サムライ・ドラ   作:重要大事

41 / 76
駱「うっす!予告通り、今日は三遊亭駱太郎様の物語をお送りするぜ」
「つーか、前から作者さんに思っていたことがあるんだ。なんで俺の名前をよりにもよって落語家の名前にしたかってことだ!堅気の苗字に三遊亭なんてあるかよ!!まぁ別に堅気の人間でもねェけどさ・・・でも納得できねぇよ!!」


三遊亭駱太郎之巻

その1:拳を握る理由

 

西暦5538年 11月某日

小樽市内 某コンビニエンスストア

 

「強盗に拳銃奪われちゃマズイんじゃない?オマワリさん」

 白昼堂々の出来事だった。突如、凶器を持った二人組の男が現れた。

 坊主頭で体つきもいい一人の男は、巡回中だった若手警官から銃を取り上げると、猟奇的な表情を浮かべながら、奪った銃を警官に付きつける。

「やめてくれ・・・」

 思わず後ずさる警官に、男はチャンチャラおかしくなる。

「銃向けられたら何もできないのぉ?アンタの銃だよ、情けねぇなぁハハハ!」

 脳天に響くほどの甲高い笑い声だった。憶測ではあるが、彼は薬物常習者なのかもしれない。安易に刺激をすることもなく、発砲される可能性はある。

 そんな時だった―――事態を一変させる出来事が起こったのは。

 何処からともなく、石の飛礫(つぶて)の様なものが飛んで来、クーラーボックスの蓋に当たった。

「!?」

 男はガラスに物が当たる音を聞くと、不審に思って物音の方へと振り向く。

「何だ?」

 と、その時―――閉ざされた店の扉をゆっくりと開き、顔を覗かせた一人の男。

「ったく・・・折角の非番だって言うのに、穏やかにいかねぇもんだなぁ・・・」

 逆立った黒い髪に額に巻いた赤い鉢巻、白を基調とする軽装に身を包んだ長身痩躯の大男は、口元を釣り上げると声を漏らす。

「そいつは素人が振り回すもんじゃねぇよ」

「うおおお!?何だてめぇは!!」

 自分を見下ろす程の大柄な巨体に吃驚する犯人。慌てて銃口を男の方へとつき付けると、男は銃口を赤いナックルグローブを施した右手で力一杯握りしめつつ、引き金に手のかかった男の指を固定する。

「!?」

「おらああ!」

 犯人が怯むと同時に、男は体重を掛けて男を地面へと押し倒す。

「いってぇ!!」

 顔の側面を床に張り付かせ、犯人の意識を奪うことに成功したその男は、呆気にとられる警官と店員の方へと顔を向ける。そして、屈託のない笑みを浮かべる。

「へへ。一丁上がり~~~!すまねーが、手錠頼むぜ」

「えっ・・・あ、あなたは!?」

「三遊亭駱太郎。これでも一応TBT職員だ」

「まさか・・・こんな粗野なTBT職員見たことありませんよ!!」

 警官からの一言に内心、ショックを受ける駱太郎は、自分がTBT職員であることを理解してもらうために、耳打ちで警官につぶやいた。

「実はよ・・・特殊先行部隊の鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーなんだわ」

「えっ、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)!?失礼しました!!」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)―――という言葉を聞いた途端に、警官は態度を改め敬礼。

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)って何だっけ・・・)」

 でも実際のところ、よく分かっていなかったりする。

 と、そんな折―――店員が慌てた様子で駱太郎に呼びかける。

「あ、あの。もう一人犯人が!!」

 すると店の休憩室の方から出て来たのは、駱太郎にノックダウンされた男の仲間で、浅黒い肌に金髪で決め込んだ男は、状況を鑑み慌てて逃亡を図る。

「こいつ頼むぞ!!」

 駱太郎は警官に取り押さえた犯人を任せると、一目散に窓から飛び出して行った犯人を追いかける。

「待てコラ!!」

 狭い路地裏を走り抜け、持ち前の熱い心を全開にする。

「逃がすか!!」

「ちっ!!しつけぇヤローだな!!」

 執拗に追いかけてくる駱太郎の気迫に恐怖しながら、男は路地裏を抜けて車を止めてある住宅街を逃げ回っていた。

「!!」

 その時、男の目の前に格好の獲物が飛び込んできた。

 ちょうど、近所の小学生3人組が学校に通おうとしている光景だった。

 この状況を利用しようと考え付いた男は、駱太郎が近づいて来るや否や、小学生一人を人質にした。

「来るんじゃねぇ・・・・・・・・・」

 駱太郎は目を疑った。自分の目の前に、恐怖に怯えながら男にナイフを突きつけられている少年がいたのだから。

 難しい顔を浮かべる駱太郎を見ながら、男は涙目で助けを訴える少年の右眼に切っ先をつき付ける。

「一歩でも動いてみろ、こいつの目ぇ刺すぞ・・・」

 そんな言葉が飛び交った直後―――ドスの利いた声で、駱太郎は威圧する。

「子供に刃物なんか向けんじゃねぇよ」

 あまりの威圧感に圧倒された男は、本能的に彼を恐れると、人質に取った少年の友だちを蹴って慌てて逃亡。

「来るなーっ!!」

 その場に停車してあった自分の車に少年を無理やり押し込む。

「クソガキ、てめぇも乗れ!!」

 急発進した車のナンバーを、駱太郎は瞬時に記憶する。

 逃亡車を追いかける前に、駱太郎は拉致された少年の友だちの安否を気遣った。

「大丈夫か!?よぉぉし、強い奴だ!!」

 幸いにも、怪我も大したことはなく、駱太郎はほっと胸をなでおろす。

「あいつの名前は!?わかるか?」

「エリヤくん・・・竹崎エリヤくん」

 誘拐された少年の名前を聞き出すと、駱太郎は涙目を浮かべる二人の少年の頭に、大きくて暖かい手を乗せる。

「エリヤは、俺が絶対に助けるからな!」

 その言葉に二言はなかった。駱太郎の悪を許せないという心に、火が灯る―――

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 同時刻―――駱太郎のいない鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のオフィスは、平穏なときが流れていた。

