サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「アリゾナ州に落下した正体不明の隕石から採取された未知の単細胞生物は、たった数時間で多細胞生物へ進化。そしてわずか二日で虫にまで進化するなんてね・・・」
幸「今回のエボリューション編のテーマでは、パンツペルミア説って奴が絡んでいるそうですが・・・パンツと進化がどう関係してるんですか?」
ハリー「おいおい、何を訳のわからねぇ事を言うかと思えば・・・そりゃパンスペルミア説だ。地球の生命の起源は地球じゃなくて、他の天体で発生した微生物の芽胞が地球に到達したからだっていう学術的仮説だ。お前がそんな天然ボケを言うとは思わなかったぜ」


驚異の進化エイリアン

西暦5538年 10月19日

札幌市 札幌地方裁判所・第2法廷

 

 ウッドマンら軍部による暴走はTBT内でも問題となった。事態を早急に解決しようと、ドラたちは理性的な解決法として裁判で争う事となった。

 およそ二週間ぶりにドラたちの前に姿を現したウッドマンとアリソンらは、法廷でドラたちと争い雌雄を決しようとする。

「サムライ・ドラさん。あなたはこれほど重大な発見について合衆国政府が関与する事を禁じろと申し立てるんですか?」

「いえ違います。オイラはその発見の当事者である我々にも調査に参加する事を認めて欲しいんです」

「私たちは二週間も締め出されています。命がけであのちっちゃな生き物を見つけたんですよ!彼らの成長を見届けたいんですよ」

「俺たちは隕石落下地点に最初に到着し、初期テストも行いました」

 ドラたちは陸軍研究所に敵対意識を燃やしつつ、目の前の裁判長に思いの丈をぶつけようとする。

「しかしTBTの研究施設などお笑いです。マンガみたいだ」

 ウッドマンの侮辱とも言うべき発言。裁判長は咳払いをすると、ウッドマン将軍を睨み付ける様に凝視した。

「ここは規模は小さくても裁判所であることに変わりはありませよ、ウッドマン将軍。問題発言にはくれぐれも注意していただきたい」

 高慢な性格で軍人ゆえに口が過ぎてしまいがちなウッドマンは立ち上がり、裁判長と鋼鉄の絆(アイアンハーツ)に対して頭を下げ、「失礼しました」と謝罪する。

 この直後、同伴していたアリソンが椅子から立ち上がって裁判長に挙手をする。

「裁判長。サムライ・ドラさんに質問をしてもよろしいですか?」

「質問だって?」

「君の作成者・・・武志誠博士の過去は本件と大いに関係がある。彼が科学者として信用できるのかどうか、はっきりさせたい。さすれば、君の信用度も自ずと測れる」

 勝算があるのかウッドマンはほくそ笑んでいた。周りが意味が解らないと首を傾げる一方で、ドラは一抹の不安を覚える。

 やがて証人席へと立たされたドラは、アリソンからの尋問を受ける。

「正直に答えて下さい。あなたを設計した武志誠博士は、5516年から合衆国中西部ラクーンシティにある生物学研究所のトップレベルの研究員でしたね」

「そうだったんですか。知りませんでしたね・・・何しろあの人の来歴なんてオイラは興味も無かったものですから」

「その研究所は陸軍の管轄にありました。未知のゲノムを発見し、そこからGenetically Memorize Sampling theory・・・GMS理論という全く新しい理論を生み出した天才科学者は、弱冠18歳でノーベル生理学・医学賞を受賞しました」

「へぇ~・・・」

「しかしそれから2年後の5518年の夏に解雇され、10月には学会から除名宣告を受けていました。理由はわかりますか?」

「博士の仕事が必要じゃなくなったからじゃないの?」

「ではその年の9月、武志博士が開発した新型の予防ワクチンを14万人もの被験者に投与した件については博士の除名と何ら関係がないと言うつもりですか?」

 アリソンは得意の弾丸トークで、ドラを言いくるめようと詰め寄った。

「だから知らないって言ってるだろ。この顔を見て察してくんない」

「リード博士。それについては当時の統合参謀本部関係者に聞いていただきたい」

 横から口を挟んだウッドマンの言葉を受け、アリソンは「そうしましょう」と答える。

「次の質問・・・そのワクチンを投与された被験者たちはどうなったと思いますか?」

「知る訳がないよ。まぁ博士が変人であったことは知ってるけど・・・少なくともワケの分からないものを他人に投与するような無責任な科学者ではなかったと思うけど」

「ところが?」

「”ところが”・・・?」

 逆接の言葉を唱えた際、アリソンの声のトーンは上がっていた。その事を不思議に思っていると、ドラの方へ振り返るなりアリソンは捲し立ててきた。

「武志博士が開発した新型のワクチンには重大な副作用があったのですが、あなたは当然ご存知ありませんよね?」

「具体的に言ってくんない?」

「これは非常に専門的な話になりますので時間を無駄にするだけだと思いますが」

「話せっつってんだろ」

 場の空気を瞬時に凍らせるほど冷たい語気だった。アリソンは勿論、この法廷に集まった全員が冷や汗をかく。

 魔猫からの脅迫を受けると、アリソンは咳払いをして気持ちを落ち着かせてからおもむろに語り出す。

「一種の衰弱性胃痙攣と、激しい下痢と、記憶喪失」

「それから、続けろよ。ほかに症状は無かったのか?」

 眼光鋭く尋ねるドラの要求に答え、アリソンは知っている事をすべて話した。

「局部的顔面麻痺に一時的視力障害。流涎(りゅうぜん)、歯茎の出血、勃起不全症状、腸内ガスの異常発生、そして発狂の末の死・・・・・・以上です」

「ドラの奴、どうしちまったんだ?」

「あの女が言ってる博士って奴が、ドラと何か関係してることは間違いなさそうだが」

 いつになくドラの様子がおかしい事は幸吉郎でなくても分かった。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)という家族単位でドラと行動を共にしてきた者たちは、アリソンの言葉を聞いて狼狽えているようにも思えるドラの態度に不信感を募らせる。現に、普段物理的に体温が高いとき以外に麻などかかないドラの顔からは一筋の汗が流れ出ている

「もう一つ訊きます。亡くなられた被験者の家族がその副作用につけた病名を知っていますか?」

 アリソンの中では既に勝利の女神が微笑んでいた。止めを差すためにドラに質問を投げかけると、当然の反応としてドラは深いため息をついてから「・・・・・・知りません」とだけ答える。

 この瞬間、ウッドマンと顔を見合わせほくそ笑んだ彼女は、ドラの目を見ながら自分で投げかけた質問の答えを口にする。

「“武志異常熱脳症(たけしいじょうねつのうしょう)”でした」

 

 

午後7時過ぎ

小樽市内 居酒屋ときのや

 

 結局裁判所はドラの製作者・武志誠博士の前歴とこれまでの鋼鉄の絆(アイアンハーツ)単位における行き過ぎた行動から考慮した末にドラたちの要求を破棄、現地への立ち入りと調査を禁止する判決を出した。

 裁判で負ける事など誰にでもある。だがドラは悔しさでいっぱいだった。合理的精神の塊であるロボットが、同じ耳触りのいい言葉を多用し都合のいい事実だけを享受する軍部の汚いやり口に手も足も出せなくなったのだ。

 いつになくドラは沈痛な思いだった。今日の裁判で今まで知らなかった事が次々と明るみになった。かつて自分を作った博士に言い逃れができない程の重大な過失があったと素直に認められるはずも無かった。今夜に限っては、大好きな芋焼酎も進む気がしない。

