サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「オイラとて無敵じゃない。魔猫とか怖そうな異名を持っているけど、その正体がロボットである以上弱点を突かれてしまえばたちどころに動けなくなる。そう・・・オイラの弱点こそあの尻尾なんだわ。あれを引っ張られると体の全機能がストップし、文字通り鉄くずに成り下がる」
「あの変態妖術師め・・・それを知っててやりがった!!悪党ならもっと残酷なことをするべきなんだ。なのに戦いをめんどくさがって尻尾引っ張るなんて。許せん・・・絶対にベコベコに嬲り殺してやるからな、ジョウゼフ・カーウィン!!」


外道なる者の帰還

8月8日 午前8時09分

イタリア共和国 G’s Bar

 

 パンパン!パンパン!

「チクショウ――――――!!!」

 甲高い叫び声に便乗する銃声。昨夜の戦いでカーウィンに敗北を喫したドラの機嫌は最悪だった。

 パンパン!パンパン!

「ジョウゼフ・カーウィン!!!」

 戦って負けたのならともかく、メインスイッチの役割を果たす尻尾を引っ張られて全機能を停止させられたという屈辱的な結果をドラはどうしても享受できず、カーウィンへの恨み・嫉み・憎しみ・・・・・・負の感情諸々を晴らすため、ミスターGから借りた拳銃で撃ちまくることで発散しようとするが、最早それは単なる発砲狂でしかない。

「敢えてメインスイッチを切ったことを必ず後悔させてやる!!必ずお前の首をかき切ってやるからな!!でははははははは!!!」

 完全に自我を失い二人目のミスターGと化すドラを、幸吉郎たちがかなり引いた目で見つめていると―――昨夜の戦いで負傷した駱太郎は悔しそうに顔を歪め、自分の掌にバチンと拳を叩きつける。

「チックショ!完敗だ。あいつは半端なく強かった・・・・・・キャリーサ、すまねぇ!」

「諦めるならまだだぜ。敵はキャリーサを”今のまま”で活かす事なんてできやしねぇんだ」

「どういう事だよ?」

 後頭部に包帯を巻きつけた隠弩羅が真剣な眼差しで周りに呼びかける。昇流が怪訝そうに尋ねると、アロハシャツの下から隠弩羅は意外なものを取り出した。

 ドラを除く全員が目を疑った。自分たちの目の前にあるものが、紛れもなく昨夜カーウィンによって奪われた輝くトラペゾヘドロンの失われた欠片のひとつだったのだ。

「そ、それは!!」

「まさか!?」

「こんな事もあろうかと、隠弩羅さんがミスターGに頼んでそっくりな物を作らせてといた。で、そいつを俺がキャリーサが持ってる本物と取っ替えってワケだぜい!」

「隠弩羅さん!!」

「お前って奴は!!」

 外見とは裏腹に隠弩羅もドラに勝るとも劣らない計算高い性格だった。内心彼の事をずっと小馬鹿にしていた写ノ神も考えを改め、隠弩羅の肩に腕を回し喜びを露わにする。

「へへ。それだけじゃないぜ。これを見ろ」

 言うと、隠弩羅は欠片の他にGPSの端末を取出しスイッチを入れる。途端、画面に映像が表示されるとそれはアメリカカリフォルニア州の航空図で、赤く点滅する発信源はロサンゼルスを指し示している。

「赤の点滅はキャリーサの現在地を表している。あいつの服に世界一小さなGPS発信機を取り付けといたんだ。これで敵がどこにいるのかがわかるって寸法だ!」

 聞いた瞬間、ドラを除く全員が「おお!」という声を出し、隠弩羅の事を素直に凄いと感心する。

「やるじゃねぇかてめぇ!」

「まさに頭脳プレーじゃのう」

「おめぇっ、マジでチャラくて気色悪りぃだけのプリキュアオタクじゃなかったんだな!」

「ようやく気付いたか。元々俺の得意分野は、頭脳なんだぜ!にゃははははは!!」

 周りが活気づき始め、旅を初めて三日余り経ってようやく自分の能力を正当に評価された隠弩羅も意気揚々となる。

 ドン!

 不意に散弾銃が空中に向けて放たれ空気を劈く破裂音が鳴り響く。ミスターGは全員に呼びかけるように銃声を聞かせ、「ヤーハー!!」と奇声を放つ。

「括目しやがれてめぇら!!G’s Barのスペシャルメニュー・・・・・・篤と味わってみろ!!」

 周りに強い語気で言うと、ミスターGは持っていたリモコンを操作し、適当なボタンを押す。

 直後、ゴゴゴゴ・・・という音とともに地面が激しく揺れ始め、G’s Bar全体が二つに別れ左右にスライドする。

「この展開・・・・・・・・・まさか」

「二度もやらないでほしいんですけど!」

 写ノ神と茜の脳裏に、昨晩のトラウマが蘇る。

 発狂したミスターGは店の地下に隠されていた小型弾道ミサイルを乱射し自分たち諸共眼前に移るすべてのものを破壊しようとした。一歩間違えれば本気で死者が出たかもしれない・・・・・・そんな事などお構いなしで生きているミスターGの酷く理不尽な行動を恐れ、二人は露骨に顔を歪める。

 だが、二人の心配は杞憂に終わった。真っ二つに別れスライドした店の地下からその全貌を表したのはミサイルではなく、それを遥かに凌駕する超弩級の代物。

 漆黒に塗装されたほどよい流線型を描く鳥を模したデザイン。まるでトップガンの世界に引きずり込まれそうになりながら、昇流はかなり驚いた様子で声を張り上げる。

「え、え、SR-71・・・ブラックバード!!ロッキード社が開発しアメリカ空軍で採用された世界一最速の超音速・高高度戦略偵察機じゃねぇか!!」

「なんでそんなものが一個人の手にあるんじゃ!?」

「こんなイカレ爺の手に渡る様じゃ、この世界の政治機能も終わりだな・・・・・・」

 ドラの率直な感想が酷く空しく聞こえるのは気のせいなどではなかった。挙動不審に陥る周りの反応を余所に、ミスターGは朗らかにとにかく笑って誤魔化した。

「だーははははははは!!!!頼まれてたもんは積み込んどいたぜ。行け、隠弩羅!」

「ありがとよ、ミスターG!」

「いいってことよ!だはははははははははは!!!」

 この爺さんマジで色んな意味でイカれてやがるな・・・幸吉郎は心の中でつぶやきながら、ミスターGがどのような手練手管で仕入れたかもわからない世界最速を誇る音速偵察機に搭乗する。

