サムライ・ドラ   作:重要大事

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龍「今日から始まる、新たな物語。今回は珍しく拙僧が活躍しそうな予感!!ところで最近は色んなものがインターネットのサイトで買えるようになった。それはそれで大変いい事であるような気がするが、ますます人との接触が希薄化しそうでならない・・・」
「それはそうと、拙僧は趣味で陶芸品を集めていたりする。たまたま見つけたそれが途轍もなく精巧で、もしかすると相当に価値あるものではないかと思われた。で、お宝の真偽を確かめる為にあの有名な番組に出演したぞ!!さぁ、その番組とは・・・・・・!?」


失われた技術を求めて

西暦5538年 9月14日

東京 某テレビ局・第一スタジオ

 

『開運なんでも鑑定団!!』

 

 番組のタイトルコールとともに湧き上がる観客席からの拍手。薄暗かったセットに照明が照らされ、司会者の男性と女性がカメラに向かって一礼、その後満面の笑みを浮かべ口を開く。

「さぁ、今夜も始まりました。果たして今宵はどんなお宝にお目にかかれるのでしょうか?」

 様々な人が持っている「お宝」を、主に古美術品やアンティークショップの経営者で構成された専門家が鑑定し、値段付けを行うこの番組。意外なものが高価な鑑定結果を得たり、高価だと思われていたものが偽物などで安価になってしまうという意外性や、鑑定物に対する蘊蓄が堪能できることから、壮年期を境に人気を博している。

 著名人から順に鑑定が行われ、収録が進み番組が終盤に差し掛かった頃合い-――本日最後の依頼人が現れる。

「それでは、本日最後の依頼人の登場です!」

 ドラムを鳴らした際の効果音が鳴り響くと、スタジオの照明が落とされる。やがてスタジオへと通じる扉が開かれ、白い煙の向こうから依頼人となる人物が姿を現す。

 拍手と喝采に包まれ、黄土色のスーツにループタイという出で立ちでの老人、龍樹常法がおもむろに歩いてきた。

「北海道からお越しの、龍樹常法さんです!」

「どうぞ、こちらへ!」

「いやぁ。どうも」

 慣れない格好と、日頃からかかさず視聴している番組に出演できたことへの喜びからか、龍樹は些か緊張した様子で固い動きをする。それでも嬉しさを滲みだした表情を浮かべ、頭を掻きながら司会者の隣へ立つ。

 一方で、龍樹のテレビ出演の引率として付いて来たドラたち鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーが観客席の最前列で横一列に座り傍観している。

「いやぁお元気だ、動きがシャープです!VTR見てびっくりしましたよ。TBTの特殊部隊で働いていると!」

「まぁ特殊部隊というより、拙僧にとっては家族に近いがな」

「部隊の雰囲気ってどんな感じですか?」

「まぁ一言で言うと・・・けたたましいのう!」

 龍樹が限りなく真実に近い冗談を口にすると、スタジオは笑いの渦に包まれる。その瞬間、ドラたちは途端に恥ずかと僅かながらの苛立ちを覚えてしまい、たまらず駱太郎が観客席から身を乗り出し、

「おい待てジジイ!!俺りゃそんなに騒がしくした覚えねぇぞ!!」

「ちょ、止めてくれよ単細胞!!」

「みっともないですから!」

 あからさまに怒りを爆発させてしまい、積極的に笑いの的となる。写ノ神と茜は恥や外聞とは無関係な彼の短慮な行動を自分の事のように羞恥に思い、抗議の声を荒らげる駱太郎を何とかして元の席へと座らせる。

「どぅははははは!!あれがそうじゃ!」

 龍樹が遠慮なく甲高い笑いを上げ、出演者と観客はそれに便乗するように大爆笑。周りから笑いの的にされたドラたちは原因を作った駱太郎に冷たい視線を送ると、ようやく自重したように駱太郎は気持ちを委縮し静まり返る。

 そんな折、司会者の男が「しかし私は個人的に不思議に思うことがあるんですよね」とつぶやいた。怪訝そうな顔を浮かべる龍樹を見つつ、司会者は観客席のドラを何故か一瞥、やがて小声を発し、

「ここだけの話ですけど、ドラさんと時間犯罪者。実際どっちが凶悪ですかね?」

「あの司会者!!おいてめぇな、口を慎め!!」

 ドラや自分への悪口を言われた事に関してはやたらと地獄耳な幸吉郎が怒り心頭に身を乗り出そうとしたところ、ドラは大人の対応を取り、幸吉郎の服を引っ張り思いとどまらせた。

 さて、司会者からの何気ない質問を受けた龍樹の答えはというと・・・

「ああ、そうじゃな・・・。時間犯罪者の中には現実の遣る瀬無い出来事に心が折れ、社会の歪んだありようを変えたいと思う者もいれば、単なる金儲けのために罪を犯す者もおる。ドラは犯罪者という肩書はおろか、性別の枠を超えて気に入らないものを殴るという習性を孕んでおるゆえな。しかも現行の法律には明確なロボット工学三原則が存在しない。だからあれを逮捕したところで正当に裁く事は出来ない。それを熟知した上でえげつない事をする・・・・・・実に海千山千。魔猫ほど狡猾でしたたかな奴はおらんな。どぅははははははは!!!」

 まるで普段の憂さを晴らすかのように方言高論。おまけに狂気じみた笑みさえ浮かべるほど、龍樹は公共の電波を通してドラを誹り倒した。この間、共演者や観客席からは笑いが消えた。龍樹以外、この状況で笑える者などいなかったのだ。

