サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「よう、みんな!前回予告していた通り今日から始まるギャグコメディー編では、事件を前提として書いている本編ではなかなか語れないオイラたちの日常にスポットを当ててみた」
「第一回目はこのオイラ!さて、どんなドラマが繰り広げられるのか・・・・・・ま、自分で言うのもなんだけどドラマらしいドラマも無いんだけどね。あ、ちなみに物語は短篇形式を基本三部構成でお送りするからそのつもりでねー」



ギャグコメディー編
サムライ・ドラ之巻


その1:もしも、こんなスピーチがあったら

 

 ある夜のことだった。

 仕事終わり、自宅でゆったりと寛いでいたドラは義弟である隠弩羅から嫌々ながらも、ある真面目な相談に乗っていた。

「あのさ、兄貴」

「ん」

「今度俺友だちの結婚式で、友人代表のスピーチやんなくちゃならねぇんだよ・・・・・・え!?」

「何も言ってないよ。なんだよお前“え!?”って・・・」

 ドラは乾いた声でツッコミを入れる。普段、幸吉郎と駱太郎らで結成した『サムライドラーズ』という名のお笑いトリオのリーダーとして、魂のこもったツッコミをしている彼だが、この日ばかりは面倒だったのか、あからさまに手を抜いている感じだった。

