サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「世界にその名を認められた漫画家、藤子・F・不二雄先生が世に生み出した作品・・・それがドラえもん!そのドラえもんの姿を模って、いろいろと汚していると言われるのがオイラだ!ドラえもんには妹のドラミがいるけど、オイラにも似たような奴がいる」
「何の前触れもなくひとんちに上がり込んで冷蔵庫の中を物色するような奴を、死んでも義理の弟だとは思いたくないのだけど・・・・・・なんだって隠弩羅の奴、直接玄関から上がって来れないんだろう。あいつのそういうところが大嫌いなんだわ!!」


這い寄る脅威

小樽市 サムライ・ドラ宅

 

「で、結局おめぇは何しにやって来たんだよ」

 夜な夜な何処からともなく現れたドラの義理の弟・隠弩羅を不審そうに見つめながら昇流は率直な事を尋ねる。

「金に困ってても一円も貸さないからな。元より貸す気もないけど!」

「人の話を最後まで聞けよ!まったくどいつもこいつも話の腰を折りやがって・・・わざとか、わざとだと言ってみろ!!」

「わざとじゃない。意図的にやってるんだ!」

「それをわざとって言うんだよ!!バカタレが!!」

 直ぐに話の腰を折ってしまう義兄弟のやり取りに溜息を漏らし、写ノ神はおもむろにつぶやく。

「あのさ、こう言っちゃなんだが・・・お前が一番話の腰を折ってると思うけど」

「写ノ神君の言う通りですね」

「おっといけねーいけねー!いつの間にか兄貴のペースに乗せられていたぜ。まぁ兎に角だ、俺は物取りじゃねぇ。俺はそこのトリ頭に用があって来たんだ!」

「なぬ?駱太郎に・・・」

 駱太郎を指さす隠弩羅。皆が訝しげな顔を浮かべる中、指名を受けた駱太郎はどこか照れくさそう頬をかく。

「ったく・・・モテる男は辛いなぁ。けど生憎な話、チャラ男のネコロボットに惚れられる趣味はねぇんだが」

「おめぇも人の話を最後まで聞け!!自意識過剰だぞ!!」

 自分に対する意識が高い駱太郎を怒鳴りつけ、隠弩羅は「そうじゃなくて!」と言う。

「ほらあれだよ。俺から盗んだ黒い欠片、あれ返して欲しんだよ」

「欠片だぁ?」

「この期に及んでとぼけるのはよしてくれよ。昼間、河原で黒い欠片拾っただろう。あれだよ、あれ。あれはメチャクチャ大事なものなんだ!素直に渡して貰えればすぐに引き上げるけど、渡さないと厄介な事になるのは必至だにゃー」

「持ってるのか、単細胞?」

「早く渡せよ!」

 駱太郎が持つ物を明け渡してほしいと懇願する隠弩羅。写ノ神と幸吉郎にも催促され、駱太郎は無造作に床に放り投げた上着を手に取り、ポケットの中を漁り出す。

「えーっと・・・待ってくれよ確かこの辺に・・・・・・お、これか」

 ポケットから出て来たもの―――それは紛れもなく一度は隠弩羅の手元にあった特殊な形にカットされた黒い欠片だった。

「おー、そうそうそれ!!さっさとそれを俺に返して・・・」

 と、言った瞬間。

「伏せろ―――!!!」

 ドラは外から感じ取った殺気に目を見開き、声を荒げる。

 バリン!!

 ダダダダダダダダ!!!ダダダダダダダダ!!!

「「「うわあああああ!!!」」」

 窓ガラスが割れる音と同時に、リビングに向かってマシンガンの弾が撃ち込まれる。全員は銃弾が撃ち込まれた事に驚きながら、即座に身を低くする。マシンガンの弾は何十発と撃ち込まれ、リビングにあるものを手当たり次第に撃ち抜いた。

 しばらくして銃声が収まり、ドラたちは突然の理不尽な出来事に激しく困惑する。

「ててて・・・おい誰だ、マシンガンでガラス割ったのは!?」

「まさか・・・・・・あいつらか!!」

 怒鳴りつける昇流と何かを危惧する隠弩羅。

 すると、フードを目深にかぶった神父服の集団が一斉に怒涛の様に入り込んできた。その手にはマシンガンが握られており、ドラたちへの敵意は明確だった。

 一同は四方を囲み銃口を構える神父たちを見据えながら、部屋の中央に集まり肩と肩を触れ合いながら出方を窺う。

「こんな真夜中に神父が集まって来たってことは・・・この機会に己の罪を懺悔しろってことか?」

「冗談止せよ!誰がマシンガン持った神父に向かって懺悔しないとならねぇ!怖くてんなことできるか!」

 性質の悪い冗談を口にする駱太郎に写ノ神は至極真っ当なコメントをつぶやいた。

「懺悔なら拙僧がいつでも聞いてやるがな」

「そういう問題じゃありませんよ龍樹さん」

「第一それ言うなら、オイラなんか死罪相応の大罪をいくつも犯してますよね。今更懺悔したところで神様も許してはくれないでしょう」

「それ以前におめぇは罪を悔い改めることすらしねぇだろ!」

 昇流がドラを一喝した直後、神父たちは敵意という名の殺意を強め、銃口を向け彼らを威嚇する。

 下手に動くことができない状況でドラたちが険しい表情を浮かべていると、割れた窓ガラスを通って―――緑色のメッシュを入れた前髪が異様に鋭く尖った男が現れる。

 その男、涯忌(がいき)は駱太郎が手に持っている黒い欠片を目視し不敵な笑みを浮かべる。直後自分たちの要求を突き付ける。

「その欠片をこちらへ渡せ。教祖様が欲しがってんだよ」

「教祖様って・・・こいつら新手のカルトマニマか?」

「んじゃなんだよ。地下鉄に劇物ばら撒いたり、みんなで座禅組みながら空中浮遊の練習でもしてるってことか!」

「あるいは元気にこう歌ってるの。フォフォフォフォーコー!・・・って」

 駱太郎やドラの口から多方面に渡って危険な発言が目立つ中、隠弩羅は舌打ちをしながら、さり気無く懐に手を突っ込んだ。

「全く・・・どうしてタイミングを見計らって襲ってこねぇかな」

 言った瞬間、懐から閃光弾を取出し―――それを頭上へ投げつける。

「おらよ!」

 ピカーンと光った閃光弾。暗がりに目が慣れていた神父たちは目映い光に一斉に目を眩ませる。

「ぬおおおおおおおおおお!!!目が痛い!!!」

 涯忌は周りの神父以上に明るい物への態勢が弱かった。彼は生来瞳孔が開き安い体質ゆえに太陽の光を極端に嫌った。況して、閃光弾など彼にとっては害以外の何物でもなかった。