 と、そのときだ。笑い続ける龍樹の腹部辺りに唐突、鋭い痛みが走った。

「痛っ」

 前触れも無く襲った腹の痛み。険しい顔で腹部を押える龍樹は何故か嫌な予感がし、観覧席を覗いてみたところ―――周りの人間が凍りつく異常な殺気を孕んだ形相を浮かべるドラが、龍樹を模した人形を手元に置いて五寸釘を突き立てている。

 科学技術の結晶であるドラが呪いという非科学的な行為をすること事態、滑稽な事だった。しかし現に効果が見受けられたという事実、あるいは龍樹の思い過ごしかもしれないが、冷や汗をかく要因としては十分すぎた。生唾を飲んだ後、取り繕った様に咳払いをした龍樹は慌てて司会者に話を振る。

「さ、さてと!!拙僧の話はこれくらいにして本題に進めて欲しいのじゃが・・・」

「あ、はい。さぁでは、お宝拝見いたします!」

 この番組の主旨は飽く迄依頼人のお宝の価値を鑑定する事。というわけで、スタジオに龍樹が持ちこんだお宝が紫色の布が覆いかぶさった状態で姿を現す。

 龍樹がおもむろに布を外すと―――現れたお宝に観客はおおという感嘆の声を上げ、注視。鑑定団も目の色を変えた。

 スタジオに持ちこまれたのは、床の間などに飾られる大きさの壺で、繊細なフォルムを持つその陶器の色は、透明感のある青緑色だった。

「龍樹さん。これどういう焼き物なんですか?」

北宋(ほくそう)の青磁じゃ」

「え!!」

 誰もが耳を疑う単語だった。観客席から次々と驚嘆の声が上がり、スタジオ内がざわついた。

 

青磁(せいじ)

 

 青磁釉を施した磁器または炻器のこと。

 紀元前14世紀頃の中国(殷)が起源とされ、 製造技術は朝鮮半島(高麗)や日本にも伝播して東洋陶磁史の根幹をなした。

 特徴的な青緑色は、釉薬(うわぐすり)や粘土に含まれる酸化第二鉄が、高温の還元焼成によって酸化第一鉄に変化する事で発色する。色艶は全く異なるが、酸化クロムの還元で発色させるタイプのものも青磁と呼ばれている。

 

 歴史的に価値が高く、現代では滅多に世に出ないとされる北宋の青磁を何故龍樹が所持しているのか―――どのようにして青磁を入手したのか、その詳細な経緯を話した。

「つい先日の事だったんだが、インターネットのオークションサイトを何となく見ていた折、これが出品リストの中にたまたま在ってのう・・・・・・一目ぼれをしてしまったんじゃ。価格は200万円で買うか買わないか葛藤をしたのじゃが、心の中から声が聞こえた。『これは今買わずしていつ買うんだと』と。で、清水の舞台から飛び降りたつもりで買ってしまったのじゃが・・・」

「いや~、でも凄く色鮮やかですよね~!」

 極めて透明度が高くそれでいて繊細な青緑色の輝きを放つ青磁を手で直接触れない様に細心の注意を払いながら司会者がべた褒めをすると、龍樹は誇らしげに「そうじゃろうそうじゃろう!」と言い、鼻から荒い息を漏らす。

「実際現物を見てみるとこれが贋物(がんぶつ)だとはとても思えぬ。その証拠にこの澄んだ色は贋物では表現できぬと思うのだが・・・」

「しかし、もしもこれが北宋の青磁、本物なら凄いですよ・・・!何せ世界的に貴重な陶器ですからね!!」

 青磁が登場した直後から、周りからは様々な声が上がる。

「あれ本物かな!?」「そんなわけないじゃない、偽物に決まってるわ・・・」「だけどあんな綺麗な色は見たこと無いぞ!」「あんたの鑑定眼はアテにならないわよ」

 本物か偽物かと真っ向から意見が分かれる中、ドラたちの評価は明らかに後者―――すなわち偽物だという高をくくり、あまつさえそれを公共の電波を通して世間一般にさらした龍樹を哀れに思う。

「あ~あ・・・とうとう出しちまった。恥かくのは俺たちなのによ」

「おい誰だよ。お宝鑑定団に依頼しようっていったバカは・・・」

「駱太郎さんですよ」

「違う!!おめぇだよアバズレ!!」

「でも、万が一本物だって事も考えられねぇ?」

 写ノ神が淡い期待を込めて言うが、ドラはきっぱりと「そんなことあり得ないね」と、断言する。

「ロストテクノロジーのひとつがたかだがインターネットのオークションで200万ぽっちで手に入るなんて奇跡、早々に起こるはずはないんだ。奇跡を舐めんな!」

「しかし兄貴、こうも言いませんか・・・“奇跡は起こしてこそ初めて価値が出るものだ”と。俺は龍樹さんの目が必ずしも節穴だとは思いませんがね」

 周りからの評価が著しく低い一方で、依頼人である龍樹は本物だと強く信じ大笑いを浮かべている。

「ていうか、そもそもどうしてこうなったんだっけ・・・・・・」

 事の発端は、今日の収録から一週間前にさかのぼる・・・―――。

 

 

9月7日 午前9時過ぎ

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 星の智慧派教団事件を乗り越え、日本へと帰国したドラたちが消化した有給分の仕事をこなしていたときだった。龍樹が仕事場にネットオークションで落札したというあの青磁を持って来て、自慢を始めたのだ。

「どうじゃ駱太郎、中国の北宋の物だ。いや~良い買い物をしたよ!」

「へぇ~これがな」

 安易に駱太郎が壺に直接手を触れようとした瞬間、龍樹は目をカッと見開き、錫杖の先で彼の手の甲をグサっと突いた。

「いってええ~~~!!!」

「みだりに汚い手で触るな、バカモノ!!!」

「何だよケチくせねぇな!!大体、これってただの壺じゃねぇか?!」

「ただの壺?・・・”ただの壺”!?・・・・・・あ~なんと悲しい!!これだから教養のない者は・・・・・・これはな、幻と言われる汝窯(じょよう)の青磁じゃぞ!!」

「女装?」

「違う”汝窯”っ!!!青磁の最高級品じゃ。澄み切った青空のような色彩で知られ、現存数は非常に少ない。復元への試みがなされている失われた技術・・・ロストテクノロジーと言ったか・・・そのうちのひとつだ」