 ハリーはそんなドラを慰めようと、アルコールが回って赤くほてった顔で話しかけた。

「元気出せよ。あの女お前を抱きしめて寝たい」

「どういう考え方をすればそう言う発想が出てくるんだ?」

「あの法廷でのやり取りを見なかったんですか?!」

 酔っているとはいえ、ハリーの言葉はあまりに不謹慎であり場違いなものだった。周りが厳しく叱咤する一方、ビールジョッキ片手にハリーは言う。

「相手を言葉で攻めるのは、前戯のひとつだ」

「何が前戯だよったく・・・」

「まぁ仕方ねぇことだよな。裁判で負けちまったもんはどうにもならねぇし」

 珍しく昇流はドラに同情して、酒をおごってくれた。消沈しているドラを見ているのは昇流としても気が引けたのか、それとも単なる気まぐれかはわからないが―――昇流はドラに尋ねた。

「今日の事、親爺には話したんだろうな?」

「話しましたよ。だけど奴らを止める方法が他にあるなら教えて欲しいものですよ。解決する能力がなければ何の意味も無いでしょう。まぁ、杯家の男共に政治的手腕があるとは思っちゃいませんよ。長官も含めて」

「ビール眼から飲ませて鼻で出させてやってもいいんだぜ・・・・・・もしくは勘定は別払いにしてやる!」

 裁判に負けても憎まれ口は健在だ。折角昇流が慰めてやっても、ドラはそれを仇で返してしまう。

「とにかく今日は飲んで忘れましょう。塩らしいドラさんなんて気持ち悪いですから!」

 何の気なしに時野谷がつぶやいた瞬間―――魔猫から殺気の籠った視線を向けられる。瞬間、体の神経が強張り硬直した。

 時野谷は睨みを利かせて今にも食い殺そうとする眼差しのドラから一秒たりとも目線を逸らすことが出来なかった。

「あ、間違えました///気味が悪い・・・です・・・///」

 尋常じゃない量の汗を全身から流す彼は先ほどの言葉を反省し、震える声で謝罪した。

 ブー・・・!ブー・・・!ブー・・・!

「何の音だ!?」

 鳴り響く警告アラーム。酔いに浸っていたハリーは懐に手を伸ばし、警告音を発する携帯に目を見開いた。

「これは本部の防犯システムが作動した時の・・・・・・まさか!!」

 

 

午後7時38分

TBT本部 第四分隊・生物科学捜査班オフィス

 

 慌てて本部へと向かった時には、事は起きた後であり最悪の事態だった。

 ハリーのオフィスの鍵が壊されている事に気付いて中に入ると、床一面書類などが飛び散り荒れ放題となっていた。

「やられた!」

「前戯どころかいきなり”ヤラ”れたか!」

 荒らされた部屋からドラたちは手分けをして、隕石のサンプルを捜索する。

「カラだぞ!」

「マズい、最悪の事態だ!」

「クソ!」

 彼らはこの上もない焦りを抱いていた。

「相手が誰だろうと、盗みは盗みだぞ!」

 徹底的に部屋中を隈なく探し回るが、隕石のサンプルは見つからない。ハリーはJPEGデータが保存されたパソコンを調べてみたが、既にウッドマンたちの手によってデータは消去されていた事が分かった。

「チクショウ!」

 ディスプレイに表示された“ファイルなし”という言葉が、酷く無機質で淡白だった。ハリーは悔しさの余りキーボードを殴りつけた。

「隕石のサンプルも虫もみんな持ってきやがった!」

「JPEGデータもDNAの配列図も全部消去されてる!」

「警察を呼びましょう!!」

「警察?あいつらがやったんだ!」

「どうすんだ?」

 昇流が尋ねると、薄々こうなると予測を立てていたドラは腕組みをして思案し―――やがて口を開いた。

「大人って生き物はやって良い事と悪い事の線引きを自分の都合のいい解釈でしかしなくなる。そう言う奴らには教えてやるのさ・・・・・・社会の模範的規範を」

 

 

時間軸2001年 午後8時20分

アリゾナ州 隕石落下現場・陸軍研究所特別施設

 

 やられたらやり返すの精神で一致団結した鋼鉄の絆(アイアンハーツ)は、裁判所の判決に逆らい現地へ向かい、施設への侵入を試みた。幸いにも警備体制はそれほど強固とは言えず、巧みに警備の網を掻い潜ることが出来た。

 軍服に身を包んだ幸吉郎とハリーは荒野に建造された研究所の周囲に張られた有刺鉄線の前で体を伏せると、突入するタイミングを見計らう。その間、ドラ・駱太郎・龍樹・写ノ神・茜は『保護色マント』で姿を隠し敵に見付からないようにしている。

 そんな折、ハリーは幸吉郎の方を一瞥してからおもむろに口を開く。

「ひとつ聞くけどさ・・・これのどこが模範的規範なんだよ?何でお前が大佐で俺が二等兵なの?」

 ニット帽に迷彩服を着こなすハリーとは違い、幸吉郎は緑系の背広型軍服であり軍帽を着用としている。着ている服で階級の違いがハッキリと分かるだけでなく、何の因果で二等兵を演じなければならないのかとハリーは疑問に思った。

「不満なのか?」

「だって大佐の方が偉いじゃん」

「士官に変装したのがばれると禁固5年の刑だからそっちの方が安全だろ」

「白人ならいいが俺なら縛りクビ」

「なら俺は根っからの日本人だよ」

 冗談を交わしながら有刺鉄線をペンチで破り、突破口を切り開く。ハリーが先に行こうとすると、「大佐が先」と言って幸吉郎が匍匐前進で敷地内へと入り、彼に続いてハリーも匍匐前進をした。

「行くよ、みんな」

「「「「「おう(はい)」」」」」

二人が無事に敷地内に入ったのを確認すると、保護色マントで姿を隠していたドラたちも前進を開始する。

 

「オレ12時間立ちっぱなし。つま先が痛くなっちまってさ」

「俺なんか雨の中で立ちっぱなしだったもんな」

 敷地内の警備体制も思いのほか手薄だった。見張りの軍人は二人しかおらず、どちらも談笑に夢中になっている。物影に隠れながら、幸吉郎とハリーは出るタイミングを見計らう。

 すると、何を思ってかハリーが幸吉郎から軍帽を取り上げようとした。

「触るなよ!」

 厳しくこれを叱咤した幸吉郎は態度を改め、後ろにいるはずのドラたちに目を配ってからハリーの目を見る。

「軍人らしく振る舞え」

「分かってるって」

 二人は緊張の面持ちでゆっくりと歩き出す。見張り役は「こんなことやってらんねぇよ」とか、「誰もこんなところに侵入してこねぇよ」などと言ってすっかり気が緩んでおり、タバコの吸い殻も平気でポイ捨てする始末。

 幸吉郎はこの状況を見るなり、大佐になったつもりで厳しく見張り役を叱咤した。

「タバコをポイ捨てするな!」

「申し訳ありません!」

「シャツの裾を出すな!」

「はい!」

 幸吉郎に倣って二等兵のハリーも見張り役に言い聞かせた。というか、一度でいいから誰かに命令したいという気持ちが彼の中で湧き上がったのだ。

「おい。お前が開けろ、ドア」

 大佐の命令に二等兵は逆らえない。ハリーは言われた通りドアを開け、幸吉郎は「ご苦労」と言ってから中へと入る。

「今日だけだぞ」

 幸吉郎の後に続いてハリーも研究所の中へと入る。ドラたちは扉が閉まる前に駆け足で近づき、外の見張りに悟られないようにゆっくりと扉を閉めた。

 

「サンプル採取チームが戻ってきます」

「了解」

 二週間前に陸軍が調査に入って以来、地下洞窟周辺は様変わりしていた。24時間体制で現場は常に監視され、地下洞窟の変化をいつでも監視できるようにカメラも取り付けられていた。

 研究所への侵入に成功したドラたちは巨大なドームの中を見渡し、56世紀から持ち込まれた最新の機械設備に目を見張る。

と、そのとき―――地下洞窟へと続くエレベーターの扉が開かれ、オレンジ色の防護服に身を包んだ調査員が回収したサンプルを持って戻ってきた。

「見ろよ」

 ハリーがドラたちに促した。調査員が持っていたメーター付の透明な容器には、ハチとハエが混合した手のひらサイズよりも若干大きめの虫が収まっており、活発に羽根を動かしている。

