「まぁでも、だからといってあんまり派手にやりすぎると上から圧力がかかって結構うるさい。先週のカーチェイスは結構ヤリ過ぎちゃったからな・・・どうなるかな、今月の給料」
太「心配してるのそっちですか!? もっと別な問題があるでしょう!」
ド「一に給料、二に給料。三、四があって五に給料! 所詮仕事は食い扶持を稼ぐ手段にすぎないんだよ」
時間軸2004年―――
アメリカ合衆国 フロリダ州マイアミ
「逃げ切った・・・ええ、第二引き渡しポイントに行く!」
シド・レーガンはゾーヤ・ボンドの追っ手を振り切り、辛うじて麻薬王の組織との取引ポイントに到達した。
銃痕目立つ黒の四駆を停車させ、息乱れながら携帯で報告する。
「全車油断するな。容疑者は依然逃走中」
高速道路下に乗り捨てられたキャリアカーの側にパトカーが次々と停車。散弾銃を構えた警官隊が犯人グループの捜索にあたる様子を見ながら、ドラ達を乗せた車はシドの車を発見。
「あそこにいるよ」
車を発見したドラは、橋の下に停泊してある小型船の側にいるシドも発見。徐行しながら彼女へと近づき、完全に停車したことを見計らいドラは助手席から降りる。
「よう、シド! こりゃどういうことかな?」
ドラが話しかけると、シドは振り返り、彼の顔を見るなりバツの悪い表情を向ける。
「あら。誰かさんかと思えば・・・」
見知った様子の二人の会話を聞き、目を点にしながら太田は些か困惑する。
「あの、ドラさんとあの美人の間にはどんな・・・」
「俺も詳しくは知らねぇが、顔見知りらしいぜ。何せ兄貴は世界的な人気者だからな」
簡単に説明し、幸吉郎と太田もシドの元へ歩み寄る。
「麻薬局も大変だな。大したデスクワークだ」
「見てわかるでしょ。あたし、囮捜査官なの。あの連中返してよ。麻薬局の邪魔しないで」
「邪魔するなだぁ? おい誰がてめぇの命救ったと思ってる!?」そう言いながら、鋭い剣幕の幸吉郎がシドに近付き目と鼻の先で睨み付ける。
「それは感謝するけど、ここまでついて来られると、5カ月もかけて準備してた捜査が台無しになっちゃうから困るの!」
「へっ。随分な物言いじゃねぇかよ。兄貴の知り合いなら、少しは俺らに情報流してくれてもよかったんじゃねぇか!」
「そんなことできるわけ無いでしょう! あたしたちの事なんだと思ってるの!?」
ヒートアップする幸吉郎とシドの口論を見、太田とドラが仲裁に入る。
「あの、幸吉郎さん! シドさんも!」
「二人して落ち着け! 落ち着けよ!」
仲裁の効果で直ぐに鎮まった二人。その上でドラが改めて気になる点をシドに尋ねる。
「車にあんのはヤクかい?」
「現金」
「どこに運ぶ?」
「それは・・・言えない」
「なんでだぁ?」
否定的な言葉を聞くなり、幸吉郎が直ぐに剣幕で睨み付ける。
「今の仕事続けたいし、そのためにはルールを破れないから!」
「あの、それってどういう意味で?」
言葉の意味が解りかねた太田は、率直に聞いてみた。
「TBT本部に話すと情報が漏れるから、どんなことがあっても話すなって命令されてるの」
「おお、俺達TBT本部かよ! それ以前に、俺らが特殊先行部隊所属の捜査官だってこと忘れてねぇか? 言っとくけどな、俺も人様のこと言えた義理じゃねぇが、さっきの行動は無謀で―――愚かな上に、危険なものだったぜ!」
「幸吉郎・・・」
「分かるか。てめぇのママに言いつける、いいな。ママに情報
「ちょっと、幸吉郎さん!」
カーチェイスでのシドの無謀な行動を叱責する幸吉郎。同僚でありながらルールを優先するあまり、自分達を頼ろうとしないことに
「シドのママのこと何にも知らないのに、何であんな風に言えるんだろう。ある意味凄い奴だよ」
「って、感心する必要ありますか?!」
太田のツッコミもなんのその、ドラは手厳しい叱責を受け、落ち込み気味のシドに話しかける。
「ムカつく言い方だけど、あいつが正しい。曲がりなりにも男だ。お前のこと気遣ってるんだよ」
「本当にそうですかね・・・・・・」
普段から自他ともに厳しい対応を取ることが多い、副隊長の真意に太田は疑問に感じる。
「それにプロとしてのマナーからも、よその裏庭で暴れるなら一言、ちゃんと断りを入れるべきだ」
「いや。どっちかって言うと僕達の方が余所者だと思いますけど」
そのとき、シドの手が小刻みに震えているのをドラは見逃さなかった。
この日の為に
「・・・・・・撃ったのは初めてか?」
問いに対するシドの返事は、若干潤んだ目で首肯するだけだった。
「なぁ、お前は中々よくやったと思うよ」
「あんたの相棒はそう思ってない」
やや複雑な顔を浮かべ、ドラは逡巡すると―――おもむろに口を開く。
「言いたいことはまだある。5か月前から捜査していたのに、なんでオイラに一言言わなかったんだ?」
「もし言ってたら?」
「これがヤバい仕事だってことを教えていた。危険だし、何かあったら・・・ママが悲しむだろ」
「・・・・・・そうね。」
太田は自分の目を本気で疑った。日頃、えげつない事この上ない魔猫が、目の前で人間らしく妙齢の女性を慰めているのだから。その事が余程信じられなかったのか、試しに自分の頬を引っ張った。
「いててててて!!」
地味に痛かった。否が応でも、それが現実の光景であることを理解する。
「ん?」
そのとき、一台の黒の外車がシドの車の横に停車した。
降りて来たのは麻薬王に仕えるナンバー2のカルロスとその部下。彼らはシドの車から、彼女が運んだ現金を運び出そうとしている。
「ドラさん! あれを!」
「金が盗まれるけど?」
太田とドラがシドに警告をしたときには、カルロスはトランクを車に運び込み、素早くその場を立ち去って行く。
「引き渡しよ。行かなきゃ」
仕事に戻ろうとする際、シドはドラを見ながら「ありがとう」という言葉を残す。
引き渡しが完了した事を確認した迎えの車が現れると、シドは乗車し―――ドラ達と別れる。
「行くよ」
太田を連れてドラは移動を開始。
近くにパトカーを止め、待機していた駱太郎、龍樹、写ノ神、茜、そして幸吉郎達と合流する。
「シドが殺される前にカタつけなきゃね」
「「「「「はい(おう)(ああ)」」」」」
「それにしても、麻薬局が捜査に絡んでるとなると・・・余計にややしいことになりそうですね」
「なりそうじゃなくて、既にややこしいんだよ」
「とりあえず、本部に戻って大長官にどやされっとすっか」
*
西暦5538年 4月23日
北海道 小樽市 TBT本部
過去から戻ってきたドラ達は、報告も兼ね、組織の最高指揮官を務めるTBT大長官―――
エレベーターから降り、仕事場である特殊先行部隊オフィスよりも奥にある、大長官室を目指すメンバーは、今回の捜査方針について振り返る。
「今回はちと派手にヤリ過ぎたのうー」
「大丈夫。怒られやしねぇよ」
「いやいや! その根拠の無い自信はどっからくるんですか!?」
龍樹が行動を省みる一方、楽観論を唱える駱太郎の言葉に太田は酷く
ほどなく、【大長官室】と書かれた扉の前に立つ。
「失礼しまーす」
コンコン、と二回ノックをしてから乾いた声でドラが一声を発する。
非常に緊張した面持ちの太田は、過剰に力むあまり両肩が上がっている。
扉が開かれた直後、部屋の奥には凄まじい形相を浮かべ、目に見えるほどの怒りオーラに包まれた大長官―――杯彦斎が全力で睨み付けてくる。
(ひいい!! ヤバい! メチャクチャ怒ってる・・・!!)
