サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「輝くトラペゾヘドロンを狙って現れた邪教集団『星の智慧派教団』は、ひとんちの窓ガラスを破壊するだけに飽き足らず、オイラたちまでぶっ殺そうとしやがった」
「あの手のカルト集団は目的の為なら平気で人は殺すは、物は壊すはホントたまったもんじゅあないよね!そもそも、悪因を運んできたのはどっかのバカな義弟だけど」
隠「俺だって一生懸命努力してんだよ!だから今回はもう一つの欠片の在り処に行こうって話じゃねぇのか?流石にクロアチアまで飛べば、奴らも追っかけてはこれねぇだろ!」


クロアチア・青い海紀行

8月5日 午前7時02分 

小樽市 杯邸・彦斎の書斎

 

鋼鉄の絆(アイアンハーツ)が揃いも揃って有給届を出すとは・・・・・・」

 早朝彦斎のパソコンに送られてきた6人分の有給届。それは、星の智慧派教団によって襲撃を受けた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の正規メンバー5人、及び彦斎の息子・昇流から提出された無消化の有給申請5日分に彦斎を些か困惑させた。

「おまけに昇流まで。どういうタイミングなんだ?」

 不思議に思いながらコーヒーを淹れる。カップに注ぎ込まれるインスタントコーヒーの反映される自分の表情。彦斎はカーテンを開け、カップ片手を太陽の光を浴びる。

「まぁ。何か面倒な事に巻き込まれたのだとは思うが・・・・・・奴らなら大丈夫だろう。何せ、今世紀始まって以来のダニの集まりだからな」

 ドラたちの実力と功績は少なからず高く評価しているつもりだった。しかし、それに伴って引き起こされる数々のはた迷惑なトラブルは彦斎のストレスの原因でもあった。かくもダニの如くしぶとく生き残り、強かに人の幸福を吸い取るような彼ら・・・とりわけドラの存在を彦斎は本人が居ない中、平気で罵る。

「いずれにせよ、土日も含めてあと1週間は平和に過ごせそうだな。ははははははは」

 ドラたちが居ないと考えるだけで、彦斎に降りかかる荷は一気に軽くなった気がした。愉快に笑い、コーヒーブレイクを悠々と堪能しようと思った。

 彼が椅子の取っ手に手を触れた―――次の瞬間、

「うおおおおお!!!」

 力加減を間違え、バランスを崩し転倒する。

「いって!」

 転倒したショックで尻餅をつくだけに飽き足らず、手から離れたコーヒーカップは空中で一回転をし、重力に従い下降―――バチャンという音を立て、彦斎の頭部へと被さり中身のコーヒーが垂れ落ちる。

「あちゃ~~~!!!」

淹れたてのコーヒーを頭から被り、悶絶する彦斎は心中思った。

 “これは、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)を罵ったことに対するアイツらからの呪いなのでは!?”―――と。

 

 

8月5日 午後2時08分

東ヨーロッパ クロアチア

 

 時差はおよそ7時間―――現在、日本とクロアチアを結ぶ直行便はなく、最低一度は乗り換える必要がある。フライト時間の目安は、日本から周辺諸国まで10時間30分から12時間。日本を日が昇らぬ深夜に出発したドラたちは、オーストリアの首都ウィーンで乗り継ぎ、それから2時間あまりかけ―――クロアチアの空域に差し掛かった。

「見てください写ノ神君!!ハート形ですよ!!」

「うわぁ、こりゃすげぇ!!」

「かわいいですね~~~!!」

「こんな島があるんだなぁ」

 飛行機の窓から一望できるクロアチアの魅力に茜と写ノ神は躍動する。

 視界に写し出される、クロアチアの悠久の自然美。その中でもアドリア海にポツンと浮かぶ魚やハート形の島々は多くの人々に感動と興奮をもたらす。

「俺たちの前に突然現れたのは、紺碧の海に浮かぶハート形の島。さらに、こちらは何とお魚の形!こんな可愛い島々が浮かぶ国、みなさん・・・どこだかわかりますか?そう!ここは東ヨーロッパにある国・クロアチアだにゃー!!」

 元気溌剌にマイクを握りしめ、サングラス越しに見えるクロアチアの風景をありありと実況中継風に語り出す隠弩羅に周りの人々の目が向けられる。

 すると、それに触発された様にドラは原稿用紙に書かれた文字を淡々と読み始める。

「クロアチアは、イタリア半島とバルカン半島の間に広がるアドリア海に面し、九州の1.5倍ほどの国土に440万の人々が暮らしている。クロアチアの1200を超える島々や美しい港町は、古くから“アドリア海の宝石”と讃えられ―――あの『紅の豚』の舞台にもされたほどだ」

「待て待て待て待て!!ちょっと待て―――!!!」

 ナレーション感覚で喋っていたドラだったが、それに制止を求めてドラの斜向かいの席に座っていた昇流が声を上げた。

「何だよこれ!?世界がふしぎ発見か!?輝くトラペゾヘドロンの欠片探しに来たんだよな俺ら!?わざわざ一週間分の有給使って、クロアチアに来たのはその為だよな!!」

 教団の追っ手を逃れるばかりか、彼らが追い求める邪神復活の鍵となるアイテム―――輝くトラペゾヘドロンの失われた欠片を探す為クロアチアにやってきた。にも関わらず、観光旅行気分で浮つくドラたちの態度に昇流は厳しく叱咤する。

「わかってますよそれくらい。いいじゃないですか、それっぽい旅気分くらい味あわせてくれたって」

「一度でいいからミステリーハンターになってみたかったんじゃよ~。この辺にはどんな動物が棲んでいるのかのう?」

「完全に本来の目的忘れた奴の台詞じゃねぇか!!」

 龍樹の発言を聞くや、昇流は露骨に怒りを露わにする。

「コアラやワラビーはいるのかのう~」

「いるんじゃねぇか。俺もよく知らねぇけど!にゃはははははは!!!」

「野生の有袋類がヨーロッパに棲んでるはずがねぇだろ!!あいつら原始的哺乳類はオーストラリアっつう陸の孤島で何千万年もの間放置状態だったんだ!だから他の動物に脅かされる事無くひっそりと生き延びて来れたんだ、分ったかバカ共が!!」

