サムライ・ドラ   作:重要大事

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彦斎「私はTBT大長官・杯彦斎。いつもゴキブリ並みに生命力で、ヒルの如く周りから血を吸うドラたちの下らないやり取りを見てくれてありがとう。私から御礼申し上げる」
ド「おい、下らないやり取りとはなんだ?上司だからって偉そうにするなよ!!」
彦斎「いててててて!!!止めてくれ、虫歯のところを突くのは・・・///大体、私にこんな事をしてタダで済むと思って・・・」
ド「知った事かよ!!上司だろうが年下だろうが、悪口言われて黙っていられる聞き分けの良い性格ならな、オイラは魔猫でも何でもないんだよバカが!!」
彦斎「完全な八つ当たり目!コラ、奥歯を引っ張るなああああああ!!!」


未知なる物への挑戦

時間軸2001年 6月2日

地球圏外 30万メートル付近

 

 暗黒が支配する宇宙空間。小さな惑星が無数に飛び交っては、衝突を繰り返す。

 宇宙では人間には予想もつかないことが起こり得る。例えば―――今、地球に向かって勢いよく迫る隕石について事前に我々が知っている事がどれだけあるだろうか。

 直径およそ60メートルの隕石は地球が持つ引力によって急速に近づき、大気圏へと侵入を開始。大気圏を突き破ろうとする際に生じる凄まじいエネルギーは隕石に負荷をかけ、岩そのものを蒸発させようとする。

 隕石は赤み帯びた色へと変わり、爆発を繰り返した末―――最後まで燃え尽きなかった一部が地球に向かって急降下をしていった。

 

 

午後10時09分

アメリカ合衆国 アリゾナ州

 

 満月が良く映える荒野。アリゾナは異常なくらい暑い夏と温暖な冬の気候が特徴であり、領域の多くが乾燥した砂漠となっている。

 静謐(せいひつ)な砂漠の大地では風の微かな物音ですら敏感に感じ取れる。そして今、音楽を大音声で流しながら市街地から走って来た一台の車が現れた。

 車体は自動車ジャーナリストや評論家から高い評価を得たビュイック・リヴィエラの1973年型モデルの青。それを運転していた消防士志望の青年―――ウェイン・グレイは車から降りと、トランクを開けた。

 中から取り出したのは、明日行われる消防士試験のために必要な救助用の人形。本当ならばマネキンを使いたかったが、予算の都合上今夜はダッチワイフを使うことにした。無論、淫らな行為をするためではなくれっきとした練習をするために。

 ズルズルと人形を引きずり、ウェインは車の真正面に建っている簡素な小屋へと入る。その後、作業服に身を包んでから用意したガソリンを小屋の周囲にまき散らす。

「注意したにも関わらず、ベッドでタバコを吸って眠ったんだな。いけないね!」

 自分が消防士になる事を夢見ながら意気揚々とガソリンを撒き続ける。小屋全体に万遍なく油を撒き終えると、マッチに火を点けた。

「おかげで火事になった」

 小屋目掛けてマッチ棒を投げつける。その瞬間、マッチの火が小屋に撒かれたガソリンに引火―――凄まじい炎が発生した。

「ショーの始まり!」

 ストップウォッチのカウンターを起動させ、ウェインは救出活動を開始する。

「うわああああああ」

 燃え盛る炎に呑まれる小屋に向かって走り出すと、扉を蹴り飛ばし、中で無造作に転がる救出用の人形を確かめる。

「ご心配なく!私が助け出します!」

 ウェインは身も心も消防士になりきっていた。炎の中から人質を助け出すや、周りに人がいることを想定して「ヤジ馬を下がらせろ、緊急事態だ!」と声高に叫ぶ。

「あなたを死なせはしません」

 人形を地面に寝かせると、ウェインは上着を脱ぎ捨て直ちに心臓マッサージを開始する。

「息をしてくれ!」

 30回ほどしてから人工呼吸。大きく息を二回、人形の口の中へと送り込み―――それから心臓の鼓動を確めるフリをする。

「助かりそうだぞ!息を吹き返した!」

 と、そのときだった。頃合いよく練習を終えた彼の目に奇妙な物が映った。夜空を上げると、雲一つない澄み切った空の向こうから煌々と輝く物体がゆっくりと近づいている。

「何だ?」

 徐々に加速しながら炎を纏った物体はウェインへと近づき、それに臆した彼は直ちに腰を上げて、現場から疾走。

 

 ―――ドンッ!!!

 

「ああああああああああ」

 隕石は逃げるウェインのすぐ後ろへと落下。彼の愛車と人形、さらには練習のために自分で建てた小屋は否応なく衝突の際の衝撃波を受けた。

 ウェイン自慢の愛車は空中60メートルの高度で三回転半し、車体をボロボロに傷つけながら無造作に落下―――ほぼ叩きつけられたと言っていいほどだ。

 小屋は木っ端みじんに吹き飛び跡形も無く消滅。爆炎の中には、隕石が落ちた際に生じた直径30メートルほどのクレーターができていた。辺りが静まり返り後ろを振り向いたとき、ウェインはこれまでの人生で見たことも無い光景に思わず、

「何じゃこりゃ―――!」

 

 

西暦5538年 10月9日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「はーい、みんな注目!」

 オフィスに入るなり、ドラはメンバー全員の視線を自分に向けさせた。幸吉郎たちはドラがその手に持った書類の束を一瞥し、眉間に皺を寄せている。

「じゃ、この前やった実力テストの結果を発表するぞ。事前に告知した通りこのテストで赤点を獲った奴は死刑決定。自衛隊のレンジャー訓練に強制的に参加させることになっていたね・・・」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)では週に2回、決まった時間にドラによる教育支援活動が行われている。それは過去の世界からやってきた幸吉郎たちが現代で暮らしていけるようにと配慮したもので、彼らはこの活動を通して現代社会の有り様を学んでいる。そして本日は、これまで勉強してきた事が如実な結果として現れるのだ。

 強張った表情の幸吉郎たちを見渡すと、ドラは口角をつり上げ不敵な笑みを浮かべる。

「とはいえ、流石に死刑がかかっているだけあって平均点95点っていう素晴らしい成績だった・・・・・・三遊亭駱太郎君!」

「お、おう!」

 ドラに呼ばれ、駱太郎は期待を胸に意気揚々と返事を返し立ち上がった。

 刹那、ドラは駱太郎の答案用紙を突き付け―――

「”君を除いてね”!」

 それは目を疑うような酷い答案だった。平均点が95点である中、ただ一人の赤点。目も当てられぬほどの凄惨な結果に冷や汗をかきながら、駱太郎は震える声で尋ねる。

「え・・・・・・いや・・・あの、という事は・・・///」

「おどれは死刑決定っ!!強制的にレンジャー訓練に参加してもらう!!」

「ひいい!!!」

 突き付けられた理不尽な現実。腕力と体力、力比べでは他を圧倒してきた駱太郎はこの瞬間―――厳しい学力戦争の決定的敗者となった。

「だああああああああそんなっ!!!俺だって一生懸命勉強したのにあんまりだぁ!!!」

「へへ。単細胞がいくら勉強したってな、所詮無駄だって事がこれで分かったろ」

「やめましょう写ノ神君。バカな駱太郎さんに失礼ですよ、バカな駱太郎さんに」

「おいそこのアバズレ!バカって言葉を二回も言う必要なんて無ぇんだよ!!」

 お世辞にも駱太郎は決して頭がいいとは言えなかった。直情的でドラに次いで感覚が野性に近く、その上他人を信じやすく疑うことを知らない。写ノ神が単細胞という所以はこうした点にあったのだ。