 何らかの理由により現代では失われてしまった科学技術で、主に、過去に開発されながら後世に伝えられず絶えた技術体系がある。

 後継者が途絶え、技術が失われる。環境の変化により、技術が育まれる基盤が消失する。別のテクノロジーの発展により、衰退する。そうした要因によって失われた技術―――それがロストテクノロジーと呼ばれる。

「そんな世界的に価値ある代物が、パソコンひとつでたったの200万ぽっちで買えるなんて・・・・・・長生きはするものじゃな!」

 龍樹は、失われた技術のひとつである北宋の青磁を偶然にも入手できた事に至上の喜びを見出していた。壺を丹念に磨きながら、満面の笑みを反映させる。

「・・・ふん、どうせ贋物だろうが」

 強い否定をする駱太郎だが、龍樹は鋭い眼光で青磁を覗き込み、いいやと反論。

「この質感・・・色合い・・・焼き上がりの具合といい、拙僧が見たところこれは間違いなく本物!!断言する!!」

胡乱(うろん)な話だ。素人同然の爺さんが言っても説得力に欠けるんだよ」

伝法阿闍梨(でんぽうあじゃり)である拙僧の眼力を疑うと申すのか?」

「少なくとも陶芸品を見る目はねぇと思ってるよ俺は」

 真っ向から対立し、一触即発も危うい駱太郎と龍樹。そんな二人を見かね、溜息を突いてから茜が提案する。

「もうそれでしたら専門家の方にきちんと鑑定してもらってはいかがですか。ほら、テレビでやってるなんでも鑑定団に依頼して♪」

「おお、それいいじゃん!ドラのコネでさ、出して貰いましょうよ龍樹さん」

 茜の提案に写ノ神も賛同し、龍樹に念を押す。

「なるほど、名案じゃな。駱太郎、拙僧の鑑定眼が本物かどうかも含め、実際に鑑定団で評価してもらうではないか!」

「おーし、分かった。そこまで言うなら真贋を見極めようぞ!」

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

「とか何とか言って、ここに居るんだよねオイラたち」

「あ~あ、爺さんの我儘に付き合わされてこんな所まで来ちまったけど・・・もしもホンモンだったらやべぇな」

「何か約束でもしてるのか?」

 一緒に来ていた昇流が尋ねると、駱太郎は周りを憚らず尻を前に突き出す。

「万が一にも壺が本物だったら、警策(きょうさく)で尻を千回叩かれる!!あれ地味に痛いんだよな・・・・・・」

 安易だが、駱太郎は警策で自分の尻を叩く龍樹を想像する。想像上とは言え、叩かれるイメージを強く持つことで駱太郎は尻の表面が実際に痛みを覚えたが如く顔を渋り、額から汗をかく。

「大丈夫だよR君。こんなところで本物が出るはずないんだ。あれが本物だったらオイラは間違いなくぶっ倒れるから見てなよ!」

 ドラはそう言った後で、龍樹が持ちこんだ青磁を鑑定する鑑定士へと目を転じる。彼らは長年の経験から培ってきた鑑定眼で慎重に壺を調べている。が、ドラが見る限り鑑定士たちの様子が極端に重々しく、顔を幾度となく渋り、汗の量も尋常ではない。ドラは内心嫌な予感を覚える。

 

 鑑定士たちの入念な審査が終わった。いよいよ龍樹のお宝「北宋の青磁」の評価額が発表されるのだ。

「ではそろそろ金額を発表いたします。龍樹さん、本人評価額は?」

「そうじゃなの・・・自信はあるが実際の青磁の価値がどれだけあるかまでは知らぬから、とりあえず購入額の200万でいこう!」

「200万円で、わかりました」

 すると、観覧席の方から駱太郎がそそくさとスタジオの方へと走って来た。そして彼は怪訝そうな顔の司会者に耳打ちする。

「もしあれだったら困るからな、3万5千円くらいにしといてくれるか」

「コラそこ、やかましい!!席に戻れ!!」

 ハッキリ言って迷惑千万。龍樹の神経を逆なでし駱太郎は急いで元の席へと戻って行った。露骨に不機嫌な顔を作る龍樹を宥めると、司会者は「はい、では200万円でお願いします。オープンザプライス!」と声高に宣言。それを聞き、係の者がスイッチを押す。

 ブロロロロロロロ・・・・・・・・・

 鑑定士十数名が座る席の上に作られた電光パネルの数字が著しく動き出す。固唾を飲んで見守る中、一の位から数字が表示される。

『一、十、百、千、万、十万、百万、千万・・・・・・』

次の瞬間、表示された金額に一同唖然。依頼人である龍樹は勿論、番組共演者、観覧席のドラたちも度肝を抜くその価値――――――『2億円』。

「え・・・・・・・・・2億!?」

「うそ―――!!!」

「まじで!?」

「奇跡起きたぞ、オイ!!」

番組でも滅多に出る事の無い億単位の鑑定額。2億円とは、龍樹が持ちこんだ青磁がまごうこと無き本物であることを如実に示す正当な額。この金額を出すに至った鑑定士の一人が「いや~、いい仕事してますよ!!」と、龍樹の青磁を絶賛、評価した。