「で、俺そういうのはじめだからさ」

「あ、そうなの」

「書いてきたから、ちょっと聞いてもらってもいいかにゃー?・・・・・・はっ!?」

「だから何にも言ってないから!なんだよ“え!?”とか“は!?”とか腹立つな~・・・それが人にものを頼む態度か・・・」

 義弟の突拍子もない言葉にその都度癇癪を起こすドラだが、ひとまず頼みぐらいは聞いてあげることにした。

「書いてきたの?オイラ結構慣れてるから」

「マジでか!」

「不承不承だけど、読んでみ読んでみ」

「よしよしっ・・・じゃあ、読むぜ聞いてくれぜよ」

 隠弩羅は、あらかじめ自分で書いてきた友人代表のスピーチを取り出し、ドラの目の前で滑舌よくハキハキと読み始める。

「“こんなおめでたい日に、素っ裸で許してくれ!俺は・・・”」

「ちょちょちょ!待て待て待て!」

 ドラはすぐさまスピーチを中断させ、猛烈な勢いで的確なツッコミを入れる。

「状況が全然わかんない!なんでお前裸なの!?」

「いやだからサプライズ的なさ!」

「おかしいだろう!友人代表が素っ裸でサプライズなんてないから!その格好でも年中素っ裸みたいなもんだけどね」

 四六時中アロハシャツにサングラスというあまりに粗野で、無作法な義弟の衣装を指摘しつつ、ドラは文章の問題点を厳しく糾弾した。

「誰が喜ぶんだよそんなサプライズ!」

「マジでか!?マジで言ってるんの!?」

真剣(マジ)で言ってんの」

「にゃははは、マジで言ったのか~!」

「冠婚葬祭舐めんなよ。これなら長官の作文のほうが幾分ましだ」

 そこでまた昇流の名前が出てくるということは、少なからず昇流の作文も酷いということを暗に示している。

「はははは!ちょっと何言ってるかわかんねぇや!」

「なんで何言ってるかわかんねぇだよ・・・裸じゃおかしいだろう!」

「しゃーねーな。じゃあ上は着るよ」

「下は履けよ!どっちかっていうと下のほうが大事だから!」

 絶妙のボケとツッコミを繰り返す魔猫兄弟。さて、肝心のスピーチを再開し、隠弩羅は文章の続きのところから読み始める。

「“えー、サトル君。ゆかりさん。結婚おめでとうございます!”」

「ああいいんじゃない」

「“慣れないよび方だとスピーチがうまくいきそうにないので、いつもの呼び方で呼んでもいいかにゃー?”」

「ああそのほうが楽だからないいよな」

 ここまではいたって普通に思える。問題はこの先だ・・・―――

「“サトル。そして、アンパンマン!”」

「どんな顔してんだよ!?」

「“結婚おめでとう!”」

「ええ・・・!?なになに・・・赤くなってるの(ここ)?」

「いやちょっと齧られててな」

「齧られてんのか!?そっちからきてるの、アンパンマン・・・!おかしいだろうお前」

 自分の頬を指さしながらドラが尋ねれば、隠弩羅は頭の方を指さしボケる。それに対しドラもまた本気でツッコミを入れる。

 ボケとツッコミの応酬をしながら、隠弩羅は原稿の続きを読み上げる。

「“本日は晴天に恵まれ、足元の悪い中”」

「どっちなんだよ?!」

 矛盾した言葉が一文中に一度に使われたのを、ドラは見逃さなかった。

「どっちなの、昨日降ったの?それは当日考えたほうがいいんじゃないの、雨降ってるか否かって」

「当日?」

「当日のほうがいいよ」

 アドバイスを受けると、隠弩羅は激しく共感したような笑みを浮かべ「そうだよなッ!」と、リアクション。

「何の顔なんだよ・・・何の顔だそれ・・・」

 わけがわからない奴だ・・・内心思いながら、ドラはその後も続くおかしなスピーチをじっと聞く。

「“俺が新郎新婦に出会ったのは、今日が初めてではありません”」

「当り前だろう!お前友人代表だろう!?ったく・・・」

「“一緒にキャンプに行ったとき、魚が一匹も釣れずにひもじい思いをしていた俺に、そっとエビフライをくれたこと”」

「なんだ優しいな、サトルな!」

「“フィットネスクラブでジャージを忘れてきた俺に、そっとエビフライをくれたこと”」

「何に使ったんだよ!フィットネスクラブで何に使ったのエビフライ!?なに、ころも履いたのか、ころもを!!」

「“そして、銀座のキャバクラで俺とサトルは出会いました”」

「出会ってなかったのか!!」

 衝撃の展開にドラは吃驚。慌てて隠弩羅に確認をとる。

「出会ってなかったのお前!?」

「ああ」

「誰にもらったエビフライ!?」

「それタカヤじゃん!」

「タカヤかよ!優しいなタカヤ・・・よくこんなバカに貴重なエビフライあげたもんだな。関係ないじゃんか、そんなのカットしろカット!」

 厳しい指摘を受けつつ、隠弩羅は続けてスピーチを読み上げる。

「“地元の野球同好会ではキャプテンで、エースだったサトル”」

「へぇ、エースだったんだ」

「“当時、あんなにコントロールが良かったのに、女性のストライクゾーンは広めだにゃー♪”」

「やかましいわ!お前ドン引きだわ新婦側!」

 ドラが言う通り、これを聞いた新婦側は隠弩羅への心象を悪くするに違いない。

「“これから二人は、人生のパートタイマーとして・・・”」

「”パートナー”!パートナーでしょ?」

 単なる書き間違えか、ウケを狙っているのかは定かではない。ただ、結婚生活をパートタイマーと表現することは見過ごせない。

「パートタイマー・・・?!なんで一緒にいる時間お前自給8000円にするんだよ?」

「ちょっと高すぎやしねーかその自給?」

「たとえ話だよ!結婚生活が値段に換算できるかドアホ!だったら写ノ神と茜ちゃんみたいなのはいくらに設定すりゃいいんだよ!1000万は優に超えるぞ!ちゃんと直しとけよ・・・」

 どうもひやひやさせるこのスピーチ。果たしてきちんと終われるのだろうか。

「“『結婚とは、長い会話である』・・・これはニーチェの言葉だ”」

「おおいいねー!いいよ、それ。いい言葉だよ。なんだか知的に思える」

 知的な言葉が入っていると、少しだけドラも安心する。その後調子に乗って、隠弩羅のスピーチに書き加えられた言葉がある。

「“『夫婦とは、結婚している一組の男女』・・・これは金田一春彦の言葉だ”」

「それ”辞書”だな!それ辞書でしょう!?」

 聞いた瞬間に辞書に載っている言葉の説明であることを見抜いたドラは、それが偉人本人の言葉ではない事を指摘する。

「夫婦って調べたらそうやって載ってるの!金田一春彦って辞書作る人だから。別にあの人の言葉じゃないからね!」

「シーッ!」

「シーッ、ってなんだよ?!お前が聞いといてくれって頼んだんだろ!?」

 隠弩羅はドラに人差し指(あるのかどうかわからないが)を突き立て静寂を求める。

「“結婚には、大事な袋が108つあるって知ってるか?”」

「多すぎるわ!3つって言われてるわ・・・108つ煩悩の数だろ?いろんな袋出てくるだろう・・・」

 段々と声量が大きくなっているドラの顔に疲れが滲む中、隠弩羅は3つの袋を順に説明する。

「“まず、給料袋”」

「そうそうそう」

「“次に、堪忍袋”」

「堪忍袋な」

「“そして・・・こぶくろ?”」

「”おふくろ”!」

 またしても絶妙なる間違いだった。

「おふくろね!コブクロはいい歌唄う人たちでしょう?」

 段々ツッコミをする気力もなくなりつつあるドラだが、まだまだ隠弩羅色満載のスピーチが終わることはない。

「“まぁ、なんとなく二人で力を合わせて・・・”」

「なんとなくってなんだよ」

「“三十人三十一脚・・・”」

「”二人三脚”だろ!お前どっから28人連れてきたんだ?おかしいだろ、ムカデか!?」

「“遅くなっちまったが、ただいまご紹介いただきました隠弩羅だ!”」

「遅すぎるわ!遅すぎるだろう!」

 激しくドラが抗議すると、隠弩羅は考える。

「じゃあいつ言うんだよ?今でしょ?・・・か?もう古いぜ!」

「最初に言えよ!これもう終盤だろう!?スピーチの最初に隠弩羅です、って言って始めるの!」

「あ!最初に言うのか!最初に言ってくれよな~」

「お前に言ってんだよ!お前が最初に言うんだよ!バカ通り越してぶっ壊れてんじゃないのこいつ・・・」

 少なくとも、魔術の使いすぎて色んなところがボロボロなのは間違いないかと思われる。

「“最後になっちまうが・・・”」

「ほら最後だろうお前」

「“人生の先輩として”」

「ロボットだろうが!お前いつから先輩になってるんだよ!?やだわ、こんな間抜けなロボットの先輩に祝辞されたら」

「“こんな言葉を贈りたいと思う!”」

「きれいに〆てよ、きれいに最後な!」

「“結婚、それは君が見た光”」

「そうそう、いいよ」

「“僕が見た希望”」

「うん」

「“結婚、それは触れ合いの心。幸せの青い雲。・・・・・・青雲~♪”」

 リズムに合わせて歌い出そうとした瞬間、ドラは立ち上がり制止を求める。

「”青雲”だわ!青雲だわ。青雲だな?途中から気づいたわ。お線香の話になってるじゃん・・・関係ないだろ、結婚!バカじゃないのお前」

 笑点を見ている過程で、番組のスポンサーとして青雲のCMは見慣れていたドラだからこそ、気付くことができた。いや・・・あの歌を聞けば大概の人ならわかるだろうか。

 終盤、隠弩羅はドラの方をまじまじと見ながらスピーチを読み上げる。

「“サトル!”」

「サトルじゃないよ。オイラはドラだ、バカタレ!」

「“サトル!ゆかりさん!アンパンマン!”」

「三人になっちゃったよ!三人になっちゃってるよ、なぁ!?」

「“今日は、本当におめでとにゃー”」

「ああ、おめでとー・・・」

「“以上、友人代表・隠弩羅。ゆかりの元ペットより”」

「複雑だわっ!」

 

 

 この事実を元にして書いたドラのインターネット小説は、その後多くのユーザーによって閲覧され、コメント欄からは―――「魔猫兄弟マジおもしろすぎ!!」や、「隠弩羅さんって、ホント馬鹿だよな!!」といったコメントが多く寄せられたという。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

その2:サムライ・ドラの仕事ぶり

 

 サムライ・ドラのTBT内での職務は多岐にわたっている。今日は、そんな彼の仕事ぶりについて触れていこうと思う。

 とある日の午前の部から午後の部まで、秘かに入手したデータを元に、彼の日常をヒューチャーしていこう――――――

 

 

西暦5538年 某月某日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 午前9時過ぎ。この日、サムライ・ドラの最初の仕事はというと―――

『あ~~~ん♡うっふ~~~ん♡』

 状況が全然分からないと、内心思っている人は多いはずだ。

 幸吉郎たち全員が頬を紅潮させる中、ドラは自分のオフィスのパソコン画面から再生されるアダルトビデオを無表情に見続ける。それも、一度ならず二度も、特定シーンのみを巻き戻して何度もスロー再生している。

