サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の第七席・・・って事で体を保っている超気まぐれなバトルマニア、螻蛄壌。普段一緒に仕事してないからどこで何をしているのか全くわからない。ま、こっちは非常時に仕事してくれれば別に何してようが知った事じゃないけど」
「今日は改造人間であるあいつが智慧派教団との戦いを終えてから何をしているのかを見てみよう。割とレアな機会だからこれを見逃すと今度はいつ奴の活躍を見れるか分からないから。あ、興味が無かったらそれまでだけど・・・・・・」



螻蛄紀行録 蜉蝣の一期

 カゲロウの一生は朝生まれて夕方には死んでしまうほど短い。そんなカゲロウに準えた人の一生も、短く儚いものだ。

 僕が思うに、生き物の命っていうのはあまりにも脆弱だ。

 どうしてこんなにも容易く死んでしまうのだろう。

 どうして人は誰かがが死ぬと涙を流し、死者を丁重に弔うのだろう。僕にはまるで理解できない感情だよ。

 星の智慧派教団が壊滅してしばらく経った。サムライ・ドラと彼に随行する山中幸吉郎たち鋼鉄の絆(アイアンハーツ)は相変わらず忙しい日々を送っているようだが、僕には正直どうでもいい。僕は彼らと群れ合う理由もなければ、それに迎合するつもりはない。まぁ、サムライ・ドラ自身も僕に干渉してこないから今のポジションを崩されることはないし、それはそれで満足しているけど。

 ただ、どうしても分からないことがある。それは僕が生涯に渡って抱え続けている疑問―――なぜそうまでして生き物は群れを成そうとするのか?

 群れる事でどんなメリットが生まれる?少なくとも、僕が他人と群れていても良い事なんてひとつも無かった。

 仮に僕の意見に異を唱える者がいたとしても、いずれ僕の考えが正しかったことを後悔するだろう。だけどその者が後悔するのは決まって死の直前なんだ。

 群れていたから、誰かが死ぬときに辛い思いをする。誰かを大海の如く深く愛してしまったために自分の肉体が滅び以上に苦しい思いをしてしまう。

 僕の言っている事はおそらく正しい。で、世の群生者のほとんどが間違っていると断言してあげる。君たちは長きに渡って無意味な事をし続けている事になる。

 ああそうか・・・・・・君たちが好むのは要領や効率よりも無意味さの中にあるほんの僅かな快楽なんだっけ――――――

 何も背負わない僕よりはマシって声が聞こえてきたけど・・・・・・逃げずに背負うことが英雄的で名誉ある証だと本気で思っているの?

 敢えて言ってあげようか・・・ただの自己満足だよ。それでも君たちは何かを背負う事に美徳を感じているというのなら、これ以上僕は何も言わない。

 でも、あとあとになって些かの疑問も後悔も抱かないでもらいたいな。

 

 

西暦5538年 11月3日

インド洋 カミーズ諸島・カミーズ公国

 

 日本から離れること約11500㎞に浮かぶマダガスカル諸島と目と鼻の先に浮かぶ島が、今の僕の滞在場所だ。

 カミーズ諸島と呼ばれるこの島には、公国がある。それがカミーズ公国―――人口1万人弱の小さな主権国家。名前のカミーズはヒンディー語で「シャツ」を意味する。この島自体が正にそんな形をしている。

 僕は無二族(むにぞく)と呼ばれる特殊な部類の人間だ。しかも、僕はその昔とある時間犯罪者の手によって(むし)の力を受け入れられるように体を改造され生体兵器となった。

 僕が生まれ持っている無二族としての力。加えて蟲の能力が加わった事は正直なところ喜びもしなかったし悲嘆することもしなかった。僕にとっては至極どうでも良い事だから。

 唯一メリットを感じている事があるとすれば、より強い相手との戦いを味わう事が出来るようになったこと―――。

 しかし、僕と互角以上に戦える相手はそうはいない。この僕を唯一負かした相手―――サムライ・ドラと戦うのも悪くないが、彼はどうも気分や体裁を気にしているみたいだ。心置きなく彼と戦うにはあまりに障害が多すぎる。彼を一番に縛り付けているものは家族と言う名の楔。いっそのこと僕がそんな面倒なもの、排除してあげても良い。

 だけどそれはそれでデメリットが生じる。なぜなら、サムライ・ドラの強さの源にはその家族が強くかかわっているからだ。つまり、無下に家族を排除してしまうとあれが弱くなってしまう。

 僕としては魔猫とは最高のコンディションで戦いたい。家族と言う楔が無くなるだけで魔猫が弱くなってしまうのは何ともアホみたいだ。

 魔猫と戦いたい。魔猫をこの手で蟲の息にしたい。だけど魔猫には最高のコンディションであって欲しい――――――僕の理想はやや高すぎるのかもしれない。

 あれと戦うには少し時間を置く必要があるのかもしれない。だから仕方なく機が熟すのを待つしかない。が、その結果僕自身が暇を持て余す羽目になる。

 普段から闘いたいという衝動に駆られるせいか、平和ボケした世界は退屈で仕方ない。日本という島国は暴動どころか、喧嘩と言うものを酷く毛嫌いしている。どの国民も政府に不満があってもそれを実行しようとする勇気さえない。戦う事を極端にまで躊躇し、躊躇するがゆえにいつまでも機を逃す。そんな腐民たちが集まる島で暇を持て余すことは僕には耐えられない。

 その点、今いる島はそれなりに居心地がいい。

 もう随分前になるかな・・・・・・カミーズ公国では長きに渡って紛争、内戦が続いている。

 この島はインドプレートの境界付近にある。プレートが狭まった事で、今から3000年くらい前に海底にある火山を噴火させ島嶼(とうしょ)を作った。やがて、海嶺(かいれい)が活発にプレートを生みだし、反面古いプレートを狭めていくことで島嶼は一つの島となった―――それがカミーズ諸島だ。

 現地を調査すると、島の地層から稀少な鉱物が豊富に産出され職を求めて多くの外国人労働者がこの島に集まり移住してきた。ダイヤモンドやエメラルドなど僕には何の価値も無い石ころに群がる愚民たちは、掘削機械を持ち込み、島中を掘り起こした。また諸外国も新たな市場を求めてこの島に積極的な投資を行ったものだから島民の生活は当然それに見合うだけに豊かなものとなった。

