!!」

 太田の小言を隣で聞きながら、駱太郎はハンドルを大きく回し、大慌てで外へと発進。ロベルトたちがなりふり構わず銃を撃ちまくり、ガラスを突き破った銃弾が車内に流れ込む。

「うわあああぁあ」

「走れこのオンボロ!」

 激しく揺れる車内。飛んでくる銃弾に太田は動揺を隠しきれなかった。

「そのままアクセル踏んでろ! 俺が時間を稼ぐ!」

 と言って、写ノ神は腰元に携行していたカードホルダーから漢字で「雷」、英語で《Thunder》と併記された赤いカードを取出し、後方へ投げつける。

「おらっ!」

 すると、カードから電撃が放たれ、ロベルトたちの動きを一時的に封じる。

「うわああ! ・・・くそっ!!」

 電撃に驚いたロベルトは、三人の逃亡を許してしまい、激しく憤る。

「ふう~。何とか撒いたな」

「写ノ神さん、ありがとうございます。ところでさっきの何ですか?」

 写ノ神の能力を知らない太田が、彼が使った赤い無地のカードについて尋ねる。

「こいつは『魂札(ソウルカード)』つってな・・・俺の主力武器(メインウェポン)だ。色々仕えて便利なんだぜ」

「よ、四分隊が作ったんですか?」

「いや。俺が元々持ってた力だ」

「力―――? な、なんかよくわかんないけど凄い」

 車は、タピアの屋敷の圏外へと出て行き―――辛うじて潜入調査を終えた。

 

 三人の逃亡を許したロベルトは、今回の事をカルロスに報告。

「金の受け渡しの時に現れた、三人組のギャングらしいと」

 カルロスからの報告を受けたタピアは屋敷の外に出ると部下たちを集め、ロベルトから事の経緯について事情の説明を求める。

「なぜこんなことになった?」

 殺意を秘めた眼差しを向けながら、タピアがロベルトにゆっくりと歩み寄る。

「わかりません。ネズミ駆除を頼んだら、あいつらが来て」

「わからない? ネズミはお前だろう? そんなこそ泥どもを、俺の母親の家に入れたんだな」

 怒り心頭のタピア。彼の怒気に臆するロベルトは、必死に弁明をする。

「ジョニー、違います! 俺はそんなこと・・・」

「俺の娘や母や金を、危険にさらすやつは―――死ね」

 

 

 ―――ドンッ

 

 ロベルトの失態を決して許さなかったタピア。懐から取り出した拳銃をロベルトの眉間に突き付け、一瞬にして至近距離から銃弾を浴びせる。

 脳天を貫かれたロベルトは、射殺され力なく倒れる。その返り血が、後ろに立っていたカルロスの顔にべっとりと付着した。

「葬儀場に送っておけ」

 サングラスを外し困惑するカルロスは、ロベルトの返り血を拭きながら恐る恐る了承。

 そこへ、銃声を聞きつけたタピアの母―――ドナマリアが二階のベランダから顔を出し、変わり果てたロベルトの姿を見ながら尋ねる。

「ジョニー! ロベルトに何があったの?」

「自殺したんだママ。ピストル自殺だ」

「あぁ・・・なんてことなの」

「悲しいな。仲間がこんなことになるなんて・・・ママには言ってなかったけど、あいつ色々と悩んでたみたいだからな」

「ロベルトのママにおくやみの手紙書いて」

「書いておくよ」

 言って、タピアは右手でロベルトを撃ち殺した銃を敢えて見せながら、実の母親を欺く笑みを浮かべる。

 

           *

 

西暦5538年 4月24日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 潜入調査に向った駱太郎と写ノ神、太田の三人がオフィスに戻る直前―――ドラ達四人は書類整理をしながら、彼らの帰りを待つ。

