サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「ギャグコメディー編の最後を飾るのは、オイラたち“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”という家族単位が織りなす3つの物語!」
写「笑いあり、感動は・・・多分ねぇか。なるたけ笑ってもらえる題材をチョイスしてみたんだけど。これも個人差って奴があるからな」
龍「まぁ何はともあれやってみることが大事じゃぞ。人を笑わせることができるのはまず自分がおもしろいと思ってなんぼ!」
茜「一生懸命やったことはきっと報われますよ。では、華々しくこのギャグコメディー編の最後を締めくくりましょう!」


鋼鉄の絆(アイアンハーツ)之巻

その1:鋼鉄の絆(アイアンハーツ)と海開き

 

 夏―――

 日本全国、夏は暑い!当たり前の事だが・・・

 燦々と照りつける太陽!人々はこの暑さに苦しんでいる!

 そんな暑さをひとときでも忘れさせてくるもの―――そう、海である!

 

 

西暦5538年 8月下旬

小樽市 ドリームビーチ

 

「海に・・・キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 螻蛄壌を除いたTBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”に所属する6人と、長官・杯昇流は最寄りの海岸へと足を運んだ。

 遠方から近場まで、多くの人たちで賑わうビーチ。男たちの目線は海よりも、あからさまに海辺ではしゃぐ水着ギャルに向けられる。

「うっひょお~~~!」

「これは実に良い目の保養じゃ!」

「来て良かったな~~~!なぁ、幸吉郎!」

「俺はおめーらとは違うんだよ!さっさと着替えるぞ!」

 過去の世界から現代へとやってきた幸吉郎たちも、この日ばかりは現代人さながらのラフな格好に身を包み、これから水着に着替えようとしていた。

「では写ノ神君、みなさん。また後で合流しましょうね♪」

「楽しみに待ってるぞ~!」

 白いワンピースに麦わら帽子を被った茜は男たちと別れ女子更衣室へと向かい、同様に幸吉郎たちも男子更衣室の中へ入って行った。

「ふんふーん♪ふんーふん♪」

 鼻歌を歌いながら、写ノ神は秘かに茜の水着を期待している。それを見た駱太郎が、あからさまにちょっかいを出してきた。

「なーに上機嫌で、鼻の下伸ばしてんだよ?ひょっとして、茜のあられもない水着姿でも考えてんのか?」

「ば、バッキャロー!!!///俺は別にそんなんじゃ・・・///」

「はははは!分かりやすいリアクションだな、おめーは!」

「だから、そんなんじゃねーって言ってんだろ!!!///」

 これだから写ノ神はからかい甲斐があるものだ、と、幸吉郎と龍樹が秘かに思う中―――とっくに水着に着替え、隠弩羅のようにアロハシャツを着こなす昇流は、カバンの中を探り始める。

「えーっと確か・・・・・・お、これだこれっ!」

「何をしておるんじゃ?」

「ひひひひ。今回の秘密兵器・・・じゃじゃーん!」

 そう言って取り出したのは、何の変哲も無いように思えるサングラス。幸吉郎と龍樹は顔を見合わせ、怪訝そうな表情を浮かべる。

「あの長官・・・ただのグラサンにしか思えないっすけど?」

「見た目はな。こいつは表面の方に特殊な加工が施されていて、太陽光線とその中に含まれる有害な紫外線をほぼ100パーセントの確率で反射するから、絶対に眩しくならない。しかも!外側から見ると真っ暗で、どんなにスケベな目をしても女の子たちから白い目で見られることはない!」

 昇流は今日、海辺に来ている女の子を柄にもなくナンパ・・・口説こうとしているようだ。

 そんな事だろうとは思っていた幸吉郎と龍樹が揃って深い溜息をつく中、サングラスを着用した昇流は駱太郎の肩を掴み、彼と意気投合する。

「さーっ!星の智慧派との戦いも終わったことだし、俺たちの新しい人生の扉を開こうじゃないか駱太郎!!」

「おっしゃー!いい女手に入れて、うまいこと寝とるぞー!」

「寝とるって・・・!もうちょっと言い方あんだろうが・・・」

「煩悩と欲望の塊じゃな、あの二人は」

「分かってたことじゃないですか」

 

 その頃。先に着替えを終えた茜は、ドラがあらかじめ立てていたキャンピング用テントの近くで待機をしていた。

「あついですね~~~。北海道は寒い地域だとばかり思っていたのですけど・・・エアコンが恋しくなりますね~~~」

 パラソルの下、黄色の水着の下からパレオを巻いている茜はあまりの暑さに参ってしまいそうだった。

 そんな彼女にオレンジジュースを差し入れるのは、この場には場違いな格好をしている魔猫こと、サムライ・ドラ。

「茜ちゃんさ。そんなに暑いなら、畜生祭典で雪女のひとりや二人出して、涼しくなればいいんじゃの?」

「あ、そうですね!でも冷やし過ぎて風邪を引いてしまう訳にも行きませんし・・・それよかドラさん、そんな格好でよく暑くありませんね」

「ははは!海に来た以上、釣れるもんは釣って帰られないとね!!」

 ドラの格好は所謂、釣り人の格好。長靴とライフベスト、帽子まで身に付け、アクセントには西新宿の中年男性が好みそうなサングラスを付けている。

 一言でいえば、暑苦しくてシュール・・・もしくは率直に不気味かもしれない。

「兄貴ー!おまたせしましたー!」

「おーい、茜!待ったか?」

 ここでようやく、着替え終えた幸吉郎たちがドラと茜の元へと集まって来た。

「写ノ神君、どうですか♪これ自作ものなんですけど♪」

「ああ、よく似合ってるよ///か、かわいいんじゃねぇか・・・///」

「本当ですか!!作った甲斐がありました!私、と―――ってもうれしいです♡」

 結婚(法律婚をするのは来年)して1年近く・・・まだまだ新婚気分の抜けきらない熱い二人は、放っといてもよしとして・・・問題は、昇流らのドラへの反応だ。

「うわぁ、なんだよその暑苦しい格好・・・相変わらず海ときたら釣しか頭にないのかお前は・・・」

「完全武装じゃねぇかドラ。マジで釣しかしねぇつもりなんじゃ・・・」

「そのつもりで来たんだけどな。だって、海に来てやることって言ったら・・・魚獲ることじゃないの?」

「いやいや!確かにそれもひとつの娯楽ではあるが・・・ここに来てる者の多くが水浴びをしにきたのではないのか?」

「待て待て、お前ら!人の趣味嗜好はその人だけのものだろう?兄貴には兄貴の楽しみ方があるってもんだ。ですよね、兄貴!」

「幸吉郎は良くわかってるね!やっぱおまえだけは違うわな。安心したまえ諸君!釣り歴15年の玄人(ベテラン)のオイラが、今晩の夕食の材料を取って来てやるからさ。輝かしい釣果を期待していたまえ・・・でぇーはははははは!!!」

 クーラーボックスと愛用の釣竿片手に、ドラは岩場の方へと向かい歩き出す。

 彼の後姿を見ながら、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーは気持ち悪い具合にサングラスが不似合な昇流に尋ねる。

「ドラって、海に来たときは釣しかしないって・・・本当なんすか?」

「ああ。俺が幼稚園の頃からずっとだよ・・・・・・あいつネコでロボットだからな。塩水に浸かると錆び付くんじゃねぇのか?」

「それで釣りに没頭するしかないと――――――」

 実際のところ、ドラは昇流が推測するように、豊富なミネラルや強い塩分が溶け込んだ海の水を拒んでいるのは、鉄で出来た体が腐食するのを防ぐためである。

 どの程度を浴びると錆びが付くかは分からないが、極力彼は海水を拒絶していることは間違いなく、泳ぐこともままならない惨めな自分を慰めるため、彼は釣りをするようになった。

