サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「いよいよ始まった星の智慧派教団との一騎打ち。本日のメインイベントは・・・R君とアダマによるバカ頂上決戦でーす!!」
駱「おいふざけんなテメェ!!バカ頂上決戦とは言ってくれるじゃねぇか!!バカっつったら俺よりも長官だろう!」
杯「はぁ!?俺が駱太郎よりバカだって・・・!あんな、俺とお前とじゃ知能指数に明らかな差があるんだ!!例えば・・・」
写「どっちもどんぐりの背比べだよ」


星の魔術軍団殲滅作戦(前編)

地上140階 南側通路

 

 己が拳を武器とする純正格闘家・三遊亭駱太郎。対するは土を自在に操り武器とする魔術師・アダマ。今日の因縁に白黒をつけるため、両者は最後の衝突を開始する。

「万砕拳・・・!」

 技の発動のため、駱太郎はボクシングをするような体制に入り、フットワークを軽快に刻み始める。

「ローム!!」

 そう言うと、攻撃態勢に入った駱太郎に対し、アダマは体の表面を薄い泥土を纏うことで防御力を高める。これで駱太郎の破壊の拳にも十分に対応できる、そう考えた瞬間・・・

「玉砕!!」

 左足を重心に置いていた駱太郎は、腰と右つま先を回転させ弧を描く様に腕を振り抜く。アダマの左脇に拳が入ったのを皮切りに、ガードの構えを取っていた左腕を右腕同様に振り抜く。これを交互に繰り返し、土の装甲を破壊していく。

 次第に攻撃力が上がり始めると、装甲も耐性を失っていく。同時にアダマ本人にダメージが伝わり、彼は鋭い衝撃に苦い顔を浮かべ始める。

「うおおお!!!」

 唸り声とともに放り込む渾身の一撃。だが攻撃の瞬間、アダマは素早く後ろに移動し難を逃れる。

 しかし、これまで受けたダメージは確実に体へ蓄積していたから、アダマは軽く咳き込み当てられた箇所を手で押さえる。

「くそ・・・相変わらずデタラメなパンチだ。ただの人間じゃないな!」

「おめぇがどれだけ体を土くれで固めようと、俺の拳は万物すべてを打ち砕く力なのさ!」

 拳に宿ったこの世にあるものすべてを等しく打ち砕く破壊の奥義―――駱太郎はそれを自らの誇りとしていた。

 不敵な笑みを浮かべる彼だったが、アダマはこれを面白く思わなかった。

 刹那、彼は駱太郎の目の前から姿を消した。

(チクショー・・・デケーくせに、ちょこまかと落ち着きのねぇヤロウだ)

 どういう原理で彼が瞬時に姿を消したのか・・・駱太郎の頭ではいくら考えてもわからないだろう。だが彼は同時に思った。目の前の男が力を誇示する割には力を恐れる臆病者であると。

 そのとき。何処からともなくリンゴが投げられた。駱太郎は、自慢の髪にリンゴがかすると、あっ・・・と言って眼を見開き、過剰に反応した。

「てめぇコノヤロウ!!髪の毛抜けたらどうすんだよ!!」

「何をしている。こっちだぞ、トリ頭」

 声が聞こえた方に目を向ける。天井付近の壁には両手両足を広げたアダマが駱太郎を見下ろしている。

「ちっ。逃げ足だけは早ぇようだな」

「お前の自慢のパンチなんて、わざわざ受けてやる必要などない」

 そうが言った瞬間、駱太郎は右拳を強く握りしめ―――同時に触れるもの全てを凍てつかせる冷気を放出する。

「万砕拳、氷結砕(ひょうけつさい)!!」

 拳の形をした摂氏マイナス18度の冷気が放たれる。皮膚はおろか、血液を凍結させる冷たさがそのまま拳となって襲い掛かると、アダマは着弾の前にこれを避ける。天井に当たった冷気は着弾地点を中心に冷気を広げ―――壁を瞬時に白色に凍てつかせる。

「そんな攻撃・・・食らうか!」

 駱太郎の背後に回ったアダマは、魔術で生成した土を拳に纏い、自慢の筋肉から生まれる鋭い運動で一気に殴打。

 動物並みに鋭い勘で駱太郎はアダマの攻撃を左腕でガードし、

「おらああああ!!」

 右手でアダマの頬を強く引っ張り、その状態から右側の壁に勢いよく叩きつける。

氷結砕(ひょうけつさい)氷室(ひむろ)!」

 先程躱された凍てつく拳を再び放つ。しかし今度のそれは両腕から発動する強化版であり、複数の冷気を何十発と撃ちこむ事で対象物を凍らせる。

 アダマは冷気の拳をその身に受け、凍りついた。巨大な氷塊と化した彼を見、駱太郎はその隙に逃亡を図る。

 グウ~~~~・・・

 彼を氷漬けにしたことで安ど感を覚えたのか、途端に駱太郎は空腹を覚える。

「チクショー、こんなときに腹が減るとは・・・どっかに給仕室はねぇのか?」

 バリン―――!!

 氷塊が砕ける嫌な音が聞こえたと思えば、駱太郎の目の前に凍傷によって若干赤く腫れた皮膚が目立つアダマが「待て貴様!」と、通せん坊をしてきた。

「ヤロウ、抜け出しやがったか!この逃げるのは一流の腰抜けが!」

「何を!?」

 腰抜けと言う罵倒文句にアダマは露骨に顔を歪める。駱太郎はそれがアダマの心理状態に強く影響するキーワードと瞬時に判断し、この言葉を多用し挑発する事を思いつく。

「どうした腰抜け?今度は逃げねぇのか?」

「貴様・・・・・・俺を怒らせてしまったぞその言葉!」

 案の定、アダマは挑発に乗った。拳を固く握りしめた彼は、火を見るより明らかな怒りを顔に出し拳を構える。

「受けてみろ俺の殺人拳!土の精“カリカンジャロス”の力から生み出される超ヘビーパンチだ!」

 瞬間、全神経を右拳に集中し―――アダマは必殺の拳を叩きこむ。

混凝土(コンクリート)!!」

 バチンッという気持ちのいい音を立てたアダマの拳が、駱太郎の右頬に叩き込まれる。明日の方向へと顔を持っていかれた駱太郎は、鼻孔と口から血を流す。

 だがそれでも彼はこの拳打に耐えた。元々タフな方である駱太郎は、前かがみの状態から「効かねぇささやかパンチだ・・・」と言って、右腕にガントレットを纏う様に一部を金属へと変えた。

