サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「TBTは大きく五つの部署で構成されている。その中でも、逮捕され裁判によって刑が確定した時間犯罪者を入れておく特別な刑務所、時間犯罪刑務所で仕事をしているのが第五分隊“時間刑務課”に所属する連中」
「何を隠そう、オイラもそこの出だ。だから当時の名残りからかな、犯罪者を見るととことん理不尽なイジメをしたくなる性質なんだ。今回から始まる章は、オイラの刑務官時代の過去に触れながら今の地位に着くまでの軌跡を辿って行こう」
「では行こうか・・・サムライ・ドラ、新章・サルコファガス編!!どうぞ!!」


サルコファガス編
ザ・ワースト・ウォーダー


時間軸2008年 4月2日

マレーシア半島南部 ボルネオ島 住宅地帯

 

 東南アジアの島でありながら、世界の島の中で第3位の面積を持つボルネオ島。マレーシア政府が違法材対策を取らないためボルネオ島ではしばしば違法貿易が行われていた。

 そして今宵もまた、違法貿易によって多額の利益を得ているマフィアグループが秘かに活動を始めようとしていた。

 

 一台の高級車が住宅街へと入ってきた。

 降りて来たのは高級な外套を着こなす初老の白人が一人と、それを守るように周囲をガードする黒人が数名。

「なぁトニー。いよいよだな」

「約束通り」

 不安げな表情を浮かべながら答えるトニーと呼ばれる黒人。その隣でタバコに火を点ける白人は、口角をつり上げるとおもむろに目の前に建っている古びたアパートを見ながら―――

「さっさと済まそう。未来(むこう)で大事な商談がある」

 何かの前触れであるかのように雨が降ってくる。男はタバコを咥えたまま、トニーら黒人の部下を引き連れアパートの方へと歩いて行く。

 アパートの階段を上がっていたときだった。トニーが不安気な顔で白人の男こと、自らのボスに対して重い口を開く。

「ねぇ、ソニーさん。ほんと誤解ですって。あいつに限ってそんな・・・裏切り者なんかじゃありません」

「もうすぐわかる事だ」

 どうやらマフィアの中に裏切り者が紛れ込んでいるらしい。それを確かめるために彼らはここを寝床としている男の元にやってきたのだ。

 ガチャ・・・と、扉が開かれた瞬間―――ベッドで休んでいた男が物音に気付くなり、近くにあったコルトガバメントのシルバーモデルを手に取り侵入者へと突き付ける。

 侵入者であるソニーの部下たちもまた部屋の中の男に警戒心を抱き、手持ちの銃を突き付ける。

「下ろせこんな物騒なもの」

 束の間の膠着状態を形成するも、トニーとともに部屋に入って来たソニーの一声で場の空気は急速に緩和する。

「やぁ、ヒロム。私はソニー・エクバル。お前のボスだ」

 不敵な笑みを浮かべながらソニーはヒロムという名を持つ眼前の男に話しかける。

 ソニーがここに来ることを聞かされていなかったヒロムは、怪訝そうな顔を浮かべると銃をおろし、仲間内であるトニーに問いかける。

「トニーどういうことだ?」

「ガサ入れが遭ってさ、TBTと通じてんのが居るらしいんだよね。まぁ協力してくれよ。ちょっとしたテストだから」

 ヒロムへと近づいたトニーは簡単な状況説明をしながら、ヒロムの右腕に電極が付いたパットを取り付ける。

「ウソ発見器か?」

「トニーは反対したんだ。お前はファミリーだからってな・・・こいつそう言っちゃ野良犬を拾ってくる。だから私自ら来た」

 翠色(グリーン)の眼からは猜疑心が見て取れる。ヒロムはソニーと言う蛇に睨まれ、口籠る。

「お前は敵か?味方か?」

「勿論味方だ」

 ヒロムはそう答える他に賢明な選択肢などない。仮に敵だと言えば、即刻殺されるのが関の山。だが味方だと答えた所で、ウソ発見器で少しでも脈拍や心臓のリズムにおかしな点が見受けられれば、結果は同じだ。

 ソニーはどちらに転んでも殺される確率が高い目の前の男を一瞥、不意に視線を逸らし二本目のタバコを咥えた。

「相沢ヒロム。日本人だな」

「ああそうだよ。何か問題あるか?」

「私は部下の国籍にこだわったりはしない。きっちり仕事をこなして儲けさせてくれりゃそれでいいんだ。ただ気になるのは、うちに転がり込む前は誰に雇われていたかという事だな」

「自分だ」

 タバコに火を点けると、ヒロムの方を見ながらソニーは「何やってた?」と尋ねる。

「窃盗グループのリーダー。でもパクられて、5年食らった。だから簡単な仕事がしたくなってさ」

 彼の話を聞く傍ら、トニーはウソ発見器の数値に異常がないかどうかを吟味する。

「うちはな、東ヨーロッパから環太平洋地域にかけての時間シンジケートとしちゃ最大規模の組織だぞ。それが簡単か?」

「車泥棒だろ?」

「お前は司法組織に雇われているのか?」

「FBIやCIA、KGB、それから連邦執行官に雇われることもあるよ。それから暇なときはサイドビジネスで秘密警察に情報を売ったりなんてこともしている」

 説明をするヒロムの脈拍は徐々に高まっている。これを見たトニーが若干苦い顔を浮かべる一方、ソニーの方は思わず失笑する。

「”TBT”を抜かしたぞ。お前TBTなのか?」

「車泥棒。それだけだ」

 飽く迄もしらを切ろうとし笑顔を浮かべるヒロムの態度に、ソニーは堪忍袋の緒が切れた。

 直後、隠し持っていたナイフを取り出したソニーは、ヒロムの首筋へと刃を突き付け怖い顔で尋問する。

「私は尋問より殺しの方が得意なんだ。軍隊仕込みでな。トニーはお前の事を気にいってる。あいつは弟みたいなもんだから、顔を立ててやりたいところだが・・・私にも我慢の限界ってものがある」

 トニーの額から一筋の汗が流れる。ヒロムは彼の視線を気にしながらも、汗一つかいていない。

「お前はT・B・Tか?」

 商売敵の略称を強調するソニー。全員がヒロムの方へ注目すると、彼は長い沈黙を保ったのち-――

「違う」

 ピ・・・ピ・・・ピ・・・ピ・・・

 ウソ発見器の数値に変化が見られた。先ほどまで高かったはずのヒロムの心拍数および脈拍が低下―――この結果が示すものとして、相沢ヒロムはTBTの潜入捜査官ではなくファミリーの一員であるということ。

