サムライ・ドラ   作:重要大事

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幸「TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の副隊長、山中幸吉郎と言えばこの俺の事!サムライ・ドラの兄貴の右腕と言えばこの俺!自動車を荒っぽく運転する奴と言えば、この俺だあああ!!!」
ド「最後の奴に限っては褒められることじゃないからね。名誉でもなんでもないからね」
駱「大体おめぇは何でそう自動車のハンドル持つと性格が180度変わっちまうのかね・・・お陰で俺たちはいつも肝っ玉ヒヤヒヤさせられる」
幸「おめぇには分からねぇよな。速さへの憧れってものがさ・・・・・・まぁトリ頭に理解できるとも思っちゃいねぇがな。さてと、雑談はこのぐらいにして今日のメインディッシュにいくとするぜ!!」


螻蛄の気まぐれ

ドゥブロヴニク郊外 スルジ山

 

 クロアチアの都市・ドゥブロヴニクの背後に佇むスルジ山―――その山中で向き合う者たち。どちらも異能の存在であり、一人は星の智慧派教団の魔術師。もう一人は人間の手によって作られたネコ型ロボット。

 ドラと涯忌は牽制し合い静止を保つ。涯忌は余裕が溢れる不敵な笑みを浮かべる一方、魔猫は常に目を細め眉間に皺を寄せている。

「―――そういやお前あれだよな。確かひとんちの窓ガラス割りやがった・・・」

 不意にドラがそんな風につぶやいた。星の智慧派教団が初めて襲って来たとき、その現場はドラの自宅であり、神父たちを率いていたのも涯忌だった。

「ああ。間違いなく俺だよ」

 尋ねられた質問に対する返事は否定ではなく肯定だった。涯忌が素直に自分の所業について認めると、ドラは眉をピクリと動かしぼそっと一言、

「ガラス代弁償してくんない?」

「ふふ。意外とみみっちいな。クロアチアに来れる旅費があるなら、それで修理すればいいいじゃねぇか」

 このように提案をする涯忌の言い分もやや強引だが必ずしも筋が通らない理屈ではなかった。しかしドラは聞いた直後、口角を釣り上げ言い返す。

「オイラは元来が人嫌いって訳じゃないんだ。だがこれだけはどうしても許せないってのが三つ。一つ目は、自分の物差しで測った幸せを他人に押し付けてくる奴。二つ目は、他人の物を壊しても謝ろうとしない奴。そして三つ目は、社会人としての節度ある行動が出来ない奴」

 眼前に立ち尽くす男―――涯忌を細め目で睨み付けていたドラは、手持ちの刀をより一層強く握りしめると、地面を強く蹴って前に出る。

「全部・・・・・・該当してんじゃねぇか!!!」

 ドラの嫌いな人間の条件をすべて満たした涯忌に向けられる凶刃。大地を削り、周囲に虞(おそれ)を振りまくドラの一撃を避け、涯忌は宙へ体を浮かせると適当な木々の枝に足を乗せ地上の魔猫を見下ろす。

「はははは。気が満ちてるな!その愛らしい姿から発せられる魔獣の様な気が。成程確かに、恐ろしいネコ・・・自らを魔猫と言うだけはある」

「言っとくが、オイラがキレたときは節度ある行動なんかできないから、気を付けるんだね」

「だろうな」

 木の上から降り、涯忌は地に足を付けた。両手に握りしめる刃渡り15センチ程度のイチョウ型の刃を持つ握り懐剣をドラに見せつけるように構えを取る。

「が、俺の剣術も星の智慧派教団内随一の実力。どちらが先に敵の喉をかき切るかな?」

「二刀流の握り懐剣・・・・・・おっといけない。るろ剣の一コマが脳裏をよぎった」

 と、ドラが言った瞬間―――涯忌は手持ちの懐剣を唐突に頭上へ放り投げた。その行動に疑問符を浮かべるドラを余所に、彼は両手を地面に付けると体を大きく捻って回転を始める。

 刹那。両足より風を纏った半円形の衝撃波が放たれる。ドラは、前方より飛来する衝撃波を視覚するなり刀で弾いた。

 軌道が逸れた衝撃波は周辺の木々に激突。轟音を伴い、木々はその被害を受けた事で太い幹を根元から折られ倒れ伏す。

「アガシオン『(こがらし)』」

 ドラは涯忌が使用した魔術に対し別段関心を抱く訳でもなく蔑む訳でもない。ただ、目の前で起きた事象を合理的に理解しようとだけ努め、同時に目の前の敵を見据え剣を斜めに構える。

「復習がてら今一度言うぞ。俺が司るものはこの世界に満ちる大気・・・即ち、風。その使い方は決して一通りじゃない」

「問題ないよ。全身武器だもんな、そういや!」

 昇流の銃弾を防弾チョッキも使わず容易く防いだその実力を涯気は確かに持っていた。果たして魔術師との彼の力量がどれほどのものなのか・・・ドラは秘かに彼への期待と自身のモチベーションを高めるきっかけになってくれればいい、そう思いながら不敵な笑みを浮かべる。

 万事戦闘態勢が整ったところで、ドラは剣を両手で握りしめ涯忌に向かって走り出す。迫りくる日本刀による斬撃を涯忌は手持ちの握り懐剣で受け止める。

 二人の耳に反響する金属音。鍔迫り合いになる二人は出方を窺いつつ、一瞬の隙をつくと同時に動き、激しく剣と剣をぶつけ合う。

 カキン・・・カキン・・・カキン・・・カキン・・・

 森に木霊する金属と金属がすれ合った時に生じる衝突音。それに驚いた小鳥や森の動物たちは二人の戦いを恐れて、安全圏への避難を急ぐ。

「おらああ」

 ドラは力押しに涯忌を後方へと吹っ飛ばす。吹っ飛ばされた瞬間、涯忌は口角を釣り上げ―――足裏に風を使役する。

 直後、彼は空中を蹴るという動作で空へと舞い上がる。彼は空気中を天女のごとく自由に滑空しながら地上のドラに狙いを定める。

「アガシオン・・・」

人侍剣力流(じんじけんりょくりゅう)・・・」

 上空からの攻撃に備え、ドラは腰帯から鞘も取り外す。右手に剣、左手に鞘を帯びた彼は二つの道具を交差させ―――目を見開くと同時に両手を左右に振り払う。

「『突風(とっぷう)』!」

沙斬十字(さざんクロス)ッ!!」

 剣気を纏った斬撃は十字に組まれ、目で見てはっきりと形が分かる大きさとなって天を翔る。対する涯忌の魔術は触れた物すべてを切り裂く風の塊を地上へと送り出す。

 ドカーン!!

