サムライ・ドラ   作:重要大事

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太「みんな久しぶり。僕の名前は覚えているかな?そう、TOKIOが大好き元・鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の太田基明です!」
駱「ちょい待ちルーキー、俺たち鋼鉄の絆(アイアンハーツ)に元なんてものはねぇぞ。俺たちは特殊部隊である以前に家族なんだ。家族に元もへったくれもねぇからな」
太「あ、すいません!ひどい勘違いをしていたのは僕の方でした・・・・・・。ところで僕がアメリカに行ってる間に何か変わった事はありますか?」
駱「そうだな・・・・・・。ああ、そういや去年のクリスマスにテロ事件が遭ったんだけどよ、それで長官の野郎が俺たちを差し置いて一人サノマビッチになりやがった!!」
太「あの駱太郎さん、全然意味がわかりませんでした・・・・・・どうして杯長官がサノマビッチなんですか?一体どういう意味なんですかそれ!?」



プリズン・オブ・サルコファガス

西暦5539年 4月11日

小樽市 居酒屋ときのや

 

 春は何かと気分が浮つきやすい。仕事を終えた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)はアメリカでの研修を経て帰国した太田の本部勤務復帰を祝し、いつもの様にときのやで宴会を開くことにした。

「いやぁ~、ルーキー君ひさしぶり!しばらく見ない間に何だか逞しくなりましたね!!」

「ははは。時野谷さんの方は相変わらずって感じですね」

 店の主人(自称オーナーシェフを語り続ける)・時野谷久遠は太田が出会ったときと全く同じ朗らかで気さくな雰囲気を醸し出していた。はにかみ照れる太田と時野谷は再会を祝し握手を交わす。

「こっちに戻ってきたお祝いと言っては何ですが、これ前に出したときにルーキーが絶賛してくれた」

「あ!あかざのおひたしですね!!これすっごく食べたかったんですよ!!」

 厨房から時野谷が持ってきた料理。それは以前、太田の心を射止めた道端で生えている雑草から作られたおひたし。時野谷はお通しとして出すことはせず、ドラたちなど気のおける一部の客にだけサービスとして提供している。

「よーし、全員座れ座れ。今日は大宴会と行こうじゃねぇか。遠慮なく食え。今日は幸吉郎のおごりだ!!」

「はぁ!?おいダメ上司、ふざけんじゃねぇぞ!!そこまで仕切っておきながら何であんたのおごりじゃねぇんだよ!!」

「俺は他人におごるのは嫌いなんだ!!」

「堂々と最低発言しやがったなコノヤロウ!!!」

「まったく・・・祝いの宴じゃと言うとろうが」

「ルーキー、おめぇの進歩を少しでもあのバカ二人に別けてやってほしい」

「「おめぇにだけはバカと言われたくねぇよ!!」」

 理不尽な言葉から始まるとりとめのないやり取りもまた、太田からすればどこか懐かしくもあり、ごく最近の事だったと如実に思い出させてくれる。

 喧嘩を始めた昇流と幸吉郎に半ば呆れるも、太田はどこか清々しい気持ちだった。そして内心、ああ帰って来たんだ・・・・・・そう実感し涙が出そうになる。

「とにかくケンカはやめろ!店の迷惑だろうが」

「とは言っても、私たち以外にお客さんなんていないんですけど」

「相変わらず(うだつ)が上がんないんですか?」

 毒舌家である茜の言葉よりも無意識だが鋭く的を射た太田の言葉が最も重く、時野谷の胸に突き刺さった。

「きょ、今日はたまたまです!というかルーキー君ひどいな、久しぶりの再会が台無しですよ///」

「ああ、すみません!場の空気に流されてしまいまして・・・」

 と、笑って誤魔化そうとするが内心不安でもあった。太田の知る限りこの居酒屋はドラたち以外に客を見たことがほとんど無い上に、たび重なるドラたち(ドラ単体での方が多い)による器物破損で店の経営は火の車同然。こうやって営業を続けていること事態が不思議に思えてならないのだ。

「みんなー、お待たせ」

「ここか、お前行きつけの店ってのは?」

 すると不意に扉が開かれ、ときのやと書かれた暖簾をくぐりドラがニックを連れて来店。全員が二人の方に目を転じる。

 ドラの背丈の1.5倍はあるニックを見て全員ポカーンという顔を浮かべる。当然だ、彼らは事前に情報をもらっておらずニックという男の存在について深くを知らない。

「あの~・・・すみません、どちら様ですか?」

「やけに兄貴と親しいじゃねぇか。どこの回しもんだ!?」

 茜が恐る恐る尋ねる一方で幸吉郎は露骨に敵意を剥き出しにするから、ドラはやれやれと言わんばかりに呆れ顔で「落ち着けよバカ。こいつはオイラの知人だってば」と返した。

「なぁドラよ。俺の個人的な意見だけどさ・・・・・・お前って面白いくらい黒人の知り合いが多いよな」

 注文した焼き鳥を口にしながら何の気なく昇流が言うと、ドラはニックの方を見てから「たまたまですよ」と返す。でも実際のところ、ドラ自身も言われて初めて黒人の知り合いが比較的日本人よりも多い事に気付いた。

「それで、彼はどこの誰なんでしょう?」

「ああ、こいつ今度サルコファガス最高時間刑務所の新所長になるニコラス・フレイジャーだ」

「ニックって呼んでくれ」

 ニックはドラに紹介をされてから全員に握手を求め、気さくな雰囲気を醸し出す。

「あれ、サルコファガス・・・それって何だっけ?」

「ちょっと待ってください、サルコファガス最高時間刑務所って言ったら・・・・・・時間犯罪者の中でも札付きの悪党が収監されるという、あの!?」

 一瞬言葉の意味を考え込んだ写ノ神だったが、直後太田が真っ先に意味を理解しかなり驚いた様子で尋ねる。「まぁそうだな」とニックは座敷の上でお品書きを見ながら簡単に返した。

「え!そんな偉い人が何でこんなところに居るんですか!!?」

「だからさ、明日新所長に任命されるからその式典があるんだよ。その関係で早くに来日してるってわけ」

「とりあえず大将、ビール頼むわ」

「畏まりました。あ、それと大将でもいいんですができればオーナーシェフと言ってください♪」

「まだ言い張ってたのか・・・懲りない奴」

 

「「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」」

 正規の鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーに加え、杯昇流と太田基明、ニックといった個性豊かな面々が酒を酌み交わす。いつも以上に喧騒としていて、かつ己というものを赤裸々に開けっぴろげに語り合う様は正しく家族という肖像そのものだ。

