サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「グロテスク、という言葉の由来は地下墓所や洞窟を意味するイタリア語“grotta”だ。本来のグロテスクの意味は、古代ローマを起源とする異様な人物や動植物等に曲線模様をあしらった美術様式」
「今では省略されてグロいという表現があるけど、オイラたちが認知するところの意味は気色悪いとか、残虐、醜悪とか・・・ほとんどエグいの意味に近い。じゃあ、魔猫と屍食鬼だとどっちがグロいのかな?」


魔宴の始まり

教団本部 地上110階・大広間

 

 現れた外道なる怪物・食屍鬼。それと向き合う外道なる存在・ドラ。

 刀を捨て、素手での戦闘を所望するドラに対し、本能のみで生きる食屍鬼は敵意を向けると彼に向かって行こうと身を低くして構える。

「良い顔だ。魔物はそうでなきゃいけないな・・・・・・さーて、どんな惨い殺し方をしてやろうかな。首をへし折ってやろうか?それとも顔を噛みちぎってやろうか。まぁ何だっていいや。こちとら窮屈な人間社会で生きてるとストレスが溜まっちまうんだ。たまには野生に戻ってうんとえげつないことがしたいんだ。そのためにお前を搾取させてもらうからな、食屍鬼」

 腕をボキボキと鳴らしながらモチベーションを高める。ドラは日頃抑制している残酷な本能をこの戦いに注ぎ込むつもりだった。

 次の瞬間。食屍鬼は粘り気のある涎を動かぬ肉と化した死体の上に垂らすと、勢いよくドラに向かって突進し始めた。

 鋭い牙を突き立てドラを噛みちぎろうとする食屍鬼。ドラは残忍極まりない怪物の背後に瞬間移動した。そして食屍鬼の背後を取ると腕を掴み、力いっぱい投げ飛ばすのだ。

「おらああああああ!!!」

 遠慮というものはない。純粋に勝つか負けるか、それだけが彼らの中の基準だった。ルール無用の戦いの場においてドラはあらゆる箍(たが)を外して闘争本能の赴くままに暴れ回る。

 食屍鬼を投げ飛ばすと、ドラは地面に転がる有象無象の死体を一瞥。それを拾い上げると思えば、あろうことか食屍鬼の方角へと手当たり次第に投げつける。

「ではははははははははは!!!」

 その行動を見る限り、ドラは人の命を尊んでいるとは思えない。利する物は徹底的に利する―――ドラはそう言う奴だった。

 食屍鬼は投げられた山のような死体を、凶悪なまでの本能からくる行動で以って対処する。具体的に言えば、飽きるほどに食らったそれをまた食らいつくのだ。飛んでくる肉塊と言う肉塊を噛み千切っては前に出る。また噛み千切っては前に出る。そういう行動を繰り返す。

「野生らしいな!!一直線すぎる行動は!!」

 そう言いながら、ドラもまた野生に帰る。

 四つん這いになると、その姿勢から地面を大きく蹴って、にゃあああああああああああ―――という声を上げながら食屍鬼へ突進する。

 互に奇声を放つ魔物と魔物。鋭い爪を突き立て攻撃を仕掛ける食屍鬼だが、ドラはこれを見切ると、充血した赤い()で食屍鬼を見―――その首筋に深く牙を突き立てる。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 ドラの牙が奥深いところまで突き刺さると、食屍鬼は悲鳴を上げる。意思を持たない魔物だが痛覚は鮮明に感じることができた。

 首筋に深く噛みつくと、痛みに悶える敵の足を掴み、ドラは食屍鬼をうつぶせに寝かせる。その状態から彼は敵の足をへし折ろうとする。

「おいおい・・・!まさかドラの野郎!!」

「それは流石に止めてくださいよ・・・見るに堪えません///」

「おい聞いてんのかバカ猫!周りがやめろってよ!」

「知った事じゃないですね!化け物殺すのに遠慮なんているわけがない。それすら否定するつもりなら、まずは今までの生涯で無意識のうちに屠り去って来た目に見えない小さき命の重さを知り給え」

 周りの声などまるで無視。ドラは仲間の忠告、制止を聞き流すと苦しみ喘ぐ食屍鬼の腕を強引な力でへし折った。しかも、その折れた腕を引き千切った上、あろうことか邪魔だと言って幸吉郎たちの方へと投げつけた。

「どああああああああ!!!」

 折れた箇所から多量の血が止めどなく流れる。しかも血の色は人間のそれとは異なる紫色―――幸吉郎たちは骨が見えるそれを直視することはできなかった。

「き、気持ち悪ぃ~~~!!」

「あ~~~・・・こんな画誰が望んだんだよ!」

「オイラだあああああ!!!」

 そう言って今度は気の狂った顔で、ドラは食屍鬼の体を強く押さえつける。おもむろに懐に手を突っ込むと、隠し持っていたサバイバルナイフで食屍鬼の皮膚を抉り、強引に穴を開ける。

 グサッ・・・・・・

 断末魔の悲鳴がひっきりなし大広間全体に反響する。

 見ることも、聞くことも堪えがたい魔物同士の戦い。ドラは猟奇的なまでにこの殺戮行動を愉しんでいた。

 敵の体に無理矢理腹穴を開けると、血管が張り巡らされた体の奥でドクンドクン・・・と動く心臓、その他の内臓を凝視する。

「ひひひひ・・・・・・内臓をひとつずつ取り除いて、ぐちゃぐちゃにしてやろう。こちとら魔猫時代の好物は生き物の内臓だったんだ。こうしてみると、無性に貪りたくて仕方ねぇ!!!」

「やめろ~~~!!!それ以上の事をするな~~~!!」

「兄貴!!それだけはやっちゃダメ!!本当にやっちゃダメです!!」

「何度も言わせるなアホタレ!!殺生とはすなわち、究極のスプラッターである!!せめて、体中のすべてを奪い尽くすのが礼儀と言うもの!!見たくないのなら目をつぶれ。ここからは・・・・・・オイラは人間らしさを捨てるから」

 最早充分人間らしさの欠片も無い・・・。本当にこの猫は始末が悪すぎた。

 恐怖のあまり誰もが目と耳を塞ぐ。ドラは虫の息に近い食屍鬼に対しこの世で最もえげつない行動に走った。

 刹那。食屍鬼の甲高い断末魔の悲鳴が部屋中に木霊する。幸吉郎たちは固く目を瞑り、耳もしっかりと塞いでいるつもりだったが、その声は直接彼らの頭に響いてくるようでならなかった。

