サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「前回のバカ頂上対決の勝者はR君となった!ま、当然と言えば当然なのかもしれないけどさ・・・・・・結構泥臭い勝負だったね」
駱「まぁな。俺としたことがついつい本気を出すのをためらっちまったぜ。にしてもあの無駄マッチョ、最期は木っ端みじんに吹き飛びやがった!!実に清々しいほどにな」
龍「さて、後半戦はいよいよ拙僧と長官が真価を発揮するときじゃ。しかしのう・・・長官に果たして何を期待できるのか?」
杯「ああ、また俺バカにしてるなー!いいぜ、そんなこと言うなら俺だって本気見せてやるからな!!」


星の魔術軍団殲滅作戦(後編)

地上130階 魔女の間

 

 魔女キザイア・メイスンと使い魔ジェンキンスによる猛攻。

 追い詰められたかに思えた茜だったが、彼女はその足で力強く立つと同時に毅然とした態度でキザイアを見る。

 確かに茜に止めを差したつもりだった・・・ジェンキンスの破壊光線は茜と彼女の畜生ヤフーを紅色の光で包み込んだ。なのになぜ、彼女とヤフーはまだ生きているのか。そう思いながらキザイアは茜が持っている扇を一瞥し、

「一体何をしたんだいあんた・・・・・・その手に持った扇は?なぜまだ生きている?ジェンキンスの技をどうやって防いだ!?」

「そう一遍に尋ねられても。まぁ簡潔に一言で申し上げれば、この扇があの破壊光線から私と栄吉さんの身を守ってくれたのです」

「なんだって?」

 聞いた瞬間、キザイアは眉を顰める。対して、茜は持っていた全長30センチ、重量0.8キログラムの扇を広げ、口元を覆う。

「真の畜生使いは畜生を手足のように使役することがすべてではありません。私自身も心身ともに鍛えているのです。その事をこれからこの扇を使ってじっくり御高説させていただきます」

 言うと、茜は不意に扇を持ったままその場で舞を始める。

 幼いころからそれ相応の修練を受けていたように、とても緻密で、見る者を魅了する芸術的な舞だった。キザイアでさえ攻撃の手を止め茜の舞に見とれてしまうほど。そんな注目の的となっていた舞姫は広げた扇をキザイアへと向け、

朱雀美扇流(すざくびせんりゅう)―――末摘花(すえつむはな)

 刹那、扇を構成する羽根が弾丸の如く飛び出し、無数の羽根が鋭利な凶器となってキザイアのもとへ飛来する。

(扇の羽根が・・・・・・!)

 咄嗟に体を捻って、飛んできた無数の羽根の攻撃を躱す。羽根はキザイアから外れると、轟音を立て、壁の表面を破壊する。羽根にそれだけの威力が秘められているとは夢にも思わず、キザイアは冷や汗を浮かべる。

「さらにそこから、朱雀美扇流『花宴(はなのえん)』」

 キザイアを怯ませた茜は、瀕死状態のヤフーに向けて扇を向け、軽く煽いだ。

 すると、扇から注がれた緑を帯びた風が瀕死状態のヤフーの傷を癒し、さらには疲労困憊な彼を活性化させた。

「なんだと!?」

 キザイアは驚きの余り眼球を飛び出しそうになった。

 ジェンキンスに倒され虫の息同然だったヤフーが、奇跡の力をその身に受けると雄叫びを上げて立ち上がった。雄叫びは部屋の空気を震わせ、ジェンキンスは思わずたじろいだ。

 復活したヤフーを隣に据え、茜は扇子で口元を覆いながら口角を釣り上げる。

「さて、座興はこれにて御仕舞。ここから本番と参りましょう」

 口元を隠してもキザイアには茜の余裕が如実に伝わる。今の彼女からは劣勢と言う雰囲気は微塵も感じない。完全にキザイアから優位性を奪っているのだと、言っているように思えて仕方ない。

 直後、稀代の魔女としての名誉を傷つけられたと思ったキザイアは、鞭を強く握りしめ、奥歯を強く噛みしめながら、

「小娘如きが・・・・・・いい気になってるんじゃないよ!!」

 怒りを露わにジェンキンスへ向け鞭を強く叩いた。それに伴いジェンキンスも雄叫びを上げ、ゴリラの如く胸元を強く叩いて威嚇をする。

 やがて、猛烈な勢いでジェンキンスは突進を開始。復活を遂げたヤフーはジェンキンスの攻撃を真正面から受け止める。

 激しくぶつかり合う二体の魔物。だがその戦いぶりを見ていたキザイアは、ヤフーの力がジェンキンスの力を上回っている事に気付き、目を見開く。

(まさか・・・・・・あり得ない!ジェンキンスが力で押し負けるなんて!?)

 そう思っていた矢先、ヤフーのパワーに圧倒されたジェンキンスが衝撃音を伴い床に思い切り叩きつけらた。キザイアはこの現実にただただ驚愕し、言葉を失う。

(そんなはずはない・・・・・・このあたしのかわいい使い魔が負けるなんてことは!!)

 あからさまに動揺を見せるキザイアと、それを遠目から窺い不敵な笑みを浮かべる茜。

「ジェンキンス!!何をしているんだいあんたは!!あたしの前で無様な姿を見せるんじゃないよ!バラバラにするよ!!」

 使い魔を道具ほどにしか思っていないキザイアは、必要以上に鞭でジェンキンスを叩きつける。怒りに支配された主の怒号と鞭打ちという虐待にも近い行為を受けてもなお、主のために身を粉にして戦うしかないジェンキンスは、今一度に立ち上がる。

 そして、立った瞬間に気が狂った様に咆哮し、目の前のヤフーに向かって体当たりを決意し、突進を始めた。

(かわいそうな使い魔です。あんな下種な主人のために身を粉にする必要などないというのに・・・・・・)

 痛々しいまでに主のために従順に闘い続けるジェンキンスの姿が、茜には哀れに思えてならなかった。

 使い魔と主は契約を交わした瞬間から、信頼関係を結び合って互に成長していくという認識を持っていた茜だが、目の前から向かってくるジェンキンスはキザイアの奴隷も同然。最早生き物としての価値すら見いだせていない様に思える彼をこれ以上戦いの道具にするのは忍びなかった。