 時野谷もそんな家族の輪に加わり、料理を振る舞うかたわら彼らとの対話をサービスとしてではなく、純粋な気持ちで楽しんだ。

「えええ!!!長官さん彼女できたんですか!?」

「ああ、まぁな」

「ちなみちにその子がまたメチャクチャ別嬪でな・・・ああもうとにかくこいつは俺たち独り者すべての敵だ!!害虫だ!!異端者だ!!」

「髪の毛毟り取るぞホウキ頭っ!!」

 この一年間に起きた話題を中心に近況を報告し合うが、太田が思った以上に鋼鉄の絆(アイアンハーツ)は激動の毎日を生きていたと改めて理解した。太田自身が何よりも驚いたのは杯昇流に恋人と呼べる女性が現れ、その彼女と現在交際しているという独り者には羨ましくて純粋に腹立たしい話題。昇流が少しでも彼女の話題でデレッとした表情を見せるたび、いつかぶん殴って野郎という思いを秘かに募らせる。

 さて、ニック本人は太田の横でドラたちとの会話を楽しみつつ、時野谷が用意した日本食を純粋に堪能していた。慣れないながらも箸を使い、太田の好物であるあかざのおひたしをひと口食べ、その何とも言えない味を絶賛する。

「おお、確かにうめぇなこれ!!」

「アメリカ人にも和食の美味さは伝わるんだな」

「私が作ったから美味しいんですよ。腕は確かですから!」

「でも経営の腕はなさそうですよね」

 またしても的を射た発言に時野谷の心は傷つき、ガラスの如くハートは瞬時に砕け散った。

 どうせ私なんかどうせ私なんか・・・時野谷は壁の隅で縮こまり、自己暗示に陥ってしまうくらい何度も呪詛の如く言葉を繰り返す。

「茜ちゃん、それ言っちゃおしまいだよ」

「茜さんも相変わらずの毒舌振りですよね・・・逆に安心しましたよ」

「ところでニックとやら。お主ドラとはどういう事情で知り合ったのじゃ?」

 ビールジョッキ片手に龍樹が尋ねると、「まぁ話せば割と長くなるんだけどよ」と言いながらニックはドラの方に顔を見合わせた。

「かれこそ16年前になるかな・・・・・・オイラ、昔は第五分隊所属の刑務官だったんだけどさ、あるときサルコファガスに囚人の護送の任務を申し付けられた事があってさ」

「その囚人の一人が、俺だ」

「えっ、昔は囚人だった人がサルコファガスの新所長になれるものなんですか!?」

 太田が驚いたように尋ねた。当たり前の疑問ではある―――刑務所で服役していた人間が公職、それに近い立派な職種に着ける事など稀。というかほとんど不可能な話だと思うのは。

「まぁ恩赦に近いものさ。TBTって組織はさ、ほとんどが武闘派の実力主義だからな。たとえ元・囚人でも刑期を終えていれば要職に就くことだって可能だよ」

「かくいう俺たちだってTBTが採用してる『資格経歴等の評定』っつう制度があったから今の仕事をしていられるわけだ・・・」

「ま、俺の場合はちょいと事情が特別だったけど」

 簡潔に話をまとめたニックは時野谷手製の料理を次々と口にしながら、穏やかな時間を堪能する。

 やがて、太田はニックと言う男に対する興味が湧いてきた。純粋に彼と刑務官時代のドラとの間に何があったのかを酒に肴にしたくなった。

「あの・・・できれば詳しく当時の話を聞かせてもらえませんか?看守だった頃のドラさんの事とか、あなた自身の体験を」

「あ、俺も知りたい!おめぇの事はともかく昔の兄貴の事なら何でも!」

「俺もいいか!!」

「拙僧も」

「俺だも!」

「私も!」

「俺はどっちでもいいや」

「ではせっかくなので私も」

 結局、他のメンバーも気になるという事なのでドラはニックと顔を見合うと溜息をつき、箸を置いてから過去の話を語ることにした。

「いいだろう。別に隠すような恥ずかしい過去でもないし―――それじゃ、話すよ」

 

 

西暦5523年 1月30日

札幌市 札幌第一時間刑務所・所長室

 

 遡ること16年前の1月末―――刑務官として職務を務めていたドラは、ある昼下がり、上司であり所長の正随薫子からの呼び出しを受けた。

「え~~~・・・・・・」

「露骨に嫌な声を出すんじゃないよ。これも立派な仕事なんだ」

 難しい表情で薫子は嫌がるドラを何とか丸め込もうとするが、今も昔も魔猫(ドラ)を懐柔させるという事は骨が折れる(現代では彦斎がそれに当たるが実際のところ大変という言葉で片付けるには少々申し訳ない気がする)。

「なんでオイラが囚人の護送なんて?かったるい、他の奴にやらせればいいじゃんか」

「まったく。あんたって奴は何かって言うと嫌な事から逃げようとするんだね」

「誰だって嫌こと面倒なことからは逃げていたいものじゃないの?」

「確かに、あたしだってできればそうしていたいさ。だがそんな事ばかり言って逃げていても何にも始まらない、そうだろう?」

「知らないよ」

 薫子が頼んだこととは、ドラに新しく設立された刑務所に札幌刑務所から囚人の何名かを連れて行ってほしいという内容。任務としてはそれほど難しいわけでもないのだが、ドラにとっては至極面倒な話だった。

「まぁあんたはタダで動けと言っても、梃子でも動かない奴だ。ではこうしようじゃないか?出張経費は正規の給料の半分を出すと約束する」

 不敵な笑みを浮かべ薫子が言う。これを聞き、ドラは目をぱちくりと動かしてからやや驚いたように言う。

「おいおい、いくら何でも気前良すぎるんじゃないのババァ長」

「”ババァ長”言うな!」

「じゃババァ」

「せめて”長”くらいはつけろっ!!というか、あたしはそこまで年食ってないからね!!」

 囚人だけでなく部下からも年寄り扱いされることは不名誉な事だ。薫子にとって、見た目タヌキ顔のネコ型ロボットから身も蓋も無い言葉で貶されるということがどれほどの屈辱だったか。

「正規の給料の半分だって?いくらなんでも高すぎるだろう。という事はだ、実際の仕事は単なる護送だけじゃないんだろう」

 ドキっと、薫子は顔を渋くし額から一筋の汗を零す。直後、観念したように溜息をつき

「・・・やっぱあんたに誤魔化しは利かないか」と声を漏らした。

「ふん。見え見えのバレバレだっつーの、クソババァの老獪(ろうかい)なんざ」

「クソババァ言ったか、クソババァって!!大体あたしはまだ51歳だよ!」

「十分じゃないのかな”ババァ”って言われるのには!!」

 敬うという気持ちが微塵もないドラに何を言っても暖簾に腕押し。ある程度のところまで口論を続ければ、いつの間にかドラのペースに嵌められ結局自分が追い詰められていたという事はざらにある。