 一体これのどこが仕事なのかと、疑問に思うかもしれない。

 状況を理解するため、杯昇流を我々の意思をくみ取る媒体役にその真意を聞き出してみるとしよう。

「おっほん・・・///お前がそんなものに興味があるとは思えなかったよ・・・///ちょいと今のシーン巻き戻してくんない?」

「何さり気無く真剣に見ようとしてるんですか、違う意味で?これ三分隊の連中が押収した物なんですけど、量が膨大だからオイラにも裏取りがあるかどうか確かめてくれって頼まれたんですよ」

 ドラは見た目に違わず、総合的に高い能力を持っている。そんな彼の能力を見込んで、局内で対処が間に合わないような案件が回って来ることがある。

 今回は、過去の世界において時間犯罪者が保有していたアダルトディスク全100種のうちの50種がドラの元に回ってきた。

 出勤時からこのようなものを見れるドラの神経もさることながら、依頼主である三分隊もなかなかに人が悪いように思える。

「しかし、わざわざここで見る必要はないのではないでしょうか兄貴・・・///」

 幸吉郎は紅潮した顔で、成る丈画面を見ないように目を逸らしながらドラに尋ねる。

「今日中までの約束なんだよ。昨日うっかり、日曜洋画劇場のパイレーツ・オブ・カリビアンに夢中になっててさ・・・気がついたらベッドで眠ってたんだよ」

「だからって、職場でこう言うもの見ていいのかよ!?それも朝っぱらから///俺たちが寝てから、いくらでも時間があっただろうに///」

 鼻血の出し過ぎで貧血を起こしかねない状態の駱太郎が問いかける一方、ドラは次のディスクを再生する。

「どうも機械の調子が悪くてさ・・・・・・まぁ君たちは気にせず自分の仕事に集中し給え」

「できるわけなかろうっ―――!!!こんなイヤホンもつけずあからさまに、しかも大音量で///」

『あああ~~~~~~♡』

 興奮しながら怒鳴る龍樹の声よりも、パソコンから伝わる音の方が遥かに大きい。

 と、その時――――――写ノ神の股間がボコッと盛り上がる。

「やべっ!!!///」

 盛り上がった写ノ神の股間に、駱太郎と昇流は秘かな敗北感を味わう。

「な・・・写ノ神、デカいな・・・・・・!」

「長官も何気に立ってるじゃねーかよ///」

「ははは!これぞもっこりの基本!よーし!全員で比べっこだ!」

「この幼稚トリ頭どもが―――!!!」

「「「「いでえええ(うおあああああ)!!!」」」」

 魔性の女と化した茜のアッパーパンチが飛んでくる。

 幸吉郎以下四人は真面に攻撃を受けて撃沈。写ノ神は変わり果てた茜に睨まれ、体を膠着させた。

「だあああああああああ!!!茜、やめろー!落ち着けー!」

 そんな言い訳など通じるはずもなく、茜は怒りに身を任せて、写ノ神の胸ぐらを掴んで怒りを露わにする。

「なんですか写ノ神君!!!私と言う妻がいながら、私以外のメス豚の裸を見て勃起するなんて!あんなAV女のどこに興奮してるんですか!?」

「誤解だって!!これは男の本能って奴で///」

「言い訳しないで下さい!勃起していいのは私と体を合わせる時だけです!それともなんですか!私の身体では不満だというのですか!?毎日(すね)の処理も(わき)の下も、それに○毛の処理もしてると言うのに~~~///お願いですから見捨てないで下さいよ~~~///」

「お前は少し発言を自嘲しろ!ただの猥談に成り下がってるじゃんか~~~///」

 途中から号泣し始める茜に、写ノ神はたじたじ。実に感情の起伏の激しい女だと、読者の方は思った事だろう。

「あっ!」

 と、その直後―――ドラが映像の中に隠された犯罪の証拠を見つけだす。

「やったぞ・・・・・・見つけた!重ね撮り見つけた!」

 アダルトビデオの中には、秘かに重要な事件資料も重ね撮りされていたのだが、その決定的な証拠を遂に発見することに成功したドラは、内線で三分隊へと報告。

「あ~もしもし。見つけた。例のね、押収物の中に見つけたよ。うん・・・あとでそっちに持ってくから、はいは~い」

 電話を切り終えると、ドラは仕事をやり終えた達成感から溜め息を漏らし、背もたれに深く腰掛ける。

「わたしを捨てないでくださ~~~い///」

「だから落ち着けって///」

 その間にも、仲間たちの喧騒が耳に飛び込む。

 ドラはやれやれと思いながら、イヤホンを耳につけ、大好きな漫画雑誌を読みながら携帯端末に入れてある音楽データを再生する。

「みんな。どうでもいいけど静かにしようね」

 

 午前10時00分。TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の通常業務は、原則として各部署から送られてくる雑用を一手に担うこと、あるいは自分で持ち込んできた仕事をするが基本となっている。

各々が与えられた雑務をこなす中、不意に写ノ神が龍樹に声をかける。

「龍樹さんはRRRって知ってますか?」

「なんじゃそれは?3R運動の事を最近ではそう言っているのか?」

「これがまたふざけた連中でしてね・・・一言で言えば、老人ばかりを狙った暴力集団ですよ!」

「まさか、RRRっていうのは・・・“老人リンチ連合”とかの略なんじゃ・・・」

 みたらし団子を食べながら辞書で漢字を確かめていた駱太郎が冗談のつもりで呟いたところ、写ノ神は「ビンゴっ!」と肯定の返事をした。

「単細胞にしては冴えてるな!しかも末恐ろしいことに、主犯格は全員ティーンネイジャー!活動方針として、無能な爺婆を排除すれば、高齢化を排除できる上にお国のためになるとかぬかしやがる・・・」

「浅はかと言うか、短絡的と言うか・・・哀れですねその人たちも」

 会計事務に追われていた茜が口を挟むと、幸吉郎が思案を述べる。

「むしろよ、法律で合法化された方がよっぽど効率的かと思うぜ。満70歳を迎えたら、強制的になんかの収容所に送られて、自然死に見せかけて服毒死させるとか!」

「貴様らっ!ここに69歳の老人がいるのを知っててぬかしおるのか!老人を減らす前に、合計特殊出生率を上げる政策を考えんかバカモノども!」

 老年期を迎えている人生の先輩である龍樹が聞く限り、他人事として受け流せるものではなかった。高齢者を労わる気持ちの乏しい若者に激怒すると、ルービックキューブの六面早揃い新記録に挑戦していた昇流は言う(仕事しろよ・・・)。