 本来は二人乗りを基本設計として作られたSR-71だが、ミスターGの怪しげな改造を施された結果、最大積載量は五人までとなった。だが周知の通りドラたちは全部で八人。ゆえに三人が余る結果となり、ジャンケンにより厳正なる選抜の結果―――駱太郎と昇流、隠弩羅の三人は急遽用意された特等席に入る事となった。

「って!何が特定席だよ!!」

 昇流の怒鳴り声が向けられた。三人は戦闘機真下におざなりに付けられたカプセル状の物体に無理矢理押し込められ、透明なガラス張りの中でぎゅうぎゅう詰めにされている。

「く、くるじい~~~///」

「棺桶に入られてる気分だ・・・・・・」

 現実的にはあり得ない光景だった。だがそれが漫画の類のフィクションであるからこそ許される強引な手法であるのだ。

「何の話してるんだよ!?」

 またしても昇流からの指摘を受けるが、これ以上は聞き苦しいので聞き流す事にする。

 エンジンが始動すると、ドラたちを乗せたSR-71は機体をゆっくりと浮上させ―――ミスターGとG’s Barを後にする。

「んじゃ爺さん!ありがたく使わせてもらうぜ!」

「ミスター。お世話になりました。お酒飲み過ぎないでくださいね」

「心配すんなお嬢ちゃん!」

 茜が頭上高くからそう言ってきたのを聞き、ミスターGは朗らかに笑いながら牛乳瓶を取り出し、それを一気飲みする。

「ぷっはー!俺らぁガキの頃からミルク一筋よ!」

「よく言うぜ・・・」

「酒飲むたんびに発砲してたくせに・・・」

 色々と文句はあるものの、全員は世界最速を誇るSR-71に乗って、キャリーサとカーウィンら星の智慧派教団が持つロサンゼルスを目指し出発する。

 

 

8月8日 午前5時01分

アメリカ合衆国 星の智慧派教団・ロサンゼルス本部

 

『死ね!くたばれ!』

「うわあああ!」

 カーウィンの手により拉致された邪神ナイアルラトホテップが生み出した存在『無垢なる意思』の器こと、キャリーサは暗く閉ざされ白いガス状の気体が充満する部屋の中央で、磔にされ監禁状態にあった。

 だが、捕まった直後から彼女の身に変化が現れ始め、鳥のように澄んだ声から一変、ドスの利いた声色を発し凶悪な言葉が放たれると思えば、キャリーサは瞳を紅色に染め上げ、体から無垢なる意思としてのエネルギーを無意識のうちに解き放ち、電気エネルギーとして放出する。

 見張り役の涯忌はこのような事があるとは夢にも思わなかったばかりか、見た目とは裏腹に強大な力を内包する無垢なる意思の力に手を焼いていた。

「なにごとだこれは!?」

「涯忌さん大丈夫ですか?」

 そこへ、アダマとシャテルも合流し目の前の現状に驚き、率直な事を尋ねる。

「この状況を見ればわかるだろ!勘弁してくれよ・・・・・・何だって俺がこんな目に」

 無垢なる意思の力に涯忌はほとほと困り果てていた。

 見かねたアダマは、邪悪な力に翻弄され自我を見失いかけているキャリーサに近づき、怒り顔で彼女の頬をバチンと叩く。

「この!!刃向うんじゃねぇ、無垢なる意思!」

 しかしその行為は結果として、彼女の中に潜む邪神の神経を逆なでする。

『我に刃向うか!!!』

「だああああああああ!!」

 邪神の逆鱗に触れた瞬間、強烈な電撃が勢いよく放出され、アダマの体に被雷する。四大元素『土』を司り、基本体に電気を通さないアダマを焦げ付かせる一撃は何とも凄まじい。彼はいささか信じられないといった様子でバランスを崩し、その場に仰向けに倒れる。

「やれやれ・・・刃向ったのはそっちじゃないですか。アダマさんって、やっぱり一番愚かな人ですね」

「シャテル・・・・・・てめぇもあいつに刃向え!そして消えちまえ!」

「危ないって分かっているのにわざわざ要らないちょっかいを出せと?僕はアダマさんと違って愚かじゃないですよ」

 教団の魔術師としては最年少でありながら、淡白で慇懃無礼な発言ばかりをするシャテルを恨む者は大勢いたが、アダマもその一人だった。シャテルにも自分が受けた苦痛と同じかそれ以上の苦痛を味あわせてやりたいと思ったが、用心深い彼を落とすのは想像以上に厳しい物だった。

「やれやれ。どうも騒がしいようですなはい」

 と、そこへ現れた二人の男性。

 一人は智慧派教団の教祖ヘルメス。もう一人はキャリーサと二つの黒い欠片を手に入れた妖術師ジョウゼフ・カーウィン。ヘルメスが現れた事で、涯忌たち三人はその場に恭しく控える。

「ああああああああああああ!!!」

 部屋に入るなり、カーウィンは瞳を怪しげに赤く光らせると、自我を見失いかけ暴走状態にあるキャリーサの力を高い魔力で抑え込み、昏倒させる。

 彼女が大人しくなった瞬間、やや引き攣った顔を浮かべる三人の魔術師。自分たちの力ではどうすることもできなかった強大な力を容易く押さえつけたカーウィンの実力を嫌でも見せつけられ、三人の中に悔しい気持ちが渦巻くことは想像に難くなかった。

 そうした気持ちを胸中抱きながら、ヘルメスに首を垂れた状態で涯忌を筆頭に三人は言葉を発する。

「申し訳ありません。教祖様」

「大変お見苦しいところを!」

「見苦しいのはアダマさんですけど」

「貴様は黙っていろ!!」

「まぁいい。ようやくここに二つの欠片と箱、そして無垢なる意思が揃った」

 言うと、カーウィンとヘルメスはこの場に輝くトラペゾヘドロンと呼ばれる魔道具を取り出した。

 カーウィンの手にはドラたちから奪った邪神ナイアルラトホテップの魔力が封じられた二つの黒い多面体の欠片が。ヘルメスの手には東大の考古学研究室から盗み出した多面体を納める金属の箱がそれぞれある。