 だがそれ以上に恐ろしい事があった。それは、耳を塞いでも尚なぜか鮮明に聞こえてくるようでならない魔猫の気の狂った笑い声。

 あの癇に障るあの声が脳内を循環するのはなぜなんだ・・・。

 ひょっとしたら俺たちは、無意識のうちにドラ自身を邪神の如く存在と見立ててしまっていたのかもしれない・・・そう思いながら、ではははははという笑いが収まるまでじっと堪えるのだ。

 

 しばらくして笑い声が収まり、恐る恐る目を開けてみると―――全身紫色の血を浴びたドラが仁王立ちを決め込んでいる。

 思わず息を飲む幸吉郎たち。ドラは踵を返し彼らの元に戻ってきた。

 終始苦い顔でドラを見つめる中、食屍鬼の折れた手を口から出した状態の彼は、それを取り出すと無造作に広間の一角に放り投げた。

 紫色の返り血を浴びていながらも彼は至って平静だ。この恐るべき狂気はどこからわき出しているのか・・・・・・仲間たちがいくら考えたところで分かるはずもない。

「うぇぇぇ~~~・・・・・・なんつーグロテスクな」

「あんたさ、頭イカレてんぞ・・・マジで!」

 義弟が至極真っ当な正論を口にするも、本人はそれを理解した上で「イカれてるよ。いちいちお前に言われるまでもない」と開き直る。

「でも、そんなイカれた奴が果たして日常生活で人さまに迷惑をかけたことが一度でもあったかな?」

「いや・・・結構あったと思うけどな」

「同じく・・・」

 と、控えめな態度で写ノ神と茜がひと言つぶやく。ドラは不敵な笑みを浮かべ、周りを見ながら主張する。

「オイラが本当にイカれてるなら、今すぐにでも人類すべてを敵に回しそのことごとくを蹂躙するだろう。だけどオイラにはそうした欲望がない。蹂躙するって聞こえはいいけど、侵略ほど面倒なものはない。人さまの迷惑のならない程度に暴れられて、搾取できるときは搾取する。もっと自分の利益になる賢い生き方をしようよ」

 と、何とも自分に都合のいい解釈を聞かされた気がしてならなかった。これを聞いた直後、駱太郎はふと思う。

「まさかとは思うがよ・・・お前が給料以外の理由でこの仕事やってるのって・・・」

 恐る恐る尋ねてみると、案の定ドラの考えは彼らが共感できるような真面な理由ではなかった。

「国家権力に近い強力な矛を振り回し、公に犯罪者と言う無知な連中相手に暴力を思うがままに振るえ、かつ生活に支障を及ぼさない報酬を得られる。自分が欲望のままに好き放題やることが結果として周りを幸せにすることに一役買っているなら、これほど幸せなことはないね」

 魔猫が口にした狂気に満ちた持論に一同唖然。この後しばらくの間、彼と会話をすることを強く躊躇ってしまったという。

 

 

同時刻 地上160階・教祖執務室

 

 監視カメラを通して先ほどのえげつない魔物同士の戦いの様子と、ドラの言葉を逐一聞いていたヘルメスらの肝が凍りついた。

 何故だかわからないが、ドラは敵ながら絶対自分はこいつの相手にしたくないと純粋に思えてしまうのだ。そんな感覚を抱かせる存在に、ヘルメスは率直なコメントをする。

「いやはや。何とも恐ろしいことを・・・・・・。ですが、私は必ずしも彼に共感できなくはありませんねはい」

 ヘルメスはそう言うが―――周りの反応はと言うと、露骨に顔を引き攣るばかりだ。

「あれってTBTの捜査官じゃねぇの?」

「時間の法と正義を司る者の台詞ではなかった。まるっきり我々と同じ、いや立場によってはそれよりも悪い・・・」

「あのネコ型ロボットが何をしようとしているかはさっぱりわかりません。ただ、ニュアンス的に分かることがあるとすれば、あれがものすごく歪んだ価値観の持ち主で、その歪みを以って善悪を超越しようとしている・・・」

「でもロボットが食屍鬼を食い殺すとは思わなかったぜ。内臓をひとつひとつ抜き取って、それをさらしもんにして握りつぶす・・・・・・普通の神経じゃ考えられない」

「普通の神経ではないのは我々も同じだ。ここはそう言うものの集まり・・・・・・」

「アントンさんの言う通りですね。では、僕たちも御客人を出迎えるとしましょう」

 敵が否が応でも本気であることを如実に見せられると、魔術師たちも椅子の上でふんぞり返っている場合ではなくなった。

 執務室に集合していた教団の魔術師たち―――涯忌、アダマ、シャテル、ブランシュ、キザイア、アントンの六人は一斉に部屋を出る。

 ヘルメスは六人の部屋から見送り、やがてつぶやく。

「利するべきものはとことん搾取せねばなりませんね。さて、私も準備に取りかからねば・・・・・・もうじき大いなる神の力によって、この世界に新たな秩序が席巻されるのですね、びゃーははははは!!!」

 ヘルメスが言うとどこか意味深な言葉に思えた。

 彼が求める世界の新たな秩序と、それを構築することが出来る邪神の力―――我々は未だ以って詳細を知らないのである。

 

 

教団本部 地上160階・大回廊

 

 食屍鬼との戦闘を終えたドラは再び特殊道具「ルート探査ボール」の力を借りて、キャリーサが監禁されている部屋を探し移動を再開する。ドラたちは地面をゆっくりと転がるボールについて歩き続けた。

 ―――バンッ!

 瞬間。唐突にボールが破裂した。

「しまったボールが!」

 何処からともなく発砲があると、探査ボールを破壊し、ドラたちは否が応でも動きを止めるのだ。

「あんだけハデにやらかしたからね。そろそろ来てもいいと思ってたよ」

 好きでハデにやっていたのはむしろあんたじゃねぇか!!―――と、心の中で隠弩羅は思ったが、それを口に出すだけの勇気は湧いてこなかった。

 刹那。周りの景色が大きく歪みはじめた。目の前の空間が時計回りに歪み始めると、瞬く間に廊下から濃紺と紫が混合したような亜空間へと誘われる。

 周りが強く警戒をすると、この亜空間に一人の男性が立ち尽くす。

 整った顔つきでありながら、どことなく冷たい雰囲気を醸し出す灰色の瞳を持つ男―――魔術師アントン・ラヴェイはドラたちを見据える。

「必要以上に多くを語る事はしない。単刀直入に言おう。これ以上進めば、貴様たちの命は―――」

 という言葉の途中にもかかわらず、幸吉郎は突入の際に使用したロケット砲を構え、アントン目掛けて発射する。

 

 ドカーン!!!