「いやいや。それも大事だけどさ、実際老人が多すぎるんだよ日本は。少しぐらい死んでもらわないと困るってのが、若者の本音っていうかさ!」

「黄泉の国に今すぐ送りつけてやろうか長官・・・!」

「ははは、冗談だって!」

 性質の悪い冗談だ。間違っても、あらかさまに高齢者を「死ね」と言ってはいけない。明白な人権侵害に繋がる言葉は絶対に口にしてはならないのだから。

「いずれにしても、龍樹さんだって後期高齢者。碌でもない人たちに狙われる可能性は十分あるわけですから、くれぐれも気を抜かないようにしてくださいね」

「ふん!老人を甚振るのがそんなに面白いか・・・昔は良かったものじゃ。老人が“社会の宝”と呼ばれた時代がな・・・・・・それが今となっては、老人は完全に粗大ごみ扱い!理不尽の限りじゃ!」

「ははは。あんたは無能じゃないから大丈夫だって。きっとこの先もうまくやっていけるって」

 と、調子のいいことばかりを口にしていた昇流だが、唐突に目の前が暗くなったかと思えば、ドアップでドラが形相を浮かべて来た。

「の~~~ぼ~~~る~~~きゅ~~~ん!」

「ひいいい!!!///」

「また性懲りもなく!なんですかこれは!?」

 机の上にバンと叩きつけられたもの。先月分のTBT特殊先行部隊、並びに長官・杯昇流に関連する領収書全般。そのうち、ドラは赤い付箋で張っている領収書すべてを眼前の昇流に付きつける。

「いつも言ってるでしょう!飛行機に乗る時はファーストクラスじゃなくてエコノミーにしろって!それに、とても経費とは認めがたいものがたくさんあるんですが・・・」

「ギクっ・・・///」

 幸吉郎たちが領収書の何枚かを手に取ってみると、ドラの言葉の意味が良くわかる名前が書かれている。

「赤ちょうちんにキャバクラ・・・それになんだこれ?金魚のエサ代・・・?もうわけわかんねぇぜ!」

 窮地に追い込まれると、昇流は言い逃れの利かない中、必死でドラたちから目を逸らす。

「いや・・・俺って奴はどうにもエコノミーが苦手・・・足回りの血流が悪くなって、どうかしちまうんだ・・・」

「知らないですよそんな事。オイラあんたの体のことなんでどうでもいいんですよ!いっそのこと動けなくなったほうが都合がいいです。そしたらオイラの天下だ。もうあなたを何処へも逃がすことはできなくなる・・・・・・うししし・・・」

「やだ~~~!それだけはやだ~~~!」

 目の前の現実が耐えられなくなった昇流は、すかさず逃亡を図るが―――

「逃がすか!」

 それを潔しとはしなかったドラの鞘ブーメランが、昇流の後頭部を直撃する。

「痛(いだ)っ!」

 後頭部を強く打ち付けられ、昇流はその場に倒れ伏す。

「いいですか!この経費は認める訳にはいきませんからね。あんたの給料から全部引かせてもらいますから!」

「容赦ねぇな・・・・・・」

 と、哀れみを抱く駱太郎ではあるが、元はと言えばすべて昇流が悪いのだ。身から出た錆と言うべき事例なのだ―――

 

 

TBT本部 第四分隊・技能テストルーム

 

 午後1時30分。昼食を終え、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーは、四分隊の技能テストルームに揃っていた。

 ドラたちが見守る中、TBT本部第四分隊特殊兵器開発センター所属兼科学捜査班所員であるハールヴェイト・ヘルナンデスは別室のマイクで、テストルームに一人たたずむ幸吉郎に話しかける。

「そいじゃ幸吉郎、演習プログラムはじめるぞー」

『了解だ』

「じゃ、演習プログラム03・・・開始!」

 ハールベイトが演習プログラムメニューを発動させると、武装強化された愛刀・狼雲を装備する幸吉郎の目の前に障害となる分厚い鉄の壁が現れた。

 呼吸を整えた幸吉郎は、狼雲の鍔部分に取り付けられた、左右に噴射機を備えたパーツを一瞥し、刀を両手持ちにして構えを取る。

剛金狼撃(ごうきんろうげき)―――伍式(ごしき)!」

 合図と同時に、噴射口から高出力のエネルギーが噴き出し、助走をつけた幸吉郎の体を爆発的な推進力で前へ押し出す。

「『紅蓮鉾(ぐれんぼう)』ッツ―――!!!」

 

 ―――ドンッ。

 

 狼雲を持ち両手を合わせることで、刀を軸として高速回転が発生。頑強かつ分厚い鋼鉄の壁を貫いて幸吉郎は真っ直ぐ進む。

 冷静な眼差しでハールヴェイトら四分隊のスタッフがモニターと実際の幸吉郎の動きを見比べる一方、ドラを除く鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーはただただ呆然。驚異的な威力を見せ付けた幸吉郎の技に目を奪われる。

『兄貴、どうでしょうか?』

「いやいいんじゃないかな。みんなの目から見てどう思う?」

「以前拝見した時より、さらに動きが良くなっていました!」

「剛金狼撃のモードでも、スペック上は幸吉郎も十分な持続時間を得られてる感じじゃな」

「充電システムや使用推進剤も、一年前のものと比べたら段違いに機能が向上している。昨今の目覚ましい技術革新に伴い、剛金狼撃もまたより迅く、より破壊力を増した牙となった」

「ただ、装備システムが頼もしすぎるゆえに、術者にとんでもない負担がかかるのが難点だけどな」

「それでも、選んだのは幸吉郎だからな」

 ガラスの向こう側に佇む幸吉郎は、やや息を上げている。

 絶大な威力を誇る剛金狼撃は使用者である幸吉郎の肉体に多大な負荷を与える。その主たる原因として、剛金狼撃武装システムに見られる機体その物の重み。 更なる速さを追求しようとし結果、刀の重量が極端に増加しまった。

