「A:実は所長の正体がゲイで、囚人相手に性的な暴行を加えた。B:実はマクフィアソン判事は男で、ひょんなことから素性がばれてしまった。C:実は善良と言い張っていたニックは超が付く悪党で、どさくさに紛れてレスターから金塊の在り処を聞き出そうと武装して襲って来た。さぁこの中に正解はあるのだろうか!!」
ニック「口を挟んで申し訳ねぇがな・・・ひとっつも合ってねぇよ!!つーか最後の奴に至っては事実を大きく歪めたデタラメじゃねぇか!!」
西暦5539年 4月11日
小樽市 居酒屋ときのや
午後7時半過ぎ。刑務官時代のドラとニック、サルコファガス最高時間刑務所での出来事を酒の肴に、ときのやに集まった
「ドラさんって昔から横暴だったんですね」
「というより理不尽なんだよなこいつは。まぁ大よそその通りではるがな・・・」
呆れ半分に太田がぼそっと呟くと、ニックも同意しビールジョッキを口元へ近づける。
「理不尽なくして魔猫は語れないからね。つーか太田君、君はこの後どんな理不尽な目に遭いたいのかな、リクエストはあるかい?」
「ええっ!!これって、地獄行きパターンって奴ですかひょっとして///」
今になってドラの前で自分がいかに軽薄な事を言ってしまったのかを実感するが、後悔先に立たず。見るからに魔猫は表情こそ笑ってるものの全身から禍々しいオーラを発しており、右の丸い手からは関節など無いはずなのにボキボキという音が聞こえている。
「にししし。最近地獄レパートリーに自衛隊のレンジャー訓練ってのを加えてみたんだけど、よかったら試してみるか?とってもいい経験になると思うんだ・・・・・・」
「いやいやいやいやドラさん!!目が笑ってない・・・目が笑ってませんから・・・///」
慄き後ずさる太田と、彼に詰め寄るドラは満面の笑み(凶器を内包した)を近づけてくる。
思わず失禁しそうになったそのとき―――ドンドンと、店の扉を叩く音が聞こえた。
「おい大将!!貸切なんてケチなこと言わないで俺も入れてくれにゃー」
「げっ!このニャーニャーボイスは・・・」
「あいつか!」
ある意味では太田を救ったであろうこの声。ドラや幸吉郎が露骨に顔を引き攣り一抹の不安を抱く中、時野谷の好意で店に入れて貰った声の持ち主―――隠弩羅は
「出たこの猫又野郎!」
「隠弩羅だよ!妖怪はむしろそっち!」
「誰が妖怪だ!!良い根性してんな覚悟しろ!!」
刀を手に取り露骨な敵意をぶつけてきた幸吉郎の言い方を訂正し、義兄に向かって妖怪と罵った瞬間、ドラは憤怒―――隠弩羅に詰め寄り大きめの口で耳を齧り、さらには顔ひげを強く引っ張った。
「いてててて!!!やめてやめて本気でやめてくれ~~~///」
「だったら人の顔を見るなり妖怪呼ばわりするんじゃなーい!!」
「兄貴、頼むから耳とひげはやめよう、な!な!な!」
次から次へと状況が激しく様変わりする。太田はドラに怒りの矛先を向けられ理不尽な目に遭っている隠弩羅の姿を見ながら呆然とする。そして何より、彼はまだ隠弩羅の存在を認知していなかった。
「あ、あの・・・あれ何なんですか?!」
「ドラさんの義理の弟さんの隠弩羅さんです」
「えっ!義理の弟って・・・前に言ってた話、冗談じゃなかったんですか!?」
新人捜査官配属編での出来事を思い出していただこう。麻薬王ジョニー・タピアとの接触を図った麻薬局捜査官シド・レーガンの危機を察した
「いや~、オイラとしても全力で否定したいところなんだけど・・・生憎否定できない事実なんだわ。あ~悔しい!」
「悔しがるな!仮にも義理の兄の言葉とは思えねぇ!!」
「まぁいいじゃねぇか。おい、義理の弟。おめぇも一緒に呑もうぜ」
「ほいキタ!!やっぱし持つべきものは友だぜよ!」
相手が誰であろうとニックは歓迎した。知り合って間もない隠弩羅を酒の席に招き入れ、メンバーは一気に9人(魔猫兄弟を人としてカウントする事に若干の抵抗を感じるが)となった。
「サルコファガス最高時間刑務所新所長のニックだ」
「俺は隠弩羅。こう見えても魔術師だ」
「なんかメチャメチャ当たり前のように自己紹介しちゃってますね・・・」
「相変わらず社交的だよなこいつ」
酒は人間関係を円滑にするための潤滑油とはよく言った(厳密に言えばまだ飲んではいないのだが)ものである。人と機械の垣根を越え友情の輪を作る隠弩羅の姿をシュール過ぎる―――太田と昇流は内心そう思った。
「おい大将、俺ウィスキーロックで頼むわ。ついでにカツ丼も食いてぇから作ってくれ!」
「そんなものあるわけがなかろうて・・・」
「ありますよ。直ぐに用意します」
真っ向から否定した龍樹の言葉を即行で否定し、時野谷は隠弩羅から注文を受けると厨房へと戻り、カツ丼を作り始めた。
なぜ居酒屋なのにカツ丼が置いてあるのかは不明だが、この状況を見ていた茜が思わず口にする。
「なんだか・・・HE○○で有名なあのお店みたいですね」
「ここってそんな店じゃない気がするけどな」
某テレビ局が熱心に視聴率アップに力を注いだ月9ドラマでは、どんな客の要望にも「あるよ」という言葉だけで返し、お目当ての物を即座に用意するという変わったバーテンダーがおり、時野谷は正にそれを彷彿とさせた。
と、そのときまたしてもドンドン、と扉を叩く音が聞こえてきた。全員が扉の方を注視すると、ニックと同じ黒人の知り合いが顔を見せた。
「なんだなんだ。
「バカ騒ぎなら俺らも混ぜてくれよ!」
「ハールヴェイト!ハリーも!」
やって来たのは第四分隊所属の黒人で、一人は特殊兵器開発センターのハールヴェイト・ヘルナンデス。もう一人は生物科学捜査班所員のハリー・ブロック。どちらも
「私たちもいるわよ」
「昇流君お待たせ!」
「アリソンさん!それに、優奈さんまで?!」
