サムライ・ドラ   作:重要大事

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ド「TBTの窓際部署、特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の配属となった太田基明。あいつはオイラ達のこと個性的って言うけど・・・かくいうアイツもなかなかの個性キャラだ。だってさ~、酔っぱらうとあいつ本当に熱帯びちゃって・・・この前だって三時間近くTOKIOの歌聞かされたんだから!」
「太田は自分のミスを取り返そうと躍起になってるみたいだけど、まぁ力み過ぎなんだよ。気長にのんびり構えるのが一番さ。だからと言って、オイラみたいになられるのもそれはそれで困るけど」



第2話「サムライ・ドラはエクスタシー!!」

西暦5538年 4月16日

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 特殊先行部隊の配属になって二日目―――。

 太田基明は、憂鬱な表情で職場までの道を歩いていた。

「はぁ~~~もうTBTなんて辞めた方がいいのかな・・・・・・」

 早くも残酷な現実にカルチャーショックを受け始めている。学生時代から夢に向かって真面目に勉学に励み、やっとのことで夢の職場に就けたと思えば―――いきなり奈落の底に突き落とされたようで、すっかりうんざりしてしまっていた。

「いや! もう少しだけ踏ん張ってみよう。うん!」

 ここで根を上げてしまったら折角の努力が水泡に帰してしまう。親兄弟や友人らに支えられ、やっとのことで叶えた夢をそう簡単に閉ざすわけにはいかない。太田は気持ちを切り替え、オフィスの扉を開く。

「おはようございます!」

 先ずは元気よく挨拶をし、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)メンバーとのコミュニケーションを図ろうとしたのだが―――これが結果として、裏目に出る。

 眼前を見れば、ドラ達六人の表情はどこか暗く、まるで悪い物に取り憑かれたかの如くどんよりとした重い雰囲気を醸し出していた。

「えっと・・・・・・おはようございま―――」

 周りの雰囲気に押され気味な太田が、ビクビクしながら再度挨拶を言おうとした瞬間―――全員から鋭い視線が向けられる。

 蛇に睨まれた蛙と化し太田はただただ萎縮する。

(あれ~~~!? 僕なにかマズイことしちゃった!? でも、それっぽいことした覚えないんだけどな? えーっと、マジで何したんだっけ・・・・・・)

 太田は昨夜の歓迎会の席で泥酔状態のまま三時間近くに渡り独壇場を決め込んだ。無論、彼が歌っている間ドラ達は帰宅することはおろか、それを許す雰囲気さえ存在しなかったのだ。

 しかし、太田本人は昨夜の出来事を全く覚えていない。ゆえに、ドラ達が何に対して不満を抱いているのかさえ皆目見当がつかない。

 と、そのとき―――駱太郎が太田の元へ歩み寄って来るや、あからさまに太田の額目掛けて強めのデコピンを叩き込む。

「いったああ!!!」

 これまで食らった事のない衝撃が額から全身に伝わった。太田は勢いよく後ろから床に倒れ込む。

「お。どうしたルーキー? 二日酔いか?」

「たくしょうがねーな。あれくらいで」

「貴殿には捜査官としての自覚が足りておらん」

 駱太郎を始め、幸吉郎や龍樹がそんな風に声を掛けるが―――彼らの声色からは如実に不満と恨み節がひしひしと伝わってくる。

「マジでいってぇぇ。なんつうデコピンしてるんすか!」

 赤く腫れ上がった額を押え、太田は涙目を浮かべる。

「何をさっきからやってるのか分かりませんが、朝早くから一人芝居ですか、太田さん?」

「とりあえずおはようの挨拶ぐらいはしておこうか」

 茜と写ノ神も駱太郎達と同様の態度を見せてくる。とりわけ、茜から伝わってくる負の感情は男達よりもずっと濃厚に思えた。

(うわ~~~・・・絶対なんか怒ってるよ・・・!! だけど何に対して!?)

 酒を飲んだ後の記憶がまるで思い出せない。そんな自分の悪い癖を心底呪う。

 すると、重い溜息をついてから隊長であるドラが歩み寄って来、太田の顔を見下ろしながら口を開く。

「さっさと起きろ。ちょうどいい。お前はオイラと一緒にそこらを巡回だ」

「巡回・・・パトロールですか?」

 太田の腕をつかみ、引っ張りあげるドラは気持ちの整理もままならない太田を半ば強引に外へと連れ出す。

「お前には実地経験が足りないからな。オイラが外勤ってものを教えてやる」

「え・・・! あの、ちょっと・・・!?」

 ドラが太田を連れ出した後、オフィスに残ったメンバーは各々で笑いながら、今後の展開を考える。

「どぅっははははっ!! ルーキーの奴め、ドラにどう振り回されるものかのう!」

「少々心配ではありますが、多分問題ないですよね?」

「それに兄貴の本当の目的は巡回っつーよりも・・・」

 言いながら、幸吉郎はオフィスの中央のデスクに目を向ける。その席は、TBT長官・杯昇流の仕事スペース。

 その彼は今、出勤時間を過ぎているにもかかわらず、未だ職場に顔を出していない。

 

           *

 

小樽市 商店街付近

 

 午前9時55分―――。

 太田を伴い街中へと飛び出したドラ。足早に歩を進める短足のロボットについて行くのがやっとの太田を余所に、ドラは周囲の時計を一瞥する。

(10時まで5分前・・・・・・)