部屋の中には既に、父親からの呼び出しを食らった昇流も控えており、八人が揃ったところで彦斎は怒号を浴びせる。
「おい! お前達の仕事は何だ!? 誰のことだと思う? お前達だ!」
デスクの前に立たされた一同。
ドラと幸吉郎、駱太郎はどこか不貞腐れた態度をとる。太田と写ノ神、茜は申し訳なさそうに項垂れる。龍樹と昇流は、どちらとも言えない様子で、心意が見えない。
「もう一度聞いてやろう。仕事は、なんだ? 言ってやろうか?」
言うと、ホワイトボードに書かれたTBTという組織の頭文字をマジックで囲み、その下に書かれた正式名をなぞり出す。
「TBT―――Time Balancers Team、“時空調整者団体”! キーワードは“調整者”だ!」
“Balancers”というところを強調した彦斎の表情は酷い顰めっ面で、太田はそんな彼を見るだけで胃もたれを起こしそうになる。
「それは時間の歪みとなる原因を見つけだし、早急に対処する存在!」
チームの責任者であるドラを睨み付ける彦斎。当人は、「ふう~」と嘆息を吐く。
「では、教えて貰おうか? 今日のお前達の仕事における調整者らしいところはどこだ?」
リモコンのボタンを押すと、ディスプレイが表示される。映し出された映像には今日の過激なカーチェイスの模様が事細かく録画されており、彦斎はメガネをかけると、被害規模に関する書類に目を通す。
「車22台に、ボート1隻が・・・大破!」
「あちゃ~~~」
激しく消沈する太田。彦斎は頭を抱えながら、率直な疑問を尋ねる。
「どうやってボート沈めた?」
「沈めてません」
ドラは乾いた声で答える中、イスに座ろうとした際、彦斎はゴミ箱に毛躓きその場にこけそうになる。
「ウ~サァ~! ウ~サァ~!!」
日頃から過激な行動を伴うドラ達。その実力を高く買ってある程度のことは黙認している彦斎だが、尋常ではないストレスがどっと押し寄せる。神経質な彼は息子と同じくセラピーに通いつめ、そこで習った例の掛け声を唱え、心を落ち着かせる。
「はぁ・・・今回良かった点はな、捜査官と現地の警官が死ななかったこと。まずい点は、私が国連事務総長と警察長官にこっぴどく叱られて全身に小言と唾を浴びまくった事だな。もうヘドが出そうなほどに」
デスクには書類の他、東洋美術品や風水関連のグッズが並べられている。ドラは目の前で焚かれているお香の臭いに鼻が曲がりそうだった。
「だがまぁ、何事にも常に表と裏があるというものだ。だから、話を聞こうじゃないか」
根は寛大である彦斎は、型破りな彼らにも穏やかな態度で接することにした。
そこで、メンバーを代表して息子であり形式的に
「ああ、親父さ。俺達、家でバーベキューしてたんだけどさ・・・」
「ハイチ系のタイムストリートギャングが、“キング”の金かヤクを強奪するっていう情報が入ったんです」
と言って、ドラが昇流の話に割って入り、具体的な話を補足する。
「キングは密売組織の黒幕で“エクスタシーの売人”」
「の、昇流。そんな名前ぐらい私だって知ってる。私は大長官でお前の父親だ。大丈夫」
念の為、息子の言葉に対し彦斎は断りを入れた。
「麻薬は押収したんだな?」
この質問に対する全員の反応は、首を横に振るだけ。
「してないのか。ああ、なるほど。現ナマか?」
推測をした彦斎の問いに対する反応も、先ほどと同じで首を横に振る。
「金もない? じゃあ、“キング”の正体は?」
「さ、杯大長官・・・僕達はあなたの家でバーベキューをしてて、だから―――」
太田は、引き攣った顔で言い訳をしようとする。
「わかりません。ですが、これから探り出します」
矢先に清々しい表情の幸吉郎がきっぱりと口にする。
「では、あの挙句―――成果ゼロか?」
彦斎がモニターを指さす。ドラ達は挙って振り返り、高速道路で激しくぶつかり合う車と車の衝突シーンを凝視する。
「俺達の所為じゃないですよ。よく見てください、ほらここ!」
「ご覧の通り、麻薬局の車がそこら中にいまして・・・ああ、今の所です!」
写ノ神が自分達のミスでないことを主張し、モニターを指さすと―――茜が必死で説明を加え、問題の個所を彦斎に見せる。
「ま、麻薬局だって?! 何も訊いてないぞ!」
メガネをかけ直し、映像を見ながら彦斎は吃驚する。
「今のが麻薬局の車じゃ!」
念を押して龍樹が麻薬局の車を指さした。
「チックショー!! クソッ!!」
全世界にTBTを総括する立場にある彦斎は、アメリカ支部から何ひとつ今回の一件に関して報告を受けていないことを知るや、悔しさの余り声を荒げる。
「親父、ダメ! 落ちつくツボを押して!」
「ああ、いけない。そ、そうだ。このツボだ」
