サムライ・ドラ   作:重要大事

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龍「拙僧は鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の第四席を務める龍樹常法(たつきつねのり)と申す。古の果て、インドで栄えたサータヴァーハナ朝の保護のもと大乗仏教を伝えた高僧、ナーガルジュナの末裔じゃ。拙僧自身の宗派は高野山真言宗。伝法阿闍梨(でんぽうあじゃり)という位にある」
「長生きをすると様々な未知や出来事に遭遇するが・・・よもやロボットの魔術師と一緒にかのような事件に巻き込まれるとは思わなかった。それにしても、ドラと言い隠弩羅と言い、何故魔猫という生きものはそろいもそろって世間ずれした奴らなのじゃろう」


城壁街の戦い

8月6日 午後7時27分 

小樽市 居酒屋ときのや

 

「へぇ~。ドラさんたち、有給休暇取ったんですか」

「ああ」

クロアチアへと旅立ったドラたちがいない料理酒処“ときのや”。いつもの様な喧騒すぎるぐらい喧騒とした雰囲気が嘘のように、今日は一般客と杯夫妻がいるだけ。

カウンターに座りビールを飲む彦斎の顔や腕には奇妙な痣と傷が多数見受けられ、彼の顔にはいくつもの絆創膏が貼られている。隣に座る真夜は、クスクスと笑っている。

時野谷は破顔一笑すると、調理中の料理の火加減を見ながら彦斎に語りかける。

「で。ぬか喜びしたその日の朝にコーヒー頭にかぶっちゅったり、画鋲踏んづけちゃったりと」

「あとはそうね・・・・・・小太りのおばさんに痴漢と間違えられたんだっけ!!」

聞いた瞬間、ドンとグラスを台に強く叩きつけ、彦斎は不機嫌となった。

「もういい!真夜もなんだ、他人事だと思って面白そうに言いおって!」

「ははは。ゴメンゴメン!」

「何にしても災難でしたね。ドラさんたちが居ないからって、どっかで悪口でも言ったんじゃないですか?」

 時野谷からの指摘を受けると、彦斎の顔が露骨に渋い物と化す。

「やっぱり・・・・・・あれがまずかったのかもしれん」

 有給届が出された日の朝。彦斎はドラたちが居ないという事実に浮足立っており、つい彼らの悪口を言い、その結果―――呪いにでもかかったような悲惨な目に遭ったという。

「どうせあなたのことだから、ダニとかヒルとかって言ったんでしょう?」

「しかし事実でもあるだろう・・・」

夫の考えを容易に見透かす真夜。彦斎が複雑な心境を抱えそれでも言い下がると、彼女はカップの日本酒を口にしてから自分の考えを言う。

「ドラは確かにそうかもしれないけど、茜ちゃんまでそれに含んでるんじゃないでしょうね?私、あの子のこと実の娘みたいに思ってるんだけどな」

「で、実の息子の事は気に掛けていないと」

「まさか!昇流は私たちの宝よ!だからこそ、ドラに預けるべきなのよ。ドラがいるなら絶対安心よ!!」

自由奔放だが、母親としての自覚は持ち合わせており―――真夜は20歳という節目を迎え大人として認められた昇流の事を誰よりも大切に思っている。そんな大事な息子ゆえに自分たち以上に頼りになる存在―――サムライ・ドラに預ける方が安全であり安心だと考えている。いわば、ドラは杯家にとっての重要な宝物を守る堅牢無比な金庫の役割を担っているのだ。

「真夜さんは随分と信頼しているんですね。ドラさんのこと」

「ええ。ドラもうちの家族の一員だから。それに、あれの育ての親のこともあるし・・・尚更ね」

カップ片手に彼女がしみじみと語ると、聞いていた彦斎と時野谷は急に大人しくなる。

店の中で反響するのは、職場での不満を抱え酒の力で鬱憤を晴らそうとする中年サラリーマンたちの声。

しばらくの間口を閉ざしていた時野谷だが、料理が出来上がったのを頃合いに杯夫妻に口を開き、つまみのサービスを提供する。

「これどうぞ。サービスですので御代はいりません」

「あらそう。ありがとう」

「遠慮なくいただくよ」

ドラたちがいない“ときのや”では、いつもとは少し違う静かな大人たちの会話が繰り広げられ―――ゆったりとした時間が流れる。

 

 

8月6日 午後0時17分 

クロアチア 某所民宿

 

日本が夜を迎えた中―――クロアチアでは7時間分時を巻き戻すため、太陽の高さが一日のうち最も高くなる正午に達し、人々は昼食の時間を満喫している。

「ん・・・・・・」

魔術を発動した直後、全身からオイルを噴き出しそのまま長い事気絶していた隠弩羅は意識を取り戻し、重い目蓋を開ける。

サングラス越しに見た光景は―――見知らぬ建物の天井であり、かたわらにはドラを始め鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーと昇流が心配そうに見つめている。

「気が付いたか」

「大丈夫かよお前?」

皆に声を掛けられると、隠弩羅は重い体をゆっくりとベッドから起き上がらせ、低い声で尋ねる。

「・・・どこだよここ?」

「近場の宿だよ。ったく・・・無駄に経費使わせやがって」

「それよりさっきのは何だったんだ?いきなり体から油噴き出すなんてよ・・・」

吝(やぶさ)かな性格のドラの愚痴はともかく、写ノ神が率直な疑問を抱き問い質しすと―――隠弩羅は自らを嘲笑う。

「魔術を使った副作用ってところだ。俺りゃな、魔術を使えない魔術師(・・・・・・・・・・)なんだよ」

「はぁ?」

「意味がわからねぇ。なんで魔術師のくせに魔術が使えねぇんだ?」

「それは隠弩羅が科学世界の産物だからだよ」

メンバーの多くが隠弩羅の話した言葉の意味が分りかね疑問に思っていると、この中で義弟の話を理解していたドラが口を挟む。

科学世界の産物ゆえに魔術が使えない―――幸吉郎たちは首を傾げ益々意味が分からないと言った顔を浮かべる。困惑する彼らを見、ドラは話を掘り下げ詳細を語る。

「根本的な話をするとだね・・・科学とオカルトはスタンスと言うものがまるで正反対なんだ。魔術はオカルトの領域であり、そこには独自の世界法則が存在する。科学と魔術・・・違える二つの世界の法則はお互いにとって毒であり、本来ならば癒着しちゃいけないものなんだ」