「なんでも鑑定団が始まって最大の発見ですね!!こちらは北宋の汝窯青磁に間違いございません!!私自身もね、信じられませよ!!こんなところで幻とも言える国宝にお目にかかれるんなんてね、長生きはするものですよ!!」

 予想外の結末。この瞬間、ドラは自らが宣言した通り―――全ての機能を停止し、白目を向いたと思えば前方へと倒れ伏す。

「兄貴ッ!!!」

「しっかりしてください、ドラさん!!」

「有言実行してるよこいつ!!ショック症状が起きてやがる!!」

「早くメンテスタッフを呼べっ―――!!!」

 

 

 総額2億円と鑑定された龍樹の青磁はその後、思わぬ波紋を呼んだ。

 運がいい事に、彼が持っていた青磁は世界初となる完璧な保存状態の下で現存する最初で最後の汝窯青磁であり、今まで発見されたどの青磁にも見られない特徴を持っていたことから、価値はさらに高騰し―――とうとう100億円にまで達した。

 新聞や雑誌はこれを大きく取り上げ、龍樹は総額100億円の価値を見出した青磁を持って写真に写るなど、一躍脚光を浴びたのだ。

 

9月21日 午前10時21分

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「どぅはははははは!!!見るがいい、やはりこの青磁は紛うこと無き本物じゃったぞ!!」

 机の上に自分と青磁が写っている雑誌を広げる龍樹。無論、100億の根が付いた青磁の壺もしっかり飾られており、今も傷がつかないようにと丹念に磨いている。

 ドラたちは欠片ほども信用などしていなかった壺に付けられた100億という金額の大きさ、そして壺を本物だと信じていた龍樹に何も言い返せず呆然と立ち尽くす。

「し、信じらんねぇ・・・・・・マジでホンモノだったのか!?」

「でもこれさ、ネットオークションで200万円ぼったくられて買った奴なんだろ?」

「ぼったくられてなどいない!!現に鑑定団が2億円と評価したはずじゃ!!!そしてその価値は跳ね上がり100億となった!!」

「絶対ヤラせだよ!最近視聴率が下がり気味だからスタッフと打ち合わせしたんだんだって!」

「どこまで悲観的なんじゃお主は。ホンモノじゃよ、これは・・・・・・!!!」

 悲観的にものを捕え、いつまでも信用しないドラを怒鳴りつける龍樹。周りが壺を本物である事を否定し贋物である事に固執する中、茜は龍樹に尋ねる。

「ところで龍樹さん。その青磁、どちらのオークションサイトで見つけたんですか?」

 本質的なところ、龍樹は一体いつどこのインターネットオークションで北宋の青磁を見つけたのか、それが分かっていなかった。

 龍樹は納得し「ああ、それなんじゃがのう・・・・・・」と言いながら、パソコンを操作し、オークションサイトのアドレスを検索。マウスボタンをクリックし、サイトを開き皆に公開する。

「これじゃよ、拙僧が青磁を落札したオークションサイト・・・出品者は『石神協会』というところだ」

 世界中の様々な陶芸品を扱い、それをネットオークションに多数出品している出品者は「石神協会」とハンドルネームの人物。

「北宋の青磁だけでなく、高麗(こうらい)青磁にその他の炻器(せっき)、磁器など幅広くに渡り世界中の陶芸品を販売している・・・おや?」

 サイト上を見ていた折、龍樹はある事に気付いた。

「これは驚いた。落札者の評価がぐんと上がっておる!」

 サイト上には龍樹以外にも石神協会から出品物を落札した者はいる。そのうち、出品物に対して『良い』と答える人数が300人。『悪い』と答える人数が2人という数値が客観的なデータとして表示されていた。

「へぇ~、『良い』って答えてる人が300人もいるのか?なかなかいい仕事してんだな、この出品者・・・」

「落札したのはいつですか?」

「智慧派の騒動に巻き込まれた後だから・・・大体3週間くらい前かのう。1週間後の納期で届いたんじゃ」

 この話を伺い、ドラは眉間に皺を寄せ何かを考えてから、

「龍樹さん、この出品者のこれまでの取引履歴見たいんですが」

「何だよドラ、気になる事でもあんのか?」

「出品商品についてだよ」

 龍樹の許諾を得たドラは、席を替わり石神協会がこれまでに出品した商品のリストを調べ始める。すると・・・

「初期に出品してたのは、湯呑とか茶碗みたいな日用品で比較的安価な物ばかりか。それまではほとんど見向きもされず一部の消費者向けに地道に細々と売っていたらしいが、1、2カ月で出品商品が尾形乾山(おがたけんざん)(江戸時代の陶工。一般には窯名として用いた「乾山」の名で知られる)とかグムンデン焼き(20世紀初頭に生産を開始したオーストリアの陶器)、青磁みたいな高価な陶芸品になってる・・・それを龍樹さんが買って鑑定団で本物だと分かり、メディアで注目されるようになった途端にアクセス数が一気に上昇。落札者の評価もうなぎ上り。総じて品物の値段は急騰。飛ぶように売れている・・・・・・」

「あ、これって!」

「龍樹さんが買ったのと同じ青磁だ」

 石神協会は、今日も高価な青磁を出品していた。龍樹が購入した青磁とはまた異なる形のものが数個出品されており、落札額もここに来て急騰―――1千万円を上回る事が恒常化していた。実体の掴めない商品への期待で膨らむ泡のような騰貴、それは20世紀の終わりに日本が経験したバブルとよく似ていた。