 茜は彼の心を救うため、持っていた扇を頭上に翳し、おもむろに上下へ煽ぐ。

「朱雀美扇流―――・・・『賢木(さかき)』」

 優しく扇を煽いだ瞬間、ジェンキンスに向けて青色に輝く薫風が向けられた。薫風はジェンキンスの体を包み込み―――彼の凶悪な闘争本能に働きかけた。

 やがて、ジェンキンスの瞳は興奮状態の赤から冷静さを取り戻した青色へと変わり、攻撃を中止し大人しくなる。

「ジェンキンス!どうしたんだい、なんで攻撃を止めるんだい!!」

 声を荒らげるキザイア。主の怒号が鳴り響く中、ジェンキンスは無反応のまま完全に闘気を喪失―――その場に座り込む。

「何をやってるんだいあんた!!あたしの言うことが聞けないって言うのかい!!このグズ!!誰のお陰で命があると思ってるんだい!!」

「思い上がりも甚だしいですね」

 怒鳴り散らすキザイアを見かね、茜はこの戦いを初めて以来一番低い声を発した。

「使い魔を道具ほどにしか思っておらず、そこに命がないとでも言わんばかりに命令に従わない彼を罵倒し傷つける・・・・・・私は女性として、一人の人間として、あなたみたいな愛情の欠片もない人間が一番嫌いです!!」

 目を見開き、キザイアへのどうしようもない怒り、憎しみ、悲しみを瞳に内包する。茜から向けられた言葉を聞き、キザイアは鼻で笑い・・・

「愛情だって?何を世迷言を・・・・・・最初に言ったはずだよ。この世の真実に愛などと言うものはないんだ!!」

「あなたに愛がないのなら、私が大切な方々からもらったたくさんの愛をあなたに分けてあげますよ。ただし、その愛は世間一般が考えるような甘ったるい愛ではありませんけど」

 言うと、茜は手に扇を空中でなぞるように動かし始めた。途端、弧を描く扇は日本刀並みの大きさへと巨大化。

 茜は巨大化した扇を展開し、キザイアに狙いを定め大きく振りかぶり―――

「朱雀美扇流―――・・・『紅葉賀(もみじのが)』!!」

 扇から放たれる赤み帯びた凄まじい突風。肌に突き刺すような風の脅威にさらされる中、キザイアは奇妙な感覚を覚える。

(なんだ・・・・・・急に体の力が・・・・・・抜ける・・・!?)

 キザイアの体に漲る異能の力―――『魔力』。ジェンキンスを巨大化させ、意のままに操るだけでなく、彼の命を繋ぎ止めるのも彼女の魔力だ。その魔力がこの攻撃を受けた直後から急激に消耗するような、あるいは抜き取られるというな感覚に陥る。

 やがて、茜は広げていた扇を折りたたみ―――その状態から今度は自らの足を動かし、キザイアへと向かって行く。

「やああああああああ!!!」

 折りたたまれた扇を大きく振り下ろし、力いっぱい叩きつけようとする茜。キザイアは紙一重で攻撃を見切り、これを躱す。

 ―――ドカンッ!

 床に叩きつけられた扇の威力にキザイアは目を疑った。華奢な少女の細い二の腕から生まれるはずもない衝撃が複数のタイルを一遍に打ち砕き、その箇所だけが大きく陥没している。

(バカな・・・・・・こんな小娘のどこにこんな馬鹿力が!?)

 攻撃の要である使い魔の動きを封じられたキザイアの動揺は大きくなるばかり。そんな彼女を茜はさらに追い詰める。

 器用に身の丈ほどの扇を操り接近戦に持ち込む。キザイアは慌てて鞭を硬化させ、刀を振るう様に使って対抗しようとするが、元来が力の衰えた老婆ゆえに茜との筋力の差は歴然。しかも悪い事に、魔女としての力も急激に消耗するという奇妙な出来事も重なり、キザイアは容易く隙を与えてしまう。

 辛うじて後退することができたキザイアは、乱れる息を整えながら発汗している様子もない余裕綽々の茜を凝視する。

(何かがおかしい・・・・・・この娘と武器を交える度に感じるこの違和感は・・・・・・)

 そう思った時だった。キザイアは茜が手にした扇から、微かにだが自分の魔力が漏れ出ているという事に気づき、

「まさか!!」

 魔女が茜の仕掛けたからくりに気付いた。ようやく彼女が真実を見出すと、この機会が来るのを待っていた茜は口角を釣り上げる。

「あんた・・・・・・”あたしの魔力を奪った”のかい!?」

「御明察。さっき私は確かにあなたの魔力を奪いましたよ。この扇はそういう性質を孕んでいるのですから」

「どういう意味だい?」

「この“畜生扇(ちくしょうおうぎ)”は、鬼灯の里で一番手癖の悪い畜生・・・シャックスの羽から作られています。シャックスはあらゆるものを盗み出す事が出来、それは形あるものを始め、人の視力や聴力、思考力といった無形のものに至るまで・・・・・・と、ここまで言えばお分りですよね?」

「そうか・・・・・・あのときその扇があたしの魔力を奪った。さらにその前は、ジェンキンスに対して煽がれた。あいつから“あんたへの敵意”を盗んだんだ・・・・・・!!」

「正確に言えば“主人の命に従い私と栄吉さんを攻撃するという思考力”ですね。私は同じ畜生使いとして、見るに耐えれませんでした。だからせめてあなたという下種な女から彼を解放してあげたかった・・・・・・それだけです」

「よくもよくも・・・・・・あたしのかわいい使い魔を!!!」

「あなたにかわいがられる事の方が、彼にとって生涯一の不幸ですよ」

 キザイアにとって、今のは最も自分を愚弄し侮辱した言葉だった。

 茜の言葉が魔女の怒りに火をつけた。体からありったけの魔力を解放し―――魔女らしい凶悪で恐ろしい形相を浮かべながら白色の白髪を軟体動物の触手の如く伸ばし、茜を威嚇。

「ウヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 途端。キザイアが奇声とともに茜へと急接近。扇を広げてキザイアの体当たりを受け止めた茜だが、

「ぐ・・・・・・」

 先ほどまでとは桁違いに力を増大させていた。力負けした彼女はゆっくりと後ずさりを始め、キザイアは吐息を青い炎に変え、怒気を孕んだ顔で彼女を見据える。

「あたしを誰だと思っているんだい小娘!!キザイア・メイスンを本気で怒らせて以上、あんたはもう形も残らぬほど殺すしかないね!!」

「あなたが怒るのは勝手です・・・ですがそういう短慮な行動はあなたの死期を著しく早めることをお忘れなく」

 そう言うと、茜は額に汗を浮かべながら広げた扇を使い、キザイアから何かを盗み始める。

「!!」

 体の違和感を覚えた瞬間、キザイアは体から魔力と何百年、何千年という月日に渡って生きながらえさせていた力―――『命』が奪い取られているという感覚を覚える。

「ま、まさか・・・・・・あんた!!」

「何百年、何千年と生きて来たあなたに私が引導を渡して差し上げますよ。あなたが最も忌避し恐れるもの・・・・・・絶対的な『死』という形で」

「や、やめてくれ・・・・・・お願いだ!!死ぬのだけは嫌だ!!あたしはまだ死にたくない!!」

 生命力が奪い取られ元々こけていた顔が徐々に水分を失い、より骨が明朗に浮かび上がる。扇はキザイア・メイスンの精気をゆっくりじっくりと盗み続け、彼女の動揺をより大きなものへとする。