 もっとも・・・ドラが釣りをやり始めるようになったのは、ちょうど某サラリーマン向けの漫画雑誌で連載されている“釣り好きの主人公が活躍する日常漫画”を見てからとのことだが・・・

 

 さぁ、ここからが本番だ。

 水着に着替えた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーは、それぞれが思い思いの海を満喫する。

「それー!」

「おっと!」

 海辺ではしゃぐ写ノ神と茜の万年バカップル夫婦。気付いていないようだが、海に浸かっているのは今のところ二人だけ。来場者の多くが砂場にテントを張り、ジンギスカンやバーベキューなどをして楽しでいる。

 幸吉郎は、この意外な光景に目を奪わ唖然とする。

「信じらんねー・・・海に来ていながら海に浸からない人間がいるなんて・・・!カルチャーショックだぜ・・・」

 補足説明すると、北海道は本州での海事情とは大きく異なり、海に浸かって遊ぶ人は意外と少なく、代わりにテントなどを持参してバーベキューやお酒を飲んで楽しむのが定番となっている。そのためキャンプ感覚で海を訪れ、実際に海で寝泊まりをして帰る人も珍しくない。

 そして、これは飽く迄作者の主観なのだが・・・・・・北海道の海は本州と比べても、とても冷たいため、却って風邪を引く場合が多いのかもしれない。だから道民は海に浸かる事をあまり好まないのだ。

「そう言えば、長官と駱太郎の奴はどこにいった?」

 熱中症にならないよう、パラソルの下でメロンサワーを飲んで寛いでいた龍樹が幸吉郎に声をかけた。

「ああ・・・あのツートップバカなら・・・あれっすよ」

 ツートップバカとは、幸吉郎もよく言ったものだな・・・・・・

 それはそうと、ツートップバカと罵られていることにも気づいていない駱太郎と昇流は現在、ナンパ―――もとい彼女作りに命を注いでいるところだった。

「なぁ、お姉ちゃんたち。俺といいことしな「ウザイ!」

「ぐっほ!」

「ちょいとそこの嬢ちゃん。あそこの海の家で楽しく団子でも「キモイ!」

「ぐべっ!」

 あしらわれるにしては、いささか過激に思えるが・・・女性に声をかければかけるほど、二人は手ひどい仕打ちを受け続ける。

 呆れを通り越して、哀れに思い始める幸吉郎と龍樹は、他人のフリをすることに。

「付き合いきれないな・・・」

「さぁ、一眠りしようかの・・・」

 

 またその一方で、夫婦の時間を大切にしていた、写ノ神と茜の二人は―――

「きゃはっ!」

 茜の着やせした体に、海水が勢いよくふきかかる。

「ぐ・・・///」

(いかんいかん!耐えるんだ、俺!こんなところでぶっ倒れてたまるか!)

 女性の体に免疫の低い方の写ノ神は、滴る水がいい具合に茜の胸部へとふきかかると、興奮のあまり卒倒しそうになったが、茜の前でカッコ悪い姿を見せる訳にはいかないという意地が働き、ギリギリのところで踏みとどまる。

(そういや・・・漫画とかだとこの手のシチュエーションは・・・・・・・・・)

 写ノ神は、漫画などにありがちな波によって、水着が持っていかれるという状況を想定し、その際に茜がどんなことを言うのかを想像する。

 

『今の波は凄かったですね~///水着が波で持っていかれちゃいましたー♡』

 

「なんてな・・・///」

 ちょっと鼻の下を伸ばしているあたりが、むっつりスケベというか・・・青いというか・・・

 と、そのとき―――

「きゃ!」

 実際に、先ほどよりも強い波が茜の水着を持っていこうとした。

 一瞬身構える写ノ神だったが、結果としては水着は持っていかれずに済み、彼としてはちょっと残念な気持ちがあった。

 だが、その直後に茜が気恥ずかしそうに頬(ほお)を染めながら―――。

「今の波は凄かったですね~///水が膣に入ってしまいましたー♡」

「ぶっは―――!!!」

 致死量スレスレの鼻血を吹き出し、写ノ神は海の中へと沈んでいった。

「う、写ノ神君!?どうしたんですか!?しっかりしてくださーい!」

 慌てて沈む写ノ神を引き上げ、茜が強く呼びかけるが、強いショックのあまり意識が混濁していた写ノ神の前では、何を言っても無駄だった。

「も、もうしょうをぜっしましゅた(妄想を絶しました)・・・・・・・・・//////」

 

 海で盛り上がっているのは、幸吉郎たちだけではなかった。

 人気の無い岩礁が連なった場所で、ひとつの出来事が起ころうとしていた。

 今、人目の届かない岩陰において全身黒ずくめの格好に身を包んだ妖しげな男が、携帯片手に話をしていた。

「ああ・・・ヤクザの組長がこの近くに居ることは間違いない。今日中に必ず俺が奴を仕留めてみせる・・・・・・大丈夫だ。もしも人に見られても、釣り人のフリをして誤魔化すから。絶対に大丈夫だ。俺が殺し屋だってばれることは絶対にない。ああ」