「うまそうな弁当だな」

 横を通り過ぎた調査員に駱太郎がそんな事を言った。

 直後、聞き覚えのある女性の声が耳に入り込んできた。声のした方に目を向けると、資料を抱えたアリソンがオフィスから出て来た。

「お・例のガーターベルトの女博士11時の方角」

 全員で彼女を事を見てみた。途端、何もないところで蹴躓きそうになったと思えば持っていた資料を全部床に散らかした。

「もう・・・なんで・・・」

 そう言いながら、渋々彼女は落とした資料を拾おうとする。ドラは口角をつり上げると、悪意を孕んだ笑みを浮かべ、「不器用な女!」と罵倒した。

 基地内に潜入した彼らは防護服と捕獲用のケースを借用してエレベーターの前に集まった。ちなみに、ドラはサイズ的な問題が懸念されたが幸いにも防護服がどのサイズにもピッタリにフィットするように作られていた。

「テスト12・12・・・11112・・・・・・今夜のDJはこの俺、ハリー・ブロック。水瓶座生まれさ。好きな食べ物は・・・」

「うっせんだよハリー・”ポッター”!」

「いい加減にしろよ聞こえてる!」

「つれない事言うなよ。だったら俺踊っちゃうよついでに。というか、誰ださっき俺の事をイギリスの魔法使いと勘違いしたのは?確かに、メガネかけてるけどさ・・・」

「誰もそんな話聞いておらんぞ」

 ハリーの戯言に付き合っている時間すら惜しい。一行はエレベーターへと乗り込み、隕石が存在する地下洞窟へと降りて行った。

 

 ドラたちが地下へと降りて行った様子は、しっかりとオフィスの監視カメラへと転送されており、アリソンの助手・カーラはエレベーターに搭乗している防護服姿の人物(じゃないのも含む)七人を見て不審に思った。

「中尉」

「何です?」

「誰ですか?」

 クライヤーは監視カメラが映し出すドラたちのありのままの姿を凝視した。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の六人が大人しくする一方、妙にテンション高めのハリーが宣言通りに踊っている。

「わからない。こんな連中予定表には乗ってないぞ」

「きっと12地区(セクター)の作業員がサンプルの採取に来たんじゃないですか?だって、彼らヘンですから」

「そうだな」

 と、あっさりとこの問題をスルーした。このように軍部と言えども全てが優秀と言えるわけではなかった。

 

 エレベーターは無事に地下洞窟まで辿り着いた。地下に到着した七人は二週間ぶりに訪れた現地の光景に目を疑った。

「随分様子が変わったな」

 頑丈にロックされた扉を潜り、歩を進めればその先にあったのは最早自分たちが知っている地球とは別の惑星。

「うう・・・すっげー」

「また虫がいっぱいいますね」

「何だよこれ」

「あれ見ろよ」

 写ノ神は視界に飛び込む幻想的な光景に目を見開き、おもむろに指を差した。

 彼と同じくドラたちも言葉を失いかけるほどの衝撃を受けた。高濃度の窒素が充満する地下空間一体に広がる奇妙奇天烈な植物の多くは、人間の身の丈を越えていた。それらはすべてほんの僅かな期間で成長したものであり、植物の成長に合わせて虫も爆発的に増えていた。

 ドラたちは驚嘆の思いを抱きながら、ゆっくりと原始の森へと入って行った。

「俺たちのベイビーも大きくなったもんだ」

「ベイビーって言える姿でもなかったけどな」

「きゃああ!」

「どうした!?」

「ムシムシ!!虫がまた!!」

 茜の足元を這っていったのは、体長15センチくらいのシアン色の節足動物。ムカデと外見が非常に似ており、ムカデよりも胴体は太く大きかった。

「たった三週間で熱帯雨林ができてる」

「自然って奴はすげぇな」

 地球外生物の恐るべき進化の速度。ドラたちは更に奥へと向かって歩き続けた。

「うわぁ・・・前に住んでたアパートのキッチンみたい」

 言いながら、ハリーはクモに似た姿を持つ節足動物が群がる場所を避けていく。

「おいみんな、あいつを見てみな」

 ドラがまたしても変わった生物を発見した。全員が目を凝らすと、青と黄色の配色を持った細長い身体に、やや腹背に扁平、背面は盛り上がり、腹面は平らになっていて―――特筆すべき点として体から突出した尖った何本もの脚を器用に動かしている。

「ハルキゲニアみたいな奴・・・」

「何じゃそれ?」

「先カンブリア紀を代表する生物」

 そんなハルキゲニアに似た未知の生物は右と左に頭を持っており、両方の頭から舌を出して空中を浮遊する虫を捕まえようとしていた。

「どっちが頭なんですか?」

 気味悪がりながら茜が率直な疑問を口にした、次の瞬間―――突如としてハルキゲニア似の生物の近くに生えていた樹が動きだし、太くて固い触手の部分を使って目の前の獲物を捕え―――豪快に食らった。

「今樹が食べたぞ!!」

「どうやら食物連鎖が出来上がっているらしいね。みんなも食われない様にしなよ、いいね」

「ああ。気を付ける」

「虫を踏まないようにしないと・・・」

 そう言った矢先。茜は知らず知らずのうちに足元を這っていた青ムカデを踏みつけた。

「きゃああ!もう~何なんですか!?」

 右脚を恐る恐る上げる。踏みつけられた青ムカデの体は粉々となり、緑色の粘液と血を一緒に噴き出している。

「気持ち悪いです///」

 怖気を感じて足を退けた直後―――圧死した青ムカデの元にカニのような姿をした生き物がどこからか現れ、群がり始めた。

「みなさん、見てくれませんかこちら」

 茜の呼びかけを受けたドラたちは続々と集まるカニを凝視。カニは青ムカデの体を餌としており、互いに奪い合っている。さらには死んだムカデの仲間もやってきて殻を奪おうとしている。

「おおすごい。おい、捕まえろよ」

「”捕まえろ”?」

 ドラに言われた瞬間、カニを観察していたハリーは目玉が飛び出すかもしれないくらいに目を見開いた。

「捕まえてこの中に入れろ」

 言いながら、ドラは手持ちのケースの蓋を開けた。

「映画だといつも黒人が先に死ぬ。ロボットのお前がやれ」

「怖がるなよサンプルが必要だ、捕まえろよ!」

「兄貴の言う通りにしろ。ほら噛み付きやしない、後ろを見て食事中だ」

 ドラを弁護する幸吉郎の言葉にため息を漏らす。仕方なくハリーは言われた通りに食事に夢中なカニの一匹に狙いを定め、それを捕まえようとする。

「おいで・・・おいでかわいいレッド・ロブスター」

 ハリーの気配に気づいたカニは警戒し、前から伸びてくる彼の手から逃れるために後ずさる。

「おいで・・・赤いお腹が凄いセクシーだよ、おいで」

 と、あと一歩のところでカニに手が触れようとした―――次の瞬間。

 バチン!