『幸吉郎、大丈夫かー?』

「は、は、は、は・・・・・・大丈夫ですよ。これくらいでへばる男じゃありません!ただ、できれば一旦休憩を・・・」

 やせ我慢をしている幸吉郎の表情に、ドラたちは鼻で笑う。

「まだまだ軽量化が進めないといけないかもな」

「しかし、これ以上の軽量化をすれば、強度を削らなくちゃならないぞ?」

「ひとつを求めれば、何かを犠牲にしなくてはいけない・・・正にトレードオフの関係。世界の絶対の真理を覆そうなんて真似はできなくても、人間には計算能力がある。可能な限り、計算によって少ないリスクで高い利益を得る方法を考えよう」

 常に合理的かつ論理的な方法を模索するドラ。時折理屈に見合わない破天荒な行動をとることがあるが、その行動も緻密な計算のもとに成り立っているとは、誰も気づかない。

「幸吉郎、1分間休憩入れたらもう一度起動させて、オイラと対戦だ。そいつでオイラを完全破壊するつもりで撃ちかかってみろ!」

『了解しました!』

 それから1分後。休憩をはさみ、水分補給を済ませた幸吉郎は果てしなく重い機体を装備した刀を構え、ドラと向き合い闘気を高める。

「よっしゃー!兄貴相手なら腕がなりますぜっ!」

「あんまりガッツキすぎるなよ。そいつはまだまだじゃじゃ馬なんだからな」

「分かってますとも。いきます・・・捌式(はちしき)狼鉋撃(がろうげき)!!」

 凄まじい推進力から生まれる、瞬間最高速度100キロの刺突が、ドラの元へと襲い掛かる。

 ドラは不敵な笑みを浮かべながら、日々着実に強くなっていく右腕の相手を勤め上げる。

 

 ―――カキンッ!!!

 

 

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 午後4時。日も暮れ始める夕方。

 大方の仕事を終えたドラの本日最後の業務が、4時からメンバー全員(壌を除く)と昇流を含めた全体会議。

 会議の内容は、ここ最近に時間犯罪刑務所から出所したばかりのある詐欺師が、再び過去の世界で不穏な動きを見せており、ドラたちは事件解決のために話し合っていた。

「佐竹ヒロム、45歳・・・。12年前に21世紀のアメリカを拠点に行われた投資詐欺『SFS事件』でムショにぶち込まれた詐欺師―――・・・・・・か」

 資料を確認しながら、写ノ神は電子ディスプレイにメガネで小太り、その上禿げ頭の中年男性の写真を提示する。

「ありゃでっかい事件だったなぁ~。SFSは結局破綻したけど、加入者がとにかく多かったから、被害額も半端じゃなかった。100億ドルは下らなかったかも」

「そんなにですか?!」

「100億ドルって・・・日本の国家予算10分の1じゃねぇか!」

 誰しもが耳を疑う桁外れな被害額。ドラは当時のことを振り返りながら、詳しい内容を掘り下げる。

「そんな大物が先日、ムショを出てね・・・性懲りもなく大規模な詐欺をしているんだよ・・・・・例によって過去、しかも日本でね」

「日本で詐欺を?」

「幸吉郎。資料回して」

 幸吉郎は手元に置かれた人数分の資料を順番に回していく。資料の一番上に書かれている見出しの文字を見つめながら、駱太郎は怪訝そうにつぶやいた。

「共済組合型の詐欺・・・?」

「要するに、市町村そのものを共済組合の名前にして、投資を促し、数人の組合員を勧誘してまた別の組合員を呼び集める。それによって、安全で安定した投資が保証される・・・ってのが趣旨」

「組合員が新たな組合員を呼び集めて、金を出資させる・・・・・・それって単なる」

「ねずみ講ではないのか?」

「ご明察。共済組合っていっても、実態はねずみ講といえる悪質なものだよ。佐竹は、その実態に気づかずに加入した町民から、相当な金を絞り取ろうとしているのさ。それをオイラたちがぶっ潰す―――てのが今回の任務内容」

「具体的に、詐欺の実態を説明してくれるか?」

 昇流が珍しく真面目そうな表情で声をかけると、内心ドラも驚きながら、表面上では平静を装い説明を始める。

「佐竹が作った共済組合は、『権利の再販売』と称するシステムが特徴的です」

「『権利の再販売』・・・?」

「噛み砕いていえば、共済に加入した人間Aが別の人間Bを共済に勧誘した際には、Bが共済に支払う加入金のうち2割がAのものになるというシステムだよ」

 例えば、組合員Aから勧誘されたBが加入金として、1万円を支払ったとする。そのうちの2割・・・つまり、2千円程度がAの懐に入ってくる。

「また、Bがさらに他の人間Cを勧誘したら、Aには5分の利益が入る。Cがさらに誰かを勧誘すれば、今度はAとBに5分・・・これが半永久的に続くわけ」

 先程の例で言えば、BがCの勧誘に成功した暁には、Aには5分である500円が入る。Cがまた別の誰かを勧誘すれば、AとBの懐にそれぞれ500円が入金されるということだ。

「こうして共済の名を冠する市町村に佐竹をトップとした巨大な金のピラミッドができ上がる。数十億もの金が佐竹の下に集中する。こういうものをなんと言うか、長官はわかりますか?」

「『マルチ商法』・・・・・・だろ?」

 答えられない事を前提として、ドラがイジワルっぽく問いかけてみたところ、昇流はこの場に居る誰もを凍りつかせる真っ当な答えを口にした。

 それを聞いた瞬間、ドラを始め全員の頭に落雷が落ちる。

「「「「「「おおお!!!」」」」」」

「そんなに驚くこたぁねーだろ!」

 ドラたちのリアクションが昇流は非常に気に入らなかった。まぁ、普段が普段だけに・・・今のような真っ当な答えを言えたことが、彼らにとっては奇跡に近い現象と思えたのだろう。

 吃驚もある程度のところで押さえ込み、ドラは再び共済組合の名を冠したマルチ商法の仕組みの説明を続ける。

「マルチは『ねずみ講』とよく似た悪徳商法―――といっても、ねずみ講が犯罪であるのに対し、マルチ商法には禁止法がない・・・しかも『共済』というお題目のせいで、実態がマルチであることに気づく人間は少ないってことさ」

