サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「世界には色んな神話がある。ギリシア神話、北欧神話、日本神話。その国や地域の伝習を集めたものがそう言う風に言われている。でも、クトゥルー神話は果たして神話と言えるものなのだろうか」
「20世紀米国を代表する怪奇作家H.P.ラブクラフトによって1920年代に初めてその全貌が明らかにされ、小説という形で報告された物語の中に登場する数々のキーワード。輝くトラペゾヘドロンを巡って闇の妖術師がいよいよ動き出す・・・のか!!」


時を越える妖術師

8月7日 午後11時55分

イタリア共和国 山岳地帯

 

 月が雲に隠れ始める頃合い。獲物を狩るために目を覚ます猛獣―――カーウィンは静謐が支配する森より姿を現す。

 黒を基調とするゴシックファッションに身を包み、冷徹な瞳は見る物を瞬時に強張らせ、凍りつかせる。人間味漂わぬその容貌が見つめる眼下の大地、世界とは彼にとってどういうものであるのか。

 淡い風が顔に吹き掛かる。カーウィンは崖下を見下ろし、やがて天を仰ぐように体を後ろに大きく逸らす。

 刹那、彼は瞳孔を開き―――外界に向けて気を放つ。

 

 

同時刻 G’s Bar店内

 

「!」

 営業時間を終えたG’s Barの店内で仮眠を取っていた隠弩羅だが、不意に感じた邪悪な気配が眠りを妨げ、瞬時に彼の神経を覚醒させる。

 眠りを解かれた瞬間、隠弩羅の体はがくがくと震え―――彼の異常に気付き目を覚ました駱太郎が眠気の籠った声で尋ねる。

「どうしたよ・・・怖い夢でも見たか?」

「来るぜ・・・・・・」

「え?」

「べーよ・・・半端なくやっべーよ・・・」

「星の智慧派教団か?!」

 駱太郎を切っ掛けに、近くに固まっていたミスターGを除く面々が次々と目を覚ます。ドラたちが覚醒した直後、隠弩羅は立ち上がり恐怖に慄いた声を発する。

「なんつー凍えきった魂!底なしの闇!本当に人間か!?」

 強すぎる恐怖のために隠弩羅は発狂した様に声を上げた。ドラたちはこんなにもあからさまに動揺を抱く彼を見るのは初めてで、その態度から敵の力量がこれまで戦って来た教団の魔術師とは格が違うという事を、何となく悟った。

「例の妖術師が来たようだな」

「では、こちらに向かって・・・!」

「起きろミスターG!敵だ!!敵が来るんだよ!!」

 事態が逼迫している状況でミスターGは酒瓶片手に机に突っ伏し大きな鼾をかいて爆睡を決め込む。危険が及ぼうとしている事を伝えようと、隠弩羅が焦燥を滲みだし彼の体を大きく揺する。

「ま・・・・・・マチコ先生いやん、ボインにタッチ・・・・・・・・・・・・・・・」

「寝ぼけてんじゃネェ!!何かえらく懐かしいな、おい!!」

「敵が迫ってるんですミスター!もう直ぐここに来ちゃうんですよ!」

 夢心地のミスターGを起こすため、キャリーサも大きな声で呼びかけ、彼の体を揺すった。

 やがて、ようやく目を覚ましたミスターGは当初こそ寝ぼけていたが、周りから状況について説明を受けると―――彼は不敵な笑みを浮かべ、銃創だらけのカウボーイハットを被りショットガンを両手に構える。

「ふふふふ・・・んじゃおもてなししねーとな!!」

「しょ、正気かよあんた!?」

「正気すらないだろう」

 迫りくる未知なる脅威に恐怖などは一切なく、迎え撃つつもりでミスターGは例の如く銃を店内で発砲し狂喜乱舞する。その気の狂った態度に驚愕し写ノ神が声を荒ららげるも、昇流は半ば諦観した様子で淡白に指摘する。

「で、人数は?」

「妖術師一人。だが、甘く見ちゃいけねぇよ・・・・・・・・・甘く見たら、死ぬ」

 死ぬ―――その言葉を強調するようにいつになく低く、かつ重みのある声色だった。話を聞かされると、全員が額に汗を浮かべ固唾を飲む。

 隠弩羅はバーの外に出ると、バーの人工的な灯りを除いて月という自然の灯りだけが照らす森の方から感じる邪悪な気配を辿ろうとする。

「ちょっくら俺が様子を見てくる。兄貴たちはキャリーサネーチンを頼むぜよ」

「隠弩羅さん!ですがそれでは・・・!」

 危険を伴う隠弩羅の行動を見て、キャリーサが止めにかかると―――彼は立ち止っておもむろに振り返る。不安げな彼女の顔を窺い、隠弩羅は口角をつり上げる。

「目先の利益に捕われてるようじゃダメだ。俺にとって大事なのは、憎らしい兄貴やその仲間、それにキャリーサが割と安穏で暮らせる世界を変えようとするバカな連中を止める事だけだ」

 隠弩羅の中にある確かな覚悟。自分の命を犠牲にしてでも、守りたいもののために身命を賭して闘う―――そのためにはどんな嘘でもつこう。どんな欺瞞も厭わない。彼は彼なりの方法で自分にとってかけがえのないものを守ろうとしている事を、キャリーサは感じ取りそれ以上の言葉を言えなくなった。

「けっ。カッコつけやがって」

「取り立ててカッコいい物でもないけどね。似合ってないぞ、そのサングラス!」

 一方で、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のリアクション―――とりわけドラの反応は冷ややかだった。素直になれない気持からくる憎まれ口を聞いた瞬間、隠弩羅は脱力し、その後強く言い返す。

「おいおい、元々あんたが送った物だろコレ!!ふざけんなよチクショウ!兎に角、俺は行くぜ!」

 言うと、ドラから送られたというサングラスの位置を微調整し―――隠弩羅は迫りくる妖術師を討つため、森の方へと走り出す。

「ったく。魔術も碌に使えないって事分かってるのかな」

 彼が店を出て行くと、ドラは深い溜息をつきそれとなく幸吉郎や駱太郎などに目配せをする。駱太郎はドラの素直になれない気持ちを察し嘆息する。

「しゃあねぇ。俺も行ってやるよ」

「拙僧も参ろう」

「俺も。長官も行きますね?」

「なんで付加疑問だよ!?分かったよ、行ってやるよ仕方ないから!!」

 不本意ではあるものの、昇流としても隠弩羅をこのまま放っておくことは気が引ける思いだった。周りに後押しされる形で、彼は幸吉郎と駱太郎、龍樹の三人共々で隠弩羅を追いかけ―――森の方へと走って行った。