昇流に言われ、鎮静効果があると言われる耳付近のツボを押さえ、彦斎は昇流と一緒にツボを押しながら「ウ~サァ~!」と唱える。
「親子そろってアホ丸出しだぜ」
「どうにも見ていて悲しくなってくるのう・・・」
「あ~~~! やっぱり僕この仕事向いてないんだー!」
「そう気落ちするな、ルーキー」
杯親子に対し陰口を叩く駱太郎と龍樹。その一方、太田はひとり悲痛な叫びを上げ、幸吉郎が慰める。
「茜。おまえ鼻緒が」
「あら。切れちゃってますね、激しく動きすぎちゃいましたかねー」
その隣では写ノ神の指摘を受けた茜が、切れた鼻緒を直し始める。
プルルル・・・。プルルルッ・・・。
そのとき、ドラの懐から携帯電話が鳴った。
「はいよ?」
電話の内容は、今日のカーチェイス中にドラが誤射したことが原因で壊してしまった車の修理費用に関する会計課からの通達だった。
「2万1000ドル!? ふっかけんじゃねぇよ、このタコ野郎!! ダッシュボードだけで!!」
想像以上の高額費用に仰天するドラ。その原因を作った太田を鬼神の如く形相で睨みつけると、太田は途端に萎縮し、バツの悪そうな感じで目を逸らす。
「ああ、わかったよ。金は払う。払えばいいんだろう、この金食い虫!」
深い溜息を漏らし電話を切ると、ドラは落ち着きを取り戻した彦斎に相談を持ちかける。
「大長官。車の修理代についてご相談が―――」
「個人の車はダメだ。そのために警察車両はいくら借りてもいいんだ」
TBTでは原則として、過去・現代における時間犯罪者の追跡をする際、捜査目的で全時間軸における警察車両の使用が認められている。
「ですがあれはどうも追尾能力に欠けてて・・・」
「それはお前の基準だ。私の知った事では無い。お前なりの言葉でいう自己責任だ、お前が責任を持って払え」
上司の真っ当な正論を聞いた途端、露骨に顔を歪め、「・・・ちっ。ケチケチしやがって」と、はっきりとした声で呟く。
「おい、私に聞こえるような陰口を叩くな! 何と言われても一銭も出さんからな!」
嘆息吐いてから、改めて彦斎は今後の方針を尋ねる。
「で、今後どうする?」
「いつどこで金の受け渡しがあるかを知っていたタイムストリートギャングから、金が運び出された場所を聞き出せば、“キング”も見つかります」
ドラの推測を聞くと、真剣な眼差しで彦斎は言う。
「これ以上お遊びは許さんぞ。アメリカ支部の捜査官三人が重体なんだ。それに世界中の若者が、キングの麻薬の所為で死んでいる。そんなケダモノに、この世界を・・・歴史を支配させるわけにはいかんのだ、分かってるな?」
熱く語る上司の言葉を、ドラ達は黙して聞き入れる。
「お前達がどんな手段を使おうと一向に構わん! 仕事にかかれ!」
了解を得た一同は不敵な笑みを浮かべ、彦斎に敬礼―――本格的な捜査へと乗り出す。
*
時間軸2003年―――
アメリカ合衆国 麻薬王の屋敷
地球の歴史を支配しようと企む麻薬王―――ジョニー・タピアのアジトは、その昔母親がこの時間の南マイアミに安く購入した屋敷だった。築三十年以上は経ち、あちこちでがたつき始めていた。
タピアに絶対の忠誠を誓う組織のナンバー2のカルロスはロベルトを伴い、タピアを金の保管庫へと案内する。
「ひどいですよ、ボス」
カルロスの言葉の意味が解りかねたタピアが大量の金が保管された部屋に足を踏み入れた瞬間、その意味を理解する。
中に入ると、大量の金と一緒にそれを食い物とするネズミがあちこちに群がっていた。
「何なんだコイツら!?」
ドン! ドン! ドン!
「ふざけたネズミ共が! 俺の金食いやがって!」
憤ったタピアは、手持ちの銃で大切な金を食い物にしているネズミを撃ち殺す。
扉の前で控えていたカルロスとロベルトが見守る中、頭を抱えながらタピアは顔を出し、右腕のカルロスに目を向ける。
「カルロス。こんなのはどうしようもなく下らない馬鹿な問題だ。だが! それでもこれは、問題だ」
言うと、至極不機嫌な様子でタピアは金庫室を後にする。
「ネズミどもめ!」
怒り心頭のタピア。帰り道、近くにいたネズミを見るなり、憎しみが一気に爆発―――躊躇なく踏み潰した。
「ボス大変でしたよ。ロシア人に雇われていた黒人の女、ありゃ正気じゃありませんね、イカれてる」
リビングへと続く隠し通路を歩きながら、カルロスとロベルトが昼間起こったカーチェイスの事を報告する。
「お陰で金は無事でしたが、ハイチの連中をぶっ殺して金を届けた」
「その他に訳のわからん連中が三人いて・・・暴走して銃撃ちまくって!」
二人から受ける報告内容もさることながら、タピアの怒りの矛先は、古い家の至る所に住み着いた大量のネズミの群れに向けられる。
「くそ! 昔こんな問題は無かった。ただ、ヤクを運んで金を持ちだすだけ!」
バン! バン!
