サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「サムライ・ドラを見てくれている読者の皆さま、いつもの事ながらうちの長官が大変なご無礼をかけている事を本人に代わってお詫びいたします」
昇「ふざけんな、迷惑かけまくってのはてめぇらの方だろうが!!俺は迷惑の被害者だ!!それはともかく、今回はこの俺が大活躍する短編集だ。さぁお前たち・・・俺のかっこよさに酔いな!!」
ド「えー、強い吐き気を催す場合があるので見るときはくれぐれもご注意ください」
昇「ぶち殺すぞドラ○○んもどきがぁ!!!」


杯昇流之巻

その1:昇流のバクマン!

 

 人間というものは、思いがけない切っ掛けで、突如内側に眠る才能を開花させることがる。例えばこの男、杯昇流の場合は――――――

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「のぼる~~~////たすけてくれ~~~///」

「ぎゃああ!お、おやじ!?」

 顔中をくしゃくしゃにしながら、昇流に泣きついてきたのはTBT大長官・杯彦斎。即ち、昇流の父親である。

「どうしたんですか大長官?!バカな息子に泣きつくなんて、らしくないですよ!」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバー全員の気持ちをドラが代弁すると、彦斎は昇流の前で泣き崩れた状態で口を開く。

「ううう///実は・・・寧々が・・・///」

「なんだって、寧々が!?」

 女性の名前と思われる言葉が飛び出た瞬間、昇流の表情が一変した。

 一方、ドラ以外の者は聞き覚えのない名前にきょとんとし、疑問符を浮かべている。

「あの~・・・話が呑み込めないのですが・・・」

「誰なのじゃ、寧々とは?」

 龍樹が尋ねると、ドラは懐から一枚の写真を取り出した。幸吉郎が受け取って写真の中を覗きこむと、16歳から17歳前後の美少女が学校の制服を着た姿で写っていた。

「それが竹下寧々(たけしたねね)だよ。大長官の弟の娘さん。よりわかりやすく言えば、大長官の姪っ子さん。若干16歳ながら、“綾小路みねる”というペンネームで、『月刊少女趣味』という少女向け漫画雑誌で連載を持っている今を時めく超売れっ子人気漫画家さ」

「へぇ~そりゃすごいっすねー」

「結構かわいい子じゃありませんか」

「で、この美少女が一体どうしたんでい?」

 駱太郎が改めて彦斎に詳しい事情を聞き出すと、姪っ子思いの彦斎は見るに堪えないくらいの汚い表情で、おもむろに語り出す。

「久しぶりに顔を見に彼女の家に寄ったんだ・・・そしたら寧々ときたら、一歩も部屋の中から出てくれなくてさ・・・電話にも出てくれないんだ!あああ~~~///」

 嘆き悲しむ彦斎。そんな悲壮感に満ちた父親の姿を見ながら、昇流はゆっくりと肩に手を置く。

「親父。今日ぐらい俺の胸で泣け」

「昇流・・・///」

「すべて親父が悪いんだ。年頃の女の子の気持ちも考えず、テレクラ感覚で電話なんかするからストーカーと勘違いされるんだ」

「そ、そんな~~~///」

 多少解釈が強引な昇流の言葉に、精神的に追い詰められていた彦斎はまともに受け止めてしまう。

「長官さん、いくらなんでも酷すぎますよ!」

「あんたと違って、大長官がそんなことするかよ!」

「可能性がないとも言い難いが、そんなに簡単に決めつけるのはよくないな~」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーは、あからさまに彦斎をストーカーと決めつける昇流の発言に強く抗議する。

「だって考えても見ろ、普通煙たくなるじゃねぇか?女って生物はな、小学校3年生を過ぎれば、親父臭漂うおっさんを例外なくキモイと言い始めるんだ」

 飽く迄も昇流の主観で語っているに過ぎない。世の中の女性全てが絶対的にそうだとも言えなければ、それを覆す反論も勿論できない。そこには科学的な根拠がないのだから。

 それは兎も角として、絶望に打ちひしがれる彦際の悲しみの程度は実に激しいものだった。

「くはぁ~~~!!!///ちくしょ~~~最近枕から変な臭いがすると思ってたけど、やっぱり加齢臭だったのか~~~///どうりで~~~///」

「大長官も気付くのが遅いですねー。老化は避けられない生理現象なんですから、気にしちゃダメですよ」

 ドラは普段の昇流とは打って変わって、TBTトップである彦斎への対応にはやや優しさが見受けられる。というよりも、昇流が常軌を逸した剽軽ゆえに、ドラも本気で怒りを表しているにすぎないのだが・・・

「最近の二人の仲はどうだったんですか?何か思い当たることはあります?」

「ささささ・・・最後に会ったのは・・・・・・3か月ぐらい前の事だった・・・///」

「そのときに何か嫌われる事でもやったんだろう、スケベ親父!」

「断じて私はスケベでも変態ではない!」

 完全にストーカーの類として、実の父親を罵倒する昇流。彦際は涙ながらに身の潔白を主張する。

「ええい!虫がよすぎるぞ!」

 妙に強気な昇流は彦際の胸ぐらを思い切り強く掴むと、挙動不審な彦斎に激しく詰め寄った。

「いきなりキスでもしようとしたんじゃねぇか!それとも姪っ子だってことも忘れて、ラブホにでも連れ込もうとしたんだろっ!」

「仮にも一児の父親!TBTの重職に付く私がそんなことするものか///それこそ真夜にばれてバラバラにされるのがオチだー!」

「じゃあなんだっていうんだよ!?」

「とりあえず落ち着くんだ!至って普通のデートだったんだ・・・!はじめは、寧々が前々から見たがっていたミュージカルに連れて行って・・・で、その後大通り公園のトウキビワゴンでトウキビを買って・・・途中どさんこワイドのインタビューを受けて・・・ファミレスで食事して、彼女を自宅まで送って行った・・・これのどこにおかしな点がある!?」

「ひとつ抜けてる!自宅に送り届ける前にラブホに寄ったんだ!」

「実の父親の言うことを疑うのか!?被害妄想も甚だしいぞ、昇流!」

 両者の意見は真っ向から対立り、平行線を辿る。というよりも、昇流が勝手に根も葉もないことを提示して事実関係を歪めようとしているだけなのだが。

 一触即発の状態の両者の間に入ったドラは、いがみ合う二人の仲を取り持ち、全体を総括する。

「まぁ話を聞く分じゃ、どこにも嫌われる要素なんてものは無かったって事ですね。となればだ・・・」

「何か他に理由があるということでしょうか?例えば、漫画の方とかで・・・」

 と、茜がつぶやいた直後―――昇流はあることを決断する。

「よし!寧々の担当の・・・なんつったかな・・・あの編集者(エディター)?」

東条汐(とうじょううしお)か?」

「おおそいつだ!そいつに話を聞いてみよう!」

 

 

東京都港区 月刊少女趣味・編集部

 