黒人二人の後ろから、顔を覗かせた白人と日本人の美女。エイリアン事件後、アメリカ疾病管理センターを依願退職してTBT本部精神開発センターに勤める事となったアリソン・リード。そしておよそ一週間前に入局してきた杯昇流の恋人・栄井優奈と錚々たる面々がときのやに集まった。
「おお、黒人がこんな身近にいたのか。そこの二人、こっち来て一緒に呑もう呑もう!」
「よーし来た!こんな事もあろうと常に最高の一本を持ち歩いといて良かった」
黒人同士馬が合うらしく、ニックは積極的にハールヴェイトとハリーを招き、仲良く酒を酌み交わす。
「優奈。ここに来る途中、変な奴らにからまれなかったか?」
昇流が優奈の身を案じたところ、アリソンと顔を見合わせくすくすと笑ってから、アリソンとともに答えた。
「途中Hで始まる二人の黒人にセクハラまがいの事を受けそうになったけど」
「全部アリソンさんが守ってくれたから」
話を聞くと、懐に忍び込ませた拳銃をホルスターから取り出し、凄まじい殺気を孕んだ表情とともにハールヴェイトとハリーに銃口を突き付け、「お前ら後で死刑な」と一言宣言した。
「ま、待ってくれよ長官!別にやましい気持ちがあってしたわけじゃなくな・・・///」
「人聞きの悪い話だ。一種のスキンシップって奴で!」
必死に弁明する二人だったが、恋人絡みの事に関して昇流は一切の手加減を排除している。二人の冗談を真に受ける事などまず有り得なかった。
さてそんな三人のやり取りを横目に、太田は初見である昇流の恋人こと、栄井優奈に恐る恐る声をかけた。
「あ・・・あの・・・あなたはもしや?」
「自己紹介まだでしたね。先週本部配属となりました、精神開発センターの栄井優奈です」
「第一分隊麻薬取締部の太田基明です。あの・・・・・・長官さんの言っていた彼女って言うのはあなたのことですか?」
訊き返した途端、不意に優奈の右肩に手を掛け自分の方へ招き入れた昇流が自慢げに「どうだ美人だろ?これが本当の良い女って奴だ」と言って来た。
「そ、そんな///昇流君ったら、美人だなんて・・・恥ずかしいよ♡」
満更でもない、というか昇流の言葉にことごとく心ときめかされる優奈。このやり取りが何とも言えぬ怒りを抱かせる。
写ノ神と茜がラブラブである事もさること、バカのレッテルを張られた上司が恋人を誇示する光景は独り者の神経を逆なでする。
「駱太郎さん・・・・・・僕あなたの気持ちが痛い程わかりますよ!」
「よーしルーキー・・・どさくさに紛れて酷い事してやろうぜ!」
「俺に考えがある。どうせやるならみんなで楽しくやりてぇじゃねぇか」
太田、駱太郎、隠弩羅の三人は秘かに眼前のリア充への復讐の機会を窺いながら、強烈な嫉妬心を燃やす。悔しい気持ちは分かるが、結局のところ妬んで他人に八つ当たりをする暇があるくらいなら女子へのアプローチを積極的に行うべきであると思われる。
「おっほん!!あのさ・・・それぞれで盛り上がってるところ悪いんだけど。オイラとニックの過去を知りたいと言って来たのはどこのどいつだったかな?」
「確かにいつの間にか場の空気に流されて話が逸れちゃってますね」
ドラと幸吉郎が細目で太田を睨み付けて来ると、彼も話が大きく脱線してしまった事を理解し「ああ、すみません!!別にそう言うつもりじゃなかったんですよ」と、慌て謝罪の言葉を掛けた。
「なになに、何の話?」
「ドラの刑務官時代の話だってよ」
「おもしろそうじゃねぇか。俺たちにも聞かせてくれよ」
「私も聞いてみたいです!」
途中から加わった者たちも話に食いついてきた。さっきまで好き勝手に話していたのはどこのどいつだよ・・・そう思いながらも、ドラは話を続けることにした。
「・・・・・・まぁいいや。じゃ、いよいよサルコファガスで起こった事件について詳しく話していこうかな。あれはだね―――」
◇
5523年、第五分隊所属の刑務官ドラは囚人のニコラス・フレイジャー(ニック)の護送の為、イギリスに新設されたサルコファガス最高時間刑務所へと向かった。
サルコファガスには数多くの凶悪犯罪者が収監されており、その中には伝説の金塊強盗犯である死刑囚レスター・マッケンナの姿もあった。彼は過去の世界で大量の金塊を盗み出したのだったが、その隠し場所は未だに明らかになっておらず、彼自身もそのことを一切話さないまま、間近に迫った死刑執行を待っていた・・・・・・。
西暦5523年 2月1日
サルコファガス最高時間刑務所 管理センター
死刑囚レスター・マッケンナの処刑まで5時間を切った。
「ようウィリアム」
管理センターの扉が開かれると、所長ホアンルイス・エスカルサガは部下たち一人一人に「ご苦労さん」と労いの言葉をかけながら連邦最高裁判所女性判事ジェーン・マクフィアソンらを建物内部へと案内する。
しかし直後、不意に立ち止まった。おもむろに後ろへ振り返った彼はマクフィアソンと彼女を警護するSP二人に声をかける。
「申し訳ありませんが、ここで銃を預けてください」
「それは困る」
「銃は持っていたい」
「じゃ帰ってくれ」
「いいじゃないか。私が許可しよう」
マクフィアソンの護衛を仰せつかったSPの仕事内容を考慮したハーバードは言うが、エスカルサガは「ダメです、絶対に」と返し、頑として譲歩の姿勢を見せない。
「最高裁判事だろうと関係ない。悪く思わんでください、規則なので」
「分かってるわ」
マクフィアソンはどこか冷静であり、かねてよりエスカルサガの素性を知っているような物言いだった。
「私の島では銃を持てるのは私と部下だけなんです」
これを聞き、マクフィアソンはエスカルサガの方をじっと見ながら「あなたあだ名があったわね?」と尋ねた。
「エル・フエーゴ」
「“炎”ね」
「そう」