 プルルル・・・

 散々なテストの結果に嘆き悲しむ駱太郎の声が木霊する中、ドラの机の電話が鳴り響く。駱太郎の嘆声に耳を押えながら、ドラはおもむろに受話器を取って右の耳に当てた。

「はい・・・ああ、大長官・・・・・はい、わかりました。直ぐに向かいます」

 電話の相手は彦斎からだった。用件を聞くと、ドラは直ちに彼の下へと向かう。

「大長官から呼び出し食らった。ちょっと出てくる」

「また何か怒らせる事でもしたのか?」

 龍樹がそう尋ねると、ドアノブを掴んでからドラは振り返り―――

「そうしょっちゅう怒らせるようなことはしませんよ」

 と、半ば呆れたようにつぶやいた。

 

 

TBT本部 大長官室

 

 彦斎からの呼び出しを受けたドラは、真剣な眼差しを浮かべる上司から極めて重要な案件について話を聞かされた。

「隕石?場所は?」

「時間軸2001年6月2日のアメリカ、アリゾナ州。ルート89のA・・・。四分隊の観測チームが異常な時空間の歪みを捕えたのだが、その原因と思わしき隕石の調査をお前たちに頼みたい」

 渡された書類を受け取ると、ドラはパラパラとめくりながら気だるい声で「調査か・・・・・・」と発し、深い溜息を漏らす。

「これからR君の死刑執行準備で忙しくなるはずだったんですけどね。第一こんなのオイラたちの仕事じゃないですよ」

「ドラ。これはTBTの最高責任者である私直々の命令だ。これはお前が思う以上に極めて重要な案件なんだ。並みの捜査官では生きて帰って来られるかもわからない」

「わかりましたよ。じゃ、その分手当はいつもよりも厚くしてくれないと・・・」

「いいだろう。平時の二倍で手を打とう」

「五倍は出さないとヤダ」

 危険な任務であるにも関わらず割りが合わないほど極小な危険手当に納得などできなかった。ドラは彦斎が提示した落としどころをあっさり拒否し、根をつり上げてきた。分かっていた事だったが、彦斎はつくづく溜息を漏らしドラを説得しようとする。

「もう少し大人の事情と言う奴を考えて欲しい。危険手当が低いのはどこだって同じだ・・・あと、予め言っておくが私を脅迫するつもりなら無駄だぞ」

「そうでしょうか。大長官の弱みの一つや二つ、知らないオイラじゃないんですけど」

 言うとドラは、おもむろに胸元に手を突っ込み茶色に近い色に変色した古い便箋を取り出した。ハート形のシールが張られ、宛先人は「佐村河内真夜」と書かれていた。

「な・・・・・・なぜそれを持っている!!?」

 彦斎の脳裏に1000万ボルトの雷が落ちた。その昔、若い頃に妻・真夜に送ったラブレターがどうしてドラの手にあるのか・・・・・・我が目を疑う彦斎を余所に、ドラは便箋を開いて中身を確認する。

『君は僕の太陽だ。僕を明るく照らしなさい。―――』

「読むな!!!///」

 かなり痛い文章だった。決して他人には知られたくない熱烈なアピール文をドラに読まれる事がどれほどの屈辱か。彦斎は真っ赤な顔で恥辱のラブレターを取り上げ、それを箱の中にしまうと頑丈に鍵を掛け誰にも見られないようにした。

 だが直後―――ドラはニヒルな笑みを浮かべると、先ほどとはまた異なるが紛れも無く彦斎自身が書いたラブレターの数々を両手いっぱいに広げあからさまに見せつけた。彦斎は一気に精気を奪われ、白く体を変色させた。

「若い頃に真夜さん宛に送ったラブレターだそうですね。こればら撒かれたら全捜査員があなたへの尊敬を一瞬で失くしますよね。そしてこの事実を知った直後からあなたの渾名はこうなるんだ・・・・・・“キモ彦大長官”と」

 完全なる脅迫であり陰湿なイジメだった。上司が部下に理不尽な言動や圧力をかけるのがパワハラなら、ドラがやっているのは逆パワハラだ。しかも性質が悪い事にドラはピンポイントに上司の心の傷を抉ってくるのだ。

「く~~~・・・・・・上司の足元を見おって。わかったよ、五倍でも百倍でも好きにしていい。だからそれを早く返してくれ―――!!!///」

 

 

TBT本部 第四分隊・タイムエレベーター格納庫

 

 組織の長を脅迫し己の利と他人の不幸から来る栄養分を得たドラは潔く依頼を承諾―――メンバー全員を全タイムエレベーターが管理されている格納庫へと集めた。

「隕石って言えば、何度見てもアルマゲドンは最高だったな!」

「私、最後に地球に帰還するあのシーンを見ると必ず涙腺が崩壊しちゃんですよね」

「だけどこれって本当にTBTの仕事なんですか?」

「一応体裁じゃ、時空間に発生した歪みを早期発見して、歴史の秩序を守ることだからね」

「じゃが現地に留まっての任務・・・それも隕石の調査など、拙僧たちだけで出来るのか?」

「だから、今回は専門家にも動向を願い出た」

 と、ドラが言った直後に廊下へと続く格納庫の扉がおもむろに開かれた。全員が視線を向けると、細身な体格の黒人男性が現れ、全員に破顔一笑した。

「やぁ鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の諸君!待たせてすまなかった」

「紹介するよ。こいつは四分隊生物科学捜査班のハリー・ブロック。ハールヴェイトの同僚だ」

「よろしく頼むぜ」

「こちらこそ」

 幸吉郎たちは任務に同行する科学者ハリーと握手を交わす。そして最後の一人である茜が握手を求めた途端、下心が伺える表情を作り彼女を見る。

「いやぁ~なんてかわいらしい子!ケツなんかプリップリしてそうで・・・」

―――ズブッ

「あああおち!!」

 有無を言わさず鼻フック。華奢な体で折れそうなくらいに細い腕だという事が疑わしいほどの力をありありと見せつけ、茜はハリーの体を持ち上げた。

「おほほほ。ハリーさん、セクハラは犯罪ですよ♪」

「冗談!俺は、根っからのプレイボーイだけど・・・・・・お嬢ちゃんには手を出さないよ!」

「出させるかよ!!俺が許さねぇ絶対に!!」

 と、思わず写ノ神は声を荒らげるが―――誰も茜に手を出そうとはしないだろうと、幸吉郎たちは心中思い額に汗を浮かべる。

「雑談はそのぐらいにして、行くよ」

 

 

時間軸2001年 6月3日

アリゾナ州 隕石落下現場

 

「気いつけてくれよな。俺の愛車だからな。ゆっくりだぞ、そうっとな」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)が現地に入る少し前―――昨夜の隕石落下現場に居合わせた青年・ウェインは煤塗れになりながら地元の警察官に指示を仰ぐ。警官隊は横たわったウェインの車を元の状態に戻そうと力を合わせる。そしてついに、横向きになっていた車が正しい位置に戻された。

―――ガシャン!