科学技術の世界には「隠された性質」がない。それに反発するようにオカルト・ブームは科学に対する「不満」を表現している。そのオカルトを最も強烈かつ顕著に示した魔術は科学の対概念であり、互いに交わることを許されないものだった。

「つまり、ロボットである俺が魔術を使うことはそれだけで俺の体に猛烈な負荷をかけちまうってことだ」

「それでさっき、拳銃で迎撃してたって訳だ」

イグネスからの追跡から逃れる際、隠弩羅が魔術ではなく拳銃を使用していたことを幸吉郎が思い出し、合点がいった。

「だから俺は滅多な事じゃ魔術を使う訳にはいかねぇのよ。安易に使うと、さっきみたいに体中からオイル噴き出して、そのままお死(ち)んだ!」

「そりゃ・・・随分めんどくさい話だな」

「死ぬって言うより、壊れるんだろ?」

「で、そんな命を削る危険な魔術を使って得られたものがあったのか?」

嘆息を突いてから昇流が尋ねると、隠弩羅は首肯しその結果を公表する。

「あの店で欠片を買ってったときの映像を垣間見た。欠片を購入したのは若い女だ。どうやらこの辺りの人間らしい」

「どうして分かるんだよ?」

「この先にあるフェリーに乗って行く映像まで見れたんだ。そこから先はわからねぇ」

「欠片を買ったって言う女の特徴は?」

すると、隠弩羅はベッドに横たわったままスケッチブックに頭の中で見た女性の特徴をありのままに描き始める。

「えーっと・・・髪の毛が紫色のセミロングで、顔がやや面長で、丸っこい眼鏡をかけてたな。あ!それから二重瞼だった・・・・・・」

覚えている特徴の全てを一枚の紙に描き出す。その様子は真剣そのものでありドラたちは隠弩羅の作業を、固唾を飲んで見守る。

そして、待つこと数分。隠弩羅は完成した似顔絵を一度見てから、ドラたちに公開する。

「こんな感じだ!」

出来上がった似顔絵を見たドラたちは、たちまち言葉を失った。

彼が描いたのは似顔絵の息を越え、漫画のキャラクターを描く様に目がやたらと大きく、鼻はそれとは対照的に小さくデフォルメされたイラストであり、その描き方を見た瞬間全員が悟った。この絵は完全に隠弩羅の趣味嗜好が色濃く反映されている・・・・・・と。

刹那、ドラはスケッチブックを取り上げると、隠弩羅の顔面をスケッチブックで殴りつけ大喝した。

「プリキュアっぽいイラストで説明してんじゃねぇぞ!!」

「ぶっは!!」

 

 

スプリト フェリー乗り場

 

クトゥルー神話で語り継がれる無貌の神ナイアルラトホテップ復活に必要不可欠なアイテム・輝くトラペゾヘドロン。その失われた欠片を追い求めて、ドラたちはスプリトから出向するフェリーへ乗り、アドリア海の島を目指す。

「白い綺麗な船だな!」

「一日9便あるみたいだよ」

 フェリー乗り場へとやってきたドラたちの眼前に現れる「JAROLINIJA」と言うアルファベットが刻まれた純白の連絡船。

 搭乗券を係員に見せると、船まで続くエスカレーターを上り、アドリア海を一望できる船のブリッジへと向かう。

 そして、間もなくしてフェリーが汽笛を鳴らし出航。一行を乗せたフェリーはスプリトを離れ、乗客をこの先に浮かぶ島々へと誘う。

 フェリーから一望するアドリア海は、ドラたちが知る海の常識を覆すが如く一際異彩を放つばかりか、それが本当に海であるかを思わず忘れさせるほどの美しさをありありと見せつける。紺碧の海が太陽によって照らされ反射するたび、彼らは小樽ではなくクロアチアにいることを実感する。

「ところで、見えたのは船に乗ったってことだけなんだよな?観光客だったらどうするんだよ?」

「それなんだよな問題は。もうちっと覘ければ良かったんだが、それ以上やってたら身が持たなかったにゃー」

 欠片の購入者がフェリーに乗ったという事実は確認できた。だが、それがもしも観光客でなかったら―――ドラが不安を抱く中、隠弩羅も同じ不安を抱きつつ地元の人間であることを強く切望する。