「まさかこれも本物で2億円の価値があるって言うんじゃ・・・・・・」

「いくらなんでもそりゃねぇって。たまたま本物が混じってて、あとは良く似た贋物だろう。数が少ないから相応の値も張るってもんだ」

 彼らはそう思うのだが、先の事例もあるため判断を悩まされる。ドラもまた難しい顔で考え思案する。

「兄貴、まだ何か気になる事が?」

「オイラのセンサーがね・・・・・・どうもビビッと来るんですよ。何だか犯罪の臭いがするね~」

「は、犯罪の臭い!?」

「どういうことだよ?ドラ・・・」

 動揺する周りに対し、ドラはひげをピンと伸ばしながら「詳しくは密告屋に調べてもらうよ」と言い、『居酒屋ときのや』の大将で密告屋の時野谷久遠へと電話を掛けこの事について調査を依頼した。

 

 

9月25日 午後1時05分

TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

「写ノ神君、あーんしてください♡」

「あーん・・・」

「何だよまたスイートコーン入ってるよ・・・・・・俺大して好きじゃねぇんだけどな」

「長官は自分で弁当作らないのか?」

「朝起きた時にはもうおふくろが作ってるんだよ」

「真夜さんには悪いが、子どもをダメにする典型的なパターンだな」

 プルルル・・・・・・プルルル・・・・・・

 各自が思い思いの昼食を食べていたときのこと。ドラの携帯に着信が入った。発信してきたのは、時野谷だった。

 ドラは弁当箱片手に携帯を取り、時野谷からの報告を聞く。

『あ、もしもし、ドラさん?時野谷ですけど・・・』

「おお、どうした?例の件、分かったのか?」

 核心を突く問いをするドラ。店の厨房で料理の仕込みをしていた時野谷は、右手に包丁を持ち左肩で携帯を乗せそれを頭で挟みながら、

「実は、龍樹さんと同じようにあの石神商会という出品者から陶磁器を購入した人に話を伺うことが出来たんですがね、いくつか面白いことがわかりましたよ」

 時野谷がそう話すと、ドラは「おもしろい事?」と訝しげに首をかしげた。

 

 

午後7時30分

小樽市 居酒屋ときのや

 

 その日の夜。仕事を終えときのやへ集合したドラたちは、酒と料理をつまみながら、時野谷本人から詳しい情報を得る。

「ドラさんに頼まれていた件ですが・・・・・・確かに、犯罪の痕跡が潜んでいましたね」

「マジでか!?」

「マジです」

「御仏に誓っても!」

「勿論。ちなみに私は浄土宗です」

 新たな料理を大皿に乗せて時野谷が運んでくると、ドラを除くメンバーが密告内容に言葉を失う。ドラは枝豆を口に含みながら、周りの様子を窺う。

「龍樹さんがご購入された青磁は紛れもなく本物です。そして、青磁を購入されたというオークションサイトの出品者・・・『石神紹介』で出品されている高級陶芸品のすべてに至るまで」

「え、それじゃあれ全部本物なのか・・・!?」

「偽物はひとつも出品していなくて、本物だけを出品してる・・・?なぁ、本物を売ってるのにどうしてそれが犯罪になるんだよ?」

 焼き鳥を頬張る駱太郎が率直な疑問を問いかける。ドラは焼酎を飲んでから口角をつり上げ、彼らを見る。

「ポイントは、”高級陶磁器がいつの時代で作られたか”って事だ。青磁が作られるようになったのはおよそ紀元前14世紀の殷の時代からと言われている。その中でも有名なのが高麗で作られた青磁、そしてロストテクノロジーである北宋の青磁などは歴史的な価値がある」

 そこまで話すと手持ちのグラスを覗き込み、ドラは氷を軽くかき回してから話を再開する。

「なぜ北宋の青磁に何十億という価値が付けられるのか・・・・・・理由は簡単だ、現代では再現する事が難しくそれでいて現存する数が極めて少ないからだよ」

「まぁ、そうだろうな・・・」

 するとここで時野谷が機を窺い、ドラの話に割り込んで一枚の紙を机の上に広げた。

「これは高級陶芸品の出品物リストです。龍樹さん同様、あの石神協会を利用して出品された陶芸品を買った購入者がたまたまこの近くにいた者で、その人から実際に品物を複数個借りて陶器の製造年数を調べてみました。そしたらこれが驚いたことに・・・・・・どれもこれも時間軸1094年であることが判明したんです。勿論、龍樹さんのも含めて」

「どういうことだ?」

「オークションで出品されているのは青磁だけじゃありません。色んな場所の色んな時代の陶磁器が売られています。物によってはその時代特有の色であったり、技法であったりが違うわけですが、それが何故か同じ年代に行きつく・・・・・・さて、それはどうしてでしょうか?」

 遠まわしに時野谷が周りに疑問を投げかける。ドラを除く者は一瞬訝しんだ顔を浮かべたが、やがて幸吉郎を切っ掛けに全員の勘が冴えわたる。

「まさか・・・・・・」

「時間犯罪者が・・・?!」

 彼らが真実に気付くと、ドラはそうと言って飲みかけの酒を一気に飲み―――豪快にグラスを机に置いてから、「つまりだね・・・」と語り出す。

「時間犯罪者が各時代で活躍した陶芸家を拉致し、秘密裏に彼らをどこかに監禁して本物の陶磁器を作らせ、それを未来へ持ち帰りネットで販売する・・・・・・これが奴らの考えたビジネスモデルって奴だ」

「成程。贋物を売りつけて金を儲けるんじゃなくて、実際に過去で本物を作らせてそれを未来で持ち帰えって消費者に売りつける。そうやって何カ月もかけて良い評価を積み上げて行く・・・・・・」