 ほぼ確実に相手の嘘を見抜ける精巧な機械をパスしたヒロムに最早疑念を向けることはできなかった。ソニーは突き付けていたナイフを収め、歓迎の手を差し伸べる。

「改めてファミリーに迎えよう」

「ハハハ、言ったでしょ!」

 トニーは最初から信じていた。ヒロムが自分たちを裏切るはずがないと。

「今夜中に船を出すぞ」

 そう指示を出し、後の事をすべて腹心のトニーへと一任―――ソニーは部下たち数名を連れてアパートから出て行った。

 こうして部屋に残ったのはヒロムとトニーだけ。

 お互い妙に馬が合うらしく、二人は笑みを向け合っている。

「仕事があるんだけど。やるか?」

 

 TBTによって“エクバルファミリー”と呼ばれている彼らは、東ヨーロッパ諸国を中心に様々な時間から年代物の車を盗み出しては、それを時空移動船と呼ばれる超大型のタイムマシンを使って未来へ運び出し、多額の利益を得ている。

 今夜もまた、人知れずに彼らはこの時代から自分たちの利益となり得る高級車を盗み出し、未来へと持ち帰り高値で転売しようと企んでいた。

 ブローン・・・!

「おおお!!」

「はははははは」

 夜の港を疾走する一台の外車。車を運転しているのは相沢ヒロムで、助手席に座っているトニーはヒロムの荒っぽい運転操作に肝を冷やしている。

「おいヒロム、ふざけんなよ!飛ばし過ぎだって!」

 時速100キロ越えは当たり前。貨物列車の間を爆走する車は道とも言えぬ道を通り抜け、真っ直ぐに道を駆け抜ける。

 すると前方からトラックが近づいてきた(というより、ヒロムが飛ばし過ぎるために相対的にトラックの速度が遅くなって荷台部分が近づいているだけ)。

「おいおい、あぶねーよ前!」

 トラックの荷台に接触する寸前でハンドルを切り、ヒロムは何事も無かったように車を走らせる。

「おおお!!」

「ははははは」

 だが次なる危険が直ぐにやってくる。今度は荷物を運んでいる最中のフォークリストと接触する可能性が浮上した。

「前!フォークリフト!」

 トニーの指摘を受けた瞬間、またも急ハンドルで目の前から接近してきたフォークリフトを躱す。

「楽しいだろ?」

「こんなの楽しかねぇよ!」

 ギアチェンジを繰り返し車を自分の体の様に自由自在に操るヒロムの運転テクニックはF1レーサー顔負けだが、隣に座っているトニーの気持ちになってみれば嬉しくないスキルである。

 そしてついに、最大の苦難がやってきた。フォークリフトとは比べ物にならない巨大な怪物―――大型トラックが前方から走って来た。

「もう勘弁してよ!」

 絶叫マシンよりも性質の悪いヒロムの運転。トニーの中でこれまでの記憶が走馬灯のように蘇る。

「わあああ!!」

 ヒロムはブレーキとハンドルを上手く使い、真っ直ぐ走ってきたトラックのわずかな隙を縫って衝突を回避した。

 寿命を縮ませる危険なドライブに辟易しつつも、トニーは運転席のヒロムに対し、アパートでの出来事を謝罪する。

「さっきは悪かったな。お前が裏切る訳ないってボスに言ったんだけど、あの人も頑固だから」

「この車いくらだ?」

「19万8000ドルくらい」

「俺の手数料(マージン)はいくらになる?」

「9600ドル、だいたい」

「とりあえず半額もらえるんだろ」

「港に着いたらな」

 二人を乗せた外車もまた盗難車であり、これから売り捌く予定の品物だ。

ヒロムはエンジンを全開にし、夜の倉庫街を疾走する。

 

 

ボルネオ島 倉庫街・盗難車保管倉庫

 

 午前0時24分。エクバルファミリーが管理する倉庫には既に出荷される何十台もの盗難車と作業員が集まっている。

 ここにヒロムとトニーを乗せた外車が到着。

「うわああああああああああああ!!!」

 倉庫内に入って来た車は高速スピンをしている。無論、ヒロムの悪ふざけである。

「ヒロムちょっと加減しろよ!」

「俺は命知らずなんだよ!」

「車止めろ!」

 トニーが言うので車を止めた。が、その瞬間に助手席の扉が開かれトニーは勢いよく外へ放り出された。

「うわあああああ!!!」

 放り出されたトニーは近くに止めてあった車のフロントガラスへと直撃。凄まじい衝撃が全身へとほとばしる。

 ヒロムが車を降りると、打ち所が悪かった場所を手で押さえながらトニーがゆっくりと立ち上がり、ヒロムを睨み付ける。

「この借りはいつか返すからな!」

 不敵な笑みを浮かべるはヒロム。運転もさることながら所どころ常軌を逸している彼に振り回されること事態にトニーは疲れを見せつつも、彼をファミリーの仲間として扱うことに変わりはない。

「お前ら何やってる仕事しろ仕事!さっさと詰み込めよ、出航まで37分だぞ」

「金は?」

「やだな。ちゃんと払うよ、わかってんだろ」

「そっちこそ」

 せっかちな性分らしく、ヒロムはなかなか金を払おうとしないトニーを脅してやろうと思い、近くにあったハンマーを手に取った。

「さ、今すぐ9600だ。でないとこのハンマー振り上げるぞ」

「やめろヒロムふざけんな」

「スカッとするぜ」

「やめろって」

 売り物の車を壊されては商売あがったり。本当に行動に移しかねないヒロムに危機感を覚え、トニーは懐から手数料の9600ドルを取り出した。

「お前異常だよ」

「超異常だろ?」

 手数料を受け取りご満悦の顔となるヒロム。

 と、そこへ見慣れない一台のワンボックスカーが入って来た。

「あれは予定のうちか?」

「いいや」

 ワンボックスカーは停車すると、トニーは「おい、こいつを隠せ」と自分たちが乗って来た外車を布で覆いかぶせるよう作業員に指示。

 二人が警戒していると、ワンボックスカーの助手席がおもむろに開き、中から出て来たのはTBTが誇る最恐のネコ型ロボット―――“魔猫”こと、サムライ・ドラ。

 彼を先頭にして運転席からは三遊亭駱太郎、後部座席からは龍樹常法、八百万写ノ神、そして朱雀王子茜が降りて来る。

 五人は横一列に並んでトニーとヒロムの元へと歩み寄る。

「トニー・スピルバーグか?」

 ドラの左隣に立つ龍樹がトニーに身元確認を行う。

「そういうあんたらは?真ん中にいるのは、チョー有名なネコ型ロボット?」

ドラは懐から手帳を見せ、身分を明かす。

「TBTの特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の者だ。オイラは隊長のサムライ・ドラ。言っとくが、お前の想像している青いネコとは訳が違う」