 天地から放たれた剣技(わざ)魔術(わざ)。威力を殺し合った末、それに見合った余波が周囲に広がる。その影響で勢いよく舞い上がった粉塵にドラが若干苦慮していると、涯忌は風の力で脚を高速で運び―――地上へ下りる。

「アガシオン!」

 涯忌の気配を敏感に察知した瞬間、高速移動からくる魔術に対応するため、ドラは左手の鞘を盾に見立てる。

「『局地風(きょくちかぜ)』!!」

 高速移動とともに、鞘の表面に強く当てられる握り懐剣の刃。刹那、ドラと涯忌の周りに旋風が巻き起こる。旋風は激しく渦を巻き、周囲の木々や草花を削りとっていく。

 唯一の死角である渦の中心付近にいた二人はこの技の影響から逃れることができた。涯忌はドラから離れ、低い体勢を作ってから高笑いをする。

「はははは!楽しいぜ!!」

 それに対し、涯忌に背を向けていたドラは振り返り、溜息をついて刀を突き付ける。

「オイラは、仕事と一緒でめんどくさいよ!」

「じゃあ俺を仕留めることだ」

 言うと、涯忌は上空へ舞い上がり、風を足場にして空中に留まった。鉄棒の手すりに足を引っ掛ける様に宙吊り状態を保ちながら、彼は地上に向けて強力な突風を放つ。

「アガシオン『ダウンバースト』!!」

 唐突に降り注ぐ下降気流。地面に衝突した際に四方に広がる風は木々をしならせ、圧倒的な力でなぎ倒す。ドラは猛烈な突風に晒される中、地面に強く足を付けたまま踏ん張り続ける。まるで、何かに取り憑かれたように足はピッタリと離れない。

(ったく・・・なりふり構わないってか。こちとら疲れることは大嫌いなんだよ!)

 仕事から戦闘行為、ありとあらゆる面において極度のものぐさなドラにとってこの状況は非常に居心地の悪いものだった。だが同時に勝利至上主義を貫こうとする彼は異常なまでに勝敗にこだわり、とことん自分が勝つための努力を惜しまない。

 最早それは努力と言えるものかは定かではない。むしろ、彼が無理にそれを押し通そうとする気持から生じる感情―――意地か何かの様に思えた。ダウンバーストの影響で辺りが酷いありさまと化す中、ドラは息を乱しながらこの状況を耐え抜いた。

 涯忌は地上へと降り、疲労感ありありのドラを見ながら不敵な笑みを浮かべる。

「・・・ふん。一筋縄ではないいかないか、魔性の猫の首を刈り取るのは」

「お前・・・・・・人を舐めるのもイラつかせるのが得意な方と見た」

「人ではないだろ。俺もお前も」

「ああそうだった。どっちも手が付けられないケダモノだった」

刹那、ドラの姿が目の前から消え―――その事に驚く暇なく涯忌は懐に潜りこんだドラによって上空へと打ち上げられる。

「ぐああああ」

(ば、バカな・・・何も見え)

 刀の峰を使って顎下から繰り出す強烈な切り上げ。ドラはロボットと言う力を最大限生かし、体重80キロ前後の人間を地上5メートルの高さまで持ち上げた。

人侍剣力流(じんじけんりょくりゅう)

 刹那、打ち上げた涯忌に向かってドラも飛翔し、一時的に抵抗力を失った彼に狙いを定め刀を振り上げ―――勢いよく振り下ろす。

天翔絶攻(てんしょうぜっこう)!」

 再び峰の部分を使って涯忌の下腹部を強く叩きつけた。彼はその力に加え、地球の引力に引っ張られて急速に体を落下させて―――地面に激しく叩きつけられる。

 巻き起こる粉塵の下に降り、ドラは陥没した地面の中で全身を強く打った衝撃で気絶する涯忌を見下ろす。あれだけの高さから落ちた場合普通の人間なら即死は免れないが、彼が魔術師であることが災いし彼が使役する風の精「アガシオン」がクッションとなって彼の身を守った。

 ドラは深い溜息を漏らすと、刀を元の鞘に納める。

「止めだ、疲れる。これなら長官いじめる方が大分楽だ」

 これが率直な感想だった。踵を返し、ドラはドゥブロヴニク市内へと進路を取った。

 

 

同時刻 ドゥブロヴニク市内

 

「お・・・・・・お前・・・・・・」

「壌!!」

 炎を自在に操る教団の魔術師―――イグネスの魔の手にさらされた幸吉郎たちの前に突如現れた男。常に冷徹な雰囲気を醸し出し、人知れず戦いのみを求める人間兵器にして鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の第七席―――螻蛄壌(けらじょう)。その名前に反映された様に、彼の両手はカマキリの鎌を模した武器へと変わり眼前のイグネスを標的とみなし鋭い眼光を向けている。

「おいてめぇ。何しにきやがった!」

「タピアの時もそうだけど、毎度毎度突然現れては茶々入れやがって!」

 駱太郎と写ノ神はこの男の事を信用していなかった。それどころか、自分たち以上に気の向くままに自由奔走し、人としての節度ある行動がとれない彼が大嫌いだった。ゆえに彼を見ると自然とその口から怒号と罵声が上がるのだ。

「前にも言ったよね。僕は君らと群れあうことも好まないし、君らのやってることにも興味ないんだ。たまたまこの近くを散歩していたら闘気を感じた物だからね。試しに来てみたんだ」