蜘蛛の巣の張った骨董品の上で平然と交尾に励むネズミを銃で撃ち殺し、タピアは昨今の厳しい情勢に難しい顔を浮かべる。
「今じゃ全域でTBTの警備が厳重になり―――そのお陰で、56世紀に着く前に金をネズミが食っちまう!」
『『ハイチ系の(タイム)ストリートギャングが、ハイウェイで警察と激しい攻防を繰り広げ―――』』
リビングに戻ってきたタピアは、テレビで報じられている未来時間と現地時間におけるニュースを見ながら、露骨に顔を歪める。
「見てみろ。金を運んだだけでこんなニュースになりやがる!!」
これまで麻薬王として裏の世界を支配してきたタピアだが、ここにきて思わぬ追い打ちに遭遇―――昇流や彦斎とは違う意味でストレスが溜まり始める。
「なぁお前たち。どう思う?」
銃を机に置き、ナンバー3のロベルトへと歩み寄り顔を近づける。
「心配するべきか?」
「いいえ」
「うるさい黙ってろ。このマイアミで俺の金が狙われたんだぞ。俺が支配しているこの時間でな。わかるか? 俺の
「パピ! パピ!」
そこへ、ジョニー・タピアが溺愛する小太り体型の娘―――キャンディーがパウダーブルーのドレスに身を包み、その一方でピンク色のドレスを持って現れる。
娘を見るなり「ったく・・・」と言ってから、タピアは麻薬王の顔から一時の父の顔となり、満面の笑みを浮かべる。
「ピンクだ。ピンクを着るんだ、ピンクピンク。パウダーブルーはよせ。ピンクがかわいい」
「お店の人がこれモデルみたいだって」
そう言うと、話を聞いていたロベルトがパウダーブルーのドレスを着たキャンディーを見ながら、小馬鹿にした様子で「フン・・・」と鼻で笑う。
聞き逃さなかったタピアは振り返り、ロベルトへ近付く。
「ラッキーだったな。お前の母親がママの従妹で」
壁に掛かっている母の肖像画を指さし、タピアは娘へと笑いかける。
「ロベルトのようなクズは気にしなくていい。それにモデルは、薄汚い生き物だ。おまえは―――そう、天使だよ」
「えへへ」
「どう思うカルロス?」
「その通りです!」
「ロベルトどうだ?」
「ゲロマブです」
「おい! 言葉慎め。うちのキャンディーの前ではな」
聞くに堪えない汚い言葉を吐き捨てた忠誠心の低いロベルトを睨み付ける。
キャンディーが居なくなった後、軽はずみな言葉が目立つロベルトに対し、すごい形相を浮かべながらタピアは言う。
「さもないとお前のタマ、ちょん切る」
◇
4月24日―――
北海道 小樽市
ドラ達は昇流を伴い、車で密告屋の元へと向かった。
「どこへ行くんです?」
「密告屋を締め上げに行くんだ」
言いながら、助手席のドラはタブレットを取り出し、密告屋の住所とその写真を表示―――太田へと見せつける。
「あれ? ここって・・・・・・」
太田は一瞬目を疑ったが、タブレットに表示されているのは、歓迎会などで利用した時野谷久遠が経営する“居酒屋ときのや”の写真。
「まさか、時野谷さんが・・・・・・!?」
「そうですよ」
「でも、どうして!? 気前のいい、ただの居酒屋の大将なんじゃ・・・」
周りがクスクスと笑う中、乾いた声でドラは意外な事実を伝える。
「時野谷久遠は、二年前まではTBT本部所属の捜査官だったんだよ」
「え!」
「ま、少なくともルーキーよりはキャリアがあるということじゃな」
「ちなみに、奴の所属は第一分隊組織犯罪対策課。太田の前いたところだ」
「もっと言えば、ルーキーの先輩ってこと」
「え~~~! マジっすか!?」
時野谷の正体を知った瞬間、太田は素っ頓狂な声を上げた。
店へ向かう途中、後部座席で昇流は「ウ~サァ~!」という言葉を連呼していた。その事に若干苛立ったドラは不機嫌そうな顔で昇流の方に振り返る。
「長官。マジな話なんですが、心の癒しで平和主義になるのは全然構いませんけど、銃持ったヤク中がオイラの後ろにいたら、そいつは撃ってくださいよ」
「わかってるって。そいつの脚を撃つ」
「何が脚ですか、ったく、悠長なこと言って」
「人の命っていうのはとっても大切なんだ」
「あ、杯長官の意見に僕も賛同します!! こんなこと言うのも何ですが、ドラさんも幸吉郎さんも、この場にいるみんなが異常です!! 現場で何人殺したと思ってるんですか!?」
昨日の過激なカーチェイスの無茶苦茶な様子を脳裏に焼き付けていた太田は、大義名分の元にアメリカ的物量戦でゾーヤ・ポンドのギャングを平気で殺害したドラ達の行動を厳しく叱咤する。
「おいおいルーキー、人聞きの悪いことぬかすなよ。俺は殴っただけで、殺しちゃいねぇ」
「私も無益な殺生はしない主義です」
交差点における戦闘で、駱太郎は徒手空拳によってギャングを殴りつけたが殺害するまでには至っておらず、茜も敵の攻撃を封じることを最優先に苦無で四肢や肩を傷つけたのみに留まっている。
「それ言うんなら、俺達の命はどうなる? ヤク中は膝に穴空いて、俺達は仲良く棺桶の中か?」
運転中、幸吉郎が話に割って入ってくる。
そのとき―――黙って話を聞いていた昇流が「ふう~~~・・・」と嘆息を吐く。
「やれやれ・・・お前たちさ。実に悲しいね」
「何が悲しいんっすか?」
怪訝そうに写ノ神が尋ねると、昇流は悲壮感に満ちた顔で答える。
「お前らがドラ猫隊長に毒されて、いつしか感情を制御できなくなった事さ」
「はぁ!? 俺達がいつドラに毒されたって!?」
「長官の目は節穴か? 拙僧は一度も仏の道を外れ、戒律を破った覚えはないぞ」
「嘘つけこの不良坊主! 爺さん、あんた清々しいぐらいれっきとした破戒僧だよ!!」
戒律を破っていないと豪語する龍樹の言葉に駱太郎は真っ先に言及し、彼が目も当てられぬほどの破戒僧であることを強調する。
「ていうか、オイラがみんなをダメにしたって証拠なんてないでしょう? そんなのは長官の被害妄想だ!」
ドラが昇流の言い分に抗議をすると、昇流は鼻で笑ってから返事をする。
「おまえ赤ん坊の頃、ママのオッパイ吸わせてもらえねぇで栄養不足のために昔はナヨナヨだったんだ。今剣や銃振り回して、どっかの死神みたいなコスプレ衣装着て、やたらチートキャラぶってんのはその反動だよ」
この言葉がいけなかった。ドラはシートベルトを外して身を乗り出すや、昇流の胸ぐらを思い切り掴み、魔猫の形相で睨み付ける。
「今後一度たりとも、オイラの! 見たこともないおふくろのオッパイの話してみろ・・・長官のしりこだま、抜き取る!」
「ドラさんネコですよね? それって河童がするものなんじゃ・・・」
と、ドラの形相に怯えるあまり小声で太田はツッコム。
「想像さえしてみたらどうなるか。毎晩あんたの枕元に現れて、嫌味を言いながらじわじわ安眠妨害します!」
「地味に嫌だな・・・」
写ノ神がそう思う中、昇流は不敵な笑みを浮かべながらドラの手を振り払う。