そんな折、昇流は怪訝そうに隠弩羅の事を眺めると―――彼の中で納得のいかない事、不審点を見つけだし鋭く言及する。

「なぁ。お前さっきかなりの勢いで油噴き出してたよな。何か普通に元気そうだな」

昇流が言うと、幸吉郎たちも不思議に思い一斉に隠弩羅を見る。指摘された通り、隠弩羅は先ほどの怪我がまるで嘘のように元気溌剌で、怪我の後さえ見受けられなかった。

「確かに・・・・・・妙な話ではあるよな」

「隠弩羅。お前どういう体の構造してんだよ?」

「ああ、それはだな・・・」

皆から向けられる疑問に隠弩羅はどう答えるのが妥当か、判断に迷い露骨に顔を引き攣り困惑する。

それを見て、ドラは懐から嗜好品のブラックチョコを取出し、おもむろにひと口かじりし彼の代わりに答える。

「隠弩羅は貧弱だけど、肉体再生(オートリバース)っていう特殊な能力が備わってるんだ」

「何だよそれ?」

「魔法使いが使う力・・・魔力の源は多くの場合魂と直結しているんだけど、こいつは体の中で飼ってる式神を飼っていて、それを魔力の供給源としているんだ」

「式神が魔力の供給源なのか?」

「ま。俺も好きで飼ってるわけじゃねぇんだが・・・・・・」

言って、隠弩羅はサングラスの位置を微調整する。

「そいつは魔術を使った副作用で俺がダメージを負うと、自動的に肉体の回復を促してくれる。それでも、あんまし便利な力でもねぇけど」

それが隠弩羅の口から話された真実だった。元々論理や理屈では説明のつきづらい存在に更により複雑怪奇な事実が重なった。

幸吉郎たちは呆然とし、思わず苦笑する。

「あははは。何か色々無茶がある設定だな・・・・・・」

「ネコの魔法使いというだけでも十分無茶な設定だと思うがな」

「私たちが知っている魔法使い絡みのネコと言うと・・・魔女宅のウィズぐらいですからね」

「そりゃモバゲーだよ!!魔女宅はジジ!!」

茜の中で知識が混同し、思わず飛び出す天然ボケに隠弩羅は鋭いツッコミを入れた。

そのとき、フェリーの周りをカモメが浮遊し―――人々の興味をそそる。

「うぁ~カモメ近い!」

「まるで船を案内してくれるみたいだぜ」

そうして、カモメに導かれる事1時間。スプリトのおよそ12キロ先に浮かぶ島、ブラチ島の街が見えてきた。

 

 

ブラチ島 スティヴァンの港

 

ブラチ島は1万3千人が暮らす島。面積は、ダルマチア諸島中第3位となる396平方キロメートル。一見のどかに見えるが、そこは古より石灰岩の産地として世界に名を馳せた島である。

港へ下りたドラたちは、石灰岩の島であることを象徴する白を基調とする様々な建築物を前に、その荘厳さと汚れの無い白さに魅了される。

「綺麗な家がいっぱいですねー」

「これみんな石灰岩で出来てるんでしょ。いや大したもんだよ」

ドラも思わず感心してしまうほどの美しさだった。

ブラチ島は上質な石灰岩の産地で、硬くて色が真っ白なために古代ギリシャやローマ帝国など、世界中で建築物に利用されてきた。

トルコ、イスタンブールのアヤ・ソフィアや、ベネチアのドゥカーレ宮殿などにもブラチ島の石灰岩が使われたと伝えられている。

しかし観賞に浸るばかりにもいられなかった。ドラたちはもう一つの欠片を探すため、隠弩羅が見たという女性の似顔絵を頼りに雲をつかむ人探しを開始する。尚、似顔絵は事前に昇流の手により修正を加えられた。

 

「こんな顔の人見たことありませんか?」

「さぁ・・・・・・知らないわ」

「髪の毛がセミロングでさ」

「俺の女にしてやってもいいんだけどな!」

「そう言う事聞いてねぇんだよ!!」

各地に別れ探し始めたドラたちだが、相変わらず捜査は難航し―――未だに芳しい成果を得られず時間ばかりが過ぎた。

30分が経過した。各々は待ち合わせ場所へと戻り、厳しい現実に深い溜息を漏らす。

「やはり見つからないですね」

「そもそもこの似顔画信用できるのか?」

「おいおい!この期に及んでまだ信じてねぇって言うんじゃねぇだろうな!だったら、何のために俺が痛い目に遭ったかわかったもんじゃねぇ!」

「ところで、ドラと幸吉郎の奴はどこだよ?」

集合場所に戻っていないのは、ドラと幸吉郎の二人だけ。よりにもよって鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の隊長、副隊長が不在という由々しき事態に昇流は呆れ果てて言葉も出なかった。

おもむろに携帯を操作し、昇流は遅れている二人に連絡をつける。

プルルル・・・・・・ガチャ

『もしもし?』

聞こえてきた幸吉郎の声を聞き、昇流は低い声で尋ねる。

「お前ら集合時間とっくに過ぎてんだろ。今どこだよ?」

『ああ、それなんですけどね・・・ちょうどいま手が離せない状況でして』

『もう少ししたら戻りますから』

 間に入って来たドラの声。一体何をしてんだよ・・・・・・そう思った矢先、

 ブツ・・・・・・ツーツー

昇流は電話を一方的に切られてしまった。

「お、おい!・・・・・・あいつら。せめてどこにいるかぐらい教えてくれてもいいだろう」

「それならさっきメールが返って来ましたよ。クレサルスカ石工学校にいるそうです」

 言って、茜はドラから送られてきたメールの文章を昇流に見せ、それを見た瞬間―――彼はドラのとった行動に立腹した。

「あのバカ猫・・・何でわざわざメールで伝えるんだよ!?俺に直接言えば済む話じゃねぇか!!」

隠弩羅は「やれやれ。いかにも兄貴らしいな」と言い、何事にも素直になれず回りくどいやり方を好むドラの思考に呆れ返った。

 

 

ブラチ島 クレサルスカ石工学校

 

コンコンコンコンコン・・・・・・

ノミとハンマーだけを使い、作業場に集まった若者たちが黙々と石灰岩を削る。

クレサルスカ石工学校は古代ローマ時代からの伝統の道具を使い、石に細工を施す高い技術を学べるヨーロッパで屈指の専門学校。今や、ブラチ島の島民だけでなく世界各国の若者がその技を競い合っている。