 周りからの批判に屈するどころか、まるで物ともしていない壌はおもむろに振り返り―――無表情を向けながら無機質な声色で言葉を発する。

「あ、あの・・・壌さんはどうしてクロアチアにいるのでしょう?」

 駱太郎や写ノ神ほどではないが、本質的には壌の事を好きにはなれないでいる茜は彼への恐れをを必死に隠そうと努力しながら、核心的な事を尋ねる。

 なぜ壌は自分たちと同じこのクロアチアにいるのか―――誰もが気になる中、壌は鎌に映った自分の顔を一瞥。おもむろに口角を釣り上げる。

「さあて。どうしてかな」

「きっとこいつ俺たちのことストーカーしてたんすよ」

「え!じゃあ、俺らって年がら年中こいつに監視されてるの!?それってメチャクチャ最悪じゃねぇか!」

「よ、止せ二人とも!あれを刺激したらこっちの身が危ぶまれる!」

 あからさまに壌に聞こえる声で幸吉郎は昇流に耳打ちをする。最早耳打ちの意味をなしていない二人のやり取りと会話の内容を聞き、龍樹は動揺し慌てて止めようとする。

 刹那、イグネスは十字架を地面に突き―――壌と自分の周りを炎で覆い巨大な防御壁を作り出す。

「生意気にこの私と戦うと?貴様、自分の立場というものを弁えたらどうだ?」

「立場?そんなものに気を取られていたら、最高の瞬間を見逃すだろ」

「星の智慧派教団の炎のイグネスに喧嘩を売ったツケは高いぞ。その身を焦がすことによって己の罪を懺悔するがいい!!」

 体感温度100度をゆうに超える炎の中で、イグネスは巨大化した十字架を天に向かって掲げる。十字架の周りに渦を巻いた炎が集まりはじめ、その火力を上げる。

 壌は臆するどころか、戦いと言う行為自体を心底楽しんでいた。未知なる脅威とあくなき戦いへの渇望が彼を駆り立て、恐怖心ではなく愉悦感をもらしている。

 炎の壁によって壌の姿を黙視できなくなった事で、幸吉郎たちは茫然自失と化す。だがその直後に隠弩羅が我に返り、周りに対し呼びかける。

「い、今のうちに逃げるぜい!!」

「そ、そうだ!!キャリーサちゃんを安全な場所へ!」

 昇流は千変万化する非日常的な光景に困惑し狼狽すらしている黒い欠片の持ち主―――キャリーサ・フランチャスコの手を握りしめる。

 キャリーサは昇流に手を握られると、思わず紅潮し心臓の鼓動が高鳴った。この際、彼には下心などと言うものはなく純粋に彼女を守りたいと思っていた。

「壌!ここが世界遺産だってこと忘れんじゃねぇぞ!」

「今回だけは感謝してやる!だがこれだけは覚えてけよ!お前の欲望のためにこの街の人が泣くようなことになったら・・・・・・俺はてめぇを全力でぶん殴る!!!」

 徹底的に壌を嫌悪している駱太郎は、拳を強く握りしめ―――いつかそうなる事を秘かに祈り今はキャリーサと自分たちの身を守るため、教団からの逃亡に専念する。

 幸吉郎たちがいなくなると、壌は嘆息をつきぼそっと愚痴の様な言葉をつぶやく。

「野次馬の歓声は、戦う側の士気に影響するけど・・・僕には等しく耳障りな雑音でしかない」

「同感だ。いっそのこと法令で厳しく取り締まるべきだ」

 十字架の長い柄の先端部分を中心に渦巻く炎は防御壁をすっぽりと覆い尽くすほどに拡散、万遍なく上空で滞留する。

 壌が怪訝そうに頭上を見上げていると、イグネスは練り上げた魔力を一気に解放し、この状況から作り出される大胆な技を繰り出す。

炎の精(ファイアーバンパイア)―――“紅の雨”!!」

 瞬間、上空で滞留していた紅炎が途端に雨粒の如く頭上から降り注ぎ始めた。

 炎が空から降るという奇奇怪怪とした事象に壌は目を見開き、咄嗟に炎の粒を凌ぐため変化した両手の鎌で弾こうと思った。

 ところが、流動する炎の雨は弾くことはおろか受け流す事も極めて困難だった。カマキリの鎌は灼熱の雨粒を防げず壌自身に多大な損傷をもらたす。

「“炎膜(えんまく)”」

 被害を受けるのは壌だけではない。防御壁に囲まれたものすべてに紅の雨による影響をもたらすのだ。ゆえにイグネスは自分自身への影響を皆無とするため、自分の体を薄い炎でコーティングし雨の被害から逃れる。

 対する壌は、そのような器用な能力を持ち合わせておらず、非情なまでに降り注ぐ炎の粒を一秒間に何十カ所と受けながらその皮膚を焦がし続ける。

「ふふふ。火を噴き肌が焼けただれる雨を受けるのは初めてだろう。さて、そうやって声を殺していられるのもいつまでかな」

 悲鳴どころか弱音ひとつ発しない壌。炎の雨が決して降り注がないという安心感から、イグネスは余裕綽々と言った様子で懐から煙草を取出しそれを吸い始める。

 やがて、スコールの如く短時間に降り注いだ炎の雨が降り止んだ。軍服の様な黒い衣装はボロボロになり、ほとんど裸に近い姿となった壌の全身はひどく焼けただれ出血がおびただしい。

 にもかかわず、壌は依然として無表情を決め込み何の言葉も発しない。

「“発炎刀(はつえんとう)”!!」

 刹那、イグネスが目の前から飛んで来―――手持ちの十字架に炎を纏うとそれを大きく振りかぶった。

 炎の十字架による直撃を受け、壌の体は叩き飛ばされ―――周囲で煌々と燃え盛る炎の中へと放り込まれる。

 イグネスは勝利をほぼ確信した。だが直後、彼は衝撃の光景を目の当たりにし唖然とした。

 炎の中から物影が見えたと思えば、壌は全身を炎に焼かれながら人間とは思えない強靭な体力と精神力でこの場を凌ぎ、平然とした顔で歩いてくる。イグネスは人間離れし過ぎている彼という存在に驚愕し、却って彼への関心を強める。

「丈夫な男だ。呆れたもんだ」

「どっちがかな」

「ん?」

「空から降ってくる炎も、十字架に纏った炎も、それに四方を覆い尽くす炎の壁も何ひとつ―――僕を倒す根拠にはならないよ」

 無味乾燥と減らず口を叩く姿にイグネスは異様に腹が立ち、十字架の持ち手を無意識に強く握りしめる。

 完全に上半身を剥き出しにした彼は止めどなく流れる血にも一切気を遣わず、自分が死ぬかもしれないという恐怖以上にイグネスとの戦いを欲し鎌を構える。

「根拠って言うのは、絶対的な存在そのものを指すんだ。君にその根拠があるとは思えないな」

「ふん。私をバカにしてると、ただじゃ済まんぞ」

「遊びはもう終わりだ。まずはこの鬱陶しい熱気を退かして僕のテリトリーを取り戻す」

 低い声で言うと、壌は目をより一層細め眉間に皺を寄せながら左腕を斜め上に大きく逸らす。イグネスは壌の行動を警戒し、十字架を構え直す。

「僕のテリトリーを取り戻す、だって?貴様にやれるのか。半死人のような貴様に」

 イグネスが尋ねると、不意に口角を釣り上げ壌は嬉々としてつぶやく。

「僕にはどうしても叶えたい夢があるものでね。それを叶えるまではくたばれないんだ。あの日、サムライ・ドラの息の根を僕自身の手で止めると誓った瞬間から―――君はそのための障害物のひとつでしかない」