 でも、目当ての宝石が掘り尽くされ島民の多くが職を失った。加えて原因不明の奇病まで流行り出したものだから、島中が大パニックに陥った。

 黒死病(ペスト)とかエボラとか色んな感染症があるけど、この島で発生した謎の奇病で島民のおよそ3割が命を落としたらしい。

 病がもたらしたのは明確なる死の恐怖だけに留まらなかった。

 おもしろきかな、人は病への恐怖から逃れようと自分だけが生き残るって考えを強調するようになった。他人を蹴落とし、自らの糧とする事も厭わない―――そんな浅ましさが民族紛争なる戦いを生みだした。そしてその争いは今も連綿と続いている。

 

 

西暦5538年 11月6日

カミーズ公国 自治区レシャム

 

 タタン。タタン。タタタン。

 眼前に広がる人気も(まば)らな街の光景。僕がいるのは、カミーズ公国にある自治区レシャム―――ヒンディー語で「絹」を意味する。

 タタン。タタン。タタン。

 絹という名前からは似つかわしくない銃声。さっきからちょっと耳障りだ。

 タタン。タタン。タタン。

 僕がこの島を訪れる前、ここはサプナーとかいう武装勢力が実質的にこの場所を支配し勝手に暫定自治政府とした。

 すると、正規のカミーズ政府は彼らを追い出そうと軍事力を投入して形振り構わず空爆を開始した。それが10カ月くらい前のこと。

 タタン。タタン。タタン。

 今、この銃弾の雨の中を僕は何事も無く歩いているけど、そこら辺を見れば血塗れの(しかばね)が無造作に転がっている。彼らはサプナーの兵士でもなければ国防軍でもない。ただの一般市民だ。

 タタン。タタン。タタン。

 空爆で何千人と言う死者が出た。それだけに飽き足らず両者は武器を取り合い、戦いを続けている。おそらく、どちらかが完全にくたばるまでこの行為は繰り返されるだろうね。

 タタン。タタン。タタン。タタン。タタン。タタン。

 こんな状況だから国連も部隊を送って紛争の終結を促そうとしているみたい。でも、そんな事をしたところで手応えなどないのは自明の理。停戦合意が幾度呼びかけられたところで、彼らは互いへの敵意から疑心暗鬼となって真面に取り合おうとしない。挙句、全てを放棄して空爆と銃撃戦を繰り返している。

 

 自治区の中心部は虚しいほどの廃墟だった。瓦礫に埋もれた死体がゴロゴロいるけど、どうやら死体の回収すらままならないらしい。お陰でウジが湧いて、酷い臭いがする。

 報復の連鎖はどこまでも続く。ほら、また一人僕の目の前で殺された。そしたらそいつを殺した兵士が僕に銃を向けて来たよ。

 だけど安心して。僕は死なないよ・・・・・・銃弾を浴びる前に、兵士の首をはね飛ばしてやったから。お陰で僕の右手は紅色だ。

 

 ドカーン・・・・・・。

 

 荒涼とした風景を歩き続けると、鼓膜に響き渡った爆音。感傷に耽る暇も無く大規模な攻撃が続いている様だ。

 南に歩を進めていた僕は、壊れかけの仮設テントを発見した。

 付近を見渡してみたら、地下へと続くトンネルの入口らしきものがあった。

 市街地への攻撃とともに、カミール軍がこの地区を破壊しようとした理由がこれだった。

「よし上げろ!」

「いくぞ、せーのっ!!」

 通路であると同時に防空壕みたいな役割を果たすこのトンネルには爆撃から逃げて来た人々が身を寄せ合い命拾いをしている。僕が居る前でも、大人たちはトンネルから大量の土砂を運び出している。

 トンネルはまず垂直な縦穴を掘り、一定の深さまで達すると今度は横穴を掘る。

 板に囲まれた縦穴の深さはおよそ12メートルと、割と深い。さり気無く僕もこの穴の中に下りてみた―――率直な話、狭い。

 縦穴から伸びる横穴はもっと狭い。直径120センチくらいの通路―――僕が屈んでやっと歩けるほどの大きさだ。

 固そうな壁面には手掘りの痕が見受けられる。どうやらこうしたトンネルはこの島だけで1000近くあると言うから驚くよ。

 奥へ進んでいくと、配電盤が整備されていた。

 率直な疑問―――彼らは何の目的でこんな穴倉を掘ったのだろうか?

「レシャムの封鎖を打ち破るためだよ」

 そう答えてくれたのは、着の身着のままって感じのちんちくりんの少年。

 彼の名はサンドラ―――トンネルの中で道に迷っていた僕に声をかけてきた。

 東京都ほどの面積の中に120万人以上の島民が暮らすレシャム。カミーズ軍はここを壁で囲み、三年前からは検問所で人や物資の出入りを厳しく制限し始めた―――所謂『封鎖政策』って奴だね。

 その目的は、対カミーズ政府強硬組織と銘打たれたサプナーへの武器・密輸などの阻止。政府は最低限の物資の搬入は認めていると言い張っているけど、サンドラの話じゃ生活必需品の持ち込みは許可しないそうだ。食品も腐りかけのものしか許可しないらしい。

「だから、君はそんなにも痩せこけているのかい?」

 土ぼこりが目立つ服を着て、顔の筋肉がひどく垂れ下がっている。年頃の子どもとは思えないほど張りの無くなった頬から骨が露骨に飛び出している。

「もう・・・・・・毎日お腹が空いて仕方ないよ。このトンネルに入る前はもっとひどかったよ。何だっけか・・・・・・ああ、そうだ。自分のおしっこだっけをねその日の夕飯にしたことがあったんだ」