「あ~~~平和だな~~~」

 いつも駱太郎と口げんかの絶えない写ノ神は、大きく伸びをする。

「単細胞がいないだけで、こんなにも晴れ晴れしいなんて~~~!」

「それは言い過ぎかと思いますし、本音とも言えますね」

「何しろ駱太郎は、脳みそも筋肉でできおるからな!でぅはははは!!」

「笑い過ぎじゃねぇのか・・・お前ら・・・まぁ、気持ちはわかんでもないが」

 普段が普段だけに、そこまで駱太郎を弁護することもできない昇流は、駱太郎がいないことを良いことに、ゲラゲラと笑う写ノ神と茜、龍樹の様子を見つめる。

 プルルルル・・・プルルル・・・

 そんな時だった。幸吉郎の携帯に着信が入った。発信者の名前は、『三遊亭駱太郎』―――幸吉郎は彼からの電話に答える。

「もしもし?」

『幸吉郎、俺だ!』

「なんだなんだ。もしかして、非番で寂しくして電話して・・・何だとぉ!?」

「どうしたんですか?」

 話の途中で、甲高い声を上げ、その上机を叩きつける幸吉郎の反応に疑問を抱いた一同。茜が怪訝そうに尋ねると、幸吉郎は険しい顔で口にする。

「駱太郎が誘拐犯を追ってるって!!」

「「「「なにー(なんですって)!?」」」」

 オフィス全体が衝撃に包まれる中、駱太郎は人質として拉致された竹崎エリヤを乗せた犯人の車を追っていた。

 

「嫌だ嫌だ!」

「わめくなクソガキ!」

 荒い運転で国道を爆走するワンボックスカー。

「おおおおおお!!!」

 男がサイドミラーに目を向けると、汗だくになりながらママチャリをこぐ駱太郎の姿が飛び込んでくる。

「クソォ!!何なんだアイツ!!」

 恐るべき執念を燃やす駱太郎を振り切ろうとする犯人と、某コメディ漫画の主人公ではないが、それに近い状態となっている駱太郎。

 車道を進みながら、携帯で駱太郎は状況を的確に報告する。

「幸吉郎!!逃走車は白のワンボックス、小樽築港から桜町通り望洋台方面に逃走中だ!!逃走の際に子供一名を車内に拉致!!マル害(被害者の事)の姓名は竹崎エリヤ!!逃走車ナンバーは札幌、み、×□-○△だ!!大至急Nで照合してくれ!!」

「了解!!絶対見失うなよ!!」

「Nのほうは私がやります!!」

 幸吉郎から受け取ったメモを見ながら、茜はNこと、Nシステムの略称で知られる「自動車ナンバー自動読取装置」を起動させる。これは、手配車両の追跡に用いられ、犯罪捜査の重大な手がかりとなることもあり、警察無線をはじめTBTでもこのシステムは状況によって活用されている。

 茜がコンピューターに情報を入力している間、龍樹は写ノ神に指示を出す。

「写ノ神、SIT(各都道府県警刑事部捜査第一課の特殊犯捜査係)にも情報を入れてやるのじゃ!」

「何でですか!?こんなヤマ、俺らだけでも・・・」

「誘拐は連中の十八番(おはこ)じゃ、相手の目的や人数がわからん場合味方は多いほうが良い」

 妥当な判断を下す龍樹ではあったが、このチームを取りまとめるリーダーの登場によって、状況が一変する。

「みんな、悪いんだけど今回はNはなしの方向で」

「兄貴!?」

「「「ドラ(さん)!?」」」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の隊長、サムライ・ドラはNシステムを強制的に解除すると、驚愕した様子の幸吉郎たちに目を向ける。

「どういう事です!?」

「Nを動かすと全国管区に情報が行き渡るでしょ、今は困るんだよ」

「・・・って事は、もしかして重要特異事案!?」

 この重要特異事案という言葉の意味は、財界人・著名人等が関わる事件、その他社会的反響の大きい事件の事を示す。

 写ノ神がドラに問いかけると、ドラは電話を切り終えたばかりの昇流に目を向ける。昇流は、難しい顔を浮かべながら驚愕の事実を伝える。

「拉致されたのは本部(ウチ)の組対課課長の息子なんだわ」

「「「「―――!!」」」」

「ついさっき、大長官から伝令が届いた。特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”手動で秘密裏に解決せよとの厳命だ」

 思わぬ事実が発覚し、オフィス全体に重く淀んだ空気が漂う。それでもドラは、割り切った様子で隊長として、指示を出す。

「というわけで、幸吉郎は二輪でR君の応援頼むよ」

「!・・・了解!!」

 あからさまにご機嫌な態度で返事をした幸吉郎は、オフィスから飛び出し格納庫へと向かった。

「二輪?幸吉郎って、バイク乗れたのか?」

 写ノ神は幸吉郎とバイクがどうあっても結びつかず、怪訝そうにしている。

「何だ写ノ神、知らなかったのか?あいつは1年前に大型二輪の免許を取ってるんだよ。こういう言い方をするとなんだけど、あいつは天性のバイク野郎だよ」

 ドラがそうつぶやく中、黒いライダースーツに身を包んだ幸吉郎は、ホンダ・VFR1200Fに搭乗し、勢いづけた様子で国道へと飛び出す。

「おっしゃああああああああ!!!」

 目をギラギラ輝かせた幸吉郎のバイクが本部を飛び出す様子を、ドラたちは双眼鏡越しに覗きこむ。

「ただね、自動車乗るときよりバイク乗ったときの方がテンションハイになるのが少々厄介なんだけど・・・」

 ドラは闘いの場以外では比較的落ち着いてる右腕が、車やバイクに乗った途端に人格が豹変することを少々面倒だと思いながら、一先ず話を進めることにした。

「これでまぁ追跡は問題ない。あとは敵が穴蔵に籠ったところで勝負を掛ける。残る問題は、敵の動きを封じる飛車角の用意か・・・」

 ドラは辺りを見渡しながら思案する。

 そんな折、目の前に飛び込んできたのはTBT随一の射撃技術を持つ男・杯昇流の姿。

「ん?」

 一度考えてから、ドラは昇流に思い切って尋ねる。

「長官、狙撃の経験は?」

「あるわけねぇだろ!・・・ま、まさか!お前、俺にやらせるつもりなんじゃ・・・!?」

 察した様子の昇流に、ドラは屈託のない笑みで訴えかける。

「やってくださいよー、長官♪いまなら500円分のポイントカードも上げますよ!」

「スーパーのじゃねぇのかよ!俺りゃそんなスーパーいかねぇんだよ!」

 

「うおおおおおおおお!!!」

 誘拐犯を逮捕するための鋼鉄の絆(アイアンハーツ)による作戦が開始された。

 引き続き、幸吉郎の応援が来るまでの間、駱太郎はひとり逃走する犯人の車をママチャリで追跡していた。

(待ってろ!!絶対助けてやるからな!!)