「今のうちに逃げるぞ!車に乗り込め!!」

 襲撃者が目をやられ塞ぎ込んでいる隙を突き、隠弩羅は家を飛び出し車庫へと向かった。

「ちょっと!家の修理費誰が負担してくれるの!?」

「神にでも祈ってくれにゃー!」

「ふざけんな!!こちとら無神論者だよ!!」

「何でもいいから早く来いよ!!」

 突然の襲撃に始まり、その襲撃者によって窓ガラスを含む多くの日用品への被害に対してぶつくさと文句の多い面倒な性格のドラを何とか説得し、一同はワゴン車へ乗り込んだ。

「発進!!」

 エンジンを始動させると同時に、駱太郎はアクセルを強く踏み、それをしながらハンドルを名一杯回して自宅を出発する。

「チクショー。おい、そこの神父共!!お布施でたんまり集めた金で必ず弁償してもらうからな!!覚悟しとけよ!!」

 言いながら、ドラは窓から顔出し目をやられた涯忌の顔に向かって唾を吐き捨てた。

 ドラの唾を額に受けた涯忌は、おもむろに流れ落ちる唾を拭き取り―――これまでにない屈辱に体の内側から怒りを沸々と湧き上がらせる。

「くそ・・・・・・車を追え、早く!」

 

 神父服の集団から逃れ、市街地を離れたドラたちの車は札樽道を走行する。

「ふう~、一先ずまいたな」

 隠弩羅が安どのため息を漏らすと、全員は前方の隠弩羅を注視する。

「何だったんですか、あの人たち?」

「それはこれからたっぷり説明してやるよ。車の中じゃあれだから、どっか広い場所に移動しよう」

「広い場所って、どこ?」

 ここにきて一気に疲労感が滲みだした顔を浮かべ、昇流がおもむろに尋ねると―――隠弩羅は口元をつり上げ、ほくえ笑む。

「へへ。札幌のすすきのにある俺の行きつけの店だ!!」

「すすきの?」

「ヤバい・・・果てしなく嫌な予感しかしないぞ」

「オイ!変なとこに俺たち連れてくつもりじゃねぇだろな、チャラ猫!」

 露骨に顔を歪め辟易するドラの姿を目の当たりにすると、幸吉郎が焦りと不安を抱き隠弩羅に突っかかる。

「にゃっははは!大丈夫、大丈夫。楽しいところぜよ!」

「その語尾は誰を意識してるんですか?坂本竜馬?」

 ずっと気にかかっていたことを、今この場で茜が全員の気持ちを代表して尋ねてみたところ、隠弩羅は暴露する。

「ハートキャッチプリキュア!のクモジャキーって敵キャラだ」

「知らねぇよ!!」

 誰もが知り得ないマニアックな情報を口にする隠弩羅を、ドラは皆の気持ちを代表して大喝した。

 

 

札幌市中央区 すすきの 

 

 北海道札幌市中央区にある歓楽街―――すすきの。 歌舞伎町(東京都新宿区)、ススキノ、中洲(福岡市)を称して日本三大歓楽街と呼ばれる事もあり、東京以北最大の歓楽街でもある。

 ドラたちは隠弩羅の口車に乗って、ホームタウン小樽を離れ、北の欲望と切望が集う街へと足を踏み入れた。

 

「彼ったら、やっぱり本物の女の方がいいっていうの!」

「そんなもんよ男なんて」

 男と女だけがいる訳ではない。男でも女でもない者も多く集まる。すすきのには多種多様な人種が集まっては、一時の幸せを求めて怪しげな店の扉を潜る。

 そして今宵―――隠弩羅行きつけの店「コスプレパブ・アゲアゲ天国!」では、

「本日は当店にようこそおいで下さいました。お楽しみショータイムの時間がやってまいりました!どうぞ最後まで気分など悪くされないよう心行くまで、お楽しみにください」

 男でも女でもない者―――いわゆるオカマが某アニメ作品に登場するキャラクターのコスプレでドラたちに挨拶をする。客として招かれたドラたちは適当に喉を潤しながら、これから始まろうとしているショーを鑑賞する。

 室内が暗くなり、間もなくショーが開始されようとする中、隠弩羅の姿がどこにも見受けられない。無論、彼こそショーの主役であり言い出しっぺだった。

「何が始まるんだ・・・」

「大体想像はつくぞ、オイラ・・・」

 この場にいる全員が胸に大きな不安を抱える中、スポットライトがステージ中央に照らされ、ショーが始まった。

「「「プリキュア、プリキュア!」」」

 ライトが点灯した途端、隠弩羅と彼と親しいこの店の従業員(アニメオタクのオカマ)はフリフリの衣装とカラフルなかつらを被り、ノリノリで踊り始めた。

「プリキュア、プリキュア、プリキュア、プリキュア、プリティでキュアキュア、ふたりは~、プリキュア~~~!!」

 マイク片手に熱唱する隠弩羅と、彼の歌に合わせ狂喜乱舞するコスプレバックダンサー。秋葉原の一角に放り込まれた感覚のドラたちが眼前から伝わるオタクたちの異様な熱気に身震いし、それを呆然と見つめる。

「一難去って、また一難~ぶっちゃけありえない!!」

 

 ドン!

 

「ありえな~~~い・・・///」

 歌の途中にも関わらず、ドラは熱唱する隠弩羅の顔面を歪み変形させるほど強く殴りつけた。歌とダンスが中断し、バックダンサーをしていた従業員たちは早々にステージを下り、ドラの下から蜘蛛の巣を散らすように逃げて行く。

「おいコラ!!誰がすすきのまで来てコスプレパブに招待しろって言った、ああ!?誰がお前のオタク趣味に付き合うって言ったよ、ああ!!」

 殴り倒された隠弩羅を起こすと、ドラは胸ぐらを掴み形相で睨み付け、胸の内に湧き上がったフラストレーションを爆発させた。

「ひ、ひでーな・・・せめてサビのところぐらい歌わせてくれたっていいじゃねぇか///」

「とっと状況説明のみしろ!!さもなければ、この場にいる全員でお前の存在を全身全霊でもって否定してやる!!」

 厳しく辛辣なコメントだった。激情したドラのすぐ後ろには、幸吉郎を始め鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の正規メンバー五人、加えて杯昇流が殺気を剥き出しに隠弩羅を威嚇している。