 こうして、四人と一体が抜けた事でバーに残ったのはドラと写ノ神、茜と、キャリーサ、ミスターGの五人。

「大丈夫でしょうか・・・・・・」

 キャリーサは茜や写ノ神と顔を見合わせ、森の方へと向かった五人のことを憂慮する。ドラは眉間に皺を寄せ、自分の考えを伝える。

「妖術師の力がどれほどのものかは正直わからない。最悪の事態を想定しておくべきかもな・・・・・・」

 

 

8月8日 午前0時01分

山岳地帯 中腹

 

 日付が変わった1分後。動くには難がありそうなゴシックファッションを身に纏っていながら、カーウィンは切り立った山を優れた身体能力で下って行った。 月明かりが届かない暗がりの中では彼は夜行性の動物を彷彿とさせるだろう。

 わずかな時間で山の斜面を下り、川の分岐点へと到着する。一枚岩や小さな礫が無数に落ち散らばる中、カーウィンは奇妙な物を発見する。

 おもむろに近づくと、それは数時間前ドラたちが山の四方に設置した結界と称する看板のひとつで、工事現場の作業員が書かれた看板の近くには赤いサイレンも設置されている。

 自然の山の中にポツンと置かれた人工物をしばらくの間眺めていたカーウィンは、やがて体を逸らし、山の清浄な空気をいっぱい吸い込み始める。そして、新鮮な空気を肺胞に十分に蓄え改めて進路を取ろうとした―――次の瞬間。

 ガサガサ・・・

 木の中から聞こえた奇妙な物音。カーウィンが移動を止めその場に立ち止まると、突然物影が飛び出し闇夜に姿を隠しながら彼の頭上目掛けて降ってくる。

「おらあああ!!!」

 カーウィンの背後から叩きこまれる如意棒状の武器。隠弩羅はいつの間にか武器を調達し、それを使って妖術師に奇襲を与えることに成功した。

 奇襲を受けたカーウィンは前方へと飛ばされ、一枚岩に力強く叩きつけられる。瞬間、岩の表面は粉々に砕け粉塵が巻き起こる。

「へへへ。悪いな、ここから先は行かせねぇよ!」

 如意棒状の武器「陰陽如意八卦棒(おんみょうにょいはっけぼう)」を水平に構え、強い語気で言い放つ。

 刹那、粉塵の中から見えるカーウィンの物影が立ち上がる。隠弩羅が警戒していると、彼は瞼を開き、青白く目を不気味に光らせ―――猛烈な勢いで迫ってきた。

 常軌を逸したその速度にやや怖気づく隠弩羅を余所に、カーウィンは無表情に殴りかかってくる。咄嗟に八卦棒を盾代わりに殴打を避け、隠弩羅は彼ごと殴打を弾き後方へと飛び下がる。

 その後、カーウィンは無表情のまま高い運動神経から次々と体術を繰り出し、隠弩羅を攻撃し続ける。八卦棒を駆使しカーウィンの体術に応対していた隠弩羅だが、埒がないと判断し―――体が壊れる事も厭わず魔術を発動する覚悟を決める。

「しょうがねぇ。気乗りなんざしねぇが、使わせてもらうとしよう・・・」

 そう言って、隠弩羅は懐に手を突っ込みちょうど自分の手と同じ大きさの球体型の機械を取り出した。側面にはカードリーダーのような溝が掘られ、彼はその機械「闘神機(とうじんき)」を左手で持ちながら上下左右、いずれかの方向に動かした。

 すると、動きに合わせて中空に「坎」、「離」、「兌」、「震」、「乾」、「巽」、「坤」、「艮」、という呪文のような文字が出現する。それは八方音(はっぽうおん)と呼ばれる所謂呪文詠唱や武器言語で、8つの音階からなるその言葉を用いることで特定の術式を組み上げる。

 隠弩羅はその音階の中から自分が得意とする魔術のひとつを組み上げる事に成功。額からドロドロのオイルが漏れる事も気に留めず、八卦棒を放り投げると同時に地面に手をつき大声を発する。

「必殺!!大津波千幻(おおつなみせんげん)!!」

 次の瞬間、川の水を媒介に足下から強力な津波を起こした。瞬く間に津波は巨大な姿へと成長し、カーウィンを呑みこみ押し流そうと急速に近づいて行く。

 迫りくる怒涛。カーウィンは全身の影をも覆い尽くす巨大な津波に逃げる素振りはおろか物怖じひとつせず、口角を釣り上げてから右手を翳した。

 隠弩羅は目の前の光景に目を疑った。カーウィンは右手を差し出した瞬間、巨大な津波を触れる直前の距離で受け止めた。波は彼に近付こうとするも、彼が放つ強力な魔力の方が物理的に押し寄せる力を凌駕している。

 さらに、カーウィンは津波を抑え込んでいる右手から灰色の波動を放つ。波動は津波を押し退けると同時に瞬く間に霧散させ、隠弩羅目掛けて飛んで行く。

 攻撃が当たる直前、隠弩羅は苦い顔で射程範囲から逃れる。やがて、八卦棒を手元に戻しカーウィンに肉薄しながら隙を窺い左手の闘神機で八方音を唱える。

「必殺!!邪気滅殺砲(じゃきめっさつほう)!!」

 頭上に飛び上がると、右手から神々しく輝く光弾を勢いよく放った。射線上に立つカーウィンは目を瞑り、攻撃軌道を始めから見切っていた様に光弾を逃れる。

 と、次の瞬間―――背後より風を切って近づく物影の姿を捕える。

「うらああああああああああ!!!」

 木の間を割って出て来た唸り声を発する男性こと、山中幸吉郎は狼雲の切っ先を突き付けカーウィンを串刺しにしようと飛びかかる。

 幸吉郎の刀はカーウィンの腹部を見事に貫通する。だがそこに手ごたえは無かった。

 刀を刺した瞬間、カーウィンの体は黒く変色し、たちまちその体を複数のカラスへと変え攻撃を躱した。

「幸吉郎!!何しにきやがった!?さっさとバーに戻れ!!」

 予想だにしなかった助っ人、幸吉郎の姿を捕え隠弩羅は内心嬉しい反面彼のとった無謀な行動を厳しく叱咤する。それを聞くと、舌打ちをした幸吉郎は「てめぇに指図されるつもりはねぇよ、元よりな!」と反論する。