 後日。東京への出張と銘打って、昇流はドラを連れて東京に本社を持つ月刊少女趣味の編集部へ乗り込んだ。

「おお、ここだここ!にしてもさすが活気があるな~、漫画の編集部ってのは」

「仕事サボって何やってるんだろう、オイラ・・・」

 半ば強引に連れて来られたドラであったが、ちょうど、担当編集者の東条汐がこちらの方に気づいてくれた。

「えっと・・・あなたたちは?」

「ああ。3日前電話した杯だ」

 事の経緯を知るため、二人は東条に案内されて応接室へ。

「実は、みねるは今、スランプなんです」

「スランプ?」

「ええ。来週号から始まる予定の新連載の方向性がなかなかつかめなくて・・・それで、電話にも出ないんですよ」

 これを聞き、二人は悪い意味で彼女が塞ぎ込んでいたのではない事を知り安堵した。

「ふう~。なんだそう言うことか」

「一先ずよかった~「よくありませんよ!」

 だがそのとき、担当編集者の東条は深刻そうな表情で二人に訴えた。

「みねるは今、漫画家として大事な時期(とき)なんです。このままでは彼女の将来がどうなることか・・・少女漫画家はここが正念場なんです。私たち編集部も随分神経を遣いますよ。彼にフラれたとか、ペットが風邪を引いたとか、恋人が出来たとか。本人の精神状態がもろに作品に影響して来ますからね」

「そうか、編集者も大変なんだな~」

 ここにきて、二人は初めて編集者の仕事の苦労を理解する。

 そんな砌。何気なくドラが周りを見渡した後、こんな質問を東条にぶつけた。

「ところで、編集者と言えばここの連中はみーんな少女漫画から飛び出て来たような奴ばかりだな~」

「ええ。少女漫画の編集部ですからね。男の子派漫画の編集部とはまるで違いますよ」

 一様に見渡せば、働いている編集者の全員が整った顔立ちの上、目がやたらと大きかったりする。デフォルメでないにしろ、こんな偶然があるものかとドラは思った。

「ちなみに・・・」

 そんな彼の疑問を聞いた、顔立ちの整っていて且つ目が大きめの東条汐が赤裸々に返答する。東条は上着の内ポケットから、名刺と写真が一緒に入ったホルダーを取り出した。

「これは私がヤングジャンプにいた頃、『ラーメン一本道』を担当していた頃の写真です。元・ラーメン屋職人の作者、フィッシュ竹中先生と撮ったものなんです」

 写真を見れば、頭にねじり鉢巻きを撒いた状態でピースサインを決め込む作者と、その作者に合わせて人相を合わせている東条の姿があり、名前もそれに合わせて変えていた。

 ドラと昇流は微妙そうな顔で写真と名前を見比べる。

「ん―――同じラーメン屋で働いていそうだな・・・」

「名前は・・・『支那竹美味鹿朗』・・・・・・なんて読むんだこれ?“びみしかろう”・・・?」

「前半はシナチクと読みます。“シナチクウマカロウ”です」

「ああなるほど」

 当て字には強い方の昇流も、困惑するようなネーミング。東条は続けざまに、懐からもう一枚の写真つきホルダーを取り出した。

「そしてこれが、小学館でビッグコミックオリジナルの方を担当していた時、岸和田仁(きしわだひとし)先生と一緒に撮った写真と名刺です」

「なに!?岸和田仁は大ファンだぞー!あの壮大なスケールで描く繊細で凝った大河ストーリーがいいんだよ。どんな顔してるんだ?」

 期待を大きく膨らませドラが写真を覗きこむと、描く漫画が壮大なのもさることながら、頭の大きさも壮大となっている人間離れした作者。それに合わせて頭を被りもので大きく見せている東条の姿に正直吃驚した。

「ん~~~まるで宇宙人の様な頭だな・・・」

「しかしいくらなんでもここまで合わせるとはな・・・」

「名前は・・・『大木久奈多造』・・・これはわかりやすいな。“オオキクナタゾウ”か・・・はは、おもしれーや!」

「そして、今が綾小路みねる担当の、東条汐です。彼女がデビューした中2の頃からの付き合いなんです」

「道理で担当編集者と少女漫画家が結婚するケースが多いはずだ」

「わざわざ遠いところを来てくれてこんなことを言うのも何なのですが・・・お二人には是非、彼女がスランプから立ち直れるようにご協力をお願いします」

「協力ね~」

「明後日までに印刷所に入れないと、本当にピンチなんです」

 

 

北海道 札幌市北区 竹下寧々宅

 

 東条の切実な思い打ち明けられた二人は、流れ的に断ることも出来なくなってしまい、帰りの飛行機に東条を伴い、そのまま真っ直ぐ竹下寧々こと、少女漫画家綾小路みねるの自宅マンション兼漫画スタジオへと直行した。

「だめ!描けない!!やっぱりわたしには才能が無いんだわ!!」

 マンションの一室で、人気少女漫画家としての顔を持つ昇流の親戚の少女が、一向に仕上げられる雰囲気の無い新しい漫画の構想に悪戦苦闘。

 何度も何度も描いては、没にするということを繰り返している内、自分の未熟さを憂い悲しみに打ちひしがれる始末。これにはアシスタントである彼女の母と姉も困った顔を浮かべる。

「一体どんな漫画を描こうとしているんだ?」

 漫画家という生き物を間近に見ていたドラと昇流は、スランプから立ち直れないでいる寧々の後姿を見ながら、東条に尋ねた。

「今回は、少女漫画の新しい可能性を開くために、憎たらしいペットの世話に明け暮れる主人公をテーマにしているんですが・・・」

「それってオイラのこと?」

 間接的に自分の事を指しているのではないかと、疑ったドラの言葉を無視し、東条はおもむろに彼女の元へと近づき気さくな態度で話しかける。

「みねる、どうした?」

「憎たらしいペットが飼い主に反抗するためのシーンがどうしても描けないの///」

「ははは!なんだそんなことかー!」

「「はははは!」」

 東条に釣られて笑うドラと昇流だが、この後東条は思いもがけない台詞を吐き捨てた。

「ドラさん、協力してくれませんか?杯さんを思い切りギッタンギッタンにしてください」

「うん!任せなさい!」

「杯さんは飼い主になったつもりでギッタンギッタンにほされてください」

「おう!お安い御・・・よう・・・?へっ・・・///」

 言葉を理解した直後に、額から零れ落ちる尋常ならぬ冷や汗。

 そして、次の瞬間。ドラが東条の許可のもと、昇流の顔面を思い切り殴り飛ばす。

「どら―――!」

「ひええええええ!!!///」

 容赦なく理不尽な暴力を受けた昇流はリビングの方へと吹き飛ばされた。

「やい!もっと手加減しろ、暴力ネコ!」

「なぜ手加減する必要があるんです?普通のネコパンチじゃ、逆にオイラがかわいく見えてしまうでしょう?全然憎たらしくもなんともない」

 口論になるドラと昇流を余所に、東条は赤裸々にすべてをスケッチしていたみねるに感想を聞いてみた。

「どうかな?」

「そうね・・・でも、やっぱり殴るだけじゃなく、かかと落としとか」

「なるほど、かかと落としね。オッケイ!ドラさん、次お願いします!」

「はいよ」

 ゴンッ!

「げええええ!!!」

 ドラのかかと落としが綺麗に決まった。何処にかかとがあるのかは深く考えないでおくことにして、みねるの感想はイマイチと言ったところだった。

「違うわ。逆海老固めかな」

 ゴキッ!