  と、そのとき―――横に並んだ一台のバイクに目を奪われる。

「!?」

 バイクを運転していたテンションマックスの幸吉郎が、いつになく血走った眼を向けながら粗暴な口調で話しかける。

「てめぇ、バカか!ママチャリで追いつくわけねぇだろ!!さっさと乗れ!!」

「こ、幸吉郎!!・・・さん!?」

 余りの代わり様に、駱太郎もついつい敬称をしてしまうほどだった。

 ママチャリから降りて、すぐさま幸吉郎のバイクに乗り込んだ駱太郎は、自転車とは比べ物にならない速度で犯人の車を追跡する。

(うっかり忘れてたぜ・・・こいつバイク乗ると性格変わるんだっけか・・・)

「飛ばすぜ―――!!フウ―――!!」

 追跡中とはいえ、幸吉郎のテンションは異様なほどに高く、スピード超過で警察に捕まらないのではないかと内心不安に駆られた。

 

 

小樽市内 誘拐犯潜伏先マンション

 

 数時間後。小回りが利くバイクで追跡をした結果、交通傷害にも巻き込まれることも無ければ犯人にも気づかれることなく、無事に犯人のアジトへと到着する。

 幸吉郎と駱太郎はアジトであるマンションの3階の様子を双眼鏡で確かめた後、現場近くに止めてあるドラたちのワゴンへと戻って、状況を報告する。

「どうだった?」

「マル被(被疑者の事)は3階、数は4人です」

「マル害は?」

「無事だ、この目で確認した」

「気づかれてないよね?」

「何気に幸吉郎の追跡が完璧だったからな。アイツら全然気づいてなかったぜ。部屋でバカみたいに笑ってるさ」

「なるほどね」

 話を聞いたところで、助手席に座っていたドラはノートパソコンに表示されたものを全員に公開する。

「よし!みんな見てくれ。これが部屋の間取りね」

 表示されているのは、犯人グループがアジトとしているマンションの間取りが一目でわかる部屋の見取り図。

「8畳間のリビングに6畳、4.5畳の3LDK。契約者は1階のテナント、マル被のいる3階、5階に住居が2つ」

 間取りを見ながら、龍樹はふとした事に気が付く。

「マル被の上と隣は空き室じゃな・・・」

「ええ、ラッキーでしたよ。この状況を最大限に利用して、陽動を掛ける」

「しかし、狙撃手がいません。マル害に万が一の事があった場合は・・・」

「心配ないよ茜ちゃん。もう待機してるから」

 そう言って、ドラは全員にマンションの向かいに立てられたマンションの屋上に目を向けさせる。

 黄昏時が近づく時分、キラッと輝くものが見える。目を凝らすと、見えて来たのは肌寒い中、じっと狙撃銃のスコープで犯人たちの様子を窺う杯昇流。

「くそ・・・結局こんな役回りかよ・・・俺は」

 これを見て、幸吉郎たちは多少心配になってくる。

「長官に狙撃手なんてやらせて、大丈夫なんですか?」

「頭はクルクルパーだけど、銃の腕前に関しては、SATの狙撃班顔負けかそれ以上だとオイラは見込んでる」

「ある意味天才肌なんだよ、あの人は」

「まぁどっちにしても、狙撃の世話にはならねぇつもりだぜ―――俺はよ」

 夕陽が沈みはじめようとしていた午後6時20分頃。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)はそれぞれが所定の位置へと着いて、誘拐犯の確保と被害者の救出のために動き出す。

 犯人グループがいる部屋の隣のバルコニーには駱太郎と龍樹が待機し、ドラは空き部屋の中で全体の指揮を担当。

 幸吉郎は犯人グループが逃げて来た所を押さえられるように、玄関前で待機しつつ、手慣れた様子でピッキングを行う。

 さらに、4階の空き部屋のバルコニーには、写ノ神と茜が待機している。

『マル被はリビング、マル害は右手奥の4.5畳だから』

 集音マイクで隣の部屋の様子を確かめながら、ドラは無線で連絡を取り合う。

「それにしても、この集音マイクめちゃめちゃ感度良いな~」

『それで音楽聞くとな、すげーいいんだぜドラ!』

『今日の日の入りは18:36・・・・・・突入はその直前の18:30とするよ。一番、人間の目が利かなくなる黄昏時、その6分でケリをつける』

「「「「「了解!」」」」」

 そして、突入時刻となる18:30直前。

「畜生祭典―――」

 茜は畜生祭典で、一匹の猫を召喚した。

「お願いしますよ、無花果(いちじく)ちゃん」

「頼むぞ・・・おもっきり暴れてくれよ・・・」

 写ノ神は無花果と言う名前の猫を手に取ると、バルコニーの外へと体を出し、犯人グループの部屋へと飛び込ませようとしている。

 程なくして、突入時刻がやってきた。ドラは時刻を確認すると同時に、全員に号令をかける。

『行くよ―――GO!』

「それ!」

 写ノ神は下のバルコニー目掛けて、無花果を放り投げる。

 無花果はバルコニーに飛び込むや否や、ニャーニャーと鳴きながら、犯人たちの目と注意を惹きつける。

「何だ!?」

「猫!?」

「何でこんなトコに猫がいんだよ」

 怪訝そうに猫を見つめる犯人たちだったが、次の瞬間―――隣の部屋のバルコニーで待機していた駱太郎が、部屋同士を隔てる壁を拳でつき破る。

 バキンッ!!!

「つらあああ!」

 そしてそのまま、今度は部屋の窓ガラスを躊躇うことなく拳で突き破る。

 ―――バリンッ!