「佐竹は地元の名士である町会議員の後ろ盾を得て、次々と組合人を増やした・・・組合人員には町会議員はもちろん。教育委員会、学校長、企業主、農家など・・・あらゆる層が含まれている。この金のピラミッドの上のほうにいる人間は、地元企業や団体のトップが多い」

 これは昇流が口にした台詞である。またしても、ドラたちの脳裏に100万ボルト相当の落雷が落ちたことだろう。

「マルチっていうのは、高い位置に人間が乗ってくれば必ず成功するんだよ。最初に有力者を捕まえれば、あとは彼らが下の人間を増やしていってくれるからな。そういう意味では―――佐竹はうまくやったってことさ」

 やけに昇流が真面な事を言いすぎている。ドラたちは却ってこのことが不気味で仕方なく、鳥肌を立てるほどだった。

 そんな中、駱太郎は背もたれに腰かけながら、天井を見上げる。数秒間ボーっと天井を見つめた彼は、おもむろに口を開く。

「佐竹は・・・・・・いま、何を考えてるんだろうな?最近までムショにいたんだろ?」

 その言葉を聞き、龍樹・茜・写ノ神・幸吉郎の順にそれぞれ思い思いの言葉を紡ぐ。

「拙僧が思うに、どこで打ち切るか―――どうやって詐欺だと思われずに逃げるか、じゃろうな」

「―――そうですわね。ただ逃げただけじゃ詐欺師として追われることになります」

「だから佐竹は・・・金をすべて手に入れ、かつ詐欺だという証拠を残さずに逃げる方法を模索しているはずだ」

「佐竹はもう二度と、刑務所なんかごめんなはずだからな」

 ここで、全体の総括としてドラが今回の任務遂行に必要な作戦を提示する。

「プランはこうさ。オイラは、まず佐竹をおびき寄せる為に奴にとってインセンティブの高いエサを撒く。その餌に佐竹が食いついている間、みんなは××町民の中から『住民票が××町以外のところにある』人間を探すんだ。無認可共済は“特定の人間”以外に共済事業を行うことが許されていない―――その証拠さえ見つけられれば、保険事業法と出資法違反の罪で挙げられる」

「“出資法”だって・・・?!」

 写ノ神が吃驚すると、ドラは冷静な物言いを見せる。

「出資法では、『根拠法のない共済が“不特定の者”を対象に共済事業を行っている場合には、保険業法違反となり、当該事業を行った者に対して、刑罰が課せられる可能性がある』―――とあるんだ。これは、共済がマルチ化するのを防ぐためのものさ」

「まぁ、どっちにしても難しいことは考えるな写ノ神。俺たちは、兄貴が指示した通りに動けば問題ねぇ。そうですよね・・・隊長殿?」

「オーライ。やっぱり物わかりのいい奴は違うね、副隊長殿」

 絶対の信頼をドラに置く幸吉郎の眼差しが向けられた。ドラは右腕の瞳から伝わってくる信頼を確かに受け取ると、口元を緩め返事を返す。

「よしっ!んじゃ明日からイッチョ、真面目に仕事っすか」

「「「うむ(おう)(はい)!」」」

「ほんじゃ今日の会議は終了ー、おつかれー」

 会議が終わると、各々は帰り支度を始める。

「長官。ひとついいですか?」

「なんだよ」

 ここで、ドラは会議中の昇流の言動について本人の前でコメントを残した。

「マルチの事もそうですが、あんな小難しい台詞をよく言えましたね」

「だからどういう意味だよ!!!台詞なんて言った覚えねぇよ!!!」

 

 

 いかがだっただろうか。これは飽く迄ほんの一部に過ぎない。

 ドラが普段どんな仕事をしているのかが、ある程度理解出来たことを祈りつつ、今回はこの辺で締めくくらせてもらおうとしよう。

 本日、最も驚いたこと――――――昇流が終盤になって、凄く真面な発言を連発したことだった。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

参照・参考文献

原作・原案など:夏原武 作画:黒丸『クロサギ 4巻』 (小学館・2004)

 

 

 

その3:スズの思い出

 

西暦5538年 8月某日

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

「ない!ない!!な――――――い!!!」

 朝から響き渡る、魔猫ドラの甲高い悲鳴。

 彼が取り乱すという事は滅多にない。幸吉郎と駱太郎は勿論、隣に住んでいる写ノ神たちも駆けつける。

「一体なにがどうなさったんですか、兄貴?!」

「ないって・・・なんか失くしたのか?」

「す・・・スズが・・・・・・」

「え?」

「スズ?」

 怪訝そうにメンバーが一様に顔を見合わせると、ひどく狼狽した状態のドラが叫ぶ。

「オイラのスズがな――――――い!!!!!!」

 ドラは曲がりなりにも猫である。飼い猫というものには大概、目立つようにスズが付けられている。ドラが日頃から付けているのは、緑色のスズで―――単なる象徴としての機能だけではなく、周囲の猫を呼び集めるという機能が備わっている。

「ところがだ!!今朝起きたら・・・・・・スズだけ忽然と姿を消してしまったんだああ!!!あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 絶望というものを表現したことのないドラが、はじめて絶望を表した瞬間だった。

 冗談ではあるが、あまりの絶望ゆえに魔猫の体にひび割れの様な症状が現れるという不測の事態が発生。

 幸吉郎たちはこんなにも取り乱すドラを見たことがなかったため、かなり驚いている。

「はぁ・・・・・・そりゃ災難だったな。でもよ、あんな汚ねースズのひとつやふたつ、どうってことないだろうよ?」

 と、軽い気持ちで駱太郎が口にした直後―――ドラは魔猫の形相とは異なる、本気の怒りの瞳で駱太郎を睨んだ。

「ひっ///」

 圧倒的な威圧感を前に、駱太郎は恐怖を覚え、幸吉郎の背中に隠れる。

「それで、いつまであったんですか?ドラさんのスズは」

 茜が場の空気を呼んで聞き込みをすると、ドラは昨日の事を振り返る。

「寝る前まではちゃんとあったんだ。ベッドに入る前に所定の場所に置いてさ・・・で、それからナイトキャップとアイマスクをして寝るのがオイラの習慣なんだ」

 ドラは皆に説明しながら、自室へと案内し、所定場所として決めている机のバスケットの中を指さす。

「ここがオイラのスズの置き場所。朝起きたら、跡形もなく姿を消しやがった・・・・・・アアアアアアアアアア!!!!!!!ファントム生み出したろかああああああああああああ!!!!!」

