サムライ・ドラ   作:重要大事

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写「おーしお前ら、待たせたな!今日は俺、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の五席・八百万写ノ神の出番だぜ!あ、初めてこれを読む人のためにもう一度言っとくけど、この名前は本名じゃない。本名は千葉神太郎って言います」
「基本的に俺の話には大抵茜が関わってくる。そりゃそうだ夫婦だからな・・・今日は俺たちの夫婦仲の良さも分かる話とか任務の失敗談とかを交えた三部構成で行こうと思う。それじゃ、始めようか!」



八百万写ノ神之巻

その1:寒い日には湯豆腐だろ!

 

西暦5538年 11月半ば

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 午後6時。終業時間を迎え、写ノ神と駱太郎は大きく伸びをする。

「あ~~~今日もつかれた~~~」

「こんな日は、熱燗で一杯やりてーよな」

「そうだな。でもって――――――湯豆腐とかがあれば、最高だな!」

「湯豆腐?」

 目をきりっと光らせ湯豆腐と口にする写ノ神に、駱太郎は訝しんだ表情を浮かべる。

「俺んちの晩飯、湯豆腐なんだぜ!茜が家でつくって待ってるんだ!」

「へぇ~いいなっ」

 湯豆腐に羨む駱太郎に「だろう?」とつぶやく。

「こんな寒い夜は、炬燵に入って湯豆腐を・・・熱っ!熱っ!ってさ。でもって、それを肴に熱燗で一杯やろうとするとさ・・・」

 写ノ神は有給休暇のため自宅で帰りを待っているであろう茜のことを思いながら、前々から食べたいと思っている湯豆腐のことで妄想する。

 

 

 妄想の中で、写ノ神は炬燵に入って湯豆腐を食べている。

 ノンアルコール酒をとっくりに入れたものをお猪口へ注ごうとすると―――

『ああ、私が』

 いつもよりも色っぽく、髪の結び方も変えて積極的に写ノ神に尽くそうとする茜が彼のお猪口にノンアルコール酒を注ぎ入れる。

『写ノ神君、おひとつどうぞ』

 茜のはだけた着物から伺える白い肌、さらには発育されたふくよかな胸が、彼の眼に自然と飛び込む。

 

 

「なーんて、妙にしおらしく注いでくれちゃったりしてよ♪」

「いや。アバズレに限ってそれは絶対にあり得ねぇな!完全にお前の虚妄だったぜ今の」

 若々しい妄想を膨らませる写ノ神に対し、駱太郎はきっぱりと否定した上に嘲笑。

「悪かったな!俺は妄想癖が強いんだよ///そうだったらいいな~って思っただけだ。じゃなー!」

 帰り支度を済ませ、写ノ神は茜と湯豆腐が待つ自宅へと直帰した。

 

 

小樽市 千葉神太郎(八百万写ノ神)宅

 

「ただいまー!」

 玄関をくぐると、写ノ神は真っ先に台所にいるはずの茜の元へと向かう。

「茜!湯豆腐は!!」

 と、尋ねた直後―――

「あれ?」

 いつもなら台所にいるはずの茜がいないことに気付く。龍樹もまだ帰ってきていない様子で、家には写ノ神ひとりだけ。

 変だな、と写ノ神が怪訝そうにしていると―――

「あら、おかえりなさい」

「お?」

 ちょうど、買い物を終えて帰宅した冬着を着込んだ茜が現れる。

「お勤めご苦労様です。今すぐお夕飯の用意をしますので」

「え~~~!今から作るのかよ!?」

「今日はいろいろと忙しかったんですよ。できるまで適当に何かおつまみになっていてください」

(たくっ・・・人が楽しみにして帰ってきたときにこれだ!)

 理想と現実のギャップは日常ではよく見られる。

 自分の我がままを押し付けることはよくないと考えている以上、茜の前では絶対に心中の言葉を出してはならない。誤って口を滑らせれば、どんな恐ろしい仕打ちが待っていることか・・・

(まぁいい。俺は熱々の湯豆腐と茜さえあればそれで―――)

 と、湯豆腐の完成を楽しみに茶の間へと歩き出そうとした次の瞬間―――

「あ~~~!」

 何の前触れもなく、茜が驚きに満ちた声を上げる。

「ど、どうかしたか!?」

 写ノ神が慌てて尋ねると、茜は買い物袋の中を見ながら衝撃的な言葉を口にする。

「お豆腐買い忘れてしまいました」

「え—―――――!!!」

「でも大丈夫ですよ♪昨夜のおかずが残っていますから」

「大丈夫じゃねぇよ!晩飯は湯豆腐のはずだろ!?俺は湯豆腐が食べたいの!」

「そうは言いましても、お豆腐がなければ作れませんよ?それに昨夜の残り物は早く食べませんと傷んでしまいますし・・・」

「じゃ、俺の幸せは・・・///湯豆腐で熱燗+しおらしい茜はどうなるんだよ!?」

「私はいつでもしおらしくしているじゃないですか」

 子どもの様に駄々をこねる写ノ神に、茜は大人の対応で「そこ、退いてください」とつぶやき、夕食の用意を始める。

「く~~~」

 ここにきて写ノ神の予定が大きく乱れる。

 捕らぬ狸の皮算用と言うように、実現してもいないことを当てにするのはあまり良いことではない、寧ろことわざではその事の愚かさを強調している。

 写ノ神にとって、今晩の湯豆腐は至高の楽しみだった。それが実現不可能となったことに対するショックは大きい。

 何とか茜を説得して湯豆腐を求めようとするも、その都度茜は「無理です」、「あきらめましょう」と言って彼をあしらう。

「苦戦しているようじゃな」

 そんな写ノ神を見かねて、たった今帰宅した龍樹が近づき声をかけてきた。

「ああ・・・龍樹さん。あなたも湯豆腐食いたいっすよね?茜にお願いしてくれませんか?」

「やれやれ・・・しょうがない奴じゃ。まぁ見ておるがいい。老人の言うことなら、たいていは聞いてくれるじゃろうて」

 老人が持つハンディキャップを利用してまで湯豆腐を求める写ノ神―――はっきり言って見苦しい。

 とはいえ、龍樹自身も寒い外から帰ってきたこともあり湯豆腐で体を温めたいという気持ちが全くないわけではなく、写ノ神の気持ちを酌んで茜を説得しようと試みる。

「茜。拙僧も湯豆腐が食べたい気分なのじゃがな」

「それでしたら明日作ってあげますよ」

 と、茜は何とも淡白な言葉を背中で語りかける。

 呆気にとられる写ノ神のもとに、龍樹は戻ってくる。

「そううまくはいかぬものだな」

「龍樹さんに期待した俺がバカでしたよ・・・・・・」

 どうしても湯豆腐が食べたい、何が何でも食べたい、そんな思いでいっぱいだった写ノ神は最後の望みを懸け茜に食らいつく。

「なぁたのむよ、つくってくれよ!このとおり!!」

 恥もプライドも捨てた最後の懇願。茜はふぅ、とため息を漏らすと、夫である写ノ神の願いを受け入れる。

「仕方ありませんね。おつくり致しますから、お急ぎでお豆腐買ってきてくださいね」

 茜から承諾の言葉が出た瞬間、満面の笑みを浮かべ写ノ神は答える。

「オーケ!オーケ!任せとけって!!」

 