「貴様・・・・・・」

 刹那、体を空中に浮かび上がらせ体の軸を大きく回転させた壌は両手の鎌から真空の斬撃を周囲にまき散らす。

蟷螂真空斬(とうろうしんくうざん)

 鎌から放たれる無数の斬撃は圧倒的な威力を誇った。イグネスの体のいたるところに切り傷が生じ、この状況に耐え忍ぶことも非常に厳しい物だった。

 攻撃が止んだ瞬間、イグネスは辺りを見渡し目を見開いた。真空の斬撃は四方を囲む炎の防御壁を掻き消し、いつの間にかドゥブロヴニクの街並みが眼前に広がっていた。

「炎の壁が・・・・・・崩れた・・・・・・!」

「さっきはよくもやってくれたね。君も僕並みに苦悶してみなよ」

「!」

 足下に違和感を覚えたイグネス。恐る恐る下を見れば、いつの間に赤い体色を持った小さくて奇妙な物体が無数に集まり動き回っている。よく見るとその正体は南米のアマゾンの奥地で見られるグンタイアリの群れ。アリたちはイグネスの体に纏わりつき、彼を覆い尽くそうとする。

「な、なんだこいつら・・・!!どっから湧いて出やがった!!」

 気味悪がる暇もなくアリたちは数の暴力でイグネスの体を這い上がる。体に纏わりつく虫たちを炎で退けようとするイグネスだが、その行為は却ってアリたちを逆上させその数を爆発的に増やし行動をエスカレートさせた。

「うわあああ!!!やめろ離れろ!!離れやがれ―――!!!」

 人が変わったように恐怖に戦く声を出すイグネスの体を、次第に赤み帯びた体のグンタイアリが群れと言う力で圧倒する。

「小動物だからと言って油断は禁物だよ。有象無象のグンタイアリに一遍に噛まれれば、気味の体はその毒に対応できない。さぁ・・・・・・宣告通り蟲の息になるといい」

 アリたちは決して錯覚などではない。壌が持つ特殊な匣(はこ)の中から召喚された正真正銘の現実であり、壌は離れたところから徐々にグンタイアリに蝕まれていくイグネスを不敵な笑みで見据える。

「うわああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 断末魔の悲鳴も虚しく、イグネスの顔面を覆い尽くしたグンタイアリは口腔内へと侵入し、その結果窒息したイグネスは仰向けになって倒れ―――やがて動かなくなった。

「僕としたことが、少々遊び過ぎたかな・・・・・・」

 魔術師として、一人の人間として最も惨たらしい死に様をさらす羽目になった彼の動かぬ死体を一瞥すると―――壌は踵を返し、火傷とそれに伴う出血からくる痛みに耐えながら体を引きずる様に退散する。

 

 壌の手によってイグネスが絶命された頃、キャリーサを連れてドゥブルヴニク市内を疾走していた幸吉郎たちは、神父たちの追っ手を逃れようと裏路地を中心に逃げ回る。

「あ、あの!あなた方は・・・」

「細かい事説明してる暇はねぇよ!!今は兎に角アイツらから逃げる!!」

 出会って数分もしないうちに生死を賭けた争いの被害者となったキャリーサは何とか事態を理解しようと周りに説明を求めるが、そんな余裕はないと幸吉郎は彼女を叱りつけ、背後から迫る神父たちを気にしながら人通りの少ない場所を選んで走り続ける。

 と、そのとき―――裏路地を走っていた彼らの前に唐突に怒涛の如く水が押し寄せ流れて来た。

「「「「「「「「うわああああ(きゃああああ)!!!」」」」」」」」

 水の勢いに圧倒され押し流された幸吉郎たち。全身をずぶ濡れした状態で裏路地から表通りに押し戻された彼らの前に姿を現したのは教団の神父たちと、それを率いる幹部魔術師―――アダマとシャテル。

「何も敵はイグネスさんたちばかりとは限りませんよ」

「そのイグネスの奴は無様にやられやがったがな。はは、いい気味だぜ!!」

「お主らは・・・・・・」

「ちっ。意外と行動が早いな」

「ええ。よく言われますよ」

 シャテルは非常に無味乾燥としていた。幸吉郎たちが悔しがる中、アダマの様に取り立てて感動する事もなく、ただ淡白に答え、水を加工した槍を作り出す。

「『一衣帯水』」

 それが技の名前として意味のあるものとは思えなかった。が、細かい事を無視したシャテルの水槍は高速回転を伴い幸吉郎たちへと飛んで行く。

 絶体絶命と思われた。覚悟を決めて潔く死のう―――誰もが諦めかけたときだった。

 カキン!

 流動する水からできた槍を弾く金属音。頃合いを見計らったように、スルジ山から戻ってきたドラが幸吉郎たちの危機を未然に防いだ。

「兄貴!!」

「おせぇんだよおめぇ!!何してやがった!!」

「しょうがないでしょう。意外と敵が面倒だったんですから」

 素直に喜びを表現できない昇流がそんな憎まれ口を叩くと、ドラは刀を肩に乗せながら目の前のシャテルらを見据える。

「涯忌さんは・・・・・・死んではいないようですね」

「いっそのことあいつも殺しちまえばよかったものの」

 ほぼ無傷の様子のドラの姿を見ながら、アダマとシャテルが仲間の死を期待する由々しき発言をする。

「こちとら殺すのも面倒だったんだ。でも安心しろよ、その気になったらいつでも殺してやるよ」

 彼らを不謹慎だとは微塵も思わず、内心そんなものだよな・・・・・・と諦観していたドラは乾いた声で自分もまた彼らと同じかそれ以上に不謹慎な言葉を吐く。

「あなた仮にもTBT捜査官ですよね。警察官もどきが公に殺人行為をしていいものなのでしょうか?」

 淡白にシャテルが何気なく思ったことを尋ねると、嘆息をついて開き直ったようにドラは言う。

「オイラはロボットだ。人権も認められない代わりに、犯罪を犯しても罪に問われないんだよ」

「ええええ~~~!!!そんな理屈ってありかよ!?」

 義兄の口から飛び出す過激な物言いに隠弩羅はそんな声を漏らし、愕然とした。基本的人権を持たないロボットであることを根拠に、彼は犯罪に対するハンディキャップは無いと主張した。

 ドラの口から飛び出す爆弾発言に隠弩羅を始め、幸吉郎たちも呆れを通り越して恐怖すら覚える中、アダマはつい口をすべらせてしまう。

「やれやれ・・・見た目以上にひでードラえもんだな、てめぇ」

 ゴン!