「ドラさん!」

 時間を気にするドラに向かって、太田は息を乱しながら後ろから声を掛ける。

「一体どこへ行こうとしているんですか?!」

「安心しろ。お前が不安がる場所じゃないのは確かだ」

「でも、ここは既定のパトロールコースから外れているじゃないですか?」

「いいんだよこっちで」

「しかし、小樽小学校・中学校・高校周り、小樽駅前通りを抜けるのが正式コースのはずです!」

 横断歩道に差し掛かったところで歩みを止め、ドラは信号が青になる直前、太田に向けて言い放つ。

「そんなくそ面白くもない場所回ってどうするんだ? 今日の巡回コースは、ゲーセン・パチンコ・レンタルショップと決まってるんだ」

「それじゃまるっきり遊技場(ゆうぎじょう)めぐりじゃないですか?! こんな朝っぱらから、警察官もどきのTBT捜査官が堂々と職務放棄だなんて・・・!」

「違う違う。むしろその逆。これから堂々と職務放棄してる人間を探しに行くんだよ」

「どういう意味ですかそれ?」

「オフィスに来たとき、名札を見たか?」

「名札?」

 太田の脳裏には、特殊先行部隊の部屋の全体図が思い浮かぶ。名札と言う言葉を聞き、扉近くにある立てかけられた名札付きのボードの事を思い出す。

「うちは出勤と退勤時は名札をひっくり返すことが規則になってるんだ。欠勤していれば、名前が赤くなってる。そして、この時間になっても来ていない奴がひとり!!」

 青信号に変わり、ドラは駆け足で歩道を渡る。太田はその後を追いかける。

 そして、午前10時ちょうど―――某所にあるゲームセンターを訪れたドラは、店内の奥を指さし、太田にある光景を見せつける。

「あれを見るんだ!」

「あぁ―――っ!!」

 ゲームセンターの奥には大勢のギャラリーが出来ている。その中心に位置する者―――杯昇流は、得意のシューティングゲームにおいて神業的才能を発揮し、ハイスコア30万点と言う好記録を叩き出していた。

「すっげ―――!!!」

「このゲーム、今日入荷されたばかりなのに、いきなり30万点も叩き出したやがった!!」

「はははぁ!! どうだ見たか、俺の天才的な射撃テクニックは! さぁ、どんどん撃ちまくるぜぇ―――!!」

 

 ―――ボカンッ。

 

 青天の霹靂。

 背後から振り下ろされた100トンハンマー。床が陥没し、昇流は顔を地面にめり込ませ撃沈する。

 太田はいきなりの100トンハンマーにビビって体が固まった。どこから持ってきたんだよと考える隙もない。ギャラリーたちも同様に 顔から血の気が引く中、裁きの鉄槌を食らわせたドラは蔑んだ目で昇流に言い放つ。

「オイラ達が死に物狂いで金を稼ぐ為に汗かいてるのに・・・自分はゲーセンで豪遊三昧ですか、このダメ人間がぁ!」

「どういうことなんですか、これは!? あなた仮にもTBT長官って重要なポストですよね!?」

 当初こそ驚愕していた太田だが、我に返ると制裁を受け床に顔を沈める昇流に事情の説明を求める。

 それを聞き、真っ赤に腫れあがった顔を上げ―――昇流は苦し紛れに弁明する。

「い・・・いや・・・確かにそう言うことになってるんだけどよ・・・つい魔が差したというかなんつーかな! ははははは!!」

「太田。この人は親のコネで入庁したんだ。長官なんて名ばかり、威厳もクソもへったくれもないって事がよく分かったろ」

「ええ。イヤでも理解しました・・・」

 如何にキャリアの少ない太田でも、こんなにもあからさまにダメな人間への同情は持ち合わせていない。

 ドラは、ゲームセンターで遊び呆けていた昇流の服を引っ張り上げ、彼の体をずるずると引きずり外へと連れ出す。

「さぁ、あんたは真っ直ぐ職場に戻って書類整理をする! 一人でどんだけうちの経費使いこんでるか分かってるんですか!?」

「イテテテ!! 頼むからもっと丁寧に扱ってくれよ!!」

「じゃかあしい!! 誰もアンタを丁寧に扱ってくれると思うなよっー!!」

 結局、昇流はドラが呼んだ迎えのタクシーで強制的に本部へと送還された。

 タクシーを見送ってから、太田はドラの行動の意図をようやく理解し、その上で尋ねる。

「あの、もしかしてドラさんは初めから杯長官を探すために・・・?」

「オイラが好き好んで、朝からゲーセンやパチンコに行くと思うか? そりゃ、やってみたいと思う気持ちはあるけど」

 踵を返し、「さてと・・・」と口にし―――ドラはゲームセンターを後にしようとする。

「このまま職場に戻るんですか?」

「いや。ちょっとその前にやることがあってな・・・」

 

           *

 

小樽市内 某パチンコ店

 

「あの・・・これはどういう?」

 露骨に引き攣った表情で太田がドラに尋ねる。

 先ほど、ドラ自身は仕事中にこうした店に来ることはないと言っていた筈だった。それをこうも簡単に裏切られるとは思ってもいなかった。

「パチンコは好きだよ。だけどそれが主な目的じゃない」

「いや! それが主な目的ですよね!? さっきと言ってることが矛盾してるじゃないですか!?」

「矛盾してるさ。理屈に合わないことが平然と起きる、それが理不尽ってもんだ。いいかね太田君。世の中には理不尽しかないんだ。大事なのは、その理不尽に直面したときどう乗り越えるか。メチャクチャな奴とコンビを組んだとき、それにどう対処するか・・・肝心なのはいつだって臨機応変なんだ」

「臨機応変・・・?!」

 もっともらしい言葉を口にするドラ。本気で目の前のネコ型ロボットが何を考えているか分りかねる中、ドラはおもむろに店の方へと歩き出す。

「付いて来い、太田。オイラの野生の勘がここには何かあると言ってる」

 腑に落ちないものの、ひとまずドラと一緒に店内へと入る。

 

 チャラチャラチャラ・・・。

 

 太田は不承不承だが、ドラの指示に従い店内を巡回する。その間ドラはと言うと―――

「よっしゃー! やっぱ出玉で勝負だよな! 職務放棄してパチンコするのもこれはこれで面白いや! 長官の気持ちもわからんでもない!」

 すっかり、パチンコと言うギャンブルに興じる中年男性そのものと化していた。

「店内の巡回終わりました! ド、ドラさん……?」

 太田が巡回から戻って来るも、けたたましい騒音に声がかき消され、ドラは更なる当たりに一人フィーバーする。

「おっしゃー! 確変来たぁぁぁ―――!! これしばらくは止まんないよぉぉ―――!!」

 昇流の事を悪く言えないドラの破天荒ぶりに、太田は苦い顔を浮かべる。

「・・・・・・もしかしてドラさん、自分の遊ぶ時間欲しさに僕を巡回させたんじゃないでしょうね?」

「ふん。お前にはオイラの考えなど想像もつかんだろうね。こうしていてもオイラの鋭い嗅覚は周囲の犯罪を未然にキャッチしている」

 そう言った直後―――ドラの鋭い嗅覚が何かを嗅ぎ取った。

 後ろの席を一瞥すると、ちょうど台の前に座っていた臙脂(えんじ)色の帽子にサングラスと言う出で立ちの男が深い溜息を突いたのち、席を離れた。

「おい。今行った男。どうも様子が変だと思わなかったか?」

「えっ。見間違いじゃないですか?」

「太田、ちょっと職質(バン)を掛けて来い。知ってるか、職務質問による犯人検挙率は?」

「っ! “予想以上に高い”―――! 行きます!」

 駆け足で出入口の方へ向かうと、太田は店を出ようとしていた猫背で両手を上着ポケットに突っ込んでいる男に声を掛ける。

「すいません。ちょっと」

 男は太田の声を聞き、背中を向けた状態で立ち止まる。

「あの・・・失礼ですが、あなたのご職業は?」

 太田がおもむろに尋ねるも、男はその問いかけを無視。

「もしもし? あなたのご職業は?!」

「職業・・・?」

 男は、ゆっくりと後ろへ振り返る。

「あなたのご職業を聞いているんです!」

「ご、ご職業だと・・・・・・!」

 