「やだ!!!死にたくない!!!やめてくれ―――!!!」

「魔女が何を恐れるというのですか?生きることの方がよっぽど苦しいのですよ。その点死はとても安息としているはず。長生きをし過ぎたことは、却ってあなたの恐怖を増長させてしまいましたね・・・・・・」

 そう言って、茜は最後の仕上げに取り掛かる。

「安心して下さい。その感情は死に向かうことからくる恐怖ではありません。私という小娘によって長く退屈だった生涯を終わらせることができたという喜びなのです」

「イヤダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 茜の言葉を聞きながら、キザイアは扇によって全生命力を根こそぎ奪われ―――その身を灰と化した。

 魔女の死によって、ジェンキンスも使い魔としての役目を終え、静かに息を引き取った。

 呪いによって生き物としての体裁を失っていたジェンキンスは体を白く発光させると、本来の姿へと還元される。

 光が収まったとき、現れたのはジェンキンスという使い魔の素体にされたサルとイヌの子供―――両方の死体。茜は扇を袖下に仕舞うと、死した二体の動物を抱きかかえ、

「あんな魔女にいいように利用されてしまうなんて・・・・・・せめてあなたたちの供養は私にさせてください」

 利用された動物たちを慈しみ、静かな場所で眠らせてあげることを決意する。

 

 

同時刻 地上150階 風の間

 

 カキン・・・カキン・・・

「はああああああ!」

 カキン・・・カキン・・・

「おおおおおおお!」

 幸吉郎と涯忌いよる一騎打ち。その戦いは予想以上の長丁場となった。

 金属と金属が擦れ合い、ぶつかり合うという状況が繰り返される苛烈を帯びた戦い。鍔迫り合いの中、幸吉郎は涯忌に教唆によって揺さぶろうとする。

「どうした。お前が誇る魔術とやらは使わなくてもいいのか?それとも、俺じゃあ自慢の魔術も役に立たないと悟ったか?」

「思い上がりが。所詮お前が侍崩れの野良犬であることは明白・・・そんな奴のために自慢の魔術を使うことがバカバカしいと思ったのは俺の方だ!」

 そう答え、涯忌は幸吉郎と一旦距離を置いた。

 二人はその後も場所をちょくちょく変えては激しい攻防を繰り広げる。が、涯忌は幸吉郎の底知れぬ強さに苦戦を強いられ、次第に余裕を失っていく。

(くそ。ドラ猫といいこいつといい・・・・・・なんて強さだ!魔術を使うのがバカらしいと吠えてみたが、そう甘い事も言ってられんか)

「どうした?迷いがあるように見えるぜ。俺は別に使おうが使わまいがどっちでもいいんだぞ」

 という言葉で、涯忌を挑発し自分のペースへ自然誘導しようとする幸吉郎は、不敵な笑みを浮かべながら斜め上から突き降ろすように刀を構える。

「その不遜も大概にしろよ・・・・・・野犬が!!」

 ついに堪忍袋の緒が切れると、涯忌は魔力を練り上げ最大限の力から生まれる突風を発生させた。

 爆発的に発せられる突風が幸吉郎の身を吹き飛ばす。が、幸吉郎は吹き飛ばされた衝撃を逆に利用し、壁に足を付けると足裏に力を込め、反動を利用し涯忌に向かって狼猛進撃を放った。

「狼猛進撃・壱式―――牙狼撃!!」

 突風の威力にも負けず猛烈な速度で迫りくるオオカミの牙。涯忌は両手の握り懐剣により寸でのところで幸吉郎の刺突を受け止める。

「へ・・・・・・ん?」

 だが安心した直後、幸吉郎は地面に足を付けるなり―――上半身を大きく後ろへ逸らし、形相を浮かべながら、

「何!?」

「つらああああああああああああ!!!」

 涯忌の心臓目掛けて、狼雲の切っ先を突き立てた。

 常人離れした腕の筋力から繰り出される射程ゼロの刺突の威力は超絶だった。心臓を射抜いたそれは涯忌の上半身を吹き飛ばし、そのまま彼の胴体を二つに分離する。

「がっ・・・・・・」

 刀が貫通した涯忌の上半身は多量の出血を伴い、壁に激突。

 握り懐剣を手放し、目や口から血を噴き出すその様は実に猟奇的。幸吉郎は鋭い瞳で壁に突き刺さった敵の上半身を見る。

「な・・・んだ。今のは・・・・・・」

 虫の息に等しい状態で涯忌は幸吉郎が自分に何をしたのか、その真意を確かめる。

「『狼猛進撃』とは『刺突(つき)』を昇華させた技のこと。当然、用途と状態によって型分けがあるんだ」

 そう言って、わずかな命の炎を燃やし尽くそうとする涯忌に幸吉郎は自らが考案した必殺技の極意とも言うべき事を説明する。

「通常の“壱式・牙狼撃(がろうげき)”。緩急自在の動きで刺突(つき)を繰り出す“弐式・風花(かざばな)”。対空迎撃用の“参式・跳牙(ちょうが)”など、全部で八つ。そして今のが奥の手。間合いの無い密着状態から上半身の発条(バネ)のみで繰り出す“絶技(ぜつぎ)穿牙(せんが)”。あのカーウィンとかいう妖術師と決着をつける時のためのとっておきだ。光栄に思え」

 ドラと同じく敵と見なした相手に幸吉郎は決して容赦はしない。殺す事に微塵も躊躇しないばかりか、死の恐怖に怯える涯忌を見て薄ら笑みさえ浮かべる。

「・・・・・・・・・くそ。あのドラ猫ロボットならいざ知らず、貴様如き野犬に殺されるとは・・・こ・・・こんなはずでは・・・」

「つくづくテメェは、身の程って奴を知らねぇな。魔術師だろうがただの人間だろうが、自分の実力も正確に測れない奴にあの方は越えられねぇ。この俺が昔そうだった・・・・・・」

「お前も・・・あのネコに牙を剥いたと・・・・・・」

「見事に玉砕だよ。だけど俺は運が良かった。あの方は俺を殺すのではなく、生かす選択肢を与えてくれた。だから俺はこの命をあの方のために使おうと思った。俺たち鋼鉄の絆(アイアンハーツ)という家族の大黒柱。良くも悪くも俺たちを振り回す太陽のような存在・・・・・・自らの死が訪れるその日まで、この身を捧げることを誓った」