「贋物だと知れたらその時点で出品物の価値がなくなっちまうが、本物ならその心配はいらないし、売り手も買い手も損をする事は無いってカラクリだな」

「通常この手のネット詐欺は購入者から多額の金を振り込ませ、商品を落札しても何だかんだと理由を付けて絶対に商品を届けない。期限が来るたび一週、また一週と納期が伸びていく。そしていつしか電話が通じなくなる。だが、今回やっているのは詐欺じゃない。時間と言う制約を超越した“不正な利益の収受”。だけど消費者心理からすれば、そんな事は至極どうでもいい。要は購入した物が自分にとって価値ある物でさえあればいい。商品が真っ赤な偽物でない以上被害届なんてものは出ないし、その後も消費はうまい具合に伸び続けるだろう。そしていつか陶磁器の消費が飽和して売れなくなれば、また別な本物を売る、もしくはサービスを安価で提供し徐々に金額を高く設定していけばいい・・・・・・巧みな人間心理を突いた奴らの作戦は大成功したってことだ」

「時間犯罪者は莫大な利益を得る・・・彼らから商品を購入した消費者は陶磁器が本物であることに満足を得られる。これが本当のウィンウィンというわけですね「何がウィンウィンじゃ・・・」

「え?」

「けしからん!!!」

 突如、龍樹は怒鳴り声を上げ、机を勢いよく叩きつけた。ドラたちは唐突なまでの龍樹の激憤に動揺し、心臓を高鳴らせる。

「何ということじゃ・・・・・・よくもそんな事をぬけぬけと!」

「何怒ってんだよ爺さん・・・?」

「わからぬか!!奴らのしている事が立派な犯罪であると同時に、我々陶芸愛好家の浪漫をぶち壊しているということに!」

「ろ、浪漫!?」

 一体何を言い出すのかと思えば・・・周りがそんな風に考えている中、普段は温厚で思慮深いはずの龍樹がいつにもなく怒りの感情を露わにした様子で、ジョッキの中のビールをワイルドに飲み干した。

 ぷはーと大きな息を漏らした彼は、周りに対し強い語気で言う。

「良いか!お宝というのは滅多に世に出ないから良いのじゃ。時のいたずらであったり、何十年という努力を積み重ね、苦労して手に入れるからこそ一層の価値が見いだせるというもの。たとえインターネットのオークションで出品されていた物が本物で、安易に手に入るからと言え・・・・・・そこには果たして我々らが求めている夢や浪漫はあるのか!?否!!断じて無い!!」

「何だかめんどくせぇこと言い始めたな」

「自分だって最初それで喜んでたじゃねぇか・・・」

「お気持ちは分りますけど、とりあえずヤケ酒だけはしないでくださいね」

 茜が冷静に諌めるも、龍樹はまるで忠告など耳に入っていなかった。空になったジョッキにビール更に注ぎ込み、煮えたぎり怒りを沈めんとばかりにビールをグイグイ飲み続ける。

「・・・絶対に捕まえてやるぞ!!純粋な想いを抱き、陶芸を愛し、拙僧の浪漫をぶち壊すような無粋な輩を絶対に見逃すわけにはいかぬ!!!」

 久方ぶりに龍樹の心は燃えに燃えた。周りは普段とは余りに異なる今の龍樹にただただ、たじたじとなるばかり。正直言って、関わりたくないとさえ感じてしまう。ドラはそんな彼を見ながらほくそ笑むと、「その心意気は感服しますね」とつぶやき、残りの焼酎を飲み干してから座布団から立ち上がる。

「よしわかりました・・・・・・じゃ、明日現地に行ってみましょう!」

「ドラさんこれを・・・」

「ん?」

 話の区切りが付いた頃合い、時野谷はドラに請求書らしきものを手渡した。

「今回の情報料と陶芸品を調べるのにかかった費用です」

「あんだって!?」

「いや~、思った以上に高くついちゃいましてね。そちらの経費で何とか落として貰えないでしょうか?あ、もしくは私個人のためにドラさんが何かをしてくれたら、それはそれで嬉しいですね♪」

 請求書に書かれたそれ相応の情報料。それはドラが今まで見て来たものの中で最も高い金額であり、請求する側の時野谷の態度も以前にも増して厚かましかった。

「き~さ~ま~~~!!!」

 渡された請求書を握り潰し、ドラは怒りを爆発―――食べかけの料理や酒が乗っていた机を卓袱台をひっくり返す要領で持ち上げ、その上で店主の時野谷を刀で脅迫する。

「マフィアのマネ事したらぶっ殺すって新人捜査官配属編で言わなかったかっ!!!」

「ひいいい―――!!!お許しくださ―――い!!!」

 もしもこの場に太田が居合わせた場合、彼ならば鋭い語気で「だからあんたの方がマフィアじゃんか!!」と、ツッコんでくれるに違いない。

 

 

時間軸1094年 9月26日

中国大陸 北宋王朝・首都開封

 

 翌日、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の正規メンバー六人と引率の杯昇流はタイムエレベーターで、1094年の中国は北宋時代へとタイムムーブ―――石神協会の実態解明に乗り出した。

 

『北宋』

 

 907年に唐王朝が滅亡し、その後の五代十国時代の戦乱の時代の後、960年に趙匡胤(ちょうきょういん)により建てられた中国の王朝。国号は宋であるが、金王朝に首都の開封(かいほう)を追われて南遷した後の南宋と区別して北宋と呼び分けている。この頃、貴族階級では纏足(てんそく)と呼ばれる靴が流行し始め、女性たちはステータスの一環としてこれを好んで履いた―――無論、まともに歩けなくなる事を覚悟の上で。

 

 多くの人でにぎわう北宋の首都に到着したドラたち。漢民族特有の衣装に身を包んだ者が左右を往来―――しかしその数は尋常ではない。鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーは圧倒的な人の数に終始困惑していた。

