「俺が印象に残っていることといえば、やっぱり過去の世界で万引きを働く悪質な時間犯罪者を捕まえる為に潜入調査をしたことだ。やっぱ過去の世界の物ってのは未来だと高値で売れるからな。その辺の事情も含めて見てくれ!」
その1:幸吉郎のファンレター
小樽市 サムライ・ドラ宅
「ただいま・・・・・・」
「おかえり幸吉郎」
午後9時45分、山中幸吉郎は職務を終えて帰宅した。
本日のスケジュールは、朝早くから東京のテレビスタジオでアニメの声宛を二本と、午後は北海道にとんぼ返りして通常勤務という大変なハードメニューをこなし、律儀に残業をしてきたためにドラたちよりも仕事が終わるのが遅れてしまった。
「あ~~~・・・今日は久しぶりに肩が凝ったッスね~」
「純米人情酒飲む?酔い覚め爽やか、悪酔いは無しだ!」
「いいっすね!!もらいましょうか!!」
ドラの厚意で日本酒をいただくことにした。
と、その時テレビから、駱太郎が大好きなニュース番組のイントロが流れ、ドラと幸吉郎は焦りを抱く。
「だぁ~~~!早くチャンネルを変えるんだ!」
「リモコン!リモコーン!」
テレビのリモコンを必死に探すも、なぜか肝心の代物がなかなか出てこない。
それもそのはず。既に駱太郎が取り上げ、テレビの目の前で正座をしていたのだ。
「よっ!待ってましたー!」
「「だぁ~~~!!」」
ニュース番組のキャスターとして出演している女優の大ファンだからという理由で、真面に見たことがないニュース番組を真剣に見る駱太郎に、ドラと幸吉郎は拍子抜け。
「あのね!!“情報ウィークニュースレポート!”は、録画して見るって言ってたんじゃないの!?」
「たまには生の古館嬢ちゃんも見たいんだよ!」
「生意気なこと言ってねぇで、てめぇはさっさと寝てろ―――!!!」
不承不承に、自分の部屋へと戻って行く駱太郎。
やっと静かに酒を飲めると思った幸吉郎だったが、直後ドラが忘れていたことを思い出した。
「そういえば、今日ポストに幸吉郎宛ての手紙が入ってたよ」
「俺宛に?」
「女の子からだよ。多分、ファンレターじゃないかな」
「えっ!ファンレター・・・!へぇ~マジっすか・・・」
可愛らしいピンクの便箋をドラから受け取った幸吉郎は、遠方から届けられたのか、あるいは近場から届けられたのかもわからないファンからの手紙を読もうとするが・・・恥ずかしいのか、ドラに手紙を渡す。
「兄貴代わりに読んでくださいよ///」
「なんだよ、照れちゃってるのこいつ!」
「いや~~~♪いざ自分で読むのは恥ずかしいもんすよっ///」
「はいはい。じゃあ、オイラが読んであげるよ・・・えーと、なになに・・・」
ドラはびっしりと書かれた女性ファンからの幸吉郎へのメッセージを、ゆっくりと読み上げる。
「『デュオ 幸吉郎さん』」
「“ディア”だな、それ?なんだよデュオって・・・あみんか?」
出だしからして手紙としてはおかしな文章に、幸吉郎は鋭いツッコミをいれる。なお、ドラは手紙を読むのに集中しているため、ツッコミはすべて幸吉郎に一任している。(ちなみにあみんとは、1980年代に活躍した、岡村孝子と、加藤晴子の2人による女性音楽グループのことである。なぜ、幸吉郎が彼女たちのグループ名を知っているのかは定かではないが・・・)
ドラは幸吉郎のツッコミのタイミングを予想しながら、手紙の続きを言う。
「『はじめました』」
「何はじめたんだよ?!“はじめまして”じゃないかな!?俺冷やし中華みたいになってるじゃんかよ・・・」
ほろ酔い気分どころか、全く酔わせる気配のないおかしな文章に、幸吉郎はたじたじ。
「『わたしは、東京に住むフクミです』」
「おっ、フクちゃんか・・・うんうん」
「『ファンレターなんてはじめてだから、緊張でちょっと漏れています』」
「何が漏れてんだよ・・・きったねーこいつ・・・!」
「『去年優勝した、ドM-1グランプリ』」
「“M-1グランプリ”な。誰がドMだ・・・軽いSだぞコノヤロウ・・・つーか、M-1に出場した覚えないんだけどな」
「『優勝おめでとうございます』」
「おお、ありがとう」
「『テレビで見て、応援してました』」
「あ、そうなんだうれしいじゃねぇか。出た覚えはないんだけどな・・・まぁいっか」
一応説明しておくが、山中幸吉郎がドラと、駱太郎の三人で組んでいる漫才トリオ“サムライドラーズ”は、出場条件もさることながら、一度たりとも漫才日本一を決める大会に出たことはなかった。
にもかかわらず、ファンレターをくれたフクミ(仮名)は、サムライドラーズと他のM-1優勝コンビとを勘違いしている様であった。
「『それ以来、サムライドラさんーズがずっと気になり・・・』」
「“さん”の場所!!”サムライドラさんーズ”になってるよ!おかしいだろ・・・」
「『最近では、テレビに出ている姿を想像して楽しんでます』」
「見てくれ。想像しなくていいから見てくんねぇかな・・・ちょいちょい出てるぞ」
仮にも芸人として活動している幸吉郎にとって、テレビに出ている姿を見るのではなく、フクミが言うように想像されるのはちょっと困りものである。切実な訴えをつぶやく。
「『先日テレビを見て思ったんですけど』」
「うん」
「『幸吉郎さんって、14型のテレビで見ると小さいんですね』」
「テレビが小っちぇんだよ!テレビが14インチだからじゃねぇのこれ?!」
14インチと言われてもパッとしない場合は、お手元にあるノートパソコンの大きさぐらいだと思ってくれると幸いです。
「『あ、そうそう。先日の警察24時、見ましたよ!』」
「はっ?警察24時・・・!?」
何を言おうとしているのか全然分からない幸吉郎を一瞥し、ドラはフクミになり切ってその続きをしゃべる。
「『幸吉郎さんの、迫力ある言いがかりは、見ごたえがありました』」
「俺じゃねぇよそれ!多分俺に似た犯罪者だ、犯罪者・・・!!」
ただでさえ、粗野で柄の悪い男に見られがちな幸吉郎を完全に犯罪者と勘違いしているフクミに、やや苛立ちを抱く。内心実に失礼な相手だと思った。
「『こんな時間に言うのもなんですが』」