「二つの欠片をこの箱に収め、その力を無垢なる意思に注ぎ込んだとき、それが生まれる」

「”それ”、ですか?」

 このとき、シャテルはそれを指す意味が邪神ナイアルラトホテップそのものであるとばかり思っていた。

「えーでは、ナイアルラトホテップ復活の儀式は正午を待って行います」

「お前たちも心の準備ぐらいしておけ」

 飄々とした顔でヘルメスが言った後、カーウィンは無表情で三人の魔術師に呼びかけた。

 話が終わりと、二人が踵を返しおもむろに立ち去って行く。アダマは先ほどのカーウィンの言い方が気に入らず反抗心を露わにする。

「あいつ・・・随分と生口叩いてくれやがる」

「でも仕方ありませんよ。僕らで欠片も無垢なる意思も手に入れられなかったのに、あの人それを全部一人でこなしちゃうんですから」

「認めたくはないが、実力の差か。しかし不思議だ・・・どうやってあの怪物ネコを退けたのか」

 と、三人がぶつくさと話する一方、気を失っていたキャリーサが意識を取り戻し、すっかり弱り切った様子でこの場にはいないドラたちに助けを乞う。

「ドラさん・・・みなさん・・・助けて下さい」

 

 

8月8日 午前5時20分

同国 ロサンゼルス上空・高度1万メートル

 

 イタリアからロサンゼルスまでの移動時間はおよそ9時間。両国の時差もおよそ9時間。イタリアでの時間間隔からすれば、時刻は午後2時を回っている。しかし西方に移動すればするほど時間は遅れるため、ドラたちは午後2時の感覚を保ったまま早朝のロサンゼルス上空に到着する。

「なぁ・・・これって領空侵犯になるんじゃねぇか?」

「心配すんな。そういう対策をしてないはずないからね」

 写ノ神が心配する現実的な問題として領空侵犯がある。国際法で決められた規則に従えば、領空侵犯に対して、当該国は対領空侵犯措置を取ることができ、要求に従わない場合は威嚇射撃、最悪の場合は撃墜という強硬手段も取られる。

 だがドラとてそうした問題を無下にミスターGや隠弩羅が対策を取らないはずはないあと踏んでいた。実際のところ、彼の予想は大いに的中していた。隠弩羅は機体が元来持つステルス効果に加え、魔術を行使し機体その物を見えなくすることで空軍のレーダーから完全に消滅させることに成功した。

 

 空軍のセンサーを切り抜け、ロサンゼルスに到着した一行は機体から降りるとすぐにGPSの地図を頼りに星の智慧派教団の本部を目指した。

 彼らは敵の本拠地が近づいていることから、これまで以上に周囲に気を配り、いつ敵が襲って来るかもわからないという緊張感を持って行動する。

 そうして、移動を初めて数分後。ドラたちはGPSの地図を何度も確認したのち、それらしい建物を発見する。

「ここみてーだな・・・」

「ああ、らしいな・・・」

 星の智慧派教団が築き上げた巨万の富が色濃く反映された摩天楼。周りの高層ビルと比較しても、その巨大さは抜きんでており、却って高圧的で不気味な印象を与える。

「あいつらどんだけ高いお布施払わせやがる?」

「諸行無常じゃ。まるで権力を誇示しているとしか思えん」

「そういうもんだろうぜ爺さん」

「キャリーサさんはどちらに捕まっているのでしょう?」

「まぁ十中八九あの変な笑い方するボスのところだろ。勿論カーウィンも一緒に居る」

 隠弩羅がそう言った後、ドラは拳をボキボキと鳴らし、怒り・憎しみ・悔しさ・・・諸々を内包した鬼のような形相を浮かべる。

「よし!全員皆殺しだ!!」

「やっぱ殺すんだ・・・」

「殺す以外にこの憎しみを晴らす方法があるなら是非とも教えてくださいよ!!それとも、長官が代わりに殺されて手打ちってことでも全然構いませんよ・・・」

 邪悪な笑みを浮かべ、ドラの口から発せられる狂気の台詞。聞いた瞬間、昇流の全身が震え瞬時に体が凍りつく。

「ダメだ・・・俺の死期がどんどん近づいているよ///」

 そうは言うものの、彼はこれまで死期と呼べる機会を何度もチャンスに変え、その都度生き残ってきた猛者だ。今回も簡単には死ねないという思いがあるのは、何も幸吉郎たちだけが抱く感情ではなかった。

 強い憎悪を抱き、打倒カーウィンを誓うドラを筆頭にし、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)は敵の本拠地に乗り込むため、正面玄関の方へと歩いて行く。

「なぁ。正面から入るなんてやめようぜ」

「怖気づいたのか写ノ神。ここが敵の本拠地である以上、下手な作戦なんて立てず圧倒的な力でねじ伏せるのが一番手っ取り早い」

「圧倒的な力ね・・・・・・それがあるのはうちの隊長ぐらいだろ。まぁもっとも・・・お前らと違って俺は凡人だからよ」

 写ノ神は内心メンバーに対する劣等感を抱いていた。何かと抜きんでている特技があるドラたちは異なり、特定の技能に突出してない自分の力に強い不安を感じていた。

 正面玄関の方を目指し歩いていた、そのとき。案の定ドラたちの襲撃を予見してヘルメスらが配置した大勢の神父たちが槍や近代兵器を持って立ちはだかる。

 彼らは敵意を剥き出しに、ドラたちを睨み付ける。

 ドラはその場に立ち止まると、神父たちを見据える。じーっと彼らを凝視し、その直後足を前に出した彼はおもむろに頭を下げ、神父たちに向かってお辞儀をする。

「すいませんけど・・・そこを通してください」

 意表をつかれた行動だった。丁寧な言葉遣いで謙虚な態度を示すドラの言動に神父たちは拍子抜けをする。

 しかし、それで彼らが油断するわけではない。構えは崩さず、ドラへの敵意を強く持ち続ける。

 これを見たドラは嘆息を突き、さらに演技を過剰にする。

 刹那。自らのプライドをかなぐり捨てたようにドラは地面に頭を擦りつけ、躊躇いなく土下座をする。

「すんませーん!!どうか、お願いします!!我々を中に通してくだされば、こちらに多額のお布施をお納めさせていただきます!!」

 恥や外聞も一切捨てて強く頼み込むドラ。たとえそれが演技とはいえこのような姿を滅多に見られない昇流や隠弩羅は笑い死にそうになりながらも、後で彼に八つ当たりにされないよう必死で笑いを堪える。