「長官、落ち着いてください。なんかウザイっすよ」

「そうそう。バカなのに理屈っぽくしゃべると余計バカって思われますから」

 熱帯びた昇流の長々とした説明は、聞く者にどんな印象を与えたのだろうか。少なくとも日本語がわからない外国人は彼の怒鳴り声による発言を何ひとつ理解できていないし、それを理解できるドラたちにとってもけたたましい騒音にしか思えなかった。

「お~ま~え~ら~な~~~」

 ドラの言い放った辛辣なコメントに業を煮やすと―――昇流のフラストレーションは臨界点に達し、爆発する。

「人を馬鹿にするのも大概にしろよな―――!!!」

 

 

クロアチア北西部 港町・ロヴィニ

 

 イストリア半島西岸に位置する観光地であり、漁港・ロヴィニ。イタリア人共同体があり、市内ではイタリア語がクロアチア語とともに公用語となっている。ドラたちは路線バスに乗って、この港町を訪れる。

 海沿いギリギリにまで立ち並ぶ古いレンガ造りの家々。アドリア海一美しいと言われるロヴィニには世界中から多くの観光客が訪れ、街を賑わしている。

「ハロ~♪」

「チャオ~♪」

 港近くに立ち並ぶカフェテラスで寛ぐ外国人に声を掛けると、彼らは破顔一笑し、言葉を返してくる。

「すげぇー賑わってるな、オイ!」

「写ノ神。ちょっと周りの奴に出身どこか聞いてみてくれ」

 駱太郎に頼まれると、メンバーの中で英語が最も得意である写ノ神は、テラスの下で悠久の時を過ごす外国人観光客に出身を尋ねる。

「Where are you from?(どこから来たんです?)」

「Canada!(カナダよ!)」

「Oh, Canada!Where does it come there from?(へぇ、カナダ!そっちはどこ出身?)」

「Germany, Germany, England.(ドイツ、ドイツ、イギリス)」

 ヨーロッパ近郊の国を始め、遠く北アメリカ大陸から足を運んだ者もたくさんいて、誰もがこのリゾート大国クロアチアのグルメや宝石と称される島々、更にはこの国の歴史そのものに魅了されているのだ。

「ちなみにこいつらフランスからの団体ぜよ。はい、チーズ!!」

「「「CuiCui(キュイキュイ)!」」」

 隠弩羅はフランス人の団体を見つけ、この機会に記念写真を撮る。フランス語で小鳥の鳴き声を意味する言葉は、彼らが使う写真撮影の掛け声であった。

 このように全くと言っていいほど緊張感の欠片も無い姿に、昇流は疲労感に満ちた表情で深くため息をつく。

「ところで、ここ一体どこなんだ?」

「ここは北西部に位置する港町・ロヴィニです。ロヴィニはアドリア海一美しいと言われていて、美味いものがたくさんあるみたいですね」

「なんでそんなにここの事に詳しいんだよ・・・・・・」

「ここのパンフに書いてありますけど」

 ドラは日本人向けに書かれたクロアチアのパンフレット片手に淡々と説明をする。

 実際この辺りに立ち並ぶ海沿いのレストランは、どこも大勢の観光客で賑わいを見せ、長旅で疲れているドラたちは欠片を探す前に、ロヴィニ自慢のグルメを堪能することにした。

「お待ちどうさまです、手長エビのリゾットになります」

「「「おおお!!」」」

「いい香りです~♪」

 アドリア海で取れた手長エビを使った白ワインとオリーブオイルで煮込んだロヴィニで一番の名物料理は、見るだけで食欲をそそり、その香ばしい臭いは空腹を助長する。

「んじゃまぁ。仕事の前に腹ごしらえして英気を養おうとしよう!」

「「「「「「いただきまーす!」」」」」」

「・・・いただきます!」

 目的を忘れ、束の間の平穏を満喫するかのごとく食事を堪能するドラたち。彼らの極楽蜻蛉すぎる行動事態に一抹の不安を抱く昇流は、満足に料理を味わう事にさえ抵抗を感じていた。

「ん~~~!エビがものすごく甘いです!で、香ばしい香りが身もぷりっぷりしてます!とっても美味です!!」

「この貝と白ワイン蒸しもかなりイケるな!!」

 手長エビのリゾットを口に含み、その味に感無量となる茜は幸せそうに頬を紅潮する。その隣でガツガツと貪り尽くす駱太郎は、貝と白ワインで蒸したスープの味を高く評価する。

 ドラたちが舌鼓する新鮮な食材を生かしたシーフード料理は、海岸にあるイタリア料理をクロアチア風にアレンジしたもの。だがイタリアだけではない―――豚肉を叩いて柔らかくし、衣をまぶして揚げたカツレツ・シュニッケルはオーストリアから伝わったもの。自家製ニョッキと一晩煮込んだ牛肉を絡めたシチュー・グヤーシュは元々ハンガリー料理だったりと、同じ店で様々な国の料理を楽しむことができる。

「どぅははははは!!!何とも贅沢な気分じゃな!」

「本当にクロアチアには美味い物がたくさんあるんですね」

 多くの国の料理を一度に味わえるということに龍樹と幸吉郎も大満足の様子で、ドラはシュニッケルに齧り付きながら、クロアチアに関する薀蓄を傾ける。

「ナポレオンやベネチア共和国がここを支配した歴史もあるし、いろんな国や民族文化が融合して今のクロアチア料理は出来てるんだよ」

 そう言って、ナイフとフォークをテーブルに置くと、ドラは「でもま・・・」とつぶやき本音を語る。

「オイラにはやっぱりクロアチアの味は合わないな。やっぱり一番は目玉焼きだろ!!」

「お、奇遇だな!俺も同じことを言おうとしてたんだ!!」

「食べごろはやっぱ黄味が半熟で白身がしっかり固まってる奴だろ」

「でもって、潰した黄味に醤油を垂らしてそれをご飯にかけるのが・・・最高なんだわ!!」

「うんうん!!ただの卵かけごはんだとどうしても白身が混ぜ切らなくてなんか気持ち悪いんだよね!その点、目玉焼きならその気持ち悪さがない!!」

「目玉焼き万歳!!半熟の黄味万歳!!」

 何かと反目し合っていた魔猫兄弟だが、目玉焼きの話になると人が変わったように強く同調し、それについて熱く語り合った。これまでの超絶的な不仲を払拭する異様な光景に幸吉郎たちは目を見開いた。