「今の話で聞こえたのはオッパイだけなのかよ! はは、俺の心の成長を妨げないでくれドラちゃん」
「精神分析ならオイラのおふくろのオッパイ抜きでやってください。見たことはないけど・・・」
「一つ覚えとけサムライ・ドラ。いつまでもお前の好きなようにはさせねぇぞ」と、昇流はドラにきっぱりと言い放った。この時の昇流はまさに長官の顔だった。
*
小樽市 居酒屋ときのや
昼間の居酒屋は基本的に静まり返っている。『準備中』という札がぶら下げられ、暖簾も店の中に仕舞われている。
適当な場所に車を止めると、ドラ達は一斉に車から降り、おもむろに店の扉を開ける。
「こんちはー!」
「ようオーナーシェフ」
「やぁ、みなさんお揃いで。中へどうぞ」
店の中に入るや、飄々とした笑みの時野谷が、開店準備に追われ料理の仕込みをしていた。彼は事前にドラ達から連絡を受けていたのでさほど驚いた様子ではなかった。
「お前はオイラのムカつきリストのナンバー2だ」
言いながら、不機嫌そうにドラは飄々とする時野谷を睨み付ける。
「じゃあ、ナンバー1は?」
「長官に決まってるだろう」
「決まってるってどういうことだよ!?」
太田の率直な疑問に答える幸吉郎。それを聞き、昇流はすかさず怒りをぶつけるも平然と無視される。
「そんなことよりも! ヤクがたった二袋かよ?」
「いやぁ~。ちょっと、情報不足でしたね♪」
眼前のドラから怒りをぶつけられるも、時野谷は頭に手を当て、笑って誤魔化してくる。
「ハイチのブロンド野郎はどこなんだ?」
「“ブロンディ・ドレッド”ですか? 彼の値段は高いですねー。ドラさんと、みなさんで俺に何かしてくれませんと」
「マフィアのマネか、それ?」
「まるでマフィアじゃな」
駱太郎と龍樹からすれば、目の前の居酒屋の店主兼密告屋が、性質の悪いマフィアに見えて仕方なかった。
「じゃ俺達もどうにかしねぇとな。そうだろ?」
「もちろん」
交換条件を望む時野谷に対し、ドラ達が考えたのは―――
「なぁ。時野谷。写ノ神と茜ちゃんは見ての通りの仲良しカップルだ。二人はTBTの社交ダンス・チームに所属していてね。地元の大会総なめにしたから、次は全国大会狙ってるんだ。ちょっと踊り見せてやったら」
「ああ、だな」
「では、少しだけお見せしましょう」
「はい、ウォームアップ!」
社交ダンスを嗜む写ノ神と茜は、息の合った動きで踊り始め、ドラ達が手拍子と掛け声をする。
写ノ神のエスコートの元、茜は彼に身をあずけ、着物でも見事な踊りを披露する。
「ムリすんな! よーし、いいぞ!」
「ようよう、見ろ見ろ! これ最高だぜ、これ最高だ」
若きカップルの情熱的なダンスはヒートアップしていき、写ノ神は茜の体を全力で支えると、彼の補助を受けながら茜は周りにある物を蹴り飛ばす。
「ああ!!」
涼しい顔をして物を壊す茜に、時野谷も目を疑い唖然とする。
「すばらしい!」
「いいぞ、もっとやれー!」
「人の店で何するんですか!?」
「見ろよ、このスピン! このスピン!」
周りからの期待に答えようと、今度は写ノ神が茜の補助を受けながら高速スピンを披露。そうして店内に置いてある時野谷の嗜好品を容赦なく破壊する。
「ちょっと二人とも―――!!」
「何すんですか!?」
「オイラもやらせろ! おお、その変な棒取って!」
太田と時野谷が制止を求めるも、当然の如く無視したドラは店の中からバッド状の棒を手に取り、意気揚々とゴーゴーダンスを披露する。
「ドラさん、それ古すぎて誰もわかりませんよ!!」
「まだ店壊す気なんですか!?」
「派手に盛り上がろうよ!! 基本ノリが悪いオイラが乗りにノリまくってるなんて、もう絶対見れないぞー!」
と言いながら、ドラは棒を振り上げ、店内の物を手当たり次第に破壊する。
「やめてー!!」
「チェスト!」
最早このロボットの暴走を止めることはできない。店主の嗜好品はことごとく壊され、床一帯に散りばめられる。
「でーっははははははは!!」
「だから無茶苦茶っすよ!!」
「やめてくださ―――いっ!!」
これ以上の暴挙を見るに堪えられなくなった時野谷は、ついに観念―――ドラ達の要求を一方的に受け入れる。
「時間軸2012年のジョージア州にあるピンク色の家です! 詳しくはここに書いてます!」
時野谷は恐怖におびえた様子で、詳しい住所と時間を殴り書きしたメモをドラへと手渡した。
「今度またマフィアみたいなことしてみろ。二度とこの店で営業できなくなるからそのつもりで」
「いや、あんたらが寧ろマフィアだから!! ひどい営業妨害だよ!!」
太田の真っ当なツッコミが、なぜか酷く空しく木霊した。
*
時間軸2012年―――
アメリカ合衆国 ジョージア州 ゾーヤ・ポンドのアジト
情報を手に入れたドラ達は、タイムストリートギャング「ゾーヤ・ポンド」がアジトとしている外見がピンク色の家の前にやってきた。
「みんなはここで待ってて。中の様子を見て来るから」
車から降りたドラは、後部座席から昇流だけを引っ張り出す。
「ちょ、ちょっと何!?」
「じゃ、行きますよ」
「服を引っ張るな! 大体、よく考えたら俺長官だよね!? 普通デスクワークじゃねぇか!?」
「今頃気づくか。あんたをデスクに一人にしたら、ボトルシップ作ってばっかで仕事しないだろ!」
「あ。だから現場に連れ回してたんだ」
重役というポストに就く昇流がどうしてドラ達と行動を共にすることが多いのか、その意味を太田はようやく理解した。
「ったく・・・お前といると碌なことなんてないのに!」
ブツブツと文句を言いながら、懐から愛用している拳銃を取り出す。
プルルル・・・。プルルルッ・・・。
そのとき、唐突に昇流の懐から携帯電話が鳴り響いた。聞いた瞬間、ドラと昇流は焦りの表情を浮かべる。
昇流は慌てて携帯電話の電源を切った。
「バカじゃないですか長官! これから敵陣に乗り込むっていうときに太田じゃあるまいし、携帯の電源ぐらい切ってくださいよ!」
「切ってたっつーの! なんなんだよ一体・・・」
ドラは溜息を吐くと、ふと思い出したことを口にする。
「気を付けてくださいよ。最近のIoTテロは気がつかないうちにスマホやタブレットがウィルス感染してて、それが犯罪シンジケートに利用されていたなんてアホみたいな話があるんですから」
「俺はそんなヘマしねーよ」
「そういういっちょ前なセリフはセキュリティ対策された公務用端末をきちんと使ってから言ってくださいよ」
そして、ドラと昇流は家の扉の両サイドに立ち、数秒の間を開けたのち―――扉を突き破って侵入する。
「TBTだ! 動くな!」
中に入った二人だが、家の中はもぬけの殻で人の気配を感じられない。
電気も点いていない家は不気味なぐらい静まり返っている。
懐中電灯で生活感が醸し出される部屋の中を照らしながら、ドラと昇流は恐る恐る中の様子を探り出す。
ドン! ドンドン!