 神父たちはドラへの警戒心を益々強くする。そして、神父の一人は溜飲したのち槍を突き立てドラに向かって走り出す。

「いくらそうやっても土下座しても、ダメなものは・・・ダメだ―――!!!」

 地面を強く蹴り、槍を突き立てた神父は土下座をするドラに向かって突進をした、次の瞬間―――土下座を止め、ドラは瞬時に敵の背後に回り込む。

「あぶ!!」

 刹那、神父の首筋目掛けて鋭い牙を突き立てた。

「うぎゃあああああああああああ!!!」

 頸動脈から多量の血が吹き出し、早朝のロサンゼルスに神父の断末魔の悲鳴が響き渡る。ドラは、絶命した神父の死体を無造作に蹴り飛ばし、神父の血がべったりと付着した口元を拭ってから、あるものを吐き出した。

 ペッと言って吐き捨てたもの・・・神父から齧り取った首筋の肉片であり、仲間の神父たちはそれを見るなり目を疑い凍りつく。

「まずいな。毒にも薬にもならないとはよく言ったよ」

「こいつ!!」

「よくもやりがったな!!」

 可愛い容姿からする事とは考えにくい残虐非道な行動。仲間を殺された怒りに燃え、槍を持った神父たちがドラに向かってぞくぞくと走り出す。

 ドラは不敵な笑みを浮かべると、腰元に帯びた刀を敢えて使わず、駱太郎の様に徒手空拳のみを用いて敵を帰り討つ。

「ドラさんの怒りの鉄拳!!!」

 拳を垂直に振り上げるなり、複数の神父たちを頭上高くへと吹き飛ばす。

「ドラさんの竜巻投げ!!!」

 捕えた神父を頭上で振り回し、眼前の神父たちに向かって投げつけ、数の暴力で攻め入る彼らを圧倒的な力で制圧する。

「ひ、怯むな!!押せ―――!!」

 圧倒的な力を持つドラに対し、圧倒的な数で対抗する神父たち。

 だが結果は自ずとはっきりしており、分際を弁えない敵はことごとくドラの手にかかって討ち倒されるのがオチだ。しかも悪いことに、ドラに抱く敵意や殺意が強ければ強いほど、彼もまた同じかそれ以上の殺意を持って相応の結果を与えるのだ。

 よって、殺意を強く持ち過ぎたゆえに惨殺される神父もいれば、彼に臆した神父は死は免れるも理不尽な暴力の犠牲になる。

「ハアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

 ここにきて、ドラの闘気が目で見てはっきりわかるぐらいに上昇する。全身からみなぎる雷の如く形状のオーラを纏い、ドラは巨漢の神父の体に超高速のネコパンチを炸裂する。

「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!!!!!!」

 

【挿絵表示】

 

 だがそれは果たしてネコパンチと言うべきなのか。ドラの丸い拳から放たれる一つ一つの打撃には一撃必殺の威力があり、それを持ってして敵は経絡秘孔を突かれ、最終的には死に至る・・・・・・その奥義の名は。

「“弩羅惨百裂拳(どらさんひゃくれつけん)”」

「ぐあああああああ!!!」

「イヤイヤ!単にメチャメチャ早いだけのネコパンチだろ!?カッコよく漢字当てるほどでもねぇよな!?」

 似たような技を世紀末の地球を舞台にした某少年漫画で見たことがある者なら言いそうなツッコミを隠弩羅が代表して言ってくれた。実際のところ、ドラは経絡秘孔など突いておらず、それを突いたからと言って敵を殺せるわけではないという事実も熟知していた。何もかもが漫画通りにならない事を知って上でやる・・・それは要するにオフザケという行為で片付けられるだろう。

「機銃掃射で圧倒しろ!!」

 瞬く間に数を減らす神父たち。焦りを抱いた彼らは近代兵器である機関銃による一斉掃射でドラを倒そうとした。

 ダダダダダダダダダ!!!

 サブマシンガンの銃口から火を帯びた鉄の弾が1秒間に何十発と放たれる。

 ダダダダダダダダダ!!!

 前方から飛んでくる高速の弾丸は、ドラの真横を通り過ぎ、彼は一発一発の軌道を正確に読み取りながら特に苦労する様子も無く弾道を避け続ける。

「全部躱しやがる!」

「そんなバカな・・・!」

「バカはそっちだよ。サブマシンガンの命中精度は元より高くない。オイラを本気で殺すつもりなら、もっと殺傷能力の高い銃を使うべきだったんだ」

 敵に助言を送った瞬間、神父たちの目の前に立っていたドラが忽然と姿を消した。

「消えた?!」

 消えたドラを必死で探す神父たち。

 と、次の瞬間―――ドラは空中高く飛び上がり、地上10メートルの高さから全体重を乗せた尻を、突き立てた状態で落下する。

「必っ殺―――!!」

「上だ!!」

 神父が気付いた瞬間、体重100キロ前後のドラの体が重力加速度と相まって勢いよく落ち、地面に触れるや否や辺り一面が轟き、粉塵が舞い上がる。

「「「ぐあああああああああああ!!!」」」

 激しい衝撃に伴い神父たちは勢いよく吹き飛ばされた。やがて、粉塵が晴れると陥没した地面の底からドラの姿が見え、小さなクレーターから上がって来た彼は周りで気を失った神父たちを見据え、今回使った必殺技の名を告げる。