 言った瞬間、前方から飛んでくる何かがアダマの顔面に突き刺さる。顔の形を歪めるほどの強さで投げられたそれはドラの刀の鞘で、アダマは鞘を顔に突き刺した状態で仰向けに倒れる。

「あちゃ~~~・・・」

「ダメだよお前、それを口にしちゃ・・・・・・」

 事情を知らぬ神父たちを余所に、幸吉郎たちは「やってしまった」と言わんばかりの表情を浮かべアダマを哀れむ。無表情だったシャテルも額に汗が浮かぶ。

「おい・・・・・・そのフレーズを口にしたが最後、皆同じ末路を辿るって知ってるか」

 仰向けになって倒れるアダマに唾を吐き捨てると、どうしようもなく怒りを抑えがたいドラは形相を浮かべ、声を荒らげる。

「てめぇら全員・・・・・・死刑決定だぁあああああああ!!!」

 元ネタでからかわれることが嫌いであるドラ。基本的に老若男女問わずうっかり禁句を口にすると、誰彼かまわず鞘ブーメランと称した技で報復を仕掛ける。この常軌を逸した理不尽の塊のような存在に神父たちは臆し硬直する。

 直後、鞘ブーメランの被害を受けた哀れな男―――アダマは体を起こすと、怒り心頭に拳を固めドラに向かって殴りかかった。

「ロボットならロボットらしく人間様に従っていりゃいいんだよ!!」

 土を固めて作られた特注のパンチグローブが猛烈な速さで迫るも、ドラは苦も無く拳を避け、逆にアダマの下顎目掛けてアッパーパンチを繰り出した。

「ぐっは!!」

 敢え無く殴り飛ばされたアダマは、露骨にドラの怒りを助長し火に油を注いだ。

「バーカ!ロボットに従って生きてるのはむしろ人間の方だろうが!!」

「アダマさん、離れてください」

 魔術師が児童漫画のキャラクターに扮したロボットに圧倒されるなんて性質の悪い冗談だ、シャテルはそう思いたくなった。悪状況を回避しようと、彼は水を操り特大の砲弾を作り出す。

「『行雲流水(こううんりゅうすい)』」

 日本の四字熟語を技名に用いるシャテルの特大水泡弾が放たれた。

 ドラは不敵な笑みで刀を振りし、一閃した。

「・・・・・・ドチートですね」

 水の砲弾を糸も容易く真っ二つに切り裂きシャテルの意表をつき、あっと言わせると―――ドラは懐に手を突っ込み、閃光弾を取り出した。

「死刑執行までの猶予を与えてやる。こっちは何だかんだ忙しいんだよ。じゃ、そう言う事で!」

 無理矢理に話をまとめると、ドラはピンを抜いた閃光弾を上空へと放り投げる。これを合図に鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーは一斉に走り出汁、神父たちが強い光に照らされ視界を封じられているその隙に逃げ出した。

「く・・・・・・そおおおお!!」

 光に目をやられながら、自棄になった一人の神父が機関銃を乱射する。

 ダダダダダダ!!!ダダダダダダ!!!

「いって!」

「写ノ神君!!」

 偶然にも乱射した銃弾の一発が写ノ神の左肩を射抜き、彼はバランスを崩し転倒した。

 茜を始めが周りがその事に驚き焦りを抱く中、彼は自力で這い上がり左肩の出血と悶えるような痛みを堪え、光の壁が途絶えるまでに懸命に走り―――その場を凌いだ。

 

 

8月6日 午後7時34分 

オーストリア 星の智慧派教団・ウィーン支部

 

 失われた欠片とドラたちの行方を追っていた妖術師のカーウィンは、ヘルメスが見守る中―――地図に手を翳し長らく口を閉ざしていた。

 だがその後、急に手を地図から遠ざけ―――おもむろに声を発する。

「教祖。神父たちは引き上げさせてもいい」

「おや?よろしいんですかはい」

「私は出かけてくる」

 そう言って、おもむろにソファーから立ち上がり、カーウィンは外に出ようと歩き出す。

「もう一個の欠片の目星がついたんですねはい」

「・・・・・・・・・・・・」

「お土産楽しみにしておりますよはい」

 ヘルメスは掴みどころの笑みを浮かべながら、背を向け立ち尽くすカーウィンに深々と頭を下げた。

 考えても考えが読みづらいヘルメスの事を強く警戒しながら、カーウィンは自身の目的を達するため建物の外へと出ていった。

 ピピピ・・・・・・

 直後、ヘルメスのノートパソコンに向けて発進された映像が映し出される。ドラたちを取り逃がしてしまった死亡したイグネスを除く魔術師三幹部が罰の悪そうな顔を浮かべながら口を閉ざしている。

「イグネスさんは殺されてしまいましたか」

『申し訳ありません。こちらの戦力を一人欠くことになってしまって・・・』

「彼らがそれだけの実力者ということなら致し方ありません。イグネスさんも名誉の戦死だったんです。その魂は浮かばれるはずです」

 部下の死を悼む気持ちはあるようでない、あるいはないようである。ヘルメスはどちらとも取れる不気味な笑みを常に浮かべていた。

『教祖!あのクソ生意気な野良猫を俺にやらせてください!!』

『バカ!それ言うなら俺だって恥じかかされたんだ!!俺に任せて下さい!』

 ドラに辛酸を舐めら復讐心に燃える涯忌とアダマが積極的に名乗りを上げる中、ヘルメスは口角を釣り上げつぶやく。

「二人ともそう慌てずに。既にカーウィン殿が向かっています。ここは彼に任せましょう」

『し、しかし教祖様!』

『いいんですか、あんなワケの分からない奴に好き勝手やらしといて!』

 アダマは本来が部外者であるカーウィンを信用していなかった。不信感を募らせる彼の言葉を聞き、ヘルメスは嘆息をついて「おバカですねアダマさんは」と返す。

「まぁ狩りにたとえるのでしたらはい・・・イグネスさんたちは猟犬。カーウィン殿はハンター。そしてわたくしは、獲物が届けられるのを待つ王侯貴族とでも言いましょうか」

「王侯貴族、ですか?」

 シャテルが怪訝そうな顔で復唱する。涯忌とアダマは言っている意味が分からず困惑する中、パソコンの向こう側でヘルメスは「びゃーっははははは!!」と不気味に笑い上げる。

 

 