「ひえええええ///まいった!まいった!!まいった!!!」

 椎間板に支障をきたすほどの音が出ていたにも関わらず、周りは昇流の心配などこれっぽっちもせず、一様にみねるの方に視線が向いている。

「どう?」

「やっぱりチョークスリーパーかしら・・・」

 その後も、指示を受けるたびにドラは情け無用の理不尽な暴力を実行し、昇流は文字通りボロボロの状態へと追い詰められていく。

「卍固(まんじがた)め!」

「ふげえええ!!」

「スープレックス!」

「ぎょえええ!!」

「エルボー・ドロップ!」

「がはああ!」

「十文半(じゅうもんはん)キッーク!」

「これ何の技!?」

「ジャイアントスイーング!!!」

「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」

 遠心力をつけて昇流を振り回すドラは完全に悪乗り状態。これぞ正に彼の代名詞である理不尽と言う言葉が相応しい。その上、みねるも漫画のための探究とは言え、段々と冗談が過ぎてとうとう危ない発言をしてしまう。

「そのまま窓の方へ行って・・・投げ飛ばす!」

「おりゃあああああああああああ!」

 ドラは言われた通りの指示を受け、昇流を5階の窓の外から投げ飛ばそうとした。

「って、そうはいくかあああああああああ!」

 ようやくドラから解放され、昇流はギリギリのところで踏み留まり、窓からの転落を免れる。さすがに紙一重と言ったところで、全身からは多量の汗が吹き出している。

「この悪魔ども!人を使い捨てのモルモットみたいに扱いやがって!ここは5階なんだぞ!落ちたりしたらどうするんだ!?」

「長官の阿呆みたいな生命力なら、この高さから落ちても死にはしないでしょう?」

「バカかこのドラ猫!一体何をどう計算すれば、俺が死なないという解が導き出されるんだ!」

 と、力説し過ぎて手に力が入り過ぎた余り、昇流が捕まっていた手すりが外れてしまい、昇流の意思とは無関係に体が落ちてしまった。

「ぬおおおおおおおお!!!!!さようならのぼるく~~~ん!!!///」

 

 ド――――――ン!!!

 

 普通の人間ならば即死は免れない。

「おーい・・・たすけてくれ~~~///」

 しかし普通の人間の領域を逸脱していた身の昇流は、ギャグ漫画の主人公の如く粘り強さを発揮して、即死を免れた。より現実的にものを考えてみれば、咄嗟に衝撃吸収に優れたエアバッグを展開したことが幸いしたと言えばいいだろう。

 そんな命からがら助かった昇流の姿を、窓の方から東条とみねるが覗き込む。

「あ~あ、自分で落ちちゃった。なるほど・・・あんな風にのた打ち回るのか」

「ホント。やっぱり参考になりますねー」

「どこかだよ・・・・・・」

 客観的な視点から、ドラはさも当たり前の感情から到達するツッコミを綺麗に入れた。

 

「いててて・・・俺だって不死身じゃねぇぞ!」

 数分後。ある意味無敵な体を持つ昇流が、全身骨折もままならないボロボロの姿で、自分一人の力で元いた場所へと戻ってきた。

「長官、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねぇよ!元はと言えばお前が投げたからこうなったんだ!」

 と、そのとき。唐突にみねるが「ああああああ!!!」と声を上げ、泣き始めた。

「ど、どうしたんだみねる!?」

「やっぱりこんなのダメだわ・・・わたしって才能ないんだわ///」

「そんなことないよ!モデルがあまりに醜すぎたんだ!」

「なに冗談じゃねーぞ!こちとら死ぬ思いで体張ったんだぞ!なんだその態度は!?」

 東条の失言が昇流の怒りを買うという結果を招いたことは誤算だったが、どちらにしても、こんな状態ではみねるも良い漫画など今日中に描き上げることなど出来るはずも無かった。

 深刻そうな表情を浮かべながら、東条は昇流の元へと歩み寄る。

「すみません。ちょっと外まで」

「な、なんだよ・・・」

 東条は一旦部屋の外へとドラと昇流を連れ出す。その上で、二人に厳しく抗議した。

「言ったでしょう!少女漫画家はデリケートなんですよ」

「あんな無茶苦茶な要求をされて、はいそうですかと言わざるを得ない立場の人間の気持ちもチッター考えろ!」

「そんなこと知った事じゃない!あ~~~、もう時間が!原稿に穴が開いてしまう!」

「俺たちのせいじゃないぞ!」

「あ~~~困った~~~どうしよう。今からじゃ他に頼めないし~~~」

 途方に暮れる東条。時間的にも、彼女の作品に期待を寄せることは絶望的と言えるだろう。かと言って、代わりとなる有能な漫画家が近くにいるはずもなく、正に八方塞がりの状況と言える。

 東条の顔色を窺い、気の毒そうに思う反面―――今まで散々な目に遭って来た昇流はどちらかというと清々していた。

 だがどういう訳か、やはり“放っておけない”という気持ちが心の中で生じ、このまま東条を見捨てることが出来なくなった昇流は、哀れんだ様子で尋ねる。

「おい。その原稿は何ページだ?」

「えっ?30ページですけど・・・」

「なんだたった30ページか!ふん、俺なら30分で描ける。1ページ1分だ!」

「なに!?本当ですか・・・!?」

 信じ難い話ではあるが、今の東条からすれば地獄で仏の様な一言だった。

「も、もし本当ならなんでもいいから30ページ分描いてくれ!今すぐに!」

「その代り、原稿料はバッチリいただくからな!」

「ええ!そりゃもう!」

 交渉が成立したところで、昇流は早速作業に取り掛かることにした。

「よーし、ドラ!紙とインクを持って来い!それからストーリーはお前が考えろ!」

「え~~~なんでオイラが?」

「趣味でネット小説書いてるんだろ!?物語なんて書き慣れてるじゃねぇか!上官命令だ!今すぐ面白い話を書け―――!」

「無茶苦茶だよまったく・・・」

 渋々だが、ドラは原作となるストーリーを適当にメモ用紙に殴り書きし、その内容を元に昇流が画にして表現する。これぞ、外伝流バクマンである。

 東条は立場の明確な役割分担が出来ている二人の手際の良さに感嘆する一方、彼の目に映ってきた光景はそれを遥かに凌駕する光景だった。

 紙とペンを渡された昇流は、作業スペースが無いとはいえ、階段を机代わりにしてネームも何もなしにいきなりペン入れに取り掛かっていたのだ。

「か、階段で描くなんて・・・!」

「それも下書きも無しにペン入れなんて・・・後先考えずに工作作って失敗する夏休みの小学生と一緒だな・・・」

 不安が大きく膨らむ二人だが、30分後―――昇流の渾身の力作が出来上がった。

「よし、できたっ!」

「「おお!」

 約束の30ページ分の漫画を、昇流は「ほいよっ!」と言って東条へと手渡した。

「こ、これは・・・!」

「傑作だろ?」

「ンな訳ないでしょう。長官の幼稚園児みたいな画と、ストーリー構成不十分で投げやりなオイラの脚本でうまくいくわけがありません」

 自信満々の昇流とは対照的に、ドラは悲観的に物を捕えている。

 では、第三者としての東条の目から見た二人の合作の出来栄えは――――――

(とても素人とは思えん・・・画が上手過ぎる・・・鳥山明先生顔負けだぞ!!それに、ストーリーも緻密かつ厚みがあって面白い!何なんだこの人たちは!?・・・でもとにかく、これなら・・・・・・)

 文句の付けの様ない出来栄え。東条は二人の未知なる可能性に賭けてみた。

「よし!これでいこう!」

「よっしゃー!これで俺も漫画家デビューだ!ははは!」

 思わぬ形で鮮烈の漫画家デビューを飾った杯昇流は大歓喜。

 果たして、原作:シャネール・フランソワ(ドラのペンネーム)、漫画:坂上信子(さかがみのぶこ)(昇流のペンネーム)で描いた漫画とかどのようなものなのか―――

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 二日後。週刊少女趣味の最新号が発売された。

 メンバーの中で、唯一の愛読者である朱雀王子茜が購入し、中を確認したところ、そこにはドラと昇流による合作漫画が掲載されていた。その名もずばり―――

「『化石家族』―――ですか」

「主人公は、就職活動を控えた大学3年生の男の子、22歳。家族構成は両親と5歳年上の姉、それから7つ下の中学3年生の弟(ダウン症)・・・」

「ストーリーは何気なく日常を過ごし、自分の進路もあやふやな男の子の視点を中心に、失われつつある家族の肖像を現存させる家庭内の雰囲気を描写しながら、葛藤や心情描写を第一に、男の子の成長ぶりを描く・・・か。へぇ~~~なかなか面白そうだな」