 彼らがトニーらと接触を行った直後、倉庫の奥から次々と応援のTBT武装隊員が現れ、一斉に自動小銃を突き付ける。

「“TBT”知ってるかあんちゃん?」

「ああ名前だけなら聞き覚えがある」

 駱太郎の問いかけに答えつつ、トニーはホルスターに入れていたベレッタ92を二挺取出し引き金を引いて待機。

 ドラは抵抗する意思をあからさまに見せつけるトニーを見るなり嘆息―――哀れみの籠った目で訴える。

「やめといた方がいいよ、いい子だから銃を置いて話しよう」

「弁護士抜きで話すのは断る」

「じゃ弁護士の代わりに俺がアドバイスするぜ。銃を置いて―――本当の狙いはあんたじゃなくてソニー・エクバルなんだ。売ってくれねぇか、悪くない話だぜ。証言すれば懲役は免除」

 写ノ神がそのように話を持ちかけるも、トニーはきっぱり「エクバルは”売り物”じゃねぇ」と、断った。

「刑務所に入ったことはあります。同性愛者の方々にカマを掘られた経験は?」

 美少女の口から飛び出したのは少々えぐい内容だった。それを聞いた瞬間、トニーは見かけによらず肝が据わった茜に驚嘆し、感心する。

「お嬢ちゃん度胸あるな。見上げた根性だ」

「あときっかり5秒待ってあげるから銃を捨てて言うこと聞くことだね。でないと理不尽な暴力でこの場にいる大勢死ぬことになるよ。それは嫌だろ?」

「おいおい、熱くなるなよ。さすがに死人出すのは止そうや」

「1秒・・・」

 ドラはそう唱えながら袖下に忍ばせている拳銃へと手を突っ込み、カウントを続ける。

 危機迫った状況―――ヒロムは何をすべきかをトニーに問う。

「どうするんだ?」

「ファミリーの(ルール)でさ」

「なにが?」

「2秒・・・3秒・・・」

「“生け捕りになっちゃいけない”んだ」

「4秒・・・」

「ひどいルールだな」

「5秒!今すぐ銃を捨てろ、早く!」

 両手に持った二挺拳銃。ドラを始め待機していた武装隊員全員が制圧も止む無しという覚悟をアピールする。

「はっ、死ぬにはいい夜だ」

 派手に戦って死のう、そう思い発砲を試みようとした次の瞬間―――トニーの後頭部に銃口が突き付けられた。

「言われた通りにしろ」

「ヒロム。こりゃ何の真似だよ・・・・・・」

 銃を突き付けたのはヒロムだった。なぜ彼がこのような行動に出たのか、トニーは率直な疑問を抱く。

「俺は”ヒロム”じゃねぇ」

 言うと、ヒロムは空いている方の手を使い、顔に手を掛ける。そして被っていた変装用のマスクを取り外して本来の姿を曝け出す。

「俺の名は山中幸吉郎。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の副隊長で、囮捜査官だよ」

「チックショー!!」

 幸吉郎の芝居にまんまと騙されたトニーは自暴自棄になると、辺り構わず発砲を開始。それに伴い作業員たちも拳銃を手に取りTBT隊員に発砲を始めた。

「いい度胸だ」

「派手におっぱじめるか!!」

 こういう機会を実は誰よりも待ちわびていたのはドラたちの方だった。正当な武力制圧の大義が成立した事で、彼らは遠慮なく自分の持て余している力を発揮することができるのだ。

「でぇはははははははははは!!!」

 ドラはいつもの耳障りな笑い声を上げながら二挺拳銃で倉庫内に銃弾を乱射。ただやたらに撃ちまくるのではなく、それなりに標的に狙いを定めている・・・らしい。

「うおおおおおおおお!!!」

 銃の扱いが不慣れなばかりか、武器を一切必要としない純格闘家タイプの駱太郎は最低限身を守るために必要な防弾チョッキひとつ着けず、全力で相手に突進し力づくで相手をねじ伏せる。たったひとつ武器と定めた己の拳を使い、相手を殴るという動作によって昏倒させる。

「えええい!!年寄りを舐めるな!!」

 メンバー最年長でありながら老人とは思えない優れた身体能力を持つ龍樹は、近接戦に持ち込むと錫杖を使って敵を放り投げ、また法力によって敵の自由を奪い空中で制止状態にさせる。

 倉庫内で銃を乱射することが何を意味するのか。当然、可燃性物質に引火する事も視野に入れて戦わなくてはならない。

 案の定、ドラム缶から漏れ出たガソリンが銃の火花に引火―――煌々と炎が燃え上がる。

「火事になってしまいました!!」

「なら火を消せばいいだけだ!」

 写ノ神は冷静に状況を見定めると、炎を消すのに最適な魂札(ソウルカード)をカードホルダーから二枚分取り出し、詠唱を開始。

「“水よ、大気と混ざり合い、凍てつく氷河を顕現せよ” !『(ウォーター)』!!『(ウィンド)』!!融合!!・・・“大寒波(だいかんぱ)”!!」

 魂札(ソウルカード)が個別に持つ効能を組み合わせることで強大な力とする能力―――魂札融合(カードフュージョン)。それによって生まれた猛烈な冷気は、瞬く間に広がり、周囲のありとあらゆるものを有無を言わさず氷漬けにする。

 強烈なまでの冷気で支配された倉庫内。幸いにしてこの術によって火事は未然に防げたばかりか、敵と重火器をまるごと凍結させた事で速やかなる犯人逮捕へとつながった。

「へ・・・へっくしょん!!!だ~か~ら、オイラ寒いの嫌いなんだよ///」

 凍てつく寒さに体をガクガクと震わせながら、ドラは今までにないくらい俊敏さに欠けた動きで車へと戻り、早々に引き上げることにした。

 

 

西暦5539年 4月10日

TBT本部 食堂

 