 自分の尿を摂らなければならないほどに切羽詰まった状況だったのか。それは流石に同情を抱くよ。

 更に話を聞いてみると、どうやら規制の幅は生活必需品だけではなく、破壊された家を建て直す建築資材にも及んでいる様だ。

「家を建てたくてもセメントが高いんだ。前は一軒建てられた値段でも、今は一部屋作れるかだよ」

「君、子どもの癖に随分と詳しんだね」

「周りの大人から聞いたことをそのまま口にしてるだけだって」

 サンドラの家族は10ヵ月前に始まったカミーズ軍の攻撃の被害に遭って亡くなった。以来、孤児となった彼はこの地下トンネルに潜って周りの大人たちに匿ってもらっている。

 些か情けない話だとは思った。でも、敢えてその事をこの子どもに言う必要もないと思った。

 とにもかくにも、ここは物資の不足が深刻化している。だからこそ、彼らは生き残る為にあらゆる手段を講じているのだ。

 レシャムの住民は、首都から最も近い場所にいくつものトンネルを掘り、境界近くに住む人々の協力を取り付けてあらゆるものを密輸する形で命を繋いでいる。

 ここから少し離れた場所にあるトンネルだと、食料品以外に電気製品、各種工具やセメント―――封鎖打破のための建築資材も運び込んでいる。

 実際、破壊されていないレシャムの街角では冷蔵庫や洗濯機、テレビと言った大型家電製品が所狭しと店先に並んでいたっけ。商品は全てトンネルを通じた密輸品だ。

 このトンネルを通じて、肉や野菜などの生鮮食品。衣服や生活物資がある程度流通するようになった。

 今や“レシャムの生命線”となっている密輸トンネルは意外な役割を担っている。

 レシャムの封鎖によって、10万人以上の人間が職を失った。満足の機械も無い中、手掘りには多くの人出が必要となる。サンドラは密輸トンネルのお陰で辛うじて命を長らえることが出来たのだ。

「そうまでして足掻いて何が楽しいの?」

「楽しいとかそんなんじゃないよ・・・今日のご飯が食べて行けるなら何でもするよ」

 そんな事を言いながら、彼は僕には目もくれず一心不乱に手掘り作業を続けた。

 

 

西暦5538年 11月8日

カミーズ公国 自治区レシャム

 

 街灯に照らし出された夜の街。多くが瓦礫の山と化したレシャムの夜は正にゴーストタウンそのもの。

 こんな夜道をひとりで徘徊しているのは僕くらいだろう・・・・・・そう思っていると、実はそうでないことが判明した。

 テレビカメラを持った人間とリポーターと思われる人間を発見した。この地区は現在、世界でも注目を集めている地域だ。何かのドキュメントを作るつもりで現地にやって来たのだろう。

 暇つぶしに彼らの事を観察していると、カメラマンが住宅街の暗がりを狙い何かを真剣に映し始めた。気になって視線を向けると、そこには銃を構えた人影が。

 一人、また一人と周囲を警戒しながら現れたのは顔を隠した五人の武装集団だった。

 迷彩服の下には様々な装備を隠し持っているのだろう。粗末な旧式の自動小銃をカメラマンへと突き付けた。

 慌てた様子でカメラマンは敵意が無い事を必死に主張。その上で取材の許可を申し出たところ―――意外にもすんなり許諾し、武装集団のリーダー格がマイクに向かって喋り出した。

「私はクリパー旅団に所属しているティティモンカーといいます。役割は部隊長です」

 目出し坊の上から被った袋状の布。額にはヒンドゥー教の聖典「リグ・ヴェーダ」の言葉と共に“クリパー旅団”と書かれた文字が。取材の会話を傍受する限り、彼らはレシャムを実質支配しているサプナーの組織の一部だという。

 僕は先日の昼間、偶然にもサプナーによるデモ活動を目撃した。有象無象に集まった愚民たちが「我々を導くのはヴィシュヌ!」というフレーズを口に出し行進していた。

 だがその翌日のデモでは、シヴァの神を声高に叫んでいた。ヒンドゥー教は土着信仰と結びついた多神教でとりわけシヴァとヴィシュヌが二大勢力と言われているが、こうした信仰対象の食い違いも対立をこじらせる要因となっているらしいね。

 対カミール政府強硬路線を主張するサプナー。カミーズ政府は10カ月余り前―――彼らに猛烈な攻撃を加えた。

 空爆の後、カミーズ軍は戦車などを先頭にレシャムに突入。しかし圧倒的な戦力にもかかわらず交戦で九人の戦士者を出したという。

 実はこのときカミーズ軍と戦ったのが、“クリパー旅団”の兵士たちだったという。

「ふん・・・・・・」

 僕自身、彼らへの興味は薄い。でもなぜだろう、妙にこの取材の事が気になっている自分がいた。不思議な気持ちを抱えつつ、僕は気配を消して彼らの取材を聞いていた。

「クリパー旅団はサプナーのために作られた軍事組織です」

 向けられたマイクとカメラに向かって、ティティモンカーとかいう部隊長は話し続ける。

 そうして話を聞いているうちに分かった事が三つ。

 クリパー旅団は、今でもカミーズ軍から“抹殺の対象”となっている事。サプナーの中でもカミール“攻撃の中心的存在”として、名前が挙がっているという事。そしてその中でも、彼らは特別な部隊だという事。

 インタビューの後、彼らはテレビクルーを連れてある場所へ。

 僕も試しに付いて行ってみると、クリパー旅団に属する兵士たちが瓦礫の街の中で訓練をしていた。

 インタビューの話を聞く分に、いつもこうした日が沈んだ夜間に行われるという。なぜ昼間に行われないのか―――それは昼間は上空にカミーズ政府の無人機の監視があるためだという。

 だがしかし腑に落ちない。彼らが持つのは個人の装備と旧式の自動小銃一丁だけだ。僕が言うのも何だが、これでよく真面に戦ってこられたものだよ。

 圧倒的に戦力はカミーズ軍が優勢の中で彼らがどのようにして生き延びて来られたのか、部隊長本人の口が語っていた。

「我々の粗末の銃でも、神のおぼしめしでカミーズ軍の戦闘機や戦車にも立ち向かえるのです」

 圧倒的な武力に対抗するにはどうすればよいか。

 結論から言えば戦略で補うしかない。僕からすれば小動物が生き残るための小賢しい知恵でしかないけど、それで実際に生き延びて来れたこと事態は素直に評価してあげる。

 クリパー旅団がどのようにして戦って来たのか・・・・・・端的に言えば、狙撃による戦いを続けていた。

 まず市街地に潜み、隙が出来た敵軍の兵に狙いを定め銃撃する。単純にそれだけの話だが・・・実はこの戦術はなかなか理にかなっている。というのも、射撃位置が分からなければ敵の部隊全体を一時的に釘付けにする効果があるとされている。

 彼らが頭から被っているあの袋状の布は、上から被ることで頭の輪郭や顔が消える効果がある。狙撃にも使われる重要な装備となっている。ゲリラならではの生き残り術―――少しだけ彼らへの興味が湧いたかもしれない。