「それよりも、これは最早少女漫画って言うより社会派漫画ではないかのう?」

 ストーリー自体は、かねてよりドラが自作小説として作っていたものを再構築したものであり、それを漫画というビジュアルで表現をしたのが昇流。二人の一度限りの合作が載せられた週刊少女趣味の最新号は、バカ売れした。

 そして、読者アンケートではぶっちぎりの第一位を獲得するという快挙を見せつけた。

「ところで、寧々のスランプはどうなったわけ?」

 誰もが一番気になる事をドラが言ってくれたが、最早そのような些末な事を気にする者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

その2: 北のハードボイルド男

 

 これは、平時は常に怠惰で自堕落な生活を送る男の、知られざるハードボイルドな日常を物語った・・・―――真実の記録である。

 

 

TBT本部 第四分隊 射撃演習場

 

 パン、パン―――という音がひっきりなしに飛び交う。

 TBTはいわば時間の秩序を守るための治安組織。当然、すべての職員は銃の携帯が認められてお、彼らは所属する部隊によって回数制限はあるものの射撃訓練の義務が課せられている。

 そんな中、本日一分隊の捜査員に交じって射撃訓練に参加している男が一人。

「おお、流石は杯長官!」

「一寸の狂いもない見事な射撃だ!」

「俺、あの人のああいうところは尊敬してるんだよなー」

 ハードボイルな表情を浮かべながら、一般的な警察官が持つ38口径のニューナンブを操るのは、TBT随一の射撃技術を有する男―――TBT本部長官・杯昇流(22)。

 他の職員が惚れ惚れとした様子で、昇流の射撃の姿勢を見守る。

 普段の彼からは想像もつかないような光景が広がる中、昇流は黙々と遥か前方にそびえる的の真ん中だけに全神経を集中させ、すべての弾丸をその部分だけを貫通させる。

「すげー!あれが伝説のワンホール・ショットって奴だぜ!」

「何食わぬ顔でやれるんだからな~長官は!」

「ドラさんもここだけは、貶し様がないらしいぜ」

 ワンホール・ショットは、一つの弾痕のみに的を集中させるという超高等射撃技術のことであり、これを成し遂げられる者は紛れも無く超一流の射撃手だけだ。

 だがここに、そんな神業を可能とする天才肌の男がいる。何度も名前を言わせてもらおう―――それこそが、杯昇流なのである。

『演習ナンバー9、クリアです。次、演習ナンバー10に移行します』

 続けて行われる演習課題。更に的が小さく絞られるという条件の下、ここで昇流は使っていたニューナンブから、更に銃口の小さい22口径の小銃を取り出した。

 22口径はSPなどが使う殺傷能力が低く一般には婦人の護身用に用いられる。当然、こんな小さな銃では威嚇射撃が精一杯である。

『演習ナンバー10、始めてください』

 昇流以外にも、この演習プログラムを実行する者が何人かいるが、多くは38口径とは勝手も違う小銃の扱いに苦慮し、思った的へ弾丸を当てることが出来ない。

 そんな中、昇流はやはり何食わぬ顔で的に銃口を向け、次の瞬間。

 パン・・・。パン・・・。

 親指を引き金にかけ―――前方の的の中心を見事に射抜く。

「「「おお!」」」

 弾道は蛇行を描くことなく、極めて正確なものだった。

 職員の注目を一心に集める昇流の神業的射撃技術。ここでもやはり、例の如くワンホール・ショットを決めてみせた昇流は、何事も無かったかのように本日の演習を終えた。

「じゃ、俺さきに行くから」

「「「「お疲れ様です!」」」」

 演習場を後にする昇流に全捜査員が敬礼。普段でこそ体たらくな姿をさらしものにしている昇流も、この時ばかりはハードボイルドな男に見えた。

「カッコいいよな・・・長官って」

「これでドラさんに追いかけられていなきゃ、100点満点なんだけどな~!」

 最早このTBTの風物詩となっていたドラと昇流の追いかけっこは、皆がその目に焼き付けている。そのため、昇流のそうした醜態さえ除けば、捜査員もそれなりに杯昇流を尊敬の眼差しで見るに違いない。

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「気に入らないな」

 後になって、ドラが不満たらたらの様子で愚痴をこぼしていた。

「全く以て気に入らないな」

「何がですか兄貴?」

「長官がハードボイルドに銃を撃つ姿がカッコイイだって・・・それが気に入らないんだよ。あの人がカッコいいはずがないのに!」

「おい、そこの化け猫!なんで俺がカッコいいのがそんなにダメなんだよ!」

 間違い書類の訂正作業に追われていた昇流がドラの言葉に癇癪を起こす。嘆息ついた後、ドラは昇流を嘲笑うかのような眼差しを向ける。

「だって考えてみてくださいよ。確かに長官って、銃ってことが保障されていればどんな銃も軽々と使いこなすような天才肌ですけどね・・・・・・いくらなんでもハードボイルドはないっしょ!親のすねかじりの甘えん坊っていうなら、まだ笑っていられますけど」

「大きなお世話だ!ふん・・・ハードボイルドとは無縁のネコ型ロボットに言われたくねぇよ」

「何言ってんすか長官。兄貴はどっからどう見てもハードボイルドじゃないっすか!」

「幼児に愛されるような容姿でありながら、やることなすこと全てがえげつないこいつの、どこがハードボイルドなんだ!」

 幸吉郎がドラを擁護する立場をとると、昇流はこれを真っ向から否定した。言われてみれば、昇流が言うようにドラはハードボイルドとは無縁の存在かもしれない。どちらかと言えば“頑固おやじ”のイメージがあるのは作者だけかもしれない。

 

 仕事終わり、昇流はぶつぶつとドラの愚痴をこぼしながら市内を歩いていた。

「まったく・・・・・・人をゴミムシ以下だと思いやがって・・・!俺がそんなにハードボイルドであることがダメなのか・・・!俺だってな、人並みにカッコいい男になりたいんだよ!そしたらカワイ子ちゃんが寄ってたかって俺を・・・///うふふ♡」

 鼻の下を伸ばしている様では、ハードボイルドとは縁遠いように思えるかもしれない。

 と、そんな油断を見せた一瞬の出来事だった。

「は、は、は、は、は!」

 昇流の背後から息を上げながら走ってくる者の気配を感じた。

 引き締まった顔でゆっくりと振り返る昇流に、仕込み刀を携帯していたチンピラが、突然昇流へと斬り掛かってきた。

「死ね―――!杯昇流―――!」

 怨恨か。逆恨みか。真面な動機ではない事は明瞭。

 斬り掛かってくる男の動きを正確に捕え、昇流は男の腹部目掛けて回し蹴りを叩きこむ。

「てやっ!」

「うっが・・・///」

 一撃のもとにチンピラを昇天させた昇流は、周りの動揺を気にした様子で大きな溜息をもらす。

「たっく・・・どいつもこいつも人を見下しやがって・・・つーかこいつ、俺になんか恨みでもあったのか?」

 後になって警察とTBTが取り調べたところ、昇流を狙ったチンピラは、かつて昇流がたった一人で壊滅させた元・暴力団グループの残党であった。慕っていたボスや仲間を昇流によって倒されたことを恨んでいた男は、彼の殺害を企てたという。