 窓ガラスをつき破った駱太郎の拳は、そのまま犯人グループの一人の顔を殴りつける。

「何だてめぇ!?」

「喰らえ!」

 怯んだ犯人たちに、龍樹は持っていた錫杖で腹部を刺すように突いた。

「はぎゃあ!!」

 また一人、昏倒した仲間の姿に、残っていた例の被疑者とその仲間の男は焦眉の急を迎える。

「ヤベェ!!逃げろ!!玄関だ玄関!!」

「!!」

 玄関から逃げようとした矢先、唐突に扉が開き、顔を覗かせたのは幸吉郎。

「こっちにもいるぞ!?」

「壱式・牙狼撃!」

 幸吉郎は素手のみの力で、狼猛進撃の技を披露。正拳付きの要領で顔面に突かれた小太りの男はあっという間に倒れ、身柄を取り押さえられる。

「クソ!!」

 追い詰められた被疑者は、部屋の奥で監禁していたエリヤを人質にして、駱太郎の前に姿を現す。

「テメェ、さっきのチャリンコ野郎か!?一体、何なんだよ!?」

 エリヤにナイフを突きつける被疑者の姿を、昇流はスコープで覗きながらじっと考える。

「撃っていいのかな・・・」

 発砲許可が下りているとはいえ、安易なことで犯人を射殺することは避けて通りたいと思っていた昇流。

 と、そんなときだった。駱太郎の体が射線上に入って来た。

「あの鉄拳バカ、射線上に立つなよ!!」

 昇流にバカと呼ばれたら終わりな気がするのは私だけだろうか・・・

 それは兎も角、駱太郎は気迫を露わにしながら、恐怖で膝が笑っている犯人の元へとゆっくりと近づいて行く。

「来るな!来るな!!」

 ナイフをエリヤに突きつけながら、途方もない恐怖で頭が支配される被疑者を見ながら、駱太郎は拳を構える。

「この拳で刻まれた痛みを思い出す度、テメェのやった事を悔やみ続けろ」

「この子供(ガキ)がどうなってもいい・・・」

「ざけんじゃねぇぞ!!」

 その拳、正に弾丸の如く―――

 元来が万物必壊の拳、右ストレートが犯人の顔面を直撃。多量の血を鼻から流し、文字通り犯人はノックダウン。

 駱太郎は、口元をビニールテープで押さえつけられ、必死で涙を押さえんでいたエリヤを解放し、厚く抱擁する。

「すまねぇな!!怖かったよな。もう大丈夫だ!大丈夫だから・・・」

『ゴメンよ・・・』

 無線越しに駱太郎の言葉を聞いていたドラは、沈む夕陽を見ながら、ちょうど18時36分を迎えたことを確認する。

(6分ジャスト・・・安い危険手当でよくやってくれたよみんな・・・・・・)

 無事に事件が収束したところで、ドラは思い出す。

「おっといけない。忘れるところだった」

 ドラは狙撃手として手伝ってもらった昇流に状況の終了を報告する。

「長官。終わりましたよ」

『知ってるよ。ほら見ろ、狙撃手なんて必要なかったんだ!』

「そう目くじら立てない立てない。帰りにコンビニでアイス買ってあげますから」

『子ども扱いすんなっ!』

 

 数分後。犯人グループは全員、警察に身柄を引き渡され、人質にされたエリヤも無事に解放。事件は見事に解決を迎えた。

「やぁ、お疲れちゃん!」

 ドラは今回の事件の功労者である駱太郎の勇気と行動力を称賛する。

「おう、ドラ。俺たちやったよな!!」

「大丈夫だよ。ちゃんと任務は遂行したから」

「報酬とかもらえるのか!臨時ボーナスは!?」

「望み薄だね」

「ぐっ、やっぱり・・・///」

 頑張ったからと言って、昨今の不景気は根強く彼らの懐を冷え込ませ、今回の危険手当にしてもさほど期待できるほどの額ではなかった。

「にしても相変わらず頑丈な拳だね。窓ガラスを素手で割っていながら、怪我ひとつないんだから。骨折とかしてないよね?」

「お前は知ってるだろう・・・俺の拳は鋼鉄よりも頑丈なんだ!それより犯人に伝わるかな?」

「嫌というほど伝わったと思うよ・・・人の痛みがどんなもんか、ね・・・・・・」

 パトカーに乗せられる駱太郎に殴られた犯人を一瞥し、ドラは駱太郎につぶやいた。

「知ってたかい?君の拳は邪気を祓うって」

「ハハハ・・・おいおい、照れるぜ~」

「これは冗談じゃなくて本当だよ、R君。君は拳匪(けんび)なんだ」

「拳匪・・・?」

「19世紀末の中国に、自国が海外の列強から侵略されるのを必死で守ろうと立ち上がった義和団がいた。そいつらは『武器として拳を用い、指揮官以外は刃物を用いず神霊を身体に宿らせ刀や槍や鉄砲から身を守った』と言われる。列強各国はその義和団を拳匪、英語でボクサーと呼んだ・・・」

 この拳匪という言葉は、義和団の異名そのものであることも補足しておく。

「歴史的認識や立場によって、拳匪に対する評価はいくつか存在する・・・だが、その志は一途に大切なものを守ろうという気持ちだったと思う」

 駱太郎はその話をまじまじと聞く。

 ドラは良くも悪くも直情的な駱太郎の顔を見上げながら、その胸部に拳を突き立てる。

「君はバカ正直だ。だがそれ故に、その真っ直ぐで温かい拳は相手の心に響くんだよ」

「・・・・・・」

「これからも頼むよ、現代の拳匪よ!」

 そう言って、ドラは先に現場を後にした。

 不意に、駱太郎は自分の拳を凝視しながら、考える。

 何のために、自分は拳を握るのか?

 戦うために握る―――いや、違う。

 傷つけるために握る―――いや、違う。

 一重に、人を守るために拳を握るのだ。それを自ずと悟った瞬間、駱太郎は清々しい表情を浮かべる。

「応!!」

 

 

 

 

 

 

おわり

 

参照・参考文献

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 1、2巻』 (小学館・2010)

司馬遼太郎『坂の上の雲』 (文藝春秋・刊)

 

 

 

その2:駱太郎の精度

 

西暦5538年 12月上旬

小樽市某所 ラーメン屋屋台

 

「相変わらずうわばみっすね、兄貴は」

「何言ってんだよ、こっちだって幸吉郎が酔ってる姿を見たことがないぞ」

 互いに仕事が長引いた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の隊長サムライ・ドラと、副官を務める山中幸吉郎は行きつけのラーメン屋に立ち寄っていた。

 酒を酌み交わしつつ、ラーメンに箸を伸ばす二人は、世間話にも似た鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の活動状況について意見を交わし合う。

「どうかな。お前の目から見て、最近の鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の活動ぶりは?」

「まずまずだとは思います。写ノ神は英語の上達がやたらに早いから、外国人相手の盗聴も問題なく進めらます。茜も龍樹さんも、それぞれ得意な分野に回ってくれてますから、俺も自分の仕事を滞らせることはなくなりました」

 そう言った後で、幸吉郎は一度グラスの酒を飲み干し―――グラスを置くや否や、彼の表情は複雑なものへと変わる。

「問題なのは――――――あの脳ミソ筋肉バカだけですね」

「はは。やっぱりね―――」

 酷い形容の仕方ではあるが、ドラと幸吉郎の不安の種は同じだった。同居人でありお笑いトリオの一員であり、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の第三席・三遊亭駱太郎のこと。

「あいつは良くも悪くも感情に真っ直ぐです。しかし、その情がときとして、思わぬ事態を招くこともあります」

「幸吉郎・・・お前の懸念はもっともだ・・・直情的な人間は、警察官としては多少不向きな側面が強い。うちは半民半官の”警察もどき”だけど、やってることはそこらの警察と大差は無いからね」

「先日の誘拐事件のときは、たまたま上手くいったようなものです。毎回ああいう風に上手く転がるとも限りません」

「ああ。重々承知だよ」

 ラーメンを啜りながら、お互いに駱太郎の性格が功を奏することもあれば、場合によっては最悪の事態に招きかねない事を懸念している。

 丼に残っているものすべてを綺麗に平らげたドラは、口元を豪快に手で拭ってから、隣の幸吉郎に相談を持ちかける。

「幸吉郎。オイラはここいらで一度、R君のテストしてみたいと思っているんだ」

「と、いいますと?」

「仕事の精度を見るんだよ―――警察官もどきとしてのね」

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 後日。秘かに進められていた、三遊亭駱太郎を対象とした捜査官査定のための準備。