「うん」
「『わたしは、3人のネタがとても好きです』」
「おお、うれしいじゃねぇか。まぁ何時かは知らねェけどな・・・」
こんな時間、と言っていながら時間を明記していないことをさり気無くツッコんだ幸吉郎の呼吸に合わせて、ドラは二枚目の手紙に目を通す。
「『最近笑ったのは、年配の人に対して“おい、このクソジジイ!クソババア!まだ生きてたのか!”って、言ったところです』
「言った事ねぇわ・・・!完全に“毒蝮三太夫”じゃねぇかよ・・・怒られるわお前」
知らない人の為に補足すると、毒蝮三太夫は、年配者相手に「ジジイ」「ババア」といった毒舌トークで人気を誇っている俳優・ラジオパーソナリティー、あるいはタレントを指す。
悪い意味で、粗暴な口調が目立つ幸吉郎だが、普段から年配者に対しては敬語で接しているため、変な勘違いをされるのは迷惑千万だ。
「『そして、恥ずかしながらわたしは・・・幸吉郎さんのファンです』」
「何が恥ずかしいんだよ・・・恥ずかしくねぇだろ別によ!」
「『幸吉郎さんを思ってコーヒーを飲むと、夜も眠れません』」
「コーヒーの所為だろ・・・!多分俺関係ねぇよそれ、カフェインの所為だろう!?」
「『たくさんいるお笑い芸人の中で、幸吉郎が一番好きです』」
「“幸吉郎”っつったぞ、こいつ!?なんで急に上から来んだよこいつ!?」
前触れもなく呼び捨てにしてくるフクミに癇癪を抱く。一体、何を思って彼女は幸吉郎にこの手紙を書いたのだろうか・・・
「『顔はもちろん、なのはに出て来た仮面の男の声が好きです』」
「声優好きじゃねぇかよ、ただの!やめろよ、そういうメタな発言・・・・・・」
幸吉郎の地声と、某魔法少女アニメシリーズ第2期で登場した登場人物の声がそっくりなこととかけたメタフィクション発言に、幸吉郎は焦りを抱く。
「『ここで、2位を発表します』」
「ああ、発表すればいいよ・・・」
「『2位は、林家こぶ平です』
「こぶ平!?落語家じゃん!芸人じゃねぇじゃんもう・・・・・・」
「『わたしは、幸吉郎さんのパワフルなツッパリが好きです』」
「”ツッコミ”な!ツッパリは力士だ。完全に間違ってんな俺と、誰が関取だコノヤロウ!」
「『幸吉郎さんのツッコミは、5本で2本の・・・あ、日本で5本の指に入る』」
「ややこしいわ!ややこしいな・・・」
「『それぐらい素晴らしいツッコミだと・・・すいません、いいすぎですか?』」
「いやいいんじゃないの!ほめてくれ、ほめてくれ俺を!」
ファンというものは、大概好きなタレントや芸人のいいところを大袈裟に褒め称えるものだが、フクミの場合は、変に控えめなところがあった。本音を言えば、幸吉郎はもっと褒めて欲しかった。
「『少なくとも、30本の指は入ると思います』」
「30本の指!?だいたい5本の指だろうが・・・そんな言葉ねぇぞ30本の指とか・・・」
「『もちろん、笑った顔も好きですよ』」
「ああ、そうなんだ嬉しいじゃねぇか。ははははは」
誰に笑っているのかは知らないが、幸吉郎は自然な笑みを浮かべる。
それを一瞥したあとで、ドラはその続きを読む。
「『厳密にいうと、幸吉郎さんを見て笑う時の私の顔が好きです』」
「おまえの顔じゃねぇかよそれ!知らねぇよおまえの顔・・・!」
イチイチ癇に障るコメントに憤る。フクミのファンレターの中身は、ツッコミの絶えない内容となっていた。
「『湯沢幸吉郎の』」
「誰が”湯沢幸吉郎”だ!誰だそれ!?俺湯沢じゃねぇよ、山中幸吉郎だよ・・・ただの」
下の名前だけしか覚えられていることに幸吉郎は大きなショックを覚える幸吉郎。(なお、湯沢幸吉郎とは、日本の国語学者の名前である)
「『趣味のひとつが、おいしいものを食べる事でしたよね?』」
「ああ、俺グルメっ子だからな・・・」
「『わたしは料理が得意です』」
「ほう、そうなのか」
「『舌平目のムニエル』」
「おっ。難しいぞあれ」
「『白身魚のムニエル』」
「ほうほう」
「『あと、ホットケーキ』」
「あ。ホットケーキは女の子らしくていいんじゃねぇかな」
「『の、ムニエルなどが』」
「“ムニエル”かよやっぱり!ホットケーキのムニエルって、小麦粉に”小麦粉”じゃねぇかよこれ・・・大丈夫か!?」
実際にホットケーキのムニエルを想像してみると、決してうまいもとは思えない。そもそも、小麦粉につけたホットケーキを油で焼いたところで、何の意味があるというのだろうか・・・
三枚目に差し掛かり、フクミの下手な芸人よりもおもしろいメッセージが次々と炸裂する。
「『幸吉郎さんが出演するライブやイベントにも行って、生々しい幸吉郎さんも見てみたいです』」
「生々しいってなんか・・・傷口みてぇだな・・・」
「『ライブ会場の近くに住んでいるのですが、ちょっとめんどくさくて』」
「えっ!?」
「『あと、すこしウンコくさくて』」
「なんですこしウンコくせぇんだよ!来るな!さっきウンコ漏らしたからだろ!」
前半で彼女が言っていた“漏れている”という言葉を思い出し、幸吉郎はそんなツッコミを入れる。
「『だから、もしよければ、今度のサムライドラーズのライブ、一番前の席で一緒に見ませんか?』」
「どやって見んだよ!?俺たちのライブを俺が一番前で見るってどういうことだよ!?幽体離脱か俺は・・・・・・」
「『わたしのことをもっと知りたいなら、返事を書けばいいと思います』」
「なんでチョイチョイ上から来んだよ・・・!?なんなんだこいつ生意気だな!」
「『指先の感覚が無くなって来たので、この辺で終わります』」
「どこで書いてんだこいつ!?冷凍庫か・・・」
「『そういえばこの間・・・』」
「終わってねぇじゃねぇかよ全然よ・・・!んだよこれ」
「『もしかしたら今・・・“終わってねぇじゃねぇかよ全然よ”と、ツッコんでくれたのかな?』」
「うわああ!まんまツッコんでる・・・!うわぁはずかしい・・・///」
素人にツッコミの内容を予測されたことを、幸吉郎は芸人として恥ずかしく思った。
「『別に恥ずかしい事じゃないですよ』」