「へぇ~、君ら筋がいいね」

「うんうん!TBT捜査官してるなんてもったいないくらい!」

石工学校の生徒に交じり、本来の目的を忘れドラと幸吉郎は何かに取り憑かれた様に石灰岩を削る事に夢中だった。

「ふふふ・・・こういう地味な作業は意外と得意だったりして」

「おお、やべぇ!俺の中に新たなインスピレーションが湧いてきやがった!!兄貴、俺やりますよ!芸術は爆発だぁ!!」

「何が芸術は爆発だよ!!」

そのとき、幸吉郎のボケに対し写ノ神が鋭いツッコムを入れた。気が付くと、駱太郎たちが二人の下に集まっていた。

隠弩羅は深くため息をつき、事の重要性を理解していない様に思える二人を厳しく叱咤した。

「ったく。こんなところで油売りやがって・・・おい!真面目に探す気あんのか!?」

「探してたさ。その過程でここに来たんだよ」

「そしたらここの連中に体験していかねぇかって誘われて、今に至るという訳だ!」

何を言おうとこの二人には馬の耳に念仏だった。溜息ばかりを漏らす中、茜は石灰岩をノミで削るという作業に興味を抱く。

「何だが、とても細かそうな作業ですね」

「下書きをして、底をとんとん削っていくんだよ」

と、そのとき―――「おお、やっておるな!」という声が聞こえ振り返ると、この石工学校で働く男性教師が作業場へ足を運んだ。

駱太郎はおもむろに近づき、「トグロユトロ」という現地の言葉で話しかけてから、手帳を見せ―――おもむろに尋ねる。

「なぁおっさん。こんな顔の女のこと、知ってる訳ねぇよな」

ダメで元々と思いつつ、探している女性の似顔絵を見せ聞いてみた。

「ああ。それなら知ってるとも!」

「はぁ・・・やっぱりダメか」

肩を落とし諦めて帰ろうとした瞬間、全員は先ほどの言葉に耳を疑った。

「「「「「「「知ってる(・・・・)!!?」」」」」」」

吃驚した声を出し、振り返るや否や教師の下へと詰め寄り、慌ただしく「どこで!!」と声を揃え問い詰める。

「彼女はここの卒業生である俺の親友の上さんだよ。ときどき差し入れを持って来るんだ」

「ま、マジかよ・・・・・・!!」

「何たる幸運・・・お主、この者の名前は分かるか!?」

 思ってもいなかった幸運が舞い込んだことに狂喜乱舞しつつ、龍樹は似顔絵を指さし女性の名を尋ねる。

「バルバラだよ。この島から5キロ離れたフヴァル島にあるベネディクト修道院で働いている」

情報を入手した暁、ドラたちは一目散に学校を飛び出し―――フェリー乗り場へと直行する。

だが、そんな慌ただしい足取りを見守る謎の影が、学校の近くに潜んでいたことに彼らは誰一人気づいていなかった。

 

 

午後2時00分 

フヴァル島 フヴァル港

 

ブラチ島からおよそ5キロ先に浮かぶ島―――フヴァル島。港に着くと、ドラたちの目に三角の帆を張ったヨットによく似た船が飛び込んできた。

「ありゃダウ船?」

「ジャンク船とも違うか」

 と、過去の時間の人間である幸吉郎と駱太郎がそんな風に言うので、昇流は何となく悲しく思えた。

「どっちも世界史的には重要な用語だけど、全然違ぇよ」

「じゃあ長官さんはあれが何だか知っているんですか?」

と、茜が尋ねる。昇流は鼻息を漏らし自信満々に答える。

「ありゃガイエタつってな、クロアチア中部に伝わる伝統の船だ」

ガイエタが作られるようになったことで、クロアチアでは一日に80キロ以上の航行が可能になり島と島を自由に行き来できるようになったという。

16世紀、ガイエタはニシンやオリーブオイル、ハーブなどを運ぶ輸送船として活躍し、アドリア海での交易に重要な役割を果たしていた。

アドリア海は古来、東西交易の中心であった海の十字路。対岸にあるイタリアに比べてクロアチアにはたくさんの島や港町があり、水や食料の補給がしやすいことから商船の多くはクロアチア側を通っていた。ガイエタの機動力は海洋交易の要衝としての発展を飛躍的に伸ばしたのだ。

「多分当時はいっぱいあって、カラフルで綺麗だったと思うぜ」

しみじみと昇流が語ると、隠弩羅は気味が悪そうに彼を見つめ―――「おい待てよ!」と声を荒げ、周りに尋ねる。

「なぁこいつバカキャラじゃなかったのか!?クロアチアの事も碌に知らないはずだろ・・・!?」

「ボトルシップ絡みで船に関する雑学は人並み外れてるのこの人・・・」

「神様はどんな虫けらにも取り柄を与えてくれるということですね」

「神様褒めてねぇだろ絶対・・・!!」

茜のさり気無い毒舌を昇流は聞き逃さなかった。だが同時に大人の対応をしようとも思ったらしく、拳をぎゅっと握りしめ怒りの感情を抑え込んだ。

 

 

フヴァル島 ベネディクト修道院

 

港を出発し、ドラたちは欠片の購入者バルバラの勤め先であるベネディクト修道院を目指した。

数分後。目的地へ到着すると、緊張の面持ちで一行は修道院の扉を潜る。

「こんにちはー」

「ようこそいらっしゃいました」

 修道院で働くベテランのスタッフが笑顔で出迎えると、ドラは手帳を見せ、素性を明かしてからおもむろに尋ねる。

「あのつかぬ事お尋ねします。こちらにバルバラさんという方はいらっしゃいます?」

「ええ。ただいま席を外していますが、もう間もなく戻ると思います。お待ちになりますか?」

バルバラが戻る間、ドラたちは修道院の奥で待機を決め込む。

奥へと誘われた際―――茜は机の上にいくつも並べられたアラベスク風の幾何学模様を作り出すレース編みの装飾に目を奪われる。

「うわぁ~~~・・・きれいですね!とっても細かいです」

茜が魅了されると、男たちもまた同じように精密に編まれたレースに感嘆とする。

「確かにきれいな柄だな」

「なんか雪の結晶みたいだ」

「これらは、すべてここで働く修道女が編んだレースです。彼女たちは下絵を描かず、頭の中だけでデザインを考え、複雑な模様を描くのです」

 スタッフが話す内容に全員は耳を疑った。下絵も見ず、糸と糸を複雑に絡み合わせた幾何学模様を作り出せるはずがない―――思わずそう言う観念に取りつかれてしまう。

「この島にしかないこの技術(わざ)は、現在ユネスコの無形文化遺産に指定されています」

「ほう~そいつはすげぇぜ!!」

「ベネディクト修道院の女性にとって、レースを編むことは神への祈りを捧げることに他なりません。そのため、外部の人に決して見せることが出来ない門外不出の技になっているんです」