「あっ!!何すんだ気いつけろよ!車の修理代は誰が払ってくれるんだよ!?」

「誰の責任でもないと言っただろう。自然災害だ」

「自然災害が何だ。73年型ビュイック・リヴィエラだぞ」

 と、地元警察の対応に文句をつけていると―――赤のワンボックスカーが現れた。扉が開かれるとドラを始め鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバー、専門家としてチームに参加しているハリーが降車した。

「ひゅ~・・・アリゾナは暑いね」

「本当に見渡す限りの荒野みたいじゃな」

 素姓の分からない者たち―――その多くが東洋人が占め、見知らぬネコ型ロボットもいることを不審に感じながら、地元警察は声をかけ職務質問をした。

「おーい。あんたたちは?」

「ハリー・ブロック。”合衆国地質調査部”だ」

 サングラス越しに警察官を見ると、ハリーは上着の内ポケットから偽りの証明証を提示し、ドラたちの方を一瞥。

「こっちは俺の部下たち」

「オイ、誰がてめぇの部下だと・・・!「黙ってろ」

 幸吉郎がその言葉に反応して身を乗り出そうとするや、ドラが瞬時に抑えつける。ただでさえ、ややこしい状況でこれ以上話を複雑にしないためにも穏便に済ませたかった。ハリーはドラに感謝し笑みを浮かべてから、職質をした警察官を注視する。

「隕石が落ちたと聞いて調査に来た。もしホントなら」

「もちろんホントだよ。俺の車がぶっ飛んだ」

 名乗り出たのは隕石の目撃者であり被害者でもあるウェイン。顔中が煤だらけの彼を見て、一瞬笑いそうになったドラたちは咄嗟に彼と目を逸らし堪えた。

「君は夜中にこんなところで何をしていた?」

「ベティちゃんとデートか?」

 からかった風にハリーは足元に転がるダッチワイフ人形をつま先で持ち上げ、ウェインに尋ねる。

「消防士の試験のために練習をしてたんだ。ついでに言っとくけど、その試験は7分前にもう始まってる、だからそろそろ帰してもらえるとありがたいんだけど」

「あんたとこの子が発見者?」

 ドラがウェインとダッチワイフを指さし尋ねる。

「ああ、その通り。車が60メートルも飛んだ」

 答えた直後、担当の警察官に目を転じ「帰ってもいいか?」と懇願。

「ボブ。送ってやれ」

 ウェインの事情を考慮し、初老の警察官は彼の身柄を解放する。急ぎのウェインは夕べ使用したダッチワイフを抱きかかえ、それを持ってボブと呼ばれた男の後に付いて行く。

「町を出るな」

 そう警告をした後、ハリーは改めて質問する。

「保安官。あれがその・・・・・・隕石の落下点?」

「そう。24メートル下の地下空洞まで達してる」

 隕石衝突の際に生じたクレーターの周囲は黄色いテープが張られており、恐る恐るドラたちが近づいて中を見てみると、隕石は巨大な地下空洞のど真ん中で突き刺さり―――蒸気を発している。

「こいつはすげえ」

「一夜じゃ蒸気も完全には消えねぇみたいだな」

「この中に入るんですか?」

「そうだよ。じゃ、早速中に入ってみよう」

 

 調査道具一式を頑丈なケースに詰め、一行は巨大地下空洞へと降りて行った。ヘルメットのライトで辺りを照らし、足元の悪い岩場を慎重に歩いて行く。

「ああ、くっそ!・・・・・・次回はお前がケースを運べドラ」

「地質調査部のメンバーはお前だろ、ハリー。文句言わないで自分の仕事をしろ」

「おい見ろよ。なんだあれ?」

 駱太郎が前方に見えるものを指差すと、幸吉郎は目を細めてから「どうやら目指す物件の様だ」とつぶやく。

「はい、いい顔して!!」

「「チーズ!」」

「今度は隕石を担いでいるところ!・・・いいか、いきます!」

 地元警察の数名が証拠の為の写真を撮影していた。ただ、その様子を見る限り真っ当に職務を果たしているという雰囲気はゼロ。観光気分で思い出の写真を撮りまくるヤジウマにしか見えなかった。余りに呆けた光景にドラたちは思わず嘆息した。

「見ろよあのバカ」

「完全に遊んでやがる」

「いるんですよね何処の警察官にも必ず一人や二人」

 彼らに聞こえない声で罵倒すると、ドラたちはおもむろに隕石と一緒に写真撮影に夢中な警官隊へと歩み寄る。

「仕事中失礼する!国の調査だ」

「国?どこの国?」

「誰の許可で入った?」

「そうとんがらないでくれ。合衆国地質調査部と警察は昔から協力関係にあるはずだ」

「科学調査のためにサンプルを採りたい。あんたたちさえ良ければ」

 物腰柔らかくドラが尋ねると、難しい顔を浮かべていた警官隊も納得し、眉間の皺を緩めていった。

「ああ、そういうことなら。我々は今、証拠写真を撮っていたところだ・・・どうぞ」

「ありがと。ご苦労さま」

 警官隊の許可を得たドラたちは、早速隕石のサンプルを回収するための準備に取り掛かる。

運び込んだ機材からハンマーとノミを取り出すハリー。その傍ら鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーは目の前の隕石に壮観となる。

「おお!」

「わぁお」

「ぶったまげたぜ」

 蒸気を上げる直径10メートル前後の隕石は、見る者に強いインスピレーションを与えてくる。ドラは蒸気を肌に感じながら、目を凝らし隕石を見て気付いた点を口にする。

「ゆうべ落ちて来たばかりのはずなのにもう何か生えてる」

「コケじゃないか」

 隣にいた駱太郎が何の気なくつぶやくと、厚手の保護手袋をはめたハリーが呆れたように「コケがほんの数時間で生えるか」と指摘した。

「早いとこサンプル採ろう」

 カン・・・カン・・・カン・・・

 ハンマーで隕石の表面を強く叩く。一旦手を止めて隕石を観察すると、ドラたちは奇妙な光景を目視する。

 隕石の内部から漏れ出る澄んだ青い液体。ドロドロとしていて、流動性は低い。龍樹はこの液体の流れ方を見て思わず、

「血が出てるみたいじゃな」

「隕石なのに血なんて」

「出血する石か。おもしろそうだな」

 見れば見るほど不可解な隕石だった。ドラたちは普通の隕石とは大分勝手が異なるこの石に取り憑かれたように目を凝らし―――やがて我に返ると、額に汗を浮かばせる。

「こいつは・・・実に奇妙だ」

「というか、まともじゃないな」

「早いとこ採取しよう」

 カン・・・カン・・・カン・・・カン!

 

 

午後1時10分

アリゾナ州 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”現地基地

 

 隕石落下現場から10キロ離れた場所に仮説基地を作り、ドラたちは採取した隕石の欠片を使って初期テストを行おうとしていた。

「この仕事にどれだけ価値があるのか分らないけど・・・履歴書に書くことが増えれば、成長したことになるのか?バレーボールのコーチとして一流になれるというのか?」

 ぶつぶつと独り言をつぶやき、ハリーは回収した隕石の欠片から青い液体をビーカーに移し、その一部をプレパラートへと浸すという作業を行う。

「お前バレーボールのコーチな訳?」

 彼の独り言を聞いていた写ノ神が尋ねると、「ああ、地元の女子バレーチームのな」と言ってハリーが嬉々として返す。

「それはまさか・・・未成年者では?」

「いい歳してロリコンかよ・・・」

「邪淫。キモイですね」

 駱太郎たちの勝手な解釈の元に歪曲する話を聞いて、ハリーは焦りを抱く。そして強い口調で「違う!俺はロリコンじゃない!正真正銘の成人女性だ、安心しろ」と公言した。

「ああ、わかった。要するおばさんバレーの事を言ってたんだな!」

「だから違うってば!!ババァ共の垂れ乳なんかに興味はない!!」

 ドラたちのペースに乗せられながらも、ハリーは着実に自分の仕事をこなしていく。用意したプレパラートを顕微鏡の台に乗せると、団子を貪りながら駱太郎が尋ねる。

「これからそれを“何とか機”にかけるワケだな」

「“分光器”。そう、これをスペクトル分析して俺の履歴に箔をつけてやるのさ。ついでにお前たちの履歴もピッカピカに輝く」

「そりゃ嬉しい限りだぜ」

 部屋を暗くして分光器を起動させようとする。だが直後、壁に掛けられた時計を見るなりハリーは目の色を変えた。

「しまったもうこんな時間じゃねぇか!」

「いきなり何だよ?」

「悪いんだけどよ、俺一旦56世紀に帰るわ。体育館で女子バレーの試合があるんだ。調査は試合が終わってからにしてくれ」

「はぁ!?何だよそれ・・・」

「いい加減な奴だな」

「薄々そんな事を言うんじゃないかと思ってたよ。大丈夫、分光器の扱いぐらいオイラも知ってる」

「そりゃ頼もしい!オーケー、じゃドラちゃん・・・健闘を祈るよ」

 作業をなおざりに放棄して―――ハリーは自分が監督をしている女子バレーボールの試合観戦へと出かけて行った。

「ところで兄貴。分光器の扱いなんてどこで覚えたんです?」

「ちょっと昔ね」

 ハリーがいなくなると、ドラは彼がするはずだったスペクトル分析を行うため、顕微鏡を覗き始める。

 科学者でもないドラがなぜ分光器の扱い方を知っていて、それによるスペクトル分析を行うことが出来るのか。元々科学的知識について造詣が深い方だとは思っていたが、ドラのそれは幸吉郎たちの予想を遥かに上回るものだった。