 写ノ神は極寒の外へと飛び出し、豆腐の買い出しへと向かった。

 気温4度を下回る冬の北海道に住むこと1年半近くになる写ノ神だが、その寒さには体が素直に反応を示す。

 鼻水を何度もすすり、龍樹を後ろに乗せ写ノ神は自転車をこぐ。

「あ~寒い!やっぱりカイロも入れてくりゃよかった~・・・」

「風邪でも引いたら、写ノ神のせいじゃからな」

「あのっすね・・・誰が付いて来て下さいって頼んだんですか!?」

 龍樹を乗せているのは、写ノ神自身が彼を必要としたわけではなく、龍樹の方が勝手に付いてきただけに過ぎない。

「写ノ神ひとりじゃと何かと心配でな。良い豆腐とそうでない豆腐の見分け方も知らないだろう?」

「大丈夫ですよそれぐらい俺でもわかります。あんまり舐めないでくださいよ」

 ただでさえ、体重の重い老人を抱えて走るだけでも相当に体力を消費するのに、その上冬の寒さが身に染みるから、写ノ神は二重のストレスを味わう。

 自転車を走らせること数分。最寄りのスーパーが見えてきたかと思えば、写ノ神は店の前を通り過ぎる。

「おい。店を通り過ぎたぞ?」

「いいんすよ。別の店で買うんですから」

「別の店じゃと?」

「最近、この辺で見つけたとびっきり美味いって評判の豆腐屋ですたい!どうせ食うなら、美味しい湯豆腐のほうがいいじゃないですか!」

「まぁそうじゃな」

 念願の湯豆腐を食べるのならば、とことん美味な湯豆腐を食べたいという思いが胸の中で湧き上がる。

 写ノ神は肌に染みわたる寒さを必死にこらえながら自転車をこぎ続け、ついに目的の豆腐屋を発見する。

「あった!あの店ですよ、龍樹さん!」

「おお!!なかなか艶のあるいい子が揃ってそうじゃな!」

 え?、と呟いた写ノ神が横を見ると、キャバクラの前で二人の美女にナンパをしようとしている龍樹の姿に気づき、思わず怒りを覚える。

「このエロジジイが・・・鼻の下伸ばしてどこ見てるんですか!?そっちじゃなくてあっち!」

 急いで龍樹を連れ戻した写ノ神が豆腐屋の方に目を向けると、営業時間を終えた豆腐屋はシャッターを下ろそうとしていた。

「!や、やばぁ・・・!急ぎますよ、たつ・・・」

 と、龍樹に呼びかけた直後、後ろにいるはずの龍樹が消えていた。

 龍樹は先ほどとは別のキャバクラの前で妖艶な美女たちの誘惑に酔っている。

「つまみは柿の種か?それともピスタチオなどか?どぅはははは~~~///」

「クソジジイ!そんなことをしている暇は・・・」

 きつめに龍樹を諌(いさ)めると、写ノ神は大急ぎで豆腐屋に向かって走り出す。

「おおおおお!!!」

 全力で自転車のペダルをこぎ、豆腐屋へと滑り込もうとしたが、あと一歩というところで豆腐屋はシャッターを下し店仕舞を完了させた。

「あっ!ほら見てください!!あんたの所為で買いそびれちまったじゃないっすか!」

「むむ!老い先短い老人の所為にするというのか!この卑怯者!!」

「確実にあんたの所為だったでしょう!なにいい年こいてキャバ嬢にナンパしてるんですか!!!」

 極上の豆腐を買い損ねてしまったことに深いため息を漏らすが、気持ちを切り替え写ノ神は元来た道を戻っていく。

「さっきのスーパーに戻るのか?」

「豆腐屋が閉まっちまったんですから、しょうがないでしょうが!」

 このとき、写ノ神は龍樹の不埒な行動を深く根に持った様子でピリピリした口調で答える。

 

 

小樽市 ボクレンショップフードファーム

 

 結局、最寄りのスーパーで豆腐を購入することになった写ノ神と龍樹は、人の少ない店内を歩きながら豆腐の場所を探している。

「えーと・・・豆腐豆腐」

「写ノ神。ほれ」

 龍樹が豆腐コーナーを見つけると、売れ行きがいいのか、陳列されていた豆腐は残り一つだけだった。

「お!ラッキー!一丁残ってたぜ・・・」

 意気揚々と豆腐に手を伸ばすと、同じタイミングで豆腐に手を伸ばす第三者の存在に気が付いた。

「あ」

「あ・・・」

 写ノ神が取ろうとした豆腐に手を伸ばしたのは、大人しそうな雰囲気の年上の女性だった。

 互いに目的の物が同じだったことに気付いた二人は気まずそうにしながら、日本人特有の譲り合いの精神を見せつける。

「どうぞどうぞ・・・」

「い、いえ・・・どうぞ」

「いえいえ。どうぞどうぞ!」

「いえいえ。そちらこそどうぞ!」

 謙虚な姿勢は美徳に思われるかもしれないが、あまり自己主張を抑えることは却って円滑なやり取りを阻害し、当事者同士の関係をさらに悪化させる。

 だから、ここらでどちらかが妥協し豆腐を手に入れない限りいつまでも事態が解決しない。

 写ノ神の頭の中は湯豆腐のことで頭がいっぱいであり、どんなことをしてでも食べたいという欲望で渦巻いている。

 溜飲して目の前の豆腐に目を輝かせると、女性の謙虚さを尊重し豆腐を手に入れることにした。

「そ、そうですか・・・じゃあ♪」

 待ちに待った豆腐が手に入る、と思い手を伸ばした次の瞬間―――皺くちゃな手が先に豆腐を手に取ったかと思えば、龍樹が女性にそれを差し出した。

「あ、ちょっと何す「受け取るがいい」

「え?でも・・・」

「なに。どうしても食べたいという訳でもないからのう。そうであろう、写ノ神?」

「え・・・」

 豆腐を龍樹から渡された女性は写ノ神の方を見る。

 このとき、写ノ神の中にある男の矜持が「湯豆腐が食べたい」という欲望を抑え込み、取り繕った笑みを浮かべながら女性に言う。

「あ・・・いや・・・・・・そうですね!」

「どうもすみません。じゃあ」

 豆腐を手に入れた女性は一言礼を言って、二人のもとから離れていった。

「うむ。いいことをしたあとは気持ちがいいものじゃな。どぅははははは!!!」

「ほんとっすね~~~///俺なんか、気持ちよすぎて涙が枯れそうですよチクショー~~~///」

 余計なことをしてくれた龍樹に怒りを覚える反面、手に入ったはずの豆腐を呆気なく手放してしまったという後悔が湧き上がり、とめどなく涙が零れる。

 

 スーパーでも目的の品を買えなかった写ノ神は龍樹を後ろに乗せ、自転車をこぐ。

「写ノ神よ。家に帰るのか?」

「バァーロー!今の世の中豆腐はどこでも売ってるんすよ!!このままコンビニに直行でい!!」

「キャラ変わり過ぎじゃぞ・・・」

 湯豆腐への欲望が膨らみすぎ、キャラ改変を起こす写ノ神を見て率直な感想を漏らす龍樹を余所に、写ノ神は力強くペダルを踏み最寄りのコンビニへ直行する。

 コンビニに到着した二人だったが、肝心の豆腐は運悪く売り切れだったらしく、またしても骨折り損のくたびれ儲けとなった。

「あ~あ・・・折角来たのに売り切れとは・・・ついてねーなー・・・」

「人生とは重い荷物を背負って坂道を登るようなものじゃ。紆余曲折(うよきょくせつ)あっての苦難の道の先には、必ずや光明がある」

「俺の未来はお先真っ暗なんですけどね・・・・・・」

 自転車に乗り込み別のコンビニに向かおうとした、そのとき。

「お」

 空から白い結晶が鼻に落ちてきたと思えば、冬の到来を告げるものの象徴である雪が舞い降りる。

「おう、雪じゃな」

「ぶるる~~~!道理で寒いと思った」

 すると、肌寒さを覚えた龍樹は写ノ神の掛けているマフラーに目配せする。

「写ノ神。寒いのでそのマフラーを貸してくれ」

「はぁ!?あんた俺に何の恨みがあるわけ!これは茜が俺のために作ってくれたマフラーなんですよ!北海道の真冬にマフラーも無しに外にいたら、俺は凍えて死んじまうじゃないですか!?」