「万砕拳・・・」

「ローム!!」

鋼金砕(ごうきんさい)!」

 カキンッ―――金属が鋭く響く音が鳴る。アダマの左頬に食い込んだ駱太郎の拳は、彼の顔を大きく歪める。涙腺から涙を、鼻孔から血を出すアダマだが・・・

「お?」

 彼は駱太郎の拳を受けても決して後ずさりすることなく、その場に立ち尽くしていた。そして、若干やせ我慢をした様子で駱太郎を見据えると、

「・・・お前のなんかヘナチョコパンチだ!混凝土(コンクリート)!」

 バチンッ―――

 ヘビー級のパンチが再度駱太郎の顔を変形させた。だが彼もまた、アダマがそうだったように、この攻撃に耐え後ずさることをしなかった。

 思考回路が極めて似通っている二人の戦いは、敵意や憎しみなどと言った感情から来るものというより、どちらかと言えば好敵手同士のそれに近かった。そう・・・リングに上がったボクサー同士が世界タイトルを争って殴り合う応酬を彷彿とさせる。

 互いに息を切らし合う二人。すると、駱太郎は強がった様子でアダマに笑いかける。

「・・・おめぇのは貧弱パンチだ、へへへへ」

「いいや。お前のが貧乏パンチだ」

「じゃあおめぇはへなへなパンチだ」

「お前なんかのらくらパンツだ」

「パンツ・・・?」

 言い合っているうち、アダマは口を滑らせ誤った言葉を口にする。聞いた瞬間に二人は口を軽く開け茫然自失と化す。

「そりゃパンチじゃねぇよ!!」

「ちょっと間違えちゃったじゃねぇか!!」

 憤慨した駱太郎はアダマに殴りかかった。アダマもこれに対抗し鋭い拳を叩きこむ。

「逆ギレしてんじゃねぇ、ブラジャー野郎が!!」

「黙れ靴下!!」

「もも引き!!」

「ステテコ!!」

「ふんどし!!」

 単純な奴らだと笑う人もいるだろうが、彼らはこれでも真剣なのだ。真剣に殴り合いっていた末、二人は壁を突き破って給仕室へと飛び込んだ。

 しかしどんな場所にいようが一切関係なしとばかりに、駱太郎は目の前のアダマにだけ集中し、今は彼を床の上で抑えつけている。

「どけ貴様!」

「うるせぇ無駄マッチョ!」

 などと言っているうち、駱太郎はようやく自分がどこにいるのかに気付く。

「ん・・・ここは給仕室か」

 おもむろに周りを見渡すと、ちょうど目の前に彼が今まで見たことがないほど巨大な電化製品が立っている。

「なんだこいつは!バカでけー冷蔵庫だなおい!」

 自宅にある冷蔵庫の何倍もの大きさ、おそらくは業務用だと思われるそれを見て一種の感動と衝撃を覚える駱太郎。

 しかし、その一瞬の隙を突き―――アダマは駱太郎を蹴り飛ばし離れる。

「そいつは地球に優しいエコロジー製品だ!中ではマイナスイオンが発生しているんだ!」

 わざわざ冷蔵庫の説明をする必要はないのでは・・・そんな事を思いながら、親切に言ってくれたアダマに駱太郎は首をごきっと鳴らしてから怪訝そうに、

「なぁ。マイナスイオンってよくわかんねぇんだけど、どういうもんなんだ?」

 これを聞き、アダマは攻撃の手を止め一瞬黙り込んだ。おもむろに腕を組むと―――彼は求められる質問の答えとして、

「マイナスイオンだから・・・まいな・・・・・・・・・・・・雌ライオンだな!」

 ―――バチンッ!!

 有無を言わさず駱太郎はアダマの顔面を渾身の力で殴り、彼を食器棚の方へと飛ばした。アダマと衝突した食器棚は豪快に倒れ、彼を下敷きにする。

「雌ライオン違うだろ!!なんで雌ライオン冷蔵庫の中で発生してんだよ!!怖くて開けらんねぇよ!!」

 余りにも自分をバカにした回答が気に食わなかった。マイナスイオンという目に見えない気体について問いかけたはずが、ネコ科の頂点に君臨する動物の雌という意味にすり替わっていたのだから。

 やがて、食器棚の下敷きになっていたアダマが姿を現し、割れた皿の破片で切ってあちこち血塗れとなった身体を露わにする。

「貴様・・・・・・人が下手に出れば付け上がりやがって」

「バーカ、状況見てみろよ。ここはルール無用の戦場だぜ。サービス精神良すぎる方が早死にするのが相場ってもんだ!」

 駱太郎の言う事もまた正しい。事実ここは戦場であり、過剰なサービス精神は敗北を招き寄せる原因となろう。

 アダマは体中に刺さった皿の破片を落とし、口元の血を拭うと駱太郎を睨み付ける。

「この屈辱は高いつくぞ」

 おもむろに合掌を始め、アダマは体中に流れる魔力を練り上げる。

 すると、アダマの体から泥が流れ出し―――流れ出た泥は盛り上がり、人型に形作られる。しかも泥の人形は一体ではなく八人。彼らは駱太郎の周囲を隙間なく取り囲む。

「なんだ・・・?」

 出現した泥人形を見渡し警戒する駱太郎。

「土属性対人魔術・・・」

 瞬間、アダマは強く念じることで泥人形全体に共通の指令を出す。指令を受け取った泥人形は一斉に動き出し、

土壌圧穿(どじょうおせん)!!」

 土の精カリカンジャロスの加護を受けた泥人形たちが繰り出す拳の連撃。紛れもなく威力はアダマが使った混凝土(コンクリート)と同じ。駱太郎は泥人形による袋叩きに合いながら、何とか攻撃をガードし、反撃の機会を窺う。

 泥人形たちの攻撃から辛うじて逃れると、駱太郎はアダマのもとへ走り右拳を突き立てる。

「玉砕ッ!!」

 だが直後、アダマは何故か口角を釣り上げた。その意味を理解したのは駱太郎の拳がヒットした瞬間だった。

「なに!?」

 自慢の拳は、泥人形たちによって防がれ、アダマは彼らを盾にすることで衝撃から身を守った。

「なんだ・・・それは!!」

 余裕が生まれると、アダマは駱太郎を一人で殴る。混凝土(コンクリート)を受け後ずさった瞬間を泥人形たちが見逃すわけがなかった。彼らは再び集団となって駱太郎を一斉にリンチする。

「ハハハハハハハハハハハ!!!どうしたどうした、さっきまでの威勢はどこへ行った!!!」

「や・・・ろう・・・・・・!!!」

 泥人形という手足を使って攻撃するというアダマの戦法。合理的だが、駱太郎からすれば姑息な手としか思えなかった。

 段々とアダマへの怒りを募らせていくと、泥人形たちを吹き飛ばし、駱太郎は本体であるアダマへと向かって突進する。

「調子ぶっこいてんじゃねぇぞ!!」

 鋭く突き立てた駱太郎の拳が、アダマ目掛けて放たれる。

 

 

同時刻 地上150階 風の間

 

 風を操り、それによる攻撃手段を有する星の智慧派教団の涯忌。それをこれから討ち滅ぼそうと宣言した、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)が誇る刺突(つき)の名手・山中幸吉郎。