 幸吉郎が森の中から現れたのを切っ掛けに、その後次々と応援に駆け付けた隠弩羅の仲間が現れる。

「俺たちのモットーは、セルフコントロールだ」

「まぁそれが行き過ぎて大長官に迷惑を掛けることは多いがな」

「けどまぁ、それが俺たちらしいちゃらしいが」

 暗い森の中から姿を見せた駱太郎、龍樹、昇流の三人が隠弩羅と合流する。

 こんな展開など全く予想していなかった。隠弩羅は自分一人で決着を着けるつもりでいたが、彼が思い描いた通りの未来など最初から願い下げだったと言わんばかりに幸吉郎たちが駆けつけた。

 この状況を目の当たりにし、隠弩羅は自分の浅はかな考えを自嘲するとともに、彼らと仲間であったことを心から誇りに思う。

「へっ。まったく・・・俺をバカだと言う前に自分たちがどれだけ大バカ野郎かを自覚しろってんだ」

 ドラと同じく自分の気持ちを素直に表現できない隠弩羅。この彼の態度を見て、つくづく自分たちが知っている魔猫と似ているな・・・・・・そう思う幸吉郎たちだった。

 やがて、カラスの姿となって空中を浮遊したカーウィンが実体の姿へと戻る。彼はポーカーフェイスで五人となった眼前の敵を見据える。

 未知なる力で翻弄するカーウィンの不気味な能力を警戒し、五人はやや硬く構える。

 すると、何処からともなくカーウィンはエストック状の剣を召喚し、それを握ってから閉ざされた口を開く。

「ジョウゼフ・カーウィン・・・・・・輝くトラペゾヘドロンの欠片をこちらに差し出してくれる事を強く望んでいる」

 感情の起伏など微塵も無い平淡な声色だった。

 ドン!

 カーウィンが要求を突き付けた瞬間、昇流は有無を言わさず愛銃「バッター」の引き金を引き、発砲した。

 猛烈な速さで移動する弾丸の軌道を見極め、カーウィンは鉛の銃弾を手持ちの剣で弾き、昇流の事を凝視する。

「お前の望みなんざ知らねぇよ。こっちはてめぇを殺(や)るつもりでここまで来たんだ。自分が殺られるかもしれねぇ覚悟もそれ以上に持った上でな」

「ほう。一応本物のようだな。大した腕前だ」

「その余裕、今すぐ俺たちで粉々に砕いてやるぜ!!」

 駱太郎が声を発すると、幸吉郎たちは妖術師と向き合い、本格的な争いを勃発させる。

 

 

同時刻 G’s Bar店内

 

 星の智慧派教団と結託し、輝くトラペゾヘドロンの力を求め暗躍する妖術師ジョウゼフ・カーウィンと幸吉郎たちの戦いが本格化しようとしていた頃、G’s Barで待機するドラたち。しかし、仲間の事が気になるのか―――写ノ神は一人そわそわし、無意識に貧乏ゆすりをしている。

 写ノ神と同じ気持ちを抱く茜とキャリーサも彼に触発されるように、店の外ばかりを気にしている。

 そして、ただひとり―――ドラは腕組みをしたまま目を瞑り無言を貫いた。

「あ~!!もう!!やっぱりダメだ」

 待つという行為にもどかしさを感じ、写ノ神は立ち上がると店の外に出ようと歩き出す。

「その傷で何が出来るの?」

 直接見るまでもなく、安易な写ノ神の行動を察したドラは瞼を閉じた状態で彼を制止させる言葉を吐いた。ドラに制止を求められると、写ノ神は癒えていない左肩を手で押さえ悔しそうに顔をしかめる。

 茜とキャリーサは彼に近寄り、歯がゆい思いの彼を気遣う。

「お気持ちはわかりますが、ドラさんの言う通り写ノ神君はまだ怪我が癒えていません。どうか御自愛を」

「写ノ神さん・・・」

「茜ちゃんもそう言ってるんだ。嫁の言う事はちゃんと聞くんだ」

「けど・・・もしもあいつらの身に何かあったら・・・・・・・・・俺は」

 震える声で言う写ノ神。彼は仲間が万が一の事態に陥る事を恐れていた。

 誰よりも優しく、誰よりも潔く勇気ある彼の気持ちを知っているからこそ、ドラは写ノ神を激励するつもりであれを見せることにした。

「写ノ神―――」

 歩み寄ってきたドラは、懐から鋼鉄の絆(アイアンハーツ)を象徴するオリジナルの代紋を見せる。

「これが何だか分かるか?」

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)代紋(エンブレム)・・・・・・」

「全員がこの代紋(エンブレム)の下に誓いを立てている以上、幸吉郎たちは何があっても戻ってくるさ。相手が前代未聞の妖術使いだとしても、隠弩羅も含めてまだ死ぬことは無い。オイラたちがくたばるのは・・・―――それこそ邪神が蘇ったときだけでいい」

「その邪神を復活させようと、敵は私たちを狙っているんですよね?」

 話を聞いた直後、キャリーサが不安気な表情でつぶやく。ドラは彼女を一瞥し、嘆息をつき口にする。

「今更どこに逃げたって同じだ。ここで迎え撃つしかない」

「勝てる見込みはあるのかよ?」

「さっきも言ったろ。敵の力が良く分からないからな。だが教団の魔術師でさえ煩わしいと思う力を持っているんだ。一方的に倒せる相手ではないかな」

 悲観的な言葉に写ノ神を始め、茜やキャリーサの顔が露骨に歪む。ドラは周りの反応を理解した上で、ミスターGが無造作に置いた酒瓶を手に取り、それを気分転換に飲み干した。