 物質が固有のスペクトルをもつことを利用して、発光または吸収する光の波長と強度を測定して行う科学分析―――それがスペクトル分析だ。ドラは顕微鏡を覗きながら、プレパラート上の青い液体に含まれる未知の単細細胞生物の様子を観察する。専門知識を持たない幸吉郎たちはドラの邪魔にならないように静観を決め込んだ。

 慎重にレンズの倍率を上げて行き、細胞一つ一つの動きを観察する中―――ドラは驚くべき光景を目の当たりにした。たまたまレンズの中に映った細胞のひとつが、瞬く間に細胞分裂を行ったのだ。普通では考えられないスピードに、ドラは顕微鏡から目を放す。

「こんな馬鹿な・・・」

 倍率を変えてもう一度レンズを覗き込んでみた。たくさんの単細胞生物が集まっており、一つ一つが驚くべき速さで分裂と増殖を繰り返し、ついにはレンズでは収まり切らないほどにまで増殖し、

 バリン―――ッ

 とうとう収まり切らず、液体は外に漏れプレパラート自体を破壊した。ドラは直ちにこの結果をコンピューターへと記録し、分析結果を表示する。

「どうなったんだ?」

「これが結果か?」

 幸吉郎たちがパソコン画面を注視し結果を見るも、彼らが自力で理解するには難儀なものだった。唯一、結果を見て自分の頭で理解していたドラはただただ驚き言葉を失っている。

 未知の物体から検出された遺伝子情報と、地球の物体が持つDNAデータを参照して初めて分かった事がある。隕石に含まれていた液体から見つけた単細胞生物には塩基対が10個も存在していた。

「塩基対が10対?・・・・・・ありえない」

 

 

西暦5538年 午後2時30分

小樽市内 総合体育館

 

理沙(りさ)!いいぞ、そこだチャンスボール!頼むよみんなシャキッと!もっと元気を出していけ」

 白熱するバレーボールの試合。地元の女子バレーボールチームのコーチ兼監督を務めるハリー・ブロックは、熱狂する体育館の歓声にも負けず声を張り上げ、チームメイトに檄を飛ばす。

 チームメイトの一人がレシーブで失敗し、ミスを出す。瞬間、彼は頭を掻き毟り選手以上に悔しそうな顔を作り上げる。

禎夏(ティナ)!理沙がアタックに飛んだらお前がカバーに回るんだ。理沙、両手を使え!両手だ!」

「いたいた、ハリー!」

 現場から戻ってきたドラと幸吉郎は仕事そっちのけでバレーボールに熱狂しているハリーを見つけ、急いで彼の下へ近寄った。

「神様が手を二本授けてくれてるだろう!」

「ハリー大変だ!すごい報せがある」

 試合観戦を一旦中断させると、ドラと幸吉郎はハリーを離れた場所に呼びつけた。突然の呼び出しを受けて怪訝そうな顔を浮かべるハリーとは対照的に、二人は不敵な笑みを浮かべている。

 試合をちらちらと気にするハリーに、ドラはおもむろに語り出す。

「隕石のサンプルから見たことも無いような単細胞生物が大量に見つかったんだ。ものすごいスピードで分裂増殖している。それにその生物のDNAには塩基対が10対もある」

「塩基対が10対か、そりゃすごいな!ありがとう」

 と、まるで大したことも無いように話を終わらせハリーは再びバレーの試合に意識を戻そうとする。二人は嘆息を突くと、今一度自分たちの方へ注意を向けさせる。

「おいもっと驚けよ黒人バレーコーチ!!」

「ハリー。地球の生物の塩基対はアデニン・グアニン・シトシン・チミンの4対しかないんだぞ」

「しっかりやれってっーの!気合い入れろ!」

 これだけ言っても大した事ではないと高をくくり、ハリーはバレーボールばかりに意識を傾ける。

 科学者の癖に何て鈍くさい奴だ・・・そう思いながら、ドラはハリーの肩を掴み、自分の方へ目線を合わせ、力強い語気で言った。

「ハリー。あの生物は地球外から来たんだ・・・・・・エイリアンだよ」

 この瞬間、ハリーは事の重大性を理解する事ができた。目を見開き驚く彼に、ドラは何度も首肯する。あの隕石から採取された単細胞生物が地球外生命体である―――そう何度も彼に言い聞かせた。

 

 

時間軸2001年 6月3日

アリゾナ州 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”現地基地

 

 バレーの試合どころではなくなった。ハリーはドラたちと現地へとんぼ返りし、いち早く結果が知りたくてたまらなかった。

「ノーベル賞の賞金は分割払いか?それとも一括払いだっけか?」

「気が早すぎるぞ、こっちだ」

「“とらぬ狸”の心配は止すことじゃ」

「“とらぬ狸”じゃない。だって今から税金対策を考えといた方がいいと思うぞ俺」

 早くもノーベル賞獲得を夢見るハリーを周りが諌める中、初期テストを終えたプレパラートが乗った顕微鏡が、いよいよハリーの目の前に現れる。

 ドラは心臓の鼓動が早まるハリーを見ながら、「大発見だぞ」とつぶやく。

「ワクワクするな」

 気持ちを落ち着かせ、ハリーはおもむろに顕微鏡の中を覗き込んだ。既に周りはどのような結果であるかを知っているので、後はハリーの反応を待つだけ。

「うわぁ・・・」

 感嘆の声を漏らすと、ドラたちは内心ガッツポーズをした。だが直後に、ハリーはあまりにも意外な事を言って来た。

「なぁドラ。専門家としてひとつだけ尋ねたい。”単細胞生物”に細胞はいくつある?」

「はぁ?お前何言ってんだよ」

「単細胞の俺でも単細胞生物の細胞の数くらいわかるぜ。ていうか単細胞じゃねぇ!!」

 誰も求めていない自虐ネタを披露する駱太郎を余所に、ドラはやや不機嫌な顔でハリーの顔を覗き込む。

「これは歴史的大発見なんだからふざけないでもらいたい」

「じゃ見てみろ」

 ハリーに促されたので、仕方なく顕微鏡の中を覗き込んでみた。そしてその瞬間―――ドラはハリーの質問の意図を理解した。

 レンズを覗き込めば、先ほどまで犇めき合っていた文字通り細胞核を一つしか持たない単細胞生物が消失していた。代わりに複数の細胞で体が構成された別の生物がいた。ドラは呆気にとられた様子で顕微鏡から目を放し、