 この記述や、先の行動からも分かるように、昇流は平均的な人間の潜在能力とかけ離れた力を宿している。生命が危機的状況に陥ったとき、またはその状態に近い事が起きた場合に彼の中のリミッターが解除され、杯昇流は幸吉郎たちと肩を並べる戦闘力と抜群の判断能力を手に入れるのだ。

 

 

時間軸1997年 午前2時30分

東京湾 埠頭

 

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)が結成される半年ほど前―――5537年の1月半ば、過激派時間テロリスト集団によって昇流の母・杯真夜が誘拐されるという事件が起こった。テロリストは埠頭に停泊させた巨大コンテナ船をアジトにして、TBTそのものを相手に報復テロを仕掛けた。 

 昇流は、たったひとりの母親を救い出すために、単身テロリストたちの船へと乗り込んだ。

「ふはははは!飛んで日にいる夏の虫だな、杯昇流!お前はもう袋の鼠だ!」

「今日の俺は気が立っているんだ。急所を外すなんて芸当はできないつもりだからそのつもりでいろ」

 血走った彼の瞳に映る金髪の巨漢やその部下たちが、いずれも彼の目には腐った果実のように見えていた。

 碇が引き揚げられ、汽笛が鳴らされたコンテナ船は埠頭を離れ沖に出始めていた。文字通り、昇流の退路は断たれ一歩も引けない状況となった。

「もう戻ることはできないぜ長官さんよ。ここがお前の墓場となるんだ」

「残念ながら、お前たちはたった一つミスを犯した。それは―――”この俺を本気にさせてしまった”ということだ」

 本物のハードボイルド男となった杯昇流を、高所から見下ろす大男・サボーは品のない顔で昇流を嘲笑う。

「ぶはははははははははは!!!その方がこちらも遣り甲斐があるというものだ!お袋さんを助けたくば、俺を追いかけてくるんだな。ただし、これたらの話だがな―――」

 昇流の周りには、サボーの部下が全員機関銃を構えている。その数、ざっと100人あまり。一人で相手取るには厳しすぎる条件だ。

「止めを差すんじゃないぜ。そいつの心臓を撃ち抜くのは俺の仕事だ」

 サボーはショットガン片手に、コンテナ船の中へと消えていった。

 ダダダダダダ!ダダダダダ!ダダダダダ!

 彼がいなくなった直後、銃の衝撃と消炎の香りが漂う、激しい銃撃戦が始まった。

 ダダダダダダ!ダダダダダ!ダダダダダ!

 拳銃や小銃、様々な種類の銃から飛び出す弾丸の嵐が、一斉に昇流へと襲い掛かる。

 ダダダダダダ!ダダダダダ!ダダダダダ!

 銃弾の雨を避けつつ、昇流はアクロバティックな動きで懐にしまっていた愛銃コルト・パイソン357こと、バッターを引き抜き―――壁に隠れるとともに、銃の引き金を引いた。

 ドーン!ドーン!ドーン!

「ぐあああ!」

「がっは!」

 一切の躊躇なく、テロリストたちの急所を射抜く。

 今の昇流にとって、最愛の母を救うためならば敵を斃すことは勿論、自分の命すら惜しまないという覚悟が窺える。

 ドーン!ドーン!ドーン!

 物陰に隠れながら、貨物船にぶら下がっていたボートの鎖を撃ち抜く。そして鎖が千切れた瞬間、ボートは重力に従って勢いよく落下する。

「「「わああああ!」」」

 慌ててテロリストたちが離散する。その隙に、昇流は更に銃を撃ち続けた。

「ぐおお!」

「がああ!」

 極限の修羅場に置いて発揮される、昇流の眠りし驚異的な潜在能力。

 銃弾を使い果たした昇流は、移動しながら替え弾を装填。その後も敵を殲滅しながら、母の待つ船内を目指して走り続ける。

 ドーン!ドーン!

「ぐおおお!」

 時には脳天を撃ち抜くこともあったが、殺人から来る罪の意識を気にしているほど、今の昇流の理性は正常ではない。ハードボイルドな表情を浮かべていても、内心焦りを募らせているのだ。

「あそこだ!」

「撃ち続けろー!」

 数に物を言わせて飛んでくる銃の嵐。正確なショットを好む昇流にとって、このような連中はガンマンの風上に置けない存在だった。

「ち・・・うるさい蚊トンボどもめ!」

 まるでイタチごっこの状態が続いた。いい加減、この場を振り切りたいところだ。

 そう思っていた時だった。不意に、背後から足音が聞こえてきた。

「!」

 反射的に後ろへと振り返り、銃口を突き付けた次の瞬間―――バズーカ砲を抱えた一体のロボットが、大火力砲弾を発射した。

 

 ドガ―――ン!

 

 船内が激しく振動する。

 消炎が晴れると、昇流の前に姿を現したのは、昇流とは切っても切れない関係にあるTBT特殊先行部隊所属のネコ型ロボット―――サムライ・ドラ。

「ドラ・・・・・・!」

「のんびりやってるじゃないですか」

「余計な手出しは無用だ」

「自惚れないで下さい。奴らが先に狙ったのは、このオイラなんですからね。邪魔をするなら、たとえ長官でも許さないですよ」

 言うと、ドラは無表情にバズーカ砲を構え、その引き金に手を伸ばす。

 ドガ―――ン!

 さらに、もう片方の手に持っていたマシンガンを操り、徹底的に敵を殲滅する。

「オイラはしばらくここで釘付けですね」

 ドラが言葉の後に目を合わせてると、昇流は柔らかい笑みを浮かべドラの厚意に対し心から感謝した。

「早くいきなさい。マザコン」

「ふん・・・」

 あとの始末をドラに任せ、昇流は階段を上り、敵の待つ船内を目指した。

 フックを伝って、移動する昇流に気を取られるテロリストたち。そんな敵を一手に引き受けるドラの凶弾が次々と飛び交った。

 ドアを蹴破り、昇流は全速力で暗く足場の悪い船内を走って行った。

 ドカーン!ドカーン!

「は!」

 中で待ちかまえていたサボーのショットガンが飛んでくる。華麗なアクロバティックを見せつけながら、銃弾を回避する。

 やがて銃声が収まると、柱の陰に隠れている昇流にサボーは高笑いを浮かべながら「ふはははは!!!どうしたどうした!?その程度か、貴様の力は!」と、話しかける。

 挑発に乗る訳にはいかないが、この場を動かない訳にもいかない。

 ジレンマに陥りそうになる昇流は、意を決して全歩へ飛び出した。

「下か!」

 サボーは昇流が長い階段を伝って下へと逃れていることが、音で分かった。着地できる場所を見つけると、昇流は身を乗り出しその場から飛び降りる。

 不気味なほどに物静かな現状が彼の緊張を高める。物陰に隠れながら、サボーの攻撃に備える。

 

 カランコロン・・・・・・

 