フヴァル島に伝わるレース―――元々は漁師が網の編み方を修道女に教えたことで誕生したと伝えられている。その証拠に、作られるレースは漁師が使う針を使って編まれているのである。

「ちなみにこのレースに使われている糸ですが・・・こちらを使用しております」

 スタッフは建物の奥から糸の原料を引っ張り出し、ドラたちに見せてくれた。

「葉っぱ?」

 見せてくれたものは―――先が鋭く尖り、縁にトゲを持つ厚い多肉質の葉からなるアロエの様な植物で、ドラたちは順番に手に取り訝しげに覗き込む。

「これはリュウゼツランという植物です。元々中南米原産の植物で、その葉からとれる丈夫な繊維は、かつて船を繋ぐロープにも使われていました。修道女は自由に外出ができなういため、毎朝農家の方がこれを届けてくれるのです」

 ドラたちは深く感心した。聞くところによると、葉から取り出される繊維はわずか0.2ミリメートルほどで、極細の繊維が葉の内側にぎっしりと詰まっている。そして、一枚の葉から取り出される繊維の長さはおよそ1000メートル分だという。

 

レースに関する歴史と教養を学び終えてからしばらくして―――ドラたちが待ち望む女性、バルバラが修道院へと帰還した。

「お待たせしました」

「あなたがバルバラさん?」

「はい。そうです」

 バルバラが現れると、全員は固唾を飲んで彼女を見る。ドラは手帳を見せ事情を簡潔に説明した。

「そうですか・・・・・・」

 話を聞いた後、バルバラは何故かドラたちの事を罰の悪そうな顔で見る。やがて、駱太郎が持っている欠片を見ながら、閉ざされた口を開ける。

「・・・・・・確かに、これと全く同じものを2か月前に購入しました。ですが、今は私の手元にはありません」

「な、ない!?」

「どうしてですか!?」

衝撃の報せに全員が目を見開き、耳を疑った。

「先日ここを尋ねた私の友人が凄く気に入ってしまって、どうしても欲しいという熱意に負け渡してしまいました・・・・・・ですから私はもう欠片を持っていません」

「そ・・・・・・そんなぁ~~~~~~~///」

ここまで来てこのような理不尽があっていいのか・・・・・・隠弩羅は深く絶望し、全身からマイナスのオーラを放出する。

他の者たちもすっかりやつれてしまい、どうせ俺なんか・・・・・・という言葉を口にし出すようになり、バルバラは罪悪感に心が痛んだ。

「あの、お気を悪くされてのなら謝ります。えっと、恐らくこの状況から察するに皆さんは私の友だちがどこに住んでいるのかが知りたいんじゃないかと思いますが・・・どうでしょう」

 察しがついた彼女が気落ちするドラたちにそのように言ってきた。

「はい!そりゃ是非とも!!どちらにお住まいなんでしょうか、あなたのお友だちと言うのは!!」

途端、話を聞いた昇流は彼女の手を握りしめ、美しい肌の彼女を情熱的に見つめ言う。バルバラは些か昇流の行動に驚き、目と目を合わせるのが怖かった。

「ちょっと、ちょっと!!近いよ長官!!」

「相手が美人だとすぐこれだもん・・・」

ドラたちは下心が垣間見れる昇流を厳しく諌める。昇流から離れると、バルバラはほっとして安堵の溜息を漏らし、改めて皆に情報を提供する。

「ここをさらに南に下ったところにドゥブロヴニクという街があります。友人はそこでアクセサリー店を経営しています」

「で、名前は?」

「キャリーサ・フランチャスコ―――23歳です」

 

 

同時刻 星の智慧派教団・臨時待機所

 

クロアチアの某所。待機所でヘルメスからの報告を待って身を潜めていた教団の神父たち。

プルルル・・・・・・

イグネスが煙草を吸おうとした直後―――携帯が鳴り響き、彼はおもむろにヘルメスからの電話に出る。

「はい・・・・・・了解」

報告を受け、イグネスは煙草を取出し報告する。

「ドゥブロヴニクに向ったそうだ。準備を急げ」

報告を受け、神父たちが慌ただしく車の用意を始める。ほどなく準備が整いイグネスと涯忌が搭乗しようとすると、

「おい、俺も行くぜ!」

アダマが現れイグネスに強く言う。聞いた瞬間、イグネスは「お前みたいな図体のデカイのが乗ったら窮屈だろ!」と不機嫌そうに答える。

「それに、足臭いんだよお前」

「な・・・・・・」

アダマを嘲笑った一言だった。イグネスの言い放った言葉に耳を疑う中、車はアダマを置いて待機所を出発する。

「おい、ちょっと待てー!ちゃんと毎日風呂入ってるぞー!!」

怒鳴りつけても屁の河童。イグネスと涯忌は待機所を出発した。アダマと共に待機所に残ったシャテルはこれについてコメントする。

「ズビズバ言いますね、イグネスさんは」

「あの野郎・・・第一補佐官だからって図に乗りやがって・・・・・・」

「まぁ。ここはお手並み拝見といきましょうよ。僕たちは二人の分まで、午後のティータイムを楽しみましょう」

血の気が多く直情的になりがちなアダマとは対照的に、シャテルは達観した意見を述べる。微妙そうな表情を浮かべたのち、アダマも不承不承に待機所へと戻った。

 

 

午後3時49分 

クロアチア最南部 ドゥブロヴニク

 

“アドリア海の真珠”と讃えられる街、ドゥブロヴニク。高さ25メートル、周囲2キロの城壁に囲まれた旧市街は、そのすべてが世界遺産に認定されている。

バルバラからもたらされた情報を下にドゥブロヴニク市内へと足を運んだドラたちは、見上げるほど高い城壁を見ながら街の中心を目指し歩く。

「真(まこと)にこれは、悠久の歴史を垣間見ることができるのう」

「ええ。世界遺産って認定されることはありますよ!」

そうして、城壁を抜けメインストリートであるプラツァ通りに出ると―――

「うわぁ~、ここが街ですね!大分開けてます!」

「はるか昔にタイムスリップしたみたいな感じがするぜ!」

多くの人が行き交う開けた道。当時の面影を残しつつ、今との調和を図る街並みに八人全員が感動する。

「見て下さいよあの辺も」

中でもドラたちが驚いたのが、地面に敷かれた石畳だった。

「歩いてる人の姿が映ってるぞおい!」

「鏡みたいだな!すげぇキレイだにゃ~」

均一かつ計算されて配置された石灰岩の石畳は、プラツァ通りの代名詞だ。石灰岩の石畳は実に何百年以上かけてここを歩く人々によって磨きかけられてきたもの。そのため、ピカピカに磨き上げられた石畳に光が反射すると人々の陰影が映し出されるのである。