この男、ホアンルイス・エスカルサガはその筋では有名な男だった。事前に囚人たちにも話していた通り、彼はこれまで何度死地と呼べる状況を己の力と知恵と勇気によって潜り抜けて来た。どんな絶望的な状況に打ちのめされ傷つけられても決して折れず、何度もその不屈の闘志を燃え滾り、凶悪犯と戦って来た。加えて凶悪犯さながらのサディスティクな一面も持ち合わせており、こうした性癖と経緯から“炎”というある種称号と畏怖の念を込められたあだ名をもらった。
「銃を預けて」
マクフィアソンの言葉を聞き、SPたちは渋々銃を預けることにした。
条件を飲んでくれた彼女の寛大な態度に笑みを零し、エスカルサガは改めて建物の中へと案内する。
同時刻、イギリス領空内高度3万フィートを飛行する軍用機の姿が空軍のレーダーが捕えられた。
軍用機には40名以上の人間が搭載され、彼らは酸素マスクと落下傘を身に着けると、ハッチから一斉に降下―――赤く染まった夕陽を全身に浴びながら真下にある白い雲の中へダイブしていった。
*
サルコファガス最高時間刑務所 E棟 中央監獄
「腹減ったぞー」「酒飲ませろ看守!」「俺を殺す気かー」
サルコファガスでの過ごす最初の夜。消灯時間を過ぎても、囚人たちの罵倒が当たり前のように飛び交っている。
その日、昼過ぎから天候が一気に崩れ悪化。嵐に見舞われた事で酷い時化となり、帰りの船が出れなくなった。
一日で帰る予定でいたドラはとんだ災難に見舞われた。ひとまず空いた時間、護送任務のついでに薫子から仰せつかった施設内の設備についてのレポートを簡潔にまとめ、その後は暇を持て余し刑務所内をぶらぶらしていた。
そして何となくニックが収監されたE棟へと赴き、一日の作業を終えた彼と他愛もない会話をして時間を潰す。
「おいドラ」
「なんだよ」
「俺、えらい不幸な星の下に生まれた気がしてさぁ」
「ああそうだな」
独房の中でタバコを吹かしながら、ニックは考える。
どうして自分ばかりこんな理不尽な目にばかり遭うのか。どうして神様は望まぬプレゼントばかりを俺にくれるのか―――そう何度も何度も思考を巡らせ、深呼吸の変わりにタバコの煙を吸い、大きく外へと放出する。
「シャバの暮らしってのが本気で恋しいや」
「なんだお前出たいのか?」
「当ったりめぇだろ。こんなとこ5年もいられるか。大体、何度も言ってるけど俺は花を母親にプレゼントしようとしただけで・・・」
「ああ、わかったわかった!ママが恋しいなら夢の中で『ママ~♪おっぱいちょうだいちょうだい♡』とでもほざいてろ」
「気持ち悪い事すんなよ!!何変な声出して指咥えてんだよったく・・・」
些細な事で直ぐに声をとがらせるのがこの二人。なんだかんだと言って仲が良いのか悪いのか―――真偽はハッキリしないが、少なくとも言うほど二人は互いの事を嫌いではないのかもしれない。
「ほら本でも読め」
そこへ独房の外で本を配っていた刑務所の古強者、リトル・ジョーがニックの前に現れ一冊の本を差し出した。
「何だよこれ、どういう本だよ」
渡された本を手に取り、おもむろに本の題名を読み上げる。
「“愛が終わる時”だと?」
「おもしれぇぞ」
「てめぇふざけんなってんの!」
「あそっか。わりーわりー、ママの愛に飢えてたんだっけな」
「だからちげーってば!つか、聞いてたのかよさっきの!!」
ちょっと恥ずかしい思いとなり顔を真っ赤に染め上げるニックとそれをからかうリトル・ジョーを横目に、ドラは目を瞑る。
すると今度はドラの方へ、看守のデーモン・J・ケスナーが近づいてきた。
「ドラ、ちょうど良かった。来てくれ、ある男がお前に面会だ」
「オイラに?」
*
サルコファガス最高時間刑務所 正面門
午後10時59分―――話題の死刑囚レスター・マッケンナの処刑まで1時間を切ろうとした頃、それは起こった。
嵐の夜。看守たちはずぶ濡れになりながら不審者の侵入に備え警備に当たっていた。
だが、悪天候という条件を味方に付け襲撃者は空からの奇襲を仕掛ける。
ダダダダダダダダ。
「ぐおおお」
機銃掃射を受けた看守は力なく門の上へと落下。襲撃者の存在に気付いたもう一人の仲間が空を仰ぎ見た瞬間、先ほどの機銃掃射が向けられた。
ダダダダダダダダ。
「ぐおおお」
二人の看守を絶命させると、マシンガン片手に黒い活動服とマスクを付けた襲撃者は管理センター棟で待機する仲間も同様の手順で排除する。
邪魔者を制圧すると、つけていたマスクを外し素顔を露わにする。襲撃者の正体は目元を鮮やかな青のアイシャドーで決めた黒髪の美女だった。
彼女が刑務所に降り立ったのを皮切りに、同じような活動服に身を包んだ者たちが落下傘を使って次々と降下。うち一人が手早く準備を進めているが、それは紛れも無く連邦刑務所局に勤務するハーバードの部下・ドニーだった。
ドニーを中心に集まった者たちは強い雨に打たれる中、バッグの中から銃を始めとする武器を取り出し準備を進める。手ごろな拳銃からマシンガン、コンバットナイフなど一切の凶器をジャケットと両手に装備し―――やがて彼らは動き出す。
ドニーたち謎の武装集団による襲撃が始まった頃、ドラはデーモンに連れられ面会人がいる場所へと向かっていた。
「ようジェニー」
『お名前をどうぞ』
「デーモン・J・ケスナー」
最新式の認証機械にジェニーという名前を付けているデーモン。手形を当て、登録された掌紋と声紋を一致させる。
『声紋と掌紋を確認しました』
ミサイルが撃ち込まれてもびくともしないぶ厚い防護扉が上下左右に開かれる。ドラはデーモンの後に続いて扉の向こう側へと入っていった。
サルコファガスは最新の警備システムによって守られた要塞であり、ここを襲撃できるものならしてみろと、内心看守たちは驕っていたのかもしれない。
そしてその驕りが、彼らが傲岸不遜であったがためにレスター・マッケンナとともにサルコファガスに確かな歴史を残す結果となった。
―――ドカーン!