「「「「「「「うわあああ!」」」」」」」

 巨大な足がカニの体を押えつけた。体長100センチは下らないクモのような姿を模した節足動物がカニを捕食。食べ終わるとドラたちに尻を向け、ゆっくりと歩き出した。

「おいドラ。あのお尻見ろよ」

「うわぁ~きったねーケツしてやがる・・・・・・気持ち悪くなって来るよ」

「俺はそそられるけどな?ああいう丸くてプリプリなのが俺の好みなんだ。誰かを思い出させるよな」

「何の話をしておるんじゃ?」

「例の彼女だよ」

「リード博士、ですか?」

「正解!」

 この時、正規の鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバー全員が思った。この黒人の考えている事の半分は発情期の高校生並みにしょうもないと。

 

 地下洞窟で作業に明け暮れるドラたちとは対照的に、アリソン・リードは毎晩激務に追われ疲労困憊だった。ようやく仕事にひと段落がついて休憩を入れようとした時だった。クライヤー尉官が尋ねて来た。

「すいませんリード博士。現場立ち入り許可を出しました?」

「いえ。なんで?」

「あの・・・見て頂きたいものがあるんですが。こちらに」

 不思議に思いながら、リードはクライヤーの後へと着いて行く。直後、彼女は監視カメラの映像と一緒にもたらされるドラたちの会話を耳に入れた。

『ああいうのを味わってみたいだろ。きっととろけるような味だ・・・そう、プリンちゃん!』

『なかなかの想像力だ。あのトンチキ頭のリード博士の心の奥底にそんなセクシーな女らしい人間的な、性的欲望が横たわっているというのは実に大胆な仮説だが、オイラはそうは思わない』

『なに?』

『あの女はな、人間性の欠片も無い高慢チキな氷の女王だ』

『それが偽りの姿だとわからないのか?一発ヤレりゃ正体を現す・・・あー、ドラ!ドラっ!!』

 リアルタイムで伝わる重大な名誉棄損発言。アリソンは比較的に平静を装っていたが、内心ではドラが言っていた「氷の女王」という言葉に加え、面白おかしくセクハラ発言を繰り返すハリーの言動に業を煮やしている。

『止せよ!!オイラのキャラクターイメージが壊れる!元々やりたいって気持ちもないし、やれる体でもないんだ、ロボットだもん!!』

『早いとこ隕石の欠片採って帰るぞ。そんなくだらんことはやめろ、まったく』

「ドラ~~~!」

「兄貴の後ろでそんなことするの止めろ!!腰を振るな気持ち悪りぃ!!」

「何もしてない。歩いてるだけだ・・・ドラ~~~!」

「いい加減にしてください!」

 現地に来る前にハリーはときのやで相当な量の酒を飲んでいた、訳ではない。そうこれが彼の本来の姿なのである。

 カン・・・カン・・・カン・・・

 未回収のままになっていた隕石からもう一度サンプルを採取するため、ハリーはハンマーで表面を叩く。彼が作業に撃ち込む間、ドラはしきりに辺りを気にしていた。

「急いで採取してここを出よう」

「いつまでもこれ着てると股ずれが起きてしまいそうですよ隊長、ヒリヒリする」

 下腹部のかゆみと痛みに耐えながら作業を進めていると、隕石の表面に止まっていた蚊のような姿をした体長3センチくらいのハエが飛んで来、ドラたちの周囲を高速で舞う。

「ああ、うるさいハエ!」

「虫は嫌いなんですよ、しっしっし!!」

 蚊を追い払った矢先―――奥の方から誰かが歩いてくる音が聞こえた。

「ちょっと。そこの七人やめなさい」

 作業を止める女性の声。声のした方へ振り向くと、眉間に皺を寄せたアリソンら現地のスタッフが防護服を着用した状態でドラたちを凝視する。敵に見付かるや、ハリーは持っていたハンマーを放棄し取り繕った様に笑みを浮かべた。

「ははは。リード博士また会ったね。俺たち今帰るところで―――」

「ここには入るなと法廷で命じられたはずよ。今すぐ逮捕されてもいいの?」

「そっちこそウチの研究室に何をした?」

「殺虫剤ない?」

 ドラがアリソンに詰め寄る一方、ハリーの周囲を先ほどのハエがしつこく飛んでいる。

「ちょっと・・・一体何の話?」

「シラを切るつもりかアバズレ、コンピューターからデータやサンプル全部盗んだろ?」

「盗んでなんかいません」

「じゃああんたの仲間の仕業だな」

 アリソンの後ろに控えるフレミング大佐とクライヤー尉官を指さし写ノ神が問い質すも、当の本人はもちろん、フレミングらもまるで知らん顔をして「まさか」とだけ答える。

「とぼけんな!」

「間違いない。お前たちははじめからこれを自分の手柄にしようとしているが、こっちが見つけたものだけは返してもらいたい!」

 強い語気でドラは主張する。が、このとき不幸にもハリーの防護服に穴を開けて、ハエが彼の衣服の中へ侵入を試みた。

「あたしはこの世界の市民の安全と未来に与える影響を常に考えてるの。手柄なんかいらない、そうでしょう?盗んでなんかいないわよね?」

「ええもちろんですよ」

「何の事やら私たちには」

「服に何か入った!」

「信じられるか。オイラのコンピューターをハッキングしたと言ったくせに!」

「何かいる!?」

「さっきからなんだよ!」

 フラストレーションがマックスに達していたドラはハリーの言葉にも過剰なまでの怒りを示す。

「ドラ!服の中に何かいるんだよ!」

「それは防護服だぞ!」

 と、指摘をした瞬間―――防護服に侵入したハエがハリーの目と鼻の先を飛んでいた。

「虫だぁ!服の中に虫がいる!何とかしてー!」

「ヘルメット外さないで!酸素量を上げればいい!」

「酸素で死ぬ!」

 酷く狼狽し、ハリーはどうしていいのか分からなかった。冷静な判断の下にアリソンが適確な助言をすると、幸吉郎と駱太郎は動揺するハリーを押える。そして防護服の酸素濃度を高めるためドラはレバーを回した。

「どうだ?まだいるか!?」

 尋常じゃない汗をかくハリーは周りに問い詰める。龍樹は防護服の中を防護服のヘルメッドを通して確かめる。

「大丈夫。いない」

「いない?」

「ああ」

「本当?」

「大丈夫だ」

「オーケー」

「しっかりしろ」

「あんたもな」

「お主がじゃ!」

「俺だな」

「男じゃろ!」

 呆れてものも言えなかった。茜とアリソンは揃って嘆息を突き、器の小さな男の姿に哀れみを抱いた。

「へ・・・・・・ああああああああああ!!!」

 安心をしたのも束の間。ハリーの防護服に侵入したハエは高濃度の酸素で毒死する寸前、ハリーの体内へと侵入―――しかも、その進入路は人間が最も警戒を怠っているあの場所。

「尻に入った―――!!!」

 堪らず尻を押え、雄叫びを上げながらハリーは全速力で走り出した。ドラたちは逃げる彼を追ってエレベーターへと向かった。

 

「ああああああああああああああ!!!!一生のお願いだ、こいつを俺の体から外に出してくれ!!!」

 防護服を脱ぎ捨て、基地内に設けられた処置室で緊急手術を行う事態にまで発展した。泣き叫ぶハリーをベッドに乗せ、ドラたちは処置室の扉を潜る。

「心配しなくていい!切開して取り出すんだ!」

「切るのか!?クリスマスプレゼントもうやらないぞ!」

「もらった覚えなんか無いぞ!みんな、ハリーの体を押えつけろ!」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)は今にも暴れ出しそうな彼を全力で押さえつける。その間に基地内で働く医療スタッフがハリーの体内に侵入したハエの動きを確かめる。