「ドラさん最近激太りしちゃいました!」

「最早技ですらねぇよ!!」

「ただの近況報告だろうが!!」

 戦いながらシュールかつ過度なボケを連発するドラの態度に隠弩羅と昇流は業を煮やし、最後の技について怒気を交えた鋭いツッコミを入れる。

 と、そうこうしているうちにドラはいつの間にか門番の神父たちを一人で制圧し、気が付けば周りには圧倒された神父の死体も含めた体が無造作に転がっていた。

「お見事です兄貴!あ、今日魚座の仕事運は最高みたいですよ!」

「マジで!やったー、ラッキー!」

「そう言うの信じる性質だったのか、アンタ!?占いなら隠弩羅さんの得意分野だぞ。俺が占ってやるって!」

「お前の占いだけは絶対信用しない!」

 陰陽道に通じ、吉凶を占うことに長けていると自称する隠弩羅。だが、ドラはいかなる胡散臭い占いよりも彼の占いを一番信用していないのだ。

 と、その直後―――ドラによって返り討ちを受けた神父たちとは別に、建物の中から騒ぎを聞きつけた神父たちが現れ、ドラたちに敵意を向ける。

「懲りない連中だな」

 溜め息交じりにドラが言うと、理不尽な仕打ちを受け、挙句に殺され同胞の事を偲びながら、駆け付けた神父たちは強い語気で言いつける。

「貴様たちはこの行為が神への冒涜であることを承知の上か!!」

「最早許すまじき外道の者!!散っていった我らが同胞たちの鎮魂のために、貴様らには残酷な死を持って償ってもらう」

 一斉に近代兵器が向けられ、幸吉郎たちは襲撃に備え武器を構えようとした。

 だがそのとき、ドラはそれを止め、彼らの前に出ると乾いた声を発し言う。

「残酷な死か。まったく・・・どいつもこいつも分かってないよね。その残酷って言葉の意味をさ」

 意味深長な発言にも思えた。不意に、ドラは目を見開き鋭い眼力に乗せて神父たちに強い気を発した。

「がは・・・・・・?あ・・・!?」

「こ・・・・・・れは!?」

 この場に集まった総勢150人の神父たち。そのいずれもが突如起こった身の異変に困惑する。ドラに睨まれた直後から呼吸が苦しくなり始め、その症状によって戦意を失い、膝をつき始める。

「連中の様子がおかしい」

「ドラさんが何かしたようですが・・・」

 目の前の異様な光景に幸吉郎たちも唖然。

「心頭滅却すれば人もまた涼し・・・というくらい、人はとかく思い込みの激しい生き物だ。思い込みは決してバカにはできないよ。人はそれによって心だけではなく体にも影響を与えることができるんだ。良い意味でも悪い意味でも」

「か・・・ふ・・・」

 呼吸困難に陥った神父たちは涙目となり、胸ぐらや首筋を手で押さえながら惨い苦しみを味わう。そんな中、ドラは彼らの状態を見ながら乾いた声を発する。

「肺機能まで麻痺する程度に威圧しといた。もってせいぜい二分だ。窒息死は汚く醜いよ。死体が涎、糞尿を垂れ流すんだ」

「があああ・・・・・・」

「ぐるじい・・・・・・・・・」

 純粋に相手を威圧する・・・そうした単純な行動が相手の身体に重大な影響を及ぼす。ドラによる威圧を受けた神父たちは肺機能を麻痺され、段々と息ができなくなり、挙句ドラが言ってたように涎や糞尿を垂れ流し続々と息を途絶える。

「た・・・・・・たすけ・・・・・・」

 最後の一人がドラに救いの手を求めるも、歩み寄ってきたドラはそれを無視し、その直後に力尽きた神父の背中に足を乗せる。

「自分を守るすべを他人に依存するなよ」

 凄惨な殺戮の光景を目の当たりにした。幸吉郎たちは何百人と言う神父たちの悲惨な死に顔を見つつ、その神父たちを返り討ちにした魔猫を注視する。

 性別を超越し刃向うものには決して容赦のないドラは、残虐非道、卑怯卑劣という言葉を誇りにするが如く堂々と立ち振る舞うのだ。流石の幸吉郎たちも恐怖心を抱かないわけにはいかず、露骨に顔を引き攣った。

「あ~あ・・・ひっでーことするよな」

「ドラよ。いくら敵とは言えもう少し慈悲を与えてもいいのではないか?」

「慈悲?龍樹さん、オイラを困らせないで下さいよ」

 敢えて龍樹がそんな風に口にすると、話を聞いた瞬間―――ドラはキッパリと断言する。

怨親(おんしん)等しからず利すべし、自他等しからず利するなり。ポテンシャル以上の社交性には嫌悪感しかない。憎むべき相手が残酷な運命を切望するのに、どうしてこちら側から憎悪の対象に慈悲なる上から目線の愛を与えなきゃならないんですか?慈悲なんてものはいらない。自分と身内を蔑ろにするから早死にするんだ!」

 ドラの歪んだ価値観を凝縮したような言葉だった。

 ドラは無慈悲によって自らが葬った神父たちを踏みつけながらとくとくと前に歩き出す。

「あんな鬼畜兄貴と一緒に居るなんて、お前ら全員どうかしてるぞ」

「そういうおめぇも、あれの義弟っつーのどうかしてるぜ」

 最早彼に何を言っても無駄なのだろう・・・・・・自然と諦めの気持ちを抱くと、幸吉郎たちは何とも遣る瀬無い気持ちを割り切ろうと努力し、キャリーサと欠片の奪還および教団の壊滅を目論見、建物の中へと潜入する。

 

 

教団本部 地上1階・大回廊

 

 神父たちを退けたドラと幸吉郎たちは、堂々と正面玄関を通って建物の内部へと潜入する。

 大回廊と呼ばれる廊下は奥行きがあり、道幅も普通の廊下とは比べ物にならないほど大きい。その廊下の中心を横二列になって歩きながら、ドラたちは捕まったキャリーサの下を目指す。

「こういう展開ってさ・・・」

「え?」

 廊下を歩いていると、不意に昇流がぼっそと口を開き言って来た。

「いや。よく漫画ではさ第一関門に必ず門番的な奴がいるじゃん。司法の島に乗り込んだ麦わら海賊団の船長は牛みたいな奴と戦って、マフィアのボス候補は地下秘密基地で無駄マッチョな突撃兵と戦ったりとか、あんじゃん」