ドニーら謎の武装集団は管理センターを襲撃。小型爆弾を使って制御室の扉を破壊した直後、リーダーのドニーが部下を数名連れて動き出す。
「所要時間は?」
「電話は楽勝。問題は警報の解除だな。ファイアーウォールを破ってレコードしてダウンロードしてオーバーライドするから・・・」
「やり方はどうでもいいから90秒でやれ」
コンピューター関連の知識に精通した部下が破壊した制御室の中へと入り、ワイヤーに体を括り付けぶら下がった状態で警報システムの解除作業に当たる。
「計ってくれ」
「90秒」
腕時計を見ながら、ドニーは淡々とカウントを行う。
*
サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
処刑まで1時間。デーモンに連れられ、ドラは面会人がいる場所へとやってきた。
「ここが
「分かってるよ。ところで“5”ってなんだ?」
最新設備が整った処刑室に足を踏み入れ、ドラは5と言う数字が何を意味するのかを問い質した。
「法律で認められてる処刑方が5つある。一番ポピュラーなのが薬物注射。次がガス室処刑。絞首刑。銃殺。そして俺のお気に入り―――電気イス」
自分の電気警棒を見せつけながらデーモンは口元をつり上げる。
「ここはその5つがどれでも可能な完璧な処刑室だ。死に方は本人に決めさせる。お前は何がお気に入りだ?」
「嬲り殺し」
魔猫らしいおぞましく残酷な処刑法だと思った。デーモンも思わず顔を引き攣り、口籠ってしまった。
二人がこの処刑室で今夜死ぬ男の元へ歩み寄る様子を、別室の立会人席からガラス越しに見ていた者―――マクフィアソンはドラの事を怪訝に見つめながらエスカルサガに聞いた。
「あれはなに?」
「日本から囚人の護送と、ここの視察に来ているネコ型ロボットの刑務官」
「なにしにきたの?」
「死刑囚が最後に会いたい者として指名したので」
言われた後、マクフィアソンは少し考えてから「何でよりによってあれなの?」と聞き返す。エスカルサガもこの問いかけにどう返していいかわからず、率直に「死刑囚に聞いてください」とだけ返した。
『アクセス完了。警報システムを解除します』
処刑が間近に迫る中、警報システムの解除に成功した部下は勝ち誇った笑みを浮かべ「上げてくれ!」と、外のドニーに言う。
準備は概ね整った。ドニーとは別に動いていた青いアイシャドーの女性―――コードネーム『
「
「何だ?」
「夕焼けは綺麗だったのにね」
「嵐の前はそんなもんさ」
6に冗談交じりに答えると、『1』というコードネームを持つドニーは興奮で火照った体を冷やしてくれる雨を心地よいと感じた。
*
同時刻 サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
伝説の金塊強盗犯で、サルコファガス最初の処刑者となる男として歴史に名を残そうとしているのがレスター・マッケンナ。処刑まで50分と迫った中、死の恐怖どころか死ぬことに清々しさを感じている様子で、仮想の景色を眺めながら最期の晩酌として日本酒を堪能している。
レスターからの呼び出しを受けたドラは不思議な雰囲気を醸し出す目の前の老父にこれと言って聞きたいことも無く、ただ彼が口を開けるのを待っていると―――不意にレスターが言って来た。
「君は神を信じるか?」
「自分の都合のいい時は」
「夢の中で飛んだ事は?」
唐突過ぎる質問内容。ドラは訝しげな顔でデーモンを見、「だれだこいつ」と問いかける。
「あと50分で死ぬ男」
レスター本人が答えを言って来た。つくづく変な奴だ、そう思いながらもドラは目の前に座る死刑囚との対話に臨む。
「なんでオイラを呼んだ?」
するとこの問いかけを一旦保留し、レスターはデーモンの方へ振り返り懇願する。
「景色を変えてくれ。これはもう見飽きた」
「何が見たいんだ?」
「砂漠。砂漠と言えば?」
そうドラに尋ねてきたので、「暑くて、カラッカラ・・・水が飲みたくなるね」と率直に思う事を言ってみた。
「噂によると君は一度死んでいるようだな」
「そうなるのかな」
「かの天才科学者・武志誠(たけしまこと)が生涯をかけて作り上げたネコ型ロボット。死んだ愛猫の遺伝子情報を電子頭脳に組み込み人間に近い感情を持つ生体機械となって生き返った、この世に現存する自由意思を持ったロボットか・・・」
「随分と詳しいじゃないか」
「独房にいるだけだと暇だからね。新聞を読むくらいしか楽しみがないんだ」
「そりゃ殊勝な事だ」
などと話していると、レスターの要望に応えてデーモンが夜景美しいニューヨークの街並みから何もない煌々と太陽が照りつける砂漠の景色へと変更する。
「どうだろう、カードでもしながら話を聞かせてくれ」
雷鳴響く豪雨で作業を進める武装集団「
「ここのシステム作った奴は凄いぜ」
「お前には負ける」
「見込んでくれたわけ?」
「その通り。1から6、用意はいいか?」
「こっちは完璧。いつでもどうぞ」
「それじゃ始めるぞ」
実行準備が整い刑務所に中へと突入を試みようとした―――次の瞬間。
ドーンという轟音が鳴り響いたと思えば、雷が直ぐ近くの屋根へと落ち、その衝撃で配線ケーブルが焼け落ちた。
*
サルコファガス最高時間刑務所 立会人席
処刑まで20分―――レスターはドラとポーカーを興じている。
マクフィアソンやエスカルサガ、一部の記者や神父たちがその様子をじっと見つめていると、部屋の扉が開かれた。
「すみません所長。ちょっと」