「わかったわかった!!話すよ・・・///」

 これ以上のおふざけは流石に自分の身の破滅をもたらすだけと言う事を直感した。隠弩羅は甚だしい狂言を止め、真面目に状況の説明に努めることにした。

 

「よし、んじゃ話すぞ。まずはあいつらが何者かだが・・・連中は邪教集団“星の智慧派教団”だ」

「星の智慧派教団?」

「聞いたことあるな。クトゥルー神話に同じ名前の組織が出てきてなかったか?」

 聞き慣れない教団の名が出た直後にドラがクトゥルー神話について触れると、隠弩羅は思わず感心する。

「ほう。素人の兄貴にしちゃよく知ってるな」

「ふん、お前に褒められてもまるで嬉しくもない」

 造詣が深い事を褒められても隠弩羅への態度は依然としてドライだった。不貞腐れるドラに嘆息を突くと、昇流は「で、そいつら何者なんだ?」と、改めて尋ねる。

「まぁ考えようによっちゃ、オウム以上に恐ろしい宗教団体だ。奴らは、一度キリスト教会から邪教と認定され、当局の弾圧を受け一時は衰退したんだが・・・近年その勢力を取り戻しつつある」

「そ、それで・・・」

 思わず息を飲み恐る恐る駱太郎が問い質す。隠弩羅はサングラスの位置を微調整し、口にする。

「奴らは、ある魔道具の力を使って大規模な計画を企てている。その力を手に入れた時、世界の秩序は崩壊し・・・・・・奴らの思うがままの世界となるだろう」

「あ~もうじれってぇな!何なんだよ、その力って!?魔道具ってなんだよ!?」

 痺れを切らした幸吉郎が核心に迫ると、隠弩羅は息を整え―――答える。

「その魔道具の名は・・・―――“輝くトラペゾヘドロン”!!」

「トラペゾ・・・ヘドロン?」

 聞き慣れないだけでなく意味不明且つ長いカタカナ語に、茜はまるでチンプンカンプンな様子で疑問符を浮かべる。

「兄貴も口走ってたように、クトゥルー神話に出てくる忌わしき禁断のアイテムだ。別名を『時間と空間のすべてに通じる窓』ともいい、闇の中で無貌(むぼう)の神・ナイアルラトホテップを召喚する道具として使われてきた」

「ナイアガラ・・・な、なんだって?」

「ナイアルラトホテップじゃよ、写ノ神」

「舌を咬みそうな名前だな」

 言い間違えを龍樹に正されると、写ノ神は思った感想をつぶやく。隠弩羅は周りを見つめながら、難解な単語の意味を掘り下げる。

「ナイアルラトホテップは、無貌の神と言われるように、何にでもなれる旧支配者の中でも特異な神性を持っている。文献によってその容姿は千変万化していて、ある話では長身痩躯で漆黒の肌をした人間の姿だったり、『這い寄る混沌』つう本来の姿だったら、古代エジプトの神像にその面影をとどめた、触腕だったり、鉤爪なんかを備えたわけわかんない化け物だって話だ」

「つまり星の智慧派教団は、その邪神・・・ナイアルラトホテップを復活させるために輝くトラペゾヘドロンを狙っている・・・?」

 ここまで聞かされた話を整理する意味合いも込めてドラが隠弩羅に尋ねる。

「簡単に言えばそう言う事だ。かつて、遥かな太古・・・暗黒の惑星ユゴスで作られた輝くトラペゾヘドロンは、『古のもの』によって地球にもたらされた。奴らが衰退した後も、各時代に覇を唱えた種族の所有物になっていった。やがて、人類がその結晶を初めて手にしたのは、超古代に栄えたレムリア大陸だったんだが・・・あれは単なる空想だ。実際はミノア文明期に漁師が海底からすなどりして見つけた物が、ケムから来た商人を通じて暗黒のファラオであるネフレン=カの手に渡ったんだ」

「何だかややこしいですね・・・」

「俺らにはどうにも理解しづらい内容だもんな」

 クトゥルー神話というギリシャ神話や北欧神話以上に難解で、世界観が掴めないものから派生した禁断のアイテム―――輝くトラペゾヘドロンというものに対し、どうしてもイメージがつきにくい茜と写ノ神が難しい顔を浮かべ、腕を組む。

 喉の渇きを潤すため、酒を補充した隠弩羅はいよいよ話の趣旨となる部分について触れ始める。

「さてさて、ここからが話しのミソぜよ。元々ネフレン王ってのは言うほどの悪じゃなかったんだ。だがあるとき、王の前に強力な霊能力を持った妖術師が現れたんだ。奴はその力を悪用し影で王を操り、輝くトラペゾヘドロンの力を使って凄まじい悪の力を持った邪神ナイアルラトホテップと手を結び!」

 瞬間、隠弩羅は雰囲気を出すため赤いスポットライトを自らに当て―――「世界を支配しようと考えたんだ!!」と言って、邪神の真似事をしながらドラたちに話し続ける。

 大袈裟でありやや話を誇張しているようにも思える隠弩羅を、彼らは何も言わないがドラたちは若干引いた目で見つめる。

「だが、王の神官たちは国を守るため利害関係を越え協力して戦い、多くの犠牲者を出しながらこの妖術師を倒し!」

 スポットライトを赤から緑に切り替え、自分を照らしながら彼は時折踊りながら話を続ける。

「何とかナイアルラトホテップの力を封じ込めることができたんだ。邪神の力は金属の箱に吊り下げられた黒い多面体として結晶化し、それを二つにカットした上で神官たちが厳重に管理することになり、邪神が二度と甦ることのないよう箱は地中深く埋められたって訳だ」

「へへ・・・」

「めでたしめでたし・・・で?」

 大筋の話が終わり、その後の事について尋ねようとした直後、駱太郎はこの話を聞いた上で直感し声を上げた。

「おお、そうかわかったぞ!その箱って言うのが昨日ニュースでやってた奴で、黒い欠片は俺がパクって来た奴だな!」

「「「「「「え?」」」」」」

 皆が一斉に駱太郎の言葉に耳を疑う中、隠弩羅はニコッと笑い、「その通りだっ!!!」と叫び―――駱太郎を指さした。

「よっしゃー、やった当たった当たった!商品はなんだー!」

「クイズじゃねぇんだよ!!」

 

 

札幌市 黒石区

 