 激動の日々を送るドラたちは、新たな春を迎えた。

 昨年は長年正体不明だった密輸組織の黒幕“キング”の逮捕から始まり、星の智慧派教団との世界の命運を賭けた戦いなど話題に事欠かない年だった。

 新年度を迎えたばかりのTBT本部は相変わらずの人の多さに加え、今は午後12時31分―――ちょうど昼時だ。ドラたちはここである人物を交えての食事をしていた。

「どうだよ見たか!3か月の潜入捜査の末、ようやくエクバルファミリーの壊滅にこぎつけることができたんだ。誰のお陰だと思う?」

「も・・・もちろんドラさんたちのお陰ですよ」

「だろう!!やっぱり場数と経験がものを言うよね。太田も麻薬局で場数はそれなりに踏んだみたいだが、まだまだこんなもんじゃないからな分かってるんのか!発狂したヤク中なんてまだかわいい方だからな」

 苦笑いを浮かべながらドラに相槌を打つのは、昨年のジョニー・タピア事件後にアメリカ支部の時空麻薬局に研修へ旅立ち、一年間と言う研修期間を終えて日本へと帰国してきた本部第一分隊組織犯罪対策課・麻薬取締部の太田基明(おおたもとあき)。彼もまた短期間ではあるが特殊先行部隊に所属し、ドラたちと交流があった。

「ははは・・・そりゃこんな曲者ばかりの鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の中に居た経験を踏まえればですよ、正直言ってあなたがたの方が犯罪者に見えてきます」

「ふん。ちょっと口が達者になったようでいい気になるなよ。オイラたちは常にグレーンゾーンにいるんだ。最凶悪犯と対峙するためには自分たちもまた悪の道を知らなくちゃならない」

「それで犯罪まがいの捜査になったり、時野谷さんから情報聞き出すのに店を破壊したりするのは本末転倒なんじゃないでしょうか・・・」

 平穏と穏便を愛してやまない太田にとって、ドラたちは真逆のベクトルを持つ存在。平和的交渉よりも武力行使を前提とした力にものを言わせるやり方を好む彼らは、他部署からも危険視されているのだ。

「ハハハハ。ルーキーに言われてやがんなドラ!」

「笑っているようですけど、太田さんは私たち全員を見下しているんですよ」

「いや茜さん!見下しているなんてとんでも・・・「あんだとコノヤロウ!!」

 直後、太田の物言いが気に入らなかった幸吉郎は弁明しようとする太田の言葉を遮って、鋭い形相で睨み付けながら胸ぐらを掴んだ。

「てめぇちょっと見ないうちに生意気なこと口利くようになったもんだな、ああ!?所詮お前は胡蝶蘭で俺らはそこら辺の雑草かもしれねぇ。けどな、雑草が一番生命力が高くて強いって事もう一度その身体に叩き込んでやろうか!!」

「ひいいいい!!!おやめください幸吉郎さ―――ん!!!僕がいつ鋼鉄の絆(アイアンハーツ)を見下したって言いました!?怖くてできませんよ絶対!!」

 ウソや冗談などではない。太田にとってドラたち鋼鉄の絆(アイアンハーツ)はかなり特異な部隊であり、家族であり、同時に畏怖の存在でもあったのだから。

「落ち着け幸吉郎。腹が空いたから食事してるのに、食った途端にエネルギー消費してどうする」

「す、すいません兄貴!俺としたことがつい・・・」

「いやいつもの事だと思いますけど」

「何か言ったか?」

「いえ、何も///」

 口をうっかり滑らせれることも大きな命取りとなる。今後の発言に十分に注意しなければ太田の命は恐らく長くはもたないだろう―――少なくとも彼らと一緒に居る限りは。

 キンコンカンコーン・・・・・・。

『業務連絡。サムライ・ドラ捜査官、大長官室までお越しください』

「呼ばれましたね」

「もしかして、潜入捜査の仕方が相変わらずやり過ぎてるっていうお説教じゃ?」

「だったら全員が呼び出す食らうだろう。つーか太田が思うほど俺たちは大長官に叱られてねぇから!」

「しょうがないな。ちょっくら行ってくるか」

 上司から説教を食らう事などドラたちからすれば日常茶飯事である。

 責任者であるドラが直接呼ばれるという事は、余程の重要な案件についての相談か、あるいは個人的な理由のどちらかだ。

 ドラは食器を片づけると、不承不承とばかりに頭を掻きながら大長官室へと向かった。

 

 

TBT本部 大長官室

 

ドラが呼び出しを受けた頃、大長官室のソファーに二人の男が腰かけ談笑をしていた。

「そうか。あのときの囚人が君だったのか」

「懐かしいものです。囚人だった俺が今では・・・・・・」

 TBTの最高責任者である男―――大長官・杯彦斎と、それと向き合う細身の体を重々しい黒いレザースーツに身を包んだ黒人男性。どうやら話を聞く限り黒人の男は元囚人であり、何十年という月日を経て待遇が変わったらしい。

「しかし本当に奇妙な話だ。魔猫と関わった人間は大概が碌な目に遭わず不幸な運命を辿るのだが、稀に君や鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のように救われる者もいる」

「俺が言うのも何ですが、あいつは異常ですよ。いや、異常ってもんじゃねぇくらい!」

 話が盛り上がっていた時だった。コンコンという音が聞こえると、呼び出しを受けたドラが部屋の扉を開けて入室してきた。

「大長官、お呼びでしょうか?」

「来たか。ドラ、お前に客人だ」

「ようドラ!元気してたか」

 ドラが来ることを楽しみにしていた黒人男性がフランクに声をかけた。ドラは一瞬男の事が分からなかったが、直ぐに彼の素性を思い出しハッとした顔を浮かべる。

「もしかして、ニコラスか?!」

 ドラはニコラスという名の黒人に歩み寄ると、彼と握手を交わし合い再会を祝す。

「久しぶりだな」

「うわぁ、何年ぶりだろう?10何年会わない間に随分老けたな!」

「ほっとけ。お前こそ、身なりも身辺状況もすっかり変わっちまってな。おっと、後者は良い意味でだぜ言っとくが」

「じゃあなにか、前者は前よりも悪化したと言いたいんだな?」

「いやいや強引すぎるってその解釈!ほら言った通りでしょう大長官・・・こいつ異常だって」

「心配いらん。私も重々承知の上だ」

「ところでニコラス、今日はどったの?」

 端的な質問をするドラだったが、不意にニコラスがやれやれという顔を浮かべる。

「なぁドラ。俺たち知り合ってどれくらいになる?」

「まぁ15年か16年くらいになるかな」

「ドラ。久しぶりの再会で照れくさいのかもしれねぇが、いい加減にあだ名で呼んでくれたっていんじゃないのか―――“ニック”って」

「ニコラスで“オーライ”だろ?」

「“オーライ”じゃねぇんだよ」

 何が言いたいのか分からず訝しむドラを見、ニックは口角をつり上げる。

「“アーアイ”だ」

「そうだそうだ!思い出した」

「いいか、ちゃんと黒人っぽく言え」

「“ニコラスでアーライ”、どうだ?」

「ダメダメダメこうだこう。唇見とけ。“アーアイ”」

「“アーイ”。どうだ?」

「だから口を見ろって。“アーアイ”、分かるこの違い?」

「分かってるつもりなんだけど、ちょっと難しい」

「まったく不器用だな」

 自然と笑みをこぼす二人。ドラは彦斎の隣に座ると、ニックから先ほどの質問の答えを聞かされる。

「質問の答えだがよ、エル・フエーゴ前所長から引き継ぎ、俺がサルコファガスの新所長に抜擢された。明日の午後1時にここで任命式典を行う。その前にお前と会って積る話がしたくなった」