「これは多細胞生物だね」

 あっさりと結論付けた。ハリーはたちまち破顔一笑し、「言っただろ!」とつぶやいた。

「ウソだ!だってつい数時間前では・・・」

ドラに続いて幸吉郎たちも顕微鏡を覗きこみ、あまりに違いすぎる光景に目を疑った。

「あ、あれっ!?」

「どうなっているんでしょうか?」

「ホントにさっきまではいなかったんだよ」

「紛れ込んだんだよ」

「そんなハズあるわけない。こんな事が起きるなんて信じられない」

「何が?」

 椅子の上に腰かけたドラは、未知の生物の急激な成長について仮説を立てる。

「これはまるで・・・こいつら進化してる」

「成長している?」

「つまりより複雑な生命体に・・・・・・『進化(エボリューション)』だよ」

「ノーベル賞はもらったぞ!」

 アメリカン・ドリームを確信するハリーとは裏腹に、ドラの疑念は尽きなかった。

「だけど2億年分の進化が数時間で起こってる・・・」

「そりゃ速い!」

「――――――考えられない」

 

 

同時刻 グレン・キャニオン 消防士実技試験会場

 

「用意はいいか?」

 隕石の目撃者兼被害者のウェイン・グレイはただいま消防士試験の真っ最中。だがこのとき、ウェインは昨夜の事件の疲れが今になって出始め―――立ったまま眠りに落ちていた。恰幅のいい体格の署長の話が、まるで聞こえていない。

「位置につけ!!ゴー!!」

 ゴーサインがかかり、実技試験が開始された。三人の消防士志望の青年がホース片手に前方の梯子を目指す中、ウェインはただひとり事態に気付かず、眠り続けている。

「新人!起きろ、起きろっ―――!!」

「おうおおお!」

 署長の一喝は寝ているウェインを一発で目覚めさせた。現状に困惑する彼に署長は強面な顔で「行け!」と催促する。

「ボヤボヤしてるんじゃない!」

 ウェインは慌てて周りと同じように梯子に向かって走り出した。

「待てっ!」

「あっ!」

「ホースはここ!」

「ゴメン!」

「急げ急げこのノロマ!」

 肝心のホースを忘れてしまっていた。何度も署長に怒鳴られながらウェインはホースを担いで梯子を登り始める。

「ほらウェイン!急げ、急ぐんだ!」

 先輩消防士からの応援を近くで受けながらウェインは梯子を上っていく。だが、極度の焦りは余計な力を彼に与えてしまい、運悪く手元が狂ってホースの先端が彼の股間に命中した。

「おおおお・・・おおお///」

 一瞬にして意識をもっていかれると、ウェインは梯子の上から落下。試験は散々な結果に終わった。

 不合格となった事で落ち込んでいられるならどれだけ気持ちが楽だろう。ウェインは落ち込む以上に、睾丸を冷やしす事で頭がいっぱいだった。先輩消防士はそんな彼に励ましの言葉を贈る。

「こんな事もあるさ。また半年後に試験がある」

「半年後だって?そんなに待てないっすよ」

「じゃ、それまでカントリークラブのプール掃除してろ」

「そうしますよ」

 こんな失敗は二度もしたくない、そう思いながら睾丸に当てていた氷嚢(ひょうのう)を返却し、ウェインは隕石によってボロボロに傷ついた愛車に乗り込んだ。

「気を付けてな」

 親切に扉を閉めようとした先輩消防士だったが、扉も閉まらないくらいに車体は傷ついていた。何度外から閉めようとしても、扉が閉まらない事に躍起になろうした彼を見て、ウェインはほくそ笑み―――

「大丈夫。自分で閉めます」

 と言って、内側から扉を閉じおもむろにバックをして試験場を後にした。

 

 

時間軸2001年 6月4日

アリゾナ州 隕石落下現場

 

 翌日。現地では昨日と同じく地元の警察官が交代で番を取っていた。そんな折、ドラたちを乗せた赤いワンボックスカーと、その後ろからクレーン車が一台走ってくるのが見えた。

「お客さんが来たぞ」

 訝しげに二台の車を見ていると、ワゴン車からドラたちが降りて来た。

「いいかみんな。これから洞窟に入る訳だが簡単なルールをいくつか守ってもらいたい」

「「「「「はーい」」」」」

「幼稚園児でも理解できるルールだからよく聞く様に。ルールは、許可がない限り何ひとつ触らない事。息をしない事。保護手袋を絶対にはずさない事だ」

「すいませーん、野外実習の目的は何ですか?」

 学校行事に参加している生徒になったつもりで駱太郎がドラとハリーに質問をした。

「まず実地で経験を積むことだ。それが地質学の基本だからな」

「これ試験に出るか?」

「「もちろん」」

「マジかよ!ノート持って来れば良かったぜ」

「真に受けるなっつーの」

 赤点を獲った事をかなり気にしている様子だった。駱太郎はいつも以上に熱心に学ぼうとする姿勢が見受けられたが、恐らく今回の事が実力試験に出ることはまずない、幸吉郎たちは断言しても良かった。

「やぁ巡査。この前はどうも」

「今日はどういう用かな?」

「ああ、隕石を運び出す」

「運び出す?本気か?」

「その・・・合衆地質国調査部が隕石を管理することになった。研究のため」

 病的に言いわけが上手いハリーがそう言って話を丸め込もうとする。それを聞き、担当の警察官二名は顔を見合わせてからドラたちを見、

「ああ、研究のためか。そりゃ仕方ないな。よし分かった入ってくれ」

「すぐに終わると思うから」

「ああどうぞ」

 