「お主はまだ若いから平気じゃよ。年寄りは何分体が弱い。風邪をうっかりこじらせて、肺炎にでもなってみろ。そのままお釈迦と言うことも考えうる」

「で、でも・・・!「拙僧が風邪をこじらせて、ぽっくり死んで貴様の枕元に化けて出てもいいのか―――!!!」

 全くもって理不尽かつ我がままな主張を写ノ神へとぶつける。龍樹の気迫を前に、写ノ神の心は簡単に折れた。

「・・・ったく、しょうがないっすねまったく!」

 茜の愛情が籠った手編みのマフラーを外した写ノ神は、龍樹の首元に巻きつける。

「すまぬな。この恩は何らかの形で返すからな!」

「高くつきますから覚悟しといてくださいね・・・ぶるる~~~さみい~~~///」

 本格的に積もる前に、写ノ神は目的の豆腐を手に入れ早々に家に帰ることを誓う。

「こりゃ早く買って帰らないと凍死しちまうな~~~///」

 ガン!プシュー・・・

「ん・・・ん!?あ・・・あ!」

「どうしたのじゃ?」

 走行中違和感を覚えた写ノ神。前輪部分を見てみると、見事なまでにタイヤの空気が抜けていることに気が付く。

「えー・・・!ウソだろ!?こんなことってありかよ!?」

「なにがどうしたのじゃ?」

「パンクパンク!タイヤがパンクしちまったんですよ!!まいったな~~~」

「まったく・・・運の無い写ノ神を持つと、苦労するのう」

「んじゃ、なんで付いてきたんですかもう~!」

 弱り目に祟り目。写ノ神の身に降りかかる災難は、この冬の寒さよりも厳しいものだった。

 

 

小樽市 千葉神太郎(八百万写ノ神)宅

 

 二人が豆腐を買いに行って既に30分以上が経過していた。

 食事の準備を整え炬燵の中で帰りを待っていた茜は、怪訝そうに時計を見つめる。

「遅いですわね、写ノ神君と龍樹さん。どこまで買いに行ったんでしょうか?」

 と、口にした直後―――玄関の扉が開き「ただいま~~~///」という疲れ切った写ノ神の声が聞こえてきた。

「あ。帰って来ましたね!」

 ようやく二人が戻ってくると、茜は二人を出迎えるため玄関に走った。

「おかえりなさ―――って」

「おお、茜。今帰ったぞ」

「ぶるるる~~~~~~///」

 雪をかぶり寒さで凍えている写ノ神とは対照的に、彼から強奪したマフラーを首に巻き、防寒対策をした龍樹の対比的な姿に茜は目を奪われる。

「ちょ!どうしたんですか写ノ神君!?どうして龍樹さんが写ノ神君のために私が作ったマフラーを着ているんです?!」

「龍樹さんが貸せって言ったんだよ~~~///老人を凍死させてもいいのかって!」

「ひどいじゃないですか、龍樹さん!写ノ神君が風邪でも引いたらどうするんですか?老い先短いあなたが凍死をする分には全然かまいませんけど」

「ぬぁに―――!?いまのは明らかに人権冒涜じゃ!!名誉棄損で訴えてやる―――!!!」

「俺なら平気だよ。それよりこれ!となり町まで行ってようやく一丁見つけたぜ!」

 言うと、長い時間をかけやっとの思いで手に入れた豆腐の入った袋を茜に手渡す。

「すごい執念ですね・・・」

 普段あまり見られない写ノ神の一面に茜は心底驚いた。

 

 体が冷え切ったこともあり、写ノ神は帰宅するなり風呂へと直行。

 十分に体を温めてから待ちに待った湯豆腐との対面を果たすため、特等席へと向かう。

「うっひょ―――!!!うまそう~~~」

 鍋の中に入った湯豆腐を見るなり、これまでの苦労がすべていい思い出となって写ノ神の脳裏をよぎる。

「ああ・・・これが幸せってものなんだ・・・!お母さん♪生んでくれてありがとう!!うんうん!!」

「まぁまぁ。とりあえず一杯」

 労をねぎらい、龍樹は彼のお猪口にノンアルコール酒を注ぎ、写ノ神は豪快に飲み干す。

「ぷっはー、いいねいいね!これぞ日本の冬って奴だよな!早く煮えないかなー」

「中に火が通るまでもう少しかかりますかねー」

 と、そのとき―――

「あれ?」

 ガスコンロの火が弱くなり始め、瞬く間に炎が消えた。

「あらあら。ガスが切れちゃいましたわね」

「予備のボンベはないのか?」

「ちょうど切らしちゃってますねー。写ノ神君、ガスボンベ買ってきてくれませんか♪」

 この一言に写ノ神はひっくり返り、さんざん苦労した結果手に入れた湯豆腐が最後の最後で食べられないという理不尽な現実に、泣き叫ぶ。

「どうしていつもこうなんだ――――――!!!!!!//////」

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

その2:まさかの相席

 

西暦5538年 3月上旬

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「いいかい?本日午後2時30分、時間軸1989年日本・新橋にて―――安田組の構成員でヤクの売人・城ケ崎がエクスタシーの取引を行う。こいつは現在TBTが指名手配している密輸グループの黒幕・・・通称キングと何らかの接点を持っていると目される最重要人だ」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のオフィスに置かれたホワイトボードには「麻薬取引に関する重要事項」と書かれ、幸吉郎を始めメンバーはドラからの説明を受けている。

「オイラたちの仕事は簡単、この取引をぶち壊して城ケ崎から情報を聞きだし、密輸組織の黒幕キングをムショにぶち込むこと。気合い入れて捜査するぞ!」

「「「「「了解(おう)(はい)(心得た)!!」」」」」

 

 

時間軸1989年 午後2時25分

東京都 新罰 某喫茶店

 

「もしもし船井だ。今、例の喫茶店にいる。この喫茶店で城ケ崎からヤクを受け取ればいいんだな・・・え?大丈夫だ、へまをしたりはしねぇ。ああ。終わったら連絡をする」

 売人・城ケ崎からの受け渡しとして喫茶店にいる男の名は、船井和也(ふないかずや)。傍目から見てもチンピラ同然のラフな上着にサングラスという出で立ち。

 そんな船井とひょんなことから接触することになったのは―――

「もしもし、幸吉郎か?写ノ神だ」

 TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の第五席、八百万写ノ神―――彼は今、城ケ崎と船井が麻薬の受け渡しに使うことになっているこの喫茶店に捜査員として訪れる。