「あの三人に行かせて大丈夫だったかのう?」

「上手くやってるといいんですが・・・」

「大丈夫ですよ。しっかり者の写ノ神君がついていますから!」

 不安になる龍樹と幸吉郎に対し、茜は夫である写ノ神を強く信頼する。

 と、そのとき―――危険な潜入調査から辛うじて生還した作業服姿の三人がオフィスの中に入ってくる。

「おかえり。成果は?」

「おお、バッチリよ」

「すげーもん見つけたぜ」

 至って元気そうな駱太郎と写ノ神がドラに報告する一方、その隣を歩く太田は疲れ切った表情を浮かべ、肩の力を落としている。

「どうしたんじゃ? また理想と現実とのギャップにうんざりか?」

「もうそれでいいですよ・・・」

 龍樹の問いかけに、半ば諦めかける太田。

 写ノ神は、タピアの屋敷から入手したジョセフの中指が入った透明な箱を持って、昇流の前に持ってくる。

「長官、これなんだと思います」

「うわああ! おい、写ノ神てめぇふざけんのよせよな!」

 慣れない書類仕事をしていた昇流は、突然見せられた切断された中指を見るなり、周章狼狽。椅子の上からひっくり返りそうになる。

「どうしたんですかそれ?!」

「重要証拠ってことか」

 グロテスクな証拠を見せられ顔を引きつる茜と、真剣な眼差しで問いかけるドラ。

「ああ。屋敷のキッチンで拾った」

「死人の指なんか拾ってくんじゃねぇよ! マジでっ!」

 ジョセフの中指に終始狼狽する昇流が率直な気持ちをぶつける。

「すまねぇが、超特急でこの指の指紋調べてくれ。よろしく」

「あいよ。任せとけ」

 指を受け取ったドラは、内線でハールヴェイトに連絡をつける。

 ほどなくして、ドラ達のオフィスにやってきたハールヴェイトは、問題の指を受け取る。

「ほら、こいつだ」

「おお・・・これはまた酷いね」

「それからさ。こいつも屋敷で手に入れて来た」

 言いながら、写ノ神は鞄の中からシュレッターにかけられた紙クズを取り出す。

「ハールヴェイト。これに何書いてあったか分かるか?」

「もちろんだ」

 紙クズの復元を依頼されたハールヴェイトは、写ノ神が押収した紙クズを受け取る。

「一応、屋敷の三カ所に盗聴器を仕掛けてきました」

 自分のデスクに荷物を置いた太田が、深いため息を吐いてから報告。

「よくやった。やればできるじゃんか」

「でも、違法ですよね?」

「まだ言うかそれ! 言っとくけどな、警察が取り締まらない違法行為は違法行為にすらならないんだからな。自転車の二人乗りや無灯火が立派な道交違反だって言うのに、警察はほとんど関与しないだろ、あれと一緒だ」

「いや・・・・・・なんか違う気もするんですけど」

 

           *

 

時間軸2004年―――

アメリカ合衆国 ジョニー・タピアの屋敷

 

「おまえたち!」

 ロベルトを射殺したタピアは、玄関前に集めた部下一人一人をじろりと睨み付け、指を差しながら目の前に置かれた棺桶に腕を乗せ、言い放つ。

「突き止めるんだ! あの東洋人三人組のクソ野郎どもの正体を! そしてあの三人を、このママの庭の! 棺の中に! 横たえてやる!」

 自らの支配地に足を踏み入れた彼らを、決して許さないタピア。

 彼は持てる力を使って、屋敷に侵入してきた駱太郎たちを見つけだし、死体にした暁に用意した棺の中に葬ると誓った。

 

           *

 

TBT本部 第四分隊 科学捜査班

 