 地元警察を上手く自分たちのペースに誘導し、入場許可を得たドラたちは地下洞窟の中へと入って行った。だが、そこは既に昨日までとは大きく環境が異なっていた。

 ライトで周囲を照らすと、キノコと思わしき黄色い笠を持った菌糸植物が地面から生え、白い煙がいたるところに充満している。

「ドラ。なんか妙に不気味な感じがするぞ」

「ああ様子が変わってる」

「不吉な予感しかしねぇよ、マジで!」

「みんな。キノコに似た物が生えてるが、頼むから食べてみようなんて気は起こさないでくれ。特にR君はバカなんだから気をつけて」

「人をなんだと思ってやがる!俺だってこんなの食いたいとは思わねぇよ!!」

 周りに言い聞かせながら、ドラはつるはし片手にゆっくりと隕石の方へと近づいて行く。だがそのうちに、幸吉郎たちは周りから漂う悪臭に鼻が曲がりそうになった。

「ううっ・・・何じゃこれは!?」

「ひっどい臭いがするぜ!」

「写ノ神。科学ってものはそういうものだ。クサい物を扱うの」

 と、ハリーは言うものの―――流石にこの悪臭には鼻を摘ままざるを得なかった。

 幸吉郎は専用の機械を取り出し、大気中に含まれる有毒成分を分析―――その結果から得られた事をドラに報告する。

「タマゴの腐った臭い・・・硫化水素でいいんですか?」

「ああ。おまけにアンモニアとメタンがここに発生し始めてる。それにこの原始的植物は驚いたな」

 と、関心を抱いていたのも束の間―――不意に茜が顔中から汗を噴きだし、青白い顔で声を発する。

「あのすみません。女はすぐにびくつくって言われたくないんですけど、足元にモゾモゾするものがあるみたいです・・・私の一番嫌いなものみたいな///」

 言われて白いガスの付近に耳を欹てると、ドラは遠くの音や人間では聞き取れない音波も感知できるその耳で何かが蠢く音を感じ取った。

「確かに何かが動いている」

 おもむろに腰を下ろし、足元の空気を手で払ってみた。直後、その下から現れたのはミミズによく似た原始的な虫の大群だった。

「虫がいる・・・」

「すごい大群だぞ!!」

「いやあああああああああああああああ!!!!!また虫ネタぁあああああああああああ!!!」

 足下でモゾモゾしていたものの正体が虫だと分かった瞬間、甲高い悲鳴とともに茜は発狂し、全速力で洞窟から疾走する。

「お、おい茜!!」

「まったく。しょうがない奴じゃ」

「たった18時間で虫にまで進化した!」

 恐るべき進化のスピードをその目で確かめることが出来た。ますます不可解な隕石とともに飛来した地球外生物への興味が湧いた。

「さぁこっちへおいで」

 慎重にハリーはピンセットで足元の虫を摘まもうとする。

「いじめないから、大丈夫だよ」

 言いながらピンセットで掴んだ虫に言い聞かせるも、モゾモゾと動いていた虫は唐突に活動を停止し―――絶命した。

「いじめないどころか殺した」

「酸素で死んだんだ。足元は大気の状態が違う」

「なんで酸素で死ぬんだよ?」

 幸吉郎が率直な疑問を抱くと、ドラがその問いに答えた。

「原始の地球では酸素は有害な毒だったんだ。古生代に入って生物は爆発的に増えると共に劇的な進化を遂げた。そう、海の中から陸に上がった生き物がいたんだよ!イクチオステガって言うんだけど。そうやって生物は徐々に酸素に適用できる体に作り変えていったんだ」

「イクチオステガ・・・イクチオステガ・・・よし、次のテストはバッチリだ!!」

「だから出ねぇっつってんだろ」

 ドラのちょっとした薀蓄でさえも、駱太郎は過剰に警戒し―――キーワードを聞くたびに口で唱えて覚えようとしていた。

「足元の空気をビンに詰めて虫と一緒に基地に持ち帰ろう」

「ああ分かった」

 

 

午後2時39分

アリゾナ州 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”現地基地

 

 現地から持ち帰った虫は酸素に触れると死んでしまうため、窒素を多く空気を含んだビンの中で生き永らえさせている。ドラたちは外側からウネウネと動く虫たちを観察し、感慨に耽った。

「地球生物が20億年かけた進化を2日で遂げた」

「ああ。これぞアメリカン・ドリームの見本だ」

「まったく。どうして前回に引き続き虫ネタを引っ張ってくるんですかね!」

「生物は虫から進化したんだよ茜ちゃん。虫が一番原始に近い生き物だからね」

 法聖院での出来事もさることながら、茜は虫に関する理不尽を好むと好まざるとに関わらず経験していた。普通あれだけの事を経験していれば少しは体勢が付いてもおかしくはないのだが、どうしても虫を克服することが出来なかった。

 と、そのとき。何の気なく茜がビンの中を一瞥すると―――中の虫たちの様子がおかしい事に気づき、

「あの・・・ドラさん。そのウネウネしたの物の様子が変ですけど」

「おい見ろよ!」

 写ノ神も様子が変わっている事に気づき大声を出した。ドラたちがビンの中を覗き込むと、回収した三匹の虫たちの体が二つに裂け、分かれようとしていた。

「体が真っ二つに千切れてるぜ!」

「いいや千切れてるんじゃない、分裂してるんだ。有糸分裂によって繁殖してる」

「セックスは?」

 駱太郎が疑問に思った事を口走る。聞いた瞬間、周りが呆けた顔となり―――嘆息を突くまでも無くハリーが無表情に、

「してる暇はないの」

 そう教えてやった。

「かわいそうですね!」

 虫嫌いな茜でも、その件に関してだけはしっかりと自分の気持ちを口にした。

 

「なぁ・・・また分裂してる!」

「拙僧にも見せてくれ」

 それから数時間が経過した。虫は驚くべき速さで分裂増殖を繰り返し、当初3匹だったものが二時間で15匹にまで増えた。ドラはこれを上に報告する事が些か馬鹿らしく思えて来た。そこで彼は報告しないで自分たちの手柄にしようと考えた。

「いいかみんな、これは誰にも言うな。オイラたちだけの秘密だ」

「大長官さんには報告しないんですか?」

「ああそうだよ」

「政府にもか?こういう場合は政府に報せるだろう?」

「政府はダメだ、絶対的に信用できない。オイラたちが発見したものを他人に渡したくないだろ。もっと調べてその結果を分析し、すべてを記録する」

「そしてノーベル賞の賞金はいただきだぜ!!」

 元来研究などに興味はなかったが、これが歴史的な大発見ともなれば話は別。ドラたちは地球外から飛来した未知の生命体の謎を解き明かし、その結果として栄誉を手に入れるために秘かに行動を開始した。

 

 

同時刻 アリゾナ州 カントリークラブ・プルーサイド

 

 消防士試験に落ちて、時間を持て余していたウェインはカントリークラブでアルバイトに明け暮れていた。プルーサイドを歩き回り、利用客が使ったタオルを回収していると、

「おいウェイン」

 野太い声で呼び止められた。ウェインが声のする方へ振り返ると、初老の男が歩み寄ってきた。彼の名はバリー、このクラブの常連でありウェインが最も嫌いな男だった。

「こりゃ何だ?」

 バリーは不機嫌そうに自分のイスに乗っていたタオルを手に取り、ウェインに問い質す。

「コットン100パーセントのタオルです。たぶんクレストの・・・いいタオルだと思います」

「このタオルは湿っている。なんでこれが私のイスに乗っている?」

 事あるごとにバリーはネチネチとした文句をウェインにぶつけていた。彼は内心またかよこのクソオヤジ・・・と思いながら、取り繕った営業スマイルを見せる。

「わかりました。僕が片付けておきます」

「是非そうしてくれ。このプールの管理人である君がそれを片付けるのは当たり前だ」

 実に横柄な態度であった。こうした態度を取られる度にウェインの中のストレスは溜まり、八つ当たりをしたいという気持ちが強まっていくが―――彼はそれほど莫迦ではなかった。わざわざ相手を殴りつけてバイトをクビにされるような事は絶対にしない。

「“プールの管理人である君が片付けるのは当たり前だ”・・・・・・ふざけやがって!」

 とはいえ、人の見ていないところに来るとつい本音が漏れてしまうのは至極当然。苛々を募らせながら回収したタオルケースを運んでいると、管理室の扉から何かが漏れ出ているのに気付いた。

 目を凝らして見ると、ミミズのような虫がドアの隙間から飛び出して、何匹も干からびて死んでいた。

「何だこりゃ?」

 恐る恐る扉を開けて中を確かめてみた。そして彼は思わずぞっとした―――皹の入ったコンクリートの隙間から、あのミミズのような虫が大量に飛び出していたのだ。

「お前らどっから出てきた?」

 気味が悪いと思った。ウェインは辺りを見渡すと、おあつらえ向きの洗濯石鹸を発見した。虫を直接踏まない様に気をつけて洗剤を手に取り、キャップを外しながら口角をつり上げる。

「みな殺しだ」

 そう思った直後。直ぐ近くにあった浄水器のビンの中に何かが居ることに気付いた。目を凝らして水の中を覗きこんでみた次の瞬間―――亀のような姿を模った厳つい顔の生物が牙を見せて威嚇した。

「うおおお!なんだ!?」

 ウェインは思わず後ずさりした。そして内心思った。ひょっとすると、俺たちの同族を殺したらただじゃすまないという警告だったのではないか、と。

「わかったよ・・・」

 結局ウェインは怖くなって、虫を殺すを止め―――洗剤だけを持って管理室を後にした。後に、この時とった選択が予想だにしなかった事を引き起こすことになる。

 

 

時間軸2001年 6月5日

アメリカ合衆国 アリゾナ州

 