 

 ロケット砲はわずかに軌道をずれる。

「ちっ。やっぱダメか」

 アントンは理不尽な攻撃を紙一重のところで回避した。その際、ポーカーフェイスを作っていた。

「話をするだけ無駄と言うわけか。確かにお前たちは、この世に存在するには危険が大きすぎる悪魔だ」

 そう言うと、アントンは灰色の瞳を怪しげに光らせた。

 途端、目の前の景色が先ほど同様に大きく歪みはじめた。

 あからさまに動揺する鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーだが、直後―――足元が右側に沈むように極端に傾いた。

「おろ・・・!?」

「なんだよこれ!!」

 次の瞬間、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバー全員が傾きすぎた地面の上を滑り、奈落の底を目指して落ちて行く。

「「「「「「「「わあああああああああああああ!!!」」」」」」」

 舐めるように磨き上げられた地面を滑り落ちるような感覚を味わう。

 隠弩羅は極端にネコに近い悲鳴を上げながら底の見えない場所に向かってただただ滑り落ちる。

「ひいいいいいいい~~~~~~~~!!!」

 メンバーの中で昇流は一際死ぬことを恐れた。何としてでも生き延びたいと思った彼は、咄嗟に自分の爪を突き立て落下速度を軽減しようと考えた。

 キキキキキキキキキキキキキキ・・・・・・

 黒板を先のとがったもので引っ掻いた音を聞いたことがあるだろうか。とにかくそれに近い、あるいはより耳障りな音が響いてきた。

「ぎゃああああああああああああ~~~!!!やめろ、やめてくれ~~~!!!」

「長官頼む。それだけはよせ~~~~~~!!!」

 ドラと龍樹の耳は常人よりも研ぎ澄まされていた。ゆえに普通の人間以上にこの耳障りな音を強く感じ取ってしまい、受ける苦痛も尋常ではなかった。

 こうして為す術も無く、彼らは真っ逆さまに転がり落ちて行くしかなかった。

 だが執念でこれを乗り越えようとしたドラは、懐に手を突っ込むと、ピアノ線ほどの細長いワイヤーを頭上に向けて放つ。適当な凹凸にワイヤーをひっかけ彼はどうにか壁に張り付くことができた。しかし、仲間たちはそのまま奈落の底へと落ちて行った。

「みんなっ―――!!!」

「最初から、自分だけが助かる気でいただろう」

 不意に声が聞こえたと思えば、逆さづりの状態のアントンがゆっくりと降りて来、ポーカーフェイスでドラを見る。

「やはり悪魔がお前か」

「魔猫の間違いだろ?」

「人を堕落に導き、その幸福を何食わぬ顔で搾取しようとするものは等しく悪魔だよ」

 言った後で、アントンはドラを160階にある大広間へと誘い、通常空間で対峙する。

「改めて自己紹介しよう。私はイギリス“悪魔教会”の魔術師。アントン・ラヴェイだ」

「興味ねぇよ」

 淡白な自己紹介と、それに対応した淡白な返答だった。

「お前が私に興味を持とうと持つまいが関係ない。実を言えば私はお前たちにも、星の智慧派教団が邪神を復活させ世界を手中に収めようとすることにも興味はない」

「興味の欠片もわかない奴らと手を組んで、お前にはどんなメリットがあるわけ?」

 人は少なからず損得で行動する。メリット・・・すなわち自分が得をするために行動することが前提ならば、目の前の男はどんなメリットで教団と手を組んだのか、ドラは純粋に疑問に思った。

「ヘルメスが予言をしてくれた。いずれ近いうちに、私が最も忌避してやまない邪悪な存在が現れる・・・と。私にとってそれは悪魔。人間社会にありとあらゆる理不尽な出来事が生じるのは、その背後から我々人間を支配している悪魔の性格を反映しているから。そして、お前はその悪魔らしい要素をすべて兼ね揃えている。ならばこそ、私がそれを排除する・・・」

「悪魔を狩るのは結構だけど、それをした後、お前はどうしたいんだ?」

「どうもしないさ。私にとって重要なのは悪魔をこの世から消す去ることだ。この世界がどうなろうと私の知ったことではない。地球が滅びの運命を辿るのか、新たなる再生の扉を開くのか・・・・・・私には至極どうでもいいことだ」

 話を聞き終えると、ドラは話を簡潔に総括する。

「えっとつまりだ・・・話をまとめると、お前は教団が輝くトラペゾヘドロンを使ってナイアルラトホテップを復活させようがさせまいが関係ない。要はオイラという悪魔さえ倒せればそれでいい?」

「いかにも」

「教団とは別の意味でシンプルな目的だな。まどろっこしくない点はいい」

 複雑な理由を掲げている相手との戦闘はドラは成る丈望んでいない。なぜなら、複雑な理由であればあるほど彼は戦いづらいのだ。

 時には気が引けることもある。だが幸いにも、目の前に立つ魔術師はそうした忌避すべき要素がない。極めて単純明快・・・・・・ならば、ドラが戦いをためらう理由はどこにも無い。

 おもむろに刀を抜き去り、ドラはアントンを見―――口角を釣り上げる。

「お前の人生観に悪魔がどれだけ悪影響を及ぼしたかは知らないが、上等じゃないか。魔猫は読んで字の如く『悪魔の猫』。その言葉が意味する残忍非道で凶悪畏怖な力を存分に見せつけてやる」

 

 

教団本部 地上108階・エレベーター裏

 

「あ~・・・腰が痛い」

「ったく。何だって俺らばっかりが・・・」

 アントンの魔術によって奈落の底へと落ちた写ノ神と隠弩羅は、辛うじて命拾いをしたものの他の仲間たちと離ればなれになってしまった。

 二人はただいま、高速エレベーターの裏側にある梯子を上っている。そもそもどうしてこのような状況になったのかと言えば、ほんの数分前にさかのぼる・・・・・・

 

 

「「うわあああああああああああ!!!」」

 たまたま同じ場所を落ちていた写ノ神と隠弩羅は、奈落の底を突き抜けると教団本部という摩天楼にかかった雲の中へと落ちた。そこへ落ちると、今度は雲が瞬時に網へと変わり―――二人をがんじがらめに捕えた。

「せめぇ・・・!」

「身動きとれねぇよ!!」

 網に捕まった二人は脱出を図ろうと中でもがき足掻いた。それが功をしたのか、運が悪かったのは物の捉え方だが・・・網は二人の体重を支え切れなくなると、徐々にほつれはじめ、ついには二人を捕えたまま落下する。

「「うわああああああああああああああ!!!」」

 生きていく中で、一日に二度も落下体験をするとは思いも寄らなかった二人。

 落ちたのは水の上。ザボーンと飛び込んだ瞬間、二人は網から脱出し岸に上がろうとした。だがこれに待ったをかける様に、底にあった排水口が開いてしまった。

 急いで脱出を図る二人を物理的な力が干渉し邪魔をする。必死に泳ぐ二人だが、吸引力に抗えきれず―――螺旋状に渦を巻く水の流れ沿って排水口へと吸い込まれる。

 

 バシャーン!!!