デーモンが現れ、エスカルサガに話しかけてきた。席を立った彼は扉付近で控えるデーモンの方へ歩み寄り「どうした」と尋ねる。
「管理センターと電話が通じないんです」
「警報は?」
「システムに異常は見当たりません。レーダーも全部」
「監房は?」
「以上なし」
「嵐で電話線が切れたんだろう。わかった、Gracias」
スペイン語が癖として出るエスカルサガの言葉を聞き入れ、デーモンはその場を離れる。エスカルサガは念のためと思い、部屋にいた部下に目を配ると点検を命じた。
*
同時刻 E棟 中央監獄
この時間帯になると多くの囚人が疲労感のピークを迎え、眠気に襲われやがて大人しくなる。
静まりかえった監房内を巡回する看守たちだったが、真上にあるガラス張りの天井には6とその部下たちが控え、彼らはガラス切りで穴を開けると、頃合いを見計らって監房内へと侵入した。
「ぐおおお」
頭上から降ってきた黒い影。6はコートを靡かせながら、看守の首を絞め、右手に持ったマシンガンを管理室へと向け発砲。
ダダダダダ。ダダダダダダ。
銃声に目を覚ましたニック、トゥイッチは飛び上がり独房の外を覗きこむ。リトル・ジョーもゲームを中断して外を見てみると、6によって管理室は破壊され、いつの間にか独房の施錠も解除されていた。
「うおおお!」
同じころ、管理センター方面から襲撃を仕掛けたドニーとその部下たち。侵入者の迎撃を行おうとする看守たちだが、ドニーはかなりの場数を踏んだ歴戦の猛者の如く状況を恐れず、物の数分で管理センターを掌握―――看守たちを一掃した。
ダダダダダ。ダダダダダダ。
ドニーたちが管理センターを掌握したほぼ同じタイミングで、E棟中央監獄は6たちよって占拠された。
「一体どうなってんだこりゃ・・・」
ニックたちは今まさに夢を見ているのではないかと錯覚した。憎らしい看守たちが挙って機銃掃射の末に斃され、動かぬ屍となって横たわっている。そして今自分たちは狭い独房から解き放たれ、外に出ている。
「おい姉ちゃん手伝おうか?」
檻の中からトゥイッチが冗談交じりに6へ言葉を投げかけた途端、それを敵の声と判断した6が振り返り囚人たちへ銃口を向けて来た。
囚人たちは慄き、慌てて独房の中へと身を引っ込めた。
「ねぇねぇこっち。俺も出してよ」
状況を理解していないのか、トゥイッチは熱烈に6へのアプローチを続ける。が、彼女は彼の言葉を無視して無線連絡をする。
「監房を占拠」
「よーしよくやった」
報告を終えた去、6がニックの方を一瞥。一瞬でも自分に気があるのではないか、そう思った彼はウィックをした。
6はニックの好意に対しポーカーフェイスを決め込み、彼の側を離れて行った。
「待ってよ姉ちゃんよ、俺にピストル一個くれ」
性懲りも無く懇願をし続けたトゥイッチだったが、結局その願いは叶えられることは無かった。
*
サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
処刑まで残り10分を切った頃、エスカルサガがレスターの元へある物を持ってきた。
「それは何だ?」
「見ての通り、約束のスーツだ」
皺ひとつない漆黒のスーツ。レスターは死ぬ前にスーツを着たいと要望していた。その願いを聞き入れたエスカルサガは彼に似合うスーツをこの場に用意した。
「高級品じゃないが、質はいい」
横で聞きながら、レスターはスーツを触ってその質感に満足。その上でポーカーに付き合ってくれているドラに語り始めた。
「この処刑は志願したんだよ。嫌になったんだ、何度も裁判所に顔出して有罪判決を受けちゃ上訴手続き取んのにほとほと疲れちまった。だから潔く罰を受けることにした。だがちょっと後悔している」
「後悔するような事でもしたのか?」
「死ぬのは怖くない。ただ、命をコントロールされてるのが辛いんだ。死ぬ日付も時間も決まってちゃ神秘性ってもんがないだろ」
刑務所の中で死について考え耽っていたレスターは、支給された聖書を読みふける中で神の存在について深く考えるようになっていた。だからこそ、何もかもが機械的に行われる死刑と言う制度について嫌悪感を抱いている。
「自殺も考えたができなかった」
そうか、と口には出さないがドラはレスターの言葉に頷き、手持ちのカードを見る。
「・・・・・・向こう側には何がある?」
死後の世界についてレスターは知りたがっていた。かつて三毛猫として生き、死した上でロボットと言う形でこの世に蘇ったドラだからこそ聞ける質問だった。
「それを知る者は少ないよ」
「頼むよ教えてくれ。時間が無いんだ」
ドラの性格はひねくれているから、レスターの質問に素直に答えるという事はしなかった。
「光に包まれるのはどんな感じだ?誰かが迎えに来たのか?」
そう問いかけた直後、ブザーの音が鳴り響き、処刑室の床下からおもむろに処刑道具がせり上がってきた。
左右に開閉されたハッチから姿を見せた物こそ、レスター・マッケンナが選択した処刑道具・電気イス。
「
「ケガ人は?」
「
ドニーと合流を果たした6がそう報告すると、「お前の部下だろ」と淡白に言い放ち、ドニーは監獄の床下で寝ころぶ男の始末を命じる。
「ぐっすり眠って」
―――ドンッ。
まだ息のある自らの部下に対し、6は用済みとばかりに7を射殺した。
*
サルコファガス最高時間刑務所 処刑室
処刑時間まで残り5分となった。カードを終えたレスターはエスカルサガが用意してくれたスーツに着替えるため、囚人服を脱ぎ捨てワイシャツに袖を通す。