ドゥブロヴニクはかつて地中海貿易で繁栄した都市国家であり、最盛期の16世紀にはベネチアに匹敵するほどの富を築いていた。その秘密は、ここから南がオスマントルコが支配するイスラム教圏であり、その境にあるキリスト教圏の最後の寄港市として船が必ず立ち寄る街だったからだ。

だがこの街は嘗て、失われかけていた。プラツァ通りを歩いていたドラたちは偶然にも、街で起こった戦禍について熱く語るガイドの姿を目撃し―――他の観光客に混じってその話を聞いた。

「この地図は、当時の内戦によってドゥブロヴニクが破壊された時の地図です。地図の上にある沢山の印は、砲弾によって破壊された場所を示しています」

地図上に表記された赤や黒などの印はすべて、砲弾によって破壊された場所を示しており人々はその話をしみじみとした表情で聞き入っている。

「およそ2000発の砲弾が街に落とされました」

これはフィクションによる脚色ではなく実際の話である。ドゥブロヴニクは歴史上戦禍に見舞われ、失われかけたのだ。その原因となったのが1991年12月6日に勃発した旧ユーゴスラビア連邦からの独立をクロアチアが宣言したことに始まった内戦、クロアチア紛争(1991~1995)だ。その戦禍はドゥブロヴニクにも及び、街の8割が破壊され廃墟と化した。だが、それでも多くの住民はこの街を残る事を選んだという。

内戦が終わると、ドゥブロヴニクの人々は教会に残された古文書などを元に街の修復を開始。古い街並みを元通りにするために、同じ石材を集め割れずに残った瓦まで利用した。

この話を聞いた後、探し人を探すかたわら茜は話を聞いて率直に思った事をつぶやく。

「ドゥブロヴニクの人々は屋根瓦一つとっても自分の街を愛してるんですね」

「なんでそこまでして街を元通りにしようとしたんだ?」

「その理由は、この言葉に集約されています」

何の気なしに言った駱太郎の疑問を聞き、それに答える女性の声が後ろから聞こえてきた。振り返ると、水色のカチューシャをつけた艶のある黒髪を靡かせる20代前後の女性がおり、ドラたちに微笑みかけている。

怪訝そうに彼女を見つめる中、女性はドラたちを見ながらつぶやく。

「NON BENE PRO TOTO LIBERTAS UENDITUR AURO」

「え?」

「“いかなる黄金をもってしても、自由を売り渡してはならない”―――この言葉を子どもの頃から聞かされて育つんです。ドゥブロヴニクは、様々な民族の影響を受けて来たクロアチアで唯一も自治を守ってきた街なんです。ベネチアやオスマントルコなど、強大な周辺国に交易で集めたお金を払ってまで自由を守り通してきました。だからこそ、すべてのクロアチア人はこの街を誇りとしているのです」

「へぇ~、そいつはすげぇ」

「ところで、あんた誰だよ?」

 感心もさることながら、素姓もよく知らぬ女性からそのような言葉を聞かされると、隠弩羅は一番初めに気になった事を尋ねる。

 女性は一礼し、自分の素性を明かす。

「キャリーサ・フランチャスコ。裏通りでアクセサリー店を営んでいます」

「キャリーサ・・・・・・おい、それってひょっとして」

と、幸吉郎が何かに感づいた直後―――背後から刺すような殺気がある事に気付き、振り返ると屋根の上には握り懐剣を手にした神父、涯忌が不敵な笑みを浮かべ睨み付けていた。

「あいつは・・・!!」

「見つけたぞ下等種ども!!」

涯忌は、ドラたちを発見すると瓦屋根の上から飛び上がる様に地上目掛けて下りて来る。そして握り懐剣に圧縮した風を瞬間的に炸裂させ、ドラたちを攻撃した。

 

 ドカーン!!!

 

風の塊が勢いよく炸裂するとともに起こる大爆発。地元住民と観光客は恐怖に慄き、一斉に逃げ出す。

「ふははははははは!!!」

涯忌の攻撃を上手く躱したドラたち。彼は高笑いを浮かべながら、欠片の持ち主である駱太郎に狙いを定め―――勢いよく接近しながら握り懐剣を大きく振るう。

カキン!

そのとき、駱太郎の前に現れた物影が涯忌の凶器による攻撃を受け止める。鋭い金属音が聞こえ不審に思った涯忌が前を見ると―――刀を垂直に立て懐剣の刃先に皹を入れたドラが立ち尽くしている。

「「兄貴(ドラ)!」」

 隠弩羅と駱太郎が思わず声を上げる。ドラは涯忌の懐剣を受け止めつつ、目を細め彼を睨み付ける。

「ドゥブロヴニクの連中が長い年月を重ねて守ってきたこの街でドンパチか・・・・・・どっちが下等種だよ」

明確なる敵意の中に含まれる侮蔑と嫌悪。ドラは不敵な笑みを浮かべる涯忌と対峙しながら、そうした感情を目をもって訴えかける。

「みんなはその女を連れて先へ。オイラが時間を稼ぐそのうちに」

「わかりました!!」

「あいよ。任せた」

「さぁ、あなたも行きましょう!」

「え、あの・・・!」

訳も分からぬうちに騒動に巻き込まれてしまったキャリーサは、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーとともに現場を離れる。彼らが居なくなった後、ドラは嘆息を突き涯忌との距離を置く。