「自慢の突きとやらで俺を殺せるか?お前は自分の能力を過信し過ぎている」

 涯忌は自分を殺すつもりでこの場に立つ幸吉郎と内心哀れに思いながら彼を見る。

 狼猛進撃の態勢に入った幸吉郎は不敵な笑みを浮かべながら、波紋と直接の目で涯忌の姿を見つめ鼻で笑う。

「能力に自信のない奴がここにいるか。ちょっと自分を信じすぎるぐらいでいいんだよ・・・・・・戦いなんて言う極限状態じゃ、いかに自分を信じ切れるかが勝敗を分ける。刹那にも自分を信じきれなくなった瞬間にそいつの運命は決する。明確なる死って形でな」

 刹那の如く―――幸吉郎は目を見開くと同時に、地面を強く蹴って飛び出した。

「狼猛進撃・壱式―――」

「アガシオン!」

牙狼撃(がろうげき)!」

「突風!」

 牙に見立て突き立てた刀の切っ先と、触れた物すべてを切り裂く風の塊が同じタイミングでぶつかり合う。その勢いに乗じて発生した衝撃波は、床下のタイルを捲り上げ、部屋中に大気の波を生み出す。

 タイルが捲れあがった際に生じた粉塵に紛れ、幸吉郎は強じんな脚力を生かして天井付近へと飛び上がり、頭上から涯忌へ斬りかかる。

 涯忌は斬りかかってくる幸吉郎の斬撃を両手の握り懐剣で受け止める。鋭い金属音が鳴り響くと、キーンという高い音が二人の鼓膜へと伝わる。

「狼猛進撃・陸式(ろくしき)

 

【挿絵表示】

 

 瞬時に涯忌の間合いから離れ、幸吉郎は持っていた剣を前に突き出し、

鑽牙(さんが)!!」

 涯忌へと向けられた刺突は衝撃波を伴い「飛ぶ斬撃」、もとい「飛ぶ突き」となった。咄嗟に軌道を読んだ涯忌の顔をすれすれに、飛ぶ突きは部屋の壁を突き抜け―――ものの見事に貫通する。

 刺突が風穴を開けるとは夢にも思っていなかった所為か、涯忌は目を見開き唖然とした。

「まさか突きが飛ぶとはな・・・・・・見かけ以上にとんでもねぇ筋力してんな!」

「鍛え方が違うんだよ、魔術師とはな」

「魔術師を舐めるな!」

 所詮は堅気の人間に過ぎないというおごりが涯忌の中にはあった。幸吉郎に著しくプライドを傷つけられると、涯忌は握り懐剣から風の衝撃を放つ。

 衝撃波の軌道を読んでこれを避けると、幸吉郎は空中へ舞い上がりそこから地上の涯忌目掛けて突きを下ろす。

肆式(よんしき)降牙(こうが)!」

「アガシオン“離岸風(りがんふう)”!」

 刺突が向けられた瞬間、周囲に強い風を巻き起こし、幸吉郎の突きの軌道を著しく狂わせた。風の勢いで重力加速度に乗せた刺突の威力を殺され、狙い所をずらされた幸吉郎は涯忌のすぐ横のタイルに切っ先を突き刺す。

 その隙を突き、涯忌は動けない彼に攻撃を仕掛ける。

「砕け散れ!!」

 鈍く光る懐剣の刃を二本同時に振り下ろそうとする。しかし幸吉郎は、皮一枚で刀を地面から抜き取り、涯忌による攻撃を回避する。

 互に獲物を仕損じた二人は距離を取って牽制。ゆっくりと横を並走し、徐々に加速をつけて行く。

「アガシオン“突風”!」

漆式(しちしき)狼爪(ろうそう)!」

 懐剣の切っ先より風の塊を手当たり次第に放つ涯忌と、それに対抗して幸吉郎は並走しながら連続して飛ぶ突きを繰り出した。

 両者の撃ち合いは、一進一退。二人は互いの武器をぶつけ合い、火花が散るのも構わず激しく金属の刃を擦れ合わせる。

 鍔迫り合いの中、思いのほか実力が高い幸吉郎を見ながら涯忌は戸惑いの表情を浮かべる。

「おいおい・・・最近の堅気こんなにも手強いものなのか!!」

「俺は最近の堅気じゃねぇ。出身は1603年の江戸時代初期・・・特異点っていう奴なんだよ!!」

 言って、幸吉郎は涯忌との鍔迫り合いを強制的に終了させた。

 涯忌は勢いよく弾かれると、後退しながら体を高速で回転させ、

「アガシオン!!」

 回転による勢いから生まれる渦を巻いた風。その中心に位置する涯忌は自らが台風の目となり、外側に向け強烈な風を放出する。

「ガストフロント!!」

 本来的な局地現象とは性質が異なるが、彼が繰り出すガストフロントは手当たり次第に周囲にある物を傷つけ、あらゆるものを切り裂いていく。

 幸吉郎もその風の影響下の中にあり、咄嗟に身を低くして攻撃の脅威から逃れようとするが、果たして・・・・・・

 

 

同時刻 地上140階 給仕室

 

「おらああああ!」

 殴る、蹴るなど原始的で野蛮な攻防を繰り広げる駱太郎とアダマ。

 本来は食事を提供するための給仕室も二人の手にかかれば戦闘場に早変わり。駱太郎は、テーブルの下に潜り込むと、それを豪快に持ち上げひっくり返す。

 そして彼は気付いた。いつの間にかアダマの姿が消えており、泥人形の気配も感じられない。彼は奇声を放ち、この隙に給仕室を出てキャリーサの救出に向おうとするが、

「こら!どこ行くんだよ!」

 流しの下に隠れていたアダマが逃亡を図る彼を取り押さえ、殴りかかった。

 駱太郎は殴られた衝撃で後ずさると、咄嗟に近くにあった食器棚から皿を一枚取り出し、向かってくるアダマの顔面に叩きつけた。

 バリンと言う音を立てて皿が割れる。地味に痛かったらしく、アダマは少々悶絶する。駱太郎はもう一枚の皿でアダマの頭を叩きつけ、三回目に及ぼうとする。

 だがそれをする前に、アダマは厨房に置いてあっためん棒で駱太郎の頭をかち割る様に殴りつける。

「そうそう同じ手を食らうか!」

 めん棒の一撃を食らわせると、アダマは小麦粉の入った袋を手に取りそれを使って駱太郎の顔を殴りつける。しかし駱太郎もそれに負けじと、小麦粉の袋でアダマを殴りつけるというオウム返しを披露した。

 全身が粉塗れとなる二人の泥臭い取っ組み合いは依然続いた。どちらも魔術とそれに類似する特殊な力を持っていながら、結局のところは原始的な攻防を繰り広げるのだから、最早死闘の域から外れ、チンピラ同士の喧嘩にしか思えない。

 どちらかと言えば駱太郎もそっちの方が好きだったが、今はその喧嘩で劣勢に立たされている。息を切らしたアダマがゆっくりと彼に近付いてくると、駱太郎はその場に転がっている物を一瞥し、そして―――