 ゴン、と酒瓶を叩きつけるように置くと、さらに悲観的な事を口にする。

「あるいは幸吉郎たちじゃ手も足も出ないかもしれないな・・・・・・そのときは、敵が情けを掛けてくれることを祈ろう。といっても、確率的には決して高いものじゃないけど」

「少々ネガティブすぎませんか?」

「それではまるで、幸吉郎さんたちがすんなりやられるみたいな言い方ですよ!」

「おいドラ、それでもお前鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の隊長かよ!!家族の勝利を信じるのが隊長の仕事だろうが!!」

 前向きな発言を期待していた三人にとって、ドラのこうした言葉は聞くに堪えないものだった。しかもドラの態度事態にも問題があったので、写ノ神が強い語気でドラに食い下がったところ―――ドラは彼らの方へと振り返り、乾いた声で発する。

「常に最悪の事態を想定し打算で動くのも隊長の仕事だよ・・・・・・みんなには悪いけど」

 それが、ドラの正直な気持ちだった。彼はあからさまに家族と称する仲間を見捨てる様な性格ではなかったが、同時に隊長として彼が背負っている大きな責任がちょうど行ったりり来たりしている。悲観的な事を言ったり打算をするのも私情を抜きに常に最善の結果を求めようとする現実主義ゆえの考えに基づくものだったからだ。

 三人はシビアに物事を捕えるドラの言葉に、口籠り苦い顔を浮かべる。

「いずれにせよ、オイラたちがここを動くわけにはいかない。頼りないけど、一応ここがオイラたちの最後の砦なんだ」

 そう言って、ドラが机に寄りかかった瞬間―――

 ドン!!

「ぎゃあああああああ!!!」

 ドラの頭部をスレスレにかする銃弾が何処からともなく飛んでくる。皆が驚く中、何故か怒り心頭のミスターGがショットガンを構え、ドラを睨みつける。

「てめぇコノヤロウ!!俺の店のどこがボロイだって!?そこに直れ中古のポンコツロボット!!月に代わってお仕置きよ!!」

 先ほどのドラの言葉を悪い意味で受け取った彼は、酒が回っている所為もあるが、完全に理性を失った聞き分けのない狂人と化した。

「中古のポンコツロボットだって・・・・・・・・・・・・」

 デリケートな頭部目掛けて発砲したばかりか、程度の悪い罵詈雑言を口にしたミスターGを見据え、ドラは湧き上がる憎悪を全開に邪悪なオーラを身に纏う。

「そいつはオイラじゃなくて隠弩羅のことだろうがああああああああああああああ!!!!」

 次の瞬間、ドラとミスターGの二人は店内で不毛な争いを勃発する。互に怒りを制御することが出来ない理不尽な性格ゆえ、乱闘の程度も甚だしくえげつないもので、ミスターGは銃を乱射し、ドラは手当たり次第あるものを刀で斬りまくる。

「おいおい、何でこんなとこになるんだよ!?」

「お二人ともやめてください!!」

「私たちこれからどうなるんですか~~~///」

 妖術師が迫っているとは微塵も感じさせない二人の暴れ振り。蚊帳の外に置かれた写ノ神と茜、キャリーサは違う意味で恐怖した。

 

 

午前0時13分

山岳地帯 中腹

 

 ドーン!

 激しい戦闘行為が続く山岳地帯。

 ドーン!

 強大な力が放たれるたび、森の木々は倒れ、動植物は恐れを為して一斉に逃げて行く。

 ドーン!

 駱太郎はカーウィンの横を走り合いながら斜面を下り、牽制をする。

 二人は同時に林を抜けると、中空に飛び上がって互いの右足と右足の先をぶつけあい衝突する。

 両者の力が拮抗する。地上に下りた瞬間―――駱太郎はカーウィンに勢いよく突進し、ナックルグローブ状の封印を解除し、バンテージをした拳を鋭く突き立てる。

万砕拳(ばんさいけん)玉砕(ぎょくさい)!!」

 

【挿絵表示】

 

 神々しく右拳が光ると、駱太郎はカーウィン目掛けてストレートパンチを叩き込む。しかし直撃の寸前、カーウィンは身軽な動きで安全な岩場へ飛び乗り、一撃必壊と称する破壊の拳打を回避する。

 刹那、岩場に飛び乗ったカーウィンの周囲を法典が渦を巻く様に覆い尽くす。呪縛の法典を発動させた龍樹は捕えたカーウィンを見、口角を釣り上げる。

「逃がしはせんぞ」

「ナイスだ爺さん!!」

「そのまま押さえつけててくださいよ!!」

 龍樹が法典の力でカーウィンを抑えつける事に成功し、反撃の機会を窺っていた隠弩羅と幸吉郎は身動きの取れない妖術師にダブル攻撃を仕掛ける。

「狼猛進撃壱式――――――牙狼撃(がろうげき)!!!」

 自慢の脚力を最大限に発揮し、幸吉郎が十八番の刺突を繰り出した。

 射線上に立っていたカーウィンは、彼の技を食らう寸前、強大な魔力を爆発させることで法典の呪縛から逃れ、刺突を回避する。

「引っ掛かったな!!」

 だが直後、カーウィンの足元には隠弩羅がしゃがみこんでおり、彼は足下から狙いを定め丸み帯びた拳に熱風を纏わせる。

「必殺!!奮迅熱風旋(ふんじんねっぷうせん)!!」

 強烈な熱風をアッパーで撃ち出し、隠弩羅はカーウィンを上空へ打ち上げる。さらにそこから、この機会を窺っていた昇流が上空へ飛び、バチバチと電気を放つ警棒を使って攻撃を繰り出す。

「リヒト・ズィーガー!!」

 帯電した警棒をカーウィンの体に叩きつけると、彼は電気ショックを受け重力に従い自由落下する。

 攻撃が決まると、地上に着地した昇流は警棒を突き立て声高に叫ぶ。

「どうだ!!魔猫と十数年あまり喧嘩して身に付けた高度な戦闘技術は!!大したもんだと言ってくれ!!」

「だから洒落にならねぇってば!」

 と、駱太郎が指摘をした直後。地面に叩きつけられたカーウィンがムクっと起き上がる。取り立てて目立ったりアクションもなく体をゴキゴキと鳴らし、目の前の標的を無表情に捕える様に―――五人は却って気味が悪くなる。