「今、例の城ケ崎が麻薬の売買に使ってるって噂の喫茶店に着いたぞ。今のところ怪しい人影はねぇな」

 無線で連絡を取り合い、写ノ神は城ケ崎の逮捕に熱を入れる。

「ああ。必ず現行犯でとっ捕まえてやるぜ!ああ、それじゃあ」

 電話を切った直後、奥の方からウェイターが現れ「いらっしゃいませ」と声を掛ける。

「すいません。ただいま大変混み合っておりまして、相席の方よろしいですか?」

「相席?」

「はい」

 言うと、ウェイターはスペースが2つ分空いている席を見つけ、先に座っている男―――船井に声を掛ける。

「すいません。ただいま大変混み合っておりまして、相席の方よろしいでしょうか?」

「・・・ああ」

「では、こちらで」

 ひょんなことから、麻薬の売人仲間と相席をすることになったTBT捜査官。席に着くや写ノ神は、せかせかとした様子で腕組みがてら周囲を見渡す。

「城ケ崎の奴・・・どこだ城ケ崎!?」

 すると、それを聞いた船井はおもむろに写ノ神に「おい」と声を掛ける。

「城ケ崎って・・・売人の城ケ崎のことか?」

「そうですけど・・・」

「お前も城ケ崎を待ってんのか?」

「”お前も”って・・・あなたは?」

 船井は額に汗を滲ませ、周囲を見渡すと―――写ノ神に向かって小声でつぶやく。

「同業者だ」

「同業者の方なんですか!わっ、すいません全然気づかなかった・・・!初めまして、俺八百万写ノ神って言います」

「おい!こういう場所では自分の名前を言わないのがこの世界の決まりだろ!」

「あ、すいません!」

 意味はまったく異なるのだが、何となく空気がかみ合っているから実に不思議な話である。写ノ神と船井はお互いに麻薬の売人城ケ崎を待ち望んでいる。

「なぁ。さっきから気になってたんだけど、後ろできょろきょろしてる客いるだろ?あれなんか怪しくないか?」

 喫茶店の中で船井が目を付けているのは、しきりに周囲を見渡す落ち着きがない客。この指摘に対し写ノ神は―――

「あ。あれTBTの一分隊の捜査官ですよ」

「えっ!「ちょっと待ってください」

「おい!」

 船井の制止を振り切り、写ノ神は一旦席を離れ船井が危惧している一分隊の潜入捜査官の下へと歩いて行く。

 そして、数十秒後―――写ノ神は何事も無かったように船井の元へと戻ってくる。

「今目障りだから、って帰らせました」

「”帰らした”!?目障りだからって言ったら素直に帰って行ったのか!?」

「ええ」

「お前凄いな・・・!」

「いや。あん中の一人とは知り合いんですよ」

「はぁ・・・」

 と、呆然とする船井の懐から携帯の着信音が響く。慌てて船井は携帯を取り出し、電話の相手―――売人城ケ崎に答える。

「もしもし?うん・・・おお・・・わかった」

 電話を切り、船井は写ノ神に話した旨を伝える。

「ちょっと遅れるって城ケ崎から連絡があった」

「”城ケ崎から連絡があった”んですか!?そっちの方が凄いっすよ!」

「え?」

 方や麻薬の売人仲間、方やそれを捕まえる捜査官。決して調和することのない対極の両者がこうして同じテーブルに集まり、互いにズレた会話をする―――滑稽、あるいは奇跡と言ってもいいだろう。

「あ。俺なりに、ちょっと城ケ崎のこと情報まとめたんで聞いてもらっていいですか?」

 何を今さら、と思う船井。同じ売人仲間なのだから城ケ崎のことは大方知っているはずだ―――そう思っていると、写ノ神が取り出したのは、TBTのエンブレムが刻印された手帳だった。

「えーっと・・・城ケ崎智也(じょうがさきともや)(39)。広島県出身3人兄弟の末っ子ですね」

「ああああ・・・!」

 手帳の表紙に刻まれたTBTのエンブレムを見た途端、船井の表情が一気に青ざめ―――写ノ神が捜査官であることに気付く。その一方、写ノ神は手帳に書かれた城ケ崎の情報をつらつらと読み進める。

「高校卒業後、地元の鉄工所に就職。2年で退社して上京して安田組に入ってますね」

「あああああ!!!」

「聞いてます?」

 慌てふためき奇声を放つ船井の言動が気になり声を掛けると、挙動不審の船井は咄嗟に取り繕うように敬礼し―――

「あ・・・聞いてるでござる!」

「何してるんですか?」

「ああ・・・あの癖でついついさ!」

「分かりますけど『ござる』って言ってるんですか普段?!」

「いや・・・だって俺捜査官だもんな・・・!」

「はい」

「俺たち捜査官だもんな・・・!!」

「はい」

「俺たち同業者だもんな///」

「なんで泣いてるんですか!?」

 写ノ神は目の前の男が城ケ崎の仲間だという事を毛ほども知らない。未だに彼をTBTの捜査官だと信じて疑っていない。

 おめでたい写ノ神とは異なり、船井はいつ自分が逮捕されかねないこの状況を本気で心配している。

「ああ、そうだ。俺の仲間の捜査官がマークしてる城ケ崎の売人仲間で船井って男がいるんですけど・・・この男が「えっ、えっ!?」

 船井は自分の名前が出た途端眼の色を変え、耳を疑う。

「知ってます?」

「いや!・・・知らない」

「知りません?」

「知らない///」

「まぁまぁ、この男は城ケ崎をおびき寄せるためだけに泳がしてるいつでも捕まえられる男なんですけど・・・この男「え!えっ、ちょっと待って!」

まさかの言葉に「え!そうなの!?」と聞き返すと、キッパリと「はい」という言葉が写ノ神から返ってくる。

「わああああ・・・ヤベ―――!!!」

「本当です、調べも付いてるんです。船井和也(35)。世田谷区代田12丁目すみれ層203号室に住んでますね」

「そうです・・・///」

「”そうです”?」

「あ!えっと・・・・!」

「知ってるんすか?」

「そうなのか!いや知らないけど!」

 誤って口を滑らせると、船井は必死に写ノ神に正体を悟れまいと誤魔化す。

「ああそれからえーっとね・・・『ヒカリ』って同棲相手がいるんですけど。まぁ、ヒカリって言っても新宿2丁目で働くニューハーフなんすけど。このニューハーフがですね「えっ!」

「えっ!!ニューハーフ!?」

「はい」

「いやウソだー!!!」

「ホントですよ」

「ウソだよー///」

「調べついてるんです。えーっと、新宿2丁目のパラダイスって店で働く、本名『熊田権蔵(くまだごんぞう)』って男ですね」

「熊田権蔵!?」

「はい」

「ゴンゾウ・・・!?あのヒカリちゃんが!!」

「あのって知ってるんすか?」

「あ、いや。知らないけど///え―――!!!」

 思わぬ場面で同棲相手が女ではなく男であることを知った船井は、相当なショックを受ける。そして内心、男と女の見分けもつかず男と同棲していた自分自身が情けなくなってきた。

「あとは城ケ崎の顔がはっきり映ってる顔写真があれば完璧なんですけどねー」

「だなー///」

「はい」

「あ、そうだ!」

「なんですか?」

 状況が極めて悪い方向に向かっていると直感し、船井は椅子から立ち上がる。

「オレな一旦帰んなきゃいけないんだった!」

「ちょっと待ってくださいよ」

「いや!仕事があるんだよ!」

「いや来ますって!」

「仕事があるんだよ!」

「待ってくださいって!」

 と、写ノ神の制止を振り切りそそくさと店を出ようとした直後―――

 

 カラ~ン!