「あれ!?なんだこの手紙・・・!おかしいな、大丈夫かこれ怖えーぞ!」
これを聞くと、恥ずかしいを通り越して、怖いという感情が芽生えたのは言うまでもない。シャーマンの如く、幸吉郎が考えていることを予測するフクミは、本当に人間なのかと本気で疑った。
最後のページに差し掛かり、いよいよファンレターも終わりを迎えようとしていた。
「『最後になりますが、こんな時間にすいません』」
「何時なんだよ!?時間かけ時間をこれ!」
どういうわけか、正確な時間を明記していなかったフクミ。もしかしたら、幸吉郎のツッコミを予測しての計算だったのだろうか・・・・・・
「SAY YES.・・・あ、間違えたP.S』」
「バカじゃネェのコイツ!何が“SAY YES”だくだらねぇな・・・」
「『何度も言うよ』」
「はぁ?」
「『残さず言うよ』」
「何をだよ・・・?!」
「『君を愛してる~~~♪』」
次の瞬間、歌詞に合わせて幸吉郎は有名な歌のワンフレーズを熱唱する。
「SAY YES~~~♪」
「やかましいわ!!」
夜がふけっているのに、大声で熱唱する幸吉郎を、手紙を読み終えたドラは容赦なくツッコミを加えて彼の心と体を沈めた。
おわり
その2:幸吉郎のつぶやき
俺は生まれて初めてTwitterという奴をやってみた。
要するにこのSNSを利用すると、自分が率直に思ったことを数行程度の文字で書きつづることができるらしいな、兄貴が言う分には。
これから見てもらうツイートは、この俺―――山中幸吉郎が体験した奇妙な出来事を通して感じたことをありのままにつぶやいたものである。
小樽市 市街地
とある日の休日―――
休暇を利用して市内をぶらぶら歩いていた幸吉郎は、偶然にも一軒のハンバーガー店の前に差し掛かったときのこと。
「あれ?昨日の夜まで何もなかったのに急にハンバーガー屋できてんな。興奮してきな・・・ちょっと入ってみるかな」
興味本位で店の中に入場すると、幸吉郎に向かって弾丸のごとく店員の甲高い声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませこんにちは!いらっしゃいませこんにちは!いらっしゃいませこんにちは!」
これを聞いた幸吉郎は、そのとき思ったことをこうツイートする。
“ブックオフか・・・”
「うるせーな何回も。一回でいいんだよ!!」
幸吉郎の気迫に圧倒され、すいませんと一言男性店員は平謝り。
「こちらでお召し上がりですか?」
「いや持って帰るよ」
「ソルトレイクのほうで」
「”テイクアウト”だよ・・・なんだよソルトレイクって・・・」
意味の分からない言葉が返ってきたことに対し、幸吉郎はさらにツイートする。
“冬季オリンピックか?”
「違う違う、持って帰るよ」
「かしこまりました」
と、そのとき―――幸吉郎は注文代の上にメニュー表示がないことに気付く。
「おい。メニューどこだよ?」
店員はクスクスと笑いながら、下に目線を運ばせる。
「お客さん。踏んでますよ?」
おもむろに自分の足元を覗き込むと、幸吉郎の足の下になぜかメニューの一覧が書かれた紙があることに気付く。
「なんで下にあるんだよ!?上に置いてるか・・・全然気づかなかったぜ!」
何を意図して床にメニューを置いているのかは不明ではあるが、幸吉郎がこのときの出来事を思い出し、ツイートに書き込んでいる。
“何日でつぶれるか楽しみだぜ!”
「あ~どうしようかな・・・じゃあ、このビックバーガーセット」
「ビックバーガーを千個」
“業者か俺は・・・”
「どこに売りに行くんだよ、こんな大量に仕入れて!?」
聞き間違い方が何とも斬新とも思いつつ、店員の言葉に耳を傾けると―――
「いまからお作りしますので、5時間少々よろしいですか?」
「馬鹿じゃねぇの!なんで5時間もかかるんだよ!?」
「だって千個ってなったら厨房大変なことになりますよ!?」
「千個じゃねぇよ、”セット”だ!」
「セット?」
「ゼット1個だよ!」
「あ、セット!セットお一つ!」
「当たり前だろ」
一度の勘違いに留まらず、その勘違いを引きずり支離滅裂とした会話をふっかける理不尽な店員の態度に幸吉郎は大いに困惑する。
店員のあり得ない勘違いを訂正し、一息つくと―――その店員が幸吉郎に話しかける。
「飲み物はどうなさいますか?」
「飲み物な・・・じゃあ、このバナナシェイクでいいや」
「バナナシェイクで」
注文を打ち込みながら、店員はサイズの事を尋ねるのだが―――
「サイズの方、S・M・A・L・Lとございますが?」
これを聞いた瞬間、幸吉郎は目を点にし、ツイート画面にこう打ち込んだ。
“SMALLって言ってんじゃねぇか・・・!”
「なんで小さいのしかねぇんだよ?」
「おっきいコップがまだ来てないもので♪」
「コップないんだ!慌ててオープンすんなよ・・・んじゃいいよ、小っちゃいので」
それにしても、小さいコップしかない事をよくもあんな言い回しで誤魔化そうとするとは―――なかなかに言葉遊びが上手な店員だと、幸吉郎は思った。
「ご一緒にビックバーガーセットはいかがですか?」
とは言え、本質的に店員がバカであることは紛れもない事実だった。
“太るわ!!”
「普通なんかサイドメニューとかねぇのか!?」
「あ、サイドメニュー!え~ごいっしょにほたてはいかがですか?」
「”ほたて”って言っちゃったよ!ポテトみたいにほたてって言っちゃったよ!」
「ご一緒に!」
なぜか幸吉郎を巻きこみほたてという言葉を復唱する店員。
周りに他の客がいる中で、店員に釣られて“ほたて”と大声で叫んでしまった幸吉郎は顔を真っ赤にし、その時の気持ちをツイートする。
“ホタテ!!って・・・なんで一緒に言わなきゃ何ねぇんだよ!つられて言っちまったじゃんか///”
「なんでホタテって一緒に言わなきゃいけねぇんだよ気持ち悪いな!」
「お二つ?」
「いらねーよ!以上だ、以上!」
「それでは厨房の方を振り返ります!」
言うと、店員は注文を繰り返すのではなく、厨房の方へと振り返った。
“注文繰り返せよ!!何があったんだよ、厨房でよ!!”