「こいつ・・・」

「まるで人間じゃねぇみたいだ。痛みを感じてねぇのか?」

「いいやそうではない。私は失望しているのだよ。お前たちの力の底に」

 カーウィンを人間ではないという疑念に駆られる五人の言葉を否定し、淡白な声色で冷たいリアクションを見せる。

「コノヤロウ・・・・・・いい気になりやがって!」

「私を倒したければ本気で来い。お前たちが本気で戦わない以上、私も力の底を見せるつもりはない」

 話を聞いた瞬間、幸吉郎がカーウィンに斬りかかった。エストック状の剣で斬撃を受け止めると、カーウィンは血走った瞳の幸吉郎と睨み合う。

「聞き捨てならねぇな。まるで俺たちじゃ食い足りねぇと言われてるみたいに聞こえるんだが・・・」

「そう言ったつもりだが」

「妖術師だが何だか知らねぇが、自惚れんのも大概にしやがれ!!」

「自惚れているのは貴様だよ」

 そのとき、狼雲の刃先と接しているカーウィンの剣が脈を打つ。不思議な感覚を覚える幸吉郎だが、次の瞬間―――剣先から奇妙な触手のようなものが出現し、狼雲に取りつこうとする。

 それに吃驚した幸吉郎は慌てて触手を斬り落とし、カーウィンから離れる。

「なんだこいつ・・・・・・」

「おい、下手に刺激するな。あいつの術中にはまるぞ!」

「私の術中にはまる?”それは一体いつからの事だ”?」

 隠弩羅が言った言葉を聞いて怪訝そうにカーウィンがつぶやくと、幸吉郎たちの足元から奇妙な植物の触手が飛び出し、五人の体を縛り付ける。

「な・・・!!」

「これは!?」

「しまった!!」

 奇怪に泡立つ粘着質の肉体を有する植物の触手が彼らの体を絡め取り身動きを封じる。植物に捕われ中空に吊り下げられた五人を、カーウィンは乾いた表情でじっと見る。

「ここに来た瞬間から、お前たちは既に私の術に堕ちていた。何もかも浅はかだったな」

「くっそ・・・・・・舐めやがって・・・・・・!」

 諦めきれない昇流は、必死に抵抗し植物に捕われた状態から何とか銃を構え―――怪しげな術を用いるカーウィンの眉間目掛けて引き金を引いた。

 

 ドン!

 

 昇流の放った銃弾がカーウィンの額を貫通する。しかしその直後、カーウィンの体は水の様に液状化し、やがて再び元の体へと戻る。

「この世の武器では私は殺せんよ」

 淡白な言葉を向けると、カーウィンはショゴスと呼ばれる植物に捕われた彼らを見据え、持っていた剣を横に払った。

 途端、辺りが爆発する。爆発の際に触手から解放された五人は余波を受けて吹き飛ばされる。

 星の智慧派の魔術師が使うものとは異彩を放つ怪しげな魔術の前に五人は手も足も出ず、敢え無くカーウィンの力に屈した。瀕死状態に陥り白目をむいて倒れる駱太郎に歩み寄ると、彼の懐を漁り、カーウィンは輝くトラペゾヘドロンの黒い欠片を回収する。

 その後、もう一つの欠片を手に入れるため―――彼は山の上を目指し歩き出す。

 

 

午前0時30分

オーストリア 星の智慧派教団・ウィーン支部

 

「妖術師ジョウゼフ・カーウィン・・・・・・」

 誰もいない部屋でひとり、全世界の星の智慧派の代表であり数年のうちに巨大な宗教結社へと成長させた男―――ヘルメスはバスローブ姿で、ワイングラスを傾ける。

 自分の顔がうっすらとワイングラスに反映される様子を彼は怪しげな笑みを浮かべながら見つめ、この場にはいないカーウィンについて独り言をつぶやく。

「かつて、ネフレン王を背後から操り―――輝くトラペゾヘドロンの力を使って邪神ナイアルラトホテップと手を組み世界を混沌と化そうと企てた妖術師は、1662年にセイレム村に生まれた男の子に転生した。その後、ジョウゼフ・カーウィンとして何百年にも渡りその容姿を変えずさまざまな異端の知識に通暁・・・・・・人々はそんな彼を恐れ、リンチに掛け殺した」

 一息を突き、ヘルメスはワイングラスの中のワインをひと口啜る。

「だがその魂までもが滅びた訳ではなかった。邪悪なる妖術師の魂魄はその後も転生行為を繰り返し、輝くトラペゾヘドロンを求め続けた・・・・・・」

 そう言った後手持ちのワイングラスを置き、ヘルメスは部屋のカーテンを開け、音楽の都・ウィーンの街並み―――もとい自分が生きる世界そのものの景色を眺める。

「いやはや・・・・・・執念と言うのは恐ろしいですねはい。びゃーっははははは!!」

 甲高く響くヘルメスの不気味な笑い声。彼が何をどれほど知っているといるのか・・・・・・それを知る者は一人もいない。

 

 

午前0時35分

山岳地帯 G’s Bar店内

 

 幸吉郎たちの事を心配していた矢先、ドラたちは外から聞こえた爆音に耳を傾け、外へと飛び出した。

 大地を轟く爆音は直ぐに収まり、森は静けさを取り戻した。だがその事が却ってドラたちの不安を助長する。

「今の音・・・・・・」

「まさか」

 写ノ神と茜が最悪の展開を予想する中、ドラは何も言わず難しい顔を作る。

「ドラさん・・・!」

 そのとき、キャリーサが何かを見つけ呼びかけた。彼女が何かを伝えようとしたか、ドラたちは瞬時に理解する。前方から見えてきた物影を凝視すると―――満身創痍になりながら一歩一歩大地を歩く幸吉郎がそこにはいた。

「幸吉郎!!」

 思わず声を上げる写ノ神。ドラを除く三人が彼に近づき安否を気遣う。

「何があったんですか!?駱太郎さんと龍樹さん、長官さんはどうしたんですか?!」

「それから隠弩羅も!まさか、みんなやられちまったんじゃ・・・・・・」

 内心かなり焦っていた。写ノ神と茜が問い質したところ、幸吉郎は返事をせずただただ苦い顔を浮かべる。この行動にキャリーサはすべてを悟り愕然。言葉を失うと力なくその場に跪く。