そのとき、部屋の奥から散弾銃が発射され―――ドラと昇流は咄嗟に身を低くし、ソファや物陰に隠れながら銃で応戦する。
ドン! ドン! ドン!
「誰だ! 俺の
「オイラ、悪魔! お前は誰だ?」
「悪魔はここじゃ歓迎しねぇよ!!」
「ハイチには悪魔を嫌う風習があるんだ! バカ猫!」
「地歴公民のテストで赤点しか獲ったことがない人が、なんでハイチの風習には詳しいんですか? おかしいでしょう!?」
壁伝え両手に銃を構えるドラは、壁の向こう側にいるゾーヤ・ポンドからの攻撃を警戒しながら、トイレに身を隠す昇流の言葉に耳を疑う。
「ここは俺の家だ! どうなっても知らねぇぞ!」
「ここはたった今から魔猫とクルクルパーが占拠した!」
「それがどうした!? ここでぶっ殺してやる!」
「言ったな、ファック野郎!」
「ドラ! ケンカ売り過ぎじゃねぇの?」
過激な発言で互いを罵り合い、口論となるドラとゾーヤ・ポンドに対し、昇流は引き攣った顔で制止を求める。
「はやいところぶっ殺しちまえよ!」
「ああ! 俺をナメてんじゃねぇぞ!!」
仲間のハイチ人に促され、散弾銃を持ったブロンディ・ドレッドは血気盛んに答える。
「俺たちが撃ち合いするのにビビると思ってんのか? 殺るか殺られるかだ!」
「頭撃たれると三つ編みが余計もつれっぞ!」
「うるせー!」
「いつまでそこで喚いてんだ! くそ!」
口喧嘩も得意なドラの挑発に堪忍袋の緒が切れたゾーヤ・ポンドは壁越しに銃を乱射。
ドドドドド! ドドドドド!
「いいぞやっちまえ!」
壁に体を付けながらドラも敵の攻撃に応え、激しい撃ち合いが始まる。
ドン! ドン!
「死にやがれ!」
ドン! ドン!
こうなってしまったら誰も止められない。不承不承に、昇流も銃で応戦する。
「とろいことやってんな! どんどん撃ちまくれ!!」
ドドドドド! ドドドドド!
「別に撃ち合いしにきたんじゃねぇ! お前らと話したいんだ!」
「話したいですって!? ああ、どうぞどうぞ!」
セラピーの影響で平和志向に目覚めつつある昇流が口にした言葉にドラは耳を疑う。
「俺達は移民局じゃない!」
ドドドドド! ドドドドド!
「聞こえる訳ないでしょう! 銃撃ちまくってんだから!」
ドン! ドン!
「ハイチのバカ共が! んなバカ狭い部屋でバカスカ撃ちまくりやがって! くそっ!!」
説得の余地なしのゾーヤ・ポンドに怒髪天を衝く昇流。
ドラは手持ちの銃からカートリッジを取り外し、新しいカートリッジを装填する。
ドン! ドン! ドドドドド! ドドドドド!
一段と激しさを増す銃撃戦。トイレに隠れる昇流は、便器の容器が吹っ飛んだ衝撃で、白い粉塵を頭にかぶる。
「今日中にモリソン号作りたいんだよ! チクショー!」
「黒船作る暇があるなら、ちったー目の前の現実に協力してくださいよ!」
ドラの怒号を受けると、半ば自棄になった昇流は新しい弾を装填―――銃口を目の前の扉に向け、持ち前の腕で向こう側のギャングの胸を貫いた。
「うおおおおおお!! あああおおおおおお!!」
「てめぇーコノヤロウ! 弟殺したな!」
ドドドドド! ドドドドド!
弟を射殺されたショックで、兄はマシンガンを乱射する。
昇流のいるトイレに集中砲火され、ますます白い粉塵を被り、破壊されたパイプから水が漏れ出る。
「やったなー!」
「撃て撃て! 撃ち殺せ! 俺を撃ちやがった! 俺を!」
胸を貫かれたハイチ系ギャングは、死の間際、狂ったように周りに叫ぶ。
「逆からねらえ! こっちだ!」
ドン! ドン!
仲間の一人がドラが座り込んでいる場所から見て右側、トイレの昇流を狙い撃つ。
ドン! ドン!
壁に背中をつけながら、ドラは銃をおもむろに右のドアへと近づけ、扉に出来た銃痕へと銃口を持っていく。
「そこだな」
何も知らないギャングは穴を覗き込む。そこにはドラの銃口がある。
「っ!!」
―――ドン!
タイミングを見計らうや、ドラは躊躇うことなく引き金を引き、また一人を射殺した。
「チクショ―――! またやられたぞ! 俺も殺される! 全員殺す気だ!」
ここまで来ると、ゾーヤ・ポンドもドラ達が警察官もどきなどではなく、正真正銘の悪魔に見えて仕方なかった。
いや―――考えようによっては、ドラは悪魔よりも性質が悪かった。
ドン! ドン!
扉のガラスを破壊すると、ドラは催涙ガス筒を取り出し向こう側へ投げ込んだ。
「この人殺し!」
そして、催涙ガス筒目掛けて銃弾を浴びせる。
「だああああああ! 目が! 目が!!」
ガスが噴き出した瞬間、ブロンディ・ドレッドは目をやられ、露骨に苦しみだす。
「殺してやるぞてめぇ!」
咄嗟に近くにあった鏡を撃ち、その破片を拾うと、ドラは敵の位置を確認する。
「おい! 来てみろコノヤロウ! こいよ! 生きちゃ捕まらねェぞ! お前にプレゼントだ! いいものやるよ!」
敵の挑発を聞きながら、ドラは左腕を扉の穴へと突っ込む。
「3秒以内に武器を捨てろ!」
鏡を見て位置を確認したとき、敵の手には爆弾のスイッチらしきものが握られていた。
「1ッ!」
ドドドドド! ドドドドド!
「2ッ!」
「ぶっ殺してやる!」
ドンッ!