 10の塩基対を持つ地球外生命体(エイリアン)との接触から三日。ドラたちは今日も隕石の落下現場へと向かうため、ワンボックスカーで移動する。

「今朝サンプルをチェックしたら、亜種が3種類見つかったぞ」

「はは、ものすごいスピードで進化してるな」

「さて次に何が見つかるんですかね?」

 上司から嫌々受けた依頼だったが、今のドラたちは興奮と期待で胸がいっぱいだった。この調査が上手くいけば、自分たちは忽ち世界から注目される有名人になるに違いない―――そう思っていた矢先、警鐘を鳴らす存在が現れた。

「「「「「「「おおお!」」」」」」」

 上空から発生した鈍い騒音と衝撃波。車体が大きく揺れると、安全のために車は一旦停止。フロントガラスの外を見てみると―――荒野の上空を軍艦ほどの大きさを持つ堅牢な装甲を兼ね揃えた乗り物が宙を舞っていた。

「何だ今のは?」

「ありゃ・・・アメリカの時空移動船じゃねぇか!」

「え!?それってどういうことだよ?」

「まさか・・・」

 どうして56世紀の米軍が突如この時代に現れたのか、ドラは逡巡すると額から冷や汗をかく。

 一抹の不安を抱く中、急いで彼らは時空移動船の後を追って行った。そして隕石の落下現場に到着すると、案の定彼らの不安は的中した。既に現場には軍隊が押し寄せ時空移動船を始め仮設テントなどが張られ、銃器を持った軍人たちによって蟻一匹通さない厳戒態勢がしかれていた。

「くそ!」

 思わず幸吉郎は悔しい気持ちが込み上げ、険しい表情を作り出す。

「聞いておらんぞ。軍隊がTBTの仕事に首を突っ込んでくるなどという冗談など」

 何の前触れも無く軍隊が干渉してきた事に焦り、業を煮やすドラたちは一先ず車を前進させた。

 程なくして、検問所へと差し掛かると車を止められ―――ゲートの前に立っていた軍人が運転席のハリーに用件を尋ねる。

「何の用だ?」

「ハリー・ブロックとサムライ。ドラ。その他愉快な仲間たち。合衆国地質調査部」

「オイラたちは重要な調査をここでしているんだ」

 話を聞き、軍人は手元の書類に目を通してから罰が悪そうな顔で、

「ああ、悪いがリストに載っていない」

「何がリストだよ?俺たちいつも来てるんだぞ」

「ここはナイトクラブじゃない。お引き取り願おう」

「こっちだって権利があるんだ!いいか、法で定め・・・」

「ハリー!頼む、あんたの上官と話をさせてもらいたい」

 科学者でありながらつい感情的になりがちなハリー。ドラは軍人の言葉に腹を立て声を荒らげる彼を宥めると、理性的に話し合い交渉を求めた。

「合衆国地質調査のブロックとドラとかいう人が来ていると司令部に伝えろ」

 物腰柔らかく尋ねたドラの言葉を聞き入れた軍人は、車から離れ確認を取り始める。その様子を見ながらハリーは聞こえない声で、

「トンチキ。ドアホ」

 ハリーは白人を完全に敵視した。ドラたちはそんな彼を凝視。不思議に思ったハリーは怪訝そうに「何?」と尋ねる。

「白人相手に怒鳴っちゃダメだって」

「あんなケツの穴野郎!」

「白人ってのは感受性が強いからな」

 と、周りが諌めていた砌―――先ほどとは異なる初老の軍人が現れ、助手席のドラに尋ねる。

「失礼。あんたサムライ・ドラさん?」

「そうだよ」

「あの武志誠(たけしまこと)博士が作った?」

「ああ・・・まぁね」

(武志誠?誰だそれ・・・・・・)

 二人の会話を聞いていた幸吉郎は、軍人が口にした聞き覚えの無い言葉に疑問を抱く。

「アンタに会える日を楽しみにしてたよ、ぶっ殺してやる!!」

 刹那、男はほくそ笑んだかと思えば鬼のような形相となり装備品から拳銃を取り出そうとする。

「きゃあ!!」

「何しやがる!止せ!」

「お、おい!!」

「覚悟しやがれ!」

「誰かこいつを止めろ!」

 周りの軍人が騒ぎに気付き、ドラたちからの呼びかけを受けるや拳銃を手に取り暴れ出そうとする仲間の身柄を取り押さえる。

「銃を取り上げろ!」

「離してくれ!あいつをぶっ殺すんだ!」

「抑えておけ!ゲートを開けろ」

「お前んところの博士のせいで俺の嫁がどんな目に遭ったと思う!・・・放せ!!放してくれ!!」

 ドラもそれ以外の者もまるで事情が掴めなかった。駱太郎は眉間に皺を寄せるドラを見ながら「これはどういうこと?」と、率直な疑問を突き付ける。

「オイラにもわからないよ」

「つーか、武志誠って誰なんだ?」

「誰でもないよ」

 写ノ神の問いかけにも応じず、ドラは何事も無いかのように振る舞ったが幸吉郎は気付いていた。恐らく、武志誠という人物がドラとは切っても切れない非常に強い関係の持ち主なのではないかと―――百戦錬磨の剣客が持つ洞察力と直感が彼に強く言い聞かせる。

「よし、司令部テントまで真っ直ぐ進め。向こうで話をしてくれ」

 通行許可が下り、ゲートが開かれるとドラたちを乗せたステーションワゴンは司令部テントを目指し前進。その間にも先ほどの男はドラへの怒りを抑えきれない様子で声を荒らげ、仲間の手の中で暴れ続けた。

 

 司令部テントを目指して車を走らせる。見渡す限り軍人が屯し、隕石が発見された地下洞窟へと続く入口には巨大な鉄のカバーが覆われ、防護服を纏った者が消毒作業に追われている。