「全部ジャンプ系の漫画で例えるよな・・・」

「ですが現実的にそんな都合のいい展開などあるのでしょうか」

「わからないぜ。事実は小説よりも奇なりって言うしな」

「これ小説だけど一応」

 いつもの様なメタフィクション的な発言もそこそこに、一行は昇流が言ったことを完全に否定することはできなかった。そのため、心の片隅で用心をすることでいつでも敵と戦える心構えを作った。

 と、そのとき。突然電気が点いたと思えば、ドラたちの前方に現れたのは―――正面玄関にいた神父たちとは比べ物にならないほど多勢の武装神父で、皆一様に殺傷能力の高い近代兵器を帯びている。

「あはははは・・・・・・俺の死期はやっぱり魔猫に縮められていたんだ!!」

「まさかこれだけいるとはな。恐るべき星の智慧派」

 露骨に涙を流し自分の死を覚悟する昇流とは裏腹に、幸吉郎は眼前の敵を黙視し、カチカチという音が鳴るカウンターを使って計測する。

「568人・・・・・・か。大した数じゃねぇな」

「大した数だよ!つーか、あの一瞬で全部数えたのか!」

 隠弩羅の驚きもさることながら、武装神父たちは不敵な笑みを浮かべ、ドラたちに敵意を向ける。

「ふふ。ここが貴様らの墓場だ」

「これより先へは行かせぬぞ。我らが神への冒涜は決して許しはせぬ!!」

 智慧派教団が言うところの神は、イエス=キリストではない。邪神ナイアルラトホテップこそが彼らの信仰の対象であり―――周りから邪教集団と蔑まれようと、彼らはナイアルラトホテップ復活のために命を懸けるつもりだ。

「あそっか。オイラたち別にそんなつもりでここに来たわけじゃないんだけどな。どうだろうみんな?」

「ああ。元々この世に神らしい神がいたかよ」

「仏の教えには、神の概念は『存在』にあらず、『真理』にある。どの道、神も人間もこの輪廻転生の過程の途中に過ぎん」

「どっかのネコ型ロボットは無視論者だと言ってたしな。俺たちはそろいもそろって、神様への信仰心は無いに等しい」

 ボキボキと拳を鳴らす駱太郎と、錫杖で床を突く龍樹、半ばこの過酷な運命を受け入れ戦って生き残ることを決意した昇流が各々につぶやく。

「御託はいい!さっさと終わらせてやる!構え―――!」

 武装神父たちは一斉に機関銃を構え攻撃に態勢に入った。これを見た瞬間、ドラは追い詰められて顔をしかめるどころか、逆に口角を釣り上げる。

「やる気になったようだね。そんじゃま、こっちもやる気見せるか!」

 言うと、ドラを始め鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーは隠し持っていた物を取り出した。ミスターGから渡された銀色のケースに収納されていた食玩のような小さなロケット砲はたちまち巨大化―――全員はこれを肩に乗せ、武装神父たちの方へと銃口を構える。

「き、貴様ら・・・・・・何を!」

「何をって。決まってるじゃねぇか」

「破壊活動全般です♪」

 写ノ神と茜が言った後、武装神父たちは自分たちが持っている兵器以上に殺傷能力と破壊力の優れた近代兵器に恐れを為し、顔を青ざめる。

「さぁ・・・愉しいパーチーの始まりだ!!派手に行くぜ!!」

 慌てて踵を返し逃げようとする武装神父たちを見ながら、隠弩羅は悪意に満ちた笑みを浮かべ―――ロケット砲の引き金を引いた。

 

 ドカーン!ドドドーン!

 

 

午前6時09分

地上160階・教祖執務室

 

 ドーン・・・・・・

「おや?なんでしょう?」

 建物全体から地響きのような音が響き渡り、執務室にいたヘルメスもそれに気づく。

 すると、机の上のパソコンに映像が届き、神父の一人が慌てて現状を報告する。

『教祖様!!不審な集団が建物内部に侵入しました!!』

「不審な集団?なるほどそうですか・・・・・・」

 聡明な彼は瞬時のこの騒ぎの元凶がドラたちであることを悟った。

「こんな明け方に攻めてくる事も無いでしょうにね。まぁ、それが彼ららしいと言えるかもしれませんね。わかりました。できる限りの手は尽くしなさい。建物にいる戦力をすべて投入して食い止めるのです」

『りょ、了解しました!!』

 ヘルメスが通信を終えた直後、執務室のソファーに寄りかかって座っていた人間が「まったく・・・」と、嘆息を突きながらおもむろに口を開く。

「侵入者如きでギャーギャーと・・・・・・やかましいったらありゃしないわさ。大体今は朝の6時じゃないか」

 ぼさぼさな上に肩まで伸びた白髪に、油分の抜け乾き切った白い肌を持つ妖艶なる雰囲気を醸し出す一人の女性。

 キザイア・メイスン―――17世紀末に悪名を轟かせた稀代の魔女はカーウィン同様に転生行為を繰り返し、現在まで生き残っていた。その魔女の使い魔である大型のネズミのような姿のブラウン・ジェンキンは、彼女の左肩に乗っている。

「我々がいるんだ。自ずと敵は我らの前にひれ伏す・・・」

「・・・・・・」

 その両隣には二人の男が鎮座する。右は白い法衣のような衣装を纏った魔術師ブランシュが控え、左には灰色の瞳を持つイギリス「悪魔教会」の開祖であり、アメリカ合衆国における同教会の司祭長を務め現代まで生き延びる魔術師アントン・ラヴェイが待機する。

 不敵な笑みを浮かべドラたちの脅威を脅威とも思わないブランシュの発言。一方でアントンは寡黙な性格ゆえ、必要以上に物を喋らない。

「大体ここは、宇宙からもたらされる大いなる智慧を授かった者が集う神聖なる聖域。野蛮な猿どもには早々に退場してもらいたいものだ」

「どうーははははは・・・それとも、あたしの作る地獄釜の材料となるって言うなら考えてあげなくもないね。どうだいブラウン・・・・・・あんたも食ってみたいだろ。愚直なる人間の骨肉をさ」