 

 教団ビルは、定期的に発電用に貯水した水を外に放出する仕掛けが施されていた。

 二人は放水の瞬間、咄嗟に先ほどの網をロープ代わりにして辛うじてそれに捕まり、九死に一生を得る。

 勢いよく水が排出されると、空に鮮やかな虹がかかった。二人は安どのため息をついて、おもむろに排水口を見る。

 直後、排水口が閉じようとしていた。彼らは慌てて網を伝って上っていき元きたパイプを通って這い上がる。口が閉じる前に上がり切らねば―――必死になって駆け上った末、天は二人にチャンスを与えた。

「「は、は、は、は、は」」

 残りわずかというタイミングで、二人は排水口から脱出し元いた場所へと戻った。

 ザバーン!!ザザザザ・・・・・・

 だが、一難去ってまた一難。先ほどとは逆に、給水が始まった。

「また溺れさせる気か!」

「水浴びは一回で十分だよ!!」

 二人は近くの手すりにつかまり急いで脱出。螺旋状に渦を巻きながら急激に水かさを増す水槽の中で唯一脱出できそうな穴を見つけ、その中に入った。

 中を通って奥へと来てみれば―――そこには数多くの風力発電機が設置されていた。

「ほう~・・・」

「風力発電か。結構するんだろうな」

 本格的な風力設備に感心しながら、二人はとりあえず前を歩いた。

 と、次の瞬間―――タイミングを見計らった様に発電機がゆっくりと動きだし、一つの風車が回ったのをきっかけに全てのプロペラが回転を始めた。

「うわ!わわわわわ!!!」

「待て待て待て待て!!!」

 慌てて退避しようとした二人。しかし巨大なプロペラは逃げる二人を力一杯弾き飛ばした。

「「わあああああああああああ!!!」」

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 以上のような顛末を辿った末、二人は現在に至る。

「早いところドラたちと合流して、キャリーサを助けねぇと」

「キャリーサは建前だろ。ほんとはあの嬢ちゃんの事で頭がいっぱいなくせによ」

 先導する隠弩羅が足元の写ノ神を一瞥する。

「おいおい。夫が嫁の心配するのは当然じゃねぇか」

「嫁ね・・・なぁ教えてくれ。あんな危険な女のどこがいい?」

「どこがいいって、かわいいじゃんか。美少女だぜ茜は。飯は超絶美味いし、何着たって似合うし、キスの味も最高・・・♪」

「やかましいわ!それ以上喋んな!」

 今どき珍しいタイプかもしれない。写ノ神の極端な嫁びいきと、それに伴うのろけ発言は隠弩羅にとって耳障りなものでしかなかった。

「お前には悪いがよ、ありゃひでー女だぜ。いくら何でも人の目ん玉に苦無投げつけるのはどうかしてる!」

 隠弩羅は決して忘れない。コスプレパブで茜が失明覚悟で両目に苦無を飛ばしてきた・・・あの時の凶行を。

「そりゃお前がデリカシーの無い発言したからだ。自業自得だよ」

「自業自得で失明したらたまったもんじゃねぇよ!つーか、嫁の肩持ち過ぎなんだよ!」

「ふん。二次元美少女にうつつのをぬかすオタクよりはいいだろうが」

「プリキュアバカにしてんのか!?だったら一からレクチャーしてやるぜ、その魅力を!」

 と、熱く語ろうとした直後―――頭上から灯りが照らされ、何事かと思い天を見上げる。

 そこにはエレベーターの扉を開け、銃器を持った神父たちが構えている。二人が苦い顔を浮かべるや否や、神父たちは一斉に銃を発砲した。

 ダダダダダダダダダダ・・・・・・

「くそ。見つかった!」

「この体制ちとヤベーぜ!」

 梯子と壁の隙間に隠れる二人。だが長時間居続けることなど不可能。

 ダダダダダダダダダダ・・・・・・

 機銃掃射に悩まされていると、飛んできた銃弾が隠弩羅の足元を狂わせ、彼は手すりから足を滑らせる。

「やべっ!!」

「ああああ!!!

 写ノ神の上に落ちた隠弩羅は彼を伴い、三度目となる高所からの落下体験を味わうのである。

「「うわあああああああああああ!!!」」

 エレベーター裏から落ちる二人だが、もう二度とあんな目にはあいたくない―――そう強く思った写ノ神は、咄嗟に両手両足をピンと伸ばす。

 刹那、壁と手すりに掌と足裏を強く擦りつけた。摩擦によって急ブレーキをかけた結果、写ノ神は隠弩羅を頭に乗せた状態をキープしつつ辛うじて落下運動を停止した。

「いって~~~///熱いし///」

「助かったにゃ~・・・・・・おっ」

 ちょうどそのとき。下から高速エレベーターが昇ってくるのが見えた。二人はこれを好機と見て、頃合いを見計らいエレベーターの上に飛び降った。

「助かった・・・」

 ダダダダダダダダダダ・・・・・・

「でもねぇよ!」

「助かんねぇな!」

 頭上から向けられる機銃掃射が容赦ない。二人はエレベーターの中に隠れようと天井のフタを開けた。

 ダダダダダダダダダダ・・・・・・

 開けた途端に内側からも機銃掃射を受ける。慌ててフタを閉じると先ほどの機銃掃射が二人を追い詰める。

 ダダダダダダダダダダ・・・・・・

 高速エレベーターは上昇に伴い敵との距離を加速度的に縮める。この状況に困った末、写ノ神はおもむろにポケットに手を突っ込むと―――1ドルコインを取り出し、頭上に向けて勢いよく投げ放った。

「ぐあ!」

 投げられたコインが神父の手元に当たった。その衝撃によって、神父は手持ちの拳銃をエレベーター上へと落とす。

「上手いぞ、写ノ神!」

「大昔にこんなのが得意な奴がいたんだよな!」

 隠弩羅は落ちて来た拳銃を手に取り、口角を釣り上げると、上に向かって発砲する。

 ドン!ドン!ドン!