 この男は、ある暴力団体に所属する男で、若頭の命により長年抗争が続いている暴力団の組長を静養先のこの海で始末しようと考えているのだ。

 そこへ、偶然にも本当に釣りにやってきたドラが男の姿を目撃する。

「あれ?こんなところに人が居んのも珍しいな」

 偶然にも、男が居る場所はドラが大物の魚を釣るために、何年も前からリサーチを重ねてきた穴場ポイントだった。

「このポイント知ってるってことは・・・ひょっとしてこの人も、この近海に住むあの巨大な魚釣りに来た人かな?」

 一目見て、男が殺し屋だとは思ってもいなかったドラが男の方に注目すると、携帯越しに男はつぶやく。

「ああ。絶対に”あの大物”を仕留めてみせる!」

 これを聞き、ドラは確信した。

「絶対そうだ!この人巨大魚釣りに来た人だっ!」

 変な勘違いが二人の間で発生した。

 一人は暴力団の組長の命を狙い、一人は魚を狙っている―――決して相対するものではないはずなのに・・・

「また連絡する」

 話を終えた男が、携帯を切ったのを見計らって、ドラは歩み寄りおもむろに尋ねる。

「あの~すみません」

「!だ、誰だお前は!?」

 ドラに話しかけられた男は、人気の無い場所に人が・・・と言うよりはネコ型ロットがいたことに驚き、強い警戒心を抱く。

 警戒心を抱いている男を怪訝そうに見つめながら、ドラは気さくに話しかける。

「あの・・・さっき電話の話聞いちゃったんですけど・・・実はね、オイラもいつもこのポイントで、あんたと同じもの狙ってるんですよ」

「え!・・・お前もヤツを狙ってるのか!?」

「ええ。そうですよね?」

 そんな訳がないだろう・・・・・・と、ここで真面目にツッコミを入れるのもあんまりおもしろくないので、もう少し続けてみる。

「でもこのポイント知ってるってことは、相当に調べたんじゃないですか?」

「まぁな・・・俺なりに色々調べた」

「でしょうね!オイラもね、この一年ぐらいかけてみっちり調べましたからね!」

「お前、ヤツの事詳しいのか!?」

「はい」

「なぁ、ヤツの事ならなんでもいい!なんか教えてくれないか!」

「いいですよ。先ず大きさですけどね・・・相当デカいですよ!」

「!そんなデカいのか・・・?」

 恐怖に戦く男に、ドラは告げる。

「1m40㎝はありますね!」

「小っちゃいな!」

 男が率直に思った事を口にすると、これを聞いたドラは吃驚する。

「いやデカいでしょう!?」

「どこがデカいんだよ!」

「そうですか・・・ああ、それとですね!オイラが言うのも何ですけど、相当凶暴ですよ!」

「!そんな凶暴なのか・・・///」

「小魚だったらひと口で食べますね!」

「どこが凶暴なんだよ!全然凶暴じゃないだろう!」

 再び恐れ戦く男だが、ドラの一言を聞けば、たちどころに考えを180度転換する。

「あと相当賢いですよー」

「そうだな。確かにヤツは賢い。今までいろんな餌をまいたが全てダメだった」

「どんな餌撒いたんですか?」

 ドラが尋ねると、男はこれまでに巻いていた餌の詳細を語った。

「金とか女だ」

「そりゃ駄目でしょう!」

 男の獲物が飽く迄も巨大魚だと思っているドラは、男の話を聞いて耳を疑った。

「金、女に食いつく訳ないでしょう!?」

「じゃヤツは何だったら食いつくんだよ!?」

 男が強い語気で尋ねる。

 すると、ドラはクーラーボックスの中から餌に使う予定の物を取り出した。

「ま。ミミズっすかねー」

「”ミミズ”!?え・・・!ミミズが好きなの!?」

「ミミズが大好物なんですよ!」

「知らんかった~!!」

 この時点で、どうして自分の間違いに気づかないのかと、大抵の人は不思議に思うかもしれない。

 でもこれは飽く迄も、ギャグなんです。深入りはしないでほしい。

「しかし捕まるかな~~~」

「おい。ヤツを捕まえたらどうするつもりだ?」

 男の方も飽く迄、ドラの狙いがヤクザの組長だと思っているから、不安に思って尋ねたところ、ドラは「そうですね~・・・」と少し考え、おもむろに答える。

「まぁ捕まえたら、先ずは一緒に記念写真撮りますね!」

「なんで”記念写真”なんか撮るんだよ!?撮らなくていいよ!意味ねーだろうが!」

「そんで写真撮ったら、あとは逃がしますかね」

「なんで”逃がしちゃう”んだよ!?」

 逃がすという言葉ほど驚いたものはない。男は声を荒らげる。ただ明らかに驚くところが違うのだが・・・細かい事は気にしない。

「え~、だって記念に撮りましたし」

「折角捕まえて記念写真撮って逃がしちゃうの!?勿体ねーだろうがよ!」

「そうか。勿体ないか」

「そうだよ!」

「そうっすね。じゃ、責任もって捕まえらたちゃんと全部食べます」

「何で食うんだ!?お前急にこえーな///」

「これも供養のためですから」

「食わなくていいよ!」

 冗談だと受け取ってくれるならまだしも・・・魔猫は、先の星の智慧派教団編で食屍鬼の肉を喰らっているから有り得なくもないが・・・・・・///

「じゃあ、捕まえたらどうするんですか?」

 一方的に責め立てられるばかりで面白くなかったドラは、逆に男に尋ねた。男は腕組みをしながら、「そうだな・・・」と考え、やがて語り出す。

「まずはヤツをじっくり痛めつけて、アジトの場所を喋らせる!」

「いや無理だと思いますよ・・・どんなに痛めつけても喋りはしないと思いますよ!?」

「絶対捕まえてやる!」

「でもなかなか見つかりませんからね~。今までにね、ヤツにお目にかかれない人はたくさんいましたからね」

「そうだな。ま、そんときは最悪、ヤツの仲間のフリをして紛れ込むしかないな」

「絶対ムリですね。ヤツの仲間のフリは直ぐバレますよ!?直ぐ“違うお前!”って言われますよ!」

「大丈夫だ。ヤツの仲間に成りすますために、整形手術も考えている!」

「止めといた方がいいですよ!とんでもない大手術になりますよ!何考えてるんすか・・・」

 ここまで来ても、まだ互いの狙いが食い違っていることに気付かないのは、いささか可哀そうと言うか・・・バカなんじゃないかとも思う。

 と、そのとき。ポチャン、という音が海辺で聞こえた途端―――ドラの目を見開いた。

「あ!いたー!あの岩場のところ!」

「あ、危ない隠れろー!」

「えー、なんで!?」

「隠れろー!」

 慌てた様子で、男はドラと一緒に別の岩場へと隠れようとする。

 事情がまるで読めないドラは、千載一遇のチャンスを逃すまいと、岩場から出ようとするのだが、男はそれを許さない。

「なんで危ないのさ!?何が危ないって言うの!?」

「お前!ヤツに顔覚えられたらどうすんだよ!?」

「覚えられる訳ないでしょー!そんなに賢くないですよ、ヤツは!」

 確かに、魚と人間とじゃ、脳の大きさがあまりに違いすぎる。

 と、その直後。ドラが「あっ」と、呆気にとられた声を上げたかと思えば、気恥ずかしそうに頭を掻きながら男に告げる。

「すいません。間違いました」

「は?」

「ただのデカい真鯛でした」

「どんな間違いだお前!?ヤツと真鯛間違えるバカどこにいんだよ!?」

「いや似てたもんだから、すごく」

「何を言ってるんだお前は!?」

「まぁ、今日は現れないのかな・・・」

 期待はあまりしていない様子のドラだが、男としては何としてもこの場で標的、即ちヤクザの組長を始末しておきたいところ。

 そのとき、ブオーンという車のトルク音が聞こえたかと思えば、遠方の海岸にヤクザの組長らしき人影が現れた。

 男は標的を確認するなり、目の色を変え、その場に居合わせたドラに教える。

「奴だ、向こう岸だ!」

「え!向こう岸!?」

「うん!隠れろ!」

「いや隠れなくていいですよ!向こう岸のあたりにいるんでしょ?わかりました!じゃ、ちょっくらこれ借りますね!オイラ捕まえて来ます!」

 ドラは男が持っていた釣竿を手に、向こう岸の方へと走って行こうとする。これには男も露骨に焦り、慌ててドラを止めにかかる。

「ちょちょちょ!待て待て待て!待てお前!こんなもんで奴に勝てる訳ねぇーだろ!」

「じゃあどうするんですか?」

「どうするって・・・・・・」

 男は、釣竿の隣に置いてあった細長い黒の収納ケースから、ドラの目を疑うようなものを取り出した。

「え・・・!なにそれ!?」

 取り出されたのは、アメリカ陸軍でも採用されているM40A3と呼ばれるライフル銃で、男は向こう岸の標的に銃口を向け、狙いを定める。

「こうするんだよ!」

 次の瞬間、引き金を引いた瞬間に、銃口から弾が発射される。

 ―――ドンッ。

「危ない!ちょっと!向こう岸の人に当たったらどうするんだよ!?」

「いや当たっていいんだよ!」

「言い訳ないでしょう!」

「何を言ってるんだ・・・「危ない!」

 口論になりかけた直後。向こう岸から銃弾が飛んで来、慌てて二人は岩場に隠れる。

「くそー!ヤツめ撃ち返してきやがった!」

「撃ち返してきた!?撃ち返してくるの!?何持ってるの一体!?」

「銃に決まってるんだろうが!」

「銃持ってんの!え~~~!」

 男は向こう岸を凝視し、標的が居なくなったことに舌打ちする。

「逃げられたか。ヤツめまた変装して逃げ回るつもりだな!」

「変装?」

 今更かと思うタイミングで、話しの齟齬に違和感を覚えたドラは確認を取るように、男に恐る恐る尋ねる。

「あのすいません・・・さっきから何狙ってるんですか?」

「何をいまさら言ってるんだよ。お前もヤクザの組長狙ってるんだろう?」

「”ヤクザの組長”!?・・・あ!だから狙撃銃(そんなもん)持ってるんですか!?」

「なに新鮮に驚いてんだ?お前もヤクザの組長狙ってるんだろ!?」

「イヤイヤ!オイラ違うよっ!そんなもん狙う訳ないでしょう!」

 と、そのとき。タイミングよく、岩場の方でポチャンと言う音がすると、ドラは自分が狙っていた魚を見るなり、男に本当の事を告げる。

「ほら!オイラあれだよ!あのおっきい魚狙ってるの!」

 すると男は巨大な魚を見るなり、思わず・・・

「おお!ヤツめ、今度は魚に変装しやがった!」

「って違うわ―――!!!」

 最後の最後まで、酷い勘違いをし続ける殺し屋に、ドラは盛大なツッコミを入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

その2:鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のよくある娯楽体験談

 

 残暑厳しい夏。みなさんは、どうお過ごしでしょうか?