 幸吉郎にとってのドラへの認識が太陽であるように、少なからず他のメンバーもそれと同じか、もしくは近いイメージを抱いていた。良くも悪くもドラが持つカリスマ性が周りを振り回す中、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーはそのことを自然と享受し、今ではそれを心地よいとさえ感じているのだ。

「おまえにもそういう奴が一人でもいればよかったな。生憎とここの教祖はテメェも、他の魔術師も、それにここに集まった神父たちいずれかの生死も強大な欲望を叶えるための必要悪としか考えていないんだ」

 幸吉郎は壁に突き刺さった涯忌の心臓から刀を抜き取り、刃の血を拭うと、それをおもむろに鞘へ納める。

 去り際、彼は最早喋る力すら残っていない涯忌の横を通り過ぎざまに、

「まぁ、打算で動くことが必ずしも悪いとは言わねぇが・・・・・・打算だけで動く奴は俺は好きにならねぇよ」

 幸吉郎の一言を耳に入れると、涯忌は最後の力を振り絞って鼻で笑い―――間もなく命の炎を燃やしつくし絶命する。

 

 

同時刻 地上120階・東側通路

 

盈盈一水(えいえいいっすい)

 溢れかえる河流の如く大量の水。龍樹と昇流はその脅威から逃れようと、ワイヤーを天井付近へと括り付け、床を離れる。

 見事に水は障害物を呑みこみ、昇流と龍樹以外のものをすべて綺麗に洗い流す・・・そう、事前に倒された神父たちも含めて。

 そんな中、昇流はワイヤーで天井にぶら下がった状態から龍樹を見る。

「なぁ・・・あんなに大量の水どっから出してると思う?」

「拙僧に聞くな。魔術の仕組みなどまるで分らん」

「そうですよ。知ったところでどうにかなるわけじゃなし。それよりも、この場をどう生き残るかを真剣に討議した方が有意義じゃないですかね」

 乾いた声で淡々と言葉を紡ぐ水の魔術師。シャテルは大量の水から二本の槍を生みだし、それを両手に装備―――天井にぶら下がる昇流と龍樹に狙いを定める。

一衣帯水(いちいたいすい)

 水の精「ケルピー」に選ばれ、それを自らの使い魔とするシャテルが繰り出す二本の水槍が真っ直ぐな軌道で飛んでくる。二人はワイヤーを切ってこれを躱し、地面に着地するや―――反撃を開始する。

「この!!」

 銃口から放たれるメタルジャケットの弾丸。しかしシャテルの体は水そのものであり、弾丸がことごとく彼の体をすり抜ける。

「やはり通常兵器では倒せぬか・・・・・・」

「だけどとりあえず奴の体が水みたいに流動することが分った。だったら、あの流動性を封じるまでよ!」

「力強く言ったのう。じゃが、妙案があるのか?」

「ああ。俺には見えてる・・・・・・あいつの終着駅がな!」

 昇流は頭の中で自分たちの勝利をイメージし、そのためにこれから何をしなければならないのかを考え、作戦を立案する。

「龍樹さん・・・・・・俺を信じるか?」

 真剣な問いかけをしたつもりだった。龍樹は昇流からそのように尋ねられると、じっくりと考えてから、

「・・・・・・・・・・・・・・・すまん」

「っておい!!結構間開けてそれかよ!!信じろよ!!」

 シリアスな雰囲気が途端に台無しとなってしまった。

「普段が普段じゃからな。だが、時間的猶予も残されていないも事実。仕方あるまい・・・・・・悪魔の智慧に乗っかってみるか」

「誰が悪魔だよ不良坊主!あんたのところの仏さんは、いざって言う時何かしてくれたのか!とにかく、俺が準備をする間にあんたはあいつの目を惹きつけてくれ!」

 簡単な打ち合わせをしてから、昇流は龍樹に囮役を一任し、早速勝利のための準備に取り掛かった。

 無表情のままシャテルが二人に攻撃を仕掛けてくると、龍樹は守護の法典で自分と昇流の事を守りつつ、真言(マントラ)を唱え法力を高める。

「オン・マイタレイヤ・ソワカ・・・・・・」

 目に見えるほどに法力を高めると、龍樹は防御の隙間から護符を投げつける。複数枚に重なった護符はたちまちシャテルの周囲を覆い、壁を作った。

「護符で作った壁ですか・・・・・・やりますね」

「そんな無感動でいられるのも今のうちじゃぞ」

 言った直後、護符で作られた壁が途端に収縮を始め、そして爆発する。

 しかしシャテルは周囲に薄い水のバリアを張っており、自らの体も水ゆえに被害を最小限に抑えた。爆発攻撃は、水の魔法使いには意味をなさない。

水風船(みずふうせん)

 そして無表情に水の泡を飛ばし始めた。飛来した水風船は龍樹の周囲に浮かび、やがて破裂。その瞬間、衝撃波が一斉に龍樹へと向けられ彼を苦しめる。

「ぐ・・・・・・まだまだ!」

「御老齢は無理をするものじゃありませんよ」

 と言って、シャテルはケルピーの加護の下、大量の水から獰猛な龍を生み出した。

水清無魚(すいせいむぎょ)

 水が形作った龍がうねりながら勢いよく襲い掛かる。龍樹は守護の法典で水龍の攻撃を防御し、額に汗を浮かべつつ真言(マントラ)を唱える。

「オン・アラハシャ・ノウ・・・!」

 バチンと手を叩き、手首につけていた数珠を見ず龍目掛けて投げつけた。

 法力を受けた数珠は巨大化し、流動する水龍の首を縛り上げ、身動きを封じる。

「まだか長官!!」

「おーし、もう十分だ!!」

 ここで、昇流の仕込み作業が終了する。彼は守護の法典から抜け出し、シャテルに向かって突っ込んだ。

「俺だってやるときはやるってことを教えてやるぜ!」

「何をする気か知りませんが、お手柔らかに頼みますよ」

「ったく・・・・・・そんなに感情の起伏が見られないと、逆にこっちがやりづれえんだよ!」

 少しは怒るなり悲しむなり、何かしらの感情表現をしてほしかった。あまりに無味乾燥としすぎるシャテルの態度に昇流は却ってやり辛さを感じてしまう。

 とは言え、一応が敵である以上―――昇流も覚悟を決め、バッターの銃口をシャテルへ向け、引き金を引く。

「おらよ!」

 ドン!

「そらよ!」

 ドン!ドン!