「へぇ!あの悪たれの囚人だったお前が所長にまでなり上がったんだ。いや~、人間努力すれば変わるもんだね」

「それは何か、当時の俺は努力してないように見えたって事かお前の目には?つーか悪たれはおめぇだろう!?」

「でぇーははははは!!!でも確かに懐かしいような、サルコファガスの一件は・・・もう16年になるんだな」

「あんときは、マジでハードだったよな」

 

 

 世界各地で時間犯罪に手を染めた者たち、“時間犯罪者”が集められる特別な監獄―――時間犯罪刑務所。

 地球では年間5万件以上の時間犯罪が発生し、各国のTBTがこれを取り締まる中、やむを得ずに犯人が武装隊員によって殺害、あるいは他の要因で死亡してしまう場合を除き逮捕された時間犯罪者はすべて時間犯罪刑務所へと入れられ、服役刑を受ける。

 日本はTBTの本部が置かれている事もあり、全国都道府県に合計7つの時間犯罪刑務所が存在している。

 その中でもTBT本部直轄の札幌第一時間刑務所には恐るべき魔物がいた。

 

 

西暦5523年 1月23日

札幌市 札幌第一時間刑務所

 

 時間犯罪刑務所を管轄しているのは、TBT第五分隊の「時間刑務課」と呼ばれる特別な部署。そこに所属している一体のネコ型ロボットこそ―――ドラだった。

 当時の彼は「サムライ・ドラ」という名前ではなかった。彼がそう名乗り始めたのはこの後に起きる事件が切っ掛けであり、彼が改名したことから未来へと続く歯車が回り始めたのである。

 刑務官時代のドラの担当は、最凶悪犯が挙って収監されている第7特別棟の監視。ここには“親殺しのパラドックス”や歴史を大きく改変させようと画策し、無期懲役や死刑が確定している者も少なくない。そんないつ発狂してもおかしくない凶悪犯ばかりが収容されたこの牢獄の監視は、並の人間ではあまりに荷が重すぎるゆえ札幌第一時間刑務所の所長の裁量によってドラを配置した。

 当時のドラはかなり気が荒く、何か気に入らないことがあると直ぐに囚人をサンドバッグにしたり、正当な理由も無く刑を追加するなどの理不尽で常軌を逸した言動が目立っていた。それゆえに囚人や仲間の看守からは「獄卒(ごくそつ)」と呼ばれ恐れられていた。

 

 

刑務所内 地下3階・第7特別棟

 

 ガチャ・・・という重低音を響かせ、閉ざされていた厚手の扉がゆっくりと開かれた。

 光が差し込む外界から入室して来る独特の面影。ドラは指定された紺碧の制服と帽子を見に纏い、腰には少し長めの電気警防が携えている。

「ふぁ~~~・・・・・・」

 ここが凶悪犯の巣窟であることなど彼には関係ない。自分よりも恐ろしい存在を彼は生憎と知らなかったのだ。警棒を手に取ると、少し凝り気味な左肩をトントンと叩きながら、気だるそうに見回りを開始した。

「地獄に堕ちやがれー!チクショーめ!!」

 ドラが入って来るなり飛び交う心無い言葉。ここに収容されている者たち全員がドラを敵視し、嫌悪し、侮蔑・罵倒しなければ気が済まないほど気が狂っていた。

「ギロチン台に上る前に!てめーをぶっ殺して「ふん」

「ぐあああ!」

 鉄格子を通してドラに宣戦布告をする凶悪犯。ドラは無表情に警防を顔に突き立て、凶悪犯を力づくで黙らせる。

「なに寝ぼけてんのさ?うちに断頭台なんかあるか。こっちは仕事してんだよ、ゴミクズ野郎が」

 その後も彼は囚人から唾を吐かれたり、ナイフのようなもので刺されそうになる、火責めを受けそうになるたびに彼らを降伏させ―――看守と言う立場を悪用したえげつないイジメをして楽しんだ。

 

 オイラの名は、ドラ―――TBT第五分隊「時間刑務課」所属。札幌市にある札幌第一時間刑務所で働いている。

 趣味は救いようのないゴミクズどもをこの手で好きなようにイジメ、弄び、絶望を与え尽くすこと。ここでの立場を利用した一種の職権濫用だ。

 基本的に刑務官、看守は囚人を見下すのが任務だ。え?それは明らかに曲解だって?でも実際のところ奴らを真っ当な人間として更生させようと思っている人間がどれだけいることか。知ってるかい、刑務所を満期で出所した奴が5年以内に事件を起こして刑務所に戻る率はおよそ55%だ。つまり檻から出た奴の半分以上が同じ犯行を繰り返す・・・それが、この国の紛れもない現実だ。

 オイラたちは奴らを更生させるんじゃない。二度と罪が出来ないほどに奴らの心を徹底的に折り、廃人同然にしてやるんだ。罪を犯し刑務所に入れられた事を心の底から後悔させるために今日もオイラは奴らを甚振り尽くすのだ。

 

 

西暦5523年 1月25日

札幌第一時間刑務所 服役囚入所センター

 

 午前8時30分。この日も時間というものを利用して犯罪に手を染めた人間が多く入所してきた。TBT本部は世界中のどの国でも捜査権が認められているため、逮捕される犯罪者の国籍はまちまち。当然、日本人以外の囚人も数多く見受けられる。

 そしてこの日―――細身の黒人男性こと、ニコラス・フレイジャーもまた数ある時間犯罪者の一人として逮捕され、今日ここに収監されることになった。

「はぁ・・・・・・なんでこうなるんだろうな」

 なぜ自分は逮捕され、このような仕打ちを受けなければならないのか―――自分の犯した罪と向き合わず逃避思考に陥っている彼は、オレンジ色の囚人服に身を包み手錠で縛られた状態で前を歩く。