「見ろ、脚に降りて来た」

 恐怖の余り震えが止まらないハリーの左脚にうっすらと浮かぶハエの影。ハエは下に向かって進路を取っていた。

「どうするの?」

「脚を切断します」

「ノコギリです」

「バカ言うな!やめてくれ!!ドラ、止めさせてくれ!!」

 平気な顔でナースがノコギリを用意したの見て、ハリーは必死な顔でドラに訴える。

「ほかの方法はないのか?こいつには大事な脚だ。これでもスポーツマンのつもりでね」

「見て下さい」

 直後、ナースが声を掛けた。そしてこの場にいる全員がおおという声を漏らす。というのも、ハリーの脚に潜んでいたハエが進路を変えてある場所を向っていた。

「睾丸に向かってる」

「!・・・・・・切ってくれ!!脚なんかいらな―――い!!」

 ハリーは先ほどと180度真逆の事を要求した。男にとって、睾丸を失うことはある意味死を意味していたからだ。

「ちょっと待って、また方向が変わった!」

 睾丸に向かっていたはずのハエは更に進路を変えて体内を移動する。ハリーはある意味では危機を回避できたが、安堵できない状況に変わりはない。

「よし鉗子を貸せ。大腸に出たところを捕まえる」

「どっから入れる?」

「肛門だ」

「うっほおおおおおおおおおおお!!!」

「潤滑剤を」

「そんな時間は無い」

「潤滑剤ぐらい塗れよ!」

「うつ伏せ!」

「ゴー!」

 医師の英断により、体内に侵入したハエを取り除くために肛門から鉗子を入れ直接大腸を抉るという措置が施行される。しかも、潤滑剤も塗ること無く入れられるので相当の苦痛を伴うことは必至だ。

「さぁ、脱がしますよ」

 うつ伏せにさせられたハリーからパンツを脱がし、無防備な尻を露わにする。

「リラックスしろ」

「すぐ済むから」

「ケツに変なものツッコまれるのにリラックスできると思うか!」

「”開肛”よし、入れられます」

「よし・・・入ります」

 いよいよ手術が開始される。ドラたちがハリーを押えつけて見守る中、医師はかなり太めの鉗子をおもむろにハリーの肛門へ挿入。

「うおおおお!!あああ・・・・・・!!!」

 かつて味わった事の無い痛みと感覚がハリーの神経をひっちゃかめっちゃかにする。忘れてはいけないが、彼は今―――麻酔も潤滑剤も一切使用していない。

「ほら力を抜け力を抜け!」

「頑張って、あなた強い子でしょう」

「あああ、止めろ・・・・・・///」

「もう少し奥だ」

「止せ・・・奥はダメ!」

「手を握れ!俺たちの手を」

「あとちょっと」

「息をしてください!」

「広げろ、広げるんだよ大きく!」

「息吸って」

「息ならしてる!」

「頭が見えた」

「もうダメ・・・ああああ!!!」

「よっし!」

 術式開始から30秒弱。ハリーは、地獄の苦痛から解放された。医師は腸内を移動していたハエを鉗子と一緒に体外へと解き放つ。

「ああ、終わりよよく頑張った!」

 鉗子の先に掴まれたハエは外に出た瞬間、毒である酸素によって間もなく絶命―――ピクリとも動かなくなった。

「今度こんなことやったら承知しないぞ!」

 相当に殺気立っていたハリーは潤滑剤も無しに鉗子を肛門から差し込んだ担当医の首を絞め上げようとし、慌てて周りの人間がこれを止めた。

「さぁ、落ち着いて」

「見たかよこんなデカイ鉗子だったのに流石男の子だ!」

「もうだいじょうぶだいじょうぶでちゅよ、よく頑張ったわね~。何か欲しいものはない?」

「アイスクリーム・・・アイスクリームください・・・///」

「ええ何味がいい?」

「なんでもいい・・・尻を冷やす///」

 

 

同時刻 アリゾナ州 カントリークラブ

 

 華々しいカントリークラブの夜のパーティーは大いに盛り上がりを見せていた。たくさんの来場者が思い思いの格好で現れ、酒と音楽、その他諸々の材料を大いに活用してこの瞬間を愉しんでいる。

「くそー。俺はハワイの戦士かっての!」

 相変わらずカントリークラブのバイトで時間を潰していた現地の消防志望の青年ウェインは、仕事の愚痴をこぼしながら回収したグラスを乱暴に置く。バイト仲間はウェインの気持ちに共感しながら、彼が被っているハワイアン風の帽子を見てほくそ笑む。

「マジでこの町を出たくなったぜ。カリフォルニアでも行ってさ、やり直したい」

「消防士の試験に一度落ちただけだろ。俺なんかその何千倍も挫折している」

「おい、プールボーイ。これを水でうすめたか?」

 ウェインのストレスの原因の大半を占める男―――バリーがいつもと変わらずウェインに言いがかりをつけて来た。

「とんでもない。でも作りなおして差し上げます」

 かなり飲んでいて思考力も低下している様には見えるが、ここで下手に怒らせてバイトをクビにされるのはウェインにとって都合が悪い。営業スマイルでグラスを受け取ると、新しい酒を作り始める。

「猿のクソが呑むような特別性のカクテルにしてやるぜ・・・」

「なんだって?」

 今みたいに悪口に対してはバリーの耳は非常によく利いていた。ウェインは「今できます♪」と笑いかけてから、特性のカクテルを渡した。

「さぁどうぞ。よく効きますよ」

 作り直したカクテルをもらうと、バリーは機嫌よく去って行った。

やがて、彼はクラブ内で見つけた目当ての女性を振り向かせるために行動を開始した。

 

「忘れちゃいけなーい。念入りな準備を・・・あの子としっぽり濡れてやる」

 クラブ内にあるゴルフ場へ一人やってきた彼は、熱い夜を過ごすための準備に取り掛かる。用意した酒のボトルを開けようとコルクを抜こうとした瞬間―――勢い余って酒がスーツのズボンに飛び散った。

「ぎゃあああ!チキショー!シミになる」

 彼はお目当ての女性とここで待ち合わせをしていた。彼女が到着する前にズボンのシミだけは綺麗にさせておこうと思い、池の方へと向かった。

「バリー。バリーどこなの?出てきてお願い。どこにいるの?」

 間もなく、お目当ての女性が現れた。バリーは濡らした布巾を手にした状態で振り返り、下心ありありな顔で彼女を誘う。

「こっちだよ僕のクレア。池のほとり」

 ザボーン!!!

 刹那。池の方から水が噴き出したかと思えば―――獰猛なワニの様な姿のモンスターが飛び出し、バリーへと襲い掛かった。

「ぎゃあああああ!!!来るな―――!!!」

「あああああああ!!!」

 クレアは悲鳴を上げた。自分の目の前でバリーは怪物に襲われ、そのまま怪物に脚を捕えられ、ズルズルと池の方へ引きずり込まれていった。

「あああああああああああ!!!!!!」

 夜の池の中へと消えて行ったバリーの断末魔の悲鳴が、月が良く映えた夜に虚しく響き渡った。

「あああああ!!!助けて―――!!!バリーが怪物に食べられちゃったの!」

 素敵な夜を過ごすはずがとんだ恐怖を味わう事となった。クレアは建物の中へ戻ると涙ながらにそう訴え、バリーの死を偲んだ。

「ああ・・・お気の毒に」

 大勢の客が動揺を隠しきれない一方、ウェインは嬉しいような悲しいような、正直複雑な心境を抱いた。

 

 

同時刻 隕石落下現場・陸軍研究所特別施設

 

 アリソンはドラだけを残して皆を研究所から追い出した。残されたドラは、不貞腐れた顔で彼女を見る。

「わからない。どうしてあなたほどの素晴らしい性能と確かな実力の持ち主がそんなに・・・なったか?」

 正直なところアリソンには理解できなかった―――ドラが一体何を考えて、何をしようとしているのか。なぜ無謀とも思える事やはた迷惑とも取れる行動を平気でやろうとするのか。ロボットであればそのくらいの計算ができるはずなのに、そう思いながら彼を見つめる。

「あなたの同僚だって命を落としかけた」

「ヤケだったのかもな。オイラはロボットだ。損得の計算なんて毎日してるし、できるだけ損するような話には乗らないできたつもり。だけどどういう訳かな・・・ふとした事がきかっけで重大な計算ミスを犯す事がある。ウッドマンのファンキン野郎にオイラの育ての親をバカにされたら、何だかものすごく腹が立って・・・こいつらにだけは負けたくないって気持ちが湧いた。ガキみたいな理由だろう?」