「じゃあね。愛してるよママー!」

「ふふ。あたしもよ」

 酔っぱらったサラリーマンと、それを見送るスタックの女将。仕事での鬱憤を抱えたサラリーマンが多く蔓延るスナックの一角に場違いな店が存在する。

 雑居ビルの4階に事務所を構える「占い館ヘルメス」―――表向きは巷でも有名な占い専門店だが、その正体は邪教教団“星の智慧派教団”の札幌支部である。

 水晶や鏡が散りばめられたオフィスの奥には教団の控え室が設けられ、入信者から集め取った多額のお布施と店舗営業で儲けた金を元手に内装を施したその場所には教祖のヘルメスを始め、第一補佐官のイグネスら主要幹部が一堂に会する。

「びゃーっははははは!!いや~何だかものすごく申し訳なかったですね。折角外国から欠片を持ってきてくれはったのに」

「まぁいい。箱は既にここにある」

 甲高い声で常軌を逸した笑い方をする、胸に二匹の蛇が絡まった杖が描かれたバッチを付ける教祖ヘルメスと―――その隣に座り机上の金属の箱を凝視する外国人、カーウィン。その箱こそ、東京大学の考古学研究室から盗み出した欠片と共に邪神を復活させるために必要不可欠な輝くトラペゾヘドロンの一部である。

「いずれ欠片を二つ揃え、この箱に吊るせば・・・」

「邪神がどひゃーっと出てくるっちゅーわけですね!びゃーっははははは!!!」

「もうひとつの欠片の在り処は?」

「それがなんかよくわからなんいですよはい。でもご安心を。目下、全力で捜索してるんで直に見付かると思いますよ・・・・・・勘ですけど!!びゃーっははははは!!!」

 常に不気味な笑顔を絶やさず本性が非常に掴みにくいヘルメスの表情を窺いながら、カーウィンはポーカーフェイスを決め込んだ。

「教祖。そろそろ」

 頃合いを見たイグネスが声を掛けると、ヘルメスは「ああ、そうでした」と言って、椅子から立ち上がる。

「出かけないといけませんね。あ、カーウィン殿はここに。それでは行きましょうか」

 席を立ったヘルメスが部屋の外へと向い歩き出す。彼の目の前に立ち尽くす筋骨隆々の肉体を神父服で覆い隠す巨漢、アダマは彼を凝視する。

「アダマさん。どうしましたか?」

「え、え?」

「出かけますよ」

「ああ、はい」

 丁寧にお辞儀をし、アダマはイグネスとともにヘルメスの付き人として同行する。

「ではまた後ほど。びゃーっははははは!!!」

「・・・・・・」

 他人の心を見透かすことは、カーウィンにとって造作もない事だった。だが、ヘルメスと言う男だけは不明瞭であり彼自身もその真意が掴みにくい存在だった。ゆえにカーウィンはとりわけヘスメスを警戒する。

 

 

同時刻 コスプレパブ・アゲアゲ天国!

 

 ヘルメスを筆頭とする星の智慧派教団が迫りつつある中、隠弩羅はこれまで話した内容を理解しているか、ドラたちに確認を取る。

「俺の話は大体分かってもらえたか?」

「まぁね。うちの駱太郎がおめぇからパクった欠片が、おめぇにとっちゃ大事なものだってことはよく分かったよ」

「俺だけの問題じゃねぇんだよ!!何聞いてんだてめぇ!!」

 昇流がそのように言うと、隠弩羅はいい加減な解釈をする彼の物言いが気に入らず、業を煮やし、机を叩きつけ大喝する。

「世界全体の問題をバカじゃねぇか!!そんなんだから、いっつも兄貴にバカにされたりするんだよ、分かってるのかおめぇのことだぞ、おめぇのこと!!呑気にボトルシップなんざ作ってんじゃねぇ!!」

「ぐう・・・///」

 最も言われたくない相手からぐうの音も出ないような言葉が向けられ、繊細な昇流の心は傷つき意気消沈する。

「長官・・・」

「言われたい放題ですね」

「気持ちはわかります。でも、こいつに言われるようじゃあんたはおしまいですね」

 周りは昇流に哀れみの感情を抱く一方、ドラが何の気なしに言い放った一言が更に彼の心を追い詰めた。

「ああ、て言うか質問なんだけど・・・どうやってこの欠片の位置を掴んだんだ?」

 写ノ神は隠弩羅が如何にして駱太郎の居所、もとい輝くトラペゾヘドロンの欠片の位置を掴んだのか、そのような疑問が湧いてくる。

 向けられた質問を聞き、隠弩羅は「ふふふ・・・」と、不敵な笑みを浮かべる。

「こう見えても隠弩羅様はすごいんぜよ。何せロボットでありながら魔術が使えるんだ!」

「ま、魔術?!」

「性質の悪い冗談ですよね」

 茜の露骨に信用していない口ぶりに隠弩羅は辟易しかける。

「コラコラ、決めつけるのはまだ早ぇよ。俺、基本ウソツキで80パーセントはウソと偽りでできてるけど、さっき言った事は本当だ」

「そうなんですか?」

 疑心暗鬼の幸吉郎は険しい表情をドラに向けおもむろに尋ねると、難しい顔を浮かべながらドラは「ああ」と隠弩羅の話を肯定し、話を掘り下げた。

「隠弩羅はロボットなんだけど、大昔神社に封印されていた式神と契約して魔術師になったんだ。正確に言えば、魔術師と言うより陰陽師・・・に近いのかな」

「どぅははははは!!!だとしても、こんなけったいな陰陽師は今まで見たことがない!!」

「俺だって、爺みたいな超がつく破戒僧見たことねぇよ」

 ロボットでありながら魔術師である隠弩羅の存在を酷く笑い飛ばす龍樹だが、駱太郎はさり気無く彼が真言宗の阿闍梨(あじゃり)でありながら雑念に取り憑かれ堕落した破戒僧であることを戒める。