 ドラと幸吉郎が終日、駱太郎の行動を確認しながら、彼が果たしてどれだけ警察官もどきとしての精度を持っているのかを量ろうとしていた。

「くかぁ~~~~~~」

 肝心の駱太郎の方はというと、難しい字を見過ぎたせいで、爆睡を決め込んでいる。これには、メンバー全員が呆れ顔。

「ったく・・・極楽とんぼかこいつは」

「口からよだれが垂れてますね・・・」

「よくもこんな男に、仕事が務まるものじゃな・・・」

((ごもっともな言葉です・・・))

 龍樹が放った何気ない一言を聞いていたドラと幸吉郎は、内心同じことをつぶやいた。

 時計の針に一旦目を移すと、時刻はまもなく11時を迎えようとしていた。頃合いと判断したドラは、幸吉郎に目配せし、おもむろに席を立つ。

「外に出てくる」

「昼前には戻る」

「「「いってらっしゃーい(行ってらっしゃいませ)(気を付けてな)」」」

 二人を見送る写ノ神たち。

 と、そのとき―――幸吉郎は幸せそうに眠りこけている駱太郎の首根っこを掴むと、彼を引きずり連れて行く。

「おおおお!!!な、なんだよ!?」

 床に体が叩きつけられたと同時に、駱太郎は目を覚まし、この状況について説明を求めた。

「おめぇーも一緒に来い。どうせお前の書いた始末書は、あとで俺らが修正しないとならないんだからな」

「とりあえずR君。運転頼むよ」

ドラは幸吉郎に引きずられている駱太郎の掌目掛けて、車の鍵を放り投げる。

 鍵を受け取った駱太郎は、怪訝そうな表情でドラを見る。

「運転・・・?どこへだよ?」

「いいから適当に流しとけ」

 幸吉郎に諌められ、イマイチ腑に落ちない駱太郎は言われた通りに、車を運転して市内を適当にドライブすることになった。

 言い忘れていたが、彼もこの時代に来てすぐ、猛烈な試験勉強の末に普通自動車免許を獲得したのである。

 

 市街地を車で走らせること10分。目的も解らず車を適当に走らせていた駱太郎は、助手席の幸吉郎と、後部座席のドラが神妙な表情を浮かべたまま一言も会話を発しないことに違和感を覚えた。

「「・・・・・・・・・」」

「・・・・・・・・・」

 何となく、こう言う雰囲気は苦手であった。

 基本的にドラたち三人は、お笑いトリオを組んでいることから自然と会話が弾み、大概は談笑が絶えないのだが、このときばかりは息が詰まりそうな感じだった。

(こいつら・・・なんか変なものでも食ったんじゃねぇかってぐらい、極端にしゃべらねぇ・・・勘弁してくれよ。俺らぁこういうのが一番苦手なんだっつーの)

 このどうしようもなく息が詰まりそうな空気を払しょくしようと、駱太郎は重い口を開いた。

「お~~~見てみろよ~~~ドラ、幸吉郎!!あんなところに美味そうな団子屋があるぞ!!」

「任務に集中しなさい」

「無駄口叩く暇があるなら、運転に気を配れ」

(な・・・何なんだよこいつら・・・!俺はこんな空気、耐えられねぇよ!!)

 思わず泣きたくなりそうになった。駱太郎は視線を横にずらして、この上もなく耐えがたい状況を空に向かって嗟嘆(さたん)した。

「!!」

 と、そのとき―――後部座席に座っていたドラが目の色を変えて、駱太郎に呼びかける。

「R君、信号!!赤だよ!!」

 ほんの一瞬だけ、脇見運転をしていた駱太郎は前方の信号が点滅していることに気が付かないまま、アクセルを踏み続けていた。

 その結果、赤信号に変わったことにさえ気が付かなかった。

 キッ――――――!!!

 急ブレーキをかけて、車線ギリギリのところで停車させた駱太郎は、多量の汗を流しながら安どのため息を漏らす。

「ふう~~~あっぶねぇ~~~一大事になるところだったぜ!」

「このバカ野郎!俺たちを巻き込むつもりか!?」

「何やってんのさ、脇見運転は事故の元だって教習所で散々言われたでしょう!集中しなさい!!」

「わるかったよ!!けど俺、なんか喋ってねぇと息が詰まりそうで!!」

 必死に弁明をする駱太郎は、車が停車している間に、思い切って二人にこのドライブの真意を尋ねることにした。

「そろそろ教えてくれねぇか、ふたりとも!!この3人でドライブって何が目的なんだ~~~」

 その問いに対して、二人は決まって口を籠らせた。

 嘆息をつく駱太郎は、何気なくサイドミラーに映ったものに目を光らせると、その直後―――表情を一変させた。

 黒いミニバンを運転している男の風貌を見るや否や、駱太郎の脳裏にひとつの人物像が浮かび上がってくる。

 TBTが現在指名手配をしている凶悪な時間犯罪者―――その名簿に記載された人相に極めて酷似していたのだ。

「どうしたの、R君?」

 不自然な具合に静かになった駱太郎を見て、ドラが声をかけると、震える声で駱太郎はドラと幸吉郎に語りかける。

「見つけちまったんだ・・・手配書に載ってたテロリストだぜアイツ・・・!!」

「!!」

「なんだと!?」

 その言葉に驚愕するドラと幸吉郎。

 駱太郎はいても経ってもいられず、ギアに手を掛けハンドルを切ろうとする。だがその直前に、ドラが丸い手を伸ばして止めにかかる。

「待つんだ、R君!!もし本人だとしてもこの状況では逮捕できないよ!!」

「何言ってんだよ、こんな時に!!アイツはテロリストなんだぞ!!時間を自分の都合のいいように改竄しようとしている、犯罪者なんだろ!!」

 直情的な駱太郎は頭で考えるよりも、先に体が動こうとする男だ。ドラはそんな彼の行動を懸念して、次のように説明する。

「日本国憲法第19条、“思想及び良心の自由はこれを侵してはならない”!!凶悪なテロリストがテロの下見をしたり爆破計画を考えていたとしても、それは内心の自由なの!!現行犯でない限り、今の日本では職質して任意同行を願うしかないの!!拒否されればそれで終わりだよ!!」