 北海道でも気温30度近くを観測することも珍しくなりつつある今日この頃、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーは、休暇を利用してアミューズメントパークへとやってきた。

 

 

西暦5538年 9月上旬

北海道 岩見沢グリーンランド

 

「さぁ、着いたよ」

「「「「「すげ―――(うわぁあ)(なんということじゃ)(すてきですねー)!」」」」」

「久しぶりだな、ここへ来るのは」

 ドラと昇流が幸吉郎たちを連れてやってきたのは―――大人から子どもまで誰もが楽しめるアミューズメントパークの代表格・遊園地。

 その中でも、ここ岩見沢グリーンランドは北海道内から毎年多くの家族連れが集まる、北海道を代表する人気アミューズメント施設である。

「長官以外は初めてだよね、遊園地なんてものは?」

「ええ、そりゃもう!なんなんすか、あのビューって風のように宙を舞っているあれは!?」

 幸吉郎が指さすのは、高所から急加速で一気にレールを滑走する遊園地定番の乗り物。

「あれはジェッドコースターだよ。乗ってみたい?」

「はい!それはもう是非とも!!」

「俺もあれにするぜ!!」

「なんだか楽しそうですから、私も!」

 という訳で、ドラは幸吉郎と写ノ神、茜を連れて大行列になる寸前のジェットコースターに乗車することが出来た。

 ドラたちが乗り終えるまでの間、昇流は駱太郎と龍樹と一緒にポップコーンを食べながらベンチに座って待つことに。

「長官は乗んなくて良かったのかよ?」

「俺は昔あれで吐いたトラウマがあるから無理・・・///」

「世も末じゃな・・・あんなものに乗りたがるものが大勢いることが信じられん・・・」

 龍樹は傾いた状態で、ゆっくりと浮上してくるジェッドコースターを見ながら、青ざめた顔を浮かべている。

 

 その一方、ジェッドコースターに乗り込んだ四人はというと―――

「うおおお・・・!すげーすげー!これどこまで上ってくんだチクショー!!」

「やべぇ・・・///いざとなったら心臓がバクバクいってきやがった・・・///」

「ああ!見てくださいよー!景色が最高ですねー!!」

「ふぁ~~~・・・ねみい~~~///」

 高い所が好きだった幸吉郎は興奮が収まりきらない様子だが、対照的に写ノ神の顔色が徐々に青ざめ、険しいものへと変わる。

 茜はジェットコースターに乗りながら、高所から一望できる絶景に感嘆。

 そしてドラは寝不足と早起きが重なり、今にも眠そうな様子で大欠伸をかいている。

 地上の昇流たちが固唾を飲んで見守る中、ジェッドコースターが頂上へと到達。そして、一気に急降下する。

「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」

 これまで味わった事のない風圧で幸吉郎たちの表情が大きくゆがむ。

「すげええええええええ!!!!!なんじゃこりゃあああああああ!!!!!これが現代の娯楽かよっ!!!!!」

「たのしいですね!!!写ノ神君もそう思いますよね―――!!!」

「うえええええええ!!!///俺に話しかけるな・・・っぷ///ぶええええええええ!!!!!」

 ジェットコースターを好きな人と嫌いな人とでは、大きな違いがある。

 好きな人たちは、そのスリルと風のように颯爽と駆け抜ける爽快感に身を任せて味わえる。しかし、嫌いな人は元来が生存本能からくる種の保存意識が強く働き、防衛本能が過剰に働くことで身を任すことが出来ない。結果脳が混乱し、強い吐き気を催す。

 幸吉郎と茜のテンションが最高潮に達する中、写ノ神は朝食に食べたもの全てをすべて吐き出してしまっている。

「くかぁ~~~~~~」

 そんな中、サムライ・ドラというロボットとは事情が異なっていた。絶叫マシーンに乗っていながら絶叫するどころか、眠気に負けて爆睡を決め込んでいる。

 これではアミューズメントパークに来た意味があるのかどうか、疑問に思うスタッフもいるだろうが、ここで信じられない事態に見舞わられた。

 ―――ベチャッ!!

「ん?・・・くさい・・・?」

 眠っているドラの顔面に、腐臭のような臭いを放つ液体が付着した。

 臭いと感触で目を覚ましたドラは顔にべっとりとついているものの臭いを嗅いだ瞬間、自分の目の前で嘔吐している写ノ神を見て悟った。

 写ノ神の吐瀉物(としゃぶつ)―――すなわち、ゲロである。

「・・・・・・だああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 激しく狼狽するドラは動揺のあまり、ついついジェットコースターから身を乗り出してしまった。

 すると、弾みで安全装置が解除されてしまい、ドラの体は凄まじい突風によって吹き飛ばされる。

「うわあああああああああああああああああああ!!!!」

 思ってもいなかったハプニングに、昇流たちはジュースを吐きだし吃驚した。

「おい!あれ!?」

「ドラ!!」

「なにやってるんだよあいつ!?」

 慌ててこの事を係員に知らせようとした。

 しかし、ジェットコースターは既に終盤に差し掛かっているため、どちらにしても止めることは不可能である。

「ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 辛うじて後部座席の取っ手に捕まっているドラだが、いつ振り落とされてもおかしくない状態。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!これは流石にヤバいでしょう!ちょっと!!これじゃアミューズメントじゃなくて、普通にデンジャラスじゃないの!!!幸吉郎!茜ちゃん!写ノ神!こっち向けよ!!」

 ドラがギリギリの態勢で三人に呼びかける中、当人たちは興奮と失神でまるでドラの声が届いていない。

 と、そのとき―――ドラの正面に撮影用のカメラが見えて来た。

「は!」

 ドラはシャッターが切られる寸前、必死で笑顔を作ってカメラワークに答えた。

 ―――カシャ!