 ドラは幸吉郎へと近づき彼を乾いた表情で見つめる。

「申し訳ありません兄貴・・・・・俺は、家族を守れなくて・・・・・・///」

「幸吉郎」

 後悔の念でいっぱいの幸吉郎。悔し涙を流し露骨に顔を崩す彼の肩に手を置き、ドラは首を横に振った。

「もういいよ。お前は悪くない。だからもう泣くな」

 

 言った瞬間―――ドラは項垂れる幸吉郎の隙を見計らい、彼の心臓に刀を突き刺した。写ノ神と茜、キャリーサはドラのとった信じられない行動に目を奪われ絶句する。

「だから、お前も死んどけ」

 あろうことか仲間の命を奪うという行為に及んだドラは幸吉郎に刀を突き刺すと、哀れみや悲痛と言う気持ちはなく―――ただ淡白につぶやいた。

「幸吉郎さん!!!」

「いやああああああああああああああ!!!」

 心臓を刺された幸吉郎はその場に力なく倒れ伏す。人が殺されるという残酷な光景を間近に目撃したキャリーサは恐怖の余り絶叫する。

 写ノ神は業を煮やした。すぐさまドラの胸ぐらを強く掴み、鬼のような形相を浮かべ恫喝する。

「お前って奴は!!!お前って奴は!!!なんで幸吉郎を刺したりした!?いくらなんでもこればっかりは到底許す事はできねぇ!!チームの副隊長を、お前の相棒を、俺たちの家族を・・・・・・どうして殺した!!!」

 かすれるほどの声で強く訴えかける。写ノ神から向けられる怒りの矛先にも何のその、ドラは無表情を貫く。

 悲壮感に心折れ、叫喚するキャリーサを慰めるかたわら茜も堪えきれず涙を流し悲痛に顔を歪める。

 そして、ドラは写ノ神の手を手を払い―――率直な言葉をつぶやく。

「オイラはこいつの事を家族だと思った事は、一度も無いよ」

 信じられない一言だった。悪い夢であると思いたかった。

 ドラの口から出た言葉に写ノ神は絶句する。チームの間に強い衝撃が走る一方で、ドラは自らの手で刺殺した幸吉郎の体をじっと見、「なぜなら―――」と口走る。

「なぜなら、こいつは幸吉郎じゃないから」

 言った瞬間。倒れる幸吉郎の手がぴくりと動き、突如として体は黒く染まり、複数のカラスの群れと化す。

 写ノ神と茜、キャリーサは目の前の光景に呆然となる。ドラが見守る中、カラスたちは集まり再び人間としての姿―――ジョウゼフ・カーウィンとなる。

「私の変装を見破るだけでなく、即座に殺しにかかるとは・・・・・・見事な洞察力と行動力だ」

 カーウィンが敵ながら鋭い洞察眼とそれに伴う素早い判断力を有するドラを高く評価する。

 しかし、ドラは肩透かしを食らった気分だった。無表情に彼を見ながら地面に刺さった自分の刀を引き抜く。

「だがおしかったな。心臓は正確に狙わないといけない。若干ずれていた」

「そうかい。じゃあ、もう一回殺せばいい」

「お前・・・・・・幸吉郎に化けるなんて、どうかしてるぜ!!」

「よくも、よくも私たちを欺いてくれましたね。私たち家族の輪を引き裂こうとするとは、とんだ不届き者ですね!!」

 心の隙を作るため仲間の姿に化けて近づいてきたカーウィンのえげつない手段に写ノ神と茜は強い怒りを覚え、彼を怖い顔で睨み付ける。

「安心しろ。彼らは全員死んでいない。私は自ら進んで行う殺しはどうも性に合わん。だから単刀直入に話を進めよう。もうひとつの欠片をいただきたいのだが・・・・・・」

 と、要求を申し出た直後―――カーウィンの視界にキャリーサが映る。キャリーサは彼を恐れ、咄嗟にドラの後ろへと隠れる。

 目を見開き彼女を見ていたカーウィンはおもむろに口角を釣り上げ、ほう・・・と感心した声を出す。

「やはりお前がそうか。まさかこんなところでお目にかかれるとはな。我が野望を叶える力を・・・存在を」

「どういうことだ?」

「キャリーサを知ってるのか?」

 意味深長な発言に写ノ神とドラは眉を顰める。

「知りたければ教えてやろう。その女は「コラァアアアアア!!!」

 カーウィンが重大な事実を告げようとした瞬間、話の腰を折る様にミスターGが怒鳴り声を発し、発砲した。

「俺を無視して何盛り上がってやがる!!」

「バカ!!折角大事な話が聞けるチャンスだったのに!!」

「どうして状況を読もうとせず発砲するんですか!?私、この際言いますけど・・・あなたのそういう所嫌いですよ!!」

「やかましいっての!!隠弩羅から何か色々言われてたけど、もうどうでもよくなったぜ!!こうなったらとことんやってる!!」

 と、勝手に除け者扱いされたと思い込んでいるミスターGは支離滅裂とした事を言って癇癪を起こし、懐からスイッチが点いた箱を取り出した。

 ポチ・・・・・・

 謎のスイッチを押した途端、G’s Barが真っ二つに裂かれた。ゴゴゴ・・・という音を立てながら二つに裂かれたバーの地下から現れた物にドラたちは目を疑い青ざめた顔となる。どこで仕入れたのは不明だが、直径2.75インチ(約7cm)という世界最小サイズの弾道ミサイルが店の地下に隠されていたのだ。

「荒れるぜ~~~!止めてみな!!」

 その決め台詞の後、ミスターGはミサイルの作動スイッチを押す。地下に隠されたミサイルは勢いよく発射され、弾道を修正しドラたちの方へと一斉に飛んでくる。

「ちょ、ちょっと―――!!!」

「こんな展開聞いてないんだけど!!」

 ドカーン!ドドドーン!

「たぎるぜたぎってるぜ!!俺のミサイル!!だはははははは!!!」

 ドカーン!ドドドーン!

「あのジジイ、イカれ過ぎだ!!!」

 ドカーン!ドドドーン!