 アリソンは真摯にドラの話を聞いていた。時折彼が見せる表情から、寂しさにも似た何かが窺え―――彼女にもそれは伝わっていた。

「お前にはこんな気持ち分からないだろう」

「そうね。私は人間性の欠片もない男に飢えた高慢チキな氷の女王だから」

「・・・・・・聞いてたのか?」

「ハッキリと聞いた。私のこと知らないくせに、失礼よ」

 ドラを睨み付けながら彼女はコーヒーを飲む。直後にドラは嘆息を突き、彼女に言い返した。

「確かに知らない。だけど失礼なのはお互い様。おもしろい事に、悪口ならまだまだたくさん言えるぞ。それこそ、お前の心を一発でへし折るものを今から御見舞いする事だってできる」

「通報しないであげるから変な気は起こさないで・・・」

 

 

時間軸2001年 6月20日

アリゾナ州 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”現地基地

 

 あんな目に遭ったにもかかわらず、ドラたちはこの一件から素直に引き下がろうとはしなかった。何としても軍部に一泡吹かせるため、今一度現地に留まって対策を練る事にした。

「おおお・・・トイレがこんな苦行だとは知らなかった!」

「ガキみたいに騒ぐな」

「ネコ型ロボットにはこの苦しみは理解できねぇのさ・・・///」

 昨晩、手荒な手術を受けたハリーは以来固い椅子に座れなくなった。彼に気を遣って茜がクッションを用意してくれたので、ハリーはその厚意に甘える。

「おおお・・・・・・///」

「大丈夫ですか?」

「食物繊維は禁物だ・・・歩くのも辛い///」

 と、そのとき―――窓の外から車のクラクションが聞こえた。目を転じると、車体がボロボロに傷ついたビュイック・リヴィエラが停車していた。

「見覚えある車だな」

「ああ、確かあれは・・・隕石のあんちゃんの」

 確認のために外へと出た。すると、車から降りて来たのは案の定最初に隕石の落下現場に居合わせた青年ウェイン・グレイ。彼は笑みを浮かべならドラたちの方へと近づいて行き、握手を求めた。

「やぁ。会えて良かった。ずっと探してたんだ」

 言うと、トランクに入れてあった物を取り出した。抱きかかえなければならないくらいの大きさの物をドラたちに見せつけ、ウェインは口角をつり上げる。

「またダッチワイフかい?」

「え~・・・朝からそんなものを見せる為にわざわざ?卑猥ですね」

「違うってば。いいものを見せに来たんだよ」

 言った直後にウェインは肛門に手を当て股を内側に寄せるハリーを一瞥し、「どうしたの?」と、率直な疑問を尋ねる。ハリーの解答は当然「黙れ///」である。

「どっかの大学生なのか、あんた?」

 写ノ神がウェインの素性を尋ねる。

「俺も大学に行こうと考えた。だけど、早く社会に出て稼いだ方が得だと思って」

「用は何じゃ?」

「実は、ゆうべうちのカントリークラブで人が殺された。アホッタレのムカつく野郎だったけど、殺されたのは可哀そうだったな」

 ウェインは机の上に手持ちの袋をどっと置き、ドラたちに目を向けながら「こいつが犯人だ」といい、おもむろにビニールシートをはがした。

「これは・・・」

「すげぇな」

 シートをはがすと、昨夜バリーを捕食したアリゲーターが死体となった状態で姿を露わにする。ドラたちは眼前のエイリアンを見つめ、言葉を失った。

「すごいだろ。4番グリーンのウォーターハザードにいた。浮気相手の女が助けを呼びに来て、みんなでフェアウェイを追いかけたら、バンカーのところで死んじまったんだ」

「どういう風にして・・・死んだ?いきなりか?」

 エイリアンの体を眺めながらドラは死因について問い質す。

「窒息した感じだった。うがぁああ・・・ああ・・・って、急に息が止まった。とにかく、俺も初めて見たがあんたらが興味を持つと思って」

 

 

同時刻 グレン・キャニオン 住宅街

 

「これは何?」

「ああ、これおすすめの新製品よ。これを使えば目元の小ジワもウソみたいに取れるんだから」

「本当すごいじゃない」

 グレン・キャニオンの閑静な住宅街にて―――奇妙な事件が発生した。

「ジル。害虫が出て来てるわよこの家」

「え?」

「変な虫がたくさん死んでるの」

「何?」

 茶会を開いていた近所の仲良しの婦人宅でそれは起こった。フローリングを見ればヒルのような形をした虫が大量に死んでおり、その発生源はクローゼットの隙間からだった。

「ジル。クローゼットの中に何かいるみたい」

 友人が指摘した直後に、クローゼットの扉を叩き割ろうとする音が聞こえた。仲良しの婦人四人は一カ所に集まり、何が潜んでいるか分からないクローゼットの扉を見ながら呆然と立ち尽くす。

「開けてグレイス」

「私?あなたの家でしょ!」

 仕方なく、家主の代わって友人のグレイスが恐る恐るノブへ手を伸ばし中を確かめる。ゆっくりと扉を開くと、彼女を始め婦人たちは実に奇妙な生物と遭遇を果たす。

 ブルドックのような顔を持つ緑色の生物がクローゼットの中からゆっくりと這い出した。その醜くも愛らしい表情をした目の前の生き物に、グレイスは心奪われた。

「あら~。いつから犬飼ってるの?」

「うちは犬なんかいない」

「これは犬じゃないわ。きっとネズミの一種よ」

「ああ、マスクラットか・・・ブタね」

グレイス以外の三人はかなり引き気味であり、正体の掴めない奇妙な生物をただただ不気味に思った。

「なんでこんなのがいるの?」

「何だか苦しそうじゃない」

「ああ、怖がってるのよ。あんまり怯えすぎて息も出来ないみたい」

 つぶらな瞳で見てくる奇妙奇天烈な生物に対し、グレイスは寛大な心と大きな愛で受け入れようとする。

「おいでオチビちゃん・・・怖くないのよ。おいで、いい子だから・・・」

 と、油断をした次の瞬間―――カモフラージュ用の顔の下から本命の口が開かれ、凶悪な捕食器が出現。グレイスの手に噛み付いた。

「おおおおおおおお!!!」

「「「ああああ!!」」」

 グレイスの手に噛み付いた謎の生物は捕食器をひっこめ、あの愛らしい顔を再び向ける。噛み付かれた事と怪我による二重のショックで、グレイスは終始悲鳴を上げた。

「救急車を!!」

 友人はただちちに救急隊への連絡を取った。その間に、家主のジルはキッチンへと向かい、護身用に保管していた拳銃を持ってきた。

 そして、謎の生き物に銃口を突き付けた瞬間、突然苦しみだした末にエイリアンは痙攣し―――力を失い横たわった。婦人たちはいきなり現れて、いきなり死んだ訳の分から生物にただただ言葉を失った。

「一体、何なのよこれ?!」

 

 

午前10時18分

グレン・キャニオン 某ビジネスホテル

 

 徹夜仕事を終えたアリソンは、仲間の車で現地の宿泊ホテルまで送ってもらった。

「ありがとう。あの・・・1時間後、いえ2時間・・・1時間半後がいいわ。じゃね!」

 扉を閉める際に、上着が挟まった。毎度のことながら鈍くさいところがある彼女は取り繕った様に笑いながら挟まった上着を取り、早歩きでホテルへと歩いて行ったが、

「いてっ!」

 ここでもやっぱり、鈍くささは生きていた。ガラス張りの自動ドアにもぶつかり、鼻を強打した。

「お、来たか」

 アリソンがこのホテルに宿泊しているのを調べ上げたドラは、彼女が戻って来るなり暇つぶしにやっていたクロスワードパズルを切り上げ、席を立った。

「あの、私に伝言ありません?」

 受付に尋ねた直後、アリソンは自分の腰元くらいの大きさしかないドラの存在に気付いた。ドラは満面の憎らしいほどの笑み浮かべながら「魔猫に着け狙われるとは、運の無い奴」と言ってやった。