 薫子はただただ溜息をつき、これ以上疲労したくないという思いから任務の真意について語り出す。

「実は護送先の刑務所って言うのがちょいと特別な場所でさ・・・何が起こるか分からないから、慎重に検討を重ねた結果、あんたが適任だと判断したんだよ」

「刑務所に特別も何もないだろ」

「サルコファガス・・・―――と聞けばどうだい?」

 口角をつり上げ薫子がそう口にした途端、ドラは眉尻を顰めた。

「・・・それって、イギリスに新しく出来たっていう最高時間刑務所?」

 低い声で問いかけるドラにああと返し、薫子は引出しからサルコファガスに関する資料を取り出し机の上に置いた。

「時間犯罪において重篤されている時間改変や親殺しのパラドックスなど、それに付随する罪と言う罪を重ねてきた凶悪犯ばかりが収容された最大規模の刑務所―――それがサルコファガスだ。最新テクノロジーの粋を結集させ完成した刑務所の防衛設備を、ちょいと見てきてほしいんだ。それで実際に見て感じたことを報告書にしてまとめてくれればそれでいい」

「だから、なんでオイラなの?」

「考えてもみな。サルコファガスは時間犯罪者が最後に行きつく最終処分所。そんな場所においそれと堅気の人間を送り込めると思うかい?何かあったらあたしが責任を取らされる」

「取りゃいいじゃんか」

「だーかーら、取りたくないって言ってんだろう!いいから高い金出して行かせてやるから、この誓約書にサインしな!」

 半ば強引ではあるが薫子は誓約書を見せつけサインを要求。ドラの口車に乗せられついつい本音を漏らしてしまったが、彼女としても必死だったのだ。この厄病神が少しでも遠くに行っている間は平和な日常を送ることができる―――鬼の居ぬ間、もといドラの居ぬ間に洗濯ができるのだ。

「何か釈然としないけど、そんなに言うなら行ってやってもいいさ。ただし、誓約書まで書かせといて出張費が口座に入金されていなかったら・・・・・・そのとき、ババァは棺桶に入っている事になるよ」

「仮にも上司を脅迫しようって言うのかい・・・・・・本当に、あんたの扱いは毎回肝が冷えるよ」

 事実、現代において杯昇流や彦斎は、事あるごとにドラに肝を握りつぶされ―――いつ棺桶に入るかもしれない日々を送っているのだ。

 

 

西暦5523年 2月1日

新千歳空港 第3滑走路

 

 護送の命を受け、ドラは札幌刑務所に収監されている囚人10数名を伴いTBTと言うロゴが書かれたバンで空港まで移動。その後、同じくTBTというロゴが目立つ専用機に搭乗―――出発の時を待つ。

「で・・・・・・」

 納得をしていないのか魔猫の隣に座る囚人―――ニックは露骨に不満げな顔を浮かべると、気だるそうな表情のドラに声を荒らげる。

「なんで俺なんだよ!?」

「だから知らないってば。こっちはババァ長に言われて仕方なくやってんだから」

「俺が何したって言うんだ!?そんな重篤な罪だったか、花を母親にプレゼントしようと持ち帰ろうとした事が!?」

「少なくとも天然記念物を持ち帰ろうとしたんだ。しっかり罪を償うべきだ」

「それでサルコファガスに入れられるのか!?ふざけんな、ゼッテー割りにあわねぇ!!」

「心配すんな。サルコファガスに行くのは施設の改装作業要員としてだ。他にもたくさんの刑務所から同じ理由で運ばれてくる奴がいる」

「はぁ・・・・・・俺ってどこまで運に見放されてるんだよ」

「たった5年独房に入っていれば済むんだって。それに運命なんて言葉は、無力を呪う言い訳に過ぎないよ―――って、誰が言ったんだっけ?」

「俺が知るかっ!!」

 現代とは異なり、当時の二人はとことん馬が合わないらしく口論が絶えなかった。

 ドラたちを乗せた飛行機は滑走路を離れ大空へと羽ばたいた。彼らを乗せた空の船は日本からおよそ1万キロという長い道のりの先にあるグレートブリテン島に建てられた連合国家・イギリスを目指す。

 

 

西暦5523年 2月1日

南太平洋 イギリス・ブリテン諸島

 

 およそ12時間というフライトを終え、イギリス本土からさらに船を使って移動する事1時間―――いよいよ目指すべき場所の外観が見えてきた。

「見えて来たぞ、ニコラス。あれが今日からお前やみんなの新しい寝床になるんだ」

 手錠に繋がれたニックが前方から見えてくるものを視認。時化の激しい海の先に現れたのは、巨大な岸壁に囲まれた重々しい雰囲気を醸し出す海上都市のような島。それこそがこれから新しい人生をスタートさせる格好の住処だとドラは皮肉ったように言って来た。

「あれがサルコファガス最高時間刑務所。時間犯罪者の中でも飛び切りの悪党が収監された監獄島さ」

 

『サルコファガス最高時間刑務所』

 

 ブリテン諸島北西部沖合に浮かんでいる周囲1.5キロ、面積は6万1500平方メートルの人工島・サルコファガス島に建造された時間犯罪者刑務所の最高施設。サルコファガスとは、ギリシャ語で「肉体を食べるもの」という意味からくる言葉『sarcophagus』から付けられ、別名を『石棺の島』という。

 

「刑務所ってよりも、ひとつの要塞って感じだな・・・」

「昔はさ、純度の高いメタンハイドレートが大量に採掘されたものだから海上都市を作ったんだって。最盛期には6000人以上の人間があの島で暮らしてさ、当時、世界で一番人口密度が高かったんだ」

 高さ20メートルの岸壁をめぐらし、その上に大きな建物が立ち並ぶ。日本の長崎にもサルコファガスと良く似た『軍艦島(正式名を端島)』という島があるが、サルコファガスはそんな軍艦島を彷彿とさせた。

 島の周囲を一周したのち、船はゆっくりと島に接岸。埠頭で待っていた小太りの白人看守が出迎えたので、ドラは形式上敬礼をして相手方の歓迎に答える。

「TBT第五分隊・時間刑務課札幌第一時間刑務所のドラです」

「デーモン・J・ケスナーだ、よろしく」

 握手を交わすと、ドラは手錠に繋がれたニックたち囚人を見やりデーモンに説明する。

「こちら、改装作業要員として連れてきた囚人です。思う存分弄んでくれちゃって構わないから」

「って、お前な!!」

 慌てた様子でニックが抗議の声を上げると、基本的に看守ゆえに軽いSであるデーモンは電気警棒を手に持った状態で黒人であるニックの方へ歩み寄り、顔を近づける。

「ほほう、なかなかいきの良さそうな奴だ。ちょうどいいオモチャが手に入ったぜ・・・」

 オモチャ―――という単語をニックは聞き逃さなかった。目の前の白人の目に余る黒人蔑視に業を煮やし、デーモンの腹部に蹴りを一発叩きこむ。

「ぐっほ!」

「誰がてめぇのオモチャに成り下がるかってんだ!!」

 囚人の看守への暴行は罪を重ねる行為である。デーモンにも非はあると思うが、頭に血の上りやすいニックの責任も大きい。責任をとらせる形で、ドラは懲役刑こそ課さない代わりに電気ショックをいつもよりも多めに食らわせニックを気絶させた。