 

 大きめのバックを抱えたチンピラ風の男が扉を潜り、これから外に出ようとしていた船井と目が合い、「おお!」と、挨拶を交わす。

(城ケ崎・・・///)

 この瞬間、船井は完全に逃げるチャンスを失い、絶望する。

 遅れて現れた売人の城ケ崎智也は船井と写ノ神が座るテーブルに近寄り、真ん中の椅子に腰かける。

「悪かったな遅くなって」

「うんうん///」

「誰だこいつ?」

「ん?どちら様ですか?」

 互いに面識がない写ノ神と城ケ崎が怪訝そうに船井に尋ねる中―――船井は額に汗を浮かべながら、極めて曖昧な言葉でこの場を凌ぐ。

「・・・・・・同業者だ///」

「同業者!おお・・・どうも初めまして」

 またしても同業者と紹介され、それをあっさり受け入れる写ノ神と城ケ崎は、互いに頭を垂れる。

「おいっ!」

 面識が割れたところで、城ケ崎はウェイターを呼びつける。

「アイスコーヒー1つ」

「ただいま」

 注文を終えると、足元に置いていたバックを取り出し机の上に置く。

「例の物は・・・持ってきたぞ」

「そうか///」

「俺ちょっとしょんべん行ってくる」

「うん・・・///」

 城ケ崎が用を足しに席を立った後、写ノ神は第一印象としての城ケ崎(未だに真実を知らないでいる)の評価を率直に口にする。

「なんか随分態度のデカい捜査官っすねー」

「そうかな///」

 と、言いながら城ケ崎が持ってきたバックを手元に収めようとする船井だが、写ノ神が直ぐに―――

「えっ?これちょっとなんすか?」

「ん?!」

「例のものって言ってましたけど」

「これ?!これはあの・・・・・・みかん」

「みかん?なんでみかんがあるんですか!?」

「うん。あの・・・あの捜査官な!愛媛出身なんだよ!毎年おすそ分けしてもらってんだよ!」

「ああ、そうなんだ!かばん一杯のみかんなんですか!」

「そう!」

「うわぁ、俺もみかん大好きなんすよー!」

「あそう!」

「へぇ~」

 見え透いた嘘にさえ気づかない写ノ神。状況から察するに、鞄の中にみかんを詰めて持ってくる人間などどこにいようか?

「あ~ワルイワルイ」

 直後、トイレから城ケ崎が戻ってくる。

「こいつはなぁ、かなりの上もんだぞ!」

「ああ、そうか///」

 すると、引き攣った船井の正面に座る写ノ神が城ケ崎に口を開く。

「あの~すいません。もしよろしかったら今度、俺にも分けてもらってもいいですか?」

「良いの入ったらこいつに連絡するよー」

「本当ですか!いやうちはね・・・妻も同居人の爺さんも大好きなんですよー!」

「家族みんな大好きなのか!?」

「はい」

「いや、嫁さんも何考えてんだよ?!」

「好きなんですよね。冬場なんかは、こたつに山盛りに置いてますよ」

「無茶苦茶な家庭だな・・・!」

「そうですか」

「うわぁ~ひくわ~」

「引かないでくださいよ」

 真面に考えると確かに売人も引いてしまう。

 みかんを分けて貰おうと思っている写ノ神からすれば、城ケ崎が真剣に引いている理由が分からない。何しろ城ケ崎は、写ノ神を始めその家庭が完全に麻薬に犯されている麻薬家族だと思っているのだから。

「ああ、それより・・・あの支払いの方法のなんだけど。今回ややこしいことがあって「いやその件なんだけどよ!」

「ちょっと待ってお二人さん」

 支払いの話を持ち出す城ケ崎を、船井が止めに掛かる中、写ノ神が二人の間に割って入り口にする。

「一旦その話置いておきません、ねぇ?思ったんですけど・・・城ケ崎のヤツ遅くありませんか?!」

「え!」

 船井は背筋を凍らせ、この微妙な緊張状態が一気に弛緩する瞬間を危惧する。

「そういや俺のアイスコーヒーこねぇな・・・」

「アイスコーヒー?」

 しかし、城ケ崎はなぜか注文の品であるアイスコーヒーがこないことを疑問に思う。

「確かに遅せぇな」

「遅いですって!」

 ここで、二人の微妙な勘違いの意味を理解した船井がおもむろに確認をとる。

「城ケ崎の『ヤツ』遅いな」

「はい」

「城ケ崎の『アイスコーヒー(ヤツ)』遅いな」

「ええ」

「城ケ崎の『ヤツ』遅いな!・・・城ケ崎の『ヤツ』遅いな!!・・・城ケ崎の『ヤツ』遅いな!!!」

「どうしたんですか!?何テンションあがってんですか!?」

 興奮する船井の行動意図が全く理解できない写ノ神は思わず尋ねる。

「何してんすか?」

「ああ!いや・・・なんでもない!」

「これもしかしたら、来ないって事も考えられませんか?」

「いやそんなわけねぇだろう!?」

 アイスコーヒーが来ない、そう言い張っていると勘違いしている城ケ崎が声を上げる。対し、城ケ崎が来ない事に切羽詰っている写ノ神はますます焦りを募らせる。

「現に俺は一週間ここで待ってるけど来ないんですよ!」

「一週間も!?」

「はい」

「いや、お前なんで一週間も黙って待ってんだよ!?」

「黙って待ってるしかないじゃないですか?」

「確認して来る」

「え、確認?」

「あいや・・・///「おい!」

 ウェイターを呼び出し、城ケ崎はアイスコーヒーの確認を取る中―――写ノ神はその光景を異様に思い、挙動不審の船井に尋ねる。

「ちょっと待ってください。なんで城ケ崎が来るかどうかの確認をあのウェイターにしてるんですか?」

「あの~・・・あのウェイターも潜入捜査官なんだよ!」

「あのウェイターも潜入捜査官!」

「そう!」

「ほう~」

 またしてもウソの情報に惑わされる写ノ神。城ケ崎は店側の遅々とした対応にクレームを付ける。

「アイスコーヒーはいつもってくるんだ?」

「すいません。あの、すぐお持ちできますんで!」

 確認が終わり、城ケ崎が席に戻ってくる。写ノ神はすかさず「なんですって!?」と尋ねた。

「ああ、大丈夫。すぐに来るって」

「すぐに来る!わかりました!」

 すると、城ケ崎から話を聞いた写ノ神がウェイターの下へ向かう。

「あ、おい!」

 うっかり嘘がばれると思った船井が制止を求めるも、それを無視して写ノ神は潜入捜査官だと思い込んでいるただのウェイターに敬礼。

「ご苦労様です!」

「はい?」

「俺もなんです!」

「はい?」

「ご苦労様です!すぐ来るんでしょう?」

「はい」

「あいつ、俺のアイスコーヒーどんだけ待ち望んでるんだ?!」

 異常なまでにアイスコーヒーを待ち望んでいると、勘違いしている城ケ崎は写ノ神の行動に困惑。この事態を招いた張本人船井は、沈黙を決め込む。

 話を終え、写ノ神が胸を高鳴らせ席へと戻る。

「いよいよ来ますよ!来ますよ!」

 

 ウ~~~ン!ウ~~~ン!