「ドラ、やめて。二時間しか寝てないんだから早くシャワー浴びて休みたいの」

「被害が出た」

「ゴルフ場のこと?それならもう二時間前にうちのチームが出動してる」

「人を襲った1.5メートルの両生類はオイラたちの仮説基地にいる。危険だ。今すぐ街を封鎖するんだ」

「見かけもそうだけど、あなた大袈裟ね。あたしたちに任せて」

 アリソンは強気な姿勢を見せているが、ドラはこうした反応の末に取り返しのつかない結果を招いた科学者・研究者を何人も見て来た。だからこそ余計に心配だった。

「うぬぼれるのも大概にしろ。当ててやろうか、このままだと悲惨な末路を辿る。真剣に聞いてくれないか?」

 熱く訴えかけるドラだが、アリソンは疲れがたまっていた所為もあり「真剣に聞いてます」と、上辺だけの態度を示しエレベーターへと向かう。

「じゃお前からウッドマンに話してくれないか。今のうちにあれを殺さなくちゃ」

 エレベーターの扉が開かれた直後、アリソンはドラへと振り返り嘆息を突いてから、

「いいわ。話してみるけど何も約束はできない」

「感謝」

「じゃ」

 何とか話は聞いてもらえることが出来た。確信を得られることはできないかもしれないが、ドラは事が大きくなる前に出来る限りの手を打つことにした。

「さてと・・・・・・」

 ホテルから出たドラは、仲間たちの待つ基地へと帰って行った。これからの対応について皆と協議するために―――

 

 

午前11時過ぎ

アリゾナ州 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”現地基地

 

 ドラが戻る間、メンバーはウェインも交えて少し早目の昼食を摂っていた。

「未来人か・・・そう言う風には見えないけど」

 話が弾む中でウェインはハリーが56世紀から来た未来人だと聞いて驚いた。が、同時にがっかりもした。頭で思い描いていた未来人はもっと華々しい衣装を身に着け、頭でっかちな宇宙人の様な姿をしていた。だが現実的な話、ハリーは自分たちとまるで変わらない姿をした地味な服装の中年男性。そして、何千年という時を隔てているにもかかわらず、黒人という言葉だけで白人から差別を受けているというのだ。

「人間なんてものはそうそう変わるものじゃねぇんだよ。結局、何度も同じこと繰り返しても人の悪性って奴は一向になくならない。というか、進歩してねぇんだよそこらへんは」

 話を聞くや、幸吉郎たちは苦い顔を浮かべる。何千年と言う時を経ても尚消える事の無い人間の悪性。それをどのように是正していけばいいのか、またそれを是正したところで新たな問題が次々と起こり得るというジレンマが、とても窮屈だった。

 ハリーは柄にもなく周りを暗い気分にさせてしまった。慌てて彼は笑い、そう暗い顔すんなよと言いながら目玉焼きをペロッと口にする。

「俺はこの仕事を10年間やってるが、今度のエイリアン騒動で名誉博士号でも獲れればと」

 そう言ってから、ウェインの皿に残っているベーコンを確かめ、

「ベーコン残すの?」

 と、尋ねる。聞いた直後、ウェインは沈んでいた顔から笑みを作り上げ、「もちろん残さないよ、好物なんだから」と返した。

 少しだけ空気が軽くなった。幸吉郎たちも気を取り直して昼食を再開する。

「それで、女子バレー部のコーチなんだって?」

「うん」

「シャワー室のぞいたことある?」

 おもむろにウェインが尋ねた。駱太郎と龍樹の耳が際立って伸びる中、水で喉を潤してからハリーはあっさりと、

「うん、いつもよ。一緒に浴びるもん」

 カキン・・・・・・

 持っていたフォークが床下に落とされた。男どもは口を開けて呆然とし、茜は赤面した顔を両手で隠した。

「それってマジで・・・「ただいまー」

 ちょうど、ドラが帰ってきた。昼食を摂っているはずの幸吉郎たちが何故か固まって動かない様子を不思議に思いながら、ドラは空いている椅子へと座る。

「どうだった?」

「一応話してくれるってさ」

「そりゃよかった」

「茜ちゃん、コーヒーちょうだい」

「あ、はい!ただいま・・・」

 顔を赤らめたまま、彼女は立ち上がり慌ててコーヒーを淹れに行った。そして、駱太郎は思い切ってドラに先ほどの話を暴露する。

「この黒人!!羨ましすぎるぜ!!だってよ、女子バレー部の連中といっつもウハウハだってさ!!」

「鼻息が荒いよ。心配いらない、この任務に片がついたら豚箱にぶち込んでやればいい」

「ドラ、本気にしないでくれ!冗談だ!!俺が病的にジョークが得意だってこと知ってるだろ!?」

「え~そんな話初めて聞いたけど」

 少なくとも魔猫は目の前の黒人を逮捕する気でいるらしく、手錠をちらつかせながら悪意ある笑みを浮かべていた。

 茜が人数分のコーヒーと日本茶を持って戻って来ると、ウェインは改めてドラたちに核心的な事を尋ねる。

「なぁ教えてくれよ。この町をエイリアンたちが・・・・・・襲撃して来たのか?」

「そうですね・・・」

「わからない」

「何とも言えないな。現在調査中なんで」

 飲み物を口に含みながら、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)はそう答える。まだまだ不確定な情報ゆえに信憑性も曖昧だ。うっかり口を滑らせて現地住民を動揺させるわけにもいかず、ドラたちは慎重な捜査を進めようと思っている。

「お前が持ちこんだあのワニをこれから調べてみるが・・・・・・もしも仮に凶悪なエイリアンだったとしよう。生命は適した環境を得て発生し、はびこる。オイラの言ってる事が分かるか?エイリアンは地球に移住するつもりだってことだ」

「人間の方が先住者だろ?」

「確かに1体の例外かもしれない。でも、もし本当に進化して広がってたら?生命の“パンスペルミア説”だ」

言うと、コーヒーを飲み終えたドラは一見すると平和に見えるアリゾナの荒野を眺めた。そして、何かを思い出したように頭に手を当て後悔する。

「失敗したな・・・現場周辺へセンサーを配備するよう軍に依頼すべきだったかも」

「衛星熱探査を頼もう」

「あのクソッタレな将軍が聞き入れると思ってるのか?」

 ガガガ・・・・・・ギギギ・・・

『1099・・・バレー・ビスタで1272発生。至急応援に向かってくれ』

 基地の無線が現地警察の通信を傍受した。ウェインは驚いた顔で「コール1272?動物の襲撃が遭った!」と、周りに言う。

 無線を聞いたドラは口に手を当てる。

「なぁ。さっきの無線・・・また動物の襲撃だなんて何か怪しいと思わないか?」

「調べるか」

「調べよう」

「そうこなくっちゃ!」

 興味を持った事にはとことん夢中になれる、そんな子どものような心を持っていたドラたちは現地の青年ウェインを仲間に引き入れ調査へと出かける。

 そしてこの直後、彼らは地球外生命体の想像を絶する進化を目の当たりにする事になるのだ・・・・・・。

 

 

午後12時03分

グレン・キャニオン 住宅街

 

 街中に出現したエイリアンの調査に乗り出したドラたちは、いつものワンボックスカーで現場へ到着。事件が起こった家の周りには、地元警察官とパトカー、それに報道陣も集まっていた。

「よーし。オイラたちの行動は軍に監視されてるから慎重に動くんだ。ハデなことはしないでよ、いいね」

「わかってる」

「これプロの仕事だな」

 興奮気味なウェインがそう呟く中、ドラたちは隕石の落下現場で何度か遭った事があり只今事情聴取の真っ最中の男・ジョンソン巡査に声を掛ける。

「ジョンソン巡査」

「また君たちか?何の用だ?」

「動物の襲撃だとか?」

「”大学の衛生管理局”の一員としてこの地域の安全を確認しに来た」

 安易に未来人である事を話す訳にはいかない。得意の嘘で誤魔化そうとするハリーに、ジョンソンは嘆息を突いてからドラたちを見据え、「安全は我々が確認する。君たちの仕事じゃない」と言い切った。