「あとさ、おめぇがさっきから言ってるプリキュアってのは・・・なんだ?」

「写ノ神君は知りませんか?日曜日の朝8時30分から放映してるアニメです。伝説の戦士プリキュアに変身した美少女たちが巨大な悪と戦うという趣旨なんですよ」

「ザッツライト!!プリキュアは俺の命だ!!」

 色んな意味で残念な奴だ・・・・・・・・・・・・そう思いながら、写ノ神は嘆息を突いてから言う。

「おめぇの趣味嗜好にまではケチはつけないけどさ・・・欠片さえ渡せば俺たちに用はねぇだろ。帰らせてくれてもいいんじゃねぇか?」

「そりゃダメだ。教団は欠片を手に入れた暁にお前たちの命を奪うに決まってる。俺と一緒にいるんだ」

「まぁ確かに、あいつら神父の格好をした血も涙もない殺し屋にしか見えなかったし」

 数刻前―――マシンガンを携え形振り構わず攻撃を仕掛けて来た彼らの第一印象から、ドラは邪教集団の名に恥じない冷酷非道な敵であることを決めつける。

「おいお前!」

 そのときだった。隠弩羅に言われ放題だった昇流が不意に立ち上がる。声を上げた彼に皆の視線が向けられる中―――昇流は強い語気で言い放つ。

「勝手にこんなところ連れてきて今度は返さないだと?冗談じゃないぜ!俺たちは今すぐ帰る!!」

「よっ!長官たまにはカッコいいじゃねぇか!」

「見直しました!」

「これで給料ピンハネしなきゃ、せめて50点は付けてあげるんですけど」

「やかましい!!つーか俺の点数は50点以下だったのか!?」

 ひとりだけケチを付けるドラを怒鳴りつけた直後、昇流の言葉を聞いた隠弩羅は何も言わずに立ち上がり、彼を睨み付ける。

「や、やんのか・・・?」

 へっぴり腰気味に戦おうとする昇流だが、隠弩羅は口元をつり上げ―――ものの数秒で彼を抑え込み、プロレス技を仕掛ける。

「ぐあああああ~~~!!!しまるしまるしまる~~~///」

「にゃはははは!!!俺って結構強いんだぜ~~~!!!どうだ、参ったか!!」

 

【挿絵表示】

 

 わずか十数秒の戦闘の末、昇流は力の差を見せつけられ敢え無くダウン。ひどく落ち込む彼の後姿にドラたちは落胆の念を抱く。

「情けないのう・・・」

「魔猫の身内は色んな意味でヤバいな」

 隠弩羅は嘆息をつき、ドラたちを見ながら「お前たち、もう事件に巻き込まれてるんだ」と警告する。

「あのな!!巻き込んだのはてめぇだろうが!!」

 と、すぐさま幸吉郎が甲高い声で怒鳴りつけ―――その圧倒的な迫力に隠弩羅も相当に臆し肝が冷える。

「ま、ままま・・・そうなんだけどよ・・・!と、とにかく一緒に行動を共にした方が絶対いいって、なぁ!」

 そのとき、茜が「あのう・・・」と言いながらおもむろに手を上げた。

「お、どうした?」

「トイレはどちらでしょう?」

「ここ奥行って右だ」

 尿意を催した彼女はトイレの場所を聞きだし、おもむろに席を立ち歩き出す。彼女が歩き始めてすぐ、隠弩羅は「あ、そうだ!」と言って、思い出した事を補足する。

「しょん便は200CCまで、大は500グラムまで、んでもって紙はミシン目二つまでだからよ!!にゃはははははは!!」

 あっけらかんと笑っていると、茜は袖の下から何かを取出し高速で投げつけた。

 気付いたとき、隠弩羅のサングラスには苦無が突き刺さっており―――隠弩羅は凶気に染まったサミングに悲鳴を上げる。

「にゃああああああ~~~~~~!!!目が・・・目がああああああああああああ!!」

「完成度の低いムスカをするな!!」

「イチイチ鬱陶しいんだよ!!」

 本気で痛がる隠弩羅のリアクションに腹を立てたドラは有無を言わずに殴りつけ、それに便乗した幸吉郎が刀の先で、ズブズブ・・・と突き刺す。

「やっぱりこの中で一番危険だぜ、あのアバズレ」

「いや。今のは聞いたこいつが悪いと思うけど」

 茜を危険視する駱太郎と、飽く迄も隠弩羅に落ち度があると主張する写ノ神だが、正直な話―――ここには危険要素があまりにも多すぎた。

 

「まったく・・・女子に何を言って来るんですかね」

 デリカシーの欠片も無い隠弩羅の発言に辟易しながら、茜はトイレの扉を開ける。

「へ・・・・・・」

 次の瞬間、彼女は目の前の光景に絶句し―――用を足すという自然現象が一瞬にして吹き飛んだ。

 

「そもそもの話、輝くトラペゾヘドロンの欠片を何だってお前が持ってるんだよ?神官が管理してたんじゃないのか?」

 徹底的な理不尽を受け身も心も傷ついた隠弩羅を見ながら、ドラは疑問に思っていたことを尋ねる。

「いや~・・・・・・それには深い訳があるんのよこれが」

 

「いやあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 瞬間、トイレから聞こえてきた茜の絹を裂くような悲鳴に一同は耳を疑った。

「茜!?」

「どうした!!」

 写ノ神を筆頭に男たちは急いで茜の下へと走った。

「ななななななななななな何なんですかこれは//////」

 女子トイレの前で何かに対して激しく恐怖する茜に皆が怪訝そうな顔を浮かべる。恐る恐るドラたちがトイレの中を覗くと、茜が何に恐怖していたのか―――その理由を瞬時に理解した。

「うわぁ・・・んだよこれ・・・!!」

 壁一面に華やかな色合いのお花畑が広がる中、メインである便器はかなり拘った作りをしていた。天使の顔をした中年男性が両手を前に、股を開いた状態で利用者を待ち構えている。ちょうど股の部分が便器の部分になっているため―――利用者は中年男性の股に向かって用を足さねばならなかった。

「これじゃ出るものも出ないですよ!!!///」

「確かにひでぇー・・・///」

「目が腐る!!」

「おい隠弩羅!!茜ちゃんになんつーもん見せてんだよ!!」

 ドラは隠弩羅の胸ぐらを掴み、茜の代わりに激怒した。

「いや~~~・・・店側の配慮っつーか、利用客には気持ちいい気分で用を足してほしいっていうコンセプトだったんだが・・・ダメか?」

「ダメに決まってんだろ!!」

「てめぇふざけんじゃねぇぞ!!」

 

「で、さっきの質問の答えだが・・・」

 あの後、隠弩羅はドラを始め写ノ神と茜からは実にえげつないお叱り・・・もといリンチを受けた。

 ここに来てどれだけの仕打ちを受けたのだろう・・・・・・心の中でつぶやきながら、隠弩羅は傷ついた自分の体に絆創膏を張りながら、先ほどドラから受けた質問に答える。

「ぶっちゃけ言うと、神官同士のいざこざの末に行方不明になっちまったんだ。その後禍々しい呪物は悠久の歴史の中で各地を転々として・・・それをあいつが日本へ持ち込んだんだ」