「いって。ったく人がゴミの様に多いな・・・」

「開封は11世紀から12世紀にかけて世界最大級の都市だったんだ。中国でも最も歴史が古い都市のひとつだよ」

 簡潔に首都の説明をしたドラは、人混みから逃れ、メンバーを連れて広い場所へと移動。そこでこれからの事について話し合う。

「青磁は一体どこで作られているのでしょう?」

「まずは汝窯に向おう。はっきりした事は未だに分かってないんだけど、史実によれば河南省の臨汝県(りんじょけん)・・・今の汝州市(じょしゅうし)にあるとされている」

「時間が惜しい。早速参るぞ」

 誰よりもこの捜査に燃える龍樹。錫杖片手に彼は進路を河南省方面へと取って歩き出す。ドラたちは大股で歩く彼の背中を見つめながら、

「やけに気合い入ってるな爺さんの奴」

「よっぽど浪漫を壊されたのが許せないんだろうね」

 彼を見失わない様、ドラたちも彼の後に続いて歩き始めた。

 

 

中国大陸 河南省 山中

 

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の一行がこれから向かうのは、幻の青磁が作られたとされる汝窯。その場所は現在の河南省汝州市あたりだと言われており、開封を出発した一行は目的地を目指し邁進する。

 だが、その道のりは実に険しい。国土の広い中国には至る場所に深山幽谷が存在し、それを一つ越えたと思えばまた別の山と谷が出迎える。

 予想以上に険しい旅路に根を上げそうになるドラたちだったが、龍樹はくじけそうになる彼らをその都度叱咤し、奮い立たせた。そうした年長者の働き掛けでドラたちは何とか気力を保ち続けた。

 開封を出発して数時間。日も暮れはじめた頃合い、ドラたちの進路に奇妙な光景が映る。

「おや?」

 ドラたちはその場で立ち止まり、視線の先を見つめる。およそ数百メートル先に閑静な村落を発見、疲労が溜まっていた一行は安どの笑みを浮かべる。

「助かったぜ。俺もうくたくただったんだ!」

「だけどさ、何か様子がおかしくねぇか?」

 幸吉郎は目を細め警戒する。というのも、あまりに村が静かすぎたのだ。人の気配をまるで感じさせぬほどに物音一つ聞こえてこない。

 奇妙な事と思いながらドラたちは村へと進路をとった。敷地に入ってしばらく歩くと、石を積んで立てられた簡素な家の周りにはニヒルな表情の子どもがたむろしており、家のあちこちには陶芸に使用される窯がいくつも存在した。

「陶芸用の窯がちらほら・・・」

「ここがそう・・・なのか?」

「いや、ここは違うよ。だけど・・・」

 目的地である汝窯までの道のりはまだ遠い。この場所は汝窯からおよそ40キロほど離れた場所に位置する山間の小さな村。

 さらに村の様子を観察していたときだった。ドラたちはまるで子どもだけが取り残されたように、大人の姿がどこにも見られないという事態に不審がる。

「どういうことだ・・・・・・大人がひとりもいないなんて」

 いくら周りを見渡しても、村で見つけられたのは子どもと家畜として飼われている牛や豚と言った動物。小さな子どもは家の外で座り込み、ただ泣き啜っている。

「何があったんでしょう・・・」

 そのときだった。村中の子どもたちが一斉に鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の下へと集まり始めた。子どもたちはドラたちに救いを求めるかの如く、手を伸ばし縋ってくる。

「お願い助けてー」「私たちの村を救ってください!」「お腹が空いたよ、何か食べる物ちょうだい・・・」「お父さんー!お母さーん!!」

言ってることは様々。だが、ひとつだけ分かる事がある。子どもたちが今の村の状況を憂い藁にもすがる思いを抱いてドラたちを頼っているという事。

「ちょちょちょちょ!ちょい待ってよもう!!」

「そんな一遍に言われてもわけわかんねぇんだ!」

「落ち着くんじゃ!静まり給え!」

 チャリンッ―――!!

 龍樹が一喝し錫杖を地面に突く。瞬間、騒然とした場が一気に静まり返り、群がっていた子どもたちはゆっくりと離れる。

 

 その後、ドラたちは村の子どもたちに歓迎され客としてもてなされる。この村の村長が不在のため、その息子であり13歳の少年がドラたちを自宅へと招き、彼らのために大盤振る舞いの御馳走を用意した。

「はいありがとう」

「よくわかんねぇが、歓迎されているみたいだな俺たち」

「ああ。こうやってご馳走も出されてることだし・・・・・・」

 とは言うものの、用意された料理を見る限りとても喉を通りそうなものではなかった。村で作られた皿の上に乗っているのは、ドラたちが思い描く御馳走というは程遠いゲテモノ料理。黒いイモムシのようなものを素揚げにし、香りづけのハーブが盛られたもの・・・茜は露骨に顔を歪め、目線を後ろにそらした瞬間嘔吐―――気がおかしくなった。

 朱雀王子茜はこの世の生き物の中で、虫が大嫌いだった。ゴキブリなどの害虫は元より、蝶やテントウムシ、蚊にいたる全ての虫を嫌悪した。

 写ノ神は何も言わず、嘔吐する彼女の背中を優しくさする。その後駱太郎が咳払いをし、苦い顔を浮かべる。

「俺りゃ大抵の物なら食える自信がある、が・・・・・・流石の俺も喉を通りそうにねぇ」

「じゃが、この村の人間の一週間分の食料よりも多いのだぞ。大盤振る舞いじゃ」

「私の分はあなたにあげますよ・・・///」

 虫を見ることが苦手、況してそれを食べることなど不可能に近い。茜が青ざめた顔で近くの子どもに料理を返そうとするが、ドラはその行為を断じて許さなない。

「茜ちゃん。好き嫌いはよくないよ」

「ですがドラさん・・・・・・お腹いっぱいなんです///」

 と、本気の涙で訴えかけるも、ドラは悪魔の如く笑顔を浮かべながら彼女を見る。

「恩を仇で返すのは人として最低だよね。それくらいの礼儀をわきまえるのが一流の女性たる者が持つべきスキルじゃないかな・・・・・・それに人類はいざという時は虫を食料としてきたんだ。好むと好まざるとに関わらず、これからは虫の一匹二匹食べれるようにならないと人は瞬く間に餓死をするんだ」