 エレベーターの扉付近にいた敵を一掃すると、今度はエレベーターの中に潜む敵を一掃する。

 ドン!ドン!ドン!

 写ノ神と協力して敵を倒した隠弩羅。弾が切れると持っていた銃を捨て、エレベーターの中へと入る。

 倒された神父たちの側に立つ二人。エレベーターが160階に到着すると、顔を見合わせ笑み浮かべる。

 扉が開いた瞬間、二人を黄金色の目映い光が待ち構える。

「おーし、行くぜ!」

「おう!」

 恐れるものなど何もない。二人が金色に輝く光の先を目指し、一直線に走って行った。

 

「「「「「「いらっしゃ――――――い♡」」」」」」

 それは一種の楽園だった。写ノ神と隠弩羅が見たのは、古今東西、世界中から集まったと思われる絶世の美女たち。アジア系、ラテン系、インド系・・・・・・とにかく一括りに美女というカテゴリニーに属する女人軍団。

「キャ―――!!!」「カワイー!!」「ナニナニこのサングラス、カッコいい―――!!」「こっちの美少年あたしのタイプかも♡」「ふたりともよろしく―――♡」

 目の行き場に困る二人。茜一筋と豪語する写ノ神も、あからさまに好意を寄せてくる美女たちの歓迎を前に頬を赤らめる。その一方で、隠弩羅は今にも手を出したいという気持ちを抑えつつ、この状況が夢か現かその判断に迷う。

「・・・何だこのパラダイスは・・・?幻想か?それとも現実か?!」

「俺が知るかよ・・・どうせこれも敵の魔術の類かなんかっつーオチだせきっと・・・」

 飽く迄冷静になろうとする写ノ神だが、一度はその目を胸元に向けていた。

 この異様な光景に困惑していると、奥の方から甲高い男の笑い声が聞こえてきた。

「でーはははは!!!酒の肴にゃ女が一番だ!!」

 奥の方でワイングラス片手に椅子に鎮座し、美女たちをはべらせる法衣服の男。それが、魔術師ブランシュであるなど、二人は思いたくなかった。

「ブランシュ様~、いつものシャンパンボトル開けましょうか?」

「シャンパンなんて止しましょうよ。ここはドンペリでグイッと!」

「あ~、いいよいいよ。今日はどっちも開けちゃおう!!」

 敵がいるにも関わらず美女たちをはべらせるほど能天気な男を、どう思っただろう。完全に蚊帳の外に置かれると二人は小声でつぶやく。

「あれって敵だよな・・・」

「ああ・・・しかしおめでたい奴だぜ。だけどメチャメチャ羨ましい~~~!!」

「お前プリキュアオタクなんだろ。三次元に諦めたから二次元に走ってんじゃねぇのか?」

「誰が諦めただバカヤロウ!俺だって可能性があれば三次元で彼女作ってウハウハしてぇよ!」

「無理だと思うな」

 多分写ノ神の予想は正しいと思う。

 それはともかくとして、彼はこの隙に携帯していたカードホルダーから適当な魂札(ソウルカード)を一枚取り出し、おもむろに力を蓄える。

「相手が俺たちを無視してると思わせて攻撃して来るかもしれねぇ。だからこちらから先手を打たせてもらうか」

 言うと、写ノ神は手持ちの札に煌々と燃える炎を灯し、それを火球にして前方へと吹き飛ばす。

「おらああ!」

 火球はブランシュの足元で爆発した。爆発が起きた瞬間、写ノ神の予想通り魔術的な力によって生み出された美女たちが次々に消滅する。

「あ~あ、やっぱり現実の女じゃなかったか・・・あ、パンツ見えた♡」

「どさくさに紛れて見てんじゃねぇよ!!!」

 写ノ神が怒鳴りつけた瞬間―――爆炎の向こうから白い光線が飛んできた。射線上の二人はこれを咄嗟に避ける。

「!!」

 攻撃を避けた二人は、光線が当たった壁を見て驚愕する。壁は瞬く間に砂のように脆く崩れ落ち、風穴を開ける。

「人の欲望を逆手にとって攻撃をしてくる・・・賢しいまでの智慧だよ。ま、無理もない話だ。何しろ相手が相手だ。お前たち市井の連中にとって魔術師を相手にするってのがどれだけリスクの高いものだって事を知らないんだ」

 白煙の中から影を見せると、魔術師ブランシュは不敵な笑みで二人を見る。

「星の智慧派教団の本部にようこそ。ここから先を通りたくば、この白魔術師のブランシュを倒すことが必須条件だ」

「白魔術師ね・・・。確かに服といい、技と言い、この部屋全体も真っ白だぜ」

 言いながら、隠弩羅は白一色で統一されたブランシュの自室を見渡した。

「穴の開いた壁が砂になったけど・・・・・・その理由を教える義理はねぇよな」

「ほう・・・良く分かってるじゃないか子供」

「わざわざ聞いても無駄なことは尋ねてもしょうがねぇからな。それよりも大事なのは、相手の未知数な能力に惑わされること無く、自分の特技を100パーセント発揮して如何に速攻で倒せるかだ」

「確かに、おめえの言う事は正論だぜ写ノ神。お前って結構合理的なところあんじゃねえかよ!」

 なぜかちょっと上から目線だった気がしてならない隠弩羅の言葉に、写ノ神は微妙な表情を作る。

「ま、合理的すぎるうちの隊長よりは感情は持ってるから安心しろ」

 言って、写ノ神はカードホルダーから火属性の『(サンダー)』と風属性の『(ブレイド)』を取り出し、その力を一遍に引き出した。

「“奔れ稲妻!刃に乗りて、我にあだなす者を灰焼きにせよ”。『(サンダー)』『(ブレイド)』、融合!!『雷鳴斬(らいめいざん)』!!」

 バチバチという音を立て、ひとたび触れれば直後に焼け焦げる強力な電気を帯びた剣が写ノ神に装備される。

「んじゃ、俺も」

 写ノ神に触発された隠弩羅は、魔術使用の際にかかる体への負荷を軽減するアイテム―――闘神機に闘神符を読み込ませ、専用武器『陰陽如意八卦棒』を召喚した。

「そっちが名乗ったからには俺たちも名乗っておくよ。TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”第五席―――八百万写ノ神!!」

「かの平安時代の陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)によって封印された邪悪なる式神“白虎のヒュウガ”をその身に宿すネコ型ロボット―――隠弩羅だ!!」