 不気味に笑うと、キザイアは猿とネズミの中間に位置する使い魔の首筋を愛撫し、ブラウンは大変満足そうな笑みを浮かべる。

 コンコン・・・

「失礼します」

 そのとき、二回のノックの後に涯忌、アダマ、シャテルら三人が魔術師が入室。簡潔に事態を報告する。

「教祖様。先ほど、第二ブッロクも突破されたそうです」

「あいつら、たった八人で本気であの女を取り返しに来たんです!!」

「とても正気の沙汰とは思えません!」

「しかしですね・・・私が思うに彼らには元よりないのではないでしょうか。正気などと言う正常な感覚は」

「どういう事です?」

 訝しげにシャテルが尋ねると、ヘルメスは椅子から立ち上がりロサンゼルスに差し込む朝陽を体いっぱいに浴びながら意見を述べる。

「要は彼らも我らと同じです。目的の達成にはどんな手段も選ばない。どちらがモラルがあるか、あるいは慈悲深い存在たり得るか。どちらでもないですね・・・・・・やはり我々が目指すべき道はたったひとつ」

「その道とは?」

 固唾を飲み、涯忌は恐る恐る尋ねる。聞いた瞬間、ヘルメスは「びゃーはははは!!」と狂気を孕んだ笑みを浮かべ、部下たちの方へ振り返る。

「外道・・・ですね」

 と、そのとき。部屋の扉が勢いよく開かれ、一人の神父が激しく息を切らした状態で入室する。

「ヘルメス教祖!!」

「今更どんな報告にも驚きませんよ」

「ったく少しは落ち着いて「落ち着いている場合じゃありません!不測の事態です!」

「不測の事態?」

 尋常ではない様子の神父を見て、全員が疑問符を浮かべる。ヘルメスたちから注視されると、神父は呼吸を整えゆっくりと語り出す。

「増援部隊の到着が遅延していると思っていたのですが、先ほど10階の大回廊で全員死体となって発見されている事が分りました!」

「全員?」

「どういう事だよそれ!?」

 ドラたちが到着する以前に、増援部隊が全滅していたという異例の事態。吃驚するアダマの問いかけに、神父は額に汗を浮かべながら言う。

「恐らく、あれが戻って来たのかと・・・・・・」

「あれって・・・・・・まさか、”あれ”の事か?」

「あれと申すと、あれじゃな」

 あれという言葉を聞いた途端、ブランシュは露骨に顔を引き攣り、キザイアは合点がいった様子で眉間に深く皺を寄せる。

「いやはや。あれは少々危険すぎましたからね・・・・・・閉鎖空間に閉じ込めていたのですが、意外にも早くこちらの世界に戻られましたか。困りましたねはい」

「呑気な事を言っている場合か。元はと言えば、あれをこちら側の世界に呼び出したのは貴様だぞ、ヘルメス」

 アントンが乾いた声で警告を発すると、それを聞いたヘルメスは悪びれる様子も無く、ただただ不気味に笑い、無責任にこの状況を楽しんでいる様だった。

 

 

教団本部 地上110階・大回廊

 

 次々とブロックを突破し、ドラたちはキャリーサが監禁されている場所を目指して前進を続ける。

 そんな折、前方に広大な空間が現れたと思えば―――サークルの外側にはいくにも枝分かれした道が広がり、ドラたちの歩みを止めさせる。

「こんなところに分かれ道か」

「ジャンプのお約束パターンの一つ。戦いを盛り上げるための定石だね!」

「誰が分かれ道を作れなんて言ったんだろうな」

「いや俺に聞くなよ!」

 何気なく気になり隠弩羅に聞いてみた駱太郎だが、流石の隠弩羅も答えようのない問いには困惑するばかりだ。

 どの道を行けばいいのか・・・頭をポリポリとかくドラを見かね、幸吉郎が助言をする。

「兄貴。虱潰しに当たるのは時間の無駄です。ここは一人ずつ分かれて別々の道を行くのがセオリーかと」

「ああ。合理的な判断だ・・・と言いたいところだけど。そんな方法は認めないよ」

「え!?で、ですが・・・」

「ジャンプの王道パターンをわざわざやる必要はないって。それより、オイラはもっと合理的な手を思いついたぞ。そっちを使わせてもらう」

 言うと、ドラは特殊道具と呼ばれるTBTの四分隊スタッフが開発した様々な道具がコンパクトに納められた銀色のケースから、この場に最も適切な道具をひとつ取り出し、それを手に持てる大きさに戻した。

「『ルート探査ボール』!!」

 何処からともなく聞こえたテッテレ~・・・という効果音に乗せ、児童漫画の主人公のようにドラは間伸びした声で球体の道具の名を叫ぶ。

「ああ!!それ、ドラえもん映画で見たことある!!迷路の道順調べる奴だろ!!」

 昇流が鋭い指摘をすると、ドラは不敵な笑みを浮かべる。

「こいつは迷路だけでなく、その他の道順も正確に調査し、オイラたちを案内してくれます。四分隊のスタッフが作った特注品ですからね。早速その性能を見させてもらうぞ」

 言った直後、ドラは探査ボールを床下にそっと置く。

 すると、機械が作動し、ボールからピンク色の煙が勢いよく放出される。

 固唾を飲んで見守るドラたち。噴き出た煙は複数の分かれ道すべてに向けて伸びて行き、奥の方からその隅々に至るまでを入念に調査し、内臓コンピューターに正しいルートを記録していく。

「これでわざわざバラバラになる必要もなくキャリーサの所まで行ける」

「でもそれだと戦いが盛り上がらなくなるんじゃ」

「いいんだよ盛り上がらなくて!盛り上がるってことは、それだけ沢山の文字を書かないといけないし、場面展開とか敵との戦いの描写作るのが大変になるじゃないか!」

「だから誰に言ってるんだよ!?」

 一応自分自身の経験も含めて言った言葉だ。ドラは趣味でネット小説を書いており、書く側の気持ちを切に伝えたつもりだったらしい。

 やがて、チーンという音が鳴り、探査ボールはこの建物全体の道順に関する調査が終了する。

「終わったようですね」

「調査完了だ。よーし!改めて出発するぞー!」

「探査球。キャリーサのところまで連れてってくれ!」

 命令を受けた探査ボールは一瞬だけ光り、ゆっくりと地面の上を転がり始める。ドラたちは、合理的な判断の下に無駄な体力を消費せず、この探査ボールに従って歩き始める。

 探査ボールは暗い廊下を転がり続ける。ボールは決して先行す過ぎない程度の速度を一定に保ち、ドラたちを誘導し続ける。

 そうして、入り組んだ廊下をおよそ100メートルほど進んだ―――次の瞬間。

「おい、待ってくれなんか変だぞ!」

「ストップ!」

 隠弩羅が違和感を覚え声高に叫ぶと、ドラは咄嗟に探査ボールを停止させる。

 その場に立ち止まると、灯りを照らして廊下の様子を詳しく見てみた。地面や壁一面には生々しい血痕が付着しており、直ぐ近くには凄惨な最期を遂げた神父の惨殺死体が無造作に転がっており、その余りの残酷さに茜は強い吐き気をもよおし口元を押える。