 依頼を受けたハールヴェイトは、ドラ達を呼び出し、最初に切断された中指の持ち主の情報をパソコン画面に表示する。

 表示されたジョセフの肖像画を見ながら、英語で書かれた彼の名を写ノ神が読み上げる。

「あの謎の指の持ち主は―――ジョセフ・クニンスカビッチ」

「ああ、オイラ知ってるよ。こいつロシアンマフィアのナンバーツーだ。ソチにバルセロナ、あとフロリダにいくつものクラブを持ってる」

「タピアがロシアンマフィア殺し始めたのか?」

 ジョセフの写真を見ながら駱太郎が言う。その隣で、紙クズの復元作業に当たっていたハールヴェイトが解析を完了させる。

「出たぞ!」

「それはなんじゃ?」解析作業を見守っていた龍樹が尋ねる。

「コンピューターで画像のトーンやモノクロをマッチさせた、いわば一種の視覚的暗号解読。俺が開発したんだ!」

「へえ~、凄いですねそれ! 僕も趣味でパソコンをいじることは良くありますけど、さすがですねー」

「なんか作ってんのか?」

「当ててみましょうか。そうですね太田さんの性格からして・・・・・・RPGを作っているとか!」

「え! な、なんで分っちゃうの!?」

 茜の予想が見事的中。太田は、自分の性格からパソコンで作っているものに辿り着く茜の推理能力に、軽く驚いた。

「話を戻すぞ。シュレッターにかけられた紙クズは写真だ。ボートらしいな、“デキシー7”」

 言いながら、モノクロ写真に写ったデキシー7の船体名を拡大表記する。

「“デキシー7”? どっかで聞いたことある名前だ・・・」

「登録されてる所有者は、フロイド・ポティート」

「ポティート兄弟か」

「誰ですか?」

 ドラが怪訝そうに尋ねると、話を聞いていた昇流は深い溜息をつく。

「ドラよぉ・・・お前って奴は自分に興味がない事はまるで頭に入れないんだな。忘れたのかよ、例のKKKの集会で、お前が耳ふっ飛ばした奴だ」

「ああ・・・そんな奴もいましたっけ」

 と、ドラは昇流が言うように、自らの興味の枠に納まらない相手の事をほとんど記憶していなかった。

「人の撃ち方教えてよ」

 唐突に、ハールヴェイトがドラに懇願する。

「あのですね・・・それを教わって何をする気なんですか!?」

 不安に駆られた太田が声を上げると、幸吉郎が別所員から渡された盗聴テープを持って、ドラ達の元へ歩み寄る。

「兄貴、タピアを盗聴したテープです」

「再生してくれ」

 早速、盗聴したテープの中身を確認する。再生と同時に、タピアとカルロスがキューバ語で重要な事を語りだし全員が耳をそばだてる。

「翻訳すると、あいつの部下がこう話しています。“はい、ボス。身元不明の死体が山ほどある。中身は抜いておく”」

「死体の中身を抜いておく? ・・・じゃと」

「どういう意味でしょうか?」

 意味深長な言葉に、龍樹と茜が怪訝そうに聞く 。

「それから、ここなんですが・・・」

 ところどころ飛ばして行き、幸吉郎はとある問題個所を再生。ドラ達がテープの中身を聞いていると―――タピアが英語でとある女性と話し出す。

『俺を知ってるか?』

『名前ぐらいは』

 女性の声を聞いた瞬間、ドラは目を見開き―――眉間を顰める。

「この声って・・・・・・シドさん?!」

 太田も一度は聞いた声。タピアと話をしていたのは、囮捜査官として独自に接触を試みようとしていた麻薬局のシドだった。

『ユーモアのセンスあるな。二時にビーチのショアークラブで会おう』

「あいつ何も知らないで」

 テープを聞き終えたドラは、最悪の事態になり得ると考え、静かに歩き出す。

「みんな、ついて来てくれ」

 

           *

 

時間軸2004年―――

アメリカ合衆国 フロリダ州マイアミ州 ショアークラブ

 

 約束の時間。多くの人間が砂浜にパラソルを立て、燦々と照りつける太陽の下でゆったりと寛いでいる。

 タピアに会うためビーチにやってきたシドは、グラマーな肉体を惜しげもなく見せる水着となり、タピアとの会談に臨む。

「バカルディモヒート頼んだの」

「モヒート! そりゃいいね」

 タピアは隣の美女と、エロティックな肉体を強調する周りのティーバック美女を一瞥、笑いが止まらなくなる。

「マイアミ! 最高だね」

 