「あいつ?」

 誰もが特定の人物を示している指示語に耳を傾ける。

「妖術師の血を引く移民の子孫で魔術師。分かってんのはそれだけ。でもあいつ・・・ただものじゃねぇ」

 隠弩羅が言うと、話を聞いていた一同は沈黙する。

 その直後、ドラは眉を顰め―――深い溜息をついてから隠弩羅に、「おい、お客さんが来たよ」と言った。

「何!?」

 ドラに言われた隠弩羅は目を見開き、椅子から立ち上がる。幸吉郎たちもまた部屋の外から感じ取った人の気配に気付き、襲撃を想定し警戒する。

「ちっ!入口固めるの手伝え、早く!!」

「何だよどうしたんだよ!?」

「この状況見れば分かるでしょう!」

「星の智慧派教団じゃ!」

 隠弩羅は真っ先に入口へと走り、幸吉郎と駱太郎と協力してバリケードを設置する。

「何でもいい!!とにかく固めろ!!」

「くっそー!」

 手当たり次第に部屋にある物を使って扉を押え、敵の侵入を防ごうとする。そうして完成したバリケードと共に三人は扉の前で身構える。

 ドカーン!!

「「「うわあああ!!」」」

 だが、破壊されたのは直ぐ横の壁であり―――豪快な体当たりで突き破ったのはアダマだった。

 三人は凄まじい力で壁をいとも簡単に破壊したアダマの力には十分に驚いた。だがそれ以上に―――バリケードを設置したにも関わらず自分たちの労力を無に帰し、壁の方を先に破壊した彼の無神経さに立腹する。

「ちょっと待てよ、お前どっから入って来てんだよ!」

「折角バリケード作ったのに無駄になったじゃねぇか!!」

 強い語気で幸吉郎と駱太郎が文句を言うと、壁を突き破った際に肩に付いた汚れを払いながら、アダマは不敵な笑みを浮かべ-――壁の外に出る。

「「「え・・・・・・」」」

 意味深長な行動に三人は顔を見合わせる。そして、何かを危惧したとき―――彼らが恐れていた事が起こった。

「「「うわあああああああ!!!」」」

 ドカーン!!

 バリケードから離れた瞬間、扉とバリケードも何もかもを木っ端みじんに吹き飛ばす程の怪力を見せつけ―――アダマが室内に入り込む。

「バケモノだあいつ!!」

「なんだなんだ、一体!?」

 扉が破られたことを切っ掛けに、教団の神父たちが次々と室内に入り込む。そして、悠然とした立ち振る舞いでヘルメスが両隣にイグネスとアダマを伴い現れた。

「びゃーっははははは」

 ドラたちを前に、ヘルメスは不気味な笑いを浴びせ―――おもむろに首を垂れる。

「いやいや、どうもこんばんございます。わたくし、星の智慧派教団の教祖でヘルメスと申しますはい。黒石区でしがない占い館を経営させてもらっています。どうぞお見知りおきを」

「隠弩羅だ」

「俺は三遊亭駱太郎!趣味は・・・「いいから!!黙っとけ!!」

 何かしら自分を主張しようとする駱太郎の口を、ドラたちは押え込む。

「いやぁ~・・・それにしても札幌の中心部、特にすすきのと言うのは何と言いますか、ごちゃごちゃして落ち着かない街ですねぇ~」

「世間話しに来たわけじゃねぇだろ」

「はい。輝くトラペゾヘドロン、その欠片を貰いに参上した次第です」

「トラペゾヘドロン?何だよそりゃ、そんなけったいな名前のものここにはねぇな!」

「びゃーっははははは!!!」

 得意の嘘で白を切ろうとする隠弩羅を嘲笑するような不気味な笑い声。ヘルメスの超がつくほどの不気味な笑いにドラたちは鳥肌を立てせた。

「語るに落ちる嘘はいけませんねぇ。さぁ、どこにあるんでしょうね?」

 言った直後、駱太郎は「誰が!!」と叫び、歯を食いしばりながらポケットに手を突っ込む。そうして輝くトラペゾヘドロンの鍵のひとつ、黒い多面体の欠片を取り出し大声で言う。

「こいつは、死んでもてめぇらになんざには渡させねぇよ!!」

「おいバカ!!わざわざ見せんじゃねぇよ!!」

「あ!」

 気付いた時にはもう遅い。欠片がある事があからさまに露呈し―――邪教集団は口元をつり上げる。

「びゃーっははははは。そこのトリ頭さんは実に正直な方の様ですね。嬉しいですね・・・・・・さて、欠片の在り処も分ったことですし」

「ちっ!」

 臨戦態勢に入ろうとした、次の瞬間―――

「ちょっとトイレに♪」

 瞬間、教団側の士気がぐっと下がる。両隣に立っていたイグネスとアダマは崩しかけた体制を持ち直し、困惑した顔で彼を見る。

「教祖、これからってときに!」

「だって仕方ないじゃないですか。ここに来る前から随分と我慢していたんですよ。あの、おトイレはどちらでしょう?」

「奥行って右だよ!」

「そうですか。では少々失礼いたします」

 ドラからトイレの場所を聞き、ヘルメスは用を足しに一旦この場から離れる。

「こっちですね。すぐ戻ってきますからね」

 何も知らない彼はトイレへと向かう。そして、扉を開けた瞬間―――彼もまた茜が受けた精神的な苦痛を味わった。

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」

「「教祖!」」

 この世のものとは思えない悲鳴に驚き、イグネスとアダマは急いでヘルメスの下へ直行する。二人の幹部がこの場を離れると、ドラたちは目を見合わせる。

「おい、そこ!「一発ギャグやりまーす!!」

「え?」

 警戒する神父たちに向かってドラが突拍子もなく叫ぶ。

「お題目は、米沢直樹に出てくる小和田常務です!!」

 幸吉郎が言うと、ドラは近頃磨きをかけたものまねをあろうことか邪教集団の前で披露しようとする。

 どんな行動を取るかわからないドラを警戒する神父たち。憎たらしい笑みを浮かべたかと思えば、ドラは他人を小馬鹿にする顔で-――

「やれるもんなら、やってみな!」

 瞬間、周りの空気が凍りつく。完成度が高いのか低いのかさっぱりわからないものまねに沈黙する神父たちを見て、ドラは露骨に機嫌を損ねる。

「笑えや!!」

 形振り構わず神父を殴りつけ、昏倒させる。

「今だ!」

 それを皮切りに、全員は一気に神父たちを畳み掛け脱出を図る。

「しまった!!」

「あああ・・・///ひどい物を見ました///」

 イグネスは、アダマとともにげっそりとした顔のヘルメスを肩で抱えながら状況が変わったことに焦りを抱く。

「中にオタクの敵がいるにゃー!」

 部屋から出る際、隠弩羅が放った一言はコスプレパブの従業員と利用客全員の士気を高めた。

 神父たちが外に出ようとした瞬間、アニメキャラクターに扮したコスプレ客が一斉に攻撃を開始する。

 ドカーン!!