「黙って振り替えろよそんなもの!」
思考の読めない店員に激しく恫喝する幸吉郎。普通に考えても、客を馬鹿にした行動をどうしてここまで堂々とすることできるのか、その神経を疑う。
あるいはそれがこの店の売り方なのだとしたら、この店に将来は直に暗雲が立ち込めることは必死だった。
「注文の方を繰り返します!」
「繰り返せよったく・・・」
「ビックバーガーセットがお一つ。お飲物バナナシェイクでよろしかったですか?」
「おいちょと待てよ」
ここで、店員の語尾に違和感を覚えた幸吉郎は鋭い剣幕で間の抜けた顔を浮かべる店員に文句を付ける。
「お前さっきバナナシェイクで”よろしかったですか”?って言っただろ。俺その言い方大っ嫌いなんだわ!」
「ああ、すみません!」
本来的な敬語であれば「よろしいですか?」が正しい。
しかし、敬語を使おうと過剰に意識するあまり「ですか?」という別の敬語を追加することで二重敬語になってしまい、却って変な言葉になってしまう。
幸吉郎のニュアンスからすれば、「よろしかったですか?」という言葉は、注文したものが自分の前に現れて確認をするときに聞くもので、商品が出ないうちにその言葉を使われと非常に腹立たしいことだった。
「最近若けー奴言ってるみたいだけどよ。ちょっと言い直せ」
幸吉郎に諌められた店員は咳払いをし、言われた通りに言い直しをする。
「お飲物バナナ~シェイク!」
“そこじゃねぇわ!!!”
たまらずツイートをしたくなる店員の摩訶不思議な言動だった。
「誰がそんなバナナの発音こだわってんだよ!?“よろしかったですか?”のところ!」
「あ。“ですか?”の方ですか?」
「うるせーな、ですかですか!ブックオフかお前、さっきからよ!?作らせろよ何見てんだよ!」
ここにきてフラストレーションが一気に高まる。
バイトの店員だからこのような戯れが許されるという問題ではない。れっきとした仕事である以上、真剣に取り組むべきなのだ。
もっとも、この店員にとってこれまでの言動が彼の本気だとしたら・・・考えただけでも恐ろしい。
厨房へと振り返った店員は、大きな声で幸吉郎から受けた注文を伝える。
「ビックセット1、バナナシェイク!プリーズヘルプミー!」
“なんで助け求めてんだよ!?ヘルピミーはおかしいだろ!?”
プリーズだけで済むところを敢えてヘルピミーを入れる必然性は全くない。
しっかりとツイートした幸吉路は店員に問い質そうとしたところ、凄まじい力と表情でレジスターのボタンを打ち込んでいた。
まるでバンドのライブを彷彿とさせる―――少なくとも幸吉郎の目にはそう見えた。
「お会計630円になります!」
「すげー叩き方だったな!YOSHIKIみたいになってたぞ!?」
と、某音楽家の真似をしてドラムを叩く真似をする幸吉郎に店員はニッコリと笑い、
「カルロスの方です♪」
“トシキだよ!それカルロス・トシキとオメガトライブだよ、懐かしいなおい”
1980年代にヒットした音楽バンドについて幸吉郎が何故知っているのかは定かではないが、不思議とどんなボケにも自然とツッコめるだけの器量を備えていた。
「で、いくらだ?」
「630円です」
「630円な・・・ほら、ちょうどだ」
ポケットの中から630円ちょうどを支払い、店員はお金を受け取りレジスターから10円玉を3枚取り出す。
「はい。30円の返しです」
“600円じゃねぇか、じゃあ。なんで30円多くとったんだ?”
請求金額よりも30円多く金を受け取ったあとでわざわざ30円のおつりを渡す・・・一体何がしたいのか、幸吉郎にはさっぱりわからない。
「あとこちら500円以上お買い上げの方に差し上げてるんですけど」
「お、なんかもらえるの?」
「レシートです」
“レシートじぇねぇか。全員に渡せよこれは!!”
特典がつくと思って期待した幸吉郎を、見事に裏切った。
「お箸は2膳でよろしかったですか?」
“1膳もいらないわ!ハンバーガーだぞ”
「シェイクの方砂糖とミルクおつけしますか?」
“糖尿になるわ!何かけてんだよ今、ドロドロじゃねぇか”
ここまでずれた発言を繰り返す店員を見ていると、一種の障害ではないかと疑ってしまう中、注文した品物が袋詰めにされ厨房から出てくる。
「おまたせしました。こちらつまんないもんです」
“なんでつまんないものなんだよ!?俺が欲しくて金払ったんだよ!つまるんだよ、つまるんだよ!”
粗品でもないものをざっくりした言葉で片付ける店員に怒りを露わにしながら、幸吉郎は早々にこの場から立ち去ろうとすると、店員はその前に呼びかける。
「あのいま、キャンペーンやっておりまして」
「キャンペーン?」
「こちらのスクラッチ削ってもらってよろしいですか?」
「ほう、なんか当たるの?」
「いろんな商品が当たります」
騙されたと思ってスクラッチくじを削ってみたところ、金色のマークが表示される。
「お。なんか出たぞ」
「あ!おめでとうございます、1等になります!」
「1等!!1等何もらえるの!?」
「1等ほたてになります!」
“ホタテかよ・・・!!”
総合ツイート数―――17ツイート。
◇
小樽市 サムライ・ドラ宅
5537年の深夜の出来事―――
普通自動車免許取得のために深夜に渡ってテスト勉強に励んでいた幸吉郎だが、疲れが徐々に溜まりはじめ、集中力が切れ始める。
「あ~勉強したくねーな。ちょっとラジオでも聞いて頑張ろうかな」
気分転換のため、深夜に放送されているラジオを聞くことにし、ラジカセのスイッチを入れる。
ピ・・・ピ・・・ピ・・・ポーン!
深夜1時を告げる音と同時に番組が始まった。
『さぁ、時刻は深夜1時。始まりました!真夜中の~ミッドナイト!』
“どんなタイトルだよ。真夜中の真夜中じゃねぇか・・・”
携帯を手に取り、彼は深夜ラジオを聞いて思ったことをTwitterにつぶやいている。
『いや~最近めっきり寒くなってきましたね!』
「なってねぇだろ。今8月で夏本番真っただ中だぞおまえ」
テンションアゲアゲなDJとは対照的に、幸吉郎は冷めた様子だった。そんな彼のことを嘲笑うかのように、DJは実に奇妙な発言をする。
『こんな時間だとテスト勉強しながら聞いてる、髪を結って着物を着て長身の強面の人もいるんじゃないのかな?』
「完全に俺の事言ってるな!おい誰か見てるのか気持ち悪いぞ///」
監視カメラでも仕掛けられてるのではないかと本気で疑う中―――
ピ・・・ピ・・・ピ・・・ポーン!