 

 

同時刻 地上150階・北側通路

 

「ぐああああ!」

 仲間と離ればなれになりながら、幸吉郎はキャリーサ救出のためにひとり彼女の元へと急ごうとしていた。その途中、障害として立ち塞がる教団の神父たちを今この場で斃している。

 元々幸吉郎の基礎戦闘力は極めて高かった。いくつもの死線を潜り抜けて来た経験は確かであり、機関銃による発砲にも決して怯まず、敵を一撃のもとに圧倒する。

「俺は三下の相手をするのは好きじゃねぇんだ。痛い目見るのが嫌なら、とっとと失せろ!!!」

「ひいいいい///」

 殺気が籠った幸吉郎の表情に怯え、畏怖の念を抱いた神父たちは次々と武器を放棄し逃げて行く。

「ったく。狼雲(こいつ)は雑魚の血で錆びつかせるには惜しい業物(わざもの)だって言うのによ」

 敵の血で染まった愛刀から血を拭うと、幸吉郎は進路を前に取って走り出す。

 しばらく行くと、前方には巨大な鋼鉄製の扉が立ちはだかる。施錠らしいものは無かったが、普通に開けることも躊躇われた。

「・・・ふん」

 だから、幸吉郎は力技でこれを開けることを決意し、刀を水平に突き立て―――勢いよく牙狼撃を叩きこむ。

 

 ―――ドカーンッ!!!

 

 鋼鉄製にしてぶ厚い扉をも打ち破る強力無比な刺突(つき)。幸吉郎が穴を開けた扉を潜ると、部屋の奥には椅子に座る魔術師の姿があった。

 幸吉郎は刀の波紋に映る魔術師―――涯忌を見ながら彼の目の前まで近づいた。

「・・・もう刀を抜いているのか?」

 涯忌がおもむろに問いかける。幸吉郎は口元を釣り上げ、「強者の血を吸いてぇと、唸るもんでな」と言った。

 椅子から立ち上がると、涯忌は幸吉郎と向き合った。

「本当ならあの性悪ドラ猫とやりたかったんだが・・・仕方ない。役不足だが、この際お前で我慢してやろう」

「おいおい。兄貴とテメェの実力が釣り合うわけねぇだろ。無論、俺とテメェとでも」

「ほう・・・いっちょ前に俺に勝とうと?刀しか能のない人間如きが舞い上がる」

「テメェこそ、魔術が無ければ単なる悪徳神父だろう。こっちは早いところキャリーサを助けて、あのふざけた妖術師野郎を止めないとならねえんだ」

「だったら早くしないとな。あと数時間もすれば、屋上でナイアルラトホテップ復活の儀式が始まる。それまでに俺を討ち負かすことができればいいが・・・お前では無理だろう」

「討ち負かすだって?寝ぼけた言ってんじゃねえよ」

 言うと、幸吉郎は狼猛進撃の体勢となり、鋭い瞳で涯忌の心臓に狙いを定める。

「こっちはテメェを倒しに来たんじゃねぇ・・・・・・テメェの命を貰いに来たんだ」

「ふふ・・・ドラ猫と違って、お前は血の気が多いな」

「兄貴が合理的なだけだ。俺はあの方ほど利口じゃねぇもんでよ・・・だが単なる莫迦でもねぇさ。じゃなかったら、こんなところでわざわざ脚を止めて魔術師と戦うなんて選択肢は取らねぇ。テメェの力が俺の力より劣っているなら、テメェを糧に俺の力をより磨き上げてやるまでだ」

「なるほど・・・・・・それは実におめでたい話だ」

 今も昔も鋭い牙を突き立てる狼と、その牙を折ろうとするは風の能力使い。幸吉郎の牙は、涯忌の肌に食らいつけるのか・・・・・・

 

 

同時刻 地上140階・南側通路

 

「うおおおおおお!!!どこだここは!!」

 駱太郎は極度の方向音痴だった。何の当てもなく本能のままに突き進んだ結果、彼はそんなに入り組んでいるわけでもない廊下をいたずらにマラソンし続けていた。

 バカみたいに大声を出しながら、ひたすら前方を走っていたそんなときだった。天井から駱太郎の相手となる男が降ってくる。

 

 ドーン!!!

 

「ふはははははは!!!また会ったな、トリ頭!!俺の事を覚えているか!」

 大きな振動を発生させる巨漢。クロアチアでは駱太郎に惜敗したアダマが、今日の因縁に決着をつけようとするが・・・

「どこなんだよ!!!キャリーサはどこにいるんだよ!!」

 駱太郎はこれを平気で無視し、そのままアダマを通り過ぎようとした。

 悪意のない駱太郎のワザとらしいまでの天然な態度が気に入らなかった。アダマは怒りを露わに、拳に土を固める。

「お前は人の話を最後まで聞こうとする気はないのか!!!」

 土でできたパンチンググローブから繰り出される拳打。動物的本能でアダマからの攻撃に気づいた駱太郎は紙一重で体を捻り、これを躱した。

 そして改めて、目の前の敵―――アダマと面と向かって対峙する。

「おう、誰かと思えばクロアチアんときの・・・!」

「土のアダマだ。あの時は随分と世話になった」

「別に世話したつもりはねぇよ」

「無垢なる意思を助けに行くつもりか?」

「ああそうだ」

「止めておけ。あれは人間の姿を借りたただのバケモノだ。ナイアルラトホテップが復活した暁、その糧となって消滅するのがオチだぞ。この俺たちも含めてな」

 一応アダマは自分なりに警告をしたつもりだった。邪神の力がどれほどのものかは分からないが、この先自分たちが無事に生きられるという保障もない以上、敵ではあるが駱太郎に慈悲を与えようとした。

 しかし、そうした慈悲を向けられようと駱太郎の答えは一つに決まっていた。

「あれがバケモノかどうかを決めるのはてめぇらじゃねぇ。俺たちはおめぇらとは違う!」

「どうかな。表面上では割り切れても、心の中までは割り切れない。人間とはそう言う生きものだ」

「仮にそうだとしても、それで俺たちがキャリーサを見捨てる理由にはならねぇ。おめぇとグダグダ語り合ってる暇はねぇんだ!ここを行かせてもらうぜ!」

「行かせるわけがないだろ。状況を見てものを言え、このトリ頭!」

「自慢の髪の毛をバカにしてんじゃねえよ、この無駄マッチョ!」

「む、無駄・・・・・・!?」

 自慢の筋肉を、厳しいトレーニングの末に手に入れた努力の結晶を無駄と言う言葉で片付けられた。そのことがアダマには何事よりも許しがたいものだった。

「この鍛え抜かれた優美なる俺の肉体を無駄だと・・・・・・上等じゃねぇか!!無駄かどうかは俺ともう一度勝負して勝ってから決める事だ!!」

「やけに自信満々だな。いいぜ、喧嘩は俺の大好物だ!それにどうせおめぇをぶっ倒さないと前に進めねぇんだったら、全力で戦ってやる。この前はとんだ邪魔が入っちまったからな・・・・・・ちゃんとした決着つけよう!!」

 今世紀最大のおバカ対決。

 勝つの喧嘩バカか・・・・・・筋肉バカか・・・・・・あるいはどちらも共倒れするまで殴り合うのか!?