 だが直ぐに力自慢の男―――アダマが現れ、数に物を言わせるコスプレ客に対し強硬手段を取った。

「ええい!!道を開けやがれオアカ共!!」

「逞しい人好き~~~♡」

 アダマの肉体美に惚れたオカマたちが彼の二の腕や足首、背中に抱き着いた。

「ううう・・・・・・うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 身の毛もよだつ凄まじく居心地の悪い状況にアダマは憤慨し、彼は雄叫びを上げながら力一杯体を動かし、オカマというオカマを振り払う。

「ひ・・・ひどいところへ来てしまったみたいですよはい///」

「こっちです!!」

 災厄を退けると、アダマはふらふらのヘルメスを背負い脱出を図る。

 外に出ると、ドラたちに倒された神父たちが無造作に転がり込んでいた。

「ちっ。役に立たない神父共だ」

 愚痴をこぼしたそのとき―――ちょうど、車で逃走するドラたちの姿を見かける。車の中からドラと隠弩羅という魔猫兄弟があかんべえをするなど、挑発的な行動を取っている。

「くそっ!」

「ふざけた真似をしおって・・・・・・直ぐに追いかけるぞ!」

「まぁそう慌てることもありません。どこへ逃げても直ぐに追いかけられます」

 車の用意を急がせるイグネスとは裏腹に、ヘスメルはどこか余裕に満ちた顔を浮かべている。その真意を知る者は、誰もいない。

 

 コスプレパブから何とか逃げ出すことができたドラたちだが、今回の一件ではっきりと星の智慧派教団の標的にされてしまった。

「これで分っただろ。俺たちは追われる身なんだよ」

 隠弩羅が深刻そうな顔で言うと、昇流は深い溜息を突き「あ~あ・・・・・・」とつぶやく。

魔猫(ドラ)に関わるといっつもこれだ!」

「でどうするんだ、これから?」

「とりあえずそうだね・・・・・・」

 次の行動を考え、ドラはおもむろに目を閉じる。そして、ある場所を目指すように指示を出した

 

 

札幌市内 健康ランドニコニコ

 

 到着したのは24時間営業が売りの健康ランド。これに対して周りの反応は非常に冷ややかで、ドラの判断能力を疑った。

「おいおいここで良いのかよドラ、健康ランドだぜ!?」

「そうだよ。ここの入浴券持ってたの思い出したんだ!なんか気疲れしちゃったから、風呂にでも入りたいなと思ってたんだ」

「いくらなんでも呑気すぎるだろ・・・」

 と、写ノ神は呆れるが―――幸吉郎は「でもまぁ・・・」と言い、ドラの肩を持った。

「下手に動き回るよりもここにいた方が安全かもしれねぇ。入ろうぜ」

「ったく・・・・・・」

 不承不承だが、全員は呑気と思いつつ健康ランドへ入る事にした。

 

「ここの風呂は変わり湯だから毎回来るたびに新鮮な気分になれる。じゃ後で、宴会場で!」

 風呂に入ることを決め、ドラたちが男湯に向かって歩を進める中―――隠弩羅はさり気無く茜の後ろに付いて女湯へ入る。

 ボコ!!バン!!ゴキッ!!

「にゃあああああああああああああああ!!!」

 断末魔の悲鳴が上がったと思えば、ぼろ雑巾の様に満身創痍と化した隠弩羅が女湯の外へと放り出される。

「どさくさに紛れて女湯に入って来ないで下さい!」

「ひ、ひでぇ・・・・・・///」

 風呂に入る前から湯気を上げる隠弩羅に周りは哀れみ、ではなく―――軽蔑の眼差しを向けた。

「まったく。妙な事になっちまったぜ」

 脱衣をしながら深い溜息を突き、幸吉郎は騒動の原因を作った張本人である駱太郎を激しく責め立てる。

「おい、駱太郎!お前が変な物拾って来るからだぞ!」

「俺のせいじゃねぇって!!それ言うなら隠弩羅があいつらと関わらなきゃ!」

「はぁ!?おめぇ何都合よく俺にすべての罪なすりつけようとしてんだよ!」

 当前の様に責任転嫁をする駱太郎の行動に腹を立てるも、ドラは「R君の言う通りだ」と、駱太郎の肩を持ち隠弩羅の責任を厳しく追及する。

「元はと言えばお前が問題を解決できないのが悪い!後で慰謝料払ってもらうからな!!」

「く~~~・・・どいつもこいつも、まるで鬼か!?いや鬼そのものだ!お前らは俺が表と裏の世界をどれほどまでに行き来し、人知れず世界の危機を回避して来たか知らないだろう!!」

「知ったところで直ぐに忘れるもん。話すだけ無駄だよ」

「仮にも義理の弟なんだろ。ドライすぎやしねぇか」

「ドライくらいでちょうどいいんですよ、義兄弟なんて」

 あまりに無味乾燥とした隠弩羅への態度を疑問視した昇流だが、ドラは一貫してドライな態度を貫こうとする。

「まぁ元気を出すのじゃ。コーヒー牛乳くらいならおごってやろう」

「フルーツ牛乳がいい」

 それ聞いた瞬間、龍樹は額に浮かんだ血管を破裂させるほどに、身のうちに湧き上がった怒りを抑えきれなくなる。

「厄介ごとを巻き込んだ分際で贅沢を言うな!あれは微妙に高かいのだぞ!!」

「落ち着いて龍樹さん!!」

「爺さんがキレるなんざ、よっぽどだな!」

 

 

男湯 大浴場

 

「にゃ~~~・・・・・・これが本当の海坊主だぜ」

 深夜を回っても利用客が多い都会の健康ランド。隠弩羅は全身の力を抜き、海坊主になったつもりで湯船の上でプカプカと浮かび寛ぐ。

 だがその直後、ドラが勢いよく飛び込んでき―――全体重で隠弩羅の事を沈め始めた。

「ふがぁあ~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 沈められた隠弩羅はドラの下敷きになり、熱い湯で呼吸困難に陥る。その一方で、ドラはこの上もない極楽を体感する。