「水と油の魔猫兄弟で唯一気が合ったのが食べ物の好みとは・・・」

「しかも目玉焼き」

「あんなのフライパンに卵割って焼けばいいだけだよな・・・」

「最早国なんて関係ねぇ」

 

 と、そのとき。忽然と市内から一台のトラックが現れる。トラックは道行く人を引き殺す事も辞さない荒い運転操作で走行しており、強引に場所を作って停車する。

 観光客や街の住民と一緒にこれを怪訝そうに見つめるドラたち。おもむろにトラックの荷台が上下に開かれ―――中から出て来たのは思わぬ刺客。コスプレパブを襲撃してきたヘルメスを始め、イグネスやアダマ、涯忌ら星の智慧派教団だった。

「あいつらだ!!」

「どうしてここがわかったんだ!?」

「つーか、ありゃ何のマネだ?」

 教団が現れたこと事態にも驚きを隠し切れなかったが、彼らの動きがどこかおかしかった。ドラたちが険しい表情を浮かべ警戒する中、ヘルメスを中心に横一列に並んだ神父たちはスピーカーから流れる音に合わせ、突然踊り出す。

「クロアチア、にも!!」

 パンパン

「星の智慧派!!」

 パンパン

「クロアチア、にも!!」

 パンパン

「星の智慧派!!」

 寸分たがわないキレのある動きで人々の目を釘付けにするばかりが、その存在感を世に知らしめる。彼らの意味深長な行動にドラたちは口を大きく開け唖然とする。

 1分30秒ほどの踊りが終了すると、両手を下げた状態で大きく広げていたイグネスは、絶句するドラたちを見据え強い語気で言い放つ。

「こんな風にやってみろ!!」

「って、何がこんな風にやってみろだよ!まるっきり大○ハ○○のパクリじゃねぇか、しかもベトナムの!!」

「そうだそうだ!役×××と古△△△に謝れー!」

「そんなこと言ってる場合か―――!!」

 経理関係を危うくする発言が次々と飛び出す中、部下の発言を叱咤した昇流は懐に手を突っ込み、ホルスターから拳銃を取り出す。人々がそれに恐怖する中、彼は前に出てヘルメスらに銃を突き付ける。

「そこのカルトマニアども!わざわざご足労願い済まなかった!だがそれもここまでだ。TBT長官である俺自らが引導を渡してやる!このコルト・パイソン357マグナムの “バッター”と共にな!」

「いいですよ長官さん、やっちゃってください!」

「おやおや。随分と気の早い人が出て来ました。我々は仮にも魔術師ですよはい。通常兵器が効かない事は先に伝えておきましたよはい」

 不気味な笑みを浮かべながら昇流に忠告をするヘルメス。直後、緑のメッシュを入れた教団の幹部―――涯忌が前に出て口元を釣り上げる。

「退いてな長官さん。怪我するぜ」

 高圧的な態度を昇流に示し露骨に威嚇する。それに対して昇流は決して臆することなく、銃口を涯忌の心臓付近へと向ける。

「涯忌さん。あれで撃たれると、ぬぁ~~~って痛いんじゃないんですかねはい」

「ぬぁ~~~って痛いってどういう意味だよ!?」

 ヘルメスが口にした奇妙な表現に、昇流は純粋な疑問を抱く。

「大丈夫ですよ教祖様。どうせハッタリです。撃てやしませんって」

「俺は口先だけの男じゃねぇぜ。そんなに欲しいなら、その跳ね上がった髪ごと吹き飛ばして、てめぇの脳みそに鉛の弾をくれてやる」

「おもしれぇ・・・・・・・・・おらいくぞ!!」

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

 

「にゃ~~~!マジで撃ちやがった!」

 何の躊躇もなく銃の引き金を引いた昇流の行動に、隠弩羅は驚きと喜びの両方を抱く。

 銃口から放れた6発の弾は確かに前方の涯忌へと飛んで行った。だが、消炎が晴れると同時に昇流は目の前の光景に絶句する。

「う・・・・・・・・・ウソだろ・・・・・・・・・///」

 昇流の銃から撃たれたすべての弾は、涯忌の肉体に当たる寸前で見えない壁の様なものに阻まれ―――悉く押しつぶされている。よく見ると、涯忌の正面には極めて薄い大気の層が生じており、大気は銃弾の速度を押し殺すだけでなく、その形さえも歪ませた。

 カランコロン・・・鉛の弾が無造作に落ち、茫然自失の昇流を見ながら涯忌は不敵な笑みを浮かべる。

「俺は四大元素がひとつ―――『風』を司る。無限に広がるこの星の大気は、俺にとって矛であり盾。俺は意のままに風を加工し、操ることができる!!」

 言った瞬間、切り傷が目立つ右掌に大気の塊を押し固め―――それを昇流の足元へと叩きつけるように炸裂させる。

 ドーン!!

 炸裂した大気は勢いよく地面に放出され、アスファルトを容易に砕く。昇流は脊髄反射の如く素早い判断で攻撃を避け、後方へと逃れる。

 人々は勃発した騒乱に怯えパニックとなる中、アダマは狂気に満ちた顔で駱太郎を見据えると、その巨体を俊敏に動かし土を押し固め作った特注の手甲で勢いよく殴りかかる。

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 標的にされた駱太郎は、向けられた土の拳を左腕でガードする。その際、鋭い金属音が発せられると―――彼の左腕は黒く光沢を持った金属に変異していた。

「単細胞!!」

「駱太郎!!」

「お前ら!こいつを頼むぞ!!」

 言うと、駱太郎はポケットから輝くトラペゾヘドロンの欠片を取出し、信頼する仲間の下へと託した。

 欠片を受け取ったドラは駱太郎の行為に答えるため、これを持って教団から全力疾走で退避する。

「逃がさんぞ!!」

 ドラたちの行動を予測したアダマは、彼らが裏路地に逃げ込む前に足止めをしようと考え―――駱太郎によって押さえつけられている手とは反対の手で羽ペンを握り、それを空中でなぞり始める。