 ピロロロロロ・・・。

 

「よし来たぁ! コイコイコイ!「うわあああああああぁ」

 トリプルセブンの大当たりを出そうとしていた矢先、ドラの耳に太田の悲鳴が聞こえてきた。

「な、なんだ!?」

「や、やめなさい! わああああぁぁ!」

 台から離れ太田の元へと向かうと、職質をしていた筈の彼が男にスリーパーホールドを仕掛けられ、逆に追い詰められていた。

「何やってんだおまえ!? つーかどういう状況なの?」

「僕にもわかりません! 言われた通り職業を尋ねたらいきなり・・・イテテテ!」

 羽交い絞めを喰らっていると、男は怒り心頭な様子で太田をうつ伏せにし、下顎を思い切り持ち上げる。その容赦ない攻撃に太田は抵抗もままならない。

「情けないルーキーだな。柔道はやってなかったのかよ?」

「い、一応三段ですけど・・・ああああぁぁ!」

 その言葉が嘘であるように、防戦一方の状態。いつの間にか悲鳴を駆けつけてギャラリーが集まってくる。

「お前の柔道三段はその程度のイタズラにも勝てないのか?」

 見かねたドラは、「おい、オッサン!」と言った瞬間―――太田を羽交い絞めにしている男の顔面にひたすら唾を吹きかける。

「ひええええぇぇ! き、汚ねぇ・・・!」

 男は太田から離れ、顔中に拭きかかったドラの唾に激しく狼狽する。

「見ろぉ! 時には柔道三段よりも、こち亀より『翻堕羅拳(ほんだらけん)・唾の舞』の方が有効なときがある!」

「ほんだらけん・・・唾の舞?」

「そして、相手が怯んだ隙に!」

 刹那―――怯んだ男の左耳をドラは掴み、それを容赦なく引っ張った。

翻堕羅拳(ほんだらけん)・耳引っ張り!」

「いってえええええええええぇぇえ!」

 耳を引っ張るという地味に痛いこの技は、一般人には有効な手段だ。執拗に耳を引っ張ることで男はたちまち戦意を失っていき―――やがて大人しくなる。

「これが臨機応変ちゅーもんよ。わかったか太田!」

 と、言ったときだった。男の懐から白い封筒が零れ落ちる。気付いた太田が拾い上げ中身を確かめたとき、彼は目を見開いた。

「これは・・・遺書の様です!」

「遺書? オッサンあんた・・・」

「30年、務めた会社を・・・リストラされたんですっ!! ああああああぁああ!!」

 男は弱々しい声で説明したと思えば、途端に泣き崩れてしまった。

 

「さっきは、ついカッとなってしまって申し訳ありませんでした」

 店の外に出た後、男は先ほどの太田への行動を猛省し、深く謝罪する。

「別にいいって。それよりあんまし思い詰めるなよ。まぁ生きてれば悪い事もあれば、良い事もある。でもこれだけは言っておくよ。死んだらつまんないぞ。何しろ死んだら、もう良い事なんか一つもないんだからな」

「はい。ありがとうございます・・・失礼いたします」

「達者でな、オッサン。人生まだまだ捨てたもんじゃないよ」

 男はドラ達と別れ、物寂しい背中を見せながら苦楽に溢れる現世で生きる道を選択し歩き出した。

「あのまま帰してしまって大丈夫でしょうか?」

「なーに。お前の首絞めてた元気がありゃ大丈夫だって」

(わずか一時間の間に、杯長官の居所を察知し・・・一人の人命を救ったなんて。ひょっとしたらこの人・・・いやこのドラえもんは、見た目以上に優秀な捜査官かも)

 心の中で秘かにドラへの評価を変えつつある太田。いずれにせよ、彼の気持ちは半信半疑―――大きく揺れ動いていた。

「あ~あ。運動したらお腹空いちゃったな・・・帰る前に寄り道するかな」

「え、寄り道?」

 

           *

 

小樽市 団子屋「ちくぜん」

 

 本部へ戻る直前、ドラは近場にある団子屋を訪れた。

 この団子屋は、鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の第三席・駱太郎が足しげく通う昔ながらの味を守り抜く老舗であり、店構えや営業スタイルも昭和時代を彷彿とさせる。