 と、その時―――階段の方から音が聞こえてきた。急いで昇流が近づいて行くと、カランコロンと言う物音を立てて転がって来たのは、サボーが仕掛けたと思われる手榴弾。

「手榴弾だと!?」

 こんなものの一撃を間近で喰らえば、ひとたまりもないだろう。

 手榴弾から離れる昇流と、爆発の時を刻みながら転がる物体。床に触れた瞬間―――手榴弾からピンク色の煙が飛び出し、爆発する。

「だああ!」

 床に体を這いつくばせる昇流は、怪訝そうに爆発の様子を一瞥する。

「違うのか?」

 そう思った直後―――昇流の体に光を帯びた粉末が多量に振りかかる。

「!これは―――」

 振りかかった粉は瞬く間に彼の全身にまとわりつき、強い光を発した。

「蛍光塗料!」

「そこだっ!」

 蛍光塗料が振りかかった昇流の体は、暗闇の中で非常に目立つ。それを目印として狙いを定めたサボーのショットガンが容赦なく襲い掛かってきた。

「だあ!」

 辛うじてショットガンの一撃を躱した昇流も直ぐに反撃に出ようとする。だが体が光るため、何処に隠れても直ぐに敵に居所が知れてしまい、なかなか攻撃に転ずることが出来ない。

 防戦一方の状態と化す。次第に逃げ場を無くし始める昇流を、サボーは余裕綽々の笑みを浮かべながら話しかける。

「ははははは!観念せい、杯昇流!どこへ隠れようと無駄な事だ。出て来い!」

 仮に攻撃を仕掛けられてとしても、暗闇の中では大いに目立つこの状態では、昇流の位置は直ぐに特定され、銃弾が放たれた直後に皮一枚で躱される。

「ふん!動きが丸見えだぜ」

 サボーはショットガンを構えると、反射角度を計算して隠れている昇流を追い詰める。

 ドーン!ドガーン!

「うわあ!」

 ドーン!ドガーン!

「くっ・・・!」

 壁を伝って跳ね返ってくる銃弾に悪戦苦闘の連続。この状態を回避するにはどうすれば良いのか―――

「!?」

 と、そのとき―――昇流の瞳に映る給水用タンク。昇流の頭に妙案が浮かんだ。

 一方、勝利を確信していたサボーは空になったショットガンの弾丸を再装填。次の一撃で確実に彼の息の根を仕留めるつもりで前に出る。

「・・・ふん」

 瞳の先には、淡く光る蛍光塗料が見える。即ち、昇流がそこに隠れているという証拠であり、サボーはショットガンを構える。

「おお・・・とうとう諦めたか。ならば!―――死ねっ!」

 ドーン!!!

 止めの一撃が放たれる。

 着弾の瞬間、サボーが撃ち抜いたものの正体が露わになる。

「ああ!」

 撃ち抜いたものの正体に目を疑った。サボーの銃弾が射抜いたのは昇流が着ていたスーツジャケットだった。彼の姿はどこにもない。

「そ、そんな馬鹿な!?どこへ消えたというんだ?」

 その直後―――水の中に隠れていた昇流が勢いよく飛び出した。

 蛍光塗料を水で洗い流した後、背後を見せるというプロの殺し屋としてあるまじき行為を晒しているサボーに向けて銃口を構える。

「く・・・くそ―――!」

 サボーが振り返った直後―――昇流の指がトリガーにかかる。

 

 ド―――ン!

 

 昇流の撃った弾は、サボーの脳天を撃ち抜く。

 一撃必殺の攻撃を喰らった直後、サボーは持っていたショットガンを力なく床に落とし、

「バカな・・・・・俺が・・・やられる・・・なん・・・て・・・」

 その言葉を最後に呆気ない最期を迎え、文字通り動かぬ屍(しかばね)と化した。

 消炎の焦げた臭いが漂う中、昇流は更に船の奥へと進み続ける。

「来たぞ!」

「迎え撃て!」

 船内で彼を待ち受けているのは、サボーだけではない。要請を受けた彼の部下たちも次から次へと昇流の息の根を仕留めようとする。

「つらあ!でええい!」

 高い潜在能力から発揮される昇流の戦闘力は、計測不可能。どこで覚えたのかも知らない高度な格闘スキルと天性の射撃技術を用いて数で圧倒する敵を倒していくその姿は、一騎当千の戦士そのもの。

「ぐあああ!」

 最後の敵を倒して、やっと辿り着いた最深部。

 固唾を飲むと、昇流はおもむろに開かれる扉の奥へと歩を進める。

 扉が閉まり、強い光が一斉に点灯。昇流の前に一人の人影が見えてきた。

「君がここまで来たということは、サボーたちはやられたという事だな?」

 口元にちょび髭を蓄える紳士然としたその男は、黙って口を閉ざす昇流の表情から、彼の言いたいことを感じ取る。

「―――そうか。まさかとは思っていたが」

「ところで、お袋がどこにいるのか教えてもらえるかな?」

「いいとも」

 素直に応じた男は、部屋の明かりを戻すように目配せをする。

 徐々に明かりが通常のものに戻り始めると、管制室の向こう側に、拉致された昇流の母・真夜の姿が見えてくる。

「昇流!お願い逃げて!私のことはほっといて逃げて!」

 息子の身を何よりも案じる真夜だが、その彼女の蟀谷に銃口が付きつけられる。

 この船の持ち主であり、時間テロリスト集団のボスの側近を務める眼帯の男・ターキーが口を開く。

「エルマ。勝手は許さんぞ!こいつを人質に杯昇流を殺れ!」

 これを聞くと、エルマと呼ばれた男の表情がどこか険しさを増す。その後、おもむろに口を開く。

「俺が本部から受けた指令は、杯昇流とサムライ・ドラの抹殺だ。方法について指示は受けん!たとえ幹部のあんたでも、下手に手を出すようなら許さん!」

「く・・・・・・勝手にしろ!」

 飼い犬に手を噛まれたような気分を味わうターキーとは裏腹に、エルマは上着を脱ぎ捨てると、不敵な笑みを浮かべる。

「杯昇流。私はいま猛烈に感動しているのだよ。君と対決できることにね」

 右腰にぶら下げているホルスターに手を伸ばす。エルマのホルスターに納まっている銃の種類を見た瞬間、昇流は目を見開いた。

「オートマンガンか?早撃ちには適さないぜ!」

「ふん。私と対戦した相手は皆そう言ったよ。だが、私は生きている」

 言うと、1セントコインを一枚取り出し昇流に見せつける。

「このコインが床に落ちた時が勝負だ」

 合図代わりとなるコインを空中へと放り投げた。

 コインは空中で回転しながら重力に従って落下する。昇流とエルマは互に勝負の時を待って、全神経を指先に集中させる。

 捕まった真夜とターキーも固唾を飲んで見守る中、エルマの投げたコインが床に落下した。

 次の瞬間、昇流がホルスターに手を掛けるや否や、鮮やかな手さばきでエルマがオートマンガンを引き抜き銃口を向けた。

 ドーン!

 オートマンガンより放たれる銃弾は、昇流の心臓を狙って飛んで行く。

「昇流!!!」

 真夜は張り裂けるような声を上げた。

 昇流は飛んでくるオートマンガンの銃弾目掛けて、自分の弾を発射した。

 ドン!

 二つの弾は互に威力を相殺し合い、そして微量な飛礫となって粉砕された。

「ば、バカな!?くそー!」

 信じられない現象を目の当たりにしたエルマが、第二発を発射しようとする。だが、昇流がそれよりも先に弾丸を放った。

 ドン!