「オーケー。9番をズーム。ボリュームも上げてくれ、頼む」

 ビーチ近くに停車された一台のトラック。囮捜査官のシドのサポートをする麻薬局の仲間たちが、盗聴器から入ってくるタピアとの会話を逐一聞き取り、モニターで監視する。

『ひと泳ぎしようじゃないか。涼しくなる』

 タピアの提案にシドは若干困惑。視線を彼から逸らし、やがて振り返り言う。

「・・・ここで酔うのもいいな。どうかしら?」

「泳いでから飲もう。それとも君は―――何か理由があってその美しいボディを濡らしたくないのか?」

「・・・素直に盗聴器つけてるのかって聞いたら」

「俺は泳いでくる」

 言って、サングラスを外すタピア。シドはこの面倒な判断に悩んだ。

「どうする気だ?」

「あの野郎! クソッ。海に誘われた」

 二人の様子をモニターとビーチで監視をしていた捜査官は、盗聴が不可能な海へと誘われたシドと、それを連れて行ったタピアを凝視。悔しそうに腕に力を込める。

 仲良く手を繋ぎ合い、タピアはシドと一緒にコバルトブルーの海へと入る。

「利口なやつだ」

 敵ながら狡猾でしたたかなタピアをそう罵り、つけていたヘッドフォンを放り投げる捜査官。

 マイクが水に浸かったことで盗聴ができなくなったこともあるのか、タピアは海の水に浸かりながらシドに言う。

「君を雇いたいんだ。余計な会話で時間をムダにするのはよそう」

「ほんと余計よね。なぜ私を雇うの?」

「君の前の雇主と同じ理由だ。あいつが持っていたロシアのクラブは、全て俺のものになった。俺はやがてこの北米で・・・いや、地球上で最大のエクスタシー密輸業者になる。君も若くして大金持ちになれるんだ。だからこそ・・・」

「考えは分りました。ミスタータピア」

「ああ」

 シドは妖艶な笑みでタピアを見つめ、急速に接近する。

「それがあなたの本心なら、喜んで仕事します」

「―――・・・よし! 仕事をしよう、ははは」

 至極ご機嫌な様子で、タピアは塩分濃度の高い海に浮かぶ。

 

           *

 

同時刻―――

ショーアビーチ近郊 リゾートホテル

 

 シドに警告をするため現地まで飛んだ鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の七人。シドが宿泊しているホテルのフロントに集まり、彼女が戻って来るのを待つ。

 周りに怪しまれないよう、欧米風の格好に身を包んだ一同。幸吉郎と駱太郎、龍樹、写ノ神と太田の五人はドラと茜を待っている。

「ったく。どうにもアメリカンスタイルはチャラついてていけねぇ」

「そうですか? かなり似合ってますよ」

「ふん。男に褒められても嬉しくもねぇ」

 さり気無く洋服を着こなす幸吉郎を素直な気持ちで褒める太田。

「拙僧はどうかな?」

「ああ。爺の鶏がらみたいな肌が見えて気持ちわりぃ」

 一方で、駱太郎は服の評価を求める龍樹をあからさまに貶す。

 そこへ、遅れること数分―――洋服に着替えた茜が皆の前に現れる。

「すいません・・・遅くなりました」

 気恥ずかしそうに声を出す茜。写ノ神と太田は目を見開き、彼女の姿に言葉を失う。

 元々着やせするタイプの茜は、白をベースにしたワンピースにミュールを履いており、清楚なイメージに加えモデル並みの美しさを周りに見せつける。

 世の男性が一度は茜の方へと振り返る。茜本人は非常に気恥ずかしそうにもじもじとしながら、男どもの方へと歩いてくる。彼女の恥じらいがむしろセクシーに映る。

「えっと・・・・・・茜さん、ですよね?」

「そ、そうですよ・・・」

「ああ、茜~~~。やっぱお前、洋服着てもかわいいなぁ~~~♡ メッチャクチャそれ似合ってるぜ!!」

「でも、やっぱり洋服は苦手です・・・///」

 和服姿とは異なる眉目秀麗の少女は、いつも以上に塩らしくなる。それを心底気に入った写ノ神が彼女の髪を愛おしく撫でる。母の形見として茜が常時身に着けている髪紐を敢えて外したことで、桜色の長髪がより瑞々しくキューティクルの美しさを強調する。