ドラがじっと見つめている中、「俺が死刑になる理由が知りたいか?」と問いかける。
「興味ないな」
「第二次世界大戦中のマレー半島。国の金を乗せたイギリス軍の列車を襲って2億ドル相当の金塊をいただいたのさ」
「それだけで死刑か?」
「予想外の展開になってね。列車が脱線してイギリス軍将校が5人死んだんだ」
ボタンを絞め終えると一旦その場に座り、改まった顔でドラの方をじっと見る。
「この一週間毎日TBTが来て言うんだ。隠し場所を明かせば魂が救われるって。教えたら神様は喜ぶかな?」
レスターが最も心配しているのはそこだった。入信した身だからこそ神の意思に背くようなことはしたくない。
難しい問いかけではあったが、ドラは少し考えてからこんな死生観を暴露した。
「オイラがこうやって存在できているのは、ひとえに人間がDNAを使って色んなことができるようになったからだ。そいつらから言わせれば『人間』はDNAの乗り物に過ぎないって話さ・・・生命の主役はDNAで『人間』はそれにただ操られているに過ぎない。なるほど、確かに生命誕生以来というような大きな流れで考えたらそんな風に考えることもあるいは出来るかもしれない。でも、その長い長い生命の時間から考えたら『生涯』ってのは瞬きみたいなものだ。少なくともこの体、この命が、乗り物だ。DNAも含めて―――主役はあくまで自分。命は自分を運ぶ者。自分が自分を全うするために命がある」
「リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』からの引用か・・・」
「お前は死んで償わいといけないくらいの悪い事したんだろ。その罪を命で償わされる、そうだろ?」
珍しく正論を口にしてみた。レスターも一瞬口籠るが、直ぐにドラは言葉を紡ぐ。
「でもよい事も悪い事も全部自分だ。あらゆる事もひっくるめて、自分のと言う人生を全うする。そうすれば、神様だって許してくれるんじゃないかな?」
その言葉に救われた。レスターの中で燻っていた不安は消え、清々しい気持ちで自らの死を全うできると思えるようになったのだ。
「
『わかりません。視界ゼロの状態なので』
ドニーは帰りのヘリコプターとの連絡を取っていた。
前方から強く叩きつけてくる雨粒。嵐の影響で視界が全く見えない状況、操縦士はサルコファガス島を懸命に探索している。
「じゃ到着予定は?」
「ちょっと遅くなりそうです」
『後れを取り戻せ』
「わかりました」
全身を漆黒のスーツで清め、死の覚悟を決めたレスター・マッケンナ。
ドラは真っ白な死に装束よりもずっと格好の付いた彼を側で見守っている。そこへ、エスカルサガが近づいてきた。
「Buenas noches. レスター。もう一人面会人だ」
エスカルサガが向ける視線に合わせ振り返った。そこには、SPに警護されながらおもむろに歩み寄ってきたマクフィアソンがいた。
「こんにちはレスター」
「“人間の血を流す者は、自らの血も流すことになる”」
「創世記9章6節」
「俺を殺すと決めた日にあんたが法廷が呼んだ言葉だ」
「決めたのは陪審員。私は裁判長」
クスッと笑みを零し、レスターはマクフィアソンへ手を伸ばす。SPはこれを警戒しマクフィアソンを庇おうとするが、彼女は「大丈夫」と小声で言ってレスターの手をとった。
「ワシントンからじゃずいぶん遠いのに、なぜわざわざ来た?」
「17年前私が死刑を言い渡したから」
「俺の許しが欲しくてそれで来たんだろ?」
思わず言葉を詰まらせたが、マクフィアソンはどこか複雑な思いを抱きながら答える。
「判決を下すのは私の仕事。死刑執行が決まったら立ち合うのも私の仕事よ」
「そりゃ仕事熱心な事で」
「・・・・・・さよなら」
最後の言葉を言い残し、マクフィアソンはレスターとの別れを済ませた。
このやり取りを静観していたドラはデーモンに声を掛けられ、面会終了を告げられる。
「行くぞドラ」
*
サルコファガス最高時間刑務所 死刑囚監房
歴史時間において重大な罪を犯した者のうち、レスターのように死刑が決まっている者はこの刑務所だけでも208名。
たった今、セキュリティーシステムを解除したドニー率いる
処刑まで残り3分。面会を終えたドラがデーモンとともに処刑室を後にした正に直後、真正面から黒いスーツに身を包んだ敵が歩いてきたのだ。
「何だあいつら?」
刹那、ドニーが有無を言わさず発砲。ドラは左肩を被弾し、デーモンは胸部を中心に数十発もの弾丸を食らいその場に倒れる。
倒れた二人をまたぎ、ドニーたちは処刑室を目指す。
彼らが通り過ぎたことを確認し、ドラはゆっくりと顔を上げ敵の姿を凝視した。
「ったく・・・・・・・・・何だってこうなるのかな」
処刑1分前。マクフィアソンを始め、連邦刑務所のハーバードや選ばれた報道記者たちが続々と立会人席へと集まり、ガラスの向こう側に見える電気イスに座らされるレスターの死様を見届けようとする。
電子ロックによって手足が完全に固定された。レスターはブッダのように死の恐怖を超越し、完全な悟りを開いていた。
その顔からは微塵の恐怖も、不安も感じさせない。彼にとって死刑とは、肉体の消滅とは魂が天に召される為に必要な通過儀礼に過ぎないのだから。
「最後に何か、言い残すことは?」
「スーツをありがとう」
エスカルサガが重い口調で尋ねたところ、レスターは口角をつり上げ感謝の言葉を返してきた。