「けっぽ・・・・・・///」

 電気ショックによってニックの体は黒く染まり焦げ臭さが周囲に充満する。ニックだからこそ良かった。というのも、ドラの行き過ぎた懲罰行為によって並の囚人なら感電死は免れなかっただろう。

「それはそうと、ここの視察も兼ねているんだが、中に案内してくれるか?」

 

 

同時刻 サルコファガス最高時間刑務所 前庭

 

「司法長官と連邦刑務所局になり変わりまして、サルコファガス最高時間刑務所へのご訪問を歓迎いたします」

 前庭に集められた新聞、雑誌などの枠を超えて集まったマスコミ関係者。連邦刑務所局に務める男が報道陣の前で挨拶をすると、一人の女性記者が挙手をした。

「ハーバードさん、ここはかつてメタンハイドレート採掘のために作られた海上都市でしたよね?しかしその後100年もしない間にメタンハイドレートを掘り尽くしてしまった事で衰退。5274年に閉鎖されましたが・・・・・・」

「閉鎖されたのは5273年の6月です。で、質問は?」

「かつてのアルカトラズ刑務所がそうだったように、このような大規模な収容所は時代に逆行していませんか?特に最新設備の処刑室が残酷で非人道的だと言われ非難の的になっていますが、どうお答えなりますか?」

「現代社会には暴力と腐敗がはびこっています。たとえばアメリカ合衆国の30人の1人は何て呼ばれていると思います?“犯罪者予備軍”―――世間ではいかにも犯罪をしそうな連中をそう蔑称しているんです。的確な言葉だと思いませんか?」

「答えになってません」

 女性記者からの追及に困り果てたハーバードは、隣に立つ同僚の黒人男性に目を配り、嘆息を突く。

「どうもジェネレーションギャップを感じるので、うちの若いスタッフから説明させましょう・・・・・・上手い事言ってくれドニー」

 言うと、壇上から降りドニーと呼ばれる黒人男性がハーバードの変わりに女性記者や集まった報道人全員に言い聞かせる。

「私が思うに、あなたはこう言っているようですね・・・・・・。犯罪者と言えど人の子だ。同じ人間である以上もっと人間の道徳倫理にかなった刑罰を与えるべきだと」

「それが間違いだというのですか?」

「考えてもみてください。刑務所とは本来、悪い人間を罰する場所です。そこに快適さが保障されないのは当然でしょう」

 あざ笑うかのような顔が女性記者の目に焼き付いた。同時に、本能的にこの男から危険な臭いを感じ取った。

 

 

午後2時

サルコファガス最高時間刑務所 E棟 中央監獄

 

 厳密に言えばサルコファガスは完成していなかった。旧い建物を改装することで最新設備を兼ね揃えた刑務所として生まれ変わったこの島には、手つかずの箇所がいくつか残っている。

 札幌から作業要員として移送されてきたニックたちは青い作業着に着替えさせられると、建物中央にある臨時監房へと通された。

「新入りが来たぞー」

 天井からロープをぶら下げ、タバコを吸いながら作業に当たっていた黒人の男が監房に響き渡る張りのある声で叫ぶ。

 鉄格子の向こう側からやってくる新しい仲間。ニット帽を被ったニックが中の様子を見渡すと、内部は二階構造で一階から二階の独房には一癖も二癖もありそうな囚人たちが熱烈な歓迎をしてくれている。

 デーモンと一緒にドラが一階の方でニックらを見ていると、部屋のブザーが鳴り響き―――現れたのは漆黒のレザージャケットに身を包んだラテン系の男だった。

「!Bienvenidos Esta Henares!ようこそ、サルコファガス最高時間刑務所へ。別名“石棺の島”だ。今回君たちは改装作業要員として移送された」

 流暢なスペイン語を話すその男は二階の方から囚人を見下ろし、サルコファガスにやってきた新しい仲間を厚く歓迎する。

「自由時間には5平方メートルの独房でゆっくり寛いでくれ。どうぞ自由に、脚を伸ばし、リラックスして。Póngase trucha!・・・・・・辛抱が肝心だぜ、どうせこれから長い間働くことになるんだからな」

 男の言葉にニックはどこか引っ掛かりを感じている。そりゃそうだ・・・殺人や強盗といった類の罪で移送されてきたのならともかく、天然記念物指定の花を持ち帰っただけという理由で5年の服役刑を食らってのこの状況―――到底承服できるものではない。

「俺はホアンルイス・エスカルサガ。初仕事は25年前、最凶悪犯の収容階の監視係。15年間凶悪犯を監視して、唾を吐かれ、刺され、焼かれもした」

 ジーっと一階の囚人たちを見据えるエスカルサガ。やがて、勝ち誇った笑みを浮かべ「だがまだ生きてる」と自慢する。

「頑丈さにかけては俺が上手だ」

 言うと、二階から一階へと下り囚人たちの側までやってくる。

「極悪さにかけても俺が上手だ。サルコファガスは俺の家。君らは客だ。客は客らしくしろ」

「ああ!チクショウ!クソったれめ!」

 独房から聞こえてきた怒鳴り声。エスカルサガは足を止めると、独房の中の囚人に問いかける。

「何番ホールだリトル・ジョー」

「17番」

「スコアは?」

 独房の中でゴルフゲームに興じる星条旗のバンダナを頭に被り、下顎にチェーンを垂らす巨漢は芳しくないゲームスコアに溜息をもらす。

「最悪だよ。パットが入いんねぇ」

 リトル・ジョーという名前が痛烈な皮肉としか思えないが、エスカルサガはここ数年見慣れた光景に笑みを零す。

「このリトル・ジョーは自由時間を建設的に使ってる。是非とも彼を見習ってほしい。クリエイティブに。忘れるな、今日から新しい人生が始まる・・・・・・そうだろトゥイッチ」

 問いかけると、天井からぶら下がっていた男・トゥイッチは辟易したように足元のエスカルサガに悪態をつける。

「まーたいつもと同じ演説かーよ。まったく!たまには違うこと言え」

「Calma da des montes!これ気にってんだ。もう直ぐ終わるよ」

 言うと、所長であるエスカルサガは囚人たちの周りを歩きながら以下の事を話し始めた。

「各自に本を2冊支給する。刑務所の規則書(ルールブック)。それから立派な聖書だ。両方ともよく読むことを勧める」

 ただ立ったまま話を聞いているのはドラにとってかなり退屈なことであり、堪ら切れず大きな欠伸をしてしまう。

「脱獄しようと考えてるバカもいると思うが、好きにしろ。有刺鉄線で手を切るなり、得意の平泳ぎで凍え死ぬなり。もし海で死ななかったら、ボートで迎えに行って服役をあと5年追加してやる。サルコファガスの出口はたった一つだ。その鍵は俺の枕の下だ。俺は公平な男だ。問題があれば言ってこい、聞いてやる・・・分かったか?」