「食おうぜ、茜」

「俺も諦めて食うから」

 幸吉郎と昇流が諦観に満ちた顔で促す。さらに発破をかける様に村長の息子も食べ方を教えてくる。

 ゲテモノ料理の周りには羽虫が飛び交っている。こんなものを食べる日が来るとは・・・内心思いながら、茜はやむなく大嫌いな虫を食べる決心をつけた。固く目を瞑り、おもむろに感触の悪いそれを手で掴み、一気に口に放り込む。

「ううう!!!」

 口に入れた瞬間に走る凄まじい怖気。茜の自律神経がおかしくなる中、男たちは酷い味がするそれを我慢して呑みこむ。

「ん~・・・・・・例えるなら、腐りかけのピーナッツバターのような味だな」

 味のコメントを述べた後、ドラは積極的にゲテモノ料理を食べながら村長の息子に目を向け、語りかける。

「ひとつ尋ねたいんだけど・・・・・・汝窯って言うのはこの先にあるのかな?オイラたちは朝廷の遣いで、極秘の仕事を仰せつかっているんだ」

「分かった。こっちで案内人を出します。その代わり汝窯へ行く途中、黄山(こうざん)にある法聖院に立ち寄るんだ」

 聞いた瞬間、ドラたちは怪訝そうに顔を見合わせ、今一度息子へ目を向ける。

「黄山は方角が違うだろ?」

「法聖院へ行ってください」

「なにがあったんだ?」

 率直な疑問を写ノ神がぶつけると、息子は難しい顔となり、語った。

「法聖院は邪悪の源です。吹き荒れる台風の如く・・・恐怖の暗闇を国中にもたらすんです。この国の隅々まで」

「邪悪って・・・・・・何をするんだ?」

「あ・・・あぶないは、はなしですよ・・・わ、わわたしもさっきむ、むむむむらのひ、とから・・・きききききました///」

 虫を食べたショックが大きすぎたらしく、茜の声は著しく震えていた。呂律も回らない茜の忠告に対し、ドラは指を立て黙ら法聖院の話を聞き続ける。

「法聖院から来た彼らは、我々の村から働き手の大人たちを奪い去ったんです。それだけでなく、抵抗しようとした罪もない人間を虐殺した!」

「窯がいくつもあったけど、この村は陶芸で生計を立てている村なのか?」

「はい。代々この地で青磁を作り、朝廷の貢物として献上してます」

「青磁だって?!」

「なるほどね。おおよその見当が付いたぞ」

 

 と、そのとき―――村の子どもが唐突に声を上げ騒ぎ始めた。

 ドラたちが気になり外へ出てみると、子どもたちが騒ぎ立てる理由が克明に分かった。ひどく衰弱し、満身創痍の男がよろよろと歩きながら村の中へと入って来た。この瞬間ドラたちは悟った―――彼は法聖院から逃げて来た村の大人だと。

「父上!」

「父さま!!」

 今生の別れを覚悟していた父が逃げ延びて戻ってきた。幼い息子と妹は弱り切った父を抱きしめ、感涙と悲痛が籠った涙を流す。彼らの父は朦朧とした意識の中、子どもたちの腕の中で顔を沈める。

 ドラたちはこの村で起こった出来事を否が応でも突き付けられ、茫然自失と化す。

 

 深夜。茜は村人から聞いた情報をドラたちに(つぶさ)に報告する。

「あの人、やはり法聖院から逃げて来たらしいです。お話を聞けば、まだまだ大勢の人たちが捕われているようです」

「兄貴、どうしますか?俺は汝窯に行くよりも法聖院とやらに行く方が手っ取り早く真相を掴めるかと思いますが」

「もしも子どもたちの話が本当なら・・・・・・時間犯罪者はこの村から陶芸家の大人たちを拉致し、法聖院とかいう場所で青磁を作らせているということになる。だとすれば、オイラたちの仕事はそこでひと暴れすることだ」

「暴れるのは飽く迄人質を解放する上での過程に過ぎないけどな」

 忠告を促すように昇流がドラの言葉に水を差す。

「恐らく他にもたくさんの場所で拉致された陶芸家がいるはずだ。全ての元凶を確かめてやろうじゃないか・・・・・・」

 

 

 

 失われた技術(ロストテクノロジー)を求めて遥々北宋へと足を運んだドラたちに待ち受ける新たな試練。

 さらわれた陶芸家の大人たちを監禁している黄山の法聖院には、何が隠されているのか!?

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その36: 好むと好まざるとに関わらず、これからは虫の一匹二匹食べれるようにならないと人は瞬く間に餓死をするんだ

 

現在70億人の人類。将来的には更なる人口急増により、食糧が満足に行きわたらない事になるという。だけどいきなり虫を食えと言われて、はい食べますよ言って食べれる人はほとんどいないって・・・・・・。(第31話)




次回予告

龍「黄山に建立された聖なる黄帝を祭った寺院・法聖院の内部へと潜入した拙僧たち」
幸「既に廃墟と化したはずの寺に隠されていた驚くべき光景と、そこを管理する連中の正体は?」
ド「次回、『法聖院の秘密』。それはともかく次回のR君は今までにないくらい下種いな事をするらしいけど・・・それについて何か言う事はある?」
駱「作者の横暴だ!!俺はそこまで助平じゃねぇ、信じてくれ―――!!!」

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