 

 

同時刻 地上130階・西側通路

 

「写ノ神くーん、幸吉郎さーん!駱太郎さーん、龍樹さーん、長官さんに隠弩羅さーん。どこですかー!!」

 誰もいない場所で写ノ神の名前を叫ぶ少女。

 仲間と離ればなれとなり、一人になってしまった茜は仲間の安否を気にしつつ、捕まったキャリーサの元を急いでいた。

 その途中、何人かの敵と遭遇したが、彼女は特に苦労する事も無く敵を一掃した。無論、手加減するという概念は彼女にはなかったから、敵は相当悲惨な末路を辿ったらしい。

「はぁ・・・よりによって写ノ神君たちと離れてしまうなんて。こんなか弱い乙女が敵陣に一人とは、実に心許ないことです」

 誰もそうは思わないけど・・・・・・そう彼女に言いたくなったときだった。

『うしししし・・・・・・』

 気味の悪い声が聞こえてきた。茜はおもむろに後ろを振り返った。しかし、人はおろか影すら見当たらない。

 幻聴ですかね・・・そう考え疑問符を浮かべた彼女は、取り敢えず前進を続けることにした。

『うしししし・・・・・・よーく来たね、あたしの獲物』

 だがそれは幻聴ではなかった。声はハッキリと彼女の頭の中に聞こえてくるものだった。背筋が凍りつくほどの不気味な声に、茜は極端な寒気をもよおす。

「嫌ですわね・・・まるでストーカーの様に誰かに付けられている気がします」

 この不気味な感覚は何なのだろう・・・・・・一抹の不安に駆られながら彼女は歩き続けた。

 やがて、自動ドアが主流な最先端ビルの中で時代錯誤な木製の扉を見つけた。

 ガーゴイルが施された金具に手を触れると、彼女は額に汗を浮かべながら考える。

(これが敵の罠だとしたら・・・・・・でも、ここまで来てしまったからには後戻りはできませんし。たとえ相手が誰であろうとキャリーサさんを助け出すと決めた以上、逃げ出すなんて許されません)

 大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。

 茜は金具で扉を二回ノックすると―――恐る恐る「失礼しまーす・・・」と言って扉を開け、中に入る。

 途端、目に飛び込んで来たのは彼女の想像を絶する光景。

 広い部屋のいたるところに血の付いた調理器具やニンニク、人骨のようなものが壁にかけられ、部屋の奥には不気味な蒸気を噴き出す大釜が設置されている。

 茜は一瞬にして顔を引き攣り場違いなところに来てしまったことを後悔する。

「うわぁ・・・悪趣味な部屋ですこと。教団には魔女の方もいるのでしょうか」

「その通りさね」

 そう言って、奥の方から杖を突いた長髪白髪で頬骨が目立つ老婆が茜の前に現れる。

「うししし・・・ようこそ、お嬢ちゃん」

「あなたは?」

「キザイア・メイスン、れっきとした魔女さ。で、こっちはあたしのかわいい使い魔のジェンキンスさね」

 左肩に乗ったネズミと猿の中間に位置するような奇妙な生き物。キザイアの使い魔ジェンキンスは、奇妙な鳴き声を発する。

「それがあなたの使い魔・・・・・・私から言わせれば、ブサイク極まりないですね」

「お黙り!あんたみたいな奴に言われると余計に腹が立つんだよ」

 茜はキザイアの使い魔を見て辛辣なコメントをした。聞いた瞬間、キザイアは杖を突いて激怒する。

「若くて美人・・・あたしはそういう人間をたくさん見て来たがね、決まってみんな碌な死に方をしないんだ」

「美人を妬むのは勝手ですけどね、妬む前にもっと自分を美しく磨く努力をしないとダメですよ」

「ふん。いくら努力したってね、人間には限界ってものがあるのさ。それにどれだけ若作りをしようとも、いずれは年を取ってみるみるみすぼらしい姿になる。あんなに美しかった自分がいつの間にかこんな姿になるとは思わなかったと、あとあと鏡を見て後悔するのさ」

「確かに神様という方は残酷ですよね。若さを与えた後、やがてその若さを奪うのですから。ですが真の美しさは何も外見だけではありません。その心を理解してくれる人が一人でもいれば、女はいつまで経っても美しくいられるのです」

「戯言を。男なんて猿並みにバカな生き物だ。あんただっていずれ分かるよ・・・・・・」

「他の人はそうかもしれませんけど、写ノ神君は違います」

「写ノ神?」

「私の愛しき人の名前です。きりっとした目つきを持ちながら、優しさが滲みだす顔を持つ美少年なんですから♪」

 

【挿絵表示】

 

 あくまでも茜の主観に基づく見解である。写ノ神が茜に一筋なように、彼女も写ノ神一筋一筋なのだ。

 キザイアは何ておめでたい子なんだと心の中で思いながら、孫ほどに幼い彼女を「これだから近頃の若いもんは・・・」と諌める。

「いいかい、男と女が分り合う事などないんだ。それこそ幻想だよ。あんたには悪いが、真実の中に愛などいうものはない!」

 杖を突いてそう強調する彼女だが、茜はその言い分に食い下がる。

「誰からも愛されたことも無ければ、誰も愛したことがないような人に言われたくありませんね。もしもあなたの言う様に男女と言うものが分り合えないとしても、お互いの気持ちは常に表に出すべきだと思います」

「ふん。あんたとこれ以上話をしても時間の無駄だわさ。ちょうどいい・・・これから地獄釜を作ろうと思っていたところさ。その若くて美しい肌からたっぷりとコラーゲンをたっぷり摂取させてもらうだわさ」