『さぁ時刻は1時1分!』
“毎分やるのこれ!?もうメンドクセーはなんだこれ!?”
間隔があまりに短すぎる時報に思わずツイートした幸吉郎だが、このラジオのおかしな点はこんなものではなかった。
『早速レスラーからのおハガキいきましょう』
“リスナーだろ。なんだレスラーって・・・”
『新宿区北早稲田2の100の500にお住いの町田涼君。ペンネーム“絶対匿名希望”さん』
「もう全部言っちゃってるだろ!?お前住所言ったぞ今・・・」
匿名を希望しているにもかかわらず、あっけらかんと本名と住所を口にするDJ―――あとでどんな苦情が殺到するのか、幸吉路は秘かに気になった。
『プロレスラーの方ですね?』
「あ、レスラーで良かったのか?レスラーで良かったんだ」
意外にも先ほど言い間違えたことは満更間違えではなかった。
『ええ~いつも試合中聞いてます』
“どうやって聞いてるんだよ?会場に流れてるのか?”
もしもこのリスナーがいつも聞いているのなら、それは真夜中の試合中であり、彼は恐らく悪役プロレス専門だろ。
『さぁ、続いてはファックスですね』
“聞いてるだけ!?くだらねぇ、そんなもの読むなよそのハガキよ!”
『東京都北区にお住いのキキキの鬼太郎さん』
「もうくらだらないわもう」
と、面白みに欠けるペンネームに辟易してると―――
『ペンネームは“阿部雄一郎”さんからですね』
“キキキの鬼太郎が本名!?”
「お前本名読み過ぎだろさっきからよ・・・!」
何かの冗談ではないかと思いつつ、何のためらいも無く平気でリスナーの本名を口にする無神経なDJに段々と腹が立ってくる。
幸吉郎が秘かな怒りを覚える中、ラジオの向こう側のDJはファックスに書かれた内容を読み上げる。
『秘密の話はどこで誰が聞いているかわからない、という例えで“壁に耳あり障子に目あり”といいますよね?』
「ああ、有名なことわざだよな」
『私はこの目ありを“メアリー”という外国人女性だとずっと勘違いしていました』
「ははは、おもしれーな!」
『こんな勘違いよくありますよね?』
「まぁ何回かあるわな」
聞いていてクスっと笑える小話。思わず微笑する幸吉郎だが、ラジオのDJの反応はずっと過剰だった。
『はははは。はははは。ははははははは!!』
「そんなにおもしれーかな。そんなおもしれーかこれ?」
そう思ってラジオに耳を近づけていると―――
『壁に耳ありってなんだよ!!』
“そっちかよ!!そこお前ことわざの部分じゃねぇかよちゃんとしたよ!”
『ありがとうございます』
ビリ!ビリ!
「もう破ってんな完全に!ビリビリ聞こえるぞ!」
ラジオに投稿したファックスを平気で破り捨てる無神経さは、正直幸吉郎も予想していなかった。
『続いてのファックス紹介しまーす。・・・先日、一人暮らしの僕のもとに実家の母から荷物が届きました。開けると中には油でビチョビチョのコロッケが入っていました。なんだこれ?と思ったら、一緒に母からの手紙が入っていて“あなたの大好きだった近所のお肉屋さんのコロッケを送ります。揚げたてでおいしいよ!”と書いてありました』
心温まる話だと思い幸吉郎も「なるほど」と頷く。
『揚げたてのコロッケが僕に届くのは次の日だとは気付かない母親。そんな母親を初めてかわいく思えました・・・さんからのお便りです』
“ペンネームだったのかよ!!長すぎるだろうがどう考えても!”
『えーいつも聞いてまーす!とのことですね』
「もういいわもう!聞いてる報告いいわもう!」
DJの神経もおかしければ、投稿して来るリスナーの神経もおかしい。
気分転換のためにラジオを付けた幸吉郎だが、思わぬストレスを味わうことになる。
『たくさんのお便り募集してまーす。お便りを紹介したみなさんには、番組特性ステッカーと現金100万円を差し上げまーす』
「100万円上げちゃうんだ!おまえさっきラジオ聞いてますって報告だけだったぞ!」
と、ここで―――
『はははは。はははは。ははははははは!!』
「え、なに?すげー笑ってるけどなんだよ・・・」
唐突に笑い出すDJに幸吉郎が何かあったのかと心配したところ―――
『壁に耳ありってなんだよ!!』
「まだ面白かったのかよ!?そんなおもしろくねーだろう引っ張るくらいよ!」
ツボにはまったらしく、DJは先に紹介した話のことでいつまでも笑っていた。
『さぁ!この辺で曲いってみましょう』
「曲聞かせてくれよ」
『この季節にピッタリのこの曲。サザンオールスターズで勝手にシンドバッド』
「ああいいね」
『そして、こちらも海が似合う曲。TubeのSeason in the Sun』
「これもいいな」
『二曲どうぞ!』
次の瞬間―――日本が誇る音楽グループが手掛けた名曲が二曲同時に始まり、二つの歌から別々の歌詞が流れる。
“おかしい!おかしい!おかしいよ!!おかしいだろ!!”
常軌を逸した出来事にたまらずツイートを行う。
「何同時にかけてんだよ!?なぁ?!」
『ちょっと聞きづらかったですね?』
「聞きづらいわ!聖徳太子か俺は!」
『え~では、静かな一局聞いてください』
「そうだよ。そういうの聞かせてくれよ」
『高橋七段対渡辺六段です。どうぞ』
バチッ!
「あ?」
バチッ!
「なんだ?」
音楽とはほど遠い何かを叩く音が等間隔で聞こえてくる。
一体なにが掛かってるのか、幸吉郎がラジオのスピーカーに耳を傾けていると―――
『王手!』
“将棋!?え、なに将棋の一局!?全然面白くないなにこれ!?”