「カミーズ政府との和平の可能性は?」

 記者が泥沼化する戦況について、憂いの眼差しを向け―――部隊長に切実な願いが籠った問いを行った。

 クリパー旅団部隊長・ティティモンカーは瞬きをすると、記者が差し出すマイクとカメラに向かってきっぱりと―――「それはあり得ません」とコメントする。

「カミーズ政府には【流血】と【武力】という言葉しか通じません」

 テレビクルーたちの表情がどこか悲しげだった。

 そろそろ眠たくなってきた。これ以上は何も起こる事は無いと見切り、僕は今日の寝床を見つけに歩き出す。

 

 カミーズ軍の攻撃が続く中、力には力で応ずるというサプナー。政府への憎悪は強い。

 サプナーの中に作られたクリパー旅団の様な存在を見て思った。彼らが存在している事自体が既にカミーズ政府に対する脅威なのだと。彼らが存在し続ける限り、カミーズ政府にとっては経済的・社会的な打撃があるという事。だから政府は、クリパー旅団・・・もといサプナーの殺害を続けているし、将来レシャムでカミーズ政府とサプナーがもう一度大きな衝突を繰り返す可能性は排除できない。

 まぁ僕の知った事じゃないけど、世の中から戦争というものが無くなるということは恐らくないと思う。その理由があるとすれば、『均衡(バランス)』の所為かもしれない。

 世の中は善と悪のバランスが釣り合うように出来ている。というかどちらか一方に偏らないように不思議な力が働いている様に思う。平和が『白』、争いが『黒』として、世界のどこかで真っ白が出れば、世界のどこかで真っ黒が出る。そして、ほとんどの人間がほぼ同量の白黒混合の『灰色』なのだろう。

 無理に『世界を白に染めよう』としても、不思議な力が働いて別の場所で『黒が拡大する』―――以前、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)と対峙したアモール従士団とかいう連中がしようとした白染めは結果的に失敗した。彼らが善と言う『白』に染めようとした事で、普段は灰色という中立を保っていた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)を悪、あるいはもう一つの善と言う『黒』に染め上げた。そして勝ち残ったのは『黒』という善だった。

 『善と悪の均衡』、『幸運と不運の均衡』はあると思う。宇宙は『偏った事が大嫌い』なのだろう。

 

 

西暦5538年 11月15日

自治区レシャム 住宅街跡地

 

 カミーズ政府による空爆によって見るも無残に破壊されたかつての住宅街。今も瓦礫の山が目立つレシャムで、僕はサンドラと共にいた。

 サンドラは今日、僕をこの場所に連れてきてくれた。そして僕に見せてくれたのは瓦礫の山。この中に立ちつくむサンドラの背中を僕はじっと見る。

 この瓦礫の山が、サンドラが家族とともに過ごした“家”だった場所。

 別に同情するつもりはない。壊れたものは二度と戻ってこないんだ。彼だってそのくらいの事は知ってここに来ているんだから。

 何を思って彼はこの場に立っているのだろう。なぜこの僕を連れて来てくれたのか。疑問が尽きないでいると、不意にサンドラが背中越しに語り始めた。

「・・・・・・殺された妹のズボンを見つけて妹を思い出しちゃったんだ。やりきれないよね」

 サンドラは家を壊されただけではない。両親と二人の幼い妹は彼の目の前でカミーズ兵に殺された。

「家族で家にいたらね、カミーズ軍で外に外に出ろってマイクで怒鳴ってきたんだ。僕らはみんなで白旗を上げて一緒に出て行ったんだ」

 だが家族で外に出て10分後。突然一人のカミーズ兵がサンドラ一家に向けて銃を乱射―――両親、7歳と2歳の妹たちが射殺されたという。

「倒れた2歳の妹を見たらね、破裂した内臓が外に溢れ出していたんだよ・・・・・・」

 そう語った後で、サンドラは瓦礫の上に跪きしばらく動かなくなった。

 僕の集めた情報によれば、レシャムでは10カ月余り前の攻撃によって1420人以上が死亡。そのうち6割を超える900人以上が民間人だったという。サンドラみたく目の前で家族の死に遭遇した住民は数え切れない。

 そして今レシャムでは、僕が思っている以上に大きな問題が表面化していた。

 それは攻撃のさなか―――異常な、そして残酷な光景を目撃した子どもたちの“精神的ダメージ”の問題だ。

 

 

レシャム自治区 トラウマ・センター

 

 サンドラが週に一度心理ケアのプログラムで訪れているという施設に僕も同伴した。

 中に入ると、内戦で両親や兄弟を失くし孤児となったサンドラと同い年ぐらいの子どもたちが群れている。群れている光景を見るのは極めて不本意だが、彼らを襲う理由がないからとりあえず我慢してあげるよ。

 皆瞳から輝きが失われている。子どもらしかぬ乾いた相貌からは何も窺い知ることが出来ない。

 このセンターではこうしたトラウマを抱えた子どもが日を追うごとに数を増やしている。センターの人間に詳しい話を伺ったところ―――

「症状として現れるのはまず失禁です。そして、突然理由もないのにおびえだしパニックになります。それから、過度な攻撃性や学習能力の低下です」

 そしたらどうだろう。話を聞いた直後―――実際に目の前で何の脈絡も無く子どもが奇声を発し、そのまま泣き始めた。これに触発されて近くの子どもたちも怯えを見せ、中には自分の頭を壁に殴りつけて大人に止められるというのもあった。

 僕が何の感情もなく傍観を貫く間、センターの大人たちは泣き喚き、怯え苦しむ子どもたちのケアに全身全霊を賭していた。

 センターに通っているのは孤児ばかりとも限らない。家に攻撃を受け、近所を逃げ回る途中―――顔見知りの遺体や負傷者を多数目撃したという子どももざらにいる。

 次の日のテスト勉強をしようと教科書を開いた途端、F16戦闘機の音が聞こえてきて、爆弾の投下が始まり逃げて来た・・・そう話してくれた子もいた。

 そういえば、トラックの排気音を聞いてひどく怯えたような表情を浮かべた子もいた。攻撃を受けたときの記憶が鮮明に蘇ったのだろう・・・・・・。

 