 そして、およそ3分間の絶叫タイムが終了。ジェットコースターは停車した。

「ドラ!!」

「大丈夫か!?」

 昇流たちが駆けつけたとき、何事も無かったように状況は終了していた。

「あ~~~!おもしろかったなー!!」

「こんなに楽しいものがこの世の中にあるなんて思いませんでしたねー♪」

「お、おれは・・・にどとのりたくな・・・げっぷ・・・///」

「あれ?兄貴は何処行ったんだ?」

 ようやくドラがいないことに気付き幸吉郎たちが辺りを見渡すと、側で呆然とした表情を浮かべ立ち尽くす昇流たちが、ジェットコースターの後部座席の方へと目を配る。

「「「あ!!!」」」

 幸吉郎たちが後ろの席に目を配ると、ドラは片腕でコースターの取っ手を掴み、全身発汗の上にかなりの息を乱しながらも辛うじて生きていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・・・・」

「あ、兄貴!!」

「そこで何してるんだよ!?つーか、顔きったねーな!なんだよそりゃ!!」

 写ノ神が鼻を押さえながらドラに尋ねると、ドラの中で沸々と怒りが湧き上がる反面、生と死のギリギリの状況を味わった経験から、怒るに怒れなかった。

「だ・・・だれのせいで死ぬ思いしたと思ってんだよ・・・・・・!!!だが・・・・・・カメラワークだけは逃さなかったよ・・・・・・!」

 曲がりなりにもドラは芸人である。生と死のギリギリの状況でも、笑いを―――究極のリアクション芸を取ることだけは忘れていなかった。

 このあと現像した写真を見てみると、他の三人の写真とは別に、風圧で表情が激しく歪みながら、歯茎をくっきりと強調した極限スマイルのドラが写っていた。

 その恐るべき芸人執念に、幸吉郎は感服したが、他は笑うに笑えなかった。

 

 午前から午後に掛けて、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーは一通りのアミューズメントを楽しんだ。

 そして、帰宅時間まで残り一時間を切ったところで、最後に全員が選択したのは、最近完成したばかりのおばけ屋敷―――その名も『テラーハウス・イン・スノーランド』。

「こわいこわいおばけがたくさんいるからね~~~」

 係員の言葉に一瞬ビクッとするのは、駱太郎。実はこう見えて、彼は幽霊・おばけの類が大嫌いなのである。

「どんなかわいいおばけが出てくるんでしょうか♪」

「俺ら普段からおばけは見慣れてるから」

 千葉夫妻の場合、茜が動物から妖怪・おばけといった畜生全般を扱う術を心得ているため、そうしたものへの態勢が自然と身に付いている。

 だが、駱太郎の場合はどうだろう。銃弾や凶悪テロリストにも恐れず猪突猛進に突っ込んでいく姿が嘘であるかのように、恐怖で冷や汗をかいている。

(おいおい、こいつら神経おかしいんじゃねぇのか・・・///ああ~~~なんだってこんな薄気味わりーところに来ちまったんだ~~~///)

「なんだよ、駱太郎。体が震えてるぜ?もしかして、怖いとか?」

 ―――ゴンッ。

 昇流がからかって来ると、駱太郎は咄嗟に彼の顔面に拳を叩きこみ、必死で誤魔化した。

「俺に怖いものなんざねーぜ!!!この駱太郎様にはな!!!///なははははははは!!!!////」

「な・・・ぜ・・・俺を殴る・・・///」

 違う意味での恐怖体験を果たした昇流を、ドラたちは特に気にも留めずに先へと進む。

 今にして思えば、彼らのこういう変に無神経な態度の方がお化け屋敷のおばけよりも怖いのかもしれない。

 さて、奥へと入り込んできたドラたちを待ち受ける最初の仕掛け人は、茂みの中に隠れて準備を進めている。

「ひひひ・・・たっぷり怖がってもらうぜ~」

 ロープに括り付けているのは、骸骨の模型。

 やがて、ドラたちが近づいてきた。駱太郎の顔にべっとりと汗が溜まる中、スタッフが頃合いを見てロープを引っ張る。

「それ!!」

 次の瞬間、駱太郎の目の前に骸骨の模型が躍り出る。

「!!のおあああああああああああああ!!!!!!!」

 恐怖におののく駱太郎は、力任せに骸骨を前方に押し出した。

 すると、模型はバラバラとなり、茂みの中に隠れていたスタッフの頭にぶつかった。

「あ(イデ)っ!」

「!?」

 突然の声に駱太郎がはっとすると、モゾモゾ、という音とともに茂みの中から大きなこぶをつくったスタッフが幽霊のように顔を出す。

「う、うらめしや~~~///」

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!くくくくんなあああああああああああ!!!!!!!」

 我を忘れた駱太郎は、何の罪もないスタッフを捕まえ、手当たり次第にプロレスやレスリングなどありとあらゆる技をかけまくる。

「このやろう!!!///うおおおお!!!///あっちいけよウスラトンカチ!!!///」

「あああああああああ!!!」

 一方的な被害者であるスタッフを哀れに思いながら、ドラたちはその様子を黙って見守る。(なぜそこで助けようとしない!!)

「もうこんな生活いやだああああああああああ!!!!!!!」

 最後の最後で、綺麗なジャーマン・スープレックスが叩きこまれ、ドラはそこでカウントダウン。

「ワン!ツー!スリー!チャンピョーン!!!」

「おっしゃああああああああ!」

 勝者・三遊亭駱太郎の腕を持ち上げると、駱太郎は歓喜した。

「たすけてくれ~~~///」

 スタッフはありとあらゆる意味で無茶苦茶に理不尽かつ怖い彼らの前から足早に立ち去った。

 引き攣った顔で必死に笑顔を取りつくろうと、駱太郎は「ふ・・・ふはははは///俺に怖いものなんて・・・ないんだよ・・・///」と言って強がった。

「全然そうは見えなかったけどな・・・」

「負け犬の遠吠えだな、完全に」

 写ノ神と昇流の言葉が、すごく刺々しかった。

 

 この後、さらに奥へと進み続けた一行。すると、何やらあからさまに置かれた棺が目の前に現れた。

「こん中からミイラがうわっと出てくるんだよなー!」

「長官、開けてみてくださいよ」

「え!!!俺が・・・・・・///」

 昇流も昇流で、駱太郎同様オカルト系の類はどちらかといえば苦手だ。

 心臓に悪い思いはなるべく避けたいところだが、かといってドラたちに馬鹿にされるのも釈然としない気持ちもあった。

 恐る恐る棺の方へと手を伸ばし、棺の蓋を開けようとした―――次の瞬間。

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 特殊メイクで血塗れとなったナースゾンビが現れ奇声を放つ。

「でたああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 泣き叫びながら、ナースゾンビのもとから離れる昇流だが、ナースゾンビはそんな昇流の後を追いかけ歩いてくる。

「こないでええええええええええええ////////」

「あああああああああああああ!!!!」

 この日のためにたたき上げられた高い演技力を披露するナースゾンビ役のスタッフに感心する鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバー。

 と、そのとき―――龍樹がある事実に気づいた。

「おや?ドラの姿が・・・・」

「いなくなってる!?」

「何処行ったんでしょうか?」

「心配いらねぇよ。ほら、兄貴ならあそこだ」

「な・・・!」

 駱太郎が暗闇の中、目を凝らしてみると、ナースゾンビと一緒に魔猫の形相を浮かべながら昇流を追いかけますドラの姿が見受けられた。

「でぇへへへへへへ!!!そらそら苦しめ苦しめ!!!恐怖に我を忘れてしまえ―――!!!」

「ひええええええええええ!!!!!////本物のおばけだああああああああああああ///////////」

 作り物のおばけに交じって、この世に現存する最恐最悪の魔物が本性を露わにした。

 彼の目的は、杯昇流を恐怖のどん底へと追い詰めること・・・しかし、それだけにとどまらないから余計に性質が悪い。

 真の目的は恐怖に怯える彼の顔を見て自分が喜ぶため。そして何より、どさくさに紛れて彼から奪われた給料を取り戻すことだった。

「ひいいいいいいいいいいいいいい!!!!!もうこないでえええええええええ!!!!!!!!」

「待ちやがれネコババ野郎!!!」

 ネコがネコババという言葉を使うこと自体、かなりシュールな状況ではあるが、おばけ屋敷のスタッフたちもドラの怖さ・・・というよりも、二人の単純な恐怖を超越した「畏」に近付けないでいたのだ。