『はい。気迫あふれる一局ダイジェストで聞いてもらいました』
「伝わるかそんなもん!」
『さすが高橋七段でしたね!』
“どっちがだよ!?どっちが高橋七段だ!?訳わかんねぇ・・・”
『さぁ、ここで重大発表なんですが・・・なんとこの真夜中のミッドナイト、今日で最終回』
「終わっちまうんだ」
内心こんな番組早く終わってしまえばいいと思っていた幸吉郎は一人ほくそ笑む。
『まぁ番組は終わりますけどね、お便りはどんどん読んでいきたいと思ってます!』
「どこで読むんだよ!?おまえ家で勝手に読むだけだろこれ!?」
『さぁ、真夜中のヘッドバット。そろそろお時間になってしまいました』
「もう番組名も変わってるぞ!?なんだよ”ヘッドバット”って・・・」
『お相手はDJトムと!』
そう言った直後、番組のエンドロールが流れ番組が終了した。
尻切れトンボとなった結末に対し、幸吉郎はツイートでこう書きこんだ。
“あと誰いたんだよ―――!!!”
総合ツイート数―――12ツイート。
おわり
その3:万引きGメン幸吉郎!
TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス
「お~~~い、みんなー。打ち合わせ始めるぞ~~」
ドラの一声で全員が返事をし、
「三分隊から回ってきた案件なんだけど・・・最近2013年のアメリカシアトルで、大掛かりな万引き事件が起こっているそうなんだ」
「万引きですか?」
ああ、と返事を返し、ドラはその詳細を語りだす。
「呉服からインテリアまでを扱う総合店なんだけど・・・ここ最近になってやたらと高級時計ばかりが大量に万引きされているらしい。しかもそれが、指名手配中の時間犯罪者グループの可能性が高い」
「成程。高級時計はそれ自体でも価値を持つが、この時代に持ってくれば骨董品として根は何倍にもせり上がるからな」
顎に手を添え、写ノ神が口にする。
「で、オイラたちの出番ってわけ。これから過去に行って悪質な万引きをとっ捕まえるんだ。さてと、メンバーはどうしようかな・・・・・・」
周りを見渡し、今回の任務に的確な人物を慎重にチョイスするドラ。そして、それに選ばれたのが―――
「という訳で、今回は幸吉郎とオイラ、茜ちゃんの三人が店に常駐することにする。残りは連絡があるまで待機ね」
作戦のメンバーとして、ドラを筆頭に副隊長の幸吉郎、唯一の女性である茜が選ばれた。
これに対し、いささか不満があるのか駱太郎と写ノ神がいちゃもんをつける。
「ドラ・・・なんでよりによって幸吉郎とアバズレなんだよ?俺たちだって万引きぐらい簡単に捕まえられるぞ!」
「茜が行くなら俺も行くべきだ!俺は茜の夫だぞ!」
しかし、この二人の言い分に―――ドラは魔猫の形相を浮かべ、顔を近づける。
「あれれ~~~二人は忘れちゃったのかなー。どこぞの麻薬の売人の言葉に騙され、折角現場を押えたのに危うく証拠の麻薬を持っていかれそうになったのは・・・誰の所為だったかな―――っ!!!」
「「ううう・・・///ごめんなさい・・・///」」
たとえ家族の様に親しい関係であろうと、仕事上は立派な上司であり、以前に部下がしでかしてしまった失態に関しては厳しく咎める。(この件については八百万写ノ神之巻で詳しく見ることにする)
グウの音も出ない二人は意気消沈とし、机の下に潜り込む。
「まぁ安心しろ。俺たちはお前らみたいなヘマはしねぇ」
「そんなに落ち込まないでください、写ノ神君。私たちがあなたたちの分まで頑張って、
「そんじゃまぁ、めんどくさいけど仕事するかー。お留守番組はきちんと書類整理をしているように、以上!」
こうしてドラ、幸吉郎、茜の三人は、タイムエレベーターに乗り込み―――2013年7月7日午前9時02分、アメリカ合衆国シアトル州へと向かう。
*
時間軸2013年 7月7日
アメリカ合衆国 シアトル州 総合ブランドショップ
時間犯罪者による悪質な万引き行為の現場を押えるため、“万引きGメン”となったドラ、幸吉郎、茜の三人は監視所を店内に設置し、それぞれの配置につく。
ドラと幸吉郎は常に犯人の動きを把握できるように監視カメラをチャックし、茜は女性従業員となって内部を調査。
午前9時を過ぎ、大勢の人間が店内で溢れる中―――ドラと幸吉郎は監視カメラから届く人の動きに目を光らせながら、煎餅を貪り喰らう。
「あん・・・。本当に未来人の仕業なんですかね・・・」
「あん!・・・多分な。どっちにしろ折角万引きGメンになれたんだ。他の万引き犯も挙ってしょっ引いてやろう」
「はい!頑張りましょう!」
気合いを入れ、監視カメラを見つめる幸吉郎。
と、監視を始めることわずか数十分―――二人の目にさも怪しげな客が店内に入り込む。
「おい、あの二人どう思う?」
ドラは入口近くの監視カメラに映った肥満体系の男と、それとは対照的な細身の美女を指さす。
男の手にはスナック菓子の袋が握られており、周りの目を気にせずスナック菓子を口へ運ぶ。
「常識のない野郎っすね。店の床が食べカスで汚れるのもお構いなしかよ」
「お、高級時計のコーナーに行ったよ」
二人が目を付けた体格差カップルは、高級時計のコーナーへと向かい、店員と話し始める。その様子をカメラ越しにじっと見つめるドラと幸吉郎。
カップルは店員に時計を見せて欲しいと、要求。店員はケースから順番に高級時計を取り出しては机の上に横一列に並べ、女性は気に入らないものがあるとその都度首を振り、違う時計を所望する。
そうして、目の前の取り出された時計は全部で6つ。ここで、女性がおもむろに「サングラスも見たいのー」と言い、店員を連れて肥満男性の元から離れる。
と、そのとき―――残された肥満男性の動きに変化が見られる。
「おい、あのデブゴン!」
「まさか・・・まさか・・・・・・!!」
肥満男性は店員が女性と話しこんでいる隙を窺い、周りの目を気にしつつ、目の前に置かれた時計の一つを手に取り―――そのまま持っていたスナック菓子の袋へと入れた。
「あのクソ野郎!!」
「白昼堂々やりやがった!!」
日本の万引きとは見られない大胆な戦法。男は囮役である女性が店員を引き付けている間に、持参したお菓子の袋に目当ての物を入れて盗む、という手法をとった。
その後、女性が戻って来るや足早に肥満男性は店を出ようとするが―――これを逃がさないドラと幸吉郎ではない。