「ぐおおおおお!!!!」

 昇流の銃弾がエルマの脇腹を射抜いた。皮一枚のところで命を繋いだ昇流の額には、多量の汗が浮かび上がっていた。

「は!昇流!!!///」

「ふん、バカめ」

 息子が生き残っているということをその目で確かめた真夜の目に、薄ら涙が浮かぶ一方で、ターキーは斃されたエルマを露骨に蔑んだ。

 戦いに決着がつき、昇流が虫の息に近い状態のエルマの元へと駆け寄る。瀕死の状態で、エルマは昇流の実力を改めて高く評価した。

「流石だ杯昇流・・・俺の負けだ・・・」

「いや。勝負は引き分けさ。ただ、ちょっとツキが俺に味方しただけさ」

 その言葉を聞きとり、エルマは満足した様子で間もなく息を引き取った。

「おのれ杯昇流!だがこれで終わると思うなよ!」

 自棄になったターキーは、真夜を置き去りにして、一人だけ助かろうとヘリポートへと続く扉を潜っていった。

 昇流は、母を救出するため、エルマが使っていたオートマンガンを拾い上げる。それを、防弾ガラスの向こう側に居る真夜に向ける。

「オートマンガン・・・こいつなら、何とかなるかもしれない」

 ドン!ドン!ドン!

 一点のみに集中し、弾丸を撃ち続ける。

 ドン!ドン!ドン!

 防弾ガラスに次第に圧力が加わり、やがて亀裂を生む。

 ドーン!ドーン!

 亀裂を生じた弾痕に向けて、昇流の高等射撃技術ワンホール・ショットが炸裂。放たれた二発の弾丸が真夜を束縛していた両腕の帯を破壊する。

「お袋!エレベーターを使って上に上がれ!」

「昇流は!?あんたはどうするつもりよ!?」

「俺にはやることが残ってる。そいつを片付けないと、ここから帰れない!」

 言うと、昇流は管制室を飛び出し、船頭へと続く道を伝って走り出す。

「昇流っ!」

 真夜の救出が無事に成し遂げられた直後。脱出用のヘリコプターに乗り込んだターキーは船から飛び立つと、死体の山が転がる中仁王立ちをしているドラ目掛けて銃を乱射する。

 ダダダダダダダダ!!!

 ドラは刀で弾丸を弾き飛ばすと、所持していたバズーカ砲の口をヘリコプターへと向ける。

「手を出すなドラっ!」

 そのとき―――船の中から出て来た昇流が大声で呼びかける。ドラが振り返ると、昇流がこれまでに見たことのない形相を浮かべていた。

「奴は俺の獲物だっ!」

 これを聞き、ドラは溜息をつき、バズーカ砲を下ろした。

「はいはい・・・やるならやっちゃってくださいよ」

 昇流はヘリコプターを見上げながら、前に出る。そして、銃口をゆっくりとヘリコプターへと突き付ける。

「はははは!バカめ!この力の差がわからぬか!死ね、杯昇流!日本海の藻屑と消えろ!!」

 ダダダダダダダダ!!!

 容赦ない弾丸の嵐が飛び交う。

 昇流の体をかすめる圧倒的な火力。全身から出血が見受けられる中、昇流は表情ひとつ崩すことはなく、狙いを定める。

 ―――ドン。

 そして、一発の弾丸が撃ち込まれる。

 ヘリコプターの内燃機関へと直撃。その瞬間、ヘリコプターから凄まじい量の電気が漏れ、火の手が上がる。

「うわあああ!!どうなってる・・・!あああああああああ!!!」

 閃光が目映かった。ヘリコプターは大爆発。文字通り藻屑となって日本海へと沈んでいった。

「・・・・・・・・・」

 全ての戦いに終止符が打たれる。何も語らず、じっと昇流は夜の空を見上げていた。

 

 

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)からおよそ一年後。このときの記録をTBTでビデオムービーにしてもらい、ノンフィクション映画として幸吉郎たちに見せたところ―――

「ないない!長官がこんなカッコいいなんて!」

「ひでー話だな。これじゃまるでマンガじゃねぇか」

「いくら銃の腕が並はずれているからと言っても・・・これはやり過ぎじゃな」

「とんでもねぇ捏造だったぜ!」

「私たちが過去の世界の人間だからと言って、さすがに馬鹿にしすぎていませんか?」

「お前ら!これはマジな話なんだって!ドラだって出てたじゃねぇかよ!裏付けがちゃんとされてるんだ、信じてくれよ~~~~~~///」

 普段があまりに自堕落であるゆえに、ドラ以外は誰も信じようとはしなかった。

 当事者であるドラは、昇流がいつになくシリアスな雰囲気を醸し出す画を見返し、鼻で笑った。

「まぁ結局のところ―――長官はやっぱり三枚目でしょ!」

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

その3:昇流のプライベートDVD

 

西暦5539年 3月

小樽市 杯邸

 

 杯昇流は非番の今日、住吉中学校時代の同級生・富永巽(とみながつばさ)を自宅へと招き入れた。

「まぁ上がれよ」

 部屋に通された富永が扉を潜ると、中はゴミや服が無造作に散乱した昇流のだらしない生活態度が手に取るようにわかる光景が広がっていた。

「部屋きったねーな!」

「そうか?」

「掃除ぐらいしろよ。家が広くてもこれじゃゴミ屋敷だぞ」

「そのうち掃除するんだよ」

「今しろよ!あ~あ・・・何だよこのガチガチのティッシュの山は?」

 性欲の強い昇流の考えそうなことなど富永には容易に想像がつく。ガチガチに固まったティッシュの山がゴミ箱から溢れ出ている様子や、ゲームから雑誌、着替えまでもが乱雑に散らばった部屋の中をまたぎ、ソファーへと座る。

「そうだ。俺さ、この前彼女と一緒に沖縄に旅行行って来たんだよ」

「あれ?お前いつ彼女なんか出来たんだよ?」

「ついこの前な」

「なぁなぁどんな子?誰なんだよ、オレの知ってる子か?!」

「ひひひ。住吉中学校時代の栄井優奈!」

「マジで!?うそ、あの子!!うわぁーオレチョー好きだった子じゃん!東京引っ越したのマジショックだったけど、お前の彼女になってたの!?」

「ああ」

「うわー、マジショックだ。つーかありえねー」

「悪かったな!」

 昇流が栄井優奈と正式に付き合い始めてまだ日は浅い。当然、昇流と仲のいい友人も彼が超絶美女である優奈と付き合っているとは夢にも思わず、激しい嫉妬心と悔しさを覚える。