 ペン先から吹き出す特殊なインクは空中で文字をなぞっていき、ラテン語で書かれた呪文が完成した瞬間―――それは起こった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

 地面が激しく揺れ動く。狼狽する鋼鉄の絆(アイアンハーツ)だったが、次の瞬間―――地面が割れると共にその場にある土石や金属が4メートルもの土の巨人と化して現れる。アダマは土を使って、ゴーレムを形成した。

「ゴーレムか!!」

「チクショー!「どいてろ」

「え?」

 退路を断とうとする眼前のゴーレムを苦い顔で見つめる隠弩羅だが、不意に無味乾燥とした表情のドラが低い声でつぶやいた。

 皆が訝しげに彼を見ると、咆哮を上げあからさまに威嚇して来るゴーレムを見据えながら、ドラは腰の刀に手を伸ばす。

人侍剣力流(じんじけんりょくりゅう)―――」

 刹那、雄叫びを上げるゴーレムが巨大な腕を振りおろし殴りかかる。ドラはおもむろに目を閉じ巨人の一撃を躱すと、ゴーレムの腕に飛び乗りそれを駆け上がりながら、頭部を愛刀で斬りつける。

壊滅斬閃(かいめつざんせん)!!ドラアアアアアアアア!!!!!」

 何重にも振り払われる刀。兎に角視認することもやっとの早さで刀は上下左右へと振り払われる。

 そして、ドラがおもむろに刀を鞘に納めると―――ゴーレムの頭部は細かくスライスされ、同時に粉砕し体が瓦解する。

「なに!?」

 異能の力を容易く打ち破ったドラの潜在能力にアダマは驚愕する。駱太郎はこの結果にとても満足し、「へへ。やっぱおめぇはそうでなきゃいけねぇよ」とつぶやき、黒く硬化した右腕でアダマの事を殴りつける。

「万砕拳!!鋼金砕(ごうきんさい)!!」

 鋼鉄並みに硬化したストレートパンチが振りかざされる。いち早く駱太郎の攻撃に対処する為、アダマは先ほどの羽ペンを動かし―――前方に土の壁を作った。作られた壁は駱太郎の一撃を受けると、その大部分が破壊されたが最後まで壁としての役割を果たしアダマの身を守った。

 駱太郎は距離を置くためアダマから離れ、先ほどの結果に対し舌打ちをする。

「へっ。つまんねぇ壁なんざ出しやがってよ」

「貴様のような無鉄砲だけが取り柄のバカじゃないんだよ」

 あからさまに人を見下す発言だった。アダマの傲慢で思い上がった態度が気に入らなかった駱太郎は額に血管を浮かべると、不敵な笑みを浮かべる。

「・・・いいぜ。てめぇの土くれでできた腕も何もかも、この拳でぶち壊してやるぜ!!」

「来い!!」

 互に戦う意思をバカ正直に主張し、闘志を燃やす。

 駱太郎とアダマは戦闘形式が非常に似通っていたこともあり、敵ながら惹かれあうものがあった。両者向き合い火花を散らす中―――二人の間を吹き抜けた一枚の木の葉を合図に、二人は地面を強く蹴り、突進する。

「うおおおおおおおおおお!!!」

「つらあああああああああ!!!」

 こうして、全てのものを砕くとされる力を拳に宿す喧嘩人と土を自在に操る能力に長けた魔術師による争いが勃発する。

 

 ゴーレムの脅威を退け駱太郎から欠片を託されたドラたちは路地裏へと逃げ込み、教団の追跡から逃れようと躍起になっていた。

 狭い路地を直感に従い脇目も振らずただ前だけを目指し走るドラたちの後ろから、近代兵器で武装した魔術師ではない神父たちが執拗に追いかけてくる。

「固まって動いてたら一網打尽にされる!別れよう!」

「おっし!」

 隠弩羅の提案に乗ると、ドラたちは前方に都合よく現れた左右と真ん中の道に別れ三方向に進ことにした。

 そんな中、隠弩羅と一緒に真ん中の道を進んだ幸吉郎は不服そうに彼の横を走る。

「って!なんでおめぇと一緒なんだよ!?」

「何だよ俺じゃ不満か!?」

「不満も不満だよ!!つーかおめぇ、兄貴のこと敬う気もねぇのに兄貴って言うのやめろよな!!聞いててすげぇ癇に障るんだよ!!」

「しょうがねぇだろ仮にも義兄弟なんだ!他に何て呼べばいいんだよ?!」

 とりとめのない事で口論になる二人を、後ろから追いかけてくる神父たちは銃口を向け、情け無用とばかりに銃弾を飛ばす。

 これに焦りを抱いた二人は凶弾を逃れるため、無意識に息を合わせ逃げる事だけに神経を集中させる。二人三脚をしている感覚でほぼ同じ歩幅でピッタリと肩を合わせ、辛うじて機関銃の嵐から逃れる。

「ふう~・・・危なかったな」

 と、安堵したとき―――前方頭上から黒い物影が降ってくる。足を止めた二人の前に現れたのは、赤いメッシュを入れたヘルメスの第一補佐官―――イグネス。

「「な・・・・・・!」」

「欠片を持っているのは誰だ?お前か、それともお前か、あるいは・・・・・・」

 イグネスは前方の二人を睨み付けると、首からぶら下げていた十字架を引き千切り、それに魔力を込める。魔力を帯びた十字架は赤く煌めき、やがて炎を纏って巨大化する。炎に包まれた巨大十字架をイグネスは剣の様に振るい、地面を切り裂く。

「十字架に炎が?」

「炎熱系の魔術師か。気を付けろ!」

 隠弩羅が警告を発した直後、イグネスは炎に包まれた十字架を頭上に掲げ―――勢いよく振り下ろす。途端に爆炎が発生し、幸吉郎たち目掛けて地を這うように迫って行った。

 

 ドカーン!!