「もういっちょ!」

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 一見すると何の変哲もない銃弾がシャテルの周囲に撃ち込まれた。

 奇妙な行動だとシャテルが思う中、昇流が不意に「龍樹さん!!」と声高に叫ぶ。

 刹那、これを合図に三法印の力を発動させ―――龍樹は錫杖を掲げる。

「生滅の過程をその身を持って知るがいい・・・・・・諸行無常印(しょぎょうむじょういん)奥義・相続無常(そうぞくむじょう)!!」

 シャテルは目の前に現れた現象に目を見開いた

 高められた龍樹の法力が見せたのは、仏教の開祖たる釈迦の巨大な立像で、釈迦はシャテルの包み込むように覆い囲み、静止を決め込む。

 その間、シャテルは不思議な感覚に陥った。だが決して苦痛を覚えることはなかった。敢えて気になる事があるとすれば、昇流が周囲に撃ち込んだ銃弾から白い煙のようなものを噴き上げ、徐々に周りの空気が冷やされているという事。

 だが幸か不幸か、シャテルは性格の問題でほとんど気にも留めない。いや、興味すらないと言った感じでいたずらに過ぎる時間の中で彼は悠然と立ち尽くす。

 しばらくすると、釈迦は抱擁を止め、シャテルの目の前から姿を消した。この間、龍樹と昇流の攻撃は無く、ただただ事態を静観し見守っていた。

「・・・・・・一体何がしたかったのか僕にはわかりません。僕は決して頭がいい方ではありませんので」

「じゃあさ、とりあえず俺たちを攻撃してみりゃいいよ。もしくは、このまま何もせずに道を開けてくれるのもよし。好きな方を選べ」

「・・・・・・そうですか」

 昇流から二つの選択肢を与えられると、シャテルは全身の魔力を練り上げ、ありったけの水を吹き出し巨大な滝を形作る。彼が取ったのは前者の方だった。

万水千山(まんすいせんざん)。僕の最大魔力で作り出した大瀑布ですべてを洗い流します」

 思った通り、シャテルは攻撃の意思を見せてくれた。これぞ昇流が待ち望んでいた展開であり、このタイミングを見計らい彼は銃を構える。

「無感動でも、挑発に素直に乗ってくれた素直さは―――感謝するぜ!」

 ―――ドンッ!

 放たれた銃弾は滝水を噴き出すシャテルの手を掠った。

 その瞬間、事態は一変。唐突にシャテルの手が凝結し始め、滝水は氷へと変わり始めた。

「おっしゃー!上手くいったぜ!」

「成程。あれがそうか・・・」

「ああ。俺だって頭脳プレーのひとつやふたつ出来るって事がこれで証明されたろ!」

 凍結を始める体と周りの水を見ながら、シャテルは取り立てて怯えることもなく淡々と昇流に尋ねる。

「これはどういうことですか?」

過冷却(かれいきゃく)だよ。水ってのは零度以下でゆっくり冷やしていくと、氷にならないでそのまま液体の状態を保ち続ける。さっき俺が周りに撃ち込んだのは、四分隊の技術スタッフに作らせれた特殊弾だ。銃弾には通常の火薬と特殊な技術で組み込み凝縮した液体窒素が含まれていた」

「そして拙僧が冷気を逃がさぬように釈迦によって周囲を覆い、さらにその力でお主の周りの時のみ何時間も経過させた・・・」

「こうしてお前自身が過冷却水そのものとなった。人間のおよそ6割は水で出来てる。まして水の魔術師であるお前の体は水そのもの。内臓機能がたとえ水でなくたって、普通の人間よりは水分量は多いと推測した」

 珍しく科学的な理屈に基づく昇流の御高説。彼が喋る間にもシャテルの体の凍結現象は進む。しかしシャテルはその事に決して恐怖することはなく、ただただじっと説明を聞く。

「零度以下で氷結しなかった水は非常に不安定ゆえに、ちょっとした衝撃を与えるだけで一瞬で氷結が始まる。悪く思うなよ・・・」

 と、昇流が言った直後。話を聞き終えたシャテルは何故か口角を釣り上げ、

「・・・・・・まさか死様がこんなシャーベットになるとは思いませんでしたよ。ですが、それもまた美しい終わり方ですかね」

 身体機能を奪われ、完全に凍結を完了させたシャテルの体は間もなく崩壊現象を起こし、粉々に砕け散った。

 戦闘の際、常に無感情を貫いた彼が最後に見せた意味深な笑み。それが昇流と龍樹の心に印象深く残った。

「・・・せめてかの者の魂が来世で報われんことを祈って、南無阿弥陀仏」

「にしても淡白な奴だったな、最後まで」

 そう言いながらも、昇流は龍樹と共に氷解したシャテルを偲び、黙祷を捧げる。

 

 

同時刻 地上160階 白の間

 

「必殺!!瓢箪駒(ひょうたんごま)!!」

 陰陽如意八卦棒に魔力を集める隠弩羅。

 直後、台風並みの強さを持つ突風を巻き起こし、単体或いは複数の相手を切り刻む魔術が発動する。

 ブランシュがこれを避けようとすると、発生した突風は自動追尾し、標的を執拗に追いかける。面倒な特性だと思い、ブランシュは滅びの波動を放って魔術そのものを無力化―――その際に生じる衝撃を隠弩羅へ飛ばす。

「ぐああああああああ!!」

 滅びの波動を受ければ簡単に命を奪う事ができる。だがブランシュは隠弩羅を簡単には殺さず、じわじわとダメージを蓄積させながら嬲り殺すという残酷な手法を選択する。

「くそ・・・たれが・・・写ノ神を元に、戻しやがれ!!」

「だから私ではどうする事もできぬと言っている!」

 隠弩羅は魔術を使った時にかかる負荷で命をすり減らしており、ブランシュの攻撃も加わり、立っている事さえ不思議な状態。それでも、彼は石化した写ノ神を元に戻す方法を聞き出そうと、最後まで闘う事を貫いた。

「しゃらくせぇ!!!こうなったら意地でも戻してもらうからな!!」

「頭の悪いネコだ。滅びた命は冥底(めいてい)より帰還することなど永劫叶わぬ!!」

 八卦棒をやたらと振り回し自暴自棄になったように攻撃の手を止めない隠弩羅と、滅びの波動という絶対的な力を持ち合わせ、あまつさえおまけとでもいうべき格闘技を駆使するブランシュが激しく衝突を繰り返す。

 一方で、滅びの波動を受けて石化してしまった写ノ神の魂はいずこへ行ってしまったのか・・・・・・

 

 