「ちょっと待ったー!待てぇ!待てぇ!」

 唐突に場の空気を読まない行動をとった。待ったをかけられたアダマは怪訝そうに「何待つんだ・・・」とつぶやく。

 すると、駱太郎は床に転がっていた七面鳥らしき鳥の丸焼きを手に取り、豪快にかぶりつく。途端、アダマは顔を渋くし露骨に目を逸らした。

「お前も食うかうめぇぞ」

 敵とは言え、腹が減ってはいい戦ならぬいい喧嘩が出来ないとでも言いたいのか・・・駱太郎は持っていた鳥の丸焼きをアダマへと放り投げた。

 受け取った瞬間、「鳥・・・」とぼやいたアダマはもらったそれを調理台の上に置く。その間、駱太郎は調理用に使う酒の入った瓶を手に取りグイグイと飲む。

「俺は菜食主義者だ。かわいそうに」

 邪教集団に所属しているとはいえ、アダマも修道服に身を包んだ神父である。人のために育てられ、人のために殺され食料とされた七面鳥の魂を弔い、十字を組んで神に祈る。

「これ飲むか」

 七面鳥を食せない敵の態度を見て、駱太郎は飲んでいた酒を代わりに勧める。

「くれ・・・」

 菜食主義者ではあるが、酒は普通に飲むらしい。駱太郎から勧められた酒を貰うと、豪快に飲み始めた。酒で喉を潤した駱太郎は冷蔵庫から卵を拝借し、殻を割って中身の白身と黄味をワイルドに口の中へと放り込み―――エネルギーを蓄える。

「あああ!」

「よっしゃ!」

「あああああああ!!」

「おおおおおおお!!」

 消耗していた力を補給し、両者は景気づけにその辺にある物を破壊した。そうして向かい合った二人は、互いの生き残りを懸けた戦闘を再開するのだ。

 

 

同時刻 地上160階 白の間

 

 自称“白魔術師”を名乗るブランシュの間へと到達した写ノ神と隠弩羅。未知数な能力を秘めたブランシュを警戒しつつ攻撃の隙を窺う。

 電気を帯びた剣、雷鳴斬を装備した写ノ神は額から一筋の汗を流してブランシュとの間合いを詰めて行き―――機を見て一気に攻撃へと移る。

横一閃(よこいっせん)!!」

 相手を左右に袈裟切りにする雷の斬撃。ブランシュは斬撃を避けると、手のひらから白色に輝く光線を発射した。

 光線の軌道から離れた写ノ神は、光線の着弾場所を見る。最初にブランシュが使った物と同じく、光線は壁に触れた瞬間に白砂へと変え、素材を脆く崩れさせる。

「おらあ!」

 ブランシュの能力に警戒しながら、隠弩羅も攻撃を開始した。八卦棒を高速で振るい連続突きを仕掛ける隠弩羅と、それを的確に見極め華麗な動きでブランシュは攻撃を避ける。そして隙を窺い、先ほど同様の光線を発射する。

 光線の効能を見極めるため、写ノ神と隠弩羅は当たらないように全身全霊で攻撃を避け続けた。そうして攻撃を幾度か見るうち、写ノ神はひとつの推測を立てる。

(まただ。あれが当たると決まって白砂になる・・・・・・魔術師つってもタイプが色々あるみたいだが、あいつは何の力を使ってる?)

 若干の焦りを抱きつつ、冷静さを失わない様に努める写ノ神は頭の中で分析を進める。

 と、そのとき―――上空よりブランシュは白い衝撃波を針の様に無数に飛ばしてきた。標的にされたのは写ノ神。彼は咄嗟に刀でそれを防ごうとした。

「!」

 直後、持っていた雷鳴斬に異変が起きた。針を受け流していたはずの剣先が徐々に白く変色し、やがて全てが白に染まると―――白砂となり写ノ神の手から脆く零れ落ちた。

「なんだって・・・!?」

「写ノ神の武器が砕けるなんて・・・・・・!」

 武器としての力を奪い、その形状を砂にする正体不明の力は写ノ神と隠弩羅を動揺させた。

 ブランシュは未だに正体が掴めない魔術に困惑する二人を見ながら、不敵な笑みで呼びかける。

「白き波動は触れた物すべてに等しく働きかけ、その生命力を奪い尽くす。生命力を失えば形状を保つことができなくなる。私の魔術はそういう力なのだよ」

「”生命力を奪う”・・・?」

「そんな魔術聞いたことがねぇな・・・それに白魔術ってのは利他的なもので、聖人が使うものに等しい。おめぇはそんな高尚な奴には見えぇ・・・・・・何もんだ?」

 これまで世界中を飛び回り、さまざまな土地の魔術に触れながらおおよその系統を自分なりに研究をしてきたはずの隠弩羅でさえ分からないブランシュの特殊な魔術。それは四大元素とされる「火」、「水」、「風」、「土」のいずれにも属さない力であり、白魔術という好ましい目的のために何かを生み出すのに用いられる魔術の性質を根本からが覆すものだった。

 ブランシュは、うすら笑みで二人を見ると―――左手を天井に掲げ、白き波動を球状に形成する。

 写ノ神と隠弩羅が身構えた瞬間―――目を見開いて、「この世で一番危ない男―――それだけだ!」と言って、白い球弾を投げ飛ばす。

 攻撃が繰り出されると、隠弩羅は慌てて青色の折り紙で作られた亀を複数個取り出した。

「オラオラ、しっかり働きやがれ穀潰しども!俺が死んだらおめぇらも死ぬんだからな!」

 という独特な詠唱をすることで、彼の命を削るやもしれない魔術を発動する。

 “青ノ式”と呼ばれるそれは亀の折り紙を媒介にして防御結界を発生させるものだった。

 しかし、ブランシュが放った白い波動は触れたその瞬間から折り紙に込められた魔術的エネルギーと、式神の生命力を奪い始める。ゆえに、ある程度の防御力が保障される結界に瞬く間に亀裂が生じる。

「写ノ神!!分の悪い能力だ。速攻で決めれるか!!」

「おうよ!そんじゃとっておきの見せてやる」

 触れた物の生命力を奪い、能力を無力化するブランシュの魔術はあまりに危険だった。写ノ神は隠弩羅が命をすり減らす覚悟で結界を展開し続ける間、ブランシュとの戦いに決着をつけるため、カードホルダーから四枚の魂札(ソウルカード)を取り出す。