8月7日 午前5時19分

イタリア共和国 山岳地帯

 

 クロアチアを離れ、ドラたちは教団の追っ手から逃れるため近隣の国―――イタリアへと渡った。

 逃げる途中、神父の放った銃弾を肩に受け負傷した写ノ神の治療を優先し、ドラたちは隠弩羅の知り合いが暮らす場所を目指しレンタカーで山岳地帯を走行する。

「ううう・・・・・・」

「大丈夫ですか?」

 銃弾を浴びた写ノ神の容体はあまり良くなかった。早期の手当てで出血こそは収まったものの、その後体調を悪くし熱を出してしまった。しかも、銃弾は体の中に埋まっているため予断を許さない。

 成り行きで騒動に巻き込まれたキャリーサも写ノ神の容体を気遣い優しく声を掛け、無意識に彼に触れようとすると―――茜が露骨に手を払い夫である写ノ神から彼女を遠ざける。

「しっかりしてください、写ノ神君。私が付いていますからね!」

 キャリーサはやや不安げな表情を浮かべ、周りの男たちに尋ねる。

「あの・・・私は何か彼や彼女の機嫌を損ねる様なことをしたのでしょうか?」

「敢えて言やぁ、性質の悪い嫉妬だな」

 不安がるキャリーサを見かね、幸吉郎はそんな風に答える。

「本当にこの方角なんだろうな?」

「写ノ神君にもしものことがあったら、私はあなたをこのまま崖から突き落としますからね!」

「そのときはオイラも手を貸すよ茜ちゃん。全身をガムテープで巻きつけて身動き取れなくするサービスを奉仕しよう」

「そんなサービスいらんわ!!!ていうかいい加減俺の事信用してくんない!!」

 ぶつくさと文句を言いながら、一行を乗せた車は目的地へと到着する。

「着いたぜ!」

 一行が到着したのは、煌びやかで華やかな電飾が目立つアメリカンテイストの酒場で、看板には大きく「G’s Bar」と書かれていた。

 車を止め、一行が外に出ようとした直後―――

 ドン!

「きゃ!」

 突然、前方から銃弾が放たれ車のバンパーを直撃。キャリーサは思わず悲鳴を上げる。

「コラァアアアアア!!!」

 空気を振るわせるほどの甲高い声が上がると、ドラたちは店の前に立っていた一人の男に目を向ける。

「何断りもなく勝手に車止めてやがる!あああ!?」

 散弾銃を所持し、右目を眼帯で覆った老齢のガンマン。西部開拓時代のカウボーイを思わせる格好で男は見知らぬ彼らに敵意を向け怒鳴りつける。

「俺だよミスターG!」

「隠弩羅!!!」

 ドン!

「きゃ!」

 隠弩羅が声をかけた瞬間、ミスターGと言われた男は狂喜乱舞し、嬉しさの余り散弾銃をさらに発砲する。銃弾は昇流が借りた車のエンジンに直撃し、一瞬にして車は煙を上げてお釈迦となる。

「あああ!!!俺の車が~~~!!!」

「それより、なんで撃つんですか!?」

「相変わらずだな~」

 ある種ドラよりも危険な老ガンマンに激しく困惑する幸吉郎たちと、隠弩羅との再会に喜ぶ余り周りがやや見えていない様子のミスターGは狂った様に両手の銃を発砲する。

「よく来たがったなこのクソヤロー!!!」

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 両手の銃から発砲された弾は店の看板を直撃する。ミスターGは、自分の店が自分の狂気によって壊れることも厭わず、とにかく銃を撃ちたい衝動に駆られていた。

 

 ミスターGの奇行に振る舞わされながらも、ドラたちは彼が経営する酒場へと通される。表向きミスターGは酒場の店主だが、裏の世界では名の知れた闇医者でもあった。隠弩羅はミスターGに写ノ神の治療を要請し、彼はある条件でそれを承諾した。

 不安に駆られる写ノ神を手術台に乗せたミスターGは、彼を裸にしてから目の前でいきなりテキーラを口に含み―――それを寝ている写ノ神の傷口に対し吹きかけた。

「おいおい・・・あんたの唾液メチャクチャ入ってるけど。これ消毒になってるのか?」

 顔に吹きかかった酒とミスターGの唾液を含んだ汚物に苦い顔を浮かべながら、写ノ神はおもむろに尋ねる。

「素人は黙ってろ。にしてもそりゃ災難だったな」

「どうってことはないさ」

 写ノ神を黙らせ、ミスターGは銃弾を受け陥没した傷痕にピンセットを突っ込む。

「ぷはー!こっちも急に押しかけちまって悪かったにゃー。最近の調子はどうだ?ちったー死神が見えるようになったか」

 隠弩羅は店の酒を勝手に拝借し、協力の姿勢を見せてくれた知人に感謝しつつ長年の付き合いから来る憎まれ口の様な冗談をつぶやく。

「だはははははは!!!バカ言ってんじゃねぇよ!!こちとら年中ギンギンのバリバリだぜ!!」

「隠弩羅・・・・・・この爺さん本当に大丈夫かよ?」

 ますますミスターGへの不安を募らせ、写ノ神は露骨に顔を歪める。

「中身は元から狂っちまってるが、闇医者としての腕は確かだ。そうだろう、ミスターG!」

「へへ。人間見た目よりも中身が大事よ。それより隠弩羅、約束は守ってくれよな!!」

 すると、隠弩羅は茶封筒を取出し、「ほらよ。もってけ泥棒」と言ってミスターGへと差し出す。

 茶封筒を強引に受け取ると、ミスターGは急いで中身を確認する。写ノ神が怪訝そうに見守る中、ミスターGはあからさまに鼻の下を伸ばし笑みを浮かべる。

「へへへ。どうやら本物のようだな」

 茶封筒の中に手を突っ込み、ミスターGは封筒に眠っていたものをゆっくり取り出す。

 それを見た瞬間、写ノ神は絶句する。彼が取り出したのは―――美少女アニメキャラクターが描かれたポストカード。そう、これはつまり・・・・・・

「キュアムーンライトの限定プロマイド・・・確かにもらったぜ!!」

「おめぇもプリキュアオタクかよ―――!!!」

 と、思わず叫ぶ写ノ神。嘆く彼を笑いながら、ミスターGは写ノ神の中に入っていた鉛の弾を取り出し灰皿へと放り投げた。

 