 彼の魂はまだ、黄泉の国へと誘われてはいなかった。現在、彼は人生初となる臨死体験の真っただ中にあった。

『ここは・・・・・・』

 肉体から分離した彼の魂は、浮遊霊となっており―――現在、彼は目の前から飛び込む過去の出来事を注視していた。

 

 

西暦1588年 10月1日

日本 安房国・某山中

 

 それは、嵐の夜の出来事。土砂降りの中を疾走する人間の影が見えてきた。目を凝らしていた写ノ神は瞬時に目を見開き、驚いた。

 現れたのは、かつて身寄りのなかった自分を育て上げ、14歳の頃まで付き人として側に仕えさせていた男―――名を大藤浩司斎(おおふじのこうじさい)と言った。

『浩司斎様!・・・・・・そっか。あれからもう一年経つんだ』

 ドラを始め、現在の鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーとの出会いを機に育ての親と別れた写ノ神は、当時を懐くし思いながら浩司斎を見る。今、目の前の彼は雨風を凌ごうと大きな木の下で雨宿りしている。

 と、そのとき。浩司斎の耳にある声が聞こえてきた。

「ん」

 声は赤子が泣いているようなものだった。彼は声を聞くと、矢も盾もたまらず声のする方へ走った。

 やがて彼は、山中にある洞窟を見つけた。声はその中から鮮明に聞こえて来た。

 浩司斎は非常時に備え、持っていた石火矢を手に恐る恐る中へと入る。

 漆黒が支配する洞窟の中で反響する赤子の声。まるでそれ以外の生物がいないかのような不気味な静謐さが、浩司斎の緊張を生む。

 そして、一番奥へと入ったとき―――彼はあっという声を漏らした。

 手に持った石火矢を落とすと、彼は布で体を覆われた男の子の赤ん坊を発見し、それを恐る恐る抱きかかえる。それまで泣き止む事の無かった赤子は、浩司斎の手に抱かれた途端に泣き止み、大人しくなった

「いったいどうして・・・・・・」

 誰が何のために赤子をこの洞窟へ捨てたのか。そう思っていると、赤子を拾った場所であるものを見つけた。

「これは・・・・・・」

『あれって!!』

 浩司斎が拾ったものを見て、写ノ神は心底驚いた。紛れもなくそれは自分の主力武器である全53枚から構成された魂札(ソウルカード)が納められたカードホルダー。

魂札(ソウルカード)!?じゃあ、あの赤ん坊は俺なのか・・・・・・!!』

 写ノ神は自分の出生についてを詳しく知らされていなかった。浩司斎が自分を育ててくれたことは知っていたが、まさか生まれた直後の自分を浩司斎が拾ってくれたとは夢にも思わず、15年目にして判明した真実にただただ驚き唖然とする。

 と、その直後。洞窟の中で目映いばかりの光が発生し、写ノ神の視界を阻み始める。

『うわあああ!』

 浩司斎と赤子の自分を覆い隠す強い光。今見ている光景が徐々に見えなくなり、写ノ神は強制的に過去との接触を拒まれる。

『待ってください、浩司斎様!!浩司斎様――――――ッツ!!!』

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 ドクン・・・・・・

 過去との接触の末に、写ノ神の体が七色に光り始め―――それに伴い、石化した体にも著しい変化が訪れる。

「なんだ?」

「う・・・写ノ・・・神・・・!?」

 ドクン・・・ドクン・・・

 ブランシュと、ボロボロに傷つき地面に倒れ伏した隠弩羅が写ノ神を注視する。石化していた写ノ神の体は七色の輝きを放ち、ゆっくりと精気に溢れた元の体色を取り戻していく。

「な!!」

(滅びの力が拒絶されている・・・・・・こいつの生命力が戻り始めているだと!?)

 ブランシュの絶対的な滅びの力を拒絶し、写ノ神は石化を解くとおもむろに立ち上がる。

 今までこんな事は一度も無かった。ブランシュは挙動不審になりながら、それでも虚栄を張って自分を肯定化しようとする。

「何をしたのか知らぬが・・・・・・俺の滅びの力は絶対だ!!抗える力などこの世のどこにもありはせん!!」

 言った瞬間、ブランシュは復活したばかりの写ノ神目掛け、滅びの波動を最大質力で撃ち放った。

 ―――ドンッ!!!

「写ノ神!!」

「し・・・しとめたか!?」

 着弾は免れなかった。爆発が起こった瞬間、写ノ神の姿が爆炎に包まれる。

 だが次の瞬間、土煙の向こうより写ノ神と思われる物影が姿を見せるが・・・

「な・・・・・・・・・!!」

「なんだ、あのすがたは!!?」

 

【挿絵表示】

 

 二人は爆炎の中より現れた写ノ神の姿に息を飲む。

 写ノ神の体は神々しく薄緑色に発光していた。目つきも普段よりも鋭くなっており、頭からオーラのようなものを気を発している。そして極め付けとして、彼が全身に纏うX字に重なった光輪。

「どうなっている?確かにお前は滅びの波動を受けた。そして生命力を失い石となった。なのに・・・・・・何故だ!?」

「・・・・・・・・・」

 写ノ神に起こっている不可思議な現象に酷く狼狽するブランシュの疑問もさること、写ノ神は口を閉ざし何も答えない。

「貴様・・・・・・舐めているのか!!」

 本能的に写ノ神の力に畏怖の念を抱くと、ブランシュは右手から滅びの波動を放った。

 瞬間、何らかの力を発現させた写ノ神はおもむろに右手を動かし、軽く波動を受け止め―――掻き消した。

「なに!!?」

「滅びの波動を素手で・・・掻き消しやがった!!」

 本来掻き消しせるような力でなかった。滅びの波動は触れた側から有機物、無機物問わずそこに命があるものとみなし生命力を奪い取る。

 だが、写ノ神はこれを素手で受け止め波動そのものを無力化した。しかも触れたはずの右手は一向に石化する気配すら見せない。

 まさに目を疑う光景だった。ブランシュが動揺のため体を硬直させていると、写ノ神は瞬時に姿を眩ませ、ブランシュの懐へと潜り込み―――彼を殴りつける。

「がぁ・・・・・・!」

 アッパーカットによりブランシュを空中に殴り上げ、写ノ神はどこで身に付けたとも思えない神速で先回りし、光の速度から繰り出す踵落としでブランシュを地面へと叩きつける。

 ―――ドンッ!!!