 

「え!」

 パトカーのサイレンが外から鳴り響くと、数台のパトカーが停車。

 中に入って来たのは、駱太郎を始め城ケ崎の逮捕にやってきたTBT捜査官数十名。

「城ケ崎!」

「やっべ!」

「単細胞!?」

「城ケ崎が裏口行ったぞ!捕まえるぞ!」

「単細胞!?」

 逃亡する城ケ崎を追いかける捜査官。状況が全く理解できない写ノ神を見つけた駱太郎は、彼に近付き一喝。

「写ノ神!お前何やってんだよ!」

「え?」

「お前ここにいたのが城ケ崎なんだぞ!」

「はぁ!?ここにいたのが城ケ崎・・・どういうことだ!?」

「お前隣にいて何やってたんだ!」

「隣にいてって・・・城ケ崎が隣にいたとしたらだって・・・」

 写ノ神の視線が船井に転じる。咄嗟に船井は目を逸らし口籠る。

「こいつは?」

 船井の素性を知らない駱太郎は怪訝そうに尋ねる。

「いやぁ・・・同業の捜査官だよ」

「ああ。こいつはどうもご苦労様です!」

「どうも!」

 敬礼する駱太郎に怪しまれない様―――船井もそれに応えて敬礼。

「この鞄は?」

 直後、城ケ崎が置いて行った鞄に駱太郎の注意が向く。

「この鞄はこの人の・・・「わあああ・・・君のだろ?」

 写ノ神が船井の鞄だと説明しようとした途端、彼の言葉に割って入った船井が写ノ神の物であると強く主張した。

「これ君のじゃないか!?」

「え、いいんですか!?」

「いんですかって君のだもん!」

「ありがとうございます!これ俺のだよ!」

 高級みかんがどっしり詰められた鞄だと思い込んでいる写ノ神は上機嫌で駱太郎に鞄は自分のものだという。

 おもむろに駱太郎が鞄の中を確認すると―――中には取引のためのエクスタシーが10㎏袋詰めされており、駱太郎は中の物とそれを嬉々として所有する写ノ神に目を疑う。

「///・・・・・・写ノ神!!!」

「ん?」

「お前こんなものに手染めやがって!!」

「”手を染めた”?」

「逮捕だ!」

「え?」

 船井が駱太郎に対して呼びかけると、「はい!」と力強く返事を返し―――駱太郎は船井ではなく写ノ神を現行犯で逮捕日、腕を押える。

「痛い!なんで!?いたたたたたたた!!!!」

 仲間に腕を押えられている写ノ神とは対照的に、船井は城ケ崎が置いて行った麻薬の入ったバックを手に取り―――

「これは証拠物件として私が本部に持って帰ります!」

「はい!お願いします!」

 ちゃっかり目的を果たした船井は、不敵な笑みを浮かべ喫茶店を後にする。

「なんでだよ!?いたたたたたたたた!!!!」

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

その3:愛する君に、クチナシをささげます

 

西暦5538年 6月27日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「ん~~~・・・どうしようかな・・・」

 雑誌を睨み付け、唸る写ノ神。そんな彼の元に、ドラが近づき話しかける。

「なになに?茜ちゃんへのプレゼント」

「え!!お前、よくわかったな!」

 意中のことを瞬時に見抜かれた写ノ神は思わず声を裏返す。

「またまた。今月末が茜ちゃんの誕生日だってことはオイラたちも把握してるけどね」

 と、カレンダーに書かれた印を指さし、ドラは悪戯っぽい表情で写ノ神の肩を叩く。

 6月30日―――それは、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の第六席で写ノ神の妻、朱雀王子茜の生誕16回目の祝い日で、今日はその三日前だった。

「いや~~~正直わかんねぇんだ。あいつの好きそうなもの俺なりにリサーチしてみたんだけどよ、これって奴が見つかんなくてさ」

 言いながら、写ノ神が取り出したのは今日に至るまで書き留めた茜の趣味嗜好に関する事細かなデータ。ノートいっぱいにこれでもかと書かれた文字を数字の羅列の様に横目で流しながら、ドラは唖然とした。

「よくもまぁ・・・これだけ入念に調べたもんだ。ある意味ストーカーだよ」

「ストーカーじゃなくて、俺は茜の夫だよ!!」

「いやそれにしたってここまでやる奴はそうはいないぞ?」

 いささか度を超えているようにも思える写ノ神の行動。これに関して、当人は純粋な気持ちしか抱いていない。

「俺はただ・・・あいつに喜んでもらいたいだけだよ。でもな~んか違うんだよな・・・一応候補はあるんだけどさ」

「候補って?」

 すると、茜が居ない事を確認してから、デスクの引き出しから候補に挙げた三つのプレゼントを取り出す。

 大きさはそれぞれバラバラだが、すべて写ノ神が事前に購入していた茜の趣味嗜好に合わせたプレゼントだった。

「この花飾りのブローチなんか、あいつにピッタリだと思うんだけどさ。ちょっと子どもっぽいかなとも・・・」

 言いながら、最もシンプルなデザインのブローチをドラへと手渡す。

「買っといてそれはないんじゃないの?」

「いやそうなんだけどさ・・・それで2000円弱」

「まぁ妥当な方かな・・・」

 次に、写ノ神はファンシー思考に徹したふわふわとした幽霊のぬいぐるみを手に取る。

「そいつはゲームセンターのUFOキャッチャーでゲットしたぬいぐるみだ。名前はウィスパーって言うやらしい」

「キャスパーなら知ってるけどね」

 円らな瞳がチャームポイントのおばけのぬいぐるみと睨めっこするドラ。そして、何となくウィスパーのお腹を押してみると・・・

『どうやら妖怪のしわざのようですね~』

「あ、しゃべるんだ!」

 ウィスパーの中に内蔵された音声スイッチが作動し、ウィスパーがしゃべる。

「一応“おしゃべりウィスパー”っていう商品だからな。でもいくらなんでも200円でゲットしたのをプレゼントするってのも常識がない気がしてよ・・・」

 まぁ、いくらなんでもそれはあまりに安上がり過ぎる気もしなくては無い。だが結果として茜が喜ぶのであれば、それに越したことはない。

「で、最後があいつが前々からいいな~って言ってた簪(かんざし)。京都の老舗でしか売ってない超高級品だぜ!これだけで1万超えだ!!」

「え~~~、それ絶対ぼったくられてない?」

 京都の老舗から購入したという艶やかな簪をまじまじと見つめるドラ。ちなみに、購入時の価格は1万890円だったという。

「お前の言う通りぼったくられてるのかもしれねぇ。でも、これも似合うと思ったんだよ直感的にさ!」

「でも今は違うっていうのか?」

 写ノ神は険しい顔を浮かべる。間近に迫った茜の誕生日を前に、彼はやたらと思案し過ぎ、混乱していたのだ。

「あ~~~!!誕生日まであと三日しかねぇーって言うのに!!俺はどうすればいいんだ!!」

 挙句、頭をひどく掻き毟る始末。

 ドラはやれやれとつぶやくと、悩みに悩む写ノ神へ自分の価値観に基づく助言を行う。

「あのさ、オイラから言わせりゃさ・・・結局プレゼントなんてものは自己満足なんだよな。それで相手が喜ぶかどうかは二の次なんだわ」

「けど、俺はあいつに喜んでほしいし・・・」

「分かってる分かってる。だからさ、プレゼントは自分の身の丈にあったものを上げるのが一番いいと思うけど。変に飾ったりしないで、写ノ神自身の身の丈に合ったものをさ」

「俺の身の丈に合った・・・?」

 意味深長な発言に耳をかしげる写ノ神。ドラはウィスパーに内蔵された音声で遊びながら、言う。

「どちらにせよ、茜ちゃんはお前からのプレゼントなら何でも喜ぶ気がするけどね。あ、ちなみにオイラがあの()に何を上げるかはまだ内緒だけど!」

 助言すると、ドラはウィスパーを持ったまま写ノ神の側を離れた―――個人的に彼はウィスイパーを気に入ったらしい。

 さり気無く茜のためと用意していたウィスパーを持っていかれた写ノ神だが、最早そんなことは委細気にせず、先ほど受けたアドバイスを聞いて、今一度考える。

「俺の身の丈にあったプレゼント・・・か。よーし!」

 妙案を思いついた写ノ神は、意を決してある場所へと向かった。

 

 

小樽市内 某花屋

 