その直後、処刑室の扉が開かれドニーを筆頭に武装した兵士たちが入室。レスターの元へと近づいてきた。
この異常事態にその場にいた全員の顔が凍りついた。ドニーは立会人席へ目を転じ、部下に指示を出す。部下の一人は立会人席へと向かい、おもむろに扉を開ける。
「何だ君らは?」
ハーバードが席から立ち上がった瞬間、兵士がいきなり彼を殴りつけて来た。
「ああぁ!」
一人の女性記者が悲鳴を上げた瞬間、銃を突き付けられる。マクフィアソンらは抵抗するだけ無駄と判断し、大人しく手を上げ降伏の姿勢を見せた。
「いいスーツだ」
緊迫する状況下、ドニーはレスターの服装を見て率直な感想を漏らした。
*
同時刻 E棟 中央監獄
「いけるぞ。もうちょいだ!いけいけいけ!」
幸か不幸か、6たちが監房内に侵入する際に天井のガラスが割られ、ロープもそのまま垂れ下がった状態で残された。囚人たちは看守が死んで誰も止める者がいないこの状況を好機と見て、堂々と脱獄を企てる。
「その調子!そのままそのまま!!」
「おらどうした!根性出せ、よじ登れよ!!」
一人の囚人が垂直にロープを伝い、天井へとよじ登ろうとする姿をニックたちは足元から応援する。
「あああ!!!」
だが、そう簡単に脱獄できるほど現実は甘くなかった。運悪く手が滑ってしまい、高所から落下した囚人はコンクリートに尻を強く打ちつけると、何も言葉を発しなくなった。「お~・・・痛そう!」
バカだなーという心にもない言葉も飛び交うが、基本的に彼ら犯罪者に他人を思いやるという気持ちは常人と違い欠如しているから致し方ないのかもしれない。
「リトル・ジョーいけよ」
タバコを吹かしながらトゥイッチが声をかけたのは、監獄内で最重量を誇る巨漢のリトル・ジョー。指名された本人は面を食らった顔を浮かべながらトゥイッチの方を見る。
「でかいケツでぶら下がるんか?でははははは!!!」
思わず笑ってしまう彼は、近くにいたニックの肩をその有り余る力を秘めた平手で叩く。
「ってーな、やめろよリトル・ジョー」
「どうだそこの坊や。トライしてみろよ、いけいけ」
トゥイッチはニックにも声を掛けてみた。当人は天井を仰ぎ見ながらどうしたものかと考える。
「行けってら!」
「いや。俺はいい。俺のスタイルじゃねぇ・・・・・・お前いけよトゥイッチ。絶対いったほうがいいって。俺はそっちに座って見てるわ。お前が落っこちてつぶれんの」
思わずカチンとくる一言だった。不敵な笑みを浮かべると、ニックはトゥイッチの顔を見ながら「このクソ野郎」と罵り、左目で皮肉を込めてウィンクした。
「おいおいそんな奴ほっとけよ」
「どうせ死ぬんだよ。殺しておけ」
死刑囚監房に残されたドラは、ドニーの機銃掃射によって死にかけのデーモンに対し心臓マッサージを行っていた。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、・・・・・・」
死刑囚からの冷たい言葉を無視し、彼はひたすら心臓マッサージを繰り返す。というのも、彼が目覚めないと登録された声紋・掌紋認証ロックが解除できず結果としてここに閉じ込められてしまうからだ。
飽く迄自分のためにやっているのだと言い聞かせながら、必死に心臓マッサージを続けるもデーモンは一向に目を覚まさない。
と、そのときドラはデーモンが腰に帯びていた電気警棒に目をやった。武器はここに入るときに管理センターに預けているため、ドラは自分の電気警棒を持っていない。
一か八か賭けてみることにした。デーモンの服を引き裂き、直接肌の上から電気警棒を強く押し当て電気ショックを加える。
ドン・・・。ドン・・・。ドン・・・。
「だっ!!」
三度目の電気ショックで、デーモンが意識を取り戻した。
『
「レーダーによると島の上空ですけど、全く何も見えません」
「レーダーは諦めて肉眼で灯台を探せ」
雨雲によって視界が遮られ、レーダーが全く意味をなさないがために操縦士はやむを得ず肉眼での捜索を開始する。
だが捜索を始めてわずか30秒後。厚手の雲を抜けた先に刑務所の灯台が目と鼻の先に現れた。
「うわあああああああ!!」
急いで回避しようとしたが、間に合わず、尾翼は灯台と接触し大きく破損した。
「おいどうした?」
様子がおかしい事に気付いたドニーが無線で話しかけるが、操縦士からの言葉は返ってこない。コントロールを失ったヘリはE棟中央官房の天井を突き破って、その場に引っ掛かる形で動きを止めた。
「おお!すっげー、あれ見ろよ」
独房から出て来たニックたちは天井を突き破るもギリギリのところで踏みとどまっているヘリコプターの姿に目を見開いた。
一方で、通信が完全に途絶え雑音しか聞こえなくなったのを機に、ドニーは難しい表情を浮かべながら右腕の6へ報告する。
「帰りの脚がなくなった」
これを聞き、薄ら笑みを浮かべてから6は一度処刑室を後にし、占拠した中央官房の方へと向かった。
電気ショックによって瀕死状態のデーモンを生き返らせたドラは、息をするのがやっとの彼を引きずり、監房の外へと目指す。
ちょうど同じ時だった。部下を引き連れて6がヘリが墜落した中央官房に向かおうとしていると、デーモンの電気警棒が床に転がっていたのを発見した。不審に思った彼女は急いで監房の外へと続く廊下を歩いて行く。
『お名前をどうぞ』
「デーモン・・・J・・・ケスナー・・・」
監房の外へと続く電子扉の前までやってきた。ドラはデーモンの掌紋と声紋による門の開放を試みる。
『認証不可。アクセスできません』