「ところで、あれに障らなかっただろうな?」

「素手で触るとマズいぞ」

「まさか触った!?」

「マジで、触っちゃったのか?ヤバいぜ」

「遅かったですね」

「どうする?」

「今更手遅れだ」

 幸吉郎と駱太郎が言ったのをきっかけに、便乗して周りも次々と話を始め精神的にジョンソン巡査を焦らそうとする。

 案の定、ジョンソンの顔が険しくなり始めた。そして観念したように彼は若干焦った様子で「ああ分かった。中に入って見てくれよ」と、彼らに立ち入り調査を許諾する。

 心の中でガッツポーズをとったドラは、ハリーと幸吉郎を連れて家の中へ入った。

「俺たちは家の周辺を、異常がないかチェックする」

 駱太郎、龍樹、写ノ神、茜、ウェインの五人は周辺の様子を確かめる事にし調査に乗り出した。

 まず、家の中へと入って行ったドラたちが目撃したのは例の奇妙な生き物の死体。警察が証拠の写真を撮影する横で、三人は異様な生き物の姿に唖然となる。

「おお!ふう・・・ブッ細工な犬だな。おいドラ、見てみろよ」

「うん、見てるよ」

 ドラとしてもこんな不細工な犬を見たことがない。いや、厳密には犬ではないのだが眼前のエイリアンを地球のどんな生物に当てはめればいいのか彼には分からなかった。

「この中にいたのか?」

 幸吉郎は家主の女性・ジルにクローゼットの中を指さしながら尋ねる。

「倉庫になってて床下につながってるの」

 クローゼットの床下からはおびただしい数のヒルエイリアンの死体が転がっており、ちょうど犬くらいの大きさの生き物が入れる穴もあった。

「地面の下を這って来たようだ」

「それにしてもどうして住宅地なんかに・・・・・・」

 当然の疑問を抱いてた時だった。かなり慌てた様子でウェインが中庭から現れ、ドラたちの方へと走って来た。そして彼は肩で息をしながら語り出す。

「聞いてくれ!周辺地域の調査を行ったところ、ちょっと見てもらいたいものがある」

 そこで、三人はウェインに連れられ中庭の方から外に出る。

「あんたらきっと喜ぶぜ」

「何だ?」

「何があった?」

 期待と不安を抱きながらウェインの後に付いて行く。しばらくすると、駱太郎たちが横一列になって固まっているという光景を目撃した。

「お前ら!何を見たんだ!?」

「恐竜の大量絶滅・・・・・・」

「え?なんだって・・・?」

 意味がよく分からなかった。恐竜の大量絶滅など何かの間違いだろうと思いつつ、駱太郎たちが今見ている物を見るため視線を下げたその瞬間―――

「ああ!」

「おおお!」

 ドラたちは驚嘆の声を漏らした。同時に恐竜の大量絶滅という言葉の意味を理解した。

 荒野一帯に寝転がる大量の大型生物の死骸。爬虫類の特性を持つそれらは恐竜と言える大きさで、あまりの夥しさに見る者に恐怖にも似た感情を与える。

「すごい!!ボガモゴ!」

「ブッタマゲタ!」

「言ったろ」

 詳しい調査のためにドラたちは赤土剥き出しとなった丘を下り、現場に足を踏み入れる。辺り一面に広がる翼を持った恐竜の死骸。中には微かに息をしているものもいるが、ほとんどが虫の息。一体彼らはどこから現れ、どうして大量に死んでしまったのか―――大きな謎が突きつけられる。

「みんなで集団自決でもしたんでしょうか?」

「地上に這い出して、空気を吸って死んだんだよ。これを見る限り、まだ地球の大気に順応していない」

 ドラはひとつひとつの個体の様子からそう判断する。直後、ハリーが不意に真剣な表情を浮かべ、「そうか・・・」と漏らす。

「ハリー、どうしたんじゃ?」

「どっから来たのか分ったぞ」

「どこ?!」

「ここは、ハチの巣状に炭鉱や洞窟が地下を通っている」

 ハリーは懐からタブレットを取り出した。タッチパネルを操作していくと、彼は空気中に映像を表示させた。それはこのグレン・キャニオンの地形の様子を事細かく立体的に表した地図だった。

「見てくれ。モナビ洞窟群がゴルフ場の西から始まってるだろう。それがあそこに広がるカイバブ台地からパウエル湖まで続いている」

 説明をしながらハリーは近くにあった洞穴を指さし、熱弁。

「隕石が落ちた洞窟は、その洞窟群のど真ん中にあり―――全部が繋がっている!」

 この説明でどれだけの者が納得したのだろう。案の定、大抵の者が一回の説明だけでは理解できず疑問符を浮かべる。

「もう一度言って?」

「いや大したもんだな」

「俺はな、見かけはセクシーだが中身は本物の科学者なんだ」

「あ!あいつ動いてるぞ」

 直後、息があり地面から立ち上がろうとする恐竜を指さしウェインが大声を出す。全員は問題の恐竜を凝視し、その行動を固唾を飲んで見守る。

「何をする気だ?」

「呼吸しようとしている」

 重い身体を起き上がらせた恐竜は、苦しそうに口を大きく開け、息を吸い込もうとしている。この段階ではまだ酸素には完全に適応しておらず、恐竜も正に生き残る為に命懸けの進化を試みる。

 額に汗をかきドラたちが見守っていると、恐竜は目をつり上げた状態で口から胃袋のようなものをどっと吐き出した。

「ああ・・・でっかい痰吐いたな」

 強烈な異臭にドラたちは鼻を摘まむ。

 やがて、恐竜は力尽きてしまった。残されたのは恐竜の体内から吐き出された胃袋のみ。

 と、次の瞬間―――胃袋が裂けると共に翼が現れた。そして、先ほど絶命したばかりの恐竜と瓜二つの姿を持つ恐竜が誕生した。

「おめでとう。男の子です!」

「なんでわかるんだよ!?」

 雄か雌かという区別は正直どうでもよかった。肝心な事は、この恐竜が先ほど死んだ恐竜とは決定的に異なっているという事。そう―――人間と同じく酸素を吸って呼吸をしていたのだ。

「ヤバい!酸素で呼吸できるんだ」

「え!ってことは・・・・・・」

 周りが恐れを抱く中、酸素に完全適用した恐竜は翼を大きく広げ、それを豪快に羽ばたかせるとドラたちの頭上を飛んで行った。

 恐竜は自由に大空を滑空して市街地方面を目指す。

「飛んで行っちゃったぞ!いいのか?」

「人類にとっては良くないな!」

 洒落にならない事態となった。ドラたちは大急ぎで車を発進させ、逃げた恐竜の追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その40:大人って生き物はやって良い事と悪い事の線引きを自分の都合のいい解釈でしかしなくなる

 

子どもの時は良い事と悪い事の区別をしっかりと覚えさせられたけど、周りに諌める人がいなくなると自分の都合のいい事実に合わせて歪んだ解釈をするようになるもんな・・・。(第35話)




次回予告

龍「ぬああああああ!!!なんじゃあの化け物は!?こんなに成長するとは聞いておらんぞ!!」
写「こいつらとんでもねぇスピードで進化してる!酸素に適合したら今度は霊長類!しかもまだまだ増えるって言うんだからな・・・」
茜「地球はこのままエイリアンに蹂躙されるんですか?お願いします神様、私たちにエイリアンを倒すお知恵を授けて下さい!!」
ド「次回、『最適者生存の法則』。バカな・・・・・・奴にそんな知恵をあるなんて思わなかった!!」

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