 メンバー全員分の団子を買って帰ろうと思い、ドラは団子を箱詰めにしてもらう間、女将の厚意で出来立ての団子を店先で御馳走になる。

「あん! ・・・いや~、R君のお墨付き通りだ。ここの団子はいつ食ってもうまいよ!」

「すまないねー、ドラさん。こんなこと頼んじまって」

「お、ありがとう!」

 女将からお茶を貰ったドラは、熱々の茶をゆっくりと啜り―――店の側にある下水管へと目を転じる。

「しかしオイラ達が偶然通りかかってよかったよ。あれじゃひと雨来たら洪水になってたところだ」

 ドラが一人美味しく団子を食べゆったりと寛いでいる一方、太田基明は靴を脱いで、下水管に溜まった泥をスコップで取り出すという作業をしていた。

「何が偶然なもんか。団子食いに来たくせに・・・」

 望まぬ汚れ仕事を押し付けられ、あからさまに不平不満を零す太田。ドラは愚痴をこぼす太田へと近づき言う。

「地域貢献も職務の内だぞ。しっかりやれ」

「く~っ。」

「なんだ? オイラの言った事に、今まで一つでも間違いがあったか? 頭の固いお前には、圧倒的に実地経験が足りん。だから、人の三倍働いてちょうどいいんだ」

「くう~~~っ!」

 悔しく思いながら、ヤケクソになって仕事に没頭する。

「おーし、しっかりやれよ!」

「はいっ! やればいいんでしょ! やればっ!」

 小一時間後。太田は下水管に詰まったすべての泥を綺麗に掃除した。

 慣れない重労働と長時間に渡って神経を張りつめていたせいか、仕事をやり終えたときには、太田は心身ともに疲労困憊していた。

「はははは。やればできるじゃないか」

「もう動けません・・・」

「最近の若いもんはこういう汚れ仕事をしないからなー。うん! お前はよくやった! 褒美にいいものをやろう」

 すると、左の袖に手を突っ込み―――ドラは一枚の券を取り出し太田へ渡す。

「これは・・・」

 受け取ったのは、温泉施設を利用する際のお風呂券だった。

「湯の里の回数券だ。オフィスに戻る前にひとっ風呂浴びて来い」

「しかし、職務中にそんなことしていいんでしょうか?」

 躊躇う太田に、ドラは顔を近づけ怒号を浴びせる。

「いいから足を洗って来い!! それとも何か、太田はオイラの珍しい善意を拒否するって言うのか!?」

「いや・・・そう言う訳では!」

「言っとくけどな! サムライ・ドラが人に優しくするなんてのは、本当に気まぐれなんだぞ! この機会を逃せば、後悔するのはお前なんだ! 分ったら湯の里に行ってさっぱりしてこいコンチクショー!」

「わ、わかりました・・・!」

 

           *

 

午後8時01分―――

小樽市 居酒屋ときのや

 

「ふう~~~」

 激動の一日を終え、太田は昨夜の歓迎会で世話になった「居酒屋ときのや」に一人で訪れた。

 他の客の世間話を耳に入れながら、太田はビールをちょびちょびと飲み、今日一日の疲れを溜息としてどっと吐き出す。

「おや? ルーキー君、お疲れですか?」

 自称オーナーシェフの時野谷久遠がカウンターに座る太田を気遣い、気さくに話しかけてくる。

「今日は本当に慌ただしい一日でした。身体もクタクタ、心もクタクタ。僕・・・・・・やっぱりこの仕事向いてないのかなー」

 特殊先行部隊に異動になって以来、太田は自分が夢見ていたものとは縁遠い汚れ仕事ばかりを経験している。正義のヒーローに憧れ、時間犯罪を取り締まる仕事に就くことができたのに、現実は理不尽なことばかりを突き付ける―――それが元来性根の弱い太田の精神を追い詰めていく。

 疲弊した太田を見て、時野谷は微笑し―――小皿に乗った料理を提供する。

「あれ? 時野谷さん、僕頼んでないですけど」

「サービスです。アカザのおひたし」

「アカザ・・・?」

 小皿に乗っているのは、一見するとホウレンソウに似た野菜。アカザとは畑や空き地などに多い雑草の事である。

「これ、近所に生えてたものなんです。昼間、近場の空き地で摘んで来たんです」

 空き地から摘んで来たという雑草を調理したアカザのおひたし。太田はある種の懸念を抱いた様子で、目の前の料理を凝視する。

「はは。大丈夫ですよ、犬のオシッコとかは掛かってないと思います。ちゃんと入念に水洗いしてありますから」

「で、でもな・・・・・・」

「同じアカザ科のホウレンソウに似た味がするんです。昔は野菜として栽培されてたらしいですよ」

「だけど・・・その辺で摘んだ雑草なんですよね?」

「まあそう言わず、食べてみてくださいよ」

 雑草が生えていた姿を想像し、 食べることに若干の抵抗を抱いてしまう。

 しかし時野谷はこちらをじっと見つめている。食べないと目をそらさないかのようだ。どうとでもなれ!

 太田は意を決しておもむろにアカザを口に運び、その味を確かめる。

「う…… うまい!!」

 一口食べてみると、太田が想像していた雑味などは一切なく、本当にホウレンソウのおひたしを食べている感覚に近かった。時野谷は「でしょう?」と言って微笑する。

「信じられないです・・・雑草がこんなにおいしく食べられるなんて・・・・・・」

「そう言ってもらえると作った甲斐がありますねぇ」

 一度食べてしまえば、病み付きになってしまい、太田は次々とアカザを口に運ぶ。

「んんっ! 本当にイケますよ! 食わず嫌いじゃもったいない。時野谷さん、これサービスで出すのもったいないですよ。メニューに加えればいいのに」

「あははは。そこらで採ってきたものとわかると、嫌がるお客さんもいますからねぇ。ルーキー君だってなかなか食べてくれなかったでしょ」

 言うと、時野谷は別の料理を調理しながら、背中越しに口にする。

「食べてくれたお客さんが笑顔を見せてくれれば、私はそれだけで満足ですから」

 その言葉がとてもかっこよく思えた。太田は、気さくな人柄に潜む時野谷の器の大きさを理解した。

「まぁ・・・私から言わせれば、ドラさん達はこのアカザと一緒ですね」

「え?」

 不意に、時野谷はサービスとして提供したアカザとドラ達“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”のメンバーをなぞらえる。

「ルーキー君は、ドラさんや幸吉郎さん達について・・・どこまで知っています?」

「どこまでって・・・いえ。ほとんど何も」

 配属されてまだ日が浅い太田は、ドラ達のことを殆ど知らない。時野谷は今後の彼のために、ドラ達に隠された秘密を口外することにした。

「彼らはね、ドラさんを除いて全員が“過去の時間を生きた”人達なんです」

「か、過去の時間を・・・生きた!?」

「聞いたことありませんか? “特異点(とくいてん)”の話―――」

 

『特異点』

 

 特異点とは、一部の存在(人物)だけが持つ、時間からのあらゆる干渉を受けない特性の事である。歴史に変化が生じてもそれによる影響を受けず、最悪の場合自らが本来属する時間が消滅しても、本人だけは消滅しない。また、過去で暴れた時間犯罪者によりその時間が著しく破壊されても、特異点の記憶を支点に人々の記憶の力により、時間を元に修復することができる。

 

「幸吉郎さんを始め、駱太郎さんに龍樹さん、写ノ神さん、茜さん、それにあともう一人いるんですけど・・・彼ら六人はある事件がきっかけでドラさんと巡り合い、のちに鋼鉄の絆(アイアンハーツ)の一員となったんです」