 様々な問題が山積する中、やはり家族の死に直面したものが最も深刻な問題だという。

 センターでのプログラムを終えたサンドラが連れて行ってくれたのは、彼の友人が住むという簡素な住宅街。

「マフムード、元気だった!」

「うん!いらっしゃいサンドラ」

 サンドラが秘かに心配しているのが、年が三つ下の少年―――マフムード。サンドラにとっては弟のような存在だろうか。

「紹介するね。僕の友だちで壌!」

 僕がいつ君の友だちになったというんだい・・・そう言おうとする前に、マフムードが屈託のない笑顔を向けて僕の手を握りしめる。

 弱々しくてすぐにでも折れてしまいそうな貧弱な・・・だけど血潮が漲った小さな手のぬくもりを感じる。僕はそのぬくもりにほんの一瞬心地よさを覚え、彼の手を握り返した。

 訊けばマフムードは、自宅から離れられなくなってしまったという。

 彼の父親も殺された。カミーズ軍の攻撃で殺された。

 近所の人間とお茶を飲んでいた父親は、家の前でカミーズ軍から突然―――二発のロケットと銃弾による攻撃を受けた。

「撃たれたお父さんをお母さんとお兄ちゃんが家に運んだんだ。お兄ちゃんが救急車って叫んだけど、攻撃のせいで来なかったんだ」

 当人はしっかりと父親が死んだ日の事を覚えていた。

 亡くなった父親は、末っ子だったマフムードをかわいがり、よくバイクの後ろに乗せていたという。

 するとマフムードが、僕のことを見ながら怪訝そうに尋ねた。

「どうしてみんなは撃たれたの?どうしてお父さんは撃たれたの?」

 最愛の父親はもうここにはいない―――その理由と現実を未だに受け入れることが出来ないマフムード。

 だがそんな彼にも将来の夢というものがあった。サンドラが促すので仕方なく何になりたいんだと尋ねてみると、それまでくすんでいた彼の瞳に微かな光が籠り―――言ってくれた。

「大きくなったらお医者さんになりたい!病院で死にそうになっている人を治療したいんだ」

「・・・・・・そうなんだ」

 父親の悲惨な最期を看取った少年が今描ける精一杯の“夢”。

 残酷な体験に苛まれる子どもたちの目に輝きが戻るのはいつなのだろうか・・・・・・そんな事を柄にもなく思ったりもした。

 

 

西暦5538年 11月20日

自治区レシャム 暫定政府指定病院・特別病棟

 

 サンドラの様子が急変した。三日前に突然倒れたと思えば、酷い高熱と発作に襲われた。

 彼が運び込まれた病棟は他とは完全に隔離されている。彼以外にも同じ症状を訴える老若男女がこの病棟に運び込まれ、病床に臥せっている。

 どうやらこの国で蔓延しているという流行病(はやりやまい)に侵されてしまったらしいね。現地ではこの病を“悲鳴を上げる病魔”という意味で“チークナー病”と呼んでいる。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアア・・・・・・」

 現に僕の前でサンドラが悲鳴のような声を上げている。周りを見れば程度の差はあれ、皆一様に声を上げている。

 WHO(World Hospital Organization:世界保健機関)の調査報告書によれば、チークナー病と命名されたこの病は人類が知るもっとも怖いウィルスとひとつだと認定された。危険度レベルと呼ばれるもので分類すると、レベル4―――これはあのエボラ出血熱やラッサ熱、天然痘などと同じで、有効な治療法がなく致死率が高い分類になる。

 およそ三週間の潜伏期間を経て、感染者は高熱に筋肉痛、頭痛などの症状を訴える。さらに進行が進むと嘔吐や下痢を起こすようになり、末期には全身に赤い発心が現れ全身の細胞が死滅する中で悲鳴を上げ、やがて力尽きてしまう。

 感染経路については現在調査中とのことだけど、僕はもう感染源の特定がついている。自然宿主となっているのは蚊なんだ。

 この辺りで生息する蚊は繁殖期になると大量の血を求めて市街地に飛び出してくる。そして彼らは人間の血を吸うたびに針穴からウィルスを植え付け、その結果人が病に侵される。

 蟲師である僕は彼らが運んでくるウィルスへの耐性が出来ているから死ぬことはないけど、わざわざWHOに発表するなんて真似はしない。面倒だからね。

 未知のウィルスから生まれた悲鳴病は、内戦で疲弊した人々を更に追い詰める。いっそのこといつ死に直面するかも知れない戦地で生き続けるよりも、病気で死んだ方が遥かに楽なんじゃないかな・・・多少の苦しみは味わう事になるかもしれないけど、いつまでも終わらない戦地で爆撃に怯えて暮らす方がよっぽど苦しいはずだ。

「じょ・・・・・・じょう・・・・・・・・・・・・」

 不意にサンドラが僕の名前を呼んできた。彼がこれから死のうが生き延びようが僕には大した興味はない。だが、折角こうして居合わせそれなりに同じ時間を過ごしてきたのだから話くらいは聞いて上げてもいいだろう―――そう思い、顔の近くまでよって話を聞くことにした。

「ぼ・・・・・・ぼく・・・・・・・・・を・・・・・・・・・ころし・・・・・・て・・・・・・・・・おねが・・・・・・い・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 彼自身もう永くはないと分かっている。だからこそ、最期くらいは自分の意思で死を選びたかったのだろう。

 僕はこの病気の治療法を知っている。でも僕はそれを彼に教えるつもりもないし、施してやることも無い。だって、僕には関係のないことだから。

 非情だと周りは言うだろうね。でもだからと言って、ここで彼に延命処置を施す事が果たして彼にとって本当に幸せな事なのか―――僕は逆に問いかけたい。

 昔、「医者とはなんだと思う」という禅問答のような質問を、僕は僕を改造した奴から尋ねられたことがある。

 気乗りしなかったけど、僕はとりあえずこう答えてやった―――医者は、夜中に叩き起こされて患者を見送る存在である、と。

 もし、完璧な技術でもって、すべての病気を治してしまうような人間がいたら、それは医者ではなく優れた技術者である。そしてその存在はもちろん、「医者」なんかよりもずっと世の中に有益である。

 「希望」が、治療法が尽きれば、あとは苦痛を取り除くことを一意とする緩和ケア、ターミナルケアしかない。「希望」を捨てることで、心の平安を得る。積極的治療をせず、対症療法のみとする。患者にとっての「希望」の対語は「絶望」ではなく「平安」なのである。ホスピスには「希望」がないかわりに、それを与える。僕からすれば偽善だね。

 僕はサンドラの最後の願いを聞き入れることはできなかった。叶えて上げようと思った直後には、彼の息は既に無くなっていた。

 こうして見ると、言い死に顔じゃないか。あらゆる苦痛から解放された今の状態の方が、よっぽど幸せそうに見える。

 彼にとっての11年間の人生とは何だったのだろうか。こんな星の下に生まれた事を悔やんでいたのだろうか。

 まぁ僕がイチイチ考えることじゃないんだけど、旅の駄賃代わりに僕に出来ることで君に恩返しさせてもらうとするよ。

 そのために、踵を返して僕は病棟を後にした。

 

 

レシャム 市街地激戦区

 

 タタン。タタン。タタタン。

 毎日毎日飽きもせずに銃撃戦を繰り返す兵士たち。僕もそろそろ戦いたくてうずうずしていたんだ、混ぜてくれるかい?