「おめぇの中からファントムが生まれたら、ウィザードがすぐに倒されちまうよ!」

 そんな事はないと思うが、かなり危険な状態にまで追い詰められる可能性は考慮しよう。

「とにかく!あのスズはオイラにとって、無くてはならない代物なんだ!!絶対に探しだしてやる!!」

 決意を込めるドラの目は、いつになく真剣そのもの。

 仕事をしている時でさえ、イヤイヤ、と思わせるくすんだ目が燃え上がるさまを、幸吉郎たちは興味深そうに見つめる。

「さぁみんな!家中のものをひっくり返してでも、スズを見つけだすんだ!」

「え~~~マジで!?」

「まだ朝ご飯も食べておらんのだが・・・」

「文句はあとで幾らでも言え!隊長命令だ!!さっさと探すぞ!!!」

 例によって理不尽な態度で半ば強制的に幸吉郎たちを探索に駆り出したドラは、言葉にもあったとおり、家中にあるものをひっくり返しては失くしたスズを探すことに躍起になった。

「ないな~ないな!オイラのスズ・・・!スズよ、どこへ消えた!?返事をしろ!プリーズコールミー!!」

「なんでスズが返事するんだよ!?落ち着けよ少し!」

「あ!何かありましたよ!」

「見つけたの、オイラのスズ!!!」

 茜がソファーの下から何かを発見し、ドラが一目散に食いついた。

「これは・・・―――」

 ソファーの下から見つけだしたのは、スズと同じように球体で、しかし決定的に材質が異なるもの。毛糸を編んで作られた、スーモのようなぬいぐるみ。

「あ。これって兄貴の作った・・・」

「毛玉君じゃないか!なーんだ、いないと思ったらこんなところにいたのか~」

 ドラは以前、特技の裁縫を用いて遊び心からぬいぐるみを作っていた。そして作り上げたのが、毛玉君と称する全身が毛むくじゃらのぬいぐるみ―――

「あ~あ・・・ホコリだらけになってる。あとで洗濯しておこうっと・・・」

 大事そうに毛玉君の周りのホコリを払うドラだが、幸吉郎たちは唖然としながら、本来の目的をドラに問い直す。

「あ・・・・兄貴。スズはいいんですか?」

「え・・・だああああああああああああああ!!!!!!!!!!そうだった!!!オイラ!何ボーっとしてやがる野郎ども!さっさと探すぞ!」

「急にヤクザになっちまったよ・・・」

「いろいろ面倒くせェ奴」

 不満を口にしつつも、メンバーがドラのために彼が失くしたスズを探す手伝いに尽力する。

「スズ―――!おーい、スズやーい!いい加減姿を見せてくれよ―――!!!スズ―――!」

 と、ドラは洗濯機の中に顔を突っ込み、大声を上げる。

「顔が嵌って動けなくなるなよ・・・」

 写ノ神が冗談のつもりで言うと、ギュ、という音が聞こえた。

「あん?」

 洗濯機の方に目を向けると、顔がすっぽりと嵌ったドラがもがき苦しんでいる姿が飛び込んだ。

「ぬ・・・ぬけな―――い!」

「ええええええええええええ!!!!!」

 信じられなかった。サムライ・ドラという魔猫が、こんな古典的なギャグをやることも。そして、こんな某ネコ型ロボットさながらのドジをしでかすということが―――

「せーの!!」

「「「「そーれ!!」」」」

「だああああああああああああ!!!!もっと優しく引っぱってよ―――!!痛だアアアアアアアアアアア!!!!体が千切れる――――――!!!!」

 結局、幸吉郎たちに手伝ってもらわなければ、自力で抜け出すことは不可能になってしまった。

「は、は、は、は、は・・・・・・あ~酷い目に遭った」

 猛烈な体の痛みに耐えながら、辛うじてドラは洗濯機の中から顔を出すことが出来た。

「兄貴。今日に限っては、あまりに狼狽しすぎですよ。いつもの気だるくも、妙にしっかりしてる兄貴はどこへいったんですか?!」

「ゴメン・・・スズのことで頭がいっぱいでパニックになっちゃって・・・」

「新しい方に変えてもらってではどうなのじゃ?男なら潔く諦めて―――」

「ダメだ!!絶対にあれでないとダメなんだ!!変更なんてできないの!」

「じゃあ、どうしてあのスズにこだわるのか・・・その理由くらいは聞かせてくれないか?」

「え・・・!そ・・・・・・それは・・・・・・」

 理由を尋ねた途端、ドラは回答に困った様子で、そっぽを向いてしまう。

 よく見れば、ドラの頬がわずかに紅潮しているのが窺える。

「い・・・・・いいだろう別に///」

 結局、この場で彼が理由を話してくれることはなかった。

 どうしても理由が気になる幸吉郎たちは諦めるに諦めない様子だったが、一旦家の時計に目を移すと、間もなく出勤をしなくてはならない時間だった。

「おっといけねぇ。もうこんな時間か」

「朝飯まだなんだけど?」

「移動しながら食べるしかないですね」

「そんなことはどうでもいい!スズだ!スズを見つけるんだ!!」

「仕事サボる気かよ!?帰ってきたらまた手伝ってやるから!取り敢えず、今は違うもんで代用しようぜ!」

「違うもの?」

 スズの無いドラの首元につけるものとして、幸吉郎たちは家中にあるものから適当なものを探し出し、順番にドラの首輪に付けていく。

「これなんかどうでしょうか!良く似合いますよ!」

 幸吉郎が付けてくれたのは、スズという属性はあっているが、クリスマス用のスズだった。

「ちょっと。今夏だよ。それにオイラ、トナカイと勘違いしてない・・・」

 幸吉郎のセンスを本気で疑ったドラが冷静なツッコミを入れると、駱太郎が別のものをとりつける。

「これならいいだろう!神社のスズだ―――!」

 顔とほぼ変わらない大きさの神社のスズと、紅白の注連縄。ひとたびこれを取りつければ、ドラも立派な神社の神獣となる。

 幸吉郎たちは一様に、ドラを見ながら拝み倒す。

「拝むな!!逆に祟るぞ!!つーかこれ家にあるものじゃないよね!?」

「なら、これならどうじゃ!」

 龍樹が新たに首に巻いたのは―――バナナ。

「ぶはははははは!!!傑作じゃな!!!」

「スズですらない・・・コラ―――!ただ笑いたいだけだろうクソジジイ!」

「こんなのはどうだ!」

 段々とおかしな流れになって行く中、写ノ神はバナナを取り外して、ゆで卵を取りつける。

「コメントに困る・・・どっから持ってきたゆで卵!?」

 さらに、ゆで卵の次に茜が首に取り付けたのは、まさかの生き物。

「ひよこさんですよ♪」

「生きてるし・・・・・・黄色ければいいってもんじゃないんだ!いや、そもそも黄色じゃダメなんだ!オイラはあの緑のスズじゃないとダメなんだ!絶対絶対ダメなんだ!!ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!!!」