刹那―――ドラの放った銃弾が男の脳天を貫いた。
「うりゃあああぁ」
その隙に、昇流が寝室の方へと駆け込み、最後の一人となったブロンディ・ドレッドを蹴り倒す。
「ぐっほ」
決着が着いたところで、ドラも急いで駆けつける。
「止せ止せ撃つな! 殺さないでくれ! た、頼む!」
「大丈夫ですか?」
「ああ」
ドラに背中を向け、昇流は白く汚れた顔で言い放つ。
「その男に謝れ。その男に謝れ。謝れ! 謝れ!」
汚れた頭を軽く叩くと、恐怖ですっかり怯えて萎縮しているブロンディ・ドレッドを見ながら、昇流は謝罪する。
「なぁお前謝るよ。ただそっちも大人しくしないから。でもこんなことする権利はなかった。本当に・・・失礼! ウ~サァ~! ウ~サァ~! ウ~サァ~だ、チクショー!」
と言って、自暴自棄にブロンディを蹴り飛ばす。
「興味深いね。うちの長官は普段カッとなんかしないのに」
ドラは物珍し気に激情に駆られる昇流を見つめながら酷く怯えた様子のブロンディを凝視する。
「俺は何にも知らねぇ!」
「おい、まだ何も聞いてないじゃないか!」
「何も知らないんだ!」
「早速嘘つくのか!? どうやって金の受け渡しを知った! 嘘つくな! 嘘つくな!」
「なんか知ってるか? やさしく聞いてやる。何か知ってるのか?」
マグナムの銃口を突き付け、昇流が優しく問い質すも、ブロンディはやはり怯えるだけで何も答えようとしない。
「他の容疑者当たろうぜ」
「でもここまで来て!」
「いいよ、そうしよう。他の奴に聞こう」
若干自棄になった様子で、昇流は部屋に転がっている血塗れの死体のそばへと座り死体に尋ねる。
「聞くけどな・・・黒の四駆運転してたの誰だか知ってるか、あっ? ・・・彼は何にも知らない。脳ミソがテーブルの下にある」
そう言って横を一瞥すると、
「おお!」
白目を剥いた状態で、最初に昇流が射殺した男が横たわっていた。
「・・・こいつもしゃべれねぇぜドラ。クソミソになってやがる」
「だからなんですか?」
「死んだ容疑者は何にもしゃべれぇってことだ」
「生きてる容疑者だって何にもしゃべれないんだから、ここで片付けちゃえば調書とる手間が省けます!」
と、非常に危ないワードをさらっと口にするドラは、持っていた拳銃をブロンディ・ドレッドの頭に突き付ける。
「本当に何も知らねぇんだよ! 監視役やってたのは俺じゃねぇんだ! 監視役はあいつだった! 自分のカメラ誰にも触らせねぇ!」
その話を聞くと、散らかった部屋の中で無造作に転がっていたビデオカメラを発見―――昇流が拾い上げる。
「何を撮ってた? 中身は?」
「さすがドラだ。見事命中だ」
言いながら、昇流は銃を撃った際に空けられたカメラの銃痕を覗き込む。
*
北海道 小樽市 某家電量販店
「いらっしゃいませ! 何をお探しでしょうか?」
ドラ達はブロンディ・ドレッドを逮捕した折、証拠品として押収したビデオカメラを持って、地元にある家電量販店を訪れた。
「捜査協力を要請する。
「おお! “TBT密着24時間”?!」
身分証を見せ、ドラは興奮する若手定員に押収したビデオカメラを手渡す。
「ビデオの中身を見たいんだが―――」
「簡単ですお任せを。おお、これ! 銃で撃った穴! はははは・・・何があったんです?」
素朴に思った事を尋ねる店員だが、それに対する答えとして―――メンバー全員による鋭い視線が向けられた。
「・・・・・・内緒ね! オッケー。はい、これをその機械に接続します!」
空気を読んだ、読まなければ殺されると悟った店員は些か怯えながら、近くにあった展示用のテレビに接続する為、ビデオカメラにコードを差し込んでいく。
「あぁ、これ低音利いてますよ? ヒップホップは、ボク大好き! たまに店でフリースタイルのラップやってるから良ければ参加して! これでワイドスクリーンに映像が出ました!」
コードを差しこんだ途端、ゾーヤ・ポンドの監視役が撮影した映像が映し出された。
全員が画面を覗き込むと―――カメラが映していたのはとある葬儀場。
「スパニッシュパーム葬儀社・・・?」
写ノ神は、英語で書かれた葬儀場の名前を訝しげに読み上げる。
「こんなところ監視してどうするんです? 葬儀場ですよ?」
茜が疑問に思った矢先、
「キューバの国旗でしょうか?」
画面左端を見ていた太田は葬儀場へ運び込まれる棺にかぶさった青い三本の縞模様と赤の三角形、白の星印が特徴のキューバ国旗を指さす。
「あ、あぁ、あれ見ろ。銃だぞ」
そのとき、昇流は棺を運ぶ警備員の腰にぶら下げられた拳銃に目を付ける。
「葬儀場の警備員が銃持ってるなんて聞いたことねーな」
「犯罪の臭いがしてきたのうー」
「この葬儀場のこと詳しく調べてみるか」
きな臭さが漂う中、スパニッシュパーム葬儀社の実態を詳しく調べることにし、再び画面に注目をしていると―――
『あああああ!! あああああ!!』
突如画面が切り替わり、黒人の女性がゾーヤ・ポンドの誰かによって、車の中から犯されるというポルノ映像が目の前に飛び込んだ。
一瞬にしてメンバー全員が硬直。太田は、この手の物への免疫が極端に低かったらしく、鼻血を吹き出しひっくり返る。
「ぐっほ!!」
その隣では、写ノ神が真っ先に茜に殴り倒され太田と一緒に床をズルズルと引きずられながら店を後にする。
「こういうのは流しちゃマズいんです。パパの店だから」
気まずそうに店員が苦言を呈する中、真剣な眼差しの昇流が画面を見つめ、溜飲する。
「舌にピアスつけてる!」
「こういうポルノはここでは・・・」
「おい、あんちゃん。黙ってろ」
「はい・・・」
駱太郎に威圧され口籠る店員。
淫らな女児の喘ぎ声と犯されるシーンを眺めたのち、昇流は何故か深い溜息を吐いてその場を離れる。
「あぁ・・・でも。パパがこれ見たら・・・」
周りに他の客がいる事を気にして、店員は急いでビデオを止めようとする。
「ああ、どうにかしてこれ」
と、焦った所為か手元が狂ってしまった。
次の瞬間―――店内にあるすべてのテレビにポルノ映像が映し出され、これを見た来客は挙って目を丸くした。
「あれぇー!? マズイよぉー!!」