「くっ・・・・・・」

 悔しそうに歯を強く食いしばる駱太郎だが、ドラの真っ当な論理を聞いて、素直に納得できるような心境ではなかった。

「そんなの法律が間違ってやがる!!目の前のテロリストを逮捕できねぇなんてよ!!今、野放しにしてそれこそ犠牲者が出たら誰が責任を取るっていうんだ!!」

「大体、なんの容疑で捕えられるんだよ!?ちったー兄貴の話も聞いたらどうなんだ!」

「ええい、しゃらくせー!」

 興奮が最高潮に達した瞬間、駱太郎はサイレンを鳴らして、強引に青いミニバンの前に回り込んだ。

『緊急車両が通ります!!』

 突然の出来事に戸惑いを抱くミニバンの運転手。車を止めた駱太郎は、降車と同時に車の元へと走った。

「「R君(駱太郎)!!」」

「TBTだ!!お前を大規模騒乱及び―――」

 と、力んだ末の結果が、駱太郎にとって最悪の汚点を作ることになった。

 運転手はテロリストの風貌こそは似ていたが、特徴的な箇所も全く異なる善良な一般市民だった。

 その瞬間、駱太郎は唖然とし、頭の中が真っ白となった。

「人違い・・・・・・」

 ドラと幸吉郎の懸念が、現実のものとなった瞬間だった。

 

「三遊亭駱太郎、君は何様のつもりなんだい!?」

 駱太郎の早とちりから生んだ失態は、当然責任の重いものであり、隊長であるドラから厳しい叱責を受けることに―――

「・・・・・・・・・」

 この時ばかりは、ドラも普段の呼び方ではなく、フルネームを使っていた。

「君は法を無視して、なんの罪もない一般人を誤認逮捕しようとしたんだよ!!」

「すまなかった・・・俺はただ犯罪者を捕まえたい一心で・・・・・・」

 駱太郎の力のこもっていない弁明に、ドラは怒りの形相で強く言う。

「この際だからハッキリ言ってやる。自分の中の正義を実行するために法を無視する・・・それはテロリストと同じなんだ!!」

 この言葉を聞いた瞬間、駱太郎は絶句した。

 譬えサムライ・ドラと言う魔猫が、世界一の理不尽なロボットだとしても、彼も人並みの良識は持ち合わせており、その理不尽な自分の正義を貫くタイミングを常に見計らっている。

 駱太郎のこの度の行動は、感情に流された挙句に起こった、正義を貫くタイミングを逸した失敗例であった。

 幸吉郎は無言を貫き、助手席の窓から外の景色を見つつ、駱太郎の意気消沈した様子を一瞥する。

「・・・・・・・・・・・・」

 これほど悔しい想いを、駱太郎はしたことがなかった。

 善意の行動がときとして思わぬ不幸を招き寄せるということを、身を持って思い知らされたのだ。

 言葉を発する気力さえ湧いてこない。ドラは厳しく駱太郎を咎(とが)めると、人通りの多い場所に目を運ばせる。

「幸吉郎・・・」

「はい」

「今すぐ職質(バン)を掛けてこい・・・」

(職質・・・?)

 唐突に発せられた職質という言葉に、駱太郎は訝しげな表情となる。

「わかりました」

 幸吉郎はドラの命令を受け容れると、車から降り、人通りの中に向かって歩き出した。

「「・・・・・・・・・」」

 ドラと駱太郎は、雑踏の中に入り込んだ幸吉郎の後姿を見ながら、この後彼がどのような動きを見せるのかに注目する。

 幸吉郎は携帯を取り出すと、電話をするフリをしながら、前方からよろよろした動きで歩いてくる男に狙いを定め、わざと男の方とぶつかった。

「失礼・・・」

「ちょっちょっちょっちょっと待てよ、てめぇコラ・・・」

 固唾を飲んで駱太郎が見つめていると、幸吉郎と肩が接触した男は、呂律の回っていない感じで怒りを露わにする。

「なんでしょう・・・?」

「謝れっつってんだよ!!」

 多量の汗が顔から滲みだす中、男は懐に忍ばせていたナイフを突きつける。

 辺り一帯が騒然とし始めるのを見て、駱太郎は動揺を抱く。

「幸吉郎!!おい、ドラ!!」

「黙って見てなよ」

「ビビって何も言えねぇのかオラァ!!」

 幸吉郎の首筋目掛けて、男はナイフを突き立てる。

「!?」

 が、次の瞬間―――瞬く間に男の視界から消えた幸吉郎が後ろに回り込み、男の右腕を押さえつけつつそのまま地面に向けて体を押し倒した。

「がは」

「押さえた!!」

「R君、行ってやんな」

「お、おう!!」

 車から降りた駱太郎は、幸吉郎の元へと走った。

 ドラは後部座席の窓から先ほどの幸吉郎の精度の高い仕事ぶりに安心する。

(幸吉郎が押さえた男、オイラもここを見渡した時真っ先に目をつけた男だ。幸吉郎に関して言えば、どうやら心配は杞憂に終わったようだな・・・・・・)

「11時48分。銃刀法違反の容疑で現行犯逮捕する」

「離せぇぇえ!!」

「大丈夫か幸吉郎!?俺、今、ワッパ持ってねぇぞ!!」

 幸吉郎の元に到着した駱太郎がそう言うと、幸吉郎は不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら、男を押さえている手とは逆の手に手錠を握りしめ、

「お前は警察官はおろか、警察官もどきですらないようだな・・・」

 またしても、駱太郎の頭が真っ白となった。

「立て!」

「チクシュオ!ブチ殺す!!」

「・・・・・・・・・」

 

〈お前は警察官はおろか、警察官もどきですらないようだな・・・〉

 

 一度聴いたら二度と忘れないような言葉となったかもしれない。

 少なくとも、今の駱太郎の精神状態から考慮すれば、当分の間はこの言葉が脳裏を幾度も横切ることになるだろう。

 現行犯で身柄を拘束した男を連れて車に戻った幸吉郎、運転席に座っていたドラに報告する。

「容疑は銃刀ですが、尿検査をすれば他にも出てくると思います」

「どうしてそう思う?」

「大量の汗と唾、定まらない視線、そして不可解な言動・・・・・・・・・これは薬物依存症特有のものです」

「オイラも同意見だ。よくぞ見抜いたね」

 幸吉郎が精度の高い仕事ぶりで犯人を検挙したのとは裏腹に、駱太郎は真っ直ぐな性格が仇となって、誤認逮捕を招きかねた。

「警察署に送り届けるよ」

「はい」

「ああ・・・」

 

 

小樽市 小樽警察署

 

 警察署に男を送り届けた後、駱太郎は幸吉郎が戻ってくる間、ドラにこんな風に尋ねた。

「ドラ・・・・・・幸吉郎は最初から当たりとわかってて職質を掛けたのか?」

「当然だよ。一般人とテロリストを間違えるような君とは違うよ」

 ドラは淡々と口を動かしながら、報告書を書き上げる。

「なんで、お前はあいつに職質に行かせたんだ?」

「幸吉郎の『刑事(事)』としての素質を君に見せるためだよ。もっとも、あいつが職質の命令をすんなり受け入れたのは、君があまりにも感情で動くところに腹が立ったんだろうね」