「いらっしゃいませー」

 誕生日プレゼントに添えるものとして、近場の花屋へと来店した写ノ神。すぐに女性店員が彼に尋ねてくる。

「今日はどうなさいましたか?」

 写ノ神は気恥ずかしそうに、口を開く。

「その・・・誕生日プレゼントで渡したくて」

「渡す相手はどんな方ですか?」

 尋ねられると、写ノ神は携帯に待ち受けにしている茜の写真を見せる。

「この人です」

「かわいいですね。彼女さん?」

「ええまぁ・・・///」

「じゃあ、私も張り切っちゃいますね!」

 この手の事となるとテンションが上がる店員と、そんな彼女とは対照的に少し恥ずかしい気分の写ノ神。鼻歌を歌いながら女性はプレゼント用の花を選び始める。

「ラブラブですか?」

「はい・・・///」

「彼女さんのお誕生日はいつですか?」

「6月30日です」

「では、こちらがピッタリかと思います!」

 誕生日を聞いた女性店員は、写ノ神へと近づきお勧めの花を見せる。

 店員が勧めたのは、園芸用に栽培されることの多い白い花弁のクチナシだった。

「クチナシか・・・あの、アカネの花とかないですか?名前が茜なんで」

「ですがそれだと花言葉的にあまりいい意味ではありませんよ?」

「花言葉?アカネって、そんなによくないんですか」

 その問いに「ええ・・・」と答えた店員は、苦い表情で写ノ神にアカネに込められた花言葉の意味を説明する。

「アカネの花言葉は“私を思って、媚び、誹謗、傷、不信”です」

「媚び、誹謗・・・・・・」

 それを聞き、写ノ神は露骨に顔を歪め、笑えなくなる。この世で最も大切な女性に込められた花言葉が、こんなにも不愉快な意味が込められているとは思わなかった。万が一彼女にアカネの花を贈呈した際―――彼女が花言葉の意味を知っていたら、どんな悲惨な結末を迎えるか・・・

 考えた瞬間、写ノ神の頭に血の雨がよぎった。

「えっと・・・そのクチナシは?」

「はい。こちらは、6月30日の誕生花でもあります。何より、このクチナシの花言葉は――――――」

 店員から聞かされた花言葉の意味を聞き、写ノ神は破顔一笑―――納得する。

「わかりました。じゃあ、これでお願いします!」

 こうして、誕生日用の花として―――写ノ神はクチナシの花を購入した。

 

 

6月30日 午後6時

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

 そして迎えた、誕生日会当日―――

 パーン!!パンパン!!

「「「「「「茜(ちゃん)、お誕生日おめでとうー!」」」」」」

 クラッカーの音とともに、茜は16回目の誕生日を祝福される。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーに加え、長官の杯昇流も出席した誕生日会、その主役である茜は満面の笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。まさかこんなにも祝福される日が来るとは♪」

 嬉しさに相まって、感涙の涙を流す茜。そんな彼女に誰もが笑いかける。

「今日はね、特別だよ。オイラが腕によりをかけて作ったパーティーメニューだ。その辺のスーパーで値切りに値切った超激安食材のオンパレードだ!!たんと食うがいい!!」

 何分吝嗇な性分のドラだが、誕生日の食材にも関して財布のひもを緩めない。そんな話を聞いて昇流が苦言を呈する。

「誕生日会のときぐらいケチケチすんなよ」

「しょうがないじゃないですか。別の方でお金使いすぎちゃったんですから、他で経費削らないと」

「別の方?」

「今に分かるよ。んじゃ、みんな用意してー!」

 ドラの言葉を切っ掛けに、駱太郎以外の全員がそれぞれ持っていた茜への誕生日プレゼントを手元に用意する。

 この光景に、駱太郎は豪勢な食事を貪り喰らいながら、目を点にする。

「ん?なんだよ、おい・・・おめぇらして・・・」

「なんじゃ駱太郎?まさかお前一人忘れたという訳じゃないだろう?」

「え?」

「え、じゃねぇよ。誕生日プレゼントは用意してるのかって聞いてるんだ」

 幸吉郎がおもむろに尋ねると、駱太郎ははっと気づき、直後あからさまに顔を青くする。

「まさか!!忘れたんじゃねぇだろうな、おい!!」

 写ノ神が詰め寄り胸ぐらをつかむと、駱太郎は彼から露骨に目を逸らし、細々とした声でつぶやく。

「・・・わりー。すっかり忘れてたぜ///」

「はぁ!!?おめーはなんでそういう大事なこと!!だからいつまでたっても単細胞なんだよ!!」

「しょうがねぇだろ!!忘れたもんはどうにもならねぇ!!」

「開き直ってんじゃねぇ!!急繕いでもなんでもいいから出しやがれ!!」

 激しく写ノ神から責められた駱太郎は、ひとまずのところ身に纏っている物の中を漁ってみる。

「つってもな・・・茜に上げられるものなんざそう簡単に・・・お」

 すると、上着の内ポケットから何かを見つける。

 そして、茜へと目を向け駱太郎は罰の悪そうな顔で話しかける。

「えっと・・・さっきも言った通りまともな誕生日プレゼントって奴は持ってねぇ。この通り許してくれ!」

「い、いいですよ。どうせ最初から駱太郎さんには期待なんかしていませんでしたし」

 彼のズボラな性格を熟知していた茜は、何となくこうなることを予測していたらしい。だから、そこまで落胆はしなかった。

 茜に自分の行動を見透かされ、その上で「期待していなかった」と言われたことで、駱太郎自身のプライドが多少傷つく中、おもむろに机に上に手を置いた。

「こんなもんしかねぇけど、一応俺からの誕生日プレゼントとして受け取ってくれ・・・」

 手をどけると、駱太郎が差し出した茜への誕生分プレゼントが姿を現す。

「駅で配ってた、牛丼の割引券だ。これで勘弁してくれ」

 ―――グゴン!!

「ぐおおおおお!!!!」

 茜は無言で駱太郎の鼻に二本指を深く差し、鼻フックを決め込む。身の毛がよだつ光景にドラ以外の者が戦いた。

 そして、無言のまま―――茜は大きさも体重も遥かに自分よりも重い彼を庭の方へと投げ飛ばす。

「うわあああああああああああ!!!!」

 窓ガラスを突き破り、血塗れとなった駱太郎が庭垣へと突き刺さる。明確な怒りをあらわにする茜は、無言で席へと戻り、駱太郎のくれた割引券を懐へ納めた。

「今のは駱太郎が悪い」

「でも貰うもんはちゃんと貰うんだね」

「そ、それじゃあ拙僧からもひとつ・・・あははは///」

 下手なプレゼントはできないということを如実に見せつけられた龍樹は、不安になりながら茜への誕生日プレゼントを取り出した。

 机の上に置かれたのは、漬物の樽だった。

「自家製の茄子の糠漬けじゃ。色々考えたのだが、こんなものしか思いつかなくてな・・・」

「って、おいおいいくらなんでもそりゃねぇーんじゃねぇの?誕生日プレゼントが糠漬けなんか」

「まぁ俺は喜ばねぇな・・・」

 昇流や幸吉郎がもらう側の立場となって厳しい意見を口にする。

 ところが、茜はこれを以外にも高く評価した。

「そんなことありませんよ。駱太郎さんに比べれば手間も暇も掛かっている分、価値は充分にあります。それに、茄子の糠漬けは私も大好きですし。ありがとうございます龍樹さん!」

 幸いにも、茜は笑顔を向けてくれた。龍樹は胸に手を当て内心ほっとした。

「んじゃ俺だな」

 続いて、幸吉郎が用意していたプレゼントを茜へと手渡す。

「女の考えてることはよくわかんねぇから、俺の物差しで決めさせてもらった」

「ありがとうございます、幸吉郎さん。開けてもいいですか?」

 ああという言葉が幸吉郎から帰って来ると、包装用紙を丁寧にはがし、茜は白い箱を見つめ―――ゆっくりと蓋を外す。

 箱の中身は、桜の花がデザインされた草履だった。

「あ、草履じゃんか」

「いいじゃん幸吉郎!ナイスチョイスだ!」

「いや~、これでも奮発したんすよね!京都の老舗からわざわざ特注したものでして!」

 ドラに褒められると、幸吉郎はあからさまに照れる。写ノ神の簪同様、京都の老舗から発注したものらしく、絹100パーセントで作られた草履の値段は2万8000円。

「こんなに高価なものをいただいてもよろしいんですか?」

「俺が持ってたところで、どうにもならねぇからな」

「ではありがたく使わせていただきますね!」

 女性の好みが分からないと言いつつも、その実しっかりと茜の心を掴む幸吉郎のプレゼントに、茜の評価はかなり高かった。もらった草履を胸に納めながら頬を紅潮させ、幸吉郎に笑みを浮かべる。

(あ、茜があんなに喜んでる・・・・・・くそ、意外な盲点だったぜ!まさか幸吉郎がこれだけのプレゼントを用意してるとは・・・!!)