「いい加減に俺から離れろ厄病神――――――!!!!!」

「どこまでもくっついてやるからな、ダメ人間め!!!でぇへへへへへへへへへ!!!!!!」

 

 

 

 その後、小一時間に渡り、お化け屋敷のなかで二人のシュールなやり取りが続いた。だがそのおかげで、お化け屋敷の収益が一時的にではあるが普段の2.5倍にまで増加したというから驚きだ。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

その3:鋼鉄の絆(アイアンハーツ)と命懸けのサバイバル訓練

 

 TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”―――数ある実働部隊の中でもその特異性に於いては群を抜いている。TBTの特殊部隊である彼らは未来の技術によって生まれ出でたロボットを隊長に据え、過去の世界からやってきた者たちが追従している。

 そんな彼らを繋ぎ止める強固な力、それは“家族”という名の結束。この家族の力を日々高め合う彼らだが、最もその力が発揮されるのは戦いや事件の渦中など極限状態と呼ばれるシチュエーション。

 ゆえに彼らは家族の結束、絆を高めありとあらゆる敵を制圧するため我々一般人からは想像もつかないような過酷な訓練に明け暮れているのだ。

 それが、地獄のレンジャー訓練である――――――!!!

 

 

西暦5538年 3月2日

タイ王国 TBTタイ支部・第14特別訓練施設

 

 バンコクから車を飛ばすこと4時間―――鬱蒼とした山岳密林地帯に作られたTBTの特別訓練施設。ここはTBTタイ支部の実働部隊が日常的に使っている場所だ。

「いよいよだな・・・・・・」

 現地には既に、迷彩服に身を包んだ鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の隊長サムライ・ドラがいた。今回彼がここで行おうとしているのは、日本の陸上自衛隊の中で行われる訓練の中で、最も過酷と言われる「レンジャー訓練」―――それを一段と強化したもの。

 レンジャー訓練では体力・知力・精神力の鍛錬はもとより、過酷な状況に必要な、あらゆる技術を徹底的に叩き込まれる。それは正に、最強の人間を養成するための地獄の訓練である。

 さらに今回は現地タイの社会情勢に合わせてTBTタイ支部で実際に行われている訓練を加味した独自の訓練メニューが設定された。

 カンボジアやミャンマーと言った政治的に不安定な国々と隣接するタイでは、武装ゲリラによる攻撃は決して珍しいことではない。原則として時間的事案を専門に扱うTBTだが、タイではこのような事情があることからTBTの武装部隊が軍隊と協力して国境警備と武装ゲリラの掃討に力を入れていることも珍しくなく、それは正に命懸けの任務である。

 さらに近年タイ南部や同国の時間軸では武装ゲリラによるテロ行為が頻発しており、その最前線にTBTの特殊部隊員が送り込まれている。言うまでも無く、常に死と隣り合わせの過酷な任務に就いているのだ。

 ドラはこうした事情を背景に、今回の特別訓練はいつも以上の熱を入れていた。訓練はすべて実戦で起こりうる最悪の状況を想定したものであり、無論その厳しさは想像を絶するほどの過酷なものだという。

 果たして、幸吉郎たちは洒落など一切通用しない密林のジャングルで、これから行われる地獄の訓練を耐え抜くことができるのか!?

 

 

西暦5538年 3月3日

第14特別訓練施設 集合地点

 

「全員集合っ!!」

「「「「「「レンジャー!!」」」」」」

 午前6時―――特別訓練の朝は早い。

 号令がかかった瞬間、レンジャーという掛け声とともに迷彩服に身を包んだ山中幸吉郎、三遊亭駱太郎、龍樹常法、八百万写ノ神、朱雀王子茜、杯昇流の6名が宿舎から走って来た。

「ほらダラダラするなっ!!さっさと並べよ!!」

 ドラの立場は彼ら6人の指導教官。実はドラ、TBT職員という肩書を持ちながら『陸上自衛隊北部方面総監部特別指導官』という肩書さえ持っている。年に数回、陸上自衛隊のレンジャー訓練に参加し訓練生を扱いているドラの手腕は自衛隊内でも広く評価される一方、訓練生からは畏怖の念を込め「鬼ドラ」と呼ばれいる。

「きびきび並べ!!隊列を乱すなよ!」

 厳しい規律が求められる特殊部隊の一日は、点呼から始まる。

「気をつけっ!番号!」

 鬼教官として威厳を保つかのようにドラは腹の奥から声を張り上げ、それを聞くと幸吉郎から順に番号を名乗り上げる。

「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6・・・!」

「声を出してない奴がいるぞ!もう一回、番号!」

「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

 すると、ドラは昇流の方に目を向けた。そしておもむろに彼の方へと歩み寄り、眼光鋭く彼の顔を凝視する。

「長官はオイラをバカにしてるんですか?」

「いや・・・・・・俺は・・・///」

「なぜ大きな声で言わないんですか?なぜ腹の底から声を出さないんですか!」

 容赦ない恫喝。全身が震えあがり、大量の脂汗が流れ落ちる昇流は恐怖で体が膠着する。

「黙ってちゃわからねぇだろ!!!」

 バチンッ!

「いった~~~!!!」

 恐怖で声を押し殺していた昇流を見かね、ドラは昇流の頭部へと竹刀を振り落した。

「レンジャーと言って返事をする!最初に教えたはずでしょ!」

「す、すいません・・・////」

「すいませんじゃなくてレンジャー!!」

「レンジャー!!!///」

「ちゃんと気合い入れてくださいよ」

 空気を劈く、鬼教官の声が響き渡る。昇流は元より、改めてこの訓練の厳しさを思い知らされる幸吉郎たちの額に、冷や汗が浮かんだ。

「朝の点呼をナメるなよ。しっかり口を開けて腹から声を上げて!しっかり返事をすること!!!それじゃもう一回、番号!はじめ!」

「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

 しかしその直後、最悪の事件が起こってしまった。

「6っ!」

 勢い余った昇流の口から唾が吹き飛び、あろうことがそれはドラの顔面へと吹き掛かった。昇流は教官であるドラに唾を吐くという信じられない失態を犯してしまった。

「貴様ぁぁぁぁぁ!!!!」

「ひいいいいいい///ごめんなさいごめんなさい///」

「全員腕立て伏せ用意っ!!!」

 謝ったところで決して許される事ではない。昇流が吐き出した唾の所為で、全員に腕立て伏せの罰則が与えられることに。

「気合い入れろ!!!はい1!」

「「「「「「「1っ!!」」」」」」

 掛け声に合わせて、6人は腕立てをする。

 一人のミスは全員のミス。この連帯責任の法則こそが特殊部隊―――もとい鋼鉄の絆(アイアンハーツ)にとって最も重要な団結の力をより強固なものにする。

 朝6時で気温は既に気温33度。幸吉郎たちの体から大量の汗が流れ出す。

「点呼終了っ!2列になってかけ足、移動始め!!」

 なんとか朝の点呼が終了した。しかしこの後に待っていたのは、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーを奈落の底に突き落とす地獄度120パーセントの訓練だった・・・。

 

 続いての訓練のためにやってきたのは、施設の中にあるごく普通の運動場。

 しかし、そこで幸吉郎たちを待っていたものは想像もつかないような敵との遭遇だった。

「これからあのゾウさんと戦ってもらう!」

「「「「「「ええぇ―――!?」」」」」」

 訓練課目は、タイ支部で飼われているアジアゾウとの綱引き。余りにも型破りな訓練課目を聞いて唖然とするメンバー。

 実はこの訓練、タイ支部で実際に採用されている訓練メニューであり意外な事に肉体を鍛えるためのものではなく、目的は精神力の鍛錬だという。というのも、用意されたゾウはおよそ4トンあるため、成人男性が50人集まっても到底勝てるものではない。

 しかし絶対的強者を前にしたときこそ不屈の闘志を持たねばならず、その意味でこの訓練は究極の精神鍛錬の場だという。

 しかし果たしてこのこの強敵に勝てるのだろうか?