(確かに写ノ神さんの言う通りだ。普段の大和撫子って感じとはだいぶ印象が違う。というか、僕の見る限りこっちの方がかわええ~~~♡)

 印象が異なる洋服姿の茜を見て、太田が誤って好意を抱いて生唾を飲み込むと、それに気づいた写ノ神が殺気の籠った瞳で睨み付ける。

「おい! 人の嫁ジロジロ見んなよ!」

「あ・・・! す、すいませんでした!!」

 写ノ神の嫉妬心に当てられ、たちまち太田は委縮し、有無を言わさず謝罪する。

「ドラはどうした?」

「私以上にコーディネイトに時間がかかっているみたいですよ」

「ていうか、ドラさんも着替えるんだ・・・」

 と、何気なく太田が呟いた直後。

「おまたせー」

 ドラの声が聞こえた。全員が視線を向けると、現れたのは異様な姿のドラえもんである。

「「「ぷっ! でははははははは!!!!」」」

「ぷぷぷぷぷぷぷ・・・・・・ドラさん、それなんですか?」

 ドラの格好を見るなり、駱太郎、龍樹、写ノ神は大笑い。茜も必死で笑いを押える。

「ば、バカヤロー!! てめーら兄貴に謝れ!!」

「で、でも幸吉郎さん・・・/// これは流石に変ですよ///」

 太田が笑いを我慢しながら涙目で訴えかける。

 ドラの格好は、緑のアロハシャツにサングラス、短パンと言うスタイル―――完全に彼のイメージからはほど遠いチャラチャラした風貌だった。

 皆の前にやって来るなり、笑い攻めにあうドラは悔しそうにサングラスを外し、メンバーを一喝する。

「笑うなよ! しょうがないだろ、こんなものしか思いつかなかったんだ!」

「で、でもよ・・・流石にお前がそれを着る勇気があるとは正直思わなかったぜ。てかお前、悩んだ挙句にそれって・・・だはははは!」

「あのすいません、それどうしたんですか///」

 笑いを押える太田が全員を代表して、ドラに尋ねる。

 サングラスをかけ直し、ドラはどこか不貞腐れた様子で答える。サングラス姿がまたおかしい。

「ふん! 昔、どっかの義理の弟がくれたんだよ!」

「ぎ、義理の弟なんてものが居るんですか・・・ぷぷ・・・ますますおかしい///」

「うっさいな!! もう何も訊かないでくれ!!」

 そっぽを向けると、ドラはシドが戻るのを待って、近くのカフェでコーヒーを飲むことにした。

 

「いいぞ、よくやった」

 海から戻ったシドは、フロントの一角で新聞を読みふけっていた仲間の捜査官と合流。

頃合いを見計らい、写ノ神と茜が二人に近付き、シドに対して身分証を提示する。

「うちの隊長があんたに話があるんだ」

「お時間は取らせません。お話を宜しいですか?」

「おい、どういうことだ?」

 何も聞かされていない捜査官が困惑する。シドも訳が分からず、言われた通りドラの元へと向かうことにし、二人の後へと付いて行く。

 ドラを始め鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーを見つけると、シドは真っ先にドラに尋ねる。