「イカれてるんじゃないよあれは!ブっ飛んでんだよ!」

 夢にも思っていなかったミサイルの雨に襲われ、ドラたちは猛攻から逃れるため森の方へと走り出す。その際、カーウィンも無表情に彼らと一緒に横を走る。

「って!!何でお前も一緒に逃げてんだよ!?」

「なりゆきだ。だが、こうやってふざけるのも悪くない」

「うるせー!!!悪党なら悪党らしき卑怯卑劣に振る舞いやがれ!!」

 だが、悪党でさえもこのような理不尽は流石に迷惑だった。ミサイルを避けるためカーウィンはドラたちと一緒に山中を下りて行く。

 ちょうど、山を下りたときだった。川の分岐地点まで降りて来た際、ドラたちは瀕死状態の幸吉郎たち五人を発見する。

「ああ、今度は本物だ!!幸吉郎!単細胞!隠弩羅!」

「龍樹さん!長官さん!しっかり!!」

 写ノ神と茜は重症の彼らに声をかけ意識を確かめる。ドラは銀色のケースを取出し、テントウムシを思わせるデザインのパラライザーを取出し、写ノ神へと投げる。

「それで応急処置するんだ」

「ブライトポインターか!よーし!!」

 早速、ブライトポインターと言う名前が付けられた特殊パラライザーを使って、写ノ神と茜は幸吉郎たちの治療を試みる。

「キャリーサは後ろに隠れてろ」

「はい!」

 キャリーサの安全を考慮し、ドラは彼女を自分から遠ざける。手持ちの刀を握りしめると、ドラはカーウィンと対峙する。

「さてともう一度聞かせて貰おうか。キャリーサが果たして何者なのか・・・・・・あ。それともさっきのは気まぐれだったかな」

「いや。教えたところで今後の影響としては実に些末なものだ。今一度教えてやろう」

 皆がカーウィンの言葉に注目する。一息を突くと、彼はおもむろに真実を語り出す。

「ナイアルラトホテップが封印される直前―――邪神の邪悪なる意思は、さらなる怪物を世に生み出していた」

「さななる怪物?」

「邪神の復活・・・・・・もとい、あの女の中に宿るそれを目覚めさせるために失われた二つの欠片と、金属の箱が必要だった」

「”それ”?」

 何かを表しているそれという言葉にドラは眉を顰めると、カーウィンは木の陰に隠れるキャリーサを一瞥し、おもむろに口にする。

「無垢なる意思―――それは邪悪なる意思を遥かに上回る力であり存在。その女はその力を宿す器だ」

「何ですって?」

 カーウィンから告げられた事実に全員は度肝を抜いた。何よりもキャリーサ自身が最も驚いており、彼女は自分が邪神の邪悪なる意思と呼ばれるものから生まれた存在であるという事実にショックを抱く。

「失われた邪神の力・・・輝くトラペゾヘドロンを見つけだすため、私は何百年・・・何千年という歳月を経て転生を繰り返してきた。そして、やっとの思いで見つけ出した。あまつさえその欠片の持ち主の一人が無垢なる意思だとは・・・・・・やはり、邪悪なる意思から生まれたそれは自ずと自らの力を求めるか」

「な、何を言っているんですか・・・・・・私は・・・・・・」

 告げられた真実に動揺し、それを信じようとしないキャリーサ。カーウィンは欠片以上に自らの欲望を掻きたてる存在―――無垢なる意思の彼女に剣を突き立てる。

「こっちへ来い。お前を我が下であるべき姿に戻してやろう。さぁ・・・来るんだ」

 静かなる勧誘。だがそこには確かな圧力があった。キャリーサはカーウィンの瞳から伝わる邪気に酷く怯える。

「雷牙は我が力、激しきその雷電を今ここに宿せ―――『(サンダー)』!!」

 刹那、写ノ神は天に魂札(ソウルカード)を掲げると、天空よりカーウィン目掛けて雷が降り注ぐ。カーウィンは手持ちの剣で雷を容易に受け止めるが、その隙を見計らい茜は畜生曼荼羅を展開する。

「畜生祭典・殊の陣」

 言って地面に手をつき、彼女は特殊な術式を構築する。

「“蝦蟇胎縛(がまばらしばり)”」

 直後。畜生曼荼羅が拡大し、カーウィンをその円内に取り込むと同時に、ドームの様に形作られた巨大な壁がすっぽりと彼を覆い尽くす。

 奇妙な起伏や、一定の周期で動く紅い突起物がカーウィンの視界に映る。そしてそれが畜生祭典によって召喚された畜生の内臓であることを理解する。

大江山岩宿(おおえやまいわやど)の大蝦蟇の胃の部分だけを召喚しました。そこから逃げようとしても無駄ですよ。時間と共に迫りくる肉の壁に敵は包み込まれ、やがて胃の腑にて消化される。袋のネズミですね」

 彼女はこの技の性質を説明し絶対の自信を持ってカーウィンを閉じ込めた・・・つもりだった。

 だが直後、巨大な胃袋から白い炎が灯り、中に閉じ込められていたカーウィンが内臓を切り開いてあっさり外へと出てきた。

「そんな・・・・・・本来火を噴くはずの蝦蟇の胃袋を炎で焼くなんて。一体何なんですか、その白い炎は・・・・・・!!」

 蝦蟇の胃袋を焼き尽くすカーウィンが生み出す白い炎。彼は何も答えず不敵な笑みを浮かべる。

「やっぱり一筋縄じゃいかないよな」

 と、ドラが言うと―――カーウィンはキャリーサと欠片を奪うため彼女へと接近する。咄嗟にドラが間に入り斬撃を受け止める。

 二人は鍔迫り合いとなりしばらくの間見つめ合い―――やがて激しい撃ち合いを繰り広げる。

 カキン!カキン!カキン!