 そのとき、再び監房内にブザーの音が鳴り響いた。

「死刑囚通ります!」

 デーモンが声高に叫ぶと、床が左右に開放されオレンジ色の囚人服に身を包んだ白人でスキンヘッドの老父が看守とともに現れた。

 死刑囚と言われながらも、老父はまるで悟りを開いたかのように穏やかな表情を浮かべ酷く落ち着いている。彼は看守と一緒に囚人たちが作った真ん中の道をゆっくりと歩いてくる。

「この男は歴史を作ろうとしている。最新設備が揃ったサルコファガスの処刑室で死ぬ最初の囚人だ。まことに残念ながら、今夜午前0時に死刑を執行する」

 ニックのように改装作業要員として運ばれてくる囚人もいれば、今夜死刑に処される囚人もいる。刑務官にとって囚人の死刑執行も重要な職務であり、中にはそれを猟奇的に愉しむという輩もおるが、少なくともエスカルサガは目の前から歩いてくる囚人の死を人並みに悲しんでいる。

 ニックも目の前を横切る死刑囚の老父を食い入るように観察。そしてドラも多少の興味を持って彼を見ていた。

 その際、老父の視線がドラへと向けられ―――何を思ったのか彼はドラを見ながら口角をつり上げ、何も言うことなくドラの前から歩き去って行った。

 

 午後6時18分。一台のヘリコプターがサルコファガス島へと接近―――出入り口にはハーバードとエスカルサガが控えており、ヘリコプターから降りて来た初老の女性を出迎えた。

 彼女こそ、アメリカの歴史にその名を刻む碩学。最年少で連邦最高裁判所の判事に上り詰めた才女―――ジェーン・マクフィアソン(51)。今日彼女は、自らが死刑という判決を言い渡した男の死刑に立ち会うためここを訪れた。

『連邦最高裁判所のジェーン・マクフィアソン判事が、サルコファガス最高時間刑務所に降り立ちました。判事は今夜、レスター・マッケンナの処刑に立ち会います。マッケンナが西暦1940年の第二次世界大戦真っただ中、当時のイギリス軍から2億ドル相当の金塊を強奪したこの有名な事件の裁判で判決を下したのがマクフィアソン判事でした。この事件には未だ謎がひとつ・・・マッケンナは逮捕の直前、どこかに金塊を隠し、その場所を未だ供述していないのです』

 世間が関心を集める事件の裁判結果としての死刑。イギリスを中心にアメリカやロシアなど、世界中の報道機関が挙って死刑囚レスター・マッケンナに関する特集を組み、その様子を生中継する。

『TBTが17年間世界中を探し回っていますが、今も見つかっていません。さて、マッケンナはこの秘密を墓場まで持っていくつもりなのでしょうか。以上、グラスゴーからケリー・ラングがお伝えしました』

 

 

 

 

 

 

短篇:栄井優奈の性格破綻録

 

西暦5539年 4月6日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「オカシイ!!」

 そう発したのは杯昇流・TBT長官だった。

「明らかにオカシすぎる!!」

 机をバンと叩き、大事な事を二度言う彼の声はとかく鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーの耳の奥まで響き、不快な表情を作らせた。

「ったく、朝から何っすか?」

「長官さんが可笑しいのは周知の事ですよね?」

「そうじゃねぇよ!!つーか、そうじゃねぇっていう俺のこの複雑な気持ちは何だ!?」

「知らないですよ」

 一体昇流の身に何があったというのか。気になるドラたちを前に、昇流は背もたれに深くかけながら溜息をもらす。

「いやな、最近優奈の様子が変なんだよ・・・」

「優奈?・・・・・・ああ、例の長官の彼女か!」

 ―――ドンッ!

「ふぎゃあああああ!!」

 唐突なまでの鉄拳制裁。駱太郎の放った岩をも砕く破壊の拳は昇流の顔面深くめり込み、一時的に彼の視界を封じ込めた。

「オイラが言うのもなんだけどさ、今のは相当理不尽だったよねR君」

 椅子からひっくり返った昇流が目を回す様子を見ながら、ドラは露骨に嫉妬の炎を燃やす駱太郎の方を見る。

「駱太郎。僻んでもしょうがねぇって何度も言ってるよな?」

「ウルセー!殴らずはいられねぇんだよ!!」

 三遊亭駱太郎は未だに恋人もなく独り身。かつて同じ苦しみを味わってきた昇流(同胞)が思わぬ形で恋を成就させたのを機に、駱太郎はたびたび理不尽な暴力を加えるようになった。

 そして昇流本人は理不尽な暴力に屈することなく、殴らられれば殴られた分だけ打たれ強く、しぶとくなっていた。

「てめぇ・・・・・・そのホウキ頭をくしゃくしゃにしてやろうか!?」

「上等だ!!やれるもんならやってみろ!!」

 いがみ合う二人。烈しく火花を散らし一触即発状態を作り出す彼らだが、ドラは深い溜息の末に口を開く。

「あの長官。そう言う事を話してたんじゃないですよね」

「お、そうだった!このバカのお陰ですっかり話が逸れちまったぜ」

「バカとは何だバカとか!365度どこを見てもいい男にしか見えねぇだろが!!」

「5度多いわ!」

 脱線した話を元に戻すため、昇流は自分の席へと戻り今一度語った。

「話を戻そう。優奈がどうも最近よそよそしいというかなんというか、俺への態度が淡白なんだよ。携帯に電話したら意図的にワン切りされるし、メールをしても碌に返事も返ってこない・・・・・・そうだ、これは事件だ!!」

「絶対違いよな」

「要するに長官という男に鬱陶しくなったんですよ」

「早くも破局とは・・・・・・悲しいものじゃの」

「俺たちはまだ破局なんかしてねぇよ!!第一、優奈は俺にぞっこんなんだぞ!!そう簡単に俺たちの愛が冷める事なんて・・・・・・」

 プルルル・・・・・・

「誰だよこんな時に・・・!!」

 破局と決めつけられた事に怒り心頭の昇流は、携帯にかけてきた相手の名前も確かめぬまま怒気を孕んだ声で答える。

「はいもしもし!!」

『昇流君、久しぶりだね』

「え!?その声・・・・・・優奈か!?」

 先ほどまでの怒りが一気に吹っ飛んだ。昇流が気に掛けていた恋人・栄井優奈本人からの着信だった。ずっと恋焦がれていた彼は心臓を若干高鳴らせながら、彼女の透き通るような優しくハスキーな声を聞く。