 いずれも四大元素の最高位に位置する「(フレイム)」、「(ウォーター)」、「(ウィンド)」、「(ランド)」のカード。今から彼はこのカードの力を一遍に引き出す。

「“世界を構築する四大元素。炎・水・風・土の聖霊たちよ、手を貸せ。命を奪う力を根絶する悪しき魂を浄化する力をここに示せ”!」

 主が唱えた詠唱に答える様に、写ノ神の手元の四枚のカードは赤、青、緑、黄色に輝くと-――カードの先から光柱を発生させ、四つの光が交わる先に一つの武器を生み出す。

(ソウル)式・魔性剣(ましょうのつるぎ)!」

 四大元素すべての力を秘めた七色に輝く七支刀を携え、写ノ神はブランシュの下へと突っ込み剣を突き立てる。

 ブランシュは向かってくる写ノ神にも白い波動を飛ばすが、彼はそれを躱しながら確実に距離を詰めて行く。

「どんな恐ろしい力でも、それを使わせる前に先手を討つ―――勝者は俺たちだ!!」

 勢いよく七支刀を振りかざし、炎と水、風と土の力を内包する剣をブランシュ目掛けて振り下ろそうとした―――途端。

 写ノ神の足元が突如隆起したと思えば、白い波動が唐突に噴き出し、写ノ神の腹部を突き刺すように着弾。

「がっ・・・・・・」

「な・・・!」

 触れた瞬間に命を奪うと豪語したブランシュの魔術。それを至近距離でまともに受けてしまった写ノ神は目を見開く。ブランシュが口角を釣り上げると、波動を直撃した写ノ神は剣を手鼻し、膝をついて力なく倒れる。

「写ノ神!!」

 隠弩羅はこの事で気を緩めてしまった。途端に青ノ式が解除され、身を守っていた結界が崩壊―――爆発が発生する。

「ぐあああああああ!!!」

 爆発の影響で隠弩羅は後方に転がった。幸いにも式神の命を引き替えに滅びの力は消すことができたが、爆発の威力と魔術行使による影響で彼は体中から油を噴き出し、立つことも困難となるほどに傷ついてしまう。

「く・・・くそったれが・・・・・・なんでだ・・・・・・」

 ひどく傷ついた体に鞭を打ち、必死に体を奮い立たせようとする彼を見ながら、ブランシュは攻撃の手を止める。

「勝者は俺たちか・・・。前向きな考え方には共感してやろう。だが、俺とお前たちの力は天と地ほどにも隔たっているのだよ」

「あ・・・・・・」

 滅びの波動の影響で、写ノ神の体から生命力が徐々に奪われていく。それに伴い、彼の体は下半身を起点に白く変色し始める。

「滅びの波動を受けたんだ。もうじきお前の肉体は生命力を失い、文字通り動かぬ死体となる。なかなか面白い力を持っているようだが・・・万物から“命”を生み出すお前の力と、すべてを滅ぼし“無”にする俺の魔術とでは相性最悪だったようだ」

(俺は・・・・・・死ぬのかよ・・・・・・こんなところで)

 筋肉が活動を停止する。細胞がひとつひとつ死滅する。体組織が白と言うエネルギーを含まないものへと変わり始める中、写ノ神は呆気なく死を迎える自分が途端に情けなくなってきた。

「写ノ神・・・!!おい、しっかりしろ!!あの嬢ちゃんや兄貴たちがこんな結末許すとでも思ってるのかよ!!」

「無駄だ。一度この術が発動すれば、どんな生命も抗う事は不可能。この俺でさえ自分の術によって命を奪われる対象なのだからな」

「ふざけやがって・・・・・・ああああああ」

 こんな事で自分が死ぬだなんて、微塵も思っていなかった。写ノ神はブランシュの言った通り抵抗することも虚しくもだえ苦しみながら体を白色に染め上げ、手足の自由を奪われる。

 明確なる死が、間もなく自分を支配する・・・・・・そう考えると、今まで気にしたことの無かった死への恐怖を覚え、写ノ神の精神を追い詰める。

(嫌だ・・・・・・死にたくない・・・・・・まだ死にたくないよ・・・・・・チクショー、なんでだ。なんで俺が最初に死ななきゃならねぇんだ・・・・・・・・・弱肉強食の生存競争に敗れた俺の責任なのか?だとしたらなんて残酷なんだ・・・・・・俺には理解できねぇよ、そんな理不尽なな法則・・・・・・茜!!)

 死を前にした彼の脳裏に浮かぶ愛する女性の笑顔。

 朱雀王子茜と経験したあらゆる記憶、思い出が鮮明に蘇ってくる。彼女のことを思えば思うほど、死に対する恐怖心は増していき―――彼女との今生の別れは自分にとって最も理不尽な事だと考える。

「コノヤロウ!!写ノ神を元に戻しやがれ!!」

 死に怯え、白い石像の様に変わろうとする写ノ神を見て、隠弩羅は満身創痍の体であることも厭わず、彼を救うため果敢にブランシュへ立ち向かう。

 怒髪天を衝いて隠弩羅は八卦棒を高速で振るい殴りかかる。それを防ぎながらブランシュは世界中のあらゆる格闘術で対抗する。

「必殺!!福福招来加神(ふくふくしょうらいかしん)!!」

 攻撃を敵の後ろ目掛けて打つも、ブランシュは難なくそれを回避する。

 魔術を使うたび、体内のケーブルが破裂し、油を噴き出す隠弩羅。先ほどの戦闘で既に大きなダメージを蓄積させながらも彼は自滅覚悟に魔術を多用する。

 写ノ神は薄れゆく意識の中、空ろな表情を浮かべながら自分のために命を削って戦っている彼の姿を見る。内心、羞恥心と仲間たちへの罪悪感、劣等感が精神状態を極限までに追い詰める。

(やっぱりだ・・・俺が一番チームの足手まといだったんだ・・・・・・そうじゃなかったら、こんな風に真っ先に敵にやられるはずもなかった。ごめん、みんな・・・・・・俺じゃみんなの力不足だったよ・・・・・・・・・)

 ほとんど白く染まった身体に伝わる一筋の涙。その涙も瞬時に乾かすブランシュの滅びの力。

 写ノ神は髪の先まで白一色染め上げると、ついには動けなくなってしまった・・・・・・。

 

 

地上140階 給仕室

 