「んでさ、そのとき撮ったDVDがあるんだけど・・・見ない?」

「何だよあからさまに自慢かよ、腹立つー!」

「どうせ暇だろ」

「いや暇だけどさ・・・・・・」

「んじゃ見ようぜ!」

「それお前が見たいだけだろ。まぁ暇だからいいけどさ」

「よし、見よ見よ!」

 昇流は優奈と一緒に沖縄旅行に行ってきたときの記録が詳細に記録されたDVDをカバーケースから取出し、レコーダーへとセットする。

「DVDをセットしまして・・・・・・よし。再生っと!」

 リモコンを押した瞬間、巨大なテレビ画面に昇流のビデオで撮影された沖縄の映像と彼女である優奈の姿が映り始めた。

『もう回ってるか?』

『うん、回ってるよ』

「あれ俺の彼女な」

「うわー優奈ちゃんキレイになったなー。オッパイでけーな、何カップあるんだ!?」

「本人に聞いたらEだってよ」

「マジで!すっげーな!!」

 類は友を呼ぶ。かくいう富永も昇流と負けず劣らずのエロ男爵で、ビデオの中の優奈の胸元ばかりを真剣に見つめている。

『はい、という事で那覇空港につきましたー!今から美(ちゅ)ら海水族館に行って、その後はホテルに行きたいと思いまーす!駱太郎、隠弩羅、羨ましいだろう!!』

『ふふ。昇流君、あんまりイジワル言っちゃだめだよ♪』

「へぇ、いいな。美ら海水族館行ったんだ!」

「ああ。すっげーキレイだったんだぜ」

『何だかんだでホテルに着きましたー』

「いや美ら海は!?美ら海大事でしょ!?」

 水族館の映像を期待して再び画面に目を戻せば、肝心の水族館の映像は思いっきりカットされ、ホテルのフロントの様子が映った事に富永は問い質す。

「いや~あんまり楽しすぎてさ、撮るの忘れちまった!ハハハハハ!」

「そこ一番大事なのにさ・・・」

「ひひ。こっからがおもしろいんだよ」

 そう言って昇流の言うように映像の続きを見ていると、部屋で寛ぐシーンへと切り替わる。

『おい見ろよ優奈。部屋の窓からさっき行って来た国際通りが見えるぜ』

『本当?・・・あ、そのままこっち見て』

『ん?』

『昇流く~ん♪』

 富永は僅かに鼻の下を伸ばし、目を見開く。優奈が窓際の昇流へと駆け寄り豊満な胸をあからさまに押し付け抱き着いてきた。

『お、おい・・・何だよ急に』

『スマートでカッコいい顔して』

『顔だけか?』

『ふふ、全部♪』

『ほら。少し落ち着けよ』

『ぶ~・・・昇流君彼女に冷たくするのダメ!そんな悪い子には、チューをしちゃいます♡』

『え・・・・・・ったく、しゃあねぇな』

『昇流君、なんでビデオ撮ってるの?』

『いいじゃんか、記念にだよ』

『え~・・・・・・・・・・・・うん、いいよ♪』

 二人は見つめ合い、キスを始めた。昇流の隣でビデオ鑑賞を続ける富永は眼鏡の位置を治しながら照れ笑いをしている。しかも、むっつりスケベである彼の鼻孔からは鼻血が漏れ、股間も僅かにだか盛り上がっているように見えた。

 チュチュといういやらしい音が部屋の中で鳴り響く。そうして、情緒的なキスを繰り返した末―――優奈は気恥ずかしそうに上着を脱ぎ、昇流の事を色っぽい表情で見つめ、

『・・・・・・・・・ベッド、いこっか♡』

 瞬間、富永は堪らずリモコンを手に取り映像を強制的にシャットアウト。

「もういいもう無理もう無理もう無理!!もう見れないわこれ・・・・・・///」

「え、何だ見ないのか?」

「バカか!お前オレにこんなもの見せる気か?!」

「そうだよ。お前エッチなビデオ好きじゃねぇか」

「いや好きだけど、でもこれ違うじゃんか!こういうのさ撮るの勝手だけどさ、人に見せるものじゃないだろ!?勝手に見せられてる優奈ちゃんがかわいそうだよ!」

「そっか・・・」

「お前さ、TBTの長官なんだろ。もっとマジメになれって!」

「そうだな・・・ごめん」

「まず部屋汚いの何とかしろよ!」

「じゃあ、俺ゴミ捨てて来るわ」

 富永から正論をぶつけられた昇流は、散在する部屋の中に散らばったゴミを袋にかき集め、両手いっぱいに持つと部屋から出て行った。

 彼が部屋から出て行ったのを確認すると、富永は口角をつり上げ、すぐさま先ほどのDVDの続きを視聴しよとリモコンに手を伸ばす。

「何て興奮するヤツ撮ってきたんだよあいつはよ!!!再生っと!!」

 映像が再生され、優奈の誘いの言葉から始まった。

『ベッド、いこっか♡』

『・・・・・・・・・ああ』

 かなり興奮しているのか、富永は食い入るように画面を見つめ、止めどなく鼻血を出し―――終始にやけた顔を作っている。

『あ、ちょっと押し倒さないで///』

『オオカミだぞ~~~!ガオ~~~~!』

『うふふふ、もう昇流君ったら~♡』

 二人はおもむろに顔を近づけ、熱烈なキスを始めようとした―――次の瞬間。

 ガシャンという音が鳴ると共に部屋の扉が開かれ、富永はすぐさま映像を消し、咄嗟にソファーの上に寝転がった。

「あれ?お前寝てた?」

「あ、ああ・・・///」

 昇流は両手にゴミ袋を抱えたまま部屋に戻って来ると、ソファーでタヌキ寝入りする富永を怪訝そうに見つめる。

「うっかりしてたぜ。今日資源ごみの日だった!」

「ああそう」

「もう一回行ってくるわ!」

 資源ごみを持って部屋を出て行く昇流にいってらっしゃーいと声をかけ、彼が完全に部屋から出て行ったのを見計らうと、ソファーから起き上がる。

「あっぶねー!急いで見ちゃおう!」

 リモコンの再生ボタンを押し、テレビ画面の向こう側にいる二人の情事に食い入る。

『え~、服脱ぐの?』

「いいぞ!!」

『脱がなきゃ始まんねぇだろ』

「いけいけ!!」

『じゃあ、ビデオ撮らないで///』

「いいから脱げほら!!」

『え~、だってもうこれくらいでいいんじゃない?』

「脱げ脱げ!!ビッグボインを俺に見せてくれ!!」

『そうだな。ま、これくらい撮れば充分だな』

『はい、という訳で・・・・・・同じクラスだった富永くーん、騙してごめんね。あ、というより見てるのかな?』

『あいつは絶対見る。最初は正義ぶって見ないけど、俺が部屋から出たら絶対見るから。そうだよな、富永?』

「何この展開・・・・・・」

 情事を期待していた富永だが、映像の中で昇流と優奈は今この瞬間にこのビデオをリアルタイムで見ている富永に話しかける。しかも、昇流の言った事はことごとく今の富永の行動に現れており、全てを見透かされていた富永は怖くなってきた。

『それでさ富永、今日はお前に大事な話があるっていう人がいるからこう言うビデオ撮ったんだ』

『それでは、お願いします』

 すると、昇流と優奈の陰に隠れていた意外な人物が現れカメラの向こうの富永に話しかけて来た。

『巽!元気してるかい?』

「母ちゃん!?何で昇流たちと一緒に沖縄行ってんだよ!?」

 富永の母が何故が昇流と優奈の旅行に同行していた。全く予想外の展開に思考が追いついていない富永本人に、ビデオの中の母は切実に語りかける。

『あんた、エッチなビデオが好きなんだって?そんなものばっかり見てないで早く彼女作りなさい。まったくあんたって子は・・・・・・』

「え・・・・・・何だよこれ///」

 想像を絶する辱めだった。すべては昇流によって仕組まれたものだと気付いた時には、何もかもが遅かった。

「ただいまー」

 ここで、ゴミ捨てを終えた昇流が部屋に戻ってきた。部屋に戻ってきたとき、富永は頭を両手で抱え肩を落としていた。

「へっ。その感じ見たな!」

「うん、見た///」

「面白かっただろう?」

「面白かった///」

「そうだろ!!ハハハハハハハ!!!」

 

 

 

 

 

 

おわり




次回予告

ド「さて、ギャグコメディー編の最後はオイラたち鋼鉄の絆(アイアンハーツ)をひとつの単位にした短編集をお送りします!!」
幸「できるだけ分かりやすい話題でやりたいところだが、誰かこの物語を読んで楽しんでいる人はいるのでしょうか?」
駱「最悪作者の自己満足で終わっちまうのも仕方ねぇよ。つーわけで次回、『鋼鉄の絆(アイアンハーツ)之巻』!楽しみに待っててくれよな!!」

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