『ごめんめ、何度も電話やメール寄越してるのに返事もしないで。実は早く内定もらって昇流君をびっくりさせようと思ってて、それで敢えて連絡いれなかったの』

「そうなのか・・・なんだよ、それならそうと一言言ってくれればいいのに」

『本当にごめんね。でもお陰で内定もらえて、今日やっと社会人になれたの!』

「よかったじゃねぇかおめでとう。で、どこに務めることになったんだ?」

「ここだよー!!」

「「「「「「うわああああ!!!」」」」」」」

 とびきりの笑顔の優奈が、部屋のデスクの下から飛び出してきた。あまりに強引すぎる展開に驚くドラたちを余所に、優奈は携帯を耳にあてながら同じく驚き返っている昇流を見る。

「お前どっから出て来たんだよ!?つーかいつからここに潜んでいやがった!?」

「えへへ♪これもサプライズの一環で♪」

「不法侵入で逮捕されるぞ下手したら・・・あれ優奈・・・!?まさか、お前が務めるのってここか!?」

 昇流がそう尋ねると、案の定彼女は首肯し、屈託のない笑顔を浮かべた。

「昇流君とできるだけ近くに居れる場所って考えると、やっぱりTBTだって思ってね。私、今年からTBT精神開発センターの職員になりました!よろしくお願いします、長官殿。それと鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のみなさん方」

 4月付けを持ってTBT職員となった栄井優奈は、昇流とこの部屋にいるドラたち全員に対し敬礼。品行方正に礼節を弁えた。

「そうでしたか。おめでとうございます、こちらこそよろしくお願いいたします」

 ドラたちも新しく職場の仲間となった彼女に礼を尽くし、同僚として歓迎。

 すると駱太郎が急に態度を変え、優奈の手のひらを倍近くある大きな手で包み込む。戸惑う彼女を前にしながら、昇流を一瞥し駱太郎は語りかける。

「なぁ姉ちゃん。あんなダメ男なんか捨てて今から俺に乗り換えねぇか?」

「え?いえそれはちょっと・・・」

 そして駱太郎は迷うことなく彼女の耳元で囁き出す。

「嬢ちゃんは駱太郎の虜になる、虜になる、虜になる虜になる虜になる虜になる虜になる虜になる虜になる・・・」

「おい駱太郎!!てめぇ人の彼女にサブリミナル的に何吹き込んでやがんだよ!?」

 焦燥を覚える昇流だったが、駱太郎の唱える呪詛にたぶらかされるほど優奈の昇流への愛は薄くはなかった。我に返った彼女は駱太郎の手を払い、頬を紅潮させる。

「ご、ごめんなさい!私、生涯昇流君に尽くすんだって決めてるんです!!」

「ガーン!!!」

 呆気なく崩れ去った駱太郎の策略。見事なまでの玉砕―――あまりのショックに駱太郎は悔し涙を床に零し、「ヂグジョウ・・・何だって俺ばっかり差別されるんだ・・・///」と愚痴った。

「にしても、奇特な女子よのお主は」

「ほんと物好きとしかいいようがないよね」

「はい、私物好きなんです♪」

「優奈!!俺がいる前でそんな言い方をしないでくれ、男しての株が下がる///」

 どういう神経をしているのかわからないが、優奈もそれなりの毒舌家であることが何となく露呈した気がした。

「あ、もう行かなくちゃ。じゃあ昇流君、お昼の時にまたここに来るから。あ、そうだ。今日は私お弁当作って来たから楽しみにしててね!!」

 ひらりと揺れるブラウンのロングヘアーを靡かせ、優奈は昇流に笑いかけてから部屋を出て行った。

「行っちまったな」

「良い人ではあるとは思いますけど、本当に物好きですよね」

「どいつもこいつも人の顔を見ながら物好き言いやがって・・・!」

 今日一番昇流が後悔したこと―――彼女にすら物好きと言われてしまう自分自身のステータスの低さだった。

 

 時は流れ、午後12時30分。お昼休憩の時間―――

 グッ~~~という空腹音が昇流の腹から鳴り響く。お昼休憩は1時間。既に30分が経過しているにも関わらず、優奈は一向に現れる気配がない。

「おっせーな優奈の奴・・・・・・まだ仕事してるのか?」

「仕事しないあんたよりマシだろ」

 幸吉郎のもっともな言葉が鋭く昇流の胸に突き刺さる。

「大体、午前中で書けた書類がたった5枚ってどういうことですか?彼女の爪の垢煎じて茶でも飲んだらその欠点塗れの性格が変わるんですかね~」

「ふん!俺は元から管理職タイプじゃねぇんだよ!」

 ドラの嫌味にも負けず虚勢を張り続けた、そのとき―――部屋の扉が開き、ようやく待ちわびた恋人・優奈が部屋にやってきた。

「お、優奈。遅かった・・・・・・どうしたよええ!?」

 午前中に見たときとは比べ物にならないくらいの変わり様だった。純白の白衣に身を包んだ優奈の姿は、ボロボロな上に何故か全身水浸し。おまけにゴミの臭いも若干だが鼻につくのである。昇流は勿論、ドラたちも唖然とし食べるのをやめた。

「あははは・・・・・・ちょっと、色々あって」

「だからつったって、こうはならねぇんじゃねぇか?!」

「午前中に何があったのか話してくださいませんか?」

「まぁ簡単に言うとだね・・・・・・早く仕事を覚えようとヤル気を出していたんだけど、どうも空回りばかりして、それでさっきもゴミ出しの途中でスタッフの先輩とぶつかって、こってり絞られていました・・・」

 そう言った後の彼女の表情は重く暗いものだった。覇気の無くなった彼女に周りは気の毒そうな顔を浮かべ、ドラは困惑する昇流に耳打ちする。

「頭いいキャラじゃなかったんですか?」

「いやな・・・。確かに勉強はダントツなんだ。ただ、運動神経とその辺の事情がちょっと残念なんだよな」

「う~~~本当のこと言われるとショックなんだけど~~~///」

「と、とりあえず昼餉にしようぜ。こんなクサレ長官のために弁当作って来たんだろ?こんなクサレ長官のために!」

「おめぇはイチイチ人を僻んで癇に障る事言うんじゃねぇ!!つーか二度も貶しやがったなホウキ頭!!」

 グウ~・・・。

「あ~・・・腹減った」

 昇流の空腹は最高潮に達していた。何でもいいから腹に収めたいという表情を見せる彼に、優奈はおどおどと鞄から弁当箱を取り出す。

「あ、あの・・・あんまり上手じゃないけど、よかったらこれ食べてくれる昇流君///」

 この瞬間、駱太郎の嫉妬の炎が爆発―――空腹で力が出ないでいる昇流に対し、首根っこを凄まじい握力とともに鷲掴み。

「こいつを今すぐ死刑にしてやる!!!!!」

「落ち着け単細胞!!」

「首に力入れ過ぎだって!!長官口から泡吹いてんじゃねぇか!!」

 