「そうだったんですか・・・でも、それとこのアカザがどう関係しているっていうんですか?」

「彼らは元々戦国時代を生きてきました。だからルーキー君のように、恵まれた環境で育った人達じゃない。が、それゆえに生命力が半端なく強い。誰かに命令される以前に、彼らは自ら考え行動し、時にルールを破ることになったとしても自分の道を貫く。そういう破天荒な者達が自然と集まったところ・・・それが鋼鉄の絆(アイアンハーツ)なんです」

 時野谷は熱燗をカウンターに置くと、太田が抱いているドラ達への誤解を払拭する意味合いを込めて弁明する。

「いいですか。ドラさん達はルーキー君の目にはふざけたばかりのいい加減な人達にしか見えていないんでしょうけど・・・本当はそんな人達じゃないんですよ。誰よりも、今の仕事に誇りを持ってるんです。ただ、それを表現するのが下手って言うか。いや・・・個性が強すぎて常識って枠に収まり切らないだけなんです」

 言うと、時野谷は太田のお猪口に酒を注ぎ入れる。酒に映った自分の顔を見ながら、太田はドラ達について考える。

「もう少し、がんばってみませんか? きっと、あの人達と一緒にいれば、ルーキー君が見過ごしてるものが見つかるかもしれませんよ」

「僕が見過ごしてるもの・・・・・・」

 そんなものがあるのだとすれば、一体自分は何を見過ごしているのか。

 ドラ達と行動をともにする事で、自分はその答えに辿り着くことができるのか。

 半信半疑の気持ちを抱きつつ、太田はしみじみと考え、目の前の酒をグイッと飲み干した。

 

           *

 

時間軸2004年―――

アメリカ合衆国 フロリダ州マイアミ

 

 暮れなずむ大都会。

 いくつもの摩天楼が立ち並ぶ中、TBTや税関の目をことごとく欺き大量の麻薬、あるいは武器の輸出で儲ける時間密売組織の黒幕―――通称“キング”は、海が一望できる浜辺近くの別荘である重大な連絡を受けていた。

 由緒あるビザンツ建築で立てられた別荘を貸し切り、キングは携帯電話を耳に当て、朗報を聞きとり―――ほくそ笑む。

 

「1億5千万ドル分のヤクが、俺の元に向かってる。へっ、今日はいい日になるな」

 

           *

 

同時間軸 北アメリカ大陸 メキシコ湾

 

「現在地は北緯25度。西経84度」

 日も暮れはじめた時間帯―――アメリカの海上警備船がメキシコ湾を巡回している。かねてより、この近辺では海賊船が横行している為、警備が厳重になっている。

 そんな彼らの目を掻い潜る為、キングの手下達はある方法を使って麻薬を大量にアムステルダムにある製造工場から運び出す。

「荷物を投下する」

「あそこだ」

 投下ポイントにやってくると、一斉に積荷の棺桶が海に捨てられる。投下された棺桶は全部で三つ。それを、位置探知器を持った別働隊が回収に当たる。

 間もなく、遠隔操作で棺桶に付けられた浮き袋が起動し、海面へと浮上する。キングは逐一部下から報告を受け取る。

 

「彼の銃見たい?」

「ええ」

 キングは強欲な男だった。彼がはべらせている女達も強欲だった。

 彼が所持している拳銃に興味を抱いた女は、キングが電話に集中している間に机から銃を取り出し、「バン! バン! バン!」と、本当に撃つ真似事をする。

 ドンッ―――。

 誤って引き金が指に掛かり、発砲された銃は近くの石膏像に着弾する。キングは物音に気付いて振り返る。

「ごめんなさい、ジョニー!」

 誤射した女は酷く狼狽した様子でキングこと、ジョニーと呼ばれる男に謝罪。持っていた彼の銃を手放した。

「バカなおんなどもだ」

 と、電話越しにジョニーは愚痴を零した。

 

「海上に移動中の船舶」

 メキシコ湾の上空を旋回していた早期警戒型アメリカのハイテク航空機「P-3」―――円形の大型レーダーと連続非行が可能な特性を生かし海上の麻薬密輸犯を24時間体制で監視している。

 この日P-3が、6000メートル上空から一隻の不審な船影を捉える。

「空軍P-3より沿岸警備隊へ。正体不明の船舶が南フロリダに向けて350の方位で移動中」

「空軍から不審船が接近中との報告がありました」

 報告を受け取った巡視船。管制室においてスタッフは物々しい雰囲気を醸し出す。

「こちら沿岸廻船バーリアント。そちらの目的を報せよ。左舷前方の船、こちらアメリカ沿岸警備隊だ」

 麻薬王の元へと麻薬を運ぼうとしている小型船「デキシー7」へと通達される沿岸警備隊からの警告。

「針路180度。艇速17ノット。拿捕(だほ)するんだ、ヘリを発進しろ」

「左舷前方の船に告ぐ。こちらはアメリカ沿岸警備隊。そちらの目的を報せよ」

 ヘリコプターを出動させる沿岸警備隊。

 それでも、針路変更はおろか―――デキシー7はスピードを落とすことなく警備隊からの警告を無視し、投下ポイントを目指して海上を進み続ける。

「来たぞ」

 ヘリコプターの動きをレーダーでキャッチしたデキシー7は、一旦船を停止させ、カモフラージュ用の布をかぶせて静止を決め込む。

 ヘリの上からファイバースコープを覗き込むが、夜の海で、見事に景色に同化した船を視認することはほぼ不可能だった。

『監視船バーリアントへ。こちら沿岸警備隊6003ヘリ。ターゲットを確認できません』

「ターゲットが消えました」

 どうにか監視船からの目を逃れ、マイアミ沖8キロ・スティルツビルへと向かったデキシー7は、総額1億5万ドル分のエクスタシーが大量に詰められた棺桶三つを回収―――積み込みを完了する。

「済んだか?」

『ブツは “デキシー7”に積みました』

「オーケー」

 回収が無事に終わり、安堵した麻薬王は電話を切ると、女達をはべらせながら不敵な笑みを浮かべる。

 

           ◇

 

4月21日―――

TBT本部 特殊先行部隊“鋼鉄の絆”オフィス

 