 タタン。タタン。タタタン。

 怒号を発してカミーズ軍の兵士たちが僕に発砲をしてきた。でもそんな事をしても無駄だよ。僕を殺す事なんて夢のまた夢だ。

 タタン。タタン。タタタン。

 僕には手に取る様に銃弾の動きが読める。絶対に心の臓を射ぬことはできない。だから僕が君たちの息の根を止めて上げよう。ああ、間違えた・・・・・・蟲の息にしてあげるんだった。

 バシュ・・・バシュ・・・

「「「アアアアアアアア!!!!」」」

 品のない悲鳴だった。こうして蟷螂(とうろう)の鎌で一降りしただけで、簡単に首が飛ぶんだから。

 飛んだ首を先端に突き刺して団子状に積み重ねてみる。周りの兵士たちは僕の猟奇的な行動に戦いているよ。

「ねぇ・・・もっと遊んでくれないかな?大丈夫、今日の僕はいつもよりも機嫌がいいんだ」

 低い声で呟くと、周りの兵士たちが機動隊長の指示のもと、一斉射撃を始める。

 タタン。タタン。タタタン。

 すべての弾を鎌で弾き、僕は敵陣に入り込んで独壇場を決め込む。

 迷彩服に身を纏った兵士たちを切り刻み、血の雨を降らせる。幸いにも兵士の数はそれなりに多かった。群れることは嫌だけど、今は敵が群れている事を嬉しく思うよ。

「こいつ何者だよ!!?」

「ただの化け物じゃじぇねぇか!!!逃げるぞッ!!!」

 まぁ化け物であることは否定しないけどさ、だからと言って僕が逃がすと思うのかい。腰に携行している箱のひとつを取り出し能力の一端を解放する。

右腕に装備されたのジョロウグモの腹部後端にあるイボ状の部分。ここからタンパク質で構成された動物性の糸を放出する。

「うわああ!な、なんだこれ!!」

「何だ糸は!?絡まって動けん!!」

 自力で解く事なんかできないよ。クモの糸は同じ太さの鋼鉄の5倍の強度があるんだ。人間の力でいくら足掻いたところで徒労に終わる。

 おもむろに糸で絡め取った兵士たちへと近づき、口角をつり上げ僕は鎌を上げる。

「怖がらなくていいんだ。安心して、僕が充分に愉しんでからどこよりも平安な冥底に送ってあげるからね」

「「「「た・・・助けてくれ―――!!!!!!」」」」

 

 バシュン・・・・・・・・・・・・。

 

 この糸で僕は周りにいるカミーズ軍の兵士たちを一人残らず捕獲し、じっくりと(なぶ)り殺した。一網打尽という言葉通りにね。

 途中空爆に襲われたけど、問題ないよ。爆撃機ごと僕がこの手で破壊したから。

 日が沈むまでの間、僕は自分の体を血に染め上げることも厭わずひたすら殺し続けた。誰のためでもない僕自身のために。

 戦車・・・戦闘機・・・爆弾・・・・・・僕の行く手を阻むものすべてが敵だ。死を覚悟した者が突っ込んで来れば、僕は迷いなくそいつを殺してやった。

ただ爽快感は薄かった。弱い相手をいくら殺したところで何も意味は無いからね。

 これはサンドラへの供養だよ。別に彼が天国とやらで家族と再会して報われるなんて思ってない。僕もサムライ・ドラと同じ無神論者だ。そんな都合のいい者がいるとは思っていないさ。

 彼にとって現世のこの場所は人が暮らすにはあまりに難しい場所だった。そして何が彼らを住みづらくしていたのか――――――何も言わないけど僕はその答えを知っているよ。

 いつの間にか空爆が収まった。というか、無意識のうちに投下された爆弾も爆撃機も僕が撃墜させていたようだ。

 夕方近くまで戦闘が続くレシャムから消炎と人が焼け焦げるときに発する死臭が鼻につくが、誰一人戦っている者はいない。

 結果として僕だけが瓦礫の中で立ち尽くしていた。全身を紅蓮に染め上げ、右腕の鎌に大量の兵士たちの生首を突き刺して・・・・・・。

 

 

西暦5538年 11月22日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

『内乱が続くカミーズ公国では、現地時間午後3時にカミーズ軍と対カミーズ政府強硬組織サプナーとの間で停戦合意がなされました』

 日本時間の午前11時過ぎ。オフィスで仕事をしていたドラたちがテレビで見ているのは、カミーズ公国で起きている内情。気まぐれな壌の介入が結果的に頑なに両勢力の間で生じたわだかまりを破壊し、停戦合意がもたらされたのだ。

『カミーズ軍とサプナーは20日の午前8時から72時間の予定で国連に停戦を通告し、首都リトゥで和平交渉を始める事で合意しました。これまでカミーズ軍とサプナーは頑なに武力行使による徹底抗戦を続けて来ましたが、カミーズ軍が原因不明の攻撃を受けて大規模な消耗をしてしまった事で実質カミーズ側が戦闘不能の状態に陥ってしまった事が、今回の停戦合意の決め手となりました。当局の発表によりますと原因不明の攻撃によって投入された兵士300のうち239名が死亡したとのことで・・・・・・』

「何があったんだろうな。あんだけ派手に喧嘩してた国でよ」

「喧嘩って話じゃねぇだろうが単細胞。こりゃ戦争だぜ。何人の国民が爆撃で死んでると思ってやがる」

「そうですよ。動画サイトには命懸けで現地の映像を撮影したものをアップしている方もいるんです。私、8歳くらいの女の子が血塗れになって瓦礫の下に倒れている映像を見た瞬間、涙が止まらなくなりましたから・・・・・・///」