「見るがいい!!俺の取ってときを!!」

 アダマは特殊な羽ペンを使って空中に文字を書き込んだ。書きこまれた文字がアダマの体に吸収されると、彼自身をゴーレムへと変貌させる。

 ゴーレムの姿になったアダマは駱太郎の体を覆い尽くす巨大な影で動揺を誘い、全身が岩であるメリットから生まれる極上の技を繰り出す。

「ゴーレムボール!」

 体の岩を変形させ巨大な球体となったアダマは高速回転を始めると、周囲にある物を巻き込みながら駱太郎へと転がって行く。

「ぐううううううううううううううう!!!」

 駱太郎は両手と体全部を使って巨大な岩玉を受け止める。が、その威力は尋常ではなかった。高速回転する岩は駱太郎の手と体を摩擦で擦れ合わせ、火花を起こす。

 駱太郎は根性という非論理的な力で辛うじて対抗し、その勢いを殺していった。

 高速回転を終えたアダマはゴーレム状態に戻ると、大幅に体力を消耗している駱太郎を巨大な掌で叩き―――壁に叩きつける。

 壁に激突した駱太郎は、全身傷だらけな上、出血の量も人並み外れた状態でありながら、それでも立ち上がりアダマと対峙する。

「は、は、は、は、は、は。へへ・・・・・・つえーな、おめぇ」

「お互い様だ」

 敵ながら大した奴だと、アダマは素直に駱太郎の凄さを認める。だが、ここまでの攻撃が効いたのか、駱太郎は既に虫の息に近い。

 決着を着けるのは容易い。アダマはゴーレムと言う巨体を生かし、一気に駱太郎との戦いに勝負をつけることにした。

 巨大な腕を生かして殴りかかるアダマと、駱太郎は血塗れの包帯で保護された拳で殴り合う。

 体格差も力の差も明らかにアダマの方が勝っている。だがそれでも駱太郎はこれに屈することなく、拳をぶつけてくる。

「良いパンチだぜ。だがな、喧嘩ってのは拳だけやるもんじゃねぇ!」

 言うと、駱太郎はアダマの一撃を躱すと彼の体を伝って上り、

「うらあああ!!」

「ぐぁ!」

 比較的装甲が薄い額に自分の額をぶつける。

「こうやって頭使うぐらいでねぇとな!!」

「貴様ぁ!!」

 業を煮やしすと、硬化したゴーレムの強じんな腕でアダマは駱太郎を殴り飛ばした。

 衝撃で吹き飛んだ駱太郎は、打ち所が悪くかったらしく、豪快に吐血する。やがて力を失って行った彼は壁に横たわる様に動かなくなる。

「楽しかったぞ、トリ頭。人間にしてはお前はよくやったよ」

 朦朧とする意識の駱太郎を見据え、ゴーレム姿のアダマはおもむろに拳を振り上げる。

「・・・・・・」

 これまでの記憶が走馬灯のように蘇る。駱太郎はこのとき、自分の運命を変えるきっかけとなったとある出来事を思い出していた。

 

 

西暦1597年 日本 某所

 

「ぐああああ」

「ま、参った・・・頼むから命だけは・・・!」

 圧倒的な強者と、それに敗北した者たち。大人顔負けの力を持ち合わせていた当時10歳の三遊亭駱太郎―――幼名駱丸(らくまる)は敗北者を見据え、いらいらした様子で舌打ち。

「・・・・・・つまんねぇ連中だ。俺の気が変わねぇうちにとっと失せろ」

 その言葉通り、彼との戦いに敗れた者たちは恐れを為して逃げて行く。気が付けば、駱丸のそばには誰もいなくなっていた。

 

 俺は昔から喧嘩っ早くて、何かにつけて気に入らないことがあると誰彼かまわず殴っていたっけ。

 俺は強かった。齢十歳で俺はそこらへん大人をも凌ぐ力を持っていたんだ。

 俺は無敵だった。この俺に敵う奴なんか誰もいないと有頂天になっていたんだ。

 だけどあるとき、俺の周りには誰もいないことに気付いた。そう・・・俺は力がある者がえらいのだとばかり錯覚していた。力があればどんな事もできると思っていたが、実際は何もなかった。何もできなかった。

 幼子が持つにはあまりに力が強すぎた。幼子は幼子らしく、大人に守られていた方が良かったのかもしれない・・・・・・親は俺という存在が疎ましかったのと、僅かな日を過ごすのに必要な食料と引き換えに俺の身売りした。そこでも俺は周囲から疎んじら、不毛な日々を送っていた。

 いつの間にか俺は一人になった。誰の力も借りるばかりか、誰の力も借りられない・・・すべては俺が不釣り合いな力を持つがゆえに。

 俺は・・・・・・はじめて自分が持つ力を心から憎んだ。こんな力があるから、俺は誰にも愛されないんだ。こんな力があるから、誰も俺を認めないんだ。

 津々浦々と行脚しながら俺は悩み続けた。だが、いくら考えても結局答えは見つからない。この強さは一体何の因果で俺を苦しめるんだ・・・・・・

 

「なんだってこの世界には弱い奴の方が多いんだ・・・・・・俺はどうして独りなんだ・・・・・・いつまでつづくんだ、こんな生活」

 ―――強い自分と反して、この世には圧倒的に弱者が多い。

 ―――どうして強者は弱者よりも少なくて、強者は常に一人になるだろう。

 そんな遣る瀬無い気持ちを抱えながら一人さびしく生きていた駱丸の元に、ただひとり・・・・・・近づいてきた者がいた。

「強者とは選ばれた生き物である」

 唐突に後ろから声を掛けられた。

 おもむろに振り返ると、駱丸がそれまでの人生で見たことがないウール製のフードに長い丈のコート、ひざ下が細長く見られることを意識したロングブーツを履いた無精ひげの男が立っていた。

 いかにも怪しい奴だ・・・素姓の分からない男に警戒を強める中、「だがそれは光栄であると思えば、見方も変わって来るだろう」といい、男は駱丸の隣に腰を下ろす。

「誰だよ・・・俺のひとりごとに勝手に割り込んでくんじゃねぇ」

「それは済まなかった。しかし、そうやってこの世の摂理に悩むお前の姿を見ていると、何故だか放ってはおけぬ気がしてな。知っているか・・・・・・この世界には力の弱い者以下の生き物が存在するのだ。周りではそれを人に非ず者・・・非人(ひにん)と呼んでいる。そうした格下の身分に貶められた者は人で非ざるゆえに弱者にすらなれない。その点強者は力を持つがゆえにこうした差別をも取り払うことが出来るのだ」

「俺には関係ねぇな。俺は気に入らないことがあったら殴りてぇ・・・そんで自分がすっきりしたいと思ってる。ただ、それだけだ」

「しかし、内心気付いているのではないか?そうやって身勝手な怒りをまき散らすだけの殴り合いに、何の価値も無いという事を」

 男の言っていることは的を射ていた。そんな事わざわざ言われるまでも無く、駱丸自身が一番分かっていたことだ。

 駱丸は口を閉ざし黙り込んでしまった。男は隣に座ったまま、幼くして周りとの繋がりを得られず生きづらさを覚える少年を見て、

「価値ある力の遣い方を知りたくはないか?」

 そう言ってきた。駱丸は顔を上げ、男の方を凝視する。

「もしも、この世界の不条理と言う法則そのものを壊せる力があるとすれば――――――それを知るのはこの私を除いて他にない」

「なにを・・・言って」

 理解に苦しむ男の言葉に困惑を抱く中、おもむろに男は立ち上がり、駱丸を見る。

「お前に見合った力がある。だがそれは使い道を誤れば自らを滅す諸刃の剣となる。そして絶大なる力は、絶望か希望かいずれかをもたらす。力に屈すればお前をさらなる孤独へと導き、力を制すればお前の未来に希望を見出す」

 真剣な眼差しで男は駱丸を見、「それでも力が欲しいか?」と問うた。

すると、駱丸はゆっくりと立ち上がり――――――

「・・・・・・もったいぶらずに教えろよ。俺は、俺はその力が欲しい!!」

「それは何故だ?」

「・・・・・・・・・・・・この世界を支配する不条理って法則があるなら、俺はそいつをぶっ壊したいよ。この世界にそんなものがあるから、俺は・・・・・・俺は・・・・・・」