 どこか異様な空間に迷い込んでしまったドラたちは司令部テントを見つけると、車を止めた。降車した直後、テントからメガネをかけた細身の軍人が走って来た。

「みなさんこちらに。ウッドマン将軍がお待ちです」

 テントに向かって歩き出したドラの目の前に飛び込む壮年の男性。彼こそがこの場の責任者であるラッセル・ウッドマン将軍だ。

「ははは、ようこそ」

 緊張の面持ちのドラたちを柔らかい笑みを浮かべて歓迎すると、ウッドマンはドラの事を厚く抱擁した。このとき、ドラは露骨なまでに不快な気持ちとなり顔を顰めた。

「世界的有名なネコ型ロボットをこの手で抱きしめられるとは驚きだ」

「こっちもいい年した知らないおっさんに抱きしめられるなんてビックリだ」

「聞いた通りに口が悪いな。で、こちらの方々は?」

「TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”のメンバーと、生物科学捜査班のハリー・ブロック」

「アメリカ陸軍研究所所長のラッセル・ウッドマン将軍だ」

「どうも」

「よろしく」

 ウッドマンは一人一人に握手をした。が、幸吉郎たちはあまり気持ちが良くないのか体を装う作り笑いさえ浮かべない。

「知り合いなのか?」

 ハリーが核心的な事を問い質した。ウッドマンはドラの事を一瞥すると、おもむろに語り出す。

「彼とは直接会った事はないのだが、彼の開発者である博士とはちょくちょく親交があった」

「博士、ですか?」

 茜は疑問符を浮かべ、首をかしげる。

「ドラ。つまりお前の育ての親だっつう博士はアメリカの国防省に居たわけか?」

「違うって。うちの穀潰し博士、当時は引手数多だったんだよ。色んな研究機関にね」

 事情が詳しく掴めず困惑する幸吉郎たちを気にしながら、ドラは真顔でウッドマン将軍を見つめる。

「それでウッドマン将軍。どうやってここの事を知った?」

「武志博士が日本に帰国してから一度たりとも我々との連絡は無かったが・・・彼の動きはずっと追っていたんだ。無論、君の動きも」

「電話の盗聴?」

「いやぁ、KGBとは違う」

「君のコンピューターを監視させてもらってた」

 補佐役のフレミング大佐がウッドマン将軍の言葉に補足した。

「ドラのコンピューターを?」

「てめぇら、よくもそんな卑劣な真似ができるものだな!」

「待ってくれ将軍。写真に写ってた女の子は、みんな成人!未成年のヌードは見ていない」

「ああ分かってる」

「コラコラコラ!!オイラはポルノもアダルトも何ひとつ持ってないわ!!!何言ってんだよコノヤロウ!つーか、そっちも何がああ分かってる・・・だーよ!!」

 ハリーが安易に口にした誤解を招く表現はドラの心をかき乱す。しかも悪い冗談なのか、フレミング大佐もハリーの言葉に合わせて来るから、余計に性質が悪かった。

「君も存外迂闊だったな。こんな大事件を隠そうとしたって、軍の目を欺くことはできない」

「センターもね!」

 ウッドマンの言葉に呼応する声が聞こえた。おもむろに振り返ると、澄んだブロンド色の髪をなびかせる知性漂う女性がテントの方に歩いてきた。

「ああちょうど良かった。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の諸君、彼女はアリソン・リード。疾病管理センターの調査担当官―――」

「あああ!」

 握手を求めた直後にアリソンは毛躓いた。ドラたちは何もないところで躓いた彼女に唖然とした。

「ごめんなさい、足元見えなくて」

 転んだ拍子に彼女のスカートが捲れあがった。その際、男たちはスカートの中に隠れてあったものを確かに見た。

「かわいい下着」

「ガーターベルト?昼間の仕事に」

「大丈夫ですから、ありがとう。ご心配なく」

 本人は大丈夫だといって強がってはいるが、ドラの見る限りアリソンの鈍くささは抜きんでていた。直後、立ち上がったアリソンはドラの顔を凝視し、

「サムライ・ドラさん」

「そうですけど?」

「無謀な方とは聞いてます。でも今回はヤリ過ぎです。これがどれだけ危険な状況か分かっているんですか?」

「仕事で来たんだよ。文句言われる筋合いないぞ!」

「そうだ、彼を責めるのは間違ってるぞアリソン。まだ被害は出ていない。むしろ鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のみなさんと”ブラック”さんの発見には大いに感謝の意を表したいと思う」

「”ブロック”」

 黒人であるハリーをあからさまに蔑視する表現だった。ハリーは苦々しい顔で訂正を求めた所、ウッドマン将軍は「ああ失礼・・・」と取り繕いの反省を示した。

「まぁお陰で・・・地球外生物が確認された」

「5600年以上と続く人類の歴史上、最大の科学的発見だ」

「そうね!本当に」

 嬉々とした声でアリソンが言うと、ウッドマンも確かになと、素直にドラたちの功績を認めた。だが、軍部のやり口などドラには手に取る様に分かっていた。ウッドマンの次の一言に多くの者が耳を疑った。

「君たちには今後の調査結果を報せると約束しよう」

「おい卑怯だぞてめぇら!」

「結果を報せるだって?調査は俺たちがやるよ!」

「ここの調査はあたしたちが取り仕切るの」

「そういう決まりなんだ。分かってくれ、綿密な計画が必要だ」

「綿密な計画もクソもない!そもそも、この一件はTBTの管轄だ。時間法第20条に明記されている条文を読んだ事が無いのか?“歴史的にTBTが対処すべき事案と見なされたあらゆる事象は、いかなる組織の干渉も受けない”―――!!」

 ドラは合理精神の塊である白人と話し合うため時間法というアイテムを使用した。最も効果的と思える文章を強い語気で読み上げた直後、アリソンはその言い分に冷静に反撃した。

「その条文にはこうもあるはずよ。“但し、発生した時間的事象がその国の歴史に著しく抵触する恐れがある場合、例外的にその事象が確認された国家が超法規的措置として時間的事象に直接干渉する事が許される。また、それによるTBT以外の物理的強制力を発動することが容認される”。つまりあなたが何を言ってもここの調査活動はすべてアメリカ政府の管理下に置かれるのよ」

「は!詭弁もいいところだな」

「このエリアは我々軍が監視し、洞窟の入口も閉鎖して研究施設も目下建設中だ」

「つまり、時空調整者団体の窓際部署の出る幕はないというわけだ。分かるな?」

 フレミングとウッドマンのダブルパンチ。聞けば聞くほどにドラたちの怒りは募り上がっていった。

「なんだか儂たちを見下したような言い方だな?」

「あたしたちは未来政府の方針に従っているだけで・・・」

「バカ言ってんじゃないよ!オイラたちには優先的に調査する権利があるはずだ」

 これを聞き、ウッドマンは眉間に皺を寄せながらゆっくりとドラの方へと近づいて、「権利があるだ?」と訝しげにつぶやいた。

「お前をこの世に生み出した博士がこれまでに何をしたのか知らぬとは言わせないぞ」

「・・・どういう意味だよ」

「知らぬのか。かわいそうに。ならば私が教えてやろう・・・・・・貴様の博士はな、罪もない大勢の人命を奪ったこの世の恥さらしだ」

 ウッドマンのその一言は、ドラの中に存在する箍を外してしまった。怒りに火が点いた魔猫は瞳を血の色に染め上げると、ウッドマンの顔面を躊躇なく殴りつけた。

「「「兄貴(ドラ)(ドラさん)!」」」

「おいドラ!!」

「将軍!」

 理性的とは決して言えない気の狂ったドラの行動に幸吉郎たちは驚き、軍部も慌ててドラを取り押さえようとするが、殴られたウッドマンは実に合理的な判断の下の寛容な精神を見せつけた。

「大丈夫気にしちゃいないよ。恐らく手が滑ったんだろう・・・いいじゃないか、寛大な心で許してやろう」

「てめぇ・・・・・・」

「中尉。出口まで送ってやれ」

 ウッドマンの手のひらで踊らされている気がしてならなかった。全くもって面白くない結果にドラは「ふざけやがって」とつぶやき、踵を返し車へ戻る。

「覚えてろよ」

「この喧嘩買ったぞ!」

 全員もドラと同じ気持ちであり、心底自分たちを見下してきたウッドマンら軍隊に立腹する。見送りのために最初に声を掛けてくれた眼鏡をかけたひ弱そうな男・クライヤー尉官が車に付いて行くと、

「ついて来ないでください!」

と、茜からきっぱりと拒否の言葉を向けられた。

「俺たちは引き下がらないぞ!」

そう言うと、ハリーはズボンとパンツを半分だけ下げ、白人が大半を占める軍部に対して挑発的な態度を取った。

「ウッドマン将軍に”モモ”を差し上げます!お召し上がりください将軍!」

 子どもっぽい行動ではあるが、黒人に馬鹿にされたことに対する白人の動揺は大きかった。ドラたちは思い思いの挑発をしてから車を発進させ、現場を後にした。

「嬉しいね」

 ウッドマンはアリソンとともに、寛大な心で彼らの挑発的行動を見逃し、次に彼らが行動を起こす瞬間を楽しみに待つ。

 

 

 

 

 

 




次回予告

ド「調査が順調に進むかと思った矢先これだもん。ウッドマンの奴、随分と舐めた事をしてくれるよ!」
駱「おまけにだぜ、俺たちの研究データも根こそぎ奪って行きやがるんだからな!軍隊がそんなに偉いのかよ!?」
ハリー「俺たちの輝かしいアメリカン・ドリームを奪われてたまるか!!こうなったら強硬手段を取らせてもらう」
龍「次回、『驚異の進化エイリアン』。人間の予想に反して急激な進化を遂げる謎のエイリアンの牙がいよいよ街中に・・・・・・!!」

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