 と、ついには、駄々をこね始める子どもになってしまった。

 じたばたと手足を動かし、ごねるばかりの聞き分けのない姿には、幸吉郎たちも言葉を失った。

(これが本当に兄貴なのか・・・?!)

(いつものドラとはまるで違うぜ!こいつは夢か!!)

(夢なら、直ぐにでも覚めて欲しいものじゃが・・・)

(けど、これはこれで愛嬌があっていいんじゃないか?)

(絶対にこっちの方が好感度が上がりますよ!ドラさん、性格を除けば元は凄くキュートなんですから)

 そう・・・性格を除けばドラはみなに愛される姿をしていた。

 これは、ある意味では奇跡の光景なのかもしれない。万が一、彼を良く知るものが今のドラの様子を見れば、どんなリアクションをとるのだろうか。

「あ~~~もう時間がねぇ!遅刻しちまうよ!」

「しゃあねぇ。こうなったら兄貴を引きずり出してでも!」

 幸吉郎と駱太郎は力を合わせて、スズがない事に駄々をこねまくるドラの腕を引っ張り、玄関へと引っ張り出す。

「コラ離せ!こうなったら仕事休んででもスズを探すんだ!どうせ長官の始末の悪い書類に目を通すのが落ちなんだから!」

「往生際が悪いぞ、ドラ猫が!」

「諦めて帰ってから探しましょうよ、兄貴!」

「ヤダヤダヤダ!!!スズを見つけるまでは絶対ヤダ――――――!!!」

 と、ここまで来ると本気でドラと付き合うのが面倒になってくる。

 しかし、玄関を出た直後―――事態は一変した。

「あれ?」

 写ノ神が庭先で光り輝くものに気づき、近づいてみたことろ―――ドラが肌身離さず首輪につけている緑のスズが、それが転がっていた。

「おい、ドラ!あったぞ、スズ!」

「本当!マジでマジでマジで!!!」

 写ノ神が拾い上げたスズの方へと飛びついたドラは、それが自分のものであることを入念に確かめると、満面の笑みを浮かべながらそれを自分の首輪に取りつける。

「じゃーん!」

「「「「「おおお!」」」」」

 持ち主の元に戻ったスズは、太陽光線に反射して、いつもよりも光って見えた。

 スズを取り戻したドラは自分のスズを大層権威を示すように見せつけると、いつもの調子で車庫から車を出す。

「さぁ、仕事に向おう。今日もバカ長官の書類整理だ」

 手のひらを返したかのようにドラの心変わりの凄まじい。

 コメントも出来ぬほど呆気にとられる中、幸吉郎たちは破顔一笑し、潔い返事を返した。

 

 スズを無くしたその日の深夜―――

 幸吉郎と駱太郎が寝静まっている中、ドラは物静かなリビングでひとり、満月を見ながら杯をいただいている。

「あ~あ・・・・・・一時はどうなることかと思ったけど。無事に見つかってよかった」

 ドラは首輪に取り付けてあるスズを、チリンチリン、と鳴らす。

(あれは・・・・・・―――オイラが、穀潰し博士のところに来たばかりのことだった)

 スズの中から取り出したのは、小さく折りたたんだ思い出の写真。

 中を覗くと、魔猫と恐れられていた三毛猫ドラを、愛おしそうに抱いているひとりの科学者の姿が映っている。

 科学者の名は、武志誠―――今は亡き、ドラの育ての親である。

 写真をよく見れば、ドラの首輪には今のドラがしているのと全く同じスズが付けられている。

 

 

『よーし。これでいいぞ・・・・・・おお!なんだ、意外とかわいいじゃないか!・・・うわあ!こら止めろ!褒めてやってるんだぞ私は!?魔猫でも、そうして鈴をつければ・・・!普通のネコと同じなんだって!』

『ニャ―――!』

『いでえええええええええええええ!!!!!!!!噛んだ!!!チ○コ噛んだああああああああああああ!!!!!!!!!!!////////////////////////』

 

 

 当時のことを振り返りながら、ドラは色褪せた写真の中でそこ抜けた笑顔の誠を見つめ、ひとり月見酒を楽しむ。

(結局・・・・・・女々しいオイラは、博士が使っていたドラえもん目覚ましもこのスズを、両方手放すことができなかった。でも、あのとき――――――あの人がくれたこのスズがあったから、オイラは変われたのかもしれない)

 亡き博士との大切な記憶のピース。そんな思い出を肴に、ドラは極上の月見酒を堪能する。

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)とはまた違う――――――オイラの大切な思い出なんだ。このスズは―――)

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その43:ひとつを求めれば、何かを犠牲にしなくてはいけない・・・正にトレードオフの関係。世界の絶対の真理を覆そうなんて真似はできなくても、人間には計算能力がある。可能な限り、計算によって少ないリスクで高い利益を得る方法を考えよう

 

トレードオフとは、ビジネス用語のひとつ。何かを達成するために別の何かを犠牲にしなければならない関係のこと。だからこそ人は頭の中で計算し、少ないリスクで高い利益を得ようと頑張る。ドラが言うまでも無く社会は損得計算を繰り返している。(第40話)




次回予告

幸「兄貴の日常はどうだった?まだまだ謎が多い点もあると思うが、立てたフラグは必ず回収するから安心しろ」
「さて、次回はこの俺の番だが・・・俺はかなり物語にし辛い方だからな、大丈夫だろうか?おい作者、しっかり書いてくれよな!!」
「次回、『山中幸吉郎之巻』。俺の活躍に乞うご期待!!」

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