「用意はいいかい?それじゃ、始め!!」

 アジアゾウとの綱引き勝負が開始された。

 だが、その直後にアジアゾウの圧倒的パワーが炸裂―――幸吉郎たちはズルズルと引きずられ、間もなく体勢を崩す。

「「「「「「うわあああああ!!」」」」」」

 結果は敢え無く惨敗。驚異的なゾウのパワーの前に無様な姿をさらしてしまった幸吉郎たち。それを見たドラは・・・

「貴様らそれでも特殊部隊の一員か!?戦場だったら全員死んでるぞ!!こんなことで時間犯罪者から時間を守れるか!!」

 不甲斐ない敗北にドラは怒りを爆発させる。一列になって叱咤を受ける幸吉郎たちは何も言えず、口を閉ざし沈黙を貫く。

 そして、特殊部隊員としてのプライドと人間としての意地を懸けた仕切り直しの2回戦が執り行われる。

 もう絶対に失敗は許されない。それぞれが気合いを入れ直し、ゾウの足に繋がれたロープに手を懸け表情を引き締める。

「用意はいいかい?それじゃ、始め!!」

「「「「「「オーエス!!オーエス!!オーエス!!」」」」」」

 ドラの言葉を胸に腕がもぎ取れそうになりながらも、必死で綱を引き今度はゾウと互角に戦う幸吉郎たち。しかしそのとき―――。

「オーエス・・・!オーエス・・・!ふう~~~・・・疲れた」

 なんと、龍樹の信じられない手抜き行為が発覚。ドラはただちに綱引きを中断―――龍樹を引っ張り出した。

「このクソジジイ!!!老人だからって手を抜いていいなんて理屈は無いんだぞ!!!」

「れ、レンジャー!!すまなかった!!!」

 大事な事は二度言わせてもらう。謝ったところで許される事ではない。

 龍樹の態度に業を煮やしたドラが与えた最悪の罰、それはたった一人で行うゾウとの綱引きだった。

「ひえええええええええええええ!!!!!」

 ロープを体に括り付け、絶対に手を放せないように施したうえでの綱引き。龍樹は一方的なまでにゾウに引っ張られ地面の上を引きずられる。

「ああああああああ!!!!!やめてくれ―――!!!!」

 タイ風の市中引き回しの刑。綱引きが終わった直後の龍樹の体は文字通りボロボロに傷ついた。

「あ・・・・・・///なんという・・・・・・仕打ちか・・・・・・///」

 異国の地で一人惨めな罰を受けた龍樹。そしてその恨みは―――ドラと何の罪もないゾウへと向けられる。

(呪ってやるぞ・・・・・・お主ら全員呪ってやるぞ・・・・・・!!)

 早くもそのセコイ本性を見せ始めた龍樹。最早この老人が真言宗の伝法阿闍梨だと思える人間は誰もいないだろう。

 

「これから切株渡りをやってもらう!」

 続いて行われるのは、切株の上を渡り歩いて行くと言うバランス感覚を鍛える訓練。一見簡単そうに思えるこの訓練だが、何と実際は切株の下の地面に火を放って行われるのだ。

「そいじゃー点火しまーす!」

 写ノ神は切株の下に置かれた鉄製の容器にガソリンが注がれ、そして火が放たれるという光景に思わず生唾を飲んだ。

 ジャングルの中では常に道なき道を前進せねばならず、戦闘時には目の前が火の海になることも十分に考えられるという極めて実践的な見地から行われるというこの訓練。

 果たして幸吉郎たちはこの灼熱地獄を耐えることができるのであろうか!?

「一番、山中幸吉郎!参りますっ!!」

「始めっ!!」

「おおおおおおおおおおおおお!!!!」

 早速訓練がスタート。幸吉郎がトップバッターとなり、黒煙と灼熱の炎が燃え盛る炎の上を渡り歩いて行く。

「うおおおおおお!!!あちゃちゃちゃちゃちゃ!!!」

「生き地獄じゃぁ~~~~!!!」

 その後、駱太郎に龍樹、昇流、茜という風に次々と切株を渡っていく。

 しかし、勢いづく炎が放つ熱風は見た目以上の熱さで渡る側の人間に襲い掛かった。

「ひええええええええ///どうしてこんなことするんですかねー!!!///」

 悲鳴を上げながらも、茜が切株を渡り切りいよいよ最後の一人となった写ノ神。しかし・・・

「おら、次はお前だ!」

「いやだけどさ・・・」

「早く行くんだ!早く!!」

「こんなの無理だろう!?」

「茜ちゃんは渡ったじゃんか!!男のお前が渡らないでどうする!?」

「けど・・・これ相当熱いんじゃねぇのか!?」

 一瞬足を滑らせただけでも確実に大火傷を負ってしまう危険極まりない状況。ドラの命令とは言え、写ノ神はどうしても最初の一歩が踏み出せない。

「かぁ~~~・・・情けない!!お前がそんな態度をとるって言うなら、こっちにも考えがある」

 見かねたドラは訓練を先に追えた5人を集め、写ノ神の前に立たせる。

「他の者は、全員腕立て伏せ用意!」

「「「「「レンジャー!!!」」」」」

 尻ごみする写ノ神に発破をかけるため、ドラは強硬手段として残りの5人に腕立て伏せを強要。止む無く、5人はドラの指示に従い腕立て伏せの体勢となる。

「いいか!!みんなの団結心がぐらついてるから、写ノ神がビビってるんだ!これは連帯責任だ!!全員、声を出していけ!!いくぞ、1っ!!!」

「「「「「1っ!!!」」」」」

「はい2っ!!!」

「「「「「2っ!!!」」」」」

「はい3っ!!!」

「「「「「3っ!!!」」」」」

 写ノ神が躊躇したために幸吉郎たちは無理矢理腕立て伏せをやらされる。写ノ神が何よりも悔しかったのは、勇気のない自分の行動によって最愛の妻である茜にまで要らぬ負荷をかけてしまった事。

「チックショウ・・・・・・うああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 これ以上、仲間が・・・茜が苦しむ姿に耐えられなくなった写ノ神は歯を食いしばり、前方に存在する炎の壁に勢いよく向かって行った。仲間が苦しむくらいなら自分が傷ついた方がいい―――そんな考えがよぎり、灼熱の炎などものともせず写ノ神は切株渡りを成功させた。

「写ノ神君!!」

「よくやった!!それでこそ男の子だ!!」

「は、は、は、は、は・・・・・・死ぬかと思ったぜ・・・・・・」

 またひとつ地獄を乗り越え写ノ神は大人への階段を上ることができた。

 だが、本当の地獄はここから始まるのであった―――。

 

「おら声出してけっ!!!1、2、3!!!」

「「「「「「レンジャー!!!」」」」」」

 続いての訓練が行われる場所を目指して、ドラを筆頭に鋼鉄の絆(アイアンハーツ)部隊は更にジャングルの奥地へと進んでいく。

 気温36度。灼熱のジャングル。加えて戦闘服着用の完全装備―――それは想像以上に人間の体力を奪っていく。

 既に訓練は朝からぶっ通しの8時間。メンバー全員の体力が限りなく限界に近づく中、この不気味なジャングルの真っただ中で、次は一体どんな地獄が待っているというのか?