 声が震える。幼い頭で必死に考えた末、彼はより強い力を渇望するのだ。

 そう・・・力を持つ者が孤独になるのが男の言う不条理な法則によるものなら、その法則を打ち壊して孤独な生活から抜け出したい。

「なぁ頼むよ!!この苦しさから抜け出せる力だって言うなら、なんだってやってやる!!上等じゃねぇか、この世界にはびこる不条理すべてぶっ壊してやるんだ!!俺に力だけ与えて・・・・・・他に何も与えなかったこの世界の不条理を・・・・・・俺は・・・・・・」

 もう耐えられなかった。本当は力なんてなくたっていいんだとも思ったほどに。

 彼は誰かにただ、この窮屈で鬱積した思いを分かって欲しかった。

 誰かにただ、隣にいてくれることを享受して欲しかった。

 誰かにただ、この孤独を癒して欲しかった。

 駱丸のこの想いは、確かに男の心に響いた。絶望ではなく希望を勝ち取るためにより力を求める彼の心に動かされた。

「心して聞くがいい。その力の名を――――――」

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

「・・・・・・不条理をぶっ壊す力・・・」

 微かにだが、駱太郎の肢体が動き始める。か細い声を発しながら、徐々に体の細胞ひとつひとを活性化させて、体を起き上がらせる。

「そうだよな。俺はあの日アレス様に願ったんだ・・・・・・・・・この孤独な日常を終わらせる力が欲しい・・・・・・俺と同じかそれ以上に、理不尽という痛みに苦しむ弱い連中の代わりに反撃する力が欲しい・・・・・・そう願って手に入れたのが、この力――――――すべてを打ち砕く拳」

 右拳に強く力を込めると、次第に拳から黒いガス状のオーラが現れ、オーラはやがて帯状のものへと変わり駱太郎の拳を保護し始める。

「万砕拳は、この世の不条理を破壊するために生まれた・・・・・・破壊の奥義だ!!!」

(黒い帯を巻きやがった・・・・・・!)

 駱太郎の様子が変わり始めたことにアダマは焦燥を滲みだす。既に虫の息だった彼が復活した事に加え、未知数な力を発動させたことからアダマは余計な焦りを抱き、緊張によって体を硬直させる。

 駱太郎は黒い帯を拳に巻いた状態で、ゆっくりとアダマへと歩み寄る。

「・・・ガードしてみろ」

「バカめ。またヘナチョコパンチでも打つのか?」

 と、強がってはいるが体が硬直した彼はそこを一歩も動けないのだ。

 おもむろに駱太郎は拳に力を込めて―――後ろへと振りかぶる。

黒御簾万砕拳(くろみすばんさいけん)・・・―――壊条拳(かいじょうけん)!!!」

 刹那。全身全霊の力を込めた拳を、駱太郎は目の前のゴーレムへと放つ。

「どべばああああああああああああああああ」

 触れた直後に走る破壊の衝動。全神経ネットワークを通じてアダマの内部は破壊される。

 次の瞬間、アダマを覆っていた岩の皮膚は弾け飛び、同時に彼の体も木っ端微塵に吹き飛んだ。

 原型も留められぬほど跡形もなく砕け散ったアダマと、彼との戦いに勝利した駱太郎は口角を釣り上げ、

「悪かったな。さっきまでの俺の拳は、確かに貧弱だった・・・・・・」

 

 

同時刻 地上130階 魔女の間

 

「!」

 闇の魔女キザイア・メイスンとその使い魔ジェンキンスとの戦闘に身を投じていた朱雀王子茜は、唐突に感じた悪寒に鳥肌を立たせる。

「写ノ神君・・・・・・・・・?」

 それは嘗て感じたことのない悪寒だった。自分がいないところで、最も愛する人の身に何かが起きたのではないか・・・・・・そんな事を考えていた折、魔獣と化したジェンキンスが襲い掛かってきた。

 彼女が気付いた直後、主人を守ろうとケルベロスの鉄夫は体を張って、ジェンキンスから茜を遠ざける。

「うしし。戦いの最中に上の空かい。稀代の魔女もかなり舐められたものだね」

 そう、今は戦闘中なのだ。気を抜けば自分が真っ先にやられてしまう。茜は気を取り直し、袖下から苦無を数本取り出しキザイアへ狙いを定める。

 ケルベロスはその間、ジェンキンスの注意を引くため三つに分かれた頭部から火炎弾を同時に吐き出す。その際に生じた爆炎に紛れ、茜は本命のキザイアに苦無を放つ。

「朱雀王子式・川蝉(かわせみ)(はし)

 複数の苦無を正確無比なコントロールで放つ。文字通りカワセミの口ばしと化した苦無はキザイアの心臓目掛けて飛んでいく。

 しかし、主の危機を感じ取ったジェンキンスが盾となり、剛腕を持って苦無を弾き飛ばす。そして、凶悪なまでに殺気が籠った瞳を光らせ、巨大化した掌で茜を叩きかける。

「きゃあああああ!」

 ジェンキンスの巨大な掌に叩かれた茜。ケルベロスは瞬時に反応し、身を挺して彼女の安全を確保する。

「鉄夫さん・・・ありがとうございます」

 感謝の気持ちを込めて、茜がケルベロスの頭部三つを順番に撫でると、彼は三つの頭で喜びを表現し主人を下ろした。

 刹那。三つの頭部はタイミングを合わせ、咆哮を上げた。大地を揺らすその咆哮はジェンキンスの動きを怯ませ、その隙に三つの頭から火炎弾を放射しジェンキンスに大ダメージを与える。

 爆炎を上げ地に倒れるジェンキンスだが、そのかたわら、キザイアは不気味な笑みを浮かべる。

「うししし・・・まだまだこんなもんじゃないよ」

 次の瞬間。炎に焼かれていたジェンキンスは体の炎を振り払うと、自分の爪を異様に長く伸ばした。伸びた爪はケルベロスの体を貫通し、その所為で彼は悲鳴を上げる。

「鉄夫さん!!」

「さぁジェンキンス!!食いつくしな!!」

 鞭を打ち、キザイアが命令すると―――凶悪な表情のジェンキンスがケルベロスに向かって突進する。

「私の大切な子に手出しはさせません!!」

 言うと、茜は畜生曼荼羅を展開し―――負傷したケルベロスを畜生界へと強制送還。そしてすぐさま、新たな畜生を召喚した。

「巨の陣!!」

 彼女が召喚したのは、攻撃力と防御力に優れたヤフーと呼ばれる巨人。

「栄吉さん!!」

 棍棒を武器に、野蛮で凶暴な性格のヤフーは向かってくるジェンキンスに何のためらいも無く豪快な一撃を繰り出す。

 ジェンキンスはその一撃によって吹き飛ばされ、壁に激突する。

「ち・・・。小賢しい真似をしおって。たかが使い魔一匹で何だって言うんだい」

「たかだ一匹・・・?あなたならわかるはずだと思っていましたが、それは私の勘違いでしたか。私にとって畜生たちは争いのための道具ではありません。私のかわいい子ども・・・家族も同然なんです!あなたにとってのジェンキンスさんがそうであるように!」