 

 爆発の寸前、壁を蹴って屋根の上に登った幸吉郎と隠弩羅は分が悪いと判断し、イグネスとの戦闘を避け、逃走を試みる。

「真面に相手にしてる暇ねぇぞ!!」

「ああ。ここは逃げるが勝ち!全速力で走るにゃー!」

 高い脚力を武器に身軽に瓦で覆われた屋根を飛び越える。

「私の炎は狙った獲物を必ず灰焼きにする!!」

 逃げる二人の姿に業を煮やしたイグネスは、屋根に飛び乗ると―――十字架の取っ手を長い方から短い方へと持ち替え、バズーカ砲を扱う様に構える。

炎の精(ファイアーバンパイア)

 十字の先端から放たれた紅色の炎は矢の様に飛んで行き、ある程度飛翔した炎はやがて意思を持った妖精の姿へと変わる。凶悪な瞳で幸吉郎たちを見つめ、それぞれが手持ちの杖を振るい―――火球を飛ばす。

 屋根の上を駆け逃亡劇を続けていた幸吉郎と隠弩羅は思わぬ襲撃に困惑しながら、それを必死で回避する。

「おいお前!!魔術ってのはこんなにもデタラメな力なのか!?」

「俺もこんな力にお目にかかるのは初めてだよ!!」

 隠弩羅は魔術師だが、彼にも分野における得手不得手が存在し、知らない魔術も存在する。イグネスが使用した魔術は、隠弩羅がこれまでお目にかかった事の無いかなり特殊な魔術でその性質がどの派閥から派生したものなか、現時点では考える暇さえ惜しかった。

「どこまで逃げても必ず灰焼きにしてやるからな!」

 イグネスは召喚した炎の精で追い打ちをかけながら、逃げる二人に攻撃を繰り返す。

「ちっ!」

 懐に手を伸ばした隠弩羅は、ロシア製の拳銃「トカレフTT-33」を手に取り、悪あがきと思いつつイグネスへと向けて銃弾を放つ。

 放たれた銃弾はイグネスへと飛んで行くが、着弾することはなく―――真っ先に彼は持っていた十字架の炎で遮った。

「魔術師に通常兵器は効かねぇって言ってただろうが!!てめぇも魔術師なら魔術っぽい技使えよっ!!」

「そうしたいのは山々だけどよ、俺にはハンデっつーもんがあるんだ!!」

 と、口論をしていた次の瞬間―――突風が足元から吹き荒れ、幸吉郎と隠弩羅はその風の直撃を受けた。

「「うわあああああ!!!」」

 屋根の上にいた二人は風圧によって上空へ押し上げられ、風の力が無くなると同時に一気に急降下していく。二人は体勢を立て直すと、体を捻ってこの後の衝撃に備える。

 瓦を張ってできた屋根に打ち付けられ、その反動で横に転がっていく二人。布一枚だけを張ったテラスの上に体を落とし、それが重みに耐えきれず破れると―――力なく地面に落下する。

「ててて・・・・・・助かったぜ」

「このやろう・・・おれをしたじきにしやがって・・・・・・」

 肋骨が折れても不思議ではない衝撃だったが、幸吉郎は隠弩羅をクッション代わりに活用し最小限のダメージで逃れた。

 そんな二人の前に、風の力を意のままに操ることが出来ると称する教団の魔術師・涯忌が現れる。彼は両手に握り懐剣を手にし、刃の表面には薄くコーティングした風を纏っている。

「へへ。往生際が悪いんだよ。さぁ、渡すもんこっちに渡せ」

「渡したら最後、懐剣(そいつ)でどうかするんだろ?」

「ああそうだな・・・・・・粉々に吹き飛ばしてミンチにしてやるよ!」

 よくある悪役の台詞だぜ。何の面白味もねぇ・・・・・・心中そんな事を思いながら、敵意剥き出しに涯忌を見据え、隠弩羅が眉間に皺を寄せる。

 

 ドカーン!

 

 唐突の出来事だった。涯忌の頭上からイグネスの放った炎の渦が飛んできた。彼はそれに驚き炎を避けると、理由も分からず炎を飛ばして来たイグネスに激しい敵対意識を抱き、彼を睨み付ける。

「何だよおい・・・・・・てめぇどういうつもりだよ、イグネス!!」

「射線上に立っていたお前が悪い。それとも、先にお前から灰焼きにしてやってもいいんだぞ」

 二人は立場も状況も無視し、激しく対立する。

 幸吉郎と隠弩羅が呆気にとられる中、二人はお互いの得意魔術である炎と風の力をぶつけ合い抗争を勃発させる。

「やれやれ。仲間割れだか知らねぇが・・・今のうちに!」

「どっちもバカで助かったぜ!」

 単なる喧嘩の域を超えた身内同士による殺し合いを前にし、幸吉郎と隠弩羅はイグネスと涯忌が戦闘に興じている隙を見て脱出を図る。

 

「この!!」

 三方向に続く道のうち右側へと進んだ写ノ神、茜、昇流の三人もまた教団の神父たちと激しい攻防を繰り広げている。

 昇流は銃撃戦において比類なき強さを発揮するのは勿論、接近戦を迫られる状況でも普段使わない思考をフル回転させ、ドラとの喧嘩などで磨き上げた体術を披露し敵を嘲笑う。

 さらに、彼が携行しているのは銃だけではない。腰にぶら下げていた特殊な警棒を二本手に取り、それを使って神父たちを圧倒する。

「ツヴァイ・ズィーガー!!」

 二本の警棒をひとつに繋げ、それを以って敵に面を叩きこむ。打ち付けた箇所から微弱な電気が放出され、スタンガンの要領で敵は電気ショックによって気絶する。

「あら長官さん。接近戦も得意でしたか!」

「魔猫と何十年も喧嘩してるからな。嫌でも高度な戦闘技術が身につくんだよ!」

「皮肉な話っすね」

 本当に皮肉な話ではあった。だが写ノ神と茜にとっても、昇流という戦力は実に頼もしい存在だった。

 思いのほか昇流が厄介な存在であることが分かると、神父たちも本気度を上げ怒涛の如く襲い掛かるが―――茜は柔軟でしなやかな体を活用し、神父たちを翻弄する。

「はっ!!」

 背後から迫りくる神父に対しては、身を屈め、一瞬の隙を突くと同時にその股間を握りつぶす。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 この世のものとは思えない断末魔の悲鳴を上げ、股間を握りつぶされた神父は一瞬にして昇天する。彼女は戦いにおいて手段を一切問わなかった。恥も外聞をかなぐり捨てた彼女は、男の急所を突くことも厭わない。