「カミーズといい、パレスチナといい、民族や宗教に絡んだ内乱は無常としかいいようがない」

「で、そこで暮らす人の命は正に“蜉蝣(ふゆう)一期(いちご)”ですね」

「何ですかそれ?」

 ドラが口走った意味深長なな言葉。幸吉郎が意味を尋ねた。

「蜉蝣って言うのは、カゲロウのことだよ。カゲロウはね水中で幼虫を2~3年過ごして、羽化すると口器が働かなくなって食物が摂取できなくなるんだ。そして、食をとらず自らの遺伝子を伝えるためだけに羽化して交尾して死んでいくんだ。早いものだと羽化して数時間で死んでいくものもあってね、普通は数日から一週間くらいには死ぬ。そんなカゲロウの短い生涯から生まれたのが“蜉蝣の一期”・・・・・・簡単に言えば人生って奴は短くて儚いってこと」

 言葉の意味を説明した直後、ドラはテレビのニュースで流れる戦地で傷ついた人々を搬送する様子や死者を弔い悲しみに暮れる人々を一瞥し、ぼそっと呟く。

「つくづく奇妙なことだよね。儚い命だと分かっているからこそ永遠なる幻想を求めて技術を高めて来たけど、それによって今度は儚い命が増えすぎて自分たちの暮らしに悪影響を及ぼすんだ。どっちに転がっても死ぬ以外に真の平安を手に入れられないと思うのはオイラだけかな?」

 自然の摂理に対して問いかけるドラ。この言葉を聞いていた周りもしばし真剣に考えてみた。

 太閤と称された戦国武将・豊臣秀吉は死の間際、辞世の句としてこんな句を残している。

 “露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢”―――・・・。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

著作:里見清一『希望という名の絶望―医療現場から平成ニッポンを診断する』 (新潮社・2011年)

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その41:つくづく奇妙なことだよね。儚い命だと分かっているからこそ永遠なる幻想を求めて技術を高めて来たけど、それによって今度は儚い命が増えすぎて自分たちの暮らしに悪影響を及ぼすんだ。どっちに転がっても死ぬ以外に真の平安を手に入れられないと思うのはオイラだけかな?

 

今日の話は壌の方が哲学的な事を言っていた気がするが、ドラさんも負けじと言っちゃいますよ。誰かがこんな事を言っていた、儚い命で守れるのは儚いものばかり。(第37話)

 

 

 

 

 

 

短篇:リーダーに感謝して、サービスしちゃいます!

 

小樽市内 銭湯

 