 ドラとほぼ互角、あるいはそれ以上の力を発揮するカーウィン。金属と金属がすれ合う音が森中に反響する。

 カーウィンは剣を地面に突き刺し、力を込める。すると、ショゴスの触手が現れ粘着質の肉がドラへと襲い掛かる。

 直前、ドラは腰帯の鞘を抜き刀を鞘へと戻す。居合の構えを取り、ショゴスの肉が触れるか触れないかその瀬戸際を見極めると―――ドラは右足を一歩前に出し、豪快な一振りを披露する。

魔猫流抜刀術(まびょうりゅうばっとうじゅつ)―――剣歯猫(スミロドン)

 ショゴスの肉もろとも粉々に吹き飛ばす斬撃は、かつて地上を闊歩した古代生物スミロドンの如く素早く切り裂き、カーウィンの肉体に食らいつく。

 凄まじい衝撃に襲われ、カーウィンは衣装を切り裂かれながら岩場に激突する。

 だがそんな巨大な力を受けながら、彼は相変わらず表情を崩さない。ゴキゴキという音を立てると、外れた肩を器用に筋肉を動かし入れ直す。

 常軌を逸した光景だった。写ノ神と茜、キャリーサの三人は恐怖に慄き鳥肌を立てる。

 刹那、再びカーウィンが突進してきた。手持ちの剣を高速かつ連続で振るいドラの刀を集中的に攻撃する。

「武器破壊が狙いか・・・・・・」

 カーウィンの考えを見透かし、ドラは左手に鞘を持つ。

人侍剣力流(じんじけんりょくりゅう)華繕威(けづくろい)!」

 剣と鞘、二つの武器を用いてドラは高速回転を披露しカーウィンの剣技から逃れる。

 カーウィンは無表情にドラと剣をぶつけ合い、キャリーサを守る事に躍起になる彼を屈服させようとする。

香箱坐(こうばこずわり)!」

 ネコが背を丸めてつくばっている様子を表したが如く、ドラは背を丸めその状態から体を回転させ空中より斬撃を浴びせる。

 空中からのしかかる重い斬撃。カーウィンはその一撃を受け止めるが意外と力があり、ズルズルと後ずさる。

「「「ドラ(さん)!」」」

 三人が固唾を飲んで見守る。魔猫が妖術師の力に屈するはずはない、必ず打ち破るはずだ―――そう信じて戦いの様子を傍観する。

 カーウィンは香箱坐の影響から逃れると、ドラに向かって勢いよく突進し切っ先を突きを立てる。

刺突(つき)を繰り出すなら」

 言いながらカーウィンの一撃を躱し、ドラは左手の鞘を使ってカーウィンの背中を強じんな力で叩きつける。

「幸吉郎の狼猛進撃を越える奴を持ってこい!」

 しかし、それを聞いたカーウィンは何故か口角を釣り上げており、ドラはその笑みの意味を身を持って知る。

「!?」

 足下に違和感を覚えると、時間差によってドラの影から現れる何本もの腕が体を抑え込み身動きを封じる。

「お前との戦闘はこちらとしても望まない。だから、ここは大人しく―――」

 カーウィンは動けないドラへ歩み寄り、彼の尻尾部分を凝視し―――おもむろに引っ張った。

「が・・・・・・」

 尻尾はサムライ・ドラというロボットのメインスイッチだった。それを引っ張られた事で体の全機能が停止し、動けなくなってしまった。

 ドラの機能がストップした事で彼が動かなくなると、巻きついていた腕が離れ、ドラは力なく地面に倒れる。

「ドラさん!!」

「そんな・・・・・・おい、ドラ起きろよ!!」

 信じられない光景が写ノ神と茜の目に映る。声を荒ららげドラに呼びかけるも、エネルギー供給が止まった状態では周りの音を認識することはできない。

(この私があんなロボットに後れを取るとは・・・・・・)

 ドラとの戦闘で生じた傷と、微かに痙攣した掌を見つめ―――カーウィンは内心焼きが回ったなと自嘲する。

「こいつ!!」

「キャリーサさんは絶対に渡しませんよ!!」

 残ったのは写ノ神と茜の二人だけ。何とかしてキャリーサを守ろうとするが、カーウィンは彼らを見ながら、おもむろに左手を翳す。

 直後、二人の脳が異常をきたす。目の前の景色が酷く歪み出し、強烈な船酔いを体験しているように気分が悪くなる。

「なんだ・・・頭がくらくらして」

「気持ち悪い、です・・・・・・」

 酔いは更に強くなり、意識が遠のき―――とうとう二人は不可思議な現象に耐えきれず気を失った。

「写ノ神さん!茜さん!」

 頼りの二人がダウンし、狼狽するキャリーサ。こうして目的を阻む者がいなくなったことで、カーウィンは悠々と彼女の下に歩み寄る。

「いや・・・!こっち来ないで!!」

 カーウィンに恐怖し、悪あがきにも彼女は石を投げつける。

「ゲームオーバーだ。無垢なる意思」

 投石を軽々と避けながら、そう言葉を発し―――カーウィンは怯える彼女に近づく。

 おもむろに目を見開き、瞳を怪しく光らせる。瞳から発せられる光に当てられた彼女は意識を飛ばされ気を失った。

 カーウィンはもう一つの欠片と無垢なる意思としての彼女の捕獲に成功。気絶した彼女を抱きかかえ、おもむろに空を仰ぎ見る。

「これですべてが揃った・・・・・・ナイアルラトホテップ復活も間近だ」

 空に浮かぶ厚い雲。彼が言う邪神を表したが如く、雲は不気味な形を成し―――この世の終わりをすべての生き物に訴えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

編著:東雅夫 『ヴィジュアル版クトゥルー神話FILE』 (学研パブリッシング・2011)

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その27:常に最悪の事態を想定し打算で動くのも隊長の仕事だよ

 

ドラは決してお人よしではない。家族としての鋼鉄の絆というイメージが強いが、同時に特殊部隊の体を為している。ゆえに時には心を鬼にしてでも打算で動かなければならない。(第24話)

 

その28:悪党なら悪党らしき卑怯卑劣に振る舞いやがれ!!

 

最近は悪党のくせに義賊の様なふるまいをする奴がいる。個人的にテレビスペシャルのルパン三世がそう言う傾向にある。ルパンは泥棒なのに全然それっぽく見えない・・・ルパンファンとしてはちょっと寂しい。(第24話)




次回予告

ド「あの野郎・・・壊すなら兎も角、わざと電源切りやがった!!許せん、絶対後悔させてやる・・・・・・!!」
隠「それにしてもキャリーサが無垢なる意思だったとはな。だがこうしちゃいられねぇ。奪われたものは俺たちの手できっちり取り戻すぜ。みんな行くぞ、こっからが本番だ!!」
幸「次回、『外道なる者の帰還』。って、おめぇが仕切ってんじゃねぇ!!」

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