 あの後どうにかして、駱太郎の暴走は抑えることができた。生と死の境を彷徨った昇流は首の痛みを気にしながら優奈の隣で溜息をつく。

「はぁ~・・・なんで昼飯食う前に死ぬ思いしなきゃならないんだよ」

「昇流君、いつもこんな壮絶なお昼時間を過ごしてるの?」

「んなことあってたまるかー!何でもいいから飯をくれー!」

「じゃあ、私が食べさせてあげるね♪恥ずかしがらないでちゃんと口にいれてね」

「あ~~~んってやるんだよな・・・!あ~~~んって・・・!!」

「わかったからさっさとおめぇは自分の飯を食え」

 目の前で昇流が優奈の手作り弁当を食べる事だけでも妬ましい事だが、さらにそこから優奈が昇流に食べさせるという画を想像するだけで、駱太郎は再び爆発しそうになるのだ。

「で、今日は何を作って来てくれたんだ?」

「ふふ。朝4時起きして作って来たスペシャル健康メニューだよ」

 言うと、ピンク色のお弁当箱の蓋を開け、その中身を露わにする。

「じゃじゃーん!どう昇流君、きれいでしょ?」

「確かにキレイっちゃキレイだな・・・・・・そう、例えるなら洗い立ての洗濯みたいだな優奈ちゃん///」

「え?」

 なぜ涙を流しながらそんな喩をしてきたのか―――不思議に思う優奈だったが、次の瞬間その答えが分かった。

 よく見ると弁当箱に入っていたのは、真っ白なご飯のみ。そこに梅干しや海苔などは一切なく、おかずの箱も何故か真っ白な米が敷き詰められていた。

「こ、これはその・・・///えっと、弟の分のお弁当作っててそれで間違えて///」

「無理するな優奈。お前に兄弟はいないはずだろ?」

「でも大丈夫!私ごはん大好き!!もうご飯さえあれば、もうご飯何杯でもいけちゃうから///」

 あまりの恥ずかしさに顔から湯気を出す。優奈は羞恥心を必死で誤魔化すため、昇流に作って来た白い弁当を自分の口の中へと駆け込んだ。

「って、俺への弁当じゃなくなってるじゃねぇ完全に・・・///でもこんな事になってもいいように、おふくろが用意した弁当が手元にあってよかった///」

 

「結論から言わせてもらうと・・・優奈ってドジだよな」

 昇流が真面目な顔で言ってきた。聞いた瞬間、ハッとした表情を浮かべ優奈は恐る恐る顔を上げ、

「・・・・・・わかる?」

「わからねぇはずがねぇだろ!!!」

 と、幸吉郎がつい怒鳴り散らしてしまった。

「うわあああ―――ん!!!私ダメなんです、昔からドジでそそっかしくて・・・折角昇流君と一緒に仕事が出来るようになったと思ったのに、こんなんじゃ直ぐにクビになっちゃうかも///」

 幸吉郎の形相と怒声、そして自分の欠点とも言うべき“そそっかしさ”を恨めしく思った優奈はとうとう泣き崩れてしまった。

「つってもな・・・こればっかりは性格だからな」

「協力してやりたいが、なんかいい方法は?」

 眉目秀麗の才女と伝え聞かされていた女性の意外な弱点を知ったドラたちはどうしたものかと思案する。

「おいドラ。おめぇのポケットにドジを直す薬とか入ってねぇのか?」

 うっかり昇流がそんな事を口にした途端、額にケーブルを浮かび上がらせたドラは瞬時に昇流の体をロープで縛りつけ、彼を抱えるとオフィスの窓ガラスから突き落とす。

「青いネコ型ロボットじゃねぇっつってんだろうが!!」

「ふぎゃああああああああ!!!」

 高層ビルから突き落とされるという気分はどういうものなのだろうか。想像するだけで体が縮み上がりそうだ。

 昇流を宙づりの刑に処した末、ドラは嘆息を突く。

「しょうがない。ここはハリーに協力してもらおう」

「どうしてハリーなんだ?」

「何でも面白い薬を開発したっていうんだ。もしかしたらその中にドジを直す薬があるかもしれない」

 

 

TBT本部 第四分隊・生物科学捜査班オフィス

 

 エイリアン事件で協力した四分隊所属の科学者ハリー・ブロックに一縷の望みを抱き、懇願したところ―――

「ああ、あるぜ!」

「あるんだ!マジであるんだ!」

「ねぇ言ってみるもんだろ」

「じゃが薬だけで本当に性格が変わるのか?」

 龍樹が疑問に思う中、ハリーは一旦コーヒーを口に含んでから説明する。

「脳の分泌物をコントロールする事で性格を変化させる研究をしててな、何パターンかの性格変化に成功したんだ。ひひひ、これでノーベル賞はいただきだな!」

「出たよ。ハリーの浅はかな皮算用が」

「つまり、性格と逆の薬を飲めばいいんだな?」

「そそっかしいの逆か。良かったな、嬢ちゃん!」

「はい!」

「ま、一応やってみるか」

 物は試しとハリーは机の下からその薬を取り出した。

 薬と言っても外見は日本酒の瓶に似ており、ラベルには漢字で『冷静』という文字が書かれていた。

「『冷静』・・・?」

 

 

TBT本部 精神開発センター・高等部

 

 TBT内に創設された超能力の研究と訓練を行う機関―――TBT精神開発センターでは、素養を持つ少年少女を多数養成している。

 栄井優奈はセンター高等部に所属している子どもたちを受け持つ指導官として働いているが、何やら教室内はただならぬ雰囲気に包まれていた。

「私言ったよね?遅刻は許さないって」

「す、すみません・・・」

「うんうん。私に謝られても困るの。ほら、こうしてる間にも君はみんなの時間を奪ってる時間泥棒だよね?」

 あまりに冷たい優奈の声色と表情。温和で優しい性格の彼女が何をどうすればこんな風に変わったのか―――あるとすれば、ハリーに勧められた例の薬を飲んだことに起因しているのだろうが、遅刻した生徒はもちろん教室に集まった他の生徒たちも優奈の雰囲気に圧倒され恐怖に戦いている。

 優奈は嘆息を突くと、教卓の上の鉛筆を転がし―――目の前の遅刻生徒に対し、

「お母さん・・・・・・呼ぶ?」

 と、冷たく言い放った。

「す、すみませんでした///」

 その直後。ドラたちが教室の扉をバンと開き、「あんたのクラスは隣だから!!」と言って来た。

 