 思わぬ伏兵がすぐ近くに潜んでいたことに、写ノ神は危機感を募らせる。

「長官さんは?」

「俺か?俺はな、かなり手間がかかってるぞ!」

 言うと、手のひらサイズの袋を取り出し茜へと渡す。テープを緩め、口元を広げると―――中に入っていたのは写ノ神と茜が仲良く並んだ手製のフュギュアだった。

「うわぁ~お上手ですね!!これ、私と写ノ神君ですよね!!」

「これ・・・全部自分で作ったんですか?」

「勿論!まずはファンドで形を作って石膏で型抜きして、それをラッカーとエナメルで塗装・・・ここら辺のマスキング、かなりこだわってるんだぜ!昔はコンプレッサーが30分で熱を持つから短時間で塗装できなかったんだけど、今のは連続で使えるから優れモノなんだ―――「わかった!わかった!わかりました!」

 話が段々とマニアックになってきたところで、ドラが口を挟んで強制的に話を終わらせる。

「ま、ダラダラ話してるけどさ。結局はこれぐらいしか取り柄がない人なんだって、茜ちゃん」

「ウルセー!!それ作るのに二時間かかったんだからな!!」

 二時間でもそれだけのものを作れる技術と集中力を仕事に生かしてほしい―――誰もが率直に思った。

「ありがとうございます!!これ、職場のオフィスに飾りたいと思います!!」

 ここまでで4人のプレゼントが渡された。そして、いよいよ本命となる写ノ神の番がやってくる。

「さぁ、いよいよ旦那の番だよ!」

「お、おう!」

 ドラに肩を叩かれ、写ノ神はドキドキしながら茜の元へ歩み寄る。

「えっと・・・まずは誕生日おめでとう」

「はい。ありがとうございます♪」

 既にこの瞬間から甘いピンクの雰囲気が流れる。ドラは予防のため、咄嗟にチョコレートを口へ放り込む。

「俺・・・お前に喜んでもらいたくて色々考えたんだけどさ・・・ドラから身の丈にあったものが一番なんじゃないかって話を聞いて、最終的にこれにしてみたんだ」

 写ノ神は、照れくさそうに頬を掻きながら、包に入った小さな箱を手渡す。茜はそれを受け取り、頬を薄く染めながら言う。

「開けてもよろしいですか?」

「う、うん///」

 丁寧に包を剥していき、箱の中身を確認する。入っていたのは、最初に写ノ神が選んだという2000円のブローチだった。

「ど、どうかな?」

「かわいいです。とっても♪」

 心底嬉しそうに笑みを浮かべる茜は、さっそく貰ったブローチを身に着ける。

「いかがですか写ノ神君?」

 不安げに尋ねる茜だが、写ノ神は予想以上に似合っていることに破顔一笑。

「ああ・・・よく似合ってるよ。か、かわいい///」

「!・・・ありがとうござます♡」

「それから、これも」

 さらに、ここでプレゼントに添えるものとして、あのクチナシの花束を手渡す。

 茜はクチナシの花を見て目を見開き、そして思わず涙。なぜなら、彼女はクチナシに込められた花言葉を知っていたから。

「クチナシは私の誕生花。そして、その花言葉は―――」

「“私は幸せ者”―――か」

 第三者のドラが言うと、周りが一斉にヒューヒューと写ノ神をからかう。

「おめぇもしゃれたことするじゃねぇか!」

「でかしたぞ、写ノ神!」

「いや~ははは・・・花屋の姉ちゃんに勧められた通りに従っただけなんだけどよ・・・///」

「それでも、私はとーっても嬉しいです!本当に、ありがとうございます写ノ神君♡」

「これからも、夫婦で頑張って行こうな」

「はい!!」

 二人はこの場で更なる愛と固い絆を結びあい、手を取り合う。

「ところで、兄貴は何を用意したんですか?」

「オイラかい?オイラはだね・・・じゃじゃーん!」

 懐に手を伸ばすと、ドラは白いご祝儀袋を取り出す。

「はい、これ。二人にプレゼント」

「”二人”、ですか?」

「俺も入ってるのか?」

 茜だけでなく、写ノ神を含んだプレゼントだと言う事に驚く千葉夫妻。ドラは「開けてみな」と促し、写ノ神がおもむろに祝儀袋を開ける。

 すると、中に入っていたのは草津温泉の宿泊ペアチケット。

「これ・・・!」

「じゃあ、お前このために!」

「そういうこと。だから食材費を値切ったんだ。思った以上に高くついちゃってさ・・・来週にでも休暇とって、二人で行ってきなよ。部屋には一緒に入れる露 天風呂もあるし、いいムードになって、それで夜は二人で子どもでも作ったら・・・最高なんじゃないの?」

「ど、ドラ!!!///おまえな・・・」

 と、あからさまに子作りを進めてくるドラの発言に写ノ神は顔を真っ赤にする。そんな彼の手に自分の手を貸させ、茜は紅潮させながら言う。

「・・・元気な赤ちゃん、作りましょうね♡」

「お、おう//////」

「ところで、茜ちゃんが割ったガラス代は誰が払ってくれるの?」

 今さらのことだが、ドラは茜によって破壊された自宅の窓ガラスを誰が弁償するかで周りに意見を求める。

「さぁ・・・駱太郎にでもつけておいたらいんじゃね?」

 昇流が言葉を返すと、ドラは庭垣に突き刺さったままの駱太郎を見ながら「それもそうか」と、納得する。

「という訳でR君。君の給料から引いておくからね」

 言うと、ドラは非情な言葉を吐き捨て窓ガラスを閉めた。

「とほほ~~~///」

 

 

 

 何はともあれ、いいプレゼントをできた写ノ神はその夜、茜と交わった。

 そして、翌週の有給休暇を利用して、夫婦水入らずの温泉旅行へと出かけた際も、案の定いい雰囲気となってこれも激しく交わったとさ―――。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

参照・参考文献

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 12巻』 (小学館・2013)

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その45:プレゼントは自分の身の丈にあったものを上げるのが一番いいと思うけど

 

自分の身の丈・・・意外とそれが分からない。ただ、かっこつけたりしないでありのままに自分を見せる方がずっといいと思うのは確か・・・。(第43話)




次回予告

茜「おほほほ♪やっぱり写ノ神君は素敵な方でしたね。さて、写ノ神君と来たら次回は私、朱雀王子茜の番ですね」
「そう言えば、ボーダーライン編で私がモデルをしている描写がありましたけど、スカウトされた当時のこともお伝えしますから楽しみに待っていてくださいね」
「次回、『朱雀王子茜之巻』。最後に一言・・・写ノ神君は最高なんです!!」

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