「俺の感情が・・・・・・いけねぇっていうのか・・・・・・」

 自信を無くしているのか、迫力に欠ける低い声でつぶやく駱太郎。

 これを聞いて、ドラは客観的な分析からくる駱太郎の弱点を如実に伝えた。

「君の感情の瞬発力は竹崎エリヤ誘拐事件の時のように人を助ける事もあれば、一般人をテロリストと間違う時もある・・・極めて精度が低い」

 駱太郎は口を籠らせ、苦い顔を浮かべながら拳を強く握る。

「幸吉郎のように精度を高めるんだ。そうすれば、君はもう少しマシな警察官もどきになるはずだから・・・」

「ああ・・・」

「ただ・・・」

 すると、この話の終わりに、ドラの口から意外な言葉が漏れ出た。

「君の情まかせの瞬発力、嫌いじゃないよ」

 いつものように唐突に振る舞われる、ドラのぶっきら棒な優しさに救われた駱太郎の目に、薄ら輝くものが浮かんだ。

 幸吉郎が戻ってくると、駱太郎は車を発進させてTBT本部へと戻った。

 その帰り道、駱太郎は青々とした空を見つめながらドラに言われた言葉を心の中で復唱する。

(精度か・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

おわり

 

参照・参考文献

原作:小森陽一 作画:藤堂裕『S -最後の警官- 4巻』 (小学館・2010)

 

 

 

その3:絶対においしい炊き込みご飯!

 

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

「「「せーのっ!!!」」」

 サムライドラーズ恒例の割りばしくじ。これによって、その日の当番を割り振る。

 食事・洗濯・掃除と書かれた3本の割りばしの中でも、必ずと言っていいほど洗濯と書かれたくじを引き当てるのはドラだった。

「あ~~~///また洗濯・・・当たっちゃったよ~~~///」

 今月に入って30日目。即ち、1か月間朝と夜毎日洗濯をしているということである。

 男ばかりのこの家で、洗濯は重労働かつ、所謂3Kに該当する仕事。ドラは自分のくじ運の無さを呪いながら、今日も汗にまみれて泥くさい男たちの服を洗濯するのである。

 そんな中、食事と書かれた割り箸を引き当てた駱太郎。今日は、彼が夕飯を担当することになっている。

「よわったな~~~・・・俺そんな料理とか得意じゃねぇーしよ・・・」

 頭を掻きながら、冷蔵庫の中にあるものを確認する。

 給料日前であるため、材料は基本的に品薄だ。工夫次第では使える食材はそれなりにあるが、料理経験の少ない駱太郎の頭では、レパートリーを考えることも難しい。

 冷蔵庫を閉めると、今度は今日の分の米を確かめる。

「米はあるが・・・・・・おかずが少ねぇもんな・・・・・・どうしようかっな・・・」

 皺の少ない脳に全神経を集中させ、今晩のメニューを考える。

 そして、考えること1分・・・・・・駱太郎の頭に電球が浮かんだ。

「よっしゃー!ひらめいた!!」

 メニューを思いついた駱太郎は、エプロンを身に付けると、豪快に米を研ぎ始め、しっかりと洗って炊飯器の中にセットする。

 ドラと幸吉郎が見守る中、冷蔵庫を開けた駱太郎が取り出したのは―――ビールと、おつまみ用の枝豆。

 怪訝そうな顔を浮かべながら、ドラと幸吉郎は駱太郎に尋ねる。

「そんなものどうするつもり?ていうか、その枝豆オイラのだよねそれ・・・」

「変なもん作る気じゃねーだろうな・・・?」

「へへっ。こいつを使って、マンネリ化しつつある日本の食卓に革命を起こすんだよ!とにかく、まずはビールを開封する!」

 栓抜きを使わず、握力だけで王冠を引き抜く豪快さもさることながら、駱太郎はビールを少し飲んでから、洗った米だけが入った炊飯器の中にビールを注ぎ込む。

「ちょっと―――!!!サッポロビールで何してるんの!?つーか、なんでご飯に入れちゃうわけ―――!!!」

「ビールで飯を炊くとうまいってきっと!ところで、なんでビールって褐色の瓶に入ってるんだっけか?」

「日光に当たるとビールの風味が落ちるから、褐色色の瓶に入れて冷蔵庫に冷やして鮮度を保つんだよ・・・ってそんなことより!!やめてくれ—――!!!変なものはつくるな―――!!!」

 ドラの叫びと雑学披露も虚しく、駱太郎はドラが楽しみにしていた晩酌用のビールをすべて炊飯器の中に注ぎ込む。

「ああああ~~~・・・///今晩の楽しみが~~~///」

「駱太郎!兄貴の楽しみを奪いやがって!大体、なんでビールで飯がうまくなんだよ!!」

 幸吉郎がドラを庇って駱太郎に猛抗議をする。

「いやだからさ・・・!ビールはホップだろ?大麦だろ!麦と米が合わない訳ないじゃねぇかよ!」

「んなことはどうでもいいんだよ!第一、被ってんじゃねぇのか!?」

「大丈夫だって!ほら、ここにちょっと塩を多めにした枝豆がある!こいつを入れることによって、いい具合に炊き上がるんだよ!」

 5合のご飯にビール2本を注ぎ込んだ後は、塩気の多い枝豆を、中身を取り出したものと一緒に、その皮も炊飯器の中へ。

 恐る恐る炊飯器の中を覗きこむと、ビールの泡でいっぱいの炊飯器にポツンと浮かぶ枝前が見える。

 とてもじゃないが、ドラと幸吉郎はこれを素直に食べる気にはなれなかった。

「これ美味いのか・・・?」

「ビールはそのまま飲むから美味しいんじゃないの・・・?」

「新境地開拓だよ!さぁ、こいつが炊き上がったらどんな風になるのか・・・楽しみだー」

 蓋をして、炊き上がりを待つことに。

 果たして・・・どんな風に仕上げるのか・・・・・・?!