「行くぞ幸吉郎!」
「了解!!」
全速力で階段を下り、玄関の外へと向かう。
犯人の肥満男性と女性を見つけるなり―――幸吉郎は二人へと駆け寄る。
「ちょっと待った―――!そこのデブとクソ女止まれ!!」
呼び止められた二人は幸吉郎の方へと振り返り、眉間に皺を寄せながらイライラをぶつける。
「デブって俺の事か!ああ!?」
「私のどこがクソ女ですって!あんた誰よ!?」
素姓を尋ねられると、幸吉郎は不敵な笑みを浮かべ、答える。
「俺は万引きGメンだ!てめぇらの行動は逐一監視カメラで見ていた!おいデブ夫!その袋よこせ!」
「“デブ夫”ってなんだよ!何もしてねぇよ!!万引きなんて俺してねぇよ!!」
「シラを切るつもりか、見苦しい奴だ。やましいもんが入ってねぇならその袋を寄越せ!」
「嫌だ!!」
と、熱い口論となる三人。その三人を催し物か何かと勘違いした人々が続々と集まり始め、にぎわい出してくる。
「さっさとそいつを渡せ!!」
「誰が渡すか!これは俺のポテチだ!!」
「ポテチだったら何もやましくなぇだろ!!見せろよ!!」
「ふざけんな!!誰が見せるか!!」
だが直後―――肥満男性が幸吉郎ばかりに注意を引き付けられている隙に、ドラが男からポテチの袋を取り上げる。
「あ!」
その事に気付いた男がドラを見ると、「うしし・・・バーカ」と、ドラは小馬鹿にした瞳で笑いながら袋の中身を確認する。
女性が額に汗を浮かべる中、ドラが袋から取り出したのは―――店内から盗まれた高級時計。
「あれれ~~~♪どうしてポテチの中にこんなにピカピカな時計が入っているのかな?しかもこれ50000ドルもする超高級品だ~~~♪」
「どういうことか説明してもらおうか?」
毅然とした態度で説明を求める幸吉郎。
すると、実行犯の男とその仲間の女性から返ってきた言葉は―――
「なんでだろうな!知らねぇよ!!」
「私たちは何も知らないわ!たまたま入っていたのよ!」
堂々と、自らの非を否定する。
あれだけ大胆なことをしておきながら白々しく犯行を否定する男女の姿が、ドラと幸吉郎には酷くくすんで見える。
「てめぇふざけやがって!!万引きGメン舐めるとケガじゃすまねぇぞ!!」
ついに怒りを抑えきれなくなった幸吉郎は、肥満男性の胸ぐらを掴むと、形相を浮かべながら刀の切っ先を首元へ突き付ける。
「幸吉郎止めろ!こっちが逮捕されるわ!!」
ドラの咄嗟の判断によって、幸吉郎の暴走は抑えられた。
「あ~メンドクセーな。もういいよ、わかったよ!じゃあこの時計は店に返すから、おまえらとっと消えろ!そんでハネムーンでも満喫してガキでもほさえてろ!」
と、ドラは二人を見逃す事で決着を持っていこうとする。
「兄貴何考えてるんすか!?こんな奴ら、見逃す必要なんて・・・!」
「周りを見てみろ。あんまり店の前で騒ぐと、この店の印象そのものが悪くなってしまう。そしたら益々損害を被るだろう?」
客観的な判断から、ドラは店の売り上げのことを重要視し、特例として二人の逮捕を見送ることにした。
不承不承に幸吉郎もそれに従う形で、肥満男性から腕時計を没収し、二人がその場を去った後、男に向かって思い切り唾を吐き捨てた。
「ちっ。いつか痛い目みやがれ!クソが!」
二人の迅速な行動によって、万引きは未然に防がれた。
高級時計を店内に持ち帰った後、ドラと幸吉郎は店員に忠告を促した。
「君もさ、今度から時計を出す時は全部机の上に並べるんじゃなくて、一回一回ショーケースに戻すんだ。そうすればああいう犯罪は未然に防げるんだ」
「わかったか?こんなつまんねぇことで俺たちの手を煩わせるんじゃねぇぞ!」
「はい・・・分りました」
*
数時間後 店内監視カメラ設置所
午前中に起きた犯罪は未然に防がれたが、油断はできない。
昼の12時を回り、人がますます多く出入りするようになった時間帯―――カップラーメンをすすりながら監視カメラの映像を吟味していたドラと幸吉郎に、次なる獲物が目に留まる。
「また怪しい奴が来ましたね」
幸吉郎が捕らえたのは、20代前後の男性客。その手には空のバックを抱えている。
「服のコーナーに向ったな」
服売り場へと直行した男性客は周りの目を気にしながら、目当ての服の前に立つ。
そして、次の瞬間――――――
「「なにいいいいいい!!!!!!!!」」
食べていたカップ麺を口から吹き出す程の衝撃的な映像が、ドラと幸吉郎の前に飛び込む。
男性客は手に持っていた空のバックの中へ次から次へと服を詰め込み、そのまま店内から逃走。それは最早万引きと言うより略奪そのものだった。
「ふざけやがって!!」
「追いかけるぞ!!」
万引きGメンは逃げも隠れもせずに窃盗に走った男を捕まえるため、全速力で店の外へと向かう。
「いたぞー!!」
「待ちやがれ!!!」
店の外に出た二人は、一心不乱にバックを抱え逃走する男性を自慢の脚力で追いかけ―――あっという間に御用。
「離せ―――!!!離せ―――!!」
「俺たちから逃げられると思ってんのか!俺の100メートルの記録教えてやろうか!?9秒50だ!!ウサイン・ボルトの記録抜いたんだぞ!!」
言いながら、幸吉郎は男性の体を押さえつける。
ドラはその間に男性のバックから店から盗まれた盗品を取り出し、中身を確認。その後、地元の警察に身柄を引き渡した。
二人が店に戻ると、またしても監視カメラの映像に信じられない万引きの姿が映る。
「はぁ~い、こんにちわー」
「元気だった~」
やって来たのは、セクシーな水着を着こなす二人組の女性。
鼻の下を伸ばす男性店員を余所に、二人は新しい水着の試着を所望する。
快く了承した店員。女性二人組は選んだ水着を持って試着室へ―――ここまでは至って普通の光景の様に思えるかもしれない。
しかし、万引きGメンと化したドラと幸吉郎の目は誤魔化せない。
「どうもありがとう。また来るわねー」
「じゃあねー」
結局商品は購入せず、そのまま店を後にしようとする女性二人組。
だが、この行動に対し―――幸吉郎の怒りは頂点に達する。
「あのクソ女ども・・・・・・調子こきやがって!!」
すぐさま店の外へと向かって走り出す非公式な人類最高速の男。
息ひとつ乱すことなく階段を駆け下りると、幸吉郎は水着姿のまま道を歩く二人組の女性に呼びかける。