 既に絶滅したと思われた銭湯に暇を見ては尋ねるのがドラの楽しみだった。

 今日はどういう訳か、幸吉郎たちの計らいで代金は既に払っているという。だからドラは気兼ねなく風呂を楽しむことが出来る。

「へへへ。ただで風呂に入れるなんて滅多にないからな!」

 当初こそ意気揚々と暖簾をくぐっていたが、入った後が何事よりも忘れがたい屈辱だったとは・・・・・・思いもしなかった。

 ガララ・・・・・・

「へいらっしゃい!!」

「「「「「お客様一名様ご一行!!お待ちしておりました!!」」」」」

 扉を開けると、目に飛び込んできたのは予想外の光景。

 何故かハッピを着た幸吉郎たちが満面の笑みで出迎えただけでなく、番台には義理の弟である隠弩羅が同じ格好で自分を歓迎した。

「え・・・・・・なに・・・・・・?」

「にゃ~兄貴待ってたんだぜ!喜べ、今日は貸切だ!!」

「日頃の感謝をこめてじゃんじゃんサービスするからな、楽しみにしとけ!」

「それでは早速サービスを開始します!先ずは私たちで着物を脱がしてあげましょう♪」

 直後、集まった五人はドラへ駆け寄り彼の意思とは無関係に着ている服を勝手に脱がし始めた。

「ちょ、ちょっとやめてよ!自分でやるから!」

「お構いなさらず兄貴!俺たちに任せてください!」

「いやや!任せたくないの自分でやりたいの!」

「遠慮するなって!俺たちとお前の仲だろう!!」

 五人がドラの着替えを脱がしている間、隠弩羅は銭湯にあるはずのない和太鼓をのり良く叩いている。周りをよく見れば、紅白の膜が垂れ下がり提灯も飾られている。

「はいはいはいはいはい!!お客さん案内して―――!!」

「「「「「浴場入りまーす!」」」」」

「やめてってば!!自分でやるっつってんだろ!!!」

 身ぐるみを剥されたドラは五人に抱えられてそのまま浴場へ連れて行かれる。何度自分でやると言ったところで、彼らはまるで聞き入れない。

「さぁさぁさぁ、サービスしちゃいますよ!」

「まずは体の汚れを洗い流して差し上げます!」

 誰もいない浴場の真ん中に置かれた椅子に座らされたドラ。

 直後、浴槽のお湯を入れた桶を持った龍樹が近づき豪快にドラへお湯をぶちまける。

()っちー!!!なんだこれ!?」

「温度はいつもよりも10度ほどサービスさせていただいております!」

「バカじゃないの!?てことは何・・・50度もあるのこれ!?」

 お湯の温度が想像以上に熱い事もそうだが、サービスと題した幸吉郎たちの行動が日頃ドラに抱えている不満・鬱憤を晴らすための行為にしか思えてならない。

「さぁじゃんじゃんかけますよ!」

「「そりゃー!」」

 写ノ神と茜が二人がかりで熱湯をぶっかける。その度に、ドラは熱湯に苦しみ険しい顔を浮かべる。

「だから熱っついってば!!機械の体はデリケートなんだぞ分かってんのか!?」

「続いて素股洗いイっちゃうよ!!お願いしちゃうよお二人さん!」

「「ほい来た!!」」

 太鼓を叩き続ける隠弩羅は幸吉郎と駱太郎に指示を仰ぐ。

 それを聞き入れた彼らは悪意を孕んだ笑みを浮かべながら注連縄を用意し、龍樹たちがドラの両腕を押えつけている間に注連縄をドラの股に持っていき、左右に動かす。

「うぎゃああああああああああああ!!!!そんなもので股を擦るなぁああああああ!!!!」

 表面がところどころささぐれている注連縄が激しく左右に動くことで、ドラの素股は強烈に擦れ、想像を絶する痛みを伴う。

「お次はシャンプーいっちゃおうか!!みなさーん、シャンプーお願いしちゃうよ!!」

「「「「「おー!」」」」」

 更に熱を帯び始める過剰なサービス精神。続いてはシャンプーの奉仕だが、鋭い人は気付いている筈だ。髪の毛自体がないドラに果たしてシャンプーをする意味があるのかと。

「はいはい細かい事は気にしないでいっちゃうよ!!」

 五人のシャンプーボトルから注がれる液体。ちなみに使っているシャンプーは前回のエイリアン事件で使われた硫化セレンたっぷりのフケ取りシャンプー。

「撫でまーす!」

 太鼓の音に合わせて五人が一斉にドラの頭部を強く撫でる。瞬く間に泡立ちシャンプー液がドラの顔面に零れ落ちることなど全くお構いなし。

 シャンプーを終えた後は、ドラの後頭部に手を当てそのままガラス目掛けて・・・

 ゴーン・・・。

 叩きつける。泡だらけのまま顔面を強打し壁に食い込んだドラを引っこ抜くと、幸吉郎たちは担ぎ上げて浴槽まで運び入れる。

「それじゃあ頭までゆっくり使ってください!いきますよー!!」

「「「「「そーれ!!」」」」」

 五人の悪魔は100キロ近いロボットの体を熱湯のお湯の中へ放り投げた。

 ザボーン!!!

「だああああああああああああああああ!!!あっちゃ――――――!!!!!!」

 気を失ったいたところに追い打ちをかける熱湯。全身にほとばしる強すぎる刺激に耐えかね、浴槽から脱出しようとするが・・・

「ちゃんと頭まで浸かりましょうね♪」

 茜が笑顔でドラの頭部を押えつけ、防護手袋を身に付けた状態でドラを浴槽の底へ押し込んだ。

「ゴボボボボボボ(茜ちゃん・・・殺すつもりか!?)」

「よーし、そろそろ体拭いてやるぞ!!浴槽から出してー!」

 頃合いを見て隠弩羅が指示。五人は半ば溺れかけのドラを引っ張り上げ、無造作に床に叩きつけるように取り出してから、持っていたタオルをこれまたドラを叩きつける要領で使う。

「おし最後は体が冷えない様にもう一度あったまろう!!」

「「「「「浴槽入れまーす!!」」」」」

「もういいって!!もう十分だから!!!」

 本人の希望なんてまるで聞いちゃいない。五人はドラを持ち上げると、熱湯の中へと再びドラを放り投げる。

 ザボーン!!!

「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 再び皮膚に走る痛烈。

「どうだった、俺たちの厚いサービスは!?」

 浴槽から辛うじて出て来たドラは、新手の嫌がらせとしか言いようがない隠弩羅が秘かに計画していた過剰サービスを体験して思わず・・・・・・

「・・・・・・・・・いかりやさんの気持ちがよくわかった気がする」

「ならば、最後に一言決めてくれ」

「「「「「せーの!!」」」」」

 仰向けに大の字で寝そべっていたドラは体を起こし、かなりやつれた様子で・・・

「ダメだこりゃ」

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

登場人物

サンドラ

声:渡辺明乃

11歳。カミーズ公国自治区レシャムで暮らす孤児の少年。カミーズ兵によって両親と7歳と2歳の妹を殺害された過去を持ち、生き延びる為にレシャムにある密輸トンネルの手掘りの仕事をして暮らしている。基本的に他人に無関心な壌が関心を抱いた数少ない人物。しばらくは元気で暮らしていたが、既にチークナー病に感染しており、物語の終盤に発症。最期は発作に苦しむ中、壌に自分を殺してほしいと懇願しながら力尽きた。

登場用語

カミーズ公国

マダガスカル諸島と目と鼻の先に浮かぶカミーズ諸島に建国された人口1万人弱の主権国家。カミーズ(Kamiiz)とはヒンドゥー語で「シャツ」を意味しており、島自体がシャツのような形をしている。正にそんな形をしている。インドプレートの境界付近にあり、3000年前プレートが狭まった事で海底火山が噴火し島嶼を形成。海嶺が活発にプレートを生み出し続けたことでプレートを狭め、島嶼は一つの島とまとまりカミーズ諸島が出来上がった。

島の地層からは稀少な鉱物が豊富に産出され職を求めて多くの外国人労働者が集まり移住し始め、国としてまとまった。ダイヤモンドなどの貴重な鉱物資源や、新たな市場を求めた諸外国の積極的投資によって生活基盤も豊かなものになった。しかしそのうち目当ての宝石が掘り尽くされ島民の多くが職を失った。それからすぐにチークナー病に始まる不治の病が流行り始め、島民の3割が命を落とす。さらに宗教の問題が絡み合って現在はカミール政府と自治区レシャムを前提自治政府と定めた対カミーズ政府強硬路線派のサプナーによる紛争が続いている。

レシャム(Resham)

カミーズ公国にある自治区で最大の人口を有する。東京都程の面積を有し、現在はサプナー(後述)によって実質上支配された状態となっており、カミーズ政府はサプナーへの武器や物資の流出を懸念し、自治区全体を覆う封じ込め政策をしている。

名前のレシャムとは、ヒンディー語で「絹」を意味する。

サプナー(Sapnaa)

対カミール政府強硬路線を掲げレシャムを実効支配している武装集団。基本的にカミーズ政府との和平交渉に臨むつもりはなく徹底抗戦の意思を見せている。政府軍とは異なり武装品も限られている反面、狙撃などの所謂ゲリラ戦術によってカミーズ軍と長きに渡って争いを繰り広げている。

また、クリパー旅団と呼ばれる攻撃の中心の部隊が形成されており、部隊メンバーは全員目出し帽を被った上からヒンドゥー教の聖典であるリグ・ヴェーダから引用した言葉及びクリパーと書かれた文字を鉢巻に書いている。

ヒンディー語でサプナーは「夢」、クリパーは「恩恵、好意」を意味する。




次回予告

昇「12月は一番嫌いな月だ。どこもかしこもクリスマス商戦でケーキやプレゼントの購入を促進し、バカップルがいちゃつく・・・そんな季節なんか無くなっちまえばいいんだ!」
ド「周りをひがんだところで何も変わりませんけどね。しかしそんな長官に思わぬサプライズが・・・・・・えええ!!!ウソだろう、次回のコンセプト!!」
昇「次回、『ラプソディー・オブ・ホワイト』。なんか随分ポエティックなサブタイ付けてるけど、ドラの叫びの意味は何なんだよ!?教えてくれ―――!!」

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