「・・・その格好どうしたの?」

 まず、何よりも気になったのはドラの異様な格好。ちょっと引いた目で見るシドに、幸吉郎以外の全員が笑いを抑える。

「訊かんでくれ」

 言いながら、ドラは掛けていたサングラスを外す。

「捜査の邪魔するつもりなの?」

 あくまでもシリアスなシドに太田は吹き出しそうになるのを抑えて、頬をつねる。

「キューバの極悪人と海に浸かってただろ?」

 その言葉を聞かされた瞬間、シドの眉がピクリと動く。

「なんでそれを?」

「あいつを盗聴してる」

「ちゃんと令状とったの?」と、周りに問い質すシド。

「そんなことは良いんだよ」

「いやよくないですよね!?」幸吉郎のさり気無い言葉を、太田は聞き逃さずにきちんとツッコム。

「兄貴がこんだけ心配してんのに、どれだけ危険かおめぇはわかってねぇ」

「それは十分分かってるし、捜査をこなせる腕も十分ある。子ども扱いはやめてよ!」

と、その場から移動をしながら文句を垂れるシド。

「お前はあいつをたぶらかすための囮」

「何て言ったの?」

「へっ。あいつに雇われたのもな、水着着ると、色っぽいからだ」

「まぁいいじゃろう。そこらに座ろう」

 龍樹の発案もあり、全員は近くのソファーに座る。座った後で、ドラは真剣な表情でシドに言う。

「なぁシド。これだけは知っといてくれ。タピアは自分の母親のキッチンで、ロシアンマフィアを切り刻んだ」

「キッチンでですよ! 調理台に、キュウリとかジャガイモみたいに指が転がってたんです!」

 ドラの言葉に便乗し、太田も目の前にシドに強く言う。

「麻薬戦争の真っ最中だ」

 この話を聞き、シドは嘆息を吐いてからおもむろに口を開く。

「本部はあいつを12回逮捕して一度も有罪にできない。今度は麻薬局(うち)に任せてちょうだい。やらせて欲しいの。あと一歩まで来てるんだから」

「何があと一歩だって?」

 駱太郎が率直に尋ねる。

「組織の資金洗浄(マネーロンダリング)を任されたのよ。一、二カ月で有罪にするための証拠が掴める」

「こっちは一日か二日だぜ」

「私達で、タピアの組織の鍵を掴みました」

 この事実を聞かされ、シドは絶句し開いた口が塞がらなくなる。

「ああ、言葉がでねぇだろ。お口あんぐりか? どうだ?」

「止すんだ幸吉郎、タイムアウト。止せってんだよ!」

 何かとシドに反目しようとする幸吉郎を諌め、ドラはおもむろに言う。

「オイラ達はある男からタピアのブツの運び先を聞き出しに行くんだが、一緒に来るか?」

「え?」

「兄貴。冗談ですよね、それ? 来るかってまさか!」

 誰もが耳を疑う中、ドラの発案に対し「いつ?」とドラに食い下がる。

「今夜だ」

「呼んで。Tバック持ってく?」

 というシドの問いかけに、幸吉郎はどこか悔しそうに舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その6:正義はスーパー戦隊と仮面ライダー、それと少年ジャンプの中にしかないものと思え。自らの利益のためだけに全力を尽くして働く。被創造主に出来るのはそれだけでありそれ以上のことをするべきではない

 

おいおい、いくらなんでもネガティブすぎるんじゃないのドラさん? しかし、ドラの考えは曲がらない。とは言え、やっぱり日本人は昔から、勧善懲悪で成り立つ正義が好きなようだ。(第4話)

 

その7:社会正義を貫こうとするあまり、自己正義を見失ったら本末転倒だ

 

自分の中の「信念」や「正義」が自分勝手なものでそれを押し通す事で周りに迷惑を掛けることは意味がないだろう。ゆえに物事の本当の意味と言うものが必要になって来る。それが解った時初めて自分の持つべき「信念」や「正義」を貫いて行けばいいだろう。(第4話)




次回予告

太「いいんですか、シドさんにあんなこと言って」
ド「どの道後戻りはできないんだ。あいつの意思を尊重しつつ、こっちで先にタピアを挙げれば済む話だ」
龍「それで、フロイド・ポティートから情報を聞き出すという魂胆か」
太「また嫌な予感がしてきたな・・・これからは胃薬を常備しておこうっと」
ド「次回、『空っぽ死体の謎』。予め告知しておこうか。またカーチェイスやるって!」

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