 太田が特殊先行部隊に配属されてから、およそ一週間。

 仕事と職場の雰囲気にも徐々に慣れ始めたとき―――思いがけないチャンスが舞い込んできた。

「はーい、みんなー。チューモク!」

 オフィスで書類整理や各自の時間を過ごしていた幸吉郎達六人に、隊長サムライ・ドラが大きな声で号令を掛ける。

 太田は直感的に、どこかいつもとは様子が違うと思った。

 六人と杯昇流は小会議室に集められる。ドラは目の前のホワイトボードに必要事項をすべて書き込み、話を始める。

「TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”の諸君、よく聞くんだ。昨今のハイテク警備により、麻薬は裏ルートから密輸されるのが当たり前になった。今夜、時間軸2003年“マイアミ”で前例のない大きな取引があるらしいが、その黒幕キングの正体を突き止めたい。数時間後にその答えを掴もうじゃないか」

 淡々と話を進めるドラだが、すかさず太田が待ったを掛ける。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なんだよ?」

「あの、話が全然掴めないんですが・・・マイアミで麻薬取引、ですか!?」

「そうだよ。それがどうかしたの?」

「どうかしたのって・・・・・・一体、どこからそんな情報・・・!?」

 寝耳に水とはこの事だ。ドラは何気ない顔で一分隊が取り扱っている事件と密接にかかわった重要案件をいきなり持ち込んできたのだ。周りはそれほど驚いている様子はなく、昇流に至っては腕組みをしたまま沈黙を保っている。

「いやだからね、オイラ宛にメールが届いたんだよ。匿名希望の誰かさんから」

「まさかおまえ、俺達がマジでいろんな部署の雑用係とでも思ってたのか?」

「え・・・だってこの前は!?」

「あれは拙僧たちが好きでやっているのもあるし、ドラが副業でタレントをやっておるからその流れだったんじゃ」

「大体、仕事が回ってこないなら自分で探す。これ世の中の鉄則だぜ」

「御心配せずとも大丈夫です。こう見えてドラさんも私達も、非常に優秀な捜査官なんですよ!」

 周りはドラの腕を心底信用している様子だ。かくいう幸吉郎達自身も大概は自ら動いて仕事を持って帰ってくることが多い。そして、持ち帰ってきた仕事をチームで請け負う事もここではよくある話だ。

「いよいよお前のミスを取り戻す機会が回って来たんだ。もっと喜べ!!」

 駱太郎が太田の肩に手を回し、気さくに話しかける。

 太田は思ってもいなかったチャンスが早くも舞い込んできたことに内心驚くと同時に、この上もない嬉しさから胸の高鳴りを覚える。

「―――はい!!」

「話を戻すよ。三方向から現場を叩く。水上からのチームに、こっちは車両部隊。こっちからは徒歩で行く。みんなが現場に踏み込むのは潜入捜査官役の二人が麻薬を確認し、合図を出してからだ。合図がない限り絶対に動くな。麻薬組織の連中は銃で武装している上に、警察とかその手のヤツラを憎んでる。気を引き締めて行け」

「「「「「「はい(おう)(心得た)!」」」」」」

「それで、誰がその潜入捜査官になるんだ?」

 率直に思ったことを写ノ神が尋ねてくる。

「そこはほら、責任者がやるよ。だからオイラと―――」

 おもむろに昇流の方へ視線を向け、ドラはやや呆れた表情を浮かべながら言う。

「じゃあそう言うことで・・・―――いいですね、“長官”!」

(いて)っ!」

 会議に参加しながら、腕組みをしたまま居眠りをしていた昇流は重力に従い机の上に頭を打ち付け、その衝撃で目を覚ます。

「え・・・寝てたんですか!?」

 太田が驚く中、「いつものことだよ」と幸吉郎は淡白な言葉で言う。

「長官、いいですか?」

「あ・・・? 俺がどうしろって?」

「ひひひひ・・・オイラと一緒に楽しいことしませんか?」

「え・・・楽しい事・・・?」

 

           *

 

時間軸2003年―――

アメリカ合衆国 某所 KKK集会場

 

 午後11時30分―――。

 白人至上主義を掲げる北米の秘密結社【クー・クラックス・クラン】、通称KKKの集会場で大規模な麻薬の取引が行われるという情報を密かに掴んだドラは、家族同然の仲間を引き連れ、2003年のアメリカへタイムムーブした。

『ブラボー、配置に着いた』

 綿密な戦略を立て、三方向に別れたメンバー。特殊スーツに身を包み、水の中へと潜った駱太郎と写ノ神は無線で連絡を取り合う。

『よく見ろ。ブツが来たぞ』

 徒歩からの襲撃を試みる幸吉郎と太田。

 幸吉郎はスコープを通し、売人を乗せた小型船がゆっくりと陸地に近付こうとしている現場を太田に見せる。

 前回の失敗を何としても挽回してやりたい―――そう強く思っている彼の拳が無意識に強く握られる。

(今度こそ・・・絶対に手柄を上げてやる!)

「チクショー! 火がまぶし過ぎる、何も見えない」

 十字架に灯された炎。その煌々とした炎の色が、写ノ神の視界を極端に封じる。

 

「兄弟よ、集まれ!」

 間もなく赤いローブに身を包んだKKK指導者の号令で集会が始まろうとしていた。

 集会の開始と同時に、船に乗って麻薬を運んできた運び屋の男は集会関係者と接触する。

「よう!」

「集会があるなんて聞いてねぇ」

「平気だよ」

 船の中から麻薬を詰めた袋を取り出し、取引相手へと手渡す。

「ヤクだ。渡したぞ、ビビんなよ!」

 取引が終了し、何事も無かったように運び屋は岸から離れていく。

白人(ホワイト)パワーを!」

「「「「白人(ホワイト)パワー!」」」」

 赤と白のローブに身を包んだ白人が口々に唱える。俗に白人至上主義を唱える彼らは、神から聖なる力を賜ろうとしている。

 そのとき、集会現場に潜入していたドラと昇流が白いフードを脱ぎ捨て、手に持った拳銃を構え―――皮肉を込めて言い放つ。

警察(ブルー)パワーだ、バカヤロー!」

「TBTだ、チクショー!」

 両手で銃を構えるドラと背中に合わせに立ち、昇流は右手で愛銃のコルト・パイソン357を持ち、左手には「TBT」と書かれた手帳を表示する。この手帳は、警察手帳と同じような効力を持ち、どの時代のどの人間に対してもその効力を発揮する。