「『冷静』じゃなくて『冷徹』じゃねぇか!!」

 結果は失敗に終わった。悲しみに暮れる優奈を横目に、ドラたちはバッドサイエンティスト・ハリーを厳しく糾弾する。

「優奈さんメチャクチャ冷たくなってたぞ!!そそっかしいのも直ってねぇし!!あんなに冷たい優奈さんなんか見たくなかったよ!!」

「ん~、ちょとい冷やし過ぎちまったかな?」

「どういう原理なんですか!?」

「ま、そそっかしいのを直すのに冷静ってのが間違ってたか。そいつじゃこれはどうだ?飲むと落ち着くぜ」

 簡単な反省をしたハリーは先ほどの失敗を元に、別の薬を用意。同じく日本酒の様な外見に、『飲むと落ち着くよ~ん』という名前が書いてある。

「なんかさっきから日本酒みたいだけど大丈夫か?」

 

「じゃあ、帰りのホームルーム始めるよ。でもその前に・・・みんな、窓の外を見てみて」

 半信半疑だが優奈はハリーが勧めてくれた薬を飲み、再び教室へ戻った。

 が、教室に入るや彼女は魔の抜けた声を出しながらペン立てを湯呑の様に扱い、窓の外を見ながらのんびりとした雰囲気を醸し出す。

「ほうら、スズメさん。楽しそうに飛んでるね。おいかけっこしてるのかな?」

 一見のどかな光景に見えるかもしれないが、生徒たちは終始困惑し続けている。そんな彼らを余所に優奈はペン立てに口をつけ、

「はぁ~、いいお茶♪」

 これ以上見ていられなかった。ドラたちは教室の扉を開け、彼女に詰め寄る。

「さっさとホームルームしろよ!!」

「それお茶じゃなくてペン立てだから!」

 

「薬シリーズ使えねぇ!!」

「なんだおまえら。折角俺が協力してやってんのに」

 またしても失敗に終わった。薬の開発者であるハリーを先ほど以上に厳しく糾弾するが、当の本人はあまり罪悪感という物を感じていない様子だ。

「人格まるごと変わってんのに、肝心なところは変わんねぇじゃねぇか!」

 それを聞くと、ハリーは例の如く日本酒の便に『精密』というラベルが貼られた薬を取り出す。

「次はこいつを試したかったんだがな?いいか、こいつを飲むとだな!」

「ロボットみたいになんだろ!?」

「大体わかるわ!!」

「他にもいろいろあるんだけどな・・・・・・」

 机に並べられたありとあらゆる性格改変の薬。なぜかすべてが日本酒の瓶に性格の名前が記されたラベルが貼られている。

「なぁハリー。人格を変えずに欠点だけを直す事はできないのか?」

「おいおい。けど、まぁ試してみるか?」

「はい!お願いします!!」

 とりあえずやるだけの事はやってみようと思った。優奈は我武者羅なまでに薬による欠点克服を目指したが、結局芳しい結果を得ることはできずいたずらに時間だけが過ぎて行った。

「は、は、は、は」

 薬の飲み過ぎは優奈の体に思いのほか強い負担を残した。短時間に脳の分泌物を変え、急激なまでの性格改変を続けた優奈の体・・・いや精神状態はボロボロだった。

「優奈さん大丈夫ですか?」

「すっかり性格破綻してるな」

「うう・・・こんなんじゃ、昇流君に嫌われちゃうよ~~~///」

「そうかな。俺は、そそっかしいお前も好きだけどな」

 そのときだった。宙づりの刑を自力で解いた昇流の声が部屋の中から聞こえてきた。扉の方に目を転じれば、昇流が優奈の方を見ている。

「昇流君・・・あの、それってどういう?」

「仮にミスしない職員になれたとして、だから何だっつーんだ?」

「え!?」

「短所を強制しようとするあまり長所を抑えちまったら、自分らしさを失くしちまったらそりゃ本末転倒じゃねぇか。俺を見てみろよ、欠点だらけだぜ」

 自分の経験から基づく価値観を優奈に提示。昇流は彼女の元へ歩み寄りながらおもむろに語りかけてくる。

「確かに優奈のドジは欠点かもしれねぇ。それを直そうと努力することは結構なことだ。だけど完璧にはなれねぇ。だから自分の精一杯ってとこまで頑張ったらもう頑張んなくていい―――諦めな」

 この言葉に、優奈は目を見開き唖然とした。一方で、ドラたちも優奈ほどではないがそれなりに驚いた様子でまじまじと昇流の言葉に耳を傾ける。

「その代わりに長所の方は限界なんてもんは関係ねぇ。優奈の売りは粘り強さだろ。そっちは遠慮する事はねぇぞ」

「・・・・・・うん///」

 この言葉が何よりも嬉しかった。昇流は健気で頑張り屋な優奈だからこそ陥りやすい点を指摘しつつ、彼女がこれ以上自分を追い込まなくてもいい最善の方法を助言した。

「そうそう!俺はその事を分からせるためにワザとやらせたんだぜ!」

「ウソつけこのマッドサイエンティスト!」

「散々優奈ちゃん弄んだ奴がよく言うわい!!」

 冗談交じりでハリーが言うと、周りはそれに激しく抗議。笑って誤魔化そうとする彼を容赦なくしばき上げた。

「昇流君・・・本当に、こんな私でいいの?」

 不安気に尋ねる優奈を、昇流は温かい表情で見つめる。

「お前は俺にない良いところをいっぱい持ってる。俺はお前の持ってないところを持ってる。それでいいじゃねぇか」

「―――・・・そうだね。私、何だか色々焦ってたみたい。でも、昇流君の言葉聞いたら何だか肩の荷が下りたよ。ありがとう!!」

 刹那、頬を紅潮せると優奈は躊躇うことなく昇流の方へと抱き着いた。

「昇流君大好きっ!!!」

「だああああああああ――――――!!!!」

 決して見たくはない画を駱太郎は見てしまった。昇流と優奈が抱き合い愛し合う光景など、反吐が出る。いやそんな事よりも単純に悔しくて悔しくて仕方がない。

「チクショー!!!あんな汚れた男に抱き着くなんて・・・どうかしてるぜ!!!おおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「だあああああ!!!終始君はうるさい男だなもう――――――!!」

 

 

 

 

 

 

                   おわり




次回予告

ド「死刑囚レスター・マッケンナからの面会を求められたオイラ。同じころ、サルコファガスに忍び寄る怪しげな影!!さぁ~て、いよいよ面白くなってきたぞ」
ニック「次回、『アタック49ers(フォーティーナイナーズ)』。追い待てよ!このサブタイトルやばくねぇか?!何かのクイズ番組みたいになってんじゃねぇか?!」
ド「心配するな。どうせこんな話見てる人なんてほとんどいないんだから・・・自虐しました」

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