 キザイアはその手に鞭を持った。そして、肩に乗せたジェンキンスを床に下ろすと、軽く鞭を叩いた。

「さぁ、いくだわさジェンキンス!!」

 瞬間、魔法陣が足元に展開されると同時にジェンキンスは奇声を発し、赤く目を光らせた。

 キザイアの魔力が注ぎ込まれたジェンキンスは体内の細胞を刺激する。そうして彼は全長3メートルにも及ぶ巨大な怪物の姿へと変貌した。

「あたしのかわいい使い魔ジェンキンスは、今ものすごく腹が空いて気が立っている。気を付けるんだよ・・・・・・怒ったコイツは暴れ出すと手が付けられないから」

「ご親切にどうも。そちらが使い魔を使う以上、私も相応の力をお見せいたします」

 茜は即座に指を噛んで血を出し、それを腕に塗って術式を発動。

「畜生祭典・猛の陣」

 この世界ともう一つの世界を繋ぐ門―――畜生曼荼羅から召喚される茜の使役獣。

 西洋の世界では地獄の番犬と称される三つの首を持つ怪物・ケルベロス。

 ジェンキンスとケルベロス・・・猿と犬に近い両者は敵意を剥き出しに威嚇し合う。慣用句にあるとおり、犬猿の仲とはよく言った。

「うしししし・・・ジェンキンスは猿じゃないよ。そんな犬っころなんて直ぐにぶち殺してやるだわさ!」

「畜生界・鬼灯の里一番の番犬を甘く見ない方がいいですよおばあさん。では、ともに参りましょうね、鉄夫さん」

 ケルベロス対ジェンキンス。そして、茜対キザイア―――二人の幻獣使い(モンスターテイマー)が真っ向からぶつかり合う。

 

 

同時刻 地上120階・東側通路

 

「リヒト・ズィガー!」

 珍しい組み合わせかもしれない。杯昇流はただいま、龍樹常法とともに教団の神父たちと交戦中。

 右手で電気を帯びた特殊な警棒を操り、左手では愛銃「バッター」を握りしめ、両方の武器を上手く使って敵を倒す。

「おらくたばれ!!!」

 神父の一人が昇流に剣を突き立ててきた。だが、龍樹はいち早く守護の法典を発動させ、この攻撃から昇流を守る。

「大丈夫か!?」

「ああ、助かったよ!」

 法典の防御力は広範囲に及ぶ。防御力を維持した状態から、昇流は銀色の特殊道具ケースを取り出し、そのうちのひとつを使用する。

「これでも喰らえ!!」

 彼が取り出したのは一見すると爆弾のような球体状の道具。これを敵陣に放り込んだ瞬間、昇流と龍樹は耳を塞いだ。

『すきなんだ~~~けど~~~~~!!!』

 龍樹のカラオケボイスを元にして作られた、破壊力抜群の歌声―――もとい、狂音波が外界に向けて放出される。

 耳を塞いでも響き渡る程の大音声。神父たちはチューイングが大きくずれ、鼓膜を突き破るが如くひどい歌声に慄き悲鳴を上げると、ほどなくして気絶した。

「コラー!!拙僧の声で倒れるな!!というより長官、これはどういうことじゃ!?」

「いやだってさ・・・あんた歌ってるとき気づいてないかもしれねェけどさ、この前のカラオケはマジできつかったぜ。ハールヴェイトに解析してもらったら、チューニングがずれて天然の狂音波になってるって」

「するとあれか!拙僧の声は天然の狂音波発振式ネズミ・ゴキブリ・南京虫・家ダニ・白アリ・虫退治機だと言いたいのか!!」

「舌噛まずによくその名前言えたもんだな・・・」

 などとどうでもいい事に感心をしていたときだった。

 突如、目の前から大量の水が押し寄せてき―――二人の元へと迫って来た。

「なんだ!?水が・・・!」

「この水はまさか!!」

 龍樹は押し寄せる津波の力を知っていた。

 無情にも津波は速度を増して押し寄せる。龍樹は自分と昇流を守るため錫杖を翳し、そして真言(マントラ)を唱え法力を高める。

南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)・・・・・・南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)・・・・・・キエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」

 奇声を放った瞬間、龍樹は見えない膜を作り出し前方から迫る津波の脅威からどうにか逃れる。

「へぇ。それがあなたの能力・・・今のが法力と呼ばれる奴ですか」

 乾いた声を発し現れたのは、教団の魔術師の最年少である水のシャテル。龍樹は以前にもクロアチアで彼と対峙しているため、強く警戒する。

「おじいさんと会うのはこれで二度目ですね。そちらの人は確か・・・涯忌さんに発砲してた」

「その節はどうも・・・」

 やや不貞腐れた感じに昇流は答えた。

「気を悪くされたのなら謝ります。でもあなたも無謀な事をするものだとつくづく思いますよ」

「けっ。俺りゃ昔っから頭が悪いもんでな。ついカッとなっちまうんだよ」

「そういうお主は魔術師たちの中では最も淡白な男じゃのう」

 龍樹が何の気なしにそう言うと、シャテルは一瞬口籠る。しばらくの間、彼は自慢のポーカーフェイスを見せ、やがて言いたいことをまとめ口を開く。

「―――僕はどうも感受性に乏しくて。折角泣ける映画を見に行っても、僕だけ泣けないものですから・・・友だちも全然いないんです。でも、不思議と寂しいとは思いませんでした」

 刹那。シャテルの両サイドに右回りに渦を巻いた水柱が現れる。

「だから、あなた方を殺したところで僕の心は痛まないと思います」

「性質の悪い奴が相手になったな・・・」

「諸行無常じゃ」

 

 

 

 各地で始まった戦いの先に見えてくるものとは・・・・・・星の智慧派と鋼鉄の絆(アイアンハーツ)による真っ向勝負が、いよいよ開始される!!

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:久保帯人『BLEACH 59巻』 (集英社・2013年)

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その31:人さまの迷惑のならない程度に暴れられて、搾取できるときは搾取する。もっと自分の利益になる賢い生き方をしようよ

 

あんたは自分のためばっかりじゃんか!・・・と、誰かが言ったところで魔猫の心は変わらない。でも、自分の利益になる賢い生き方って具体的に?(第26話)




次回予告

駱「おい無駄マッチョ!!髪の毛触ってんじゃねェぞ、殺すぞ!!」
ア「貴様こそ無駄マッチョとは何だ!!この筋肉は俺の自慢の肉体美なんだぞ!!」
隠「なんだか暑苦しい戦いしてやがんな・・・おっと。俺たちも人の事気にしてる暇なかったぜ」
ド「次回、『星の魔術軍団殲滅作戦(前編)』。ま、別に作戦ってものでもないんだけどね・・・・・・」

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