 圧倒的・・・いや、絶対的な力の差を見せつけられたようだった。事態を掌握しきれず隠弩羅は茫然自失と化す。

「どうなってやがるんだ・・・写ノ神、おめぇの身に何が取り憑いてやがる?!」

「くそがあああああああああああ!」

 そのとき。写ノ神の攻撃を食らい床に叩きつけられたブランシュは満身創痍の状態で立ち上がると、怒り狂っった様子で魔力を周囲に放出―――その状態から写ノ神に狙いを定め、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 最大質力から生まれる滅びの波動を連発する。しかし、写ノ神は無表情のまま右手を差し出した。

 刹那、掌から虹色に輝く防御壁が展開する。滅びの波動を受けても防御力を失うどころか、滅びの波動事態を無力化する。

 完璧なまでのその力で滅びの波動を防ぐと、今度は空いている左掌から虹色の波動をブランシュ目掛け豪快に放つ。

(そんな・・・・・・俺が・・・・・・こんなわけの分からぬ力に屈するなんて・・・・・・)

 波動はブランシュを直撃する。彼は瞬時に体が蒸発する感覚を覚えながら何も言えぬまま、あっさりと身を焦がす虹色の波動によって消滅した。

 絶体絶命と思われたはずの戦いに終止符が打たれた。隠弩羅が目の前の結果に絶句していると、写ノ神を取り巻くオーラと光輪が消え、彼は正気を取り戻した。

「あれ?俺は一体・・・・・・」

「写ノ神!!」

 隠弩羅は体を起こし、写ノ神の元へ近づき安否を確かめる。

「なあ隠弩羅。俺はあの後どうなっちまったんだ?つーか、俺って石化されたはずじゃ・・・」

「おまえ・・・何も覚えてねえのか?」

「ああ・・・・・・」

 彼は肝心な記憶を何ひとつ覚えていなかった。自分が石化から逃れたことも、その後発現した未知なる力によってブランシュを倒したことも。

 隠弩羅はこの事を不思議に思いながら一人考える。

(あのとき、こいつから感じたあの力は・・・・・・・・・もしかすると写ノ神は)

 彼の中でひとつの仮説が立ったが、それは万に一つもないという可能性だった。

 

 

同時刻 地上160階 祓いの間

 

 ほとんどの場所で戦いの決着がつけられる中、魔猫こと―――サムライ・ドラは悪魔を忌み嫌うイギリス悪魔教会の魔術師アントン・ラヴェイと交戦を続けていた。

影牢(かげろう)

 アントンの魔術師は、空間と影を自在に操る力で、ドラは変幻自在に周囲の影から生み出されるアントンの力に翻弄され、ついには影が生み出す牢へと閉じ込められるのだが・・・

 バシュン!

 ドラはその力を苦とも思っていなかった。影で作られた牢を愛刀の一振りで斬り伏せ、簡単に脱出を成功させる。

「影で作った牢屋ぐらいで悪魔を大人しくさせれると思ったか?」

「いいや。思わんな」

 互に冷静に牽制を繰り返す。

 すると、アントンはドラを確実に仕留めるため、空間を歪曲させながら周囲の影から無数の雑兵を作り出し軍団を組織する。

 影の兵士たちはアントンの忠実な下僕として、標的であるドラを見据え、一遍に襲い掛かって行く。

 ドラは向かってくる影の雑兵を片っ端から切り捨て、排除しながらただ一人の標的、アントンへと向かっていく。

「なんだかお前の能力って、魔術っていうより悪魔の実の力に似てるよな!」

 聞いた瞬間、アントンは内心立腹し露骨に顔を歪める。悪魔と認識したドラの口から、自らの能力を悪魔の力と罵られたことが何事にも耐えがたい恥辱と感じたのだ。

 アントンは眉間に皺を寄せると、影でできた砲撃を放ち、ドラを攻撃する。

 飛んでくる砲撃を軽快に避け、ドラはアントンの懐へと飛び込み斬撃を放つ。咄嗟に、巻いていた影の籠手で攻撃を防ぎ、アントンは自分の影を媒介にドラの体を縛り上げる。

「おっと・・・オイラとしたことが」

 影に縛り上げられたドラは中空へと浮かび、アントンは逃げ場のない彼を追い詰める。

「これならば簡単には逃れられまい。哀れなる悪魔よ。その命を天に返すがいい」

 懐に差した剣を抜き、中空で固定化したドラに切っ先を突き立てる。

 ―――グサッ!

 だがその直後、ドラは不敵な笑みを浮かべたと思えば、持っていた刀の切っ先をアントンの右目目掛けて突き刺した。

「ぐああああああああああああああ!!!」

 眼球という人間の急所を突いたドラの攻撃は想像を絶する苦痛をアントンに与える。

 網膜と水晶体を突き破り、神経をもろに傷つける凶刃。一瞬にして視力を失ったアントンは止めどなく流れる血を両手で押さえながら収まる事の無い激痛に悶絶。 そうして集中力が途切れた瞬間、ドラは自分を縛っていた影を切り捨て、さらにはアントンの事を蹴り飛ばす。

 一気に形勢が逆転した。ドラは床に倒れ声を押し殺し悶えるアントンを見据えながら、刀を右肩に当てる。

「残念だったね。悪魔が手段を選ぶわけがないだろう。本気で殺す気があるなら徹底的に残忍非道になれ。そして自分が殺される隙を一瞬でも与えるな」

「おのれ・・・・・・・・・!」

 見えなくなった右目を手で押さえ、残りの左目を通してドラを睨み付けるアントン。彼は憤った末、影の魔術を用いて徹底的にドラを攻撃する。

 影によって形成されたハサミや剣を始めとする鋭利な武器。さらには龍といった怪物が、ドラに向かって襲いかかる。

 しかしドラは向かって来る影をことごとくに斬り捨て、悪魔らしい邪悪で悪意を孕んだ笑みを浮かべながらターゲットへ急速に接近する。

「ではははははははは!!!」

 その悪魔染みた癇に障る不気味な笑みで目の前のアントンを見、そして斬り伏せる。

「が・・・・・・」

 呆気ないと、内心アントンは思った。ドラを標的を斬り伏せると、仰向けに倒れるアントンの腹部に愛刀を突き刺し、身動きをとれなくする。その上で彼はおもむろに口を開き、

「お前本当に悪魔殺す気でいるのか?にしては選ぶ手段がどれもこれもかわいいんだよ。影を使うならオイラの足元を使えばいい。それともそれを使うには魔力も集中力も足りなかったな?だとしたらごめんよ・・・右目いっちゃって集中できなかったかな」

 相手を見下すような最低な笑みを向け、ドラはアントンが苦しみ喘ぐ様子を嬉しそうに見る。

 やがて刀を引き抜くと、ドラは自分の腕を開け、オイル用の吸引口にホースを突き刺す。そしてホースを通して体に流れるウルトラクリーン油と呼ばれるそれをアントンの体へ垂らし、懐からライターを取り出し火をつける。