 無事に写ノ神の体から凶弾が取り出され、出術が完了した頃―――駱太郎は用を足すため店の外に設置されたトイレへと向かう。

「あ~漏れそう」

 手作り感あふれるトイレの扉を開くと、そこには便器と呼べるものは無く穴の開いた必要最低限な板が下に敷かれているだけ。他にあるのはトイレットペーパーに、くずかご、それにポスターが数枚程度。

 未来での生活、しかも日本と言う限りなく生活水準がいい場所で暮らしていた所為か、あまりに落差のあるトイレに思わず溜息を漏らす。だが生理現象を抑えることはできなかったため、不承不承に妥協しズボンを下げ、蟹股で座り込む。

「ふう~・・・・・・」

 おもむろに用を足そうとした時だった。下の方からブーブーという奇妙な声が反響し駱太郎は不審に思い下を覗き込む。

「あん?」

 便器の底を凝視していると、まるでエサを求める様に複数の豚たちが駱太郎の出るべきものを待ち望んでいた。そう・・・・・・トイレが設置されているのはちょうど、バーと併設された養豚場の中でありミスターGは自らの排泄物を豚の餌として使っていた。

「おいおいよせよ・・・・・・勘弁してくれよ~~~~~~!!」

 このような仕打ちを受けるとは思いもしなかった。駱太郎はブタたちから執拗に用を求められ、激しく狼狽した。

 

 一方、店から少し離れた場所にある静かな渓谷で、謎の女性―――キャリーサは一人物思いにふけっていた。

「・・・・・・・・・」

 渓谷を眺めつつ、首からぶら下げた輝くトラペゾヘドロンの欠片をちょくちょく気にする。

 と、そのとき。背後から近寄る足音が聞こえる。振り返ると、歩いてきたのはドラだった。

「よっ」

「あ・・・どうも」

 軽い挨拶を交わすと、ドラはキャリーサの隣に立って嗜好品のブラックチョコを齧り―――それから彼女にこれまでの事を謝罪する。

「悪かったな。変な騒ぎに巻き込んじゃって」

「いえ。私は別に・・・」

「別になんだよ。気を遣わないで迷惑してますって言えよ」

「そ、そんな!私は迷惑だなんてこれっぽっちも!」

「じゃあ逆の事聞いてやる。これが少なくとも楽しいとお思いですか?」

 これを聞いた途端、キャリーサは板挟みにされてしまった。彼女は苦い表情を浮かべ、ドラの反応を過度に気にしつつやがて言う。

「あの、お世辞にも楽しいとまでは・・・・・・」

「だったら正直に答えろよ!!」

「す、すみません!!」

 ミスターGの奇行もさることながら、有無を言わさず理不尽なことを口走るドラにも翻弄され続けるキャリーサ。ドラに怒鳴られた彼女は、不安げな様子で首からぶら下げた欠片のアクセサリーをちょくちょく触る。

「そんなに大事なのか、それが」

 チョコを齧りながらドラが何気なく尋ねる。キャリーサは、一瞬きょとんとした顔を浮かべるが、やがて質問に答える。

「奇跡的な巡り合わせでした。私は、自分がどこで生まれてどうやって育ってきたのか・・・過去の記憶を持っていないのです」

「記憶喪失ね・・・」

「あるとき、夢の中で私は不思議な体験をしました。暗く閉塞感に満ちた重力だけが渦巻く世界で、私は長らく彷徨っていました。途方に暮れていると、突如光が漏れて・・・・・・私はその光を求めて無我夢中で走って、光の中に飛び込びました」

「ふ~ん・・・・・・」

 抑揚のない平淡な声を発し、ところどころで相槌を入れる。ドラは話を聞きながらチョコを齧る。

 キャリーサは話の中、欠片のアクセサリーを何度か触りその黒い輝きに目を奪われる。

「そこでお告げの様な声を聞きました。世界のどこかにあるというこの欠片を探せと・・・だから私は世界中を旅しました。中国・・・メキシコ・・・インド・・・ありとあらゆる国を回ってその土地の人々と触れ合いながら欠片を探し歩き」

「で、ようやく見つけたのがそれか」

「バルバラさんには無理を言ってお譲りしていただきましたが、自分でもなぜこれほどまでにこの欠片に執心するのか・・・・・・よくわからないのです」

 キャリーサ自身も黒い欠片を欲しがる明確な理由が分からなかった。ドラは素姓も知れず過去の記憶を持たない彼女をより怪しく感じる。

 やがて、キャリーサは欠片を服の中にしまい―――おもむろに踵を返す。

「そろそろ戻りましょう。ミスターが腕によりをかけて夕食を用意すると言っていましたし」

 ドラにそう言い残し、そそくさとバーへと続く帰路を目指し彼女は去って行く。彼女の後姿を見つめながら、ドラは何となく正体のわからない不安を抱き一人考える。

 

「はぁ~・・・・・・ひでー目にあったぜ」

 深い溜息をつき駱太郎は店先で腰を下ろす。先ほどの一連の出来事がすべて悪い夢であって欲しいと切に思っていると-――

 

 チャポン・・・

 

 塀の向こうから水が滴るような音が聞こえる。駱太郎は耳をそばだて、薄い板を通して聞こえるそれが入浴中の音であると直感する。

「へへへへ・・・・・・」

 嫌な事を経験したばかりの駱太郎は、できれば茜かキャリーサのどちらかが入浴している事を期待し、おもむろに塀の中を覗き込む。

「あ~~~・・・癒される~~~」

 次の瞬間、彼の視界に入って来たのは―――ドラム缶風呂を堪能する骨が見えるほどに皮が薄い老人―――龍樹常法の裸だった。

「だああああああ!!!!」

 目に毒な物を見た瞬間、駱太郎は塀から落ち厳しすぎる現実に落胆する。

 ドン!ドン!

「のああああああ!」

 そのとき、入浴中の龍樹の鼓膜まで響き渡る大音声。彼が驚く中、散弾銃で壁を突き破ったミスターGがおもむろに顔を出す。

「飯出来たぞ!」

 唖然とする龍樹。だが直後、我に返り「も・・・・・・もう少し普通にやれるんのかぁ!!」と、傍若無人な振る舞いを叱咤する。

 

「写ノ神君、傷の方は本当に大丈夫なんですか?」

「これぐらい何ともないって。かなり眉唾物だが、ミスターGに治療してもらったし大丈夫だろう!」

「とか何とか言って、もうとっくに改造されたりしてな・・・」

 夕食前。術後の容体を気にし茜が写ノ神を心配する中、彼自身は楽観論を唱え笑顔を振りまく。それを聞いた上で昇流は二人には聞こえない声でつぶやく。

 ドン!ドン!