「落ち着けって」
駱太郎が狼狽える店員に言い聞かせようとするも、ポルノは大音量で店内に流され、男性客はともかく、女性達の反応は冷ややかだった。
「パパが来たら・・・!」
ビデオを止めようとする店員。淫らなシーンと生々しい叫び声が空しく店内に響き渡る。
「これは立派なTBTの仕事じゃ」
「動揺するなよ!」
「ちょっと店員さん、どうなってるんですかこれ?」
恐れていたことが起きた。関取の如くふくよかな体型の女性がサングラスを外し、店員に厳しく問い質す。
時同じく、店の異変に気付いた店長が早歩きで近づいてきた。
「パパが来る! パパが来るゥ! パパが来るゥ!!」
「失礼! 失礼!」
「おぉ! どうしよう!」
「このバカ息子! 俺の店で何やってる!?」
動揺する息子を叱咤すると、店長は慌ててビデオカメラのコードを引き抜いた。
「なんでこんなポルノビデオが俺の店で流れてるんだ! 一体どうなってるんだこれは!?」
コードを外すどさくさ、店長の手元が狂った。
ポルノ映像が映し出された周りのテレビ画面が切り替わり、ビデオカメラが置かれた小部屋で一人物思いに耽っている昇流の顔がアップで映し出された。
ドラは昇流の様子を見に、彼がいる個室へと入った。
「どうですか?」
おもむろにソファの横に座るドラ。悲壮感に満ちた様子で昇流は嗟嘆する。
「もう最低だねドラ。この三日ってもの神経がもうガタガタで」
言いながら、半泣き状態の彼は潤んだ瞳をドラに向ける。
「お尻もまだ痛い。あの夜お前にやられたとこが・・・』
「いけません!」
運の悪い事に、この映像を見ていた例のふくよかな女性は教育上良くないと判断し、一緒に来ていた子どもを即座にテレビの前から遠ざけた。
「ああ・・・ちょっと手荒でしたね」
「そうだよ」
「ですけど、オイラも夢中だったものですから・・・つい我を忘れて。オイラの悪いところですかね」
二人には何の悪気もないのだが、カメラは彼らの姿を映し撮り、外にいる人々に歪んだイメージを植え付ける。
『あぁ・・・お前の一発尻に喰らって神経をどっか痛めた』
「なるほど~」
真実を知らない客は早くもこの映像を通して甚だしい誤解を抱く。
幸吉郎達は、店の空気が徐々に変な具合に変わり始めていることに気付き焦り出す。
「おい・・・なんか変じゃねぇ?」
「どうにも・・・変じゃな」
「まずいよな、これ・・・!」
個室は防音効果が施され、ドラと昇流の声は一切外に漏れないどころか、外側からの声も受け付けない。
ゆえに、幸吉郎達がいくら大きな声で呼び掛けたところで、話に集中している二人は一切事の重要性に気付いていない。
「それ以来、俺―――ううぅぅ」
「何です?」
「俺、ダメなんだよ!」
「何? 何がですか?」
「勃起しなくなっちまった!!」
「ボッキってなに?」
映像を見ていた、無垢な子供がアイス片手に周りの大人に尋ねる。
「強精剤も飲んだよ。1錠飲んで、2錠飲んで・・・1瓶全部飲んじまった!」
「かわいそうな人。心を曝け出してる」
中には昇流に同情を抱く客も現れ、このいかがわしい会話に涙する。
「はぁ~・・・だけどフニャフニャ・・・」
「ああ・・・OK。オイラは確かにあんたの―――」
「5.1
こんな状況でも思慮分別のつかない、もとい空気の読めない若い店員は見ている客に対し、テレビの性能を説明するかたわら、リモコンのボタンを押して二人の会話にエコーをかける。
『尻に一発ぶちこんだ・けどですよ―――』
エコーがかかっていることなど毛ほどにも思っていない当事者二人。精神的にボロボロな昇流をドラは自分なりの言葉を慰めようとする。
「ボッキしない話をされると、オイラも困っちゃうんですよねぇー」
「お前になら話せると」
「ああ・・・オイラ達の仲ですけどね。どんなに仲良くっても限度ってもんがあります。そうだ、ルールを作りましょう。今後オイラの前で“フニャフニャ”っていう言葉を使わないこと!」
「あいつ酷いネコっ!」
誰もが昇流に同情を抱く反面、ドラは完全に悪者として扱われていた。
「おいお主達ッ!」
「カメラ回ってるんだよ!!」
「兄貴ッ! 長官もその辺で切り上げて!」
個室の外側から必死で呼びかける幸吉郎達。鍵を開けようと試みるが、ドラが間違って鍵を掛けてしまった。
「見てください。これがオイラ達の限度箱」
そんな中、ドラは自分の丸い手で箱のような形を表現する。
「今の“フニャフニャ”っていう言葉を“ママのオッパイ”とか、“勃起しない”と一緒に中に入れて、この箱のフタを閉じる。で、この厄介物を海に捨てる。この箱を取り戻す唯一の方法は―――海底探検家ジャック・クストーになること。分かりましたか?」
と、ここでようやく―――ドラと昇流が目の前にあるカメラに気付き、その横に置いてあったテレビに自分達の会話が反映されているのに気づく。
「おい!」
「んなのあり!? ここ出よう・・・」
途端に青ざめ、恐る恐る個室を出る二人。
部屋を出るとちょうど、ふくよかな体型の女性が店長を呼びつけ、先ほどの一連の出来事について怒鳴りつけていた。
「子どもの前でポルノビデオやゲイのトークショーやって、一体どういう店なのここ!?」
「ですからこれは何かの間違いなんですってば!!」
女性は、早歩きで何事もなく帰ろうとするドラ達を見かけるや、昇流の服を引っ張り、脅迫的な口調で言いつける。
「あんたら神様に懺悔することね!」
「見ろ・・・やっぱ碌なことなかったよ!!」
目に涙を浮かべながら、昇流は肩を落とし、意気消沈と店を後にする。
用語解説
※ IoTテロ=インターネットと接続された家電や機械がハッカーに乗っ取られ、サイバー犯罪に使用されてしまうこと
次回予告
ド「よーし!! 今日あったことは忘れよう!! 次回は麻薬王ジョニー・タピアの屋敷に潜入だ! 不法だけど」
駱「屋敷には俺と写ノ神、それにルーキーの三人で乗り込むぜ! 害虫駆除業者の格好も案外似合ってると思わねぇか?」
太「わかりませんよ、文章だけですべてが伝わると思ってるんですか・・・」
写「次回、『潜入調査・麻薬王の館』。なんだかんだ言って、お前ついて来くるのかよ」