 

「炊き上がったーぞ!」

「「はぁ~~~・・・」」

 本日のメインディッシュこと、ビールと枝豆の炊き込みご飯が完成した。

 おかずは、たくあんとアジの開きと言う極めて日本人的なメニューが食卓テーブルの上に並んでいる中で、その中央には炊飯器。

 息を飲むドラと幸吉郎。

 駱太郎が意気揚々と、炊飯器の蓋を開ける。

「オープン!!」

「「こ、これは・・・・・・!」」

 蓋を開けた瞬間に広がるのは・・・・・・黄金色に輝く炊き立てごはん。そして、艶を帯びた枝豆の姿。

「見ろよ、これ!うまそうじゃねぇかよ!!」

「まぁ・・・多少酒臭い匂いはするけど・・・・・・」

「不快ってほどでもねぇかな」

 思った以上に美味しそうに炊き上がったビールと枝豆ごはん。早速、お茶碗に適量を盛り、その味を賞味することにする。

「いただきまーす!」

「「いただきまーす・・・」」

 駱太郎がガツガツと食べ進める一方で、ドラと幸吉郎は頭の中で想像する味と、実際に舌で味わう味のギャップを恐れるあまり、なかなか手が動かない。

「うめ―――!!!これいけるぞ!!!お前らもビビッてねぇぜさっさと食えよ!!病み付きになるって!」

「そうかな・・・・・・」

「乗り気しねぇな・・・・・・」

 とはいえ、これ以上の空腹は耐えられなかった。

 思い切って口に運び入れた二人は、その味をしっかりと噛みしめる。

「どうだ、うめぇか?」

 駱太郎がおもむろに尋ねると、次の瞬間ドラと幸吉郎の反応は―――

「・・・結構おいしくないじゃないですか?」

「うまい・・・いけるぞ」

「本当か!!!よっしゃ―――!!!チャレンジしてみた甲斐があったぞ―――!!!」

 ガッツポーズを決め込み、椅子の上に足を乗っけて勝利宣言。

 行儀の悪い駱太郎を椅子に座らせたドラは、想定していた不味さは縁遠いビールと枝豆ごはんをその後も頬張る。

「あのね・・・豆がまた美味いのかもねこれ・・・あれ―――!!!冗談抜きで本当においしいぞこれ!!!」

「おかわりしようっと・・・」

「なんでだよ!?幸吉郎、さっきまで人の料理にケチ付けてたのにおかわりかよ!!」

 食べれば食べるほど、その美味しさを理解し始めるドラと幸吉郎。

 当初とは全く異なる二人の反応に呆れながらも、駱太郎は素直に嬉しかった。

 だからこそ、調子に乗ってその後も、奇抜な炊き込みご飯作りに没頭するようになってしまったのだ。

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 後日。駱太郎はメンバー全員に奇抜な炊き込みご飯をプレゼンする。

「さぁおめぇら!これが俺の自信作だ!!遠慮せずに食ってくれー!」

 長机の上に並べられた、9つの炊飯器。それぞれ、味が異なる様々なオリジナル炊き込みご飯が入っている。

 世にも恐ろしいものが入っていることを想定して、生唾を飲む鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバー。

 そして、意を決してリーダーのドラが最初に明けた炊飯器の中に入っていたのは、異様な具材だった。

「なんだいこれ・・・!?コーヒー豆じゃないの!」

「「「「「え~~~!!!」」」」」

「おうよ!コーヒー豆と一緒に炊いてみたコーヒー豆ごはんだ!幸吉郎、その隣の奴を開けてみろ」

 駱太郎に促された幸吉郎は、嫌な予感を抱きつつもドラの右隣にある炊飯器に手を伸ばし、中身を覗きこむ。

「は・・・・・・・・・?」

 目を点にして覗きこむと、ドロドロに溶けたオレンジ色の物体の上に、何故か2等分にされたリンゴが乗っかっていた。

「ら、らくたろうさん・・・・・・///何を作ったんでしょうか・・・///」

 冷や汗をかき茜が問いかけると、駱太郎は世にも奇妙なその炊き込みご飯を茶碗に盛りながら答える。

「カレーライスをヒントにさ・・・カレーせんべいと、リンゴをすりおろした奴に、まるまるリンゴを入れてみたんだよ。あと、ハチミツも加えてさ・・・どうだ!新境地開拓だろう!」

「単細胞のは新境地じゃなくて新恐怖だろうが!!!///食えるか、んなもん!」

 茶碗に盛られた画にもすることも恐ろしい炊き込みご飯から、写ノ神は目を逸らす。

「ダメか・・・じゃあ、これなんかいいんじゃねぇかな」

 そう言って、また別の炊飯器からオリジナルのご飯を盛り始める駱太郎。

「じゃん!これはすげーぞ!!」

「「「「「「うわあああああああああああああ!!!!!!!!!!!」」」」」」

 ご飯の上に乗っかった巨大な黒いものに、メンバー全員が悲鳴を上げる。

 なんと、炊き込みご飯の材料に駱太郎がセレクトしたのは・・・高級食材として利用される熊の手。

 その熊の手がまるまる、ご飯の上に乗っかっているのだ。

「これスゲーだろ!時価7万もしたんぞ!」

「無駄遣いもいいところだ!!なんでそんなもんを炊き込みご飯にするんだよ!!」

「あ~・・・熊の手がなんともまぁ・・・グロイ・・・///」

 龍樹は、夢に出てきて自分の寝首をかいてくるかもしれない熊の手の生々しい爪に顔を引きつる。

「さてと・・・こいつを誰に食ってもらおうかな・・・」

 駱太郎は試食相手を選び出す。

 勿論、ドラたちは誰も食べたくないので遠ざかるのだが、反応が若干遅れた昇流が、標的にされた。

「長官!!食ってみようぜ!!」

「バカ言ってんじゃねぇよ!なんで俺なんだよ!!」

「あんたバカだろ!こんなもん食ったところで腹なんか壊さないだろ!」

「意味わかんねーよ!俺は嫌だよ!絶対に食べたくないからな!!!///」

「じゃあ、じゃんけんしよう」

 駱太郎は嫌がる昇流の元まで歩み寄り、唐突にじゃんけんを始める。

「じゃんけん・・・ポン!」

 駱太郎はチョキを出し、昇流はグーを出す。

「俺の勝ちだ!だから俺は食わなくてもいいんだよな!!」

「俺が負けたから、あんたが食うんだ。これ勝った奴が食べる権利を得るからな!」

「ざけんじゃねーぞ!!!///」

 なんだかんだと無茶苦茶な理由を付けられた上に、強制的に食べさせられる羽目になった昇流は、熊の手を見ないように白いご飯を箸で掴み、勇気を振り絞って口に運ぶ。

「ハブ!」

 一口食べた瞬間に・・・・・・

「うぶううう////」

 とても、お茶の間では見せられない光景が広がった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その44:自分の中の正義を実行するために法を無視する・・・それはテロリストと同じなんだ!!

 

一番言われたくない人に言われた感じがする。でも、世の中の誰もが自分の正義を貫くために法律を無視したらたまったものじゃないよね。全員がテロリストになっちゃうからね・・・(第41話)




次回予告

龍「どぅははははは!駱太郎の話はおもしろかったかのう?次回はこの拙僧、龍樹常法じゃ。ライトノベルと言う奴はどうも老人をあまり使いたがらんらしいからな・・・・・・拙僧が新境地を開拓してやるかのう」
「次回、『龍樹常法之巻』。年寄だって頑張ってると言う事を少しでも分かってもらえれば幸いじゃ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。