「飯の時間だぞてめぇら―――!!!」

 ミスターGは散弾銃を無暗やたらと撃ち続けるが、周りも段々とこの光景に慣れ始めていた。彼は満面の笑みを浮かべながら全員に今晩のメインディッシュを提供する。

「へいお待ち!!特性ポークステーキだ!!」

「うわぁ、美味しそう!!」

「見るからにジューシーだぜ!」

 と、これを見て美味しそうだと思うキャリーサや幸吉郎たちを余所に、駱太郎は青ざめた顔となり鳥肌を立てる。

「新鮮な肉使ってるからな!たーんと食いな!」

 と、そこへ―――酒場の常連客と思われる人相の悪い男たちが店を訪れる。

「オヤジ!ビール3本だ!」

 ドン!

 言った瞬間、ミスターGはなりふり構わず散弾銃を発砲し男たちは思わず硬直する。

「客ヅラしてんじゃねぇぞ!!コラ!!」

 

【挿絵表示】

 

 この気迫に恐れを為し、男たちはそそくさと店から逃げ出した。新しい酒を手に取り、コルクを口で開け中身を少しだけ飲むと―――ミスターGは不満を露わにする。

「飲み屋に飲みに来るとは何事だ!」

「飲み屋だろここ・・・」

「細けぇこと気にすんなよ。だははははははは!!!」

 と、そこへ今度は遅れて来たドラが入ろうとする。

「あ~・・・腹減った」

 ドン!

「だあああああ!!!」

 ドラにも容赦なく発砲された凶弾。ミスターGの奇行は留まる事を知らない。

「ママのオッパイでもしゃぶってな!!」

 刹那、先ほどの行動と何の気なしに言い放ったミスターGの言葉に対し、ドラは怒りを制御できなくなった。

「このイカレジジイ!オイラの前でママのオッパイの話したら死刑って知ってるか!!」

「あ、兄貴!!止して下さいよ、こんな爺と一緒になって暴れるのは!!」

「おい爺さん!!こいつの前で見たことも無いおふくろのオッパイの話すんなよ!!ただでさえややこしいのに、余計にめんどくせぇよ!!」

 顔も分らない生みの母親の“オッパイ”の話をされると、ドラは元ネタでからかわれるぐらい嫌な気分となる。鞘から刀を引き抜き暴れ出そうとするや、幸吉郎と昇流が咄嗟に凶行を止めにかかった。

「そ、そうだ兄貴!!このポークステーキでも食べて落ち着こうぜ、な!!」

 怒り狂うドラを沈めようと隠弩羅は熱々のポークステーキを勧めてきた。これを見た直後、ドラは我に返り―――ポークステーキをじーっと眺めながらおもむろに尋ねる。

「これ・・・R君のウ○コ食べようとしたブタさんたちの成れの果て?」

「「「「「「「え、ええええ―――っ!!!」」」」」」」

「ど、ドラ!!!お前見てたのかよ///」

 信じがたいその事実に驚き、周りはポークステーキから距離を取り駱太郎はあの時の光景をドラが見ていたという事実に絶句する。

 しかしその後、じゅうじゅうと音を立てるステーキを見つめているうちドラは息を飲み、そして・・・・・・

「でもうまそうだな!!」

「「「だああああ!!!!」」」

 無神経にもほどがある奇想天外な発言だった。この場に居合わせた者が挙って脱力した―――そのとき、隠弩羅は邪悪な気配を感じとり額に汗を浮かべる。

「来た!!」

「え?」

「敵が来る!こっちの方に向かってやがる!」

「そ、そんな・・・・・・!」

「いくら何でも早すぎるだろ!」

 教団の追っ手が来ると聞かされ動揺する幸吉郎たち。

「こうしちゃいらねぇ!結界だ、結界を張ってここを守るしかねぇ!」

「ケツがカイイならなんぼでもかきゃいいだろうが」

 ミスターGは酒を飲みながら写ノ神に同意を求めるが、これを聞いた途端彼は唖然とし、やがて声を荒らげる。

「結界だよバカ!!あんた酒飲みすぎなんだよ!!」

「要するに防御壁がありゃいんだな。しょうがねぇ・・・・・・おい、おめぇらちょっとついて来い!」

 何を言い出したか、ミスターGはドラたちを店の奥へと案内する。

 その後、ミスターGから渡されたものを持ってドラたちはバーから四方へ数キロ離れた場所へと走った。

 彼らは東西南北に結界と称する四つの看板を設置する。いずれも工事現場や熊などが出没する場所に立て掛けてあるもので、中には「チカン出没注意」などあまり見かけないものも含まれていた。

「ふう。結界の展開完了。これで一安心だぜ!」

 と、隠弩羅が安堵のため息をつき額をなでる中、重たい看板を遠くから運んできたドラと幸吉郎は挙って怒鳴り声を発する。

「「な訳ねぇだろ!!」」

 と、そのとき。

「きゃああああ!!!」

 同行していたキャリーサの悲鳴が上がり、三人は恐怖に慄き腰が抜けた様子の彼女の下へ近づいた。

「どうした!?」

「あ、あれは何ですか・・・!」

「え・・・あ!!」

 隠弩羅を始め、ドラと幸吉郎も確かに見た。彼方にそびえる山の陰影と雲がある形を作り出している。それはおぞましき邪神そのものであり、不吉な前兆としてこれほど分りやすいものは無かった。

「まさか・・・・・・」

「ナイアルラトホテップ・・・・・・・・・・・・!!」

 固唾を飲み緊張感を抱くドラたち。

 そんな彼らへと近づく怪しげな影―――山中に身を潜めていたカーウィンは邪悪な笑みを浮かべ、襲撃のときを待つ。

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その26:オイラはロボットだ。人権も認められない代わりに、犯罪を犯しても罪に問われないんだよ

 

こんな話を聞かされて、どれだけの人が納得するだろうか・・・。ここで問題となるのは「だれが法律上の所有者か」ということだろう。「所有権」を持っている者は法的責任が生じるが、この場合の所有は果たして・・・。(第23話)




次回予告

隠「満を持して現れる妖術師の子孫。その強さは半端じゃねぇぞ!!」
ド「今までの魔術師とは格が違いすぎる!幸吉郎たちがまるで手も足も出ないなんて・・・・・・こうなったら、オイラが止めるしかないな!!」
ミスターG「次回、『時を越える妖術師』。全世界よ、俺たちの活躍に括目しやがれええええ!!!」
キャリーサ「あの、どうしてミスターはそんなにもテンションが高いんですか!?」

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