 囚人たちは二列に並び、順番が来ると高性能金属探知機が搭載されたゲートを通る。

 やがてニックの番が回ってきた。足枷を外された彼はおもむろにゲートに向かって歩き、中に入ろうとした。

 ブー・・・。ブー・・・。

 金属探知機が彼の侵入を拒む様に鳴り響く。ニックの前にはドラが仁王立ちしており、彼はニックの首根っこを掴むと壁に叩きつけ、尋問。

「何隠してる?」

「脚だよ」

 ドラは電気警棒を取り出すと、素直に答えた彼の体に電気ショックを喰らわせる。ニックは電気ショックに耐えながら理不尽な尋問に再び応じる。

「もう一回聞いてやる。何隠してる?」

「これだよ!」

 瞬間、ニックはドラの顔面にストレートパンチを炸裂。さらにもう一発お見舞い。

 周りの看守がニックの元へ歩み寄り取り押さえる中、パンチを二発も食らうという屈辱を受けたドラは悪魔の形相を浮かべ、怒り狂った様子でニックの胸ぐらを掴む。

「そっちがその気なら相手になってやるぜ。この黒人チンコ野郎!!」

「生憎、俺はドラえもんにカマほられる趣味はないんだがな」

 ブチっという音が聞こえると、ドラの怒りは頂点に達した。

「誰が・・・・・・ドラえもんだぁぁぁぁ―――!!!」

 怒り狂ったドラはニックを強引に看守から引き離すと、なりふり構わず殴り、そしてジャイアントスイングによって吹き飛ばす。

「ぐっほ!!」

 壁に激突したニックは唾と一緒に血を吐き捨てると、その場に遭った看守員が座っていた椅子を手に取り、ドラに叩きつける。

「あ(イテ)っ!!!てめぇふざけんなよ!!」

 頭に血が上っている所為か、冷静な判断力を失っているドラとやや余裕があるように思えるニック。

 二人は拳を構えると、相応に撃ち合う。ニックはドラの顔面と腹部、脇下など的確に急所を撃ち抜き追い詰める。一方のドラは手数の多さでニックの体を甚振った。

「ぶっ殺してやる!!!」

「ぐっは!!」

 戦いの中でドラはとうとう野生に戻った。完全にニックを殺すつもりで暴力を振るい続け、このままだとニックは本当に死んでしまいかねない。

「おいドラやりすぎだって!!」

「そいつ死んじまうぞ!!」

「俺を誰だと思ってやがるっ!!ただじゃすまねぇぞ!!」

「黒人の分際でいい気になるなよ!!」

「肌の色は関係ねぇだろチクショウめ!!」

 ひたすら理不尽な暴挙に走るドラと、それに必死に耐えるニック。

 現場は騒然と化し収拾がつかないでいると、騒ぎを聞きつけたここの所長が現れた。

「一体何事だい?」

「所長!またドラが!?」

 概ねの事情を察した札幌第一時間刑務所所長兼看守長の正随薫子(しょうずいかおるこ)は、深い溜息を漏らすと壁にニックを押えつけているドラの方へと歩み寄り、彼の暴挙をやめさせる。

「ドラ、そうかっかするんじゃないよ。それぐらいにしときな」

「今にな、デカイ顔できなくなるぞ!」

 ドラから解放されたニックは口元の血を拭うと、ドラの足元に唾を吐き捨てる。

「あんなヘナチョコパンチ・・・屁でもねぇ・・・!」

「あんだとー!!」

「ドラ、落ち着くんだよ!」

 薫子はドラの上司であり、彼の暴走を唯一抑止できる存在。不承不承だが、ドラは薫子の仲裁もあり、自分の仕事へと戻る。

 辛うじて騒ぎを収拾した薫子は安堵の溜息をもらすと、騒ぎの元凶となったニックに尋問する。

「あたしの島に何を持ち込んだ?」

「膝だよ。チタン製だ」

「どっちの膝?」

「左」

 話を聞くと、薫子はしゃがみニックの囚人服を手で破る。ニックが言う通り、左脚にはチタン製の人工骨が埋め込まれているらしく、わずかに肌から浮かび上がっている。

 ふうと息を漏らし、薫子はニックの顔を見ながら忠告する。

「アドバイスしとこう。頭の方も固そうだ。悪い事は言わないから、目立たんようにしときな」

 忠告を受けたニックは無言のまま薫子から目を逸らし、自分の列へと戻って行った。

「よーし。続けるんだ!ほら囚人ども、列を乱すんじゃないよ!」

 

 俺の名はニコラス・フレイジャー。ダチはみんな“ニック”って呼んでくれてる。

 本来俺はこんなところに来るはずじゃなかったんだが、時間旅行中にうっかり特別天然記念物の花を実家の母親にプレゼントしようなんて考えたもんだから、TBTの検問で引っ掛かってこの有様だぜ。

 個人的にムカついたのは、俺を弁護してくれたのがKKKの日本支部の男で、黒人相手に本気で弁護しようとする気なんざさらさらなかったもんだから、簡単に敗訴。懲役5年を食らっちまった。

 もちろん俺は上訴しようとそいつに訴えが、金にならない仕事はしねぇとぬかしやがった。弁護人を変えようと思ったが、そうした手続きすらまともにさせてもらえず仕舞い。気付いたらこんなブタ箱に入れられたなんて・・・・・・笑い話にもならしねぇ。

 しかもムショにぶち込まれたらぶち込まれたでムカつく野郎に手酷い拷問される始末。まったくとんだ厄日だぜ!

 あ~あ・・・何としてもあのクソダヌキに一泡吹かせてやりてぇ。今に見てろよ!