「そのバック下ろせ!」

 拳銃を突き付けられ、KKKのメンバーは硬直し、麻薬の入ったバッグを両手から放す。

「アルファ1、現場に踏み込め!」

 無線で仲間に連絡を入れるドラ。しかし、運の悪い事に無線の調子が悪く、声が正確に伝わってこない。

「よく聞こえぬぞ」

 無線の不調により、車両部隊の龍樹と茜は怪訝そうな顔を浮かべる。

『アルファ1からブラボー4。もう一度仰ってください』

 確認のため茜が無線で連絡を入れるが、ドラ達の無線の調子も悪かった。

「応援どこだよ?」

 待機しているはずの応援部隊が来ない事に、昇流は焦りを感じる。

「アルファチーム現場に踏み込め!」

 ザザザザザ・・・。

「雑音しか聞こえないぞ!?」

「ちっ・・・こんなときに無線がイカれるなんて」

 三方向に別れた鋼鉄の絆(アイアンハーツ)。ここにきて、予期せぬトラブルに見舞われる。

「ハハハ」

「おかしいか? 何がおかしい?」

 この状況を笑った口ひげを豊富に蓄えた大男に、ドラは銃口を突き付ける。

「ドラ、応援どこだよ?!」

 焦燥を滲みだす昇流。

 と、そのとき―――集会に参加していたバンダナを巻いた白人の男が隙を見て飛び出し、昇流の足を払ってバランスを崩すと、

「動くんじゃねぇ!」

 昇流の拳銃を奪うとともに、彼自身を人質にこめかみに銃口を突き付ける。

 銃口を頭に突き付けられた昇流と、彼の正面に立って周りの動きをけん制しつつ、両手の銃を構えるドラ。

「どうやらややこしいことになっちゃったな!」

「撃てねぇだろ、どうだ!?」

「オイラの上司に銃突きつけてっから頭ぶち抜かれないと思ってんのか?」

 ドラの言葉の後で、「俺もそう思うよ!」と、人質にされた昇流が口にする。

「だがオイラの上司は今日死ぬ覚悟でここに来てんだ!」

「そんなん思ってもいねぇよ!」

「お前らを灰にするために! 覚悟できてるでしょうね!? 長官!」

「なんでそんな理不尽な覚悟しなきゃなんねえんだ!?」

「びびってんのか!? 坊や!」

 バンダナを巻いた白人が依然銃を昇流の蟀谷に突きつけながら尋問すると、「そりゃビビるだろ普通!!」と、彼は裏返った声で叫びあげる。

「オイラから選択肢を与えてやるよ。好きな方を選べ・・・・・・(A)銃を下ろして取引の黒幕を吐いて、肩で撃たれるぐらいで済ます。(B)オイラに逆らい続けて胸に銃弾を食らう」

「(C)は・・・落ち着いてゆっくり話し合って・・・緊迫した心理状態を緩和する!」

「この人最近心の癒しに凝っててボケたこと言ってるけど、オイラはふざけた奴を撃ちたくてたまんない! 今日は下品な銃をやたらに使いたい気分だよ!」

 本気の焦燥を見せながら、昇流はこの張りつめた空気を和らげようとするが、ドラの考えは全くの正反対。

「人が色々動き回ってる。兄貴と長官が見えない」

 幸吉郎もこの自体には少々動揺を抱く。焦った太田がその場から動こうとすると、すかさず幸吉郎が制止を掛ける。

「まだ動くな!」

「けど、このままじゃ!」

「兄貴達の合図を待つんだ」

 どんな状況でも、今はひたすら待ち続けるしかできない。それが太田にはどうしようもなく歯がゆかった。

 

「ドラ! こいつ銃突きつけてんだよ!」

「オイラがこいつの目玉を撃ち抜けば銃も捨てますよきっと!」

「生意気なタヌキだぜ!」

 ドラの挑発的な言葉に、昇流を人質に取った白人は怒り心頭。今にも昇流の頭を打ち抜くかもしれない状態だ。

「そういうこと言う必要あるかな!? なぁ! タヌキなんて言わずにドラえもんで良いじゃんか!?」

「こいつ黙らせてあげましょうね!」

 ドラもまた、今にも発砲しそうな気持ちでいっぱいだった。

「ドラなぁ、落ち着こう!」

「オイラなら落ち着いてます! 落ち着いて・・・おお! おお! おい!!」

 フラストレーションが高まりつつあるドラは、いい加減この状態から抜け出し、誰彼かまわず八つ当たりをしたい気分だった。

「オイラはなんかものすごく気が立ってんだよ! ガチャガチャ動くんじゃないっつーの! 全員そこ動くんじゃな―――い!」

 あまりに気が立っているせいか、周りはドラに怯えている。昇流はこの危機的状況を何とか話し合いで解決しようと模索する。

「君達を見逃すことはできないけど、法廷で解決しようよ!」

「俺らには権利がある!」

 権利を主張するヤンキース帽を被った白人の言い分を、「黙秘権でも行使して口閉じたらどうだ!?」と、ドラは脅迫によって真っ向から否定。婉曲的に「黙れ!」と高圧的な態度をとった。

「みんな警告しとく! それしか今の俺にはできねぇから! 良く聞いてくれ・・・! そいつは根本的に頭おかしい!」

「3秒以内に銃を下ろすんだ!」

「怒りを制御することができないネコ型ロボットなんだ!」

「1ッ!」

「だからわざと早い時間に寝て、朝早く起きて憂さ晴らしに誰かを殴るんだ!」

「2ッ!」

「ドラ止せぇ!」

 と、制止を求めた次の瞬間―――隙を見たKKKの人間が散弾銃を手に取り、ドラ目掛けて発砲を試みる。

「銃だ!」

 昇流の警告を耳に入れ、ドラはすかさず発砲。手当たり次第に周りにいる人間を撃ち連ねる。

「突っ込むぞ! レッツゴー!」

 けたたましい銃声を合図に、待機していた幸吉郎達が三方向から同時に突入を開始する。

「サツを殺せ!」

 痺れを切らしたKKKの白人は散弾銃片手に攻撃を開始。

 拳銃を二丁所持していたドラは物陰に隠れながら、確保ではなく殲滅をモットーに、敵と見なした彼らを撃ち斃す。

 さらに幸吉郎達が駆けつけ、状況はますます派手になる。大規模な銃撃戦が繰り返される中、茜は用意していたロケット砲を構える。

「朱雀王子茜、いきま―――す!」

「ちょっ・・・! 茜さん、それはダメぇぇ―――!!」

 太田が止めたところで時既に遅し。茜は平然とした顔で、持っていたロケット砲を躊躇することなく撃ちこんだ。

 

 ドカ――――――ン!