「うししし・・・こりゃめでたいね。あたしがいつジェンキンスをそんな風に思ったって?思い違いも甚だしいだわさ」

「え?」

 茜はその言葉に唖然とする。キザイアは壁に叩きつけられたジェンキンスを鞭で強く打ちつけ、無理矢理叩き起こし使役する様をまざまざと見せつける。

「術者あっての使い魔。使い魔は使い魔らしく主に従っていればいい。余計な感情を抱けばこっちが煩わしい思いをするだけ。そうならない方法は二つにひとつ。誰とも徒党を組まず一人で戦うか、徹底的に利用する為に徒党を組むか。あたしは後者を選ぶよ・・・うししし」

「ひどい・・・・・・あなたはそんな打算によって彼を操っていると?自分が得をするためだけに利用するなんて・・・・・・この人でなし!!」

「あんたも年を取れば分かる事があるだわさ。人は常に打算で動き、他人を利用する薄汚い生き物だって。あたしはその事を決して恥じたりしないよ。事実・・・あたしはそうやって多くのカモを騙しながら何百年と生き永らえて来たのだから!!」

 ―――グサっ

 唐突にキザイアの額に鋭い痛みが走った。いつの間にか茜が持っていた苦無の一本が突き刺さっており、血が止めどなく流れ出る。

「ぎやあああああああああああああ!!!いたああああああああああああああ!!!」

 鋭い痛みにもだえ苦しむキザイアを見、茜は薄ら涙を浮かべる。

「愚かです・・・とまでは言いません。ですが、やはり哀しいという気持ちは否定しようがありません。かくいう私もそんな悲しい人間の端くれですから」

 撃ち込まれた苦無を抜き取り、キザイアは血塗れの顔で茜を見ながら口角を釣り上げ、

「意外だね。てっきりあんたも今どきの青臭い小娘だとばかり思ってから、もっと反発があるとばかり思ってたんだが・・・・・・」

「青臭い?私たちのリーダーは、その言葉を聞いたらこう言うでしょう・・・青臭いことは悪い事じゃない。でも、青臭いままでもダメだ。世間の荒波にさらされほろ苦さを覚えたときが一番の食べ時だ、と。日頃から諦観か、あるいは達観に満ちた語録を聞かされれば嫌でも青草さが抜けますよ」

 刹那。キザイアの頭上を覆う影が現れたと思えば、背後に回り込んでいた凶悪畏怖なヤフーが身の丈ほどの斧を振り下ろそうとしていた。

(こいついつの間に!!)

「青臭いままではこの戦いに勝つことはできませんからね」

 茜が言った瞬間、ヤフーは豪快に斧を振り下ろす。

 キザイアは、紙一重でこれを躱し、ジェンキンスに鞭を打つ。

 目を赤く光らせると、ジェンキンスはヤフーを殺しにかかった。両者は二人の主のために激しく衝突し合う。

 この間、茜はキザイアに狙いを定め、自らの手で引導を渡そうと動き出す。

「ひと思いに私の手で楽にさせてあげますよ!」

「正気かい、あんた!!」

「私はいつだって正気です!!」

 苦無片手に走り出した茜に声を荒らげながら、キザイアは向かってくる彼女に鞭を振るった。持ち前の身軽さを遺憾なく攻撃を躱していった彼女は、彼女との間合いを詰め鋭く尖った苦無を突き立てる。

 茜の苦無がキザイアの首筋に突き刺さろうとした瞬間、

「ジェンキンス!ぐずぐすしないでやるんだよ!!」

 ジェンキンスはヤフーを退け、主人の首を刈ろうとする茜を鷲掴みにし、これを豪快に投げつける。

「きゃあああああ!」

 壁に激突した瞬間、茜は強い衝撃を受け吐血。着物の一部もはじけ飛ぶほどのダメージを負う。

「う・・・・・・」

 額からも血を流し、体の節々が鋭い痛みを覚える中・・・ドカーンという轟音がすぐ隣で聞こえ、恐る恐る目を転じた時、彼女は目の前の光景に驚愕する。

 ケルベロスの代わりに呼び出したヤフーが、ジェンキンスに倒され、虫の息の状態にされていた。

「栄吉・・・さん・・・・・・!」

「うししし・・・使い魔もそいつも家族の一員なんかと考えてること事態、既に青臭いんだよあんたは。せめてその木偶の坊ともどもあたしの作る地獄釜のメニューにしてあげるよ。特にあんたみたいな若い子は皮をきっちり剥いで、しゃぶりついてやろうかな・・・ジェンキンス!!」

 狂気に満ちた表情で鞭を打つキザイア。ジェンキンスは主の性格を反映したが如く、凶悪な瞳で標的を見据えると-――掌から紅色に輝く破壊光線を放った。

 

 ―――ドカーン!!!

 

 破壊光線が放たれ室内は大爆発。キザイアは彼女の死を確信したと思った。

「ん?」

 だが即座に違和感を覚えた。爆炎の中で何故か仁王立つ人影が目の前に映っていた。そして、煙の向こうから現れたのは―――茜だった。

「お生憎・・・私の皮をあなたのような下種にしゃぶつかせるわけにはいきませんので」

「バカな!ジェンキンスの“アルコーン”をどうやって!?」

 あの技の威力から逃れられるはずがない。一体何がどうなっているんだ。

 疑問を募らせるキザイアを余所に毅然とした態度で、茜はキザイアを見据え、右手には銀色と濃紺が混在したような独特の色でありながら、煌びやかな輝きをも備える羽毛で出来た扇子を携える。

 茫然自失と化すキザイアに扇子を見せつけると、茜は力強い瞳を浮かべる。

「・・・畜生使い・朱雀王子茜の真骨頂――――――その極意たる力、篤とご覧になってもらいましょう!!」

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その32:青臭いことは悪い事じゃない。でも、青臭いままでもダメだ。世間の荒波にさらされほろ苦さを覚えたときが一番の食べ時だ

 

直接ドラが言ったわけではないこの言葉。青臭いことが良いか悪いかと言われれば、私には判断できない。でも青草くない人間なんてそもそもいない気がするが・・・現実は青臭い奴ほど搾取されるんだよな。(第27話)




次回予告

茜「いやあああああああああああ!!私が戦ってる間に写ノ神君が死んじゃったなんて・・・信じません、私は絶対に信じませんよ!!」
龍「まだ死んだという言葉は使われてないじゃろう、落ち着け茜!」
幸「あいつがそう簡単にくたばれるタマかよ。仮に買いかぶりだったとしても、それは俺たちの所為じゃねぇ!」
写「次回、『星の魔術軍団殲滅作戦(後編)』。結局俺の自己責任かよ!!チクショー、どいつもこいつもデタラメな力もちやがって!!羨ましいんだよバカヤロウ!!」

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