「ふう~・・・やはり変な感触ですね」

 仮にも女子であり、妻である茜のそうした行動を見るたびに写ノ神の肝は極端に冷え恐怖さえ感じるのだ。

「相変わらず末恐ろしい事ができるもんだな!でも、そういう所も含めてお前のこと好きだぜ!!」

 言うと、写ノ神は体術で敵をいなしながら腰のカードホルダーから魂札(ソウルカード)を二枚取り出した。神父たちが警戒する中、彼は不敵な笑みを浮かべる。

「此方に広がれ、爆炎の園!『爆発(エクスプロージョン)』、『(バイン)』!!」

 術を発動するのを見計らい、昇流と茜は屋根の上に飛び乗り退避する。写ノ神もまた空中に飛び上がると、飛んだ瞬間に持っていた二枚のカードを地面へと投げつける。

「オラアアアア!!!」

 刹那、二枚のカードの力は絶妙に混ざり合い、神父たちの周囲で爆発が起こった。爆発は一度ではなく二度続き、確実にその息の根を仕留めるのだ。

 

 そして、三方向のうち左側の道を進んだドラと龍樹は市場へと入り込み、追っ手の神父たちと交戦になった。

 人々を成る丈巻き込まぬ様最善の配慮をしつつ、龍樹はその手に錫杖ではなく市で売られていたタラバガニの手を重ね合わせ、それを剣に見立てる。

「タラバ二刀流!死にたいものはかかってくるがよい・・・」

 

【挿絵表示】

 

 今にも落ちそうなほどに不安定なタラバの足で挑発すると、魔術を使えない神父たちは市場から失敬した新鮮な魚介類を手に、それを食材としてではなく武器として活用する。

「シシャモスライサー!」

 神父の一人が、シシャモを手裏剣の如く器用に投げる。

「甘いわ!!」

 龍樹はタラバの剣でシシャモの手裏剣を薙ぎ払う。直後、イカを直接ぶつけてくる神父の攻撃に苦戦する。

「龍樹さん。食べ物を武器にしたりしちゃいけませんよ」

 傍らで、周りの観光客に紛れながらドラは戦う龍樹の事を叱責しながら、さりげなく失敬したバナナを頬張り観戦する。

「お主も少しは戦わんか!!バナナなど貪りおって、緊張感の欠片もないのか!!」

「しょうがないじゃないですか。戦うのって結構疲れるんですよ」

 と言いつつ、その手に持ったバナナをひたすら喰い続ける。

 そのとき、隙だらけのドラに狙いを定めた神父は、店頭で売られていたウニを手に取りまるでタワシを投げる感覚で、安易にドラへぶつけようとした。

 複数のウニが一斉に飛んでくると、ドラはバナナを食べつつ空いている方の手で空っぽの網籠を持ち、飛んでくる全てのウニを籠の中へと納める。

 ある種の曲芸を見せられた感じだった。神父たちが吃驚すると、ドラはバナナを食べ終えると同時に店頭で売られていたカツオを手に取り、神父たちの下へと接近する。

「カツオは―――魚へんに『堅い』って書くんじゃああああ!!!」

 龍樹への説得力を自らの手で無に帰す一撃だった。読んで字の如く堅いカツオの皮膚で叩かれた神父たちは悉く気を失い、呆気なく倒れ伏す。

「人のこと言えた口か貴様!!自分だって食べ物粗末にしおって!!」

「大丈夫ですよ。今晩の夕食のおかずにして美味しくいただきますから」

「持って帰るのか、ええ!?生臭いわ!!」

 

 そのとき。港の方で勢いよく水しぶきが上がる音がした。ドラと龍樹がその音に気が付き海の方へ向けると、舞い上がった水のタワーから人影が映し出され、人々に畏怖の念を抱かせる。

「あれは・・・・・・」

 目を細める二人。次の瞬間、水の中に潜む物影がもぞもぞと動き、湧き上がった水が無数の滴となってドラたちの方へと飛んで行く。

 水滴は瞬時に矢のように鋭利なものへと変わり、二人は飛んできたそれを躱し―――水の中の人影を凝視する。

「輝くトラペゾヘドロンの欠片を持っているのは・・・・・・どちらです?」

 水の中に潜んでいた人影はその姿を現した。ドラと龍樹の前に現れた、青いメッシュを入れた幼さが残る青年―――シャテルはおもむろに問いかける。

 ドラはシャテルの言葉を聞くと、駱太郎から託された欠片を取り出し、堂々と見せつけた上で挑発的な言葉を口にする。

「そんなに欲しいなら奪ってみなよ―――魔術師らしいやり方で」

 ドラが言った瞬間、シャテルは水を自在に操り、魔術を発動する。海から組み上げた大量の海水は無数の槍となり頭上から降り注ぐ。的にされた二人は降り注ぐ水の槍を躱しながら彼方へと走る。

「わざわざ挑発せんでもいいじゃろう!」

「教唆を仕掛けて敵の力量を調べることは大事ですよ。どうせこの場じゃ決着なんてつかないんですから」

「全く・・・お前と言う奴は・・・・・・」

 優秀な能力を持ち合わせていながら、周りの迷惑を考えず無秩序で理不尽な言動を振りまくドラと一緒に居続けることは、龍樹でさえ疲労感を覚える。

 

 ドカーン!!