 

「「「「「ぐあああああああああああぁああ」」」」」

 ある意味でドラ以上に性質の悪い攻撃だった。

 敵味方は問わず、立ち塞がるものをすべて破壊する強烈な一撃。おかげで敵の半数が海へ吹き飛んだ。

 

「長官ッ!」

 昇流の危機を察知し、ドラは背後で散弾銃を構える男目掛けて二丁拳銃を発砲。銃弾は真っ直ぐな軌道で飛んで行き―――透明な瓶を貫く。

 だが、それが結果的に昇流の臀部の皮膚をも撃ち抜いた。

「あああああああああああぁぁああアアア!」

 

【挿絵表示】

 

 すさまじい痛みが尻の神経を通じて昇流の全身に伝わった。

 そして、尻を貫いた弾とは別の銃弾が散弾銃を持った男の首筋を貫き、撃ち斃す。

「イケイケイケ! ツッコめ! 銃を捨てろ!」

「腹ばいになれ!」

 数分後―――激しい戦いは急速に鎮静化。

 多くの白人がドラによって斃され、生き残った者は全員捕縛された。

「ドラさん! 杯長官!」

 殲滅作戦に参加した太田は、ドラと昇流の元へと近づく。

「遅かったじゃんか?」

「すみません。無線がイカれてまして。直ぐに救護班を呼びます。大丈夫ですか?」

「いいって、いいって。オイラ達は平気だ」

()()()()って何だよ?!」

 顔中から汗を吹き出し、昇流は負傷した尻を突き出したまま低い姿勢を保つ。

「このバカ、人のケツ撃ちやがった!」

「はいぃ? 誰が撃ったっていうんです?」

「だれぇ!? おめーだろうがよ!」

「うそー。オイラが撃ったですって!?」

「ああ!」

「た、確かにオイラはそこらじゅうの奴バカスカ撃ちまくりましたけど、長官の品の無いケツを撃った覚えなんてありません! 撃ってないとも言えませんけど・・・」

 念の為、駱太郎が昇流の尻を見ると、抉れた皮膚から血を流す様に思わず苦笑い。

「あはは・・・こりゃひでーな。長官ケツ撃たれてんじゃん!」

「そう言ってんだろ・・・!」

「どんな感じなんですか、これ?」

「熱いんだよ! ケツが燃える臭いがする!」

「ドラ! ケツにキスしてやれ、気分が良くなるかもよ」

「ここだけの秘密にしといてあげますよ♪」

 上司が負傷しているにもかかわらず、写ノ神と茜は悪意に満ちた笑みを浮かべる。

「ゴールデンボンバーのコンサートにでも行ってろ、失せろイービルカップル!」

「長官、またそうやって俺らのこと差別すんですか?」

「悲しい人ですね」

 写ノ神と茜が居なくなる。その間にドラは昇流の怪我の具合を確かめる。

「これなら平気です。肉に当たって穴は無傷ですから。でーっははははははは!!」

「笑ってんじゃねぇぇ―――!!」

 

「ドラっ!! たった二袋しかないぞ!?」

「アムステルダムから大量のヤクが持ちこまれるって話ですよね!?」

 結局、現場で見つかった麻薬はわずか二袋。この拍子抜けた結果に幸吉郎達も肩透かしを食らった気分だ。

「密告屋はオイラが締め上げておくよ」

「これだけの人数使って、俺は散々な目に遭って・・・挙句は空振りかよ!?」

「うるさいですね。怪我人は黙ってなさい」

 と、腹いせにドラは昇流のケツを叩き上げた。

「いっでえええええええええええええええええええぇぇぇえええええ!!」

 

           *

 

同時間軸―――

アメリカ合衆国 麻薬王の屋敷

 

 ドラ達の活躍で、麻薬の運び屋の男が逮捕された。

 この情報をいち早く入手した麻薬王―――キングは主要な部下達を一室に集め、物々しい雰囲気を醸し出す。

「今夜運び屋がサツに捕まった。これがどういう事なのか説明しろ。なぜハイエナがジョニー・タピアのブツを嗅ぎつけたのか? どうなんだ」

 集められた部下達はタバコを吸ったり、高級酒を飲んで気持ちを落ち着かせようとしているが、誰も答えることはできない。

「“デキシー7のヤク”が無事でおまえらもツイてたな」

 麻薬王は神経をピリピリとさせ、怒りを露わにしている。

「船の予定を変えろ!」

「そりゃ無理ですジョニー! 木曜に出荷です」

 麻薬王「キング」ことジョニー・タピアに忠誠を誓ったナンバー2で現場指揮担当のカルロスが苦い顔で言う。

「遅らせろ。TBTを迷わせろ」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:魚戸おさむ 脚本:北原雅紀著 『玄米せんせいの弁当箱 3巻』(小学館・2008)

 

 

 

 

 

 

ドラさん語録~サムライ・ドラが残した語録集~

 

その2:世の中には理不尽しかないんだ。大事なのは、その理不尽に直面したときどう乗り越えるか。肝心なのはいつだって臨機応変なんだ

 

立ち寄ったパチンコ屋の前で、太田に向けてドラから発せられた言葉。世の中を斜に構えて見たとき、ドラが言うように世間は理不尽でいっぱい。勿論、そうでないことも多いと思うが・・・結局のところ、自分が置かれている状況をどれだけ素早く認知し、適切な判断をするかが鍵となる。ドラなりの戒めの言葉。(第2話)

 

その3:死んだらつまんないぞ。何しろ死んだら、もう良い事なんか一つもないんだからな

 

人生は楽しい事もあれば辛い事もある。辛い現実に直面し、心が折れそうになった時、人は死と言う選択肢を取る。しかし、ドラが言うように死んだら良い事なんて二度とない。もっとも、死んだその先に何があるかはドラにもわからない・・・。(第2話)




次回予告

ド「おい誰だ!? 大量のヤクが持ち運び出されるってデマカセ言ったのは!! ・・・え、オイラ? バカヤロー、それを言うなら密告屋の方だよ!! あんにゃろう、よくもオイラに恥かかせやがったな!!」
幸「それにしても、長官もエライ目に遭ったッスね。あれ地味に痛そうでしたし」
ド「いいよいいよ。長官のことなんか気にしなくて・・・こうなりゃ何としてでも麻薬王の正体を掴んでやる! いいか、これはオイラ達の意地だ!!」
杯「次回、『ブッ飛んだカーチェイス』。お前にケツ撃たれた所為でな!! 俺は・・・俺は・・・!!うわああああああああああ~~~ん!!!」

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