 

 

刑務所内 1階・囚人食堂

 

 ドラと最悪な出会いを果たした後、ニックは医務室で手当てを受けた。そして簡単な施設紹介とこの刑務所における暮らし方などを学び―――昼食にありつく。

 腫れ上がった頬を覆うガーゼ。不機嫌そうに刑務所の不味い飯を食らっていると、先ほどの騒ぎを見ていた他の囚人たちがニックの元へと近づいてきた。

「ようお前か!ドラと派手に喧嘩したってのは?」

「あっ?」

 目の抜けた声を上げたニックに話しかけて来たのは、囚人番号3020番―――本名は不明だが、ここでは模範囚として名が通っている男だった。

「にしてもお前、大した野郎だ。あのドラに盾ついて無事でいられたんだからな!」

「ふん・・・・・・」

「だが看守長(ババァ)の言う通り、あまり目立たない方がいい。あの悪たれに逆らってはここじゃ生きていけねぇからな」

「どういう意味だよ?」

「ドラはこの監獄の影の支配者だ。囚人どもを虐げ、搾取し、あらゆる理不尽で俺たちを追い詰める。容赦・慈悲なんて言葉は奴にはない。残酷非道な魔猫―――ここは奴の遊び場、王国なんだよ」

 聞いた瞬間、ニックは怖気を感じ震え上がった。

「じょ、冗談じゃねぇぞ!俺はごめんだぜ、こんなところで奴のおもちゃになって遊び倒されるなんざ・・・!ていうか、一体どうやったらあんな奴がデカイ顔していられるんだよ?俺が採用試験の面接官だったら、履歴書うんぬんの前に顔見て即帰らせるけどな!てめぇは自分の身の丈を弁えろって」

「それなんだがよ、なんでもあいつ・・・TBTのお偉いさんのコネで今の仕事に就いたらしいんだ」

「何考えてんだよ!?絶対普通じゃねぇ!!そいつ絶対頭のネジが一本取れてんじゃ?!」

「誰が”ネジが一本取れてる”って?」

 聞き覚えのあるボイス。全身が凍りつくニックが恐る恐る振り返ると、背後には先ほど諍いを起こしたばかりのドラが仁王立ちをしている。

 次の瞬間、ドラに後頭部を掴まれたニックは机の上に顔面を叩きつけられる。

「だからそれドラえもんの話!!!オイラじゃねぇ!!!」

 道理なき暴挙。理不尽な暴力を食らったニックは手当てを受けたばかりの顔に熱々のみそ汁を浸され、悶絶。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 熱湯によって悶絶するニックを更にドラはわざとに何度も何度も顔を叩きつけ、やがて気が済み何事も無く去っていく。

 周りの空気が一瞬で凍りつく。ニックの手酷い仕打ちをかわいそうだと思いつつも、囚人番号3020番の男は今更とばかりにつぶやいた。

「ああやって、ドラえもんとかそれに絡んだ話を目の前でされると露骨に不機嫌になってさ、俺たちに八つ当たりしてきやがるんだ!」

「り・・・・・・理不尽だ・・・・・・///」

 

 

 16年前―――最悪の出会いを果たしたロボット看守と人間の囚人。

 このとき、二人が最強最悪の刑務所で最悪の事件に立ち向かうと誰が予想できた事だろうか・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

短篇:母からの手紙

 

札幌市 札幌第一時間刑務所

 