 

 駱太郎とアダマの力は、ほぼ互角のものと思われた。だが、実際の状況は駱太郎の力がアダマの魔術を押しており―――優勢を獲得しつつある。

「は、は、は、は、は・・・・・・こいつ」

「へへ。どうした?土くれの手甲はもう限界か?」

 アダマが装備する崩壊寸前の手甲を見てほくそ笑む駱太郎に、当人は悔しい思いを抱く。崩壊しつつある手甲の間から血が滴り落ち、彼自身も手の限界を迎えようとしているのは火を見るより明らかだった。

「いい気になるなよ。俺は四大元素を司る星の智慧派の魔術師・・・土のアダマだ!!」

 強い語気で言い、アダマは羽ペンで空中に文字をなぞった。

 すると、無造作に転がっている瓦礫から土を採取し、崩れかけた土の手甲の強度を増すばかりか―――4本の棘を伴ったパンチグローブを作り出す。

「ふはははははは!!!こいつで殴られれば、如何にそのトリ頭でも理解するだろう!!絶対的な力の差と言う奴を!!」

 と言った瞬間、眼前に居るはずの駱太郎の姿がどこにも見当たらなかった。

「あ・・・あれ?」

 呆気にとられた声を漏らし、慌てて周りを見渡す。

 と、次の瞬間―――アダマの下に隠れていた駱太郎が低空タックルを仕掛けて来た。

「隙だらけなんだよてめぇは」

 がっしりと掴んだアダマの両足を決して放さず、駱太郎は低い姿勢からアダマを押し出し後方にあるレンガ造りの壁へと激突させる。

「ぐああああ!」

「おめぇとの勝負はお預けだ。お迎えが来たから俺は行くぜ」

 言うと、幸吉郎並みに荒い運転操作で走ってくる一台のワゴン車が駱太郎の前に停車する。扉が開くと、難を逃れた仲間たちが搭乗している。

「早くしろ!!」

「急いでください!」

 幸吉郎と茜に呼びかけられた駱太郎は急いで後部座席へ乗り込む。乗った直後、彼は真っ先に車を運転していた昇流を見て、

「これどこで盗んできたんだ?」

「バカ!借りたんだよ!!俺のクレジットでな・・・!」

 大喝した昇流は車を緊急発進させる。

 駱太郎のタックルを受けたアダマは、逃げる車を追いかけ、閉まり切っていない扉の端を掴んでしがみついてきた。

「まぁ何て勇敢!男らしいですね・・・」

 と言いながら、茜は涼しい顔で「けどさようなら」と口にし、持っていた苦無の先をアダマの手の甲へと突き刺した。

「いっでええええええ!!!」

 鋭い痛みが神経を過度に刺激する。痛みに耐えきれず手を放したアダマは走行する車から放り出され落下する。勢い余って地面を転がると、半泣き状態で茜に傷を負わされた手の甲を押える。

「くそっ!あのアバズレ、ただじゃおかねぇ!!」

 

「おい、爺さんと鬼畜兄貴はどこだ?!」

 と、隠弩羅が言った矢先―――市街地を移動してきた魔猫と僧侶、もといドラと龍樹が現れ、昇流の車を差し止める。

「「とまれ―――!!!」」

「うわあああああ!!!!」

 急に前に飛び出してきた二人に驚き、昇流はブレーキを力一杯踏み、二人と接触するか否かのギリギリの距離で車を緊急停止させた。

「バカっ!!急に飛び出してくんじゃねぇよ!!」

 と、普通に怒鳴ったところで二人には馬の耳に念仏だった。ドラと龍樹は怒る彼を無視して車へ乗り込む。

「それどうしたんだよ?」

 写ノ神はドラが大事そうに持っていたカツオに目を奪われ、率直に尋ねる。

「大安売りしてたから買って来た」

 鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の五人と隠弩羅、昇流を乗せた車は教団の追っ手を逃れるため、クロアチアの南を目指し―――疾走する。

 辛くも追跡を逃れたドラたちを追って来たイグネスたちは、徐々に見えなくなっていく彼らの車を見て悔しそうに顔を歪める。

「くっ・・・・・・またしても!!」

「思った以上にしたたかですね。特にあのネコ・・・・・・強いのだかやる気がないのか、分別がつきません」

「そんなことはどうでもいい!!魔術師四人で欠片を取り戻せぬとはどういうことだ!?」

「あのトサカ頭め・・・・・・必ずや後悔させてやる!!」

 激しく悔しがるイグネスや涯忌、アダマとは対照的にシャテルは冷静にドラの能力を分析していた。

 

 

クロアチア市内 リゾートホテル一室

 

「申し訳ありませんねカーウィン殿。彼ら意外とすばしっこいというか、運がいいというか・・・・」

 その日の夜。ホテルの一室でドラたちを取り逃がしてしまった事も含め、ヘルメスは別所で待機するカーウィンにありのままの事を伝えた。

「まぁいい。それより教祖、奴らは南へ向かった。イグネスたちに伝えろ」

『ええ、確かに伝えますよ。それよりカーウィン殿、その場にいないあなたがどうして彼らの動きが分かるのですかはい?』

 何となく気になったヘルメスが電話越しに質問を投げかけると、間を置いたのち―――カーウィンは低い声で答える。

「それは私が、妖術師の血縁だからだよ教祖」

「カーウィン殿。あなたは語学も堪能だけでなく、ジョークもお上手ですねはい。びゃーっははははは!!!」

 その笑いは軽蔑を意味しているのか、ないしは褒め称えているのか―――その真意を知る事はできなかった。カーウィンは不気味な笑いをしばらく聞いた後、無言で電話を切る。

 やがて、机の上に広げたクロアチアの地図を見ながら―――おもむろに右手を翳し、力を込める。手の甲に血管が浮かび上がると、カーウィンは目を瞑りドラたちの位置を特定しようとする。

 

 

8月6日 午前8時40分

クロアチア 南部・スプリト

 

 一日を費やしクロアチア国内を南下したドラたちは、クロアチア南部のダルマチア地方最大の都市にして、アドリア海東海岸の小さな半島に位置するスプリトに到着する。

 車を止めると、全員は白を基調とする建物やヤシの木が街路樹として植えられた市内を見渡し―――周りに敵がいないことを確認する。

「ここで間違いないの?」

「ああ。もう一つの欠片はこの街の旧市街のどっかにあるはずだ」

「その言葉に嘘偽りはないのか?」

「何も年がら年中ウソついてる訳じゃねぇよ!!」

「どうも信用できねぇな・・・」

 隠弩羅からもたらされる情報がイマイチ信用できないドラたちは常に疑心暗鬼を抱いていた。元から信用されにくい側の立場である隠弩羅だが、これだけ周りから疑念を抱かれると少々生き方を変えてみようとも思った。