「ミディアムステーキは好きな方?オイラはミディアムレアが一番好きなんだけど、今日はウェルダンの気分だからな。しっかり焼かないと」

 と言って、持っていたライターを無造作に油が吹きかかったアントンの上へと落とし、発火させる。

「うおおおおおおおおおおおお!!!ああああああああああああ!!!」

 ウルトラクリーン油は可燃性が抜群に良く、アントンの体をたちまち赤い炎によって焼打ちにする。猛烈な勢いで燃え上がる炎にもがき苦しむ敵の姿を一瞥しドラは非情にも、

「オイラは魔猫。悪魔祓いには荷が重すぎたな。でははははははは!!!!」

 悪魔以上にえげつなく、そしてとこん恐ろしい魔猫。手段を選ばない事に加え、残忍にして非道な仕打ちを敵に与えたのだ。

 進路を部屋の出口へと向けたドラは、高笑いを浮かべながら焦げ臭いが立ち込める部屋を後にする。

「あああああああああああああああああ!!!!おのれえええええ!!!私は諦めんぞ・・・・・・必ずやお前という悪魔をこの世から根絶してやるううううううううううううう!!!」

 全身を炎に焼かれながら、ドラへの復讐を誓いアントンはその身を焦がし続ける・・・・・・。

 

 

午後0時00分

星の智慧派教団本部 屋上

 

 いよいよ、屋上にて邪神ナイアルラトホテップ復活のための儀式が始まろうとしていた。

 十字架に張りつけにされ身動きが取れないキャリーサと、そのかたわらには妖術ジョウゼフ・カーウィン、そして星の智慧派教団の教祖ヘルメスが控える。

 二人は高層ビルの屋上から、ロサンゼルスの街並み―――強いては世界というものを見下ろし、しみじみと思う。

「これが全部・・・我々のものになるとは凄いことですねはい」

「そういうことだ。では、邪神に登場していただこう」

「ええ」

 おもむろに掌を広げると、二人は持っていた輝くトラペゾヘドロンこと、邪神の魔力が封印された黒い多面体の欠片を取り出す。

「ドラ・・・さん・・・・・・みなさん・・・・・・」

 肉体的、精神的にも弱っていたキャリーサはか細い声を上げ、この場に居ないドラたちに助けを求める。

「教祖。箱の用意は」

「ええ。ちゃんとありますよはい。あとは無垢なる意思に邪神の魔力を注ぎ込めば、この世界は闇に飲まれ、新たな世界が誕生します―――――この私と言う秩序の下で」

 

 グサッ―――・・・

 

 カーウィンは目を見開き、途端に顔を歪める。

 目の前のヘルメスは不敵な笑みを浮かべたまま、カーウィンの心臓を魔術によって生み出した槍を使って一突きにした。

 心臓を射抜かれたカーウィンは吐血し、穴の開いた心臓付に手を当て止めどなく流れる血を押える。

「・・・・・・何の真似だ?」

「びゃーははは・・・・・・あなたが我々教団を利用したように、わたくしもあなたのことを利用させてもらいました。カーウィン殿は、ナイアルラトホテップの力を独り占めにするつもりだったんですよね・・・・・・・・・さ、その欠片をいただきましょうか!」

 隠されたヘルメスの本性がついに露見した。キャリーサがヘルメスの行動を見て絶句する中、カーウィンは多量の汗にまみれた険しい顔を浮かべ、

「・・・・・・お前の頭の中はずっと読んでいたはずだが」

「これでも星の智慧派の教祖ですからはい。心に鍵を掛けるくらいのことはできますよ。カーウィン殿は、まぁ例えるなら本屋の店先で雑誌を立ち読みしてたようなものですよ」

「甘く見過ぎた様だ・・・・・・受け取れ」

 自らの敗北を認めたカーウィンは、持っていた欠片をヘルメスへと放り投げる。

 ヘルメスが嬉々とした顔でそれを取ろうとした瞬間、

「あ!!」

 どこからともなく伸びて来たマジックハンドが欠片を強奪。横を見ると、ドラが何食わぬ顔でマジックハンドを操り立っていた。

「ではははははは!!!残念だったな、欠片はもらってやるよ」

「ドラさん!!」

「なんと・・・・・・思ったほど早いご到着で!?」

 アントンが倒されることは想定していたが、予想よりも早くドラは屋上へとやってきた。打算で動くヘルメスにとって、致命的な計算ミスだった。

 と、その直後。カーウィンは隙を見せたヘルメスの背後を取って体を抑え込む。

「お前の体を貰うぞ」

 カーウィンは残りわずかな命を繋ぎ止めるため、ヘルメスに風穴を開けられた今の肉体を捨て、ヘルメスの肉体を奪い取ることにした。

「う・・・うぎゃあああああああああああああああ!!!」

 自らの打算によってカーウィンを欺き欠片を奪ったと思ったヘルメスは、第三者の介入と一瞬の油断から生じた隙によって、肉体を奪われるという呆気ない最期を遂げた。

 こうして、ヘルメスの体を乗っ取り新たに生まれ変わったカーウィンは不敵な笑みを浮かべるドラを見、

「それを渡して貰おう」

「へ。妖術師らしい下種な術を見せてくれたな。だけどそれでこそ、悪党だ」

 なぜかカーウィンの行動を褒め称えたドラ。鞘から刀を抜くと、ドラはカーウィンへ刃を突き立てる。

「今度こそお前を根絶やしにしてやる!そこにいる誰かさんを助けるためではなく、純粋にお前を殺しに来てやったぞ!!ありがたく思え!!」

「え・・・・・・///ドラさん、あたしのことは二の次、ですか?」

 と、恐る恐るドラに尋ねた瞬間・・・

「アホウ。お前なんて三の次もいいところだ!」

 あまりにショッキングな言葉だった。キャリーサは、聞いた途端ショックの余り気を失った。

 

 

 

 長きに渡った輝くトラペゾヘドロンを巡る星の智慧派教団との戦い。

 ついに、ドラとカーウィン・・・・・・二人の魔物による最終戦争が勃発する!!

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 14巻』 (集英社・1997年)




次回予告

ド「いよいよこの章もクライマックス突入!!変態妖術師と魔猫・・・勝つのはどっちだ!!」
隠「って、あんたが勝たなかったらこの物語終わっちまうじゃねぇか!この世界も一緒にな!だから勝ってくれよ!」
昇「それよりさ、俺の今回の頭脳プレーに関してなんだけど・・・誰か俺を褒めてくれねぇ?」
ド「褒める訳ねェよ、バーカ!!!次回、『無貌の神』。今さらだけどさ、ナイアルラトホテップって名前めちゃくちゃ言いづらいよね!」

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