 とある日。普段は管轄ではない第2棟へと現れたドラは、目的の牢の前に到着するとおもむろに鍵を取出し開放―――中へと入る。

 中に居たのは、Vシネマタレントを意識したような強面な風貌の囚人。ムッとした表情を浮かべると、その場から重い腰を上げゆっくりと立ち上がる。

「点呼を取る」

「1っ」

「2っ。異常なし」

「なんでお前が言ったんだよ?お前囚人じゃねぇだろ、コノヤロー!」

「私語を慎め。2億6514番」

「どんだけいんだよ囚人よ!?日本の人口より多いじゃねぇか?!」

 冗談はさておき、ドラはここを訪れた目的を明らかにする。

「おまえにお母さんから手紙が届いているぞ」

「母ちゃんから手紙?」

「今からオイラが読んでやるからな」

「ああ・・・」

 囚人の実母から届いた手紙を上着ポケットから取り出すと、ドラは事前にチェックしたその内容を囚人の前で音読する。

「『カツオへ。元気ですか?』」

「まぁまぁ元気だよ」

「『お母さんは今、自転車に乗りながらこの手紙を書いています』」

「どうやって書いてるの!?どうやって書いてるのこれ!?」

 序盤から非日常的な内容が飛び込んでくる。囚人番号2億6514番(正しくは4097番)カツオは自転車をこぐ仕草をしながら、母のあり得ない行動を再現する。

「『こうして自転車の上からカツオに手紙を書くのは初めてですね?』」

「最後にしろやお前!危なくてしょうがないわ」

 自分が居ない間に、母が精神的におかしくなったのではないかとカツオは本気で心配する。

「『あなたの友だちから電話が来ると、カツオはとある法を犯し、とある塀の中にいます、と何となくごまかしています』」

「全然ごまかしてねぇわ!みんなそれで気付くわ!」

「『刑務所の生活は慣れましたか?』」

「まぁまぁボチボチ慣れたよ」

「『友だちはできた?』」

「できるかお前!そいうとこじゃねぇんだよここ・・・」

「『彼女はいるの?』」

「いねぇんだよ!大学か、ここおめぇ!?」

 実の母親の書いた手紙もさることながら、それを読むドラにもカツオは不満をぶつける。よりにもよって何故彼が自分の母親からの手紙を読むのか―――内心そう思っていた。

 ドラはその後も、素っ頓狂な言葉がいっぱいの手紙を平然と音読する。

「『刑務所の飯は臭い飯だというけど、どれくらいくさいんですか?』」

 と、どうでもいい話が出てくるとカツオは「何の話だよ・・・」とぼやく。

 しかし、この話が思いのほかくどくどしていた。

「『ドブくらい?ドリアンくらい?ねぇ教えてよ、カツオ!』」

「どこに食いついたんだよ!ウルセー、臭い飯とかよ!」

 変に感情移入をするドラの仕草に常時イライラを募らせる。ドラはそんなカツオのことなど気にも留めず、ただ無心に手紙を読み進める。

「『そうそう。カレーライスと言えば・・・』」

「言ってねぇよ何も!何がカレーライスだ、どうしたんだよオイ!?」

 何の脈絡もなく話題が変わったことに、カツオは大いに戸惑った。

「『カツオは、お母さんが作るカレーライスが大好きだったわね』」

「ああ、おいしかったな。やっぱおふくろの味代表だよな」

「『特別に作り方を教えるので、作ってみてください』」

「作れねぇんだよだから。刑務所にいんだ俺今っ!」

「『と言っても、袋のまんまお湯に入れて、2・3分温めるだけです』」

「あ、レトルトだったんだあれ!あ、そうなの!すげーウマかったな・・・!」

 おふくろの味だとばかり思っていたカレーが、実はレトルトだったことに驚愕する。しかも文章には括弧で「ボンカレー(辛口)」と書いていたから、余計にショックだった。

「『P.S ご飯にかけてもおいしいよ』」

「そういうもんだろう!カレーライスってそうやって食うんだよ、ライスってご飯だろ大体・・・」

 手紙が二枚目に差し掛かり、ドラは引き続き中身を読み上げる。

「『そういえば、最近お母さんはパートを始めました』」

「母ちゃんがんばってんのか」

「『内容は言えないけど、1日5万円ももらえるの』」

「完全にエロい仕事じゃねぇかよ!60過ぎて何やってんだよ、需要がマニアックだお前!」

 自分が知らないところでいかがわしバイトをしている母を、カツオは危惧する。

「『子どもたちには絶対内緒よ』」

「子ども(・・・)に書いてんでしょこれ!?おかしいだろこの手紙よ!?」

「『そして、儲かったお金でインターネットを買いました』」

「インターネットは売ってねぇよお前!”パソコン”だろ多分、パソコンって言うんだよ」

「『そして、今流行のツッタカターでつぶやいています』」

「”ツイッター”って言うんだよ!何だツッタカターって、面白いな・・・」

「『息子が牢屋、ナウ』」

「やかましいわお前!何つぶやいてんだよコノヤロウ・・・」

 不特定多数の利用者に向かって、わざわざ自分の息子が牢屋にいることをつぶやく母に、カツオは本気で怒りを覚える。

「『小さい頃カツオは、大きくなったら絶対仮面ライダーになるんだ!って、言ってたのを思い出します』」

「まぁスーパーヒーローだったからな」

「『そんなカツオも30を過ぎ、時が経つのは早いものだと実感しております』」

「まぁ確かに早いわな」

「『まだ、仮面ライダーになる夢は変わらないのかな?』」

「変わったわ!今なりたいんだー!って、バカだろただのよ!」

 この記述以前にも、バカを通り越した素っ頓狂な言葉が飛び交っているのだがこの手紙な訳だが・・・それをより顕著に証明してくれる箇所がこの後でてくる。

「『キチンと運動もして、体を動かさないとダメよ』」

「大丈夫だよ、毎日走らされてるからよ」

「『あなたは、犬ってるんだから』」

「”太ってる”んだよ!点打つところ間違った!点打つとこ!何だ犬ってるってお前・・・バカかうちの母ちゃんよ!」

 はっきり言って、カツオの母はバカである。

「『逞しくなって、コイン・ケスギのようになって帰って来て下さい』」

「”ケイン・コスギ”だよ!誰だコイン・ケスギってお前!いねぇよそんな奴!!」

 このように、アクション俳優の名前ですらワザのように間違える天然もののバカなのだ。

「『カツオ』」

「何だよ・・・」

「『人生と言うのは、何度もやり直しができます』」

 この言葉を聞いた瞬間、カツオは「ふう~」とため息を漏らし、感慨にふける。母は、犯罪に手を染めたカツオに励ましの言葉を贈る。

「『諦めないこと。それを、あなたのライフルワークにしてください』」

「”ライフワーク”だよ!なんだライフルワークって、なんか撃つのか、ええ!?」

「『私が、お父さんと言う人生のパートナーに出会えたのも、あの時諦めずにサイトに登録したからです』」

「出会い系サイトだったのかよ出会ったのよ!?恥ずかしいわ今になって俺・・・///」

 両親が社会的に体裁が良くないとされるものを通じて知り合ったことを聞いた瞬間、顔から火が出るほど羞恥心でいっぱいとなる。

「『それからこの手紙を一週間以内に五人に送らないと不幸が訪れるのです』」

「子どもに書いてるんだよな!?バカじゃないのコイツ・・・!」

 とうとう、実母に対してコイツ呼ばわりをするほど。気持ちは分からなくもないが・・・

「『一応体に気をつけて』」

「いらねぇだろ一応は・・・」

「『今は、ラーメンが美味しい季節だけど』」

「ずっとうまいわ!ラーメン年中うまいわ、ボケ!」

「『しっかりご飯を食べて』」

「そこラーメンじゃねぇのかよおまえ・・・どっちかにしろよそれっ!」

「『出所の日が決まったら、ツッタカターでつぶやいてください』」

「”ツイッター”だっつってんだろ!携帯持ってねぇんだよできねぇよ」

 二転三転する手紙の言葉に、カツオは終始振り回され続けるも―――

「『P.S あなたの帰りをずっと待っています』」

「母ちゃん・・・・・・」

 いつまでも我が子を思う母の気持ちにだけは、思わず切なくなり―――双眸には涙が留まる。

「『母より。括弧閉じる』」

「どっから括弧だったんだよ!?最初の括弧全然気が付かなかった俺!」

 しかし、やはりこの手紙は感動では終わらせてくれず、続きが書かれていた。

「『V.S』」

「なんで最後戦うんだよ最後に!?P.Sで良いんだよ、P.Sで!」

「『近々お父さんがそちらに入ります』」

「親父何やったんだよー!」

 

 

 

 

 

 

                   おわり

 

 

 

 

 

 

登場人物

ソニー・エクバル

声:仲野裕

東ヨーロッパから環太平洋地域にかけて高級車の密売をしている時間シンジケート“エクバルファミリー”を取り纏めるボス。軍隊出身で尋問よりも殺しが得意。潜入捜査官としてファミリーに紛れ込んでいた幸吉郎をウソ発見器を使って尋問するが、ウソ発見器が不発に終わったために幸吉郎が潜入捜査官だと見破ることができなかった。その後、トニーの逮捕にこぎつけて彼も逮捕され、エクバルファミリーは崩壊する。

トニー・スピルバーグ

声:藤原啓治

エクバルファミリーに属する黒人男性。ソニーの腹心であり、絶大な信頼を得ている一方、ストリートチルドレンだったゆえに同じような境遇を持つ人間を不用意にファミリーに招き入れるという癖がある。潜入捜査官として相沢ヒロムの名で潜り込んでいた幸吉郎を最後まで庇おうとし、最後は幸吉郎自身によって捕縛された。

名前の由来は、トニー・スタークとスティーヴン・スピルバーグ。




次回予告

ド「看守時代のオイラは今と違って暴力的だったな。何かって言うと囚人に八つ当たりしてストレス晴らしてたもんさ!」
太「いや、それは今も何ひとつ変わっていないと思いますけど・・・・・・」
幸「バカヤロウ!そうやって滅多な事を言うから取り返しのつかない目に遭うんだろうが!!」
ド「次回、『プリズン・オブ・サルコファガス』。ところで幸吉郎、取り返しのつかない事って具体的にどういう事かな?」
幸「すいませんでした―――!!!!!!」

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