「まぁいい。嘘か真は己の目で確かめるに限る。旧市街とやらに行ってみよう」

 車を降りると、全員はスプリトの旧市街へと向け歩き出す。

 

 

スプリト 旧市街

 

 スプリトは、アドリア海の宝石と称されるクロアチアの島々を巡る起点となる場所で人々はフェリーを待つ間、旧市街の中を歩くのが観光の定番となっている。

 ドラたちも多くの観光客に交じって街の中心を目指し歩き続ける。

 と、そんな彼らの目に留まるのは不思議な光景。そこには古代ローマ時代の面影を残す古い建物が沢山あり、それが現在の建物と調和を図っている。

「ここ本当にクロアチアか?」

「ロヴィニとは大分印象が違ってますね」

 同じクロアチアでもまるで印象が異なっていた。そこで、ドラはパンフレットを活用し、胸に突っかかった疑問を晴らそうと思った。

「えーと・・・・・・ふむふむ・・・あ~、なるほどね。そういうことか」

「何が成程なんですか?」

「ここスプリトはね、かつて古代ローマの皇帝が大宮殿を建てた場所らしいんだ」

 そもそもスプリトは―――専制君主制(ドミナートゥス)四分割統治(テトラルキア)、キリスト教の「最後の大迫害」で知られるローマ皇帝ディオクレティアヌス(244~311)が200メートル四方の大宮殿を建てた場所だった。しかし、皇帝の死後―――宮殿は廃墟と化していた。

 その後7世紀になると、今度は移り住んできた人たちが壊れた宮殿の建材を利用して街を再建。新たな住居や教会が作られていった結果、なんと・・・遺跡と住居が融合する不思議な街が出来上がった。

「へぇ~・・・なかなか奥深いな」

「って、呑気に歴史の話かよ・・・・・・探し物は何ですか?黒い欠片だろ」

 珍しく昇流が皆を先導すると、ドラたちは不承不承に本来の目的である黒い欠片の探索を開始する。

 旧市街で店を出す人間を中心に聞き込みを始めたドラたち。無論、簡単に手掛かりが見つかる訳では無かった。その悉くが「知らない」や「見たことがない」と言われ、失われた欠片の行方を追う事は正に雲を掴むような話だった。

 だがそれでも彼らは諦めず、根気よく聞き込みを続けた。そして、聞き込みを初めておよそ2時間―――ついに有力な手がかりを入手した。

 ドラたちに情報をもたらしてくれたのは、骨董品屋の店主で、彼は実際に黒い欠片を商品として提供していた事が判明。だがそれは同時に、彼らにとって由々しき情報をもたらす事でもあった。

「「「なんだって―――!!!」」」

「売れちゃったって・・・・・・ウソですよね!?」

「いやぁ~・・・それが嘘じゃなかったりして、へへ」

 輝くトラペゾヘドロンの黒い欠片は、既に売却され別の人間に手へと渡っていた。これを聞いた途端、今までの苦労がすべて水泡に帰した感覚に陥った。

「おい!ふざけるなよ!!何のためにこちとらわざわざ日本からやって来たと思ってるよ!!何のために邪教集団に命狙われたと思ってるの!?」

「そんなこと言われてもね・・・・・・売れちゃったんだから仕方ないよ」

「おい、オヤジ!どんな奴が買ってたか分かるか!?」

「ん~~~・・・・・・どんな奴だったかな・・・・・・覚えてないよ」

 あっけらかんとした態度で答える店主に、ドラは怒りを抑えることができなかった。

「ぶち殺されてぇのか!!」

 爆発した怒りを殴るという行為に変え、ドラは店主の顔面を殴りつけ昏倒させた。

「バカ!何も殴ることはねぇだろ!!」

「でもどうするんですか、欠片が売れてしまうなんて・・・前代未聞ですよ!」

 ここまで来てどうすることもならないのか・・・・・・誰もが諦めかけたとき、隠弩羅はサングラスの位置を直し、固唾を飲む。

「・・・こうなったら一か八かだ」

「どうするつもりだよ」

 すると、おもむろに隠弩羅はドラに殴られ気を失った店主の頭に手を乗せ―――全神経を集中させ、魔術を行使する。

 隠弩羅の脳内を駆け巡る無数の記録。彼は今、店主のこれまでの記憶を遡り欠片の購入者の足取りを追っている。額に汗を浮かばせ、魔術を行使し続ける中―――目的の人物と思われる若い女性が、その手に黒い欠片を持っている映像を捕える。

「わかったぞ!!」

「本当か!?」

「ああ。直ぐに追いかけ・・・」

 ブチ・・・・・・

 隠弩羅が立ち上がった直後、彼の全身から茶色に染まった何かが噴き出した。

 茜は顔や服に噴きかかかったものを指でなぞり取ると、それは非常にドロドロしていて独特の臭いがあった。彼女はこの独特の臭いを発する物の正体を知っていた。

「油・・・・・・?」

 茫然自失と化す中、ドラたちの目の前で油を噴き上げた隠弩羅は力なく前に倒れ、意識を失った。

「隠弩羅!!」

「きゃあああああああああああああ!!!」

 

 

 隠弩羅の身に何があった!?彼が抱える許容しがたいハンディキャップとは―――!!

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その24: バカなのに理屈っぽくしゃべると余計バカって思われますから

 

論理的と理屈っぽい・・・果たして何が違うのか?論理的とは誰でもわかる言葉で簡潔に伝える能力で、やたら言葉を使ってだらだらと言うのが理屈っぽいのではないか。人にプレゼンするという力はそう簡単には養えない。(第21話)




次回予告

駱「なぁドラよ。俺この際だから聞いときてぇことがある。場の空気を読まずにバナナ食うの止めた方がいいぜ」
龍「よくぞ言った!拙僧が戦っている横で傍観者気取りでバナナなど頬張りおって・・・一体お主は何様のつもりじゃ!?」
ド「ネコ型ロボットのつもりですけど」
写「次回、『城壁街の戦い』。クロアチア紀行はまだまだ続く!そして大乱闘もまだまだ続く!!」

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