傷の痛みに堪えながらやっとの思いで声を出すデーモンだが、声が小さすぎてコンピューターがアクセスを受け付けない。
「もっとデカイ声出せ!ハッキリと」
「デーモン・J・ケスナー・・・!!」
決していじめている訳ではない。ドラとて必死だったのだ。
出血による酸素不足で息をしているのもギリギリの状態であるデーモンは文字通り命をすり減らして声を張り上げた。
この声を聞きつけ6とその部下たちが銃器片手に走ってくる音がドラの耳に飛び込んだ。
『声紋と掌紋を確認しました』
急速に近づく足音に焦りを抱くドラは、扉が開くと力なく項垂れるデーモンを担ぎ死刑囚監房を脱出する。
と、次の瞬間。扉が今正に閉じられるというタイミングで6たちが追いついた。6は扉が閉まる直前、機関銃の銃口を閉まる扉の間に挟み外側のドラに向けて発砲した。
ダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダ。
咄嗟に扉の陰に隠れ、銃弾が至らないするドラは攻撃が止むのを待つ。そして攻撃が止んだ一瞬の隙を突くと、器用に脚で銃の向きを反転させ、6たちへと銃口を向けた。
銃口が突き付けられた6たちは目を見開き、瞬時に体を床に伏せる。
ダダダダダダダダダダ。ダダダダダダダダダダ。
6が銃口を手で押さえ、僅かに上に傾けた事でドラが撃った銃弾は天井方面に流れ肉体への着弾は免れた。
弾が底を尽きると、ドラは脚で機関銃を蹴って6たちの方へ飛ばす。床に倒れるデーモンを起こし、彼を肩に担いで逃亡した。
「俺に任しとけ」
言うと、6の部下の一人が二人の仲間を引き連れ逃げたドラの追討へ乗り出した。
「絶対仕留めて」
参照・参考文献
著:福本伸行 編著:橋富政彦『福本伸行人生を逆転する名言集2』 (竹間房・2010年)
ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~
その47:よい事も悪い事も全部自分だ。あらゆる事もひっくるめて、自分のと言う人生を全うする。そうすれば、神様だって許してくれるんじゃないかな?
自分の死生観について考える機会はあまりないのかもしれないが、言われてみればそうなのかもしれない。恐らく、こうした考えができるようになるのはそれこそ死のタイムリミットが刻々と近づき始めリアルにそう感じられる歳になってからだと思う。(第49話)
おまけ:何でもある居酒屋
料理酒処ときのやに集まった日本人、アメリカ人、ロボットを含めた総勢13名の客。そのうちの一人、もとい一体のロボット・隠弩羅は注文したカツ丼にかぶりついている。
「うみゃー!まさか居酒屋でカツ丼食えるとは思ってもなかったぜよ」
「て言うよりも、どうして居酒屋にカツ丼が置いてあるんですか?」
「うちはこう見えて頼めば何でもありますよ。メニューに書いてないだけで」
そう時野谷がいうものだから、ドラたちは試しに居酒屋には到底あるはずのないメニューを注文してみることにした。
「じゃあオイラ、塩ラーメンが食べたいんだけどあるのか?」
「ありますよ」
「俺は広島風のお好み焼きが喰いたい」
「ありますよ」
「坊ちゃん団子(愛媛県松山市の銘菓の一つ)」
「ありますよ」
「ベトナムのフォーが食べたいのじゃが」
「ありますよ」
「
「ありますよ」
「グラタンは?」
「ありますよ」
国籍や食事の種類に関係なく、どんな無茶苦茶なオーダーに対しても「ありますよ」と答え、それを実際に用意してしまうからこの店は凄い。
テーブルの上に並べられた完璧な料理の数々に、ドラたちは目を見開き絶句する。
「ホントにあるんだ・・・・・・さすがに
「言ったじゃないですか?頼めば何でもありますよって。さぁ他のみなさんも、遠慮せずにじゃんじゃん頼んでくださいね♪」
「じゃ大将。辛エビはあるか?」
「辛エビ?」
聞いたことのない寿司ネタだと思ったが、ドラはそう言って来たニックの言葉が言い間違えである事に気付いた。
「あのさニック。それ言うなら“甘エビ”だよね」
「おうそうかわりーわりー。だったらそいつともう一品・・・“のきした”をもらえるか?」
「のきしたじゃなくて“えんがわ”じゃないかな?」
「微妙に言い間違ってますよね。ニュアンスはあってそうですけど・・・」
するとニックに影響されたのか、アリソンも寿司が食べたくなってきた。
「じゃあ、私はカリフォルニアロールと空母をもらえるかしら?」
「アリソンさん。“空母”じゃなくて“軍艦”ですよね・・・・・・」
優奈が彼女の言い間違えを訂正した直後、ハリーが「だったら俺は“半漁人”をもらおうかな!」と懇願した。
半漁人―――何を言っているのだこいつと誰もが思ったが、よくよく考えてみるとその言葉の意味を理解することができた。
「あのさ、まさかとは思うけどさそれって・・・・・・“かっぱ”の事かな!!」
おわり
次回予告
写「サルコファガスに襲撃者か。にしてもドラ、お前ってつくづく災難に見舞われる体質なんだよな」
ド「ほんとわけわかんないよ。何だってオイラがあんな目に遭わなきゃならないんだろう・・・。あの後どうしたっけなオイラ」
ニック「覚えてないとは言わせねぇぞ。散々俺や連中にひでぇことしたくせして」
ド「次回、『モンスター・キャッツ・リベンジ』。うししし・・・・・・魔猫のオイラを怒らせるとどういう目に遭うか、49ers(フォーティーナイナーズ)の兵士どもに身を持って味わってもらったよ!!」