「待て待て待て!おい、待てよ!」
呼び止められた女性二人組は、幸吉郎へと振り返り怪訝そうにする。
「俺は万引きGメンだ。お前ら・・・それで俺たちの目をごまかしたつもりか?」
「はぁ!?何言ってんのあんた、私たちが万引きですって!?」
「バッカじゃないの!こんな姿で何盗めるって言うのよ!」
と、傍目から見れば確かに彼女たちはほぼ無防備だ。盗んだ商品を隠すものなどひとつもない。
事情を聞くため、幸吉郎はドラの下へと連れて行く。
「だから私たちは何もしてないって!!」
「じゃあ、これから監視カメラの映像を見せるから、自分のしたことをよーく確かめろ」
先程の決定的な犯罪シーンを収めたビデオを当事者に見せるため、ドラは監視カメラの映像を巻き戻す。
「ほら。あれ誰だ?」
巻き戻された監視カメラには、入店した当初の二人組の女性の姿がはっきりと映っている。これに対し女性二人は「さぁ。誰かしら・・・」と、自己否定する。
さらにビデオを進めて、二人が試着室に入り店の外へと出るまでの様子をゆっくりと再生したドラは、おもむろにあるものを二人の女性に見せつける。
「これは何だろうね?」
ドラの手には、水色と黄緑色の水着がある。女性二人は露骨に冷や汗をかき、目線を横に向ける。
「二人が今着てる水着は何色かな?」
「・・・虹色よ」
「赤よ・・・」
「今オイラが手に持ってるこれってさ~実は二人が最初に着ていたものなんだよねー。監視カメラにも同じものが映ってるんだねー」
「何言ってんのよ、私たちがそんなダサイの着るわけないじゃない!」
「そうよ!こんなダサイの、絶対着ないわ!」
けどよ、と幸吉郎が口を挟むと―――リモコンで映像を早送りし、試着室を出た後に女性二人が商品を試着した状態のまま持っていこうとする映像を見せつける。
「他の人間は騙せても、俺たちの目は節穴じゃねぇ。女だからと思って付け上がってんじゃねェぞコラ―――!!!」
「私たちは無実よ!!こんなのデタラメよ!!」
「そうよ!良く似た奴がやったのよ!!」
昼間のカップル同様犯行を認めようとしない女性二人組。
「ハイハイ、分りましたよ。そういうことならこっちにも考えがある」
すると、ドラはロープとアイスマスク、それに手錠を取り出し―――「うししし・・・」と、猟奇的な笑みを浮かべる。
「刑務所に連れて行かれる前に、こっちが先にSMプレイ楽しんじゃおうかな~~~~~~!!」
それを聞いた瞬間―――女性二人はドラに向かって土下座をする。
「「すいませんでした―――!!!」」
辛うじて、ドラの陰湿なイジメからは逃れられた二人だが―――間もなく警察の御用となった事は言うまでもない。
*
午後3時過ぎ 店内監視カメラ設置所
一日に三回もの万引き被害が発生するも、ドラたちが目を付けている時間犯罪者グループの出現はなかなか見られない。
暇を持て余しながらもただただ監視カメラに向かって目線を向けていたドラと幸吉郎の元に、店員に化けて店内を調査していた茜から重大な情報を聞き出す。
「これを見てください」
二人の元に戻ってきた茜は、数時間前の監視カメラの映像を振り返る。
「これは・・・」
監視カメラに映しだされていたのは、この店で働く19歳の女性店員。
秘かに彼女の動きをマークしていた茜だが、午後1時過ぎ、彼女は屋上へと続く窓から突然姿を現し、店内へ戻ってきた。
気になった茜が尋ねたところ、彼女は「タバコを吸っていたの」と返答した。
「どう思いますか?」
「確かに怪しいな・・・」
「一旦屋上に行ってみるか」
三人は女性店員の行動を不自然に思い、屋上へと続く窓を通って外へ出る。
「どこにも変なものは見当たらないっすね」
「しかし、ものは試しです」
「よし。念のためここにも監視カメラを設置してみよう」
犯罪の証拠を見過ごしているかもしれない―――そう確信した三人は急いでもう一台の監視カメラを屋上に設置した。
それからしばらくして、茜がマークをしていた女性店員の動きに変化が見られる。
「あれ!何か手に持ってるよ!」
従業員用の扉から出て来た女性店員の手には、重そうな段ボール箱。それを持って女性は階段を上がり、屋上へと通ずる窓を伝い外へと出る。
屋上に設置した監視カメラの映像に切り替え、ドラたちがその動向を見守っていると―――女性はボストンバックの中に段ボールの中身をすべて詰めた後、それを店の反対側へと持っていく。
「おい・・・これってまさか・・・・・・」
「こんなことって・・・!」
「あり得るんですか!?」
三人は確信する。この女性こそ、一連の事件の真犯人であり―――今、その決定的な瞬間を捉えようとしていた。
盗品がぎっしり詰められたバックを手に抱えた女性は、まるで待ち合わせたかのように現れた一台の車に目をつけると―――おもむろにバックを捨てた。
「幸吉郎急げ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
内部犯であることを突きとめるや、幸吉郎はドラの掛け声とともに走り出し、階段を下り店の外へと出る。
「待ちやがれコノヤロウ!!!」
内部の女性と手を結んでいた男を逃げる寸でのところで取り押さえ、その身柄を確保した。
「よくやった!よーし、あとはこっちの方だ・・・」
「行きましょう!」
ドラと茜は女性店員の下へと直行する。
「ごめんなさいね。実は私たち、万引きGメンなんです♪」
茜からまさかの言葉を聞かされた女性店員は露骨に顔を引き攣った。
そして幸吉郎が連れて来たグルの男たちとの素姓を問われ、ものの三分もしないうちに女性は犯行を認めた。
従業員として店内に潜り込み、頃合いを見計らって高級時計を一度に大量に盗み出していたこの犯行グループこそ、ドラたちが探し求めていた時間犯罪者グループだった。
TBT職員でもあるドラたちの手によって、三人は重窃盗の罪で身柄を拘束される。
「お前らは仲良く刑務所の中で暮らすんだな!」
と、皮肉たっぷりの言葉を吐き捨て、幸吉郎は捕まえた時間犯罪者三人を、TBT本部へと連行する。
おわり
次回予告
駱「おっしゃー!!次は男三遊亭駱太郎の出番だぜ!!」
「
「次回、『三遊亭駱太郎之巻』。ここで問題、ドラが俺個人に対して下した評価とはなんでしょうか!!次回を見ればそれがわかる!!」