「お前の意思は無視して場所を変えさせてもらう。世界遺産をこれ以上ぶっ壊すのも気が引けるんでね」

言うと、ドラは地脈を縮めるが如く―――人の目では追う事もままならぬ速度を見せつけ、短い脚を動かし瓦屋根へと飛び乗る。そして、涯忌の方を一瞥しそのまま街を離れ走り出す。

「逃がすか」

自らの体を風の力で浮かせ、屋根の上に飛び乗り―――涯忌は屋根の上を駆ける様にして移動するドラを追跡する。

「不審者発見!!」

「付近の警察官はただちに―――・・・」

騒ぎを聞きつけた警官隊がドラたちを見つけ付近の仲間に応援を要請する。

ドラは面倒事を極端に嫌った。成る丈人目がつかない場所に移動するのが得策であると判断し、彼はドゥブロヴニクの背後に浮かぶスルジ山へと進路を決め、空気を滑空するが如く飛び続ける。

(町衆に危害を及ぼさない様且つ目的地まで最短で往くための屋上経路か。しかし速い!この俺が距離を縮められないとは・・・・・・)

屋根を越え、木を乗り越え、走れば走るだけ重さを忘れさせるドラの脚力。涯忌はロボットの常識を超えたドラの神速に驚き、同時に彼を見くびっていた。

(だがそうでなくては俺の技量は輝けねぇ!!)

口元を釣り上げ、ドラへの興味を強くそそられると―――涯忌は刃の表面をコーティングする様に風を纏った握り懐剣から強烈な突風を引き起こす。

突風はドラの体勢を著しく狂わせるが、それでも彼は何事も無かったようにバランスを取り戻し、再び進路を前に取る。それが些か悔しく涯気は圧縮した風塊を飛ばし、爆弾の如く炸裂させようとした。

風塊が飛んでくるのを予期すると、咄嗟にドラは鞘から刀を引き抜き風の爆弾と化したその塊を叩くように切った。風塊は軌道を外れ山の麓へと飛んで行く。

刹那、麓から勢いよく爆発と粉塵が巻き起こる。ドラは人の気配が感じられないスルジ山の中へと涯忌を誘い―――そこを戦場と決めた。

「スルジ山か。この広さなら―――」

「まぁ存分に暴れられるな」

魔猫に誘導されスルジ山までやってきた涯忌。ドラは口元を釣り上げ、刀に自分の横側を反映させる。

「TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”隊長、サムライ・ドラだ」

「ご丁寧にどうも。星の智慧派教団“風”の涯忌。役職は教祖第二補佐官。貴様はこの俺の技量で屠り去ってくれる」

「お前には荷が重いよ・・・・・・魔猫ってのは誰彼相手が務まるものじゃないし」

「それは堅気の話だろう。俺は堅気の人間ではない。そう・・・星の導きの下に生まれた選ばれし存在!!そう、俺は偉大なる魔術師だ!!」

「大した自尊心だ、自己愛性パーソナリティー障害の典型だね。でも残念だな・・・・・・自然界では偉大な奴ほど早死にする。いつだってこの世界の主導権を握っているのは数だけ多く、大した知恵も無い下等種さ。それを導こうとする扇動者は彼らを意のままに操作しているつもりで、実は無知な彼らのために翻弄され、身も心も啄まれるんだ」

 

スルジ山での魔猫と魔術師の戦いが勃発しようとする中、教団の追っ手を逃れるため幸吉郎たちはキャリーサを引き攣れ、市内を走り続ける。

「きゃっ!」

途中、キャリーサは地面に毛躓く。その際、首から鈍く光るものが地面に転がり落ちた。

「大丈夫か?」

写ノ神が心配して彼女に詰め寄ると、彼はかたわらに落ちていた物を見て眼を見開く。キャリーサが落としたのは、輝くトラペゾヘドロンの失われた多面体の欠片で―――写ノ神は愕然としながらペンダントにして使っていた黒い欠片を拾い上げる。

「あんた・・・・・・これどこで!」

「え?ああ、先日友人から譲ってもらった物でして」

「トラペゾヘドロンのもう一つの欠片じゃねぇか!!」

「うっそー!これじゃまるでご都合主義だぜ!!」

「いや、ご都合主義そのものだろこの物語」

と、ドラに代わってメタな発言をする昇流。そこへ、炎を灯した十字架を携えたイグネスが駆けつける。

「成程。もう一つの欠片がこんな所に転がり込んでいるとはな・・・・・・」

炎の十字架を突き付け、欠片とキャリーサの命を狙うイグネス。狂気に満ちたイグネスの表情に恐怖する彼女を守ろうと―――駱太郎と茜、龍樹が前に出る。

「やるってねぇなら相手になるぜクソ外道」

「あなた方の好きにはさせませんよ」

「思い上がるのも大概にすることだ」

「ふふふ。トリ頭と若い娘、おまけに爺さんに説教をされる覚えはないんだが・・・そんなに灰焼きにされたいなら、望み通りにしてやる」

おもむろに十字架を振り上げ、イグネスは駱太郎たちに狙いを定める。彼らが息を飲んだ直後―――上空から真空の斬撃が飛んでくる。

「!」

飛んできた真空の斬撃を避け、イグネスは警戒する。ひしひしと伝わる殺気に冷や汗をかく中、粉塵の中から見慣れぬ人影が現れ声を発した。

「・・・君たち、また懲りずに群れてるんだね。僕は群れる物が嫌いだよ」

徐々に粉塵が晴れて行き、人影の全貌が見え始める。

「だけど、戦いは面白そうだね」

黒い軍服の様な衣装を纏い、不気味なまでの殺気を醸し出す男性が両腕をカマキリの鎌へと変化させ―――眼前のイグネスを見据える。

「僕も混ぜてよ」

「壌・・・・・・!!」

「「壌(さん)!?」」

 信じられない光景だった。幸吉郎たちの前に現れた助っ人―――それは集団行動を極端に嫌い、誰にも迎合することなく気まぐれに戦いの場に現れる鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の最後の一人、螻蛄壌(けらじょう)。