「ひどい・・・・・・誰がこんな///」

「教団の中にも狂気に支配された奴が一人はいるようだ」

「ふざけやがって!!おい、そいつ探し出してブッ飛ばそうぜ!!」

「アホか!こっちはキャリーサのところ急ぐんだよ!個人的な怨恨や復讐は無しにしてくれ」

 冷静な判断を下す隠弩羅。私怨に駆られそうになった駱太郎を諌めると、再度探査ボールを作動させた。

 あからさまに転がる死体の山を越え、ドラたちはひたすら前を目指し前進する。

 刹那。廊下を越えた先に広がる目映い光景が現れ―――気が付くと、白を基調とする大広間が眼前に広がり、その周辺には先ほど廊下で見た光景と同じ・・・いや、それを凌駕する量の凄惨な死体の山がうず高く積み上げられていた。

 現実味が全くないおぞましい光景。八人全員の表情が固まり、言葉を失う中―――部屋の中央で奇妙な音を発する何かが、死体の側に座っている。

「なんだあれ・・・」

「人間・・・?」

 一瞬人間だと思った。だが、よく見るとそれは人の形を保った邪悪なる魔物であり、魔物は死体と化した神父の頭に齧りつき、それを貪り尽くす。

 ガリガリ・・・と、頭がい骨を砕く音が何とも生々しい。

 一体この魔物は何なんだ?誰もがそう思う中、隠弩羅はサングラスの位置を直し、焦りの顔を浮かべる。

「あ、ありゃ食屍鬼(しょくしき)だ!」

「要するに怪物って訳だな!!」

「墓地なんかの地底に群棲して、死人の肉を食うって言うが・・・・・・何だってあんな奴がこんな所に居やがる?まさか、誰かが持ちこんだっていうのかよ!?」

「持ちこんだって・・・・・・何のために?」

 意思なく人の肉を貪り喰らう食屍鬼を凝視していると、ドラたちの声でその存在に気付いた食屍鬼がおもむろに振り返り、ダラダラと涎を垂れ流しながら、強い敵意を向ける。

 あまりの不気味さとただらぬ恐怖に、幸吉郎たちはたじろぎ後ずさる。

 だが、ドラだけは食屍鬼に屈することなく―――力強く前に出る。

「兄貴!」

「おい、ドラ!!」

「やれやれ・・・みんなだらしないぞ。この先にはこんな得体の知れない怪物以上に厄介な怪物がいるって言うのに。食屍鬼ぐらいで怖気づいてるようじゃ勝機はないよ」

「そりゃそうだけど・・・・・でも、ヤバそうだぞこいつ!」

「だからオイラがやるんだ。ま、心配しなくてもいいよ。これからの数分間は西洋と東洋の魔物同士のほんの戯れに過ぎない」

 言うと、ドラは軽く準備体操をした後―――眼前の敵・食屍鬼を見据え、腰に帯びた刀を地面に捨てる。

 誰もがその行動に目を疑う中、ドラは丸い手を自分に向けて動かし、自信に満ちた笑みを作る。

「オイラを殺せるかなモンスター!児童漫画を元ネタに再構築された現代のモンスターはとことん理不尽だってこと、分かってるのかな!!!」

 ドラが威嚇すると、食屍鬼は悲鳴にも似た咆哮を上げ威嚇する。

 今、外道なる二体のモンスターの戦いの火ぶたが切って落とされるのだ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 2巻』 (集英社・1994年)

編著:東雅夫 『ヴィジュアル版クトゥルー神話FILE』 (学研パブリッシング・2011)

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その29:自分を守るすべを他人に依存するなよ

 

他者に依存することは何も悪くない。人は一人では生きていけないのだから、他人を頼ること事態は普通の事だ。だけど、いざという時に人に頼る癖がついているのはダメかもしれない。(第25話)

 

その30:怨親等しからず利すべし、自他等しからず利するなり。ポテンシャル以上の社交性には嫌悪感しかない。憎むべき相手が残酷な運命を切望するのに、どうしてこちら側から憎悪の対象に慈悲なる上から目線の愛を与えなきゃならないんですか?慈悲なんてものはいらない。自分と身内を蔑ろにするから早死にするんだ!

 

全く慈悲が感じられないドラのやり口。彼には本当に守るべき対象はないのか・・・。いやそうじゃない。彼が守ろうとしているのは他でもなく自分と家族、つまりは鋼鉄の絆である。でもだからと言って、あまりに慈悲がないのも困りものだ。(第25話)




次回予告

写「ついに始まる狂気VS凶気。食屍鬼に食らいつくは魔猫!俺たちが言うのもなんだが・・・この上もなくえげつない!!節度が感じられない戦いだ」
茜「ですがこんな戦いは本の序の口。さらなる無遠慮で露骨な戦いが私たちに待ち受けているのですから」
龍「次回、『魔宴の始まり』。立ちはだかるは智慧派教団が誇る邪悪なる魔術軍団。受けて立とうぞ。いざ、参らん!!」






登場した特殊道具
ルート探査ボール(Root Search Ball)
立体迷路や迷宮、分かれ道の突破に使用する球体の道具。作動させるとボールから煙が出て建物全体に行き渡り、それを元にボール内部のコンピューターが建物内の構造を正確に分析する。分析完了後は、行き先を指定するとボールがそこへ転がって行くので、ボールの後を追えば建物内のどこへでも自在に行くことができる。
星の智慧派教団本部で分かれ道に遭遇した際に使用された。
元ネタは、『ドラえもん のび太とブリキの迷宮』に登場するひみつ道具「迷路探査ボール」。

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