「あ~・・・良い気持ち♪やっぱり疲労回復・肩こり・腰痛に利く、登別温泉が最高だね!」

「コノヤロウ!!!」

 刹那、激しい怒りに満ちた隠弩羅が湯船からどっと現れ―――血も涙も無い義兄に強く抗議する。

「ここが公衆浴場だってこと分かってやってるのか!?ジジババ連中がこっち見てんだろ!」

「ババァはいないよね。いたら恐怖だよ」

「折角人が寛いでる所をあからさまな嫌がらせで邪魔しやがって!!」

「あれは寛いでるって言うより、タヌキ汁に使う出汁を放出してただけだろ?」

「タヌキはお互い様だ!!どうして兄貴はいつも自分勝手な上に極端に攻撃的で人の幸せを平気で踏みにじろうとするのかな!?」

「だって、他人の幸せなんかいくら喰っても満腹にはならないからね」

「ああ~~~最悪だよ!なんだって神様は俺たちにこんな地獄の如く耐えがたい試練をお与えなさる!?原罪はすべてキリストが担ってくれたんじゃねぇのか!!」

「地獄でなぜ悪い!?所詮この世は楽しい地獄。生まれ出でた瞬間から、オイラたちは立派な罪人だ―――!!!」

 と、常軌を逸した凶悪な言葉を言い放ち―――ドラは隠弩羅を再び湯船の底に沈め始める。

「ぐぼぼぼぼぼぼっ!!!やめてえええええ!!」

「いいか隠弩羅!ただ地獄を進む者だけが悲しい記憶に打ち勝てるのだよ!狂気に駆られ、修羅の道を歩むのもまた面白きかな!」

「おべばおぼじどくでぇ(俺は面白くねぇ)~~~///」

 彼らが何をしたいのか、まるで分らなかった。少なくとも常人の目には、殺人鬼とその恐怖に苦しむ者のやり取りにしか見えなかった。幸吉郎たちは遠目で見ながら各々につぶやく。

「ドライを通り越して拷問だぜまるっきり・・・」

「リンチもここまで来れば、エンターテイメントだな」

「それにしても、なぜ嫌いな奴と分かってて兄貴は奴にあんなにもちょっかいを出すんでしょうか?」

「どぅははははは!分かっておらんようじゃな。己が真(まこと)に嫌いな奴ならば、ちょっかいなど出すはずがない。まず興味すらわかぬからな。あれが言うならば、義兄が義弟に行う意思疎通行動・・・つまり、コミュニケーション!そうとしか考えられんのう」

「ではははははははは!!!沈め―――!!!沈め―――!!!」

「のどっべばぶ(呪ってやる)~~~!!!」

 コミュニケーションの度合いを越えたえげつないやりとりだった。昇流は引き攣った顔でこのやり取りを見て率直に思った事をつぶやく。

「俺なら死んでもあんなコミュニケーションは望まねぇよ・・・///」

 

 

健康ランドニコニコ 宴会場

 

 無料で提供されている健康ランドの衣装に着替え、宴会場に集まったドラたちは束の間の平穏を満喫する。

「ぷっはー!きく~~~!」

「えっへん」

 ビールで渇いた喉を潤し、極楽浄土に昇った気分の昇流。途端に隣に座るドラが咳払いし、注意を促す。

「な~んて言ってる場合じゃなかった。で、この後は?」

「そうだな・・・とりあえず焼き鳥の盛り合わせでも頼むか」

「お、いいね!!」

「レバーは要りませんので私」

 隠弩羅の提案に乗りかけるが、茜が言い放った言葉を聞いた直後、幸吉郎は「じゃなくて!」と怒号を放つ。

「これからどうするって話だ!!」

 机を叩いて真面目な質問すると、隠弩羅も真剣な表情でそれに応える。

「お湯に沈められながら考えたんだが・・・「考えてたのかあれで!?」

「やっぱりここは、もうひとつの欠片を連中よりも先に手に入れるべきだと思うんだ!」

「もう一つの欠片?」

「そっか。多面体は二つにカットされたって言ってたしな」

「それでどこにあるんじゃ?千葉か、群馬か?それとも、沖縄か?」

 誰もが欠片の在り処について気になる中、隠弩羅は目の前のビールジョッキを持ち上げ、中身をグイッと飲み干してから―――言い放つ。

「クロアチアだ!」

「「「「「「「ええええええええええええええ!!」」」」」」」」

「えーじゃない!」

「クロアチアって・・・なんでそんなマニアックなところなんだよ!?」

「イメージがパッとわかねぇよ!国旗が分らねぇ!」

「俺の掴んだ情報じゃ、間違いなくクロアチアのどっかに輝くトラペゾヘドロンの鍵である欠片があるんだ。世界の危機を救うには、何としても欠片を奴らよりも先に手に入れなきゃなんねぇんだ」

「冗談じゃない!そんな遠いところに行ったら、飛行機代でいくらかかると思ってる!?誰が負担してくれるんだ!?」

「第一に金の話するよな、お前って・・・」

 何でもかんでも金の話を先にしようとするドラに、昇流はツッコまずにはいらなかった。

 

 

 輝くトラペゾヘドロンを巡るドラたちと星の智慧派教団との衝突。

 誰が邪神復活へと繋がる禁断の欠片を手に入れるのか―――その答えを知る者は正に、神をおいて他にはいない。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

編著:東雅夫 『ヴィジュアル版クトゥルー神話FILE』 (学研パブリッシング・2011)

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その23: 他人の幸せなんかいくら喰っても満腹にはならないからね

 

典型的な独りよがりな者の言う言葉に思えるかもしれない。実際そうなのだが、他人の幸せが自分にとっての幸せになるケースが果たしてどれだけあるのか・・・・・・考えようによっては、これって正常な感覚なのか・・・。(第20話)




次回予告

ド「何の因果でこんな面倒な事件に巻き込まれなきゃならないんだ。結局仕事休んで、みんなでクロアチアに行くことになったんだ」
茜「クロアチアって、アドリア海の宝石って呼ばれるぐらい綺麗な国みたいですよ!」
昇「間違っても観光に行くわけじゃねぇんだぞ。って、そうこうしてるうちに教団の連中も追っかけてきやがった!」
隠「次回、『クロアチア・青い海紀行』。おい、なんだこの緊張感の欠片も無いサブタイトルは!?世界の運命が懸ってるんだぞ!!」

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