「誰だあいつは・・・」

隠弩羅は壌の存在を知らない。だが、初見でも他の追随を許さない圧倒的な存在感と威圧を放つそれに額から汗を拭き出す。

「何だ貴様?」

不敵な笑みで笑いかける壌を警戒し、イグネスは険しい表情で尋ねると―――壌はおもむろに鎌を構える。

「相手してくれるのは君かな?さて、どうやって蟲の息にしてあげようかな・・・」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:和月伸宏『るろうに剣心 -特筆版- 下巻』 (集英社・2013)

著作:坂本賢三「思想としての錬金術」『ZEUS』創刊号p.11 菊川工業株式会社

 

 

 

おまけ:クロアチアの伝統スイーツ

 

クロアチアの島、フヴァル島。ダルマチア沿岸のアドリア海に浮かぶ島は東西の長さがおよそ80キロメートルあり、観光客で賑わう。

フヴァル島には東西交易の影響を受けて生まれたものがあり、それは何と800年(現実の中で)も前から受け継がれているという伝統的なお菓子である。

「今日は、クロアチアの伝統スイーツを紹介します!」

今回、ミステリーハンター写ノ神が訪れたのは、島に三人しかいないという伝統スイーツを作れる名人―――アニータ。

「本日は色々よろしくお願いします!」

「こちらこそ」

 アニータと握手を交わし、早速写ノ神は12世紀から伝わるというお菓子作りに挑戦する。お菓子作りに必要な材料はご覧の通り。

 

・ハチミツ

・小麦粉

・サフラン水

・オリーブオイル

・プロセッコ(発泡ワイン)

・チョウジ

・シナモン

・ナツメグ

・砂糖

 

早速、その作り方を拝見しよう。先ずは、たっぷりのハチミツにサフランを戻した水を入れて、かき混ぜる。

「これ相当な量ですねハチミツ・・・」

大きめのボウルに入った大量のハチミツにサフラン水を混ぜたものを電動泡だて器を使ってかき混ぜるが、写ノ神は思った以上の重労働に吃驚する。

「大分白くなってきたな」

混ぜ始める事数分、ハチミツとサフラン水が混ざり合い徐々に白みを帯びて行く。頃合いを見計らい、アニータは皿に乗った三種類の粉末を一斉に投入する。

「お、それは何ですか?」

「チョウジとナツメグとシナモンよ。これが味の決め手なの」

これらはいずれもアジア原産のスパイス。東西交易で伝わった物だが、昔は高価だったスパイスをふんだんに使えたのもフヴァル島ならでは。

「げっほ!げっほ!すごい粉が・・・粉が鼻にすごく入って来るぜ///」

 チョウジなどのスパイスを混ぜるたびに鼻や目に飛び、写ノ神は息が苦しくなって咳き込み、また涙を流す。そうして、三種類のスパイスが完全に混ざり合うまで作業を続ける。

なお、このお菓子を作るには貴重なスパイスを沢山保管できるスペースが必要だったため、昔からごく限られた家だけに伝えられてきたという。

「よし!出来た」

「上出来上出来」

小麦粉などすべての材料を混ぜ合わせ生地が完成すると、今度は板の上で練ってそれをめん棒で薄く延ばして型で抜く。

「結構カワイイ型があるんだな・・・」

イルカやタコなど、海洋生物を模した型が多く見受けられる。写ノ神はアニータに教えられながら順調に作業をこなし、型を抜いた生地を鉄板の上に並べオーブンで焼き上げる事20分。

「おお~~~!出来た出来た!」

 黄金色に輝く香ばしい匂いを放つクロアチア伝統のクッキーの全貌が露わになる。

「うわぁ~なんか華やかになりますね」

仕上げにアニータが、卵白と砂糖を混ぜ合わせたホイップで画を描く様に飾り付ける。そうして完成したのが800年の伝統を持つフヴァル島名物クッキー、パプレニャック。

「いっただきまーす!」

出来立てのパプレニャックの一つを手に取り、写ノ神はおもむろにかじりつく。

サクサク・・・・・・と言う音を立てながらパプレニャックの味を噛みしめ、写ノ神は感じたことを赤裸々にコメントする。

「うん!サクサクだ!ホントに、あんまり甘くないですね思ってよりも。シナモンのすごくいい香りとチョウジのちょっと苦みがあって、これ甘いものが苦手でも食べれちゃいますね。うん・・・ドラでも全然イケるぞ」

 何度も何度も味を噛みしめるたびに、パプレニャックの虜になる写ノ神。アニータは彼を横に観ながら破顔一笑し、口を開く。

「ゆっくり口の中で味わって食べると美味しいでしょ。でも、昔は贅沢なお菓子だったから、今でも結婚式みたいなお祝い事みたいなときにプレゼントするものなのよ」

「へぇ~こんなの貰ったら嬉しいですね!以上、ミステリーハンター写ノ神がお送りしました!」

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その25:いつだってこの世界の主導権を握っているのは数だけ多く、大した知恵も無い下等種さ。それを導こうとする扇動者は彼らを意のままに操作しているつもりで、実は無知な彼らのために翻弄され、身も心も啄まれるんだ

 

歴史を見ても後世に偉大だと言われた人の多くは早死にする傾向が見られる。最近は医療技術の進歩で比較的長生きできるようなった。でも、やっぱりすごい人で長生きする人はあまりいない気がする。(第22話)




次回予告

隠「おい兄貴。何だあのヤバそうな奴!?あんたの知り合いじゃねぇだろうな・・・」
ド「知り合いの様で知り合いじゃない様な・・・ま、どっちでもいいんだけどね」
昇「どっちでもいいって何だよ!?体裁状あいつも鋼鉄の絆(アイアンハーツ)のメンバーじゃねぇか!!」
壌「何勘違いしてるの。僕は誰の徒党にも入らないよ。いい加減な事言うと・・・・・・蟲の息にするよ?」
茜「次回、『螻蛄の気まぐれ』。それより、早くキャリーサさんを避難させないといけませんよ?」

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