「よーし、集まれみんなー。ここでお昼休憩をとるぞ」

「「「「「「れ、レンジャー!」」」」」」

 続いて行われるのは、ジャングル地帯での作戦行動を主な任務とする特殊部隊ならではの食料調達訓練。食材から調理道具まですべてこのジャングルの中で調達するという、本格的サバイバル訓練だ。

 疲弊した体力を少しでも回復させるべく、食料調達に躍起になる男たち。そんな中、ドラがおもむろに穴を掘り出した。

「よっしゃー、食料発見!!茜ちゃん見てみなよ」

 どうやら何か食料を発見したらしい。5分ほど掘ったそのとき、穴から不気味に蠢く物体が姿を現した。

「へ・・・・・・///いやああああああああああああああああああああ!!!!!クモー!!!!!!!!!」

 茜が悲鳴を上げた理由。出て来たのは、毒グモの王者・タランチュラ。

「こいつはなかなか出てこないサイズだよ。待ってて、すぐに毒を抜くから」

 怖気が走り全身を震え上がらせる茜を横目に、ドラは毒が噴出される針の部分をあろうことか素手で除去する。この手慣れた手つきこそ、彼がサバイバルを極めた猛者であることの証なのである。

「いやああああああああああ!!!!!そんなもの私に見せないでくださいよ!!!!」

 いきなりタランチュラを見せられ、縮み上がる茜。ドラはこの毒グモをどうやって食べようというのか?

「おいドラ、食料集まったぞ!」

「早いところ調理しちまおうぜ」

 幸吉郎たちも無事に食料の調達が完了した。

 バケツの中いっぱいに収まったその食材とは―――バッタとサソリ。そう、この日のサバイバルメニューは、すべて虫。無論、虫は茜がこの世で最も苦手とする生き物だ。

「そ・・・・・・そんな・・・・・・///」

 この衝撃の事実を知った茜の顔から精気が失われていく。

「いいかい、オイラがやるようにやるんだ。なーに、サソリつったってそんなに危ないものじゃない。コツさえ掴めば誰だって同じことができる」

 まずはサソリ料理の仕込み。ドラはタランチュラと同じく素手で針を除去していく。

 男たちも嫌々ながらもサソリの毒針を抜く作業に励む。一方、茜は目の前で起きている光景にただただ怯えまくる。

 しかし、ただ見てるだけでは何の訓練にもならないため、ドラは逃がさない様に持っていろとサソリを手渡す。

「これ持っててね」

「いやあああああああああああ!!!!!」

「しっかり握ってて」

「こんなもの触りたくありませ―――ん!!!!助けてくださ―――い!!!!」

 訓練中ではたとえ女でも手加減はしない。ドラは常に良い意味でも悪い意味でも男女平等をモットーとしていた。

「あああああああああ!!!!刺した!!!刺しました!!!今、ぶすっと刺さりましたよ!!!」

 サソリの針が刺さったと狼狽する茜だが、ドラは掌に刺さった針をおもむろに引き抜き、何事も無かったような顔で「問題ないよ」とだけつぶやき、再び作業に戻る。これには茜も本気で言葉を失い、呆然と立ち尽くす。

 この後、針を除去したサソリは集めて来た竹を割って挟んでいく。

 一見グロテスクな虫たち―――しかし、灼熱のジャングルで生き抜くためにはこれらの虫が貴重なタンパク源となる。

 続いてはバッタの仕込み。実は調理過程でサソリよりも辛いのがこのバッタ。というのも、生きたバッタを串刺しにしなくてはならないため、初めて経験する者にとっては非常に勇気のいる作業なのだ。

「ううう・・・・・・///もうだめ・・・・・・///」

 あまりの気持ち悪さに耐えきれず、茜は木陰で嘔吐。だが直後―――

「う・・・・・・ウンチがある・・・・・・///なんかの動物のウンチあります///」

 ゲロにウンコ。それが、ジャングルと言う名の修羅場。

 仕込が終わった虫は、それぞれ火にかけじっくり焼いていく。10分ほど経つとバッタは赤く焼き上がり、サソリやクモもちょうどいい食べごろ。これで本日の虫料理はすべて完成した。

「準備できたな。さっそく食べよう!」

 食欲を掻きたてるものとは程遠いゲテモノ料理。誰もが気まずそうに食べるのを躊躇していると、ドラは自分で獲ったタランチュラを手に取り―――

「よく焼けてるな。うまそうだ」

 そしていきなり、毒グモを口の中へ。誰もがその光景に目を疑い絶句する。

「ほら、R君も食べなよ」

「えええ!!!いや、俺はその・・・///」

「食べればますます強くなれるよ!さぁ、食え食え!」

「ノノノノノノノノノノノノ!!!!!」

「遠慮しないで。そうか、だったらオイラが食べさせてやろう」

「ムリムリムリ!!!これだけはムリ!!!」

 カエルの肉の方がまだ良かった―――内心そう思いながら、駱太郎は無理矢理サソリを食べさせようとするドラに必死で抵抗し、頑なに口を閉ざす。

「さぁ食べるんだ!」

「いやだああああ!!!!俺はくわねぇえええ!!!!」

 まるで駄々をこねる子どもそのもの。どうしても口を開けようとしない駱太郎と、彼に意地でもサソリを食べさせないと思うドラ。

「こうなったら奥の手だ。みんな、R君の四肢を抑えといて」

 すると幸吉郎たちは駱太郎の手足を頑丈に固定。全員が体重をかけて彼の動きを封じ込める。

「おい、何しやがるんだよおめぇら!?」

「君が大人しくしてくれれば直ぐに終わるんだ」

 途方も無く嫌な予感しかしない。ドラは強張った顔の駱太郎の顔に手を近づけると、おもむろに鼻を摘まんだ。

 鼻を塞がれ、息が出来ず徐々に苦しくなる駱太郎の顔が見る見る青くなる。

 そして、耐えきれず口を開いたそのとき―――ドラはわずかな口の隙間に手を突っ込み、持っていたサソリを押しこんだ。

「うごおおおおおおおおお!?」

「はいもっとちょうだい!」

「了解っす!!」

 幸吉郎たちはドラと一緒にこの状況を楽しんでいるように思えた。無理矢理こじ開けられた駱太郎の口腔内に次々とバッタやサソリが投入されていく。さながら、ここは本当に地獄なのかもしれない。というのも、この状況でドラがやっている行為は地獄において獄卒が亡者に対して天網恢恢に罪を責め尽くしているものと何ら変わりない。

「がああああああああああああああああああああ!!!!!!????!」

 大量のサソリとバッタを一気に流しこまれ、苦悶の表情の末に駱太郎は発狂―――そして終いには、泣き崩れる。

「もうお願いします!!!俺を日本に帰してください、たのみますっ―――!!!!」

 

 

 今回、ここで紹介した鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の訓練内容はほんの一部分にすぎない。

 彼らはこれ以上に過酷とも言うべき訓練を行い、それに耐え、日々の未来に向けて力を蓄えている。

 過酷な訓練であればあるほどに彼らの団結心―――家族の結束は高まる。

 まさに彼らこそ、“鋼鉄の絆”を持つにふさわしい者たちである。

 

 

 

 

 

 

ギャグコメディー編




次回予告

ド「人は皆社会と言う檻に入れられた囚人だ。そして、オイラはそんな囚人を見張る看守」
「この物語は、オイラがまだ第五分隊所属の刑務官として働いていた頃に起こった事件。最凶最悪と言われる監獄・サルコファガスでの壮絶な闘いの記録・・・」
「次回、『ザ・ワースト・ウォーダー』。看守時代のオイラと今のオイラの違いを比較して欲しい」

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